今朝はどんよりした曇り空だ。すでに九州を中心に雨降りで、東京は昼過ぎに雨になるという、そのまま日付に変わる未明まで雨天のようだ。したがって、きょうの外出(たとえば花見)は午前中くらいしかないと・・・早朝に思った。
そんな後ろ向きなことを考えているうちに、きょうの野鳥観察(探鳥会)の時間(今月から集合 6:30)を過ぎていることに気づいた。(頭の前側では、開始時刻が 6:30 であることを分かっていたのに、頭の後ろ側で 、今まで 7:00 だったのが抜けきれずいたようだ)
ー そんなこと考えているうち、朝寝に落ちて気づけば昼になっていた!
ところで、このところ江戸の俳諧に関心を持ち始めている。江戸文化で、花見の「サクラ」をどのように感じ、愛でていたのか気になり、Googleの生成AI Gemini に訊いてみた。Q&Aをそのまま次に記す。
(本ブログ関連:”折々のうた”)
■ Gemini
Q.江戸時代のひとびとは、「さくら」を見に行くのに「花見」と呼んでいましたか? 「花」の言葉の使い方で、<梅>や<桜>をどう区別していましたか?
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A.江戸時代の人々も、現代と同じように「花見」という言葉を日常的に使っていました。ただ、その言葉に込められたニュアンスや、梅と桜の呼び分けには、当時ならではの美意識や習慣が反映されています。
「花見」という言葉の広がり
江戸時代になると、それまでは貴族や武士のたしなみだった「花見」が、庶民の娯楽として爆発的に普及しました。
・一般的な呼称: 庶民の公認行楽として「花見」という言葉が定着しました。当時の浮世絵の題名や「江戸名所図会」などのガイドブックにも、はっきりと「花見」という文字が見られます。
・対象の変化: 平安時代以前は「花」といえば「梅」を指すことも多かったのですが、江戸時代には <「花」=「桜」> という認識が完全に定着していました。そのため、単に「花見に行く」と言えば、それは桜を見に行くことを指しました。
梅と桜の区別のしかた
当時の人々は、季節感や用途に応じて、言葉を巧みに使い分けていました。
興味深い言葉の使い分け
・「探梅(たんぱい)」: まだ花の少ない時期に、山野へ早咲きの梅を「探しに行く」という奥ゆかしい表現も好まれました。
・「桜狩(さくらがり)」: 桜を愛でることを、獲物を追う「狩り」に見立てた優雅な表現も残っていました(現代の「紅葉狩り」と同じ感覚です)。
・「花月(かげつ)」: 文人や教養のある人々の間では、花と月をセットにした風雅な表現が好まれ、俳諧や和歌の世界ではより専門的な季語として使い分けられていました。
江戸の人々にとって、梅は「春の訪れを知らせる香り」を、桜は「春の真っ盛りを祝う華やかさ」を楽しむものとして、明確に心の中で区別されていたようです。
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