ひとは名誉や名声を競い合うけど、阿呆を競い合うことはない。阿呆は互いに、お前こそ阿呆だというけれど、俺こそ阿呆だとはいわない。周りから見れば同じ阿呆なのだが・・・、阿呆がそういうのだから間違いない。
マトリョーシカ人形のように阿呆はきりがない。だったら、阿呆と互いに承知すれば通じ合うのに、そうならないのが惜しい。
昨日のブログに「阿呆船」から探したが、今日はエラスムスの1511年に刊行した「痴愚神礼讃(Encomium Moriae)」(二宮敬訳)から抜き出してみよう。女神がいうには・・・。
(本ブログ関連:”痴愚神礼讃”、”阿呆船”)
--------------------------------------
28 さて今度は、さまざまな技芸のお話をしましょう。このうえもなく優れているように思われる多くの知識を、いったいどうして人間は考え出したり、あとへ伝えたりしたのでしょうかしら? 名誉欲からでないとしたらばね。実際、阿呆の骨頂たる人間どもは、徹夜を重ね汗水流したあげくの果てに、名声という世のなかでもまさにいちばん空しいものを手に入れたつもりになっていたわけなのですよ。皆さんだってやはり、この痴愚の女神のおかげで、人生のあらゆる貴重な利便の余慶にあずかっていらっしゃるのですし、さらに、これはなによりも楽しいことですが、皆さんは他人の阿呆さを利用していらっしゃるのです。
--------------------------------------
2019年3月24日日曜日
2019年3月23日土曜日
明け暮れ阿呆
何かよいものはないか、何処かにあるに違いないと探し回り、とどのつまりはたまらない。それもそのはず、安い麻袋に放り込んだが、袋の底が破れていて、何もかも漏れ落とし、軽いのは力が付いたからと勘違いして、後ろを確かめることもしない。
そんな「明け暮れ阿呆」について語る詩がある。S.ブラントが1494年に著した風刺詩集の「阿呆船(Das Narrenschiff )」(尾崎盛景訳)に次のように語られている。(エラスムスの「痴愚神礼讃」(1511年)とともに気休めに活用する)
(本ブログ関連:”阿呆船”)
いろいろよいこと聞きながら
少しも知恵が増しもせず、
何でもかんでも聞きたがり、
ちっともそれでよくならず、
見るもの何でも欲しがって、
いつになってもかっこ鳥。
新しいものならとびついて、
そのすぐ後で熱がさめ、
またほかのものに手をのばす、
阿呆の持病じゃなかろうか。
・・・
この阿呆船には、いずれも阿呆がちりばめられ、もしもそこから漏れているなら名乗り出よとのこと。いやはや、どれもこれもわが身に立ち返ることしきり。阿呆さ加減を思い知ることになる。
そんな「明け暮れ阿呆」について語る詩がある。S.ブラントが1494年に著した風刺詩集の「阿呆船(Das Narrenschiff )」(尾崎盛景訳)に次のように語られている。(エラスムスの「痴愚神礼讃」(1511年)とともに気休めに活用する)
(本ブログ関連:”阿呆船”)
いろいろよいこと聞きながら
少しも知恵が増しもせず、
何でもかんでも聞きたがり、
ちっともそれでよくならず、
見るもの何でも欲しがって、
いつになってもかっこ鳥。
新しいものならとびついて、
そのすぐ後で熱がさめ、
またほかのものに手をのばす、
阿呆の持病じゃなかろうか。
・・・
この阿呆船には、いずれも阿呆がちりばめられ、もしもそこから漏れているなら名乗り出よとのこと。いやはや、どれもこれもわが身に立ち返ることしきり。阿呆さ加減を思い知ることになる。
2020年8月6日木曜日
おかしな主人公たちの住む町
世の中には色んな阿呆がいる。わたしもその一人で気持ちがよく通じる。もし阿呆たちがそろったらどうなるだろう。収拾の付かないことばかりかもしれないが、意外とよく事が済むかもしれない。
イディッシュ語を少しかじったとき、語学テキストに閑話休題として小話が用意されていた。ストーリーの舞台に「ヘルム」の町(村)が出てくる。当然ながら、架空の町(村)で、ポーランドにあるという。まさにイディッシュの息づかいを感じる気がする。以来、彼らの粗忽さに落語と似た親近感を感じている。
(本ブログ関連:”阿呆”、”ヘルム”)
イディッシュ語作家でもあるアイザック・バシェヴィス・シンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」(工藤幸雄訳)の訳者解説に、同書で話題にしたポーランドのユダヤ人が住む町「ヘルム」の他に、おかしな主人公たちのいる民話の町として次が紹介されていて、以前このブログの「おバカな村」にも記した。
・イギリス「ゴタム」
・オランダ「カンペン」
・イタリア「クネオ」
・ドイツ「シュリートブルク」など
ところで、ドイツにはシュリートブルクの他に「シルダ」というおバカな町があるという。
アンソロジー「日本の名随筆40 愚」(山田風太郎選)に収載の、北杜夫の「阿保について」(「マンボウ人間博物館」の第一話)に、児童文学者のケストナーが記した、<賢人が出張して阿保ばかりが残った*ドイツ中世の「シルダ」の町>について紹介している。
(*)阿保ばかりが残ったのか、賢い者が戻ってきて阿呆の振りをしているだけなのか諸説あるようだ。
■ まず、北杜夫の「阿保」の定義が面白い。精神科医の作家なればこその紹介だが、孫引きする。
----------------------------
ドイツの誇る精神科医、故ホルスト・ガイヤー博士に、『愚鈍について』という著作がある。彼は白痴患者の専門家であった。その一説、
『勤勉は阿呆の埋め合わせにはならない。勤勉な阿呆ほど、はた迷惑なものはない。』
・・・・
そもそも世に名高きシルダ人の愚行を記さぬ法はなかろう。シルダ人は、ドイツ中世の伝説の一つで、『ティル・オイレンシュピーゲルのいたずら』と共に、双璧をなしている。いろんな作家がシルダ人の愚行について、童話や小説を書いているが、ケストナーのものがいちばん面白いようだ。
----------------------------
というわけで、ケストナーの「シルダの町の人びと」が少し触れられている。一匹の海老(ザリガニ)が巻き起こす騒動が面白い。
■ ちくま文庫「ケストナーの『ほらふき男爵』」(池内紀、泉千穂子訳)に所収の「シルダの町の人びと、ザリガニを裁判にかける」は、次のように書かれている。
イディッシュ語を少しかじったとき、語学テキストに閑話休題として小話が用意されていた。ストーリーの舞台に「ヘルム」の町(村)が出てくる。当然ながら、架空の町(村)で、ポーランドにあるという。まさにイディッシュの息づかいを感じる気がする。以来、彼らの粗忽さに落語と似た親近感を感じている。
(本ブログ関連:”阿呆”、”ヘルム”)
イディッシュ語作家でもあるアイザック・バシェヴィス・シンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」(工藤幸雄訳)の訳者解説に、同書で話題にしたポーランドのユダヤ人が住む町「ヘルム」の他に、おかしな主人公たちのいる民話の町として次が紹介されていて、以前このブログの「おバカな村」にも記した。
・イギリス「ゴタム」
・オランダ「カンペン」
・イタリア「クネオ」
・ドイツ「シュリートブルク」など
ところで、ドイツにはシュリートブルクの他に「シルダ」というおバカな町があるという。
アンソロジー「日本の名随筆40 愚」(山田風太郎選)に収載の、北杜夫の「阿保について」(「マンボウ人間博物館」の第一話)に、児童文学者のケストナーが記した、<賢人が出張して阿保ばかりが残った*ドイツ中世の「シルダ」の町>について紹介している。
(*)阿保ばかりが残ったのか、賢い者が戻ってきて阿呆の振りをしているだけなのか諸説あるようだ。
■ まず、北杜夫の「阿保」の定義が面白い。精神科医の作家なればこその紹介だが、孫引きする。
----------------------------
ドイツの誇る精神科医、故ホルスト・ガイヤー博士に、『愚鈍について』という著作がある。彼は白痴患者の専門家であった。その一説、
『勤勉は阿呆の埋め合わせにはならない。勤勉な阿呆ほど、はた迷惑なものはない。』
・・・・
そもそも世に名高きシルダ人の愚行を記さぬ法はなかろう。シルダ人は、ドイツ中世の伝説の一つで、『ティル・オイレンシュピーゲルのいたずら』と共に、双璧をなしている。いろんな作家がシルダ人の愚行について、童話や小説を書いているが、ケストナーのものがいちばん面白いようだ。
----------------------------
というわけで、ケストナーの「シルダの町の人びと」が少し触れられている。一匹の海老(ザリガニ)が巻き起こす騒動が面白い。
■ ちくま文庫「ケストナーの『ほらふき男爵』」(池内紀、泉千穂子訳)に所収の「シルダの町の人びと、ザリガニを裁判にかける」は、次のように書かれている。
----------------------------
ある日、町にやってきたザリガニが、はさみを持っていることから仕立て屋に違いないと町長が結論を出す。さっそく布を切らせてみるとズタズタになる。そこからドタバタが始まり、結果、ザリガニは裁判にかけられる。裁判長は「溺死させるのがよろしい」と死刑を宣告する。
シルダの町の人びとは刑の執行を見守った。「かわいそうだがしかたない。法は曲げられぬ」と。
----------------------------
ある日、町にやってきたザリガニが、はさみを持っていることから仕立て屋に違いないと町長が結論を出す。さっそく布を切らせてみるとズタズタになる。そこからドタバタが始まり、結果、ザリガニは裁判にかけられる。裁判長は「溺死させるのがよろしい」と死刑を宣告する。
シルダの町の人びとは刑の執行を見守った。「かわいそうだがしかたない。法は曲げられぬ」と。
----------------------------
こんな具合で、ザリガニは溺死の刑に処せられた。
■ そういえば、上記のシンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」にもこんな話がある(「ヘルムのとんちきまぬけな鯉」)。
----------------------------
ヘルムの長老から大とんまな男へ贈られた鯉が、ぴしゃりと跳ねて男のお顔を叩いた。罰を与えようといろいろ算段したあげく、結局、溺死の刑に処すことになった。
鯉を湖に投げ込む処刑を見ながら、ヘルムの市民は歓声を挙げた。「卑怯きわまる鯉はおぼれてくたばれ!」と。
ヘルムの長老から大とんまな男へ贈られた鯉が、ぴしゃりと跳ねて男のお顔を叩いた。罰を与えようといろいろ算段したあげく、結局、溺死の刑に処すことになった。
鯉を湖に投げ込む処刑を見ながら、ヘルムの市民は歓声を挙げた。「卑怯きわまる鯉はおぼれてくたばれ!」と。
----------------------------
ちなみに、ユダヤ料理の一品に使われる「ゲフィルテ」は、鯉のすり身団子だ。瓶詰から取り出してそのまま食べればさっぱりした味わいだ。わたしは、うどんと一緒に煮こんだりした。少々甘みが出てくるが、ふうふういいながら食うのも美味いものだ。
(本ブログ関連:”ゲフィルテ”)
(参考1)
学問的なことは全く不案内だが、ヘルマン・バウジンガー「ドイツ人はどこまでドイツ的?(2)― 国民性をめぐるステレオタイプ・イメージの虚実と因由 ―」(河野眞訳、愛知大学 言語と文化 No. 21)の翻訳に「シルダ」の町について次のような<訳注>がある。
https://taweb.aichi-u.ac.jp/tgoken/bulletin/pdfs/NO21/04KonoS.pdf
----------------------------
p.68 シルダ(Schilda):シルダは,架空の都市の名前で,民衆本に頻繁に現れ,その市民はいたずら好きな主人公や,また主人公にからかわれる馬鹿な民衆でもあった。シルダの元になった町としては,ザクセンの「シルダウ (Schildau)」 やブランデンブルクの「シルダ (Schilda)」 などが挙がられる。
----------------------------
(参考2)
学問的なことは全く不案内だが、「論説 《世間》は日本社会の特異性か? - 欧文の翻訳における《世間》の用例に即した検証 -」(河野眞)も参考に記す。
https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=9219&file_id=22&file_no=1
ちなみに、ユダヤ料理の一品に使われる「ゲフィルテ」は、鯉のすり身団子だ。瓶詰から取り出してそのまま食べればさっぱりした味わいだ。わたしは、うどんと一緒に煮こんだりした。少々甘みが出てくるが、ふうふういいながら食うのも美味いものだ。
(本ブログ関連:”ゲフィルテ”)
(参考1)
学問的なことは全く不案内だが、ヘルマン・バウジンガー「ドイツ人はどこまでドイツ的?(2)― 国民性をめぐるステレオタイプ・イメージの虚実と因由 ―」(河野眞訳、愛知大学 言語と文化 No. 21)の翻訳に「シルダ」の町について次のような<訳注>がある。
https://taweb.aichi-u.ac.jp/tgoken/bulletin/pdfs/NO21/04KonoS.pdf
----------------------------
p.68 シルダ(Schilda):シルダは,架空の都市の名前で,民衆本に頻繁に現れ,その市民はいたずら好きな主人公や,また主人公にからかわれる馬鹿な民衆でもあった。シルダの元になった町としては,ザクセンの「シルダウ (Schildau)」 やブランデンブルクの「シルダ (Schilda)」 などが挙がられる。
----------------------------
(参考2)
学問的なことは全く不案内だが、「論説 《世間》は日本社会の特異性か? - 欧文の翻訳における《世間》の用例に即した検証 -」(河野眞)も参考に記す。
https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=9219&file_id=22&file_no=1
2021年4月29日木曜日
アホウドリ
探鳥会のベテランの方からいただいた大部の鳥専門誌「BIRDER」のバックナンバーを順に見ていたら、2016年4月号に、外洋性の海鳥「アホウドリ」についての観察記があった。「ぶらり鳥見 散歩道」の連載があって、まさに春の4月にふさわしい「アホウドリが身近に感じる極上の船旅 (八丈島航路)」(筆者 ♪鳥くん)といったタイトルだ。
筆者は、伊豆七島南端の島である八丈島行きの客船「さるびあ丸」に乗船して、オープンデッキから洋上を飛翔するアホウドリをウォッチングする予定だった。しかし海が荒れて三宅島辺りで引き返すことになる。ようやく大島近くに戻ったころになってアホウドリをゆっくり観察できた。なのでいささか乗船記でもあるようだ。
ところで「アホウドリ」の表記に<阿保鳥>と<信天翁>があって、その由来について「野鳥の名前 名前の由来と語源」(著:安部直哉、写真:叶内拓哉、ヤマケイ文庫)は次のように紹介されている。
・<阿保鳥>について、知られたことだが飛翔の力が秀でているものの、脚が短いため地上での歩行動作が鈍いことから、上質の羽毛採取を目的に簡単にあやめられてきた。
・<信天翁>の方は、「天を信じ、天に身をまかせている翁」といった一見立派に聞こえるが、結局は「鈍で阿保な鳥」の暗喩といわれているという。
アホウドリは、そんなわけで分が悪いけれど、私は<阿呆>が好きだ。だからブログに阿保なことを記し続けている。
(本ブログ関連:”阿呆”)
以前も、アホウドリの<阿呆>さに触れた。ボードレールの詩集「惡の華」(訳:堀口大学、新潮文庫)には「信天翁(あほうどり)」の詩があって、それはまあ意地の悪い表現で書き連ねられている。(抜粋)
---------------
しばしばよ、なぐさめに、船人(ふなびと)ら、
信天翁を生捕(いけど)るよ、
潮路(しおじ)の船に追いすがる
のどけき旅の道づれの海の巨鳥(おおどり)。
青ぞらの王者の鳥も
いま甲板(かんぱん)に据(す)えられて、
恥さらす姿も哀れ、両脇(りょうわき)に、
白妙(しろたえ)の両の翼(つばさ)の、邪魔げなる、櫂(かい)と似たりな。
---------------
また、アホウドリの学名Phoebastria albatrusから、アルバトロスの名を持つ*。アルバトロスに阿呆の意はなく、むしろ漢字の信天翁の字面に近い印象がある。白髪の預言者なのかもしれない。また、ゴルフ用語にアルバトロスがあって、パーより3打数すくなくカップに入れることで、優れた飛翔力が要る**。
(*)野鳥の学名入門(菊池秀樹氏): http://yacho.org/cbird/pages/4_kazakiri/binomina.htm
(**)鎌倉パブリックゴルフ場: https://kamakura-pg.com/blog_meaning-of-the-albatross/
(余談)
● ところで子どものころ、ご多分にもれず飛行機ファンだった私は、雑誌「航空ファン」に連載された第一次大戦中のドイツの撃墜王、リヒトホーフェンの活躍を読んだ。貴族出身の彼は、乗機アルバトロスの複葉機を赤く塗装させた。それは、日本の戦国武将が<緋威の鎧(ひおどしのよろい)>をまとい存在を誇示したのに通じる気がする。
● 中島みゆきの歌に「あほう鳥」がある。歌詞はいかにも、あんちゃんとその女といった人物模様だが、次のような対の表現が面白い。(以下抜粋)
---------------
あたしは とても おつむが軽い
あんたは とても 心が軽い
---------------
余談の余談になってしまうが、彼女の「歌姫」にも印象深い対表現がある。
---------------
男はいつも 嘘がうまいね
女よりも子供よりも 嘘がうまいね
女はいつも 嘘が好きだね
昨日よりも明日よりも 嘘が好きだね
---------------
2011年4月29日金曜日
ちいさな男の子は阿呆である
ちいさな男の子は大方阿呆である。そうであるし、そうでなければならない。人のしないことをするのが男の子である。本人はそんなつもりじゃないけれど。
あっはっはと笑いながら、さて次に何やろうかとたくらむ。こころの中が、いつも青空なんだ。そんな今が、なつかしい思い出を作っている最中だなんて、これっぽっち思っちゃいない。目をきらきらと輝かせ、学校の帰り道に腹ばいになって、路肩のカマキリを見たり、一列になって後ろ向きに歩いてみたり、やることがいっぱいあるのだ。
わたしの昔もそうだったよ。チャンバラで誰がうまく切られるかと熱中したり、小学校の木造の階段を上手に平行に転げ落ちることを競ったりしたものだ。ちいさな男の子は阿呆なことにいつでも向上心が湧いてくる。
書店で梅佳代の写真集「男子」(2007年)を見て、毎日が楽しくてわくわくしていた頃の懐かしさを覚えた。ちいさな男の子なら経験する、平気で転げ廻った地面やアスファルトの感触を。そうそう、ちいさな隙間も好きだったな、自分たちだけの秘密の通路にしていたこともよみがえってきた。
さて、この写真集には作家の次のような言葉があるようだ。適確で温かい。
男子は
ばかで
無敵で
かっこいいです。(うめ)
ところで、阿呆な男の子から卒業していた頃、創刊されて間もない雑誌「太陽」(1964年7月:創刊一周年記念号)に、第1回太陽賞を受賞した写真家荒木経惟の「さっちん」を見た。当時としてはグラフィカルで洒落た大きなサイズの雑誌に、いつでもどこでも走って転んで遊び廻る子どもたちの世界がそのままに載せられていた。写真には、ぼくらの原風景がおさまっていた。モノクロ写真は、どろだらけの子どもにぴったりに思える。色彩がなくても、みな元気な時代だった。
新潮社版の最後に、作家が次のように語っている。
「これは三河島の戦前からあった古い団地アパートなんだけど、(略) 荒川線を途中で降りて、ぶらぶら歩いて撮りだしたの。そこで出会ったのが「さっちん」(当時小学4年生)。」
あっはっはと笑いながら、さて次に何やろうかとたくらむ。こころの中が、いつも青空なんだ。そんな今が、なつかしい思い出を作っている最中だなんて、これっぽっち思っちゃいない。目をきらきらと輝かせ、学校の帰り道に腹ばいになって、路肩のカマキリを見たり、一列になって後ろ向きに歩いてみたり、やることがいっぱいあるのだ。
わたしの昔もそうだったよ。チャンバラで誰がうまく切られるかと熱中したり、小学校の木造の階段を上手に平行に転げ落ちることを競ったりしたものだ。ちいさな男の子は阿呆なことにいつでも向上心が湧いてくる。
書店で梅佳代の写真集「男子」(2007年)を見て、毎日が楽しくてわくわくしていた頃の懐かしさを覚えた。ちいさな男の子なら経験する、平気で転げ廻った地面やアスファルトの感触を。そうそう、ちいさな隙間も好きだったな、自分たちだけの秘密の通路にしていたこともよみがえってきた。
さて、この写真集には作家の次のような言葉があるようだ。適確で温かい。
男子は
ばかで
無敵で
かっこいいです。(うめ)
ところで、阿呆な男の子から卒業していた頃、創刊されて間もない雑誌「太陽」(1964年7月:創刊一周年記念号)に、第1回太陽賞を受賞した写真家荒木経惟の「さっちん」を見た。当時としてはグラフィカルで洒落た大きなサイズの雑誌に、いつでもどこでも走って転んで遊び廻る子どもたちの世界がそのままに載せられていた。写真には、ぼくらの原風景がおさまっていた。モノクロ写真は、どろだらけの子どもにぴったりに思える。色彩がなくても、みな元気な時代だった。
新潮社版の最後に、作家が次のように語っている。
「これは三河島の戦前からあった古い団地アパートなんだけど、(略) 荒川線を途中で降りて、ぶらぶら歩いて撮りだしたの。そこで出会ったのが「さっちん」(当時小学4年生)。」
2025年8月28日木曜日
「醒睡笑」: 躻(うつけ)2
次の話は、重力を利用して、臼(うす)の中の米を杵(きね)で搗(つ)く作業の途中、ふと思いついたが、吟味不足のまま、すぐに披瀝してしまう「うつけ」がいる。粗忽さに通じる。
-----------------------------------------------------
ちっと、たくらだ(ばか)があって、人に向かって、「おれは日本一のことをたくみ出した」と吹聴する。「どんな事を」とたずねると、「されば。臼(うす)で米を搗(つ)くさまを見るに、下へ下る杵(きね)は役に立つが、上へあがる杵は無駄になっている。所詮、上にも臼をかいさま(さかさま)に吊って、それに米をいれて搗けば、上下両方の米がいちどに搗けて、杵の上げ下げがそつになるまい、と思案した」という。そのことばの終わらぬうちに、「その吊り下げる臼に米を入れるにはどうする」と問いつめると、「まことに、その思案はしなかった」。
----------------------------------------------------
2016年7月15日金曜日
ちいさな男の子はやっぱり阿呆がよい
昨夜の豪雨は、今朝になって煙り雨に変わった。そんななか、隣町に買物に出かけた帰りのこと。学校が終わったランドセルの一団と出会った。時間帯からいって小学2年生だろうか、校門近くにできた水溜りに群がっていた。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
一人が泥水に足をつけた。すると競うように、別の一人がボクもできると飛び込んだ。そばを通り過ぎながら見ると、5、6人の男の子の中に、女の子が一人混じっていた。この時期の女の子は、精神年齢が勝っているようで、男の子たちを相手にしていられないのか輪から抜け出た。
あわてて一人の男の子が女の子を追いかけた。すると、更に後ろから、もう一人の男の子が傘の柄を突き出して、前を行く男の子のランドセルを引っ掛けるようにして追いついた。女の子は、もう彼らを完全に無視して先を進んでいる。
子どもたち一団と別れるように、道角を曲がった私の背後で、男の子が叫んでいるのが聞こえた。「さよなら、ユーリ君!」、「ユーリ君、ゆうれいだ~」とね。
幼い子どもは泥水の感触が好きだ。どろどろになるまで、濡れても汚れても平気で遊ぶ。言葉使いについても同様なものがあるのかもしれない。教えられ、操れるようになった言葉同士が、オーバラップするという不思議さに気付いたのだろう。言葉遊びに、泥水遊びと似た感蝕があるのに気付いたようだ。
そんな、感蝕に留まっている小さな男の子たちの世界は、どこかとぼけた阿呆振りが可笑しくてしょうがない。自分も通った道だけに。
彼らの時代は、泥水につかる感触がまだまだ楽しい。泥水の汚れとか、乾くのに手間取るという予測と無縁で、特に男の子は幼さから抜けきれないようだ。本当の意味で幼さを抜けきるには、中学2年の夏休みを過ぎてから、その頃になると、女の子もようやく認るようだ。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
一人が泥水に足をつけた。すると競うように、別の一人がボクもできると飛び込んだ。そばを通り過ぎながら見ると、5、6人の男の子の中に、女の子が一人混じっていた。この時期の女の子は、精神年齢が勝っているようで、男の子たちを相手にしていられないのか輪から抜け出た。
あわてて一人の男の子が女の子を追いかけた。すると、更に後ろから、もう一人の男の子が傘の柄を突き出して、前を行く男の子のランドセルを引っ掛けるようにして追いついた。女の子は、もう彼らを完全に無視して先を進んでいる。
子どもたち一団と別れるように、道角を曲がった私の背後で、男の子が叫んでいるのが聞こえた。「さよなら、ユーリ君!」、「ユーリ君、ゆうれいだ~」とね。
幼い子どもは泥水の感触が好きだ。どろどろになるまで、濡れても汚れても平気で遊ぶ。言葉使いについても同様なものがあるのかもしれない。教えられ、操れるようになった言葉同士が、オーバラップするという不思議さに気付いたのだろう。言葉遊びに、泥水遊びと似た感蝕があるのに気付いたようだ。
そんな、感蝕に留まっている小さな男の子たちの世界は、どこかとぼけた阿呆振りが可笑しくてしょうがない。自分も通った道だけに。
彼らの時代は、泥水につかる感触がまだまだ楽しい。泥水の汚れとか、乾くのに手間取るという予測と無縁で、特に男の子は幼さから抜けきれないようだ。本当の意味で幼さを抜けきるには、中学2年の夏休みを過ぎてから、その頃になると、女の子もようやく認るようだ。
2025年6月28日土曜日
「醒睡笑」: 躻(うつけ)
今朝は目覚めが悪く、早朝の野鳥観察(探鳥会)参加を怠けてしまった。掛け時計の針がスローモーションのように進んでいくのを見ながら、ずるずると過ごすうち、集合時刻に間に合わなくなった。
昼に隣り街に出かけた帰り道、古本屋に寄って、平凡社の東洋文庫「醒睡笑」(安楽庵策伝* 集、 鈴木棠三 訳)を手にした。戦国時代の笑い話集で、いってみればポテトチップスを食べる感覚で読めばよい・・・つぎつぎ美味い話が飛び込んでくるのだ。編者の策伝は仏僧なれど、笑い話は宗教臭くない、それが良い。喫茶店でしばらく読んで賞味した。
(*)安楽庵策伝:天文23年(1554年)~ 寛永19年(1642年)
第二章の中の「躻(うつけ)」<愚か者の笑い・・・ばか、まぬけ、「躻」の字は、体の中に大切なものがあるべきなのに、それがないという国字> に、面白い阿保話があって、次のようなものがある。
----------------------------------------------------
ある男が銭を隠すため地面に埋める時、「必ず人の目には蛇に見えて、わが見る時ばかり銭になれよ」と言っているのを、内の者が聞いていて、後で銭を掘り出し、代わりに蛇を入れておいた。例の亭主が後で掘ってみたら蛇が出て来たので、「やれ、おれじゃ。やれ、見忘れたか」と幾度も名のったのは、なかなかの聞き事だった。
----------------------------------------------------
他にこんな話がある。男たちが三人集まって語り合った。しっかり者の家内について、唯一の欠点は怒ったときに亭主の頭を叩くことだと、二人とも同じことを口にした。三人目の男が「お前たちは日本一の躻(うつけ)者じゃ」といって、自分ならこうすると秘訣を得意気に披瀝した・・・「履物をはかずに逃げるがよい」と。
まあ云ってみれば、落語の原点であって、オチがある。そのためには、躻(うつけ)者=阿呆が必要のようだ。
(本ブログ関連:”落語”)
2019年4月21日日曜日
(雑談)信天翁
阿呆と呼ばれてもどこか愛嬌があり、日常を達者に過ごしている。そのくせ抜け目なく、ある意味しっかり者である。ときに道化て笑わせることもあるが、トリックスターのように人を驚かす力を秘めている。そんな生き方も悪くないと思う。
(本ブログ関連:”阿呆”)
けれど、それも機転の効く知恵があるときのはなし。羽を広げて、見下げるように悠々と青空を滑空する「信天翁(アホウドリ)」も、船乗りに捕まれば甲板をよたよた歩き回るだけ。その差があまりに情けない。
そんな「信天翁」を、< 詩人(うたびと)も、哀れ似たり、罵詈満つる俗世の地に下り立てば、巨人の翼、人の世の航路の邪魔よ > とあっさり断じたボードレールは、「悪の華」(堀口大學訳)に所収の「信天翁」で、詩人の言葉巧みさを「巨人の翼」と呼んだものだ。
昔、テレビの討論番組で、ある論者が「わたしは、俯瞰してものを見るのが好きだ」といっていた。それを聞いて、どうか地上に降りてみなと話してくれないだろうかと思ったりした。
(本ブログ関連:”阿呆”)
けれど、それも機転の効く知恵があるときのはなし。羽を広げて、見下げるように悠々と青空を滑空する「信天翁(アホウドリ)」も、船乗りに捕まれば甲板をよたよた歩き回るだけ。その差があまりに情けない。
そんな「信天翁」を、< 詩人(うたびと)も、哀れ似たり、罵詈満つる俗世の地に下り立てば、巨人の翼、人の世の航路の邪魔よ > とあっさり断じたボードレールは、「悪の華」(堀口大學訳)に所収の「信天翁」で、詩人の言葉巧みさを「巨人の翼」と呼んだものだ。
昔、テレビの討論番組で、ある論者が「わたしは、俯瞰してものを見るのが好きだ」といっていた。それを聞いて、どうか地上に降りてみなと話してくれないだろうかと思ったりした。
2016年2月25日木曜日
イ・ソンヒが出演したテレビドラマ「ギブス家族」
男の子は怪我が得意だ。しょっちゅうするし、傷の具合も自慢になる。包帯ぐらいでは大したことない。腕に白い三角巾して颯爽と登校すると、みなが(男の子だけだが)興味深々に寄ってきて会話が始まる。
松葉杖だったりすると大変、勲章も同然。だから、なかなか手放なさない。回復が進んでも、器用に使うのが自慢となる。それを羨望の眼差しで見ていたのだから、男の子には阿呆な要素がいっぱい詰まっている。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”、”あいつ、今頃鼻血ブーだぜ”、”卒業式”、”膝小僧をすりむいて”、”まあ、見てください”)
子どもは、ちょっとした出来事が好きだ。三角巾や松葉杖は特に大好きだ。ところが大人になるとそうはいかない。何しろ仕事があり日常がある。そのうえギブスなどしたら、周りまで心配になる。そんな知らせをいただいので気になる。御身大切を願うばかり。
イ・ソンヒが初めてテレビドラマに出演したのは、MBCの「ギブス家族(깁스가족)」(2000年1月7日~5月12日、金曜日午後7:30)だ。病院を舞台にしたイ・ソンヒの役回りについては、以前の本ブログに記した。
(本ブログ関連:”ギブス家族”)
入院中の物真似歌手役のイ・ソンヒが、病院ホールで患者たちを前に歌う場面がある。これなら、確かにドラマに出演した実績にもなる。そんなパジャマ姿の彼女を、ファンと一緒の写真には必ず?写っているような、あるファンのブログで見ることができる。
⇒ ブログ「美しい人よ、それは運命なんだ~、頑張って^^」、感謝!
松葉杖だったりすると大変、勲章も同然。だから、なかなか手放なさない。回復が進んでも、器用に使うのが自慢となる。それを羨望の眼差しで見ていたのだから、男の子には阿呆な要素がいっぱい詰まっている。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”、”あいつ、今頃鼻血ブーだぜ”、”卒業式”、”膝小僧をすりむいて”、”まあ、見てください”)
子どもは、ちょっとした出来事が好きだ。三角巾や松葉杖は特に大好きだ。ところが大人になるとそうはいかない。何しろ仕事があり日常がある。そのうえギブスなどしたら、周りまで心配になる。そんな知らせをいただいので気になる。御身大切を願うばかり。
イ・ソンヒが初めてテレビドラマに出演したのは、MBCの「ギブス家族(깁스가족)」(2000年1月7日~5月12日、金曜日午後7:30)だ。病院を舞台にしたイ・ソンヒの役回りについては、以前の本ブログに記した。
(本ブログ関連:”ギブス家族”)
入院中の物真似歌手役のイ・ソンヒが、病院ホールで患者たちを前に歌う場面がある。これなら、確かにドラマに出演した実績にもなる。そんなパジャマ姿の彼女を、ファンと一緒の写真には必ず?写っているような、あるファンのブログで見ることができる。
⇒ ブログ「美しい人よ、それは運命なんだ~、頑張って^^」、感謝!
2019年3月8日金曜日
ビデオ漫画「お馬鹿村」
お馬鹿な生き方をしてみたいけど、実際は難しい。地は阿呆なのに、そのまま振る舞える場所もないし、時は遠に失した。何処かにないか、イデッシュの民話に出て来る「ヘルム」のような町もいい。日本じゃ、それに例える場所を知らない・・・、舞台は見せてくれるが、吉本新喜劇の「なんばグランド花月劇場」、むかしの浅草なら「デン助劇場」。ここは芸達者なつわものの仮の世界。
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
世界の誰れもが求めている、そんな場所はないものか。「お馬鹿村」に言葉は要らない、見りゃ分かる。次は、ロシア - ウクライナの スケッチコメディのテレビシリーズ(Calambur)だそうだがよく知りません。花の香りはよいけれど堆肥は臭い・・・飛んできた魚が生臭いという熊なんて。一方、釣った魚がどこかへ飛んでったようで・・・酒臭い同士はどうってことないのに・・・。続編をお楽しみということで・・・。
(Youtubeに登録のFool's Villageに感謝)
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
世界の誰れもが求めている、そんな場所はないものか。「お馬鹿村」に言葉は要らない、見りゃ分かる。次は、ロシア - ウクライナの スケッチコメディのテレビシリーズ(Calambur)だそうだがよく知りません。花の香りはよいけれど堆肥は臭い・・・飛んできた魚が生臭いという熊なんて。一方、釣った魚がどこかへ飛んでったようで・・・酒臭い同士はどうってことないのに・・・。続編をお楽しみということで・・・。
(Youtubeに登録のFool's Villageに感謝)
2018年5月1日火曜日
(資料)シュメンドリク
阿呆村の「ヘルム」につながるだろう。見たまま、羅列しただけの未整理資料。
「阿呆村(Village of Idiots)」
劇作家ジョン・ラザルス(John Lazarus)が脚色したユダヤ民話をもとにした、(お馬鹿な主人公)シュメンドリク(Shmendrik)の物語を伝える短編アニメである。
落語の「粗忽長屋」を思い出させる「入れ子構造」のような展開。
(Youtubeに登録のAnimation and Cartoon Videosに感謝)
「故郷」から遠く離れて : イディッシュ演劇がニューヨークで手探りしたもの
小倉直子(首都大学東京)
-----------------------------
・イディッシュ演劇は、1876年、アブラハム・ゴールドファーデンのふとした思いつきからルーマニアのヤーシという町に生まれたと言われている。ゴールドファーデンは、それ以前からもイディッシュ語による詩作に励んでいたが、・・・
・”イディッシュ演劇の父” ゴールドファーデンは、ユダヤの伝統や伝説を戯曲化し続けた。あるいは、西欧演劇のプロットもユダヤ風に仕立て直した。例えば、東欧. ユダヤ社会に根付いていた道化師(バトフン)をモチーフに喜劇を描いたり(『シュメンドリク (SHMENDRIK)』) ・・・
-----------------------------
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
ユダヤ演劇
ゴールドフェドン Goldfaden,Abraham
-----------------------------
[生]1840.7.12. ウクライナ
[没]1908.1.9. ニューヨーク
・ユダヤ系劇作家。ウクライナに生れ,ユダヤ人の生活を描いた約 400編の劇やミュージカルを発表するとともに,俳優や劇団を育成,イディシュ演劇 (→ユダヤ演劇 ) の創始者となる。 1887年アメリカに渡る。『戦うダビデ』 (1904) はアメリカにおける最初のヘブライ語劇。代表作は『シュラミート』 Shulamit (1880) 。
-----------------------------
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
ユダヤ演劇
-----------------------------
・1876年にイディッシュ演劇の父とよばれるアブラハム・ゴールドファーデン(1840―1908)がルーマニアのヤーシに最初のイディッシュ劇場を開設した。彼は俳優・演出家であったが、『魔女』や『スラミート』のような劇も書き、とくにミュージカル風な上演様式を確立した。第二のイディッシュ劇場は、現在のリトアニア共和国のビリニュスに、ゴールドファーデン一座の俳優だったイスラエル・グラードナーが作家ヨセフ・ラタイナー(1853―1935)の協力を得てほぼ同時代に設立したものである。
・しかしアレクサンドル2世暗殺後1883年にロシアではイディッシュ演劇が禁止されたので、ゴールドファーデンはじめ多くの人々がアメリカに亡命し、東欧ユダヤ人の運命を扱う作品を上演した。
-----------------------------
「阿呆村(Village of Idiots)」
劇作家ジョン・ラザルス(John Lazarus)が脚色したユダヤ民話をもとにした、(お馬鹿な主人公)シュメンドリク(Shmendrik)の物語を伝える短編アニメである。
落語の「粗忽長屋」を思い出させる「入れ子構造」のような展開。
(Youtubeに登録のAnimation and Cartoon Videosに感謝)
「故郷」から遠く離れて : イディッシュ演劇がニューヨークで手探りしたもの
小倉直子(首都大学東京)
-----------------------------
・イディッシュ演劇は、1876年、アブラハム・ゴールドファーデンのふとした思いつきからルーマニアのヤーシという町に生まれたと言われている。ゴールドファーデンは、それ以前からもイディッシュ語による詩作に励んでいたが、・・・
・”イディッシュ演劇の父” ゴールドファーデンは、ユダヤの伝統や伝説を戯曲化し続けた。あるいは、西欧演劇のプロットもユダヤ風に仕立て直した。例えば、東欧. ユダヤ社会に根付いていた道化師(バトフン)をモチーフに喜劇を描いたり(『シュメンドリク (SHMENDRIK)』) ・・・
-----------------------------
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
ユダヤ演劇
ゴールドフェドン Goldfaden,Abraham
-----------------------------
[生]1840.7.12. ウクライナ
[没]1908.1.9. ニューヨーク
・ユダヤ系劇作家。ウクライナに生れ,ユダヤ人の生活を描いた約 400編の劇やミュージカルを発表するとともに,俳優や劇団を育成,イディシュ演劇 (→ユダヤ演劇 ) の創始者となる。 1887年アメリカに渡る。『戦うダビデ』 (1904) はアメリカにおける最初のヘブライ語劇。代表作は『シュラミート』 Shulamit (1880) 。
-----------------------------
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
ユダヤ演劇
-----------------------------
・1876年にイディッシュ演劇の父とよばれるアブラハム・ゴールドファーデン(1840―1908)がルーマニアのヤーシに最初のイディッシュ劇場を開設した。彼は俳優・演出家であったが、『魔女』や『スラミート』のような劇も書き、とくにミュージカル風な上演様式を確立した。第二のイディッシュ劇場は、現在のリトアニア共和国のビリニュスに、ゴールドファーデン一座の俳優だったイスラエル・グラードナーが作家ヨセフ・ラタイナー(1853―1935)の協力を得てほぼ同時代に設立したものである。
・しかしアレクサンドル2世暗殺後1883年にロシアではイディッシュ演劇が禁止されたので、ゴールドファーデンはじめ多くの人々がアメリカに亡命し、東欧ユダヤ人の運命を扱う作品を上演した。
-----------------------------
2019年4月28日日曜日
平成最後の空気「空気の缶詰」
ネットニュースを見ていたら、可笑しくて嬉しくなる話が載っていた。何でも、岐阜県関市の平成(へなり)地区にある「元号橋」上で、まさに手作りの「平成の空気」の缶詰を製造し、4/22以降、地元「道の駅 平成」で販売したそうだ。価格は、ほぼ缶詰の原材料費とのこと。もともと「平成(へなり)」の名を持つ場所だっただけに、元号が「令和」に変わる前に、「平成」のイメージを残すことに意味があったようだ。意外と楽しい広報戦略だ。
ところで、空気の話題といえば、かつて「ハレー彗星」が地球に接近したとき、その尾のために地球の空気がなくなり、人類が絶滅するかもしれないという騒ぎがあったそうだ。人はなぜか終末論が好きで、そんな騒動が何度も繰り返される(キリスト教的世界観の臭いがしないわけではないが)。
子どものころ読んだ児童書の挿絵に、生き残る手段を少しでも確保しようと、空気を詰め込んだ自転車チューブを何本も肩にかついでいる子が描かれていた。貧富の差を見せ付けるような滑稽譚、あるいは、ものごとを真剣に考えているようで何処か底が抜けている阿呆話だ。小さな田舎を舞台にして可能なことだが。
(本ブログ関連:”阿呆”)
幸い、今回の「平成の空気」の缶詰は平和であった時代の象徴だ。「令和の空気」も美味しく吸えることを願っている。
ところで、空気の話題といえば、かつて「ハレー彗星」が地球に接近したとき、その尾のために地球の空気がなくなり、人類が絶滅するかもしれないという騒ぎがあったそうだ。人はなぜか終末論が好きで、そんな騒動が何度も繰り返される(キリスト教的世界観の臭いがしないわけではないが)。
子どものころ読んだ児童書の挿絵に、生き残る手段を少しでも確保しようと、空気を詰め込んだ自転車チューブを何本も肩にかついでいる子が描かれていた。貧富の差を見せ付けるような滑稽譚、あるいは、ものごとを真剣に考えているようで何処か底が抜けている阿呆話だ。小さな田舎を舞台にして可能なことだが。
(本ブログ関連:”阿呆”)
幸い、今回の「平成の空気」の缶詰は平和であった時代の象徴だ。「令和の空気」も美味しく吸えることを願っている。
2018年2月9日金曜日
イディッシュの阿呆酒場 7+7=11
イディッシュ語のテキストに、毎度馴染みの「ヘルム(כעלעם)」の村(町)らしき舞台があって、そこでありそうな阿呆酒場の話がある。7+7=11 となる、例によってイディッシュらしい、視点を混乱させるひねくりジョークだ。
(本ブログ関連:”ヘルム”)
-----------------------------------------
・男が酒場で飲食して、「お勘定!」と頼んだ。
・女将(おかみ)がいうには、「肉ジャガが7グロシュ、パンも7グロシュ、合わせて11グロシュ」
・横の客(פֿרעמדער)が「そりゃ違う」、「7と7で14だろ」といった。
・女将がいうには、「いいや、これでいい。知ってるでしょ。わたしゃ、前の旦那との間に4人子どもがいる。今の旦那は4人の連れ子がいて、私との間で3人産んだ。だから、わたしゃ7人の子を産んだし、今の旦那にも7人の子がいる。けれど、わが家にゃ子が、11人いて、14人じゃない。」
-----------------------------------------
何が間違いかって?
本当は、前の旦那との間に4人、今の旦那との間に連れ子を含めて7人、合わせて11人でしかない。ところが、今の旦那との間にできた3人の子どもを、女将と今の旦那の両方の視点で見て、二重に計上していることになる。ユダヤ人はこんなだまし絵のようなジョークが好きなんだろうか。
(追記)
女将の計算を「違う」といった客は、生真面目にそういったに違いない・・・けれど、客=פֿרעמדער(foreigner)が、この酒場を知らぬ一見のよそ者だったとしたら、ちょっと面白いことになる。地元客は、女将の勘違いを以前から知っていて、知らぬ顔を決めていたのかもしれないからだ。女将、よそ者、そして地元客との関係が見えてくる。
そういえば、どこかで聞いたような勘定違い・・・落語の「時そば」を思い出す。
(本ブログ関連:”ヘルム”)
-----------------------------------------
・男が酒場で飲食して、「お勘定!」と頼んだ。
・女将(おかみ)がいうには、「肉ジャガが7グロシュ、パンも7グロシュ、合わせて11グロシュ」
・横の客(פֿרעמדער)が「そりゃ違う」、「7と7で14だろ」といった。
・女将がいうには、「いいや、これでいい。知ってるでしょ。わたしゃ、前の旦那との間に4人子どもがいる。今の旦那は4人の連れ子がいて、私との間で3人産んだ。だから、わたしゃ7人の子を産んだし、今の旦那にも7人の子がいる。けれど、わが家にゃ子が、11人いて、14人じゃない。」
-----------------------------------------
何が間違いかって?
本当は、前の旦那との間に4人、今の旦那との間に連れ子を含めて7人、合わせて11人でしかない。ところが、今の旦那との間にできた3人の子どもを、女将と今の旦那の両方の視点で見て、二重に計上していることになる。ユダヤ人はこんなだまし絵のようなジョークが好きなんだろうか。
(追記)
女将の計算を「違う」といった客は、生真面目にそういったに違いない・・・けれど、客=פֿרעמדער(foreigner)が、この酒場を知らぬ一見のよそ者だったとしたら、ちょっと面白いことになる。地元客は、女将の勘違いを以前から知っていて、知らぬ顔を決めていたのかもしれないからだ。女将、よそ者、そして地元客との関係が見えてくる。
そういえば、どこかで聞いたような勘定違い・・・落語の「時そば」を思い出す。
2019年3月14日木曜日
ヘルム
イディッシュの小話に、お馬鹿(阿呆、あんぽんたん)な人々が登場する街(町、村)がある。賢人(町の指導者、宗教的な指導者)といわれる人も、粗忽な者もみなどこかおかしい。大真面目に頓珍漢なのだ。
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
そんな、お馬鹿な場所の代表が「ヘルム(כעלעם[khelem])」だ。ポーランド語で「ヘウム(Chełm)」と呼ばれる(「L」の文字に斜め線(ストローク)を付けて[w]と発音)そうだ。ポーランド東部の国境沿いにあり、ウクライナに程近い。Wikipediaで歴史をたどれば複雑で、庶民はあっちに属したり、こっちに属したり大変だ。(一方、目鼻のきく知識人(インテリ)は、先読みの嗅覚が鋭く、融通がきき逃げるのも庶民より早い。それを「亡命」と呼ぶ)
ユダヤ人庶民は、そんな目の廻る場所を笑いの場に変えたようだ。お馬鹿なユダヤ人の住む架空の場所「ヘルム」として登場する。(「ヘウムの賢いユダヤ人」Wikipedia)
以前、イディッシュ語の授業で、ポーランドに永く住んだクラスメイトが、テキストに出てくるヘルムの町について、たしかにポーランドに存在するが、そんな理解をしたことはないと怪訝な顔をされた。笑いの場所「ヘルム」は、特定の街をターゲットにしたというより、落語の「長屋」と同様な、ユダヤ人の仮の舞台なのだろう。
「ヘルム」の人々は善良である。ただ融通がきかないだけである。
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
そんな、お馬鹿な場所の代表が「ヘルム(כעלעם[khelem])」だ。ポーランド語で「ヘウム(Chełm)」と呼ばれる(「L」の文字に斜め線(ストローク)を付けて[w]と発音)そうだ。ポーランド東部の国境沿いにあり、ウクライナに程近い。Wikipediaで歴史をたどれば複雑で、庶民はあっちに属したり、こっちに属したり大変だ。(一方、目鼻のきく知識人(インテリ)は、先読みの嗅覚が鋭く、融通がきき逃げるのも庶民より早い。それを「亡命」と呼ぶ)
ユダヤ人庶民は、そんな目の廻る場所を笑いの場に変えたようだ。お馬鹿なユダヤ人の住む架空の場所「ヘルム」として登場する。(「ヘウムの賢いユダヤ人」Wikipedia)
以前、イディッシュ語の授業で、ポーランドに永く住んだクラスメイトが、テキストに出てくるヘルムの町について、たしかにポーランドに存在するが、そんな理解をしたことはないと怪訝な顔をされた。笑いの場所「ヘルム」は、特定の街をターゲットにしたというより、落語の「長屋」と同様な、ユダヤ人の仮の舞台なのだろう。
「ヘルム」の人々は善良である。ただ融通がきかないだけである。
2023年12月11日月曜日
BIRDER 12月号
見たい映画があるが、きょうは近隣街の大型書店へ寄った。野鳥観察専門誌の「BIRDER」1月号が数日後(12月15日)に発売されるので、その前に12月号を購入しなければと出かけた。
最近、遠出から離れている。公開版の自然観察会(野鳥観察)が先日(12/9)実施されたが、足腰の按配がよくなくて欠席した。そこで観察会欠席を埋め合わせたく、野鳥雑誌を求めた次第。
BIRDER 12月号の特集は「辞書や図鑑が教えない 『鳥の名前』の秘密」で、きれいな写真や図版と一緒に楽しむことができる。そののっけに、漫画「和名って誰がつけたの」(漫画 一日一種)があって、鳥学会に「アホウドリ」が訪れて自分の名前「阿呆鳥」が不満で改名したいと申し出る。(結局、飛ぶのが上手い自信から、考えついた名前が・・・)
また、「鳥の名前 雑学」(柴田圭秀)では、一番長い和名を紹介している。それによると、「タイセイヨウシンリンケンバネハチドリ(大西洋森林剣羽蜂鳥)」(IOC World Bird List*)だそうだ。
(*)IOC World Bird List:
- https://www.worldbirdnames.org/new/
<長い>ことについて、市民体操教室の余興で、グループ分けして、長い言葉(単語)をたくさんメモして、その文字数の多さを競う遊びがあった。体力以外に、脳活性の鍛錬?にもなるからだろう。
昔読んだ本に、英語で一番長い単語の例として、英国の駅名があったような**.....
(**)GoogleのSearch Labs:
イギリスのウェールズ(アングルシー島)にある「Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwyllllantysiliogogogoch」(58文字)***で、駅名としては世界最長、地名としても世界で2番目とのこと。
(***)駅名(町名)にちなんだ歌がYoutubeにある:
- https://www.youtube.com/watch?v=1BXKsQ2nbno
あらためてネットで「英語で一番長い単語」と検索すると、<タンパク質名>とか、<火山灰による肺疾患名>とかいろいろ出てくる・・・あまりに長いので、コピペもできない。
2025年4月1日火曜日
エイプリルフールと洒落と粋(いき)
エイプリルフールには「洒落」があったはず。わたしの感覚だが、最近それが世間に通じてないような気がする。そもそも外来のイベントだし、それを受け入れる余裕もない。みなが白けた時世だからだろうか。
さらに困るのは、虚実ない交ぜになったエイプリルフールかもしれない。一方から見れば事実になり、他方から見れば嘘(悪意がこもったフェイク)になる。判別できてこそ、洒落と笑い飛ばせるのだが。
日本人の洒落の伝統について、Googleの生成AI「Gemini」に以下のようにたずねてみた。
ー 洒落のめすは、ハイカラにいえば「粋(いき)」に通じる。それも忘れられて久しい。
■ Gemini
Q.「洒落」という文化は、日本ではいつごろ誕生(発展)したのでしょうか?
-------------------------------------------------------
A.「洒落(しゃれ)」の文化は、日本の歴史の中で様々な形で発展してきましたが、特に江戸時代に花開いたと言えるでしょう。
江戸時代の「洒落」
・庶民の娯楽としての発展:
ー 江戸時代には、庶民の間にユーモアや言葉遊びを交えた文化が広まりました。
ー 落語や川柳といった娯楽が発展し、日常会話や文章の中にも「洒落」が取り入れられるようになりました。
・「粋(いき)」との関連:
ー 江戸の「粋」という美意識は、「洒落」と深く結びついていました。
ー 「粋」とは、洗練されたセンスやユーモアを意味し、「洒落」はその表現手段の一つとして重要視されました。
・文化的な背景:
ー 江戸時代の文化は、庶民の生活や価値観を反映しており、その中で「洒落」は人々のコミュニケーションや娯楽に欠かせない要素となりました。
ー 着物の柄である江戸小紋などは、幕府の規制の中、庶民が「洒落」を表現した文化と言えます。
「洒落」の源流
・言葉遊びの起源は古く、人類が言葉を使い始めた頃から存在していたと考えられます。
・日本においても、古くから和歌や狂言など、言葉を使った芸術が存在し、それらの中に「洒落」の要素が見られます。
現代への影響
・江戸時代の「洒落」の文化は、現代の日本のユーモアや言葉遊びにも影響を与えています。
・テレビのお笑い番組や漫画、アニメなど、様々な形で「洒落」の精神が受け継がれています。
このように、「洒落」は、日本の文化の中で長い時間をかけて育まれ、現代においても重要な役割を果たしています。
-------------------------------------------------------
(追記)
Geminiに、「粋」文化が廃(すた)れたのではとたずねたところ、次のような回答があった。(抜粋)
-------------------------------------------------------
「粋」が廃れたと感じる人がいるのも事実です。その理由としては、以下のようなものが考えられます。
・情報過多: 情報が溢れる現代社会では、本質を見抜く力が鈍くなりがちです。
・効率重視: 効率や合理性が重視される現代社会では、遊び心や余裕が失われがちです。
・個人主義: 個人主義が浸透する現代社会では、相手を思いやる気持ちが希薄になりがちです。
-------------------------------------------------------
2014年2月14日金曜日
あいつ、今頃鼻血ブーだぜ
バレンタインデーなんて、誰が考えたのでしょうね。日本の場合、チョコレートメーカーのキャンペーンから始まったという。一般に知られたのは1960年で、チョコレートを女性から男性にプレゼントするという習慣が本格的に定着したのが1970年代後半だそうだ。既に、にきび面の少年時代を過ぎていたので、この日にチョコレートを渇望する経験はなかった・・・。
バレンタインデーにチョコレートを貰った、貰わない、いろいろあるだろうけれど、こんな話がある。
バレンタインデーの日、学校も終わった小学5年生の男の子たちが、友人の家に集まった。一人が学校でチョコレートを一杯貰ったクラスの男子の名をあげて、「あいつ、今頃鼻血ブーだぜ」といって、他の仲間も一緒に「ヒヒヒ・・・」と笑ったそうだ。
そう、チョコレートを貰えない意味を、まだ十分に分かってない、けれど、どこかちょっと残念な気分もある。こんな時代の男の子は、最高で、お馬鹿である。それもいいな。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
2015年10月16日金曜日
(雑談) 階段の蓄光シール
夜、走行する自転車のランプは、必ずしも点けっぱなしのものでなくてよいという。LEDランプのように点滅するものでも、法律上、自転車の存在を示せるなら問題ないそうだ。とはいえ、ランプを点滅する自転車と、夜道ですれ違うとき、本気度が感じられないのはどうしてだろう。
教室に通うのに自転車を利用している。日没後なので、車輪の回転を利用したLEDランプを灯しているが、実はもう一つ、点滅するLEDの懐中電灯を手首にぶらせげている。これは効果てき面、狭い路地を行き交う自動車が気付いて、ゆっくりすり抜けてくれる。光の点滅は、おもちゃの三要素(音、光、動き)のひとつであるように、人を素早く反応させる。
暗闇に光る標識(非常口照明など)は道標になる。地面にあれば、足の踏み場を示すガイドにもなる。そこで、わが家の階段に、一段一段、滑り止めを貼ると同時に、蓄光シールも貼った。陽がかげると、しばらく効果を発揮して、怪しく薄みどり色に光っている。
夜間、階段の明かりをつけっぱなしにして、光のエネルギーが蓄光シールに溜まるようにしている。階段を上がるとき、いったん明かりを消して、蓄光シールの発光を楽しんでいる。そもそも階段に照明があるのに、われながら阿呆なことをしているなと思っている。
教室に通うのに自転車を利用している。日没後なので、車輪の回転を利用したLEDランプを灯しているが、実はもう一つ、点滅するLEDの懐中電灯を手首にぶらせげている。これは効果てき面、狭い路地を行き交う自動車が気付いて、ゆっくりすり抜けてくれる。光の点滅は、おもちゃの三要素(音、光、動き)のひとつであるように、人を素早く反応させる。
暗闇に光る標識(非常口照明など)は道標になる。地面にあれば、足の踏み場を示すガイドにもなる。そこで、わが家の階段に、一段一段、滑り止めを貼ると同時に、蓄光シールも貼った。陽がかげると、しばらく効果を発揮して、怪しく薄みどり色に光っている。
夜間、階段の明かりをつけっぱなしにして、光のエネルギーが蓄光シールに溜まるようにしている。階段を上がるとき、いったん明かりを消して、蓄光シールの発光を楽しんでいる。そもそも階段に照明があるのに、われながら阿呆なことをしているなと思っている。
2023年12月12日火曜日
子どもの風景
昼、家を出るとき、朝方止んだ雨の湿りがまだ路面に残っているのに気づいた。それでも、きょうは晴れて思いのほか暖かく、最高気温は 17.8℃(13:51)だった。
街の飯屋で昼食を済ませたあとの帰り道、愉快な光景と出合った。下校時の小学低学年の子どもたちが、いろいろなグループになって、はしゃぎながら帰っていたのだ。
女の子たちは、互いの顔を見合わせて楽し気に会話をしながら歩いている。一方、男の子たちは例によって、てんでバラバラだ・・・、そんな中に、二人の男の子が、今朝雨だったので持参した透明のビニール傘を広げて、遊び道具にしていた。歩道にしゃがみこんで、街路樹の根元にある土をつまんでは、互いに相手の傘にかけ合っていたのだ。
透明なビニール傘の中から、かけられた泥がずり落ちる様を見るのがたまらないらしい。こんな喜びを、女の子は気付くことはないだろう。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
登録:
投稿 (Atom)