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2018年9月8日土曜日

白露 2018

二十四節気の「白露」の今日、放射冷却であちこちに露ができるころといわれるが、そんな気にはならない。台風、地震が続いてそれどころでなかったし、ふたたび夏が戻ったようで蒸し暑い。とはいえ、露ができるのは、この蒸し蒸しさのせいかと勝手に想像する。

(本ブログ関連:”白露”)

自然の推移は、幅を持ってぎくしゃく動く。それを近似曲線に丸めて理解してしまうのが常だ。二十四節気とは、近似値曲線上に成り立っているようなもの。実際とずれがあるたび、あ~でもない、こ~でもないといっている、お気楽さまである。

ところで、この9月8日は、戦後日本が連合国の占領期から主権を回復した、「サンフランシスコ講和条約」が調印された日(昭和26年(1951年)9月8日)だ。発効は、翌年の4月28日。終戦の後、6年を経過して調印したことになる。

雑誌「東京人」の今月号(10月号)の、巻頭セクション「東京点画」の最初に「昭和の記憶はどこへ向かう」(高野光平)があって、高野教授が大学生に次のようなアンケートをした。「昭和と聞いて何を思い浮かべますか」の問いに、大学二年生の回答の約七割が一九八〇年代の事物だったそうだ。象徴的なワードとして「ちゃぶ台と松田聖子」だったという。今の若者には、昭和を遡ってもせいぜい30数年ほど前まででしかないことになる。
(ちなみに、「東京人」の今月号の特集は「石に恋して」だ。)

私の場合、小さな子ども時代のこと、庭先で蟻をいじめていたころ、家の中のラジオから流れてきた「尋ね人の時間」で満州とか大連といった地名が耳に入ったし、またニュースで繰り返し放送された「李承晩ライン」での拿捕といった言葉を知った。それが「昭和の記憶」を遡った代表かもしれない。