明日は「母の日」、そこでYoutubeで「Mother's Day」を検索したら、一番上に登場したのが「The Kiboomers」*(就学前の子どもたちのための音楽サークル)が提供する「Happy Mother's Day」の歌。おめでとう母の日というべきか、子どもたちの決意表明のようで、その誓いがかわいらしい。
(*)The Kiboomers: https://thekiboomers.com/
一日早いが、つい聴いてしまう。まるでクリスマスソングのように楽しくて賑やかな旋律、「お部屋をきれいにするし、ベッドもきちんと整理する、おもちゃもちゃんと片付けるよ、だって今日は母の日だもの、いい子になるよ」と歌って贈り物をする。
(Youtubeに登録のThe Kiboomers - Kids Music Channelに感謝)
2019年5月11日土曜日
2019年5月10日金曜日
公園のポピー畑で
例年、公園の一画に「ポピー」の花が咲き、目を楽しませてくれる。今年もポピー畑を紅い花弁で埋めてくれるだろう。そんなポピーの間に、青色や白色の花も咲いていて、お伽噺の絵本の背景にでもなりそう。現場で見れば、美しい色彩のバランスを感じることができるのだが。
(本ブログ関連:”ポピー”)
そんなパステル風の世界と無縁に、ベンチに座って、先日ブックオフで入手した本を読み始めた。「汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師 - インテリジェンス奇人伝」(手嶋隆一著、マガジンハウス)だ。
こんな話から始まる。WWⅡ中、ユダヤ人画商が所有していたモディリアーニの絵「杖をついて座る男」が独軍の手に落ち、行方不明となる。戦後、サザビーズのオークションに登場したことから、画商の孫とオークションの落札者側との間で所有権争いが始まったものの、落札側の企業は現所有者を不明で押し通した。ところが、別のところからその現所有者が明らかとなる。「パナマ文書」の解読から、落札側企業のオーナー=現所有者が判明したのだ。現所有者もユダヤ人だった。
話はさらに「パナマ文書」事件へと飛び、世界の権力者たちの蓄財の実態があからさまになる・・・と言った具合に進む。日頃、テレビでさまざまコメントされる手嶋氏の語り口とは思えないほど(失礼!)に快調で、引き込まれていく。
ポピーの可愛らしい世界とは全く別の世界へと展開してしまった。
(本ブログ関連:”ポピー”)
そんなパステル風の世界と無縁に、ベンチに座って、先日ブックオフで入手した本を読み始めた。「汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師 - インテリジェンス奇人伝」(手嶋隆一著、マガジンハウス)だ。
こんな話から始まる。WWⅡ中、ユダヤ人画商が所有していたモディリアーニの絵「杖をついて座る男」が独軍の手に落ち、行方不明となる。戦後、サザビーズのオークションに登場したことから、画商の孫とオークションの落札者側との間で所有権争いが始まったものの、落札側の企業は現所有者を不明で押し通した。ところが、別のところからその現所有者が明らかとなる。「パナマ文書」の解読から、落札側企業のオーナー=現所有者が判明したのだ。現所有者もユダヤ人だった。
話はさらに「パナマ文書」事件へと飛び、世界の権力者たちの蓄財の実態があからさまになる・・・と言った具合に進む。日頃、テレビでさまざまコメントされる手嶋氏の語り口とは思えないほど(失礼!)に快調で、引き込まれていく。
ポピーの可愛らしい世界とは全く別の世界へと展開してしまった。
2019年5月9日木曜日
(雑談)自動車の運転
子どものころ住んでいた社宅に技術者の家族がいて自動車整備を楽しんでいた。休みの日などに、技術者が車を運転する光景が見られた。車は坂道を滑らかに下って行ったが、帰りの登り坂で難儀することがあった。息子と一緒に手押ししている様子を眺めたりした。よほどに「機械遊び」が好きな人たちと思った。自家用車が珍しい時代の話だ。
昔、車が若者にとって憧れであり、ステータスだった。ジェームス・ディーンの映画「理由なき反抗」では、女性を意識したなかで度胸を示すツールだったりした。自動車は、ある意味一つのシンボルだった。そんなナイーブな青春群像とは別世界で、(むしろ現実の世界でだが)車はまかり間違うと犯罪の手段にもなった。大久保事件のような話をしても、今の若い人には通じないようだ。見知らぬ車に吸い寄せられて、同乗してしまうなんてことは到底考えられないのだ。昔は、車にそれほどの魔力があった。
今は、人口減少もあるだろうけど、若い人の車離れが進んでいるという。都市生活に、車がなくても何ら支障はない。私の場合、行動範囲が狭まっていても、近くにコンビニがある。もちろん、幼い子育ての時代には車が必要だったが。
一方、地方の街や農村では、交通網が削られて個人ごとに自家用車が必要だったり、店舗が減少して遠くまで買い物に出かける必要があったりするという。
以前、自動車の運転免許証を地元警察署に返却に行ったとき、随分早い年齢ですねと受付でいわれたことがある。そのときのいきさつはブログに記した。
(本ブログ関連:”自動車運転免許証”)
最終的に運転免許証の返却を決断をさせたのは、Youtubeに登録された、ある寒い雪国で起ったたくさんの自動車事故映像(車載カメラで記録されたもの)を見ているうちに恐ろしくなってきたからだ。整備不良、不注意、何より交通ルール無視の結果だが、歳とともに誰にでも起り得ると不安になった。
最近の交通事故報道は、事故時のパニックとその判断力、もともとの適正など考え合わせるべき課題を示唆する。本来、運転者自身が自覚すべきものと思うのだが。
ただし、繰り返されるニュースを見ていて気になることがある。だから人間はダメで、AIなどで安全性を確保した自動運転の車が必要なのだという <誘導> につながっていないことを信じたい。
2019年5月8日水曜日
メンデルスゾーン「5月の風」
朝から雲ひとつない、まさに快晴の一日だった。5月の心地よい風を受けながら、先日の「こどもの日」に余りの混みようでできなかった、公園併設の「たてもの園」友の会の更新手続きに行ってきた。
ところで、メンデルスゾーンといえば、音楽家のフェリックス・メンデルスゾーンが浮かぶ。といっても学校教育で名前を聞いたくらいなので、代表曲*が何か知らない・・・「夏の夜の夢」がそうだというので、その「序曲」を聴いてみたが思い出せない。その程度なので、何も語れない。ところで、Wikipediaに、彼が語学に堪能だったという記載がある。ユダヤ系に特徴的な才能だろう。とはいえ、彼は宗教的に「ルーテル教会」に属したという。
(*)代表曲:「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」が有名とのこと・・・たしかに耳慣れた曲だ。
ブログ「中野京子の『花つむひとの部屋』」記載の「メンデルスゾーンへの低い評価--ユダヤ人であるがゆえに」 (2006年06月09日) に記されている。(ワグナーとメンデルスゾーンを軸に歴史的背景を解説している)
https://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006/e/625364a0e24add179d0b94d0d652b316
そのフェリックス・メンデルスゾーンの祖父「モーゼス・メンデルスゾーン」は、国民国家の時代に、啓蒙思想によりユダヤ教を含めてあらゆる宗教が共存されることを説いたようだ。その意味で開明的な家系だったのだろう。
というのも、現在聴講している市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に、事前準備のため来られた、これから講演予定の講師の方から、フェリックス・メンデルスゾーンと、モーゼス・メンデルスゾーンの関係を聞かされた。(今、教科書的な理解でしかないので、これからの講演で詳細をうかがえたらと思う)
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
ここでは、風そよぐ新緑の五月の情景を歌った、フェリックス・メンデルスゾーン作曲の「無言歌集 第5巻 Op. 62 - 第1番 ト長調 『5月の風』 」を聴いてみよう。
(Youtubeに登録のnaxos japanに感謝)
ところで、メンデルスゾーンといえば、音楽家のフェリックス・メンデルスゾーンが浮かぶ。といっても学校教育で名前を聞いたくらいなので、代表曲*が何か知らない・・・「夏の夜の夢」がそうだというので、その「序曲」を聴いてみたが思い出せない。その程度なので、何も語れない。ところで、Wikipediaに、彼が語学に堪能だったという記載がある。ユダヤ系に特徴的な才能だろう。とはいえ、彼は宗教的に「ルーテル教会」に属したという。
(*)代表曲:「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」が有名とのこと・・・たしかに耳慣れた曲だ。
ブログ「中野京子の『花つむひとの部屋』」記載の「メンデルスゾーンへの低い評価--ユダヤ人であるがゆえに」 (2006年06月09日) に記されている。(ワグナーとメンデルスゾーンを軸に歴史的背景を解説している)
https://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006/e/625364a0e24add179d0b94d0d652b316
そのフェリックス・メンデルスゾーンの祖父「モーゼス・メンデルスゾーン」は、国民国家の時代に、啓蒙思想によりユダヤ教を含めてあらゆる宗教が共存されることを説いたようだ。その意味で開明的な家系だったのだろう。
というのも、現在聴講している市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に、事前準備のため来られた、これから講演予定の講師の方から、フェリックス・メンデルスゾーンと、モーゼス・メンデルスゾーンの関係を聞かされた。(今、教科書的な理解でしかないので、これからの講演で詳細をうかがえたらと思う)
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
ここでは、風そよぐ新緑の五月の情景を歌った、フェリックス・メンデルスゾーン作曲の「無言歌集 第5巻 Op. 62 - 第1番 ト長調 『5月の風』 」を聴いてみよう。
(Youtubeに登録のnaxos japanに感謝)
2019年5月7日火曜日
錫高野へ行こう!
先日、鉱物仲間から、鉱物採集の誘いの電話をいただき、茨城県にある「錫高野(すずこうや)」へ、今月末出かけることになった。同地へ行くのは、20回目の 2015年2月1日(日)以来。そもそも、鉱物採集をしたラストが、山梨県にある「鈴庫(すずくら)鉱山」に訪れた2016年5月22日(日)で、3年近く足が遠のいていた。
今年になって山歩きが大丈夫とのお墨付きをもらい、久し振りに再開するつもりでいた。そんなときに誘っていただいた鉱物仲間に本当に感謝している。
(本ブログ関連:”錫高野”、”鉱物”)
鉱物採集のバイブル「鉱物採集 フィールド・ガイド」(草下英明著)を見直していると、そわそわしてくるのがわかる。「鉄マンガン重石」は何度も採集できた(拾えた)が、美しく輝く「錫石」との直接な出合いがない・・・今回、淡い期待を抱いている。もしできたら、縦筋の条線がある「トパーズ」とも巡り合いたい。
ああ、いけないけない妄想がふくらむ。
今年になって山歩きが大丈夫とのお墨付きをもらい、久し振りに再開するつもりでいた。そんなときに誘っていただいた鉱物仲間に本当に感謝している。
(本ブログ関連:”錫高野”、”鉱物”)
鉱物採集のバイブル「鉱物採集 フィールド・ガイド」(草下英明著)を見直していると、そわそわしてくるのがわかる。「鉄マンガン重石」は何度も採集できた(拾えた)が、美しく輝く「錫石」との直接な出合いがない・・・今回、淡い期待を抱いている。もしできたら、縦筋の条線がある「トパーズ」とも巡り合いたい。
ああ、いけないけない妄想がふくらむ。
2019年5月6日月曜日
ユダヤの歴史を学ぶ-4
10連休(4/27~4/6)の最終日、世間はどう過ごしているだろう。ネジを撒き戻したり、タキシング・モードに入ったり、明日から始まる日常へ戻る準備をしていることだろう。わたしの場合、常に日常なので気持を入れ替える必要はないのだ。
月曜日に開催の市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」(これまで3回開講)は、長い連休の余波で 4/29の月曜日が休講になったが、(5/5の「こどもの日」が日曜日だったことによる)「振替休日」の今日は休講にならなかった。大部分を占める年配受講者にとって、休日・祝日が無縁だからと合点している。
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
4回目の今日、「アレクサンドロス大王からローマ帝国へ:イエス時代のユダヤ世界」について、1回目を担当されたユダヤ宗教史学者の市川裕氏(東京大学教授)に解説いただいた。ユダヤ教(Judism)の成立を、次の政治的大事件でたどった。
① ギリシャ(ヘレニズム、Hellenism)の影響:英雄アレクサンドロス大王と後継のセレコウス朝
a.アブラハムの移動経路(偶像の地のメソポタミアから)
・ウル -(北上)→ ハラン -(南下)→ カナン
b.モーセ出エジプト(奴隷からの脱出)
・エジプト -(紅海)→ ネボ山
c.上記a,bの中間に生まれた小国家は、ギリシャ文明の影響を受ける
② ローマ帝国の影響
a.ユダヤ人は、エルサレムを中心に領土を拡大するものの
・海側、内陸側に住むユダヤ人以外の民に「ユダヤ教」を強要(改宗規定)
b.ローマは、ヘロデ王死後にエルサレムを制服して「直接」支配する
・ローマと友好関係持ったヘロデ王は神殿などの土木建築をした
・ローマは、ユダヤよりシリアの方を重視した
c.ローマに対するユダヤの抵抗とキリスト教の誕生
・メシア待望論
・ユダヤ教からキリスト教の誕生(別の意味でのメシア待望)
歴史はダイナミックで、変化し・変化させられる。その動きを、視点を変えてみる楽しみもある。
月曜日に開催の市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」(これまで3回開講)は、長い連休の余波で 4/29の月曜日が休講になったが、(5/5の「こどもの日」が日曜日だったことによる)「振替休日」の今日は休講にならなかった。大部分を占める年配受講者にとって、休日・祝日が無縁だからと合点している。
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
4回目の今日、「アレクサンドロス大王からローマ帝国へ:イエス時代のユダヤ世界」について、1回目を担当されたユダヤ宗教史学者の市川裕氏(東京大学教授)に解説いただいた。ユダヤ教(Judism)の成立を、次の政治的大事件でたどった。
① ギリシャ(ヘレニズム、Hellenism)の影響:英雄アレクサンドロス大王と後継のセレコウス朝
a.アブラハムの移動経路(偶像の地のメソポタミアから)
・ウル -(北上)→ ハラン -(南下)→ カナン
b.モーセ出エジプト(奴隷からの脱出)
・エジプト -(紅海)→ ネボ山
c.上記a,bの中間に生まれた小国家は、ギリシャ文明の影響を受ける
② ローマ帝国の影響
a.ユダヤ人は、エルサレムを中心に領土を拡大するものの
・海側、内陸側に住むユダヤ人以外の民に「ユダヤ教」を強要(改宗規定)
b.ローマは、ヘロデ王死後にエルサレムを制服して「直接」支配する
・ローマと友好関係持ったヘロデ王は神殿などの土木建築をした
・ローマは、ユダヤよりシリアの方を重視した
c.ローマに対するユダヤの抵抗とキリスト教の誕生
・メシア待望論
・ユダヤ教からキリスト教の誕生(別の意味でのメシア待望)
歴史はダイナミックで、変化し・変化させられる。その動きを、視点を変えてみる楽しみもある。
2019年5月5日日曜日
子どもの日2019
祝日「こどもの日」の今日、2つの場所を巡った。一つは、「こどもの日」の公園の賑わい振りに触れたくて(合わせて、公園併設の「たてもの園友の会」会員の更新手続きのため)、もう一つは、「調布飛行場」を拠点にするローカル線定期便の離着陸の様子を見たくて出かけたわけだ。
(本ブログ関連:”こどもの日”)
公園は、なるほど、こどもの日らしい賑わいである。園内のいずれの原っぱでも、走り回る子どもたちの声が溢れていた。きゃっきゃといった笑い声だけでなく、叫び声、泣き声で満ちていた。親ときたら、最近の傾向だが小さなテントを持ち込んで、そこから見守っているようだ(10連休の終わりまであと2日、さすがに連休疲れしているのかもしれない)。
こどもの日の特典で、公園併設の「たてもの園」は無料開放された。同施設の入り口には、親子連れの長蛇の列ができていて、待ち時間を考えると、友の会の更新手続きを後日に改めることにした。(おまけに園内の売店食堂まで客で満員だった)
次に、久し振りに調布飛行場へ向かう。連休のかき入れ時と思うに、同空港を拠点にするNCA(新中央航空)のドルニエ228が3機も駐機していた。気にしていると、2機が次々と飛び立った。あわてて写真を撮ったが、金網越しの撮影のため小さな機影しか写っていない。本当はブログに載せたかったが残念・・・航空雑誌のような訳にはいかない。
(本ブログ関連:”ドルニエ228”)
空港ロビーに置かれた自動販売機*から、以前も求めたことがある、神津島の「岩のり風味」(黒潮商会)を、神津島まで往復した気分で購入した。直ぐに食べるのがもったいなくて、今も私の机の上に置いてある・・・明日にしよう。
(*)自販機(調布経済新聞): https://chofu.keizai.biz/headline/2276/
(本ブログ関連:”こどもの日”)
公園は、なるほど、こどもの日らしい賑わいである。園内のいずれの原っぱでも、走り回る子どもたちの声が溢れていた。きゃっきゃといった笑い声だけでなく、叫び声、泣き声で満ちていた。親ときたら、最近の傾向だが小さなテントを持ち込んで、そこから見守っているようだ(10連休の終わりまであと2日、さすがに連休疲れしているのかもしれない)。
こどもの日の特典で、公園併設の「たてもの園」は無料開放された。同施設の入り口には、親子連れの長蛇の列ができていて、待ち時間を考えると、友の会の更新手続きを後日に改めることにした。(おまけに園内の売店食堂まで客で満員だった)
次に、久し振りに調布飛行場へ向かう。連休のかき入れ時と思うに、同空港を拠点にするNCA(新中央航空)のドルニエ228が3機も駐機していた。気にしていると、2機が次々と飛び立った。あわてて写真を撮ったが、金網越しの撮影のため小さな機影しか写っていない。本当はブログに載せたかったが残念・・・航空雑誌のような訳にはいかない。
(本ブログ関連:”ドルニエ228”)
(*)自販機(調布経済新聞): https://chofu.keizai.biz/headline/2276/
2019年5月4日土曜日
みどりの日2019
近くの都市で「雹」が降ったそうだ。驚きだ。わが家近くの一帯で、雨を含めてそんな跡が全くなかったし、昼前に隣り町に出かけて、いつもの大型書店で面白げな書籍を購入し、喫茶店で一読した後、夕方ころ帰宅したが、そんな空模様を微塵も感じなかった。
書店で全く予定外の本を買うことがある。今回もそうだ。年寄りのジレンマをたしなめる内容で、なるほど世間を見回せば納得するばかり。新書版スタイルで気軽に読める。
ところで、10連休も終わりに近づき、今日を含めて残すところ3日となった。連休の中身が豊富で、今日は祝日「みどりの日」・・・といわれても(連休と平日に境界を持たぬ身なので)。
(本ブログ関連:”みどりの日”)
「みどりの日」の成立のいきさつは、祝日「昭和の日」と大きく関係している。いってみれば、後付けのような存在だ。「みどり」という言葉の響きに馴染みにくい面がある。
日本は緑豊かな照葉樹林帯にあり、焼畑農業のように禿山を作ることもなかったし、そもそも集落と山の緩衝地帯である「里山」を設けるなどして(野生生物との関係を含めて)自然を大切にしてきた。さらに、緑深い山麓からそびえ立つ高山を神聖視した「山岳信仰」を生み出した。(「剱岳」初登頂の際、奈良(平安)時代の「錆び付いた鉄剣と銅製の錫杖が発見された」(Wikipedia)といわれる)
明治期に来日したイギリスの鉱山技師や宣教師は、中部地方にある高山を「日本アルプス」と命名した。彼らの影響もあって、当時の若き日本のエリート大学生たちは、山登りを自然を征服するスポーツに変えた。
山登りを山の規模に応じて、「登山」といったり、「トレッキング」といったり、「ハイキング」といったりする。また、エコの流行で「森林浴」がもてはやされ、自然物質の「フィトンチッド」を浴びるといった合理的説明がされてきたが、山岳信仰的な自然への畏敬と結びつくことはない。
登山用語にカタカナ用語が多い。釣りの場合も同様で、ルアー釣りを普及させたせいか、釣り人口を確保するために女性に関心を持ってもらいたいためか、釣り用語の化粧直しが行なわれた。
年寄りは、世のなかの流行り廃りに口出ししたくなる、大いなるジレンマを持っている。
書店で全く予定外の本を買うことがある。今回もそうだ。年寄りのジレンマをたしなめる内容で、なるほど世間を見回せば納得するばかり。新書版スタイルで気軽に読める。
ところで、10連休も終わりに近づき、今日を含めて残すところ3日となった。連休の中身が豊富で、今日は祝日「みどりの日」・・・といわれても(連休と平日に境界を持たぬ身なので)。
(本ブログ関連:”みどりの日”)
「みどりの日」の成立のいきさつは、祝日「昭和の日」と大きく関係している。いってみれば、後付けのような存在だ。「みどり」という言葉の響きに馴染みにくい面がある。
日本は緑豊かな照葉樹林帯にあり、焼畑農業のように禿山を作ることもなかったし、そもそも集落と山の緩衝地帯である「里山」を設けるなどして(野生生物との関係を含めて)自然を大切にしてきた。さらに、緑深い山麓からそびえ立つ高山を神聖視した「山岳信仰」を生み出した。(「剱岳」初登頂の際、奈良(平安)時代の「錆び付いた鉄剣と銅製の錫杖が発見された」(Wikipedia)といわれる)
明治期に来日したイギリスの鉱山技師や宣教師は、中部地方にある高山を「日本アルプス」と命名した。彼らの影響もあって、当時の若き日本のエリート大学生たちは、山登りを自然を征服するスポーツに変えた。
山登りを山の規模に応じて、「登山」といったり、「トレッキング」といったり、「ハイキング」といったりする。また、エコの流行で「森林浴」がもてはやされ、自然物質の「フィトンチッド」を浴びるといった合理的説明がされてきたが、山岳信仰的な自然への畏敬と結びつくことはない。
登山用語にカタカナ用語が多い。釣りの場合も同様で、ルアー釣りを普及させたせいか、釣り人口を確保するために女性に関心を持ってもらいたいためか、釣り用語の化粧直しが行なわれた。
年寄りは、世のなかの流行り廃りに口出ししたくなる、大いなるジレンマを持っている。
2019年5月3日金曜日
憲法記念日 2019
今日は祝日の「憲法記念日」だが、4月末の土曜日(4/27)から、月をまたいで5月5日の祝日「こどもの日」に至る10連休の一部になる・・・その程度に意識しているのが正直なところだ。
(本ブログ関連:”憲法記念日”)
10連休になったのは、従来いわれるゴールデンウィークに、5月1日の、新天皇のご即位による改元の日の祝日が加わったためだ。そんな訳で、このような長期間の連休になるのは今回だけかもしれない。(ちなみに「ゴールデンウィーク」は商業用語(映画業界発といわれる和製英語)のため、NHKなどでは「春の大型連休」と呼ぶそうだ)
4月27日(土曜日)
4月28日(日曜日)
4月29日 昭和の日
4月30日 国民の休日 ← 祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
5月 1日 天皇の即位の日 ← 新天皇のご即位による改元の日の祝日
5月 2日 国民の休日 ← 祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
5月 3日 憲法記念日
5月 4日 みどりの日(土曜日)
5月 5日 こどもの日(日曜日)
5月 6日 振替休日 ← 休日/祝日が他の休日/祝日と重なる場合、月曜日以降を休日にする
私は、休日や祝日と直接関わりない生活を送っているため、10連休とはいえ、いつも通り過ごしている。実際、外出しても、人出をあまり意識しないほどだ。自宅を中心に過ごしている人々にとっては、今回の連休は長過ぎて持て余し気味かもしれない・・・そんな気がする。
今日の最高気温は、まさに「夏日」の 25.0℃ だった(今年に入って 4/22の 25.6℃ に次ぐ)。そんな陽気に誘われてまた「自然観察園」を訪れた。
子どものころから、美味しいおかずを最初に食べるか、それとも後に残すかといった問題がある。私はできるだけ残すくせがある。観察園の観察についても一気に済ませないで、少しずつ楽しんでいる。今日で、80%ほど踏破したことになる。
(本ブログ関連:”自然観察園”)
今年に入って4回目の今日、地味な野草に目を向けた。写真の花は、皺のある5枚の花弁を持つ「クサイチゴ」(白色)と思われる。数株しか見つけられなかったが、木漏れ日を受けて輝いていた。(ガイド資料に記載がなく・・・ネット情報から推測した)
その他に、小さな花弁の「ウマノアシガタ」(黄色)が小風に揺れていた。もっと地味な花は「フタリシズカ」(白色)だろう。名前をたどれば「静御前」が浮かんでくる。
以前記した、茎の周りに独特な形の花弁を連ねて囲む「オドリコソウ」(淡紅色)の群集が、新しいコースで艶やかに目だった。同じく、外来種の「セリバヒエンソウ」(淡紫色)が園内を圧倒的に広がっていた・・・放置に近いのが気になる。
(本ブログ関連:”憲法記念日”)
10連休になったのは、従来いわれるゴールデンウィークに、5月1日の、新天皇のご即位による改元の日の祝日が加わったためだ。そんな訳で、このような長期間の連休になるのは今回だけかもしれない。(ちなみに「ゴールデンウィーク」は商業用語(映画業界発といわれる和製英語)のため、NHKなどでは「春の大型連休」と呼ぶそうだ)
4月27日(土曜日)
4月28日(日曜日)
4月29日 昭和の日
4月30日 国民の休日 ← 祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
5月 1日 天皇の即位の日 ← 新天皇のご即位による改元の日の祝日
5月 2日 国民の休日 ← 祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
5月 3日 憲法記念日
5月 4日 みどりの日(土曜日)
5月 5日 こどもの日(日曜日)
5月 6日 振替休日 ← 休日/祝日が他の休日/祝日と重なる場合、月曜日以降を休日にする
私は、休日や祝日と直接関わりない生活を送っているため、10連休とはいえ、いつも通り過ごしている。実際、外出しても、人出をあまり意識しないほどだ。自宅を中心に過ごしている人々にとっては、今回の連休は長過ぎて持て余し気味かもしれない・・・そんな気がする。
今日の最高気温は、まさに「夏日」の 25.0℃ だった(今年に入って 4/22の 25.6℃ に次ぐ)。そんな陽気に誘われてまた「自然観察園」を訪れた。
子どものころから、美味しいおかずを最初に食べるか、それとも後に残すかといった問題がある。私はできるだけ残すくせがある。観察園の観察についても一気に済ませないで、少しずつ楽しんでいる。今日で、80%ほど踏破したことになる。
(本ブログ関連:”自然観察園”)
![]() |
| クサイチゴ? |
その他に、小さな花弁の「ウマノアシガタ」(黄色)が小風に揺れていた。もっと地味な花は「フタリシズカ」(白色)だろう。名前をたどれば「静御前」が浮かんでくる。
以前記した、茎の周りに独特な形の花弁を連ねて囲む「オドリコソウ」(淡紅色)の群集が、新しいコースで艶やかに目だった。同じく、外来種の「セリバヒエンソウ」(淡紫色)が園内を圧倒的に広がっていた・・・放置に近いのが気になる。
2019年5月2日木曜日
八十八夜 2019
今日は雑節の「八十八夜」。日頃使っている二十四節気とは別に、雑節は特別に設けられた暦日で九つある。八十八夜はその代表的な一つだ。農作業のように気候や天気と密接な生活をしているわけでない身には、カレンダーを見てようやく気付くことが多い。俳句の季語よりも代表的な節目なのだろうけど。
(本ブログ関連:”八十八夜”)
八十八夜といえば、「夏も近づく八十八夜」の詞が浮かんでくる。文部唱歌「茶摘」(1912年、明治45年)は、この時期に、街路樹の若葉が初々しい黄緑色に輝いているのを見てふと感じる、初夏の鮮やかさを合わせて思い浮かばせてくれる。
1.夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか
あかねだすきに菅(すげ)の笠
2,日和(ひより)つづきの今日このごろを
心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにゃ日本(にほん)の茶にならぬ
唱歌とはいえ、民謡に通じる労働を盛りたてる賑やかさや健康さがある。さらに、民謡に必ず色をそえる働く女性の姿(艶やかさも含めて)をちゃんと描いている。茶畑作業の最盛期のころを歌っているそうだ。
(Youtubeに登録のChaAに感謝)
(本ブログ関連:”八十八夜”)
八十八夜といえば、「夏も近づく八十八夜」の詞が浮かんでくる。文部唱歌「茶摘」(1912年、明治45年)は、この時期に、街路樹の若葉が初々しい黄緑色に輝いているのを見てふと感じる、初夏の鮮やかさを合わせて思い浮かばせてくれる。
1.夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか
あかねだすきに菅(すげ)の笠
2,日和(ひより)つづきの今日このごろを
心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにゃ日本(にほん)の茶にならぬ
唱歌とはいえ、民謡に通じる労働を盛りたてる賑やかさや健康さがある。さらに、民謡に必ず色をそえる働く女性の姿(艶やかさも含めて)をちゃんと描いている。茶畑作業の最盛期のころを歌っているそうだ。
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2019年5月1日水曜日
即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば
今日から元号が「令和」になった。皇居・宮殿「松の間」で、新天皇陛下は「即位後朝見の儀」にあたり次の言葉を述べられた。続いて、同即位後朝見の儀で、安倍晋三首相は「国民代表の辞」を述べた。
「即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば」(宮内庁: 令和元年5月1日)*
(*) 宮内庁: http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/47
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日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。
この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い御(み)心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽(けんさん)に励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。
(英文: Addresses by His Majesty the Emperor)
I have hereby succeeded to the Throne pursuant to the Constitution of Japan and the Special Measures Law on the Imperial House Law.
When I think about the important responsibility I have assumed, I am filled with a sense of solemnity.
Looking back, His Majesty the Emperor Emeritus, since acceding to the Throne, performed each of his duties in earnest for more than 30 years, while praying for world peace and the happiness of the people, and at all times sharing in the joys and sorrows of the people. He showed profound compassion through his own bearing. I would like to express my heartfelt respect and appreciation of the comportment shown by His Majesty the Emperor Emeritus as the symbol of the State and of the unity of the people of Japan.
In acceding to the Throne, I swear that I will reflect deeply on the course followed by His Majesty the Emperor Emeritus and bear in mind the path trodden by past emperors, and will devote myself to self-improvement. I also swear that I will act according to the Constitution and fulfill my responsibility as the symbol of the State and of the unity of the people of Japan, while always turning my thoughts to the people and standing with them. I sincerely pray for the happiness of the people and the further development of the nation as well as the peace of the world.
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「即位後朝見の儀」における「国民代表の辞」(安倍晋三首相)**
(**) 首相官邸: http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0501kokumindaihyounoji.html
----------------------------------------------
謹んで申し上げます。
天皇陛下におかれましては、本日、皇位を継承されました。国民を挙げて心からお慶(よろこ)び申し上げます。
ここに、英邁(えいまい)なる天皇陛下から、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、日本国憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たされるとともに、国民の幸せと国の一層の発展、世界の平和を切に希望するとのおことばを賜(たまわ)りました。
私たちは、天皇陛下を国及び国民統合の象徴と仰ぎ、激動する国際情勢の中で、平和で、希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ時代を、創り上げていく決意であります。
ここに、令和の御代(みよ)の平安と、皇室の弥栄(いやさか)をお祈り申し上げます。
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「即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば」(宮内庁: 令和元年5月1日)*
(*) 宮内庁: http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/47
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日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。
この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い御(み)心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽(けんさん)に励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。
(英文: Addresses by His Majesty the Emperor)
I have hereby succeeded to the Throne pursuant to the Constitution of Japan and the Special Measures Law on the Imperial House Law.
When I think about the important responsibility I have assumed, I am filled with a sense of solemnity.
Looking back, His Majesty the Emperor Emeritus, since acceding to the Throne, performed each of his duties in earnest for more than 30 years, while praying for world peace and the happiness of the people, and at all times sharing in the joys and sorrows of the people. He showed profound compassion through his own bearing. I would like to express my heartfelt respect and appreciation of the comportment shown by His Majesty the Emperor Emeritus as the symbol of the State and of the unity of the people of Japan.
In acceding to the Throne, I swear that I will reflect deeply on the course followed by His Majesty the Emperor Emeritus and bear in mind the path trodden by past emperors, and will devote myself to self-improvement. I also swear that I will act according to the Constitution and fulfill my responsibility as the symbol of the State and of the unity of the people of Japan, while always turning my thoughts to the people and standing with them. I sincerely pray for the happiness of the people and the further development of the nation as well as the peace of the world.
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「即位後朝見の儀」における「国民代表の辞」(安倍晋三首相)**
(**) 首相官邸: http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0501kokumindaihyounoji.html
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謹んで申し上げます。
天皇陛下におかれましては、本日、皇位を継承されました。国民を挙げて心からお慶(よろこ)び申し上げます。
ここに、英邁(えいまい)なる天皇陛下から、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、日本国憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たされるとともに、国民の幸せと国の一層の発展、世界の平和を切に希望するとのおことばを賜(たまわ)りました。
私たちは、天皇陛下を国及び国民統合の象徴と仰ぎ、激動する国際情勢の中で、平和で、希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ時代を、創り上げていく決意であります。
ここに、令和の御代(みよ)の平安と、皇室の弥栄(いやさか)をお祈り申し上げます。
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2019年4月30日火曜日
退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば
今までなれ親しんだ「平成」の元号は、明日から「令和」にかわる。それにともない、今上天皇陛下が退位されることになり、「退位礼正殿の儀」で次のようなおことばがあった。
退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば(宮内庁、平成31年4月30日)*
(*)宮内庁: http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/46
(*)宮内庁: http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/46
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今日(こんにち)をもち,天皇としての務めを終えることになりました。
ただ今,国民を代表して,安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に,深く謝意を表します。
即位から30年,これまでの天皇としての務めを,国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは,幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ,支えてくれた国民に,心から感謝します。
明日(あす)から始まる新しい令和の時代が,平和で実り多くあることを,皇后と共に心から願い,ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。
(英文: Addresses by His Majesty the Emperor)
Today, I am concluding my duties as the Emperor.
I would like to offer my deep gratitude to the words just spoken by Prime Minister Shinzo Abe on behalf of the people of Japan.
Since ascending the throne 30 years ago, I have performed my duties as the Emperor with a deep sense of trust in and respect for the people, and I consider myself most fortunate to have been able to do so. I sincerely thank the people who accepted and supported me in my role as the symbol of the State.
I sincerely wish, together with the Empress, that the Reiwa era, which begins tomorrow, will be a stable and fruitful one, and I pray, with all my heart, for peace and happiness for all the people in Japan and around the world.
(英文: Addresses by His Majesty the Emperor)
Today, I am concluding my duties as the Emperor.
I would like to offer my deep gratitude to the words just spoken by Prime Minister Shinzo Abe on behalf of the people of Japan.
Since ascending the throne 30 years ago, I have performed my duties as the Emperor with a deep sense of trust in and respect for the people, and I consider myself most fortunate to have been able to do so. I sincerely thank the people who accepted and supported me in my role as the symbol of the State.
I sincerely wish, together with the Empress, that the Reiwa era, which begins tomorrow, will be a stable and fruitful one, and I pray, with all my heart, for peace and happiness for all the people in Japan and around the world.
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2019年4月29日月曜日
平成最後の野草観察
今年の4月は寒暖を行きつ戻りつして、月末ようやく春らしい穏やかさを迎えたと思ったら、昨日、一昨日冷え込んだ。そして今日、また穏やかさが戻ったようだ。そんな暖かさに誘われて、公園に併設の「自然観察園」を巡った。(全順路を周ってしまうのは惜しくて、後の楽しみのため未踏のエリアを残している)
(本ブログ関連:”自然観察園”)
先日(4/20)に続き、実質2回目の野草観察だ。観察園の入り口に、4月に咲く野草のリストを印刷した「花だより」が置かれている。表には花弁の色彩別に花の名のリストを、裏には観察順路近くに咲く花の名を示している。これを手にして園内を歩けば、いろいろ観察を楽しむことができる。
なお、公園施設の「自然観察センター」に、季節ごと代表的な野草について、カラー写真と解説を交えた一枚ものの印刷物が配布されている。主要な花だけのためヒットするのはむつかしい。今回は、さらにポケット図鑑の「日本の山野草」(岩瀬徹監修、成美堂出版)を持参した。
上記の資料をもとに、観察入門編として、次のような手順で観察した。
① 観察順路を巡りながら、この花の名は何だろうから始まる。
② 観察順路図に、花の名が示されているかどうかを確認する。→ 名があれば ④へ
③ 合わせて、花弁の色に着目して「花だより」の花のリストを見る。→ リスト全て ④へ
④ 少々手間どるが、図鑑「日本の山野草」と照合して、野草名を推定する。
今日は前回と違う順路で巡った。まず目に入ったのは、淡紫色の「セリバヒエンソウ」が園内の随所に見られたことに驚く。新しい外来の花であることが少々気になる。(実は、図鑑にない名前で、観察センターで配布のプリントに載っていた)
写真は、青紫色の「チョウジソウ」で、花弁や葉が鋭角的ながら、小型のためか全体として溶け合うような穏やかさがある。今日一番のお気に入りだ。
チョウジソウとは対照的にきっぱりとした可愛らしさのあるのが、同じ青系ながら濃い目の「ホタルカズラ」だろう。自分を見て欲しげな子どもっぽさを感じた。その他に、わずかだが紅紫色の「ムラサキケマン」が顔を覗かせていた。これらと反対色の黄色が鮮やかな「クサノウ」、「ウマノアシガタ」が目に付いた。
自然観察園には、これから暖かくなって、何度も足を運びたいと思っている。
(追記)
今日は祝日「昭和の日」である。昭和に生まれた者にとって、一つ前の世代というべき「大正」は遠いと思っていた。「平成」の子にしても、昭和は遠いのだろう。さらに「令和」の子にいたっては、私が「明治」を見たように昭和を見ることになるのだろう。
(本ブログ関連:”自然観察園”)
先日(4/20)に続き、実質2回目の野草観察だ。観察園の入り口に、4月に咲く野草のリストを印刷した「花だより」が置かれている。表には花弁の色彩別に花の名のリストを、裏には観察順路近くに咲く花の名を示している。これを手にして園内を歩けば、いろいろ観察を楽しむことができる。
なお、公園施設の「自然観察センター」に、季節ごと代表的な野草について、カラー写真と解説を交えた一枚ものの印刷物が配布されている。主要な花だけのためヒットするのはむつかしい。今回は、さらにポケット図鑑の「日本の山野草」(岩瀬徹監修、成美堂出版)を持参した。
上記の資料をもとに、観察入門編として、次のような手順で観察した。
① 観察順路を巡りながら、この花の名は何だろうから始まる。
② 観察順路図に、花の名が示されているかどうかを確認する。→ 名があれば ④へ
③ 合わせて、花弁の色に着目して「花だより」の花のリストを見る。→ リスト全て ④へ
④ 少々手間どるが、図鑑「日本の山野草」と照合して、野草名を推定する。
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| チョウジソウ |
写真は、青紫色の「チョウジソウ」で、花弁や葉が鋭角的ながら、小型のためか全体として溶け合うような穏やかさがある。今日一番のお気に入りだ。
チョウジソウとは対照的にきっぱりとした可愛らしさのあるのが、同じ青系ながら濃い目の「ホタルカズラ」だろう。自分を見て欲しげな子どもっぽさを感じた。その他に、わずかだが紅紫色の「ムラサキケマン」が顔を覗かせていた。これらと反対色の黄色が鮮やかな「クサノウ」、「ウマノアシガタ」が目に付いた。
自然観察園には、これから暖かくなって、何度も足を運びたいと思っている。
(追記)
今日は祝日「昭和の日」である。昭和に生まれた者にとって、一つ前の世代というべき「大正」は遠いと思っていた。「平成」の子にしても、昭和は遠いのだろう。さらに「令和」の子にいたっては、私が「明治」を見たように昭和を見ることになるのだろう。
2019年4月28日日曜日
平成最後の空気「空気の缶詰」
ネットニュースを見ていたら、可笑しくて嬉しくなる話が載っていた。何でも、岐阜県関市の平成(へなり)地区にある「元号橋」上で、まさに手作りの「平成の空気」の缶詰を製造し、4/22以降、地元「道の駅 平成」で販売したそうだ。価格は、ほぼ缶詰の原材料費とのこと。もともと「平成(へなり)」の名を持つ場所だっただけに、元号が「令和」に変わる前に、「平成」のイメージを残すことに意味があったようだ。意外と楽しい広報戦略だ。
ところで、空気の話題といえば、かつて「ハレー彗星」が地球に接近したとき、その尾のために地球の空気がなくなり、人類が絶滅するかもしれないという騒ぎがあったそうだ。人はなぜか終末論が好きで、そんな騒動が何度も繰り返される(キリスト教的世界観の臭いがしないわけではないが)。
子どものころ読んだ児童書の挿絵に、生き残る手段を少しでも確保しようと、空気を詰め込んだ自転車チューブを何本も肩にかついでいる子が描かれていた。貧富の差を見せ付けるような滑稽譚、あるいは、ものごとを真剣に考えているようで何処か底が抜けている阿呆話だ。小さな田舎を舞台にして可能なことだが。
(本ブログ関連:”阿呆”)
幸い、今回の「平成の空気」の缶詰は平和であった時代の象徴だ。「令和の空気」も美味しく吸えることを願っている。
ところで、空気の話題といえば、かつて「ハレー彗星」が地球に接近したとき、その尾のために地球の空気がなくなり、人類が絶滅するかもしれないという騒ぎがあったそうだ。人はなぜか終末論が好きで、そんな騒動が何度も繰り返される(キリスト教的世界観の臭いがしないわけではないが)。
子どものころ読んだ児童書の挿絵に、生き残る手段を少しでも確保しようと、空気を詰め込んだ自転車チューブを何本も肩にかついでいる子が描かれていた。貧富の差を見せ付けるような滑稽譚、あるいは、ものごとを真剣に考えているようで何処か底が抜けている阿呆話だ。小さな田舎を舞台にして可能なことだが。
(本ブログ関連:”阿呆”)
幸い、今回の「平成の空気」の缶詰は平和であった時代の象徴だ。「令和の空気」も美味しく吸えることを願っている。
2019年4月27日土曜日
平成最後の寒気
「平成」から「令和」まで残り数日。このところ、ものごとの表現に「平成最後の」が枕詞のようにつく。めでたい時期なので、少しは春らしい穏やかさでいて欲しいのに、気温は昨日から下がり、今晩驚くほどの冷え込み。まるで冬のようだ。
気象協会の「tenki.jp」の記事「平成最後の寒気が南下中 令和最初の寒気が連休中に」*(日本気象協会本社 白石圭子、4/27)によれば、これからも寒気が南下するという。
(*) 記事: https://tenki.jp/forecaster/k_shiraishi/2019/04/27/4434.html
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4月を振り返ると、季節外れの雪や先取りの暑さと、季節は一進一退しました。27日(土)は、日本付近に強い寒気が南下しています。令和に入ると早々に、次の寒気が南下する予想です。
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ところで、「平成最後の」といった見出しを持つニュース記事をネットで探ると、気象ばかりか、ゲーム、フィギュアスケート、(連休の)遠出、(すし・焼肉・ラーメン)食事、株価、競馬などと、いってみれば日常風景でしかない。何かに付け「最後」といいながらも、このような平凡で平和な時に元号が変わるのは何と幸いなことだろう。
今晩、カメラ好きの商店主からうかがったことだが、長野に行けば遅咲きのサクラが満開で、白馬まで足を運べば5月にも楽しむことができるという。撮ってきたばかりの写真が店内に飾られていたのはいうまでもない。サクラのことになると、誰もが自然に話題に加わり言葉を交わす。サクラは一つの文化でもある。
2019年4月26日金曜日
ハナミズキ
サクラの花を失って、ぽっかりと空いた心に、「ハナミズキ」の花がもぐりこんでくる。そのさまは、底意の知れぬ妖しげな感じではなくて妙に明るいのだ。多分、ふりそそぐ春の明かりが一段と透明さを増しているからだろう。でも、白い花、薄紅の花を咲かすハナミズキに、詩情をなぜか感じることがないのは不思議。多分、その咲きっぷりが余りに健康的だからだ。
(本ブログ関連:”ハナミズキ”)
ハナミズキは、北アメリカ原産だそうで、昔に日本からワシントンD.C.へ「ソメイヨシノ」の桜を贈った(1912年)返礼として、1915年に日本に苗木が贈られたという。とはいえ、街路樹としてこんなに多く見るようになったのは、そんなに遠くない。本格的に普及しだしたのはいつ頃のことだろう。ネットで調べてみたがようとしなかったが・・・。
サイト「学芸の森」(真山茂樹教授:京学芸大学教育学部生物学教室)*によれば、個人的な経験として1970年代ころにお住まいの町に、街路樹として植えられたという。
(*)学芸の森のハナミズキ:
https://www.u-gakugei.ac.jp/~planttgu/dokodemo/pc/061.htm
流行歌J-POPにも「ハナミズキ」(2004年)の歌がある。この2004年に至って、ハナミズキが街路樹として日本全体に認知されたといえるだろう。
(追記)
東京都建設局の「街路樹のデータ 街路樹の主な樹種と本数(東京都)」は、「東京都内の街路樹本数944,166本【平成27年4月1日現在】」**に、<都内全体の街路樹本数>の順位を次のように記している。
(**)街路樹本数:http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/park/ryokuka/hyoushi/hyoushi5/index.html
1位 ハナミズキ 62,629本
2位 イチョウ 61,832本
3位 サクラ類 44,704本
また、同調査の「東京の街路樹本数の推移」グラフを見ると、1970年を境に本数が増加しているのがわかる。(さらに、2005年以降急激に伸びており・・・この時期から、ハナミズキを積極的に植えたのだろうか)
(本ブログ関連:”ハナミズキ”)
ハナミズキは、北アメリカ原産だそうで、昔に日本からワシントンD.C.へ「ソメイヨシノ」の桜を贈った(1912年)返礼として、1915年に日本に苗木が贈られたという。とはいえ、街路樹としてこんなに多く見るようになったのは、そんなに遠くない。本格的に普及しだしたのはいつ頃のことだろう。ネットで調べてみたがようとしなかったが・・・。
サイト「学芸の森」(真山茂樹教授:京学芸大学教育学部生物学教室)*によれば、個人的な経験として1970年代ころにお住まいの町に、街路樹として植えられたという。
(*)学芸の森のハナミズキ:
https://www.u-gakugei.ac.jp/~planttgu/dokodemo/pc/061.htm
流行歌J-POPにも「ハナミズキ」(2004年)の歌がある。この2004年に至って、ハナミズキが街路樹として日本全体に認知されたといえるだろう。
(追記)
東京都建設局の「街路樹のデータ 街路樹の主な樹種と本数(東京都)」は、「東京都内の街路樹本数944,166本【平成27年4月1日現在】」**に、<都内全体の街路樹本数>の順位を次のように記している。
(**)街路樹本数:http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/park/ryokuka/hyoushi/hyoushi5/index.html
1位 ハナミズキ 62,629本
2位 イチョウ 61,832本
3位 サクラ類 44,704本
また、同調査の「東京の街路樹本数の推移」グラフを見ると、1970年を境に本数が増加しているのがわかる。(さらに、2005年以降急激に伸びており・・・この時期から、ハナミズキを積極的に植えたのだろうか)
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| 【平成27年4月1日】 |
2019年4月25日木曜日
バスクと鉄
以前、バスク語教室の第3回目で「バスク文化」が紹介された。その回、先生がスペイン・バスク州ビスカヤ県の「ビルバオ」地域の街歩きガイドBOOKを配られた。おしゃれなカラー写真と図版で解説・構成された上質紙の冊子だ。
(本ブログ関連:”バスク語”)
ビルバオ地域は、かつて県内で産出された鉄鉱石をもとに、製鉄業でスペインの重要な地位を占めたという。Wikipediaによれば、「高品質の鉄がヨーロッパ中に輸出された。19世紀後半まで製鉄業は発展し続け、資源はビルバオに富をもたらした」という。上記の旅行ガイドは、かつての工業都市を脱して、文化都市への様変わりを宣言しているようだ。
ところで、国立国会図書館デジタルコレクションに、「民族形成と鉄の文明」*(宍戸儀一著、道統社、昭和17年)がデジタル保存・公開されている。その記述に、「ダクチリと原バスク人」の項があり、原バスク人と鉄の関係について触れている。素人の覗き見でしかなく、この書全体でどのような位置づけされているのかもよく知らないが、次のような記述が気になった。・・・これが、現在のバスク人とどうつながるか、つながらないかの知識はないけれど、バスク人と鉄の関係がうかがえたような気がした。
(*) 民族形成と鉄の文明: http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1060237
------------------------------------------------------
ヒューウィット(Hewitt)**によれば、ダクチル(dactyl***)族はフリギア(Phrygia)に於いてフィン系の原バスク人と合一したといふ。
・・・ヒューウィット説に従えば、彼等は、地中海の西端に辿り着いてエブロ河(Ebro)を母川とするイベリア・バスク人になった。この説の当否は問題であるが、コウカサス南麓のエベル(Eber)の国やフリギア辺境のイブレーズ町(Ibreez)とイベリア・バスク人との間になんらかの所縁だけはあったのであらう。
原バスク人は、ヒューウィットによって採鉱冶金者なる原フィン人と同一視される。しかるに、フィン語では金属はもともとバスキ(vaski)と呼ばれた。
------------------------------------------------------
(**) James Francis Hewitt: ”The Ruling Races Of Prehistoric Times”
https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.283692/page/n385
(***)ダクチル:ギリシャ神話に登場、metalworkingを人に授ける
地図:「民族形成と鉄の文明」所載
ヒューウィットの説にほぼ負った記述であるため、妄想世界に引き込まれて行きそうな危惧がある。果たして、この説がどうなのか自信ないし、現在の研究者たちにどう判断、評価されているかも知らない。ローマと対峙したというバスク人の祖先が、ギリシャ系とフィン系が合一したというのは夢がある。
(ちなみに、フィンランド語で「vaski」は「真鍮」。ただし「鉄」は「rauta」)
(本ブログ関連:”山師”)
(本ブログ関連:”バスク語”)
ビルバオ地域は、かつて県内で産出された鉄鉱石をもとに、製鉄業でスペインの重要な地位を占めたという。Wikipediaによれば、「高品質の鉄がヨーロッパ中に輸出された。19世紀後半まで製鉄業は発展し続け、資源はビルバオに富をもたらした」という。上記の旅行ガイドは、かつての工業都市を脱して、文化都市への様変わりを宣言しているようだ。
ところで、国立国会図書館デジタルコレクションに、「民族形成と鉄の文明」*(宍戸儀一著、道統社、昭和17年)がデジタル保存・公開されている。その記述に、「ダクチリと原バスク人」の項があり、原バスク人と鉄の関係について触れている。素人の覗き見でしかなく、この書全体でどのような位置づけされているのかもよく知らないが、次のような記述が気になった。・・・これが、現在のバスク人とどうつながるか、つながらないかの知識はないけれど、バスク人と鉄の関係がうかがえたような気がした。
(*) 民族形成と鉄の文明: http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1060237
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ヒューウィット(Hewitt)**によれば、ダクチル(dactyl***)族はフリギア(Phrygia)に於いてフィン系の原バスク人と合一したといふ。
・・・ヒューウィット説に従えば、彼等は、地中海の西端に辿り着いてエブロ河(Ebro)を母川とするイベリア・バスク人になった。この説の当否は問題であるが、コウカサス南麓のエベル(Eber)の国やフリギア辺境のイブレーズ町(Ibreez)とイベリア・バスク人との間になんらかの所縁だけはあったのであらう。
原バスク人は、ヒューウィットによって採鉱冶金者なる原フィン人と同一視される。しかるに、フィン語では金属はもともとバスキ(vaski)と呼ばれた。
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(**) James Francis Hewitt: ”The Ruling Races Of Prehistoric Times”
https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.283692/page/n385
(***)ダクチル:ギリシャ神話に登場、metalworkingを人に授ける
地図:「民族形成と鉄の文明」所載
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| フリギア:現トルコ中央部 |
ヒューウィットの説にほぼ負った記述であるため、妄想世界に引き込まれて行きそうな危惧がある。果たして、この説がどうなのか自信ないし、現在の研究者たちにどう判断、評価されているかも知らない。ローマと対峙したというバスク人の祖先が、ギリシャ系とフィン系が合一したというのは夢がある。
(ちなみに、フィンランド語で「vaski」は「真鍮」。ただし「鉄」は「rauta」)
(本ブログ関連:”山師”)
2019年4月24日水曜日
道迷い遭難
朝から小雨がぱらつき、昼には小休止状態になった。ようやく「穀雨」になった気分。TVのニュースは、都心の駅前や交差点で雨傘をさす通行人の姿を報じた。出かけるタイミングがむつかしい。
(本ブログ関連:"穀雨”)
(本ブログ関連:"穀雨”)
そうこうしている内に外に出るのを忘れ、ヤマケイ文庫の「ドキュメント 道迷い遭難」(羽根田治著)のページをめくった。スポーツとしての(日本アルプスから丹沢領域)登山で、登山者が体験した遭難のドキュメンタリーだ。(ヤマケイ=山渓)
読もうと思ったのは、登山への興味というより、遭難者の心理や意識について知りたかったからだ。もしかしたら、不思議な体験が語られてないか好奇心もあった。
元来、山についてそこに棲息するキツネやオオカミ(山神)の伝説だけでなく、猟師たちが経験した「山怪」という奇談、すなわち人智を超える不思議な体験に興味がある。
(本ブログ関連:”山怪”)
「山怪」の範疇でいえば、山に入って神隠しにあったり、キツネにだまされて行方不明になる話がある。大方、子どもより老人の方が多いようだが。結果として、① 意外にも村の近くや、② 想定外の山奥で偶然発見されたりする。特に大人の場合、本人はいつもの道を歩いていたと断言し、キツネにだまされたに違いないといったりする。周りの者は、彼らをボケてたのじゃないか、キツネにだまされたというのは言い訳に過ぎないと冷ややかだそうだ。山の生活圏とその近辺でも起りうるミニ遭難だ。
ところで、上記のスポーツ登山の場合、遭難者は勝手な思い込みでずるずると深みにはまり込み、みずから窮地へ突き進んでいく。最悪の場合、凍傷で指をことごとく切断することになる。生還したのが救いだが、その事例の場合、読みながら正直吐き気がするほど絶望的だった。
ルートマップに従わずショートカットしたり、標識を都合のよい方に解釈したりすることで始まる。結局は、何度も繰り返される鉄則、「おかしいなと思ったら引き返せ」とか、「道に迷ったら沢を下るな、尾根に上がれ」を無視してしまうことにある。もちろん遭難とは万事休すの状態をさすのだが。
最近、高齢者による自動車運転事故が繰り返されているが、この本の「あとがき(追記)」にも、高齢登山者による遭難の多さについて統計的紹介がされている。年寄りは、お互いによしみとしていうのだが、人に迷惑にならぬよう身の程をわきまえるべきだろう。
読もうと思ったのは、登山への興味というより、遭難者の心理や意識について知りたかったからだ。もしかしたら、不思議な体験が語られてないか好奇心もあった。
元来、山についてそこに棲息するキツネやオオカミ(山神)の伝説だけでなく、猟師たちが経験した「山怪」という奇談、すなわち人智を超える不思議な体験に興味がある。
(本ブログ関連:”山怪”)
「山怪」の範疇でいえば、山に入って神隠しにあったり、キツネにだまされて行方不明になる話がある。大方、子どもより老人の方が多いようだが。結果として、① 意外にも村の近くや、② 想定外の山奥で偶然発見されたりする。特に大人の場合、本人はいつもの道を歩いていたと断言し、キツネにだまされたに違いないといったりする。周りの者は、彼らをボケてたのじゃないか、キツネにだまされたというのは言い訳に過ぎないと冷ややかだそうだ。山の生活圏とその近辺でも起りうるミニ遭難だ。
ところで、上記のスポーツ登山の場合、遭難者は勝手な思い込みでずるずると深みにはまり込み、みずから窮地へ突き進んでいく。最悪の場合、凍傷で指をことごとく切断することになる。生還したのが救いだが、その事例の場合、読みながら正直吐き気がするほど絶望的だった。
ルートマップに従わずショートカットしたり、標識を都合のよい方に解釈したりすることで始まる。結局は、何度も繰り返される鉄則、「おかしいなと思ったら引き返せ」とか、「道に迷ったら沢を下るな、尾根に上がれ」を無視してしまうことにある。もちろん遭難とは万事休すの状態をさすのだが。
最近、高齢者による自動車運転事故が繰り返されているが、この本の「あとがき(追記)」にも、高齢登山者による遭難の多さについて統計的紹介がされている。年寄りは、お互いによしみとしていうのだが、人に迷惑にならぬよう身の程をわきまえるべきだろう。
2019年4月23日火曜日
2019春期バスク語-4
「バスク語教室」のカリキュラムは特別で、これまで第1、2回は文法・会話編(吉田先生)、第3回は文化編(萩尾先生)だった。月1回の割合で文化編を組み込むことで、難解といわれるこの「孤立語」を少しでも取り組みやすいよう工夫いただきありがたい。4回目の今日、再び文法・会話編に戻った。
(本ブログ関連:”バスク語”)
今回も丁寧な解説とプリント教材を使った説明と、全員が順に口答する練習があった。
① 形容詞、指示代名詞を使った名詞句の表現
② 否定形の表現(ez=否定辞)
③ oso(とても~)の表現
および、アクセント(2音節と3音節以上)の付け方についての説明があった。(今回の内容は、「ニューエクスプレス バスク語」(吉田浩美著 白水社)の「レッスン2」に相当する)
4月末から5月初旬にかけて長期の連休のため、授業が2回分休みとなる。それ補う意味から、しっかり宿題をいただいた。時間もあるので、合わせて「ニューエクスプレス バスク語」を熟読したい。
(先生推奨の町Hondarribiaを見てみよう・・・ Hondarribia herri txiki eta polita da. )
(Youtubeに登録のBasque Country Spiritに感謝)
(本ブログ関連:”バスク語”)
今回も丁寧な解説とプリント教材を使った説明と、全員が順に口答する練習があった。
① 形容詞、指示代名詞を使った名詞句の表現
② 否定形の表現(ez=否定辞)
③ oso(とても~)の表現
および、アクセント(2音節と3音節以上)の付け方についての説明があった。(今回の内容は、「ニューエクスプレス バスク語」(吉田浩美著 白水社)の「レッスン2」に相当する)
4月末から5月初旬にかけて長期の連休のため、授業が2回分休みとなる。それ補う意味から、しっかり宿題をいただいた。時間もあるので、合わせて「ニューエクスプレス バスク語」を熟読したい。
(先生推奨の町Hondarribiaを見てみよう・・・ Hondarribia herri txiki eta polita da. )
(Youtubeに登録のBasque Country Spiritに感謝)
2019年4月22日月曜日
ユダヤの歴史を学ぶ-3
今日で3回目にあたる、市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に通う道筋にだいぶ慣れてきた。狭い行動範囲で生活してきただけに、電車の乗り換え、慣れない街歩きも小冒険。おかげで足腰のいい運動にもなっているのは幸い。
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
今回のテーマは、立教大学准教授 長谷川修一氏の前回(4/15)の講演の続編で、「旧約聖書の世界(2) - ヘブライ人の世界像、歴史観、メシアニズム - 」について考古学的な成果を背景に、ヘブライ人の歴史を教えていただいた。
何より興味深かったのは、ヘブライ人の<民族起源譚>の再考、確認である。
・ヘブライ人は、西アジアの民族の生活環境、生活実態から見て、かつヘブライ人の自然観(自然との支配関係)から見ても、ヘブライ人がいう出自の<遊牧民>ではなく<農耕の民>だったのではないか。
・聖書に<ヘブライ人>があっても、<ユダヤ人>の記載はない。
・<出エジプト>の<史実性>について、果たして<奴隷>としてエジプトで扱われていたのか、一大民族的な脱出があったのか、考古学的証拠が皆無である。
・<ノアの洪水物語>には、ヘブライ聖書に見られる<直線的な時間観>に対して、<世界のリセット>という<円環的な時間観>の意味合いに近い。そのような歴史観は、古代メソポタミアの「ギルガメシュ叙事詩」に通じる。
まだまだトピックに富んだ話題があった。最後に、イスラエル北部の「テル・レヘシュ遺跡」の考古学的な発掘調査*について語られた。
(*)Rekhesh project 日本語サイト: http://rekhesh.com/jp/about-the-site
まだまだトピックに富んだ話題があった。最後に、イスラエル北部の「テル・レヘシュ遺跡」の考古学的な発掘調査*について語られた。
(*)Rekhesh project 日本語サイト: http://rekhesh.com/jp/about-the-site
ところで、先週末にユダヤの祭事で重要な、<出エジプト>をベースにした「過越」があったばかり。はたして、上記の理解が果たしてユダヤ社会で受容されるのか気になるところだ。同じころにキリスト教の<復活祭>もあって、<過越>との関係(相似)も気になる。
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