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2020年10月30日金曜日

ニシキギとサンシュユ

公園に出かける。雲間から青空が覗くものの、地表の空気はひんやりして重い。きのうと比べて、気温の落差に驚かされる。おもわず上着のボタンをすべてとめてしまった。予想外のことのように戸惑ってしまう。

公園内の自然観察園に沿って流れる小川に、「アオサギ」が一羽だけ岸に立っていた。下流に少し距離を置いてもう一羽いた。彼らは群れないのだろうか。さらに進むと、「カルガモ」が3羽一列に浮かんで、流れに逆らうようにゆるりと上って行った。

観察園で、「ニシキギ」と「サンシュユ」の樹木になっている赤い実を見た。

同じニシキギ科の「マユミ」の隣りに、「ニシキギ」が並んで赤い実を風に揺らしている。ふっくらしたマユミと比べて、ニシキギの実は小さく赤みが鮮明。図鑑に、ニシキギは紅葉が美しいことから、<錦木>の名がついたという。

(本ブログ関連:”マユミ”)

ニシキギ
ミズキ科の「サンシュユ」(山茱萸)も赤い実がなるということで、観察路を巡ったが見つからない。ようやく風で揺れる枝葉の隙間から実を覗かせた。観察園入口の掲示板にある写真と比べて実の数が少ない。時期を逃したからだろうか・・・それとも他にもっとよいものがあるのだろうか?

サンシュユ
(余談)
サンシュユを、「サンシュウ」と勘違いして、宮崎県民謡「稗搗(ひえつき)節」の始まりの「庭のさんしゅう(山椒)の木 鳴る鈴かけて ヨーホイ」を思い出す。けれど、耳に残った「さんしゅう」が、山椒(さんしょう)だったとは・・・。


2020年10月27日火曜日

絵本「ちいさなタグボートのバラード」

現代ロシアの裏社会を代表するマXxXの起源は「ブラトノイ」と呼ばれ、その中にいわゆる「無頼派」として、今なおロシア人のこころを揺する詩人「セルゲイ・エセーニン」(1895年10月3日~1925年12月27日)がいた。ロシア文学について全く不案内にもかかわらず、このブログに感想を記した。

(本ブログ関連:”ブラトノイ”、”エセーニン”)

詩人が生まれた国で現在出版される詩集の装丁を見ると、読者の心性が浮かんでくることがある。とりわけ若い女性の読者は詩人に純粋さを夢見るようで、それを感じた編集者はくすぐるような挿絵を詩集に刷り込んだりする。それは洋の東西をとわない。

時代においては、詩人は言葉だけでなく生き方まで象徴的になる。しかし時代が固着してしまうと、詩人の中には派手に立ち回ることもせず、社会に寄生するだけの存在としてあしらわれ、胡散臭い「徒食者」の烙印を押される。
1960年代以降のソ連社会はいろいろなものが見え始めたようで、目障りな者への風当たりが強くなってきたのだろう。ユダヤ系の詩人「ヨシフ・ブロツキー」(Ио́сиф Бро́дский、Joseph Brodsky、1940年5月24日 ~1996年1月28日)も若いころ徒食者扱いされたという。

彼が初めて(1962年)書いた詩が、いまでは絵本「ちいさなタグボートのバラード」(ヨシフ・ブロツキー詩、イーゴリ・オレイニコフ絵、沼野恭子訳)となって手にすることができる。まことに美しい絵本に仕上がっている。
大型の絵本サイズに描かれた表現は穏やかで読者を安定させる。そして詩は、タグボートの「ぼく」を通して語られる。港にいるだけの「ぼく」にとって、海は遠くにあって、大型船もあこがれの存在でしかない、それらはいつかは去っていくのだから。そんな「ぼく」はタグボートの役目をしっかり果たすだけ。そして・・・。

(参考)原詩露・英対訳 Andrey Kneller氏による。 ← ロシア語はわかりません。
https://sites.google.com/site/poetryandtranslations/joseph-brodsky/a-ballad-about-a-small-tugboat

ところで時代は違うけど、機関車を黒い馬に例えたり(エセーニン)、クレーンの光景をレース模様に例えたり(ブロツキー)するのを見て、ソ連だなあとつくづく思ったりして。

ブロツキーは、アメリカに移って活躍した詩人で、作品は難解といわれる・・・未読。

(参考)北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターデータベース: ブロツキーの解説
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/literature/brodskii.html

昨日(10/26)、この「ちいさなタグボートのバラード」の絵本を購入した。

(追記)
Youtubeに、上記とは別グループ*による、360°フォーマット展開(画面上、マウスを使ってタグボートを追ったり/フルスクリーンにすると拡大・縮小することが)できる、アニメ「ちいさなタグボートのバラード(Баллада о маленьком буксир)」が登録されているので次に埋め込む。
(*)Youtubeに戻って、画面下の解説に、サンクトペテルブルグの制作陣が記されている。

(Youtubeに登録のWHALETALESに感謝)

2020年10月24日土曜日

野鳥観察(4)

今朝の野鳥観察会は、今までで(といっても過去3回の経験でしかないけれど)、参加者がいちばん多かった。一つに天気が良く晴れ渡ったせいもあるが、これからの時期、飛来する野鳥の種類が増えて観察を楽しめるからということもあるようだ。

(本ブログ関連:”野鳥観察会”)

公園内の観察順路には、木立あり、原っぱあり、さらには小川ありといった具合で、それぞれの場所に適した野鳥を見ることができる。ちなみにマーケティングで、商品テストの地域に静岡県が選ばれたりするが、海や山があり、都市や工業地帯があるといった日本の縮図だからと聞いている。もっと雑談すれば、米国大統領選挙の動向を見極めるのに、オハイオ州の結果が判断になるというが、この場合はどうだろうか。

ところで、鳥は植物と違って動く(飛翔する)。ベテランは、姿が見えなくても鳴き声だけからでも判定する。一方入門者は、あそこにいると遠くを指さされてもすぐに見つけられず、探すうちに鳥は飛んで行ってしまう。今の力量では、鳥の雌雄の違いとか、状況に応じて鳴き分けているのを判別できるには、いたってほど遠い。

今回も多くの種類が観察されたけど、わが視覚・聴覚は追いつかない。(場所を教えてもらったうち)手持ちの双眼鏡で確実に見えた野鳥だけ次に記してみる。
・「ヤマガラ」: 樹上でしきりにエサをついばんでいた。逆光で、黒色の頭頂・茶褐色の腹をしっかり識別できなかったが。
・「アオサギ」: 公園近くの民家のベランダの手すりにじっととまっている青灰色の姿が見えた。
・「カルガモ」: 小川の水に身を任せるように、4羽が一列になって呑気?に流れていた。
・「バン」: 小川の葦の茂みに黒色の姿がいた。2羽というが1羽しか見つけられない。

以上は、ヤマガラを除きやや大きめの鳥なので、指さされて何とか見つけられた。しかし、「シジュウカラ」のようにサッと飛んで行ってしまう小鳥は、鳴き声を知らなければ見当もつかない。とはいえ、少しずつ身近に感じていければよいかなと思っている・・・双眼鏡で確実に見えるというのが、初めの一歩のような気がする。

2020年10月23日金曜日

(雑談)ちらりと聞いて早とちり

とりとめもなく、ちらりと聞いてネットを上滑りした与太話。

ラジオから、センセーショナルというかショッキングな場面が展開するという映画「異端の鳥」の映画評が聞こえてきた。遠くの国の人間が語るにはおぞましい、第二次大戦下の悲惨な経験を経たユダヤ人少年がいかに生き延びたかを描いた映画についてだ。映像化に賛否両論があったという。

1965年出版の「異端の鳥(ペインティッド・バード)」(西成彦訳、2011年)の原著者イェジー・コシンスキはとても個性的な人物で、ネットでは盗作などいわくつきの背景があるように紹介されている。この小説を自伝的といったり、架空の話といったり変転するくらいだそうだ。(未読のため深入りできないが)

ところで、この物語と大筋が似た児童書「走れ、走って逃げろ」(U. オルレヴ、母袋夏生訳、岩波少年文庫)がある。こちらの場合、作家オルレブ自身の経験ではなく、体験者というべきモデルが存在すると巻末に訳者解説がある。

(本ブログ関連:”走れ、走って逃げろ”)

「走れ、走って逃げろ」の原著「Run, Boy, Run(רוץ、ילד、רוץ)」が発表されたのは、なんと2001年とのこと。コシンスキとオルレブがほぼ同年代のため、コシンスキのよからぬ噂からあらぬ疑いを想ってしまったが・・・しかし発表時期から、それはとんでもない濡れ衣だった・・・早とちりにもほどがある。

(参考)
イェジー・コシンスキ:ポーランド系ユダヤ人、יז'י קושינסקי、Jerzy Nikodem Kosiński、1933年6月18日~1991年5月3日
ウーリー・オルレブ:ポーランド系ユダヤ人、אורי אורלב、Uri Orlev、1931年2月24日~


雑談
「走れ、走って逃げろ」の原題「Run, Boy, Run」をYoutubeで検索したところ、おもしろいミュージックビデオ(MV)と出会った。映像作家でミュージシャンであるヨアン・ルモワンヌ(プロジェクトWOODKID)の作品のようだが・・・初めて知るわけで。WOODKIDのMVを次の①、②の順に見ると、いろいろ思いを巡らすことができそう。これらに共通して登場する塔を持つ白い建造物に、どこか純正芸術的な臭いがする、それを狙ってのことだろうか?

(本ブログ関連:”純正芸術”)

① Iron:
・ https://www.youtube.com/watch?v=vSkb0kDacjs&list=RDvSkb0kDacjs&start_radio=1
・ https://www.youtube.com/watch?v=lmc21V-zBq0&list=RDvSkb0kDacjs&index=2
・(和訳) https://www.youtube.com/watch?v=HWx-PV5ptTs (Stay Aliveに感謝)

2020年10月18日日曜日

自然観察(3) ニガキは苦い

公園は朝から晴れて、草原(くさはら)はひんやりするものの夜露に濡れた風もなく乾いていた。幸いな天気のせいか、きょうの自然観察会は多数の参加者がつどった。(3回しか参加経験がないので、いうはおこがましいが、こんなに大勢そろったのに驚く)

観察会の植物分野のベテラン(リーダーの一人というべき方)からレクチャーを受けてメモしたものから以下に記す。聞き間違いがあるかもしれないがご容赦願いたい。(手帳11ページに及ぶ豊富な情報であり、その中から少しだけ・・・)

まず、経験の浅い入会者の務めというか洗礼というか、樹木「ニガキ(苦木)」の(次の写真の枝の分かれ目、矢印の先にある)<新芽>を味見をするよういわれ噛んだところ、次第に舌の奥あたりが苦くなった、しかも強烈に。会員からいただいた飴でしのいだのだが、苦味がしばらくのあいだ続いた。
・ニガキは、漢方薬「苦木(くぼく)」として苦味健胃剤の材料に使われるそうだ。ニガキの苦味は枝、葉にもあるが、漢方薬には樹皮などが使われるという。
(ちなみに、マグネシウム(Mg)は「苦土」と表現されて苦味を持つが、苦木の苦味は有機物「クアシン(C22H28O6)」によるもので、当然ながらMg元素を持たない。苦土と苦木の苦味の程度はどちらが大きいのか、ネットで検索したがよく分らない)

ニガキ
公園の原っぱ中ほどに木立があり、その中に「イイギリ(飯桐)」の木が赤い実をならしていた。実の様から「ナンテンギリ」ともいわれるが、次の写真のように赤い実を下に垂らしていて、「ナンテン」木の実のように上向きのものはないとのこと。また、イイギリの実は野鳥の「ヒヨドリ」に食べられるそうだ。
・飯桐(イイギリ)の飯は、葉を皿代わりにした意という。
・葉の広がるもとに小さな黒いつぶが2つほどあり(どうやら葉柄の途中にもあるとネットに記載がある)、それを「花外蜜腺」と呼ぶとのこと。アリを使って他の生物からの食害を防御しているようだ・・・。
・ところで、昔の金属金庫の内側に「キリ(桐)」の棚が作られていたが、桐の断熱性(燃えるのではなく、炭化するすることで防火)を利用したという。

イイギリ
観察会の最後に見たのは、「クサギ(臭木)」の木の赤い花だ。中心が黒い実で、周りの赤いのは花弁でなくて顎(がく)である。葉をつぶして臭いを嗅いでみるが、いわゆる青臭い臭いでしかなかった・・・。むしろ、つややかな赤い花の独特な姿、形に関心がいった次第。

クサギ

この他、いろいろ興味深い話題や感想を聞かせていただいた。
・「イヌタデ」:植物の名称に「イヌ~」が付く場合、劣った意を含むことがあるようだ。
・「ドングリ(団栗)」:「ドン」は「団」よりも「鈍」が似つかわしいかもしれないと感想を述べられた。

上記は樹木についてだが、野草についても解説がいっぱいあって・・・書ききれない。

(追記)
先日(10/16)の観察園外側で見たキク科の花は、現場で「ユウガギク」と同定していただいた。

2020年10月16日金曜日

ミゾソバ

ここ四五日、週の始めは日が照ったりしたものの、他日は概して曇り空。きょうは晴れ空が見えて、立川市にある「国営昭和記念公園」のコスモス畑に行ってみようかと、昼前、外に出たものの、ひんやりとする風に躊躇して行き先を変更した。日向と日陰の寒暖差が激しい。

いつものごとく公園併設の自然観察園を巡る。紅紫色の「ツリフネソウ」の花の群落にかぶさるように、淡紅色の「ミゾソバ」(タデ科)の花が群がっていた。湿地に設けられた板橋の上から眺めだが、小さく膨らんだ花が印象的である。その花は花弁でなくて、顎(がく)が色づいたもの。(ミゾソバの和名は、生え方がタデ科の代表穀物である「蕎麦」と見た目が似ていることに由来しているとWikipediaに解説がある)

自然観察センターのレンジャーの方に、観察場所を伝えてカメラ写真を見て検討していただいた。現物を観察してではないので、正式な同定ではないが、他に似たものとして「アキノウナギツカミ」(タデ科)を紹介いただいた。(こちらを観察園で見つけられなかったが・・・)
ミゾソバ、アキノウナギツカミは共にタデ科であり、茎に棘がある。ただし、葉の形態に違いがあって、ミゾソバは「先は鋭くとがり、茎部は耳状にはりだす(牛の顔のイメージ)」に対して、アキノウナギツカミは「卵状披針形 - 長披針形、茎を抱くようにはりだしている」と絵解きいただいた。

ミゾソバ

同じくタデ科の植物で茎に棘のある、上部が赤く下部が白い花の「ママコノシリヌグイ」(タデ科)の紹介を受けて、観察園に戻り、指定の場所で見つけた。つる草にからまれて息苦しそう(写真はつるをほどいたもの)。この花も花弁ではなくて、上記同様に顎片からできている。(ママコノシリヌグイの和名の由来は残酷。洋の東西を問わず、継子に対する継親の心理は複雑)

ママコノシリヌグイ
キク科の花
観察園の柵の外側にキク科の花が咲いていた。写真をレンジャーの方に見てもらったが、「コウガギク」、「カントウヨメナ」などあって同定が難しいといわれた。初心者が先走るのを、慎重に説かれ戒められたような気がした。

2020年10月12日月曜日

ハナミズキの実

夜型の生活をしていて朝寝坊を決め込んでいたのに早起きするようになったのは、自然観察の会へ参加するようになってのこと。健康にもよいと生活リズムを再構築しているのだが、少々調整に苦心している。

よく昼寝は正午から午後3時までの間でした方が良いといわれる。それ以降は生活のリズムを狂わせる。ところが、私ときたら午後5時ころになると眠くなるようになった。

奇妙な進路をとった台風(14号)も過ぎて台風一過、きょうは晴天に恵まれたので、これを機会に外出しようと、3時過ぎに公園へ出かけた。太陽の低い光線がまぶしい。木立は幹の影を地面に長く這わせている。路肩の雑草「チカラシバ」は、ブラシのような穂に西日を受けてキラキラ輝き揺れている。すっかり秋の気配だ。

公園を横切る小川の土手に、更に一段盛った小路があり、その両側に「ツツジ」や「ハナミズキ」が植えられている。この時期のハナミズキは、葉をまだ残しているもの、写真のように枯らして落としているものさまざまあるが、一様に赤い実をつける。赤い実といえば「ナンテン」の木の実を思い出すが、こちらは冬になってのこと。

正直、ハナミズキと赤い実のイメージがつながらない。というのも、通りすがりに気付いたくらいだから。(普段自然をぼんやりとしか見ていない証左である・・・)

2020年10月6日火曜日

キンモクセイ

この時期、民家のつづく路地を歩いて「キンモクセイ(金木犀)」の香りに気づくことがある。どんなに小ぶりの枝でも、橙色の花を身に着けると辺りにあの独特な甘い匂いを漂わせる。寒くない秋晴れの日によく似合う。それが大木となって見上げるほどになれば、圧倒されることになる。

公園に併設の「たてもの園」入り口の両側に、大きなキンモクセイの木が並んでいる。足元を柵で囲われており、公園内の他の木立と比べれば驚くほどでないかもしれないが、それでも高さ10m、枝幅8mあるという。大きな樹影と香りに、傍を通る誰もが思わず立ち止ってしまう。

(本ブログ関連:”キンモクセイ”)

ただ、わたしら世代には、キンモクセイの香りに人工的なものを感じることがある。その理由を、Wikipediaに、芳香剤の香り付けに利用した時代があったと解説している。思えばそうだったと合点する、田幸和歌子氏の出典*が明記されている。
(* 出典: https://www.excite.co.jp/news/article/00091161497065/ )


ところで公園内を巡ると、空気圧をクッションにしたような大きな遊具があって、その上で何人もの幼児たちが歓声をあげながら飛び跳ねている。通りかかりに管理員の方に聞いたところ「ふわふわドーム」という。なんとも可愛らしいネーミングだ。小さな体が宙に舞い、ゆっくりと上下する視点の動きがたまらないのだろう。
そんな遊び場の隣に「コスモス」畑がある。きょうは目いっぱい、コスモスの花を楽しんでみようと寄ってみた。


昨日見た、小川の堤に続く柵のかたわらに寄せ植えしたコスモスと違って広がりがある。こうなると欲が出るもの、もっともっと広大なモスモス畑を見たくなる。

2020年10月5日月曜日

コスモス

秋の気配が濃厚になった先週の金曜日(10/2)、自然観察園で「ヒガンバナ」の群生を見てきた。きょう、もう一度眺めてみようと思い出かけたが、月曜日が休園であることをとんと忘れていた。

そこで、せっかく来たのだからと、公園近くで「コスモス」を探してみることにした。二つの公園にまたがる橋のそば、堤に沿ってこじんまりとコスモスの花が連なっているのを見つけた。

(本ブログ関連:”コスモス”)

コスモスの花は愛らしい気がする。パステルカラーの薄桃色の花弁が身を任せるように風に揺れているさまは、幼子のようにあどけない。いつまでも見入ることができる花だ。

コスモスは秋桜とも記す。しっとりとした情感をさそう、山口百恵の「秋桜」が聞こえてくる。明治近代に渡来した外来種だが、日本人の感性に合っていたのだろう、まさに秋の桜だ。

以前、埼玉県の日高市にある巾着田でヒガンバナ(曼殊沙華)を見た帰り、巾着田の内側一面にコスモスの花で埋まっていたのを思い出す。正直、月並みかもしれないが天国の光景が浮かんだ。わたしにも、そんな想いがしたのだ。

今年は新型ウィルスのせいで、残念ながら遠出を控えている。できるなら都内で大規模なコスモス畑を訪れてみたい。立川市にある「国営昭和記念公園」で「コスモスまつり 2020」*を今月下旬まで開催しているとのこと、しっかり目に焼き付け、胸いっぱいに畑の空気を吸ってみたい。
(コスモスまつり: https://www.showakinen-koen.jp/event/cosmos2020/ )

日本画の掛け軸風に、コスモスの写真を縦長にトリミングしてみた。

2020年10月3日土曜日

野鳥観察(3)

公園の野鳥探鳥会に初めて参加したのは8/22(土)のこと。以前、早朝の公園で「カワセミ」を観察中のベテランと偶然出会い、探鳥のイベントを教えていただいた。そんなわけで初回に、雰囲気だけでもとうかがった次第。実際、会員の後ろに付いて回っただけだったが。(そのときのことを本ブログに記すにはあまりに知識・経験不足。語彙もない。右も左も分らぬ超初心者には書くことも覚束ない。)

(本ブログ関連:”野鳥観察会”)

第2回目(9/26)はブログに記した通り。野鳥は、植物と違って動き廻る。遠くにいても双眼鏡を使って視認するしかない、一方、声だけでも判別することができる・・・という。そんなわけで、会員の足手まといにならぬようひたすら追いかける。

そして今日、3回目の参加となった。何が変化しただろうか、成長しただろうかなんてとんでもないが、会員の方々から野鳥にまつわるいろいろな話をうかがう。耳学問であるが、門前の小僧にならい少しづつ蓄積していこう。

今回まさに野鳥らしい野鳥の「ヤマガラ」を双眼鏡で見た。エゴノキのむくろに留まっているのを自分の双眼鏡で観察できたのは幸いだ。視野いっぱいに見た第一号となる。(「野鳥」図鑑に、秋にスダジイやエゴノキの実をよく食べ、貯食行動もおこなうとある)

飛翔がユニークだ。「波状飛行」といい、羽ばたいて上昇しては、羽を休めて下降する。エネルギーの消費効率がいいからだろうとのこと。(降下するさまに、義経の「鵯越え」の奇襲が想い浮かばれる)

カルガモ
夏の小川にいるのはカルガモ。冬になるとマガモが北たから飛んでくるので、見間違えないように注意とのこと。

その他、遠くの木立で「コゲラ」が数羽飛び交うのが見えたり、「アオゲラ」が大きな声で鳴いているのを間近で聞いたりした(つまり声だけ)。

とはいえ、以上は教えていただいてのこと。

2020年10月2日金曜日

ヒガンバナ

早起きして公園の自然観察園に「ヒガンバナ(彼岸花・曼珠沙華)」の群生を見に行く。観察園の扉が開くのに少々早く着いたようだ。観察センターに立ち寄って、(新型ウィルスの余波もあって昨年版だが)今月の「花だより」の野草リストをいただく。裏面には観察順路が図示されていてありがたい。

(本ブログ関連:”ヒガンバナ”)

実は、今年の観察園のヒガンバナの開花が遅いと話題になっていたが、昨年同様、観察園の西側の一画を赤く敷き詰めた。葉を見せず、細身の茎の上に真っ赤に燃えるような花弁を揺らせ、細い雄しべと雌しべで飾っている。それが妖しいとか妖艶とか、毒性もあって死のイメージにまで広がる不思議な花だ。

来園のひとびとは、そんなイメージと関係なく、赤く広がるヒガンバナの群生に見入り、シャッターを切ったりした。今年も会えたという喜びの方が勝っているかもしれない。



ヒガンバナは、上掲のような群生でないが公園のあちこちにも咲いている。日本のヒガンバナは遺伝情報の持ち方から、有性でなく球根を分けることで、つまり人手を介して人為的に増える。チューリップ畑を見て感動するようなものかもしれない。でも、それでもひきつける。