本当なら、きょうは野鳥観察(探鳥会)の日だった。天気予報で、早朝まで続く小雨が終わる境い目の時刻に、外をのぞくと薄明かりの通りが濡れている。フィールドの様子を想像し、どうしようかと思案した・・・ずるずるとしているうちに、結局、休ませていただくことにした。その後、幹事さんから雨天のため中止になった旨のメールをいただいた。
季節の変わり方がめまぐるしい。あっという間に秋だ。
モズ
折々のうた: 野沢凡兆
さて、今度は第十巻、「第十 折々のうた」(大岡信、岩波新書、1992年9月21日)*に、江戸時代前期~中期の俳諧師 野沢凡兆**(生年不明~ 正徳4年⁅1714年])句がある。まずは、彼は医業に携わったものの(流行医ではなかった)、波乱にみちた人生だったようで、家族ぐるみで縁のあった芭蕉の門に入りながらも離反し、さらには入牢、極貧に終わったという。
(*)折々のうた:朝日新聞に掲載 1991.5.1~1992.4.30
(**)芭蕉の指揮のもと去来と凡兆により俳諧選集「猿蓑」を編集。後半、場所を凡兆宅に移して完成。
(本ブログ関連:”折々のうた”)
「第十 折々のうた」の、秋の項にとりあげられた次の句について、大岡信は、絵画的手法として「秋の入日が赤松の立ち並ぶ林にさしこむんで、光と影の鮮やかな構図を生み出している」、「言葉が的確に絵画的影像を呼びおこし、定着している」と評価しながら、先行きの不安を暗示している。
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百舌鳥(もず)なくや入日さし込む女松原*** 凡兆
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■「芭蕉の門人」(堀切実著、岩波新書、1991年10月21日)
「凡兆」の項の、タイトルに「芭蕉の抜擢に応えて、『猿蓑』に驚異のデビューを飾りながら、間もなく師から離反してしまった ”写生の演出家”」と添えている。(同項の後半に、芭蕉からの離反の理由について推察がある)
ー 禅寺の松の落葉や神無月 『猿蓑』
ー ながながと川一筋や雪の原 『猿蓑』
著者は、上掲「百舌鳥なくや~」の句について「赤松の林に飽きの入日がさしこむという鮮明な視覚的風景に、けたたましい百舌鳥の鳴き声を配した見事な景趣」、「写生的風景に見えて写生を超えたものであり、じつはきっちりと構成された俳趣の世界なのである」と評している。
■ 山梨県立大学
「野沢凡兆/加生(ぼんちょう/かせい)」
ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/whoswho/boncho.htm
「猿蓑脚注 猿蓑集 巻之三」
ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/sarumino30.htm#百舌鳥なくや