日頃、鉱物採集に出向く茨城県の錫高野(すずごや)は、高取鉱山と背中合わせである。錫高野の名の通りスズ石、および鉄マンガン重石(タングステン)などを採取できる。一方、高取鉱山は現在も排水処理が行われており、一般の入山禁止である。
高取鉱山を舞台にしたといわれる小説に宮嶋資夫著の「抗夫」(大正五年、1916年)がある。茨城県の鉱山に関わるものをチェックしていて、同県の筑波書林という地方出版社の「ふるさと文庫」シリーズの1冊として収められているものを見つけた。
⇒同小説は、日本ペンクラブの「電子文藝館」のpdf版で読むことができることを発見!!
小説は、血と腕力の主人公の抗夫が、行き場のない苛立ちのまま、暴力と本能を頼みに生きようとする物語である。当時の抗夫の悲惨さは、主人公の父親が抗夫病(よろけ)になり死期を覚り行方不明になること、頭上を掘り進んだ岩が砕け落ちる事故死などに描写されている。生きるだけしか許されず、生き方を獲得できなかった抗夫達は、にもかかわらず姑息さと狡さにしか身を処することができない。アウトローの主人公はそれを本能的に嗅ぎ取る。そして血の固まりになり、抗夫仲間の惨たらしい仕打ちの中、主人公は最後をむかえることになる。
⇒CiNiiに、西田勝氏による本作品の<解説(NHKラジオ放送の速記録に加筆)>pdfがある。
作品中の鉱物描写の部分を抜書きする。
「彼の前には刳(えぐ)られた山の肉の断面が立っている。赤黒い母岩を貫いて走っている真白い筋のような、やや傾斜した硅石の脈の中には、オルフラマイトが石炭のように光っていた。真鍮色の硫化鉄や金色の銅、緑の鮮(あざや)かな孔雀石も鏤(ちりば)んでいる。小さな剣を植えたような透明六方石のスカリは、所々に氷のような光を放っていた。カンテラの焔(ほのお)がゆらめくと樋(ひ)の内は仏壇のように美しく輝いた。」
・オルフマライト: 鉄マンガン重石
・硫化鉄: 黄鉄鉱など
・金色の銅: 黄銅鉱?
・透明六方石: 水晶
・(スカリ: 不明)
ところで、小説では舞台を池井鉱山としているが、高取鉱山は池内鉱業所と呼ばれていたと、上記書籍「抗夫」のあとがきに記されている。また宮嶋資夫は高取鉱山の現場事務員として働いたことがあると、上記<解説>に記されている。
小説の中で野州鉱山の事件(暴動)について触れる箇所があるが、足尾銅山の鉱毒事件のいきさつを喩えたものか?
(ただし野州鉱山は栃木県足尾銅山近くに個別にも実在する)