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2017年7月4日火曜日

悲しき街角

今が全てだ。過去なんてどうでもいい、未来は俺たちが作る。若者たちはみなそう思ってきた。これからもそうだろう。

そんな強気が懐かしい。でもその一歩手前の経験が、案外、重しになっているのかもしれない。イディッシュ語の古い教材の挿絵を見たとき、中学校時代に手にした英語教科書「Jack & Betty」(開隆堂出版発行)を思い出したのだ。
情報をいとも簡単に入手できる今と違って、豊で素晴らしい世界が想像だけでしかなかった当時、映画館のスクリーン上の総天然色映画や、白黒ブラウン管のテレビ番組で確めていた。教科書「Jack & Betty」は、学校教育の窮屈さを合わせ持ちながら、他方で向こうの世界へ続く通路でもあった。アメリカの臭いがした。

テレビは座敷に置かれていた。そして、家族みなで見た。だからホームドラマが主流だった。特にお気に入りは、「パパはなんでも知っている」だ。「Jack & Betty」が誘う先にある期待の家族像がそこにあった。理想の夫婦(外で働くしっかり者のパパと、家庭を守る優しいママ)であり、個性を重視した子どもたちによる ”アンダーソン” 一家がそこにあった。

ところで、アメリカに対して、焼け跡派の屈辱感といった感情より、取り入れたい文化の象徴、あこがれの対象だった。ラジオから流れるアメリカンポップスに耳を傾け、ビルボードやキャッシュボックスのランク情報を如何に知っているか競い合った。どっぷり漬かっていたのだ。(ビートルズ以前のこと。だから、ビートルズショックを広言するニセ受洗者にはなりたくないといった矜持をいまだに持っているつもりだ)

今日みたいに雨が降れば、EPレコードのタイトルに連なった「悲しき~」シリーズの、カスケーズの「悲しき雨音」(1963年)を思い出す。その頃の、アメリカンポップスがどんなものだったか、Youtube映像であらためて確めて見ると、同時代のデル・シャノンの「悲しき街角」(1961年)に驚く。(だからといって、過去を簡単に売り渡すほどおしゃべりじゃないつもりだ)


(Youtubeに登録のWhuntmoreに感謝)