野鳥撮影のベテラン方々から、この季節に水鳥(水辺の鳥)の写真を多数配信いただいく。公園を横断する小川でよく見かける「カルガモ」、「アオサギ」、「ダイサギ」、「コサギ」などは、わたしもよく目にするが、すこし遠くにある<修景池>へ足を運べば、さまざまな水鳥がいて、野鳥図鑑を片手に観察すればよいのだろうけれど、なかなか出かける自信がない。
ところで、撮影場所の情報に<修景池>とあるが、その名をあちこちで聞く。どうやら固有名詞というより、公園開設に合わせて造成した池というようだ*。
(*)修景池: 「『景観を整えるための池』という意味で、特定の池の名前というよりは公園の施設の一種として、日本各地の公園で見られるものです 」(検索AI Labs)とのこと。
さて、水鳥はよく水面にゆたりと浮かんでいるように見られるが、実は水中でせわしく足を掻き動かしていると、テレビの映像などで紹介される。渡りの際、空中をエネルギー消費を避けて滑空するさまと対比して、ある意味愉快でもある。
今度は第四巻だが、「第四 折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、柴田白葉女(しばた はくようじょ、1906年 ~ 1984年)**の水鳥(冬の季語)の句がある。
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水鳥の静かに己(おの)が身を流す
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大岡信の上記本に「情感をほしいままに流露させるような行き方ではない。自然界を見つめることがたえず自己内面を見つめることに転じてゆく作風といえようか。流れのままに流されゆくかに見えて、水鳥はしずかに自分を流しているものである」と解説されている。