昨日(6/2)、韓国日報(한국일보)創刊56周年記念コンサートが開かれ、イ・ソンヒの出演を同紙(6/3)は次のように報じている。(本ブログ関連:5/28)
この日の公演のトリはイ・ソンヒが飾った。 彼女は、モーストリー・オーケストラの演奏に合わせて「Jへ」を歌った。 「私はいつもあなたを」、「美しい江山」などは、彼女のみの舞台ではなかった。 客席とひとつになって合唱し、音楽祭の意味を振り返った。 イ・ソンヒは、今年で舞台に立って26年になったと、デビュー当時から続いた韓国日報と縁を紹介したりもした。
(付記)
地元の「男性の料理教室」に行く。おじさんのための料理教室である。初回は「ドライカレー」と「ポテトサラダ」だ。一班四人で調理するが、仕上がり上々、味も満足であった。指導体制は、講師と5班それぞれサポーターが付き添うなど至れりつくせりである。(講師以外全て男性)
ずっと先のことながら、孫に満足してもらえる料理ができればよいが。そのためにも腕をみがきたい。
全6回のプログラムである。これから楽しみだ。
2010年6月3日木曜日
2010年6月2日水曜日
無事帰還
国際宇宙ステーション(ISS)に昨年12月から約5カ月半の長期滞在をした野口アストロノーツは、ソユーズTMA17宇宙船によりバイコヌール時間07:25(日本時間12:25)に無事地球に帰還した。着陸地点は、中央アジアのカザフスタン共和国の草原。
・昨年12月21日、ソユーズTMA17宇宙船(21Sミッション)にて出発し、翌々日の23日にISSにドッキングした。(本ブログ関連:2009年の12/21、12/23)
・野口アストロノーツのISS長期滞在は本日で161日目で、連続宇宙滞在日数は163日となり、日本人最長日数を更新した。
ニコニコ動画の生放送を見た。ソユーズから引き出されたばかりの3人の搭乗員(オレッグ・コトフ、野口聡一、ティモシー・クリーマー)が、医療班の人だろうか、顔や手をしきりに拭かれていたこと、渡されたリンゴを美味そうに食べていたことなどが印象的だった。地球の外気に浸り、新鮮な果実を味わい帰還の無事を確認したことだろう。ああ、それからチェアに座っている宇宙服の野口さんの画像に、ニコニコ動画らしく朝青龍と似ているというコメントがあった。ふむ、そういえば・・・。
(追記)YoutubeにTBSニュースによる報道が登録されている。構成も視聴者が知りたい映像が適時配されているし、野口さんの視点に立った記者報告が素晴らしい。
★★★★★ 孫が、ゼンマイ仕掛けのように走り回りながら親と公園で遊んでいる動画が届いた ★★★★★
・昨年12月21日、ソユーズTMA17宇宙船(21Sミッション)にて出発し、翌々日の23日にISSにドッキングした。(本ブログ関連:2009年の12/21、12/23)
・野口アストロノーツのISS長期滞在は本日で161日目で、連続宇宙滞在日数は163日となり、日本人最長日数を更新した。
ニコニコ動画の生放送を見た。ソユーズから引き出されたばかりの3人の搭乗員(オレッグ・コトフ、野口聡一、ティモシー・クリーマー)が、医療班の人だろうか、顔や手をしきりに拭かれていたこと、渡されたリンゴを美味そうに食べていたことなどが印象的だった。地球の外気に浸り、新鮮な果実を味わい帰還の無事を確認したことだろう。ああ、それからチェアに座っている宇宙服の野口さんの画像に、ニコニコ動画らしく朝青龍と似ているというコメントがあった。ふむ、そういえば・・・。
(追記)YoutubeにTBSニュースによる報道が登録されている。構成も視聴者が知りたい映像が適時配されているし、野口さんの視点に立った記者報告が素晴らしい。
★★★★★ 孫が、ゼンマイ仕掛けのように走り回りながら親と公園で遊んでいる動画が届いた ★★★★★
2010年6月1日火曜日
未来千年の都地決定2周年記念コンサート
イ・ソンヒは、「韓国精神文化の首都安東(안동)」と呼ばれている慶尚北道安東市の「慶尚北道未来千年の都地決定2周年記念コンサート」に次の通り出演する。
・日時:6月8日(火)、19:00~20:30(イ・ソンヒ出演は20:00頃)
・場所:市民会館大公演場
・出演(歌手):〔地域歌手公演〕イ・ミスク(이미숙)など、〔招待歌手公演〕イソンヒ
・日時:6月8日(火)、19:00~20:30(イ・ソンヒ出演は20:00頃)
・場所:市民会館大公演場
・出演(歌手):〔地域歌手公演〕イ・ミスク(이미숙)など、〔招待歌手公演〕イソンヒ
2010年5月31日月曜日
地名:錫高野〔近世〕
昨日、小金井公園のフリーマーケットで「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)を入手した。茨城県在住の元新聞記者の方の蔵書(といわれるもの)が並んでいたが、郷土史資料は僅かしかなかった。
これから、茨城県下にある鉱物採集でお馴染みの鉱山関連の地名について参照してみたい。
まず第一の地名は錫高野だ。ところで辞典には、錫高野の見出しに「すずこうや」とあるが、通称「すずごや」と聞いていたのだがどうなっているのだろうか。
錫高野の〔近世〕について、辞典は次の通り紹介されている。(〔近代〕は別日に記載)
「すずこうや 錫高野 <桂村>
那珂川の支流桂川に臨み、八溝山地鶏足山塊の東縁部に位置する。もと高野(こうや)といい、天保5年(1834年)徳川斉昭の命によって錫の産出にちなみ錫高野と改める。
〔近世〕錫高野村 江戸期~明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領、のち慶長14年(1609年)からは、水戸藩領。村高は『旧高簿』666石余。鎮守は三枝祇神社。宇梅ヶ沢(山神社がある)・宇銀山・宇錫ヶ沢などに小規模の鉱山があり、江戸期にもっぱら錫を産出。徳川光圀の保護によって発展、他所人足のほか百姓の農間余業としての錫掘りを認め、公納銀として吹立錫年間1,000貫を上納。享保末期頃から衰微、一時斉昭の保護によって復興したが、幕末の乱で衰退。(以下、当村出身のわが国初の女性教師、黒沢止幾子の紹介があるが省略)」
⇒以降、錫高野の〔近代〕、および同地関連の高取鉱山、仏国寺などについて紹介予定。
(付記)
本日、地元の韓国料理店(本ブログ関連:2009年の11/24、2010年の4/23)で純豆腐チゲをとり、その足でお茶の水の韓国関連書店にてイ・ソンヒの自伝「夢よ愛よ出会いよ」(本ブログ関連:5/30)の探索・購入を頼んだ。
これから、茨城県下にある鉱物採集でお馴染みの鉱山関連の地名について参照してみたい。
まず第一の地名は錫高野だ。ところで辞典には、錫高野の見出しに「すずこうや」とあるが、通称「すずごや」と聞いていたのだがどうなっているのだろうか。
錫高野の〔近世〕について、辞典は次の通り紹介されている。(〔近代〕は別日に記載)
「すずこうや 錫高野 <桂村>
那珂川の支流桂川に臨み、八溝山地鶏足山塊の東縁部に位置する。もと高野(こうや)といい、天保5年(1834年)徳川斉昭の命によって錫の産出にちなみ錫高野と改める。
〔近世〕錫高野村 江戸期~明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領、のち慶長14年(1609年)からは、水戸藩領。村高は『旧高簿』666石余。鎮守は三枝祇神社。宇梅ヶ沢(山神社がある)・宇銀山・宇錫ヶ沢などに小規模の鉱山があり、江戸期にもっぱら錫を産出。徳川光圀の保護によって発展、他所人足のほか百姓の農間余業としての錫掘りを認め、公納銀として吹立錫年間1,000貫を上納。享保末期頃から衰微、一時斉昭の保護によって復興したが、幕末の乱で衰退。(以下、当村出身のわが国初の女性教師、黒沢止幾子の紹介があるが省略)」
⇒以降、錫高野の〔近代〕、および同地関連の高取鉱山、仏国寺などについて紹介予定。
(付記)
本日、地元の韓国料理店(本ブログ関連:2009年の11/24、2010年の4/23)で純豆腐チゲをとり、その足でお茶の水の韓国関連書店にてイ・ソンヒの自伝「夢よ愛よ出会いよ」(本ブログ関連:5/30)の探索・購入を頼んだ。
2010年5月30日日曜日
イ・ソンヒの自伝
ブログ「PETER@LOG」は、イ・ソンヒの14集リリース直前に、「イ・ソンヒの高音」(2009年1月12日)について、彼女の独特な発声から止揚すべく、いかに脱却したかの経緯を具体的に考察している。(本ブログ関連;2009年の8/27)
ところで上記小論には、イ・ソンヒが著した自伝「夢よ愛よ出会いよ(꿈이여 사랑이여 만남이여)」(1991年:253ページ、ケイ・スタッフインターナショナル)が紹介されている。どのような内容なのだろうか興味深い。
イ・ソンヒといえばイメージに浮かぶのは清々しい声であるが、同時に圧倒的な高音の声量もあって、音楽性に疑問に思われたこともあって悩んだようだ。それに対して彼女は、「ダイナミックでパワーにあふれる歌手という固定された歌手のイメージを脱して、魅力が十分ある歌手と認められたかった」と同書に述べているという。
★★★★★ 孫が、滑り台に登ろうと「アジャジャー(訳:登れた)」と言いながら遊んでいる動画が届いた ★★★★★
ところで上記小論には、イ・ソンヒが著した自伝「夢よ愛よ出会いよ(꿈이여 사랑이여 만남이여)」(1991年:253ページ、ケイ・スタッフインターナショナル)が紹介されている。どのような内容なのだろうか興味深い。
イ・ソンヒといえばイメージに浮かぶのは清々しい声であるが、同時に圧倒的な高音の声量もあって、音楽性に疑問に思われたこともあって悩んだようだ。それに対して彼女は、「ダイナミックでパワーにあふれる歌手という固定された歌手のイメージを脱して、魅力が十分ある歌手と認められたかった」と同書に述べているという。
★★★★★ 孫が、滑り台に登ろうと「アジャジャー(訳:登れた)」と言いながら遊んでいる動画が届いた ★★★★★
2010年5月29日土曜日
Pearly Shells
いいなあ、のんびり熱い夏の陽のもとで、潮風にうたれながら青い海原眺めていたいものだ。真珠貝というより真珠そのものか、その輝きよりも爽やかに麗しい瞳を思い浮かべて、すっかりハワイアン。
というわけで、ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn)の「真珠貝(Pearly Shells)」(1965年)を聴く。いつもと違ってサキソフォンを抑えて、ヴィブラフォン、フルートそして弦楽器でリズミカルに奏でている。親しみやすく軽快で耳に残る。
Hawaiian Musicの「『真珠貝』とメロディにかくれたハワイの歴史」によれば、この曲は著名なラジオ・ショー「Hawai`i Calls」のホストをつとめたWebley Edwardsによって、古いハワイ語の歌に英語をあてはめて作られた。彼は、Leon Poberとともに、地元で人気のあった「Pupu A `O` Ewa」のメロディラインを使ってコラボレーションしたという。解説のつづく内容に、真珠にまつわるいろいろな歴史を知ってしまうけれど。
(Youtubeに登録のkotetu1011、orosco83に感謝)
というわけで、ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn)の「真珠貝(Pearly Shells)」(1965年)を聴く。いつもと違ってサキソフォンを抑えて、ヴィブラフォン、フルートそして弦楽器でリズミカルに奏でている。親しみやすく軽快で耳に残る。
Hawaiian Musicの「『真珠貝』とメロディにかくれたハワイの歴史」によれば、この曲は著名なラジオ・ショー「Hawai`i Calls」のホストをつとめたWebley Edwardsによって、古いハワイ語の歌に英語をあてはめて作られた。彼は、Leon Poberとともに、地元で人気のあった「Pupu A `O` Ewa」のメロディラインを使ってコラボレーションしたという。解説のつづく内容に、真珠にまつわるいろいろな歴史を知ってしまうけれど。
(Youtubeに登録のkotetu1011、orosco83に感謝)
2010年5月28日金曜日
韓国日報 創刊56周年記念コンサート
大信証券CI変更祝い公演
2010年5月27日木曜日
孫と公園散歩
今日、休みを取った息子夫婦が、今月生まれのわたしを招いて誕生日を祝ってくれた。孫とペアのシャツをプレゼントしてくれたのだ。うれしいね、昔と違って孫となら、ペアルックに照れることはない。いつの日か、公園散歩に一緒に着て出かけたいものだ。
これは、孫がいてくれたからの喜びだ。おいしい食事やケーキによる誕生日祝いを満喫させてもらった。
孫宅から160mほどのところにある小さな公園まで家族全員で出かけた。この路を、もうじき1歳3ヶ月になる孫が何と歩き続けたのだ。自動車に注意しながら、SP並みの体制で前後を固めた。孫はまっすぐ歩かない、極端にいえば、家一軒ずつご挨拶して歩くような調子だ。それでも、楽しそうに歩き続ける孫への驚きは新鮮だった。
公園では、近所の子どもたちが、サッカーやブランコ遊びに熱中していた。孫は用意したサッカーボールをわずかに蹴っては進み、腹をボールに乗り上げていた。やっぱり他の子どもたちが気になるようだった。総がかりで、孫のサッカーボールに関心を戻すのに苦心した。
これは、孫がいてくれたからの喜びだ。おいしい食事やケーキによる誕生日祝いを満喫させてもらった。
孫宅から160mほどのところにある小さな公園まで家族全員で出かけた。この路を、もうじき1歳3ヶ月になる孫が何と歩き続けたのだ。自動車に注意しながら、SP並みの体制で前後を固めた。孫はまっすぐ歩かない、極端にいえば、家一軒ずつご挨拶して歩くような調子だ。それでも、楽しそうに歩き続ける孫への驚きは新鮮だった。
公園では、近所の子どもたちが、サッカーやブランコ遊びに熱中していた。孫は用意したサッカーボールをわずかに蹴っては進み、腹をボールに乗り上げていた。やっぱり他の子どもたちが気になるようだった。総がかりで、孫のサッカーボールに関心を戻すのに苦心した。
2010年5月26日水曜日
チャン・ウクチョ音楽室
イ・ソンヒが祥明女子高(상명여고)の3年生のとき、ソウル特別市龍山区南営洞(남영동)にある「チャン・ウクチョ(장욱조)音楽室」で歌の勉強をしていたが、そこで当時無名の作曲家イ・セゴン(李世建(이세건))と出会い、名曲「Jへ」を譲り受けることになる。
(本ブログ関連:1/7)
「チャン・ウクチョ音楽室」のチャン・ウクチョこそが、ブログ「老木樹のチャン・ウクチョが生命樹になって」で、イ・ソンヒの思い出を語る「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)のチャン・ウクチョと想定する。この思い出の記述の中で、「チャン・ウクチョ音楽室」時代については、青字で表示されている。
当時イ・ソンヒは、特にプロを目指していたわけではなかったが、才能を認められたのだろう、「一種、奨学生に似た待遇を受けることとなる破格な経験」をしている。
チャン・ウクチョ(Chang,Wook-Cho)について、現在牧師をされているが、歌手でもあり作曲家でもある次のような人物と想定する。
Maniadbによれば、1980年代前後に「チャン・ウクチョとコインドル(Jang, Wook-Jo & A Dolmen)」として活動したようだ。また、最近は賛美歌のアルバムを出しているようだ。この二つの時代に発表した歌の題名を用いて、ブログ名「老木樹(고목나무)のチャン・ウクチョが生命樹(생명나무)になって」を作られたのだろう。
(本ブログ関連:全て2009年の4/13、6/7、6/8、8/4、8/10、8/25、10/2、10/17、11/14 、11/29、 11/30 、2010年の2/3、3/24、4/6、5/22、5/25 【付録】2009年の10/5)
(本ブログ関連:1/7)
「チャン・ウクチョ音楽室」のチャン・ウクチョこそが、ブログ「老木樹のチャン・ウクチョが生命樹になって」で、イ・ソンヒの思い出を語る「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)のチャン・ウクチョと想定する。この思い出の記述の中で、「チャン・ウクチョ音楽室」時代については、青字で表示されている。
当時イ・ソンヒは、特にプロを目指していたわけではなかったが、才能を認められたのだろう、「一種、奨学生に似た待遇を受けることとなる破格な経験」をしている。
チャン・ウクチョ(Chang,Wook-Cho)について、現在牧師をされているが、歌手でもあり作曲家でもある次のような人物と想定する。
Maniadbによれば、1980年代前後に「チャン・ウクチョとコインドル(Jang, Wook-Jo & A Dolmen)」として活動したようだ。また、最近は賛美歌のアルバムを出しているようだ。この二つの時代に発表した歌の題名を用いて、ブログ名「老木樹(고목나무)のチャン・ウクチョが生命樹(생명나무)になって」を作られたのだろう。
(本ブログ関連:全て2009年の4/13、6/7、6/8、8/4、8/10、8/25、10/2、10/17、11/14 、11/29、 11/30 、2010年の2/3、3/24、4/6、5/22、5/25 【付録】2009年の10/5)
2010年5月25日火曜日
イ・ソンヒとイム・ソンギュン
先日(5/22)、イ・ソンヒの思い出を語ったブログ「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」の「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)には、彼女が「江辺歌謡祭」(1984年7月29日)で大賞受賞した「Jへ」でデュエットしたイム・ソンギュン(임성균)との関係についてセンシティブに回想されている。
イム・ソンギュン個人のこと、イ・ソンヒを含めて彼らが属したグループ<四幕五場>のことについて苦い思い出がうかがわれる。果たして、イ・ソンヒの言葉なのかわからないが、彼女の地球レコード社からのソロデビュー(専属契約)に対する周囲の嫉妬というべきものがあったようだし、そのことが彼女を葛藤させ、深く傷つけたのだろう。
なお、イ・ソンヒは、「江辺歌謡祭の後、約3ケ月の間、イム・ソンギュンとデュエットで活動していた。」が、ソロで歌いたいという思いから、「(彼女から)先に決別を宣言した」という。翌1985年2月に、彼女は初めてのアルバム1集を世に出した。
(本ブログ関連:全て2009年の4/13、6/7、6/8、8/4、8/10、8/25、10/2、10/17、11/14 、11/29、 11/30 、2010年の2/3、3/24、4/6、【付録】2009年の10/5)
イム・ソンギュン個人のこと、イ・ソンヒを含めて彼らが属したグループ<四幕五場>のことについて苦い思い出がうかがわれる。果たして、イ・ソンヒの言葉なのかわからないが、彼女の地球レコード社からのソロデビュー(専属契約)に対する周囲の嫉妬というべきものがあったようだし、そのことが彼女を葛藤させ、深く傷つけたのだろう。
なお、イ・ソンヒは、「江辺歌謡祭の後、約3ケ月の間、イム・ソンギュンとデュエットで活動していた。」が、ソロで歌いたいという思いから、「(彼女から)先に決別を宣言した」という。翌1985年2月に、彼女は初めてのアルバム1集を世に出した。
(本ブログ関連:全て2009年の4/13、6/7、6/8、8/4、8/10、8/25、10/2、10/17、11/14 、11/29、 11/30 、2010年の2/3、3/24、4/6、【付録】2009年の10/5)
孫と保育園
息子との外出を終えて、一緒に、初めて保育園に孫を迎えに行く。お嫁さんと待ち合わせて、3人で建物に入る。ガラス戸越しに遊んでいる孫の様子が見えた。母親に気付いた瞬間、孫は安堵に泣き出した。分かるよ、痛いほどにわかるよ。
そのとき、保育園の幼児たちが一斉に、3人の大人を見ていたのだ。言葉にできない幼い子どもたちの視線を受けて、彼らの期待を満たせないのなら、私だけでもと部屋を出て待つことにした。
いつもは、お嫁さんの父親に車で送り迎えしてもらう大そうな孫だが、今日は電車とバスを乗り継いで帰ることになった。電車の座席で、孫を抱っこしたことはいうまでもない。
孫宅までの帰り道、保育園と母親とをつなぐノートを見せてもらった。入園当初の孫の様子が事細かに書かれている。そうそう、孫はだいぶ泣いていたようだ。ブロック遊びが好きなようだ。そして、すぐに3人のお友達の名前が出てきた。だんだんと慣れていく様子がうかがえて、保育士の方々の個性あふれる暖かな観察の筆致に感謝する。
孫は不思議な存在である。会って満足したはずなのに、帰宅すると十分に孫と遊んだか疑問となり、更に会いたくなる。
★★★★★ 孫が、夏服を次々と袋から出しては、せわしげに着合わせ?する動画が届いた ★★★★★
そのとき、保育園の幼児たちが一斉に、3人の大人を見ていたのだ。言葉にできない幼い子どもたちの視線を受けて、彼らの期待を満たせないのなら、私だけでもと部屋を出て待つことにした。
いつもは、お嫁さんの父親に車で送り迎えしてもらう大そうな孫だが、今日は電車とバスを乗り継いで帰ることになった。電車の座席で、孫を抱っこしたことはいうまでもない。
孫宅までの帰り道、保育園と母親とをつなぐノートを見せてもらった。入園当初の孫の様子が事細かに書かれている。そうそう、孫はだいぶ泣いていたようだ。ブロック遊びが好きなようだ。そして、すぐに3人のお友達の名前が出てきた。だんだんと慣れていく様子がうかがえて、保育士の方々の個性あふれる暖かな観察の筆致に感謝する。
孫は不思議な存在である。会って満足したはずなのに、帰宅すると十分に孫と遊んだか疑問となり、更に会いたくなる。
★★★★★ 孫が、夏服を次々と袋から出しては、せわしげに着合わせ?する動画が届いた ★★★★★
2010年5月24日月曜日
梅雨の季節
先週から雨天が続いている。今週もウェザーニュースによれば、「火曜日には一旦天気は回復するものの、水〜木曜日は天気急変の心配あり。日差しが届いても、突然の雨には油断できません。」とのこと。このまま、ズルズルと梅雨になだれ込むのだろうか。
気象庁によれば、既に沖縄と奄美は5月6日頃に梅雨入りしている。昨年と比べて12日早いそうだ。関東甲信の昨年の梅雨入りは6月3日頃だったが、今年はいかがだろうか。テレビの気象予報士は6月初旬を予想していたが。
・Yahoo天気情報:「5月の天気」
・ウェザーニュース:今日現在の「週間天気予報」
・気象庁:「平成22年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」
(本ブログ関連;2009年の6/9、7/7、7/10、7/14)
気象庁によれば、既に沖縄と奄美は5月6日頃に梅雨入りしている。昨年と比べて12日早いそうだ。関東甲信の昨年の梅雨入りは6月3日頃だったが、今年はいかがだろうか。テレビの気象予報士は6月初旬を予想していたが。
・Yahoo天気情報:「5月の天気」
・ウェザーニュース:今日現在の「週間天気予報」
・気象庁:「平成22年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」
(本ブログ関連;2009年の6/9、7/7、7/10、7/14)
2010年5月23日日曜日
天上沢鉱山 2010年
昨年、栃木県の鉱物採集会は、6月下旬に予定していた天上沢鉱山訪問を雨天のため、7月26日に順延した。その際、ヒル(蛭)の襲撃を受けたことを特記した。いやあ、初めての経験だけに気味悪く、しかも帰宅後やられたことに気付いたのだからたまらない。
今年は同地の訪問時期を早め、昼過ぎからの雨天を避け、午前中採集することになった。採集場所は、前回の土石流ダム下から更に沢を上り、坑口跡が見えるところにした。8名の会員で、沢に転がる岩のなか採集した。
個人的な成果は、閃亜鉛鉱、黄鉄鉱、水晶(晶洞中結晶)、重晶石など。(含いただきもの)
なお5月の今日でもヒルは姿を現し、数名の会員が襲われた。
★★★★★ (鉱物採集の帰宅途上、母親と弾むように喜び声をあげて遊ぶ孫の動画が届いた) ★★★★★
★★★★★ 孫が、魚図鑑に覆い被さって魚獲り遊びをしたり、魚を指差したりする動画が届いた ★★★★★
今年は同地の訪問時期を早め、昼過ぎからの雨天を避け、午前中採集することになった。採集場所は、前回の土石流ダム下から更に沢を上り、坑口跡が見えるところにした。8名の会員で、沢に転がる岩のなか採集した。
個人的な成果は、閃亜鉛鉱、黄鉄鉱、水晶(晶洞中結晶)、重晶石など。(含いただきもの)
なお5月の今日でもヒルは姿を現し、数名の会員が襲われた。
★★★★★ (鉱物採集の帰宅途上、母親と弾むように喜び声をあげて遊ぶ孫の動画が届いた) ★★★★★
★★★★★ 孫が、魚図鑑に覆い被さって魚獲り遊びをしたり、魚を指差したりする動画が届いた ★★★★★
2010年5月22日土曜日
イ・ソンヒの生誕
イ・ソンヒの誕生について、「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」のブログに「チャン・ウクチョ牧師と歌手イ・ソンヒの縁」(2006年3月30日)として、興味深い貴重な情報が記載されている。
書き出しにある彼女の誕生などについて、次にいろいろなことを知った。
・イ・ソンヒは、(陰暦の)1964年11月11日に、(本籍地)忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生した。 父(イ・ジョンギュ:이종규)、母(チェ・ビョンムン:최병문)の初めての子として誕生した。父母のそれぞれの夢に、男の子が示唆されていた。父の夢にあらわれた、山の神を意味する虎のために、彼女の名前(李仙姫)に神仙の「仙」の字が入ることになった。
(⇒母の名前、イ・ソンヒの名前の由来を知った)
・彼女の戸籍上の生年月日は、1967年3月10日だ。 父に頼まれた祖母が届けを忘れて、出生申告が3年も遅れた。
(⇒生年月日の相違を話題にしているブログがあった)
・当時や今もいつも寺と家を行き来している父は、彼女が生まれた直後にまた入山した。
(⇒家と寺が分離されていることがわかる)
・三歳なった日の1966年、両親は彼女を連れて忠南保寧からソウルに移住した。初めての定着地は城北区三仙洞だった。当時父は大韓仏教一乗宗(대한불교 일승종)の宗会議員と同時に、仏教音楽「梵唄(ポムペ)」の伝授者であった。父の身分が僧侶だったため、所属寺刹が変わる時ごとに、一家は引越し荷物を荷造りしなければならなかった。そうして彼女はやむを得ず国民学校だけで六つ転校した。
(⇒父親の所属宗派を太古宗としてきたが、一乗宗なのか?)
(⇒ソウルへの移動時期が判明、転校が友人関係をむつかしくして内向的になったようだ)
(参考)韓国仏教宗派別寺院のリスト(万仏会)
★★★★★ 孫が、幼児用椅子にお腹をぽってりして、余裕たっぷりに座っている写真が届いた ★★★★★
書き出しにある彼女の誕生などについて、次にいろいろなことを知った。
・イ・ソンヒは、(陰暦の)1964年11月11日に、(本籍地)忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生した。 父(イ・ジョンギュ:이종규)、母(チェ・ビョンムン:최병문)の初めての子として誕生した。父母のそれぞれの夢に、男の子が示唆されていた。父の夢にあらわれた、山の神を意味する虎のために、彼女の名前(李仙姫)に神仙の「仙」の字が入ることになった。
(⇒母の名前、イ・ソンヒの名前の由来を知った)
・彼女の戸籍上の生年月日は、1967年3月10日だ。 父に頼まれた祖母が届けを忘れて、出生申告が3年も遅れた。
(⇒生年月日の相違を話題にしているブログがあった)
・当時や今もいつも寺と家を行き来している父は、彼女が生まれた直後にまた入山した。
(⇒家と寺が分離されていることがわかる)
・三歳なった日の1966年、両親は彼女を連れて忠南保寧からソウルに移住した。初めての定着地は城北区三仙洞だった。当時父は大韓仏教一乗宗(대한불교 일승종)の宗会議員と同時に、仏教音楽「梵唄(ポムペ)」の伝授者であった。父の身分が僧侶だったため、所属寺刹が変わる時ごとに、一家は引越し荷物を荷造りしなければならなかった。そうして彼女はやむを得ず国民学校だけで六つ転校した。
(⇒父親の所属宗派を太古宗としてきたが、一乗宗なのか?)
(⇒ソウルへの移動時期が判明、転校が友人関係をむつかしくして内向的になったようだ)
(参考)韓国仏教宗派別寺院のリスト(万仏会)
★★★★★ 孫が、幼児用椅子にお腹をぽってりして、余裕たっぷりに座っている写真が届いた ★★★★★
2010年5月21日金曜日
「あかつき」と「IKAROS」
18日に予定していたものの天候不順のため延期していたH-IIAロケット17号機(H-IIA・F17)は、種子島宇宙センターから早朝6時58分22秒(日本標準時)に打ち上げられた。同ロケットには、金星探査機「あかつき」(PLANET-C)と小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」が搭載されているので成果が楽しみである。(参考:ANNのニュース)
上空の硫酸の雨、二酸化炭素の大気に90気圧400℃となる金星の地表を、そして太陽風に宇宙をセイリングする様子をそれぞれ知りたいものだ。
実は朝寝坊して、H-IIAロケット打ち上げの実況を見そこなった、惜しいことをした。「あかつきメッセージキャンペーン」に今年の元旦(1/1)に登録していたので、H-IIAロケットのリフトオフを見送るべきだったのに。
上空の硫酸の雨、二酸化炭素の大気に90気圧400℃となる金星の地表を、そして太陽風に宇宙をセイリングする様子をそれぞれ知りたいものだ。
実は朝寝坊して、H-IIAロケット打ち上げの実況を見そこなった、惜しいことをした。「あかつきメッセージキャンペーン」に今年の元旦(1/1)に登録していたので、H-IIAロケットのリフトオフを見送るべきだったのに。
2010年5月20日木曜日
イ・ソンヒと仏教音楽
イ・ソンヒの父親が韓国仏教の太古宗で仏教音楽「梵唄(ぼんばい:범패ボンベ【参考:NAVER百科事典】)」の指導をしていたことから、彼女がどのように仏教(音楽)の影響を受けているのか、つながりがあるのかを知りたいと思っている。
(本ブログ関連:2009年の4/14、 7/25、8/27、9/5、10/7、11/7、12/31、2010年の2/2)
「仏教新聞(불교신문)」の記事「仏教信者 歌手イ・ソンヒ ライブ劇場引き受け」(2002年7月12日)に、イ・ソンヒにとって仏教の影響の傍証になるかもしれないことが次のように触れられている。
・(記事主題)大学路のライブ劇場を買収、国内では初めて歌手が公演場を直接運営することになった。(2002年6月29日)
・知られているように、イ・ソンヒは、仏教音楽「梵唄(ポムペ)」の伝授者で出家した父親イ・ジョンギュ(이종규)氏の影響で、幼い時から仏教的な生活に慣れている仏教信者だ。 「父がいた寺は常にうっそうとした森の中にあるので、幼い時から自然を友として過ごしたのが最も良かった」と回顧した彼女は、「その時期、猟師らの空気銃に犠牲になった鳥を探して『薦度※』してくれた記憶が鮮明だ」と話した。
(※:「薦度」=【仏教】死者の霊魂を極楽に導くこと)
★★★★★ 孫が、ワールドカップに合わせた子供用サッカーボールを体で抱え持つ写真が届いた ★★★★★
(本ブログ関連:2009年の4/14、 7/25、8/27、9/5、10/7、11/7、12/31、2010年の2/2)
「仏教新聞(불교신문)」の記事「仏教信者 歌手イ・ソンヒ ライブ劇場引き受け」(2002年7月12日)に、イ・ソンヒにとって仏教の影響の傍証になるかもしれないことが次のように触れられている。
・(記事主題)大学路のライブ劇場を買収、国内では初めて歌手が公演場を直接運営することになった。(2002年6月29日)
・知られているように、イ・ソンヒは、仏教音楽「梵唄(ポムペ)」の伝授者で出家した父親イ・ジョンギュ(이종규)氏の影響で、幼い時から仏教的な生活に慣れている仏教信者だ。 「父がいた寺は常にうっそうとした森の中にあるので、幼い時から自然を友として過ごしたのが最も良かった」と回顧した彼女は、「その時期、猟師らの空気銃に犠牲になった鳥を探して『薦度※』してくれた記憶が鮮明だ」と話した。
(※:「薦度」=【仏教】死者の霊魂を極楽に導くこと)
★★★★★ 孫が、ワールドカップに合わせた子供用サッカーボールを体で抱え持つ写真が届いた ★★★★★
2010年5月19日水曜日
フラワー・ドラム・ソング
ミュージカル映画「フラワー・ドラム・ソング(Flower Drum Song)」(1961年)で、Nancy Kwan(リンダ・ロウ)が歌う「I Enjoy Being A Girl (女はうれしいもの)」を多分ラジオで聞いたのだろう。いかにもミュージカルらしい歌だが、その物語舞台がサンフランシスコのチャイナタウンということで関心を持ち、ずっと昔のこと、その映画(Motion Picture)も見ずにサウンド・トラックのレコード(LP、25cm版)を購入した。
Youtubeで、クラブ歌手で踊り子のリンダがデイトの身支度に歌う「I Enjoy Being A Girl 」のおしゃれな映像を見て、レコードジャケットの写真の民俗衣装を着飾った人々のイメージとがらりと違っていて驚いた。そう、映画の観客は、中国系の人々だけではないのだから。
懐かしく思い出深い、そして今も新鮮である。
(Youtubeに登録のbiukucanoeに感謝)
★★★★★ 孫が、眠い朝のお出かけのために、母親に抱かれて元気をもらっている写真が届いた ★★★★★
Youtubeで、クラブ歌手で踊り子のリンダがデイトの身支度に歌う「I Enjoy Being A Girl 」のおしゃれな映像を見て、レコードジャケットの写真の民俗衣装を着飾った人々のイメージとがらりと違っていて驚いた。そう、映画の観客は、中国系の人々だけではないのだから。
懐かしく思い出深い、そして今も新鮮である。
(Youtubeに登録のbiukucanoeに感謝)
★★★★★ 孫が、眠い朝のお出かけのために、母親に抱かれて元気をもらっている写真が届いた ★★★★★
2010年5月18日火曜日
樹木観察会
初めて小金井公園の「樹木観察会」の案内を見たのが公園サービスセンター前の掲示板だった。小金井公園サービスセンター長で樹木医の松井氏が講師となって、樹木巡りの解説をしてくれるというのだ。さっそく当日の今日、公園サービスセンター前の受付で参加申込をする。たくさんの方々が参集して盛況だった。
公園正面口から「いこいの広場」に至る約30種類の樹木を観察し、植物としての特徴や由来について説明いただいた。午前中の2時間の樹木巡りは、アッというまに終わってしまった。今まで公園を散歩して何気なく見えた光景が、これから違って見えることを期待したい。帰り際に提出のアンケートに次回の案内希望欄に署名したのはいうまでもない。
解説を聞いて興味深い話題を記す。
・公園の正面口に巨木が並んでいるのは、昔ここが鎮守の杜だったからだそうだ。公園はもともと武蔵野の台地の上側にあり乾燥していたところに、玉川上水が引かれ、その分水を得て、東京市が緑地化計画をしたことによるそうだ。そのとき、この地にはかような鎮守の杜の他、畑、雑木林、植木の畑などがあったという。
・仏教に関連する3つの樹木の紹介があった。
公園正面口から「いこいの広場」に至る約30種類の樹木を観察し、植物としての特徴や由来について説明いただいた。午前中の2時間の樹木巡りは、アッというまに終わってしまった。今まで公園を散歩して何気なく見えた光景が、これから違って見えることを期待したい。帰り際に提出のアンケートに次回の案内希望欄に署名したのはいうまでもない。
解説を聞いて興味深い話題を記す。
・公園の正面口に巨木が並んでいるのは、昔ここが鎮守の杜だったからだそうだ。公園はもともと武蔵野の台地の上側にあり乾燥していたところに、玉川上水が引かれ、その分水を得て、東京市が緑地化計画をしたことによるそうだ。そのとき、この地にはかような鎮守の杜の他、畑、雑木林、植木の畑などがあったという。
・仏教に関連する3つの樹木の紹介があった。
- ナツツバキ(別名サラノキ、娑羅双樹に擬せられる)
- ボダイジュ(菩提樹)
孫と虫眼鏡
今日も息子と午後の付き合いの後、息子宅でお嫁さんと孫の帰宅を待つ。あれあれ、孫は少し怪訝な顔。2日も夕方にお邪魔したのがいけなかったのかなあ。
ご機嫌なおしに喜んでもらったものは、何と今日の樹木観察会のために準備していた虫眼鏡だ。直径10cm程度のレンズの先に奇妙な光景が見えるものだから、虫眼鏡を手にした瞬間から孫は満面の笑みになった。しばらく手放さなかった。はしゃぎぶりは多分、初めて「鏡」の向こうに自分の姿を発見したときの驚きに似ているだろう。
子どもの視覚の認知は、大人が想像する以上にでき上がっているのだろう。だから、レンズを通して見える奇妙なゆがんだ世界がおかしくてたまらないのだ。孫は、しばらく部屋の中を大きくて重い虫眼鏡を持ち歩き回っていた。
するとまもなく、虫眼鏡は部屋のすみに置かれ、孫は父親のそばにころがって甘えていた。それでいいのだよ、いいのだよ。それで遊んでくれればいいのだよ。
ご機嫌なおしに喜んでもらったものは、何と今日の樹木観察会のために準備していた虫眼鏡だ。直径10cm程度のレンズの先に奇妙な光景が見えるものだから、虫眼鏡を手にした瞬間から孫は満面の笑みになった。しばらく手放さなかった。はしゃぎぶりは多分、初めて「鏡」の向こうに自分の姿を発見したときの驚きに似ているだろう。
子どもの視覚の認知は、大人が想像する以上にでき上がっているのだろう。だから、レンズを通して見える奇妙なゆがんだ世界がおかしくてたまらないのだ。孫は、しばらく部屋の中を大きくて重い虫眼鏡を持ち歩き回っていた。
するとまもなく、虫眼鏡は部屋のすみに置かれ、孫は父親のそばにころがって甘えていた。それでいいのだよ、いいのだよ。それで遊んでくれればいいのだよ。
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