小説や漫画に、ある人物が当代の歴史的人物とつぎつぎ巡り会う歴史ロマンがある。偶然の流れにしては出来過ぎだが・・・。幕末や維新の激動の時代を舞台にするとなお一層面白い。
出会いが、運命を切り分ける場面だとドラマチックになる。そんなに大げさでなくても、登場人物が知る人ぞ知る場合、話は盛り上がる。江戸時代(中期~後期)を走ったマルチ人間の平賀源内と、石を一途に愛したオタクの木内石亭との出会いは興味深いものだ。
■ レファレンス協同データベース
「江戸時代の鉱物学者:木内石亭と平賀源内の交流が書き表された文献を知りたい。」
ー https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000097202
ー レファレンス事例詳細: 「人物叢書『木内石亭』(吉川弘文館 1989)の31ページに共に物産会に参加、207ページには交友があった旨書かれている。」
● 人物叢書「木内石亭」(斎藤忠、吉川弘文館)の本文を参照し抜粋
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友からの鞭撻(べんたつ)
(石亭の著書「雲根志」の成果から)彼の勉強には、多くの交友の力もあった。全国的に多い弄石(ろうせき:石趣味)の友は、彼に対してのよき資料の提供者ともなった。ことに谷川士清(ことすが)・平賀源内など、当時の名高人物も、彼の交友であり、しかもよき先輩であったことは、彼に学問的な鞭撻をあたえたことだろう。
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■「近世 人物夜話」(森銑三、講談社文庫)
「平賀源内」抜粋
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・源内は官医 田村藍水*と共に物産の学を講究し、共にまた物産会、薬品会等を江戸に開いた。
・その勧誘状の後には、「諸国産物取次所」として三十箇所を列記してゐるが、その中に「近江山田、木内小半」とあるのが注目を惹く。小半は正しくは小繁(こはん)であり、即ち雲根志の著者木内(きのうち)石亭その人だったのである。
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(*)田村藍水(本草学)の門弟に、石亭は源内とほぼ同時期(源内が少し先)になった。
(補足)
平賀源内について:
・「火浣布(かかんぷ)」の発明で知られるが、実用性について当時の関係者から、そのサイズの小ささに否定的な評価があった。
・現在知られている彼の肖像は、細面であるが、実際は小太りだったようだ。
・関心(好奇心)が広いことから、国学者の賀茂真淵に入門したこともあった。惜しむらくは、獄死したため、博覧強記といえるものを書に残せなかったことだ。