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2019年12月26日木曜日

窓から大きな手がぬっと入ってくること

岡本綺堂が、宋代のものか「異聞総録」などより採集した怪奇話に「窓から手」があって、「青空文庫」に掲載されている。古代の官職の「少保(しょうほ)」に立身した馬亮公(ばりょうこう)が、若いころに書をたしなんでいたときに体験した奇妙なできごとを紹介している。

いわゆる怪奇話には、妖怪、化け物、幽霊といった超自然な異形な存在が登場する。その中でも、この話に出てくるのは変わっている。窓から部屋の中に大きな手がぬっと入ってきて驚かすというのだ。

馬亮公は、とっとと失せろといった意からか、文字を塗り潰すときに使う顔料「雌黄(しおう)」で、大きな手に自分の書を書き連ねて無視し続ける。すると大きな手は、「手を洗ってくれ」としきりにせがみ、結局ねをあげる。面白いのは、弱った手が馬亮公の出世を予言することだ。

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 少保(しょうほ)の馬亮公(ばりょうこう)がまだ若いときに、燈下で書を読んでいると、突然に扇のような大きい手が窓からぬっと出た。公は自若(じじゃく)として書を読みつづけていると、その手はいつか去った。
 その次の夜にも、又もや同じような手が出たので、公は雌黄(しおう)の水を筆にひたして、その手に大きく自分の書き判を書くと、外では手を引っ込めることが出来なくなったらしく、俄かに大きい声で呼んだ。
「早く洗ってくれ、洗ってくれ、さもないと、おまえの為にならないぞ」
 公はかまわずに寝床にのぼると、外では焦(じ)れて怒って、しきりに洗ってくれ、洗ってくれと叫んでいたが、公はやはりそのままに打ち捨てて置くと、暁け方になるにしたがって、外の声は次第に弱って来た。
「あなたは今に偉くなる人ですから、ちょっと試(ため)してみただけの事です。わたしをこんな目に逢わせるのは、あんまりひどい。晋(しん)の温嶠(おんきょう)が牛渚(ぎゅうしょ)をうかがって禍いを招いたためしもあります*。もういい加減にして免(ゆる)してください」
 化け物のいうにも一応の理屈はあるとさとって、公は水をもって洗ってやると、その手はだんだんに縮んで消え失せた。
 公は果たして後に少保の高官に立身したのであった。
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(*)晋(しん)の温嶠(おんきょう):
晋の温嶠が、牛渚(ぎゅうしょ/牛渚磯)の地で、水底にある世界を明かりを灯して覗いてしまった。どうやら、見てはならない世界(霊界)を知ってしまったようだ。このことから、温嶠はほどなくして亡くなる。

この異形の大きな手は、日本風にいえば「化物」に属するだろう。ちょっと笑ってしまうのは散々脅かしておいて、逆襲されるとねをあげる。おまけに栄華の将来を占って見せてくれる。まんざら悪くない化け物だ。