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2015年3月16日月曜日

沈丁花

今日はせっかくのぬくもりなのに、どこか冷え冷えする。雨脚が、春雨というには勢いがあって雅趣に乏しい。これを乗り越えれば、明後日は彼岸の入り、週末は春分の日だ。

春の近づきに気になるのが、沈丁花の花の香りだ。それがもう花弁を大きく膨らませ、一部の木々は花開いているというのに、まだ漂わないのだ。小学校の裏の垣根に咲く、この白い花を遠慮なく嗅いで見るのだが。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

今日の雨に、沈丁花は香りを流されているかもしれない。こんな日だからこそ、石川さゆりの「沈丁花」(1978年、作詞東海林良、作曲大野克夫)の歌の始まりが思い浮かぶ。(Youtubeに登録のsui25huyoに感謝)

「降りしきる 雨の吐息に/濡れて傾く 沈丁花」、雨けぶる日には演歌がよく似合う。

このまま香りを逃してしまうのは惜しい。明日の晴れ間にもう一度出かけてみよう。

2010年1月13日水曜日

春の兆し

近くを散歩すると、ある民家の庭先に、冬の風に揺れる一本の白木蓮(ハクモクレン)と出会う。青空に伸ばした枝々には、もう小さな芽がついている。路上から、この木を見上げると暖かい日差しを感じることができる。今年も、春の陽いっぱいに白く大きな花びらを咲き誇って欲しいものだ。
路地に沿った栗園は丁寧に整理され、樹下は掃き清められている。ここの農家の仕事振りがうかがえる。
歩を進めると、放課後の子どもたちが遊び叫ぶ声が聞こえてくる。小学校の垣根に植わった沈丁花(ジンチョウゲ)は、未だ芽がかたい。これから、蕾のほころびを気付くのは夜だろう。夜道を通り過ぎるとき、後を追うように沈丁花の香りがすると、そのとき本当に春が近いことを知る。

(付記)
「沈丁花」は夜がよく似合う。赤坂小梅の「沈丁花」(1933年)はいかがだろうか。
(YouTubeに登録の1985ataru0628に感謝)

(付記)
沈丁花(서향)は、ブログ「花愛(꽃사랑)」によると、韓国では「南部や済州島のような土地の表面が凍っていない場所でよく育つ花木である。だから、冬の気温が5〜8℃以上になると冬を過ごすことができる。」とのこと。

2017年9月26日火曜日

キンモクセイ(金木犀)

この時期、「金木犀」が気になる。「彼岸明け」の今日、人影の乏しい公園に出かけて、広場に並ぶ大きな金木犀を見上げた。濃い緑葉のあちこち、オレンジ色の小さな花弁が点在する程度だが、独特の甘い香りが始まっていた。

(本ブログ関連:”金木犀”)

ちょっと前まで、しばらくの間、「百日紅」が小さな薄紅色の花を覆うようにして飾っていた。中国の古い絵を見るようで、霞んで、すごく地味で・・・。そんな地味さ加減が金木犀にもある。この時期、オレンジの花弁も咲き始めたばかり。

子どものころ、金木犀と(春を知らせる)「沈丁花」の香りが苦手だった。なんだか、年配の婦人方の香水を思い起させるからだ。でも、考えてみれば可笑しなこと。ずっと昔から、金木犀や沈丁花は、その香りを漂わせていたのだ。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

やがて歳をとると、花の自然な香りに合わせるようになる・・・そんな気がする。

2014年3月28日金曜日

沈丁花の香り

残すところ数日、4月になれば消費税が現在の5%から8%に上がる。テレビでは、消費者の増税対策をニュース番組でも、煽るように報じている。高級、耐久消費財から、今は長期保存食料品に至るまで購買対象が拡大している。
以前の消費税時のように、消費者心理から要不要は別として、トイレットペーパー漁りで一部に品薄が見られるという。前回のような大騒ぎではないが。

ニュースを見て、私もスーパーに買い物に出かけてみようとしたが、体調は平常時の80%くらいだろうか。完璧でないと感じたのは、小学校の垣根に沈丁花の花が咲き並んでいるのに、以前のように香りを感じないのだ。匂いが薄いというのか、鼻が病んでいるのか。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

一昨年と同じく、2月後半から3月初旬にかけて、風邪で寝込んでしまった。風の症状以外に異様に感じたことがある。嗅覚の変化だろうか、ネコを飼っているわけではないのに、家の中にまるでネコの独特な尿のような臭いを感じた・・・それは今も続いていて、一昨年と同様の現象(症状?)だ。これが治まらない限り、全快とは覚束ない。

そんなわけで、買い物に行く途中、通り道の垣根越しに咲くハクモクレンの白い花を見ても、春を満喫する気になれない。途中、コンビニに寄って、菓子をいくつか見繕い帰宅した。

空咳は、相変わらずだ。4月19日のイ・ソンヒ30周年記念コンサートまでには何としても完治したいと願っている。

2019年1月13日日曜日

ミツマタ(三椏)

日の傾き始めた公園を散歩した。西日を背に、木々が芝草の上に幹の影を長く伸ばしていた。その光景が現実味に乏しくて、まるで古いディズニー・アニメの背景画のように見えて、でき過ぎた感に思わずニンマリした。

広場から元気な叫び声が聞こえてきた。まるでブリューゲルの絵「子供の遊戯」のように、子どもたちが、てんでに固まり走り回っていた。冷気が広がり始めても、彼らの遊び心は止むことがない。若い親たちは、連休中日を子どもたちのためにつくしている。

ところで、公園好きの中高年者たちの姿が余り目立たない。おじさん、おばさんは寒さが苦手なのだ。その寒さの中、公園に出かけたのは、この時期に咲く「ミツマタ(三椏)」の花を探すためだ。

ツアー旅行会社の定期案内(メインは春を告げる花見の旅行ガイド)冊子の最初に、今時期に合った話題として、「ミツマタ」が香りの高い「沈丁花」の仲間と記されていた。よく見れば、小さな花の群集する様は沈丁花そのもの。ただ香りは比較して高くない。見栄えも地味のようだ。不思議なことに、公園のミツマタの木にどこからともなく、おじさん、おばさんたちが寄って来た。

(本ブログ関連:”ミツマタ”、”沈丁花”)

2019年3月3日日曜日

松任谷由実「春よ、来い」

春の訪れを知らせる「沈丁花」の香りが今年はない。地元小学校の生垣から突然消えてしまったのだ。それは、「ヒバ」の並びに少し間をおいて腰ほどの高さの沈丁花が三、四本植えられていた。冬を耐えてようやく咲くとき、夜にその香りを一層増したのに、残念なことだ。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

カレンダーの春は始まったばかり。松任谷由実の「春よ、来い」を聞いて、はやく春の光を浴びたい。そして温い陽の中で、うつらうつらまどろみたい。


(Youtubeに登録のhigh_note Music Loungeに感謝)

2015年9月28日月曜日

金木犀

そういえば、去年も同じ頃、金木犀(キンモクセイ)について記した。秋の落ち着きを感じさせる金木犀と、冬の寒さを和らげる沈丁花(ジンチョウゲ)の花は、季節の変化を香りで知らせる。

(本ブログ関連:”金木犀”、”沈丁花”)

子どものころ、実は、金木犀と沈丁花の香りは苦手だった。甘ったるくて濃い感じがした。それが歳とともに、季節感といった大きな感性で受容できるようになった。もしかしたら、嗅覚が鋭敏でなくなったからだろうか、なんて考えたりもする。

昼前、近くの公園を散策した。園内施設である建物園の入口両サイドに、金木犀の巨木が並んでいる。樹下を通るとき、甘い香りが漂うのを感じる。見上げると、オレンジ色の小さな花が咲き、飾っているのに気付く。

実は、もう一ヶ所、金木犀を楽しめる場所がある。公園への路に、金木犀が頭上まで、歩道を覆うように密集しているのだ。この歩道は、いずれ道路拡張工事のため取り除かれる運命にある。もしかしたら、この景観は今年で最後かもしれない。そう思うと、貴重な香りがしてくる。

(追記)
今夜の月は、いつもと比べて大きく見えるという「スーパームーン」だ。夜分、この目で確かめようと、近所の畑地まで出かけて空を見上げた。月は高く浮かんでいた。そうか・・・な、大きい・・・かな、ぶつぶついいながら佇んだ。乱視の目には、普段も「スーパームーン」だが。

2026年3月6日金曜日

吹く風を 何厭(いと)ひけん 梅の花 散りくるときぞ 香はまさりける(凡河内躬恒)

確実に春の兆しがするというに、気温はきのうと比べてちょっと低目でヒンヤリする。冬の終わり~早春といえば梅の花、咲き具合はどうだろう。

今度は第九巻、「第九  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、平安時代中期の勅撰和歌集「拾遺和歌集」に所収の、凡河内躬恒(おおしこうち の みつね:「古今和歌集」編纂者、貞観元年: 859年? ~ 延長3年: 925年?)の歌がある。

(本ブログ関連:”折々のうた”、””)
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吹く風を何厭(いと)ひけん梅の花 散りくるときぞ香(か)はまさりける
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すらすらと耳触りが良く、新書「折々のうた」で、著者は「強く吹く風を何で嫌ったりしたのかしら。梅の花は、散って来る時こそ一段と芳香もまさっているものだったのに」と解釈している。散るときの香りがすぐれているなんて、ちょっと都人(みやこびと)らしい気取りを感じるが。

ところで、桜で名高い「小金井公園」の <梅林> で開催された、「梅林のご案内~ウメで春を感じませんか~」(2/21)はすでに終了した。現況、ピークは過ぎたが、まだ観梅が可能のようだ。

また、<河内> の言葉から、子どもころ、なぜか馴染んだ女優の河内桃子(こうち ももこ、昭和7年:1932年 ~ 平成10年:1998年)さんを思い出す。戦後の中流家庭の女性といった役柄を、穏やかなしぐさで演じられたと思う。



■ 高千穂大学 名誉教授  渋谷栄一氏 整定
「拾遺和歌集」
    ー http://genjiemuseum.web.fc2.com/sihu1.html
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・贈太政大臣*  1006 「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主人(あるじ)なしとて 春を忘るな」  ← 菅原道真公の歌の初出
・凡河内躬恒    0030 「吹く風を何厭ひけん梅花散り来る時ぞ香はまさりける」
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(*)贈太政大臣: 死後に太政大臣の官位を追贈(贈位)された人物。生前の功績を称えたり、冤罪による不遇を慰めたり、さまざまな貢献を評価する目的で行なわれた。(Labs)


■ Gemini
Q.古代の貴族の名に「凡河内氏」がありますが、「凡」と「河内」について由来(起源)を教えてください。
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A.古代の豪族である <凡河内氏(おおしこうちうじ)> は、その名の通り「河内国(現在の大阪府東部)」を本拠地とした有力な一族です。
この名の由来を「凡」と「河内」に分けて紐解くと、古代日本の統治体制や地理的背景が見えてきます。

1. 「凡(おおし)」の由来:広域を束ねる称号
「凡」という字は、現代では「なみ、平凡」という意味で使われますが、古代においては <「総括する」「全体を支配する」> という意味を持っていました。
・広域支配の証: もともと河内地方には、狭い範囲を治める小さな「河内氏」が点在していました。これら複数の河内氏を統合し、河内国全体を代表する立場(国造:くにのみやつこ)となった一族が、差別化のために「凡(総括的な)」という冠詞をつけたとされています。
・読みの変遷「凡」を「おおし」と読むのは、「大(おお)」と同義で、多くの人々や土地をひとまとめにするという意味の古語「おし(領・押)」に由来すると考えられています。

2. 「河内(かわち)」の由来:地理的特徴
「河内」という地名は、その文字通り <「河(川)の内側」> という地形に由来します。
・かつての地形古代の大阪平野には「河内湖(かわちこ)」という広大な湖や湿地帯が広がっていました。淀川や大和川などの大きな河川に囲まれた、あるいはその内側に位置する肥沃なデルタ地帯であったことから「河の内」と呼ばれました。
・渡来文化の拠点: この地域は、大陸や朝鮮半島からの渡来人が多く定住し、当時の最先端技術(土木、治水、鍛冶など)が集まった場所でした。凡河内氏は、こうした技術集団を統率することで勢力を拡大しました。

3. 凡河内氏の役割と歴史
凡河内氏は、天武天皇の時代(7世紀後半)に <「忌寸(いみき)」、後に「宿禰(すくね)」> という高い姓(カバネ)を授けられています。
・軍事と祭祀: 軍事的な側面だけでなく、宮廷の祭祀(神事)にも深く関わっていました。
・有名な人物: 平安時代に入ると、古今和歌集の撰者の一人である <凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)> が有名です。武家のイメージから離れ、風流な歌人として名を残しました。

補足:表記のバリエーション
史料によっては「凡川内」と記されることもあります。これは「河」も「川」も当時の意味としては同じであり、地形的な特徴が強く意識されていた証拠と言えます。
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■ 三代集(Labs/Gemini/Wikipedia:追記)
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和歌の「三代集」(古今・後撰・拾遺)は、10世紀初頭から11世紀初頭にかけての平安時代中期の約100年間に成立した勅撰和歌集。

古今和歌集(古今集)
・成立時期:延喜5年(905年)頃
・勅命:醍醐天皇
・撰者:紀友則、紀貫之凡河内躬恒、壬生忠岑の4人。
・特徴: 日本最初の勅撰和歌集。紀貫之らが中心となり編纂。漢詩に押されていた和歌の地位を確立。繊細で技巧的な「古今調」を確立した。    

後撰和歌集(後撰集)
・成立時期:天徳5年/応和元年(951年)頃(※成立時期は諸説あり、村上天皇の「梨壺の書」)
・勅命:村上天皇
・編纂:源順・大中臣能宣・清原元輔・坂上望城・紀時文(以上、梨壺の五人)が中心。
・特徴:古今集に次ぐ第2の勅撰集。古今集に漏れた古い歌や屏風歌を多く収めた。

拾遺和歌集(拾遺集)
・成立時期:寛弘2年(1005年)~寛弘4年(1007年)頃
・勅命:花山院(花山天皇)
・撰者:花山院の親撰、もしくは花山院が藤原長能・源道済に撰進させた。
・特徴:第3の勅撰集。「古今」「後撰」の拾遺(残った歌)を中心に編集。 洗練された平明で優美な歌風(拾遺調)が特徴。
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沈丁花

テレビの天気予報で、「ジンチョウゲ(沈丁花)」の独特な <香り> について(それが濃いことで「千里香」の別名がある)話題があった。そういえば、小学校の「カイヅカイブキ」の垣根の間に植えられていて、夜に近くを通るたび香気に気づいたものだ。最近、抜かれたようで見当たらない。早春を、香りで知らせてくれていたのに残念だ。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

2017年1月10日火曜日

それでも春よ来い

今日の都内の最高気温は 12.7℃で、3月並みという。近所を歩けば、気を許すまでもないが、ほどほどの余裕だ。明日から寒波襲来、最高気温が一桁になるそうだ。当分、厳寒が続きそうで気が重い。こんなとき、どこやら春の兆しがないかと気になる。

近所を探せば、小学校の生垣におさまっている沈丁花が、小さな赤い芽を膨らませ始めているし、民家の庭先の白木蓮は枝先にあちこち白い芽を見せて揺れている。

(本ブログ関連:”沈丁花”、”白木蓮”)

新しい経験をひとつひとつするたび、幼子は喜びを満面の笑みにあらわす。そのはしゃぎ声は、遠くに置き忘れたものを呼び覚ましてくれる。童謡「春よ来い」(1923年、作詞相馬御風、作曲弘田龍太郎)の「みいちゃん」の期待に共鳴し心躍る。

「唱歌・童謡ものがたり」(岩波現代文庫、読売新聞文化部)の「春よこい」の項目には、作詞者相馬御風についてこんな一節が書かれている。
「(郷里)糸魚川に戻った御風は良寛の研究に没頭した。『大愚』と号し、一切の欲を捨てて村の子供らと無心に交わった希代の思想家・芸術家。今では知らぬ人のいない良寛さんだが、その足跡を発掘して世に紹介した最大の功労者が、ほかならぬ御風である。
『春よこい』では 『じょじょ』 『おんも』など、当時の童謡としては珍しく幼児語が使われた。雪深い越後の遅い春を待つ幼子の心が伝わってくるのは、言葉の技巧ゆえではなく、作者自身が子どもになりきっているからだろう。あの良寛さんのように。」


(Youtubeに登録のキッズボンボンに感謝)

2011年10月2日日曜日

キンモクセイ

街を歩けば、家々の塀越しにキンモクセイ(金木犀)の香りが漂う。春の訪れに伴う沈丁花の香りもそうだが、正直それらの甘い独特な香りが苦手だった。それが、今では香りを楽しんでいる。花と香りが結びついてきたのだ。
季節の節目節目に、存在を示し生き続けるかれらに、目を向けるようになったのは、こちらに余裕ができたからといようり、生きるもの、生をつぐものに謙虚になったためだろう。それは、孫が誕生してからといってよい。

うす曇りの小金井公園に行ってきた。金木犀が林立する公園東側のユーカリ広場に、オレンジ色のキンモクセイの小さな花が咲き、あたりに芳香を放っていた。そこは、小さな子どもたちの広場でもあり、キャーキャーという元気な声が、キンモクセイの香りと色に重なった。

(本ブログ:"金木犀"、"沈丁花")


(先週金曜日から、お嫁さんの親類のお祝いに遠出した孫たちが帰宅した)
★★★★★ 孫が、従兄弟たちと夜の神戸タワーの前で、おばあちゃんに抱えられている写真が届いた ★★★★★

2022年3月11日金曜日

梅林

体調がよくなると、もっともっと出歩きたくなり、きょうは思いっきり遠出した・・・以前ならどうという距離ではないのだが。養生の甲斐あって気分がすぐれ、昼間に少し遠くにある公園の「梅林」を覗いて見たくなったのだ。<観梅>という風流な気分で出かけた。

梅林
梅の花の見ごろは2月上旬~3月上旬。この時期、白梅、紅梅のすべてが咲きそろっている。公園の案内によれば、「春の気配感じる2月、28種、約100本の白梅・紅梅が咲き競い、園内を華やかに彩ります」という。大勢の年配者たちが訪れて静かに観梅するのに対して、この後に通り抜けた「わんぱく広場」の元気さと比べ驚くことになる。

(本ブログ関連:”梅林”)



ジンチョウゲ(沈丁花)
子どもたちの熱気にあふれた「わんぱく広場」の前を通ったとき、垣根のようにして「ジンチョウゲ」が植わっているのに気づいた。薄紫色を感じさせるジンチョウゲの花は、元気な遊び声に圧倒されることなく、甘い香気を漂わせていた。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

2024年3月16日土曜日

ハクモクレン(白木蓮)、ジンチョウゲ(沈丁花)

きょうは春なのに、思いっきり暑い一日だった。何しろ最高気温が(20.6℃、14:37)で、今年に入って先月(2月)15日の20.4℃、同20日の24.2℃ といった20℃超えだ。

そんな陽気の午後4時過ぎ、いつも同様のジャンパー姿て外出した。同時刻の平均気温は 19.9℃だったが、街を行き交う人びとを見れば誰も躊躇したようで、冬の服装だったのはいうでもない。天気予報で、あす(日曜日)も20℃超えのようだが、あさって(月曜日)には下がる模様。三寒四温を期待したいところだが、どうもそうでないらしい。

開花に「梅」や「ロウバイ(蝋梅)」から「桜」にいたる、この間を埋め合わせるものに「ハクモクレン(白木蓮)」と「ジンチョウゲ(沈丁花)」の花がある。

(本ブログ関連:”ハクモクレン”、”ジンチョウゲ”)

ハクモクレン
近所の民家に植えられたハクモクレンの高木は、毎年この時期に真っ白な花を上向きに咲かせている。以前、半分ほどの高さに切られ、枝も随分と随分刈り込まれたが心配なかった。さすが植木職人の仕事ぶりで、立派に花を咲かせている。

ジンチョウゲ
この花もロウバイと同じく香りを持つ(芳香とはいえ「キンモクセイ(金木犀)」と似て強い)。実は、寒いころから香るのだが、小学校の生垣に「カイヅカイブキ」(ヒノキ科)の並ぶ間にジンチョウゲと交互に植えられていたけれど、いつの間にか抜かれてしまったようだ。
帰宅する夜道、ジンチョウゲの存在に気付き、早春を感じさせ寒さから解放される観がするものだったのに・・・。

(付記)
とはいえ、季節の変化への覚悟はなく、相変わらずストーブを点けては消すの繰り返しをしている。

2016年3月6日日曜日

イ・ソンヒの「ライラックが散るとき」

ライラックは、主に紫色した厚い花弁の群集する、春に咲く花だ。紫色といえば、紫水晶の濃紫色は宝石に使われる。ややもすると、そんな感じがするが、その分情熱的ともいえる。どちらかといえば、洋風の雰囲気がする。

イ・ソンヒに、シンガーソングライターとして初めて発表できた曲と語った、10集所収の「ライラックが散るとき(라일락이 질때)」(1996年)がある。この曲を本ブログで何度も取り上げたが、先日の新年会の席で歌詞について、一部助言をいただいたので次に記す。(主人公=女性の本音の表現が難しい)

(本ブログ関連:”ライラックが散るとき”)


さよならという言葉は
私にただ一度も語らなくても
私は気付いていた
もう再び会えないことを

*変わっていくあなたの心が
私に鋭い跡を残しても、会いたいのは
未練が残っているのよ
もう 私の胸から逃れているね

振り返えらないで、わたし切なくて
何にしても、見つめないで
思い返さないで、もうあなたの人生で
私と一緒だったその記憶を
二度と触れられないでしょう
暖かいあなたの体温を

(*以下繰り返し)

二度と触れられないでしょう
暖かいあなたの体温を

(Youtubeに登録のKim Dong-Hoに感謝)

(付記)
群集の中の花ひとつだけ見れば、なんとなく沈丁花にも似ている気がする。ネットに確認すると、そんな感想もちらほらあって納得。沈丁花の香りは記憶にあるが、はて、ライラックの方はどうだったか?

(付記)
イ・ソンヒの詩に、「マックス・ミュラーの『ドイツ人の愛』を読んで」があって、ドイツ文学に興味を持っていたと推測したい。空想を膨らませて、ライラック頼りに探すと、W.ラーベ(1831年~1910年)の「ライラックの花」(谷口,泰)がある。「石さまざま」のA.シュティフター(Adalbert Stifter, 1805年~1868年)に連なる作家だ。

2016年3月17日木曜日

彼岸の入り2016

今日は、「彼岸」(3/20、「春分の日」)の3日前、「彼岸の入り」だ。寒さを感じさせない穏やかな一日で、近隣地の気温は何と、20.3℃(4月下旬並み、平年差+6.6℃、前日差+7.1℃)だった。通りで、過ごしやすく、ストーブもいらずに済んだ。

小学校の生垣に咲く、紫や白色の「沈丁花」の花は、日当たりによって違いはあるが、甘い香りを漂わせる。また、ある民家の通りに面した塀ぎわに立つ、「白木蓮」は、白く膨らんだ垂直の花を全身に、これ見よがしに青い空に飾り立てる。毎春、季節を楽しませてくれる花たちだ。

(本ブログ関連:”沈丁花”、”白木蓮”)

2015年3月17日火曜日

20℃超え

一日が暖かく、冬服は深情けのようにうっとうしく感じられた。今年最高の気温だった。春は日ごと気温を増すとしても、今日、20℃の大きな区切りを超えた。(近在で、21.1℃)

青空にまぶしく真白いハクモクレンの花を見上げながら歩を進めると、小学校の裏手になる。雨降りだった昨日のブログに記したように、沈丁花の香りを確かめに行く。垣根の陰りに咲く、花弁の縁を紅色に滲ませた白い沈丁花の花は、温い空気に甘い香りを載せて、辺りに漂わせていた。春到来を実感する。

夕方に気付くのは、陽が長くなったことだ。以前はあっという間に隠れた太陽が、西の空、家並みの続く地平の上で、日没を躊躇するように輝いている。このまま暖かくなって欲しい。

とはいえ、春は、ようやく手に入れた不老の仙人となるべき秘薬を、なんの気迷いか飲み干すことを忘れさせる隙を作るという。変化に浮かれてばかりおられぬのかもしれない。

2009年3月18日水曜日

孫が笑った

夜路を自転車で走ると、ふっと沈丁花の香りとすれ違うことがある。こどものころ、沈丁花の香りは苦手だった。どこか人工的な感じがした。それが歳を重ねるごとに、厳冬をじっと耐えて春間近を香りで知らせる、このはなが好きになった。

ところで昨日、孫が笑った顔写真をお嫁さんがメールで送ってくれた。かわいい。どこかぎこちなくて、一生懸命に笑いかけているように見える。赤ん坊は胎内で微笑むことがあるという。泣く以外に笑いを生まれながら身に付けている。
それにしてもかわいい。写真を見るたび応えるように、わたしも笑いがこみあげてくる。

2023年3月6日月曜日

梅林と桜の園

おとつい(3/4)、早朝の野鳥観察(探鳥会)を休んでしまった。悔いが残る・・・寝坊したなんて口にできない。その挽回のため、昼過ぎに小金井公園の梅と桜の開花状況を見に出かけた。

(本ブログ関連:”小金井公園”)

ジンチョウゲ
公園の広場を囲む樹々には、まだ緑の気配が乏しい。<ユーカリ広場>の枯れ原に「ツグミ」だろうか数羽が見えた。休日に子どもたちで賑わった<わんぱく広場>に人影はまばら。そんな広場の小さな垣根となっている「ジンチョウゲ(沈丁花)」は辺りに濃い香りを漂わせていた。沈丁花の香りは、いつも速く春の到来を教えてくれる。


梅林
先日(2/5)<梅林>を訪れたとき、花で飾られたのは数本だけだったが、きょうはすべて紅白に彩られていた。もしかすると花の盛りをほんの少し過ぎたかもしれない。それでも暖かい日射しを受け、観梅の人びとが絶えることはなかった。


紅千鳥、竜眠枝垂れ
この時期目立つ紅梅の「紅千鳥(べにちどり)」(写真左)が、梅林の要所要所に白梅とのコントラストとなるよう配置されている。白梅の「竜眠枝垂れ(りゅうみんしだれ)」(写真右)の枝が地面に垂れて接地しているのは見事だ。先日入手の「梅林ガイド」によれば、
・紅千鳥: 江戸時代から花梅の代表的品種。遅咲き鮮紅色中輪でよく旗弁ができる。
・竜眠枝垂れ: 大きな枝振りの枝垂れ梅。やや遅咲きで白色大輪。


公園の西側にある<桜の園>へ行く途中、<宿根草園>の休憩場所で「ハクセキレイ」の2羽がwalikingしているのを見た。人慣れしているはずと思い、近づくもすぐにはぐらかされて、東にある木立へ飛んでいった。

それにしても<桜の園>とは、その名にいろいろと想像が働いてしまう。

大漁桜、街かどの桜
<桜の園>は、まだ桜の時期ではない。唯一「大漁桜(たいりょうざくら)」(写真左)が満開であった。立札の解説によれば(抜粋)、
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(個人の作品で)早咲きの大島桜と寒桜を交配したものと記録されている。原木は熱海市の網代漁業組合の網干場にある。早咲きの品種。・・・花の色が桜鯛の色に似ていることから縁起にあやかってこの名がついた。
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公園を出て帰り路、街かどに一本の桜(写真右)が満開にしていた。品種を見極める眼力がないのではっきりできないけれど、それは美しく華やかに花の咲いた枝を広げていた。


2017年3月5日日曜日

啓蟄 2017

小学校の垣根に沿って行けば、そこには「沈丁花」の小さな花が身を包むように咲き、甘い香りを漂わせていた。昼間のことだから、先に花の姿が目に入り、夜道のときのような香りに気付く驚きにはならなかったが、それでも充分春らしい風情を感じた。

今日は二十四節気の「啓蟄」。陽気に誘われて穴から虫が這い出る時候だそうだ。確かに昼は暖かくなった。でも、風が吹けば少々肌寒いし、夜ともなれば冬の気分が抜けきれない。暑苦しさを感じながら、今もストーブを点けている・・・反省が足りない。

(本ブログ関連:”沈丁花”、”啓蟄”)

近隣の街の駅ビルにある書店に行く。結局めぼしい書籍と出会えなかったが・・・何しろ行き当たりばったりで。そんなわけで雑誌を購入。先月から求め始めたのが、旅客機専門の航空機雑誌「AIRLINE」(イカロス出版)だ。どうも、最近、気分が中学生に戻りつつある。
・先月号(3月号):「旅客機図鑑」 ← 787 vs A350
・今月号(4月号):「ターボプロップ入門」 ← ターボプロップ vs レシプロ、それにNCAのDo228
・来月号(5月号):「新・航空管制の世界」 ← (すぐに「品切れ」になるだろうな)

それから、大学生のわびしい心を慰めてくれた、城達也のスマートで清清しいナレーションで始まったFM-Tokyoの「ジェットストリーム(JET STREAM)」は、深夜、気分を一気に成層圏にまで運んでくれた。懐かしい。

(本ブログ関連:”ジェットストリーム”)


(Youtubeに登録のmansaku611 さんのチャンネルに感謝)

2012年3月7日水曜日

春よこい

暖かいとはこんなにありがたいことかと思わせる朝だった。考えてみれば、微妙な温度差の中で、寒いだの暑いだのいっているわけで、ちょっと春の兆しがあれば喜び、冬の寒さがつづけばがっかりする。
朝の廊下、朝の水道水・・・生垣の沈丁花、そして、通り道を遊び場に変える子供たちの声に、確かに春を感じる。

春よこい」(作詞: 相馬 御風、作曲:弘田 龍太郎、1923年(大正12年)作曲)はいいな。幼い子どもには、大人が感覚することでしか理解できない春を、まるで呼びかければ応えてくれる愛すべきもののように歌っている。子どもたちは、きっと春風ともおはなしができるのだろう。うらやましいものだ。

(Youtubeに登録の99970097に感謝)

2017年1月26日木曜日

少し温んだような

今朝、検診に出かけた。バリウムを飲んでぐるぐる回るやつだ。何度やっても体がもたつく。力がないのか、重過ぎるのか自由がきかない。

それはさておき、「大寒」(1/20)を過ぎて、気温が反転したのだろう、少し温んできたような気がする。検診に出かけるときもそうだった。完全防寒のはずが、隙間から入る風がいつもと違っていたのだ。

今日の都心の最高気温は 10.7℃で、10℃超えしている。我流の寒気の境界は、10℃前後のようだ。天気予報を見ると、土曜日を除いて、これから一週間 10℃超えらしい。

ようやく、春へ舵を切ったのだろう。ただし、小学校の生垣にある沈丁花は、赤い蕾を膨らませているが、まだ香りを漂わせていない。寒い夜道を負かすような、少し重げな、あの香気が待ち遠しい。