将来を予言することはできないが、かなり精度の高い予測に人口動態推計がある。歴史は人口の船に乗って動く。明日、7月11日は「世界人口デー」(World Population Day)だそうだ。
中央日報の記事、「韓国、2060年には『最も老いた国』…人口の40%が65歳以上」(7/9、7/9:キム・ミンサン記者) は、「統計庁(통계청)が国連統計を基礎に作成して8日に発表した『世界と韓国の人口現況・展望』」によると、「人口500万人以上の国の中で」、45年後の韓国が高齢者世界になると次のように報じている。(抜粋)
韓国は、日本と比べて、高齢化(生産可能人口、高齢者扶養)と少子化(出生率)が今後大きな課題となる。現在20歳の両国若者が直面する課題だが、実感をもって受け止められるだろうか。
(本ブログ関連:”高齢化”、”ベビーブーマー”)
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・2060年の韓国人口の10人中4人は、65歳以上の高齢者になる・・・出産率が低い上に高齢化のスピードは、ますます加速している
・今年5100万人である韓国の人口は、2030年に5,200万人とピークに達して2060年には4,400万人に減少する
・全体人口で65歳以上の高齢者が占める割合は急激に高まる。今年13.1%である65歳以上の人口比率は、2060年には40.1%に高まる
・調査対象201(?)カ国中、高齢者の人口比率順位は、今年の51位から2030年は15位、2060年には2位に上がる・・・(1位は人口の少ないカタール)
・働くことのできる生産可能人口(15~64歳)対比の、高齢者人口も急激に増加する・・・今年15~64歳の人口100人が扶養しなければならない65歳以上は、17.9人で全世界54位だ
・人口問題を解決するためには、出産率を引き上げなければならない
・1990~95年に韓国(1.67人)よりも出産率が低かった日本(1.48人)は、2010~2015年には1.41人で韓国を上回った。日本の高齢者人口の割合は2030年まで世界1位(30.7%)を記録するが、2060年には韓国よりも低い6位(36.9%)に下がる
・KDI国際政策大学院のチェ・スルギ教授(人口学)は・・・「短期的には移民拡大などを検討すべき・・・(長期的には)女性の就職率を高め、退職年齢を引き上げなければならない」と提案した
・一方、世界の人口は、2015年73億2,000万人で、2060年には99億6,000万人に増加する見通し・・・今年、世界で人口が最も多い国である中国は、2028年にはインドに世界1位の座を譲ると予想
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2015年7月10日金曜日
2015年7月9日木曜日
イ・ソンヒのファン
亜洲経済の記事「【韓流スターCEO列伝3] ソルト イ・ウンヨン取締役」(7/8、キム・ウンハ記者)に、SALTエンターテインメントのイ・ウンヨン(女性)取締役が、学生時代にイ・ソンヒのファンだったと次のように語っている。(抜粋)
(本ブログ関連:”ファン”)
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・学生時代、かなり勉強をハードにしたが、理由が何だか分かります? 歌手イ・ソンヒさんです。高校の時からイ・ソンヒさんのファンなのですが、当時、(イ・ソンヒの)『私は歌を一生懸命するつもりなので、学生さんは勉強を熱心にしなさい』という言葉に勉強をしたんです。
・・・
・(女優パク・シネが所属する、)塩を意味する会社名ソルト(SALT)は、シェアリング(Sharing・分かち合い)、アミューズメント(Amusement・楽しい)、ラブ(Love・愛)、トラスト( Trust・信頼)の頭文字を取ったもの。
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(本ブログ関連:”ファン”)
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・学生時代、かなり勉強をハードにしたが、理由が何だか分かります? 歌手イ・ソンヒさんです。高校の時からイ・ソンヒさんのファンなのですが、当時、(イ・ソンヒの)『私は歌を一生懸命するつもりなので、学生さんは勉強を熱心にしなさい』という言葉に勉強をしたんです。
・・・
・(女優パク・シネが所属する、)塩を意味する会社名ソルト(SALT)は、シェアリング(Sharing・分かち合い)、アミューズメント(Amusement・楽しい)、ラブ(Love・愛)、トラスト( Trust・信頼)の頭文字を取ったもの。
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KBS WORLD「国楽の世界へ」 時調
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、定型詩「時調(시조)」に関わる3曲を紹介した。
始めに、時調の詩形式と、時調による歌について次のように紹介された。
・時調は、高麗末期に完成し、朝鮮時代に流行った。45文字内外で作られ、初章(초장,)、中章(중장)、終章(종장)の3章から成る。基本的に、各章は3または4文字の2句で構成され、3章6句と呼ぶ。時代とともに字数を増やしたものもある。時調は文芸であり、歌(管弦楽に合わせて歌う歌曲(가곡)が代表的)である。
▼ 愛する人と別れを名残惜しむ女性歌曲「平弄(평롱)」から、「北斗七星(북두칠성)」を聴く。なぜか煌びやかに聞こえる。
次に、時調による代表的な歌「ノレッカラク(노랫가락)」の成立について次のように紹介された。
・時調は、新羅時代の「郷歌(향가)」や高麗時代の歌謡から影響を受けたという。歌詞は簡潔で深い意味がある。朝鮮時代初期、ソンビにより厳格で教訓的な詩が作られた。その中期、妓女も加わり、男女の愛の詩が多くなる。後期には、庶民の暮らしを表現した詩になる。歌の形式も歌曲より自由で民謡のリズムに合わせたりした。歌のリズムの意の「ノレッカラク」が代表的な時調で、妓女黄真伊(황진이)がソンビ李渾源(벽계수)との別れに作った。水が海に流れると元には戻れない、だから月の明かりが照らすうちに留まっていくよう勧めている。この歌に明月(명월)の名が登場するが、黄真伊を指したもの。
・昔、ソンビが楽しんだ歌曲や時調などの歌は「ノレ(노래=人の声)」といい、一方、庶民が楽しんだパンソリや民謡などの歌は、「ソリ(소리=人の音)」と呼ばれた。民謡「ノレッカラク」は、時調に民謡のリズムを付したものといえる。テーマを定めず、その都度多様な時調を繋ぎ歌うのが特徴。時調の歌詞は簡潔ながら、しっかりと意味を含むため、今も多様な形で歌われる。
▼ 京畿地域の民謡「ノレッカラク」を聴く(リンク先解説に感謝)。旋律は聞き慣れたよう、世俗的な響きもする。
最後に、朱子学の原理主義者宋時烈(송시열)の時調「青山島自ず自ず(청산도 절로절로)」について次のように紹介された。
・宋時烈は儒学者で、宋子と呼ばれ、自然と共に生きよとした。
▼ 青山島の自然を歌った、山や水が自然のように道理に従って生きるという「青山島自ず自ず」を聴く。今様に歌う。
始めに、時調の詩形式と、時調による歌について次のように紹介された。
・時調は、高麗末期に完成し、朝鮮時代に流行った。45文字内外で作られ、初章(초장,)、中章(중장)、終章(종장)の3章から成る。基本的に、各章は3または4文字の2句で構成され、3章6句と呼ぶ。時代とともに字数を増やしたものもある。時調は文芸であり、歌(管弦楽に合わせて歌う歌曲(가곡)が代表的)である。
▼ 愛する人と別れを名残惜しむ女性歌曲「平弄(평롱)」から、「北斗七星(북두칠성)」を聴く。なぜか煌びやかに聞こえる。
次に、時調による代表的な歌「ノレッカラク(노랫가락)」の成立について次のように紹介された。
・時調は、新羅時代の「郷歌(향가)」や高麗時代の歌謡から影響を受けたという。歌詞は簡潔で深い意味がある。朝鮮時代初期、ソンビにより厳格で教訓的な詩が作られた。その中期、妓女も加わり、男女の愛の詩が多くなる。後期には、庶民の暮らしを表現した詩になる。歌の形式も歌曲より自由で民謡のリズムに合わせたりした。歌のリズムの意の「ノレッカラク」が代表的な時調で、妓女黄真伊(황진이)がソンビ李渾源(벽계수)との別れに作った。水が海に流れると元には戻れない、だから月の明かりが照らすうちに留まっていくよう勧めている。この歌に明月(명월)の名が登場するが、黄真伊を指したもの。
・昔、ソンビが楽しんだ歌曲や時調などの歌は「ノレ(노래=人の声)」といい、一方、庶民が楽しんだパンソリや民謡などの歌は、「ソリ(소리=人の音)」と呼ばれた。民謡「ノレッカラク」は、時調に民謡のリズムを付したものといえる。テーマを定めず、その都度多様な時調を繋ぎ歌うのが特徴。時調の歌詞は簡潔ながら、しっかりと意味を含むため、今も多様な形で歌われる。
▼ 京畿地域の民謡「ノレッカラク」を聴く(リンク先解説に感謝)。旋律は聞き慣れたよう、世俗的な響きもする。
最後に、朱子学の原理主義者宋時烈(송시열)の時調「青山島自ず自ず(청산도 절로절로)」について次のように紹介された。
・宋時烈は儒学者で、宋子と呼ばれ、自然と共に生きよとした。
▼ 青山島の自然を歌った、山や水が自然のように道理に従って生きるという「青山島自ず自ず」を聴く。今様に歌う。
2015年7月8日水曜日
(雑談) 歌詞カード
昔、流行り歌のLPレコード盤は、歌詞カードと一緒にジャケットに入り、曲解説はジャケットの裏に印刷されていた。LPはサイズ(31.5×31.5cm)があるので、充分大きな歌詞カードや解説ができた。また、(ミサ曲のような)重厚なクラシック音楽の場合、レコード盤が複数枚となり、箱型ケースに解説冊子と共に収まったりした。CDになってからは、その習慣がサイズに合わせて簡略化される傾向にあるようだ。
(本ブログ関連:”LPレコード”、”歌詞カード”)
余談だが、中学時代、友人の家で見たクラシック(それもオペラの)の古びたSPレコード盤が、山のように積まれていたのを思い出す。そのとき、(クラシック総譜冊子)スコアを初めて見た・・・各パートのポイントにマーキングまでしていたので驚いた。
ところで、韓国では歌謡曲歌手の全集CDに、歌詞カードが付いていないことがある。安価のせいもあるが、若者たちにはダウンロード販売が主流のようだし、中高年には孝行ラジオという数千曲をSDカードに収めたミニラジオが売られたりした。ダウンロード時代に、歌詞カード無しという習慣が定着しているようだ。
音楽をネットで購入したことがない。調べてみると、ダウンロードでは歌詞カードが、当然?ながら付いていない・・・ツールを使えば補うことができるというが、どんなものだろう。
それより、歌詞カードがなくていいのか、なぜ活字で歌詞を読まないのか気になる。文字を通して、或いはその行間に、イメージをふくらませることができるというのに。例えば、こんな経験がある。中島みゆきの歌詞集の単行本を読んでいたら、紙の上にある歌詞が、いつもの歌とは違って、独立した世界を作るのに気付いた・・・文字世界に入り込んでしまったといっていいかもしれない。
最近のPOP作品は、音作りが先で、後から歌詞を付けることが多いそうだ。そのため、言葉が楽器化しているといわれる。それぞれの言語が持つ固有のスタイルに合わせてこそ、音楽空間の共有が深く厚くなるのではないかと、おじさんはため息つく。
(参考: オリコン記事 「音楽における『歌詞』の重要性が低下? メロディとの親和性や語感を重要視」(4/24))
そういえば、遠に吟遊詩人も門付けもいない。
(本ブログ関連:”LPレコード”、”歌詞カード”)
余談だが、中学時代、友人の家で見たクラシック(それもオペラの)の古びたSPレコード盤が、山のように積まれていたのを思い出す。そのとき、(クラシック総譜冊子)スコアを初めて見た・・・各パートのポイントにマーキングまでしていたので驚いた。
ところで、韓国では歌謡曲歌手の全集CDに、歌詞カードが付いていないことがある。安価のせいもあるが、若者たちにはダウンロード販売が主流のようだし、中高年には孝行ラジオという数千曲をSDカードに収めたミニラジオが売られたりした。ダウンロード時代に、歌詞カード無しという習慣が定着しているようだ。
音楽をネットで購入したことがない。調べてみると、ダウンロードでは歌詞カードが、当然?ながら付いていない・・・ツールを使えば補うことができるというが、どんなものだろう。
それより、歌詞カードがなくていいのか、なぜ活字で歌詞を読まないのか気になる。文字を通して、或いはその行間に、イメージをふくらませることができるというのに。例えば、こんな経験がある。中島みゆきの歌詞集の単行本を読んでいたら、紙の上にある歌詞が、いつもの歌とは違って、独立した世界を作るのに気付いた・・・文字世界に入り込んでしまったといっていいかもしれない。
最近のPOP作品は、音作りが先で、後から歌詞を付けることが多いそうだ。そのため、言葉が楽器化しているといわれる。それぞれの言語が持つ固有のスタイルに合わせてこそ、音楽空間の共有が深く厚くなるのではないかと、おじさんはため息つく。
(参考: オリコン記事 「音楽における『歌詞』の重要性が低下? メロディとの親和性や語感を重要視」(4/24))
そういえば、遠に吟遊詩人も門付けもいない。
2015年7月7日火曜日
七夕、小暑 2015
2015年7月6日月曜日
ニューホライズンズ
正直、何~んにも知らなかった。2006年に打ち上げられた、(太陽系外縁天体)カイパーベルト・ミッションのNASA探査機が、7/14に、(惑星仲間から外されたあの)「冥王星」をフライバイ(接近通過)して撮影する。
「冥王星(Pluto)」の名は、ローマ神話の地獄神だそうだ。ポパイの敵役「Bluto(Brutus)」とは違う。日本語名「冥王星」は、星についての随筆家野尻抱影の名付けという・・・昔、同氏がご近所にいらしたが、子どもだったので気難しげなおじさんにしか見えなかった。子どもなんて、そんなものだ。
この探査機「ニューホライズンズ(New Horizons)」、どこかで聞いたような名前だが・・・中学の英語教科書「New Horizon」ではない。(私の中学時代の教科書は、開隆堂「Jack and Betty」だったけれど)
NASAによれば、冥王星は、48億Km(3億マイル)離れているため、電波(光速)で片道4.5時間かかる(ラウンドトリップで9時間)。また、お騒がせの故障は原因解明されて今後に支障ないそうだ。
いかにも今様で、Appleのコマーシャルような、NASA紹介「New Hrizons's Mission」ビデオを見よう。
音楽は、X Ambassadorsの ”Renegades” とのこと。
(Youtubeに登録のNASAに感謝)
「冥王星(Pluto)」の名は、ローマ神話の地獄神だそうだ。ポパイの敵役「Bluto(Brutus)」とは違う。日本語名「冥王星」は、星についての随筆家野尻抱影の名付けという・・・昔、同氏がご近所にいらしたが、子どもだったので気難しげなおじさんにしか見えなかった。子どもなんて、そんなものだ。
この探査機「ニューホライズンズ(New Horizons)」、どこかで聞いたような名前だが・・・中学の英語教科書「New Horizon」ではない。(私の中学時代の教科書は、開隆堂「Jack and Betty」だったけれど)
NASAによれば、冥王星は、48億Km(3億マイル)離れているため、電波(光速)で片道4.5時間かかる(ラウンドトリップで9時間)。また、お騒がせの故障は原因解明されて今後に支障ないそうだ。
いかにも今様で、Appleのコマーシャルような、NASA紹介「New Hrizons's Mission」ビデオを見よう。
音楽は、X Ambassadorsの ”Renegades” とのこと。
(Youtubeに登録のNASAに感謝)
2015年7月5日日曜日
梅雨
実りにつながるとはいえ、「梅雨」を曲名に含む歌は少ないようだ。ネットの「歌詞サーチ」を見ると、曲名に「梅雨」を入れたものは4曲。もっぱら歌詞中(140曲)にとり入れられているのが分かる。
梅雨は背景であって雨の一部、時期を示すものでしかないのかもしれない。梅雨そのものには詩情がわかないのだろう。ちなみに、同サーチで、「雨」を検索すると、曲名1460曲、歌詞中31,397曲となる。「雨」については、アジアモンスーン地域に住むわたしたち日本人好みの気がする。(「晴れ」については、曲名224曲、歌詞中6,137曲だ。)
降っているのか、そうでないのか。窓越しの細雨は、微かに雨音して降り続く。湿気もあって、この雨に寄せるものは豊穣への期待しかないのだろうけれど、都市生活者は、我ながらわがままだ。
雨に、いつものように牽強付会して、イ・ソンヒの9集所収の「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(1994年)を聴こう。雨の後は晴れ、夜はやがて明ける、いっときの辛抱。
(本ブログ関連:”雨降る街に立って”)
(Youtubeに登録のkoreanballadsに感謝)
梅雨は背景であって雨の一部、時期を示すものでしかないのかもしれない。梅雨そのものには詩情がわかないのだろう。ちなみに、同サーチで、「雨」を検索すると、曲名1460曲、歌詞中31,397曲となる。「雨」については、アジアモンスーン地域に住むわたしたち日本人好みの気がする。(「晴れ」については、曲名224曲、歌詞中6,137曲だ。)
降っているのか、そうでないのか。窓越しの細雨は、微かに雨音して降り続く。湿気もあって、この雨に寄せるものは豊穣への期待しかないのだろうけれど、都市生活者は、我ながらわがままだ。
雨に、いつものように牽強付会して、イ・ソンヒの9集所収の「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(1994年)を聴こう。雨の後は晴れ、夜はやがて明ける、いっときの辛抱。
(本ブログ関連:”雨降る街に立って”)
(Youtubeに登録のkoreanballadsに感謝)
2015年7月4日土曜日
ノウゼンカズラ
通りに面した垣根越しに、「ノウゼンカズラ(凌霄花)」がオレンジ色の花を次々湧き出すように咲き誇らせている。この花を最近よく見かけるようになった・・・実は、古く渡来した庭木だという。
(本ブログ関連:”ノウゼンカズラ”)
夕暮れ時の淡い光に、オレンジ色が一層浮かび上がり目を奪われる。が、毎年繰り返される花の絢爛に、どこか違うものを感じるようになった。花を瀑布に飾るがごとき蔓(ツル)の姿に、鉱物採集の山中でしばしば目にする蔓の強力な生命力が重なる。
蔓はやがて侵食するもの。ノウゼンカズラも、その美しさに反して、いずれ野生の本性を見せるのではないか。果たして、園芸用の植物なのか。それは、艶やか過ぎるものへの、一種の疑心かもしれない。
以前触れたことだが、よく似たオレンジ色の可愛らしい花がある。路地塀の下によく見られる、特定外来植物と指定された「ナガミヒナゲシ」だ。野生の正体を知ってから、不思議なことに、近所で見かけなくなった。
(本ブログ関連:”ノウゼンカズラ”)
夕暮れ時の淡い光に、オレンジ色が一層浮かび上がり目を奪われる。が、毎年繰り返される花の絢爛に、どこか違うものを感じるようになった。花を瀑布に飾るがごとき蔓(ツル)の姿に、鉱物採集の山中でしばしば目にする蔓の強力な生命力が重なる。
蔓はやがて侵食するもの。ノウゼンカズラも、その美しさに反して、いずれ野生の本性を見せるのではないか。果たして、園芸用の植物なのか。それは、艶やか過ぎるものへの、一種の疑心かもしれない。
以前触れたことだが、よく似たオレンジ色の可愛らしい花がある。路地塀の下によく見られる、特定外来植物と指定された「ナガミヒナゲシ」だ。野生の正体を知ってから、不思議なことに、近所で見かけなくなった。
2015年7月3日金曜日
第22回 東京国際ブックフェア
最近、年を飛び飛びに出かけている東京国際ブックフェアに行く。10時過ぎ、埼京線の国際展示場前に着いたとき、激しく雨が降っていた。今日の金曜日に見に行くと宣言したわけだが、こんなに雨降りになろうとは思いもよらなかった。ちなみに、昼過ぎ帰るとき、雨足は一層強まり、まるで夕立の土砂降りのようだった。
ブックフェアは、今日明日の土・日曜日、一般公開される。予想以上に駅から会場の東京ビッグサイトまで大行列だった。会場に至る、雨よけ屋根の通路には人があふれた。
(本ブログ関連:”東京国際ブックフェア”)
目的は2つ。日本の科学読み物の入手と、韓国産鉱物図鑑の情報を入手すること。
目的の前者では、① 鉱物採集でお世話になる、産地情報が載った「鉱物 ウォーキングガイド 関東甲信越版」(松原聰著)。実は、鉱物採集の際、いつもS氏からコピーをいただいてる。同書の旧版は持っているが、なぜか採集場所が、新しい「関東甲信越版」のものしかないのだ。これ以上は申し訳なく思い購入した。 ② アリ(蟻)の社会性からイソップ風の話題探しをしているが、今回、アリ研究者(採集者)の情熱ほとばしる「フィールド生物学 アリの巣をめぐる冒険」(丸山宗利著)と巡りあった。主に東南アジアのアリの生態という本論とは別に、トピックがちりばめられており、その情熱の源も後述されている。拝読が楽しみだ。
目的の後者では、韓国出版関係のブースに押しかけて、<韓国産>鉱物を記載した(一般向け)鉱物図鑑はないものか相談したところ、教育科学技術部(교육과학기술부)(の頃)から「韓国動植物図鑑(한국동식물도감)」のシリーズが出ているので、それに関連してあるかもしれないということだった・・・さっそく調べたが、今のところ未見。
ところで、韓国の鉱物図鑑を探しているとき、ネットに「鉱物·岩石の用語の語源の国際比較研究(광물·암석 용어의 어원에 대한 국제 비교 연구)」(イ・チョンジ他、2011年)があり、付録に鉱物と岩石名称について、韓国語・朝鮮語・中国語・日本語・英語の一覧が載っている。
韓国のブースで、文学と縁遠いけれど、長編小説「なき王女のためのパヴァーヌ」(パク・ミンギュ著、吉原育子訳)を、勢いで求めてしまった。さて、どんな風に読んだらいいものだろうか。
ブックフェアは、今日明日の土・日曜日、一般公開される。予想以上に駅から会場の東京ビッグサイトまで大行列だった。会場に至る、雨よけ屋根の通路には人があふれた。
(本ブログ関連:”東京国際ブックフェア”)
目的は2つ。日本の科学読み物の入手と、韓国産鉱物図鑑の情報を入手すること。
目的の前者では、① 鉱物採集でお世話になる、産地情報が載った「鉱物 ウォーキングガイド 関東甲信越版」(松原聰著)。実は、鉱物採集の際、いつもS氏からコピーをいただいてる。同書の旧版は持っているが、なぜか採集場所が、新しい「関東甲信越版」のものしかないのだ。これ以上は申し訳なく思い購入した。 ② アリ(蟻)の社会性からイソップ風の話題探しをしているが、今回、アリ研究者(採集者)の情熱ほとばしる「フィールド生物学 アリの巣をめぐる冒険」(丸山宗利著)と巡りあった。主に東南アジアのアリの生態という本論とは別に、トピックがちりばめられており、その情熱の源も後述されている。拝読が楽しみだ。
目的の後者では、韓国出版関係のブースに押しかけて、<韓国産>鉱物を記載した(一般向け)鉱物図鑑はないものか相談したところ、教育科学技術部(교육과학기술부)(の頃)から「韓国動植物図鑑(한국동식물도감)」のシリーズが出ているので、それに関連してあるかもしれないということだった・・・さっそく調べたが、今のところ未見。
ところで、韓国の鉱物図鑑を探しているとき、ネットに「鉱物·岩石の用語の語源の国際比較研究(광물·암석 용어의 어원에 대한 국제 비교 연구)」(イ・チョンジ他、2011年)があり、付録に鉱物と岩石名称について、韓国語・朝鮮語・中国語・日本語・英語の一覧が載っている。
韓国のブースで、文学と縁遠いけれど、長編小説「なき王女のためのパヴァーヌ」(パク・ミンギュ著、吉原育子訳)を、勢いで求めてしまった。さて、どんな風に読んだらいいものだろうか。
2015年7月2日木曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 機織りの歌
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、機織りに関わる3曲を紹介した。
始めに、機織り仕事で女性が歌った「機織り歌(베틀가)」について次のように紹介された。
・昔、機織りして布を作り、縫って服を作ったが、女性の仕事だった。年に一度、七夕の日にだけ出会う、彦星と織姫の伝説で、彦星は農作を、織姫は機織りをする。新羅時代に、女性が二組に分かれて機織りを競った。一ヵ月間競争をして、勝敗を決めた。負けた方が酒や馳走を用意して、勝った方をもてなした。現在の「秋夕(추석)」の由来という説もある。
・昔、女性は、大家族のため毎日三食の膳立ても大仕事だった。食事の準備から家事、畑仕事までこなし、夜には機織りした。夜なべのため歌が、多様な民謡となり伝わった。糸を織りあげる織機をベトル(베틀)と言い、その仕事歌を「機織り歌」という。
▼ ヘグム、カヤグム、コムンゴ他の演奏「機織り歌」編曲を聴く。回転の音、軋む音、仕上がる音が掛け合う、今様である。
次に、機織り歌の歌詞内容には、婚家への嫁の様々な思いや、噂話が歌われていると次のように紹介された。
・機織り歌の歌詞内容は様々だ。嫁入りした先の暮らしが大変で、愚痴をこぼす内容などで、姑の悪口や、親に対して貧しい家に嫁がせたことを恨むもの。親元を思うように訪ねられぬ自分を嘆くものがある。また、色々な噂を組み合わせたものもある。結婚を控えた男が、予め嫁の実家を訪ねると、嫁になるはずの女に既に赤ちゃんがいるのを目撃して、男は黙って帰ってきてしまうという内容の歌がある。
▼ 慶尚北道醴泉地域の「麻をより合わせて繋ぐ歌(삼삼는 소리)」の一部を聴く。同じ旋律を繰り返し、語るよう素朴に歌う。
最後に、糸車を回しながら歌う「糸車打令(물레타령)」について次のように紹介された。
・同じような噂話があって歌ができたのだろう。口から口へと伝えられ、誰かがリズムを付け、歌になり、ストーリーの主人公より歌が注目を浴びるようになった。やがて、それが民謡となった。機織りしながら歌う歌は、母から娘へと歌い継がれた。母の歌を娘は寝耳で聞いたのだろう、嫁に行ってからは、自分も同じように歌った。その時になってようやく、どうして母がこの歌を歌ったのかが分かるようになった。
▼ 「糸車打令」(歌詞)を聴く。ゆたりと聞こえるが、糸車はビュンビュン音をたてて回らせたのだろうか。
糸車には、母と娘をつなぐ絆も縒ったようだ・・・とのこと。
始めに、機織り仕事で女性が歌った「機織り歌(베틀가)」について次のように紹介された。
・昔、機織りして布を作り、縫って服を作ったが、女性の仕事だった。年に一度、七夕の日にだけ出会う、彦星と織姫の伝説で、彦星は農作を、織姫は機織りをする。新羅時代に、女性が二組に分かれて機織りを競った。一ヵ月間競争をして、勝敗を決めた。負けた方が酒や馳走を用意して、勝った方をもてなした。現在の「秋夕(추석)」の由来という説もある。
・昔、女性は、大家族のため毎日三食の膳立ても大仕事だった。食事の準備から家事、畑仕事までこなし、夜には機織りした。夜なべのため歌が、多様な民謡となり伝わった。糸を織りあげる織機をベトル(베틀)と言い、その仕事歌を「機織り歌」という。
▼ ヘグム、カヤグム、コムンゴ他の演奏「機織り歌」編曲を聴く。回転の音、軋む音、仕上がる音が掛け合う、今様である。
次に、機織り歌の歌詞内容には、婚家への嫁の様々な思いや、噂話が歌われていると次のように紹介された。
・機織り歌の歌詞内容は様々だ。嫁入りした先の暮らしが大変で、愚痴をこぼす内容などで、姑の悪口や、親に対して貧しい家に嫁がせたことを恨むもの。親元を思うように訪ねられぬ自分を嘆くものがある。また、色々な噂を組み合わせたものもある。結婚を控えた男が、予め嫁の実家を訪ねると、嫁になるはずの女に既に赤ちゃんがいるのを目撃して、男は黙って帰ってきてしまうという内容の歌がある。
▼ 慶尚北道醴泉地域の「麻をより合わせて繋ぐ歌(삼삼는 소리)」の一部を聴く。同じ旋律を繰り返し、語るよう素朴に歌う。
最後に、糸車を回しながら歌う「糸車打令(물레타령)」について次のように紹介された。
・同じような噂話があって歌ができたのだろう。口から口へと伝えられ、誰かがリズムを付け、歌になり、ストーリーの主人公より歌が注目を浴びるようになった。やがて、それが民謡となった。機織りしながら歌う歌は、母から娘へと歌い継がれた。母の歌を娘は寝耳で聞いたのだろう、嫁に行ってからは、自分も同じように歌った。その時になってようやく、どうして母がこの歌を歌ったのかが分かるようになった。
▼ 「糸車打令」(歌詞)を聴く。ゆたりと聞こえるが、糸車はビュンビュン音をたてて回らせたのだろうか。
糸車には、母と娘をつなぐ絆も縒ったようだ・・・とのこと。
2015年7月1日水曜日
笑う門には福来たる
昔のことで曖昧だが、笑いの構造について、「笑い=恐怖+攻撃 」というのを聞いた記憶がある。多分、博物学隆盛の時代の分類学的な観察から出たものだろう。もしかしたら、ダーヴィンとローレンツの考えを、一緒くたにしてしまったからかもしれない。
とはいえ、何となく分かるような気もする。笑いは、出会いを調整する。まさに初原的な、赤ちゃんの笑い顔に心が緩まぬ人はいない。赤ちゃんにとっては、すべてが新しい世界との出会いである。
(同時に、赤ちゃんは驚きにも笑う ⇒ Youtube「FUNNY BABIES COLLECTION 2」、登録者に感謝)
世間に出て知恵を蓄えた大人になると、笑いもどうやら変質して、嘲笑や恫喝をも含んだものまでになる。その最たるは、いじめ芸を見るときの、もしかしたら人間の最も残酷な笑いかもしれない。
(余談だが、他人に対する最大の敵対表情は<侮蔑>だと、TEDで聞いたような記憶がある)
のどかな笑いは、いいものだ。勘違いによる笑い、無垢な心で本質を指摘されること、そして日常の些細なズレによるもの。とりわけ、生活の中で感じる笑いがいい。
以前、お笑い劇場としてテレビ中継されたものがあった。記憶に残るものに、藤山寛美の新喜劇、大宮敏充のデン助劇団の芝居がある。学校から帰って一人のとき、しょっちゅう見ていたものだ。
エノケンこと榎本健一のお笑い芝居を残念ながらテレビで見ることはできなかったが、ずっと昔に、メリーさん、メリーさんで有名な「最後の伝令」の再現芝居(NTV)を見たとき、腹を捻らせて笑い転げた。
韓国語教室で、昔の韓国お笑い番組に「笑う門には福来たる(웃으면 복이와요)」があったと聞き、さっそく、Youtubeで見ると、吉本風なアドリブを効かせた、役者たちの素朴な間合い(掛け合い)によるもののようだ。庶民にとって身近に感じられる笑いは、浸透力があって底堅いもの。
とはいえ、何となく分かるような気もする。笑いは、出会いを調整する。まさに初原的な、赤ちゃんの笑い顔に心が緩まぬ人はいない。赤ちゃんにとっては、すべてが新しい世界との出会いである。
(同時に、赤ちゃんは驚きにも笑う ⇒ Youtube「FUNNY BABIES COLLECTION 2」、登録者に感謝)
世間に出て知恵を蓄えた大人になると、笑いもどうやら変質して、嘲笑や恫喝をも含んだものまでになる。その最たるは、いじめ芸を見るときの、もしかしたら人間の最も残酷な笑いかもしれない。
(余談だが、他人に対する最大の敵対表情は<侮蔑>だと、TEDで聞いたような記憶がある)
のどかな笑いは、いいものだ。勘違いによる笑い、無垢な心で本質を指摘されること、そして日常の些細なズレによるもの。とりわけ、生活の中で感じる笑いがいい。
以前、お笑い劇場としてテレビ中継されたものがあった。記憶に残るものに、藤山寛美の新喜劇、大宮敏充のデン助劇団の芝居がある。学校から帰って一人のとき、しょっちゅう見ていたものだ。
エノケンこと榎本健一のお笑い芝居を残念ながらテレビで見ることはできなかったが、ずっと昔に、メリーさん、メリーさんで有名な「最後の伝令」の再現芝居(NTV)を見たとき、腹を捻らせて笑い転げた。
韓国語教室で、昔の韓国お笑い番組に「笑う門には福来たる(웃으면 복이와요)」があったと聞き、さっそく、Youtubeで見ると、吉本風なアドリブを効かせた、役者たちの素朴な間合い(掛け合い)によるもののようだ。庶民にとって身近に感じられる笑いは、浸透力があって底堅いもの。
2015年6月30日火曜日
(雑談) ガラケーからガラケーへ
2015年6月29日月曜日
イ・ソンヒの歌をYoutubeでカラオケしよう
韓国の代表的カラオケ機器企業、KY(クムヨン・金泳)カラオケ(금영노래방、KY【Kumyoung】)が、Youtubeに各種カラオケ曲を提供している。もちろん、イ・ソンヒの歌も、ほ・ほ・ほ~(サンタクロースのように言おう)というほど沢山!網羅していて、視聴+歌うことができる。
ちょっとアレンジが入っている曲もあるが、それよりカラフルな幾何模様の映像(昔風にいえばサイケデリック)に目がまわりそう、それもご愛嬌。部屋にこもって、一人カラオケすると、あれれ、もっと上手く歌えたはずなのに・・・(イ・ソンヒの、あの情感がこれっぽっちもない)と反省する。
「思い出のページをめくれば」
ゆらぐる、思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が
むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように
雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る
ああ、わたしに残った懐かしい、歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ
眠りにつくよ、夢を・・・見るよ・・・
ちょっとアレンジが入っている曲もあるが、それよりカラフルな幾何模様の映像(昔風にいえばサイケデリック)に目がまわりそう、それもご愛嬌。部屋にこもって、一人カラオケすると、あれれ、もっと上手く歌えたはずなのに・・・(イ・ソンヒの、あの情感がこれっぽっちもない)と反省する。
「思い出のページをめくれば」
ゆらぐる、思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が
むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように
雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る
ああ、わたしに残った懐かしい、歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ
眠りにつくよ、夢を・・・見るよ・・・
2015年6月28日日曜日
イ・ソンヒの「愛が散るこの場所」
以前、教室でカラオケが話題になり、イ・ソンヒの「Jへ」を歌うと言った(言ってしまった)。まっ、それも勢いでのことだが。(もちろん、カラオケでの評価を別にして、「冬哀傷」も「五月の陽射し」も歌っている)
歌を楽しむのに、カラオケで歌うのもよいが、聴いてこそ、その美しさにひたれるものがある。イ・ソンヒの「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이 자리)」(1988年、作詞・作曲:ソン・シヒョン)は、まさに聴くための曲かもしれない。
(本ブログ関連:”愛が散るこの場所”)
幸いYoutubeで、彼女が若い頃にどう歌っていたかを(観客の女学生の嬌声を含めて)古い映像で知ることができる。そして、人生を重ねることで、それがどう変遷したかも知ることができる。2004年の20周年コンサート、2014年の30周年コンサートと経て、その美しさは深く厚みを増しているのに気付く。観客も自身の人生をもう一度読み返しながら耳を傾けたことだろう。
「愛が散るこの場所」
花びら舞い散るとき、あなた目覚めないで
あれほど美しかった、花びらだったじゃない
愛が遠のくとき、あなた黙って去るのですか
あれほど愛した思い出が、壊れるのか恐わくて
*愛が散るこの場所、思い出だけ悲しくて
あなた目覚めないで、涙見せたくないのよ
私が恋しいとき、あなた帰ってきてもいいわよ
あれほど愛した昔に、戻りたいです
(*以下繰り返し)
(Youtubeに登録のO TWOに感謝)
歌を楽しむのに、カラオケで歌うのもよいが、聴いてこそ、その美しさにひたれるものがある。イ・ソンヒの「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이 자리)」(1988年、作詞・作曲:ソン・シヒョン)は、まさに聴くための曲かもしれない。
(本ブログ関連:”愛が散るこの場所”)
幸いYoutubeで、彼女が若い頃にどう歌っていたかを(観客の女学生の嬌声を含めて)古い映像で知ることができる。そして、人生を重ねることで、それがどう変遷したかも知ることができる。2004年の20周年コンサート、2014年の30周年コンサートと経て、その美しさは深く厚みを増しているのに気付く。観客も自身の人生をもう一度読み返しながら耳を傾けたことだろう。
「愛が散るこの場所」
花びら舞い散るとき、あなた目覚めないで
あれほど美しかった、花びらだったじゃない
愛が遠のくとき、あなた黙って去るのですか
あれほど愛した思い出が、壊れるのか恐わくて
*愛が散るこの場所、思い出だけ悲しくて
あなた目覚めないで、涙見せたくないのよ
私が恋しいとき、あなた帰ってきてもいいわよ
あれほど愛した昔に、戻りたいです
(*以下繰り返し)
(Youtubeに登録のO TWOに感謝)
2015年6月27日土曜日
狐と玉
先日、「狐石」について触れたが、民間伝承的な名称でのようで、信仰と直接的な関わりはないようだ。地名についても、ネット上の情報だけで、所在地以上のことは不明。
では、狐と玉について進んでみたい。とはいえ、ほんの入り口に過ぎないが。
(以前、「那須野の殺生石」で触れた、宮中を騒がせて捕えられた狐の「猶額にありたる白玉」とは別のものとして)
稲荷神社の狐には、宝玉を口にくわえるものがある。「如意宝珠」のようだが、本来、菩薩や観音が持つものを、なぜ狐がくわえるようになったのか。
ところで、「韓国民族文化大百科事典」にある「狐玉説話(여우구슬설화)」では、神異譚として、狐の持つ如意宝珠を奪って、天地を見極めた話しがあるようだが、その如意宝珠の由来は触れていない。
稲荷の狐は、農業に関わるといわれているので、ここで夢想して地中の玉と結びつけるのは無理があるだろう。
いかにも霊験あらたかそうな気がする。あるいは、きらりと光らせて威嚇の効果もあるやもしれぬ。
では、狐と玉について進んでみたい。とはいえ、ほんの入り口に過ぎないが。
(以前、「那須野の殺生石」で触れた、宮中を騒がせて捕えられた狐の「猶額にありたる白玉」とは別のものとして)
稲荷神社の狐には、宝玉を口にくわえるものがある。「如意宝珠」のようだが、本来、菩薩や観音が持つものを、なぜ狐がくわえるようになったのか。
ところで、「韓国民族文化大百科事典」にある「狐玉説話(여우구슬설화)」では、神異譚として、狐の持つ如意宝珠を奪って、天地を見極めた話しがあるようだが、その如意宝珠の由来は触れていない。
稲荷の狐は、農業に関わるといわれているので、ここで夢想して地中の玉と結びつけるのは無理があるだろう。
いかにも霊験あらたかそうな気がする。あるいは、きらりと光らせて威嚇の効果もあるやもしれぬ。
2015年6月26日金曜日
(雑談) USB扇風機
昔、マイコン時代にMZ-700からFMV-deskpower SEへ、本格的にPCと呼ばれるようになってノート型に変わり、NT331から現在に至る。すべて、順調に故障しての更新だった。
最後の故障機は、熱を発生してダウンした。メーカーに送ってみたものの、マザーボードの交換という。修理の見積もりは、新規PC購入と天秤にかけるようなものだった。臨終を宣告されたも同然。
現在使用中のノートPCは、長年使用なので、いずれボディーが熱くなりブルー画面になるだろうと気掛かり。最近の製品は、耐久性が増しているのか、怪しい兆しがないのが幸い。
それでも、ずっとつけっぱなしに酷使するのは先行心配。そこで、台所用の浅いカゴを逆さまにして、その上にノートPCを載せて下部に熱が溜まらぬようにしている。さらに隣り街の電気屋で購入したUSB扇風機を使って、熱を外に吐き出させるようにしている。実に健気で、大したものだ。
最後の故障機は、熱を発生してダウンした。メーカーに送ってみたものの、マザーボードの交換という。修理の見積もりは、新規PC購入と天秤にかけるようなものだった。臨終を宣告されたも同然。
現在使用中のノートPCは、長年使用なので、いずれボディーが熱くなりブルー画面になるだろうと気掛かり。最近の製品は、耐久性が増しているのか、怪しい兆しがないのが幸い。
それでも、ずっとつけっぱなしに酷使するのは先行心配。そこで、台所用の浅いカゴを逆さまにして、その上にノートPCを載せて下部に熱が溜まらぬようにしている。さらに隣り街の電気屋で購入したUSB扇風機を使って、熱を外に吐き出させるようにしている。実に健気で、大したものだ。
2015年6月25日木曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 端午の節句
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、今月20日にあたる陰暦5月5日の「端午(단오)の節句」に関わる3曲を紹介した。
始めに、「端午の節句」に、パンソリ「春香歌」(춘향가)で、李夢龍(이몽룡)と春香(춘향)の出会いを次のように紹介された。
・官職の息子、李夢龍は、部屋にこもって勉強していたが退屈になり、使いの者を連れて、広寒楼に出かけた。美しい景色の中、遠くにブランコ(그네)に乗る女性が目に入る。当時、家の外に出ない女性もこの「端午の節句」は子供の日で、おしゃれしてブランコに乗っても叱られぬ日だ。その女性こそ、パンソリ「春香歌」の主人公春香である。春香を見て、「白と赤の花が見事に咲いている」と言い、雪のように舞う花びらと杏子の花が落ちる中、ブランコの春香を、月のようで、また、太陽のような美しい女性がいると歌う。・・・この瞬間を境に、春香と李夢龍の恋がはじまる。
▼ パンソリ「春香歌」から「春香がブランコに乗る場面(춘향이 그네타는 대목)」を聴く。詩吟や語りのよう様々に歌う。
次に、「端午の節句」の行事、相撲「シルム(씨름)」や水辺で遊ぶ曲「ドンドルナリ(돈돌날이)」を次のように紹介された。
・「端午の節句」の陰暦5月5日(今年は6月20日)は、初夏の美しい季節だ。みずみずしい樹木と、太陽の陽射しが気持ち良い。田植えもある程度終わり一息つく。豊作を願う祭祀を済ませ、ご馳走と酒を楽しむ日で、男の子は韓国式相撲「シルム」を楽しみ、女の子はブランコに乗る。また、北方の咸鏡道地域では、女性が海や川で遊ぶ曲「ドンドルナリ」が伝わる。「回る(돌다)」という、ぐるっと回って元に戻る意で、新しい日が巡るの意もある。正月や盆の秋夕(추석)、端午の節句に女たちが集まり歌う。笛など楽器で演奏し、興がわくと、立ち上がりみな踊りはじめる。
▼ ぐるっと回って元の位置に戻るの意の民謡「ドンドルナリ」を聴く。同じフレーズを繰り返す、どこか巫俗(始原)的な気もする。
・洞簫(퉁소)の笛と太鼓の演奏と歌で演じられた。家族や弱い者にだけ怒鳴る人を「部屋の中の洞簫」という。洞簫演奏はするものの、人前では自信がなく、部屋に鍵をかけて一人で演奏する人を指す。昔、人気のあった楽器で、最近は、咸鏡道地域によく使われる。どこか懐かしい音色が特徴だ。
最後に、「端午の節句」の行事、「江陵端午祭」と祭祀曲「城隍堂参り祭祀(성황당맞이 굿)」を次のように紹介された。
・「端午の節句」の開かれる江原道江陵地域の「江陵端午祭」は、ユネスコ人類無形遺産に登録さた。端午祭は、江陵地域だけでなく、近くの村の住民も共に楽しむ。この日のため、酒を醸す過程から祭祀を捧げるまで、一ヵ月以上かかる。また、北の地方だけでなく、釜山に至るまで、東海岸の漁村で行われた祭祀曲「城隍堂参り祭祀」は、豊漁を願い、その他に豊作や家族の健康など幅広く祈る、村の人々の祭祀でもあった。
▼ 豊漁と豊作を願う祭祀曲「城隍堂参り祭祀」を聴く。いかにも精霊と通じ合う祭祀の響きがする。
始めに、「端午の節句」に、パンソリ「春香歌」(춘향가)で、李夢龍(이몽룡)と春香(춘향)の出会いを次のように紹介された。
・官職の息子、李夢龍は、部屋にこもって勉強していたが退屈になり、使いの者を連れて、広寒楼に出かけた。美しい景色の中、遠くにブランコ(그네)に乗る女性が目に入る。当時、家の外に出ない女性もこの「端午の節句」は子供の日で、おしゃれしてブランコに乗っても叱られぬ日だ。その女性こそ、パンソリ「春香歌」の主人公春香である。春香を見て、「白と赤の花が見事に咲いている」と言い、雪のように舞う花びらと杏子の花が落ちる中、ブランコの春香を、月のようで、また、太陽のような美しい女性がいると歌う。・・・この瞬間を境に、春香と李夢龍の恋がはじまる。
▼ パンソリ「春香歌」から「春香がブランコに乗る場面(춘향이 그네타는 대목)」を聴く。詩吟や語りのよう様々に歌う。
次に、「端午の節句」の行事、相撲「シルム(씨름)」や水辺で遊ぶ曲「ドンドルナリ(돈돌날이)」を次のように紹介された。
・「端午の節句」の陰暦5月5日(今年は6月20日)は、初夏の美しい季節だ。みずみずしい樹木と、太陽の陽射しが気持ち良い。田植えもある程度終わり一息つく。豊作を願う祭祀を済ませ、ご馳走と酒を楽しむ日で、男の子は韓国式相撲「シルム」を楽しみ、女の子はブランコに乗る。また、北方の咸鏡道地域では、女性が海や川で遊ぶ曲「ドンドルナリ」が伝わる。「回る(돌다)」という、ぐるっと回って元に戻る意で、新しい日が巡るの意もある。正月や盆の秋夕(추석)、端午の節句に女たちが集まり歌う。笛など楽器で演奏し、興がわくと、立ち上がりみな踊りはじめる。
▼ ぐるっと回って元の位置に戻るの意の民謡「ドンドルナリ」を聴く。同じフレーズを繰り返す、どこか巫俗(始原)的な気もする。
・洞簫(퉁소)の笛と太鼓の演奏と歌で演じられた。家族や弱い者にだけ怒鳴る人を「部屋の中の洞簫」という。洞簫演奏はするものの、人前では自信がなく、部屋に鍵をかけて一人で演奏する人を指す。昔、人気のあった楽器で、最近は、咸鏡道地域によく使われる。どこか懐かしい音色が特徴だ。
最後に、「端午の節句」の行事、「江陵端午祭」と祭祀曲「城隍堂参り祭祀(성황당맞이 굿)」を次のように紹介された。
・「端午の節句」の開かれる江原道江陵地域の「江陵端午祭」は、ユネスコ人類無形遺産に登録さた。端午祭は、江陵地域だけでなく、近くの村の住民も共に楽しむ。この日のため、酒を醸す過程から祭祀を捧げるまで、一ヵ月以上かかる。また、北の地方だけでなく、釜山に至るまで、東海岸の漁村で行われた祭祀曲「城隍堂参り祭祀」は、豊漁を願い、その他に豊作や家族の健康など幅広く祈る、村の人々の祭祀でもあった。
▼ 豊漁と豊作を願う祭祀曲「城隍堂参り祭祀」を聴く。いかにも精霊と通じ合う祭祀の響きがする。
2015年6月24日水曜日
イ・ソンヒとイ・スンギ「その中であなたに出会って」デュエット
先週(6/19)、KBS2で放送された「ユ・ヒヨルのスケッチブック」では、イ・スンギの舞台にイ・ソンヒが登場した。彼の「棘(とげ)」(가시)をデュエットするYoutube映像を、本ブログにも載せさせていただいたが、今度は、イ・ソンヒの「その中であなたに出会って」(그 중에 그대를 만나)のデュエット映像を見つけたので、ここに載せさせていただく。
(本ブログ関連:”その中であなたに出会って”)
イ・ソンヒは、いつもと比べて少し抑え気味に、そして静かに聞かせる。イ・スンギは、背景から色付けするように歌い合わせる。師弟の息遣いが見る者に伝わり、引き込まれていく。新しい味する「その中であなたに出会って」を聞くことができる。
(Youtubeに登録のMusic Space cheolinに感謝)
(付記)
イ・ソンヒは減量したのだろうか。今回の映像を見て感じた次第。
(本ブログ関連:”その中であなたに出会って”)
イ・ソンヒは、いつもと比べて少し抑え気味に、そして静かに聞かせる。イ・スンギは、背景から色付けするように歌い合わせる。師弟の息遣いが見る者に伝わり、引き込まれていく。新しい味する「その中であなたに出会って」を聞くことができる。
(Youtubeに登録のMusic Space cheolinに感謝)
(付記)
イ・ソンヒは減量したのだろうか。今回の映像を見て感じた次第。
2015年6月23日火曜日
申京淑の謝罪
韓国で文学界を飛び越えた話題が、ようやく結着の段階に入ったようだ。朝鮮ドットコムの記事「申京淑 1週間ぶりに謝罪 『盗作の指摘正しいと思う…読者らに謝罪』」(6/23、7:56)は、当事者の釈明を次ように伝えている。
小説家申京淑については、イ・ソンヒと同世代であり、彼女たちに共通の言葉を探してブログに載せてきた。昔、申京淑は、放送作家であり、歌謡曲の作詞も手がけたこともあるという。その経験から、時代に合わせ過ぎたのかもしれない。15年前(にも指摘された)のこととはいえ。
(本ブログ関連:”申京淑”)
├-----------------------------------------------------------
去る16日、盗作論議(論難)に包まれた小説家申京淑(52)が、1週間ぶりに自身の過ちを認めた。 また、問題になった短編「伝説」を本人の作品目録から除外させると明らかにした。
23日、京郷新聞の報道によれば、申(京淑)氏は、「問題になった三島由紀夫の小説『憂国』の文章と、『伝説』の文章を何度も照し合わせて見た結果、盗作(剽窃)という問題提起をするのが正しいという気がした」として、「いくら記憶をかきまわしてみても、『憂国』を読んだ記憶はないけれど、今は私の記憶を信じることができない」と述べた。
引き続き、申氏は、「出版社と相談して、『伝説』を作品集から外(はず)す」といって、「文学賞審査委員をはじめ、全てのものを降ろして自粛する時間を設ける」と述べた。
15年前の去る2000年に、すでに、チョン・ムンスン文学評論家が、「申京淑作家の『伝説』と三島由紀夫の小説『憂国』が似ている」という問題提起をしたけれども、対応しなかった理由については、「2000年にそのような文が載せられたという話は聞いたが、私が読んだりもしない作品(『憂国』)を持ってきて、そんなことがあるかと思ったので読まなかった」といい、「その時読んだら良かっただろう」と遺憾を表示した。
申氏は、小説家イ・ウンジュン(45)が、16日、盗作疑惑を再び提起した時、出版社<創批>に「『憂国』を読んでみたこともない」と話したことについては、「かなり以前に一度体験したことなので、15年前と同じ考えで、知らないことだと答えた」といって、「私に対する批判の文は、耐える自信がないため、たくさん読まなかったし読めない」と説明した。
小説家申京淑については、イ・ソンヒと同世代であり、彼女たちに共通の言葉を探してブログに載せてきた。昔、申京淑は、放送作家であり、歌謡曲の作詞も手がけたこともあるという。その経験から、時代に合わせ過ぎたのかもしれない。15年前(にも指摘された)のこととはいえ。
(本ブログ関連:”申京淑”)
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去る16日、盗作論議(論難)に包まれた小説家申京淑(52)が、1週間ぶりに自身の過ちを認めた。 また、問題になった短編「伝説」を本人の作品目録から除外させると明らかにした。
23日、京郷新聞の報道によれば、申(京淑)氏は、「問題になった三島由紀夫の小説『憂国』の文章と、『伝説』の文章を何度も照し合わせて見た結果、盗作(剽窃)という問題提起をするのが正しいという気がした」として、「いくら記憶をかきまわしてみても、『憂国』を読んだ記憶はないけれど、今は私の記憶を信じることができない」と述べた。
引き続き、申氏は、「出版社と相談して、『伝説』を作品集から外(はず)す」といって、「文学賞審査委員をはじめ、全てのものを降ろして自粛する時間を設ける」と述べた。
15年前の去る2000年に、すでに、チョン・ムンスン文学評論家が、「申京淑作家の『伝説』と三島由紀夫の小説『憂国』が似ている」という問題提起をしたけれども、対応しなかった理由については、「2000年にそのような文が載せられたという話は聞いたが、私が読んだりもしない作品(『憂国』)を持ってきて、そんなことがあるかと思ったので読まなかった」といい、「その時読んだら良かっただろう」と遺憾を表示した。
申氏は、小説家イ・ウンジュン(45)が、16日、盗作疑惑を再び提起した時、出版社<創批>に「『憂国』を読んでみたこともない」と話したことについては、「かなり以前に一度体験したことなので、15年前と同じ考えで、知らないことだと答えた」といって、「私に対する批判の文は、耐える自信がないため、たくさん読まなかったし読めない」と説明した。
一方、申氏は、「伝説」の他にも、「母をお願い」、「汽車は7時に出るよ」、「別れのあいさつ(작별인사)」など、彼女の作品全般にあふれる盗作疑惑と関連しては、「創作は、読書の影響から完全に自由なことなくて、いくつかの考えは時代と国境を越えて全く知らない状態でも共通点を持つ」としながら、「私の文章で書いた文だが、評壇や読者らの指摘に対して深く省察してみる」と述べた。
また、「重い鳥の足跡(무거운 새의 발자국)」、「遠く、限りない道の上に(멀리, 끝없는 길 위에)」など1990年代初期に書いた断片の題名が詩の一節で、無断に盗用したという指摘に関連して、「詩から題名を取ってくることは、当時、文壇でたびたびあったことであり、詩人が私の友人であった事情もある」としながら、「もしそれが誤ったことだったら、ひょっとして残念な心を持ったとすれば、私は間違って生きてきたこと」と釈明した。
彼女は続いて、「この問題を提起した文学者をはじめとして、私の周辺のすべての方々、何より私の小説を読んだ多くの読者に心より謝罪申しあげる」と、「すべてがきちんと見られなかった私のせい」と述べた。
しかし、申氏は、「どう考えてみても。臨機応変式の絶筆宣言はできない。私に文学は命のようなものであり、文を書くことを終えるなら、生きても生きていることでない」として、「原稿を書いて壷に隠しても、文学という地で倒れたのだから、その地に(手を)ついて立ち上がりたい」と明らかにした。
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