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2019年5月19日日曜日

落語噺を聴く

昔、職場の同僚と一緒に落語を聴きに行こうということで、「新宿末廣亭」に出かけたことがある。素人ファンでも知る有名な落語家たちが、綺羅星のごとく多数出演した。テレビやラジオで視聴するのと違い、直接生で聴く面白さを実感した。(他にも、上野の「鈴本演芸場」などへ行ったことがあるが、素人ファンの観光気分の域を出ていない)

(本ブログ関連:”落語”)

最近、近くの飯屋に入ったところ、テーブルに落語噺を聴く会の案内パンフレットが置いてあった。久しく落語を聞く機会がなく、フッと思いついたように関心が湧いてきて、店を出て直ぐに電話予約した。

落語会は小会場ながら、地元人びとが参加する、手作り感のある集いという気がしたが、実は、これまでに100回以上続く伝統を持ったものだった。(主催者に感謝)

< にわか・素人落語ファンが、修行を重ねた落語家について軽々語れる言葉はありません。大衆が酸いの甘いの経験して、長い熟成を経て紡ぎだした言葉が落語に集成され、それを語るに人生経験の裏打ちがあってこそといった気がします 。落語家は、常に緊張関係を持ったライブの演技者だと思います。>

出演の落語家と演目を次に記す(話された順ではない)。また、演目については、直接掲示されたわけではないが、Wikipediaにほぼ同じ内容が紹介されている。

林家正雀(8代目林家正蔵[後の林家彦六]に入門)
 ① 「紙入れ
 ② 「百年目

台所おさん柳家花緑に入門)
高座名について、師匠の「花緑」の師匠である「五代目 柳家小さん」が「台所」の名を好んだというが、弟子にその名を受ける者がいなかったところ、台所おさんが自ら申し出たそうだ。
 ① 「抜け雀」(似た展開のものに「竹の水仙」がある)中国の奇聞・奇談にありそうな気がする・・・。
 ② 「芋俵

林家彦星(林家正雀に入門、前座)
 ①「牛ほめ

2011年5月1日日曜日

桂歌丸 芸歴六十周年記念興行

ゴールデンウィーク初めの今日、昔の仕事仲間と新大久保で昼飯(わたしは純豆腐チゲ)を食って界隈を素見(ひやか)し、その足で新宿「末廣亭」の五月上席昼の部「桂歌丸 芸歴六十周年記念興行」に行く。場内は満席で立ち見になった。落語観賞は、上野広小路亭で四代目三遊亭金馬、三代目三遊亭圓歌以来数年振りである。

失礼ながら漫才Wモアモアが演じる途中入場し、昼の部主任桂歌丸の落語「井戸の茶碗」まであっというまに時が過ぎた。その間に、先輩後輩からの落語家らしい粋な言葉が添えられて、桂歌丸から芸歴六十周年の口上があった。現在、落語芸術協会会長である彼は、1951年(昭和26年)に五代目古今亭今輔に入門して以来、今年で芸能生活60周年になる。今日は、芸能生活60周年記念興行の初日であもる。
口上のとき他の落語家と比べて色白く小柄に見えたが、落語「井戸の茶碗」では軽快によく通る声で生き生きと演じられた。

2015年11月20日金曜日

仙人になりたい

上方落語に「口入屋(くちいれや)」(職業斡旋所)がある。船場にある大店の一番番頭が、今度こそ美女が奉公に来るよう、丁稚を使って口入屋に頼む。望み通り美人の女中が来て、店の男たちは大騒ぎになる。早速、夜分に、二番番頭が二階で寝ている彼女に近づこうとする。そんなことを用心したおかみさんが、二階につながる梯子を外していたため、膳棚を使ってよじ登ろうとするが崩れてしまう。次に一番番頭も同様で、二人して棚を支える羽目になる。また、手代は天窓の紐を使ってよじ登ろうとするが、紐が切れて池に落ちてしまう。・・・どれだけドタバタなことだろう。

美女に近づこうとして、夜中に棚を担いだり、池に落ちたりする凡人の滑稽な結末だが、仙人とて同じこと。久米仙人は、久米川の川辺で洗濯する若い女の脛(すね)足を見るや、飛術に失敗して墜落する。久米仙人に、凡人ながら共感してしまうのは私だけではないだろう。

芥川龍之介に「仙人」という短編がある。何をヒントにしたのだろうか、次のような話である。

その昔、大阪の口入屋に、不老不死の仙人になりたいと、権助という者が頼みに来た。口入屋は思案にくれるが、医者の家にひとまず奉公させることにする。
仙人になりたいと申し出る権助に、医者がなぜなりたいのかと問えば、大阪城の太閤様もいずれ死ぬ、栄耀栄華のはかなさからという。そこで、狡猾な医者の女房は、仙人になる術を教える口実に、二十年間ただ働きの約束をさせる。
そして、二十年目を迎えて、権助は仙人の秘術を願い出る。すると、何を思ったか医者の女房は、庭の松の木の一番高い梢にまで登らせて、しかも両手を離させたのだ。落下すれば、下の石に当たって命はない。
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権助はその言葉が終らない内に、思い切って左手も放しました。何しろ木の上に登ったまま、両手とも放してしまったのですから、落ちずにいる訣はありません。あっと云う間に権助の体は、権助の着ていた紋附の羽織は、松の梢から離れました。が、離れたと思うと落ちもせずに、不思議にも昼間の中空へ、まるで操つり人形のように、ちゃんと立止ったではありませんか?
「どうも難有うございます。おかげ様で私も一人前の仙人になれました。」
権助は叮嚀に御時宜をすると、静かに青空を踏みながら、だんだん高い雲の中へ昇って行ってしまいました。
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まるで落語のようだが、落ちに、落ちることのない話しだ。仙人のごとく空中に浮かんだ権助がうらやましく思える。彼は自ずから飛ぶ術を体得してしまったのだから。しかも、近所の日常のなかで成し遂げた。

(本ブログ関連:”仙人”)

2025年8月4日月曜日

甚平、ステテコ

オヤジの夏着に「甚平」がある。最近、姿を目にしなくなった。むかしの夕べに、庭や路地に打ち水すれば、昼間の熱気も落ち着いたりしたもの。そんなとき、甚平もほどよかったが、夕立もないこのごろは、暑さが居座る。甚平姿になるより、エアコンを効かした部屋にこもった方がよほど良い。

そうなると、甚平の出番もなくなるというもの。布地がゴワゴワするのが一層気になる。それじゃあ、白い「ステテコ」一丁になって、上半身は何も着ず、濡れタオルを両肩にしょわして冷やすのも一案。いってみりゃ、昭和の下町、路地裏界隈といったところか。

明治中期に、落語家初代三遊亭圓遊が考案した「ステテコ踊り」があったそうだが、季節感は特にないものの、とりあえずステテコ姿(半股引)から夏場がイメージされたろうけど。芸者*がおどけて踊ればちょいと可笑し気で、落語家の場合どんな按配だったやら。
(*)芸者の衣裳は、当然ながら正装で、呑気そうな身のこなしをするだけ。

さて、きょうの最高気温は 37.0℃、あすは何と 39.3℃ と予報されている。

2019年11月24日日曜日

(雑談)お前は誰だ

昨日から続いた雨も昼ごろに止んで、午後は曇り空とはいえ路面もすっかり乾いた。おまけに、一昨日、昨日と寒い日が続いたが、きょうは少し気温が戻りおだやかに和む思いがした。
ちなみに、都心のここ数日の<最高気温>は次の通り。
・一昨日(11/22): 10.8℃  ← 今月中で一番寒かった
・昨日(11/23)   : 13.0℃
・きょう(11/24): 19.1℃(13:49)

そんなわけで、拍子抜けする話を探してみた。

先日(11/17)手にした「江戸奇談怪談集」(須永朝彦 編著、ちくま学芸文庫)の<怪談>編に、「狗張子(いぬはりこ)」に採録の「死して二人となる」の話がある。死者とウリ二つの男がたずねて来てひと騒動起すという、一口噺というか一息噺があって、落語に通じる可笑しさがある。要約すると次の通り。
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小田原城下の百姓村で、中間(ちゅうげん:侍の下、小者の上)が死んだ。村人が夜更けに埋葬しようとしていたとき、ある男が突然訪ねてきて、遺体のそばに座って啼き出した。すると、死んだはずの中間が起きあがり、二人は殴り合いを始めた。驚いた村人は逃げ出し、日暮れに部屋をふたたび覗き込んだところ、うり二つ(顔形から衣服まで)の二人が倒れていた。ひとびとは男たちを同じ棺に納めて塚を築いたという。
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二人の一方は既に死んでいるのだから、「ドッペルゲンガー」の逆バージョンというべきか。自分と自分の影とでもいうべき存在について、ヨーロッパ的な自我は意外と脆いのかもしれない。東洋というか日本には、そんな幻視はなかったのではないだろうか。ただ、視点のでんぐり返しを楽しんでいた節はあるようだ。

落語に、以前(2017/3/8)のブログで触れたように、自分の死体を引取りに行くという「粗忽長屋」がある。かつぐ当人が、自分がいったい誰だか分からなくなるという可笑しみがある。

(本ブログ関連:”粗忽長屋”)

2024年10月9日水曜日

うどんが美味い季節になった(時うどん)

急な冷え込みにおどろいて*、体を温めようと熱い「うどん」を食った。それも変則な食い方だが、ホワイトシチューと一緒にして。とろみがあると、いっそう暖かくなる(気がする)。
(*)ブログを遡ってみると、10月中旬ころからストーブを点け付け始めている。

うどんも蕎麦も、本来アッサリ食うのがよい。立ち食いそば屋は、男たちのオアシスであり通過点である。長居するところではない。江戸時代、握り寿司も屋台に発しており、数個食らってさっと立ち去るのが粋だった。

ところで、江戸落語に「時そば」があり、二八そばの屋台で勘定のとき、時刻を絡ませて支払いを誤魔化す場面を見た男が、それを真似したところ時刻のせいで逆に損をするオチがある。上方落語の「時うどん」に同様の展開があって**、それを元に(移植)したという。
(**)「時うどん」の場合、最初、一杯のうどんの支払いを二人がズルすることから始まる・・・。

そこで、Youtubeで、笑福亭鶴志の「時うどん」の演目を見た。長いうどんをゆっくり高く持ち上げて食う場面がある。一方、蕎麦の場合だと、掻(か)き込むという表現があってズルズルと音を立てる。面白いのは、最初の支払いで見せるズルさのとらえ方(場面)だろう。上方は共犯関係にあり、江戸は単独犯である(Wikpediaでも触れられているが)。何となく人間関係の土地柄、歴史を感じさせる(気がする)。

■ Youtube : 笑福亭鶴志の「時うどん」(登録:223 yuukaa)
https://www.youtube.com/watch?v=xBsWbG7xtL0


(追記)
Youtubeに、江戸の独身男性の日常生活を紹介した動画が登録されている。
昔、武蔵野の新田開発にかかわる話を聞いたとき、水利の悪い台地では、基本的に農家はそうだが、二男以下を家に抱える余力はなく、家を出さざる得なかった(優秀なら裕福な他家へ養子も、そうでなければ労働力として江戸市中に出る)。もし家に留まるなら、家付きとして一生独身で過ごすことになる。
また、武蔵野の台地で生産する主食は麦であり、食事は麦飯中心(ハレの日にうどん)だったという。
・・・そんな時代だった。

■ Youtube 「江戸図鑑」(登録:江戸図鑑)
・「江戸時代には生涯独身者が多かったのはなぜか? そこには知られざる悲しい真実が隠されていた!」(2024年10月9日)
https://www.youtube.com/watch?v=dRn6ZhyMnFc

・「江戸時代の百姓の生活【まとめ】衣食住から仕事の流儀までわかりやすく解説」(2023年)
https://www.youtube.com/watch?v=rWnK8c21W18

2018年4月30日月曜日

ヘルムの住民が愚か者たちであるわけ

「イディッシュ語教室」のテキストに、気真面目で可笑しく、そして怪しくてこっけいなイディッシュのひとびとが住む「ヘルム(Khelem、כעלעם)」の町(村)が登場する(Village of Idiots)。ポーランドに「ヘルム市」(昔、ユダヤ人コミュニティが隆盛を誇った時期もあったようだ・・・)が実在するそうだが、関連付けを素人耳に聞いたことはない。寓話の「ヘルム」は、あくまでも架空の共同体で、いってみれば、落語に描かれる長屋のようなものだろう。ヘルムには、長老と呼ばれる賢人から下々まで。落語には、大家さんから熊さん八さんまで多彩である。そして、それぞれにへまをやる。

(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))

イディッシュ民話の宝箱である、ベアトリス・ヴァインライヒ(Beatrice  Weinreich)著の「イディッシュの民話(Yiddish Folktales)」(秦剛平訳、青土社)に、「 ヘルムの住民が愚か者たちであるわけ 」を次のように短く説明している。
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ある日のこと、一年サイクルのトーラーの朗読がはじまろうとしていたとき、新任のバール コイレ(=トーラーの読師)がヘルムの街にやって来た。そのバール コイレ学究肌ではなく、
「ブレイシェス、ボロ・エロヒーム・ハショマイーム(はじめに、神は天を造った)」読むべき箇所を、
「ブレイシェス、ボロ・エロヒーム・エス・・・ハショイティーム(はじめに、神は愚か者を造った」)と読んでしまった。
それ以来、よきにつけあしきにつけ、ヘルムの住民は愚か者と見なされるようになった。
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ヘブライ語の理解がないので、「読師」が誤読した面白さを間接的に知るわけで、ここに引用しながら意気があがらない。

2025年6月28日土曜日

「醒睡笑」: 躻(うつけ)

今朝は目覚めが悪く、早朝の野鳥観察(探鳥会)参加を怠けてしまった。掛け時計の針がスローモーションのように進んでいくのを見ながら、ずるずると過ごすうち、集合時刻に間に合わなくなった。

昼に隣り街に出かけた帰り道、古本屋に寄って、平凡社の東洋文庫「醒睡笑」(安楽庵策伝* 集、 鈴木棠三 訳)を手にした。戦国時代の笑い話集で、いってみればポテトチップスを食べる感覚で読めばよい・・・つぎつぎ美味い話が飛び込んでくるのだ。編者の策伝は仏僧なれど、笑い話は宗教臭くない、それが良い。喫茶店でしばらく読んで賞味した。
(*)安楽庵策伝:天文23年(1554年)~ 寛永19年(1642年)

第二章の中の「躻(うつけ)」<愚か者の笑い・・・ばか、まぬけ、「躻」の字は、体の中に大切なものがあるべきなのに、それがないという国字> に、面白い阿保話があって、次のようなものがある。
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ある男が銭を隠すため地面に埋める時、「必ず人の目には蛇に見えて、わが見る時ばかり銭になれよ」と言っているのを、内の者が聞いていて、後で銭を掘り出し、代わりに蛇を入れておいた。例の亭主が後で掘ってみたら蛇が出て来たので、「やれ、おれじゃ。やれ、見忘れたか」と幾度も名のったのは、なかなかの聞き事だった。
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他にこんな話がある。男たちが三人集まって語り合った。しっかり者の家内について、唯一の欠点は怒ったときに亭主の頭を叩くことだと、二人とも同じことを口にした。三人目の男が「お前たちは日本一の躻(うつけ)者じゃ」といって、自分ならこうすると秘訣を得意気に披瀝した・・・「履物をはかずに逃げるがよい」と。

(本ブログ関連:”阿呆”、”阿呆船”、”ヘルム”)

まあ云ってみれば、落語の原点であって、オチがある。そのためには、躻(うつけ)者=阿呆が必要のようだ。

(本ブログ関連:”落語”)

2025年4月1日火曜日

エイプリルフールと洒落と粋(いき)

きょうの4月1日は「エイプリルフール(四月馬鹿)」。しかし一日中雨で寒く、四月馬鹿の名にふさわしい陽気さはない。

(本ブログ関連:”エイプリルフール”、”馬鹿・阿呆”)

エイプリルフールには「洒落」があったはず。わたしの感覚だが、最近それが世間に通じてないような気がする。そもそも外来のイベントだし、それを受け入れる余裕もない。みなが白けた時世だからだろうか。

さらに困るのは、虚実ない交ぜになったエイプリルフールかもしれない。一方から見れば事実になり、他方から見れば嘘(悪意がこもったフェイク)になる。判別できてこそ、洒落と笑い飛ばせるのだが。

日本人の洒落の伝統について、Googleの生成AI「Gemini」に以下のようにたずねてみた。
ー 洒落のめすは、ハイカラにいえば「(いき)」に通じる。それも忘れられて久しい。

■ Gemini
Q.「洒落」という文化は、日本ではいつごろ誕生(発展)したのでしょうか?
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A.「洒落(しゃれ)」の文化は、日本の歴史の中で様々な形で発展してきましたが、特に江戸時代に花開いたと言えるでしょう。

江戸時代の「洒落」
・庶民の娯楽としての発展:
    ー 江戸時代には、庶民の間にユーモアや言葉遊びを交えた文化が広まりました。
    ー 落語や川柳といった娯楽が発展し、日常会話や文章の中にも「洒落」が取り入れられるようになりました。
・「粋(いき)」との関連:
    ー 江戸の「粋」という美意識は、「洒落」と深く結びついていました
    ー 「粋」とは、洗練されたセンスやユーモアを意味し、「洒落」はその表現手段の一つとして重要視されました。
・文化的な背景:
    ー 江戸時代の文化は、庶民の生活や価値観を反映しており、その中で「洒落」は人々のコミュニケーションや娯楽に欠かせない要素となりました。
    ー 着物の柄である江戸小紋などは、幕府の規制の中、庶民が「洒落」を表現した文化と言えます。

「洒落」の源流
言葉遊びの起源は古く、人類が言葉を使い始めた頃から存在していたと考えられます。
・日本においても、古くから和歌や狂言など、言葉を使った芸術が存在し、それらの中に「洒落」の要素が見られます。

現代への影響
・江戸時代の「洒落」の文化は、現代の日本のユーモアや言葉遊びにも影響を与えています。
テレビのお笑い番組や漫画、アニメなど、様々な形で「洒落」の精神が受け継がれています。

このように、「洒落」は、日本の文化の中で長い時間をかけて育まれ、現代においても重要な役割を果たしています。
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(追記)
Geminiに、「」文化が廃(すた)れたのではとたずねたところ、次のような回答があった。(抜粋)
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「粋」が廃れたと感じる人がいるのも事実です。その理由としては、以下のようなものが考えられます。
・情報過多:  情報が溢れる現代社会では、本質を見抜く力が鈍くなりがちです。
・効率重視:  効率や合理性が重視される現代社会では、遊び心や余裕が失われがちです。
・個人主義:  個人主義が浸透する現代社会では、相手を思いやる気持ちが希薄になりがちです。
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2025年1月18日土曜日

野鳥センサス欠席とGemini

先週土曜日(1/11)実施の「野鳥センサス」*を欠席したという自覚があったのに、なぜか昨晩になって、<目覚まし時計> を用意して明日(1/18)に備えようと、すっかりその気になっていた。念のため観察会のホームページを参照して、勘違いに気付いた。うかつ者、そこつ者・・・といった落語的按配で乗り切るつもり。

(*-1)野鳥センサス(Googlの生成AI 「Labs」)
・野鳥センサスは、「鳥類の個体数や分布などを調査する活動で、『ラインセンサス』や『スポットセンサス』などがある」。
・探鳥会が例年実施の調査方法は、「ラインセンサスで、あらかじめ決められたルート(河川など)を歩き、鳥の姿や鳴き声を確認する」。

(*-2)野鳥ラインセンサス(環境省自然環境局生物多様性センター、日本野鳥の会 )
モニタリングサイト1000  森林・草原の鳥類調査ガイドブック」(2006年3月改訂版)
https://www.biodic.go.jp/moni1000/manual/line_census.pdf

これから二十四節気の「大寒」が来るというに、<春>を感じて「木の芽どき」を先取りしてしまったのだろうかと心配になる。凹んだ気分を紛らわすに「いい話」はないかと、Googleの生成AI「Gemini」に、チャット形式でつぎつぎ質問した。ところが、反対に私の質問の意図を根堀り深掘りされ、そのうち「物忘れ」に原因があると帰着されてしまう。

Gemini 恐るべし。チャットをずっと付き合うと、悪女の深情け状態におちいりそう。
悪女ってんで、中島みゆきの「悪女」を聴いたら、「涙ぼろぼろ ぼろぼろ / 流れて 涸れてから」って、そうとう自虐的。この歌は、女性が自虐的をはばからなくなった頃のことなんでしょうね。

2020年8月6日木曜日

おかしな主人公たちの住む町

世の中には色んな阿呆がいる。わたしもその一人で気持ちがよく通じる。もし阿呆たちがそろったらどうなるだろう。収拾の付かないことばかりかもしれないが、意外とよく事が済むかもしれない。

イディッシュ語を少しかじったとき、語学テキストに閑話休題として小話が用意されていた。ストーリーの舞台に「ヘルム」の町(村)が出てくる。当然ながら、架空の町(村)で、ポーランドにあるという。まさにイディッシュの息づかいを感じる気がする。以来、彼らの粗忽さに落語と似た親近感を感じている。

(本ブログ関連:”阿呆”、”ヘルム”)

イディッシュ語作家でもあるアイザック・バシェヴィス・シンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」(工藤幸雄訳)の訳者解説に、同書で話題にしたポーランドのユダヤ人が住む町「ヘルム」の他に、おかしな主人公たちのいる民話の町として次が紹介されていて、以前このブログの「おバカな村」にも記した。
・イギリス「ゴタム」
・オランダ「カンペン」
・イタリア「クネオ」
・ドイツ「シュリートブルク」など

ところで、ドイツにはシュリートブルクの他に「シルダ」というおバカな町があるという。

アンソロジー「日本の名随筆40 愚」(山田風太郎選)に収載の、北杜夫の「阿保について」(「マンボウ人間博物館」の第一話)に、児童文学者のケストナーが記した、<賢人が出張して阿保ばかりが残った*ドイツ中世の「シルダ」の町>について紹介している。
(*)阿保ばかりが残ったのか、賢い者が戻ってきて阿呆の振りをしているだけなのか諸説あるようだ。

■ まず、北杜夫の「阿保」の定義が面白い。精神科医の作家なればこその紹介だが、孫引きする。
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ドイツの誇る精神科医、故ホルスト・ガイヤー博士に、『愚鈍について』という著作がある。彼は白痴患者の専門家であった。その一説、
勤勉は阿呆の埋め合わせにはならない。勤勉な阿呆ほど、はた迷惑なものはない。
・・・・
そもそも世に名高きシルダ人の愚行を記さぬ法はなかろう。シルダ人は、ドイツ中世の伝説の一つで、『ティル・オイレンシュピーゲルのいたずら』と共に、双璧をなしている。いろんな作家がシルダ人の愚行について、童話や小説を書いているが、ケストナーのものがいちばん面白いようだ。
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というわけで、ケストナーの「シルダの町の人びと」が少し触れられている。一匹の海老(ザリガニ)が巻き起こす騒動が面白い。

■ ちくま文庫「ケストナーの『ほらふき男爵』」(池内紀、泉千穂子訳)に所収の「シルダの町の人びと、ザリガニを裁判にかける」は、次のように書かれている。
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ある日、町にやってきたザリガニが、はさみを持っていることから仕立て屋に違いないと町長が結論を出す。さっそく布を切らせてみるとズタズタになる。そこからドタバタが始まり、結果、ザリガニは裁判にかけられる。裁判長は「溺死させるのがよろしい」と死刑を宣告する。
シルダの町の人びとは刑の執行を見守った。「かわいそうだがしかたない。法は曲げられぬ」と。
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こんな具合で、ザリガニは溺死の刑に処せられた。

■ そういえば、上記のシンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」にもこんな話がある(「ヘルムのとんちきまぬけな鯉」)。
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ヘルムの長老から大とんまな男へ贈られた鯉が、ぴしゃりと跳ねて男のお顔を叩いた。罰を与えようといろいろ算段したあげく、結局、溺死の刑に処すことになった。
鯉を湖に投げ込む処刑を見ながら、ヘルムの市民は歓声を挙げた。「卑怯きわまる鯉はおぼれてくたばれ!」と。
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ちなみに、ユダヤ料理の一品に使われる「ゲフィルテ」は、鯉のすり身団子だ。瓶詰から取り出してそのまま食べればさっぱりした味わいだ。わたしは、うどんと一緒に煮こんだりした。少々甘みが出てくるが、ふうふういいながら食うのも美味いものだ。

(本ブログ関連:”ゲフィルテ”)


(参考1)
学問的なことは全く不案内だが、ヘルマン・バウジンガー「ドイツ人はどこまでドイツ的?(2)― 国民性をめぐるステレオタイプ・イメージの虚実と因由 ―」(河野眞訳、愛知大学 言語と文化 No. 21)の翻訳に「シルダ」の町について次のような<訳注>がある。
https://taweb.aichi-u.ac.jp/tgoken/bulletin/pdfs/NO21/04KonoS.pdf
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p.68  シルダ(Schilda):シルダは,架空の都市の名前で,民衆本に頻繁に現れ,その市民はいたずら好きな主人公や,また主人公にからかわれる馬鹿な民衆でもあった。シルダの元になった町としては,ザクセンの「シルダウ (Schildau)」 やブランデンブルクの「シルダ (Schilda)」 などが挙がられる。
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(参考2)
学問的なことは全く不案内だが、「論説 《世間》は日本社会の特異性か?  - 欧文の翻訳における《世間》の用例に即した検証 -」(河野眞)も参考に記す。
https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=9219&file_id=22&file_no=1

2015年12月23日水曜日

祝日にくつろぐこと

今日は「天皇誕生日」の祝日である。町内は実に穏やかで、まるで正月のような静けさだ。自然に和らいでくる。緊張することの少ない気ままな身だが、更にのんびりとして緩み、くつろぐ気がする。

なのに日頃、アリスの前を「遅れてしまう!」とばかりに走るウサギのよう振舞って、果たして何に遅れるというのだろう。今日のような静かな一日に、いろいろな思いが浮かび、いろいろと考えさせる。

月日の過ぎるのがあっけないと気付き、やがて年月の経つのは早いと実感する。若い頃は傲慢で、歌舞伎や落語ファンが「先代は」とか「何代目は」とかいう話しをうるさく感じたものだ。それが、今では自然に聞こえる。どうやら、背中が重くなってきたようだ。

子どものころ感性をはぐくんだ土地を忘れがたいが、親の転勤にともなって以来、この地に住みここの空気にすっかり染まった。すみかにふさわしい処と思い定めたようだ。遠に、羽ばたくことのたくらみはないけれど、といって仙人の境地にもいたらない。たわむれに仙人の真似ごとをして、壁抜けしようとしても、頭をごっつんことぶつけるのが関の山だろう。

2013年5月19日日曜日

思いつくまま冬虫夏草

テレビ情報番組で、ネパールの農民が山肌に茂る短い草むらの中から冬虫夏草を探し出し、それを仲買人に売って生活費の足しにすることから始まり、最終的に中国で驚くほど高価な食材となるまでをドキュメント風に紹介した。
採集に子供の目力が役立つと、作業を手伝わせる場面があるが、経緯にちょっとした脚色があるのかな。

なぜ虫が草になってしまうのだろうか・・・どちらかといえば、それを知りたかった。菌類が昆虫の体内に侵食(寄生)して宿主を乗っ取ってしまうのだが、そんなことがあるなんて、むかし白戸三平の漫画で知ったときには驚いた。

四方田犬彦は「白土三平の食物誌」の中で、冬虫夏草を題材にしたストーリーを次のように紹介している。
「初期の『甲賀武芸帖』の・・・第二話では、不老長生の妙薬を求める旅に出た少年が、冬虫夏草を発見したものの吹雪に遭難してしまい、みずからが巨大な冬虫夏草の温床と化してしまう。 」

そういえば、落語に「頭山(あたまやま)」があって、サクランボの種を飲み込んだけちん坊が、頭頂に育った桜の木を引き抜いた穴に、最後は身を投じる。人間版の冬虫夏草、いな冬人夏樹とでもいうのか、それにしてもメビウスの輪のように、空間がねじれるという不思議でおかしな展開だ。

ところで、ヘビが自分の尻尾を食べたら最後はどうなるだろう。

2018年2月22日木曜日

(イディッシュの民話)全世界を喜ばすなど・・・・

「イディッシュの民話」(秦剛平訳、青土社)は、本当はいたって教訓めいた話が収められていて、わたしの好きな「ヘルムの住人」たちが仕出かす、落語に似たお馬鹿な話は少ないかもしれない。なるほど、長い生活の中で、笑いだけでは安寧も続かない。

(本ブログ関連;”イディッシュの民話”、”ヘルム”)

「全世界を喜ばすなど・・・・」の小話は、滑稽な世界に身を置いて悟らせる。
・この世に同じ人間がいないように、同じ考えはない。そして絶対的に正しいものも(多分)。
・だからといって、世間を読み解く力ばかり増やしても、選択肢に溺れ、結局は自分を失うことになると戯画風に描いている。(どこかに教訓の香りがするが)

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砂漠を、歳老いた父親と十歳の息子とがラクダを連れて旅していた。
・途中、出合った男に「ラクダは人間を乗せるために創造されたのですよ。」と言われた。
そこで、父親がラクダに乗って、息子がその後を付いて歩いた。
・途中、出合った別の男に「息子さんをかわいそうだと思わないんですか?」と言われた。
そこで、息子がラクダに乗って、その後を父親が付いて歩いた。
・途中、出合ったまた別の男にいわれた。「歳老いた父親を歩かせて、子どもがラクダに乗る権利などありゃしませんで。」
そこで、父親と息子の二人がラクダに乗って進んだ。
・途中、出合った更に別の男に言われた。「あなたがたはもの言わぬ動物を虐待している。」
そこで、父親と息子の二人は手でラクダを運んだ。

父親が言った。「多分、道中で誰かに会ったら、何て馬鹿なことと言ってくれるだろう。何をしようと、全世界を喜ばすなどできはしないのだから。」
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長い昔から語り継がれた民話はおもしろい。

2018年11月24日土曜日

「年末ジャンボ」の行列

「宝くじ」は、「誰かが当っている」という事実から、次は自分の番かもしれないと空想や期待をふくらませる。

銀座にある宝くじ売り場の行列は有名。一等の当り券がよく出る店であり、夢に限りなく近づける場所だ。とはいえ、当選に見合うだけ、大量に売っているからだろうけど。

どんな人たちが並んでいるのだろう。毎年、大型の宝くじのたび来ているのだろうか。大金が腐るほどあれば、私もこの列に紛れ込んでいたかもしれないけど。

「宝くじが当ったら」という話題に、何に使うか?とか、 ひと(他者)に話すか?といったものがある。昔は、鉱物採集で遠隔地に行くのに便利なキャンピングカー欲しいなんて思い描いた。ひと(他者)に話すのは危険などと思ったが、すべて妄想。そして今は、出歩く距離が縮まったせいで、宝くじ売り場に行くこともない。一等当選の夢を見ることもない。

宝くじは、落語「芝浜」のような人情のあるよい出会いをするわけじゃない。ありがたみも分からぬ大金は、結局身を持ち崩すんじゃないかと、見上げながらも止めとこうと思うのであります。

2017年12月29日金曜日

ヘルムのはなし: 椅子を持ち込むには

ポーランドの何処かに、イディッシュ(ユダヤ人)の住む町(村)「ヘルム」があって、上は長老から下々は庶民まで、どこか変なひとびとがいる。もちろん、物語の世界であるが。ヘルムに似た町(村)は、ほかの国々にもあるようで、代表する地名がちゃんと存在するという。では、日本ではどうか・・・思いつくのは、大家さんと熊さん八っさんが住む、落語に出てくる「長屋」だろうか。

(本ブログ関連:”ヘルム”)

イディッシュ語の教科書に、こんなヘルムの小話が載っていた。
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ある男が椅子を買って持ち帰ったところ、大き過ぎてドアに入らず困っていた。そこへ、同じヘルムに住む友人がやって来て、「あの寝室の窓が大きいので、そこから入れたらどうか」ということになった。
だが、椅子の持主がいうには、「窓が高すぎる、どうすりゃいいかな?」。
友人はいった、「なあに、問題ない。椅子を叩き切って、小さくして窓へ投げ込めばいい」。
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よく考えたつもりだが、自分の知恵を超えていない。そもそも何を解決したかったのか忘れている。そんな勘違いを、日常のどこかでやっているかもしれない。思い当たる節がないわけではない。

というより、この物語!、何で友人が高い窓の奥に寝室があることを知ってるのか、とても気になる。歳をとると余計なことに気が散る。

2017年5月26日金曜日

おバカな村

この世に、とりあえず納得できることなら何でも信じてしまう頓珍漢な人がいて、そんな人たちの住む村や町があるという。先日(5/22)、冬場に家々の暖炉から熱気が排出して上空に溜まった結果、「夏が暑い」のだと思い込んでしまった村人が登場する童話について記した。

そんなおバカというか愉快な人々が住む(ポーランドの)村ヘルムについて、アイザック・バシェヴィス・シンガーの児童書「まぬけなワルシャワ旅行」(工藤幸雄訳)の巻末に訳者解説があり、他にも似た町があると紹介している。
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民話のなかで、おかしな主人公たちの住む町としては、イギリスではゴタム、オランダにはカンペン、イタリアではクネオ、ドイツではシュリートブルクなどがある。
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そこで、ネットに探してみたところ、唯一、「イギリスのゴタム村」を舞台にした昔ばなしの紹介ページがあった(ブログ「アマミツル空の色は Ⅱ」に感謝)。ゴタム村の人々もなるほどと思わせる粗忽振り。それ以外の町については、これからゆっくり探していきたい。

日本におバカな村を舞台にした昔ばなしがないものかと考えた。それらしい所が思いつかない。でも、おバカな人々が出てくる話しがある。「落語」の長屋であり、熊さん八さんの世界だ。イディッシュ語の昔ばなしに通じる、思い込みと逆転世界といったおバカな物語りだ。(例えば「粗忽長屋」、「頭山(あたまやま)」)

(本ブログ関連:”(雑談)本当は誰なの”)

イディッシュ語テキストの代表である「College Yiddish」の著者ウリエル・ヴァインライヒ(Uriel Weinreich)の妻、民俗学者のベアトリス・ヴァインライヒ(Beatrice  Weinreich)の著「イディッシュの民話(Yiddish Folktales)」(秦剛平訳、青土社)をさっそく注文した。楽しみだ。

2019年2月26日火曜日

歴史のことごと

小学生のころ、昭和史に残る重大事件について知った。同級生の縁者に、かつてその事件に関与した人物がいたと聞かされたからだ。昭和11年(1936年)2月26日、雪の降るの東京府において、陸軍青年将校たちが大規模な決起をした「二・二六事件」がそれだ。

今日のニュースに、この事件について触れられることはほとんどないようだ。忘れた振りをしているのか、それとも忘れ去ったのか。忌まわしい事件として、思い出して検証することが憚れるのだろうか。それとも、思い返す労に意味すらないのだろうか。

小学生同士のこと、一度だけ聞かされた内容を理解するに知識は乏しかったものの、それ以来、級友に会うと歴史の衣装がひらひらと見えるような気がしてならなかった。その後、当事者だった青年将校(大尉)の立場や経緯を知るたび、小学生のころの級友を思い出すことになる。

また、この事件について、従った(従わされた)下級兵士の中に、飄々とした話芸を見せた落語家の「柳家小さん (5代目)」がいたのは有名だが、多くの兵士はその後、何度も招集され前線(戦地)に送り込まれたという話がある・・・ネットに満州方面へという話題があるが、その先の地もまだ十分あった気がしてならない。

2017年3月8日水曜日

(雑談)本当は誰なの

世の中には可笑しな話がある。先日、ある映画の上映会に出かけた途中、商店街で見かけた<たい焼き屋>の看板が「天然たいやき」と銘打っていた 。客が数人並び、まさに採れたてのたい焼きを待っていたのだ。

<出自>を天然と誇るたい焼きがあるのなら、筒井康隆の短編に、<出自>を「本家」・「元祖」と競うターザンが登場するスラップスティック・コメディがある。観光地の名産みやげ物屋に見かけるものだ。また、見世物小屋で有名な話だが、由緒正しき「義経幼少のみぎりの頭蓋骨」なんてものもある。脱皮するヘビだって、骨まで次々と残さない。

落語に、自分の死体を引き取りに行く「粗忽長屋(そこつながや)」がある。お前の死体を見つけたと知らせるやつも粗忽だが、真に受けて取りに行くのも・・・。しまいに、死体を運んでいる自分が誰だか分からなくなる。あるいは、自分の頭にできた池に最後に身を投じる「頭山(あたまやま)」もそうだ。池に沈んだのは自分なのかどうか、これも分からなくなるだろう。

まあ、こうやって話を眺めているうちはいいけれど、自分が誰か分からなくなることもあれば、自分以外、誰も分からなくなることもあるだろう。この場合はもっと切実なことだ。必死に自分を取り戻したい気持ちがよく分かる。

もしかしたら、映画「怪しい彼女」のファンタジーは、おばあちゃんが孫に輸血するとき見た一瞬の夢だったかもしれない。若いときの自分を取り戻したかったのかもしれない。

(本ブログ関連:”怪しい彼女”)

2018年8月3日金曜日

夏の午後(夕方)

夏痩せしなくなって久しい。歳相応に運動しなくなったせいだろう。ところで、今年の夏は厳しくて、日中、外出すると汗をかく。それも、着いた先で吹き出して止まらないのだ。久し振りの汗っかきに驚く。なんだか若返ったような錯覚をする。

落語に、湯船で老人がつい浮いてしまうのを見て、「ご乾燥です」というくだりがあった。歳をとれば枯れ木のようなもの、水分も失せてみずみずしさもありゃあしない。それが今年の夏のおかげで何度も汗をかき、うれしいような妙な気分にさせる。

今週、月~金曜日の連日に通った教室も今日で終了。学生時代を思い出し苦心したが、あっという間で、楽しい時間だった。帰り道の途中、ほっとして小さな公園に寄った。

しばらくベンチ(Bank)に座って空を見上げていると、なんだかドラマチックな空模様になった。遠い雲の後ろに隠れていた太陽が、移動する雲のおかげで陽を射しはじめたのだ。太陽光が分散して、写真のように放射状に照らし出すのが見えた。

一瞬、神々しさを感じた。地上では、人影のない公園の昼下がり、セミの鳴き声がジージーと交じり合うばかり。一方、雲はゆっくり動いて、太陽が顔を出す。風景も風に流されて、いつもの暑い公園に戻る。

(しばらくして夕立に会う。それも「天気雨」といってもいいかもしれない。イ・ソンヒの「狐の嫁入り」を思い出す。随分と続いたが。)


公園から帰宅途中、地元駅の近くにあるグラウンドで「盆踊り」が行なわれているのが遠くから見えた。風にのって、太鼓のリズムに会わせた「炭坑節」の歌が聞こえた。何度も耳にした、心引き寄せられる盆踊りの響きに、どうやら私たちの原点があるのだろう、ひとびとが次々と集っていた。