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2009年11月30日月曜日

イ・ソンヒのソロデビュー

1984年7月29日、「江辺歌謡祭」の舞台に、大学サークル「四幕五場」からイ・ソンヒとイム・ソンギュンの二人が登場して、<デュエット>で「Jへ」を歌い大賞を受賞した。
TASTORYに掲載されている、ブログ「ダチョウのあれこれ音楽ものがたり(타조의 이런 저런 음악 이야기)」の「イ・ソンヒ-Jへ/あ!昔よ(1集)」(2004/1/17)では、翌1985年1月25日にイ・ソンヒが一人でデビューアルバム(第1集「あ!昔よ(아! 옛날이여)」)を出したことについて、イム・ソンギュンが「軍隊に行ったせい」と説明している。イ・ソンヒは、「江辺歌謡祭」の舞台で、そのとき既に白く大きな翼を広げていたことになる。

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2009年11月29日日曜日

<J>とは誰か

イ・ソンヒが1984年の「江辺歌謡祭」で大賞受賞して歌謡界デビューを果たした曲「Jへ」について、次のような話題を、ohdioの「今日の推薦音楽(오늘의추천음악)」(11/29)が提供している。
① デビュー当時にも、<J>が一体誰かということで、多くの新聞紙上を上に下にしたエピソードがあった。
② <J>は、作詞家イ・セゴン(이세건)が歌詞を書いたが、以前好きだった女性のイニシャルを入れて作った曲だと発表された。

①については、やはり話題を賑わしたのだなということがうなづける。ところが、②は初めて聞いた。他ブログではイ・セゴンと留学中の友人との手紙のやりとりで、イニシャルを使うことからヒントを得たと聞いているが、話題提供(リップサービス)としては順当だろう。
ブログ記事は、基本的に出典が不明であることが多い。Wikipediaにあるような、<検証可能性という公式方針により、信頼できる情報源が公表・出版している内容>とわかるように、ブログでもきちんと出典明示されればよいのだが。

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2009年11月28日土曜日

富井鉱山

栃木県宇都宮市の「富井鉱山」に、いつものようにxаякава氏と鉱物採集に行く。実はその前に、栃木県塩谷町舟生の「野州鉱山」を探したが、沢沿いの採集場所への入り口が見つからず断念して、富井鉱山に変更した次第。ともに、<紫水晶>が採集できるところではあるのだが。
富井鉱山の採集は3回目であるが、紫水晶は今のところ不発。今回成果は次の通り。
・黄鉄鉱、赤鉄鉱、黄銅鉱、銅藍、斑銅鉱、水晶(ルーペサイズの群生)、その他
黄鉄鉱の結晶の大きなものを別途いただく。

昨日の高尾山に続けての強行。帰宅して、すぐに湯船に浸かり疲れを解きほぐしたが、明朝、足腰に疲労がどう影響しているか興味津々。

2009年11月27日金曜日

高尾山の紅葉

仕事の合い間を見つけた家族と共に高尾山に遊ぶ。ケーブルカーで登り、頂上の時間を満喫して、1号路をくだった。
ケーブルカーに迫る紅葉は惜しむらく高潮を越えていたが、乗客の目を楽しませるには十分といえた。全山ほどよく紅葉に染まっていた。
登山路を歩む多くは、互いに溶け込めるほど歳を重ねている。そんな人々の中を、弾んだ声を響かせて導かれる幼稚園児の一団の様は微笑ましかった。
ケーブルカーの終点駅を出てほど近い頂上では、防寒を準備したいでたちが勝ちすぎて、汗を拭きながらの昼食となる。近況、世間話のはながさく。
いつもは登り道に使う1号路を、今回くだりに利用したところ、思いのほか膝がきつかった。ケーブルカーで登りの労を惜しんだせいだろうか。

★★★★★ 孫が転んでもひるまず座卓をつかんで「立っち」するムービーが届いた ★★★★★

2009年11月26日木曜日

旧暦10月のたべもの

今日は旧暦10月10日だ。「東国歳時記」(洪錫謨 著)の10月の「月内雑事」に、これからの寒さ対策を踏まえてか、食べ物の記載が急に増える。
・造牛乳酪:正月まで国王に牛乳酪を進上する。
・暖炉会:火鉢を囲んでの牛肉の焼肉会。
・神仙炉:牛肉または豚肉と野菜、鶏卵による鍋料理。
・饅頭:水餃子に似たものか?。(饅頭起源の説明あり)
・軟泡:薄切り豆腐の油炒め、鶏肉を使った羹(あつもの:吸い物)。(泡=豆腐)
・艾湯・艾団子:艾(よもぎ)の嫩葉(わかば)による羹(あつもの)と団子。
・蜜団餻(コウ):糯米(もちごめ)の団子に蜂蜜、枝豆の粉をつけ、紅色付けした団子。
・乾飣(テイ):糯米に酒を入れて捏(こ)ねた切片を油揚げし、胡麻や豆の粉をまぶして水飴で粘着させたもの。
・沈葅(ショ):蔓菁(だいこん)、白菜、大蒜(にんにく)、とうがらし、塩による漬物(キムチ)。一年の大計。

今日の「jo!ns」(11/26)では、企業による社会貢献としてのキムチ漬けの光景を報じている。

★★★★★ 孫が食事に「まんまんまんまん、あァー」と発するムービーが届いた ★★★★★

2009年11月25日水曜日

菓子

雑誌の写真などで見る、有名菓子店のガラスケースに並ぶ、きれいなスィーツにはどうも距離を感じる。
子どもが幼いころ、誕生日祝いに来てくれたご近所の子どもたちに菓子屋で購入したケーキを出したところ、誰も手を出そうとせずスパゲッティばかり食べていたことがある。それはバタークリームのケーキだったのだ。生クリームのケーキでないとダメだといわれた。むかしは、ケーキは選択するものではなく、あれば美味しく食べるものだったのに。時代はすでに変わっていた。そして、その子どもたちが大人になれば、菓子はより洗練され、ケーキはスィーツになり、菓子職人はパティシエに変わった。

今様の食味のキーワード、「あっさり」とか「やわらかい」には抵抗がある。「こってり」や「どっしり」を旗印にした菓子は残っているが、エコだのヘルシーだのと喧しいこの時世には大きな顔ができない。
でも、和菓子は「羊羹」と「カステラ」がよいし、中華菓子は「月餅」に決まっている。さて洋菓子となると?
これも昔のこと、ドイツ大好きの人から、年末にドイツ菓子をもらったことがある。いろいろなドライフルーツを酒に漬けて、バターでどっしりとした黒い生地に混ぜ込んだ菓子だった。「シュトーレン(Stollen)」に似て、ずっしり、どっしりと重量感があり、こってりと甘い菓子だった。
12月の孫宅訪問は、これもいいかな。
(YouTubeに登録のdoniapresmidiに感謝)

2009年11月24日火曜日

昼さまざま

昼食のため、駅のそばにある韓国家庭料理店に行く。店名が「銀珠(ンジュ)」から「明洞」に変わっていた。都下の地味なローカル駅にしては、韓国家庭料理店が他にもあり競争が大変なのかもしれない。
メニューは新しく作り直しているものの、ランチメニューは以前と同じようだ。いつも昼食は純豆腐チゲだが、今日はキムチチゲにして汗をかきながらおいしくいただいた。(「銀珠」後期に、経営が変わっているような気はしたが・・・?)

次に、スーパーの2階にある文教堂書店に行く。最近、積ん読に拍車がかかっているので、食後の散歩かたがた店内を巡る。そのとき、バックグラウン・ドミュージックに、イ・ソンヒの「Jへ」の曲が流れた。それは、ピアノを中心に弦楽器と織りなすように美しく奏でられていた。おもわず歩みを止めて、聞きたたずんだ。
ちなみに、オーケストラ版の「Jへ」は、本ブログの【10/5】に紹介している。「Jへ」は、本当に美しい曲である。

帰宅すると、KBS WORLD Radioから「受信確認証」が届いていた。マルコメのお母さんとソウルのアリスさんのサインがありましたよ! それに、先日投稿したものを紹介(10/26)した旨の添え書きまでいただいた。インターネットでの聴取のため、貢献できていないのだが、このように応えていただき感謝、感謝。

ハイウエイパトロールと宇宙探検

むかし懐かしいテレビ番組をYouTubeで検索したところ、いやあ、あるじゃないか、本当に思いで深い番組があるではないか。

・「ハイウエイパトロール(Highway Patrol )」(NHK)は懐かしい。ご近所で最初にテレビ受像機を備えた家に出かけては、よく見せてもらったものだ。夕飯どきの番組だったので、今思えば随分と迷惑かけたことだろう。主人公ダン・マシューズ(Dan Mathews)隊長は、子ども心にも強いアメリカを意識させた。乗用車が走り回る世界は別世界だったのだから。興奮の理由はそれだけではなかった。当時の子どもにとって、TVはタダで映画が見られる電器箱だったのだ。その興奮の方がよっぽど強かったかもしれない。

・「宇宙探検(Men Into Space)」(NHK)は地味なドラマだったが、現実味のある期待感をもたせてくれた。宇宙服がとても新鮮で印象的な白色だったことと、主人公エドワード・マコーリー大佐(Col. Edward McCauly)の名前がしっかりと記憶に残っている。マコーリーの名は今でも、ソ連のユーリイ・ガガーリンやアメリカのアラン・シェパード、ジョン・グレンの名前と同じ記憶領域にある。
ブログ「【海外ドラマ番組ガイド☆テレプレイ】」には、この番組の良質さの背景が語られている。

(YouTubeに登録のclassictvthemes2、chuckcollins、DvdsEntertainmentに感謝)

2009年11月23日月曜日

レコード盤

少し前の話だが、銀座のとあるビルの1階受付で、「レコード売り場はどこですか?」と尋ねたところ、案内係りはキョトンとしていた。いそいで「CD」と言い直すと了解したようだが、つくづく「レコード」が死語であると実感した。

ところで子ども時代に馴染んだレコード盤は、LP盤(33.1/3回転)とEP盤(45回転)である。洋楽ではSP盤(78回転)は既に退いていた。

・LP盤のサイズは、Ø30cmと25cmの2種類があった。クラシックのピアノ曲を聞いてみたいというだけで、正直いずれのレコード(曲)がよいのかわからぬまま、西荻窪のレコード店に行った。それは小さな薄暗い店だった。

コロンビアレコードのDAIAMOND SERIESにある「JOEL ROSEN PIANO ENCORES」(ZL-110)を入手した。このレコードのサイズはØ25cmで、通常の30cmに比べると値段は抑えられていた。それでも当時の子どもの小遣いとしては、1000円は十分高価だったのだ。レコード店の主人はこちらの音楽知識をそれとなく聞いて、小遣いに見合ったものを選んでくれたと思う。

JOEL ROSEN は音楽教育の立場にいたようで、「Billboard」('60/5/9)によれば、ラテンアメリカの9ヶ国に出向きアーティスト、学生、教育者に会うよう国務省から招請を受けている。また、ブログ「New York Pianist」で、Donald Isler(DI)がインタビューの中で、彼について、外に出てレッスンをするという壁のないピアノの学校を始めたと触れている。

上記レコードジャケットの解説には、ユニークなトピックがあるので紹介する。コロンビアレコードが、このアルバムにバダルチェフスカの「乙女の祈り」を加えて欲しいと希望したところ、彼は承知しなかった。困った顔をして「日本ではたしかに有名な曲かもしれないが、この曲には芸術音楽としての価値が全然ない。この曲を録音するということは、真のピアノ愛好家の耳を穢すだけのことである。私は弾く気がしない・・・・・」と断ったという。

・EP盤は、Ø17cmで専用の回転軸アダプターを使うため中央に大きな穴があいていており、「ドーナツ盤」とも呼ばれていた。今は手元にないが、ビクターヤング(Victor Young)の「黒い牡牛(THE BRAVE ONE)」が最初に買ったEP盤だ。ラジオから流れたこの曲を探し求めたのだ。当時は、インターネットのような情報もないので、曲の終わりにアナウンサーが曲名を繰り返すのを確実に聞き取りメモした。
上記映画は残念ながら見ていない。当時ハリウッドを襲った嵐の中でアカデミー賞を受賞したそうだ。

2009年11月22日日曜日

イ・ソンヒのツアーラスト公演

イ・ソンヒは、4月から開始した「14集」記念コンサートツアーを、11/1に大田「忠南大チョンシムファホール」で終演した。
大田での公演ラストに、「Jへ」を歌い感謝する「目がしら濡らしたイ・ソンヒ!!」の光景がNATEに登録されている。
(登録者のユン・ジヒョン(윤지현)に感謝)

(参考)左ガジェット情報(2009「14集」記念コンサートツアー)に同じ
・ソウル(서울)4.1-4.5:「COEXオーディトリウム」<4.2レポート
・仁川(인천)5.16(土):「仁川サムサンワールド体育館
全州(전주)6.27(土):「韓国音文化の殿堂モアクダン
清州(청주)7.5(日):「清州芸術の殿堂大公演会場」
水原(수원)7.11(土):「京畿道文化の殿堂大ホール
城南(성남)8.15(土):「城南アートセンターオペラハウス」
高陽(고양)9.5(土):「高陽アラムヌリ アラム劇場
大邱(대구)9.12(土):「大邱市民会館大劇場
釜山(부산)10.24(土):「KBS釜山ホール」
大田(대전)11.1(日):「忠南大 チョンシムファホール」

2009年11月21日土曜日

坡州(パジュ)市立合唱団定期演奏会

イ・ソンヒは、第9回「坡州市立合唱団定期演奏会(제9회「파주시립합창단 정기연주회」)」に出演する。
・日時: 12月4日、午後7時30分
・場所: 坡州市市民会館大公演会場(900席)
・出演: 第2部「歌手イ・ソンヒと過ごすミニコンサート」

2009年11月20日金曜日

孫のハイハイ(続)

先日(11/16)、孫がハイハイしたとのメールを受けて、ついに今日、それを直に目にしてきた。
孫は、携帯電話のストラップ(「Yonda?」のパンダ)に強い関心を示した。そこで、携帯電話をホットカーペットの上に這わせると、孫は見事にハイハイして追いかけてくれた。
なるほど、お尻ふりふりのハイハイは幼く愛くるしいものであるが、孫にとっては、月着陸したアームストロング船長の「That's one small step for (a) man, one giant leap for mankind. (ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である)」に等しい?と・・・ともかく納得した。
携帯電話は、使い込んでいるものだけに気にしたが、それを手渡すや、孫はストラップを素早く口に咥えた。

孫に対する愛情は、アプリケーションレベルではなく、どうやら物理的な回路を組み込んだ新しいボードが機能しているとしか思えない。

2009年11月19日木曜日

「ハン」(続)

寒い日だった。気温が10℃に達しなかったとのこと。小雨まじりのなか、韓国文化院で催された第2回「『ハン』とは何か」(金泰昌(キム・テチャン)氏)の講演を聴講した。講師は考え方も若々しく情熱的だった。
ところで今回は、前回(10/30)の「ハン」の定義を基にした拡張で、「ハン」の生成プロセスと構造を次の通り説明された。(語義省略)
・二元論を超えて、二元対立の媒介項に「ハン」を位置づける。
・生成プロセスは状態の変化として捉えられ、次の通り遷移する。(無からビッグバンによる宇宙生成に似ている)
(可能状態:밝알)⇒(混沌状態:온)⇒(秩序状態:새밝)※⇒(成就状態:두레)※⇒(完成状態:밝달)※
および※から個別に受け継がれる、(三一状態)がある。
・「ハン」は階層構造を持っており、〔巫(ム)〕 < 〔仙〕 < 〔哲〕 の三層構造の総体である。

以上、「ハン」について理論体系化したものと思われる。「恨(ハン)」についての一般書籍を見たことはあるが、上記を解説した出版物はあるのだろうか。
また、韓国大衆の意識下の「ハン」の起源と、現在どのように意識されているのかを知りたかった。

(付録)
KBS World radioの昨日(11/18)の誕生祝いコーナーで流されたPresnt Songがよい。
Loveholics - Beautiful」 (Park Hye Kyoung, Park Ki Young):投稿に「this soothing style of music」とあるが、パク・ヘギョン(박혜경)の声は童心に帰らせてくれるような楽しさがある。
(YouTubeに登録のXxtenerifexXに感謝)

2009年11月18日水曜日

イ・ソンヒのドレス(続)

イ・ソンヒが白いドレス姿で「愛してもかまわないでしょうか(사랑해도 될까요)」を歌う映像が、以前YouTubeに登録されたことがあるが、直ぐに利用規約の問題で停止された。
今回もそういう意味で持続が不安であるが、イ・ソンヒが赤いドレスで歌う「離別小曲(이별 소곡)」(2002年)の映像が登録(11/17)されている。赤いドレス姿といえば、「Rose(장미)」(13集「四春期」)を歌ったときもそうだった。「Rose」は従来のバラードと違うラテンの独特さがあり、ブログでは人気があるようだ。ただし映像についていえば、「離別小曲」の方が鮮明で印象的だ。
「離別小曲」は、2001年のアルバム12集「MY LIFE + BEST」(歌詞)に所収されている。

(YouTubeに登録のdove2727に感謝)
(本ブログ関連:6/3011/1

2009年11月17日火曜日

美しい江山

イ・ソンヒの「美しい江山(아름다운 강산)」は、シン・ジュンヒョン(신중현)の曲のリメイクである。
シン・ジュンヒョンによる「美しい江山」は、YouTubeに登録されていて、登録者記載の「(概要)」には彼について、「韓国の『ロックのゴッドファーザー』として知られている、ロックギター奏者でありシンガーソングライターである。」と説明されている。
「シン・ジュンヒョン&メン」のロックチームの演奏が(オーボエ風の音色を込めて)ある意味叙情的なのに比べて、イ・ソンヒの歌は力強く、鼓舞的なのがおもしろい。

ところで、「韓風(kampoo.com)」のホームページに、「シン・ジュンヒョンの回顧」から、この曲がうまれた経緯を次のように紹介している。
ある日、大統領側近から、大統領(パク・チョンヒ)賛美の歌を作ってくれという電話がかかってきたが、自分の求めている音楽ではないので電話を切った。その後、そのまま事務所に出向き曲を書き始めた。
結果できあがったのが、この「美しい江山」だった、とのこと。

(YouTubeに登録のpops8090、PAPPT1に感謝)

2009年11月16日月曜日

孫のハイハイ

孫がハイハイをした。お嫁さんから、「はいはいするようになりました。お尻をふりながら動くのが最高に可愛いです。」というメールが届いた。家族旅行しているときにハイハイを始めたたようだ。
孫は、8ヶ月目に入ってから成長のステップを急速にクリアしている。ありがたいことだ。そして早くわが目で見たいものだ。これは立派な訪問の口実になる。

2009年11月15日日曜日

発光路鉱山

栃木県鹿沼市粟野町にある層状マンガン鉱床の発光路(ほっこうじ)鉱山に、栃木県の鉱物採集会の会員とxаякава氏と共に鉱物採集に行く。早朝の鹿沼方面は深い霧に覆われていたが、粟野町の空は透き通るように晴れて、景観の一部に始まった紅葉を楽しむことができた。「発光路」の地名の由来について、山岳宗教と関係があるとか、「光」は日光につながる意とか話題があった。

ログハウスの廃墟が並ぶ林を進む。途中の沢に発光路鉱山の露頭が残っている。木立に陽が遮られるなか次の鉱物を採集した。どちらかといえば、顕微鏡サイズの採集である。ベテランтакэути氏の実地レクチャーがなければ難しかっただろう。
・採集したもの:バラ輝石、マンガンパイロスマライト(要確認:方解石をHClで溶かす)
・いただきもの:硅ニッケル鉱、霰石、ハウチェコルン鉱、トウチェク鉱(未確認)

2009年11月14日土曜日

イ・ソンヒのデビュー

イ・ソンヒが、無名の作曲家イ・セゴン(이세건)との偶然の出会いにより、「Jへ(J에게)」は誕生した。その歌をもって、1984年7月29日に江原道(강원도)春川(춘천)の南怡島(남이섬)で開かれた、MBC「第5回 江辺歌謡祭(강변가요제)」に仁川専門大学の「4幕5場(4막5장)」チームとして出場し、大賞を受賞した。そのときの光景は、イ・ソンヒが出演のKBS2「不巧の名曲(불후의 명곡)」の番組で見ることができる。

番組中のMBC資料映像には、歌謡祭の司会をイ・ムンセ(이문세)がしており、イ・ソンヒとイム・ソンギュン(임성균)の2人が登場している。 イ・ソンヒのスタイルは、伝説の髪型、めがね(サングラス)、そして水色のスカートである(一説に親の目を避けるための変装)。さらに番組では、「Jへ」がパティ・キムにはじまりイ・スンギにまで歌われる映像が紹介される。

ところで、hanafos.comのイ・ソンヒ紹介に、4幕5場チーム以後について次のように記している。
「彼女は、1985年に4幕5場というチームが事実上瓦解して単独でデビューをする。 デビューアルバムは、<ああ昔よ>、<葛藤>が収録され、すごい成功を記録する。」
1985年、彼女のデビューアルバム1集「ああ!昔よ(아! 옛날이여)」(歌詞)が世に出ることになる。

(YouTubeに登録のstickyrice740ilに感謝)

(本ブログ関連:4/136/76/88/48/2510/17

2009年11月12日木曜日

校庭の空の上

九州の八幡市の小学校に通っていた頃、地元の帆柱山は校歌に歌われ、洞海湾沿いの工業地帯が吐き出す煙は「七色の煙」と賛美された。子どもの記憶には、まことに平和な時代だった。

小学校の校庭から見上げる空には、いつも双胴の飛行機がゆったりと飛んでいた。レシプロエンジン音が上空でいつまでも響いていた。この双胴のC-119(C-one nineteen)輸送機がどこから飛び立ち、どこへ降りるのか関心なかった。子どもには、空よりも校庭の方がずっと広かったのだ。

それでも、輸送機が遠賀川の先の芦屋基地にいることをぼんやりと知った。遠賀川といえば遠くにあるものと思っていたし、遠賀川方面に芦屋があるということも何となく聞いていた。C-119輸送機は、遠賀川河口の米軍芦屋基地にいたのだ。

上空を見上げると、双胴のC-119輸送機の機影はどこかのろまなユーモラスな感じがした。しかし、歴史を見ると、決してなまやさしいものではなかったことを知った。
それでも、あの双胴の輸送機は、今だに記憶の中で、レシプロエンジン音を空中にのんびりと聞かせている。

Googleビデオ

イ・ソンヒの映像を韓国「Googleビデオ(비디오)」で楽しむと、次の関係になる。
(Googleビデオ)⊃(YouTube)
「Googleビデオ」には、daumやNATEなどに登録されている彼女の映像も含めて検索できる。
たとえば、「HERSHEYチョコレート(허쉬초콜릿)」のCFで、「ひとしきり笑いで」を歌うイ・ソンヒのかわいらしい映像も見ることができる。

★★★★★ 孫が呼びかけに手を振るムービーが届いた ★★★★★

2009年11月11日水曜日

10集

イ・ソンヒのアルバム10集 「First Love」 (1996年:歌詞)のCDを入手した。彼女がシンガーソングライターに変身したといわれるアルバムである(ほぼ全て彼女の作詞・作曲)。また、ほぼ全ての編曲をチェ・テワン(최태완)が担当。
なお、昨日(11/10)記した「ライラックが散るとき」はこのアルバムに所収。

#1 「愛しただけなのに(사랑했을 뿐인데)」:心地よい編曲で聴かせてくれる。
#2 「ライラックが散るとき(라일락이 질때)」:馴染みやすいよい曲だ。CDで聴けるのはありがたい。
#5 「小菊一束(소국 한다발)」:バリトン(김종홍)との美しいデュエット。
#7 「城内の子(성안의 아이)」:フォークで童話世界を歌う。
#8 「アカラカチ(아카라카치)」:本ブログ(10/11)で触れた通り、明日を信じて元気に歌う。
Youtubeに登録のhirekatu3に感謝

(本ブログ関連:8/27

★★★★★ 孫がつかまり立ちするムービーが届いた ★★★★★

2009年11月10日火曜日

「ライラックが散るとき」余聞

イ・ソンヒの歌「ライラックが散るとき(라일락이 질때※)(歌詞)」にある「ライラック」についての余聞。
(情報ソースの登録者に感謝)
① 「ライラック」は、Wikipediaによれば英語名(Lilac)由来だそうで、仏語由来では「リラ」と呼ぶ。
② YouTubeにラジオ歌謡「リラの花咲く頃」(歌:岡本敦郎)が登録されている。
③ ラジオ歌謡「リラの花咲く頃」のMIDI版を登録されているところに、次のような解説がある。
「ドイツ原曲『ニレトコの花が咲く時』 ⇒ フランス曲『リラの花咲く頃』(白いリラの花) ⇒ 日本の宝塚歌劇団の『すみれの花咲く頃』」 に継がれたらしいとのこと。
④ ブログ「小粋に暮らそう」に、「宝塚歌劇団の『すみれの花咲く頃』のフランス原曲」YouTube版が紹介されている。

(YouTubeに登録のrosamin2、sabusan678に感謝)
(※)イ・ソンヒの歌「ライラックが散るとき」の良音質は、「Popular Music 大衆音楽」のホームページで聴ける。(登録者に感謝)

(本ブログ関連:4/158/27

2009年11月9日月曜日

THE 24TH GOLDEN DISK AWARDS

「THE 24TH GOLDEN DISK AWARDS」のホームページによれば、24回「2009ゴールデンディスク授賞式」が、12月10日(木)午後7時から、オリンピック公園オリンピックホールで開催される。
選定基準は、6つの音源の集計サイトの音源売上高と、携帯電話およびARS(自動応答システム、Automatic Response System)の人気投票、歌謡界への貢献度などを総合する。
人気投票が11/2から開始されており、今日現在イ・ソンヒは、「Samsung Yepp人気賞」で16位、「ディスク部門本賞」(アルバム14集「愛よ...」)で11位にランクされている。
イ・ソンヒのファンサイトでは、人気投票への参加を呼びかけている。

(追記)注目したいのは、アルバム評価の「ディスク部門本賞」上位20位以内で、アルバムを10集以上発表しているのは、イ・ソンヒのみである。

今年は、いろいろな意味で人の心を打つ歌い手が、舞台を彩る華やかなモデルのような歌手たちではなく、宝石が市井に発見された時代でもある。もう一度、歌唱力とは何かが見直されるときが来たのかもしれない。

(参考)
主催 :日刊スポーツ
主催 :中央日報文化事業
後援 :文化体育観光部、韓国芸能製作者協会、JES、中央日報
協賛 :Samsung Yepp
放送 :qtv、y-star、commedy-tv

2009年11月8日日曜日

奥多摩むかし道

今日、旧青梅街道「奥多摩むかし道」のウォーキングに行く。同行のямадзаки氏と、<JR奥多摩駅>に10:00に集合して、<奥多摩湖>まで歩いた。思いの他きつい山道を踏破して、奥多摩湖のバス停に到着したのが何と16:30。JRの「ウォーキングマップ」パンフレットによれば「歩行時間」が3時間50分のところを、昼食と休憩時間を含めて6時間30分かけたことになる。正直行程を甘く見ていたことを反省。(休憩のとり過ぎ・・・スニーカーでは足が痛い。反省!)
驚いたのは、山道にあれほど時間をかけたにもかかわらず、帰りのバスは15分程度で<JR奥多摩駅>に着いてしまったのだ。

コース山道の紅葉は十分とはいえなかったが、この散策は、日頃の運動不足の解消とリフレッシュによかったと思う。帰りに<JR奥多摩駅>の2階の蕎麦屋で食った、熱い「たぬき蕎麦」が疲れを癒してくれた。
次回は何としても同行者に、<JR奥多摩駅>のそばにあるマンガンの<奥多摩鉱山>を紹介したいものだ。

2009年11月7日土曜日

イ・ソンヒの音楽環境

イ・ソンヒは、忠清南道の保寧(ボリョン)の山間に育った。ブログ「美しさ(아름다움)」の彼女の紹介文に、仏教関係者である父親に触れて次のような一行がある。
「仏教音楽梵唄(ぼんばい:범패)の伝授者の父をもっていたイ・ソンヒは、幼い時から高いキー(key)で歌手の素質を見せた。」と書かれている。

(「梵唄」は仏教用語で、仏徳をたたえる歌、経文に節をつけて唱えることで、「声明(しょうみょう)」を日本では、「梵唄」・「梵匿(ぼんのく)」・「魚山(ぎょざん)」ともいう・・・とのこと。)

幼い頃に葛藤があったなかで、イ・ソンヒが父親の修行をどのように見て、影響を受けたかは不明だが、梵唄が音楽環境としての役割を果たしたのではないだろうか。彼女の高音の美しさに、押し出すような芯の強さを感じていたが、それがわかるような気がする。

(本ブログ関連:7/258/27

(付記)
上記「美しさ」のブログで、1980年5月の光州のできごとを慰霊したとして「5月の陽ざし(5월의 햇살)」(歌詞:1989年のアルバム5集「私の街(나의 거리)」所収)について触れている。なお、この曲はブログ「鈍才の瞑想ノート(둔재의 명상노트)」で聞くことができる。

2009年11月6日金曜日

結晶世界の夢

子ども時代は夢を見るものだ。机の上で手のひらの石を眺めていた。スタンドの明かりをつけると、握りこぶし大の石(母岩)に群がった、数ミリ立方体の黄鉄鉱の結晶が突然反射した。光を受けた結晶面は黄金色に輝き、影の側は結晶を深く母岩にはりつけていた。

眩しく反射する黄鉄鉱の結晶群は誘う。虫眼鏡をとりだして、まるでルーペを使うように目に近づける。冷たい凸レンズの向こうの黄鉄鉱の結晶は、さらに巨大化して輝きをます。ゆっくりと、結晶世界を回転させる。ゆっくりと。あらゆる方向へ光のおもむくままに廻していくのだ。

そのとき、レシプロエンジンの音が聞こえてくる。そうだ、この結晶世界の上空を泳いでいることに気付く。機体を揺するようなレシプロエンジンの排気音は途切れることなく重く響く。石の表面を縫うように滑空しては、谷をまたぎ、尾根を越え、地平線を目指していく。すると、またその先に新しい結晶の世界がひろがる。

結晶世界に降下して低空をかすめるとき、手の揺れる分だけエンジン音が轟く。ゆっくりと反転上昇して高度を上げると、結晶世界はようやく落ち着きを取り戻した。光と影の無機質の結晶世界をいつまでも飛翔しつづけた。

(余談)
黄鉄鉱の英名Pyriteは、打撃で火を発する意を持つ。YouTubeの「Winterplay & Ibadi - Come Together」はそんな感じかな。
(YouTubeに登録のWinterplayboxに感謝)

2009年11月5日木曜日

メールストロムの施渦(せんか)

先日の、八丈島沖・漁船転覆事故から、奇跡の生還をされた方々を見て、生き抜いた意志の強さに驚くばかりだ。転覆漁船の暗闇のなかで、長時間の恐怖に耐え抜いた体験は察するにあまりある。そしてニュースで見た、ご家族との特にちいさな娘さんたちの出迎えを受けられたときの光景は忘れられない。(参考:「毎日jp」の生還記事)

ところで、昔、父の書棚に子ども達に見せてくれたことのない絵本があった。ときどき、だまってのぞいたが、結局行方を知らない絵本である。A4版ぐらいのサイズの薄い本だった。紙質のよくない頁は、のっぺりと黒地に塗られており、白のシンプルな線で物語が描かれていたような気がする。頁一面の暗黒の巨大な渦のなかに船が引き込まれていく不気味なページがあった。圧倒的な黒色の迫力を今も思い出される。

勝手な解釈だが、あの絵本はエドガー・アラン・ポーの「メールストロムの施渦(A Descent into the Maelstrom)」(1841)ではなかったろうかと思い、「青空文庫」にある「メールストロムの施渦」(佐々木直次郎訳)を読みなおしてみた。主人公は、巨大な渦に飲み込まれながら、渦の内側の光景を次のように描写している。

「自分のまわりを眺めたときのあの、畏懼(いく)と、恐怖と、嘆美との感じを、私は決して忘れることはありますまい。船は円周の広々とした、深さも巨大な、漏斗(じょうご)の内側の表面に、まるで魔法にでもかかったように、なかほどにかかっているように見え、その漏斗のまったくなめらかな面は、眼が眩(くら)むほどぐるぐるまわっていなかったなら、そしてまた、満月の光を反射して閃くもの凄(すご)い輝きを発していなかったら、黒檀(こくたん)とも見まがうほどでした。そして月の光は、さっきお話ししました雲のあいだの円い切れ目から、黒い水の壁に沿うて漲(みなぎ)りあふれる金色(こんじき)の輝きとなって流れ出し、ずっと下の深淵のいちばん深い奥底までも射(さ)しているのです。」

主人公が助かった方法が妥当か、恐怖からの生還に髪が白髪になることがあるかはこの際除外して、以上の描写を読んで、あらためて、あの絵本は「メールストロムの施渦」を題材にしたものだと信じている。

2009年11月4日水曜日

地球は青かった

YouTubeで偶然、「Stand By Me|Playing For Change|Song Around the World」を見た。
Playing for Changeは、音楽を通して世界に平和を呼び起し、結び付け、そして届けるためにつくられたマルチメディア・ムーブメントとのこと。どうやら、世界のストリート・ミュージシャンが歌う「Stand By Me※」を、しっかりと機材を準備して録音作成したようだ。
ベン・E・キングの「Stand By Me」(1961)は、ビルボードやキャッシュボックスなどの洋楽ランキング情報をラジオで聞いては翌日、教室で知ったふりして話していたあのなつかしい時代の曲である。それが、子ども世代にも思い出深いものになった映画「スタンド・バイ・ミー」(1986)で復活したのだから。

一人の歌手が歌うのを聴くのもよいが、世界の街角の歌い手たちが一つの曲を歌いつなぐのを視聴すると、不思議な一体感を覚える。むかし、宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリン(Ю.Гагарин)が「地球は青かった※※」(1961)と語った感覚を、今ではインターネットで世界中の誰もが共有できるようになったような気がする。
※※ 佐々木正明氏の「Cool Cool Japan」によれば、正確には「・・・地球に帰還して、タス通信の記者のインタビューに答えた記事に・・・『・・・地球の色は、優しく光る淡い水色・・・』」に見えたとのこと。

2009年11月3日火曜日

7集

頼んでいたイ・ソンヒのアルバム7集 「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면) 」(1991年:(歌詞))が届いた。以前、彼女のアルバム5集、6集を手にしたときと同様、歌詞カードがまるで新品である。不思議だ。

#2「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」アルバムタイトルで、心のなかだけ愛してくださいと・・・印象に残る曲だ。(作曲김진룡)
#5「この雨が止めば(이 비 그치면)」透明感があり、しっとりとしていてよい。
#6「あなたが去ったあとに(그대가 떠나신 후에)」ラテンリズムのちょっと歌謡調。
#7「恋文(연서)」このアルバムではこの曲がよい。心に空けた部屋で想う・・・編曲も美しい。(作曲김진룡)
#9「あなたは知っている(넌 알고있니)」イ・ソンヒらしい歌い方。(作曲김진룡)
#10最後に#2の演奏曲が奏でられる。

(付記)
DVD「ポンポン ポロロ」が入荷したとの電話を受ける。これから吉祥寺に出かけよう。
⇒ のんびり自転車で出向く。今日は風もあり、日陰を通るとぐっと寒くなる。無事、「ポンポン ポロロ」を入手。Yカメラ店の広いおもちゃ売り場にペンギンの縫いぐるみを探すが見つからない。

2009年11月2日月曜日

ペンギン

先日、「葛西臨海水族園」に半歳の孫が連れられて、水槽の回遊魚やペンギンを見て大層喜んだそうだ。特にペンギンがお気に入りだったとのこと。
水槽前でいきいきとした孫の動画をメールで見て、何か楽しませたいと思い、ペンギンにちなんで韓国の3Dアニメ「ポンポン ポロロ」のDVDを吉祥寺のYカメラ店に電話確認した。同店に入荷次第連絡の約束をもらう。
以前本ブログ(8/18)で触れたが、主人公ペンギン「ポロロ」の仲間のキツネ「エディ」の縫いぐるみを孫にプレゼントしたことがある。今回、主人公「ポロロ」の縫いぐるをインターネットで探したが見つからない。

ところで子供向けのペンギンキャラクターに、スイス(現在イギリス)のクレイアニメ「ピングー(Pingu)」というものがあるようだ。YouTube登録の「Pingu Goes Fishing」を見た。いたずらと仲良し(おともだち)という幼児へのおはなしとして上質な内容だ。
(YouTubeに登録のalientouristに感謝)

2009年11月1日日曜日

イ・ソンヒのドレス

イ・ソンヒには、真紅のドレス姿でステージに歌い男性ダンサーと舞う、「장미(Rose)」(13集アルバム「四春期」所収)の映像がある。(本ブログ関連:6/30
昨日YouTubeに、イ・ソンヒが「愛してもかまわないでしょうか(사랑해도 될까요 )」を歌う映像が登録された。バリトン歌手(장철호)に歌い招かれるように、白いドレスでステージに登場する彼女の姿はちょっと別人に見える。<歌手イ・ソンヒ>が、<女性歌手イ・ソンヒ>になってしまったとでもいうのでしょうか。それでもエンディングで、一目惚れしてときめきのままに愛を告白されてしまったように、とまどいながら眩しそうに見返す仕草は<歌手イ・ソンヒ>そのままです。5年前の「イ・ソンヒ 20周年記念コンサート」の一幕である。

残念ながら、関連YouTube動画が削除されたため、オリジナルの「愛してもかまわないでしょうか(사랑해도 될까요)」(유리상자(ガラス箱):男性二人組デュエット)にリンクする。映像の初めに登場する、カチンコ「SCENE」欄のロゴは、イ・ソンヒが所属する「フックエンターテインメント」のものだ。ちなみに、彼等が所属しているのは、「トライベクター(트라이 펙타)」である。
(本ブログ関連:4/22
(YouTubeに登録のgiangsonに感謝)

(参考)
YouTubeに登録のspodocskparkに感謝。
きれいな画質で素晴らしい。(音質および映像・音声同期がちょっと残念だが)
残念ながらYouTubeは「利用規約に違反しているため、この動画は削除されました。」と表示され見ることができなくなった。[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Dear J" Part 1/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Pray of Girl" Part 2/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Where the love falls"Part 3/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Autumn Wind" (West Wind) Part 4/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "I Want to Know" 알고 싶어요 Part 5/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "I Always For You" 나 항상 그대를 Part 6/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "추억의 책장을 넘기면" Part 7/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Can I Love You" 사랑해도 될까요 Part 8/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "My Street" 나의 거리 私の街 Part 9/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "I'm Alright" 괜찮아 Part 10/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Conflict" 갈등 葛藤 Part 11/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "아, 옛날이여" Part 12/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Beautiful Country"아름다운 강산 Part 13/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Shooting with Smile 한바탕 웃음으로 Part 14/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Dear J" Part 15/15