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2010年8月26日木曜日

この素晴らしき世界

今回ノートPCを交換したにもかかわらず未練があるのかな、生きながらえる古いノートPCでブログを書いている。
PCの調子がダメだと書いた先日のブログ(6/25)に、Skeeter Davis の「The End of the World」(1962年)を触れたが、新しいPCを手に入れたのだから今日は、Louis Armstrongの「この素晴らしき世界What a Wonderful World)」(1967年)を聴こう。
何気ない日々の生活の中には、実はとても幸せで、ずっと続いて欲しいことがいっぱい詰まっている。走り回る孫を見たとき、雨上がりに雲間に青い空が見えたとき、夕日を浴びながら帰宅する人たちを見たとき。

(Youtubeに登録のSHARKStmatsuに感謝)

(追記)
マイデイリー(8/26)によれば、イ・ソンヒやイ・スンギが所属するフック・エンターテイメントに俳優のイ・ソジンが専属契約を結んだと報じられた。
(本ブログ イ・ソジン関連:2009年の8/148/22、2010年の7/12
(本ブログ フックエンターテインメント関連:2009年の4/229/28

2010年8月25日水曜日

変わらないイ・ソンヒ

ブログSoulog(소울로그)掲載の「歳月が流れても変わらない彼女 イ・ソンヒ、狐の嫁入り」(8/25)に、SBSテレビドラマで「狐の嫁入り」を歌うイ・ソンヒの円熟したボーカルについて、次のような賛美が記されている。
・東洋的な旋律とエレクトロニック サウンドの調和が新鮮ながらも美しい。誇張された技巧、感情表現を控えながらも訴える力を極大化させたイ・ソンヒのボーカルは円熟するということとは何なのかを見せる。歳月が流れても変わらないものの一つは、イ・ソンヒの深くて朗々とする響きではないだろうか。
(本ブログ関連:8/138/148/158/208/24

最近でいえば、映画「炎のように蝶のように」の主題歌を歌ったとき以上にメディアの反応が大きいような気がするがいかがだろうか。
(本ブログ関連:2009年の9/119/179/199/209/239/24、2010年の6/12

新しいPCで

今日から新しいノートPCで記す。画面サイズが以前のノートPCと比べて、縦方向の寸法はほぼ同じだが、横方向にワイドになった。ブログの「投稿」画面の右側が思いっきり開いて、もったいない感じだ。そんなことよりも、これから無事に動いてくれることを願う。

2010年8月24日火曜日

今日は映画を!

昔の「特攻野郎Aチーム」のテレビドラマが、新しい映画になって登場した。今日は(もう一人の)息子と一緒に有楽町の有楽座へ映画を見に行く。
テレビ版の特長は、軽妙なトークで家庭でも楽しめて、ストーリーの中で悪人といえども正義の名のもとに殺されることはなかったと思う。ところが、今回の映画版では、しっかり悪が殲滅されてしまうのだ。そこにいたる、チームの一人の葛藤に、ガンジーの言葉を出したりしていたが・・・。
内容は、ニセドル紙幣とその印刷原版を奪取するために、イラク、ドイツ、カナダ?、アメリカへと展開する。B級映画にしてはCGを駆使したアクション場面が、これでもかというほど繰り広げられる。
見終わった後、喫茶店で感想が出なかった。お楽しみは、スクリーンの上だけで十分だ。

(Youtubeに登録のgunboy1972、cinematodayに感謝)

イ・ソンヒのイメージ

「民衆の声(민중의소리)」の記事「師イ・ソンヒと弟子イ・スンギが作った『大ヒットOST』」(8/19)に、イ・ソンヒとイ・スンギの師弟関係が次のように記されている。
・80-90年代を代表した歌手イ・ソンヒと、彼女が育てた2000年代を代表する歌手イ・スンギ、師と弟子が共に作ったアルバム(SBSドラマ「僕のガールフレンは『九尾狐』」OST)が大ヒットの兆しを見せている。
・高等学校時代に生徒会長をやるほどの「模範生」だったイ・スンギは、・・・偶然の機会にイ・ソンヒの目につき電撃抜擢され・・・最高級のエンターテナーに成長した。
・イ・スンギの成功の基盤には、「正しい真っ直ぐな」イメージがある。このようなイメージは、あたかもイ・ソンヒから受け継いだような感じがするほどだ。イ・ソンヒはデビュー以来ずっとスーツスタイルと端正な容貌、清潔な生活のイメージを維持してきた。

そう、イ・ソンヒのイメージは、彼女の声質に似て透き通った清らかさにある。彼女の声は天がくれた贈り物なら、彼女はそれを結晶が共振するように歌い聴かせてくれる。

2010年8月23日月曜日

孫と科学博物館

こんなに早く、孫と一緒に国立科学博物館に行ける日が来るとは思いもよらなかった。処暑の今日、息子の休暇に合わせて、特別展「大哺乳類展-海のなかまたち」を観覧した。

海に戻った哺乳類を中心に、その標本、化石、映像などが展示されていた。クジラやイルカやジュゴンなどの祖先の化石を見ると、むかし四足獣であったことを改めて知ると同時に驚く。それ以上に驚いたのは、平日にもかかわらず、夏休みの親子連れで会場が熱気であふれていたことかもしれない。
バギーに乗りながら展示物を見ていた孫は、やがて会場を歩き回り、マッコウクジラがダイオウイカを捕らえている巨大な模型の前で大はしゃぎしていた。小さな目ながら、孫はしっかり見ている。

特別展を見た足で同館の日本館におもむき、日本の鉱物(桜井標本)を見に行く。小さな部屋の展示とはいえ、照明もよく、標本がきれいに整然と展示されていた。以前の展示とは比べものにならない。
先日、虹の話について記したことを思い出し、ミュージアムショップで、孫のためにプリズムを購入する。孫が光のスペクトルに興味を示してくれればと思っている。
孫の笑顔を思いっきり見られた、楽しい一日だった。そして歳相応に疲れた。
(本ブログ関連:8/21

2010年8月22日日曜日

孫とダメダメ

現行のノートPCの動きが微妙なので、メーカーに修理の見積もりを出してもらったところ、新品を買ってくださいと言わんばかりの費用だった。(何と息子も同じ時期に同じ機種を購入して故障している)
インターネットで各社ノートPC情報を頭に入れて吉祥寺に行く。今日も暑い。
結局、LABI(ヤマダ電機)でノートPCを購入。明後日に入手予定。

帰り道、孫と一緒に留守番している息子から、孫と遊んでよろしいとの電話があった。すぐに進行方向を変え、孫に会いに行く。
今日はいっぱい遊んだ。積み木遊び、絵本を読んで、童謡を歌って、近所のスーパーにも行ったし(電子ピアノが好きのようだ)。
ところで、孫の心の綾が随分と成長しているのを知った。積み木遊びのときに、小さな積み木を口に入れて見せるので、(危ないので)ダメダメのポーズをとると、次々と積み木を口に入れ直しては反応を見るのだ。ダメダメを続けたところ、その後、相手にしてくれなくなった。そして、次の遊びで、父親にだけ甘える姿を見せるのだ。・・・何と賢くなったのだろう。

明日、孫と息子と一緒に、上野の国立科学博物館に行く。むかし息子たちと一緒に、この博物館の家族会員になったことがある。孫と一緒に行くことができるとは、これほどの喜びはない。

2010年8月21日土曜日

天気雨と虹とプリズム

晴れた空に天気雨(狐の嫁入り)が降った後、空気中の水滴が太陽の光を屈折、反射して「」が現れる。光の屈折と反射については、必ずガラスの「プリズム」を使って光の特性(スペクトル)が説明されるものだ。
子どものころ、空に架かる虹の根元には、あのガラスの三角形のプリズムがあると信じていた。だから雨上がりに何度か、虹が発生したところを求めて自転車で探したことがある。行けども行けども虹の誕生した場所は見つからず、そして空の虹も見失った。

光を反射するものに、光を透過するガラス製のプリズムや透明な鉱物結晶(水晶、緑柱石、それに金属鉱物ながら閃亜鉛鉱など)もあるが、閉じた空間内で光を交錯する万華鏡もあって、みな美しい。それらを覗くと、想像もできない世界が見える。

虹は、雨降り後に、天がくれたいっときの光の賜物だ。そういえば、この夏地元で、まだ虹を見ていない。狐の嫁入りにも会っていない。

★★★★★ 孫が、従兄弟と一緒に裸ん坊になり、とても嬉そうに遊んで(もらって)いる動画が届いた ★★★★★

2010年8月20日金曜日

「僕のガールフレンドは九尾狐」挿入OSTの反応

「イーデイリー総合NEWS」の記事「『ガールフレンド』ドラマよりも歌が先に浮かび上がった」(8/20)によれば、SBS水木ドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」に挿入されたOSTが熱い反応を得ていると、次のように報じている。
・「ガールフレンド」は、国民ドラマの隊列に昇ったKBS 2TV水木ドラマ「製パン王キム・タック」に押されて、10%前半の視聴率に留まっている。 しかしドラマ(「ガールフレンド」)のOSTは、各種音楽サイトのチャート上位圏に昇って人気を独占している。
・主人公のイ・スンギが歌う「気が抜けたみたいで(정신이 나갔었나봐)」は音源公開当日、各音楽サイトの1位を席巻した。
・ もう一つのOST、イ・ソンヒの「狐の嫁入り」とキム・ゴンモ-イ・スルビの「私が愛する人(내가 사랑할 사람)」も人気を得た。「私が愛する人」は、各チャート5位圏中に入る人気を誇示しており、「狐の嫁入り」も各種音楽サイト順位圏に名前を上げていて、「ガールフレンド」OST興行に一助となっている。

(Youtubeに登録のurnobody909に感謝)

イ・ソンヒのチャート順位は、今日現在、主なチャートでは次の通り。
・NATEカラーリング: 21位(23up)
・DAUMミュージック総合チャート:9位(New)

イ・ソンヒの「狐の嫁入り」シングルが発売されているので、早く入手したいものだ。
→ 新宿のCDショップに確認したところ、ドラマの場合サウンドトラック(アルバム)しかなくて、現在販売未定とのこと。(8/21追記)

2010年8月19日木曜日

バナナミルク

以前、韓国で人気の「バナナ味牛乳(바나나맛우유)」について触れたが、そのことから、子ども時代の懐かしい「フルーツ牛乳」の味を思い出して、武蔵小金井のイトーヨーカドーで購入したことがある。
(本ブログ関連:2009年の12/112/13

今回は、武蔵境のイトーヨーカドーで、何と「バナナミルク」を見つけて次の通り味比べした。
① 「完熟バナナミルク」(〔販売〕高梨乳業、〔製造〕足柄乳業、果汁1%、500ml):
「たっぷりミルク」のうたい文句の通り、濃いミルクのバナナミックスといった味だ。運動後の子どもたちが飲むのに十分な量が紙パックに入っている。
② 「Banana & Milk」:(〔製造〕トモヱ乳業、果汁1%、280ml):
あっさりしたバナナ味で、次第に甘味が増してきた。今時のおしゃれな丸いカップに蓋をしてストローで飲むスタイルだ。香りも良く、ちょうどよい量である。
③ 「豆乳飲料 バナナ」:(〔販売?〕キッコーマン飲料、〔製造〕フードケミファ、果汁4%、200ml):
豆乳の影響かバナナ風味は思いの外あっさりしている。紙パックは小型のため、量的に女性向きか。

バナナミルクは、メイン商品の影にいたが、決して卑屈にならず凛々しく並んでいた。バナナの威光が衰えた現在、連座したものみな平家の公達のように栄華を語るだけである。そのことを知ればこそ、なお愛着が増す。


★★★★★ 孫が、この暑さに裸ん坊をが気に入って、そのままの姿で本を読んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年8月18日水曜日

韓国の風景

韓国文化院の四谷移転1周年を記念して催された公演「韓国の風景」を見に、(同庁舎内にある)ハンマダンホールに行った。公演は2部に分かれていて、1部は伝統音楽の演奏(4題目)を、2部は伝統舞踏の演舞(7題目)が行なわれた。

多数の演目を鑑賞したが、韓国の伝統芸術について印象しか語ることができない。そのうえで素人ながら一番印象に残ったものを挙げてみたい。

・1部の伝統音楽では、弦楽器カヤグムによる洋風な旋律の演奏や、力強く緩急のある二重奏などがあったが、やはり「シナウイ(시나위)合奏」(4名)にひかれた。シナウイは、本来巫俗儀式の「クッ」の伴奏音楽を指しているとのことで、韓国の大地から湧き出るようにエネルギッシュであり、まるで濃音と激音で構成されたようにリズムは途切れることなく、楽器演奏は互いに掛け合い、即興性があって興味深い。

・2部の舞踏では、「花ござ(화문석)」の上で静かに直立して優雅に舞うものも、鶴の衣装をまとったり、大きな人の仮面をつけたりして舞うものなど多種多数あったなかで、視線を下にして白い衣装で腰を落とすように踵で歩を進めて舞う「サルブリ舞」が印象に残った。「サルブリ舞」は儀式「クッ」から派生した踊りとのことで、当然ながら、シナウイ合奏の奏者が伴奏した。

(本ブログ関連:2009年の12/24

2010年8月17日火曜日

屋形船

夕方になっても暑さは衰えず、街全体が温室の中のようで逃げ場がない。昨日は練馬で37.1℃、今日も38.2℃と最高気温の猛暑日が続いている。都心でも3年ぶりの37℃越えだそうだ。天気予報は、この暑さも明日までとのことだが。
連日の猛暑対策として水分補給はおこたっていないので、幸い熱中症にならずにすんでいるが、夏の宵に風流を感じられないのは残念である。
こんなときは、夕暮れの屋形船に川風をうけて涼をとりたいものである。神野美伽の「春夏秋冬 屋形船」(1989年)はいかがだろう。

(Youtubeに登録のstanak3557に感謝)

2010年8月16日月曜日

乙女の密告

図書館で、「文芸春秋」(9月号)掲載の、第143回芥川賞受賞作「乙女の密告」(赤染晶子)を一気読みしようとしていたら閉館のため中断し、書店で同誌を購入して駅前のモスバーガーで読了。

京都にある外国語大学ドイツ語学科の女子大生のものがたりで、短いセンテンスはまるで、ハードボイルドではなくて、学園少女マンガの吹き出しのようでテンポがよい。ものがたりの時制は錯綜することなくリニアに進み、ドイツ語スピーチコンテストにいたる過程が主軸であり、登場人物は随分とエキセントリックなキャラクターばかりである。
ところで、ものがたりにはバックグラウンド・プロセスがあって、「アンネの日記」のある一日の記述の解釈なのだ。少女マンガのような展開は、最終、アンネ・フランクの日記を通じて、主人公がアイデンティティーや他者について理解を獲得していくことになる。

なお、この小説について振り子の大きな「芥川賞選評」は、小説読後に読んだほうがよいだろう。ちなみに、「アンネの日記」は未読である。それから、<少女マンガのような>と述べたが、少女マンガについては勝手な印象しかない・・・けれど。

2010年8月15日日曜日

狐の嫁入り

イ・ソンヒが、SBSのロマンチック・コメディ「僕のガールフレンドは九尾狐」で歌っているメインテーマ曲の曲名「狐の嫁入り(여우비)」について調べてみた。
「여우비」は狐(여우)雨(비)となるが、韓日電子辞書Primeに見ると、「狐の嫁入り」、「日照り雨」(いわゆるお天気雨)と記されている。

韓国文化院のコーナー「韓国語ひとこと」に、この「여우비」について次のような投稿(가을、2006年)がある。
・「天気の良い清い空で急に雨が降る時、韓国では『여우비-狐の雨』が降ると言います。」
・「韓国ではもう一つ、『여우비』以外に『호랑이 장가간다-虎が妻をめとる(虎が結婚する日)』と言う表現もあります。(略) 韓国でも日本でも日照り雨は、動物の結婚と言う面白い言葉で表現するらしいですね。」

上記についてさらに詳細な説明が、「狐の嫁入りとライオンの出産:日照り雨の比較民族学」(小馬徹:一橋研究3(2): 80-99、1978年)に次のように記されている。
・狐の嫁入りについては、「物の怪・妖怪が出没するのはいずれも(略)中間的カテゴリーに属する時間であって、狐と言う魔性のものが嫁入りと言う大事業を挙行するのも、雨でもあり晴でもあり、或いはそのいずれでもない日照り雨と言うカテゴリーの混乱をもたらす現象の現出する時なのである。」と説明している。
・虎が妻をめとることについては、韓国の結婚儀礼の第一日目の妻家訪問のプロセスで、特に「村の正門のところ」で、「機智に富んだ問答によって新郎の持参した扇を(新郎側と新婦側で名誉を賭けて)奪い合う」儀礼について論じている。

★★★★★ 孫が、ブドウの実を食べ物として実感できず鼻先に付けて遊んでいる動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、口に入れたブドウの皮を選り分けられず実も出してしまっている動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、ようやくブドウを上手に口にでき得もいわれぬ嬉しい顔をしている動画が届いた ★★★★★

2010年8月14日土曜日

九尾の狐

イ・ソンヒがメイン テーマ曲「狐の嫁入り(여우비)」(歌詞)を歌う、イ・スンギ主演のドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」の九尾狐(クミホ)の由来は、Wikipedeiaの「九尾の狐」に紹介されていて、中国の地理書「山海経(せんがいきょう)」(紀元前2世紀~紀元3世紀頃)にあるそうだ。

・日本の伝説では、宮廷で美しく高い教養を見せたものの妖気ゆえに悲痛な最期を遂げる「玉藻前(たまものまえ)」の姿に描かれている。いってみれば、食べられることをいとわないほどの美女か。

・この世の争いごとは新旧の対立の中にあり、伝説では宮廷から追いやられた彼女(一族)が最後の抗戦をしたのが、「殺生石(せっしょうせき)」で知られる、栃木県那須町の那須湯本温泉辺りということになるのだろう。玉藻前つまり九尾の狐は、死後毒石に変じた。この殺生石の「付近一帯には硫化水素、亜硫酸ガスなどの有毒ガスがたえず噴出して」いるとのこと。美しきものの毒気はすさまじい。

死と隣り合わせの妖気に触れようとするのは伝説だけではない。火山噴火や溶岩流の写真家でもあった火山研究者のクラフト(Krafft)夫妻が、雲仙・普賢岳の火砕流の犠牲になったことを忘れることはできない。
彼らが世界の火山を撮影したビデオのなかで、モーリス・クラフトがハワイの滑らかに流れる溶岩流を解説しながら、その溶岩流に金属の船を浮かべて乗って流れてみたい誘惑にかられることがあると語っていた記憶がある。

2010年8月13日金曜日

イ・ソンヒの「僕のガールフレンドは九尾狐」

メディアダウム掲載のヘラルド経済の記事「イソンヒ '僕のガールフレンドは九尾狐' OST参加」(8/11)によれば、イソンヒは、SBS新ドラマ僕のガールフレンドは九尾狐」のメインテーマ曲を歌ったと次のように報じている。
・ロックバンド「イブ」出身の作曲家Gゴリラ(G고릴라)が書いたメイン テーマ曲「狐の嫁入り(여우비)」(歌詞)を歌った。
・やわらかいメロディに、イ・ソンヒ特有の訴える力が濃い音色でお目見えすることになった。

待ち望んだイ・ソンヒの新曲だ。滑らかにして繊細な何処までも清雅な彼女の歌声を聞くことができる。
なお、ロマンチック・コメディであるこのドラマの主人公として、イ・ソンヒの愛弟子であるイ・スンギが出演している。お相手役は、シン・ミナ(신민아)である。
(Youtubeに登録のVietsub501、LuvBiRain7に感謝)

ところで、九尾狐구미호)について、韓国と日本の民俗伝承にどの程度共通性があるのだろうか。


★★★★★ 孫が、何処から探し出したかサングラスを得意気にかけている写真が届いた ★★★★★

(追記:8/9受信)
★★★★★ 孫が、まるで文字をたどるように声を出して絵本を読んでいる動画が届いた ★★★★★

(追記:8/8受信)
★★★★★ 孫が、父親と二人で行ったファミリーレストランで食事している写真が届いた ★★★★★

ブログ再開

ノートPCを修理に出している間、ブログを夏休みすることにしていたが、昨日届いた修理見積書を見て断念した。今日、PCが戻ってきたのでブログを再開する。
見積書の修理内容によれば、マザーボードの交換、CPUにヒートシンク追加、バッテリー交換?などと、それなら少し足せばエントリーモデルが購入できるので、新しいPCを探しつつ、しばらく現行機で進めることにした。

2010年8月4日水曜日

ブログ夏休み

PCの調子が悪く、ついに修理に送るため、今日からしばらく(来週一杯かな)ブログは休みです。
メーカーの問い合わせ窓口によれば、盆も近いことでもあり、修理日数に余裕をみて欲しいようだ。

★★★★★ 孫が、母親の実家で、西瓜を両手に抱えてニッコリ美味しそうに食べている動画が届いた ★★★★★

2010年8月3日火曜日

山寺音楽会

鉱物採集に向かう山道を走る車窓から、路傍のススキが艶やかな葉を風に揺らせているのを見ると、秋もそんなに遠くないことを知る。
父親が仏教音楽「梵唄(ポムペ)」の伝授者であったことから、インターネットのプロフィールに仏教徒と一般に流布されているイ・ソンヒは、今年も秋には山寺音楽会(コンサート)に出演することだろう。
(本ブログ関連:2009年の4/147/258/279/510/711/712/31、2010年の2/25/205/22

山寺音楽会について、朝鮮日報の昔の記事「住民と一緒に楽しむ山寺の秋の音楽会」(2001年9月27日)は、次のように経緯を記している。(Life in Koreaに掲載)
・この(2001年の)秋、山寺で行われる音楽会が波に乗っている。紅葉が山すそを美しく染めている中、聴衆が集まった法堂のまわりから仏教音楽や国楽(韓国の伝統音楽)・クラシック・歌謡曲が鳴り響く山寺音楽会は、2年前(1999年)に初めて登場して以来、全国に広まりつつある。

韓国の山寺音楽会の歴史は10年近くあるようだ。ところで、イ・ソンヒは仏教の宗派を隔てず出演している。
(本ブログ関連:2009年の9/59/2610/7

2010年8月2日月曜日

孫と街中散歩

日中に久しぶりに孫と会う。しかも武蔵境の街なかで。父親が押すバギーにどっかと座った孫は、笑顔を見せながら近づいたけれど、ちょっと訝しげである。しばらく会っていないからかな。母親は小さな命を身にかかえて家で静養、今回はお休みである。
パッケージに包んだ絵本と水遊び用フロートを渡す。街中では開けないので、あとで自宅で楽しんでくれればよい。食後、本屋(八重洲ブックセンター)で仕掛け絵本を求める。絵本から流れるメロディとリズムに合わせて、保育園で覚えたのか孫は体を振って楽しんでいた。
楽器店(新星堂)では電子ピアノの自動演奏が大層気に入ったようで、鍵盤を打つ楽しさを知ったのか電子ピアノから離れようとしない。3台ほど電子ピアノ巡りをさせられた。孫はもしかするとモーツァルト・・・。
ビル内の空調は体に按配よくないだろうと、駅前の小さな公園でベンチに座り風にあたる。意外に心地よい風が吹いてきた。孫は、石畳の上を走る蟻に目を向けた。逃げ足の速い蟻をいつまで追いつづけても、捕まえることはできないのだが。

さてさて、今回初めて孫の面倒に疲れた。なにしろ、孫の動きに合わせて、半径5m全方位に神経を集中して安全確認をする。公園の中の人のすれ違いに、路上のバギーのそばを走り抜ける自転車に、ショップ内の逃亡に。成長して力強くなった孫は、機敏さも増した。だんだん追いつけなくなるのだろうか。

★★★★★ 孫が、帰宅して、今日渡したおもちゃで楽しく遊んでいるよと伝える動画が届いた ★★★★★

2010年8月1日日曜日

富井鉱山の紫水晶

先月末(7/25)、栃木県の鉱物仲間と日光の西沢鉱山に鉱物採集に訪れた際、富井鉱山の紫水晶標本を分けていただいた方から、xаякава氏が同(富井)鉱山の紫水晶採取場所情報を得て、本日急遽出かけることになった。
朝方の曇り空はやがて強い陽射しの晴れ空に変わり、木漏れ日の中で採集を楽しむことができた。採取場所は、前回(6/6)とほぼ同じエリアであるが、少し目が成長したのだろうか、じっくりと探してついに、紫色がはっきりした小さな紫水晶の群晶(密集していて単結晶をめでることはできないが)を採集した。
今回採集は次の通り。
・紫水晶、水晶(白色)、黄鉄鉱、珪孔雀石、赤鉄鉱、緑泥石

(本ブログ関連:2009年の4/1511/28、2010年の5/36/6

2010年7月31日土曜日

はらぺこあおむし

多分、週刊誌(週刊文春)だったと思うが、科学者福岡伸一博士が子どものころに絵本「はらぺこあおむし」を読んだというエッセイがあって、昆虫少年だった目から、あおむしの食性について一言していた。インターネットの読売新聞の「大人になった虫捕り少年」(5/11)にも、同じ内容?のインタビュー記事が載っている。

ところで、この絵本が随分昔(米国:1969年)からあって、(1976年から)日本の多くの子どもたちにも読まれていることを知り、孫にも見せたいというきっかけになった。来週にでも、この「はらぺこあおむし」の絵本を渡したいと思っている。

(追記)
来週、PCのWindowsを再インストールして、多分!障害回復しなければメーカーのサポートセンターに送る予定。ブログも夏休みになってしまうかも知れない。どうなるやら。

2010年7月30日金曜日

7080世代の代表歌手

昨年のことだが、安城新聞の記事「歌手イ・ソンヒ、ユ・シムチョ 安城(アンソン)に彼らがくる」(2009/4/20)に、アンケート調査による、7080世代の代表歌手を次のように紹介している。
東亜放送芸術大学DIMA)が、(2009年4月末に)大学の野外公演場で「DIMA花咲く春の音楽会」を開くにあたり、大学側が昨年(2008年)のコンサートに参加した市民300人を対象に実施した、「招待したい歌手」のアンケート調査で、キム・ゴンモ(26%)、チャン・ユンジョン(17%)、イ・ムンセ(16%)、ヤン・ヒウン(5%)氏を抜いて、イソンヒ氏が32%で1位を示した。

イ・ソンヒは、7080世代の代表歌手であることに違いないし、いつまでも活躍を続けて欲しい。そして、あの美しい歌声による新曲を待望している。

(追記)
孫にとっては弟か、妹か、新しい命は超音波映像に手足を見せて、心臓の鼓動を伝えたという、うれしい知らせがあった。

2010年7月29日木曜日

港の灯り

ビリー・ヴォーンの「港の灯り(Harbor Lights)」の旋律は気負いなく、サキソフォンの軽やかさも手伝って、行ったこともない南の島の、夕凪の小さな港町をイメージする。裸電球が夕陽をうけて、まだ輝きを増さずにいる、そんなのんびりとした光景だ。
ビリー・ヴォーン楽団のサキソホンの音色は、いつも素直にすっきりして押し付けがましさがない。アメリカやハワイをイメージする曲目が多いが、奏法は何となくフランス?の香りがするのは気のせいか。

(Youtubeに登録のkotetu1011に感謝)

2010年7月28日水曜日

鳥致院桃祭り

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開されている、8月スケジュール情報によれば、彼女は、忠清南道の燕岐郡で開催される「鳥致院(조치원)桃祭り」(8/7~8/8)のイベント公開放送「大田MBC 7080コンサート」に次の通り出演するとのこと。
なお公開放送内容について詳細不明。

・日時: 8月7日(土)、20:00~
・場所: 高麗大学校 世宗キャンパス(忠清南道燕岐郡)
・主催: 鳥致院 桃祭り推進委員会

祭りの概要については、「アジア経済」(7/25)に掲載されている。

2010年7月27日火曜日

イ・ソンヒの水準

alsodong(알소동)に掲載の「イ・ソンヒの水準は童謡レベルだ。 ということに対して.. 」(7/24)に、彼女の歌唱力を、次のいくつものジャンルを歌いこなす映像を視聴して、判断して欲しいという旨が述べられている。さらに、読者から多数のコメントが書き込まれている。
・童謡:「秋の夜(가을밤)」
・民謡:「鳥打令(새타령)」
・フォーク:「朝露(아침 이슬)」
・トロット:「なんで泣く(울긴왜울어)」他
・バラード:「因縁(인연)」
・ポップ:「My way」
・ロック:「美しい江山(아름다운 강산)」
・他にヤン・スギョンとのデュエット(「今は(이제는)」)

2010年7月26日月曜日

大騒ぎ

暑い暑い一日が終わった。夕方、雨が降り始めた有楽町から、東小金井に戻れば駅前の地面は濡れていて雨上がりを知った。辺りに夕立後の爽やかさはなく、ぬるく重い湿った空気が充満していた。

ところで強い陽射しの午前中に、家の鍵と携帯電話を昨日の山歩きの服に入れたまま、玄関ドアをロックしてしまったから、さあ大変。家の中に取りに戻れなくなってしまったのだ。駅前の交番で、鍵屋さんを紹介してもらい、汗を流しながら到着を待つはめになった。無事にドアが開けられ、鍵穴位置の修正までしてもらう。
外出準備を整え、仕切りなおして家を出ることができたが、これでは一日分のエネルギーを使い果たしたようなものだ。
とんだ大騒ぎをしてしまった。

休日を得て有楽町で待つ息子に、携帯電話でようやく事情を説明することができた。昼過ぎ落ち合い、喫茶店でWIMAX利用のPCを見せてもらう。この界隈ではWIMAXの感度は良好で、インターネットの利用は軽快、満足できるものだった。
その後、近くの映画館で「プレデターズ」を見る。登場人物の設定、物語の展開と結末について疑問は禁物。この××暑い夏をいっとき忘れさせてくれる正当なB級映画である。したがって深読みはもっと禁物である。

(付記)
孫のために求めていた、水遊び用の「イモムシフロート」が日曜日に入荷すると、店から連絡があった。

2010年7月25日日曜日

西沢鉱山

栃木の鉱物の会で、先月予定したものの雨天のため今月に順延された、栃木県栗山町西沢鉱山(金山)の鉱物採集に、本日天気に恵まれ行ってきた。
早朝、武蔵野線の東川口駅から、xаякава氏の車にいつものように乗せてもらい、集合場所の日光戦場ヶ原三本松茶屋、および採集場所まで乗せてもらう。
西沢鉱山に至る大きな沢の中を流れる水は白濁して細く蛇行し、転がる岩は砂防ダムをいくつも埋め尽くしていた。岩の上を歩く沢登りは、日ごろの運動不足で萎えた身にはきつい。転んではいけない方向に身がわざわざ傾くのはなぜだろう。
なお代表的な産物の濃紅銀鉱は、採集者が以前見つけた場所に全員を連れて行ってくれたが、残念な結果だった。

採集結果は次の通り。
・本採集場所: 黄鉄鉱、閃亜鉛鉱、褐鉄鉱、水晶、緑泥石、玉髄、銀黒?
・いただき物: 富井鉱山の紫水晶(群)

★★★★★ 孫が、従兄弟と一緒にビニールプールに座りスイカを満足気に食べている写真が届いた ★★★★★

2010年7月24日土曜日

夏の宵

一定の時間を経過すると、PCが突然落ちるという動作不安定になってしまった。HDDの調子がよくないのかも知れない。PCメーカのサポート窓口から、Windowsの再インストールを(原因がOSかデバイスかトラブルシューティングのためにも)推奨されているが、その後の手間を考えると面倒で、だましだまし使っている。ブログの中断もいやだし・・・理由にならない?

遠くの多摩川辺りからだろうか、ドーンという床板を踏むような花火の音が不規則に聞こえてくる。窓から遠くを覗いても住宅街の家並みに邪魔されて何も見えない。軒の合間遠くに光が点滅するような気がした。花火の破裂音はしばらくつづき、フィナーレを飾るように2度の連発のあと静かになった。
花火祭りが終わった後に、玄関先に出ると空が光った。どんよりとたれこもった曇の上で、音もなく稲光りしているようだ。素人舞台の照明のように無粋に、あちこちで点滅を続ける。これから夜半に、雨でも降らせるというのか。

2010年7月23日金曜日

オートリバース

KJCLUBの、「知識と交流」掲示板の「音楽/歌手」に、「韓国歌謡の歴史」(登録者:crazytown)が掲載されている。1980年代については、「チョー・ヨンピルやイ・ソンヒのようなバラード歌手がたくさん出て歌唱力重視の実力派歌手が数多く登場する。」と記述しているが、この時期の話題としてカセットテープのオート・リバースについて次のように触れている。
・韓国のある青年が、カセットにテープをいちいちひっくり返さなければならない煩わしさをなくすのに成功したが、韓国の大企業各社は開発に参加しなかったし認定もしなかった。 結局、彼は日本に渡って、金を受け取ってアイディアを渡すことになる。この機能こそauto-reverseという機能だ。

このことについて、インターネットで検索したが不明。いつ頃、どの企業に対しての、考案なのか、実用新案なのか、あるいは機能試作までしたものか・・・。
ところでカセットテープといっても、今では演歌が中心だろうから、若い人には何のことかわからないかも知れない。まして、オート・リバースといっても・・・。レコードの裏返しもしてくれるジュークボックスだって同様だろうけど。

2010年7月22日木曜日

鶏肉のソテー

6月からほぼ毎週開かれた地元の「男性の料理教室」(全6回)は、今日が最終回で、「鶏肉のソテー、茶碗蒸し、フルーツ杏仁豆腐、野菜の即席漬け」だった。慣れてきて上達したというわけではないが、なかなかのできだ。美味かった。
(本部ログ関連:6/3
この料理教室は、4人一組の5班に分かれ、後援会からサポート(もちろん男性)の方がそれぞれ班に付いていただいたうえで調理する。毎回3品~4品のメニューを4人で分担して取り組み、ともかく料理の形(盛り付け)ができあがる。
それが自宅に戻ると、今もって台所で再現できる自信がない。配布のレシピを元に、必ず追試せねばならないと思っている。(この追試は、科学的な追試なのか、追試験なのかどちらやら・・・)

ところで料理の、材料、下ごしらえ、調理という段取りは、まるで実験や作業という仕事の段取りと同じだ。料理本(マニュアル)に、このような段取りを明確にして、時間軸を入れたフローチャート表現で解説したら、おじさん達に意外と受けるのではないかと思うが。

2010年7月21日水曜日

桃色吐息

イ・ソンヒがMBCの第5回「江辺歌謡祭」(1984年)で「Jへ」を歌い大賞受賞した同じ年に、高橋真梨子の「桃色吐息」(作詞:康珍化、作曲:佐藤隆、昭和59年)は、宝石店のテレビCMソングとして登場しヒットした。
考えてみたら高橋真梨子は、イ・ソンヒよりも一回りと少し上の団塊世代の歌手だ。落ち着いた感じがするものの若々しく見えたし、そう思っていた。今も圧倒的な存在感のある彼女は、Wikipediaによれば、「中高年(特に同年代の女性)の人気が高い」とのこと。
そういえば、ケイ・ウンスクで初めて聴いた「for you…」も高橋真梨子の歌だったな・・・。3年前の高橋真梨子が歌う「for you…」の映像を視聴してリスペクトを禁じえないでしょう。

(Youtubeに登録のsabusan678、eden6950、sean1949jpに感謝)

<桃>を話題に探したつもりだったが・・・。

★★★★★ 孫が、両親の夏休みに山梨へ桃狩りに行き、桃2個を両手に抱えている写真が届いた ★★★★★

2010年7月20日火曜日

中浪区シネマ&ミュージックフェスティバル

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開の、7月の彼女のスケジュール情報によれば、ソウル中浪区(중랑구)で開催の「真夏の夜の中浪川文化フォーラム 第6回シネマ&ミュージックフェスティバル」(7/22~7/24)に次の通り参加するとのこと。
フェスティバルの詳細は、アジア経済の記事「第6回中浪シネマ&ミュージックフェスティバル’オープン」(7/19)に述べられている。
・日時:7月23日(金)、18:00~
・場所:中浪川水辺 中和体育公園
・出演:イ・ソンヒ、コンアドゥル、ほか多数
・主催:中浪区庁 文化体育課

(Youtubeに登録の013picに感謝)

2010年7月19日月曜日

小石川植物園

猛暑の中、小石川植物園に、「ショクダイオオコンニャク」(サトイモ科、スマトラ島固有種)を見に行く。この植物の名前を漢字にすると「燭台(しょくだい)大蒟蒻(おおこんにゃく)」だろう。葉が茂る時期を終えて現在、コンニャクの地下茎の上に<花>だけが姿を見せ、開花直前である。
テント展示場所そばで配布されていた小冊子「巨大コンニャクのなぞ タイタンとギガス」によれば、ショクダイオオコンニャクの<花>の下側で膨らんでいる燭台の台に当る部分を「仏炎苞(ぶつえんほう)」と呼び、葉が変形したものが雄花群、雌花群を内部に包んでいる。<花>の上側で燭台の蝋燭(ろうそく)に当る部分を「付属体」と呼び、これら<花>の集まりを「花序」と呼ぶとのこと。 以上の構造から「世界一大きな枝分かれしていない花序を持つ植物ということになる」そうだ。
開花すると、仏炎苞が外側に開き、付属体からは独特な臭い※を発するという。今日は、残念ながら、開花を目にすることができなかった。明日、開花するかもしれない。
(※)有機硫黄化合物のジメチルジスルフィド など。
サトイモ科のDNAによる分子系統樹を見ると、おもしろいことに、ミズバショウ>ウキクサ>>コンニャク>>サトイモなどの関係になるそうだ。ミズバショウから?とか、ウキクサがどうして?ということだろう。

厳しい日差しを避けて、植物園の大きな木立の下に佇むと、風を受けて意外に涼むことができる。都会の中にいながら静かに森の豊かさとを感じることができる。この小石川植物園は、映画「赤ひげ」の舞台になった小石川養生所があった所であるが、植物園中央の旧養生所の井戸にしか歴史の面影を知ることはできない。
歴史的な話題といえば、温室手前に、ニュートンの(生家にあった)リンゴの木が接木されて、枝を大きく広げるほどまで育ち、見上げると小つぶながら実を膨らませている。これを食べたら・・・。



2010年7月18日日曜日

孫と万華鏡

万華鏡の言葉に曼荼羅の響きを感じる。物理的には、円筒に内装された鏡面の反射を利用したものだが、さまざまに変化しながらも美しく調和する不思議な世界を見せてくれる。
先日の「東京国際ブックフェア」で入手した幼児向け万華鏡とお絵かきボードを持って、朝早く孫宅に行った。玄関先で渡すつもりが、若夫婦の言葉に甘えて孫に会い、少しの時間お邪魔する。万華鏡を大人の手で眼前で回転して見せると、孫はニッコリと興味深げに覗いていたが、自分の手に持って遊ぶには未だ早すぎたようだ。

今日はうれしい話があって、孫に弟か妹ができるというのだ。何も知らない孫は、今は主人公であるが、これから少し試練が待っていることになる。今度会うときには思いっきり遊ぼうね。
それに、9月には運動会があるというのだ。孫がいったい何をするのだろうと、皆で楽しみにしている。

愛唱童謡集

イ・ソンヒは1993年4月22日に、ソウルレコードから「愛唱童謡(애창동요)」を出している。この愛唱童謡集には18曲の童謡が収録されている。
今のところYoutubeにイ・ソンヒの童謡を聴けるのは、「兄さん思うと(오빠 생각)」(作詞:チェ・スンエ(최순애)、作曲:パク・テジュン(박태준))だけのようだ。音源が上記アルバムのものとすると、幼い願いを託して兄を慕い待ちつづける妹の思いを、当時妊娠中のイ・ソンヒが澄んだやさしい声で、語り聞かせてくれるような気がする。

(Youtubeに登録のMrBulnabiに感謝)

ところで、最近、イ・ソンヒ公式ホームページの「Diskgraph」掲載のレコードやCD写真が充実したようだ。

2010年7月17日土曜日

梅雨明け

毎日jpによれば、「気象庁は17日(本日)、九州北部から関東甲信地方で梅雨明けしたとみられると発表した。」と報じている。確かに、梅雨明けに違わぬ夏らしい暑くて晴れた空が広がっている。
昨年の気象庁発表では、関東甲信地方の梅雨明けは7/14だったので、3日ほど遅れているが、平年の7/20と比べると3日ほど早い。
(本ブログ関連:2009年の7/14

梅雨明けといって何も変わるわけではないが、子どものころに比べて、年毎に梅雨の長さが短くなっているように感じてしまうのはなぜだろう。そして、梅雨を昔のように苦に思わなくなってきている。

2010年7月16日金曜日

シン・スンフン

シン・スンフン신승훈:申昇勳)大好きという話題を身近に聞き、インターネットで探した。
彼の歌う映像で、Youtubeの再生回数が最も多い(388,250 回)と思われるものに、「日韓友情音楽祭」※に出演して、映画「猟奇的な彼女」の主題歌「I Believe」を歌っているものがある。ゆったりとして心地よい清潔な彼の歌声は、なるほど女性を魅了しつづける「バラードの皇帝」といわれる所以だろう。
(※)同音楽祭は2005年1月2日にNHK(デジタルBS Hi )で放送(司会:宮本隆治、ユンソナ)された。

・Wikipedia(jpkr)によれば、彼は1968年3月21日(陰暦)に誕生して、1990年11月1日自作曲「微笑に映った君」でデビューし、今年でデビュー20周年を迎えるそうだ。
・なお、KBS1の番組「歌謡トップ10(가요톱10)」(1981年2月10日~1998年2月11日)で、1位になった回数が多い歌手の1位はチョー・ヨンピル(조용필)の68週、2位はシン・スンフン(신승훈)とイ・ソンヒの26週である。
(本ブログ関連:2009年の8/19、2010年の2/28

(Youtubeに登録のjoakimh83、jyun523に感謝)

2010年7月15日木曜日

ヘイ(해이)

インターネットのQ&Aに、バラードの代表歌手イ・ソンヒの話題から、他の韓国女性歌手をコメントするものがあった。馴染みのない歌手と曲が挙げられていたが、そのなかに歌手ヘイ(Hey:해이)の曲「Je t'aime(쥬뗌므)」(歌詞)が紹介されていたので、早速Youtubeで聞いた。
相合傘のアベック(おっと古いな、でもこの曲はフランス語版歌詞:ブログMaison de chloeより》もあることだし・・・)や、朝のコーヒーを空想するかわいい恋の歌だ。歌手のヘイについては全く存じませんが、甘えたハスキーな声質に、パク・へギョンを思い出した。彼女たちの声質は、イ・ソンヒと対極だがついつい聴いてしまう。可愛らしいね。
(本ブログ関連:2009年の8/29

(Youtubeに登録のbnb5425、yoojeongyeonに感謝)

2010年7月14日水曜日

Jポップな日本語

書店でチラリと見て、いずれ手にしようと思っていた「Jポップな日本語」(井上ノリミツ、主婦の友社)を購入した。立ち読みして思わず吹き出しそうになるので、自宅で遠慮なく読むことにした。
同書は、Jポップに典型的な語彙、フレーズなどを網羅して、それぞれに「悪魔の辞典」のような諧謔的な解説を加えている。
同書でも触れているが、Wikipediaによれば、「J-POPという言葉はラジオ放送局J-WAVEから1988年末に誕生した造語」だそうだ。

この本のPART5 には、「年齢がバレる!? 『Jポップな古語』」も用意されている。記載の80年代の「古語」に抵抗がなく、親和的なひとは必読だろう。当時の語法がしっかりと沈着していることを知らされるわけだから。
タレントがテレビの座談で、デビュー時の映像が映されると身の置き場がないように照れることがあるが、当時※を共有した視聴者も、そんな感覚を持つべきなわけで・・・。その頃、どんな世代で、どこに住み、Jポップとどのように接していたのか・・・。
(※)日本の得意絶頂期(日経平均チャート:「全データ」で参照)の言葉だったわけで・・・。

ただし残念なことに、この本が紹介する一言一句には、根拠となる歌(歌詞)が付されていない。同書の素材は「Jポップな日本語」であって、「Jポップの日本語」ではないようだ。つまり、あくまでも「Jポップ風な日本語」の解説書である。

(本ブログ関連:1/247/3

2010年7月13日火曜日

500系

新幹線の一番好みの車両は、500系(JR西日本)だ。関西への出張時には時刻表をにらんで、できるだけ500系を使うようにしていた。つまり早朝にだって構わないわけで・・・。東京駅のホーム端で500系を待ち受けて、運転席やパンタグラフをひとしきり眺めた後、座席に着いたものだ。
決して鉄道マニアではない。けれど500系の容姿は夢を与えてくれた。今でもその斬新さは衰えていない。その後の、700系以降の車両デザインは流体力学に適応しているのだろうけれど・・・。

玩具「プラレール」は、今でも500系が品揃えされている。あのデザインは、子ども心をそそると思う。以前、孫に選んだプラレールは、当然500系のセットだった。ただし動きの速いおもちゃの車両に、1歳と少しの孫はひいてしまったそうだ。

ところで、「鉄道用語の不思議」(梅原淳 朝日新書)に、「系」について次のような解説がある。
・鉄道法に基づいて、鉄道会社は電車や客車の番号を提出するが、車種(電動車、普通車など)から構成される車両グループ名については求められていない。
・JR(全7社)および大手民鉄(16社中13社)は、車種から構成される車両グループ名に「系」を採用しているが、大手民鉄の中で京成電鉄、小田急電鉄、京浜急行電鉄は「形」を採用しているとのこと。

2010年7月12日月曜日

因縁(인연)

イ・ソンヒのアルバム13集「四春期」(2005年)の収録曲「因縁(인연)」については、映画「王の男(왕의 남자)」(2005年)のOST曲といわれることがあるが、インターネット情報によれば、映画中使用されていないという。このことを知ってしまったため、同映画は未見である・・・言い訳かな。

「因縁」について、MBCのインタビュー番組「黄金漁場-膝打ち道士」(2009年)に出演したイ・ソンヒは次のように語っているという。(悲恋と悲劇を併せ持った)MBCテレビドラマ「チェオクの剣다모:茶母)」(2003年)の、主人公チャン・チェオク(ハ・ジウォン(하지원))と、彼女が仕えるファンボ・ユン(イ・ソジン(이서진))との関係からインスピレーションを得たと。
(本ブログ関連:2009年の8/148/229/20

「因縁」の旋律は、イ・ソンヒのバラードの中でもユニークで、随分と中国風の香りがする。(Youtubeのリンク先を女子十二楽坊と競演するものを選んだ)
それに、「チェオクの剣」の前半アクション場面では、随分と(まるで香港映画のような)ワイヤーアクションを多用していたし・・・関係ないか。

(Youtubeに登録のjaysbar4u、alrexに感謝)

2010年7月11日日曜日

鉱物の会の例会

鉱物の会の例会に四谷に行く。行きは日差しがあったものの帰りは雨降りだ。最近、この天気パターンが多いような気がする。
例会の最初のプログラムは、ベテラン会員による宮崎県大吹鉱山の採集報告だ。同地はスカルン鉱床で、地表は石灰岩だけ見えるそうだ。六角柱のミメット鉱や丸い菱カドミウム鉱(Otavite)など顕微鏡レベルの鉱物を中心に、アマチュアを標榜しながら、電子顕微鏡写真まで駆使して説明された。したがって、永遠の初心者は、すごい!を連発するだけだったが、うれしいことに全員にダンブリ石のお土産が配られた。

次のプログラムは、会員が自慢の鉱物をお披露目した。見てわかる、大きなサイズの鉱物が展示された。茨城県錫高野の鉄(マンガン)重石に投票したが、全員投票の結果、入賞からもれた。1992年採集とのこと。今では全く考えられないサイズだ。

例会へ出席すると、いつも有志による鉱物標本の提供がある。今回は、水晶の群晶(福島県:蛍鉱山)、錫石(茨城県:大正鉱山)などをいただいた。

★★★★★ 孫が、オレンジにスッパイ!顔の写真が例会途中に届いた(笑い声出せず我慢) ★★★★★

2010年7月10日土曜日

第17回 東京国際ブックフェア

「第17回東京国際ブックフェア」は、今日・明日一般公開される。陽の照り返しがきつい今日、会場の東京ビッグサイトへ出向いた。
姜尚中氏(東京大学院教授)の講演が始まるまで、面白いものはないかと会場を巡った。多数の来場者もあり、ムンムンとした会場の熱気に汗だらけになった。
・まず孫のためを優先して、「『はらぺこあおむし』万華鏡」と「お絵かきボードブック」を手に入れた。
・次に自分のために、同時開催の「教育ITソリューション」会場の韓国企業ブースで、電子回路学習用教材「NEO GEM BLOCK」を購入した。はんだ付け不要のブロック・タイプのキットで、光センサーにより、①陽が落ちるとランプ点灯、②光感知してメロデイーが鳴るの2種類の回路を楽しめる。

姜尚中氏の講演「読書の力-『自己内対話』が開く世界」は、超満員の会場でおこなわれた。入りきれない聴講申込者のために、モニター会場が別途設けられた。
講演タイトルの通り、同氏の若いころの読書経験がいかに人間形成に寄与したかを次のように説明された。
・まず、文字を知っているからこそ読書ができること。それは天が与えてくれた最大の恵みかもしれない。文字を知らなければ外と断絶する。究極の疎外である。
・読書することで、自己と対話ができる。それは、もう一人の自分を発見することである。その結果、他者と向き合い対話できる。そのことが、また読書につながっていく。
・自己内対話により、記憶に溺れることはなくなる。その結果、記憶が整理され、忘れることができるようになる。
・子どもは自ずから学んでいく。経験から見て、系統的な読書という考え方は不要でないか。
・読書は、本を通じて、書き手と読み手の対話であり、本を通じてしかできない絆である。
以上のほかに、同氏の現在と今後の取り組みについても語られたが省略する。

ジェロの歌う「Jへ」

演歌歌手のジェロにはカバーアルバムがあって、すでに3集目という。第3集「カバーズ3 ~Roots of Jero~」(6月16日)は、彼の人生と深いつながりのある曲目を選んでいるそうで、ラジオのインタビュー番組で主な曲についてエピソードを語っている。アルバムには、イ・ソンヒの「Jへ」が収録されていて、きっかけが番組内で紹介されている。彼の祖父が言葉を超えて愛した曲であり、祖父との別れに歌われたという。
また同番組の最後に、彼の第5弾の新曲、浜圭介作曲による「嘘泣き」(6月16日)を一部聞くことができる。浜圭介は、ケイ・ウンスクの初期主要作品を作曲している。

ところで、ジェロは、チョー・ヨンピルの「釜山港へ帰れ」もカバーしている。歌手の独自性を過度に強調しない、原曲を尊重した丁寧な歌い方に、彼の人柄を知る思いがする。(Youtube登録者の解説を開けると、ジェロのプロフィールを読むことができる)

(Youtubeに登録のsupakuringuwain、kkk1sskkに感謝)

2010年7月9日金曜日

イ・ソンヒの話

ウエブサイト「サプライズ(서프라이즈)」に掲載の「とても個人的なイ・ソンヒの話」(7/2、投稿者rosamin)には、90年代前半のイ・ソンヒの活動を、ある個人の視点で紹介している。次のような、当時の彼女の姿や新しい情報を知ることができる。

・(投稿者が)初めて彼女を見たのは、1995年、(民主党の)趙淳(조순)ソウル市長候補のキャンプであった。選挙応援していた彼女は、 真っ白で透き通るような肌で小柄、まこと小声であるがくっきり聞こえてくる彼女の清らかな声を忘れることができない。(←なお、同候補はソウル市長に当選した)
・今でこそ多くの芸能人が政治集会に参加するが、・・・当時そのような集会に姿を見せる芸能人は殆どいなかった。
・イ・ソンヒは、1991年に27才最年少の年齢で(ソウル)市会議員を努めたし、民自党で始めた政治はまもなくDJ(金大中、Kim Dae-jung)の民主党に移して政治をすることになる。
・図書館で手にした時事週刊誌に掲載の日本記者の(イ・ソンヒの選挙取材した回顧)文から、彼女の政治入門の話に接することができた。

以上の中で、彼女が民自党から民主党へ移った時期がいつなのか、また時事週刊誌の日本人記者の記事については、日本で発行の週刊誌記事なのかどうかも含めて知りたいものだ。

(本ブログ関連:2009年の8/3110/29、2010年の3/174/14/26/20

2010年7月8日木曜日

第4回 勤労者企業人のための公開音楽会

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開の、今月の彼女のスケジュール情報によれば、京畿道城南(성남)市で開催の「企業愛公開音楽会」に次の通り参加予定とのこと。
なお公演内容については不明。

「第4回勤労者企業人のための城南愛 公開音楽会」(参考:interparkより)
・日時:7月14日(水)、19:30
・場所:城南アートセンターオペラハウス

開かれた音楽会という名称ながら、城南アートセンターの月間公演案内には当日の公演情報がない。またinterparkのチケット情報には、いまだイベント名・開催日・場所のみしか表示されていない。

城南産業団地管理公団ほか主催によるもので、地元企業1社当たり5名までの参加申込が必要とのこと。ただし、日程がつぎのような上記と異なる。赤字表記があるので、日程変更されたのかもしれない。
・日時 :2010年7月9日(金)、19:30〜21:30

どうも、もたもたしたので、お口直しにイ・ソンヒの日本語の歌「見せたいけしき」を以前のブログ(2009年の6/28)で聞いてみよう。これですっきりしたいものだ。

2010年7月7日水曜日

七夕飾り 2010

今日は雨の七夕である。(去年の七夕(7/7)は、雲の切れ間から空を覗くことができたようだが)
孫に七夕の飾りを見せたいと笹を街中探した。昔はこの時期になると、露天商が笹を売っていたものだが、さて今は何処に探せばよいのかと戸惑った。勘を頼りにたどり着いた「JAむさしの」小金井経済センターに笹が置いてあるのを見つけた。

折り紙を短冊に切ってパンチで穴をあけ、願いごとを書くサインペンや吊るすための糸も用意した。準備万端、これらを持って今夕訪問しよう。なに、玄関先で渡すだけのつもりだ。
孫は喜んでくれるだろうか。若い両親は、面倒なことをと思わないだろうか、気になるが何故か満足している。

一日雨降りの今日、孫の記憶に七夕飾りがわずかでも残ってくれれば幸いである。

(追記)
というわけで、孫宅に訪問して長居する。若夫婦は短冊に願いごとを書いて笹につるした。孫の手の届かぬよう高いところに置いたので、孫は見上げるように一瞥したが、それ以上興味は示さなかった。でも七夕飾りの前で記念写真を撮ったのだから、いずれその光景を思い出にしてくれるだろう。
そうそう、孫は幼児顔から少年顔へ顔つきが変り始めた。そして一段と自己主張できるようになった。水羊羹が気に入ったらしく、父親に分けるのは拒んだが、チューはOKだった。水羊羹をどうしてもとねだると、空の手づかみで渡す真似ごとをする。随分と成長したものだ。感心してしまう。
行きは曇天だったが、帰り道雨に降られた。

2010年7月6日火曜日

ソン・ジイェ

インターネットを巡っていたら、ソン・ジイェ(손지예) という歌手の「今は愛することができません(이젠 사랑할 수 없어요)」(1988年)に出会った。
同曲は、まるでイージーリスニング風の軽やかな前奏からうって変わって、しっかりバラードになる。彼女の声質は、随分と甘えた声だけれどあくまで清潔で、イ・ソンヒのように突き出す高音が印象的だ。
(Youtubeに登録のhsfine0768に感謝)

ソン・ジイェについて、どういう人なのか調べてみると、「ILDAROCOMの『韓国女性音楽家の再照明-7』」(2004年4月18日)に次のように紹介されている。
・彼女は、ギターとジーンズ世代に明洞といえば広く知られた<シェルブール>で歌を歌った。同所は、イ・ムンセやチョン・ヨンノクも落ちたといううわさがあるほど実力派歌手らだけを選別した、1970年代から有名なところで(略)もある。
・ソン・ジイェの特性を最もよく見せるのはやはり特集(アルバム?)の「今は愛することができません」だ。
・ソン・ジイェの声は独特で、・・・セクシーな印象を感じさせる若干の鼻音が混ざりながらも、汚れていたり退廃的でない。 かなり不思議な調和をなす声だ。

ところで、KBS Worldに、映画「接続」の挿入歌リストがあり、その中にソン・ジイェの「私よりもっとさびしい人に(나 보다 더 외로운 사람에게)」が紹介されているが、同曲をインターネット上で見つけることができなかった。

(追記)
息子から、ジョニー・キャッシュ(Jonny Cash)の「Hurt」が渋く、感動的と紹介があったので、早速Youtubeで聴いて見る。
(Youtubeに登録のbeachbuggyに感謝)

★★★★★ 孫が、オモチャの自動車に乗って、「エイエイ」の掛声に「オー」と手を上げる動画が届いた ★★★★★

2010年7月5日月曜日

輝きの科学

先日、NHK教育TVの番組「極める!」で、「佐野史郎のなぞの石学」(全4回)が始まったことを本ブログに記した。

(本ブログ関連:6/28

第2回の今日は、「輝きの科学」である。<鉱物学>の立場で、堀秀道氏から鉱物結晶の美しい世界が語られた。堀先生は、鉱物科学研究所長であると同時に、鉱物同志会の会長をされている。
番組テキストの解説とは別に、番組内では、美しい鉱物結晶の紹介や、瑪瑙採集がレポートされた。

<堀先生による鉱物の解説>
・鉱物標本の瑪瑙(めのう)、ペンタゴン石、霰(あられ)石、水晶、蛍石(紫外線照射で蛍光を発する)などの紹介。
・鉱物の属性について、金属光沢(反射)/非金属光沢(例:透明な水晶)、結晶と組成(水晶と瑪瑙は組成が同じだが結晶が違うこと)、鉱物生成の温度と圧力などについて説明。
・自然の水晶の種類と、合成水晶の現代の利用を「水晶時代」という言葉を使って紹介。

<佐野史郎氏の石への思い入れ>
・SF小説「結晶世界」(J.Gバラード)から鉱物結晶への思いを紹介。
・検波器に方鉛鉱を利用した鉱石ラジオの実験。

<お二人による瑪瑙採集レポート>
・三浦半島某海岸での瑪瑙の採集。
・瑪瑙採集のポイント:①大き目の砂石がある波打ち際、②透明度のある石、③縞模様がある石
・瑪瑙の生成について、火山の(温泉)熱水の珪酸成分が冷えてできることの紹介。

鉱物ウォーキングガイド

新宿三越上階のジュンク堂書店にしばらく振りに訪れて、「鉱物ウォーキングガイド 全国版」(松原聰、丸善書店:2010年5月31日)を購入した。著者の松原氏は、国立科学博物館地学研究部長をされている。

5年前に同著者による、「鉱物ウォーキングガイド」(松原聰、丸善書店:2005年9月20日)が出版されている。紹介地域は、福島県(1)、新潟県(6)、栃木県(3)、茨城県(1)、埼玉県(4)、山梨県(3)、静岡県(1)、東京都(5)の約24ヵ所である。
主に関東および近縁の地域である。このうち採集に行ったのは6ヶ所に過ぎない。

今回<全国版>の紹介地域は、鹿児島県(1)、熊本県(1)、山口県(1)、岡山県(1)、高知県(1)、福井県(1)、石川県(1)、富山県(2)、岐阜県(1)、長野県(3)、山梨県(2)、群馬県(2)、東京都(1)、福島県(2)、秋田県(1)、岩手県(2)、北海道(1)の24ヵ所である。
さすがに全国のため、一つも訪問したところがない(わずかに記載されているところなら2ヵ所だが)。苦しい言い訳をするなら、もっぱら茨城県と栃木県を採集エリアにしているからだろう。

2010年7月4日日曜日

グリーンスリーブス

昔のTVドラマの思い出だが、すべて曖昧のため、印象だけが残っているものがある。
毎回、SFのハード・コアからファンタジーまで、ストーリーがいろいろと変わる「アウターリミッツ」という番組があった。果たしてその番組だったのか確証はない。ある若者が森深く迷い込み、とある古い館に独り住む少女に会うのだが、それは時空を超えた出会いだった。二人の想いとは別に、やがて時空の捩じれは戻り、彼らは悲しい結末を迎えることになる、そのような物語なのだ。

ドラマの背景に、別れを予兆させる「グリーンスリーブスGreensleeves)」の旋律が流れていたように記憶する。そう思い込んでいるだけかもしれない。古風な、そして決して華やかではなかった過去に住む少女の面影に、その旋律はとてもよく似合っていたような気がする。

(Youtubeに登録のpitbikecrazyに感謝)

2010年7月3日土曜日

歌謡曲名の表記

以前、イ・ソンヒの「Jへ」(1984年)も含めて、韓国の歌謡曲(歌詞)について語彙頻度分析をした論文(劉 美貞:2006年)を見たことがある。
(本ブログ関連:1/24
インターネットを探すと、今度は歌謡曲名(タイトル)について表記分析した論文「韓・日の歌謡曲名の表記変化の研究-1970年から2005年までを中心に-」(Yoon Sa-Yeon、中央大學校:2007年)があった。韓国歌謡曲については次の通り。

<時代別歌謡曲数:構成比> 調査対象曲(イ・ソンヒの「Jへ」を含むかどうかについては不明)
・1970-1979年(171曲:3.0%)
・1980-1989年(500曲:8.8%)
・1990-1999年(2,030曲:35.5%)
・2000-2005年(3,015曲:52.7%)

<時代別曲名表記のパターン分類(曲数:構成比)>
曲名パターン---------1970年代-----1980年代------1990年代------2000年代--
・ハングルのみ:------171(100.0)---495(99.0)----1,770(87.2)---2,055(68.2)
・漢字含み:---------------------------------------12(0.6)-------29(1.0)
・アルファベット含み:------------------5(1.0)-------248(12.2)-----931(30.8)

1980年代に登場したイ・ソンヒのデビュー曲「Jへ」は、アルファベット含むものとして、先駆的位置にあったといえるだろう。

2010年7月2日金曜日

「美しい江山」の変貌

シン・ジュンヒョン(신중현)の作詞・作曲による「美しい江山(아름다운 강산)」には、キム・ジョンミ(김정미)のバージョンと、イ・ソンヒのバージョンがある。(※:キム・ジョンミのYoutube映像と歌は一致しない)

ブログ「cinemarxの文職人(cinemarx의 글공장)」の「歌唱法の違いは政治的な違いを作る2」(7/2)によれば、二人の歌唱法には、結果として次のような違いがあるというのだ。
(本ブログ関連:2009年の11/17、2010年の2/10

・(「美しい江山」の)<歌詞>だけ見れば余りにも露骨な国家礼賛だが、・・・キム・ジョンミが歌ったバージョンは、・・・「退廃的な<歌唱法>」と指摘を受けた彼女は、この曲でも退廃美を思う存分発散する。
・キム・ジョンミのバージョンの反語法を証明するのは(=際立たせるのは)、その正反対側にあるイ・ソンヒのバージョンだ。 きれいな声と突き出す<歌唱法>のイ・ソンヒは、直説的な<歌詞>を直説的な<歌唱法>で倍加させる。

(Youtubeに登録のPAPPT1、blacflag、pops8090に感謝)

敢えて申せば、時代に受け容れられる歌手は、その時代の聴衆と合わせ鏡の関係にある。歴史はその鏡の隙間を流れ、大衆はとても柔軟である。

(参考)シン・ジュンヒョンについて
・7/4の世宗大劇場におけるシン・ジュンヒョンの〔公演情報〕に、彼についての詳細な解説がある。
・「Jo!ns(中央日報)」(6/25)掲載の「newsen」の記事によれば、シン・ジュンヒョンはYTNの番組「ニュース&イッシュー」(6/25)に出演して、70年代の苦難の時代、その後の音楽環境の変化に対する戸惑いと適応について心境を語った。

2010年7月1日木曜日

民選5期イベント

dongA.com(東亜日報)の記事「[首都圏]“低姿勢につましく”…7月1日民選5期の団体長就任式」(7/1)によれば、「民選5期当選者等の就任式が1日一斉に開催される。就任式を一日に控えて、あらかじめ調べた結果、大部分予算節減の立場から質素な行事を準備していた。」 と報じている。

そのなかで、「(ソウル)中浪区(중랑구)も、(就任式費用を当初1900万ウォンと予想していたが)過度に派手に見えるという指摘に(500万ウォンに圧縮した)」結果、「(就任)式典行事に歌手イ・ソンヒ氏と交渉した舞台を取り消した。」そうだ。イベント業界にとっては厳しい時代に移行しつつあるのだろう。

ところで<民選5期>については、サムスン経済研究所(SERIJapan)の「民選の地方自治5期の政策課題」で次のように記している。
・韓国では、第5回全国同時地方選挙が2010年6月2日に実施された。
・1995年6月の全国同時地方選挙を通じて、民選の地方自治制度が再発足してから15年が経過した。
・2010年7月1日には、いよいよ民選の地方自治5期が発足する。

★★★★★ 孫が、同じ学年になるいとこに手を引かれて、可愛い二人の散歩する動画が届いた ★★★★★

2010年6月30日水曜日

仏国寺

本ブログに先日(5/316/86/22)紹介した、「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)に記載の錫高野、高取鉱山につづき、仏国寺について次に記す。
なお仏国寺は、錫高野への入り口のひとつでる。(本ブログ関連:3/28

「仏国寺<七会(ななかい)村>
西茨城郡七会村塩子にある寺。真言宗豊山派、岩谷山清浄院と号す。本尊は十一面観音で、岩谷観音として信仰を集める。寺伝によれば行基の開創という。古くから関東の高野山、女人高野山として広く信仰されていたといわれる。慶長年間に教導上人が中興してから寺勢が盛んになった。幕府からの朱印寺領は10石とも25石ともいわれる。本尊の十一面観音は室町末期~江戸初期の作(県文化財)。水戸藩家老が奉納したと伝える貞亨元年在銘の銅造梵鐘(県文化財)などがある。」

(参考)西茨城郡七会村は合併により2005.02.01から東茨城郡城里町になりました。(日本郵便

2010年6月29日火曜日

ザ・ウォーカー

今日の昼間は、大変蒸し暑かったものの天気は良かった。久し振りに息子と一緒に、有楽町マリオンにある丸の内ピカデリーに映画「ザ・ウォーカーThe Book of Eli)」を見た。
主人公のイーライ(デンゼル・ワシントン)は自らを使命として、一瞬の光に廃墟となった世紀末後のアメリカ大陸を、ある<書物>を背に西海岸へと横断する。途中、荒廃した町の支配者カーネギー(ゲイリー・オールドマン)はその<書物>の価値(効用)を感知して、多数の部下を死に至らしめてまで、その奪取を試みる。結果、支配者はその<書物>を手に入れるのだが。
果たして、<書物>は何を語っているのか。支配者は、それを読むことができるのか。そして、主人公イーライは、使命を果たすことができるのか。
イーライは、彼を慕う娘ソラーラ(ミラ・クニス)と伴に、その聖なる<書物>が復活すべき場所にたどり着くことができる。彼こそは、稗田阿礼であった。

映画の物語は、「マッド・マックス」+「ポストマン」+アルファをイメージする世界にあるものの、題材の<書物>の意義を重視するなら暴力場面はどう理解すれば良いのだろうか。あっ、それからソラーラの母親クラウディア役のジェニファー・ビールスが美しく印象に残った。

ところで帰宅途中に、雷鳴をともなう土砂降りに遭い、駅前の喫茶店で長時間過ごして、ようやく帰宅することができた。

★★★★★ 孫が、激しい雷鳴と雨音に驚いて父親のふところに飛び込んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月28日月曜日

佐野史郎のなぞの石学

今晩(22:25~)からNHK教育TVの番組「極める!」で、「佐野史郎のなぞの石学」(全4回シリーズ)が始まった。

第1回は、タイトル「古代のパワーストーン」で、古代日本の神々と石の関係を<祭祀考古学>の立場で、「神話のふるさと・島根県出雲」ほかを訪ねて検証する。山中の自然巨石にいます神々を想う古代人の精神世界に触れてみることからこのシリーズは始まる。(【講師】國學院大學名誉教授…椙山林繼)
ところで、「パワーストーン」という言葉には違和感があるが、流行り言葉を使う番組の苦心の立場として了解しよう。

次回の第2回は、タイトル「輝きの科学」(7/5、22:25~)で、堀秀道先生から<鉱物学>の立場で、美しい結晶世界を教えうけることになるだろう。楽しみだ。うらやましい。
そうだ早速、番組テキストを求めねば。(テキスト:「極める!6・7月」 佐野史郎のなぞの石学ほか)

パティ・キムの「Jへ」

パティ・キム(패티김、〔本名〕キム・ヘジャ:김혜자、1938年2月28日~)といえば、日本ならば雪村いずみ(1937年(昭和12年)3月20日~)を思い浮かべてしまう。ほぼ同年齢の二人であり、圧倒的な歌唱力に通じるものがある。
日本で活躍する韓国出身の歌手以外に、直接韓国の歌手のCDを探すきっかけなったのは、パティ・キムの曲集をCDで聞いたときだった。スケールの大きさ、迫力に驚いたが、「愛するマリア(사랑하는 마리아)」のような明るく軽快なメロディーにすぐに馴染んだ。

(本ブログ関連:2009年の2/17

彼女が、イ・ソンヒの「Jへ」を丁寧に歌う映像がある。常々思うことだが、カバーするときに、独自色を出そうとする日本の歌い手と違い、韓国の歌い手は曲そのものを尊重しているように見える。大御所のパティ・キムもその例に漏れない。

(Youtubeに登録のSeoulRiver、hsianggelilahに感謝)

(付記)
イ・ソンヒがSBSの「イ・ソンヒと友人達」で、「私の街(나의 거리)」(1989年)を歌う姿は、ちょっと気難しげだが美しい。
(Dailymotionに登録のgamuwangに感謝)

2010年6月27日日曜日

HDPN-U320K

先日から、WindowsXPの動作が不安定のため、CDにデータ・バックアップをしようと始めたところ大変手間がかかることに気付き(6/25)、ようやく今日、吉祥寺のヨドバシカメラで、電子辞書サイズのUSB接続HDD(I-O DATA「HDPN-U320K」)を購入した。
専用高速化ソフトを使わなくても、あっという間にバックアップ・データはHDDにコピーされた。とても簡単、何で早く気付かなかったのかなあ。おまけに費用は、ヨドバシカメラのポイントを使って最小で済んでしまった。これまた楽々。
でも、Windowsの再インストールは面倒だな。

(付記)
帰り道、吉祥寺駅の書店「ブック1st」で、「ゲーテ地質学論集・鉱物篇」(ちくま学芸文庫、木村直司編訳)を見つけた。鉱物関連ならばと物怖じせず手に入れよう。文学論的強迫感に臆することなく読めるだろうことが幸いである。
鉱物篇の「ボヘミアの森」の「カールスバート」では、宝石彫刻師の標本(コレクション100種)について、個々の標本番号ごとにカールスバート(カールスバット)の現地産状も紹介している。
「この小冊子に見出される記述は、自然の鉱物体を直感的に見ることなしには明確に把握することができない。前提にされるのはむしろ、読者がカールバートの内外で、このコレクションをテクストとして携行されることである。そうして初めて、この注釈書から利点を引き出し、著者の意図を認識し活用することができるであろう。」(p.145)と極めて実践的です。

2010年6月26日土曜日

孫の成長

先週末に風邪で熱を出した孫が、無事に回復したとのことで、快気祝いを口実に会いに行く。孫は、鼻水など風邪の余韻をまだ残しているが、普通に過ごしていた。
孫は、奥の部屋で気持ちよく寝ていた。昼過ぎも寝続けて、夜眠れなくなるのではと、孫の周りを大人たちが囲んでゆっくりと目覚めさせた。孫は気持ち良さそうにころころと寝返りをうった。

1歳4ヶ月を超えた孫は、言葉につながるだろう<声>を発していた。きっと練習をしているのだ。例えば、物を持ちながら、「これ」に近い声で指したりする。
それに、欲しい物の優先順位がしっかりしてきた。母親のカメラが好きなようで手放さない。携帯電話を渡そうとすると、手を出して受け取ろうと反応するが、カメラとの交換を手真似しても首を横に振って拒否するのだ。その他の物を以ってしても同じだった。しまいに、バイバイと手を振って対話を拒絶までした。これは、会話上の応答ができるだけでなく、会話(セッション)そのものを切る意志表示までできるのだ。

そして、父親が寝転ぶと、孫は繰り返し父親の体の上を這っては乗り越えて遊ぶ。父親の存在をますます意識し、さらに家族の枠組みの中での存在まで認識できているようだ。

また、わたしが帰りの身支度をすると、孫は両手を上げて抱っこをせがんできた。2度までも、別れを惜しむ表現をしてくれたのだ。こんなに感動的なことがあるだろうか。こんなにうれしく切ないことがあるだろうか。

★★★★★ 孫が、私の胡坐の上で一緒に絵本を読んで、歌った?動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、父親が布団を使って作った滑り台から転げ落ちる動画が届いた ★★★★★

2010年6月25日金曜日

バックアップ

WindowsXPの調子が悪い。サポートセンターには、OSの再インストールを推奨された。
データをバックアップしようとCDに焼いていたら、手間が大変なことに気付いた(^n^;)。USB接続のHDDを明日にでも用意せねばならないのかなあ。それでだめだったら、新しいPC・・・でも。

ということで、Skeeter Davis の「The End of the World」(1962年)を。
(Youtubeに登録のvezzle12に感謝)

(付記)
そうそう、市役所で参院議員選挙の期日前投票をしてきた。さすがに夜分だけに混雑していなかった。

2010年6月24日木曜日

CD売り上げ状況

Daumミュージック(뮤직)に、イ・ソンヒとのインタビュー記事「イム・ジンモが会った人-イ・ソンヒ」(oimusic 2003年2月号)が載っている。イ・ソンヒがソウルの大学路にライブ劇場を経営していた当時のインタビューである。
(本ブログ関連:1/73/22
<最近(2003年当時)の音楽ファンは、確かにレコードを買うよりも公演を見ようとする。イ・ソンヒも、「レコードから公演に重心が移動していることを実感しています。歌謡界の様子が変わっている。」と楽観を披瀝した。インタビュー中の彼女は、人気歌手というエンターテイナーを超えて、公演会場の経営者の威厳を放った。「小さいけれど大きな」人物、まさにそのイメージだった。>

当時(2003年)の韓国のCDの売り上げ状況を、社団法人日本レコード会「世界各国のレコード売上」で見ると次の通りである。(最近は、ますます厳しくなっていると推測される)
年度__シングル_CD (百万枚)
--------------------------
1998年_0.03__12.5
2000年_0.10__21.5
2002年_0.10__21.4
2004年_0.07__11.5
--------------------------

(付記)
本日の日本経済新聞によれば、「『はやぶさ』カプセルからガス成分回収 JAXA 」と報じられている。小惑星「イトカワ」の土壌成分であるかどうかは、今後の分析で判定されるそうだが、良い結果を期待したい。

2010年6月23日水曜日

Are you Lonesome Tonight

エルヴィス・プレスリーの「今夜はひとりかい?(Are You Lonesome Tonight?)」(1960年 6週間連続1位)は、気のいい若者がいまだ一人合点しているようなセンチメンタルな歌だが、旋律が流れるように美しく、歌の中のプレスリーが語りかける言葉をバックで甘く引き立てる。
それにしてもねえ、早く気付いても良いものを、いつまでも・・・。若者は純情である。 (本ブログ関連:3/164/24

イ・ソンヒの「Jへ(J에게)」も夏の日にかかわる歌だが、こちらは気持を一応整理しているようにも思えるが。どちらにしても、若者にはやっかいな夏が近づいてきている。頑張れ若者たち。

(Youtubeに登録のJackiej61too、013picに感謝)

★★★★★孫が、風邪から元気に回復して、段ボール箱に頭を入れては遊んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月22日火曜日

高取鉱山

本ブログに先日(6/8)紹介した、「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)に記載された錫高野〔近代〕のつづきとして、高取鉱山を次に記す。
「高取鉱山<桂村>
東茨城郡桂村錫高野にある鉱山。古くは錫高野鉱山とよばれた。佐竹時代に開発され、徳川光圀の頃は高取山付近の小勝・塩子・下伊勢畑・高野の4か村に錫山があった。高野には御錫山奉行衆の屋敷・錫蔵・精錬所が置かれ、幕末には徳川斉昭が開発を奨励し、村名を錫高野と改めた。明治41年にタングステン鉱が発見され、名称も高取鉱山と改められて、活況を呈した。三菱鉱業の経営により大正期に全盛を極め、発電所・選鉱所などを設け、従業員約200人、家族を含めると約600人が生活していた。現在、昭和42年に荒川鉱業より継承した千歳鉱業が操業。」

高取鉱山をモデルにした、プロレタリア文学前期の作品といわれる、宮嶋資夫著の小説「抗夫」(大正五年、1916年)がある。(本ブログ関連:1/23

(参考)東茨城郡桂村は合併により、2005.02.01から東茨城郡城里町になりました。(日本郵便

高取鉱山に隣接する「仏国寺」について以降記す。

2010年6月21日月曜日

夏至2010

今日は天気の良い夏至だった。
国立天文台の「こよみの計算」によれば、今日の東京(緯度:35.658、経度:139.741、標高: 0.0、標準時:UT+9h)の<日の出・日の入り>時刻は、<日の出(4:25)、南中(11:43)、日の入り(19:00)>で、昼時間は14時間35分となる。
一日の半分に、2時間35分の昼時間がオマケされたことになる。子どもたちは、その分しっかりと遊んだろうか。

子ども時代、夕暮れどきに、原っぱの周りの家々に明かりが灯ると、遊んでいる仲間が一人ずつ呼ばれては帰っていった。それでも残ったものたちは薄暗いなかで、草野球のボールを追いかけたものだ。

ところで、国立天文台の「よくある質問」のこたえに、夏至と冬至について次のような解説がある。
・「昼間が一番長い日(夏至)に、日の出がもっとも早く、日の入りがもっとも遅くなるわけではありません。同様に、昼間が一番短い日(冬至)に、日の出がもっとも遅く、日の入りがもっとも早くなるわけでもないのです。」
理由は、季節に異なる、太陽の高さと速度によって、昼時間が決まるということのようです。
・「そのため、日本では、日の出がもっとも早い日は、夏至より1週間ほど早く、日の入がもっとも遅い日は夏至より1週間ほど後になります。また、日の出がもっとも遅い日は冬至の半月ほど後、日の入がもっとも早い日は冬至の半月ほど前になります。」
子どもたちよ、これからしばらく、夕暮れまでもう少し遅く遊べるよ。

★★★★★ 孫が、先週末の発熱から回復して、元気に就寝前の歯磨きをしている動画が届いた ★★★★★

ミュージック・パワーコンサート

今日は天気がよくて陽差しが強かった。暑さに勝つにはパワーがいる。
イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開されている情報によれば、イ・ソンヒは、慶尚南道南部の港湾都市泗川市(사천시)の「ミュージック・パワーコンサート(뮤직파워 콘서트)」に次の通り出演する。
・日時:6月30日(水)、午後7時30分~
・場所:泗川市文化芸術会館 大公演会場客席850席)
・出演者:イ・ソンヒ、ゴナドゥル(건아들)、キム・ジョンソ(김종서)バンド
・主催:泗川市
・前売り:本日(6/21)から

イ・ソンヒの当日の曲目は次の通り。 (事前に曲目が開示されているコンサートは珍しい・・・)
・因縁
・Jへ
・私はいつもあなたを
・ああ!昔よ
・美しい江山
・愛よ...


(Youtubeに登録の013pic、kiseon80に感謝)

2010年6月20日日曜日

イ・ソンヒの年齢

イ・ソンヒは、一般に1964年11月11日(陰暦)に誕生と知られているが、戸籍上の生年月日は、1967年3月10日である。その理由は、届出を父に頼まれた祖母が忘れたため、出生申告が3年も遅れたというのだ。
(本ブログ関連:5/22
芸能人には年齢を少なく見せようとすることはあっても、彼女の場合、結果としてそれが逆になっていることになる。今も容貌は若々しく、肌艶は清潔そのものといった彼女は、アジュンマたちの羨望の対象である。アジュンマ世代になれば、3年若返ったとしても誰もがそうなるわけではないだろうから、彼女の日頃の手入れの賜物ということになるのだろう。

ブログ「野ガラスの通り路~(들까마귀의 통로~)」(2009年4月2日)に、イ・ソンヒが1991年にソウル市議会議員に立候補した際の事情について、次のような気になることが書かれている。
<当時の政界進出を通じた彼女の役割は、誰が見ても1991年「民自党」の3党合同(:民主正義党・統一民主党・新民主共和党が合併し発足)に悪化した民心を収拾するために出した雇われマダムでした。 イ・スンジェ(이순재)、イ・ドクファ(이덕화)、イ・ジュイル(이주일)と同じケースで、各党で皆有名芸能人らを獲得するために血眼になっていた恥ずかしい時代に、彼女は満25の若い年齢で被選挙権獲得のために戸籍まで変えなければならなかった時代の犠牲の羊であり、不幸であった芸能人です。>
(本ブログ関連:2009年の8/3110/29、2010年の3/174/2

上記については、大状況的に捉えていて、かつ恣意的表現が気になる。問題にしている戸籍を変えた内容が不明なので、その重大さが分からないが、単に住所を変えただけなのか知りたいところだ。
ところで、イ・ソンヒが1991年に出した自伝「夢よ愛よ出会いよ」(本ブログ関連:5/30)から、当時の経緯が窺えることができるだろうか。

2010年6月19日土曜日

シド・ミード

子ども時代に、未来のイメージは、少年雑誌の色刷りページに載った空想画から得ていた。代表的な挿絵画家(当時イラストレーターという言葉は使われていなかった)に小松崎茂(1915年2月14日~2001年12月7日)がいる。彼の絵には、未来を描きながらどことなく太平洋戦争の航空機、戦艦のにおいがすることを子どもながら感じていた。戦後の洋画壇のような高踏な反省を振舞うことはなく、彼は子どものためにだけ絵を描きつづけたひとだった。
以前、荒川区の図書館で彼の作品展が開催され、展示された絵画や資料を観覧した。一つ一つの作品を覚えていたわけではないが、雑誌「少年」に掲載された当時の絵を思い浮かべつつ記憶をたどった。懐かしい絵が目の前にあるように思えて驚いた。

その後、空想画という言葉が使われなくなると、デザイナーによって未来のイメージが語られるようになった。特に、SF映画で未来を見ることが当たり前になった。例えば、映画「2001年宇宙の旅2001: A Space Odyssey)」(1968年)のデザインは、当時の工業デザインの延長上に作られているように見えて、妙にリアリティがあったと記憶する。それは超えられないアメリカそのものだった。

映画「ブレードランナーBlade Runner)」(1982年)は、文化も人類も混沌とした世界を描いているわけで、デザインは自由だったろうけれど合理性を意識しているように感じられた。ただし暗い画質のために控えめに思われた。デザインは、アメリカを超えざる得なくなっていたのかも知れない。この映画で工業デザイナーとして指導をしたのは、シド・ミード(Syd Mead)である。

(本ブログ関連:”ブレードランナー”)

彼のデザイン画集「センチネル(Sentinel)」(1979年)は、映画「ブレードランナー」が話題になった後になって、洋書店に並んでいた。今にも利用できそうな未来の室内、自動車だけでなく、遊び場所までが違和感なく描かれていた。当たり前だが、真面目な明るい工業デザイン集だった。彼が映画「ブレードランナー」に関わったのは、この画集の出版の後である。

(Youtubeに登録のchuter、theevilmrravenに感謝)

2010年6月18日金曜日

1980年代の韓国バラード

韓国における1945年から2000年までの大衆歌謡史を鳥瞰した記事「<第20号>韓国人の人生を変えたもの⑧ -大衆歌謡」が、「Weekly共感(공감)」(ハン・キホン(한기홍)記者、2005年7月1日)に掲載されている。1945年以降の韓国大衆歌謡の流れを理解するのに大変有意義な解説である。その中から、イ・ソンヒのバラードに関わる背景や位置づけについて見ると、次のような内容で叙述されている。

・1979年にユン・シネ(윤시내)は、歌謡祭スタイルの曲「熱愛(열애)」で大ヒットを記録した。この曲の核心は、彼女の’血走る歌唱力’とストリングを主に使うポップス・オーケストラのアレンジによる広大なスケールであり、1980年代初頭の主流の成人歌謡に最も大きな影響を及ぼした、・・・としている。

・例えば、1980年代初期の大ヒット曲である、チョー・ヨンピルの「窓の外の女(창밖의 여자)」、イ・ヨンの「忘れられた季節(잊혀진 계절)」、チェ・ジンヒ(최진희)の「愛の迷路(사랑의 미로)」、イ・ソンヒのバック・サウンドやスタイルは、全て「熱愛」を土台にしたものであった、・・・と述べている。

・1980年代の韓国歌謡史は、チョー・ヨンピルで始まる。彼は、1980年の「窓の外の女」、「蝋燭(촛불)」などを通じて韓国成人バラードを‘チョー・ヨンピル式’に変えた。彼は、この年すべての歌謡祭の大賞をさらい、「窓の外の女」は最高人気を得た最高歌謡になった。

・彼はストリング中心のオーケストラ演奏の代わりに、ピアノとシンセサイザーを使って1970年代末のスタイルを維持しながらも1980年代の新しいサウンドの道を切り開いておいた。以後、イ・ヨンの「忘れられた季節」とイム・ビョンス(임병수)の「約束(약속)」、そしてイ・ソンヒの成功でバラードは若者たちが最も好む歌謡ジャンルになった、・・・と述べている。

以上から、韓国歌謡バラードの成立にとってのメルクマールに、ユン・シネとチョー・ヨンピルの存在と影響の大きさを知る。

(Youtubeに登録のorienkorean、mongtec、31CarpeDiem、www0433、ProfessorHiginsに感謝)

2010年6月17日木曜日

宇宙の終焉

Gyaoには映画やTVドラマ以外にも、いろいろと面白い映像がある。例えば、科学番組、ナショナルジオグラフィックチャンネルの「神秘なる宇宙の起源 130億年前の宇宙は手のひらサイズ?」がある。今ある星々の誕生と死はイメージできても、それらを包む広大な宇宙はどうなっているのだろうか・・・というわけで視聴した。

初めに光があった。ビッグバンで膨張して以来、宇宙にH、He、~、Feなどの元素で星々が作られたが、Feより重い元素が登場するのは超新星(supernova)爆発以降だ。そのおかげで人類も栄華を極めているわけだが、宇宙は余勢を駆っていまだに膨張を加速しているという。

知りたかったことは番組の最後に説明された。宇宙の終焉には、あらゆるくびきを解き放たれ、(数千兆年後に)全ての部質が素粒子に戻り、無(空虚:empty)の冷たい暗黒の世界になるだろうというのだ。
どうも、こうなってくると哲学なのか宗教なのか・・・。

なに、そんな心配より明々後日(6/20)の天気の方が大事だ。雨が降るのか降らないのか。鉱物採集には、晴れ空の方がやっぱり良い。雨降りなら、雨合羽を着れば良いだけのこと。

(付記)
今日の「男性の料理教室」の課題「ボンゴレ・スパゲッティ」は、アサリやアスパラガスの具沢山で上々の出来だった。それに、同班メンバーによる「ワカメスープ」、「野菜サラダ」および「桜餅」まで、大したメニューだった。先週の「肉ジャガ」に比べると、とてもうまくいったようだ。

★★★★★ (今日は天気快晴、日差しも強く随分と暑いので、孫は日光浴を楽しんだようだ) ★★★★★
★★★★★ 孫が、おしめ一つの裸ン坊になって、得意そうに絵本を読んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月16日水曜日

ドリス・デイ

高校2年のイ・ソンヒが、「チャン・ウクチョ(ウッチョ、장욱조)音楽室」で歌の勉強をしていたとき、作曲家イ・セゴンから名曲「Jへ」を得て、歌手への道が開けたように、曲との出会いにより歌手のその後が決定付けられることがある。

18歳で専属歌手としてジャズ・バンドに加わったドリス・デイDoris Day、1922年~)は、同バンド・リーダーから「センチメンタル・ジャーニーSentimental Journey)」(1945年、作曲: Les Brown、Ben Homer、作詞:Bud Green)を提供されて、彼女の最初の#1ヒットをものにした。その1945年は、第二次大戦終了の年であり、Wikipediaによれば、この歌は、多くの(ヨーロッパ戦線)退役軍人のための非公式の帰国テーマになったと記されている。
ドリス・デイの父親は音楽教師、母親は主婦だった。彼女の顔立ちは、北欧系の感じがするが、ドイツ移民の孫である。
彼女には、よきアメリカのイメージがある。鼻先の丸いところは、ノーマン・ロックウェルの絵に出てきそうな庶民的な、家庭的なイメージを感じさせる。ただし彼女は離婚を繰り返したようだが。

(Youtubeに登録のDayniac4324に感謝)

2010年6月15日火曜日

イ・ソンヒとイ・スンギのデュエット

イ・ソンヒは、「江辺歌謡祭」(1984年)で「Jへ(J에게)」により大賞受賞したとき、「四幕五場」のチームとしてイム・ソンギュンとデュエットしたわけだが、その後いろいろな歌手ともデュエットしている。
とりわけ彼女が見い出した愛弟子ともいえるイ・スンギとの、2004年ソウル歌謡大賞でのデュエット映像(SBS中継)から、彼の初々しさとイ・ソンヒの暖かい眼差を見ることができる。
(本ブログ関連:2009年の7/21
残念なことに、Youtubeに登録された映像は今は見られない。そのかわりに、In.comに登録の画質の良いものがあるので紹介したい。イ・スンギのデビュー曲「僕の彼女だから(내 여자라니까)」(2004年)と、20年を隔てたイ・ソンヒのデビュー曲「Jへ」(1984年)を二人で歌う。イ・スンギにとっては母親と同じ齢のイ・ソンヒが、気遣って支えているのが良く分かる。また「Jへ」は、他の歌手とのデュエットとは違った複雑な掛け合いがあって、まるで成果を示すようで好感が持てる。

(NATEに登録の김향우、In.comに登録のawenwen1313に感謝)

2010年6月14日月曜日

関東甲信の梅雨入り

昨日とは打って変わって、今日は朝から雨が、しとしとと降り続いている。気象庁は、関東甲信、東北南部が梅雨入りしたとみられると発表した。昨年と比べて11日、平年と比べて6日遅い梅雨入りになる。残るは東北北部の梅雨入りのみだ。
梅雨は農家の方々にとっては貴重な雨水をもたらすが、鉱物採集には(当たり前ながら)厳しいわけで、来週の日曜日に予定している栃木県日光市川俣地先の西沢金山訪問が心配である。
Weathernewsのピンポイント予報では、栃木県日光市川俣を見ると、6月20日(日)は降雨確率50%で、次のようなコメントが記されている。
「この一週間も曇りや雨のグズグズ天気。ムシムシ空気に包まれて、梅雨らしさ満点です。週末は梅雨本番の本降りの雨になる可能性も出てきているため、最新情報はこまめにご確認下さい。」
梅雨に対する気象予報専門家の思い入れを感じるコメントだが、素直に受けとめるしかない。けれども光さす一瞬の幸運を願っている。せめて当日だけでも。

希望コンサート

イ・ソンヒのスケジュールについて、6月11日の全州MBCラジオ公開放送があることを、以前(6/10)紹介したが、当日の会場を撮影したと思われるものが、NATE動画(6/13)にアップされている。
全州MBCラジオ公開放送の文字の下に、大きく「第3回夢と希望のため 全北(전북)教育家族 希望コンサート」と描かれている舞台を背に、イ・ソンヒは「因縁」を歌っている。彼女は随分と細身に見えるが、爽やかな健全さとパワーはいつも通りだ。
登録者によれば、多くの人々が彼女の歌う姿に熱狂する叫び声と、拍手の音... (が動画から聞こえるだろう)と記している。

(NATEに登録の김숙경に感謝)

2010年6月13日日曜日

はやぶさ

asahi.com(23:04)によれば、オーストラリア南部上空の大気圏に約60億キロ、7年間の旅を終えた「はやぶさ」が帰還したとのこと。小惑星「イトカワ」から土壌成分が分かるかもしれない砂を持ち帰った可能性がある。当初予定した帰還を3年遅れて無事地球に戻った。
(参考)
はやぶさ再突入動画(5つ) /Hayabusa re-entry :(Youtubeに登録のpismohirokunに感謝)
・宇宙版プロジェクトX 小惑星探査機はやぶさ#1#2#3:(Youtubeに登録のQPKGHPWGHIに感謝)

専門家の絶え間ない努力の結果、ぼくらは帰還を知ったわけで、こんな劇的なフィナーレになるなんて一般には誰も考えられなかったことだろう。エピローグに、遺品のような「イトカワ」の砂(微粒子)がカプセルから回収されることを期待する。
故郷の地球へと必死に暗黒の空間を翔り、最後には大気圏に焔となって消えた「はやぶさ」に物語を感じる。よくぞ戻られた。

(付記)
Youtubeには、日本人独特の感性だろう、「はやぶさ」そのものに対する深い愛情と敬意を示す動画が登録されている。
Return of the Falcon 小惑星探査機はやぶさ「祈り」 (Part 1234 ):(登録者pismohirokunに感謝)
・〔はやぶさ〕今度いつ帰る ~はやぶさ探査機~:(登録者kappoonに感謝)
・「探査機「はやぶさ」の軌跡 舞」(前編後編):(登録者kotohogi1968に感謝)

孫と動物園散歩

朝、マルコメ姿になった孫の写真と動画が届いた。とても似合っているのだ。何とも可笑しいやら可愛いやらで、そんな孫に会いたいと返信したところ、今日の外出の誘いをうけた。おかげで、孫一家と井の頭公園と動物園散歩の楽しい一日を過ごすことができた。

孫は、井の頭池を渡る七井橋から鯉の群れを見ては手をたたいて喜んだ。ところで一番興味を示したのは、何と池の中から勢いよく水を撒く噴水だった。淡水水族館では、ガラス越しの魚や両生類の生態に、孫は少し引き気味だった。いつか野川で、水生動物(魚や昆虫)を一緒に探したりして、生き物に少しずつ慣れてくれればと思う。

さて、吉祥寺通りを越えた先にある動物園の本園(正式には井の頭自然文化園)では、巨大な象が気に入ったようで随分と見入っていた。でも、本当に楽しんだのは、広場で遊んだり、遊園地の乗り物に親子で乗ったりしたことかもしれない。とても喜んでいたからね。

帰り際に、井の頭池の畔で孫と一緒に噴水を間近に見た。10分間ほどだろうか、両親が楽しませてくれたのだ。足元に鯉が近づいてきた。静かな時間だった。そして孫はとてもなついてくれた。

2010年6月12日土曜日

イ・ソンヒの楽譜

去年、教保文庫でイ・ソンヒの楽譜集がないものかと探したが見つからなかった。専門店でもあれば行ってみたいところだが。
インターネットのサイト「楽譜ショップ(악보가게)」に彼女の楽譜を探してみると、40点のピース・リストを見ることができる。楽譜形式はピアノ譜もあるが、ほとんどはメロディー&コードというカラオケ用楽譜のようなものだろうか。
2種類以上の楽譜があるものは次の通り。
・「因縁」(3種類)
・「Jへ」(2種類)
・「美しい江山」(2種類)
・「愛よ...」(2種類)
・「炎のように蝶のように」(2種類)

上記以外のサイト(楽譜うみ)も覗いたところ、人気のある楽譜を付け加えると、「分かりたいです」、「私はいつもあなたを」(いずれも2種類)がある。特に、「私はいつもあなたを」はピアノ演奏が当然ですから、誰もが欲しくなるものです。

ところで、google画像で「이선희 "악보"」の文字列で検索すると、画像imageながらいろいろな楽譜を見ることができる。

2010年6月11日金曜日

ゴーリカ

めでたいから、祝いごとに、苦い冷やかしでもしてみよう。人は戯れて、やっかんで見せるのもよいものだ。そうさ、祝福されるべきものは、あっという間に苦いものを甘く変えてしまうのだから。

チェリアビンスク地域のサナトリウム・ウラルで、「ゴーリカ!(Горько!)」(作詞・作曲Vladimir Sidorov)を歌うクリスチーナ・ビフローヴァ(Кристина Вихрова)の甘い声を聞いてみよう。

彼女には、ステンカラージンが見た夢に運命を知らされる、ロシアン・フォークソング「ああ、それは夜ではない(Ой, то не вечер)」の歌もある。ともに魅力的だ。えっ、歌がだよ・・・。

(Youtubeに登録のCugopobに感謝)

2010年6月10日木曜日

全州MBCラジオ公開放送

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開されている情報によれば、今月のイ・ソンヒの活動予定が次のように追加されている。(詳細未詳)
・6月10日に、健康関連食品企業の行事(16:00、大田(대전)忠武体育館)に出演する。
・6月11日に、全州(전주)MBCラジオによる特集公開放送(20:00~21:00)がある。

★★★★★ 孫が、得意気にうれしそうな顔をして、泥んこ姿になって滑り台で遊んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月9日水曜日

星を求めて

ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn)の「星を求めて(Look For A Star)」(1960年)は、サキソフォンを前面に押し出すいつもの演奏と比べて、弦楽器が軽快に響きに、どちらかといえばパーシー・フェイス風イージーリスニングといった感じだ。爽やかで耳に心地よく残っている。今だに馴染みやすい。

ところでWikipediaによれば、この「星を求めて」は、何とイギリスのホラー映画『恐怖のサーカス(Circus of Horrors)』(1960年製作)の曲の<カバー>というのだから、ちょっと驚きである。なお米国で、ビリー・ヴォーン(演奏のみ)のものも含めて4つのバージョンが同時に出され、1960年に大ヒットしたそうだ。ビリー・ヴォーンの他は次の通り。
Garry Mills
Garry Miles
Deane Hawley

この「星を求めて」が発表された同じ1960年に、日本では「見上げてごらん夜の星を」(永六輔作詞、いずみたく作曲)のミュージカルが公演されているが、星に願うのは洋の東西を問わず同じで、歌詞が通底している。もはや坂本九の歌を忘れることはない。

(Youtubeに登録のbega1947、TheLimePopsicle、dowopper51、liratに感謝)

2010年6月8日火曜日

地名:錫高野〔近代〕

本ブログに先日(5/31)紹介した、「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)に記載された錫高野〔近世〕のつづきとして、錫高野〔近代〕を次に記す。
「錫高野〔近代〕
明治22年~現在(注:辞典発行当時)の大字名。はじめ岩舟村、昭和30年からは桂村の大字。明治24年の戸数120・人口679、厩(うまや)81。錫鉱山は明治以後池内鉱業所が採掘。明治42年タングステンの原鉱である「重石」の露頭発見、同44年三菱鉱業が買収し高取鉱山として本格的操業。第1次大戦を契機として急速に発展。大正6年の従業員200人、生産高3万1,463貫。高取鉱山診療所・岩船尋常高等小学校高取分教場が設けられ、ランプ生活の錫高野のなかで鉱山には伝統が輝き、電話が架設された。しかし第1次大戦の終結とともに事業も縮小、操業と休山を繰り返しながら昭和38年閉山となったが、同42年からは千歳鉱業が事業を継承。」

(参考)東茨城郡桂村は合併により、2005.02.01から東茨城郡城里町になりました。(日本郵便

地名「高取鉱山」および隣接の「仏国寺」について以降順に記す。

2010年6月7日月曜日

平沢市民キサルリギ・コンサート

Jo!nsニュース掲載の記事「AKプラザ、愛敬グループ56周年記念イベント」(6/2)によれば、イ・ソンヒは、一昨日(6/5)の夕方6時30分から開催の「平沢(평택)市民キサルリギ(기 살리기)・コンサート」に、ソ・ヨンウン(서영은)、キム・ジョンファン(김종환)などとともに出演した。
(キサルリギ:「元気付け」、「気蘇生」か← 参考:KBS Worldに「気サルリダ」の解説)
同コンサートは、AKプラザが来る9日に愛敬グループ創立56周年を控えて行うイベントのひとつで、京畿道放送と共同して平沢店で催された。

NATE動画に、同コンサートで「美しい江山(아름다운 강산)」を歌うイ・ソンヒを見ることができる。
(NATE登録の안영훈に感謝)

2010年6月6日日曜日

富井鉱山の紫水晶

栃木県の富井鉱山に初めて訪れたのは、2007年7月28日である。以来、今日を含めて5回鉱物採集をしている。狙いは紫水晶だ。最初の3回はどうやら見当違いの場所を探していたようだが、鉱物仲間の情報を得て前回と今回それぞれ新しい場所で採集することができた。今回は「前畑砂防ダム」の上の沢沿いにあるズリだ。
(本ブログ関連:2009年の4/1511/28、2010年の1/315/3

今回の成果は次の通り。
・今までになくしっかりした結晶を採集:水晶(母岩に複数散在する結晶)、黄鉄鉱(他鉱山を含めて今までにない大きな等軸晶系)、黄鉄鉱(きれいな薄片)
・紫水晶(極微小結晶だが色付き)、銅藍、褐鉄鉱、赤鉄鉱

(本ブログ関連:"富井鉱山")

★★★★★ (富井鉱山で採集している山の中に、休日の孫の愉快な写真と動画が届いた) ★★★★★
★★★★★ 孫が、両手両足を使いながら後ろ向きに楽しそうに階段を下りる動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、腹を出してイビキをかきながら、豪快に仰向けに寝ている動画が届いた ★★★★★

2010年6月5日土曜日

いま、私たちの隣りに誰がいるのか

以前、図書館で韓国の短編集「いま、私たちの隣りに誰がいるのか」(安 宇植訳、作品社)を見つけて借りた。この本の表題は、所収第一編にある申京淑(신경숙)の「いま、私たちの隣りに誰がいるのか」から採っている。他の6作品も表題をもとに読みようがあるから不思議だ。そう、隣りに誰がいるのか、または誰がいたのか。

申京淑の作品を探しては読んでいたので、この短編集を借りたわけだ。彼女の作品は、時制が錯綜する文体で始まる。幼い娘を亡くして深い喪失感から冷え切ってしまった夫婦が、あるみぞれ降る夜に幼子を幻想することで、葛藤の後に絆を取り戻す物語だ。彼女の作品にしては、物語的だし随分と泣かせる話だが、そちらへ安易に振られないようにするためだろうか、妻が心を癒すために登った山々の説明や、わが子を幻想した夜の室内を克明に描写している。でもねえ、ほっとしましたよ、最後に和解と新しい命の芽生えを知ることができたのだから。

そうそう、この短編集に収められている作家達はみな、イ・ソンヒと同じ1960年代生まれである。

(本ブログ関連:2009年の6/77/24、2010年の1/30

2010年6月4日金曜日

ミュージックビデオ

TVREPORTの記事「『ハッピータイム』ムービーの変遷...イ・ソンヒから『UV』ユ・セユンまで 」(5/31)で、MBC番組「ハッピータイム」で放送されたミュージックビデオの時代変遷史を報じている。
まず最初に80年代のイ・ソンヒのミュージックビデオから次のように語られている。

ミュージックビデオの概念さえ疎かった1980年代は、ミュージックビデオの監督などいなくて、ショー番組の演出者らが好きな次元で映像、音楽的に製作した。 特徴は歌詞をまともに伝えるために、歌詞の通り映像を制作したことだ。 歌手イ・ソンヒの「ああ、昔よ」のミュージックビデオでは、<若い男女>を見て昔を懐かしむ<ご老人>の姿を表現している。(以下略)

上記の記事にはミュージックビデオの写真が掲載されているが、イ・ソンヒの「ああ、昔よ」の<若い男女>、<ご老人>とはどうやら人形のようだ。この人形が登場するミュージックビデオをYoutubeでは残念ながら見たことがない。

(付記)
鳩山前首相辞任発表(6/2)後の今日、菅氏が第94代首相に指名された。菅新首相の選挙区は東京都18区(武蔵野市、府中市、小金井市)で地元だ。

2010年6月3日木曜日

イ・ソンヒと韓国日報創刊56周年記念コンサート

昨日(6/2)、韓国日報(한국일보)創刊56周年記念コンサートが開かれ、イ・ソンヒの出演を同紙(6/3)は次のように報じている。(本ブログ関連:5/28
この日の公演のトリはイ・ソンヒが飾った。 彼女は、モーストリー・オーケストラの演奏に合わせて「Jへ」を歌った。 「私はいつもあなたを」、「美しい江」などは、彼女のみの舞台ではなかった。 客席とひとつになって合唱し、音楽祭の意味を振り返った。 イ・ソンヒは、今年で舞台に立って26年になったと、デビュー当時から続いた韓国日報と縁を紹介したりもした。

(付記)
地元の「男性の料理教室」に行く。おじさんのための料理教室である。初回は「ドライカレー」と「ポテトサラダ」だ。一班四人で調理するが、仕上がり上々、味も満足であった。指導体制は、講師と5班それぞれサポーターが付き添うなど至れりつくせりである。(講師以外全て男性)
ずっと先のことながら、孫に満足してもらえる料理ができればよいが。そのためにも腕をみがきたい。
全6回のプログラムである。これから楽しみだ。

2010年6月2日水曜日

無事帰還

国際宇宙ステーション(ISS)に昨年12月から約5カ月半の長期滞在をした野口アストロノーツは、ソユーズTMA17宇宙船によりバイコヌール時間07:25(日本時間12:25)に無事地球に帰還した。着陸地点は、中央アジアのカザフスタン共和国の草原。
・昨年12月21日、ソユーズTMA17宇宙船(21Sミッション)にて出発し、翌々日の23日にISSにドッキングした。(本ブログ関連:2009年の12/2112/23
・野口アストロノーツのISS長期滞在は本日で161日目で、連続宇宙滞在日数は163日となり、日本人最長日数を更新した。

ニコニコ動画の生放送を見た。ソユーズから引き出されたばかりの3人の搭乗員(オレッグ・コトフ、野口聡一、ティモシー・クリーマー)が、医療班の人だろうか、顔や手をしきりに拭かれていたこと、渡されたリンゴを美味そうに食べていたことなどが印象的だった。地球の外気に浸り、新鮮な果実を味わい帰還の無事を確認したことだろう。ああ、それからチェアに座っている宇宙服の野口さんの画像に、ニコニコ動画らしく朝青龍と似ているというコメントがあった。ふむ、そういえば・・・。

(追記)YoutubeにTBSニュースによる報道が登録されている。構成も視聴者が知りたい映像が適時配されているし、野口さんの視点に立った記者報告が素晴らしい。

★★★★★ 孫が、ゼンマイ仕掛けのように走り回りながら親と公園で遊んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月1日火曜日

未来千年の都地決定2周年記念コンサート

イ・ソンヒは、「韓国精神文化の首都安東(안동)」と呼ばれている慶尚北道安東市の「慶尚北道未来千年の都地決定2周年記念コンサート」に次の通り出演する。
・日時:6月8日(火)、19:00~20:30(イ・ソンヒ出演は20:00頃)
・場所:市民会館大公演場
・出演(歌手):〔地域歌手公演〕イ・ミスク(이미숙)など、〔招待歌手公演〕イソンヒ

2010年5月31日月曜日

地名:錫高野〔近世〕

昨日、小金井公園のフリーマーケットで「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)を入手した。茨城県在住の元新聞記者の方の蔵書(といわれるもの)が並んでいたが、郷土史資料は僅かしかなかった。
これから、茨城県下にある鉱物採集でお馴染みの鉱山関連の地名について参照してみたい。
まず第一の地名は錫高野だ。ところで辞典には、錫高野の見出しに「すずこうや」とあるが、通称「すずごや」と聞いていたのだがどうなっているのだろうか。

錫高野の〔近世〕について、辞典は次の通り紹介されている。(〔近代〕は別日に記載)
「すずこうや 錫高野 <桂村>
那珂川の支流桂川に臨み、八溝山地鶏足山塊の東縁部に位置する。もと高野(こうや)といい、天保5年(1834年)徳川斉昭の命によって錫の産出にちなみ錫高野と改める。
〔近世〕錫高野村 江戸期~明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領、のち慶長14年(1609年)からは、水戸藩領。村高は『旧高簿』666石余。鎮守は三枝祇神社。宇梅ヶ沢(山神社がある)・宇銀山・宇錫ヶ沢などに小規模の鉱山があり、江戸期にもっぱら錫を産出。徳川光圀の保護によって発展、他所人足のほか百姓の農間余業としての錫掘りを認め、公納銀として吹立錫年間1,000貫を上納。享保末期頃から衰微、一時斉昭の保護によって復興したが、幕末の乱で衰退。(以下、当村出身のわが国初の女性教師、黒沢止幾子の紹介があるが省略)」

⇒以降、錫高野の〔近代〕、および同地関連の高取鉱山、仏国寺などについて紹介予定。

(付記)
本日、地元の韓国料理店(本ブログ関連:2009年の11/24、2010年の4/23)で純豆腐チゲをとり、その足でお茶の水の韓国関連書店にてイ・ソンヒの自伝「夢よ愛よ出会いよ」(本ブログ関連:5/30)の探索・購入を頼んだ。

2010年5月30日日曜日

イ・ソンヒの自伝

ブログ「PETER@LOG」は、イ・ソンヒの14集リリース直前に、「イ・ソンヒの高音」(2009年1月12日)について、彼女の独特な発声から止揚すべく、いかに脱却したかの経緯を具体的に考察している。(本ブログ関連;2009年の8/27

ところで上記小論には、イ・ソンヒが著した自伝「夢よ愛よ出会いよ(꿈이여 사랑이여 만남이여)」(1991年:253ページ、ケイ・スタッフインターナショナル)が紹介されている。どのような内容なのだろうか興味深い。
イ・ソンヒといえばイメージに浮かぶのは清々しい声であるが、同時に圧倒的な高音の声量もあって、音楽性に疑問に思われたこともあって悩んだようだ。それに対して彼女は、「ダイナミックでパワーにあふれる歌手という固定された歌手のイメージを脱して、魅力が十分ある歌手と認められたかった」と同書に述べているという。

★★★★★ 孫が、滑り台に登ろうと「アジャジャー(訳:登れた)」と言いながら遊んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年5月29日土曜日

Pearly Shells

いいなあ、のんびり熱い夏の陽のもとで、潮風にうたれながら青い海原眺めていたいものだ。真珠貝というより真珠そのものか、その輝きよりも爽やかに麗しい瞳を思い浮かべて、すっかりハワイアン。
というわけで、ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn)の「真珠貝(Pearly Shells)」(1965年)を聴く。いつもと違ってサキソフォンを抑えて、ヴィブラフォン、フルートそして弦楽器でリズミカルに奏でている。親しみやすく軽快で耳に残る。

Hawaiian Musicの「『真珠貝』とメロディにかくれたハワイの歴史」によれば、この曲は著名なラジオ・ショー「Hawai`i Calls」のホストをつとめたWebley Edwardsによって、古いハワイ語の歌に英語をあてはめて作られた。彼は、Leon Poberとともに、地元で人気のあった「Pupu A `O` Ewa」のメロディラインを使ってコラボレーションしたという。解説のつづく内容に、真珠にまつわるいろいろな歴史を知ってしまうけれど。

(Youtubeに登録のkotetu1011、orosco83に感謝)

2010年5月28日金曜日

韓国日報 創刊56周年記念コンサート

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開されている情報によれば、 「韓国日報(한국일보)」は、創刊56周年記念音楽会「護国コンサート」を次の通り開催する。
・日時:6月2日、午後3時~
・場所:世宗文化会館
・出演:ピ、f(x)、イ・ソンヒ、フィソン、ユンナ、オ・スングンなど最高の歌手たちと、モーストリー・オーケストラ、ソウル大学校音大キム・イネ教授、国楽のオ・ジョンヘ氏などが出演する。

(注)「クラシックと国楽、大衆歌謡が一体となる最高の舞台として、インターネット韓国日報会員ならば誰でも無料で応募することができます。」とのこと。

大信証券CI変更祝い公演

NATEニュースに、ソウル経済(서울경제)による、大信証券(대신증권)が創社48周年振りに初めてCIを変えるために次のような祝い公演を開く記事(5/28)が載っている。
・日時:5月28日、午後5時30分から
・場所:汝矣島(ヨイド)本社前庭
・出演:ティアラ(티아라)、Bobby Kim(바비킴)、イ・ソンヒなどの公演が順に進行される予定

(Youtubeに登録のrealdocuに感謝)

2010年5月27日木曜日

孫と公園散歩

今日、休みを取った息子夫婦が、今月生まれのわたしを招いて誕生日を祝ってくれた。孫とペアのシャツをプレゼントしてくれたのだ。うれしいね、昔と違って孫となら、ペアルックに照れることはない。いつの日か、公園散歩に一緒に着て出かけたいものだ。
これは、孫がいてくれたからの喜びだ。おいしい食事やケーキによる誕生日祝いを満喫させてもらった。

孫宅から160mほどのところにある小さな公園まで家族全員で出かけた。この路を、もうじき1歳3ヶ月になる孫が何と歩き続けたのだ。自動車に注意しながら、SP並みの体制で前後を固めた。孫はまっすぐ歩かない、極端にいえば、家一軒ずつご挨拶して歩くような調子だ。それでも、楽しそうに歩き続ける孫への驚きは新鮮だった。

公園では、近所の子どもたちが、サッカーやブランコ遊びに熱中していた。孫は用意したサッカーボールをわずかに蹴っては進み、腹をボールに乗り上げていた。やっぱり他の子どもたちが気になるようだった。総がかりで、孫のサッカーボールに関心を戻すのに苦心した。

2010年5月26日水曜日

チャン・ウクチョ音楽室

イ・ソンヒが祥明女子高(상명여고)の3年生のとき、ソウル特別市龍山区南営洞(남영동)にある「チャン・ウクチョ(장욱조)音楽室」で歌の勉強をしていたが、そこで当時無名の作曲家イ・セゴン(李世建(이세건))と出会い、名曲「Jへ」を譲り受けることになる。
(本ブログ関連:1/7

「チャン・ウクチョ音楽室」のチャン・ウクチョこそが、ブログ「老木樹のチャン・ウクチョが生命樹になって」で、イ・ソンヒの思い出を語る「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)のチャン・ウクチョと想定する。この思い出の記述の中で、「チャン・ウクチョ音楽室」時代については、青字で表示されている。
当時イ・ソンヒは、特にプロを目指していたわけではなかったが、才能を認められたのだろう、「一種、奨学生に似た待遇を受けることとなる破格な経験」をしている。

チャン・ウクチョ(Chang,Wook-Cho)について、現在牧師をされているが、歌手でもあり作曲家でもある次のような人物と想定する。
Maniadbによれば、1980年代前後に「チャン・ウクチョとコインドル(Jang, Wook-Jo & A Dolmen)」として活動したようだ。また、最近は賛美歌のアルバムを出しているようだ。この二つの時代に発表した歌の題名を用いて、ブログ名「老木樹(고목나무)のチャン・ウクチョが生命樹(생명나무)になって」を作られたのだろう。

(本ブログ関連:全て2009年の4/136/76/88/48/108/2510/210/1711/1411/2911/30 、2010年の2/33/244/65/225/25 【付録】2009年の10/5

2010年5月25日火曜日

イ・ソンヒとイム・ソンギュン

先日(5/22)、イ・ソンヒの思い出を語ったブログ「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」の「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)には、彼女が「江辺歌謡祭」(1984年7月29日)で大賞受賞した「Jへ」でデュエットしたイム・ソンギュン(임성균)との関係についてセンシティブに回想されている。

イム・ソンギュン個人のこと、イ・ソンヒを含めて彼らが属したグループ<四幕五場>のことについて苦い思い出がうかがわれる。果たして、イ・ソンヒの言葉なのかわからないが、彼女の地球レコード社からのソロデビュー(専属契約)に対する周囲の嫉妬というべきものがあったようだし、そのことが彼女を葛藤させ、深く傷つけたのだろう。

なお、イ・ソンヒは、「江辺歌謡祭の後、約3ケ月の間、イム・ソンギュンとデュエットで活動していた。」が、ソロで歌いたいという思いから、「(彼女から)先に決別を宣言した」という。翌1985年2月に、彼女は初めてのアルバム1集を世に出した。

(本ブログ関連:全て2009年の4/136/76/88/48/108/2510/210/1711/1411/2911/30 、2010年の2/33/244/6、【付録】2009年の10/5

孫と保育園

息子との外出を終えて、一緒に、初めて保育園に孫を迎えに行く。お嫁さんと待ち合わせて、3人で建物に入る。ガラス戸越しに遊んでいる孫の様子が見えた。母親に気付いた瞬間、孫は安堵に泣き出した。分かるよ、痛いほどにわかるよ。
そのとき、保育園の幼児たちが一斉に、3人の大人を見ていたのだ。言葉にできない幼い子どもたちの視線を受けて、彼らの期待を満たせないのなら、私だけでもと部屋を出て待つことにした。

いつもは、お嫁さんの父親に車で送り迎えしてもらう大そうな孫だが、今日は電車とバスを乗り継いで帰ることになった。電車の座席で、孫を抱っこしたことはいうまでもない。
孫宅までの帰り道、保育園と母親とをつなぐノートを見せてもらった。入園当初の孫の様子が事細かに書かれている。そうそう、孫はだいぶ泣いていたようだ。ブロック遊びが好きなようだ。そして、すぐに3人のお友達の名前が出てきた。だんだんと慣れていく様子がうかがえて、保育士の方々の個性あふれる暖かな観察の筆致に感謝する。

孫は不思議な存在である。会って満足したはずなのに、帰宅すると十分に孫と遊んだか疑問となり、更に会いたくなる。

★★★★★ 孫が、夏服を次々と袋から出しては、せわしげに着合わせ?する動画が届いた ★★★★★

2010年5月24日月曜日

梅雨の季節

先週から雨天が続いている。今週もウェザーニュースによれば、「火曜日には一旦天気は回復するものの、水〜木曜日は天気急変の心配あり。日差しが届いても、突然の雨には油断できません。」とのこと。このまま、ズルズルと梅雨になだれ込むのだろうか。
気象庁によれば、既に沖縄と奄美は5月6日頃に梅雨入りしている。昨年と比べて12日早いそうだ。関東甲信の昨年の梅雨入りは6月3日頃だったが、今年はいかがだろうか。テレビの気象予報士は6月初旬を予想していたが。
・Yahoo天気情報:「5月の天気
・ウェザーニュース:今日現在の「週間天気予報
・気象庁:「平成22年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)

(本ブログ関連;2009年の6/97/77/107/14

2010年5月23日日曜日

天上沢鉱山 2010年

昨年、栃木県の鉱物採集会は、6月下旬に予定していた天上沢鉱山訪問を雨天のため、7月26日に順延した。その際、ヒル(蛭)の襲撃を受けたことを特記した。いやあ、初めての経験だけに気味悪く、しかも帰宅後やられたことに気付いたのだからたまらない。

今年は同地の訪問時期を早め、昼過ぎからの雨天を避け、午前中採集することになった。採集場所は、前回の土石流ダム下から更に沢を上り、坑口跡が見えるところにした。8名の会員で、沢に転がる岩のなか採集した。
個人的な成果は、閃亜鉛鉱、黄鉄鉱、水晶(晶洞中結晶)、重晶石など。(含いただきもの)

なお5月の今日でもヒルは姿を現し、数名の会員が襲われた。

★★★★★ (鉱物採集の帰宅途上、母親と弾むように喜び声をあげて遊ぶ孫の動画が届いた) ★★★★★
★★★★★ 孫が、魚図鑑に覆い被さって魚獲り遊びをしたり、魚を指差したりする動画が届いた ★★★★★