「イディッシュの民話」(秦剛平訳、青土社)は、本当はいたって教訓めいた話が収められていて、わたしの好きな「ヘルムの住人」たちが仕出かす、落語に似たお馬鹿な話は少ないかもしれない。なるほど、長い生活の中で、笑いだけでは安寧も続かない。
(本ブログ関連;”イディッシュの民話”、”ヘルム”)
「全世界を喜ばすなど・・・・」の小話は、滑稽な世界に身を置いて悟らせる。
・この世に同じ人間がいないように、同じ考えはない。そして絶対的に正しいものも(多分)。
・だからといって、世間を読み解く力ばかり増やしても、選択肢に溺れ、結局は自分を失うことになると戯画風に描いている。(どこかに教訓の香りがするが)
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砂漠を、歳老いた父親と十歳の息子とがラクダを連れて旅していた。
・途中、出合った男に「ラクダは人間を乗せるために創造されたのですよ。」と言われた。
そこで、父親がラクダに乗って、息子がその後を付いて歩いた。
・途中、出合った別の男に「息子さんをかわいそうだと思わないんですか?」と言われた。
そこで、息子がラクダに乗って、その後を父親が付いて歩いた。
・途中、出合ったまた別の男にいわれた。「歳老いた父親を歩かせて、子どもがラクダに乗る権利などありゃしませんで。」
そこで、父親と息子の二人がラクダに乗って進んだ。
・途中、出合った更に別の男に言われた。「あなたがたはもの言わぬ動物を虐待している。」
そこで、父親と息子の二人は手でラクダを運んだ。
父親が言った。「多分、道中で誰かに会ったら、何て馬鹿なことと言ってくれるだろう。何をしようと、全世界を喜ばすなどできはしないのだから。」
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長い昔から語り継がれた民話はおもしろい。