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検索キーワード「フクジュソウ」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
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2026年2月22日日曜日

フクジュソウ(福寿草)、フキノトウ(蕗の薹)

昼下がり(午後3時前)、公園併設の自然観察園へ出かけた。南の風を受け、最高気温が、18.4℃(14:47)に達した。まるで早春の気配がする。
家を出るとき、いつもより冬着を軽くしたが、園内を巡っているうち、額に汗が滲んできた・・・これでもまだ厚着ではと、息苦しくなった。

フクジュソウ
園内東側の小丘 <かたくり山> (南向き斜面の囲いの中)に「フクジュソウ」の黄色の花が咲いていた。この時期になると、いつものようにお目にかかるわけで、次の写真のように2株と1輪(こちらは写していないが)といったところ。観察園ボランティアの方々による、世話の結晶のよう。

(本ブログ関連:”フクジュソウ”)


セツブンソウ
かたくり山の手前に、「セツブンソウ」が木陰に群生して、白い花をひっそりと咲かせていた。よく見ると優雅なたたずまいを見せる、おしべの薄紫色した葯(やく)と白い花びら(実際は萼片だが)の対比に、なぜか高貴さ*を感じてしまう。
(*)セツブンソウは、石灰岩質の産地にひっそりと咲き、そのような土地に平家の落ち武者が住んだそうだ・・・私の空想だが、強引に結び付けてみた。(ChatGPT に付会してもらった)

(本ブログ関連:”セツブンソウ”)

かがみ池
かたくり山の東側に隣接する <かがみ池> は、このところの晴れ間のせいか、すっかりの乾燥して、池の水が干上がっている。ここまでとは驚くばかり、ただならぬ感じがした。

フキノトウ
さらに東側奥へ進むと、観察路脇の小窪地南面に、「フキノトウ(蕗の薹)」(蕗:フキ、薹:トウ=花茎)の蕾がもたげ始めていた。通りがかりの年配の夫婦が、ふたたび出会ったことを喜んでいた。(カメラの調子が悪く、よい写真を撮れなかった)

(本ブログ関連:”フキノトウ”)

(追記: 2/23)
あらためて、フキノトウを撮り直しに観察園に行った。陽射しもよくバッチリ写すことができたので追記する。

2023年2月12日日曜日

日曜日の自然観察園

きょうは、暖かく過ごしやすい晴天の一日だった。最高気温は 16.4℃(15:09)で、きのうより約3℃ も高い。気象庁の日最高気温(1991~2020年)を見ると、3月31日は 16.2℃ なので、今朝の天気予報の通り3月末に相当する。

にもかかわらず、私はいつものようにダウンジャケット(昔風にいえばチョッキ)の上にジャケット(昔風にいえばジャンパー)を重ね着して、公園に併設の「自然観察園」を訪れた。
(追記: 最高気温のころには、汗ばんで襟元を開かざる得なかった)

日曜日なので、大勢のひとびとが来園していたかといえば、ぼちぼちの状況だった。というのも、観察園の草地に野草はなく枯れはて、樹木も大方葉が落ちた、そんな寂しい景観が広がっていた。観察園の今月の「花だより」は、野草の越冬の姿である「ロゼット」観察を推奨していたのだが。

(本ブログ関連:”ロゼット”)

そんな中、愛称「かたくり山」で、野草の花たちと巡り会えた。次の写真の「セツブンソウ」(左)、「フクジュソウ」(右)だ。ともに丈の低い花だが、何とか日光を浴びようと頑張って見えた。白い花のセツブウンソウは陽にあたって色が飛んでしまうので、日陰のものを撮った。黄色いフクジュソウは遠くの斜面に5つの花を咲かせていたが・・・囲いの奥中なのでよく撮れなかった。とはいえ冬の寒さの中、健気に咲いている二つの花に力をもらった気がした。

(本ブログ関連:”セツブンソウ”、”フクジュソウ”)


こんなとき、観察園の枯れ地や枯れ枝の上で、カラスがあちこち我が物顔して群れていた。かれらは、住宅地から随分減った(生ごみの回収袋を破ってまき散らしたりしていた)が、追われるようにしてきた公園など自然保護の場所で、野鳥のヒナを狙ったりするという。悪役稼業はつづくようだが、腐肉の掃除屋でもあるし・・・。

2023年2月19日日曜日

自然観察(16)

天気予報では、きょうの最高気温を 17℃としたが、結果は何と19.9℃(15:17)という春本番並みの暖かさだった。今朝、自然観察会へ出かけるとき、いつもの冬用重ね着を一枚減らした。それでも、開催時刻の 9:00~12:00の間、気温は 7.0 → 12.0℃ へとアップした。(解散後の帰り道、額に汗がにじんでいるのに気づいたほどだ)

(本ブログ関連:”自然観察”)

自然観察会は、この陽気に誘われてか参加者多数で盛況だった。会の始めの案内の通り、樹木の「冬芽(フユメ、トウガ)」について会長からショートセッションが公園の東屋で開かれた。実際、数十種類の枝を標本に用意されての解説だった。ショートどころかメインイベントだった。
・冬芽の形状: イチジク、モクレン、シンジュ、メグスリノキについて頂芽、葉痕など
・トチノキの頂芽(ちょうが): 防寒の意味からベトついている(不凍液的な役割)
・主芽(しゅが)・副芽(ふくが): 主芽が成長できないとき、副芽がその役割を果たす
・葉痕(ようこん、枝から葉が落ちた後のかたち)の表情: 可愛らしい動物のイメージ
    - 絵本:「ふゆめ がっしょうだん」(福音館書店、1990年)

観察グループに従いながら、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視・双眼鏡で確認したものを、整理して次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。

・「カルガモ」
右側に「カルガモ」7羽が眠っている。左側の2羽は「マルガモ」(カルガモとマガモの混血)ではないかとのこと。マルガモらしき2羽を双眼鏡で見たが、以前ベテランの方からメールで紹介された写真のような嘴の模様を判別できなかった・・・けれど。


・「オオイヌノフグリ」
薄紫色した「オオイヌノフグリ」の小さな花が咲いている。目を凝らしてみると辺り一面に群生しているのに気づく。写真は「トウネズミモチ」の樹の枝下で見つけたため、まわりに(ネズミの糞のような)黒い実が落ちている。

(本ブログ関連:”オオイヌノフグリ”、”トウネズミモチ”)


・「タンポポ」
地面から直に「タンポポ」の花が咲いているように見える。ネットによれば、冬のタンポポの花弁の大きさは春のものと差がないものの、他(葉、茎)は小振りとのこと。今まで、とんと気付かずにいた。

(本ブログ関連:”タンポポ”)

(追記)ベテランの方から会員へ別途配信写真に「カントウタンポポ」との記載があった。


・「タラノキ」
「タラノキ」の冬芽。春先に若芽を摘んでテンプラに食すことができるようだ。観察園に1本唐突に立っていて、ロープの囲いの奥にあったため(トゲなどの存在を)十分観察しなかったのを反省。


・「セツブンソウ」
うっすら紫の色を感じる「セツブンソウ」の花弁が、先週(2/12)と比べて大きく、半透明のレース面のようになっていた。

(本ブログ関連:”セツブンソウ”)


・「フクジュソウ」
枯れ地に目立つ「フクジュソウ」の花が、先週(2/12)と比べて、咲いている場所が増えていた。順路のロープ柵のそばに咲いていたので、撮影が容易だったのはありがたい。花弁の色合は、上述のタンポポのようにまぶしい真黄色だ。

(本ブログ関連:”フクジュソウ”)


先日(2/12)、観察園の「かがみ池」の畔で、1羽の「カワセミ」を発見したが、今回は何と2羽が互いに近く活動しているのと遭遇した。それぞれ飛びたつ瞬間、瑠璃色の背が輝いた。かれらは番(つが)いだろうか。

2024年2月20日火曜日

自然観察園の植物、ダイサギ、コサギ

きょうは朝から暖かかった。昼に買い物へ出かけたものの、暑さ(日射と熱気)に閉口して、いったん購入したものを家に置き、あらためて、身軽な服に着替えて公園を訪問した。

この地の最高気温は 24.2℃(14:51)で、もう少しで「夏日」(25℃以上)になりかけるほどだった。公園の散歩道は照り返しが強く、頬がヒリヒリするのを感じたほどだ。
公園を流れる小川は、国分寺崖線の「はけ」の湧水口や、深い水溜り以外、すっかり涸れてしまっていた。

午後1時から2時にかけて、公園併設の「自然観察園」で、春の花の咲き具合・芽吹き具合を、そして隣接公園に水鳥の生息具合を観察に行った。

セツブンソウ(写真左側)、フクジュソウ(写真中央)、フキノトウ(写真右側)
先月末(1/31)に自然観察園を訪れたときと比べて、「セツブンソウ」の白い小さな花はしっかりと咲き、一面に広がっていた。「フクジュソウ」も同様で、去年の同時期と比べて黄色の花が大きく開き、花数も増えていた。
ところで、観察園の入口で配布の「花だより」に、「フキノトウ(蕗の薹)」(蕗:フキ、薹:トウ=花茎)はまだ紹介されていない。観察園の東奥に、4つ5つ見つかる。
このところの暖かさのせいか、花や花茎の成長が進んでいるのかもしれない。

(本ブログ関連:”セツブンソウ”、”フクジュソウ”、”フキノトウ”)


コサギ(写真左)、ダイサギ(写真右)
小柄な「コサギ」と大柄な「ダイサギ」の2羽がともに近く、水の残った浅瀬にいてエサ(魚)を漁っていた。コサギの嘴(くちばし)は通年の黒く、ダイサギは非繁殖期の冬は黄色い。なぜか、ダイサギはコサギを庇(かば)うようにそばにいた、2羽をしばらく観察つづけていたとき、突然ダイサギが飛翔して、私を牽制するように旋回した。
さらに、別のダイサギと思われる1羽が飛来して、浅瀬の上に設けた欄干にとまって様子をうかがっていた。

(本ブログ関連:”サギの比較”)

2025年2月15日土曜日

暖かい日射しの自然観察園、そしてデイジー

きのう(2/14)に比べて暖かく、冬用厚着したことを後悔する昼下がり(13:30~14:30、14℃)、公園併設の「自然観察園」へ出かけた。寒さが苦手のため外出が減っていたが、きょうは体が自然に動いた。(土曜日だけあって、来園者が多数いた)

セツブンソウ(写真左)、フクジュソウ(写真中央左)、ホトケノザ(写真中央右)、スイセン(写真右)
・「セツブンソウ」の白い花は(がく)であり、花弁は黄色の蜜腺となり、雄しべは淡紫色で、雌しべは中央に赤紫色している。色のバランスが見事で、全体に清潔な雰囲気がある。見るほどに美しい。
・「フクジュソウ」のふっくらした花の固まりは可愛らしい。「かたくり山」という名の小斜面の囲いの中に、少しずつ株分けされて黄色く輝いている。
・「ホトケノザ」の薄紅色の花は、周りの草むらに混じるように咲いている。そばに「オオイヌノフグリ」?の青紫の花が咲いていて、コントラストを盛りあげている。
・公園の西端にある「スイセン」の群生地は、「ヒガンバナ」のように一斉一面に花を咲かせることはないのだろうか。まるで、いくつかのグループごとに分かれて咲いている。


キセキレイ(写真左)、ムクドリの群れ(写真右)
・観察園にはいくつか池があるが、その中で一番大きな「かがみ池」で、これまで何度か「キセキレイ」を観察した。今回はじめて2羽が一緒にいるのを見た・・・ただし、連れ添う様子はなく、1羽だけを写真に撮ることができた。
・群れて行動する「ムクドリ」たちが、一斉に地面に舞い降りて枯れ草の合間で餌を探している様子が見えた。けっこう臆病で、人の気配やカラスの鳴き声がするたび、一斉に飛び上がり木立ちの枝に避難していた。(写真をよく見ると多数いる)


(本ブログ関連:”かがみ池”)

さすがに暖かさのせいで、観察を終えて公園の出入り口にある自動販売機から、冷たいジュースを買って一気に飲み干した。

デイジーの花
昨年、白色の「イングリッシュ・デイジー」を購入した園芸店に寄ったところ、薄紅の色付きしたものしかなく、他のデージーを探した。「デージー・タッソー ストロベリー アンド クリーム」*があって、名の通り色付きだが、その中でほぼ白色の鉢があって求めてみることにした・・・上手に育てられるだろうか。
(*-1)種苗業の「タキイ」より: https://shop.takii.co.jp/products/detail/FDS259
(*-2)”The Garden Party”より: https://gardenparty87.jp/?pid=167146711
        「冬場の水管理は過湿を防ぐため控えめに」とのこと。

(本ブログ関連:”デイジー”)

2019年2月25日月曜日

殿ヶ谷戸庭園の梅

運動不足を感じて、暖かい*昼過ぎに外出した。今朝方、中央線・総武線の停電事故(信号電力線の火事)があって混乱したようだ。野次馬根性というつもりはないが、中央線が気になり乗車した。事態はとっくに収拾されており、混み具合はいつも通りだった・・・当たり前。
(*)都心の最高気温は久し振りに 17.1℃ を記録した。

昔、大正・昭和初期の時代に有力者たちは、「武蔵野」の自然が残った東京郊外(東京市下の多摩地区)に別荘を建てたようだ。今でこそ、住宅が密集する中央線沿線一帯であるが、当時は都心の喧騒を逃れ癒す場所だったといえる。
中央線「国分寺駅」の回りも、昭和10年代に画家が描いたスケッチを見れば、人家が稀で遠くまで視界が及ぶ地だったことが分かる。周辺は自然林などを除き、大きな別荘地に区分されていたようだ。

国分寺駅のそばにある、旧別荘地だった都立庭園「殿ヶ谷戸庭園」を巡った。庭園は、中央に大きな広場を配し、東側にある「国分寺崖線」の斜面との起伏を巧みに利用している。周囲に木立や竹林を巡らし、街のざわめきを忘れさせる。
月曜日ということもあって、公営施設にありがちな月曜休園を気にしたが、開園していて一安心する。以前に来園した秋と比べて、春先の気配を楽しむことにした

(本ブログ関連:”殿ヶ谷戸庭園”)

本館(受付)横に掲示があり、本館前の囲みに「セツブンソウ」があるという。眺めてみれば一輪だけ、忘れたように白く小さな花を咲かせていた。一方、「フクジュソウ」は、崖線の斜面に、黄色の大きな花弁を揺らしていた。(いずれも移しかえしたものだろう)

写真は、紅梅と白梅が、睦まじさを象徴するように並んでいたもの。ついその前を何度も往復して見上げた。梅は冬の厳しさを耐えて、春先にようやく花を開き香る。けれど絢爛さもなく、劇的でもないところが、かえっていいのかもしれない。(歳をとると、その良さがしみじみ分かるような気がする)