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2014年5月30日金曜日

この世の果て

もうじき、5月が終わろうとしている。夕方、日ごとに明るさがたまるのを、まるで時間そのものが遅くなったように感じてしまう。時間は、時間であって、制御できるものではないのに。
そういえば、モスキート音の12,500Hz以上が聴こえない・・・ああ、一体いつからだ。

宇宙が誕生して、約137億歳(正確には、13.772±0.059 Gyr)だそうだが、それより昔はあったのか。今、膨張する宇宙の果ては存在するのか。一般向け説明を何度か聴いているはずだが、相変わらず理解できない。いっそ、宇宙が入れ子になって、私の手元にでもあればいいのに。

大切な父親を偲んで作られたという歌「この世の果てまで(The End Of The World)」(1962年、作詞・作曲:アーサー·ケント、シルビア·ディー)は、スキータ・デイヴィス(Skeeter Davis、1931年12月30日~2004年9月19日)が淡々と歌うことで、かえって身にしみる。

(本ブログ関連:”Skeeter Davis”)

岸辺に波を打ち寄せる海に、さえずる鳥たちに、天空に輝く星々に、変わらぬものに、ふと時の終わりを感じてしまう。そんなことってある・・・残念ながらなかったけれど、でも、そういわれれば納得できるような気がする。

時間は、どうやら過去にしか感じられない。だから、未来なんて分からない・・・分からないから、枝分かれするパラレルワールドがせめてもの慰めだ。

(Youtubeに登録のALLEN0955に感謝)