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2026年8月24日月曜日

端唄「柳やなぎ」

端唄に「柳々」がある。「江戸戯作」(神保五彌、杉浦日向子、新潮古典文学アルバム24、新潮社)の序文(エッセイ)は、杉浦日向子のこの唄についてから始まる。なにかと風通しに苦心する江戸庶民にかすり笑いをもたらした戯作の雰囲気を映すとしている。

紹介された唄のくくりに「虚言(うそ)も実(まこと)も  義理もなし」とある。戯作世界の意義を伝えるよう漢字が並んでいる。素朴に端唄の世界ではどうだったのだろうかと、以下さぐってみた。

(本ブログ関連:”端唄”)

いつもの「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)と、ネットの「芝恋の三味線・小唄教室」*サイトだ。粋な世界で唄われるとき、遊里の人間模様が、男女のあいだが、しだれ柳の枝のように、風に揺れもつれあう様が浮かんでくる。
(*)同サイトの「小唄『柳 々』のご紹介」
        ー https://rensi26.com/4900
        ー 上方名優 三世中村歌右衛門の作詞で、恋仲になった祇園の芸妓の心をうたっている。
        ー 「江戸小唄」木村菊太郎著より引用とのこと。

庶民の唄として続けられたため厳密な詞があるわけでないし、あてはまる漢字表記も一定でないだろうけれど、上記の「江戸端唄集」をベースに、「小唄『柳 々』のご紹介」にある漢字表記を付記してみた。

「柳やなぎ」
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柳々で  世をおもしろふ(面白う)
う(請)けて暮らすが  命の薬
梅にしたが(従)ひ  桜になびく
その日そのひの  風しだい(次第)
うそ(嘘)もまこと(誠)も  義り(義理)もなし
はじめ(初め)は  すい(粋)に思へども
日増(ひまし)にほれて  ついぐち(愚痴)になり              ← 日増:ひま
昼寝の床の  う(憂)きおも(思)ひ
どふした  ひやうり(拍子)の  瓢たん(瓢箪)か (で)     ← ひやうり:拍子、ふとした弾みで。
あだ(仇)腹の立  月(好き)じゃへ                                ← 月:好き(本来の意味)を誤写か?
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歌い手によって微妙に違いが出てくる。

■ Youtube(登録: 0klz49)
「柳々(作榮)80rpm」(2022/11/22)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=tJusOlxJyZQ
    ー 唄唱:作榮(NITTOレコード  琴伴奏端唄  昭和8年[1933年] )



(付記)
杉浦日向子原作のアニメ「百日紅(さるすべり)」

■ Youtube(登録: ドゥック・ヴィエット)
「百日の赤 2015(ベトナム語 字幕)」(2020/07/31)   ← 音声:日本語
    ー https://www.youtube.com/watch?v=u18zqYbOSr8

(Gemini)メディア変革と大衆化の構造

メディアは、長い時間の流れで見れば、難解な言葉を使ったり、情報を独占・加工したりして既得権益と結びついてきた。それらを超える新しいメディが登場すると、古いメディアは背景の力を利用して批判・攻撃する。その繰り返しだったわけで、現在もネットメディアを対象に攻撃が続いているが、果たして歴史に見たようにいつまで続くのか、いつ取って変わられるのか気になる。

そこで、生成AIのGemini に、予測される将来を聞いてみた。結果を以下に抜粋する。
「(結論として)旧メディアがネットメディアを拒絶(排除・軽視)続けられる期間は、長く見積もっても、あと5年〜10年程度(2030年代前半まで)が限界」としている。

■ Gemini

Q.新しい技術が古い技術を超えるように、新しいメディアが古いメディアを凌駕する、あるいは普及(マス化)します。土着言語の利用、大量印刷、集団で見る映画、ラジオ、テレビ、そしてネット。しかし、現在、古いメディア側が既得権を使ってネットメディアに批判的ですね。いつまで拒絶できると思いますか? 
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A.結論から申し上げれば、旧メディアネットメディアを組織的・実効的に「拒絶(排除・軽視)」し続けられる期間は、長く見積もってもあと5年〜10年程度2030年代前半まで)が限界であると考えられます。

◎【第1段階:否定・排除】: 現在〜過渡期
    ー「ネットの情報は無責任・有害だ」「質の低い参入者だ」と批判し、制度や法規制で防衛を図る
【第2段階:参入・防衛】: 現在並行中
    ー 自らネットインフラ(VOD、Webメディア、公式SNS)へ進出し、旧来のブランド力で囲い込みを図る
【第3段階:降伏・統合】: (再定義
    ー ネットを主たる配信基盤と認め、旧メディアは「コンテンツ供給プラント(制作会社)」や「アーカイブ資産の保持者」へと再定義される

現在起きているネット批判はまさに第1段階から第2段階への過渡期における抵抗運動です。

結論として
・歴史上、印刷術がラテン語独占を崩し、テレビが集団での映画鑑賞のあり方を変えたように、新しいメディアの浸透は不可逆です。
旧メディア側がネットを「異物」として拒絶・批判できるのは高齢層を中心とした一定の市場規模と、過去の制度的既得権が機能している残存期間(今後5〜10年程度に限られます。
その後は拒絶を諦め、ネットという巨大なエコシステムの中に自らを組み込んで生き残りを図る道へと完全に移行せざるを得ません。
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(付録)
Youtube見てたらこんな話があったので残す。

■ Youtube(登録: モヤモヤ研究所)
「65年前のシステムCOBOLをAIで書き換えようとした結果がコレ」(2026/05/07)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=DBESxaOjEXA