イディッシュの小話に、お馬鹿(阿呆、あんぽんたん)な人々が登場する街(町、村)がある。賢人(町の指導者、宗教的な指導者)といわれる人も、粗忽な者もみなどこかおかしい。大真面目に頓珍漢なのだ。
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
そんな、お馬鹿な場所の代表が「ヘルム(כעלעם[khelem])」だ。ポーランド語で「ヘウム(Chełm)」と呼ばれる(「L」の文字に斜め線(ストローク)を付けて[w]と発音)そうだ。ポーランド東部の国境沿いにあり、ウクライナに程近い。Wikipediaで歴史をたどれば複雑で、庶民はあっちに属したり、こっちに属したり大変だ。(一方、目鼻のきく知識人(インテリ)は、先読みの嗅覚が鋭く、融通がきき逃げるのも庶民より早い。それを「亡命」と呼ぶ)
ユダヤ人庶民は、そんな目の廻る場所を笑いの場に変えたようだ。お馬鹿なユダヤ人の住む架空の場所「ヘルム」として登場する。(「ヘウムの賢いユダヤ人」Wikipedia)
以前、イディッシュ語の授業で、ポーランドに永く住んだクラスメイトが、テキストに出てくるヘルムの町について、たしかにポーランドに存在するが、そんな理解をしたことはないと怪訝な顔をされた。笑いの場所「ヘルム」は、特定の街をターゲットにしたというより、落語の「長屋」と同様な、ユダヤ人の仮の舞台なのだろう。
「ヘルム」の人々は善良である。ただ融通がきかないだけである。
2019年3月14日木曜日
2020年8月6日木曜日
おかしな主人公たちの住む町
世の中には色んな阿呆がいる。わたしもその一人で気持ちがよく通じる。もし阿呆たちがそろったらどうなるだろう。収拾の付かないことばかりかもしれないが、意外とよく事が済むかもしれない。
イディッシュ語を少しかじったとき、語学テキストに閑話休題として小話が用意されていた。ストーリーの舞台に「ヘルム」の町(村)が出てくる。当然ながら、架空の町(村)で、ポーランドにあるという。まさにイディッシュの息づかいを感じる気がする。以来、彼らの粗忽さに落語と似た親近感を感じている。
(本ブログ関連:”阿呆”、”ヘルム”)
イディッシュ語作家でもあるアイザック・バシェヴィス・シンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」(工藤幸雄訳)の訳者解説に、同書で話題にしたポーランドのユダヤ人が住む町「ヘルム」の他に、おかしな主人公たちのいる民話の町として次が紹介されていて、以前このブログの「おバカな村」にも記した。
・イギリス「ゴタム」
・オランダ「カンペン」
・イタリア「クネオ」
・ドイツ「シュリートブルク」など
ところで、ドイツにはシュリートブルクの他に「シルダ」というおバカな町があるという。
アンソロジー「日本の名随筆40 愚」(山田風太郎選)に収載の、北杜夫の「阿保について」(「マンボウ人間博物館」の第一話)に、児童文学者のケストナーが記した、<賢人が出張して阿保ばかりが残った*ドイツ中世の「シルダ」の町>について紹介している。
(*)阿保ばかりが残ったのか、賢い者が戻ってきて阿呆の振りをしているだけなのか諸説あるようだ。
■ まず、北杜夫の「阿保」の定義が面白い。精神科医の作家なればこその紹介だが、孫引きする。
----------------------------
ドイツの誇る精神科医、故ホルスト・ガイヤー博士に、『愚鈍について』という著作がある。彼は白痴患者の専門家であった。その一説、
『勤勉は阿呆の埋め合わせにはならない。勤勉な阿呆ほど、はた迷惑なものはない。』
・・・・
そもそも世に名高きシルダ人の愚行を記さぬ法はなかろう。シルダ人は、ドイツ中世の伝説の一つで、『ティル・オイレンシュピーゲルのいたずら』と共に、双璧をなしている。いろんな作家がシルダ人の愚行について、童話や小説を書いているが、ケストナーのものがいちばん面白いようだ。
----------------------------
というわけで、ケストナーの「シルダの町の人びと」が少し触れられている。一匹の海老(ザリガニ)が巻き起こす騒動が面白い。
■ ちくま文庫「ケストナーの『ほらふき男爵』」(池内紀、泉千穂子訳)に所収の「シルダの町の人びと、ザリガニを裁判にかける」は、次のように書かれている。
イディッシュ語を少しかじったとき、語学テキストに閑話休題として小話が用意されていた。ストーリーの舞台に「ヘルム」の町(村)が出てくる。当然ながら、架空の町(村)で、ポーランドにあるという。まさにイディッシュの息づかいを感じる気がする。以来、彼らの粗忽さに落語と似た親近感を感じている。
(本ブログ関連:”阿呆”、”ヘルム”)
イディッシュ語作家でもあるアイザック・バシェヴィス・シンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」(工藤幸雄訳)の訳者解説に、同書で話題にしたポーランドのユダヤ人が住む町「ヘルム」の他に、おかしな主人公たちのいる民話の町として次が紹介されていて、以前このブログの「おバカな村」にも記した。
・イギリス「ゴタム」
・オランダ「カンペン」
・イタリア「クネオ」
・ドイツ「シュリートブルク」など
ところで、ドイツにはシュリートブルクの他に「シルダ」というおバカな町があるという。
アンソロジー「日本の名随筆40 愚」(山田風太郎選)に収載の、北杜夫の「阿保について」(「マンボウ人間博物館」の第一話)に、児童文学者のケストナーが記した、<賢人が出張して阿保ばかりが残った*ドイツ中世の「シルダ」の町>について紹介している。
(*)阿保ばかりが残ったのか、賢い者が戻ってきて阿呆の振りをしているだけなのか諸説あるようだ。
■ まず、北杜夫の「阿保」の定義が面白い。精神科医の作家なればこその紹介だが、孫引きする。
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ドイツの誇る精神科医、故ホルスト・ガイヤー博士に、『愚鈍について』という著作がある。彼は白痴患者の専門家であった。その一説、
『勤勉は阿呆の埋め合わせにはならない。勤勉な阿呆ほど、はた迷惑なものはない。』
・・・・
そもそも世に名高きシルダ人の愚行を記さぬ法はなかろう。シルダ人は、ドイツ中世の伝説の一つで、『ティル・オイレンシュピーゲルのいたずら』と共に、双璧をなしている。いろんな作家がシルダ人の愚行について、童話や小説を書いているが、ケストナーのものがいちばん面白いようだ。
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というわけで、ケストナーの「シルダの町の人びと」が少し触れられている。一匹の海老(ザリガニ)が巻き起こす騒動が面白い。
■ ちくま文庫「ケストナーの『ほらふき男爵』」(池内紀、泉千穂子訳)に所収の「シルダの町の人びと、ザリガニを裁判にかける」は、次のように書かれている。
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ある日、町にやってきたザリガニが、はさみを持っていることから仕立て屋に違いないと町長が結論を出す。さっそく布を切らせてみるとズタズタになる。そこからドタバタが始まり、結果、ザリガニは裁判にかけられる。裁判長は「溺死させるのがよろしい」と死刑を宣告する。
シルダの町の人びとは刑の執行を見守った。「かわいそうだがしかたない。法は曲げられぬ」と。
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ある日、町にやってきたザリガニが、はさみを持っていることから仕立て屋に違いないと町長が結論を出す。さっそく布を切らせてみるとズタズタになる。そこからドタバタが始まり、結果、ザリガニは裁判にかけられる。裁判長は「溺死させるのがよろしい」と死刑を宣告する。
シルダの町の人びとは刑の執行を見守った。「かわいそうだがしかたない。法は曲げられぬ」と。
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こんな具合で、ザリガニは溺死の刑に処せられた。
■ そういえば、上記のシンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」にもこんな話がある(「ヘルムのとんちきまぬけな鯉」)。
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ヘルムの長老から大とんまな男へ贈られた鯉が、ぴしゃりと跳ねて男のお顔を叩いた。罰を与えようといろいろ算段したあげく、結局、溺死の刑に処すことになった。
鯉を湖に投げ込む処刑を見ながら、ヘルムの市民は歓声を挙げた。「卑怯きわまる鯉はおぼれてくたばれ!」と。
ヘルムの長老から大とんまな男へ贈られた鯉が、ぴしゃりと跳ねて男のお顔を叩いた。罰を与えようといろいろ算段したあげく、結局、溺死の刑に処すことになった。
鯉を湖に投げ込む処刑を見ながら、ヘルムの市民は歓声を挙げた。「卑怯きわまる鯉はおぼれてくたばれ!」と。
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ちなみに、ユダヤ料理の一品に使われる「ゲフィルテ」は、鯉のすり身団子だ。瓶詰から取り出してそのまま食べればさっぱりした味わいだ。わたしは、うどんと一緒に煮こんだりした。少々甘みが出てくるが、ふうふういいながら食うのも美味いものだ。
(本ブログ関連:”ゲフィルテ”)
(参考1)
学問的なことは全く不案内だが、ヘルマン・バウジンガー「ドイツ人はどこまでドイツ的?(2)― 国民性をめぐるステレオタイプ・イメージの虚実と因由 ―」(河野眞訳、愛知大学 言語と文化 No. 21)の翻訳に「シルダ」の町について次のような<訳注>がある。
https://taweb.aichi-u.ac.jp/tgoken/bulletin/pdfs/NO21/04KonoS.pdf
----------------------------
p.68 シルダ(Schilda):シルダは,架空の都市の名前で,民衆本に頻繁に現れ,その市民はいたずら好きな主人公や,また主人公にからかわれる馬鹿な民衆でもあった。シルダの元になった町としては,ザクセンの「シルダウ (Schildau)」 やブランデンブルクの「シルダ (Schilda)」 などが挙がられる。
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(参考2)
学問的なことは全く不案内だが、「論説 《世間》は日本社会の特異性か? - 欧文の翻訳における《世間》の用例に即した検証 -」(河野眞)も参考に記す。
https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=9219&file_id=22&file_no=1
ちなみに、ユダヤ料理の一品に使われる「ゲフィルテ」は、鯉のすり身団子だ。瓶詰から取り出してそのまま食べればさっぱりした味わいだ。わたしは、うどんと一緒に煮こんだりした。少々甘みが出てくるが、ふうふういいながら食うのも美味いものだ。
(本ブログ関連:”ゲフィルテ”)
(参考1)
学問的なことは全く不案内だが、ヘルマン・バウジンガー「ドイツ人はどこまでドイツ的?(2)― 国民性をめぐるステレオタイプ・イメージの虚実と因由 ―」(河野眞訳、愛知大学 言語と文化 No. 21)の翻訳に「シルダ」の町について次のような<訳注>がある。
https://taweb.aichi-u.ac.jp/tgoken/bulletin/pdfs/NO21/04KonoS.pdf
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p.68 シルダ(Schilda):シルダは,架空の都市の名前で,民衆本に頻繁に現れ,その市民はいたずら好きな主人公や,また主人公にからかわれる馬鹿な民衆でもあった。シルダの元になった町としては,ザクセンの「シルダウ (Schildau)」 やブランデンブルクの「シルダ (Schilda)」 などが挙がられる。
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(参考2)
学問的なことは全く不案内だが、「論説 《世間》は日本社会の特異性か? - 欧文の翻訳における《世間》の用例に即した検証 -」(河野眞)も参考に記す。
https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=9219&file_id=22&file_no=1
2025年4月1日火曜日
エイプリルフールと洒落と粋(いき)
エイプリルフールには「洒落」があったはず。わたしの感覚だが、最近それが世間に通じてないような気がする。そもそも外来のイベントだし、それを受け入れる余裕もない。みなが白けた時世だからだろうか。
さらに困るのは、虚実ない交ぜになったエイプリルフールかもしれない。一方から見れば事実になり、他方から見れば嘘(悪意がこもったフェイク)になる。判別できてこそ、洒落と笑い飛ばせるのだが。
日本人の洒落の伝統について、Googleの生成AI「Gemini」に以下のようにたずねてみた。
ー 洒落のめすは、ハイカラにいえば「粋(いき)」に通じる。それも忘れられて久しい。
■ Gemini
Q.「洒落」という文化は、日本ではいつごろ誕生(発展)したのでしょうか?
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A.「洒落(しゃれ)」の文化は、日本の歴史の中で様々な形で発展してきましたが、特に江戸時代に花開いたと言えるでしょう。
江戸時代の「洒落」
・庶民の娯楽としての発展:
ー 江戸時代には、庶民の間にユーモアや言葉遊びを交えた文化が広まりました。
ー 落語や川柳といった娯楽が発展し、日常会話や文章の中にも「洒落」が取り入れられるようになりました。
・「粋(いき)」との関連:
ー 江戸の「粋」という美意識は、「洒落」と深く結びついていました。
ー 「粋」とは、洗練されたセンスやユーモアを意味し、「洒落」はその表現手段の一つとして重要視されました。
・文化的な背景:
ー 江戸時代の文化は、庶民の生活や価値観を反映しており、その中で「洒落」は人々のコミュニケーションや娯楽に欠かせない要素となりました。
ー 着物の柄である江戸小紋などは、幕府の規制の中、庶民が「洒落」を表現した文化と言えます。
「洒落」の源流
・言葉遊びの起源は古く、人類が言葉を使い始めた頃から存在していたと考えられます。
・日本においても、古くから和歌や狂言など、言葉を使った芸術が存在し、それらの中に「洒落」の要素が見られます。
現代への影響
・江戸時代の「洒落」の文化は、現代の日本のユーモアや言葉遊びにも影響を与えています。
・テレビのお笑い番組や漫画、アニメなど、様々な形で「洒落」の精神が受け継がれています。
このように、「洒落」は、日本の文化の中で長い時間をかけて育まれ、現代においても重要な役割を果たしています。
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(追記)
Geminiに、「粋」文化が廃(すた)れたのではとたずねたところ、次のような回答があった。(抜粋)
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「粋」が廃れたと感じる人がいるのも事実です。その理由としては、以下のようなものが考えられます。
・情報過多: 情報が溢れる現代社会では、本質を見抜く力が鈍くなりがちです。
・効率重視: 効率や合理性が重視される現代社会では、遊び心や余裕が失われがちです。
・個人主義: 個人主義が浸透する現代社会では、相手を思いやる気持ちが希薄になりがちです。
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2019年3月8日金曜日
ビデオ漫画「お馬鹿村」
お馬鹿な生き方をしてみたいけど、実際は難しい。地は阿呆なのに、そのまま振る舞える場所もないし、時は遠に失した。何処かにないか、イデッシュの民話に出て来る「ヘルム」のような町もいい。日本じゃ、それに例える場所を知らない・・・、舞台は見せてくれるが、吉本新喜劇の「なんばグランド花月劇場」、むかしの浅草なら「デン助劇場」。ここは芸達者なつわものの仮の世界。
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
世界の誰れもが求めている、そんな場所はないものか。「お馬鹿村」に言葉は要らない、見りゃ分かる。次は、ロシア - ウクライナの スケッチコメディのテレビシリーズ(Calambur)だそうだがよく知りません。花の香りはよいけれど堆肥は臭い・・・飛んできた魚が生臭いという熊なんて。一方、釣った魚がどこかへ飛んでったようで・・・酒臭い同士はどうってことないのに・・・。続編をお楽しみということで・・・。
(Youtubeに登録のFool's Villageに感謝)
(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))
世界の誰れもが求めている、そんな場所はないものか。「お馬鹿村」に言葉は要らない、見りゃ分かる。次は、ロシア - ウクライナの スケッチコメディのテレビシリーズ(Calambur)だそうだがよく知りません。花の香りはよいけれど堆肥は臭い・・・飛んできた魚が生臭いという熊なんて。一方、釣った魚がどこかへ飛んでったようで・・・酒臭い同士はどうってことないのに・・・。続編をお楽しみということで・・・。
(Youtubeに登録のFool's Villageに感謝)
2018年5月1日火曜日
(資料)シュメンドリク
阿呆村の「ヘルム」につながるだろう。見たまま、羅列しただけの未整理資料。
「阿呆村(Village of Idiots)」
劇作家ジョン・ラザルス(John Lazarus)が脚色したユダヤ民話をもとにした、(お馬鹿な主人公)シュメンドリク(Shmendrik)の物語を伝える短編アニメである。
落語の「粗忽長屋」を思い出させる「入れ子構造」のような展開。
(Youtubeに登録のAnimation and Cartoon Videosに感謝)
「故郷」から遠く離れて : イディッシュ演劇がニューヨークで手探りしたもの
小倉直子(首都大学東京)
-----------------------------
・イディッシュ演劇は、1876年、アブラハム・ゴールドファーデンのふとした思いつきからルーマニアのヤーシという町に生まれたと言われている。ゴールドファーデンは、それ以前からもイディッシュ語による詩作に励んでいたが、・・・
・”イディッシュ演劇の父” ゴールドファーデンは、ユダヤの伝統や伝説を戯曲化し続けた。あるいは、西欧演劇のプロットもユダヤ風に仕立て直した。例えば、東欧. ユダヤ社会に根付いていた道化師(バトフン)をモチーフに喜劇を描いたり(『シュメンドリク (SHMENDRIK)』) ・・・
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
ユダヤ演劇
ゴールドフェドン Goldfaden,Abraham
-----------------------------
[生]1840.7.12. ウクライナ
[没]1908.1.9. ニューヨーク
・ユダヤ系劇作家。ウクライナに生れ,ユダヤ人の生活を描いた約 400編の劇やミュージカルを発表するとともに,俳優や劇団を育成,イディシュ演劇 (→ユダヤ演劇 ) の創始者となる。 1887年アメリカに渡る。『戦うダビデ』 (1904) はアメリカにおける最初のヘブライ語劇。代表作は『シュラミート』 Shulamit (1880) 。
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
ユダヤ演劇
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・1876年にイディッシュ演劇の父とよばれるアブラハム・ゴールドファーデン(1840―1908)がルーマニアのヤーシに最初のイディッシュ劇場を開設した。彼は俳優・演出家であったが、『魔女』や『スラミート』のような劇も書き、とくにミュージカル風な上演様式を確立した。第二のイディッシュ劇場は、現在のリトアニア共和国のビリニュスに、ゴールドファーデン一座の俳優だったイスラエル・グラードナーが作家ヨセフ・ラタイナー(1853―1935)の協力を得てほぼ同時代に設立したものである。
・しかしアレクサンドル2世暗殺後1883年にロシアではイディッシュ演劇が禁止されたので、ゴールドファーデンはじめ多くの人々がアメリカに亡命し、東欧ユダヤ人の運命を扱う作品を上演した。
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「阿呆村(Village of Idiots)」
劇作家ジョン・ラザルス(John Lazarus)が脚色したユダヤ民話をもとにした、(お馬鹿な主人公)シュメンドリク(Shmendrik)の物語を伝える短編アニメである。
落語の「粗忽長屋」を思い出させる「入れ子構造」のような展開。
(Youtubeに登録のAnimation and Cartoon Videosに感謝)
「故郷」から遠く離れて : イディッシュ演劇がニューヨークで手探りしたもの
小倉直子(首都大学東京)
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・イディッシュ演劇は、1876年、アブラハム・ゴールドファーデンのふとした思いつきからルーマニアのヤーシという町に生まれたと言われている。ゴールドファーデンは、それ以前からもイディッシュ語による詩作に励んでいたが、・・・
・”イディッシュ演劇の父” ゴールドファーデンは、ユダヤの伝統や伝説を戯曲化し続けた。あるいは、西欧演劇のプロットもユダヤ風に仕立て直した。例えば、東欧. ユダヤ社会に根付いていた道化師(バトフン)をモチーフに喜劇を描いたり(『シュメンドリク (SHMENDRIK)』) ・・・
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
ユダヤ演劇
ゴールドフェドン Goldfaden,Abraham
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[生]1840.7.12. ウクライナ
[没]1908.1.9. ニューヨーク
・ユダヤ系劇作家。ウクライナに生れ,ユダヤ人の生活を描いた約 400編の劇やミュージカルを発表するとともに,俳優や劇団を育成,イディシュ演劇 (→ユダヤ演劇 ) の創始者となる。 1887年アメリカに渡る。『戦うダビデ』 (1904) はアメリカにおける最初のヘブライ語劇。代表作は『シュラミート』 Shulamit (1880) 。
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
ユダヤ演劇
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・1876年にイディッシュ演劇の父とよばれるアブラハム・ゴールドファーデン(1840―1908)がルーマニアのヤーシに最初のイディッシュ劇場を開設した。彼は俳優・演出家であったが、『魔女』や『スラミート』のような劇も書き、とくにミュージカル風な上演様式を確立した。第二のイディッシュ劇場は、現在のリトアニア共和国のビリニュスに、ゴールドファーデン一座の俳優だったイスラエル・グラードナーが作家ヨセフ・ラタイナー(1853―1935)の協力を得てほぼ同時代に設立したものである。
・しかしアレクサンドル2世暗殺後1883年にロシアではイディッシュ演劇が禁止されたので、ゴールドファーデンはじめ多くの人々がアメリカに亡命し、東欧ユダヤ人の運命を扱う作品を上演した。
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2014年2月14日金曜日
あいつ、今頃鼻血ブーだぜ
バレンタインデーなんて、誰が考えたのでしょうね。日本の場合、チョコレートメーカーのキャンペーンから始まったという。一般に知られたのは1960年で、チョコレートを女性から男性にプレゼントするという習慣が本格的に定着したのが1970年代後半だそうだ。既に、にきび面の少年時代を過ぎていたので、この日にチョコレートを渇望する経験はなかった・・・。
バレンタインデーにチョコレートを貰った、貰わない、いろいろあるだろうけれど、こんな話がある。
バレンタインデーの日、学校も終わった小学5年生の男の子たちが、友人の家に集まった。一人が学校でチョコレートを一杯貰ったクラスの男子の名をあげて、「あいつ、今頃鼻血ブーだぜ」といって、他の仲間も一緒に「ヒヒヒ・・・」と笑ったそうだ。
そう、チョコレートを貰えない意味を、まだ十分に分かってない、けれど、どこかちょっと残念な気分もある。こんな時代の男の子は、最高で、お馬鹿である。それもいいな。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
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