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2010年7月5日月曜日

輝きの科学

先日、NHK教育TVの番組「極める!」で、「佐野史郎のなぞの石学」(全4回)が始まったことを本ブログに記した。

(本ブログ関連:6/28

第2回の今日は、「輝きの科学」である。<鉱物学>の立場で、堀秀道氏から鉱物結晶の美しい世界が語られた。堀先生は、鉱物科学研究所長であると同時に、鉱物同志会の会長をされている。
番組テキストの解説とは別に、番組内では、美しい鉱物結晶の紹介や、瑪瑙採集がレポートされた。

<堀先生による鉱物の解説>
・鉱物標本の瑪瑙(めのう)、ペンタゴン石、霰(あられ)石、水晶、蛍石(紫外線照射で蛍光を発する)などの紹介。
・鉱物の属性について、金属光沢(反射)/非金属光沢(例:透明な水晶)、結晶と組成(水晶と瑪瑙は組成が同じだが結晶が違うこと)、鉱物生成の温度と圧力などについて説明。
・自然の水晶の種類と、合成水晶の現代の利用を「水晶時代」という言葉を使って紹介。

<佐野史郎氏の石への思い入れ>
・SF小説「結晶世界」(J.Gバラード)から鉱物結晶への思いを紹介。
・検波器に方鉛鉱を利用した鉱石ラジオの実験。

<お二人による瑪瑙採集レポート>
・三浦半島某海岸での瑪瑙の採集。
・瑪瑙採集のポイント:①大き目の砂石がある波打ち際、②透明度のある石、③縞模様がある石
・瑪瑙の生成について、火山の(温泉)熱水の珪酸成分が冷えてできることの紹介。

鉱物ウォーキングガイド

新宿三越上階のジュンク堂書店にしばらく振りに訪れて、「鉱物ウォーキングガイド 全国版」(松原聰、丸善書店:2010年5月31日)を購入した。著者の松原氏は、国立科学博物館地学研究部長をされている。

5年前に同著者による、「鉱物ウォーキングガイド」(松原聰、丸善書店:2005年9月20日)が出版されている。紹介地域は、福島県(1)、新潟県(6)、栃木県(3)、茨城県(1)、埼玉県(4)、山梨県(3)、静岡県(1)、東京都(5)の約24ヵ所である。
主に関東および近縁の地域である。このうち採集に行ったのは6ヶ所に過ぎない。

今回<全国版>の紹介地域は、鹿児島県(1)、熊本県(1)、山口県(1)、岡山県(1)、高知県(1)、福井県(1)、石川県(1)、富山県(2)、岐阜県(1)、長野県(3)、山梨県(2)、群馬県(2)、東京都(1)、福島県(2)、秋田県(1)、岩手県(2)、北海道(1)の24ヵ所である。
さすがに全国のため、一つも訪問したところがない(わずかに記載されているところなら2ヵ所だが)。苦しい言い訳をするなら、もっぱら茨城県と栃木県を採集エリアにしているからだろう。

2010年7月4日日曜日

グリーンスリーブス

昔のTVドラマの思い出だが、すべて曖昧のため、印象だけが残っているものがある。
毎回、SFのハード・コアからファンタジーまで、ストーリーがいろいろと変わる「アウターリミッツ」という番組があった。果たしてその番組だったのか確証はない。ある若者が森深く迷い込み、とある古い館に独り住む少女に会うのだが、それは時空を超えた出会いだった。二人の想いとは別に、やがて時空の捩じれは戻り、彼らは悲しい結末を迎えることになる、そのような物語なのだ。

ドラマの背景に、別れを予兆させる「グリーンスリーブスGreensleeves)」の旋律が流れていたように記憶する。そう思い込んでいるだけかもしれない。古風な、そして決して華やかではなかった過去に住む少女の面影に、その旋律はとてもよく似合っていたような気がする。

(Youtubeに登録のpitbikecrazyに感謝)

2010年7月3日土曜日

歌謡曲名の表記

以前、イ・ソンヒの「Jへ」(1984年)も含めて、韓国の歌謡曲(歌詞)について語彙頻度分析をした論文(劉 美貞:2006年)を見たことがある。
(本ブログ関連:1/24
インターネットを探すと、今度は歌謡曲名(タイトル)について表記分析した論文「韓・日の歌謡曲名の表記変化の研究-1970年から2005年までを中心に-」(Yoon Sa-Yeon、中央大學校:2007年)があった。韓国歌謡曲については次の通り。

<時代別歌謡曲数:構成比> 調査対象曲(イ・ソンヒの「Jへ」を含むかどうかについては不明)
・1970-1979年(171曲:3.0%)
・1980-1989年(500曲:8.8%)
・1990-1999年(2,030曲:35.5%)
・2000-2005年(3,015曲:52.7%)

<時代別曲名表記のパターン分類(曲数:構成比)>
曲名パターン---------1970年代-----1980年代------1990年代------2000年代--
・ハングルのみ:------171(100.0)---495(99.0)----1,770(87.2)---2,055(68.2)
・漢字含み:---------------------------------------12(0.6)-------29(1.0)
・アルファベット含み:------------------5(1.0)-------248(12.2)-----931(30.8)

1980年代に登場したイ・ソンヒのデビュー曲「Jへ」は、アルファベット含むものとして、先駆的位置にあったといえるだろう。

2010年7月2日金曜日

「美しい江山」の変貌

シン・ジュンヒョン(신중현)の作詞・作曲による「美しい江山(아름다운 강산)」には、キム・ジョンミ(김정미)のバージョンと、イ・ソンヒのバージョンがある。(※:キム・ジョンミのYoutube映像と歌は一致しない)

ブログ「cinemarxの文職人(cinemarx의 글공장)」の「歌唱法の違いは政治的な違いを作る2」(7/2)によれば、二人の歌唱法には、結果として次のような違いがあるというのだ。
(本ブログ関連:2009年の11/17、2010年の2/10

・(「美しい江山」の)<歌詞>だけ見れば余りにも露骨な国家礼賛だが、・・・キム・ジョンミが歌ったバージョンは、・・・「退廃的な<歌唱法>」と指摘を受けた彼女は、この曲でも退廃美を思う存分発散する。
・キム・ジョンミのバージョンの反語法を証明するのは(=際立たせるのは)、その正反対側にあるイ・ソンヒのバージョンだ。 きれいな声と突き出す<歌唱法>のイ・ソンヒは、直説的な<歌詞>を直説的な<歌唱法>で倍加させる。

(Youtubeに登録のPAPPT1、blacflag、pops8090に感謝)

敢えて申せば、時代に受け容れられる歌手は、その時代の聴衆と合わせ鏡の関係にある。歴史はその鏡の隙間を流れ、大衆はとても柔軟である。

(参考)シン・ジュンヒョンについて
・7/4の世宗大劇場におけるシン・ジュンヒョンの〔公演情報〕に、彼についての詳細な解説がある。
・「Jo!ns(中央日報)」(6/25)掲載の「newsen」の記事によれば、シン・ジュンヒョンはYTNの番組「ニュース&イッシュー」(6/25)に出演して、70年代の苦難の時代、その後の音楽環境の変化に対する戸惑いと適応について心境を語った。

2010年7月1日木曜日

民選5期イベント

dongA.com(東亜日報)の記事「[首都圏]“低姿勢につましく”…7月1日民選5期の団体長就任式」(7/1)によれば、「民選5期当選者等の就任式が1日一斉に開催される。就任式を一日に控えて、あらかじめ調べた結果、大部分予算節減の立場から質素な行事を準備していた。」 と報じている。

そのなかで、「(ソウル)中浪区(중랑구)も、(就任式費用を当初1900万ウォンと予想していたが)過度に派手に見えるという指摘に(500万ウォンに圧縮した)」結果、「(就任)式典行事に歌手イ・ソンヒ氏と交渉した舞台を取り消した。」そうだ。イベント業界にとっては厳しい時代に移行しつつあるのだろう。

ところで<民選5期>については、サムスン経済研究所(SERIJapan)の「民選の地方自治5期の政策課題」で次のように記している。
・韓国では、第5回全国同時地方選挙が2010年6月2日に実施された。
・1995年6月の全国同時地方選挙を通じて、民選の地方自治制度が再発足してから15年が経過した。
・2010年7月1日には、いよいよ民選の地方自治5期が発足する。

★★★★★ 孫が、同じ学年になるいとこに手を引かれて、可愛い二人の散歩する動画が届いた ★★★★★

2010年6月30日水曜日

仏国寺

本ブログに先日(5/316/86/22)紹介した、「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)に記載の錫高野、高取鉱山につづき、仏国寺について次に記す。
なお仏国寺は、錫高野への入り口のひとつでる。(本ブログ関連:3/28

「仏国寺<七会(ななかい)村>
西茨城郡七会村塩子にある寺。真言宗豊山派、岩谷山清浄院と号す。本尊は十一面観音で、岩谷観音として信仰を集める。寺伝によれば行基の開創という。古くから関東の高野山、女人高野山として広く信仰されていたといわれる。慶長年間に教導上人が中興してから寺勢が盛んになった。幕府からの朱印寺領は10石とも25石ともいわれる。本尊の十一面観音は室町末期~江戸初期の作(県文化財)。水戸藩家老が奉納したと伝える貞亨元年在銘の銅造梵鐘(県文化財)などがある。」

(参考)西茨城郡七会村は合併により2005.02.01から東茨城郡城里町になりました。(日本郵便

2010年6月29日火曜日

ザ・ウォーカー

今日の昼間は、大変蒸し暑かったものの天気は良かった。久し振りに息子と一緒に、有楽町マリオンにある丸の内ピカデリーに映画「ザ・ウォーカーThe Book of Eli)」を見た。
主人公のイーライ(デンゼル・ワシントン)は自らを使命として、一瞬の光に廃墟となった世紀末後のアメリカ大陸を、ある<書物>を背に西海岸へと横断する。途中、荒廃した町の支配者カーネギー(ゲイリー・オールドマン)はその<書物>の価値(効用)を感知して、多数の部下を死に至らしめてまで、その奪取を試みる。結果、支配者はその<書物>を手に入れるのだが。
果たして、<書物>は何を語っているのか。支配者は、それを読むことができるのか。そして、主人公イーライは、使命を果たすことができるのか。
イーライは、彼を慕う娘ソラーラ(ミラ・クニス)と伴に、その聖なる<書物>が復活すべき場所にたどり着くことができる。彼こそは、稗田阿礼であった。

映画の物語は、「マッド・マックス」+「ポストマン」+アルファをイメージする世界にあるものの、題材の<書物>の意義を重視するなら暴力場面はどう理解すれば良いのだろうか。あっ、それからソラーラの母親クラウディア役のジェニファー・ビールスが美しく印象に残った。

ところで帰宅途中に、雷鳴をともなう土砂降りに遭い、駅前の喫茶店で長時間過ごして、ようやく帰宅することができた。

★★★★★ 孫が、激しい雷鳴と雨音に驚いて父親のふところに飛び込んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月28日月曜日

佐野史郎のなぞの石学

今晩(22:25~)からNHK教育TVの番組「極める!」で、「佐野史郎のなぞの石学」(全4回シリーズ)が始まった。

第1回は、タイトル「古代のパワーストーン」で、古代日本の神々と石の関係を<祭祀考古学>の立場で、「神話のふるさと・島根県出雲」ほかを訪ねて検証する。山中の自然巨石にいます神々を想う古代人の精神世界に触れてみることからこのシリーズは始まる。(【講師】國學院大學名誉教授…椙山林繼)
ところで、「パワーストーン」という言葉には違和感があるが、流行り言葉を使う番組の苦心の立場として了解しよう。

次回の第2回は、タイトル「輝きの科学」(7/5、22:25~)で、堀秀道先生から<鉱物学>の立場で、美しい結晶世界を教えうけることになるだろう。楽しみだ。うらやましい。
そうだ早速、番組テキストを求めねば。(テキスト:「極める!6・7月」 佐野史郎のなぞの石学ほか)

パティ・キムの「Jへ」

パティ・キム(패티김、〔本名〕キム・ヘジャ:김혜자、1938年2月28日~)といえば、日本ならば雪村いずみ(1937年(昭和12年)3月20日~)を思い浮かべてしまう。ほぼ同年齢の二人であり、圧倒的な歌唱力に通じるものがある。
日本で活躍する韓国出身の歌手以外に、直接韓国の歌手のCDを探すきっかけなったのは、パティ・キムの曲集をCDで聞いたときだった。スケールの大きさ、迫力に驚いたが、「愛するマリア(사랑하는 마리아)」のような明るく軽快なメロディーにすぐに馴染んだ。

(本ブログ関連:2009年の2/17

彼女が、イ・ソンヒの「Jへ」を丁寧に歌う映像がある。常々思うことだが、カバーするときに、独自色を出そうとする日本の歌い手と違い、韓国の歌い手は曲そのものを尊重しているように見える。大御所のパティ・キムもその例に漏れない。

(Youtubeに登録のSeoulRiver、hsianggelilahに感謝)

(付記)
イ・ソンヒがSBSの「イ・ソンヒと友人達」で、「私の街(나의 거리)」(1989年)を歌う姿は、ちょっと気難しげだが美しい。
(Dailymotionに登録のgamuwangに感謝)

2010年6月27日日曜日

HDPN-U320K

先日から、WindowsXPの動作が不安定のため、CDにデータ・バックアップをしようと始めたところ大変手間がかかることに気付き(6/25)、ようやく今日、吉祥寺のヨドバシカメラで、電子辞書サイズのUSB接続HDD(I-O DATA「HDPN-U320K」)を購入した。
専用高速化ソフトを使わなくても、あっという間にバックアップ・データはHDDにコピーされた。とても簡単、何で早く気付かなかったのかなあ。おまけに費用は、ヨドバシカメラのポイントを使って最小で済んでしまった。これまた楽々。
でも、Windowsの再インストールは面倒だな。

(付記)
帰り道、吉祥寺駅の書店「ブック1st」で、「ゲーテ地質学論集・鉱物篇」(ちくま学芸文庫、木村直司編訳)を見つけた。鉱物関連ならばと物怖じせず手に入れよう。文学論的強迫感に臆することなく読めるだろうことが幸いである。
鉱物篇の「ボヘミアの森」の「カールスバート」では、宝石彫刻師の標本(コレクション100種)について、個々の標本番号ごとにカールスバート(カールスバット)の現地産状も紹介している。
「この小冊子に見出される記述は、自然の鉱物体を直感的に見ることなしには明確に把握することができない。前提にされるのはむしろ、読者がカールバートの内外で、このコレクションをテクストとして携行されることである。そうして初めて、この注釈書から利点を引き出し、著者の意図を認識し活用することができるであろう。」(p.145)と極めて実践的です。

2010年6月26日土曜日

孫の成長

先週末に風邪で熱を出した孫が、無事に回復したとのことで、快気祝いを口実に会いに行く。孫は、鼻水など風邪の余韻をまだ残しているが、普通に過ごしていた。
孫は、奥の部屋で気持ちよく寝ていた。昼過ぎも寝続けて、夜眠れなくなるのではと、孫の周りを大人たちが囲んでゆっくりと目覚めさせた。孫は気持ち良さそうにころころと寝返りをうった。

1歳4ヶ月を超えた孫は、言葉につながるだろう<声>を発していた。きっと練習をしているのだ。例えば、物を持ちながら、「これ」に近い声で指したりする。
それに、欲しい物の優先順位がしっかりしてきた。母親のカメラが好きなようで手放さない。携帯電話を渡そうとすると、手を出して受け取ろうと反応するが、カメラとの交換を手真似しても首を横に振って拒否するのだ。その他の物を以ってしても同じだった。しまいに、バイバイと手を振って対話を拒絶までした。これは、会話上の応答ができるだけでなく、会話(セッション)そのものを切る意志表示までできるのだ。

そして、父親が寝転ぶと、孫は繰り返し父親の体の上を這っては乗り越えて遊ぶ。父親の存在をますます意識し、さらに家族の枠組みの中での存在まで認識できているようだ。

また、わたしが帰りの身支度をすると、孫は両手を上げて抱っこをせがんできた。2度までも、別れを惜しむ表現をしてくれたのだ。こんなに感動的なことがあるだろうか。こんなにうれしく切ないことがあるだろうか。

★★★★★ 孫が、私の胡坐の上で一緒に絵本を読んで、歌った?動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、父親が布団を使って作った滑り台から転げ落ちる動画が届いた ★★★★★

2010年6月25日金曜日

バックアップ

WindowsXPの調子が悪い。サポートセンターには、OSの再インストールを推奨された。
データをバックアップしようとCDに焼いていたら、手間が大変なことに気付いた(^n^;)。USB接続のHDDを明日にでも用意せねばならないのかなあ。それでだめだったら、新しいPC・・・でも。

ということで、Skeeter Davis の「The End of the World」(1962年)を。
(Youtubeに登録のvezzle12に感謝)

(付記)
そうそう、市役所で参院議員選挙の期日前投票をしてきた。さすがに夜分だけに混雑していなかった。

2010年6月24日木曜日

CD売り上げ状況

Daumミュージック(뮤직)に、イ・ソンヒとのインタビュー記事「イム・ジンモが会った人-イ・ソンヒ」(oimusic 2003年2月号)が載っている。イ・ソンヒがソウルの大学路にライブ劇場を経営していた当時のインタビューである。
(本ブログ関連:1/73/22
<最近(2003年当時)の音楽ファンは、確かにレコードを買うよりも公演を見ようとする。イ・ソンヒも、「レコードから公演に重心が移動していることを実感しています。歌謡界の様子が変わっている。」と楽観を披瀝した。インタビュー中の彼女は、人気歌手というエンターテイナーを超えて、公演会場の経営者の威厳を放った。「小さいけれど大きな」人物、まさにそのイメージだった。>

当時(2003年)の韓国のCDの売り上げ状況を、社団法人日本レコード会「世界各国のレコード売上」で見ると次の通りである。(最近は、ますます厳しくなっていると推測される)
年度__シングル_CD (百万枚)
--------------------------
1998年_0.03__12.5
2000年_0.10__21.5
2002年_0.10__21.4
2004年_0.07__11.5
--------------------------

(付記)
本日の日本経済新聞によれば、「『はやぶさ』カプセルからガス成分回収 JAXA 」と報じられている。小惑星「イトカワ」の土壌成分であるかどうかは、今後の分析で判定されるそうだが、良い結果を期待したい。

2010年6月23日水曜日

Are you Lonesome Tonight

エルヴィス・プレスリーの「今夜はひとりかい?(Are You Lonesome Tonight?)」(1960年 6週間連続1位)は、気のいい若者がいまだ一人合点しているようなセンチメンタルな歌だが、旋律が流れるように美しく、歌の中のプレスリーが語りかける言葉をバックで甘く引き立てる。
それにしてもねえ、早く気付いても良いものを、いつまでも・・・。若者は純情である。 (本ブログ関連:3/164/24

イ・ソンヒの「Jへ(J에게)」も夏の日にかかわる歌だが、こちらは気持を一応整理しているようにも思えるが。どちらにしても、若者にはやっかいな夏が近づいてきている。頑張れ若者たち。

(Youtubeに登録のJackiej61too、013picに感謝)

★★★★★孫が、風邪から元気に回復して、段ボール箱に頭を入れては遊んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月22日火曜日

高取鉱山

本ブログに先日(6/8)紹介した、「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)に記載された錫高野〔近代〕のつづきとして、高取鉱山を次に記す。
「高取鉱山<桂村>
東茨城郡桂村錫高野にある鉱山。古くは錫高野鉱山とよばれた。佐竹時代に開発され、徳川光圀の頃は高取山付近の小勝・塩子・下伊勢畑・高野の4か村に錫山があった。高野には御錫山奉行衆の屋敷・錫蔵・精錬所が置かれ、幕末には徳川斉昭が開発を奨励し、村名を錫高野と改めた。明治41年にタングステン鉱が発見され、名称も高取鉱山と改められて、活況を呈した。三菱鉱業の経営により大正期に全盛を極め、発電所・選鉱所などを設け、従業員約200人、家族を含めると約600人が生活していた。現在、昭和42年に荒川鉱業より継承した千歳鉱業が操業。」

高取鉱山をモデルにした、プロレタリア文学前期の作品といわれる、宮嶋資夫著の小説「抗夫」(大正五年、1916年)がある。(本ブログ関連:1/23

(参考)東茨城郡桂村は合併により、2005.02.01から東茨城郡城里町になりました。(日本郵便

高取鉱山に隣接する「仏国寺」について以降記す。

2010年6月21日月曜日

夏至2010

今日は天気の良い夏至だった。
国立天文台の「こよみの計算」によれば、今日の東京(緯度:35.658、経度:139.741、標高: 0.0、標準時:UT+9h)の<日の出・日の入り>時刻は、<日の出(4:25)、南中(11:43)、日の入り(19:00)>で、昼時間は14時間35分となる。
一日の半分に、2時間35分の昼時間がオマケされたことになる。子どもたちは、その分しっかりと遊んだろうか。

子ども時代、夕暮れどきに、原っぱの周りの家々に明かりが灯ると、遊んでいる仲間が一人ずつ呼ばれては帰っていった。それでも残ったものたちは薄暗いなかで、草野球のボールを追いかけたものだ。

ところで、国立天文台の「よくある質問」のこたえに、夏至と冬至について次のような解説がある。
・「昼間が一番長い日(夏至)に、日の出がもっとも早く、日の入りがもっとも遅くなるわけではありません。同様に、昼間が一番短い日(冬至)に、日の出がもっとも遅く、日の入りがもっとも早くなるわけでもないのです。」
理由は、季節に異なる、太陽の高さと速度によって、昼時間が決まるということのようです。
・「そのため、日本では、日の出がもっとも早い日は、夏至より1週間ほど早く、日の入がもっとも遅い日は夏至より1週間ほど後になります。また、日の出がもっとも遅い日は冬至の半月ほど後、日の入がもっとも早い日は冬至の半月ほど前になります。」
子どもたちよ、これからしばらく、夕暮れまでもう少し遅く遊べるよ。

★★★★★ 孫が、先週末の発熱から回復して、元気に就寝前の歯磨きをしている動画が届いた ★★★★★

ミュージック・パワーコンサート

今日は天気がよくて陽差しが強かった。暑さに勝つにはパワーがいる。
イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開されている情報によれば、イ・ソンヒは、慶尚南道南部の港湾都市泗川市(사천시)の「ミュージック・パワーコンサート(뮤직파워 콘서트)」に次の通り出演する。
・日時:6月30日(水)、午後7時30分~
・場所:泗川市文化芸術会館 大公演会場客席850席)
・出演者:イ・ソンヒ、ゴナドゥル(건아들)、キム・ジョンソ(김종서)バンド
・主催:泗川市
・前売り:本日(6/21)から

イ・ソンヒの当日の曲目は次の通り。 (事前に曲目が開示されているコンサートは珍しい・・・)
・因縁
・Jへ
・私はいつもあなたを
・ああ!昔よ
・美しい江山
・愛よ...


(Youtubeに登録の013pic、kiseon80に感謝)

2010年6月20日日曜日

イ・ソンヒの年齢

イ・ソンヒは、一般に1964年11月11日(陰暦)に誕生と知られているが、戸籍上の生年月日は、1967年3月10日である。その理由は、届出を父に頼まれた祖母が忘れたため、出生申告が3年も遅れたというのだ。
(本ブログ関連:5/22
芸能人には年齢を少なく見せようとすることはあっても、彼女の場合、結果としてそれが逆になっていることになる。今も容貌は若々しく、肌艶は清潔そのものといった彼女は、アジュンマたちの羨望の対象である。アジュンマ世代になれば、3年若返ったとしても誰もがそうなるわけではないだろうから、彼女の日頃の手入れの賜物ということになるのだろう。

ブログ「野ガラスの通り路~(들까마귀의 통로~)」(2009年4月2日)に、イ・ソンヒが1991年にソウル市議会議員に立候補した際の事情について、次のような気になることが書かれている。
<当時の政界進出を通じた彼女の役割は、誰が見ても1991年「民自党」の3党合同(:民主正義党・統一民主党・新民主共和党が合併し発足)に悪化した民心を収拾するために出した雇われマダムでした。 イ・スンジェ(이순재)、イ・ドクファ(이덕화)、イ・ジュイル(이주일)と同じケースで、各党で皆有名芸能人らを獲得するために血眼になっていた恥ずかしい時代に、彼女は満25の若い年齢で被選挙権獲得のために戸籍まで変えなければならなかった時代の犠牲の羊であり、不幸であった芸能人です。>
(本ブログ関連:2009年の8/3110/29、2010年の3/174/2

上記については、大状況的に捉えていて、かつ恣意的表現が気になる。問題にしている戸籍を変えた内容が不明なので、その重大さが分からないが、単に住所を変えただけなのか知りたいところだ。
ところで、イ・ソンヒが1991年に出した自伝「夢よ愛よ出会いよ」(本ブログ関連:5/30)から、当時の経緯が窺えることができるだろうか。

2010年6月19日土曜日

シド・ミード

子ども時代に、未来のイメージは、少年雑誌の色刷りページに載った空想画から得ていた。代表的な挿絵画家(当時イラストレーターという言葉は使われていなかった)に小松崎茂(1915年2月14日~2001年12月7日)がいる。彼の絵には、未来を描きながらどことなく太平洋戦争の航空機、戦艦のにおいがすることを子どもながら感じていた。戦後の洋画壇のような高踏な反省を振舞うことはなく、彼は子どものためにだけ絵を描きつづけたひとだった。
以前、荒川区の図書館で彼の作品展が開催され、展示された絵画や資料を観覧した。一つ一つの作品を覚えていたわけではないが、雑誌「少年」に掲載された当時の絵を思い浮かべつつ記憶をたどった。懐かしい絵が目の前にあるように思えて驚いた。

その後、空想画という言葉が使われなくなると、デザイナーによって未来のイメージが語られるようになった。特に、SF映画で未来を見ることが当たり前になった。例えば、映画「2001年宇宙の旅2001: A Space Odyssey)」(1968年)のデザインは、当時の工業デザインの延長上に作られているように見えて、妙にリアリティがあったと記憶する。それは超えられないアメリカそのものだった。

映画「ブレードランナーBlade Runner)」(1982年)は、文化も人類も混沌とした世界を描いているわけで、デザインは自由だったろうけれど合理性を意識しているように感じられた。ただし暗い画質のために控えめに思われた。デザインは、アメリカを超えざる得なくなっていたのかも知れない。この映画で工業デザイナーとして指導をしたのは、シド・ミード(Syd Mead)である。

(本ブログ関連:”ブレードランナー”)

彼のデザイン画集「センチネル(Sentinel)」(1979年)は、映画「ブレードランナー」が話題になった後になって、洋書店に並んでいた。今にも利用できそうな未来の室内、自動車だけでなく、遊び場所までが違和感なく描かれていた。当たり前だが、真面目な明るい工業デザイン集だった。彼が映画「ブレードランナー」に関わったのは、この画集の出版の後である。

(Youtubeに登録のchuter、theevilmrravenに感謝)

2010年6月18日金曜日

1980年代の韓国バラード

韓国における1945年から2000年までの大衆歌謡史を鳥瞰した記事「<第20号>韓国人の人生を変えたもの⑧ -大衆歌謡」が、「Weekly共感(공감)」(ハン・キホン(한기홍)記者、2005年7月1日)に掲載されている。1945年以降の韓国大衆歌謡の流れを理解するのに大変有意義な解説である。その中から、イ・ソンヒのバラードに関わる背景や位置づけについて見ると、次のような内容で叙述されている。

・1979年にユン・シネ(윤시내)は、歌謡祭スタイルの曲「熱愛(열애)」で大ヒットを記録した。この曲の核心は、彼女の’血走る歌唱力’とストリングを主に使うポップス・オーケストラのアレンジによる広大なスケールであり、1980年代初頭の主流の成人歌謡に最も大きな影響を及ぼした、・・・としている。

・例えば、1980年代初期の大ヒット曲である、チョー・ヨンピルの「窓の外の女(창밖의 여자)」、イ・ヨンの「忘れられた季節(잊혀진 계절)」、チェ・ジンヒ(최진희)の「愛の迷路(사랑의 미로)」、イ・ソンヒのバック・サウンドやスタイルは、全て「熱愛」を土台にしたものであった、・・・と述べている。

・1980年代の韓国歌謡史は、チョー・ヨンピルで始まる。彼は、1980年の「窓の外の女」、「蝋燭(촛불)」などを通じて韓国成人バラードを‘チョー・ヨンピル式’に変えた。彼は、この年すべての歌謡祭の大賞をさらい、「窓の外の女」は最高人気を得た最高歌謡になった。

・彼はストリング中心のオーケストラ演奏の代わりに、ピアノとシンセサイザーを使って1970年代末のスタイルを維持しながらも1980年代の新しいサウンドの道を切り開いておいた。以後、イ・ヨンの「忘れられた季節」とイム・ビョンス(임병수)の「約束(약속)」、そしてイ・ソンヒの成功でバラードは若者たちが最も好む歌謡ジャンルになった、・・・と述べている。

以上から、韓国歌謡バラードの成立にとってのメルクマールに、ユン・シネとチョー・ヨンピルの存在と影響の大きさを知る。

(Youtubeに登録のorienkorean、mongtec、31CarpeDiem、www0433、ProfessorHiginsに感謝)

2010年6月17日木曜日

宇宙の終焉

Gyaoには映画やTVドラマ以外にも、いろいろと面白い映像がある。例えば、科学番組、ナショナルジオグラフィックチャンネルの「神秘なる宇宙の起源 130億年前の宇宙は手のひらサイズ?」がある。今ある星々の誕生と死はイメージできても、それらを包む広大な宇宙はどうなっているのだろうか・・・というわけで視聴した。

初めに光があった。ビッグバンで膨張して以来、宇宙にH、He、~、Feなどの元素で星々が作られたが、Feより重い元素が登場するのは超新星(supernova)爆発以降だ。そのおかげで人類も栄華を極めているわけだが、宇宙は余勢を駆っていまだに膨張を加速しているという。

知りたかったことは番組の最後に説明された。宇宙の終焉には、あらゆるくびきを解き放たれ、(数千兆年後に)全ての部質が素粒子に戻り、無(空虚:empty)の冷たい暗黒の世界になるだろうというのだ。
どうも、こうなってくると哲学なのか宗教なのか・・・。

なに、そんな心配より明々後日(6/20)の天気の方が大事だ。雨が降るのか降らないのか。鉱物採集には、晴れ空の方がやっぱり良い。雨降りなら、雨合羽を着れば良いだけのこと。

(付記)
今日の「男性の料理教室」の課題「ボンゴレ・スパゲッティ」は、アサリやアスパラガスの具沢山で上々の出来だった。それに、同班メンバーによる「ワカメスープ」、「野菜サラダ」および「桜餅」まで、大したメニューだった。先週の「肉ジャガ」に比べると、とてもうまくいったようだ。

★★★★★ (今日は天気快晴、日差しも強く随分と暑いので、孫は日光浴を楽しんだようだ) ★★★★★
★★★★★ 孫が、おしめ一つの裸ン坊になって、得意そうに絵本を読んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月16日水曜日

ドリス・デイ

高校2年のイ・ソンヒが、「チャン・ウクチョ(ウッチョ、장욱조)音楽室」で歌の勉強をしていたとき、作曲家イ・セゴンから名曲「Jへ」を得て、歌手への道が開けたように、曲との出会いにより歌手のその後が決定付けられることがある。

18歳で専属歌手としてジャズ・バンドに加わったドリス・デイDoris Day、1922年~)は、同バンド・リーダーから「センチメンタル・ジャーニーSentimental Journey)」(1945年、作曲: Les Brown、Ben Homer、作詞:Bud Green)を提供されて、彼女の最初の#1ヒットをものにした。その1945年は、第二次大戦終了の年であり、Wikipediaによれば、この歌は、多くの(ヨーロッパ戦線)退役軍人のための非公式の帰国テーマになったと記されている。
ドリス・デイの父親は音楽教師、母親は主婦だった。彼女の顔立ちは、北欧系の感じがするが、ドイツ移民の孫である。
彼女には、よきアメリカのイメージがある。鼻先の丸いところは、ノーマン・ロックウェルの絵に出てきそうな庶民的な、家庭的なイメージを感じさせる。ただし彼女は離婚を繰り返したようだが。

(Youtubeに登録のDayniac4324に感謝)

2010年6月15日火曜日

イ・ソンヒとイ・スンギのデュエット

イ・ソンヒは、「江辺歌謡祭」(1984年)で「Jへ(J에게)」により大賞受賞したとき、「四幕五場」のチームとしてイム・ソンギュンとデュエットしたわけだが、その後いろいろな歌手ともデュエットしている。
とりわけ彼女が見い出した愛弟子ともいえるイ・スンギとの、2004年ソウル歌謡大賞でのデュエット映像(SBS中継)から、彼の初々しさとイ・ソンヒの暖かい眼差を見ることができる。
(本ブログ関連:2009年の7/21
残念なことに、Youtubeに登録された映像は今は見られない。そのかわりに、In.comに登録の画質の良いものがあるので紹介したい。イ・スンギのデビュー曲「僕の彼女だから(내 여자라니까)」(2004年)と、20年を隔てたイ・ソンヒのデビュー曲「Jへ」(1984年)を二人で歌う。イ・スンギにとっては母親と同じ齢のイ・ソンヒが、気遣って支えているのが良く分かる。また「Jへ」は、他の歌手とのデュエットとは違った複雑な掛け合いがあって、まるで成果を示すようで好感が持てる。

(NATEに登録の김향우、In.comに登録のawenwen1313に感謝)

2010年6月14日月曜日

関東甲信の梅雨入り

昨日とは打って変わって、今日は朝から雨が、しとしとと降り続いている。気象庁は、関東甲信、東北南部が梅雨入りしたとみられると発表した。昨年と比べて11日、平年と比べて6日遅い梅雨入りになる。残るは東北北部の梅雨入りのみだ。
梅雨は農家の方々にとっては貴重な雨水をもたらすが、鉱物採集には(当たり前ながら)厳しいわけで、来週の日曜日に予定している栃木県日光市川俣地先の西沢金山訪問が心配である。
Weathernewsのピンポイント予報では、栃木県日光市川俣を見ると、6月20日(日)は降雨確率50%で、次のようなコメントが記されている。
「この一週間も曇りや雨のグズグズ天気。ムシムシ空気に包まれて、梅雨らしさ満点です。週末は梅雨本番の本降りの雨になる可能性も出てきているため、最新情報はこまめにご確認下さい。」
梅雨に対する気象予報専門家の思い入れを感じるコメントだが、素直に受けとめるしかない。けれども光さす一瞬の幸運を願っている。せめて当日だけでも。

希望コンサート

イ・ソンヒのスケジュールについて、6月11日の全州MBCラジオ公開放送があることを、以前(6/10)紹介したが、当日の会場を撮影したと思われるものが、NATE動画(6/13)にアップされている。
全州MBCラジオ公開放送の文字の下に、大きく「第3回夢と希望のため 全北(전북)教育家族 希望コンサート」と描かれている舞台を背に、イ・ソンヒは「因縁」を歌っている。彼女は随分と細身に見えるが、爽やかな健全さとパワーはいつも通りだ。
登録者によれば、多くの人々が彼女の歌う姿に熱狂する叫び声と、拍手の音... (が動画から聞こえるだろう)と記している。

(NATEに登録の김숙경に感謝)

2010年6月13日日曜日

はやぶさ

asahi.com(23:04)によれば、オーストラリア南部上空の大気圏に約60億キロ、7年間の旅を終えた「はやぶさ」が帰還したとのこと。小惑星「イトカワ」から土壌成分が分かるかもしれない砂を持ち帰った可能性がある。当初予定した帰還を3年遅れて無事地球に戻った。
(参考)
はやぶさ再突入動画(5つ) /Hayabusa re-entry :(Youtubeに登録のpismohirokunに感謝)
・宇宙版プロジェクトX 小惑星探査機はやぶさ#1#2#3:(Youtubeに登録のQPKGHPWGHIに感謝)

専門家の絶え間ない努力の結果、ぼくらは帰還を知ったわけで、こんな劇的なフィナーレになるなんて一般には誰も考えられなかったことだろう。エピローグに、遺品のような「イトカワ」の砂(微粒子)がカプセルから回収されることを期待する。
故郷の地球へと必死に暗黒の空間を翔り、最後には大気圏に焔となって消えた「はやぶさ」に物語を感じる。よくぞ戻られた。

(付記)
Youtubeには、日本人独特の感性だろう、「はやぶさ」そのものに対する深い愛情と敬意を示す動画が登録されている。
Return of the Falcon 小惑星探査機はやぶさ「祈り」 (Part 1234 ):(登録者pismohirokunに感謝)
・〔はやぶさ〕今度いつ帰る ~はやぶさ探査機~:(登録者kappoonに感謝)
・「探査機「はやぶさ」の軌跡 舞」(前編後編):(登録者kotohogi1968に感謝)

孫と動物園散歩

朝、マルコメ姿になった孫の写真と動画が届いた。とても似合っているのだ。何とも可笑しいやら可愛いやらで、そんな孫に会いたいと返信したところ、今日の外出の誘いをうけた。おかげで、孫一家と井の頭公園と動物園散歩の楽しい一日を過ごすことができた。

孫は、井の頭池を渡る七井橋から鯉の群れを見ては手をたたいて喜んだ。ところで一番興味を示したのは、何と池の中から勢いよく水を撒く噴水だった。淡水水族館では、ガラス越しの魚や両生類の生態に、孫は少し引き気味だった。いつか野川で、水生動物(魚や昆虫)を一緒に探したりして、生き物に少しずつ慣れてくれればと思う。

さて、吉祥寺通りを越えた先にある動物園の本園(正式には井の頭自然文化園)では、巨大な象が気に入ったようで随分と見入っていた。でも、本当に楽しんだのは、広場で遊んだり、遊園地の乗り物に親子で乗ったりしたことかもしれない。とても喜んでいたからね。

帰り際に、井の頭池の畔で孫と一緒に噴水を間近に見た。10分間ほどだろうか、両親が楽しませてくれたのだ。足元に鯉が近づいてきた。静かな時間だった。そして孫はとてもなついてくれた。

2010年6月12日土曜日

イ・ソンヒの楽譜

去年、教保文庫でイ・ソンヒの楽譜集がないものかと探したが見つからなかった。専門店でもあれば行ってみたいところだが。
インターネットのサイト「楽譜ショップ(악보가게)」に彼女の楽譜を探してみると、40点のピース・リストを見ることができる。楽譜形式はピアノ譜もあるが、ほとんどはメロディー&コードというカラオケ用楽譜のようなものだろうか。
2種類以上の楽譜があるものは次の通り。
・「因縁」(3種類)
・「Jへ」(2種類)
・「美しい江山」(2種類)
・「愛よ...」(2種類)
・「炎のように蝶のように」(2種類)

上記以外のサイト(楽譜うみ)も覗いたところ、人気のある楽譜を付け加えると、「分かりたいです」、「私はいつもあなたを」(いずれも2種類)がある。特に、「私はいつもあなたを」はピアノ演奏が当然ですから、誰もが欲しくなるものです。

ところで、google画像で「이선희 "악보"」の文字列で検索すると、画像imageながらいろいろな楽譜を見ることができる。

2010年6月11日金曜日

ゴーリカ

めでたいから、祝いごとに、苦い冷やかしでもしてみよう。人は戯れて、やっかんで見せるのもよいものだ。そうさ、祝福されるべきものは、あっという間に苦いものを甘く変えてしまうのだから。

チェリアビンスク地域のサナトリウム・ウラルで、「ゴーリカ!(Горько!)」(作詞・作曲Vladimir Sidorov)を歌うクリスチーナ・ビフローヴァ(Кристина Вихрова)の甘い声を聞いてみよう。

彼女には、ステンカラージンが見た夢に運命を知らされる、ロシアン・フォークソング「ああ、それは夜ではない(Ой, то не вечер)」の歌もある。ともに魅力的だ。えっ、歌がだよ・・・。

(Youtubeに登録のCugopobに感謝)

2010年6月10日木曜日

全州MBCラジオ公開放送

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開されている情報によれば、今月のイ・ソンヒの活動予定が次のように追加されている。(詳細未詳)
・6月10日に、健康関連食品企業の行事(16:00、大田(대전)忠武体育館)に出演する。
・6月11日に、全州(전주)MBCラジオによる特集公開放送(20:00~21:00)がある。

★★★★★ 孫が、得意気にうれしそうな顔をして、泥んこ姿になって滑り台で遊んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月9日水曜日

星を求めて

ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn)の「星を求めて(Look For A Star)」(1960年)は、サキソフォンを前面に押し出すいつもの演奏と比べて、弦楽器が軽快に響きに、どちらかといえばパーシー・フェイス風イージーリスニングといった感じだ。爽やかで耳に心地よく残っている。今だに馴染みやすい。

ところでWikipediaによれば、この「星を求めて」は、何とイギリスのホラー映画『恐怖のサーカス(Circus of Horrors)』(1960年製作)の曲の<カバー>というのだから、ちょっと驚きである。なお米国で、ビリー・ヴォーン(演奏のみ)のものも含めて4つのバージョンが同時に出され、1960年に大ヒットしたそうだ。ビリー・ヴォーンの他は次の通り。
Garry Mills
Garry Miles
Deane Hawley

この「星を求めて」が発表された同じ1960年に、日本では「見上げてごらん夜の星を」(永六輔作詞、いずみたく作曲)のミュージカルが公演されているが、星に願うのは洋の東西を問わず同じで、歌詞が通底している。もはや坂本九の歌を忘れることはない。

(Youtubeに登録のbega1947、TheLimePopsicle、dowopper51、liratに感謝)

2010年6月8日火曜日

地名:錫高野〔近代〕

本ブログに先日(5/31)紹介した、「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)に記載された錫高野〔近世〕のつづきとして、錫高野〔近代〕を次に記す。
「錫高野〔近代〕
明治22年~現在(注:辞典発行当時)の大字名。はじめ岩舟村、昭和30年からは桂村の大字。明治24年の戸数120・人口679、厩(うまや)81。錫鉱山は明治以後池内鉱業所が採掘。明治42年タングステンの原鉱である「重石」の露頭発見、同44年三菱鉱業が買収し高取鉱山として本格的操業。第1次大戦を契機として急速に発展。大正6年の従業員200人、生産高3万1,463貫。高取鉱山診療所・岩船尋常高等小学校高取分教場が設けられ、ランプ生活の錫高野のなかで鉱山には伝統が輝き、電話が架設された。しかし第1次大戦の終結とともに事業も縮小、操業と休山を繰り返しながら昭和38年閉山となったが、同42年からは千歳鉱業が事業を継承。」

(参考)東茨城郡桂村は合併により、2005.02.01から東茨城郡城里町になりました。(日本郵便

地名「高取鉱山」および隣接の「仏国寺」について以降順に記す。

2010年6月7日月曜日

平沢市民キサルリギ・コンサート

Jo!nsニュース掲載の記事「AKプラザ、愛敬グループ56周年記念イベント」(6/2)によれば、イ・ソンヒは、一昨日(6/5)の夕方6時30分から開催の「平沢(평택)市民キサルリギ(기 살리기)・コンサート」に、ソ・ヨンウン(서영은)、キム・ジョンファン(김종환)などとともに出演した。
(キサルリギ:「元気付け」、「気蘇生」か← 参考:KBS Worldに「気サルリダ」の解説)
同コンサートは、AKプラザが来る9日に愛敬グループ創立56周年を控えて行うイベントのひとつで、京畿道放送と共同して平沢店で催された。

NATE動画に、同コンサートで「美しい江山(아름다운 강산)」を歌うイ・ソンヒを見ることができる。
(NATE登録の안영훈に感謝)

2010年6月6日日曜日

富井鉱山の紫水晶

栃木県の富井鉱山に初めて訪れたのは、2007年7月28日である。以来、今日を含めて5回鉱物採集をしている。狙いは紫水晶だ。最初の3回はどうやら見当違いの場所を探していたようだが、鉱物仲間の情報を得て前回と今回それぞれ新しい場所で採集することができた。今回は「前畑砂防ダム」の上の沢沿いにあるズリだ。
(本ブログ関連:2009年の4/1511/28、2010年の1/315/3

今回の成果は次の通り。
・今までになくしっかりした結晶を採集:水晶(母岩に複数散在する結晶)、黄鉄鉱(他鉱山を含めて今までにない大きな等軸晶系)、黄鉄鉱(きれいな薄片)
・紫水晶(極微小結晶だが色付き)、銅藍、褐鉄鉱、赤鉄鉱

(本ブログ関連:"富井鉱山")

★★★★★ (富井鉱山で採集している山の中に、休日の孫の愉快な写真と動画が届いた) ★★★★★
★★★★★ 孫が、両手両足を使いながら後ろ向きに楽しそうに階段を下りる動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、腹を出してイビキをかきながら、豪快に仰向けに寝ている動画が届いた ★★★★★

2010年6月5日土曜日

いま、私たちの隣りに誰がいるのか

以前、図書館で韓国の短編集「いま、私たちの隣りに誰がいるのか」(安 宇植訳、作品社)を見つけて借りた。この本の表題は、所収第一編にある申京淑(신경숙)の「いま、私たちの隣りに誰がいるのか」から採っている。他の6作品も表題をもとに読みようがあるから不思議だ。そう、隣りに誰がいるのか、または誰がいたのか。

申京淑の作品を探しては読んでいたので、この短編集を借りたわけだ。彼女の作品は、時制が錯綜する文体で始まる。幼い娘を亡くして深い喪失感から冷え切ってしまった夫婦が、あるみぞれ降る夜に幼子を幻想することで、葛藤の後に絆を取り戻す物語だ。彼女の作品にしては、物語的だし随分と泣かせる話だが、そちらへ安易に振られないようにするためだろうか、妻が心を癒すために登った山々の説明や、わが子を幻想した夜の室内を克明に描写している。でもねえ、ほっとしましたよ、最後に和解と新しい命の芽生えを知ることができたのだから。

そうそう、この短編集に収められている作家達はみな、イ・ソンヒと同じ1960年代生まれである。

(本ブログ関連:2009年の6/77/24、2010年の1/30

2010年6月4日金曜日

ミュージックビデオ

TVREPORTの記事「『ハッピータイム』ムービーの変遷...イ・ソンヒから『UV』ユ・セユンまで 」(5/31)で、MBC番組「ハッピータイム」で放送されたミュージックビデオの時代変遷史を報じている。
まず最初に80年代のイ・ソンヒのミュージックビデオから次のように語られている。

ミュージックビデオの概念さえ疎かった1980年代は、ミュージックビデオの監督などいなくて、ショー番組の演出者らが好きな次元で映像、音楽的に製作した。 特徴は歌詞をまともに伝えるために、歌詞の通り映像を制作したことだ。 歌手イ・ソンヒの「ああ、昔よ」のミュージックビデオでは、<若い男女>を見て昔を懐かしむ<ご老人>の姿を表現している。(以下略)

上記の記事にはミュージックビデオの写真が掲載されているが、イ・ソンヒの「ああ、昔よ」の<若い男女>、<ご老人>とはどうやら人形のようだ。この人形が登場するミュージックビデオをYoutubeでは残念ながら見たことがない。

(付記)
鳩山前首相辞任発表(6/2)後の今日、菅氏が第94代首相に指名された。菅新首相の選挙区は東京都18区(武蔵野市、府中市、小金井市)で地元だ。

2010年6月3日木曜日

イ・ソンヒと韓国日報創刊56周年記念コンサート

昨日(6/2)、韓国日報(한국일보)創刊56周年記念コンサートが開かれ、イ・ソンヒの出演を同紙(6/3)は次のように報じている。(本ブログ関連:5/28
この日の公演のトリはイ・ソンヒが飾った。 彼女は、モーストリー・オーケストラの演奏に合わせて「Jへ」を歌った。 「私はいつもあなたを」、「美しい江」などは、彼女のみの舞台ではなかった。 客席とひとつになって合唱し、音楽祭の意味を振り返った。 イ・ソンヒは、今年で舞台に立って26年になったと、デビュー当時から続いた韓国日報と縁を紹介したりもした。

(付記)
地元の「男性の料理教室」に行く。おじさんのための料理教室である。初回は「ドライカレー」と「ポテトサラダ」だ。一班四人で調理するが、仕上がり上々、味も満足であった。指導体制は、講師と5班それぞれサポーターが付き添うなど至れりつくせりである。(講師以外全て男性)
ずっと先のことながら、孫に満足してもらえる料理ができればよいが。そのためにも腕をみがきたい。
全6回のプログラムである。これから楽しみだ。

2010年6月2日水曜日

無事帰還

国際宇宙ステーション(ISS)に昨年12月から約5カ月半の長期滞在をした野口アストロノーツは、ソユーズTMA17宇宙船によりバイコヌール時間07:25(日本時間12:25)に無事地球に帰還した。着陸地点は、中央アジアのカザフスタン共和国の草原。
・昨年12月21日、ソユーズTMA17宇宙船(21Sミッション)にて出発し、翌々日の23日にISSにドッキングした。(本ブログ関連:2009年の12/2112/23
・野口アストロノーツのISS長期滞在は本日で161日目で、連続宇宙滞在日数は163日となり、日本人最長日数を更新した。

ニコニコ動画の生放送を見た。ソユーズから引き出されたばかりの3人の搭乗員(オレッグ・コトフ、野口聡一、ティモシー・クリーマー)が、医療班の人だろうか、顔や手をしきりに拭かれていたこと、渡されたリンゴを美味そうに食べていたことなどが印象的だった。地球の外気に浸り、新鮮な果実を味わい帰還の無事を確認したことだろう。ああ、それからチェアに座っている宇宙服の野口さんの画像に、ニコニコ動画らしく朝青龍と似ているというコメントがあった。ふむ、そういえば・・・。

(追記)YoutubeにTBSニュースによる報道が登録されている。構成も視聴者が知りたい映像が適時配されているし、野口さんの視点に立った記者報告が素晴らしい。

★★★★★ 孫が、ゼンマイ仕掛けのように走り回りながら親と公園で遊んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年6月1日火曜日

未来千年の都地決定2周年記念コンサート

イ・ソンヒは、「韓国精神文化の首都安東(안동)」と呼ばれている慶尚北道安東市の「慶尚北道未来千年の都地決定2周年記念コンサート」に次の通り出演する。
・日時:6月8日(火)、19:00~20:30(イ・ソンヒ出演は20:00頃)
・場所:市民会館大公演場
・出演(歌手):〔地域歌手公演〕イ・ミスク(이미숙)など、〔招待歌手公演〕イソンヒ

2010年5月31日月曜日

地名:錫高野〔近世〕

昨日、小金井公園のフリーマーケットで「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)を入手した。茨城県在住の元新聞記者の方の蔵書(といわれるもの)が並んでいたが、郷土史資料は僅かしかなかった。
これから、茨城県下にある鉱物採集でお馴染みの鉱山関連の地名について参照してみたい。
まず第一の地名は錫高野だ。ところで辞典には、錫高野の見出しに「すずこうや」とあるが、通称「すずごや」と聞いていたのだがどうなっているのだろうか。

錫高野の〔近世〕について、辞典は次の通り紹介されている。(〔近代〕は別日に記載)
「すずこうや 錫高野 <桂村>
那珂川の支流桂川に臨み、八溝山地鶏足山塊の東縁部に位置する。もと高野(こうや)といい、天保5年(1834年)徳川斉昭の命によって錫の産出にちなみ錫高野と改める。
〔近世〕錫高野村 江戸期~明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領、のち慶長14年(1609年)からは、水戸藩領。村高は『旧高簿』666石余。鎮守は三枝祇神社。宇梅ヶ沢(山神社がある)・宇銀山・宇錫ヶ沢などに小規模の鉱山があり、江戸期にもっぱら錫を産出。徳川光圀の保護によって発展、他所人足のほか百姓の農間余業としての錫掘りを認め、公納銀として吹立錫年間1,000貫を上納。享保末期頃から衰微、一時斉昭の保護によって復興したが、幕末の乱で衰退。(以下、当村出身のわが国初の女性教師、黒沢止幾子の紹介があるが省略)」

⇒以降、錫高野の〔近代〕、および同地関連の高取鉱山、仏国寺などについて紹介予定。

(付記)
本日、地元の韓国料理店(本ブログ関連:2009年の11/24、2010年の4/23)で純豆腐チゲをとり、その足でお茶の水の韓国関連書店にてイ・ソンヒの自伝「夢よ愛よ出会いよ」(本ブログ関連:5/30)の探索・購入を頼んだ。

2010年5月30日日曜日

イ・ソンヒの自伝

ブログ「PETER@LOG」は、イ・ソンヒの14集リリース直前に、「イ・ソンヒの高音」(2009年1月12日)について、彼女の独特な発声から止揚すべく、いかに脱却したかの経緯を具体的に考察している。(本ブログ関連;2009年の8/27

ところで上記小論には、イ・ソンヒが著した自伝「夢よ愛よ出会いよ(꿈이여 사랑이여 만남이여)」(1991年:253ページ、ケイ・スタッフインターナショナル)が紹介されている。どのような内容なのだろうか興味深い。
イ・ソンヒといえばイメージに浮かぶのは清々しい声であるが、同時に圧倒的な高音の声量もあって、音楽性に疑問に思われたこともあって悩んだようだ。それに対して彼女は、「ダイナミックでパワーにあふれる歌手という固定された歌手のイメージを脱して、魅力が十分ある歌手と認められたかった」と同書に述べているという。

★★★★★ 孫が、滑り台に登ろうと「アジャジャー(訳:登れた)」と言いながら遊んでいる動画が届いた ★★★★★

2010年5月29日土曜日

Pearly Shells

いいなあ、のんびり熱い夏の陽のもとで、潮風にうたれながら青い海原眺めていたいものだ。真珠貝というより真珠そのものか、その輝きよりも爽やかに麗しい瞳を思い浮かべて、すっかりハワイアン。
というわけで、ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn)の「真珠貝(Pearly Shells)」(1965年)を聴く。いつもと違ってサキソフォンを抑えて、ヴィブラフォン、フルートそして弦楽器でリズミカルに奏でている。親しみやすく軽快で耳に残る。

Hawaiian Musicの「『真珠貝』とメロディにかくれたハワイの歴史」によれば、この曲は著名なラジオ・ショー「Hawai`i Calls」のホストをつとめたWebley Edwardsによって、古いハワイ語の歌に英語をあてはめて作られた。彼は、Leon Poberとともに、地元で人気のあった「Pupu A `O` Ewa」のメロディラインを使ってコラボレーションしたという。解説のつづく内容に、真珠にまつわるいろいろな歴史を知ってしまうけれど。

(Youtubeに登録のkotetu1011、orosco83に感謝)

2010年5月28日金曜日

韓国日報 創刊56周年記念コンサート

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開されている情報によれば、 「韓国日報(한국일보)」は、創刊56周年記念音楽会「護国コンサート」を次の通り開催する。
・日時:6月2日、午後3時~
・場所:世宗文化会館
・出演:ピ、f(x)、イ・ソンヒ、フィソン、ユンナ、オ・スングンなど最高の歌手たちと、モーストリー・オーケストラ、ソウル大学校音大キム・イネ教授、国楽のオ・ジョンヘ氏などが出演する。

(注)「クラシックと国楽、大衆歌謡が一体となる最高の舞台として、インターネット韓国日報会員ならば誰でも無料で応募することができます。」とのこと。

大信証券CI変更祝い公演

NATEニュースに、ソウル経済(서울경제)による、大信証券(대신증권)が創社48周年振りに初めてCIを変えるために次のような祝い公演を開く記事(5/28)が載っている。
・日時:5月28日、午後5時30分から
・場所:汝矣島(ヨイド)本社前庭
・出演:ティアラ(티아라)、Bobby Kim(바비킴)、イ・ソンヒなどの公演が順に進行される予定

(Youtubeに登録のrealdocuに感謝)

2010年5月27日木曜日

孫と公園散歩

今日、休みを取った息子夫婦が、今月生まれのわたしを招いて誕生日を祝ってくれた。孫とペアのシャツをプレゼントしてくれたのだ。うれしいね、昔と違って孫となら、ペアルックに照れることはない。いつの日か、公園散歩に一緒に着て出かけたいものだ。
これは、孫がいてくれたからの喜びだ。おいしい食事やケーキによる誕生日祝いを満喫させてもらった。

孫宅から160mほどのところにある小さな公園まで家族全員で出かけた。この路を、もうじき1歳3ヶ月になる孫が何と歩き続けたのだ。自動車に注意しながら、SP並みの体制で前後を固めた。孫はまっすぐ歩かない、極端にいえば、家一軒ずつご挨拶して歩くような調子だ。それでも、楽しそうに歩き続ける孫への驚きは新鮮だった。

公園では、近所の子どもたちが、サッカーやブランコ遊びに熱中していた。孫は用意したサッカーボールをわずかに蹴っては進み、腹をボールに乗り上げていた。やっぱり他の子どもたちが気になるようだった。総がかりで、孫のサッカーボールに関心を戻すのに苦心した。

2010年5月26日水曜日

チャン・ウクチョ音楽室

イ・ソンヒが祥明女子高(상명여고)の3年生のとき、ソウル特別市龍山区南営洞(남영동)にある「チャン・ウクチョ(장욱조)音楽室」で歌の勉強をしていたが、そこで当時無名の作曲家イ・セゴン(李世建(이세건))と出会い、名曲「Jへ」を譲り受けることになる。
(本ブログ関連:1/7

「チャン・ウクチョ音楽室」のチャン・ウクチョこそが、ブログ「老木樹のチャン・ウクチョが生命樹になって」で、イ・ソンヒの思い出を語る「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)のチャン・ウクチョと想定する。この思い出の記述の中で、「チャン・ウクチョ音楽室」時代については、青字で表示されている。
当時イ・ソンヒは、特にプロを目指していたわけではなかったが、才能を認められたのだろう、「一種、奨学生に似た待遇を受けることとなる破格な経験」をしている。

チャン・ウクチョ(Chang,Wook-Cho)について、現在牧師をされているが、歌手でもあり作曲家でもある次のような人物と想定する。
Maniadbによれば、1980年代前後に「チャン・ウクチョとコインドル(Jang, Wook-Jo & A Dolmen)」として活動したようだ。また、最近は賛美歌のアルバムを出しているようだ。この二つの時代に発表した歌の題名を用いて、ブログ名「老木樹(고목나무)のチャン・ウクチョが生命樹(생명나무)になって」を作られたのだろう。

(本ブログ関連:全て2009年の4/136/76/88/48/108/2510/210/1711/1411/2911/30 、2010年の2/33/244/65/225/25 【付録】2009年の10/5

2010年5月25日火曜日

イ・ソンヒとイム・ソンギュン

先日(5/22)、イ・ソンヒの思い出を語ったブログ「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」の「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)には、彼女が「江辺歌謡祭」(1984年7月29日)で大賞受賞した「Jへ」でデュエットしたイム・ソンギュン(임성균)との関係についてセンシティブに回想されている。

イム・ソンギュン個人のこと、イ・ソンヒを含めて彼らが属したグループ<四幕五場>のことについて苦い思い出がうかがわれる。果たして、イ・ソンヒの言葉なのかわからないが、彼女の地球レコード社からのソロデビュー(専属契約)に対する周囲の嫉妬というべきものがあったようだし、そのことが彼女を葛藤させ、深く傷つけたのだろう。

なお、イ・ソンヒは、「江辺歌謡祭の後、約3ケ月の間、イム・ソンギュンとデュエットで活動していた。」が、ソロで歌いたいという思いから、「(彼女から)先に決別を宣言した」という。翌1985年2月に、彼女は初めてのアルバム1集を世に出した。

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孫と保育園

息子との外出を終えて、一緒に、初めて保育園に孫を迎えに行く。お嫁さんと待ち合わせて、3人で建物に入る。ガラス戸越しに遊んでいる孫の様子が見えた。母親に気付いた瞬間、孫は安堵に泣き出した。分かるよ、痛いほどにわかるよ。
そのとき、保育園の幼児たちが一斉に、3人の大人を見ていたのだ。言葉にできない幼い子どもたちの視線を受けて、彼らの期待を満たせないのなら、私だけでもと部屋を出て待つことにした。

いつもは、お嫁さんの父親に車で送り迎えしてもらう大そうな孫だが、今日は電車とバスを乗り継いで帰ることになった。電車の座席で、孫を抱っこしたことはいうまでもない。
孫宅までの帰り道、保育園と母親とをつなぐノートを見せてもらった。入園当初の孫の様子が事細かに書かれている。そうそう、孫はだいぶ泣いていたようだ。ブロック遊びが好きなようだ。そして、すぐに3人のお友達の名前が出てきた。だんだんと慣れていく様子がうかがえて、保育士の方々の個性あふれる暖かな観察の筆致に感謝する。

孫は不思議な存在である。会って満足したはずなのに、帰宅すると十分に孫と遊んだか疑問となり、更に会いたくなる。

★★★★★ 孫が、夏服を次々と袋から出しては、せわしげに着合わせ?する動画が届いた ★★★★★

2010年5月24日月曜日

梅雨の季節

先週から雨天が続いている。今週もウェザーニュースによれば、「火曜日には一旦天気は回復するものの、水〜木曜日は天気急変の心配あり。日差しが届いても、突然の雨には油断できません。」とのこと。このまま、ズルズルと梅雨になだれ込むのだろうか。
気象庁によれば、既に沖縄と奄美は5月6日頃に梅雨入りしている。昨年と比べて12日早いそうだ。関東甲信の昨年の梅雨入りは6月3日頃だったが、今年はいかがだろうか。テレビの気象予報士は6月初旬を予想していたが。
・Yahoo天気情報:「5月の天気
・ウェザーニュース:今日現在の「週間天気予報
・気象庁:「平成22年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)

(本ブログ関連;2009年の6/97/77/107/14

2010年5月23日日曜日

天上沢鉱山 2010年

昨年、栃木県の鉱物採集会は、6月下旬に予定していた天上沢鉱山訪問を雨天のため、7月26日に順延した。その際、ヒル(蛭)の襲撃を受けたことを特記した。いやあ、初めての経験だけに気味悪く、しかも帰宅後やられたことに気付いたのだからたまらない。

今年は同地の訪問時期を早め、昼過ぎからの雨天を避け、午前中採集することになった。採集場所は、前回の土石流ダム下から更に沢を上り、坑口跡が見えるところにした。8名の会員で、沢に転がる岩のなか採集した。
個人的な成果は、閃亜鉛鉱、黄鉄鉱、水晶(晶洞中結晶)、重晶石など。(含いただきもの)

なお5月の今日でもヒルは姿を現し、数名の会員が襲われた。

★★★★★ (鉱物採集の帰宅途上、母親と弾むように喜び声をあげて遊ぶ孫の動画が届いた) ★★★★★
★★★★★ 孫が、魚図鑑に覆い被さって魚獲り遊びをしたり、魚を指差したりする動画が届いた ★★★★★

2010年5月22日土曜日

イ・ソンヒの生誕

イ・ソンヒの誕生について、「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」のブログに「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)として、興味深い貴重な情報が記載されている。
書き出しにある彼女の誕生などについて、次にいろいろなことを知った。

・イ・ソンヒは、(陰暦の)1964年11月11日に、(本籍地)忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生した。 父(イ・ジョンギュ:이종규)、母(チェ・ビョンムン:최병문)の初めての子として誕生した。父母のそれぞれの夢に、男の子が示唆されていた。父の夢にあらわれた、山の神を意味する虎のために、彼女の名前(李仙姫)に神仙の「仙」の字が入ることになった。
(⇒母の名前、イ・ソンヒの名前の由来を知った)

・彼女の戸籍上の生年月日は、1967年3月10日だ。 父に頼まれた祖母が届けを忘れて、出生申告が3年も遅れた。
(⇒生年月日の相違を話題にしているブログがあった)

・当時や今もいつも寺と家を行き来している父は、彼女が生まれた直後にまた入山した。
(⇒家と寺が分離されていることがわかる)

・三歳なった日の1966年、両親は彼女を連れて忠南保寧からソウルに移住した。初めての定着地は城北区三仙洞だった。当時父は大韓仏教一乗宗(대한불교 일승종)の宗会議員と同時に、仏教音楽「梵唄(ポムペ)」の伝授者であった。父の身分が僧侶だったため、所属寺刹が変わる時ごとに、一家は引越し荷物を荷造りしなければならなかった。そうして彼女はやむを得ず国民学校だけで六つ転校した。
(⇒父親の所属宗派を太古宗としてきたが、一乗宗なのか?)
(⇒ソウルへの移動時期が判明、転校が友人関係をむつかしくして内向的になったようだ)

(参考)韓国仏教宗派別寺院のリスト(万仏会

★★★★★ 孫が、幼児用椅子にお腹をぽってりして、余裕たっぷりに座っている写真が届いた ★★★★★

2010年5月21日金曜日

「あかつき」と「IKAROS」

18日に予定していたものの天候不順のため延期していたH-IIAロケット17号機(H-IIA・F17)は、種子島宇宙センターから早朝6時58分22秒(日本標準時)に打ち上げられた。同ロケットには、金星探査機「あかつき」(PLANET-C)と小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」が搭載されているので成果が楽しみである。(参考:ANNのニュース
上空の硫酸の雨、二酸化炭素の大気に90気圧400℃となる金星の地表を、そして太陽風に宇宙をセイリングする様子をそれぞれ知りたいものだ。

実は朝寝坊して、H-IIAロケット打ち上げの実況を見そこなった、惜しいことをした。「あかつきメッセージキャンペーン」に今年の元旦(1/1)に登録していたので、H-IIAロケットのリフトオフを見送るべきだったのに。

2010年5月20日木曜日

イ・ソンヒと仏教音楽

イ・ソンヒの父親が韓国仏教の太古宗で仏教音楽「梵唄(ぼんばい:범패ボンベ【参考:NAVER百科事典】)」の指導をしていたことから、彼女がどのように仏教(音楽)の影響を受けているのか、つながりがあるのかを知りたいと思っている。
(本ブログ関連:2009年の4/147/258/279/510/711/712/31、2010年の2/2

「仏教新聞(불교신문)」の記事「仏教信者 歌手イ・ソンヒ ライブ劇場引き受け」(2002年7月12日)に、イ・ソンヒにとって仏教の影響の傍証になるかもしれないことが次のように触れられている。
・(記事主題)大学路のライブ劇場を買収、国内では初めて歌手が公演場を直接運営することになった。(2002年6月29日)
・知られているように、イ・ソンヒは、仏教音楽「梵唄(ポムペ)」の伝授者で出家した父親イ・ジョンギュ(이종규)氏の影響で、幼い時から仏教的な生活に慣れている仏教信者だ。 「父がいた寺は常にうっそうとした森の中にあるので、幼い時から自然を友として過ごしたのが最も良かった」と回顧した彼女は、「その時期、猟師らの空気銃に犠牲になった鳥を探して『薦度※』してくれた記憶が鮮明だ」と話した。
(※:「薦度」=【仏教】死者の霊魂を極楽に導くこと)

★★★★★ 孫が、ワールドカップに合わせた子供用サッカーボールを体で抱え持つ写真が届いた ★★★★★

2010年5月19日水曜日

フラワー・ドラム・ソング

ミュージカル映画「フラワー・ドラム・ソング(Flower Drum Song)」(1961年)で、Nancy Kwan(リンダ・ロウ)が歌う「I Enjoy Being A Girl (女はうれしいもの)」を多分ラジオで聞いたのだろう。いかにもミュージカルらしい歌だが、その物語舞台がサンフランシスコのチャイナタウンということで関心を持ち、ずっと昔のこと、その映画(Motion Picture)も見ずにサウンド・トラックのレコード(LP、25cm版)を購入した。
Youtubeで、クラブ歌手で踊り子のリンダがデイトの身支度に歌う「I Enjoy Being A Girl 」のおしゃれな映像を見て、レコードジャケットの写真の民俗衣装を着飾った人々のイメージとがらりと違っていて驚いた。そう、映画の観客は、中国系の人々だけではないのだから。
懐かしく思い出深い、そして今も新鮮である。
(Youtubeに登録のbiukucanoeに感謝)

★★★★★ 孫が、眠い朝のお出かけのために、母親に抱かれて元気をもらっている写真が届いた ★★★★★

2010年5月18日火曜日

樹木観察会

初めて小金井公園の「樹木観察会」の案内を見たのが公園サービスセンター前の掲示板だった。小金井公園サービスセンター長で樹木医の松井氏が講師となって、樹木巡りの解説をしてくれるというのだ。さっそく当日の今日、公園サービスセンター前の受付で参加申込をする。たくさんの方々が参集して盛況だった。
公園正面口から「いこいの広場」に至る約30種類の樹木を観察し、植物としての特徴や由来について説明いただいた。午前中の2時間の樹木巡りは、アッというまに終わってしまった。今まで公園を散歩して何気なく見えた光景が、これから違って見えることを期待したい。帰り際に提出のアンケートに次回の案内希望欄に署名したのはいうまでもない。

解説を聞いて興味深い話題を記す。
・公園の正面口に巨木が並んでいるのは、昔ここが鎮守の杜だったからだそうだ。公園はもともと武蔵野の台地の上側にあり乾燥していたところに、玉川上水が引かれ、その分水を得て、東京市が緑地化計画をしたことによるそうだ。そのとき、この地にはかような鎮守の杜の他、畑、雑木林、植木の畑などがあったという。
・仏教に関連する3つの樹木の紹介があった。
    - ナツツバキ(別名サラノキ、娑羅双樹に擬せられる)
    - ボダイジュ(菩提樹)
    - ムクロジ(黒い種子が数珠の珠に似る)
ユリノキ(英名:Tulip Tree)の独特な形の花が咲いていて、カラスが蜜をなめては地上に落としているという。今回の観察会のメインにあげられた。
・その他、茸のベッコウタケによる樹木内部への菌糸の侵入という怖い話を聞く。正常に見える木が、実は根元が蝕まれているというのだ。

孫と虫眼鏡

今日も息子と午後の付き合いの後、息子宅でお嫁さんと孫の帰宅を待つ。あれあれ、孫は少し怪訝な顔。2日も夕方にお邪魔したのがいけなかったのかなあ。

ご機嫌なおしに喜んでもらったものは、何と今日の樹木観察会のために準備していた虫眼鏡だ。直径10cm程度のレンズの先に奇妙な光景が見えるものだから、虫眼鏡を手にした瞬間から孫は満面の笑みになった。しばらく手放さなかった。はしゃぎぶりは多分、初めて「鏡」の向こうに自分の姿を発見したときの驚きに似ているだろう。

子どもの視覚の認知は、大人が想像する以上にでき上がっているのだろう。だから、レンズを通して見える奇妙なゆがんだ世界がおかしくてたまらないのだ。孫は、しばらく部屋の中を大きくて重い虫眼鏡を持ち歩き回っていた。

するとまもなく、虫眼鏡は部屋のすみに置かれ、孫は父親のそばにころがって甘えていた。それでいいのだよ、いいのだよ。それで遊んでくれればいいのだよ。

2010年5月17日月曜日

孫の風呂上り

いやあ、今日も暑かった。午前中ジャケットの下にベスト(チョッキは死語だそうで・・・)姿はきつかった。午後は着替えたが、それでも随分と汗をかいた。そんな中、息子と一日付き合い、夕方には息子宅で夕食をいただき、くつろがせてもらった。

さて夕食後、風呂上りの孫がバスタオルにくるまれて、息子からお嫁さんへ、そして私にリレーされた。裸ん坊で身軽になった孫は、部屋中を走り回った。とうとう母親につかまって、「そのままオシッコしたら、またお風呂でしょう」と言われながら、孫はオシメを素早くはかせられていた。

マシュマロのような裸ん坊の孫が可愛くてたまらない。

今年の「五月愛コンサート」

Ruliweb.com(5/16)に、5/15に釜山KBSホールで開かれた「五月愛コンサート」(本ブログ関連:4/27)に母親と一緒に行った男性の報告記がある。その最後に、「今日のメインと言うに値するイ・ソンヒ」について、次のように綴っている。
・ファンクラブが来ては、花束も手渡し、写真も撮っての大騒ぎだったこと。
・(彼女の)前の歌手らの歌を聞きながら「歌が上手だ」とは考えていたのだが、イ・ソンヒの歌を聞いてみると.... レベルが違いますね。
・もはや人間界の歌の実力ではない。歳月が流れても歌の実力はそのまま。 実質4曲くらい歌ったが、鳥肌がずっとたって、冗談じゃないこと...
・実際、音響設備もコンサートにしてはあまりにも良くなくて、位置もサイドの側に座ってあれこれ良くなかったが、それをみな無視してしまうイ・ソンヒの歌に驚きました。

無料コンサートとはいえ、上記掲載の3,300席規模会場の盛況ぶりを示す写真に驚く。そういえば、イ・ソンヒの足元には大きなバスケットに飾られた花が見える。

(参考)4/27記載の再掲
ブログ「わっ(와!)」には、昨年の同コンサート(本ブログ関連:2009年の5/30)が紹介されていて、「特に久しぶりに舞台に戻ったイ・ソンヒ、彼女の歌唱力は健在だった。」と語られている。

2010年5月16日日曜日

国民歌手

LIVE HIPに、2004年の「イソンヒJへ 20周年記念コンサート」(世宗文化会館大劇場)公演前に、イ・ソンヒの紹介記事が載っている。(時期未詳)
そのなかで、イ・ソンヒが「国民歌手」であることについて、次に触れている部分がある。
・(彼女は)老若男女を問わず厚いファン層を持っている。・・・世代、地域、性別を超えて愛されるイ・ソンヒと彼女の歌は、私たちの歌手であり私たちの歌として永遠に私たちと一緒だろう。
・韓国ロックの大物シン・ジュンヒョン(신중현)の歌をリメークして、88(パルパル)ソウル・オリンピックの応援歌で歌った「美しい江山(아름다운 강산)」は、その後オリンピックには常に応援歌として登場しており、2002年全国をサッカー熱に駆り立てたワールドカップの時は国民を一つに集める中心的な役割をし、その光を放った。

先日(5/1)、本ブログの「イ・ソンヒとオリンピック」で、ソウル・オリンピックのときのイ・ソンヒの活動が未確認であったが、「美しい江山(아름다운 강산)」が応援歌を担っていたことが分かる。具体的な公演・イベントの確認が残る。

★★★★★ 孫が、同じ学年になる従兄と、それぞれ空き箱を大事に抱えている写真が届いた ★★★★★

2010年5月15日土曜日

ハンサラン・フェスティバル

ハイ・チューニングの記事「会社創立記念式に来たイ・ソンヒ」(5/14)に、本ブログで先日(5/2)記した、5月13日(木)のサムスンコーニング精密ガラスの行事「ひとつの心祭り」で、イ・ソンヒが「ああ、昔よ(아, 옛날이여 )」を歌う様子(含映像)が記されている。
会社創立記念行事ということで、イ・ソンヒは「ハンサラン(한사랑)Festival」の舞台で一座圧倒する力で歌ったそうだ。映像は、次に「美しい江山(아름다운 강산)」を歌い始めたところで終わっている。

2010年5月14日金曜日

2010牧園フェスティバル

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に、彼女の5月の新たなイベントが次の通り紹介されている。
イ・ソンヒは、大田(テジョン)にある牧園大学校(목원대학교)の大同祭(学園祭)で催される「2010 Mokwon Festival」(5/25~5/28)に次のように出演する。
・日時:2010年5月27日(木)、18:30 ~ 21:30
・主催:牧園大学校総学生会
・所在:Googleマップ

なお、同フェスティバルに招請されている歌手は、イ・ソンヒの他に次の通り。
・5/25:シュープリームチーム(슈프림팀)、アウトサイダー(아읏사야더)、MCスナイパー(MC스나이퍼)、デフコン(데프콘:DEFCON)
・5/26:MCモン(MC몽)、シーヤ(씨야:SeeYa)、エバン(에반:EVAN)
・5/27:イ・ソンヒ、ダビチ(다비치)、4men

2010年5月13日木曜日

イ・ソンヒへの称賛

CINE21.comに、10人の音楽評論家たちが選んだ2005年のベストアルバム([1][2]:2006年1月20日)が紹介されている。その中に、イ・ソンヒの13集「四春期(사춘기)」が最初にとりあげられ、評論家のカンホン(강헌)が次のように述べている。
まず、(80年代に歌謡トップ10で1位を果たした回数がチョー・ヨンピルに次ぐ)イ・ソンヒを、「一時代を一人帝国に平定したチョー・ヨンピルの歴史的権威に比肩できる唯一の資格を持った女性アーティストは断然イ・ソンヒであろう。」とし、彼女の13集「四春期」所収の「Rose(장미)」を以って、「ただ一曲で女諸侯としてのそれを完璧に証明する。」として、独特の分析と称賛でちりばめられている。
(本ブログ関連:2009年の11/18、2010年の2/28

彼女の他の曲目と比べて、「Rose」の趣の違いに、インパクトの強さに驚かされたことがある。その余韻は14集にもうかがえる。

2010年5月12日水曜日

孫と風邪

今日の日付に変わっての夜中に、孫が風邪のため保育園を休ませるという電話があった。朝、孫の一日看病の応援に出向いた。休暇をとった息子と一緒だったので、少しは安心だったが、幸い病状は軽く、孫は思いのままに部屋の中を遊び回っていた。急激に回復したようだ。
父親がちょっと部屋から出て姿が見えなくなると、大粒の涙が孫の目にあふれた。どれほど心細い思いをしていたかを知る。すぐに戻って来るよとあやすことしかできない。そんな孫も、皆がいるときは疲れを知らない。看病するはずの大人が疲れ果てたのだから。
やがて夕方、仕事から帰った母親に孫は切ないほどに泣き、甘えた。それは安堵であり、愛情の求めであり、確認のようにも見えた。母親に優しく抱きかかえられた孫は、やがて心落ち着いた。
孫宅からの帰り際には、すっかり笑顔を見せるようになった。ただ玄関で少しぐずってくれたことが、なぜか嬉しかった。これからは、病気でも呼んで欲しいものだ。

2010年5月11日火曜日

CMソング

冷え冷えとした春雨になってしまった。雨は夜も降り続いている。

ネスカフェのコマーシャルは、昔のぼくらにヨーロッパの満ちたりた家庭のイメージをもたらした。それは、家族の充実した愛情と笑顔にあふれる明るい室内に漂うコーヒーの香りだった。でもそれって、インスタント・コーヒーだよねとは承知していたが。ともかく、おしゃれなコマーシャル音楽を流していた。

その中でも、今も印象に残っているのが「雨に濡れてる 黄昏の街 ・・・」で始まる曲だ。よい曲だ。残念ながらYoutubeに、当時のCFを見つけることができない。ただ、雰囲気の合うものがあった。千明せらが歌っている。彼女のホームページに、「和・なごみ オリエンタルジャズ 日本人のための和み」というサブタイトルがある。本当にぴったりしている。

ちなみに、この歌は水原弘が歌った「黄昏のビギン」だそうだ。

★★★★★ 孫が、一段と成長して、母親と一緒に積み木遊びに集中し5個も重ねる動画が届いた ★★★★★

2010年5月10日月曜日

イ・ソンヒとバラード

ブログ「ロマンソナムの青い話(낭만소나무의 푸른 이야기)」(5/8)に、イ・ソンヒが「江辺歌謡音楽祭」(1984年)で「Jへ」により大賞受賞してデビュー後、彼女の活躍により、いかにしてバラードの流れが開かれたかについて詳細に語っている。バラード全盛時代その最も核心的な歌手(イ・ムンセ(이문세)、ビョン・ジンソプ(변진섭)など)の中の一人に彼女がいて、大衆的人気として最も大きかったと綴っている。
(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

イ・ソンヒの曲には、いわゆるバラード曲特有の膠着したものを感じない。むしろ清々しいのだ。それは多分、彼女の声質にもよるのだろう。彼女の高音のはちきれるような健全さこそ、ひとびとの心の中に求められていた本当の意味の健全さであり、いまも支持されているのではないだろうか。
彼女のバラードは時代とともに、彼女の人生に合わせて新しく歌い続けられる。

2010年5月9日日曜日

両親の日

The classicのビューティフル・サウンドの「魔法の城(마법의 성)」を、イ・ソンヒが歌う舞台に彼女の幼い娘が上がってくる映像を、以前('09/7/31)本ブログに記したもののリンク先を今見ることができない。幸いDaum tvPotなどで視聴できる。
(同様にThe classicについてもリンクできなくなっているので上記に張りなおした。登録者gd2loveに感謝。)
イ・ソンヒの母親の顔を垣間見ることができる貴重な映像である。娘の留学に合わせて渡米したとか、彼女のその後の音楽上のいろいろなきっかけを娘が与えてくれたなどといった、母娘の話題はあるようだがプライベートに留めるべきでしょう。

韓国の今月は家族の月で、いろいろ記念日があてられている。それについて以前('09/5/30)本ブログに記したように、今日は「両親の日」、すなわち<母の日>であり<父の日>である。

★★★★★ 孫が、滑り台の下から何度も登ろうとしては滑り落ちる動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、電柱を気に入ったらしく犬と取り合いしたというメールが届いた ★★★★★

2010年5月8日土曜日

歌手J

イ・ソンヒの「Jへ(J에게)」(1984年)が登場した当時、小説で英字イニシャルの主人公が多かったという話(本ブログ関連:2009年の4/13)があるが、この曲が大当たりしたことで、「Jの英字イニシャルを取った歌とか、(歌手)名にJが入った方たちは一緒に株が上がったという後聞もあるという。」(「ファルコン・スケッチ」の「BJ音楽倉庫」(5/8)より)

ところで、イ・ソンヒのほぼ一回り後の世代に、歌手J(제이:本名チョン・ジェヨン(정재영)、1977年5月2日生まれ)がいる。彼女の名は、上記の流れとは別のきっかけだろうけれど。
最新のスペシャルアルバム「SENTIMENTAL」(2010年2月3日)をYoutubeで聴くことができる。
(Youtubeに登録のmnetprissに感謝)

(付記)
イ・ソンヒは、今日の午後7時半、京畿道城南市盆唐区庁前芝広場で開催される、アルム放送による「第2回ABNファミリー楽フェスティバル」のコンサートに出演する。 彼女の5月のスケジュールについて記した(4/275/2)が、年間のスケジュールを知りたいところである。

(追記)
「美しい江山(아름다운강산)」を歌うイ・ソンヒの舞台映像がYoutubeに登録されている。
(Youtubeに登録のdpftlに感謝)

2010年5月7日金曜日

長寿の運

一昨日(5/5)、小金井公園に孫と遊んだとき、お嫁さんが塩船観音寺の「つつじ祭り」(5/3)でいただいたお守りを息子が預かり持ってきてくれた。
お守りは球状の、水晶(含む玄武の彫り)、へマタイト(赤鉄鉱)、ブラックオニキス(黒瑪瑙)で構成されたストライプで、「[玄武]長寿の運」の解説に、玄武は北方の守護神で、北風をさえぎり、病魔の災難を防ぎ、健康と長寿をもたらすと記されている。玄は黒色を意味することから、黒瑪瑙を以って組み込んだのだろう。
ストライプを見ながらあらためて思った。玄武の加護を得て、孫を守る。

2010年5月6日木曜日

ブランコ

イ・ヒョリの曲「ブランコ(그네)」(歌詞)の心象的なミュージックビデオについて先日(4/29)記した。物語の帰結がどうであれ、葛藤を海辺という舞台に描くイ・ソンヒの「見知らぬ海辺で(낯선 바닷가에서)」(11集、歌詞)にも通じている。
行き返すさざなみに、なるほどいろいろな思いが込められているのかな。この繰り返しを象徴した、イ・ヒョリの「ブランコ」の曲名と映像がピッタリというわけだ。
(Youtubeに登録のawakorea、KnightmareSMに、および歌詞登録先に感謝)

さてブランコについて、「東国歳時記」(洪錫謨 著)の「五月」(陰暦)に、次に語られている。
<民間では男女が、さかんに鞦韆戯(ぶらんこ、그네뛰기)※をおこなう。/かんがうるに、『古今芸術図』には、「北方の戎狄(じゅうてき)族が、寒食の日※に鞦韆をなし、身軽にうごくことを習う。それがのちに中国の女子たちの学ぶところとなった」と書いており、(略)いまの風俗では寒食の日の鞦韆戯が、端午の日にかわったのである。>
(※)Konestの「端午」の「クネ(ブランコ)遊び」、「寒食(ハンシッ:한식)」を参照。


(追記: 2026.7.2)

■ Gemini
Q.イ・ヒョリの「ブランコ(그네)」は、「汽車は8時に出る」と似ている?
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A.非常に鋭いですね!よくお気づきになりました。
・おっしゃる通り、イ・ヒョリの「ブランコ(그네)」と、ギリシャの名曲「汽車は8時に出る(Το Τρένο Φεύγει Στις Οχτώ)」は全く同じ曲と言っていいほど似ています。
・というのも、実はこれ「似ている」というレベルではなく、公式に認められた明確な盗作(剽窃)事件だったんです。
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2010年5月5日水曜日

孫と子どもの日

午前中、小金井公園の「江戸東京たてもの園」の「友の会」会員更新手続きがてら、特別展「多摩の酒蔵」を見る。田村酒造場(嘉泉)の建築物資料(写真、図面、瓦、レンガなど)が代表的にとりあげられている。同酒造場の初代は文人でもあったようだ。また知られている小澤酒造(澤乃井)などの説明パネルもあった。また、酒税を確保するため、日本酒を恒常的に生産できるように、国家として醸造技術の向上に取り組んだこともさりげなく説明されていた。
当然ながら利き酒コーナーはない。

午後家に戻りゆっくりしていると、息子と孫の二人が小金井公園に遊びに行くという連絡があった。不思議なことに、何の苦もなく軽く公園に出向く。到着したばかりの孫は寝起きでうつろなため、しばらく芝に胡坐をかいて膝上に抱えた。至福の時であった。
歩き上手になったとはいえ、孫はボールの追いかけっこに疲れると足がもつれてくる。シャボン玉遊びをしたり、「いい子いい子」や「かっこいい」のポーズをしてくれたり、五月晴れの「子どもの日」を孫と楽しく過ごすことができた。
別れ際の孫の笑みは最高だ、また遊ぼうね。遊んでもらっているわけだが。

2010年5月4日火曜日

離別小曲

イ・ソンヒが2001年に発表したアルバム12集「MY LIFE」所収の「離別小曲(이별 소곡)」(歌詞)について、neo music community「IZM」(2001年4月)は次のように記している。
-----------------------------------------------
・「1990年代荒れ狂ったダンス・シーンは文化革命の一断面を見せた同時に、多くのことを奪い取った。」その結果、「'80年代に歌姫の席」にいた「イ・ソンヒも同じだ。・・・発表したどんな音楽もファンたちの注目を引くことができなかった。」と言い切っている。
・新しいアルバム(12集「MY LIFE」)により、「彼女が、アルバムの題名で漂うように自身の自伝的人生を歌ったアダルト・ミュージック『離別小曲』でまた戻った。」としている。
・アルバム発表に合わせたこの批評は、「『離別小曲』は、典型的な成人好みの曲で、節制美があらわれる中低音を生かした曲」と述べている。
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イ・ソンヒが独特の高音から脱却する試みは、以前のアルバムから始まっていたことを前に紹介した。その時期はどうであれ、彼女は歌手であることを主張しているわけで、歌うべくして歌っていることになる。
(本ブログ関連:2009年の8/2711/18、2010年の3/22

★★★★★ 孫が、「描き描き」の呼びかけにクレヨンを両手に持って振っている動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、歩くコツを覚えたのだろう横揺れなく、サササッと元気に歩む動画が届いた ★★★★★

2010年5月3日月曜日

富井鉱山

新たに得た栃木県宇都宮市富井鉱山の採集場所情報を基に、暖かい春の陽の今日、いつものようにxаякава氏と鉱物採集に行く。待ち合わせ場所へは早朝始発の電車を利用しているが、以前と比べてすっかり明るい空になっているのに驚く。

同鉱山へは過去3度訪れた。射撃場になったとか自動車解体場になったとか言われている更地の鉱山跡周辺を探したことがあるが、満足なものを採集できていない。
(本ブログ関連:2009年の11/28
この産地で有名な紫水晶を諦められず、場所を変えてのリベンジである。今回の結果は次の通り。(もちろん紫水晶はいただきものである)
・紫水晶(微小晶群)、黄鉄鉱、黄銅鉱、閃亜鉛鉱、銅藍

遅い昼飯のおにぎりを頬張っていたら、或るご夫婦が来られて富井鉱山のことを尋ねられた。お話を聞くと、同じ鉱物の会に最近入会されたとのこと。日本全国を巡っていらっしゃるようだ。

(余談)
次の採集場所へ移ろうと、尾根越えをしようと山道を登ったところ、竹薮で行き止まりになった所にクマの糞があった。xаякава氏と別々に行動して、それぞれが見つけている。あわてて戻ったことはいうまでもない。

★★★★★ 孫が、塩船観音の「つつじ祭り」の会場で、つつじを背景に凛々しく写った写真が届いた ★★★★★

2010年5月2日日曜日

スリーデーマーチ2010

小金井公園を起点・終点にする「第15回東京国際スリーデーマーチ」(5/1日(土)~3日(祝))に参加した。

昨年同様、長距離ルートのある「メインウオーク」は遠慮して、取り付きやすい「エンジョイウオーク」の<小金井探訪コース>の中から市内東側を中央線をまたいで巡る「Bコース」を選択した。
「Bコース」の主なポイントは次の通り。

【小金井公園】⇒関野橋⇒(栗山通り)⇒二枚橋⇒(野川)⇒小金井神社⇒金蔵院⇒(農工大通り)⇒三光院⇒旧浴恩館⇒【小金井公園】

良い天気で日差しも暑く歩き疲れて、同行のямадзаки氏と旧浴恩館で一息ついて、世間話に花を咲かせる。ウォーキングを目的でなく手段だなどと言いわけして時間をつぶす。
約2万歩の結果、小金井公園に戻って、公園広場で開かれた各地の物産販売店を覗き、青森県産のリンゴを買う。黄色地のリンゴは歯ざわりもよく甘くて疲れた体にとても美味い。

(本ブログ関連:2009年の5/4

★★★★★ 孫が、歩くことを楽しんで先に進むため、初めて迷子ひもを着けた動画が届いた ★★★★★

5月のイ・ソンヒ(続)

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に公開されている彼女の5月スケジュールに次の2つが追記された。
(本ブログ関連:4/27

・5月13日(木)に、イ・ソンヒは、慶尚北道 亀尾市(경북구미)のサムスンコーニング精密ガラス(삼성 코닝정밀유리)の行事「ひとつの心祭り(한마음잔치)」に参加する。

・5月20日(木)に、イ・ソンヒは、グランドヒルトン コンペンションセンターで開かれる、教保生命、ミレ・アセット(MIRAE ASSET)による行事に参加する。

以上について主催者情報、時間、他出演者など詳細未確認。

2010年5月1日土曜日

イ・ソンヒとオリンピック

以前、イ・ソンヒの20年ごとのできごとを見たが、オリンピック開催と次のように一致している、
・旧暦1964年11月11日(新暦1964年12月14日)に、本籍地忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生している。その年10月10日~24日に、東京オリンピックが開催されている。当然ながら、この年から4年の倍数ごとにオリンピックの時期と重なる。
・イ・ソンヒが20歳直前の1984年7月29日に、MBC「第5回 江辺歌謡祭」で大賞を受賞して歌謡界にデビューを果たした同じ年に、ロサンゼルス・オリンピックが7月28日~8月12日の間に実施されている。
・さらに20年後の2004年8月26日~28日に、イ・ソンヒが20周年記念コンサートを世宗文化会館の大劇場で開催した年には、アテネオリンピックが8月13日~29日の間に開かれている。

さて20年後ごとの周期ではないが、ソウル・オリンピック(1988年)のとき、彼女の公演イベントはどうだったか、おいおい調べてみよう。

(本ブログ関連:2009年の8/10、2009年の1/11

2010年4月29日木曜日

イ・ソンヒと家族

イ・ソンヒが、昨年4月1日にMBC「黄金漁場(황금어장)-膝打ち道士(무릎팍 도사)」に出演して述べた話題が、ブログ「一方的TV覗き(마구잡이 TV 엿보기)」(2009年4月2日)の「膝打ち、更け行く夜心を打つ『イ・ソンヒ』の...-歌の贈り物」にまとめられている。
ブログの最後には、25年間歌だけに専念できるようにしてくれたありがたい家族について興味深い話が語られている。
・父親が僧侶のため、小学校6年生まで山奥の寺に住んだ※。
・(イ・ソンヒの大学卒業時だろうか、謹厳実直そうな父親と優しい微笑みの母親と思われる二人の間に彼女が並んだ写真が掲載されている。彼女は、どちらかといえば父親似かな。なお、弟さんもいるようだ。)
・これまで心配なくやってこれたのは、”黙って”見守ってくれた家族があって可能だった。
・「私の歌の最も力強い支持者は家族だ」と家族に対する感謝の気持ちを表した。

(※)イ・ソンヒは、梨泰院初等学校を卒業している。(本ブログ関連:2/2

(付記)
イ・ヒョリ(이효리)の4集「H-Logic」収録曲「ブランコ(그네)」のミュージック・ビデオは、内面をピエロに表現して奇をてらっているようだが、孤独感を一層高める表現に成功している。何よりも初めに、ピエロが砂を踏みしめる効果音が素晴らしい。そして、「タラリ・タラリラ・ラン」と繰り返すメロディーはナツメロ風なだけに情感を重ねるし、ヒップホップは屈折してほつれる男のモノローグに合っている。
(Youtubeに登録のmuzik4usに感謝)

孫と公園遊び

ゴールデンウィーク直前(開始?)の今日、孫と小金井公園で遊びの誘いがあった。暖かい風をうけて、孫の笑顔を楽しみに公園に出向く。孫家族と「ソリゲレンデ」前で待ち合わせる。いつの日か孫と一緒に滑りたいものだが、そのときはこちらが無理かも。
1歳とほぼ2ヶ月の孫と「こども広場」で遊ぶ。孫は、前のめりの歩きではなく、足裏を一歩一歩踏み固めて歩を進めるようになった。もう少しで、ずっと歩き続けることができるだろう。それに笑顔が随分と上手になった。(特によそのお姉さんに対しては、どうしてそんな可愛い顔ができるのかというほど愛嬌をふリまく)
孫の両親を置いて、広場の中央に立つ「鯉のぼり」が泳ぐポールまで孫を抱きかかえて行く。途中、どれほど大事に思っているかをささやいた。さて、可愛い孫はわかってくれたかな。鯉のぼりの家族を聞かせてやると、孫は指差して、手を叩いて喜んでくれた。
初夏を思わせる太陽は流れる雲間から日を差して、孫との思い出となる時間を与えてくれた。

★★★★★ 孫が、今日の一日に遊び疲れたのだろうか早々に寝てくれたというメールが届いた ★★★★★

2010年4月28日水曜日

小公女セーラ

イ・ソンヒが、アニメ「走れハニー」の主題曲を歌ったことは先日(4/23)述べたが、彼女はもうひとつのアニメ「小公女セーラ(소공녀 세라)」のテーマソングを歌っている。
「リラクマ・モール(리락쿠마몰)」には、「小公女セーラ」のオープニングをイ・ソンヒが歌い、作詞者、作曲者の次に「歌 イ・ソンヒ」と表示した動画を載せている。

「小公女セーラ」のアニメは、オリジナルは日本版のようだ。Wikipediaに、フジテレビ系の「ハウス世界名作劇場」で、1985年1月~12月の間放送されたと紹介されている。
リンク韓国では、1986年にMBCで放送されたようだ。イ・ソンヒの歌は最終回だけ流されたという話もあるが、詳細未確認。

★★★★★ 孫が、父親の真似をしながら子供用!歯ブラシで歯磨きの練習をしている動画が届いた ★★★★★

2010年4月27日火曜日

5月のイ・ソンヒ

イ・ソンヒの歌「5月の陽ざし(5월의 햇살)」が流れる、彼女のファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」に5月のスケジュールが次の通り記されている。
(本ブログ関連:2009年の11/7

京畿道ケーブルテレビ局「アルム放送(아름방송)」による「第2回ABNファミリー楽フェスティバル(패밀리락 페스티벌)」が開催され、そのコンサートにイ・ソンヒほかイ・スンチョルなどが出演する。
・日時:5月8日、19:30~
・場所:京畿道城南市盆唐区(분당구)庁前芝広場

釜山にて開かれる「五月愛コンサート」に昨年同様(本ブログ関連:2009年の5/30)、イ・ソンヒが出演する(予定)。
・日時:5月15日、15:00~/20:00~
・場所:釜山KBSホール
(参考)ちなみに、ブログ「わっ(와!)」に昨年のコンサートが紹介されていて、「特に久しぶりに舞台に戻ったイ・ソンヒ、彼女の歌唱力は健在だった。」と語られている。

2010年4月26日月曜日

カバー

たとえば演歌をカバーする場合、演歌歌手はできるだけ自分の個性を込めニュートラルに表現するのを避けているように見える。ところが、ポピュラーミュージックの場合、その傾向は少ないような気がする。歌手重視と曲重視の違いかもしれない。
イ・ソンヒの歌で、他の歌手に数多く歌われるのは、何といっても「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」(歌詞)ではないだろうか。Youtubeで検索すると、そのことがよくわかる。ひとつに映画の中で歌われたこともあるが、イ・ソンヒの「Jへ」を歌うよりは、彼女に接近し過ぎない範囲という意味で、歌いやすいのかも知れない。映画の中の歌を除けば、イ・ソンヒのイメージを尊重してカバーされていることがわかる。
・映画ドラマ中の、キム・ジョンウン(김정은)、コン・ヒョンジン(공형진) ・・・ (本ブログ関連:2009年の10/22、2010年の1/16
・トロット歌手の、チャン・ユンジョン(장윤정
・K-POP歌手の、シア・ジュンス(Xiah Junsu)、ソン・ダムビ(Son Dambi) ほか
(Youtubeに登録のoldskool2u、hennitaslim、naragoyo、luvdbsk、sondambifanに感謝)

2010年4月25日日曜日

石の集い

石の集いが催される四ツ谷まで出かける。会員となって10年とうに過ぎながら、いまだ人頼みであるが、今日のような講演があるのもまた楽しみである。筑波大学の研究者の方が、最近の鉱物学のテーマを紹介され、次に専門にされている分野(鉱物中の流体包有物の研究)を丁寧に語ってくれた。
・新しいテーマのひとつにあげられた、粘土鉱物学は雲母のような層状構造がモデルになり、層間に部質を取り込むなどのダイナミックな動きがあるそうで面白く感じた。
・流体包有物の解説では、その本論と「日本の地球化学図」(産総研)を基に新しい鉱物産地の予想が指摘され、アマチュアへの(採集の)期待が語られた。
この後、鉱物鑑定練習があり、5種の鉱物が出されたが、ヒントもあったおかげで、たまたま席で話題にしていた灰長石、舐めて分かった岩塩だけ正解した。

この集いのときに、孫と一緒に外出しないかと息子から携帯に連絡があった。もちろん難しいが、もし家から出かけようとするとき通知を受けたならどうしただろうか。答えは決まっている、孫に会いたい。

★★★★★ 孫が、オモチャの自動車に乗ってハンドル操作を喜んでいる写真が届いた ★★★★★

2010年4月24日土曜日

デル・シャノン

デル・シャノンの「悲しき街角(Runリンクaway)」(1961年)は、題名のように悲しくはない。曲の途中に裏声で、「ワァ~ワァ~ワァ~ワァ~ワ ワンダー」と叫ぶ調子が、はぐらかされたような失恋の歌なのだ。それはいつだって、ブラウン管やEPレコードのなかの物語だった。ぼくら子どもは、「パパはなんでも知っているFather Knows Best )」のアンダーソン一家のように健全で充実したアメリカを勝手に思い描いていた。だから、悲しき街角も、スプリングフィールドの南メープル通りのように明るい街角でしかなかった。
(Youtubeに登録のWhuntmore、2amuseとWikipediaに感謝)

それにしても、アメリカの若者は、雨の中の失恋が好きだな。この曲が発表された後の、カスケーズの「悲しき雨音(Rhythm of the Rain)」(1963年)もそうだった。
(本ブログ関連:3/16

2010年4月23日金曜日

サンシェード

春雨のなか、久し振りに地元の韓国料理店に純豆腐チゲを食べに行く。おもしろいのだ、この店の純豆腐チゲは、その度にまるで家庭料理のように具材が微妙に違うのだから。けれども濃いスープと淡白な豆腐の、熱くてほっとした食味に今日も満足した。

孫が保育園に通い始めて1週間を過ぎた。そろそろ孫に会いたいと思いを巡らしていると、その機会を考えているというメールをお嫁さんからいただいた。久し振りに会う孫が楽しんでくれるものはないかと、隣町のおもちゃ売り場に探した。
そういえば以前届いた動画に、孫が大きな段ボール箱に潜り込もうとして、名前を呼ばれ照れるようにはにかんでいるものがあった。子どもは隠れ場所、自分だけの空間が好きだ。そんなわけでドラえもんのサンシェードを購入した。孫の土産に、ついにTVアニメのキャラクターが付いたものを選んでしまった。

TVアニメといえば、イ・ソンヒが「走れハニー」(1988年)の主題歌を歌ったが、KBS2の「ハッピーサンデー」のコーナー「不朽の名曲」(2009年1月4日)で、MCから「この歌のポイントは...、どこにありますか?」と聞かれたとき、彼女は「ポイント...? 思いっきり歌いました。(笑)」と応えている。(以上、ブログ「〔ミルギドットコム〕外伝」より)
イ・ソンヒらしい屈託ない受け応えだ。きっと主人公のハニーも前向きな少女なのだろうから。
(本ブログ関連:2009年の3/24/3、2010年の3/24

★★★★★ 孫が、運転席でハンドルや計器を真剣な目つきで触っている写真が届いた ★★★★★

2010年4月22日木曜日

パフ

そう、フォークがはやっていた頃、ブラザーズ・フォアやPPM(ピーター・ポール&マリー)の曲を歌っていた。「500マイル」、「七つの水仙」、「グリーン・フィールズ」、「パフ・ザ・マジックドラゴン(Puff The Magic Dragon)」などをね。
どれもこれも思いで深い懐かしい曲ばかりだ。とりわけPPMは、女性ボーカル(マリー・トラヴァース)がいたからではないが、いやそうかも知れないちょっとお洒落な感じがした。

ところで幼い子どもは、いつ大人になってしまうのだろう。きっと、大人の目に見えないドラゴンと遊んで最後に別れたときに、しかも随分とむごい別れ方をしたに違いない、そのとき大人になってしまったのだろう。
もう二度と戻ることができないことを知ったとき、ぼくらは幼い記憶を、ぼんやりとした彼方に懐かしむだろう。そして、ときとして太古の記憶のように思いでを遠くに呼び覚ますことがある。だから、幼い子どもたちの魔法の世界はとても大切なのだ。

(Youtubeに登録の60soldiesに感謝)

2010年4月21日水曜日

七星サイダー

バナナミルクとはどんな味なのかと、以前新大久保で探したが見つからなかった。入手がむつかしければ、ますます気になるものだ。(本ブログ関連:2009年の12/112/13

かわって、これから暑くなり、清涼感を求めるならサイダーがよい。三ツ矢サイダーはお馴染みである。コーラよりはジンジャエール、ジンジャエールよりはサイダーの順だろうか。(番外に、ドクターペッパーもはずせないが・・・)

ソウル新聞に「‘国民飲料’七星サイダーいつのまにか還暦」(4/14)の記事があり、その中でイ・ソンヒが登場した80年代のテレビコマーシャルについて次のように触れている。

「広告も一時代を風靡してエピソードを残した。1980年代にはユン・シネ(윤시내)、ク・チャンモ(구창모)、イ・ソンなど当代トップ歌手らが『シュビシュバ、七星サイダー』で終わるCMソングを歌って広く知られたりした。」とのこと。

ところで、イ・ソンヒは「シュビシュバ」なんて言っているかな?

今日の昼は、まるで夏のように頭上から鋭い陽が射した。毎日jpに夏日になったことが報じられた。
「気象庁によると、東京・大手町で25.5度を記録、(略) 今シーズン初めて最高気温が25度以上の夏日となった。」

★★★★★ 孫が、積み木のおもちゃで遊んだり、ご挨拶したりしている動画が届いた ★★★★★

2010年4月20日火曜日

帰還時期

昨日予定された、山崎アストロノーツ搭乗のスペースシャトル「ディスカバリー号」(STS-131ミッション)の帰還は、本日に延期されたが、JAXAのホームページに、次の5回の着陸プランがある。いずれの機会に着陸するのか待ち遠しいものだ。
着陸場所の、NASAケネディ宇宙センター(KSC)は東部のフロリダ半島にあるが、エドワーズ空軍基地(EDW)内NASAドライデン飛行研究センターは真反対の西部のロスアンゼルス北側にある。(GoogleEarth投稿者に感謝)

・1回目の着陸機会
着陸:米国東部夏時間4/20、07:34(日本時間4/20、20:34)、着陸場所:KSC
・2回目の着陸機会  
着陸:4/20、09:01(4/20、22:01)、着陸場所:EDW
・3回目の着陸機会  
着陸:4/20、09:08(4/20、22:08)、着陸場所:KSC ← 決定
・4回目の着陸機会  
着陸:4/20、10:35(4/20、23:35)、着陸場所:EDW
・5回目の着陸機会  
着陸:4/20、12:11(4/21、01:11)、着陸場所:EDW

JAXAのライブ映像で着陸の様子を見た。
晴天の中、ディスカバリー号は腹面に朝日を受けて降下し、NASAケネディ宇宙センター33番滑走路に予定通り09:08(日本時間22:08)にタッチダウンした。着陸した滑走路上のディスカバリー号近くに鳥が飛んでいる光景が何とも不思議に見えた。
無事の帰還おめでとう。

★★★★★ 孫が、両膝を立ててうつ伏せ寝している何とも可笑しく可愛い寝姿写真が届いた ★★★★★

2010年4月19日月曜日

帰還延期

JAXAのホームページは、山崎アストロノーツらを乗せたスペースシャトル「ディスカバリー号」(STS-131ミッション)の、NASAケネディ宇宙センター(KSC)への着陸時期が繰り下げられたと伝えている。
着陸予定の第1候補は、米国東部夏時間4/19、08:48(日本時間4/19、21:48)、第2候補は、もう1周地球周回を重ねて4/19、10:23(同4/19、23:23)だったが、曇天・霧などの天候不順のため、4/20、07:34(同4/20、20:34)に延期された。なお、着陸時期は、ジョンソン宇宙センターで最終決定するそうだ。
無事の帰還を祈る。

2010年4月18日日曜日

Jへ(MP3)

Joinsのブログ「ホタルの勉強部屋(반딧불이의 공부방)」(3/7)で、イ・ソンヒの「Jへ」のMP3版を、彼女の初期のバージョンだろうか、ダウンロードできる。
このMP3版は、ラウンドするので心地よく繰り返し聞くことができる。

★★★★★ 孫が、母親にもたれて充足した、そして自信に溢れた顔をした写真が届いた ★★★★★

2010年4月17日土曜日

春の雪

今朝方、ドサッという音がするので、何事かと思い窓の景色を眺めて驚いた。ご近所の家々の屋根にまさかの雪が積もっているのだ。うっすら雪だが、音を立てて溶け落ちたようだ。
通り路の路肩にわずかに積雪が残っているものの、中央の路面は濡れているだけだった。積もった桜吹雪を、春の雪に例えるのなら趣あるものを、無粋にまんまの雪を降らせるなんて・・・。
なお、都心でこの時期の降雪は41年振りだそうだ。

★★★★★ 孫が、休日の朝方に、いつもと違う景色を見て喜んでいるというメールが届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、尻餅をついて「いたいいたい」を両手を頭にあてて表現する動画が届いた ★★★★★

2010年4月16日金曜日

花柳

今日は旧暦の3月3日、本来この日に「ひな祭り」が行なわれていたわけで、気象庁データによれば、4月の平均気温(1971年~2000年)は、Min.10.5℃、Max.18.4℃である。春らしい暖かさを期待できるはずなのに、今週の寒さといったらまるで冬だ。(今日の東京の気温はMax.7℃)

東国歳時記」(洪錫謨 著)の「三月」には、月内雑事の一つに「花柳」が次のようにあげられている。
「ソウルの風俗に、山阿水曲の景勝地を訪ねて遊ぶことを花柳(ファリュ)という。これは上巳日(三月三日)に踏青(新芽を踏んで歩くこと)する昔からの風俗である。/ソウル近郊の弼雲台(ピルウンデ)の杏花、北屯の桃花、興仁門(フンインムン:通称東大門)外の楊柳などは、もっともよい花柳場として知られ、多くの人がここに集まる。」とのこと。

以前(2005年4月17日)のこの時期、山梨県の乙女鉱山に水晶採集に行くため、勝沼のICを降りたところ、一面に咲く薄桃色の桃の花に驚嘆して目一杯春を感じた。いまどきは、そんな季節だったはずだが。
来週は温暖になるという。一息つけそうだ。

2010年4月15日木曜日

5月の雪花祭り

イ・ソンヒのファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」他によれば、イ・ソンヒは、忠淸南道の大田広域市郊外にある儒城(유성)温泉で開催される「2010儒城 YESS -5月の雪花祭り」(4/30~5/2)の開幕式に次の通り出演する。
日時:4月30日、19:00~
・場所:儒城文化ストリート
・出演:少女時代、イ・ソンヒ、Gavy NJ(가비엔제이)、ヒョンチョル(형철) など
・主催:大田広域市儒城区

白い「ヒトツバタゴ」の花が咲き誇るそうだが、日本では長野以西の希少種のひとつとのこと。(Wikipedia

(Youtubeに登録のcatseye1976、kece3に感謝)

★★★★★ 孫が、保育園初日の夜、切なくもどかし気に訴えるように「いやいや」と泣く動画が届いた ★★★★★
★★★★★ (孫は、「いやいや」と泣いた後、オモチャを渡されたら笑顔にもどったという。胸騒ぎする) ★★★★★

2010年4月14日水曜日

孫と保育園

今日から、孫は正式に保育園に通うことになる。そのため母子で、午前中、昼まで、そして午後へと保育時間を延ばして練習をしてきたという。今日は、きっと上手にこなしてくれたことだろう。
ところで、今週は北極振動のせいで随分と寒い。孫には春の花の美しさや若葉の爽やかさを感じて欲しいので、陽気がはやく戻ってくれることを願っている。
これから仕事に復帰して頑張るお嫁さんにエールをおくりたい。

★保育園の名を込めて「星に願いを(When you wish upon a star )」(フランク・チャックスフィールド演奏)

(Youtubeに登録のwaltz0924に感謝)

★★★★★ 孫が、久し振りの出勤を前に寝付けない母親を察したかのように遊びを誘う動画が届いた ★★★★★

2010年4月13日火曜日

イ・ソンヒのこと

近頃、イ・ソンヒについて気になる2つのブログに接することができた。

「ウィンドウズ・フォーラム(윈도우 포럼)」(4/11)に、イ・ソンヒの20周年記念コンサート(2004年8月26日、世宗文化会館)を、自作DVDにまとめた方の案内がある。
ぜひとも見たいものだが、残念ながら入手方法がわからない。そのフォーラム会員にならなければ無理なのだろうか。

「フェルメールのブログへようこそ」(4/10)に、MBCの音楽番組「音楽旅行ラララ」(2009年3月25日)で歌われたイ・ソンヒの象徴的な曲「Jへ」について、聴くものに彼女の声が共鳴するように澄んで清らかに響くことが語られている。またブログで、音質の良い「Jへ」を聴くことができる。
同番組で歌っている彼女の写真が掲載されているが、本当に清潔で感じのよい美しい人だ。

(付記)
ペーパードライバーながら運転免許証の更新に、府中の運転免許試験場に手続に行った帰り、近所の書店で「仏教への旅 朝鮮半島編」(五木寛之著、講談社)を購入する。
口絵写真には、江南の「奉恩寺」(本ブログ関連:2009年の12/1712/31)の釈迦誕生の祝い事の写真、「浮石寺」(本ブログ関連:2009年の7/24)の鼓楼に於ける太鼓打ちの写真、そして最近亡くなられて著書絶版で話題になっている「法頂師」との対話の写真が載っている。
小説家の目で、浮石寺の義湘と善妙の(説教的)物語と、日本の道成寺の(情念の)物語を合わせて、物語の支えを大衆を含めた「共感」に求めている。期待して最初からしっかり読むことにしよう。

2010年4月12日月曜日

春寒暖

この春の寒暖はいつまで繰り返されるのか。今日は冬のように寒く(Max.14℃)雨が降り続いたが、明日は曇天なれど4月下旬並みの暖かさ(Max.21℃)になるという。ところがその後一転して寒さが戻り、週末まで続くというのだ。おかげで風邪が長引く。

Youtubeを巡っていたら、「キム・ユンア(김윤아)の「ミュージック・ウェーブ」(現在非公開)にたどりついた。
2005年8月2日に放送のSBSテレビの音楽番組で、その第一回目のゲストとして日本から小柳ゆきが迎えられ、ファヨビ(화요비)と協演している。(2004年の日本大衆文化4次開放にのっとったようで、地上波国内(韓国内)放送で)、「日本人アーティストが韓国の番組で本格的に紹介されたのは初めてだったそう・・・」という、以上Youtube登録者による解説が載っている。
小柳ゆきはもちろん日本語で歌っている。そして彼女の発声は驚くほどパワフルである。

(Youtubeに登録のpenzalpain、mantinro、asbutter1に感謝)

2010年4月11日日曜日

新世界スーパーコンサート

断片情報の積み上げだが、新世界百貨店신세계 백화점)が、開店80周年を記念して、「新世界スーパーコンサート(신세계 수퍼 콘서트)」を次の通り開催する。
・日時:4月24日(土)、午後7時より
・場所:オリンピック公園体操競技場(5号線オリンピック公園駅下車)
・座席:先着順
・出演:少女時代、2AM、ウン・ジウォン(은지원)、ブライアン(브라이언)、チョPD(조PD)、シークレット(시크릿)、ミン・ギョンフン(민경훈)、ワン・ツー(원투)、アウトサイダー(아웃사이더)、帝国の子供たち(제국의 아이들)

80周年記念ならば、80年代歌手のバージョンもあれば・・・よいのだが。

★★★★★ 孫が、風邪で鼻水を出した(たらした)、昭和の香りのする親しみやすい写真が届いた ★★★★★

2010年4月10日土曜日

お花見つづく

今年の春は寒暖の差が大きく、野菜や茶などの農産物に影響を及ぼしているとのこと。それと引き換えにか、この時期も、まだ桜を愛でるチャンスが残された。青空が覗く今日、10日振りに20℃を越えた。

小金井公園は、散りいく桜花を惜しむように家族連れで賑わい、桜の木の下は桜吹雪に積もった花弁に覆われていた。花とともに、ようやく春らしい温みを感じることができた。











★★★★★ 孫が、風邪薬を混ぜたプリンを気に入り、食後も容器を返そうとしない動画が届いた ★★★★★

2010年4月9日金曜日

宇宙からのメール

ISS滞在中の山崎アストロノーツから、地球で待つ夫と娘さんあてに送られたEメールの内容がTVのニュース(TBS News)で紹介された。
Eメールには、Wakeup musicに娘さんが選んだ曲(映画「天空の城ラピュタ」より)が使われて感動したこと、「元気にしていますか?」との気遣い、最後には「いつか3人で宇宙旅行したいです。宇宙から宇宙一の愛をこめて...」と家族への思いが書かれていた。
「宇宙旅行」の言葉が日本の子どものなかに、現実味をもって浸透し始めた元年かもしれない。

そういえば、むかしのTV番組「宇宙家族ロビンソンLOST IN SPACE)」で、ロビンソン家族とロボットと悪役博士のおりなすSFドラマがあった。悪役博士ドクター・スミスは、不思議なことになぜか憎めず、連続ドラマの味付けに貴重な存在だった。当時の子どもには、宇宙旅行は熱血冒険旅行であり、ブラウン管の中に存在した。

(Youtubeに登録のROSICKY333、およびDaily motionの登録に感謝)

2010年4月8日木曜日

東医宝鑑

今夕、韓国文化院で、「東医宝鑑」を編纂したホ・ジュン(許浚、허준)についての講演があった。講師は、小説「許浚 ホ・ジュン」(1990年、桐原書店:イ・オンソン(李恩成、이은성)著、朴菖熙訳)の日本語訳版の出版に関わった方だ。

講演の話題は、ホ・ジュンのTVドラマの断片、小説の日本語訳出版のいきさつ、および関わるイベントや博物館の話題などが中心だった。残念ながら、ホ・ジュンそのひとの史伝、「東医宝鑑」の韓方医学上の位置づけと文献解題などについては、時間が足りなかった。

★★★★★ 孫が、プラレールの電車が動いては泣き、止まっては泣く動画が届いた ★★★★★

2010年4月7日水曜日

ISSの2人のアストロノーツ

午後4時44分、NASAのSTS-131ミッションを持つスペースシャトル「ディスカバリー号」は、ISSに無事ドッキングした。
そして午後6時11分にハッチ・オープンして、山崎直子さんはISSに入室した後、滞在中の野口 聡一さんと対面した。(写真はJAXAの"SPACE@NAVI-Kibo SPECIAL LIVE"視聴より)
ディスカバリーから7名が搭乗することで、ISSは合計13名の体制になる。しかも、そのうち4名が女性である。ここに新しく、日本の母親の目が加わった。

(Youtubeに登録のsamthavasa1162、ANNnewsCHに感謝)