ネットニュースを見ていたら、可笑しくて嬉しくなる話が載っていた。何でも、岐阜県関市の平成(へなり)地区にある「元号橋」上で、まさに手作りの「平成の空気」の缶詰を製造し、4/22以降、地元「道の駅 平成」で販売したそうだ。価格は、ほぼ缶詰の原材料費とのこと。もともと「平成(へなり)」の名を持つ場所だっただけに、元号が「令和」に変わる前に、「平成」のイメージを残すことに意味があったようだ。意外と楽しい広報戦略だ。
ところで、空気の話題といえば、かつて「ハレー彗星」が地球に接近したとき、その尾のために地球の空気がなくなり、人類が絶滅するかもしれないという騒ぎがあったそうだ。人はなぜか終末論が好きで、そんな騒動が何度も繰り返される(キリスト教的世界観の臭いがしないわけではないが)。
子どものころ読んだ児童書の挿絵に、生き残る手段を少しでも確保しようと、空気を詰め込んだ自転車チューブを何本も肩にかついでいる子が描かれていた。貧富の差を見せ付けるような滑稽譚、あるいは、ものごとを真剣に考えているようで何処か底が抜けている阿呆話だ。小さな田舎を舞台にして可能なことだが。
(本ブログ関連:”阿呆”)
幸い、今回の「平成の空気」の缶詰は平和であった時代の象徴だ。「令和の空気」も美味しく吸えることを願っている。