駅などで、たまに隣り合わせて止まっていた電車が動き出すと、あたかも、自分の乗車した車体が動き出したような錯覚をすることがある。静的に理解した視界が、急に動き出したときの戸惑いのようなものだ。
初め画家を志したという、川端茅舎(かわばた ぼうしゃ、明治30年[1897年] ~ 昭和16年[1941年])の句に、自然の光景を、静と動の視点でとらえたものがある。
今回は第七巻、「第七 折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、茅舎が <杭に(じっと)留まって魚を狙っている翡翠(カワセミ)の影が、こんこんと流れる水面に映っている> 様子を詠んだ句が紹介されている*。水の動きに、じっとたたずんでいた翡翠が、あたかも飛翔しているように見えるというのだ。
(*)大野林火の鑑賞を参考に、上掲書は解説している。
(本ブログ関連:”折々のうた”)
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翡翠(かわせみ)の影こんこんと遡(さかのぼ)り (茅舎)
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実際、野鳥観察のとき、川面の上に伸びた萱(かや:荻など)の茎に、「カワセミ」が留まっているのを何度も見ているが、さすがに、小川の流れと合わせて光景を読み解く句想まで及びもしないが。考えてみれば、そうだなと感心するばかり。
(本ブログ関連:”カワセミ(翡翠)”)
川端茅舎**について
異母兄の日本画家の川端龍子につづいて、茅舎も当初は画家を志し、岸田劉生に師事したが、病のために断念し、(父親の影響もあってか)俳句に転向したという(Wikipedia)。
(**)茅舎: 聖書に関連して、(ヨルダンの川端の)茅葺(かやぶき)の質素な庵(いおり)を意味するそうだ。