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2026年9月6日日曜日

白露 2026、セキレイ

きょうは二十四節気の「白露」、大気が冷えて露を結ぶころ。さらに三つに分けた七十二侯では、鳥たちが何かと忙しく、「初侯:(かり)が飛来し始める(中国)、次侯:(留鳥の)鶺鴒(せきれいが鳴き始める(日本)、末侯:燕(つばめが南へ帰って行く(日本)」(Wikipedia)と並んでいる。

(本ブログ関連:”白露”)

秋になれば、野鳥観察(探鳥会)も忙しくなる(といっても、ベテランの方にとってだが)。私にとっては、野鳥が増えて写真がすこし賑わうことになるので、結構なことであるが。ただし、次第に冷えていくのは少々辛いでもない。


セキレイ
妙に人懐っこい「セキレイ」について、昔はどうだったのか Gemini に問うてみた。抜粋

(本ブログ関連:”セキレイ”)

Q.セキレイを、昔(たとえば江戸時代)の人々が飼ったという話はありますか? 
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A.江戸時代には空前の「愛鳥ブーム」が巻き起こり、ウグイスメジロをはじめ多種多様な鳥が飼育されていましたが、セキレイ(ハクセキレイ等)をペットとして愛玩用に飼っていたという記録はほとんど存在しません
警戒心が薄いにもかかわらず、飼い鳥にならなかったのには明確な理由があります。

1. 食性が「生きた昆虫」中心で、餌の確保が困難だった
江戸時代に人気を博した飼い鳥(ウグイスやホオジロなど)は、すり餌(きな粉や魚粉、青菜などを混ぜた練り餌)で飼育する技術が確立されていました。しかし、セキレイは動く昆虫や蜘蛛を追いかけて捕食する食性が非常に強く、配合されたすり餌になじみにくい鳥です。飼育のハードルが高すぎました。

2. 籠(かご)の中では鳴き声や姿を鑑賞しづらい
江戸のペット鳥ブームで求められたのは、「優れた鳴き声(ウグイスなど)」か「鮮やかな美しさ(メジロやカナリアなど)」、あるいは「手乗りになるなつきやすさ(文鳥など)」でした。セキレイの鳴き声は「チチン、チチン」とシンプルで地味であり、さらに「地面を走り回り、尾羽を上下に振る」という最大の特徴的な仕草は、狭い鳥籠の中では再現できません

3. 「見る鳥」というより神話・文化上の象徴だった
江戸の人々にとって、セキレイは飼う対象ではなく、絵画や陶磁器の意匠、あるいは物語の題材として愛される存在でした。
●『日本書紀』の神話: イザナギとイザナミの二神に「夫婦の営み(交合)」の手ほどきをした鳥(「教えて授けた鳥」=トツギオシドリ)として有名であり、吉兆や子孫繁栄の象徴とされていました。
● 絵画や意匠: 伊万里焼の皿や屏風絵などに「尾を振る姿」が数多く描かれ、身近な風物詩として親しまれていました。

なお、当時の「ハクセキレイ」自体、主に北海道や東北など北日本で繁殖する冬鳥であり、現在の関東や関西の都市部で年中見られるようになったのは昭和中期以降のことです(当時はセグロセキレイやキセキレイの方が身近でした)。
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