イ・ソンヒは、一般に1964年11月11日(陰暦)に誕生と知られているが、戸籍上の生年月日は、1967年3月10日である。その理由は、届出を父に頼まれた祖母が忘れたため、出生申告が3年も遅れたというのだ。
(本ブログ関連:5/22)
芸能人には年齢を少なく見せようとすることはあっても、彼女の場合、結果としてそれが逆になっていることになる。今も容貌は若々しく、肌艶は清潔そのものといった彼女は、アジュンマたちの羨望の対象である。アジュンマ世代になれば、3年若返ったとしても誰もがそうなるわけではないだろうから、彼女の日頃の手入れの賜物ということになるのだろう。
ブログ「野ガラスの通り路~(들까마귀의 통로~)」(2009年4月2日)に、イ・ソンヒが1991年にソウル市議会議員に立候補した際の事情について、次のような気になることが書かれている。
<当時の政界進出を通じた彼女の役割は、誰が見ても1991年「民自党」の3党合同(注:民主正義党・統一民主党・新民主共和党が合併し発足)に悪化した民心を収拾するために出した雇われマダムでした。 イ・スンジェ(이순재)、イ・ドクファ(이덕화)、イ・ジュイル(이주일)と同じケースで、各党で皆有名芸能人らを獲得するために血眼になっていた恥ずかしい時代に、彼女は満25の若い年齢で被選挙権獲得のために戸籍まで変えなければならなかった時代の犠牲の羊であり、不幸であった芸能人です。>
(本ブログ関連:2009年の8/31、10/29、2010年の3/17、4/2)
上記については、大状況的に捉えていて、かつ恣意的表現が気になる。問題にしている戸籍を変えた内容が不明なので、その重大さが分からないが、単に住所を変えただけなのか知りたいところだ。
ところで、イ・ソンヒが1991年に出した自伝「夢よ愛よ出会いよ」(本ブログ関連:5/30)から、当時の経緯が窺えることができるだろうか。