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2023年3月31日金曜日

今年も4分の1喰ってしまった

一年を通じてその経過を、リンゴを縦割りにして喰うという、そんな例えを何度かしてきた。繰り返しになり少し飽いて、ブログに記すこともなくなった。久しぶりだが、きりのよい3月末日のきょう、触れてみることにした。

3月が終われば、一年の3/12、すなわち1/4が終わる。これをリンゴの食し方に照らせば、喰った大きさ、消化の速さに唖然とする。リンゴ1/4は大きい。若者にすれば、剥いたリンゴの先に皮付きのリンゴがまだゴロゴロ転がっている。「だからどうした」といった按配だ。歳をくった者には、奥先にリンゴが余り残ってないのを知っている。リンゴの貴重さを思い知る。

少し前に買ったリンゴが食器棚に残っている。扉を開けると、果実特有の清しい、命の源泉のような香りが漂う。リンゴは、太陽の黄金と月の銀の輝きを持つ。リンゴについてこだわると尽きない。

(本ブログ関連:”リンゴ、林檎りんご”)

ところで、食べることを「喰う」と表現すると、荒々しさと勢いがある。Wikitionaryを見ると、「」について次のように記している、抜粋。
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日本で考案された国字。「食」に「口」を添えることにより、その動作性を強調した会意文字。国字なので、音読みは本来無いが、「食」の音を当て「木喰(もくじき:僧侶が用いたため呉音読み)」など固有名詞に用いた。
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それでもリンゴについて
子どものころ、リンゴがおやつ代わりになった。母はうまくリンゴの皮をむいて四つ切りにし、芯を除いて塩水に漬けた(塩水に漬けるのは、剥いたリンゴの実が変色するのを防ぐため)。子どもたちは、できたそばから食らい込んだ。だから、今でも、リンゴに塩味するのがなつかしいけれど、そんな機会はない。