外灯の明かりに照らされて、ぱらぱらとわずかだが雨滴が降ってくる。先日(8/13)の「ペルセウス座流星群」は曇り空で残念だったが、今日の「オリオン座流星群」は小雨のためにもっとだめだった!
weathernewsのソラマド特別番組「SOLiVEスター」(23:00-25:00)は、全国7元ライブ中継を試みたものの、新潟県の胎内自然天文館(いそやん担当)の上空にかすかに星座が見えただけで・・・同地は中継時間内ではないけれど、番組内で流星を2つ以上ゴールした。リプレイ映像で、その流星を確認することができた。
流星を実況中継できないかわりに、怪しい馬?が出てきたり、超ミニUFOの噂が流れたりと、理系人間のギャグが炸裂した愉快な番組だった。
2011年10月21日金曜日
イ・ソンヒ「私はいつもあなたを」との出会い 「NHKに恋ハセヨ」
月刊「朝鮮」(2011年11月号)に、NHKプロデューサー上嶋隆一とのインタビュー記事「KPOPが日本語を変えている(KPOP이 日本語를 바꾸고 있다)」(インタビュアー:廉東浩)が載っている。
・二十を超えたばかりの日本人青年(上嶋隆一)が、韓国語を学ぼうとソウルを訪ねたのは1987年、大学4年生の時であった。(当時の韓国の政情が語られる)
・(騒然とした)ソウルの空気を吸って、下宿代わりに使用していた新村(신촌)の奥まった宿屋に帰ってきた。郷愁を慰めるためにつけておいた白黒TVに、一曲の歌が流れた。意味は分からなかったが、小さい体格のメガネをかけた女性歌手の歌は、彼の耳と目を画面に釘づけにしてしまった。歌手イ・ソンヒの「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」だった。「こんなにきれいで、美しい音があるとは…」 青年は、韓国語の美しさに魅了された。
・(カセットテープに収められたイ・ソンヒの歌を求めて、ソウル市内を駆け巡ったり、公開放送録画現場で女中高生の中にまぎれて熱狂したりした)
・このように韓国歌謡を愛する彼が、2011年10月30日、ソウルで「NHKに恋ハセヨinソウル(NHK에 고이하세요 in 서울[NHKに戀하세요])」というテーマの公開放送を進行する。
日・韓+英の番組タイトルができあがったようだ。
ところで、放送スケジュールについて調べてみると、どうやら主催は、NHKワールドラジオ日本コリアンサービスによるもので、在韓日本大使館のイベント情報欄に次の通り掲載されている。
・出演:梅津正樹アナウンサー(NHK)、イム・スミンアナウンサー(KBS)、古家正亨(コリアンカルチャーナビゲーター)、山田敦子アナウンサー(NHK)
・日時:10月30日(日)午後1時から(12時30分開場)
・場所:在韓日本大使館公報文化院ニューセンチュリーホール(定員126人)/ ソウル特別市鍾路区雲泥洞114-8
(深大寺の近くにある植物園に、孫娘がバラやダリアを見に行ったという知らせを受けた)
★★★★★ 孫娘が、公園のススキの原を勇ましく、両手両足でハイハイする写真が届いた ★★★★★
・二十を超えたばかりの日本人青年(上嶋隆一)が、韓国語を学ぼうとソウルを訪ねたのは1987年、大学4年生の時であった。(当時の韓国の政情が語られる)
・(騒然とした)ソウルの空気を吸って、下宿代わりに使用していた新村(신촌)の奥まった宿屋に帰ってきた。郷愁を慰めるためにつけておいた白黒TVに、一曲の歌が流れた。意味は分からなかったが、小さい体格のメガネをかけた女性歌手の歌は、彼の耳と目を画面に釘づけにしてしまった。歌手イ・ソンヒの「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」だった。「こんなにきれいで、美しい音があるとは…」 青年は、韓国語の美しさに魅了された。
・(カセットテープに収められたイ・ソンヒの歌を求めて、ソウル市内を駆け巡ったり、公開放送録画現場で女中高生の中にまぎれて熱狂したりした)
・このように韓国歌謡を愛する彼が、2011年10月30日、ソウルで「NHKに恋ハセヨinソウル(NHK에 고이하세요 in 서울[NHKに戀하세요])」というテーマの公開放送を進行する。
日・韓+英の番組タイトルができあがったようだ。
ところで、放送スケジュールについて調べてみると、どうやら主催は、NHKワールドラジオ日本コリアンサービスによるもので、在韓日本大使館のイベント情報欄に次の通り掲載されている。
・出演:梅津正樹アナウンサー(NHK)、イム・スミンアナウンサー(KBS)、古家正亨(コリアンカルチャーナビゲーター)、山田敦子アナウンサー(NHK)
・日時:10月30日(日)午後1時から(12時30分開場)
・場所:在韓日本大使館公報文化院ニューセンチュリーホール(定員126人)/ ソウル特別市鍾路区雲泥洞114-8
(深大寺の近くにある植物園に、孫娘がバラやダリアを見に行ったという知らせを受けた)
★★★★★ 孫娘が、公園のススキの原を勇ましく、両手両足でハイハイする写真が届いた ★★★★★
2011年10月20日木曜日
韓国文学翻訳院「東京フォーラム」
新宿のフルート教室の後、地下鉄赤坂三丁目駅そばにある「韓国文化院」に、韓国文学普及のため設けられた「韓国文学翻訳院」主催の「東京フォーラム」(10/19-20)に行く。
今日は、申京淑(신경숙)と津島佑子の対談「文学に見る家族」がある。文学論に深くないので、今回の一番の目的は、申京淑がどんな感じの人かを見るためだ。
彼女は、親しみやすく、穏やかに笑いをまじえながら話す。一言でいえば、気さくな感じがする。とはいえ、対談のなかでこたえる彼女の言葉は明晰で、現代人を、家族を、作品中の登場人物を語った。だから、時代のなかの喪失感であり、家族探しであり、家族の再構築が語り合われた。話題の中心に、彼女の最新の「母をお願い(엄마를 부탁해)」(日本語翻訳版:集英社)が置かれた。
そして、津島佑子の言葉には、申京淑に対する「お姉さん」の眼差しが感じられた。
(本ブログ関連:" J物語"、"浮石寺へ"、"離れ部屋"、"いま、私たちの隣りに誰がいるのか")
ところで、イ・ソンヒと申京淑(シン・ギョンスク)は同じ世代である。
・申京淑は1963年に、イ・ソンヒは1964年に生まれている。
・イ・ソンヒは1984年に江辺歌謡祭で「Jへ」を歌い、申京淑は1985年に短編「冬の寓話(겨울우화)」でデビューした。
・2002年に、申京淑は、「J物語(J이야기)」を発表した。
・今年、申京淑の「母をお願い」がアメリカで出版され、イ・ソンヒはカーネギーホールでコンサートをおこなった。
そして、イ・ソンヒと申京淑は、ともに気さくな話し方をする。
(追記)
素人ながら気になるのは、集英社が、すでに「母-オモニ-」(姜尚中)を出版していたので、同社としては、申京淑の作品タイトルを「オンマをお願い」ではなく、「母をお願い」にしたのだろうか。それから、装丁(写真、レイアウト、色彩)について、初めて文庫本を見たとき思わず息が止まってしまった。
(付記)
フォーラムが始まる前に、赤坂三丁目駅近くにある「雲南米線」という中華料理店で、昼食に「マーラー米線」をとる。四川料理のマーボ豆腐に似た味付けで、真っ赤なヒリヒリしたスープに、半透明の柔らかい米線(米で作ったヌードル)が入っている。食べ初めて一時食がひるむが、やがて独特な香料にもなじんでくる。汗を出しながら、無事に!食べきる。癖になりそうだ。
テレビなどに見る、雲南の少数民族の人々の顔に、日本人に似た懐かしさを覚えることがある。なお、雲南省は四川省の南に隣接している。
今日は、申京淑(신경숙)と津島佑子の対談「文学に見る家族」がある。文学論に深くないので、今回の一番の目的は、申京淑がどんな感じの人かを見るためだ。
彼女は、親しみやすく、穏やかに笑いをまじえながら話す。一言でいえば、気さくな感じがする。とはいえ、対談のなかでこたえる彼女の言葉は明晰で、現代人を、家族を、作品中の登場人物を語った。だから、時代のなかの喪失感であり、家族探しであり、家族の再構築が語り合われた。話題の中心に、彼女の最新の「母をお願い(엄마를 부탁해)」(日本語翻訳版:集英社)が置かれた。
そして、津島佑子の言葉には、申京淑に対する「お姉さん」の眼差しが感じられた。
(本ブログ関連:" J物語"、"浮石寺へ"、"離れ部屋"、"いま、私たちの隣りに誰がいるのか")
ところで、イ・ソンヒと申京淑(シン・ギョンスク)は同じ世代である。
・申京淑は1963年に、イ・ソンヒは1964年に生まれている。
・イ・ソンヒは1984年に江辺歌謡祭で「Jへ」を歌い、申京淑は1985年に短編「冬の寓話(겨울우화)」でデビューした。
・2002年に、申京淑は、「J物語(J이야기)」を発表した。
・今年、申京淑の「母をお願い」がアメリカで出版され、イ・ソンヒはカーネギーホールでコンサートをおこなった。
そして、イ・ソンヒと申京淑は、ともに気さくな話し方をする。
(追記)
素人ながら気になるのは、集英社が、すでに「母-オモニ-」(姜尚中)を出版していたので、同社としては、申京淑の作品タイトルを「オンマをお願い」ではなく、「母をお願い」にしたのだろうか。それから、装丁(写真、レイアウト、色彩)について、初めて文庫本を見たとき思わず息が止まってしまった。
(付記)
フォーラムが始まる前に、赤坂三丁目駅近くにある「雲南米線」という中華料理店で、昼食に「マーラー米線」をとる。四川料理のマーボ豆腐に似た味付けで、真っ赤なヒリヒリしたスープに、半透明の柔らかい米線(米で作ったヌードル)が入っている。食べ初めて一時食がひるむが、やがて独特な香料にもなじんでくる。汗を出しながら、無事に!食べきる。癖になりそうだ。
テレビなどに見る、雲南の少数民族の人々の顔に、日本人に似た懐かしさを覚えることがある。なお、雲南省は四川省の南に隣接している。
2011年10月19日水曜日
イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」
SBS歌謡ショー「イ・ソンヒと友人達」で、イ・ソンヒが番組の最後に歌う「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」(歌詞:1988年)の映像がYoutubeに登録されている。以前、同番組で、「私の街(나의 거리)」(歌詞:1989年)を歌うものも本ブログにエンベッドしたが、この番組での彼女の姿はとても良い。
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「私の街」")
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「私の街」")
2011年10月18日火曜日
孫たちと公園散歩
先日、孫たちと一緒に吉祥寺に行ったのが火曜日(9/6)、今日の火曜日に、また孫たちと一緒に吉祥寺に出かける。伊勢丹跡の複合商業施設「コピス吉祥寺」で、孫たちの冬服選びのお供をする。孫(お兄ちゃん)はなぜか、オオカミ帽子が気に入ってずっと被っていた。孫娘(妹)は、さすがに女の子、可愛い服はどれも皆よく似合う。つまり、孫娘はとても可愛いのだ。
井の頭公園の野外舞台前の広場で、孫と一緒に階段を上ったり下りたりして遊んだときはまだよかったが、公園池の七井橋を渡り、井の頭自然文化園(分園)で走り廻って遊んだ頃には、だんだんと疲れが出てきた。そして、本園に着いたとき、とうとうギブアップした。追いかけっこで捕まえたときに、抱っこしたりしたのがいけなかったのか、無理がきかなくなった。
孫と遊ぶのは疲れる。だから、孫に言ってみた。「お前は、どうして、疲れないんだい?」ってね。孫は何も答えてくれない。
でもねえ、そんな元気な孫たちも、別れ際には、孫は父親に、孫娘は母親に抱かれて寝入っていた。ああ、また可愛くなる。
(本ブログ関連:"孫と買い物")
(追記:帰宅後すぐに目覚めた孫は、お腹がすいたと親をせかして急いで夕飯を用意させた)
★★★★★ 孫が、目覚めてすぐの夕飯を前に、得意そうに食事椅子に座っている写真が届いた ★★★★★
井の頭公園の野外舞台前の広場で、孫と一緒に階段を上ったり下りたりして遊んだときはまだよかったが、公園池の七井橋を渡り、井の頭自然文化園(分園)で走り廻って遊んだ頃には、だんだんと疲れが出てきた。そして、本園に着いたとき、とうとうギブアップした。追いかけっこで捕まえたときに、抱っこしたりしたのがいけなかったのか、無理がきかなくなった。
孫と遊ぶのは疲れる。だから、孫に言ってみた。「お前は、どうして、疲れないんだい?」ってね。孫は何も答えてくれない。
でもねえ、そんな元気な孫たちも、別れ際には、孫は父親に、孫娘は母親に抱かれて寝入っていた。ああ、また可愛くなる。
(本ブログ関連:"孫と買い物")
(追記:帰宅後すぐに目覚めた孫は、お腹がすいたと親をせかして急いで夕飯を用意させた)
★★★★★ 孫が、目覚めてすぐの夕飯を前に、得意そうに食事椅子に座っている写真が届いた ★★★★★
2011年10月17日月曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 巫俗音楽
KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/12)に、「韓国のシャーマニズム、または民間信仰などといわれている巫俗(ふぞく:무속)で、お祓いをする際に演奏される(韓国各地に伝えられている)音楽、巫俗音楽」が紹介された。
韓国らしさを知るために、「巫俗」はある意味、文化人類学的な意味合いも含めて必須な知識かもしれない。韓国文化院で、実際に巫俗(済州島のケース)の儀式のひとこまを見る機会があった。今回の放送も加えて、膠着語が通底する古アジアの世界が少しでも理解できればと願っている。
・「巫俗」について、まさにシャーマニズムの要件でもある次の説明があった。
-現在では、多少否定的に使われることもあるが、古代から伝えられてきた、韓国固有の信仰
-天と地の間に存在するあらゆる物に神が宿っていると信じる
-二十四節気ごとに村の守護神や家の神を祀った霊廟で法事を行ったりする
-また体の調子が悪い時や、家によくないことが続く場合などは、巫俗をつかさどるムーダン(巫堂、무당、すなわち"シャーマン")を訪ねて、クッ(굿)といわれるお祓い(祭儀)を受けたりする
▼キム・デレによる<珍島>で亡くなった人の魂を讃えるシッキム・グッの中から「ホンマジ・シッキム・グッ(혼맞이 씻김굿 )」を聴く。亡者の想いを重ね解くように極楽往生を願い歌うように聞こえる。(1980年に重要無形文化財第72号に指定されているとのこと)
▼イ・サンスンによる、<ソウル>に伝わる巫俗音楽の、ソウル・クッの中から「マルミコリ(말미거리)」を聴く。珍島のものに比べると、明るく軽快で鈴の音が効果的に滲み入る。ところで、"バリ王女"の伝説を聞き、ふと浮かんだのはリア王のコーディリア・・・でも悲劇に終わることもなくて・・・。
(ところで、「マルミコリ」について、インターネットによい資料が見当たらない・・・)
・「江原道のコソンから釜山のトンネ地方に至る、太白(テベク)山脈(大幹)の東側にあたる地方に残る」、祭儀と別に共同体の祭事として「平安のために行われる」クッが紹介された。
▼キム・ソクチュルによる東海岸別神グッ(동해안별신굿)の中から「セジョン・クッ(세존굿)」を聴く。激しく転回するリズム、軽快に、そしてちょっと野生的に進む。
(「セジョン・クッ」についても、インターネットによい資料が見当たらない・・・)
巫俗から、巫俗音楽だけを音楽として切り取って聴くものではなく、身近に庶民の生活を想うべきものだろう・・・けれど、地域や伝承によって多様であることを知った。初源的で一番魅力を感じる。
★★★★★ 孫娘が、赤い着物に赤い髪飾りして、優しい笑みを浮かべた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、それでも赤ちゃんの口元して、ゆっくりお休みしている写真も届いた ★★★★★
(明日は、孫たちに会う予定。)
韓国らしさを知るために、「巫俗」はある意味、文化人類学的な意味合いも含めて必須な知識かもしれない。韓国文化院で、実際に巫俗(済州島のケース)の儀式のひとこまを見る機会があった。今回の放送も加えて、膠着語が通底する古アジアの世界が少しでも理解できればと願っている。
・「巫俗」について、まさにシャーマニズムの要件でもある次の説明があった。
-現在では、多少否定的に使われることもあるが、古代から伝えられてきた、韓国固有の信仰
-天と地の間に存在するあらゆる物に神が宿っていると信じる
-二十四節気ごとに村の守護神や家の神を祀った霊廟で法事を行ったりする
-また体の調子が悪い時や、家によくないことが続く場合などは、巫俗をつかさどるムーダン(巫堂、무당、すなわち"シャーマン")を訪ねて、クッ(굿)といわれるお祓い(祭儀)を受けたりする
▼キム・デレによる<珍島>で亡くなった人の魂を讃えるシッキム・グッの中から「ホンマジ・シッキム・グッ(혼맞이 씻김굿 )」を聴く。亡者の想いを重ね解くように極楽往生を願い歌うように聞こえる。(1980年に重要無形文化財第72号に指定されているとのこと)
▼イ・サンスンによる、<ソウル>に伝わる巫俗音楽の、ソウル・クッの中から「マルミコリ(말미거리)」を聴く。珍島のものに比べると、明るく軽快で鈴の音が効果的に滲み入る。ところで、"バリ王女"の伝説を聞き、ふと浮かんだのはリア王のコーディリア・・・でも悲劇に終わることもなくて・・・。
(ところで、「マルミコリ」について、インターネットによい資料が見当たらない・・・)
・「江原道のコソンから釜山のトンネ地方に至る、太白(テベク)山脈(大幹)の東側にあたる地方に残る」、祭儀と別に共同体の祭事として「平安のために行われる」クッが紹介された。
▼キム・ソクチュルによる東海岸別神グッ(동해안별신굿)の中から「セジョン・クッ(세존굿)」を聴く。激しく転回するリズム、軽快に、そしてちょっと野生的に進む。
(「セジョン・クッ」についても、インターネットによい資料が見当たらない・・・)
巫俗から、巫俗音楽だけを音楽として切り取って聴くものではなく、身近に庶民の生活を想うべきものだろう・・・けれど、地域や伝承によって多様であることを知った。初源的で一番魅力を感じる。
★★★★★ 孫娘が、赤い着物に赤い髪飾りして、優しい笑みを浮かべた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、それでも赤ちゃんの口元して、ゆっくりお休みしている写真も届いた ★★★★★
(明日は、孫たちに会う予定。)
2011年10月16日日曜日
ジリオラ・チンクエッティ 「雨」
この時期に降る長雨を、秋霖といえば詩情があってよいけれど、台風に重ならないことを祈るだけ。
ところで、先日、机上鉱物採集させていただいた石仲間は、ジリオラ・チンクエッティ(Gigliola Cinquetti)のファンとのこと。彼女の代表曲に「雨(La pioggia)」(1969年)がある。昨日からの雨の話題をひきずっているわけだが、曲の軽快さに合って、彼女の明るい歌声のおかげで、雨の鬱陶しさをこれっぽっちも感じない。秋が雨期だそうだが、イタリアの雨ってこんなのかな・・・。
そうそう、ジリオラ・チンクエッティが愛らしく可憐な16歳の時に、「夢みる想い(non ho l'età)」(1964年)を歌ってサンレモ音楽祭で優勝した、まさにこの年に、イ・ソンヒが誕生している。
(Youtubeに登録のKeisEcho、ewjvideoに感謝)
(孫たちは幸い天気に恵まれて、羽村の動物園に行った)
★★★★★ 孫が、額の髪を汗でぬらして、白バイや消防の遊具で遊んでいる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、日陰にでんと座り、お兄ちゃんの遊ぶ姿をながめている写真が届いた ★★★★★
ところで、先日、机上鉱物採集させていただいた石仲間は、ジリオラ・チンクエッティ(Gigliola Cinquetti)のファンとのこと。彼女の代表曲に「雨(La pioggia)」(1969年)がある。昨日からの雨の話題をひきずっているわけだが、曲の軽快さに合って、彼女の明るい歌声のおかげで、雨の鬱陶しさをこれっぽっちも感じない。秋が雨期だそうだが、イタリアの雨ってこんなのかな・・・。
そうそう、ジリオラ・チンクエッティが愛らしく可憐な16歳の時に、「夢みる想い(non ho l'età)」(1964年)を歌ってサンレモ音楽祭で優勝した、まさにこの年に、イ・ソンヒが誕生している。
(Youtubeに登録のKeisEcho、ewjvideoに感謝)
(孫たちは幸い天気に恵まれて、羽村の動物園に行った)
★★★★★ 孫が、額の髪を汗でぬらして、白バイや消防の遊具で遊んでいる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、日陰にでんと座り、お兄ちゃんの遊ぶ姿をながめている写真が届いた ★★★★★
2011年10月15日土曜日
雨の歌
埼玉県の県道210号線から秩父鉱山に分岐する地点で、中津川の川原に降りて鉱物採集をする予定だったが、今日明日の雨模様から延期しようと、いつもお世話になっているxаякава氏から連絡があった。残念な雨だが、今月末にも鉱物の会で、秩父鉱山の石灰沢で採集会もあることなので・・・。
ところで昨日の韓国語教室で、雨について話題になったとき、韓国の人々から見れば、雨はザッと降ってサッと上がるもので、しとしと降り続く日本の雨とだいぶ趣が違うようだ。だから、雨に対してロマンチックな想い入れがあるという。
雨にちなんだ80年代の歌について、先生方からペタラギ(배따라기)の「雨と湯飲み茶碗の間(비와 찻잔 사이)」(歌詞)が紹介されたので、わたしはイ・ウンハ(이은하:イ・ウナ)の「春雨(봄비)」(歌詞)をあげたところ、先生はそれを見事に歌ってしまわれた。参りました。
そういえば、5月に世宗文化会館で催されたイ・ソンヒの「2011イ・ソンヒ『五月の陽射し』コンサート」にゲスト出演したキム・ボムニョン(김범룡)が、「冬雨は降って(겨울비는 내리고) 」(歌詞)を歌っていたのを思い出す。
(Youtubeに登録のleesang4388、momo86ist、013picに感謝)
(本ブログ関連:"ペタラギ"、"イ・ウンハ"、"キム・ボムニョン")
ところで昨日の韓国語教室で、雨について話題になったとき、韓国の人々から見れば、雨はザッと降ってサッと上がるもので、しとしと降り続く日本の雨とだいぶ趣が違うようだ。だから、雨に対してロマンチックな想い入れがあるという。
雨にちなんだ80年代の歌について、先生方からペタラギ(배따라기)の「雨と湯飲み茶碗の間(비와 찻잔 사이)」(歌詞)が紹介されたので、わたしはイ・ウンハ(이은하:イ・ウナ)の「春雨(봄비)」(歌詞)をあげたところ、先生はそれを見事に歌ってしまわれた。参りました。
そういえば、5月に世宗文化会館で催されたイ・ソンヒの「2011イ・ソンヒ『五月の陽射し』コンサート」にゲスト出演したキム・ボムニョン(김범룡)が、「冬雨は降って(겨울비는 내리고) 」(歌詞)を歌っていたのを思い出す。
(Youtubeに登録のleesang4388、momo86ist、013picに感謝)
(本ブログ関連:"ペタラギ"、"イ・ウンハ"、"キム・ボムニョン")
2011年10月14日金曜日
視聴率は<偉誕2>、話題性は<SSK3>
ハンギョレ新聞の記事「視聴率は<偉誕2>、話題性は<SSK3>」(10/13)は、代表的な両オーディション番組の視聴率状況を次のように報じている。ちなみに、イ・ソンヒは、<偉誕2>すなわち「偉大なる誕生2」にメンター(審査者・指導者)として参加している。
・代表的な歌オーディション番組「偉大なる誕生2」(<偉誕2>文化放送MBS(金)夜9時55分)と、「スーパースターK3」(<SSK3>Mnet(金)夜11時)が、同日1時間の差を置いて放送され、両番組の「成績表」への関心が熱い。
・まず、視聴率の面では<偉誕2>が先行する。<偉誕2>は平均視聴率14.6%(AGBニールセンメディア)で、9.5%である<SSK3>を上回っている。← 視聴率調査日は先週10/7か?
・しかし、話題性の面で、体感温度は<SSK3>がはるかに高い。
・<SSK3>は参加者の事情に集中すれば、<偉誕2>は審査員の言動が話題を集める。<SSK3>は、シーズン1、2のように参加者の人生に光をあてて"キャラクター"を付与し、視聴者たちが没頭できるように誘導する。
・<偉誕2>は、シーズン1のように、相変らず参加者よりも審査員がさらに引き立って見える。
・しかし、「<SSK3>が"キャラクター"と"物語り"をこしらえる過程で、刺激的な編集をするため、見苦るしくて、気楽に鑑賞できる<偉誕2>を見る」という視聴者もかなり多い。
以上の結果、両番組の差異は、地上波とケーブルテレビの特性が生み出したものだろうか・・・。視聴者の属性(年齢・性別・職業など)もどうなのだろう。
★★★★★ 孫娘が、はいはい姿のまま、ニッコリと見上げている写真が届いた ★★★★★
・代表的な歌オーディション番組「偉大なる誕生2」(<偉誕2>文化放送MBS(金)夜9時55分)と、「スーパースターK3」(<SSK3>Mnet(金)夜11時)が、同日1時間の差を置いて放送され、両番組の「成績表」への関心が熱い。
・まず、視聴率の面では<偉誕2>が先行する。<偉誕2>は平均視聴率14.6%(AGBニールセンメディア)で、9.5%である<SSK3>を上回っている。← 視聴率調査日は先週10/7か?
・しかし、話題性の面で、体感温度は<SSK3>がはるかに高い。
・<SSK3>は参加者の事情に集中すれば、<偉誕2>は審査員の言動が話題を集める。<SSK3>は、シーズン1、2のように参加者の人生に光をあてて"キャラクター"を付与し、視聴者たちが没頭できるように誘導する。
・<偉誕2>は、シーズン1のように、相変らず参加者よりも審査員がさらに引き立って見える。
・しかし、「<SSK3>が"キャラクター"と"物語り"をこしらえる過程で、刺激的な編集をするため、見苦るしくて、気楽に鑑賞できる<偉誕2>を見る」という視聴者もかなり多い。
以上の結果、両番組の差異は、地上波とケーブルテレビの特性が生み出したものだろうか・・・。視聴者の属性(年齢・性別・職業など)もどうなのだろう。
★★★★★ 孫娘が、はいはい姿のまま、ニッコリと見上げている写真が届いた ★★★★★
2011年10月13日木曜日
世田谷区の放射能汚染の顛末
昨日、世田谷区で測定された高線量の放射性物質の発生源が次のように判明した。
<TBSニュース>
・現地を訪れた首都大学東京の福士政広教授によれば、原因は福島第一原発事故以外にあるのではないかとの見解で、「9割以上の確率で(原発からあまり出てこない)ラジウム226の核種が同定されている」。
<毎日jp(10月13日 21時27分)【黒田阿紗子、川崎桂吾、吉住遊、橋本利昭】>
・東京都世田谷区弦巻の区道から毎時3.35マイクロシーベルトの高い放射線量が検出された問題は、東京電力福島第1原発の事故とは無関係とみられることが分かった。保坂展人区長が13日に記者会見し、区道に面した住宅の床下から見つかったガラス瓶が発生源と発表した。通報を受けた文部科学省原子力安全課はガラス瓶の中に何らかの放射性物質が入っているとみて調べている。一方、東京都北区の小学校と千葉県船橋市の公園でも毎時1マイクロシーベルトを超える放射線量を測定した。
ともあれ、上記(東京都北区の小学校と千葉県船橋市の公園など)の通り、自然濃縮によるホットスポットが各地に出現している。市民先行の測定結果を、自治体が追測定する形になっている。
<TBSニュース>
・現地を訪れた首都大学東京の福士政広教授によれば、原因は福島第一原発事故以外にあるのではないかとの見解で、「9割以上の確率で(原発からあまり出てこない)ラジウム226の核種が同定されている」。
<毎日jp(10月13日 21時27分)【黒田阿紗子、川崎桂吾、吉住遊、橋本利昭】>
・東京都世田谷区弦巻の区道から毎時3.35マイクロシーベルトの高い放射線量が検出された問題は、東京電力福島第1原発の事故とは無関係とみられることが分かった。保坂展人区長が13日に記者会見し、区道に面した住宅の床下から見つかったガラス瓶が発生源と発表した。通報を受けた文部科学省原子力安全課はガラス瓶の中に何らかの放射性物質が入っているとみて調べている。一方、東京都北区の小学校と千葉県船橋市の公園でも毎時1マイクロシーベルトを超える放射線量を測定した。
ともあれ、上記(東京都北区の小学校と千葉県船橋市の公園など)の通り、自然濃縮によるホットスポットが各地に出現している。市民先行の測定結果を、自治体が追測定する形になっている。
フルート教室
いよいよ今日から4ヶ月間だが、フルート製作会社の新宿教室で、「大人のための『体験グループレッスン』」に通うことになった。立派な体躯のN先生のフルートから流れる力強い響きに驚嘆する。ああ、及びもしない(当たり前だ)が、これから他の受講生の皆さんと一緒に楽しく学ばせてもらうことにしよう。
この期間、EXモデルのフルートを貸与してもらう。入門に位置づけられるモデルだが、楽しみだけで気軽に購入できる価格帯のものではないのだから・・・頑張ってみよう。
ところで、教室訪問前のわずかな時間に、近くのタリーズコーヒーで蓋付きのままコーヒーを飲んだところ、熱くて上唇を火傷してしまった。プロの演奏家は、こんな真似を絶対することはないでしょう・・・要領の悪さを痛感する。
(昨日、孫達は穏やかな一日、熱海と伊東に家族旅行した)
★★★★★ 孫が、遊覧船に乗って父親と一緒に、飛んでくるカモメにえさをあげる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、父親に大事に抱きかかえられながらも、存在感たっぷりの写真が届いた ★★★★★
この期間、EXモデルのフルートを貸与してもらう。入門に位置づけられるモデルだが、楽しみだけで気軽に購入できる価格帯のものではないのだから・・・頑張ってみよう。
ところで、教室訪問前のわずかな時間に、近くのタリーズコーヒーで蓋付きのままコーヒーを飲んだところ、熱くて上唇を火傷してしまった。プロの演奏家は、こんな真似を絶対することはないでしょう・・・要領の悪さを痛感する。
(昨日、孫達は穏やかな一日、熱海と伊東に家族旅行した)
★★★★★ 孫が、遊覧船に乗って父親と一緒に、飛んでくるカモメにえさをあげる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、父親に大事に抱きかかえられながらも、存在感たっぷりの写真が届いた ★★★★★
放射能汚染場所
放射能汚染マップを見ると、(均一な微粒子の放射性物質が風に乗って薄まりながら)面状に満遍なく汚染するように思ってしまうが、スポットに集中して強く汚染することがある。
昨日の各メディアが報じたように、世田谷区の一ヶ所で、「1時間あたり約2.7マイクロシーベルトの高い放射線量が検出」されている。高い放射線量になったメカニズムを知りたい。
<読売ONLINE(10月12日21時33分)>
・区では、東京電力福島第一原発事故で放出された放射性物質が雨水で運ばれ蓄積された可能性があるとしている。
<テレ朝News(10/12 22:06)>
・高い放射線量が検出されたのは、世田谷区弦巻の歩道です。住民からの情報を受け、区が4日に付近の27カ所を測定したところ、そのうちの1カ所から1時間あたり約2.7マイクロシーベルトの放射線量が検出されました。計画的避難区域に指定されている福島県の飯館村役場では12日、1時間あたり約2.1マイクロシーベルトの線量が検出されていますが、それよりも高い数値です。
<msn産経ニュース(10.12 22:55)>
・区によると、高い線量が確認された地点は弦巻5丁目の区道で、民家の雨どいや樹木から流れる雨水がたまる場所という。 /今月3日に区民グループから情報提供があり、翌4日に区職員が計測した。土壌に水をかけて清浄し、6日に再計測したところ、同じ値を示した。
<Asahi.com(10月12日23時0分)>
・毎日8時間を外で、残りを木造家屋で過ごしたと仮定して計算すると、年間被曝(ひばく)量は14.2ミリシーベルトとなり、国が避難を促す目安としている20ミリシーベルトよりは低い。
<子どもを守ろう SAVE CHILD(10/12)>
・世田谷区議会議員(「みんなの党」所属)の田中優子さんの10月5日のツイートです。これを読むと世田谷区弦巻のこの場所でスポット的なもの(全体ではない)とは思いますが、1時間あたり4.699マイクロシーベルトだったようですね。この報告を受けて翌日に世田谷区が高圧の洗浄器を使って歩道部分の洗浄を行った後に測定した数値が1時間あたり2.707マイクロシーベルトだったようですね。恐ろしく高い数値です。
<毎日jp(10月13日1時33分)>
・区環境保全課によると、区民が3日、区道の歩道部分を簡易測定器で測定し「放射線量が高いようだ」と報告。区が圧力洗浄した後、6日に9カ所を測定したところ、0.08~2.70マイクロシーベルトを検出した。地上5センチ、50センチ、1メートルの3段階で5回測定し、その平均値を出した。
昨日の各メディアが報じたように、世田谷区の一ヶ所で、「1時間あたり約2.7マイクロシーベルトの高い放射線量が検出」されている。高い放射線量になったメカニズムを知りたい。
<読売ONLINE(10月12日21時33分)>
・区では、東京電力福島第一原発事故で放出された放射性物質が雨水で運ばれ蓄積された可能性があるとしている。
<テレ朝News(10/12 22:06)>
・高い放射線量が検出されたのは、世田谷区弦巻の歩道です。住民からの情報を受け、区が4日に付近の27カ所を測定したところ、そのうちの1カ所から1時間あたり約2.7マイクロシーベルトの放射線量が検出されました。計画的避難区域に指定されている福島県の飯館村役場では12日、1時間あたり約2.1マイクロシーベルトの線量が検出されていますが、それよりも高い数値です。
<msn産経ニュース(10.12 22:55)>
・区によると、高い線量が確認された地点は弦巻5丁目の区道で、民家の雨どいや樹木から流れる雨水がたまる場所という。 /今月3日に区民グループから情報提供があり、翌4日に区職員が計測した。土壌に水をかけて清浄し、6日に再計測したところ、同じ値を示した。
<Asahi.com(10月12日23時0分)>
・毎日8時間を外で、残りを木造家屋で過ごしたと仮定して計算すると、年間被曝(ひばく)量は14.2ミリシーベルトとなり、国が避難を促す目安としている20ミリシーベルトよりは低い。
<子どもを守ろう SAVE CHILD(10/12)>
・世田谷区議会議員(「みんなの党」所属)の田中優子さんの10月5日のツイートです。これを読むと世田谷区弦巻のこの場所でスポット的なもの(全体ではない)とは思いますが、1時間あたり4.699マイクロシーベルトだったようですね。この報告を受けて翌日に世田谷区が高圧の洗浄器を使って歩道部分の洗浄を行った後に測定した数値が1時間あたり2.707マイクロシーベルトだったようですね。恐ろしく高い数値です。
<毎日jp(10月13日1時33分)>
・区環境保全課によると、区民が3日、区道の歩道部分を簡易測定器で測定し「放射線量が高いようだ」と報告。区が圧力洗浄した後、6日に9カ所を測定したところ、0.08~2.70マイクロシーベルトを検出した。地上5センチ、50センチ、1メートルの3段階で5回測定し、その平均値を出した。
2011年10月12日水曜日
イ・ソンヒの「大物」OST
2011年10月11日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 祭礼音楽
KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/5)に、「朝鮮時代から現在まで守り伝えられてきた音楽、(王室と庶民の)祭礼音楽」が紹介された。
<王室の祭礼音楽>
・ソウルの中心にある、朝鮮時代歴代の王と王妃の位牌が祀られている霊廟で、毎年5月の第一日曜日に大々的に開かれる祭礼の祭祀(제사)を宗廟祭礼(종묘 제례)、演奏される音楽を宗廟祭礼楽(종묘 제례악)という、とのこと。
▼国立国楽院、正楽団による宗廟祭礼楽の中から「保太平(보태평)」を聴く。明るめな響きにおやっという感じがして、歌まで聞こえる。踊りもあるようなので、見てみたい気がする。
(インターネットで宗廟の建造物、遺物の映像を見て、そうか儒教の景観なんだと気付く。)
・宗廟祭礼楽は、上記の保太平(歴代王たちの学問や徳を賛える)と、定大業(정대업:武功、つまり軍事に関する功績を賛える)の2つの楽章からなっている、とのこと。
▼国立国楽院、正楽団による宗廟祭礼楽の中から武功を賛える「定大業」を聴く。芯の太い重量感がする。
・(世宗大王の命による)宗廟祭礼楽は、韓国の伝統音楽の中でも最も重要な文化遺産で、1964年には、国の重要無形文化財、第1号に登録され、また、2001年には 宗廟祭礼と共にユネスコの世界無形遺産にも指定された、とのこと。
<庶民の祭礼音楽>
・庶民の祭礼として、亡くなった人を偲び、仏教にしたがい最後の日、49日目に開く祭礼を霊山斎(영산재)といい、仏教声楽曲の梵唄(범패)と楽器演奏、そして僧侶らの踊りで構成される盛大な儀式である、と紹介された。
・特に儀式の終盤、この内容を韓国語で簡単に歌う和唱(화청、和請)がある、と紹介された。
▼ソンアム僧侶による霊山斎で歌われる梵唄の中から「祝願和請(축원화청)」を聴く。庶民に身近にして耳に馴染む。
・霊山斎は、1973年に重要無形文化財の第50号に指定され、さらに2009年にはユネスコ人類にの無形遺産に登録されている、とのこと。
この霊山斎は、太古宗(태고종)の仏教儀式としてとりおこなわれ、仏教音楽の梵唄については、イ・ソンヒの父親が指導者であったと知られている。太古宗本山の奉元寺(봉원사)を訪ねたことがある。
ところで、曹渓宗(조계종)も霊山斎に取り組むといったニュースを見たことがあるが・・・。
(本ブログ関連;"太古宗"、"梵唄")
<王室の祭礼音楽>
・ソウルの中心にある、朝鮮時代歴代の王と王妃の位牌が祀られている霊廟で、毎年5月の第一日曜日に大々的に開かれる祭礼の祭祀(제사)を宗廟祭礼(종묘 제례)、演奏される音楽を宗廟祭礼楽(종묘 제례악)という、とのこと。
▼国立国楽院、正楽団による宗廟祭礼楽の中から「保太平(보태평)」を聴く。明るめな響きにおやっという感じがして、歌まで聞こえる。踊りもあるようなので、見てみたい気がする。
(インターネットで宗廟の建造物、遺物の映像を見て、そうか儒教の景観なんだと気付く。)
・宗廟祭礼楽は、上記の保太平(歴代王たちの学問や徳を賛える)と、定大業(정대업:武功、つまり軍事に関する功績を賛える)の2つの楽章からなっている、とのこと。
▼国立国楽院、正楽団による宗廟祭礼楽の中から武功を賛える「定大業」を聴く。芯の太い重量感がする。
・(世宗大王の命による)宗廟祭礼楽は、韓国の伝統音楽の中でも最も重要な文化遺産で、1964年には、国の重要無形文化財、第1号に登録され、また、2001年には 宗廟祭礼と共にユネスコの世界無形遺産にも指定された、とのこと。
<庶民の祭礼音楽>
・庶民の祭礼として、亡くなった人を偲び、仏教にしたがい最後の日、49日目に開く祭礼を霊山斎(영산재)といい、仏教声楽曲の梵唄(범패)と楽器演奏、そして僧侶らの踊りで構成される盛大な儀式である、と紹介された。
・特に儀式の終盤、この内容を韓国語で簡単に歌う和唱(화청、和請)がある、と紹介された。
▼ソンアム僧侶による霊山斎で歌われる梵唄の中から「祝願和請(축원화청)」を聴く。庶民に身近にして耳に馴染む。
・霊山斎は、1973年に重要無形文化財の第50号に指定され、さらに2009年にはユネスコ人類にの無形遺産に登録されている、とのこと。
この霊山斎は、太古宗(태고종)の仏教儀式としてとりおこなわれ、仏教音楽の梵唄については、イ・ソンヒの父親が指導者であったと知られている。太古宗本山の奉元寺(봉원사)を訪ねたことがある。
ところで、曹渓宗(조계종)も霊山斎に取り組むといったニュースを見たことがあるが・・・。
(本ブログ関連;"太古宗"、"梵唄")
2011年10月10日月曜日
「カンホンの歌手列伝」 イ・ソンヒ
東亜日報(donga.com)の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(10/10)には、大衆音楽評論家のカンホンが言葉をたくみに駆使して、イ・ソンヒの全貌を次のようにまとめている。
・(発声が)爆発的であると同時に魅力あふれる叙情性を兼ね備えた、当代のボーカリスト、イ・ソンヒは、1984年の江辺歌謡祭に「Jへ」でシンデレラの夢をかなえた後、2005年に13番目の正規アルバム「四春期」(現在14集「愛よ...(사랑아)」:2009年)に至るまで、チョー・ヨンピルの対称点に立って、韓国の主流大衆音楽の栄光を謳歌してきた。「思い出のページをめくれば」が収録された6集(1990年)を境に絶頂期を過ぎたというが、彼女が1990年代と2000年代に発表した7枚のアルバムは、"スター"イ・ソンヒから"音楽家"イ・ソンヒに成熟して行く意味深い足取りの片鱗を惜しみなく見せる。
・チョー・ヨンピルとキム・ヒョンシク、そしてイ・ムンセがそうであったように、イ・ソンヒに1980年代は絶頂の時代であった。・・・若い女性ミュージシャンを輩出した音楽の登竜門だった江辺歌謡祭が、やぼったいパーマ頭で背の低い(しかし大賞を受賞した)ボーカリストに驚きを禁じえない視線を送った1984年のその年に、イ・ソンヒは、すぐに頂上圏のスーパースターへと急上昇する。
・作曲家ソン・ジュホが全曲を担当し、「ああ!昔よ」と「葛藤」のようなヒット曲を放った彼女のソロ・デビューアルバムは、・・・若さの躍動とさっぱりしたテンポがいきいきする、当時の10代の感情を端的に代弁するアルバムに浮上した。
・「お姉さん部隊」と呼ばれた10代の受容層が、韓国の大衆音楽市場のヘゲモニーを掌握していった1980年代半ばに、少女ファンたちからの持続的な熱狂を受けることができたほぼ唯一無二の存在だったイ・ソンヒの武器は、平凡で身近な隣のお姉さんのようなボーイッシュなイメージの中に潜んでいるカリスマ濃厚なボーカルだった。1986年が暮れていった冬に発表した3集と、2年後の四番目のアルバムは、解放感とほのかな懐かしさを同時に描写することができるイ・ソンヒのボーカルの圧倒的な余韻をそのまま見せてくれる、彼女の初期の決定版だ。彼女は伝統的に韓国の女性ヴォーカリストたちが駆使してきた豊かな感情移入の歌唱法をもとに、バラードへ躍動する新しい時代の息吹を吹き込んだし、「ヨン」と「美しい江山」のリメークで示したように、ビートのあるロックンロールのシャウティング唱法まで効果的に駆使する。
・作詞作曲の名コンビであるヤン・インジャ - キム・ヒガプによって誕生した、「分かりたいです」という無駄のない簡潔な楽譜の行間で、幼い淑女が少女漫画のように抱いていた切ない感情をこのように切実に訴えるボーカルは、その前後(の時代)に見つけるのは難しいだろう。このパターンは、洗練された音楽のドラマツルギー(Dramaturgie、劇的構成法)を持つ「愛が散るこの場所」と「私はいつもあなたを」などの名曲を作曲したソン・シヒョンをともなって、絶頂の花を咲かせる。
・イ・ソンヒのボーカルは、暖かいながらも、強靭な女性のエネルギーを抱いており、西欧的な発声の中でも、東洋的な静寂美が流れる。彼女のディスコグラフィーで最も挑戦的だった8集でキム・ヨンドンの「小船」や「ハンネの別れ」をリメイクしたファン・チョンウォンの詩にキム・ヨンドンが曲を付けた「あなたに会いたい時は」や、キム・ジハの詩の「あるおばあちゃんの極楽」、そしてどのような愛の歌よりも美しく、親しみやすい「いつも愛してる」を歌った時のイ・ソンヒは、ブラウン管とコンサートのスーパースターの枠組みから抜け出して、より深く広い音楽の世界に飛翔する。
・イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。
・イソンヒ、彼女は歌手だ。いつかインタビューで言ったように、彼女は専門的な音楽人になる遥か前から、話よりも歌を通じて歌を歌って自分を表現し伝達することがより楽だと思っていたような人だ。彼女は言った。「同じ歌を歌っても、私には何か悲しい力のようなものがあった。」 かすかだが強力な悲しみの力。それがイ・ソンヒ音楽の要約だ。
イ・ソンヒの写真解説:
デビュー時からカリスマと柔らかさを同時に抱えたイ・ソンヒは、1980年代の"お姉さん部隊'を導いた、ほぼ唯一の歌手であった。彼女の声は、暖かいながらも、強靭なエネルギーが感じられるという評価を聞く。 東亜日報DB
(追記)
山中湖の湖畔南東側で地震が発生した。気象庁発表の【震源・震度に関する情報】(平成23年10月10日3時4分)によれば次の通り。(なんと、富士山の麓だ!)
------------------------------------------------------------------------
きょう10日03時00分ころ地震がありました。
震源地は、山梨県東部・富士五湖(北緯35.4度、統計138.9度)で、震源の深さは約10km、
地震の規模(マグニチュード)は3.3と推定されます。
[震度3以上が観測された地域] 震度3 山梨県東部・富士五湖
[震度3以上が観測された市町村] 震度3 山中湖村
この地震による津波の心配はありません。
情報第1号
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・(発声が)爆発的であると同時に魅力あふれる叙情性を兼ね備えた、当代のボーカリスト、イ・ソンヒは、1984年の江辺歌謡祭に「Jへ」でシンデレラの夢をかなえた後、2005年に13番目の正規アルバム「四春期」(現在14集「愛よ...(사랑아)」:2009年)に至るまで、チョー・ヨンピルの対称点に立って、韓国の主流大衆音楽の栄光を謳歌してきた。「思い出のページをめくれば」が収録された6集(1990年)を境に絶頂期を過ぎたというが、彼女が1990年代と2000年代に発表した7枚のアルバムは、"スター"イ・ソンヒから"音楽家"イ・ソンヒに成熟して行く意味深い足取りの片鱗を惜しみなく見せる。
・チョー・ヨンピルとキム・ヒョンシク、そしてイ・ムンセがそうであったように、イ・ソンヒに1980年代は絶頂の時代であった。・・・若い女性ミュージシャンを輩出した音楽の登竜門だった江辺歌謡祭が、やぼったいパーマ頭で背の低い(しかし大賞を受賞した)ボーカリストに驚きを禁じえない視線を送った1984年のその年に、イ・ソンヒは、すぐに頂上圏のスーパースターへと急上昇する。
・作曲家ソン・ジュホが全曲を担当し、「ああ!昔よ」と「葛藤」のようなヒット曲を放った彼女のソロ・デビューアルバムは、・・・若さの躍動とさっぱりしたテンポがいきいきする、当時の10代の感情を端的に代弁するアルバムに浮上した。
・「お姉さん部隊」と呼ばれた10代の受容層が、韓国の大衆音楽市場のヘゲモニーを掌握していった1980年代半ばに、少女ファンたちからの持続的な熱狂を受けることができたほぼ唯一無二の存在だったイ・ソンヒの武器は、平凡で身近な隣のお姉さんのようなボーイッシュなイメージの中に潜んでいるカリスマ濃厚なボーカルだった。1986年が暮れていった冬に発表した3集と、2年後の四番目のアルバムは、解放感とほのかな懐かしさを同時に描写することができるイ・ソンヒのボーカルの圧倒的な余韻をそのまま見せてくれる、彼女の初期の決定版だ。彼女は伝統的に韓国の女性ヴォーカリストたちが駆使してきた豊かな感情移入の歌唱法をもとに、バラードへ躍動する新しい時代の息吹を吹き込んだし、「ヨン」と「美しい江山」のリメークで示したように、ビートのあるロックンロールのシャウティング唱法まで効果的に駆使する。
・作詞作曲の名コンビであるヤン・インジャ - キム・ヒガプによって誕生した、「分かりたいです」という無駄のない簡潔な楽譜の行間で、幼い淑女が少女漫画のように抱いていた切ない感情をこのように切実に訴えるボーカルは、その前後(の時代)に見つけるのは難しいだろう。このパターンは、洗練された音楽のドラマツルギー(Dramaturgie、劇的構成法)を持つ「愛が散るこの場所」と「私はいつもあなたを」などの名曲を作曲したソン・シヒョンをともなって、絶頂の花を咲かせる。
・イ・ソンヒのボーカルは、暖かいながらも、強靭な女性のエネルギーを抱いており、西欧的な発声の中でも、東洋的な静寂美が流れる。彼女のディスコグラフィーで最も挑戦的だった8集でキム・ヨンドンの「小船」や「ハンネの別れ」をリメイクしたファン・チョンウォンの詩にキム・ヨンドンが曲を付けた「あなたに会いたい時は」や、キム・ジハの詩の「あるおばあちゃんの極楽」、そしてどのような愛の歌よりも美しく、親しみやすい「いつも愛してる」を歌った時のイ・ソンヒは、ブラウン管とコンサートのスーパースターの枠組みから抜け出して、より深く広い音楽の世界に飛翔する。
・イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。
・イソンヒ、彼女は歌手だ。いつかインタビューで言ったように、彼女は専門的な音楽人になる遥か前から、話よりも歌を通じて歌を歌って自分を表現し伝達することがより楽だと思っていたような人だ。彼女は言った。「同じ歌を歌っても、私には何か悲しい力のようなものがあった。」 かすかだが強力な悲しみの力。それがイ・ソンヒ音楽の要約だ。
イ・ソンヒの写真解説:
デビュー時からカリスマと柔らかさを同時に抱えたイ・ソンヒは、1980年代の"お姉さん部隊'を導いた、ほぼ唯一の歌手であった。彼女の声は、暖かいながらも、強靭なエネルギーが感じられるという評価を聞く。 東亜日報DB
(追記)
山中湖の湖畔南東側で地震が発生した。気象庁発表の【震源・震度に関する情報】(平成23年10月10日3時4分)によれば次の通り。(なんと、富士山の麓だ!)
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きょう10日03時00分ころ地震がありました。
震源地は、山梨県東部・富士五湖(北緯35.4度、統計138.9度)で、震源の深さは約10km、
地震の規模(マグニチュード)は3.3と推定されます。
[震度3以上が観測された地域] 震度3 山梨県東部・富士五湖
[震度3以上が観測された市町村] 震度3 山中湖村
この地震による津波の心配はありません。
情報第1号
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2011年10月9日日曜日
寒露 2011
今日(旧暦9/13)は、二十四節気の17番目にあたる「寒露」だ。寒露といえば、甘~い「カンロ飴」を思い出すが、ネーミングに関係があるのだろうか・・・(多分、「甘露」だろうな)
Wikipediaによれば、寒露は、旧暦8月後半~9月前の節気で、「露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き止むころ。」だそうだ。冬の到来を徐々に感じるころをいうのだろうけど、ここ数日の暖かさに、それも忘れてしまう。そういえば、好天に恵まれて、地元小学校では町内会の運動会が開かれていた。
国立駅南側の大学通りにある、たばこ専門店に行く。先日、石仲間と石談義したとき、彼がパイプで甘い香りのベルベット・レッドを吸っていた。学生時代に真似事したことを思い出し、遊び半分で入門用のパイプを購入した。たばこは、昔ながらのアンホーラ・フル・アロマテックにした。結構時間をかけて吸ってみた。久し振りの喫煙に体が・・・。
新しいことをするというより、若い頃やったことをもう一度なぞってみるに過ぎない。全く未知なことに手を出すつもりもないし。遊び半分ぐらいがちょうどよいのかもしれない。
(孫たちが、地元の田無神社のお祭りに出かけたとのメールが届いた)
★★★★★ 孫が、神社の祭りの屋台で買ってもらった仮面をつけた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、綺麗で可愛らしい真赤な飾りを頭につけている写真が届いた ★★★★★
Wikipediaによれば、寒露は、旧暦8月後半~9月前の節気で、「露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き止むころ。」だそうだ。冬の到来を徐々に感じるころをいうのだろうけど、ここ数日の暖かさに、それも忘れてしまう。そういえば、好天に恵まれて、地元小学校では町内会の運動会が開かれていた。
国立駅南側の大学通りにある、たばこ専門店に行く。先日、石仲間と石談義したとき、彼がパイプで甘い香りのベルベット・レッドを吸っていた。学生時代に真似事したことを思い出し、遊び半分で入門用のパイプを購入した。たばこは、昔ながらのアンホーラ・フル・アロマテックにした。結構時間をかけて吸ってみた。久し振りの喫煙に体が・・・。新しいことをするというより、若い頃やったことをもう一度なぞってみるに過ぎない。全く未知なことに手を出すつもりもないし。遊び半分ぐらいがちょうどよいのかもしれない。
(孫たちが、地元の田無神社のお祭りに出かけたとのメールが届いた)
★★★★★ 孫が、神社の祭りの屋台で買ってもらった仮面をつけた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、綺麗で可愛らしい真赤な飾りを頭につけている写真が届いた ★★★★★
2011年10月8日土曜日
孫と運動会
孫たちに会いたい会いたい症候群が再発して、写真を催促したところ、ちょうど孫(お兄ちゃん)の保育園の運動会が終わって帰り道だったようで、家族の写真が送られてきた。3枚の写真に映っている孫は、母親に抱かれたり、父親に抱かれたり背に乗ったりしている。つまり、歩いていないのだ。運動会で疲れたのだろうか、ちょっとうつむき加減だし。
ところで、孫娘(妹)の目には、お兄ちゃんの活躍がどのように見えたのだろうか。まだ、7ヶ月と2日だもんな、見えたのやら、見えなかったのやら・・・。わたしにしてみれば早く、孫たち二人が、一緒に草原を駆けているところを見たいものだ。
ところで、孫娘(妹)の目には、お兄ちゃんの活躍がどのように見えたのだろうか。まだ、7ヶ月と2日だもんな、見えたのやら、見えなかったのやら・・・。わたしにしてみれば早く、孫たち二人が、一緒に草原を駆けているところを見たいものだ。
2011年10月7日金曜日
東京の放射性セシウム汚染マップ
① 産経新聞(zakzak)の記事「東京・多摩地区で高濃度セシウム!“チェルノブイリ基準”上回る」 (10/7)は、福島原発事故による東京ほかの高濃度セシウム汚染について、次のように報じている。(全文掲載させていただく)
・福島第1原発事故を受け、文部科学省が県単位で公表を続ける土壌に蓄積された放射性セシウムの汚染マップ。国内で人口トップ2の東京都、神奈川県分が6日、初めて発表された。都内は葛飾区柴又などで高い数値が出たほか、多摩地区ではチェルノブイリ原発事故で「汚染地域」とされる基準を上回るなど、深刻な事態が浮き彫りとなった。
・調査によると、セシウム134と137の合計蓄積量は、東京都の大半は土壌1平方メートルあたり1万ベクレル以下だった。しかし、
奥多摩町など多摩地区で10万~30万ベクレル。
23区内では葛飾区柴又、東金町、水元公園や江戸川区北小岩の一部で3万~6万ベクレルと、周囲より高い地域があった。
神奈川県でもほとんどの地域は1万ベクレル以下ながら、山北町など県西部の一部で6万~10万ベクレルが検出された。
・汚染マップ上には2本の帯がみてとれる。福島から栃木、群馬に流れたものと、茨城から千葉北西部を経て都内に至る2本だ。文科省は、風の影響で原発から北西方向に広がった放射性物質が、福島市西部の山間部で南西に方向を変え、群馬県西部まで汚染が広がったと分析。原発の南方では茨城県北部で風がいったん海側に向きを変えた後、再び陸地側に方向を変え、葛飾区まで到達したとみている。
・セシウムは体内に入ると筋肉などにたまり、がんなどの原因になる。
・半減期は、セシウム134が2年、137が30年。チェルノブイリ原発事故では影響が長期間にわたる137について、3万7000ベクレル以上が「汚染地域」とされた。
・今回の調査で137は葛飾区周辺では1万~3万ベクレルだったものの、奥多摩町北部の山間部では6万~10万ベクレルと、(チェルノブイリの)「汚染地域」基準を上回っている。ただ、強制避難の基準となる55万ベクレルは大幅に下回った。
・結果を受け、都は奥多摩町などの農水産物に関する緊急調査をする。奥多摩の森林は大都市の水源となる“緑のダム”。都は「水道水への影響はない」と説明するが、心配は尽きない。
② ホームページ「子どもを守ろう savechild」は、汚染マップを蓄積掲示している。
(資料:文部科学省による東京都及び神奈川県の航空機モニタリングの測定結果について)
(資料:追記)
上記ニュースは、土壌1平方メートルあたりのベクレル値である。一方、飲食物の摂取制限について、Kgあたりの放射性セシウムに特化してベクレル値を、原子力安全委員会「原子力施設等の防災対策について」(平成22 年8月改訂版)より転記する。
(3) 飲食物の摂取制限に関する指標
飲食物摂取制限に関する放射性元素として、放射性プルームに起因するヨウ素、ウラン及びプルトニウムを選定するとともに、旧ソ連チェルノブイル事故時の経験を踏まえてセシウムを選定した。そして、これらの核種による被ばくを低減するとの観点から実測による放射性物質の濃度として表3のとおり飲食物摂取制限に関する指標を提案する。
なお、この指標は災害対策本部等が飲食物の摂取制限措置を講ずることが適切であるか否かの検討を開始するめやすを示すものである。
---------------------------------------------------------
表3 飲食物摂取制限に関する指標
<対象> 放射性セシウム
・飲料水、牛乳・乳製品: 200ベクレル/kg 以上
・野菜類、穀類、肉・卵・魚・その他: 500ベクレル/kg 以上
---------------------------------------------------------
・福島第1原発事故を受け、文部科学省が県単位で公表を続ける土壌に蓄積された放射性セシウムの汚染マップ。国内で人口トップ2の東京都、神奈川県分が6日、初めて発表された。都内は葛飾区柴又などで高い数値が出たほか、多摩地区ではチェルノブイリ原発事故で「汚染地域」とされる基準を上回るなど、深刻な事態が浮き彫りとなった。
・調査によると、セシウム134と137の合計蓄積量は、東京都の大半は土壌1平方メートルあたり1万ベクレル以下だった。しかし、
奥多摩町など多摩地区で10万~30万ベクレル。
23区内では葛飾区柴又、東金町、水元公園や江戸川区北小岩の一部で3万~6万ベクレルと、周囲より高い地域があった。
神奈川県でもほとんどの地域は1万ベクレル以下ながら、山北町など県西部の一部で6万~10万ベクレルが検出された。
・汚染マップ上には2本の帯がみてとれる。福島から栃木、群馬に流れたものと、茨城から千葉北西部を経て都内に至る2本だ。文科省は、風の影響で原発から北西方向に広がった放射性物質が、福島市西部の山間部で南西に方向を変え、群馬県西部まで汚染が広がったと分析。原発の南方では茨城県北部で風がいったん海側に向きを変えた後、再び陸地側に方向を変え、葛飾区まで到達したとみている。
・セシウムは体内に入ると筋肉などにたまり、がんなどの原因になる。
・半減期は、セシウム134が2年、137が30年。チェルノブイリ原発事故では影響が長期間にわたる137について、3万7000ベクレル以上が「汚染地域」とされた。
・今回の調査で137は葛飾区周辺では1万~3万ベクレルだったものの、奥多摩町北部の山間部では6万~10万ベクレルと、(チェルノブイリの)「汚染地域」基準を上回っている。ただ、強制避難の基準となる55万ベクレルは大幅に下回った。
・結果を受け、都は奥多摩町などの農水産物に関する緊急調査をする。奥多摩の森林は大都市の水源となる“緑のダム”。都は「水道水への影響はない」と説明するが、心配は尽きない。
② ホームページ「子どもを守ろう savechild」は、汚染マップを蓄積掲示している。
(資料:文部科学省による東京都及び神奈川県の航空機モニタリングの測定結果について)
(資料:追記)
上記ニュースは、土壌1平方メートルあたりのベクレル値である。一方、飲食物の摂取制限について、Kgあたりの放射性セシウムに特化してベクレル値を、原子力安全委員会「原子力施設等の防災対策について」(平成22 年8月改訂版)より転記する。
(3) 飲食物の摂取制限に関する指標
飲食物摂取制限に関する放射性元素として、放射性プルームに起因するヨウ素、ウラン及びプルトニウムを選定するとともに、旧ソ連チェルノブイル事故時の経験を踏まえてセシウムを選定した。そして、これらの核種による被ばくを低減するとの観点から実測による放射性物質の濃度として表3のとおり飲食物摂取制限に関する指標を提案する。
なお、この指標は災害対策本部等が飲食物の摂取制限措置を講ずることが適切であるか否かの検討を開始するめやすを示すものである。
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表3 飲食物摂取制限に関する指標
<対象> 放射性セシウム
・飲料水、牛乳・乳製品: 200ベクレル/kg 以上
・野菜類、穀類、肉・卵・魚・その他: 500ベクレル/kg 以上
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2011年10月6日木曜日
図書館の立ち読み
地元図書館で立ち読みをした。著者は、一巻全て読むことを要求しているのだろうが、通りすがりの者は、ついつい拾い読みしてしまう。
一冊目は、「日本フルート物語」(近藤滋昭、音楽の友社)である。
日本のフルート関係者について書かれたもので、その中に楽器製作者の村松孝一について、次の話題が触れられている。
・村松孝一(1989年:明治31年~1960年)は、1924年(大正13年)に6ヶ月(1000時間)をかけて日本で最初のフルートを製作した。当時、輸入のフルートが230円であったが、55円で販売している。
※販売価格を現在に換算(インターネット情報により、1,500~2,000倍)すると、約80,000~110,000円か。
・フルート製作のきっかけは、1917年に陸軍戸山学校に入学し、軍楽隊にいて楽器修理に興味を持ったことによるようだ。6年後除隊して楽器製作に関わることになる。
※除隊したのが1923年なら、その翌年の1924年に最初のフルートを製作販売したことになる。
二冊目は、「昭和ジャズ喫茶伝説」(平岡正明、平凡社)である。
都内にあった昭和のジャズ喫茶の思い出語りで、話は喫茶店だけに終わらない。むしろ、外延話に面白さがあるようだが。先日、石仲間との会話で、吉祥寺のジャズ喫茶が話題になったので拾い読みした。
・吉祥寺のジャズ喫茶といえば、「ファンキー」(野口伊織)、「メグ」(寺島靖国)、「A&F」(大西米寛)があった。
※学生時代の「ファンキー」しか知らない。店の地下室に降りると、真っ黒壁に背をもたれて下を向いたままタバコをふかしている客(学生だろう)がずらりいた。当時のジャズ喫茶は、そんな独特の雰囲気があった。
・その他に、「吉祥寺三人組」といわれた(そんなこと初めて知ったが)、当時の(古い表現でいえば)文壇・論壇の、いわゆる知識人についても・・・。
一冊目は、「日本フルート物語」(近藤滋昭、音楽の友社)である。
日本のフルート関係者について書かれたもので、その中に楽器製作者の村松孝一について、次の話題が触れられている。
・村松孝一(1989年:明治31年~1960年)は、1924年(大正13年)に6ヶ月(1000時間)をかけて日本で最初のフルートを製作した。当時、輸入のフルートが230円であったが、55円で販売している。
※販売価格を現在に換算(インターネット情報により、1,500~2,000倍)すると、約80,000~110,000円か。
・フルート製作のきっかけは、1917年に陸軍戸山学校に入学し、軍楽隊にいて楽器修理に興味を持ったことによるようだ。6年後除隊して楽器製作に関わることになる。
※除隊したのが1923年なら、その翌年の1924年に最初のフルートを製作販売したことになる。
二冊目は、「昭和ジャズ喫茶伝説」(平岡正明、平凡社)である。
都内にあった昭和のジャズ喫茶の思い出語りで、話は喫茶店だけに終わらない。むしろ、外延話に面白さがあるようだが。先日、石仲間との会話で、吉祥寺のジャズ喫茶が話題になったので拾い読みした。
・吉祥寺のジャズ喫茶といえば、「ファンキー」(野口伊織)、「メグ」(寺島靖国)、「A&F」(大西米寛)があった。
※学生時代の「ファンキー」しか知らない。店の地下室に降りると、真っ黒壁に背をもたれて下を向いたままタバコをふかしている客(学生だろう)がずらりいた。当時のジャズ喫茶は、そんな独特の雰囲気があった。
・その他に、「吉祥寺三人組」といわれた(そんなこと初めて知ったが)、当時の(古い表現でいえば)文壇・論壇の、いわゆる知識人についても・・・。
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