鹿児島県の南に浮かぶ、屋久島の西にある口永良部島(くちのえらぶじま)で、今日の午前9時59分に、新岳が噴火した。最近、国内であまり見かけない幅広い垂直な黒い噴煙が高く舞い上がり、一部が重みに耐えられず落下して火砕流となった。マグマ爆発といわれている。(災害緊急放送で定評の放送局が、「火砕流」の定義に慎重だったためか、島の地図上に図示するのが遅かったのが気になった)
幸い島民に重大な事故はなかったようだが、全島避難の事態とになり、ほとんどの方が隣りの屋久島へ一時避難している。この先、大変不安なことだろう。(三宅島、大島の事例を思い出す)
素人は、先の東日本大震災の影響を考える。プレートの動きと大規模地殻変動を想像し、近々の地震や噴火を結び付けてしまう。この時期、地震火山学者の冷静な語り口を、冷静に受容できないのが残念だ。(自然のメカニズムは、もっと単純ではないかと、いぶかしむばかり)
九州には巨大カルデラが存在する。阿蘇カルデラ(阿蘇山)、 姶良カルデラ(桜島)、鬼界カルデラ(薩摩硫黄島)などが並んでいる。その南に、今回の口永良部島がある。(九州南部のカルデラ群をモデルにした小説を読んだことがあるだけに気がかりだ)
(参考) 産業技術総合研究所「口永良部島火山地質図」
今は、早く沈静化して欲しいと願っている。
2015年5月29日金曜日
イ・ソンヒが合唱団審査委員に立つこと
第二次世界大戦直後、朝鮮半島は政情が複雑化し、南北に国家が成立した。そのため、建国の時期やその政府について多様な議論がある。韓国では、1945年8月15日を「光復節」と定めている。混乱の時期から国家樹立の経緯をたどると次のようになる。
1945年08月15日: (日本)太平洋戦争終戦
1945年09月02日: (日本)米戦艦ミズーリ号上で日本政府が連合国と降伏文書調印
(朝鮮)第二次世界大戦終結に伴い連合軍軍政下
1945年09月09日: (連合軍軍政期)朝鮮総督府の降伏文書調印、以降連合軍軍政期
1948年07月12日: (韓国)大韓民国憲法を制定 (同月17日発布)
1948年08月15日: (韓国)大韓民国の成立 (李承晩大統領が大韓民国樹立を宣言)
今年は、光復節から70年になるため、いろいろなイベントが予定されているようだ。その一つに、KBS NEWSの記事「【芸能】 『わたしは テハン・ミングク』 イ・ソンヒ - イ・クムヒ、解放ベビー世代合唱団の審査委員に立つ」(5/28)が伝える、「解放ベビー世代合唱団(해방둥이 합창단)」の話題がある。
(本ブログ関連:”ソウル市議会”)
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・今年で70周年を迎える光復節に大韓民国の国民が、一つになって楽しもうという新概念のフェスティバル、KBSの国民大合唱「わたしはテハン・ミングク」に歌手イ・ソンヒが加わった。
・国民大合唱「わたしはテハン・ミングク」は、公式ホームページはもちろん、公式YouTubeやFaceBook、毎週火~金の夜10時55分に放送される KBS 1TV「私たちは(우리가)」、そして6月13日(土)午後8時から60分毎週放送される事前ドキュメンタリーなど、SNS、インターネット、オフラインを網羅して国民と直接コミュニケーションを楽しむ3ヶ月間の大長期プロジェクトだ。
・また、光復節当日である8月15日には、ソウル・ワールドカップ公演会場で、このプロジェクトに申請をした7万名の国民が大合唱を繰り広げる予定だ。
・こうした中、「解放ベビー世代合唱団(해방둥이 합창단)」が、7万国民大合唱プロジェクトの一部門に参加するため、新たに結成されて関心が集まっている。大韓民国の光復と同じ年の、1945年に生まれた人たちで構成された「解放ベビー世代合唱団」 は、光復70周年を迎えた大韓民国の現代史を全身で証言する人々であるだけに、815プロジェクト「わたしはテハン・ミングク」に重厚な意味を加える。
・総360名が志願した「解放ベビー世代合唱団」は、二度のオーディションを経て最終45名が選抜されて本格的な歩みに出る。何より、歌手イ・ソンヒがこれらを導いていく予定と期待が集まっている。
・イ・ソンヒは、「解放ベビー世代合唱団」のオーディション現場に審査委員として登場、参加者一人一人と率直に通じ合って、彼らの歌に耳を傾けるのはもちろん、貫禄の音楽家らしい専門家的姿で現場をとりこにした。
・特に、イ・ソンヒとの友情で一緒に審査委員席を輝かせたアナウンサーのイ・クムヒと天才ピアニストのチェ・テワン*によってさらに活気あふれる進行を継続することができた。三名の審査委員は、緊張した参加者を配慮して気楽に話を続けられる雰囲気を誘導したし、参加者たちも自然にそれぞれの熱い人生を打ち明けて感動の波を誘った。
(参考)先日5/21の、イ・ソンヒ、イ・スンギ「セブランス家族音楽会」に参加している。
・このために、オーディション現場の高潮した雰囲気をほてるように熱くしたこれらのさまざまな事情に対して、すでに期待感が造成されている。イ・ソンヒと解放ベビー合唱団員が共に作っていく胸の熱くなった3ヶ月間の旅程は、国内全域に次元が違う感動をもたらすと関心を集めている。
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1945年08月15日: (日本)太平洋戦争終戦
1945年09月02日: (日本)米戦艦ミズーリ号上で日本政府が連合国と降伏文書調印
(朝鮮)第二次世界大戦終結に伴い連合軍軍政下
1945年09月09日: (連合軍軍政期)朝鮮総督府の降伏文書調印、以降連合軍軍政期
1948年07月12日: (韓国)大韓民国憲法を制定 (同月17日発布)
1948年08月15日: (韓国)大韓民国の成立 (李承晩大統領が大韓民国樹立を宣言)
今年は、光復節から70年になるため、いろいろなイベントが予定されているようだ。その一つに、KBS NEWSの記事「【芸能】 『わたしは テハン・ミングク』 イ・ソンヒ - イ・クムヒ、解放ベビー世代合唱団の審査委員に立つ」(5/28)が伝える、「解放ベビー世代合唱団(해방둥이 합창단)」の話題がある。
(本ブログ関連:”ソウル市議会”)
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・国民大合唱「わたしはテハン・ミングク」は、公式ホームページはもちろん、公式YouTubeやFaceBook、毎週火~金の夜10時55分に放送される KBS 1TV「私たちは(우리가)」、そして6月13日(土)午後8時から60分毎週放送される事前ドキュメンタリーなど、SNS、インターネット、オフラインを網羅して国民と直接コミュニケーションを楽しむ3ヶ月間の大長期プロジェクトだ。
・また、光復節当日である8月15日には、ソウル・ワールドカップ公演会場で、このプロジェクトに申請をした7万名の国民が大合唱を繰り広げる予定だ。
・こうした中、「解放ベビー世代合唱団(해방둥이 합창단)」が、7万国民大合唱プロジェクトの一部門に参加するため、新たに結成されて関心が集まっている。大韓民国の光復と同じ年の、1945年に生まれた人たちで構成された「解放ベビー世代合唱団」 は、光復70周年を迎えた大韓民国の現代史を全身で証言する人々であるだけに、815プロジェクト「わたしはテハン・ミングク」に重厚な意味を加える。
・総360名が志願した「解放ベビー世代合唱団」は、二度のオーディションを経て最終45名が選抜されて本格的な歩みに出る。何より、歌手イ・ソンヒがこれらを導いていく予定と期待が集まっている。
・イ・ソンヒは、「解放ベビー世代合唱団」のオーディション現場に審査委員として登場、参加者一人一人と率直に通じ合って、彼らの歌に耳を傾けるのはもちろん、貫禄の音楽家らしい専門家的姿で現場をとりこにした。
・特に、イ・ソンヒとの友情で一緒に審査委員席を輝かせたアナウンサーのイ・クムヒと天才ピアニストのチェ・テワン*によってさらに活気あふれる進行を継続することができた。三名の審査委員は、緊張した参加者を配慮して気楽に話を続けられる雰囲気を誘導したし、参加者たちも自然にそれぞれの熱い人生を打ち明けて感動の波を誘った。
(参考)先日5/21の、イ・ソンヒ、イ・スンギ「セブランス家族音楽会」に参加している。
・このために、オーディション現場の高潮した雰囲気をほてるように熱くしたこれらのさまざまな事情に対して、すでに期待感が造成されている。イ・ソンヒと解放ベビー合唱団員が共に作っていく胸の熱くなった3ヶ月間の旅程は、国内全域に次元が違う感動をもたらすと関心を集めている。
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