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2026年7月20日月曜日

海の日 2026、土用入

3連休のきょう、7月の第3月曜日に制定された、国民の祝日「海の日」*である。
(*)起源は、1876年に明治天皇が初めて灯台視察船(明治丸)で航海し、7月20日に横浜港へご帰港されたことによる。(Google検索 Labs)

(本ブログ関連:”海の日”)

当然、対になる国民の祝日として、来月8月11日に「山の日」**となるわけ。
(**)起源は、(案の定)1996年に「海の日」が祝日になったことを受け、山岳団体や自然保護の関係者から「山の日も作ってほしい」という声が上がったことがきっかけで、2016年に制定された。(Google検索 Labs、Wikipedia)

海といえば、仕事仲間と行った「ゴチ(マゴチ)」釣りを思い出す。吊り上げて喜んだのはいいが、慎重に針を取り外すことを知らず、素手でつかんだ瞬間、背鰭(せびれ)の棘に思いっきり刺されてしまい、しばらく中断して、仲間の釣りを眺める羽目になった。以来、魚釣りは、鰭(ひれ)に注意するようになった・・・そんなに出かけたわけではないが。


土用の入り
合わせて、きょうは土用の入りで、鰻(ウナギ)を食いたくなる季節だ。そういえば、以前触れたことがあるが、日光街道を北に進む、千住新橋の手前に、歩道にモウモウと蒲焼の煙を立てた、店頭を開けっ広げた持ち帰り専門店があった。あれはいけない反則だ・・・客足が絶えなかった。思わず列に加わるところだった。

2026年7月19日日曜日

(Gemini)WWⅡ後の「帰還兵」と「待ち受けた妻」たち

WWⅡの結果、多くの命が失われた。その被害は甚大だった。戦後復興のなか、新たな問題が帰還した兵士と彼の家庭を守った妻との間に発生した。
妻たちは、WWⅡを戦場と違う立場で担っていた。それは軍需工場で働き、市電の運転手として働き、帰宅しては子どもたちを育て、買い出しに出かけた。完全に自立した存在に変わっていたのだ。
そこへ、大戦で疲弊した男たちが帰還したのだから、何か問題が起こらないはずはなかった。

そこで、次の2点で、WWⅡ以後(戦勝国側・米国)の状況を Gemiini に問うてみた。
①  ある意味無気力・無関心状態に、最悪PTSDに陥った帰還兵士と、彼らを銃後で工場労働者として、家庭の日常を支えた妻たちに間に決定的な齟齬が生じ、離婚率が急上昇したといわれるが、どうだったか?
➁ 戦後、映画やテレビのホームドラマで、戦争の影を覆い隠してしまうほどの戦後復興の隆盛を幻想したが、実際は、① の葛藤をどのように解決しようとしたか? その結果はどうだったか?

現在の世相の動きを考えるとき、歴史の追い風が奈辺にあったか知りたいところ。


■ Gemini ①

Q.WWⅡ後、モスクワでの離婚率が50%だったと聞いたことがあります。たとえば、東京、ロンドン、パリ、ニューヨークで、どうだったんでしょうか? 戦勝国・敗戦国で、爆撃があった国・なかった国で、といった違いがあるかもしれませんが。結果として、(今のような理念・性差別としてでなく)女性が実質的に社会進出するきっかけになったと思うのですが。 
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A.戦後の離婚ピークと女性の自立(4都市・国の比較)

都市(国)離婚のピーク戦争の背景・被害離婚急増の主な要因女性の「実質的社会進出」の様相
ニューヨーク
(アメリカ)
1946年
史上最高を記録
戦勝国
空襲なし
・スピード婚の破綻
・復員兵のPTSD
軍需工場(ロージー・ザ・リベッター)等での労働実績と、「自力で稼げる」という経済的自信の定着。
ロンドン
(イギリス)
1947年
最初の大きな山
戦勝国
激しい空襲あり
・長期の家族離散
・疎開
・別居中の絆の断絶
政府公式データでも「女性の労働市場への本格参加に伴う経済的自立」が離婚急増の主因と分析。
パリ
(フランス)
戦後直後
一斉に急増
戦勝国(解放)
地上戦・占領あり
・夫の長期捕虜拘留
・占領
・解放の混乱
夫不在の数年間、家庭と地域を1人回した実績。1944年の参政権獲得により現実の社会の担い手へ。
東京
(日本)
1947〜1948年
戦前戦後で突出
敗戦国
壊滅的な空襲あり
・復員
・引揚げの混乱
・新民法:家制度廃止
焼け跡の闇市、買い出し(物交)、戦後産業の労働など、生きるためのサバイバルを通じた壮絶な自立。

(国家をあげての)総力戦は(結果として)前線の兵士の心をも徹底的に破壊し、その壊れた心が家庭に持ち込まれたとき、経済的・精神的に自立しつつあった銃後の女性たちとの間で、もはや修復不可能な決定的な破綻(離婚)を迎えることになったと言えます。
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■ Gemini ➁

Q.子どものころ見た、アメリカのホームドラマ(たとえば「パパは何でも知っている」)に、戦争の影を微塵に感じることはなかったのですが・・・戦勝国の夫家庭を仕切り妻が守るといった構図がずっと続いているんだと思っていましたが。
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A.まさにその違和感、素晴らしい着眼点です。
私たちが子どものころ(昭和30年代=1950年代)にテレビで夢中になって見た『パパは何でも知っている』や『陽気なルーシー』・『うちのママは世界一』といったアメリカのホームドラマには、おっしゃる通り、戦争の暗い影や夫婦の確執などは微塵も描かれていませんでした。

白い郊外の一戸建て、最新の電気冷蔵庫や大型テレビ、美しいドレスを着てパパを笑顔で迎えるママ、そして頼りがいのある「何でも知っている」パパ。

実は、この「完璧で幸福な1950年代のアメリカ家庭」のイメージこそが、先ほどお話しした「戦直後の激しい家庭崩壊(1946年の離婚ピーク)」に対する、アメリカ社会全体の強烈なバックラッシュ(揺り戻し)であり、国を挙げた「壮大な軌道修正のプロパガンダ」だったのです。

歴史の裏舞台では、どのようなカラクリがあったのでしょうか。

1. ドラマが隠した「冷戦下の国家戦略」
1950年代に入ると、アメリカはソ連との「冷戦」に突入します。資本主義がいかに共産主義より優れているかを世界に示すため、アメリカ政府や大企業は「豊かで幸福な中産階級の家庭」をシンボルとして国内外にアピールする必要がありました。

テレビドラマは、その理想を国民に刷り込む最高のメディアでした。
戦後の混乱PTSD跳ね上がった離婚率といった不都合な現実はすべて画面から排除され、「パパが働き、ママが家庭を守るのが、もっとも正しく幸福なアメリカの姿である」という規範が徹底的に作り上げられたのです。

2. 女性を家庭に押し戻す「強硬な仕掛け」
戦時中、軍需工場などで大活躍し、経済的自立を覚えた女性たち(ロージー・ザ・リベッター)に対し、戦後のアメリカ社会は歓迎のステップを踏みませんでした
● 職を追われる女性たち:  戦後、復員した男性に仕事を返すため、女性たちは次々と工場やオフィスから解雇されました。
●「家庭にいることこそが至高」というプロパガンダ:  雑誌やテレビ、心理学者までもが総出で「家事や育児に専念することこそが、女性の本当の幸福であり、愛国である」と説きました。

その結果、多くの女性が「自立の地殻変動」を経験したにもかかわらず、社会的な圧力によって再び家庭へと押し戻されることになりました。テレビで見た笑顔のママたちは、いわばその「成功例」として毎週放映されていたわけです。

3. 画面の裏に潜んでいた「病理」
では、ドラマのような完璧な家庭が本当に実現して、みんな幸せになったのかというと、現実はそう甘くありませんでした。

1950年代のアメリカでは、ドラマの裏側で以下のような深刻な歪みが進行していました。

抗不安薬(安定剤)の爆発的流行: 「幸福なはず」の主婦たちの間で、原因不明の虚しさや不安、うつ症状が蔓延しました。当時はミリタウン( Miltown )などの精神安定剤が「主婦の小さなお手伝いさん」と呼ばれ、チョコレートのようによく売れました。

1960年代の「不満の爆発」へ:  この、無理やり型にはめられた女性たちの息苦しさを言語化し、世界に衝撃を与えたのが、1963年にベティ・フリーダン*が書いた『女らしさの神話( The Feminine Mystique )』(邦題「新しい女性の創造」)という本です。彼女はこれを「名前のない病気」と呼びました。
(*)Wikipedia:彼女の活動は、現在の極端な運動にまで進むことはなかったようだ。

歴史の「二重底」
私たちが子ども時代にテレビを通じて憧れた「豊かなアメリカの家庭」は、戦後の凄まじい離婚ブームと社会の混乱(一階部分)を力(ちから)ワザで覆い隠すために、1950年代の冷戦期に突貫工事で作られた「美しい二階部分(フィクション)」だったと言えます。

戦勝国の夫が家庭を仕切る構図がずっと続いていたように見えたのは、アメリカという国が「そう見せることに必死だったから」であり、その無理な蓋(ふた)は、のちの1960年代後半から70年代にかけて、ウーマンリブ(女性解放運動)ヒッピー文化、そしてさらなる離婚率の爆発という形で、一気に吹き飛ぶことになります。
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2026年7月18日土曜日

(生活の知恵)首に巻いた濡れたタオルが温まったら、広げて振って冷やす

去年の夏、暑い暑いといっても、そんなにエアコンを使わなかった。扇風機と水で濡らしたタオルを首に巻いて冷やしていた。そんなもので十分だったが、ことしの熱気は少々厳しい。エアコンの使用頻度は確かに増している。

とはいえ、タオルの冷たい感触が忘れられない。きょう。久しぶりに濡れたタオルを首に巻いてみた。すぐに体温で温まるので、そのたび洗面所で水道水でぬらしたりした。

そういえば、むかしの下町で、ランニングシャツとステテコ姿のおじさんが、首にタオルを巻いて、縁台将棋をしている光景があった・・・といっても、ドラマの場面だが。

そこで、あることを思い出した。冷感性のあるタオルのコマーシャルで、「温まったらタオルを広げてパンパンと振るようにしてください、また冷たくなります」というのだ。いま手元で使っているのは、もちろん普通のタオル地だが、やってみると効果があった・・・要は、タオルを広げて振ると、勢いに乗って温もりが強制気化して飛んでいってしまうのだ。

どんなメカニズムか、(分かりきったことかも知れないが)Gemini に聞いてみたところ、次のような解説があった。要約。
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温まったタオルを広げて「パンパンと振る」ことで、① 湿った空気が入れ替えられ、➁ 表面積が拡大して、③ 風による「強制冷却」効果がえられる。結果、触ったときに「冷たい!」と感じる状態に戻る。
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2026年7月17日金曜日

(とりとめもなく)「夕立」それとも「ゲリラ豪雨」

暑さと湿気、それに昼前後の雨降りに、外出の気分にならず、ずっと家にこもった。ときどき、外を眺めると、雨に濡れているかと思ったら、つぎは雨上がりで乾いていたりする。ますます気分がのらない・・・わがままだろうか。

気分一新して、Youtubeで夕立にふさわしい曲を探したが・・・英語でも evening shower で検索したが、これはと思うものと出会わなかった。

雷鳴もあって、季語としての「夕立」を思い浮かべたけれど、気象情報では、それを「ゲリラ豪雨」と呼んだりする。夕立の二文字に込めた先人の思いを、ゲリラは蹴散らしていく・・・空の事情も変わったようだ。

夏の雨降りの始めに、一滴の雫(しずく)がリンゴの木*に落ちた・・・なんて、アメリカの詩人は綴ったそうだ。日本の雨は、その時間、空間、匂いを含めて季語に形づくった。そこには日本特有の気遣いまで含ませる。
(*)公園のリンゴの名が付く木といえば、「シベリアリンゴ」くらい。「ワリンゴ」への伝播の過程で交雑したそうだ・・・、ふだん食っているリンゴは「セイヨウリンゴ」だが。ちなみに、リンゴは、太陽の黄金の林檎でもある。

それにしても、夕立をしみじみ歌い聞かせる曲がないのは、余韻の大きさのせいか。そんなに簡単に歌えるものじゃないと。私なんか、オールディーズの「悲しき雨音」に馴れ親しんだ方かも知れないと、つくづく感じる。

(本ブログ関連:”悲しき雨音”)

2026年7月16日木曜日

(気ままに)小さいカメラ

きょうも、ジリジリと焼けるような暑い一日だった。天気予報では、昼過ぎに空が怪しくなるといい、少々心配した。体操教室の時間とちょうど重なるからだ。運動が終わって会場を出たとき、なるほど雲天で、もしかしたら小雨と心配をしたが、幸い、雨粒もなく帰宅した。

それでも、天気予報は今晩おそく、降雨という・・・何としても雨を降らせたいらしい。

ところで、長い間、スケッチ帳というか手軽に自然を撮っていたコンデジカメラが、レンズエラーを起こし、修復できず(これまで、だましだまし使っていたのだが)臨終を迎えた。公園の散歩ついでに、野草などを写してきたのだが。代わりのものを探さねばならない。野鳥観察に持ち歩いているカメラでは、入門機とはいえ少々重いし・・・。

記憶は、何気ない身の周りの積み重ねからできているのかも知れない。画家や音楽家がポケットにスケッチ帳を忍ばせていると、どこかで聞いたことがある。芸術家じゃなくても、幼いころの家庭の味や香りは忘れられないように、小さなポケットカメラで、何気なく撮った写真もたまれば記憶になり、何に関心を持っていたかがはっきりする。

この何気なさを、小さいカメラで確認したい。

2026年7月15日水曜日

お盆の時期

ネットに日々の行事を知らせるサイト「今日は何の日・明日は何の日」*がある。きょうを参照したら、「お盆・盂蘭盆会(7月15日 年中行事)」とある。
(*)「雑学ネタ帳」
    ー https://zatsuneta.com/category/anniversary.html#google_vignette

はて、町を歩いてもそんな気配はなかったような・・・ただただ、暑い日射しの日中のことゆえ気付かなかっただけか。

お盆といえば、子どものころ、どこの川だったか、もしかしたら遠賀川だったか。父に連れられて夜の川辺に、供え物を流しに行った記憶がある。あのころは人出もあって、ゆらゆら流れていくのを賑やかに見送ったような気がする・・・ああ、これも思い出の中の幻想かな。
それがいつだったか、時期がはっきりしない。

(本ブログ関連:”お盆”)

そこで、Gemini と、ChatGPT に確認したところ、同様の回答を得たので次に記す。

■ ChatGPT
日本の地域ごとの大まかな分類
お盆の時期主な地域背景
7月13~16日
新暦・7月盆
東京を中心とする首都圏の一部、横浜の一部、静岡市、金沢市旧市街、函館市など都市部ではそのまま新暦7月15日に行う地域(7月盆)
8月13~16日
月遅れ盆
全国の大多数の地域農繁期を避けるため1か月遅らせて8月15日ごろに行う地域(月遅れ盆)
旧暦7月13~15日
旧盆
沖縄県、鹿児島県奄美地方など(新暦の日付は毎年変わる従来どおり旧暦を使い続けた地域(旧盆)

結論、月遅れのお盆だったのだろう。ああ、そういえば、盆棚にあった「らくがん(落雁)」の菓子を食べたことがある。子どもにはサイズが大きすぎて、放り出すわけにいかず苦心した・・・でも、口の中でじわっと広がった甘みがなつかしい。

2026年7月14日火曜日

公園散歩

朝が遅いと一日が短く、十分に使いきれない。とはいえ、夜更かしするため、朝の起床もままならず、結局ズルズルと一日を過ごすことになる。きょうは、午後3時ころになって、(まだ陽の陰りのない)公園へ出かけた。少しでも、熱射が緩くなっているうちにと思ってのこと。

公園に入って、人影がないのに驚く。奥の木漏れ陽の林間で、数人とすれ違ったくらい。

いつもの野鳥観察のルートをたどったが、鳥の影も見当たらない。2度ほど「ウグイス」のさえずりを聞いた。あとは、酒焼けしたような「ボソ(ハシボソカラス)」の「ガァー」という声が響いたぐらい。
水鳥の観察をさえぎる、小川の萱(かや)のわずかな隙間を通して、岸辺に上がった「カルガモ」の番(つがい)がたたずむ姿を見つけた。彼らも、あまりの暑さに身動きがとれないのかもしれない。

何も見当たらないので、フィールドを巡った証として、このところずっと一面に咲いている「ワルナスビ」の白色の花を撮った。当たり前すぎて、牧野富太郎博士に愛想つかされた草だ。棘まで付けて・・・。そういえば、同じナスビ科の「ジャガイモ」もそっくりな花(品種によって、白から紫色と色々)を咲かす。

(本ブログ関連:”ワルナスビ”)

2026年7月13日月曜日

(資料)連歌と連句

おとつい(7/11)、図書館で「杞憂に終わる連句入門」(鈴木千恵子、文学通信)*を借りたが、手も足も出ない。杞憂のままなので、ネットの力を借りて、「連歌」と「連句」について、基礎知識を習得中(教科書的な整理)。
(*)同書の「発句」の定義に、「芭蕉は生涯にどれだけの句を詠んだか? という問いを立てた人がいるが、答えは強いて言えば、芭蕉は俳句は詠んでいない、である、発句をそれだけで創作鑑賞されるようになったものを地発句(じほっく)といい、正岡子規が俳句と名づけたのである。」

(本ブログ関連:”連歌”、”連句”)

■ Gemini より

①「連歌」と「連句」の特徴
項目連歌(れんが)連句(れんく)
主な時代鎌倉時代 〜 室町時代江戸時代 〜 現代
言葉遣い

雅語
(和歌に使う美しく伝統的な言葉)
俗語・漢語・流行語
(日常の言葉)
表現のトーン優雅、格調高い、精神的な美滑稽(おかしみ)、庶民的、人間味
代表的な形式百韻(100句つなげる)歌仙(36句つなげる)
担い手貴族、武士、僧侶俳人、一般庶民
代表的な人物宗祇(そうぎ)、二条良基松尾芭蕉、与謝蕪村
後世への影響和歌の伝統を継承最初の句(発句)が「俳句」へ発展


➁「連歌」と「連句」のルール(式目)例
句の順番連歌連句
発句 (1句目)切れ字(~かな)で言い切る。当季の季語。客への強烈な挨拶・言祝ぎ。切れ字、当季の季語は共通。ただし、言葉づかいが日常語になり、より軽妙な挨拶になる。
脇句 (2句目)体言止め(名詞止め)が絶対原則。 発句と同季。体言止めが好まれるが、絶対ではなくなる。 動詞で終わってもOK。発句と同季。
第三 (3句目)「〜て」などの接続助詞(て止め)が絶対原則。「〜て」で終わらなくてもOK。 連歌よりも早い段階からガラリと場面を転換させることが多い。

(付記)
連歌・連句で、「一つ前に提示されたお題 = 前句」に対して、「自分が今から添えるアンサー = 付句」という、ペアを指す言葉が使われた。
→  本ブログ: 7月9日「魂がないと此世は面白し(武玉川)」に追記。


■ Google検索(Labs)、他より
「連歌と連句、代表作例」
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1. 「連歌」:『水無瀬三吟百韻(みなせさんぎんひゃくいん)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:宗祇)
     雪ながら 山もと霞む 夕(ゆふ)べかな
(まだ雪が残っているのに、山のふもとは春の霧でかすんでいる、そんな美しい夕暮れだ)

● 脇句(7-7:肖柏) 
    行く水遠(とほ)く 梅匂(にほ)ふ里
(かすみの先を流れる川の水は遠くまで続き、梅の香りをのせた風が吹いてくる)

● 第三(5-7-5:宗長)  
    川風に 一むら柳 春見えて
(その川風に吹かれて、一塊の柳の木が芽吹き、いよいよ春の訪れを感じさせる)


2. 「連句」歌仙:『初木枯の巻(はつこがらしのまき)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:冬、芭蕉) 
    狂句 こがらしの 身は竹斎に 似たる哉   ←「狂句」:破調としてある
 (木枯らしの中を旅する我が身は、まるで仮名草子にある旅の藪医「竹斎」のようだ)

● 脇句(7-7:冬、野水) 
    たそやとばしる かさの山茶花  
(枯らしに飛び散る山茶花(さざんか)を、旅笠にいっぱい着けて到着した人は一体誰)

● 第三(5-7-5:秋、荷兮)
     有明の 主水に酒屋 つくらせて 
 (主水(もんど:水を司る役)の屋敷近くに酒屋を作らせた、という風流な景物へ展開)

参考
■ 山梨県立大学
「冬の日脚注(1/5)」
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/huyunohi00.htm
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2026年7月12日日曜日

薄明、「ミステリー・ゾーン」と「世にも不思議な物語」

日没後、夕方を過ぎた7時半ごろまで薄明りが残っていたが、だんだんと闇が迫るのが早まる気がする。まだと思っていた玄関の外灯を、最近あわてて点けるようになった。

子どものころ、この「薄明(はくめい)」を自転車で追っかけたことがある。暗くなるまで競争だと根競べしたが、あっけなく夕闇に飲み込まれた。気づけば陽が陰るのはアッという間のことだった。

日没後の空に広がる微かな薄明りを「トワイライト」という。これを原題に使ったテレビ番組「Twilight Zone」*があった。邦題は「ミステリー・ゾーン」だ。いわば、短編のファンタジー小説のような内容で、番組の最初にホスト役のロッド・サーリングが登場して、興味を引き付ける語りをした。
(*)映画「Twilight Zone」を見た機会に、「ミステリー・ゾーン」の原題だと知った。

これに対して、テレビ番組「世にも不思議な物語」(原題:Alcoa Presents: One Step Beyond(ワン・ステップ・ビヨンド))があった。実話風を売りものにした、ちょっと恐怖心をひきずらせる内容だった。ホスト役は、柔和な紳士といったジョン・ニューランドで、ロッド・サーリングとは好対象な気がした。

(本ブログ関連:”世にも不思議な物語”)

また、「ミステリー・ゾーン」と「世にも不思議な物語」とも、放送時間は30分だった。あまり時間をかけず、視聴者の緊張感を高める番組作りとして最適だったと思う。実際、ロッド・サーリングもそう言っているし、たしかジョン・ニューランドもそのように語ったような記憶がある・・・。

そういえば、短編小説の代表作家にフレドリック・ブラウンがいたが、最近書店の棚で見かけないのが残念・・・と思ったら、なんと「フレドリック・ブラウンSF短編全集」(創元SF文庫)が刊行開始したとのこと、全5巻予定。(最近、本屋の棚を隈なく見回るのを疲れるので気づかなかった)


■ Gemini
「世にも不思議な物語」と「ミステリー・ゾーン」の比較
項目『世にも不思議な物語』『ミステリー・ゾーン』
原題Alcoa Presents*:
One Step Beyond
The Twilight Zone
ホスト役・案内者ジョン・ニューランド
(J
ohn Newland)
ロッド・サーリング
(
Rod Serling
作品のスタンス「実際に起こった超常現象(実話)」「優れたフィクション(創作)」
主なテーマ予知夢、テレパシー、幽霊、臨死体験など宇宙人、タイムスリップ、ディストピア、皮肉な結末など
物語の傾向オカルト・怪奇・心霊要素が強く、ドキュメンタリータッチ鋭い社会風刺や、人間ドラマを含んだSF・ファンタジー
(*)Alcoa Present: アルミニウム製造メーカー 「アメリカ・アルミニウム会社(Aluminum Company of America)」 の提供

2026年7月11日土曜日

再使用飛行小型実験機(RV-X)

軽い気持ちで公園へ出かけたが、観察気分を萎えさせるほど、 きょうは暑かった。そこで目指したのは、自然観察センターの冷気だけだった(当然、自然観察園に入る気力もなかった)。しばらく休憩室で息を整えた後、来た道を汗を滲ませながら帰路についた。こんなはずじゃなかったというのが感想だ。

そうそう、公園の小川は水量が復活したこともあり、水遊びする家族連れを何組も見かけた。なかには、水の流れにどっぷり腰を据えた子もいたし、それを、親としても許せるほどの熱射だったのだ。

家に戻ってすぐ、エアコンをつけて体を冷やした。そしてお決まりの転寝となった。

夕方になって、テレビニュースから、宇宙航空研究開発機構(JAXA)*と三菱重工業との共同研究による、表記の「再使用飛行小型実験機(RV-X)」の実験(於:秋田県能代市)が成功した映像が流れた。今回は、マイルストーンを設定しながら着実に実施する、再使用ロケット実験験の一部だったわけだ。
(*)JAVA研究家初部門: 「基幹ロケットの再使用化による打ち上げコストの低減」
    ー https://www.kenkai.jaxa.jp/research/rvx/rvx.html

ロケットを垂直打ち上げた後、同じ姿勢を保ったまま着陸するのは、スペースXでおなじみの光景だが、以前、ホンダも同様の実験を成功(2025年6月17日)している。

(本ブログ関連:”ホンダ”)

とてもユニークな画面だけに、JAXAサイトのトップページに大々的に紹介されるかと思いきや・・・。実験研究テーマだけに、地味に派手にならず・粛々と研究されるのだなと実感した。とはいえ、わたしを含めて <しろうと受け> する楽しい映像だ。
ー  昔のSF(空想科学)映画やイラスト(週刊漫画雑誌の巻頭カラー特集)では、月面着陸したロケットが、今回のように再発射可能な形で立って着地していた・・・、なつかしい既視感がある(次のYoutubeのコメント欄でも大賑わい、同感)。

■ Youtube(登録: 共同通信)
「【速報】JAXA再使用ロケット着陸成功 小型実験機「RV-X」」(2026/07/11)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=YDPbT1y87ZU

2026年7月10日金曜日

BIRDER 7月号: ヒヨドリ、ムクドリ

ヒヨドリ」は「ヒヨ」と略称される。「ハシブトカラス」を「ブト」、「 ハシボソカラス」を「ボソ」と呼ぶようなもの。フィールドで、あまりに普通(平凡)で、野鳥観察では有難味がないからかもしれない。普通(平凡)な私ですら、彼らを呼び捨てにする。

きょう、隣り町の本屋で、野鳥趣味の月刊誌「BIRDER 7月号」を購入した。特集は「深掘り  ヒヨドリ・ムクドリ」、最も身近な鳥たちだ。

(本ブログ関連:”BIRDER”、”ヒヨドリ”、”ムクドリ”)

● 「ヒヨドリ」は、野鳥観察でいつも目にする、年中当たり前の鳥ながら、欧米人に人気の極東固有種だ。ただし、鳴き声、姿色合いがパッとしない。それでも、記事「読者が撮った!   ヒヨドリの花と木の実レストラン」の写真は素晴らしい。サクラの花びらが落ちるのを背面飛行で受けとめるような一瞬の光景は、まるで日本画を見るよう。この画像だけでも本号の価値がある。

● 特集の二番手「ムクドリ」は、日ごろの悪目立ちが過ぎる。群れて、人が近づけばサッと逃げる。夕暮れの町にたむろする不良少年たちといったところ。正直、絵にならない奴なのだが・・・とはいえ特集のトリ。
掲載の「ギンムクドリ」の雄の写真を見て、どこかで会ったような気がする*・・・白頭のムクドリを本ブログに記したことがある。
(*)本ブログ:「白頭のムクドリ」(2022年4月7日)

ところで、ムクドリを「ムク」と呼び捨てにしないのは、一説に「ムクノキ(椋の木)や、木肌の無垢(むく)と連想しやすい」のを避けるためという(Gemini)。

秋の終わり、ぎりぎりまで民家の庭に残った柿の実を冬支度のため、ヒヨドリやムクドリがついばんでいた(完全に食べ切った)のを思い出す。柿の実を残しておいた、その民家の心意気がうれしい。

(本ブログ関連:”柿の実とムクドリ”)

2026年7月9日木曜日

魂がないと此世は面白し(武玉川)

南西諸島から西日本まで、梅雨が明けたようだ。東京の天気予報を見ると、これから晴れの日がしばらく続きそう(ただし来週末、怪しくなる模様だが)。平年通り、7月19日ころに「梅雨明け」になるかもしれない。

長雨から解放され、からっとした気分に戻りたいものだ。

歳時記を見ると、夏の季語が多いにもかかわらず、野鳥はどうやら限られている。夏の始まりを伝える「ほととぎす」、古式漁法の鵜飼の「鵜」が目につくくらい。現代俳句ではもちろん多様だろうけれど。

ここしばらく晴れ空が戻ってきそうなので、野鳥に限らず陽気なものを探してみたい。

今回は第八巻、「第八  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、連句の中からユニークなものを選んだ、「武玉川(むたまがわ)」*(江戸時代中期の俳人 慶紀逸(けいきいつ)選、寛延3年(1750年)~文化年間 )に掲載されたものだ。
(*)武玉川: 「連句」のお題としての「前句(五七五)」に対して応募した「付句(七七)」から主に選択しているとのこと。

(本ブログ関連:”折々のうた”)

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魂がないと此世(このよ)は面白し        (武玉川)
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「第八  折々のうた」で、こんな解説がされている。「なまじ魂などいうものがあるから、反省も後悔もする、いっそ魂などなかったら、どんなに面白おかしく暮らせるだろう」として、他の詩歌などと比べて「俳諧の自由さがよく出ている」と記している。

ところで同書(第一刷)に、この連句について「一体どういう情景を受けて作られた付句だったのだろう」という記述があるが、五七五の構成から、「付句」ではなく、「前句」が適切だったと思うのだが・・・。それとも、この句の前の句に対しての付句だったのか?(前後関係を知らず、暴論だったかもしれない) →  以下、Gemini に確認した結果を追記する。
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> Gemini より
『武玉川』に収められているような「前句付(まえくづけ)」のゲームにおいて、その役割は以下のように固定されています。
● 前句(お題): 「思ひ出しては動くシテツレ」(七・七の短句)
● 付句(解答): 「魂がないと此の世は面白し」(五・七・五の長句)
つまり、あらかじめ出題された七・七(前句)に対して、後から機知を利かせて付けられた五・七・五の側であるため、「魂がないと〜」は付句と呼ぶのが正解です。
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(追記)
「魂」を宗教的にいえば、本来的に仏教的でないのだが、江戸の人がそれをどの程度重きを置いて語ったのか気になる。もしかしたら、現代人のいう個人と等しいものというより、先祖につながるものだったかもしれない・・・。

2026年7月8日水曜日

カルピスの蛇口、それにパイナップル・コンクジュース、練乳、さくらんぼ

Yahooニュースに、蛇口から「カルピス」が飲めるという記事があった。あのとろりとした白色の甘くて酸っぱい「初恋の味」*は、子ども時代の最高の思い出だ。蛇口で販売する場所に、高齢者の施設も含めているのに納得する。
(*)初恋の味: 大正11年(1922年)4月の新聞広告にキャッチフレーズとして使用された。

そこで、記事を読んでコメント欄に目を向けたところ、「初恋の味」に触れた反応が見当たらない・・・なんだか淋しい限り、今の人には飲料水のひとつなんだろう。

■ Yahoo ニュース
「カルピスも『蛇口』参入。ご当地グルメ発の体験消費が広がる理由   #エキスパートトピ」(大原絵理香、2026/7/8)より抜粋 ー https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/7de645266c3886d92148dd47b502410a3adb761c
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・<愛媛のみかんジュース> や、<香川のうどん出汁> の蛇口など、名物の飲料などが出てくる体験は各地の観光地で人気ですが、類似した発想で「子どもから大人まで幅広い世代との接点づくり」のため、全国区の飲料メーカーでも同様の・・・展開されることになりました。
・アサヒ飲料は7月6日、蛇口から「カルピス」が飲める「カルピスじゃぐち」の本格的な事業運営開始を発表し、7月9日より設置先を拡大。2030年までに累計1000台の設置を目指すとしています。
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そういえば、蛇口から「みかんジュース」が出るというのもあったな・・・子どもにとって、まさにパラダイスだ。昔の夏、冷たい水で薄めたカルピスを渡されたとき、あれを濃いいまま飲めたらどんなに幸せだろうと想像したものだ。

以前、ブログに記したが、子どものころ味覚は忘れられないものだ。その中で、隠れて(内緒で)飲んだり・食べたりした思い出があるものに、次のものがある。

盲腸だったか、入院したとき、お見舞いに貰った「パイナップル」のコンクジュース(瓶詰め)を退院後、原液のまま口にしたとき、あまりの甘さに吹きだしそうになった。以来、パイナップルが苦手になったりもした。

「イチゴ」を食べるとき、かけてもらう「練乳(缶詰入り)」をそのまま飲んでみたいと思ったことがある。冷蔵庫の練乳を缶詰の切り口から吸ったところ・・・甘すぎて、一口飲んでそっと返した。

ショートケーキの上に「さくらんぼ」が載っているとうれしいものだ。そこで、缶詰に入ったさくらんぼを食べてみたが、これも白いケーキのあってこそと気づいた・・・そんなに美味いもんじゃなかった。

(本ブログ関連:”コンクジュース”、”練乳”、”さくらんぼ”)

2026年7月7日火曜日

(資料)小惑星探査機「はやぶさ2」、小惑星「トリフネ」を撮影

劇的なドラマを見せてくれた(本当に感動した)初代「はやぶさ*の後継機「はやぶさ2」が、小惑星「トリフネ直径わずか500m程度)の画像を送ってきた。正直なところ、今まで関心が眠っていたにわかファンは、高速フライバイ**の成果である爆速撮影による写真が発表されて、再び関心がよみがえったのである・・・2014年以来の息の長い探査に感心、感服するばかりだが。
まさに、小惑星探査は、日本のお家芸***といっていいのではないだろうか。

*)はやぶさ: 「2005年夏、小惑星(25143)「イトカワへ」到達、サンプル採集を試行後、2010年6月13日22時51分、60億 kmの旅を終え地球に帰還し、大気圏に再突入した」(Wikipedia)。

**)フライバイ(flyby): 宇宙探査機が天体に着陸したり周回軌道に入ったりせず、その近くを高速で通過しながら観測や軌道変更を行う宇宙飛行すること(Jaxa)。

***)日本のお家芸: Gemini も応えてくれた:「『小惑星探査は日本のお家芸』と言って全く差し支えありません。」、「2031年には、さらに別の超小型高速自転小惑星(1998 KY26)への到着を目指しています。」


(本ブログ関連:”はやぶさ、はやぶさ2”)


■ 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
「小惑星探査機『はやぶさ2』が取得した小惑星『トリフネ』の画像」(2026年(令和8年)7月6日)
    ー https://www.jaxa.jp/press/2026/07/20260706-3_j.html
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小惑星探査機「はやぶさ2」は、2014年12月にH-IIAロケット26号機によって打ち上げられ、小惑星「リュウグウ」を探査した後、2020年12月6日に地球へ「リュウグウ」のサンプルを届けました。その後、ミッションを延長「拡張ミッション」として探査機の運用を続けてきましたが、拡張ミッションにおける最初の探査対象となる小惑星「トリフネ」に、2026年7月5日、18時30分(日本時間/誤差±1秒)に、フライバイに成功しました。(時刻は速報値)

・望遠の光学航法カメラ(ONC-T)によって撮影された小惑星「トリフネ」。

©JAXA、東京大学、千葉工業大学、東京科学大学、産業技術総合研究所、パリ天文台、カナリア天体物理研究所・ 撮影日時:2026年7月5日18時29分59秒(日本時間)(速報値)
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小暑 2026、七夕

きょうは二十四節季の「小暑」で、暑さが本格的になり始めるころ。次の「大暑」(7/23)までの間には「梅雨明け」*になるだろう。
(*)梅雨明け: 平年7月19日ころに梅雨が明ける。

(本ブログ関連:”小暑”、”梅雨明け”)

七夕
合わせて、きょうは「七夕の節句」である。「織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)が、一年に一度のこの日、天の川に架かる橋**を渡って(橋上で)再会する」という伝説がある。
(**)天の川に架かる橋は、背が黒く腹が白いカラス科の「カササギ」たちが翼を繋いで、天の川に大きな橋を作ってくれたものという。

(本ブログ関連:”七夕”、”節句”)

■ Gemini
五節句の一覧表
日付正式名称 (節句名)別名・呼び名行事食・代表的な植物意味・願うこと
1月7日人日
(じんじつ)
七草の節句七草粥(ななくさがゆ)無病息災、邪気払い
3月3日上巳
(じょうし)
桃の節句・ひな祭り桃花酒、菱餅、ひなあられ、白酒女の子の健やかな成長と厄除け
5月5日端午
(たんご)
菖蒲(しょうぶ)の節句菖蒲湯、ちまき、柏餅男の子の成長、身を清め厄を払う
7月7日七夕
(しちせき)
たなばた・笹の節句そうめん、サトイモの葉の露芸事の上達、願い事の成就(笹飾り)
9月9日重陽
(ちょうよう)
菊の節句菊酒、栗ご飯、茄子不老長寿、繁栄(五節句の締めくくり)


カササギ
織姫と彦星のために架け橋となる、「カササギ」(「カシャ・カシャ・カシャ・カシャ」と鳴く)は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に登場する。日本の伝説には、同じくカラスの仲間が出てくる・・・日本サッカー協会のシンボルマークも。三本足の「ヤタガラス(八咫烏)」だし。

■ 青空文庫
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)
 「銀河鉄道の夜」の中で、女の子のかおるがカラスと呼んだものは、カササギだった。
    ー https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html
    ー「まったく河原(かわら)の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光(びこう)を受けているのでした。」
    ー この場面は、旧暦の七夕(新暦の8/19)のころのようだ。ちなみに、「七夕祭り」を旧暦に行なう地域もある。

2026年7月6日月曜日

戦い済んで日が暮れて、あるファッションの変遷

最近、朝に二度寝してしまうことが多い。このところのW杯(FIFAワールドカップ)が、深夜・早朝に試合が中継され、それを見ようと頑張ったからかもしれない。

にわかファンは、訳も分からず、すぐに熱狂し・すぐに冷める。以前もそうだったが、今回もそう。自分でも冷めた後、さて次に何しようと無関心ぶりに驚く。(まるで、恋の相手を乗り替える駆け引きのよう・・・今の時代、これ以上は踏み込めない)。

W杯前、早朝4時ごろに起床していた。その分、時間がたっぷりありあって、持て余すほどだった。W杯に熱中して、エネルギーが涸れてしまったのかもしれない。
W杯から離れては、<おはら庄助さん> が大好きな「二度寝」に入ったようだ。ぐっと起床が楽になった。

もう一つ、理由を考えるなら、医院で処方してもらった消炎薬が、なぜか体調を整えてくれて快便・快眠なのだ。

ところで「戦(たたかひ)いすんで日が暮れて」は、軍歌「戦友」の一節にある。


あるファッションの変遷
Youtubeを見ていると、国会・討論番組に出席のリベラル側の女性に特徴的なファッションがあるのに気付く。伝播するというか、共通するというか。例えば、ある政党の議員が語るとき、同党の重鎮のしゃべり方に極めて似通うことに通じる、それも3世代ぐらい続いているのではと思ったりする。

そこで、ファッションについて、Gemini に特長的な男・女スタイルの歴史を聞いてみた。

■ Gemini

Q.左翼・リベラルといわれる人々に特長的なファッション(髪型、メガネ、衿詰めの服など)ありますが、年代別にどのようなものがありますか。私の若いころ、共産党と全共闘の若者の間で、「Gパン」を穿くことに違いがありましたが・・・、おやおや、数年も立たず共産党の若者もGパンを穿いていました。もっと昔に、地方文化人といわれるおじさんたちに、「ベレー帽」スタイルが多かったですね。
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A.左翼・リベラル、あるいはその時代の進歩派・文化人と呼ばれた人々のファッションには、確かにその時々の思想的背景や「集団としてのアイデンティティ」が色濃く反映されていました。

おっしゃる通り、1960年代から70年代にかけてのジーンズ(Gパン)を巡る「共産党(民青)vs 全共闘(新左翼)」の対立や、それ以前の「地方文化人のベレー帽」などは、当時の空気感を生々しく伝える非常に興味深いディテールです。

日本の近現代における、いわゆる左翼リベラル文化人系のファッションの変遷を年代別に振り返ってみます。

1. 1950年代〜1960年代前半:新劇風・ロシア風と「ベレー帽」の地方文化人

戦後直後から安保闘争(1960年)の時代です。この頃の知識人や左翼系の定番は、どこかヨーロッパの労働者ロシアの知識人を思わせるスタイルでした。

  • 地方文化人とベレー帽 おじさま方の間で流行した「ベレー帽」は、手塚治虫や当時の画家・芸術家、そして社会運動に関わる知識人のトレードマークでした。これにロイド眼鏡(丸眼鏡)や、マフラーを無造作に巻くスタイルが合わさり、「私はモノを考える人間である」という記号になっていました。

  • サークル文化とカチューシャ: 若者の間では、うたごえ運動労働組合のサークル活動が盛んでした。女性はカチューシャにサブリナパンツ、男性は開襟シャツ(オープンカラー)にスラックスという、清潔感のある「健康的な労働者・学生」のスタイルが共産党系を中心に好まれました。

2. 1960年代後半:全共闘の反体制「Gパン」と共産党の「正装」

まさに、ご指摘のあった「Gパン論争」の時代です。1968〜69年の大学紛争期、新左翼(全共闘など)と既成左翼(共産党・民青)の間には、ファッションにおいて明確な思想的断絶がありました。

  • 全共闘(新左翼)の「反体制・実戦」スタイル: 米国ヒッピー文化公民権運動(反戦運動)の流れを汲み、ジーンズ(Gパン)をアイコンとしました。当時はまだGパン=「米軍の放出品」や「労働者の作業着」であり、既成の秩序に対する反逆の象徴だったのです。これに長髪(ロングヘア)軍歌調ではないフォークソング、そしてヘルメットにタオルで顔を隠すスタイルが彼らの定番でした。

  • 共産党(民青)の「規律と信頼」スタイル: 当初、共産党系の若者はGパンを「不良の服」「米帝の退廃文化」として嫌いました。市民や労働者から信頼されるために、男性は詰め襟(学ラン)や小綺麗なシャツ、スラックスを履き、髪も短く整えていました。当時の党派間の衝突(内ゲバなど)の際も、服装を見ればどちらの陣営か一目で分かったと言います。

  • 数年での「Gパン」の一般化: お気づきの通り、70年代に入るとジーンズは単なる「若者の大衆ファッション」として完全に定着します。思想的な意味合いが薄れたことで、共産党の若者たちもごく自然にGパンを穿くようになり、ファッションによる分断は急速に融解していきました。

3. 1970年代〜1980年代:「衿詰め(人民服風)」とエコロジーの台頭

浅間山荘事件(1972年)以降、過激な政治運動が衰退すると、思想は「生活習慣」や「エコロジー」「市民運動」へと形を変えていきます。

  • 衿詰めの服(人民服・マオカラー風): 70年代の中国(毛沢東主義)への憧憬や、カンボジア、ベトナムなどのアジアの解放運動に共感する知識人の間で、スタンドカラー(衿詰め)のジャケットや(白色)シャツが流行しました。スーツという「西欧資本主義の象徴」を拒否し、アジアの労働者や革命家に連帯するというポーズです。

  • マニッシュな女性と自然派: リベラル系の女性たちの間では、ウーマンリブ運動の影響もあり、女性らしさを強調しないマニッシュ(男性風)なパンツスーツや、逆にインド綿などの民族衣装、草木染めといった「自然派・オーガニック」のスタイルが定着し始めました。髪型はショートカット、または無造作なロングが好まれました。

4. 1990年代〜現代:記号化された「インテリ・リベラル」

現代(2000年代以降)になると、かつての戦闘的な左翼ファッションは姿を消し欧米の「リベラル・左派」に共通する、洗練された、あるいは定番化されたシニア知識人のスタイルに落ち着いています。

  • 現代の定番アイテム:

    • 特徴的なメガネ: 昔のロイド眼鏡の流れを汲む、少し個性的で知的なデザインのフレーム(丸メガネや太めのセルフレーム)。

    • 天然素材の服: 麻(リネン)綿(コットン)を中心とした、体に張り付かないゆったりしたシルエットの服。

    • 色使い: アースカラー(カーキ、ベージュ、ブラウン)や、藍染めなどの藍色。

    • 髪型: 本質主義・自然主義の現れとして、あえて白髪を染めない「グレイヘアを綺麗に整えたり、男性であれば少し長めのロマンスグレーにしたりするスタイル。

こうして振り返ると、Gパンを巡る数年での変化は、「若者の風俗のエネルギーが、政党の硬直したイデオロギーをあっさりと乗り越えていった」象徴的な出来事だったと言えます。時代の変遷とともに服装のトゲは抜けていきましたが、「既成の権威(ピシッとした高級スーツなど)に対するアンチテーゼ」という精神だけは、形を変えながら現代の衣服の選び方にも息づいているようです。

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・若いころの「Gパン論争」は、目の前で起こった懐かしいファッション論争でしたね。
・少し前、「スタンドカラー(衿詰め)の(白色)シャツ」がものすごく流行りましたね。
・今は、大江健三郎風の「丸メガネ」が目立ちます。

これからもファッションに注目していきたいと思います。

2026年7月5日日曜日

(資料)今年の台風

朝方、雨音がした。だからといって起きる理由もない。その後、目覚めたらもう止んでいた。きょうも二度寝して遅い起床だ。

ネットで、気象予報に記された降水量の結果を見ると7mmm/h の時間帯があり、結構な降り量だったようだ。これに、台風でも加わったら面倒だなと思ったりする。
実はきのう、自然観察園の崖線部に近い場所で、萱(かや)が長く横倒しになっていた。(先日の台風7号、8号の影響か? それともクマか? なんて・・・呑気に空想した)。

ところで、今年は「スーパーエルニーニョ」*が発生し、台風の当たり年ではないかという情報がある。エルニーニョ以上で「過去10年間で最も勢力の強いもの」という。
(*)スーパーエルニーニョ: 「ナショナルジオグラフィック」
    「2026年に「スーパーエルニーニョ」か、どんな影響がある?」(2026.06.15)
        ー https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/26/041400205/

今年の台風(以下、7/3の記事・コメント欄より)。
今年は、台風の当たり?年(統計開始以来)のようだ。→ 9号:7/2 、10号:7/3に発生
① 1月から7月にかけて、毎月発生したのは、過去を含めて3回しかない。
➁ 平年に比べて、倍のピッチで発生している。
③ 背景に、「スーパーエルニーニョ」があるのではないか。(秋にも発生、強力になる)
当然、台風被害も想定されるわけで心配だ。


■ Yahooニュース掲載「TBSニュース(【news23】)」記事
台風9号が発生…今後の進路は? 今シーズン台風“多発”の背景に「高い海水温」“スーパーエルニーニョ”になる可能性も 九州5県で線状降水帯」(2026/7/3)より抜粋
    ー https://news.yahoo.co.jp/articles/4f21e854b9c45345fdeca50bc12646461c2946ca
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・今年は、台風の発生がハイペースとなっています。6月までの半年間で発生した数は「8個」。気象庁の統計によれば、平年のこの時期は4.2個で、今年はおよそ2倍のペースとなっているのです。
・前回、スーパーエルニーニョが発生したのは2015年平年を上回る27個(平年25.1個の台風が発生し、9月の記録的豪雨では、茨城県の鬼怒川で堤防が決壊するなど、大きな被害をもたらしました。
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● 上記ニュースの「コメント欄」より
くぼてんき(日本テレビ「ZIP!」気象キャスター/気象予報士/防災士)」7/3のコメント
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補足: けさ台風10号が発生
・台風は一年中発生しますが、1月から7月まで毎月発生したのは、統計を開始した1951年以来、1965年2015年今年3回しかありません。
・1年間トータルすると多くなるかどうかはまだ分かりませんが、台風は7月から10月にかけて発生・接近・上陸ともに最も多くなります
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(付記)
ヨーロッパは猛暑で大変
欧州では、熱波で大変なことになっているらしい。Youtubeでおなじみの南フランス、ピレネー在住の「マカロンちゃん」によると、40℃の猛暑という。

■ Youtube(登録: Macaron Chan 南フランス田舎娘)
「40℃の猛暑…フランスの小学校に日本のお弁当を3日間持って行ったら…とんでもないことになりました【海外の反応】」(2026/07/05)

2026年7月4日土曜日

自然観察園

きょうの野鳥観察(探鳥会)*を休んだ。昨夜、カメラや観察手帳をしっかり用意して準備万端だったのに、夜明け(早朝5時過ぎ)に、目覚まし時計が鳴ったとき、なぜか力が入らず、そのまま二度寝してしまった。
(*)きょうの野鳥観察に参加したら、通算100回目だったのに、惜しいことをした。

それで、昼下がりというか夕方近く(午後4時ころ)になって、公園併設の自然観察園へ出かけて、探鳥会の欠席を埋め合わせようと、野草観察をした。いつものように、観察園入り口の掲示板に紹介された植物写真を見て、今月の「観察順路図」を片手に園内を巡ったわけだが(もちろん、最短で回れる範囲だった)。

(本ブログ関連:”自然観察園”)


ヤブミョウガ(写真左)、チダケサシ(写真中央左)、ヤブラン(写真中央右)、オカトラノオ(写真右)
今回は、少し地味だが、小さな花で構成されるものを選んでみた。
● つやつやした葉が特徴的な野草「ヤブミョウガ」が、入り口そばで、白い花を咲かせている。ちょっとした森の妖精だ。
● さらに進むと、薄紫(淡紅)色のユキノシタ科の「チダケサシ」が群生していた。一斉に咲いても、派手になれないところが惜しい。
● ランの仲間だが、妖艶さはない。淡紫色の「ヤブラン」の花を、探し回って、やっと木陰に見つけることができた。(掲示板に写真があるのに、観察順路図に示されてない)
● 一度見たら忘れられない、「ちびまる子」ちゃんに出てくる「花輪君」の髪型を思い出す。白い花を垂らしたような「オカトラノオ」の姿は面白い。



ハンゲショウ
● 毎年、雑節(7/2)「半夏生」がくるたび、葉に白い化粧を塗り残したような「ハンゲショウ」の姿が浮かんでくる。まさに、梅雨の薄曇り空の下、湿地でハッとするように目立つ多年草だ。

(本ブログ関連:”ハンゲショウ”)

2026年7月3日金曜日

演歌「人生万歳」

テレビから演歌番組がなくなって久しい・・・ いやいや、そうではない。夜明けのチャンネルを巡れば見つけることができる・・・ 自然に目が覚めてしまう早起き世代には苦ではないはず。

あるとき、早朝のテレビから元気が出る歌声が聞こえてきた。人生を応援する演歌だ、ネアカといっていいほど、やたら明るい。昔の水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」や、三波春夫の「万国博覧会音頭」に通じるといってよいかもしれない。今度は、ポンポコリンに浜圭介をミックスしたようで、かつテンポよく・・・。

中村美律子の「人生万歳」(作詞:久仁京介、作曲:徳久広司、編曲:南郷達也、2026/05/27)は40周年記念曲で、演歌がもう一度家庭に戻るとしたら、この線かなと思ったりする。大阪出身の彼女の曲目を見ると、<人生>をタイトルに織り込んだものが相当ある。まさに人生を謳歌する、日本列島を明るく元気にする応援歌だ。J-POPの基本も<応援歌>だし。

そう、「万歳  人生万歳  元気で  行きましょう」。


■ Youtube(登録: KING RECORDS)  ← 新曲のため下記 Youtube のアドレスで!
「中村美律子「人生万歳」Music Video」(2026/05/27)

2026年7月2日木曜日

(資料)季語:成立・季節ごとに代表的なもの、半夏生 2026

俳諧(俳句)の「季語」について、① その成立過程と、➁ 現在の「歳時記」で多く取り上げられる代表的なものを、Gemini に問い、一覧表にしてもらった。

ちなみに、きょうは <雑節> の「半夏生(はんげしょう)」である。この時期、ドクダミ科の多年草「ハンゲショウ」の葉の一部が、粉を塗(まぶ)したように白く変色する。凡人には、花魁のうなじの白化粧を想像してしまうのだが・・・。

(本ブログ関連:”半夏生”)

■ Gemini ①

季語の成立と定義の歴史
時代・時期主な出来事と季語の定義・役割
平安〜室町時代和歌・連歌の時代【本歌取り・本意(ほんい)の形成】
和歌の時代から、特定の言葉(「桜」=春など)に季節のイメージを固定する「本意」が育まれます。これがのちの連歌に受け継がれ、複数の人で歌を詠み繋ぐ(連句)ための共通ルール(寄合・しきたり)として、季節の言葉の基礎が作られました
江戸時代前期
貞門・談林派
【季語の必須化と大衆化】
庶民の文芸として「俳諧の連歌」が流行。松永貞徳(貞門派)らによって、俳諧のルール(式目)が厳格化され、**「発句(最初の5・7・5)には必ず季の詞を入れる」**という決まりが明文化されました。日常の言葉や俗語(諧謔)も季語として取り入れられ始めます。
江戸時代中期
蕉風の確立
【芸術性・内面の重視】
松尾芭蕉(蕉風)により、単なる言葉遊びから高い芸術性へと昇華。芭蕉は季語を単なる記号ではなく、**「自然の生命(いのち)や季節の移り変わりと、人間の内面を響き合わせるもの」**として深く定義し直しました
江戸時代後期
歳時記の発展
【分類と整理の時代】
与謝蕪村や小林一茶らが活躍する中、季語を網羅して分類・解説した「歳時記(俳諧歳時記など)」が数多く出版されます。これにより、どの言葉がどの季節に属するかが、一般の地本(出版物)として広く固定化・共有されました。
明治時代〜現代近代俳句の成立【「季題」の提唱と「季語」の定着】
正岡子規による俳句革新運動の中で、連歌から独立した「俳句」が確立。子規や高浜虚子は**「季題(のちに季語)」**という言葉を強く意識し、伝統的な「有季定型(季語を入れて5・7・5で詠む)」を俳句の本質として 定義しました。現代では、時代に合わせた「新季語(バレンタイン、冷房など)」も次々に生まれています。


■ Gemini ➁

季節ごとの代表的な季語(トップ3)
ー 鳥の代表として「ほととぎす」が入っている。
季節季語読み解説・背景
新年
初春 / 新春はつはる / しんしゅん新年の始まりそのものを祝う、歳時記の筆頭に来る時候の季語です。
初日の出はつひので元旦の日の出。新しい年の希望や祈りを象徴する非常に人気の高い季語です。
門松かどまつ正月に神様を迎えるために家の前に立てる飾り。新年の代表的な生活・行事の季語です。
桜 / 花さくら / はな歳時記で単に「花」といえば桜を指します。春を象徴する圧倒的な主役です。
かえる冬眠から目覚めて鳴き出す蛙は、春の訪れ(動物)を生き生きと表現します。
朧月おぼろづき春の夜の、水分を含んだ空気でほのかにかすんだ美しい月を指します。
ほととぎすほととぎす夏の到来を告げる鳥。古来より和歌や俳句で最も愛されてきた夏の主役です。
ほたる初夏の夜を彩る光。はかなさと夏の情緒を象徴する代表的な天文・動物の季語です。
夕立ゆうだち夏の午後に激しく降る雨。現代でも非常になじみ深い夏の気候を表す言葉です。
つき歳時記で単に「月」といえば、一年で最も美しいとされる「秋の月(名月)」を指します。
紅葉もみじ / こうよう秋の山々が赤や黄に染まる様子。春の桜と並び、日本の四季を代表する美しさです。
蜻蛉とんぼ / あきつ秋の空を飛ぶ赤とんぼなど、秋の訪れと寂しさを感じさせる代表的な虫です。
ゆき冬の美しさを象徴する言葉。歳時記では「暮の雪」や「新雪」など多くの派生季語があります。
寒椿かんつばき冬の厳しい寒さの中で、鮮やかな赤い花を咲かせる力強い冬の植物です。
枯木かれき葉を落とし、冬の寒空に立つ木々。冬の静けさや寂寥感(せきりょうかん)を表現します。