朝から晩まで、テレビのニュースショーは、明日・明後日に襲来する「台風19号」の進路、および災害規模と危険性を報じている。先月(9/9)、千葉県を襲った「台風15号」の被害(民家の屋根や送電網などを破壊)を知るほどに身近に感じる。屋根の補修用の青いシートや、給水車に水をもらう行列の光景が浮かんでくる。
そこで、私もさっそく強風で飛ぶものがないように庭を片付けたり、浴槽に水を貯めたりした。スーパーへ行けば、近くに大学があるため(下宿や寮の)学生たちが即席麺や食パンを買いだめしたのか、棚から消えていたのに驚く。またテレビニュースでは、窓ガラスの飛散防止のため大判のマスキングテープに似た「養生テープ」が売り切れ続出という・・・オイルショックのときの「トイレットペーパー」の買い込み騒動を思い出す。今回は事情が全く違うが。
台風19号が、正直どれほどの被害を及ぼすか見当がつかない。千葉県を襲った台風15号の深刻さを、実は時間が経つにつれて後で知ったぐらいだからだ(「阪神・淡路大震災」や「熊本地震 (2016年)」の時もそうだった)。
NHK NEWS WEBの記事「気象庁『1200人以上犠牲の狩野川台風に匹敵 特別警報も』」(10/11、20時04分)は、昭和33年(1958年)の台風第22号「狩野川台風(かのがわたいふう)を例に、気象庁の警戒呼びかけを次のように伝えている。(抜粋)
(*)記事:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191011/k10012122671000.html
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台風19号について、気象庁は午前11時から記者会見を開き、静岡や関東で1200人以上が犠牲となった狩野川台風に匹敵する記録的な大雨となり、大雨の特別警報を発表する可能性もあるとして、厳重な警戒を呼びかけました。
梶原靖司予報課長は「今回、類似台風として狩野川台風を持ち出したのは、予想される現象や災害の程度が著しいことや、大きさや進路・勢力・北上スピードなどが似ていることから説明に用いようと判断した。一方で、類似台風を持ち出して呼びかけることは非常にリスクがあるとも考えている。災害の起こる場所や広がりについては事例ごとに大きく異なる」と述べ、狩野川台風で被害がなかった場所が安全というわけではないと強調しました。
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ところで、狩野川台風の時期、子ども時代の私は地方にいたので、狩野川台風の被害を感覚的に理解できないでいる。Wikipediaによると、狩野川台風は「27日0時頃に神奈川県東部に上陸したが、勢力はさらに衰えて960ミリバールであった」とのこと。これって、千葉県に上陸した台風15号のときと同じ(960ヘクトパスカル)。はたして今回の19号の場合、どれくらいの規模になるのだろうか。
2019年10月11日金曜日
2019年10月10日木曜日
(参考)3つの壁
今年のノーベル化学賞受賞者の吉野彰さんは、少なくとも企業(ビジネス)に所属する民間人である。ノーベル賞受賞者のおおかたがアカデミックな世界に存在しているのと対照的といえる。
もちろんノーベル賞本来の意味で、今回、学術的に評価された訳だから勝手にビジネス側にのみ取り込むわけにはいかないが、市井に向けて語る言葉を多く持ち合わせていらっしゃると思う。吉野さんが人生で経験した、立ちはだかる壁をいかにブレークスルーしたかを聞くのは意味がある。特に若者にとっては。
産経新聞のZAKZAKの記事「ノーベル化学賞・吉野彰氏の “素顔” と成功までの『3つの壁』」* (10/10)に、< ビジネスで成功するために乗り越えなければならない「3つの関門」>を、次のように説いている。(抜粋)
(*)記事:https://www.zakzak.co.jp/soc/news/191010/dom1910100004-n1.html?ownedref=not%20set_main_newsTop
--------------------------------------------
最初に経験するのが、基礎研究の段階の「悪魔の川」。
ここで大半のプロジェクトが対岸まで泳ぎ切れずに脱落する、つまり研究段階で終わってしまう。
開発研究に進むと待ち受けるのが「死の谷」。
次々と問題が立ちはだかり、事業化の前にここでも大半が脱落する。吉野さんは「この段階では、なるべく人手をかけないことだ」とアドバイスする。事業化の道筋が見えて初めて、人材と予算をかけるのがよいやり方だという。
最後が「ダーウィンの海」の段階。
努力が実って事業化にこぎつけたものの、市場で見向きもされない段階だ。生物進化の過程で起こる自然淘汰(とうた)になぞらえて、生物学者ダーウィンの名がついている。
リチウムイオン電池の場合、出荷が伸び始めるまで5年ほどかかった。
「将来ぜひ、この3つ壁を完璧に乗り越えていただきたい」と、吉野さんは若者にエールを送った。
--------------------------------------------
いってみれば、将来へ向けての研究テーマの選択、少数精鋭での取り組み(開発)、そして時代との整合性(市場競争)といったところだろう。花開くに、我慢できるかどうかでもある。それらはすべてにいえることだが。
上記はむしろ、経営者の辛抱・肝の座り方についてかもしれない。立ち塞ぐ3つの壁に果敢にチャレンジする研究・開発職者たちを支援できるかどうか試されるようでもある。それだけ、先見性があるのかないのかということにつながる。経営者も大変だ。
もちろんノーベル賞本来の意味で、今回、学術的に評価された訳だから勝手にビジネス側にのみ取り込むわけにはいかないが、市井に向けて語る言葉を多く持ち合わせていらっしゃると思う。吉野さんが人生で経験した、立ちはだかる壁をいかにブレークスルーしたかを聞くのは意味がある。特に若者にとっては。
産経新聞のZAKZAKの記事「ノーベル化学賞・吉野彰氏の “素顔” と成功までの『3つの壁』」* (10/10)に、< ビジネスで成功するために乗り越えなければならない「3つの関門」>を、次のように説いている。(抜粋)
(*)記事:https://www.zakzak.co.jp/soc/news/191010/dom1910100004-n1.html?ownedref=not%20set_main_newsTop
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最初に経験するのが、基礎研究の段階の「悪魔の川」。
ここで大半のプロジェクトが対岸まで泳ぎ切れずに脱落する、つまり研究段階で終わってしまう。
開発研究に進むと待ち受けるのが「死の谷」。
次々と問題が立ちはだかり、事業化の前にここでも大半が脱落する。吉野さんは「この段階では、なるべく人手をかけないことだ」とアドバイスする。事業化の道筋が見えて初めて、人材と予算をかけるのがよいやり方だという。
最後が「ダーウィンの海」の段階。
努力が実って事業化にこぎつけたものの、市場で見向きもされない段階だ。生物進化の過程で起こる自然淘汰(とうた)になぞらえて、生物学者ダーウィンの名がついている。
リチウムイオン電池の場合、出荷が伸び始めるまで5年ほどかかった。
「将来ぜひ、この3つ壁を完璧に乗り越えていただきたい」と、吉野さんは若者にエールを送った。
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いってみれば、将来へ向けての研究テーマの選択、少数精鋭での取り組み(開発)、そして時代との整合性(市場競争)といったところだろう。花開くに、我慢できるかどうかでもある。それらはすべてにいえることだが。
上記はむしろ、経営者の辛抱・肝の座り方についてかもしれない。立ち塞ぐ3つの壁に果敢にチャレンジする研究・開発職者たちを支援できるかどうか試されるようでもある。それだけ、先見性があるのかないのかということにつながる。経営者も大変だ。
2019年10月9日水曜日
「ノーベル賞」化学賞受賞 吉野彰さん
コスモス畑
昼間の暖かい公園へ、「コスモス」の花の咲き具合を確かめに出かけた。テニスコートそばの木陰道を抜けて左へ曲がると広場に出る。平日の今日も、家族連れや若者たちが緑いっぱいの空気を楽しんでいるよう。その広場の脇道に「チカラシバ」の黒い穂が背筋を伸ばして並んでいて、その奥から「エノコログサ」の薄緑の穂が覗き込むように顔を出している。雑草たちはたくましく生きている。
広場の先にあるコスモス畑は、暖かい陽射しとそよ風を受けて、パステルカラーに染まった花々が満開のようだ・・・もっと密集すると思ったがそうでもない。傾斜面に咲くコスモス畑の爽やかで穏やかな気配にいやされる。つい畑道を往復して眺めると、太陽のまぶしさにコスモス畑が輝いて見える。幼子を連れた母子とか老夫婦とすれ違うと、ちょっとした舞台の感がしてくる。
ノーベル賞
ところで、今年のノーベル賞(化学賞)に、日本人を含めて3人の受賞者が決まった。実におめでたいことだ。NHK NEWS WEBの記事「ノーベル化学賞に『リチウムイオン電池』開発の吉野彰さん」(10/9、19時22分)*によれば、< 日本人ノーベル賞受賞は去年の医学・生理学賞に続き27人目(含:アメリカ国籍取得者)で、化学賞は9年前に続いて8人目 > とのこと。下記に抜粋。
(*)記事 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191009/k10012119571000.html
----------------------------------------
ことしのノーベル化学賞の受賞者に、スマートフォンやパソコンなどに広く使われている「リチウムイオン電池」を開発した大手化学メーカー「旭化成」の名誉フェローの吉野彰さん(71)ら3人が選ばれました。
ことしのノーベル化学賞の受賞が決まったのは(次)の3人です。▽大手化学メーカー「旭化成」の名誉フェロー、吉野彰さん(71)、▽アメリカ・テキサス大学教授のジョン・グッドイナフさん、▽アメリカ・ニューヨーク州立大学のスタンリー・ウィッティンガムさん
吉野さんは、大阪府吹田市出身で71歳。京都大学の大学院を卒業後、旭化成に入社し、電池の研究開発部門の責任者などを務めたほか、おととしからは名城大学の教授も務めています。
----------------------------------------
ノーベル賞は、本来個人の業績を評価するものだが、まるでオリンピックのメダルと同様な特別なよろこびをもたらせてくれる。だから遠慮なく、心の中で、受賞の感動の席に同席させていただくことになる。なにより日本の子どもたちの宝(「子どもにとって自分の将来を決めるきっかけ」吉野氏)なのだから。
そういえば、日本のノーベル化学賞の受賞者で民間人受賞者には、島津製作所の田中耕一さんもいらっしゃる。凄いことだ。
(本ブログ関連:”ノーベル賞”)
昼間の暖かい公園へ、「コスモス」の花の咲き具合を確かめに出かけた。テニスコートそばの木陰道を抜けて左へ曲がると広場に出る。平日の今日も、家族連れや若者たちが緑いっぱいの空気を楽しんでいるよう。その広場の脇道に「チカラシバ」の黒い穂が背筋を伸ばして並んでいて、その奥から「エノコログサ」の薄緑の穂が覗き込むように顔を出している。雑草たちはたくましく生きている。
広場の先にあるコスモス畑は、暖かい陽射しとそよ風を受けて、パステルカラーに染まった花々が満開のようだ・・・もっと密集すると思ったがそうでもない。傾斜面に咲くコスモス畑の爽やかで穏やかな気配にいやされる。つい畑道を往復して眺めると、太陽のまぶしさにコスモス畑が輝いて見える。幼子を連れた母子とか老夫婦とすれ違うと、ちょっとした舞台の感がしてくる。
ノーベル賞
ところで、今年のノーベル賞(化学賞)に、日本人を含めて3人の受賞者が決まった。実におめでたいことだ。NHK NEWS WEBの記事「ノーベル化学賞に『リチウムイオン電池』開発の吉野彰さん」(10/9、19時22分)*によれば、< 日本人ノーベル賞受賞は去年の医学・生理学賞に続き27人目(含:アメリカ国籍取得者)で、化学賞は9年前に続いて8人目 > とのこと。下記に抜粋。
(*)記事 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191009/k10012119571000.html
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ことしのノーベル化学賞の受賞者に、スマートフォンやパソコンなどに広く使われている「リチウムイオン電池」を開発した大手化学メーカー「旭化成」の名誉フェローの吉野彰さん(71)ら3人が選ばれました。
ことしのノーベル化学賞の受賞が決まったのは(次)の3人です。▽大手化学メーカー「旭化成」の名誉フェロー、吉野彰さん(71)、▽アメリカ・テキサス大学教授のジョン・グッドイナフさん、▽アメリカ・ニューヨーク州立大学のスタンリー・ウィッティンガムさん
吉野さんは、大阪府吹田市出身で71歳。京都大学の大学院を卒業後、旭化成に入社し、電池の研究開発部門の責任者などを務めたほか、おととしからは名城大学の教授も務めています。
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ノーベル賞は、本来個人の業績を評価するものだが、まるでオリンピックのメダルと同様な特別なよろこびをもたらせてくれる。だから遠慮なく、心の中で、受賞の感動の席に同席させていただくことになる。なにより日本の子どもたちの宝(「子どもにとって自分の将来を決めるきっかけ」吉野氏)なのだから。
そういえば、日本のノーベル化学賞の受賞者で民間人受賞者には、島津製作所の田中耕一さんもいらっしゃる。凄いことだ。
(本ブログ関連:”ノーベル賞”)
2019年10月8日火曜日
寒露 2019、くしゃみ
一ヶ月前の今日(9/8)は、二十四節気の <草葉に「露」がつきはじめるころ>の「白露」だった。その露が、今日、二十四節気の <冷気により凍りそうになるころ>の「寒露」となった。露が凍るほどの寒さを感じるまで至らないが、最近の朝昼の温度差に驚く。今朝方から「くしゃみ」が止まらない・・・単に寝相が悪いだけだったかもしれないが。
ところで、「くしゃみ」の語源についてWikipediaによれば、「くさめ」と呼び次の漢字が使われたそうだが見たことがない。
「嚔」(くしゃみ)
「広辞苑」や古語辞典をひいても、Wikipediaの解説に及ばない。そこで、<語源>紹介部分をそのまま引用させていただく。
-------------------------------------------
日本語の「くしゃみ」という表現の語源は「嚔(くさめ)」という言葉で(中国語ではこの漢字を今でも使う)、古代の日本ではくしゃみをすると鼻から魂が抜けると信じられており、そのためにくしゃみをすると寿命が縮まると信じられていた。そこで早死にを避けるため「くさめ」という呪文を唱えるようになり、いつしかそれが「くしゃみ」という名前となり、その行為そのものを指すようになった。
くしゃみをするは「鼻ひる」といって、ひるは「放る」または「嚏る」と書いて、体内から鼻水やその他を放出することであった。清少納言が書いた『枕草子』の「憎きもの」第28段には
<鼻ひて誦文(ずもん)する。おほかた、人の家の男主ならでは、高く鼻ひたる、いとにくし。>
現代文:「くしゃみして呪文を唱える。大体、一家の男主人でもないのに、声高にくしゃみをするのは、本当に好きでない。」とある。
「くさめ」という呪文の語源ははっきりしておらず諸説あるが、
・陰陽道の「休息万命(くそくまんみょう)」や「休息万病(くそくまんびょう)」を早口に言ったもの
・くしゃみの擬声語の名詞化
・「糞食め(くそはめ)」が変化したものであるという説などがある。
上記のように、中世の日本ではくしゃみをした人、またはその近くにいた人が「くさめ」と言う習慣があった。1330年頃(鎌倉時代)に吉田兼好により書かれた『徒然草』の第47段には、
< ある人清水へまゐり(参り)けるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、「嚔(くさめ)、嚔」といひもて行きたれば、「尼御前、何事をかくは宣(のたま)ふぞ」と問ひけれども、應(こた)へもせず、猶いひ(なほ言い)止まざりけるを、度々(たびたび)とはれ(問はれ)て、うち腹だちて、「やゝ、鼻ひたる時、かく呪(まじな)はねば死ぬるなりと申せば、養ひ(やしなった)君(貴族の子)の、比叡の山に兒(ちご)にておはしますが、たゞ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかし」と言ひけり。/ あり難き志なりけんかし。> という記述がある。
-------------------------------------------
枕草子の例ではないが、先日、ある会場でくしゃみしたとき、口元にハンカチをあててさえぎることを忘れ、隣りの参加者に不快な気分をさせてしまったようで、思い返してはマナーの悪さにいまだに内心ざわつく。
ところで、「くしゃみ」の語源についてWikipediaによれば、「くさめ」と呼び次の漢字が使われたそうだが見たことがない。
「嚔」(くしゃみ)
「広辞苑」や古語辞典をひいても、Wikipediaの解説に及ばない。そこで、<語源>紹介部分をそのまま引用させていただく。
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日本語の「くしゃみ」という表現の語源は「嚔(くさめ)」という言葉で(中国語ではこの漢字を今でも使う)、古代の日本ではくしゃみをすると鼻から魂が抜けると信じられており、そのためにくしゃみをすると寿命が縮まると信じられていた。そこで早死にを避けるため「くさめ」という呪文を唱えるようになり、いつしかそれが「くしゃみ」という名前となり、その行為そのものを指すようになった。
くしゃみをするは「鼻ひる」といって、ひるは「放る」または「嚏る」と書いて、体内から鼻水やその他を放出することであった。清少納言が書いた『枕草子』の「憎きもの」第28段には
<鼻ひて誦文(ずもん)する。おほかた、人の家の男主ならでは、高く鼻ひたる、いとにくし。>
現代文:「くしゃみして呪文を唱える。大体、一家の男主人でもないのに、声高にくしゃみをするのは、本当に好きでない。」とある。
「くさめ」という呪文の語源ははっきりしておらず諸説あるが、
・陰陽道の「休息万命(くそくまんみょう)」や「休息万病(くそくまんびょう)」を早口に言ったもの
・くしゃみの擬声語の名詞化
・「糞食め(くそはめ)」が変化したものであるという説などがある。
上記のように、中世の日本ではくしゃみをした人、またはその近くにいた人が「くさめ」と言う習慣があった。1330年頃(鎌倉時代)に吉田兼好により書かれた『徒然草』の第47段には、
< ある人清水へまゐり(参り)けるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、「嚔(くさめ)、嚔」といひもて行きたれば、「尼御前、何事をかくは宣(のたま)ふぞ」と問ひけれども、應(こた)へもせず、猶いひ(なほ言い)止まざりけるを、度々(たびたび)とはれ(問はれ)て、うち腹だちて、「やゝ、鼻ひたる時、かく呪(まじな)はねば死ぬるなりと申せば、養ひ(やしなった)君(貴族の子)の、比叡の山に兒(ちご)にておはしますが、たゞ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかし」と言ひけり。/ あり難き志なりけんかし。> という記述がある。
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枕草子の例ではないが、先日、ある会場でくしゃみしたとき、口元にハンカチをあててさえぎることを忘れ、隣りの参加者に不快な気分をさせてしまったようで、思い返してはマナーの悪さにいまだに内心ざわつく。
2019年10月7日月曜日
ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-2
朝方のヒンヤリした涼しさと、昼間の陽射しの暖かさとの落差に驚く。秋は確実に深まった。町を歩けば、来年のカレンダーが店頭に並んでいたり、あるいは町の貴重な本屋が店仕舞いしたり、あっけない変化に気付かされる。
市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」の2回目の今日は、時代の変化を捉える経済史の立場から「資本主義経済興隆と成熟においてユダヤ人の果たした役割」について、学習院大学准教授の竹原有吾氏の解説があった。
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
ユダヤ人の、中世から資本主義興隆(すなわち都市経済から国民経済へと規模を拡大する)までの経済活動を、ドイツ(プロイセン)の歴史(18~19c)を通じて追った。
① 中世都市の中での経済発展として商業ギルドの形成
・キリスト教社会へと変化する中で、都市部でユダヤ教徒も金融面で発展する
② 宮廷商人として国王(王朝)に認められる
・国際ネットワークを通じて、絹織物などの交易に従事する(重商主義の時代)
③ 啓蒙思想による立場の変化・確立
・裕福なユダヤ商人(宮廷商人のユダヤ教徒など)は、(特権を持つ)キリスト教徒とほぼ対等な権利を持った(1812年)
・ナポレオン戦争の戦費や賠償金の調達へ関与する
・商業ギルドを解散して、ベルリンの商業会議所へ参加する(1820年)
④ 工業化への進展
・鉄道建設(背景となる産業勃興を含めて)のため、信用銀行を設立する(19c半ば)
「まとめとして、ユダヤ教徒は経済活動の担い手の宗教を問わない国民経済の形成・発展に向けて努める中で、結果的に会社や銀行の経営者として(すなわち経営者の役員にユダヤ教徒が多くなって)経済的に目立って活躍することになる」
(感想)
歴史の中で「国家」という言葉ひとつにしても、現在の意味での「国家」とは大いに違うわけで、漠然と聞いていると読み違えることになる。
・国王(王朝)が、ユダヤ人の金融を使うメリットはどこにあったのか?
- 国民(キリスト教徒)の金融を利用しない理由は?
- 従って、ユダヤ教徒はどのようにして王権へ取入ったのか?
・経済史ならば、ユダヤ教徒が持つ金融力を<数字>で示して欲しかった。
市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」の2回目の今日は、時代の変化を捉える経済史の立場から「資本主義経済興隆と成熟においてユダヤ人の果たした役割」について、学習院大学准教授の竹原有吾氏の解説があった。
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
ユダヤ人の、中世から資本主義興隆(すなわち都市経済から国民経済へと規模を拡大する)までの経済活動を、ドイツ(プロイセン)の歴史(18~19c)を通じて追った。
① 中世都市の中での経済発展として商業ギルドの形成
・キリスト教社会へと変化する中で、都市部でユダヤ教徒も金融面で発展する
② 宮廷商人として国王(王朝)に認められる
・国際ネットワークを通じて、絹織物などの交易に従事する(重商主義の時代)
③ 啓蒙思想による立場の変化・確立
・裕福なユダヤ商人(宮廷商人のユダヤ教徒など)は、(特権を持つ)キリスト教徒とほぼ対等な権利を持った(1812年)
・ナポレオン戦争の戦費や賠償金の調達へ関与する
・商業ギルドを解散して、ベルリンの商業会議所へ参加する(1820年)
④ 工業化への進展
・鉄道建設(背景となる産業勃興を含めて)のため、信用銀行を設立する(19c半ば)
「まとめとして、ユダヤ教徒は経済活動の担い手の宗教を問わない国民経済の形成・発展に向けて努める中で、結果的に会社や銀行の経営者として(すなわち経営者の役員にユダヤ教徒が多くなって)経済的に目立って活躍することになる」
(感想)
歴史の中で「国家」という言葉ひとつにしても、現在の意味での「国家」とは大いに違うわけで、漠然と聞いていると読み違えることになる。
・国王(王朝)が、ユダヤ人の金融を使うメリットはどこにあったのか?
- 国民(キリスト教徒)の金融を利用しない理由は?
- 従って、ユダヤ教徒はどのようにして王権へ取入ったのか?
・経済史ならば、ユダヤ教徒が持つ金融力を<数字>で示して欲しかった。
2019年10月6日日曜日
お月見のつどい
今朝の9時前、いっとき激しい雨音がしてどうなることかと案じた。しかしすぐに静まった。後で気象庁の時間ごと降水量データを見て驚く・・・なんと近隣街の同時刻の降水量が「0mm」なのだ。わが家を叩いた雨音は、まさに局地性の土砂降りだったようだ。
その後、鈍よりして今にも降り出しそうな空模様の昼過ぎ、市民向けお話し会が主催する「江戸かな文字」についての催しに出かけた。平安時代に生み出された「かな」の書体は300字近くあったという。今回話題にされた江戸期にどれくらいの種類があったかは判定しにくいとのこと・・・書き手によって様々な表現があったからという。そこで、明治33年(1900年)に(小学校令施行規則により)「ひらがな」が制定されることになる。
(今回は、江戸の読みやすい「草紙」をサンプルにしての解読が中心だったが・・・)
お話し会の後、公園で開かれた「お月見のつどい」(写真)と、園内にあるコスモス畑の様子を見に行く。月齢7.4の上弦の月が浮かぶはずの夕方(あいかわらずの曇り空で見られない)、「お月見のつどい」は写真の通り家族連れであふれ、屋台も並んで、祭り気分は大盛況だった。
その後、鈍よりして今にも降り出しそうな空模様の昼過ぎ、市民向けお話し会が主催する「江戸かな文字」についての催しに出かけた。平安時代に生み出された「かな」の書体は300字近くあったという。今回話題にされた江戸期にどれくらいの種類があったかは判定しにくいとのこと・・・書き手によって様々な表現があったからという。そこで、明治33年(1900年)に(小学校令施行規則により)「ひらがな」が制定されることになる。
(今回は、江戸の読みやすい「草紙」をサンプルにしての解読が中心だったが・・・)
お話し会の後、公園で開かれた「お月見のつどい」(写真)と、園内にあるコスモス畑の様子を見に行く。月齢7.4の上弦の月が浮かぶはずの夕方(あいかわらずの曇り空で見られない)、「お月見のつどい」は写真の通り家族連れであふれ、屋台も並んで、祭り気分は大盛況だった。
祭り会場から「コスモス畑」まで行けば、まだ7分咲きのよう。すでに辺りはすっかり薄暗くなってしまっていて、鑑賞はまたの機会にしたい。
2019年10月5日土曜日
ラグビー戦とにわかファン
今回の「ラグビー・ワールドカップ」で、急に目覚めたわけでもない。世間の熱気に同調しているに過ぎないくらいは自覚している。相変わらずの<にわかファン>は、今晩もテレビ画面で「日本-サモワ」の試合に見入ってしまった。
本当なら、火山に関心があるので、同時刻のNHKの「ブラタモリ」で今晩放送の「浅間山 ~江戸時代の大噴火!衝撃の1日に何があった?~」を見たかったが、ラグビーの試合とかぶさり断念した。あいにく録画装置もないので再放送を期待したい。
(本ブログ関連:”火山”)
というわけで、ラグビーの試合観戦に集中した。<にわかファン>は、ルールにうとく、解説者の説明や画面表示がなければ、試合運びの見当がつかない。それでも見ているうちに、何となく進行具合が分かったような気になる・・・ものだ。少なくとも、トライ、ペナルティーゴール、スクラムくらいは素人でも分かる・・・その範囲で声が出る。特に試合最終時、スクラムで時間が延長する理由が分からぬまま、その攻防に一番盛り上がった。
念のため、読売新聞の記事「4トライで日本がサモアに快勝、8強入りへ前進」(10/05 21:25)*で、きちんと結果を整理させていただく。(抜粋)
(*)記事: https://www.yomiuri.co.jp/rugbyworldcup/20191005-OYT1T50265/
---------------------------------
ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、グループリーグ(GL)A組の日本代表は5日、愛知・豊田スタジアムでサモア(勝ち点5)と対戦、38―19(前半16ー9)で3連勝を飾った。4トライ以上に与えられるボーナスポイントも獲得し勝ち点を14に伸ばし、アイルランド(勝ち点11)を抜き、A組首位に躍り出た。
---------------------------------
ラグビーは、体をぶつけ合うスポーツで、審判の判定に従いルールを守る。一方で審判への強硬なアピールつつしむといった、スポーツマン精神が清清しい。時代風潮に逆らう表現をすれば、これこそ男のスポーツと思う次第。
本当なら、火山に関心があるので、同時刻のNHKの「ブラタモリ」で今晩放送の「浅間山 ~江戸時代の大噴火!衝撃の1日に何があった?~」を見たかったが、ラグビーの試合とかぶさり断念した。あいにく録画装置もないので再放送を期待したい。
(本ブログ関連:”火山”)
というわけで、ラグビーの試合観戦に集中した。<にわかファン>は、ルールにうとく、解説者の説明や画面表示がなければ、試合運びの見当がつかない。それでも見ているうちに、何となく進行具合が分かったような気になる・・・ものだ。少なくとも、トライ、ペナルティーゴール、スクラムくらいは素人でも分かる・・・その範囲で声が出る。特に試合最終時、スクラムで時間が延長する理由が分からぬまま、その攻防に一番盛り上がった。
念のため、読売新聞の記事「4トライで日本がサモアに快勝、8強入りへ前進」(10/05 21:25)*で、きちんと結果を整理させていただく。(抜粋)
(*)記事: https://www.yomiuri.co.jp/rugbyworldcup/20191005-OYT1T50265/
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ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、グループリーグ(GL)A組の日本代表は5日、愛知・豊田スタジアムでサモア(勝ち点5)と対戦、38―19(前半16ー9)で3連勝を飾った。4トライ以上に与えられるボーナスポイントも獲得し勝ち点を14に伸ばし、アイルランド(勝ち点11)を抜き、A組首位に躍り出た。
---------------------------------
ラグビーは、体をぶつけ合うスポーツで、審判の判定に従いルールを守る。一方で審判への強硬なアピールつつしむといった、スポーツマン精神が清清しい。時代風潮に逆らう表現をすれば、これこそ男のスポーツと思う次第。
2019年10月4日金曜日
キバナコスモス
東西に広がる都営「小金井公園」は、都内最大の国営「昭和記念公園」に次ぐ規模といわれる。日頃、よく訪れるとはいえ、園内を散策するに省略がある。きょうは普段あまり廻ることのない西側入口まで歩を伸ばしたところ、その付近にオレンジ色のコスモスの花が一面に咲いていた。
辺りは同じコスモスなので、人手を使って植えたのだろう。品種について掲示がなかったので、後でGoogle画像検索したところ、どうやら(園芸品種のひとつの)「キバナコスモス」のようだ。<日陰よりも充分な日照> のある場所に向いているという。まことに健康な花といえる。
辺りは同じコスモスなので、人手を使って植えたのだろう。品種について掲示がなかったので、後でGoogle画像検索したところ、どうやら(園芸品種のひとつの)「キバナコスモス」のようだ。<日陰よりも充分な日照> のある場所に向いているという。まことに健康な花といえる。
ところで、「コスモス」が、メキシコ高原地帯原産の花であること、学名に「コスモス属 Cosmos)」が使われていることなど知られている。けれど、原産地メキシコで、地元インディオの人びとがどのように呼んでいたのか知らない。博物学が持つもう一つの側面である。
この時期になると、公園北東にコスモスを大量に植え付けた畑地が出現して、さまざまな色合いに染まったコスモスが風にそよぐ美しいさまを見ることができる。
いつも後になって気付くのだが、そちらもきょう見てくればよかった。まだ間に合うだろうか、それともこれからだろうか。
ちょうど、「建物園」前の広場で、テントを多数建ててイベントの準備をしていた。「お月見のつどい」が、5日(土)と6日(日)両日開催される。それに合わせてコスモス畑の様子も確認してこよう。
2019年10月3日木曜日
自然観察園の「曼珠沙華(ヒガンバナ)」
昨日、「自然観察園」を囲う金網越しに、「曼珠沙華(ヒガンバナ 彼岸花)」の紅い花が群がっているのが見えた。もう一度直接見たく、今日、同園を訪れた。入り口に向かう道筋に沿って流れる小川の川面は、温い陽射しを反射する。随分と暖かく感じる。そして、平日の昼過ぎなのに人出も多い。
(本ブログ関連:”曼珠沙華”、”自然観察園”)
自然観察園に入ると、いつものように野草や木々が迎える。すぐに、低木の枝先に小さな紫色の実を集めた「コムラサキ」や、その変種で白色の実の「シロミノコムラサキ」が目に飛び込む。
観察園の遊歩道を西側へ進むと、木立の陰の下に真っ赤な曼珠沙華の花が一面ぎっしりと密集している咲いているエリアに着く。圧倒されるような曼珠沙華の花の広がりだ。
既視感があって、ここをさらに大規模に広げた、埼玉県日高市にある「巾着田」の光景だ。一方、観察園は小とはいえ曼珠沙華の咲き振りは、巾着田と違わぬほど。鑑賞にはむしろこれで十分かもしれない。気をせいて撮影に熱中するのを自制した。目にしっかり焼き付けておきたいと思ったからだ。
(本ブログ関連:”曼珠沙華”、”自然観察園”)
自然観察園に入ると、いつものように野草や木々が迎える。すぐに、低木の枝先に小さな紫色の実を集めた「コムラサキ」や、その変種で白色の実の「シロミノコムラサキ」が目に飛び込む。
観察園の遊歩道を西側へ進むと、木立の陰の下に真っ赤な曼珠沙華の花が一面ぎっしりと密集している咲いているエリアに着く。圧倒されるような曼珠沙華の花の広がりだ。
既視感があって、ここをさらに大規模に広げた、埼玉県日高市にある「巾着田」の光景だ。一方、観察園は小とはいえ曼珠沙華の咲き振りは、巾着田と違わぬほど。鑑賞にはむしろこれで十分かもしれない。気をせいて撮影に熱中するのを自制した。目にしっかり焼き付けておきたいと思ったからだ。
2019年10月2日水曜日
(雑談)曼珠沙華
この時期、公園や垣根に、遠目でもその存在をくっきり示す「曼珠沙華」(彼岸花:ヒガンバナ)に出会ったりすると、或る種の緊張を感じるものだ。真赤に染まった花冠の美しい立ち姿とは別に、どこか妖艶な雰囲気があり、<彼岸花>の名から不吉な連想まで合わせ持つ。
(本ブログ関連:”曼珠沙華”)
先日のブログに、小学校の垣根に誰が植えたか曼珠沙華が咲いているのを昨年見たが、今年はまだないと記した。しかし時期を見誤ったようで、今年も昨年に増してしっかり咲いていた。誰かが気を回して抜いたのではないかと早とちりしたようだ。
歌に曼珠沙華の詞がある。「赤い花なら 曼珠沙華 / 阿蘭陀屋敷に 雨が降る」で始まる、由利あけみの「長崎物語」(作詩:梅木三郎、作曲:佐々木俊一、1939年/昭和14年)を直ぐに思い出す。対して、石川さゆりの「天城越え」(作詞:吉岡治、作曲:弦哲也、1986年/昭和61年)に、曼珠沙華の詞があると思い込んでいたがそうではなかった。「山が燃える」から連想してしまったからか、石川さゆりの歌にすっかり酔いしれたからだろうか。
曼珠沙華の花が群生する、埼玉県日高市にある「巾着田」は今が最盛期で、見ごろはあと数日とのこと・・・行ってみようか。実は今日、公園の脇を通り抜けたとき、曼珠沙華が木陰で、いままで見たことのない広がりで咲いているのが見えた。むしろこちらに明日出かけようかと思案する。
(本ブログ関連:”曼珠沙華”)
先日のブログに、小学校の垣根に誰が植えたか曼珠沙華が咲いているのを昨年見たが、今年はまだないと記した。しかし時期を見誤ったようで、今年も昨年に増してしっかり咲いていた。誰かが気を回して抜いたのではないかと早とちりしたようだ。
歌に曼珠沙華の詞がある。「赤い花なら 曼珠沙華 / 阿蘭陀屋敷に 雨が降る」で始まる、由利あけみの「長崎物語」(作詩:梅木三郎、作曲:佐々木俊一、1939年/昭和14年)を直ぐに思い出す。対して、石川さゆりの「天城越え」(作詞:吉岡治、作曲:弦哲也、1986年/昭和61年)に、曼珠沙華の詞があると思い込んでいたがそうではなかった。「山が燃える」から連想してしまったからか、石川さゆりの歌にすっかり酔いしれたからだろうか。
曼珠沙華の花が群生する、埼玉県日高市にある「巾着田」は今が最盛期で、見ごろはあと数日とのこと・・・行ってみようか。実は今日、公園の脇を通り抜けたとき、曼珠沙華が木陰で、いままで見たことのない広がりで咲いているのが見えた。むしろこちらに明日出かけようかと思案する。
2019年10月1日火曜日
(資料)「フラップター」
正直、熱心なジブリ・ファンではなくて、長編アニメ「天空の城ラピュタ」は未見のままであるが、そこに登場した虫のように羽を駆動して飛翔する乗り物「フラップター」(羽ばたき飛行機)を、模型にして飛ばしている方(Kazuhiko Kakuta氏)がいる。これまでその様子を公開されたYoutubeに、飛行を実現したことへの賞賛のコメントがあふれている。
電動モーターによる駆動のようだが、どのような制御をしているのか・・・飛行の方向転換にあたって、底部にある舵のようなものでなのか、あるいは羽ごとに速度調整したりしているのかなど・・・(素人ながら)知りたいことがいっぱいある。
(Youtubeに登録のKazuhiko Kakutaに感謝)
部外者(素人)が口にするのははばかれるが、もし可能ならトンボのように空中ホバリングできたら楽しいだろうなと思う。何でも作ってしまう方なので、空中で後進するものとか、さらには今回模型だが、人の搭乗できるものとか・・・・なんて勝手なことを想像してしまう。
ところで、同じジブリの長編「風の谷のナウシカ」に登場した「メーヴェ」を実機化(人の搭乗を可能に)した事例を以前の本ブログに記したことがある。
(本ブログ関連:”メーヴェ”)
電動モーターによる駆動のようだが、どのような制御をしているのか・・・飛行の方向転換にあたって、底部にある舵のようなものでなのか、あるいは羽ごとに速度調整したりしているのかなど・・・(素人ながら)知りたいことがいっぱいある。
(Youtubeに登録のKazuhiko Kakutaに感謝)
部外者(素人)が口にするのははばかれるが、もし可能ならトンボのように空中ホバリングできたら楽しいだろうなと思う。何でも作ってしまう方なので、空中で後進するものとか、さらには今回模型だが、人の搭乗できるものとか・・・・なんて勝手なことを想像してしまう。
ところで、同じジブリの長編「風の谷のナウシカ」に登場した「メーヴェ」を実機化(人の搭乗を可能に)した事例を以前の本ブログに記したことがある。
(本ブログ関連:”メーヴェ”)
2019年9月30日月曜日
ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-1
今年4月~7月にかけて開催された市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」*の後期編にあたる、第2部(9月30日~来年1月)の講座が今日から始まった。久し振りに会場に着いて驚いた。開講30分前というに、今回も前回同様にすしずめ状態だったのだ。潜り込むようにして着席した。(講師の方も盛況振りに感心していたことはいうまでもない)
(*)市民講座の正式名称:「ユダヤ人、ユダヤ教、イスラエル」
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
平日昼過ぎもあって、講座の参加者は高齢者ばかり。よく、来日した欧米人が空港の入国審査の列を見て <何と黒髪が多いことか> と感心するという。今回の市民講座の場合は、さしずめ <何と白髪が多いことか> といったところだろう。
前編にあたる講演(6/17)「オスマン帝国 のユダヤ人とユダヤ神秘主義:ユダヤ社会の変容」で <シャブタイ派のメシア運動> を解説された東京理科大学講師 山本伸一氏から、今回は(趣向を変えて?)「日本におけるユダヤ人論の系譜、ユダヤ人イメージの変遷」について紹介された。
最初に、講師の山本氏から「歴史」について次のようなポイントが語られた。薀蓄に富んできわめて納得できる気がする。
---------------------------------------------
歴史は事実の集積ではない。歴史は思惑の化合物である。
---------------------------------------------
(これってインテリジェンスの鉄則「情報源に決して惚れ込んではならない」に通じる)
① 1930~40年代の日本人のユダヤ観
・1937年:「オトポール事件」、 樋口季一郎(陸軍少将:当時)によるユダヤ人へ土地を与える検討
・1930年代後半:「河豚(ふぐ)計画」、満州にユダヤ人を移住させる計画
・満鉄調査部:「米国猶太人社会とその団体」など
② ユダヤ人について書かれた日本での書物・人物
・1872年:「西洋今昔袖(そで)鏡」(百科事典に記載)>国会図書館デジタルコレクション
・内村鑑三:< 2つのJ >(JapanとJesus)
・矢内原忠雄: シオニズムへの関心
③ その他人物列伝
・酒井勝軍
・ニコラス・マクラウド(別名 Norman McLead)
・佐伯好郎
(*)市民講座の正式名称:「ユダヤ人、ユダヤ教、イスラエル」
(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)
平日昼過ぎもあって、講座の参加者は高齢者ばかり。よく、来日した欧米人が空港の入国審査の列を見て <何と黒髪が多いことか> と感心するという。今回の市民講座の場合は、さしずめ <何と白髪が多いことか> といったところだろう。
前編にあたる講演(6/17)「オスマン帝国 のユダヤ人とユダヤ神秘主義:ユダヤ社会の変容」で <シャブタイ派のメシア運動> を解説された東京理科大学講師 山本伸一氏から、今回は(趣向を変えて?)「日本におけるユダヤ人論の系譜、ユダヤ人イメージの変遷」について紹介された。
最初に、講師の山本氏から「歴史」について次のようなポイントが語られた。薀蓄に富んできわめて納得できる気がする。
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歴史は事実の集積ではない。歴史は思惑の化合物である。
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(これってインテリジェンスの鉄則「情報源に決して惚れ込んではならない」に通じる)
① 1930~40年代の日本人のユダヤ観
・1937年:「オトポール事件」、 樋口季一郎(陸軍少将:当時)によるユダヤ人へ土地を与える検討
・1930年代後半:「河豚(ふぐ)計画」、満州にユダヤ人を移住させる計画
・満鉄調査部:「米国猶太人社会とその団体」など
② ユダヤ人について書かれた日本での書物・人物
・1872年:「西洋今昔袖(そで)鏡」(百科事典に記載)>国会図書館デジタルコレクション
・内村鑑三:< 2つのJ >(JapanとJesus)
・矢内原忠雄: シオニズムへの関心
③ その他人物列伝
・酒井勝軍
・ニコラス・マクラウド(別名 Norman McLead)
・佐伯好郎
2019年9月29日日曜日
シャボン玉ホリデー
昔、日曜日の夕方といえば、牛乳石鹸提供のテレビ音楽バラエティ番組「シャボン玉ホリデー」を見るのが決まりだった。ジャズ演奏に長けながらも(その後に続くテレビコントの原形ともいえる)ギャグも展開する「ハナ肇(はじめ)とクレージーキャッツ」と、和製(日本語にカバーした)ポップスを歌う双子姉妹の「ザ・ピーナッツ」を中心に進んだ。
クレージーキャッツに「植木等(ひとし)」という人気タレントがいて、(昔は座敷に鎮座した)テレビのブラウン管の前で、彼のギャグに子どもたちは親のそばで笑い転げたものだ。彼らクレージーキャッツの芸は、テレビが普及する新しい時代に合わせて登場した模索の芸だったのかもしれない。
思い起こせば、クレージーキャッツの芸は、当時の視聴者(つまり家族の団欒)を<笑いに包む>といったものだったと思う。その後、テレビの放送時間や局数が増えて互いに競い合う中で、お笑い番組も細分化していくことになる。電化製品が家電から個電に変わっていくようにお笑い芸も変質した。
ところで、シャボン玉ホリデーの番組の終わりに、決まってザ・ピーナッツの二人が「スターダスト」を歌う。すると後ろから、ハナ肇や植木等たちが登場して、ピントのはずれた今でいう<おやじギャグ>風の語り始めるや、ピーナッツの二人に肘鉄を喰らうといった落ちがあった。子どもたちは、それを期待していた。
(Youtube映像の 1:02ごろからエンディングテーマ「スターダスト」が始まる)
(Youtubeに登録のukikusajiromovie12に感謝)
クレージーキャッツに「植木等(ひとし)」という人気タレントがいて、(昔は座敷に鎮座した)テレビのブラウン管の前で、彼のギャグに子どもたちは親のそばで笑い転げたものだ。彼らクレージーキャッツの芸は、テレビが普及する新しい時代に合わせて登場した模索の芸だったのかもしれない。
思い起こせば、クレージーキャッツの芸は、当時の視聴者(つまり家族の団欒)を<笑いに包む>といったものだったと思う。その後、テレビの放送時間や局数が増えて互いに競い合う中で、お笑い番組も細分化していくことになる。電化製品が家電から個電に変わっていくようにお笑い芸も変質した。
ところで、シャボン玉ホリデーの番組の終わりに、決まってザ・ピーナッツの二人が「スターダスト」を歌う。すると後ろから、ハナ肇や植木等たちが登場して、ピントのはずれた今でいう<おやじギャグ>風の語り始めるや、ピーナッツの二人に肘鉄を喰らうといった落ちがあった。子どもたちは、それを期待していた。
(Youtube映像の 1:02ごろからエンディングテーマ「スターダスト」が始まる)
(Youtubeに登録のukikusajiromovie12に感謝)
2019年9月28日土曜日
「こうのとり」(8号機)無事ISSに到着
25日午前1時5分に「種子島宇宙センター」から「H-IIBロケット」(8号機)により打ち上げられた、宇宙ステーション補給機「こうのとり(HTV*)」(8号機)は、今晩(8時13分)「国際宇宙ステーション(ISS)」に到着し、無事キャプチャー(把持)された。キャプチャー コンプリート!
(*)HTV: H-II Transfer Vehicle
昨年末(2018/12/1)、「JAXA筑波宇宙センター」の一般公開展示の「こうのとり」(実機モデル)を見学して、その余りの大きさに驚嘆した。積載重量(ペイロード)は、最大約6.0tといわれている。なるほど、打ち上げに「H2Bロケット」を要するのも素人ながら・・・感覚的でしかないが納得した。しかも、宇宙で微妙に航行(移動)制御できるという実は凄い能力を持っている。
(本ブログ関連:”こうのとり”)
日本経済新聞(共同通信)の記事「こうのとり 8号機、宇宙ステーションに到着」**(9/28 22:05)によれば、ISS側ロボットアームにより把持されたと次のように報じている。
(**)記事: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50359790Y9A920C1CZ8000/
------------------------------------------------
・高度約400キロの「国際宇宙ステーション(ISS)」に物資を運ぶ「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」の無人補給機「こうのとり」8号機が28日午後8時13分、ステーションに到着した。滞在中の宇宙飛行士がロボットアームを操作しキャッチした。これまで連続8回の輸送に成功したことになる。
[写真](国際宇宙ステーションに到着した「こうのとり」8号機。左下からステーションのロボットアームが伸びている=NASA提供・共同)
・補給機は鹿児島県の種子島宇宙センターから25日に打ち上げられ、JAXA筑波宇宙センターの制御で徐々に高度を上げた。最後にはISSと同じ速度で飛行することで速度差をなくし、約10メートルの距離まで接近。長さ17.6メートルのロボットアームが補給機をつかんだ。
・補給機は食料品やバッテリー、実験装置など約5.3トンの物資を搭載。ステーションに取り付けた後、飛行士が荷物を搬出する。
〔共同〕
------------------------------------------------
(把持の模様は、Youtube映像の29分ごろ)
(Youtubeに登録のJAXA | 宇宙航空研究開発機構に感謝)
(付記) ラグビーWカップ
日本が、優勝候補のアイルランドを19対12で破った。にわかファンにもなれない素人にとって、凄いと思うし、凄いことなのだろうと推測する。これから、テレビ解説を聞いてその凄さを理解しよう。
(*)HTV: H-II Transfer Vehicle
昨年末(2018/12/1)、「JAXA筑波宇宙センター」の一般公開展示の「こうのとり」(実機モデル)を見学して、その余りの大きさに驚嘆した。積載重量(ペイロード)は、最大約6.0tといわれている。なるほど、打ち上げに「H2Bロケット」を要するのも素人ながら・・・感覚的でしかないが納得した。しかも、宇宙で微妙に航行(移動)制御できるという実は凄い能力を持っている。
(本ブログ関連:”こうのとり”)
日本経済新聞(共同通信)の記事「こうのとり 8号機、宇宙ステーションに到着」**(9/28 22:05)によれば、ISS側ロボットアームにより把持されたと次のように報じている。
(**)記事: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50359790Y9A920C1CZ8000/
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・高度約400キロの「国際宇宙ステーション(ISS)」に物資を運ぶ「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」の無人補給機「こうのとり」8号機が28日午後8時13分、ステーションに到着した。滞在中の宇宙飛行士がロボットアームを操作しキャッチした。これまで連続8回の輸送に成功したことになる。
[写真](国際宇宙ステーションに到着した「こうのとり」8号機。左下からステーションのロボットアームが伸びている=NASA提供・共同)
・補給機は鹿児島県の種子島宇宙センターから25日に打ち上げられ、JAXA筑波宇宙センターの制御で徐々に高度を上げた。最後にはISSと同じ速度で飛行することで速度差をなくし、約10メートルの距離まで接近。長さ17.6メートルのロボットアームが補給機をつかんだ。
・補給機は食料品やバッテリー、実験装置など約5.3トンの物資を搭載。ステーションに取り付けた後、飛行士が荷物を搬出する。
〔共同〕
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(把持の模様は、Youtube映像の29分ごろ)
(Youtubeに登録のJAXA | 宇宙航空研究開発機構に感謝)
(付記) ラグビーWカップ
日本が、優勝候補のアイルランドを19対12で破った。にわかファンにもなれない素人にとって、凄いと思うし、凄いことなのだろうと推測する。これから、テレビ解説を聞いてその凄さを理解しよう。
2019年9月27日金曜日
飛行機雲
線状の雲を吐きながら高空を飛んでいる飛行機に気付いたとき、ついしばらく見続けるものだ。それを見上げる子どもは、大いにはしゃぐかもしれない。大人ならどうだろうか。
今朝方、ウィークデイの早朝番組「シャキット!」(tvk、テレ玉、チバテレの3局ネット)で、気象予報士(竹下愛実さん)が「飛行機雲」について絵入りで説明された。
a. 空気中に湿気が多いとき、飛行機雲の形がはっきり見える
b. 飛行機のエンジン数にしたがって、飛行機雲の本数が決まる
c. 太陽の位置と近くにある場合、飛行機雲に虹色に輝く「彩雲」が見える
(本ブログ関連:”飛行機雲 ー ①、②、③”)
飛行機雲は、ひとを引き付け空へ誘うポエチックなようであるが、気象との関係からいえば、雲がくっきり見えるほど後々の空模様はかんばしくないという。
ところで、上記にあげられた「彩雲」には旧海軍の偵察機の名にもあって、機体の美しさから「タロン(T-38)」、「フランカー(Su-27)」と合わせて興味深い航空機だ。
(本ブログ関連:”飛行機”)
飛行機雲の言葉から、荒井由美(松任谷由美)の「ひこうき雲」(1973年)とそれを主題歌として採り入れた宮崎駿の長編アニメ「風たちぬ」(2013年)を忘れることはできない。
(Youtubeに登録のc22mmt7yyに感謝)
今朝方、ウィークデイの早朝番組「シャキット!」(tvk、テレ玉、チバテレの3局ネット)で、気象予報士(竹下愛実さん)が「飛行機雲」について絵入りで説明された。
a. 空気中に湿気が多いとき、飛行機雲の形がはっきり見える
b. 飛行機のエンジン数にしたがって、飛行機雲の本数が決まる
c. 太陽の位置と近くにある場合、飛行機雲に虹色に輝く「彩雲」が見える
(本ブログ関連:”飛行機雲 ー ①、②、③”)
飛行機雲は、ひとを引き付け空へ誘うポエチックなようであるが、気象との関係からいえば、雲がくっきり見えるほど後々の空模様はかんばしくないという。
ところで、上記にあげられた「彩雲」には旧海軍の偵察機の名にもあって、機体の美しさから「タロン(T-38)」、「フランカー(Su-27)」と合わせて興味深い航空機だ。
(本ブログ関連:”飛行機”)
飛行機雲の言葉から、荒井由美(松任谷由美)の「ひこうき雲」(1973年)とそれを主題歌として採り入れた宮崎駿の長編アニメ「風たちぬ」(2013年)を忘れることはできない。
(Youtubeに登録のc22mmt7yyに感謝)
2019年9月26日木曜日
(資料)対談「わしらを育てた闇市の流儀」
哲学者木田元氏(きだ げん、1928年~2014年)とジャーナリスト徳岡孝夫氏(とくおか たかお、1930年~)の対談「わしらを育てた闇市の流儀」が雑誌「文芸春秋」(2014年9月号)に掲載されている。
木田元氏は、2014年8月16日に亡くなられている。上記雑誌の実質の発行時期と重なることになる。当然ながら、対談自体はそれ以前に行なわれたのだろうけど。
対談では終戦直後の「闇市」の経験が語られるが、語りはいたって飄々とした体であり、却って気負いのなさに真実が伝わる感がする。なにしろ、当時の若き木田氏の身過ぎ世過ぎときたらピカレスク小説をほうふつさせるのだから驚愕する。
(本ブログ関連:”戦争”)
いきなり余談だが、わたしが若いころ新聞記者だった方から聞いた話に、戦時中の一高出身の東大(旧制第一高等学校・旧制東京帝国大学)の理学系学生は、学徒動員をまぬがれて軽井沢に温存されていたという。まさに記者当人の話であり直接聞いたことだ。
一方、戦時中・終戦後をようやく生き延びた若き木田氏は、超エリートたちのような待遇を望むべくもない厳しい環境に置かれていたわけで、生きるための知恵のかぎり振り絞っていた。
上記対談の最終のテーマ「戦争体験は伝わるか」で語られた、木田、徳岡両氏の発言を次に記載させていただく。(抜粋)
---------------------------------------
【木田】 戦後、時間が経つにつれ、戦争体験という言葉がしきりに言われますよね。そして「戦争体験が伝わらない」という。
でも、私は、戦争体験を伝えるということ自体が無理なんじゃないかと思うようになっているんです。数年前に「戦争と文学」(集英社)という戦争にかかわる文学作品を集めた全集が刊行されました。これを読むと、どうもそれぞれの世代がそれぞれのやり方で、自分たちの戦争体験みたいなものを作っているように感じたんです。
【徳田】 どういうことですか?
【木田】 つまり「これが正しい戦争体験だ」なんてあり得ないような気がするんです。全集の中のどの作品が戦争体験を正確に伝えているか、検証できる性質のものではないのです。
「戦争と文学」でいえば、編集委員は戦後五〇年代に生まれた方々ですから、私と感覚が違うのは当然なんです。先の戦争を知っている私たちだって、その前の日清戦争や日露戦争については、今の若い人と似たようなものでしょう。それはしょうがないことで、なにか訂正するといって何を基準に訂正していいのか。
ーーーーー
【徳岡】 来年は日本の終戦から七十年かもしれませんが、ベトナムの終戦からも四十年なんです。僕はあのときサイゴン(現・ホーチミン)にいて、日本の終戦に次いで二度目の終戦を見ました。
陥落を見届け、帰国してびっくりしたのは、あれほどベトナム、ベトナムと叫んで、デモだなんだと大騒ぎしていた日本人がまったく無関心になっていたこと。新聞も大型連休をどう過ごすか、なんてネタが紙面の大きなテーマになっている。アホらしくなりましたね。やっぱり、われわれは我が身に近い戦争しか見ていないんですよ。ある意味では、人間としてはそれで健康なのかもしれませんが。
【木田】 ですから、さも正解があるように「あの体験」というけれども、口にすると無責任な気がして仕方ないですね。・・・
ーーーーー
【徳岡】 歴史から教訓を得るというのは、必ずしも最良の手段ではないらしいですよ。
ーーーーー
---------------------------------------
婉曲に語られているようだが、戦争経験のない戦後生まれに戦争体験の意味を勝手に掠め取られていくようなおもい(危惧)がしてならないのではないか・・・と、そんな風に感じるのです。
木田元氏は、2014年8月16日に亡くなられている。上記雑誌の実質の発行時期と重なることになる。当然ながら、対談自体はそれ以前に行なわれたのだろうけど。
対談では終戦直後の「闇市」の経験が語られるが、語りはいたって飄々とした体であり、却って気負いのなさに真実が伝わる感がする。なにしろ、当時の若き木田氏の身過ぎ世過ぎときたらピカレスク小説をほうふつさせるのだから驚愕する。
(本ブログ関連:”戦争”)
いきなり余談だが、わたしが若いころ新聞記者だった方から聞いた話に、戦時中の一高出身の東大(旧制第一高等学校・旧制東京帝国大学)の理学系学生は、学徒動員をまぬがれて軽井沢に温存されていたという。まさに記者当人の話であり直接聞いたことだ。
一方、戦時中・終戦後をようやく生き延びた若き木田氏は、超エリートたちのような待遇を望むべくもない厳しい環境に置かれていたわけで、生きるための知恵のかぎり振り絞っていた。
上記対談の最終のテーマ「戦争体験は伝わるか」で語られた、木田、徳岡両氏の発言を次に記載させていただく。(抜粋)
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【木田】 戦後、時間が経つにつれ、戦争体験という言葉がしきりに言われますよね。そして「戦争体験が伝わらない」という。
でも、私は、戦争体験を伝えるということ自体が無理なんじゃないかと思うようになっているんです。数年前に「戦争と文学」(集英社)という戦争にかかわる文学作品を集めた全集が刊行されました。これを読むと、どうもそれぞれの世代がそれぞれのやり方で、自分たちの戦争体験みたいなものを作っているように感じたんです。
【徳田】 どういうことですか?
【木田】 つまり「これが正しい戦争体験だ」なんてあり得ないような気がするんです。全集の中のどの作品が戦争体験を正確に伝えているか、検証できる性質のものではないのです。
「戦争と文学」でいえば、編集委員は戦後五〇年代に生まれた方々ですから、私と感覚が違うのは当然なんです。先の戦争を知っている私たちだって、その前の日清戦争や日露戦争については、今の若い人と似たようなものでしょう。それはしょうがないことで、なにか訂正するといって何を基準に訂正していいのか。
ーーーーー
【徳岡】 来年は日本の終戦から七十年かもしれませんが、ベトナムの終戦からも四十年なんです。僕はあのときサイゴン(現・ホーチミン)にいて、日本の終戦に次いで二度目の終戦を見ました。
陥落を見届け、帰国してびっくりしたのは、あれほどベトナム、ベトナムと叫んで、デモだなんだと大騒ぎしていた日本人がまったく無関心になっていたこと。新聞も大型連休をどう過ごすか、なんてネタが紙面の大きなテーマになっている。アホらしくなりましたね。やっぱり、われわれは我が身に近い戦争しか見ていないんですよ。ある意味では、人間としてはそれで健康なのかもしれませんが。
【木田】 ですから、さも正解があるように「あの体験」というけれども、口にすると無責任な気がして仕方ないですね。・・・
ーーーーー
【徳岡】 歴史から教訓を得るというのは、必ずしも最良の手段ではないらしいですよ。
ーーーーー
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婉曲に語られているようだが、戦争経験のない戦後生まれに戦争体験の意味を勝手に掠め取られていくようなおもい(危惧)がしてならないのではないか・・・と、そんな風に感じるのです。
2019年9月25日水曜日
プロペラカフェで昼食
歯科治療の後、すぐに食事ができないとのことで、快晴の天気に浮かれて「調布飛行場」まで散歩に行ってみることにした。休憩と昼飯は、いつものように飛行場隣接(正確には敷地内)の「プロペラカフェ」に寄るつもりだった。
(本ブログ関連:”調布飛行場”、”プロペラカフェ”)
公道から飛行場敷地に入るときゲートがあって、氏名と電話番号の記入を求められた。昨年からチェックが厳しくなったという。始めてのことで驚く(以前はフリーパスだったのに)・・・来年のオリンピックに向けて、セキュリティが強化されたのだろうか。
プロペラカフェの昼食時に、何を頼んだかうろ覚えだったので、運ばれてきたものに手をつけたところどうやら間違いで、急遽注文をそれに変更してもらう。なにしろ、わたしの気持ちはガラス戸越しの滑走路にあったのだから。
そのとき、ボディーにライトグリーンの横線が走る共立航空撮影の単発ターボプロップ機「セスナ208」 (JA8895) が飛び立つのが見えた。食事にじゅうぶん時間をかけて、他機の離発着の機会を待ったが、時間帯が塩梅よくなかったせいか見ることができなかった。その後、意外にも上記のセスナ208が着陸したのを見届けてカフェを出た。
飛行場敷地の隣りに続く公園を横断しているとき、飛行場南端の滑走路に新中央航空(NCA)の高翼双発機「ドルニエ228」が離陸待機しているのが見えた。合わせて、北側にある東邦航空の格納庫脇にTV朝日のマークのあるヘリコプター「ユーロコプターEC135」が着陸した。すぐさま、ドルニエ機が北へ向けて飛び立った。素早い変化ある場面を見せてもらった。
(本ブログ関連:”調布飛行場”、”プロペラカフェ”)
公道から飛行場敷地に入るときゲートがあって、氏名と電話番号の記入を求められた。昨年からチェックが厳しくなったという。始めてのことで驚く(以前はフリーパスだったのに)・・・来年のオリンピックに向けて、セキュリティが強化されたのだろうか。
プロペラカフェの昼食時に、何を頼んだかうろ覚えだったので、運ばれてきたものに手をつけたところどうやら間違いで、急遽注文をそれに変更してもらう。なにしろ、わたしの気持ちはガラス戸越しの滑走路にあったのだから。
そのとき、ボディーにライトグリーンの横線が走る共立航空撮影の単発ターボプロップ機「セスナ208」 (JA8895) が飛び立つのが見えた。食事にじゅうぶん時間をかけて、他機の離発着の機会を待ったが、時間帯が塩梅よくなかったせいか見ることができなかった。その後、意外にも上記のセスナ208が着陸したのを見届けてカフェを出た。
飛行場敷地の隣りに続く公園を横断しているとき、飛行場南端の滑走路に新中央航空(NCA)の高翼双発機「ドルニエ228」が離陸待機しているのが見えた。合わせて、北側にある東邦航空の格納庫脇にTV朝日のマークのあるヘリコプター「ユーロコプターEC135」が着陸した。すぐさま、ドルニエ機が北へ向けて飛び立った。素早い変化ある場面を見せてもらった。
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| EC135 |
2019年9月24日火曜日
知恵泉 - 大久保長安
NHKの番組に、肩のこらぬよう居酒屋風セットで歴史人物評する「知恵泉」*がある。今晩(22:00~22:45)視聴した。徳川創成期に家康の家臣として従った「大久保長安(ながやす/ちょうあん)」について、司会者と3人の話者**が出演した。
(*)https://www4.nhk.or.jp/chieizu/x/2019-09-24/31/32766/1494231/
(**)出演: 小説家真山仁、東京大学史料編纂所教授山本博文、ハードキャッスル エリザベス、司会新井秀和
江戸の歴史と鉱物趣味から、興味深い人物「大久保長安」を以前のブログで触れたことがある。上記番組では有能な人物として焦点をあてられたが、人間らしい別の面も浮かんでくるかもしれない・・・番組の最後にさらりと触れられたが。
(本ブログ関連:”八王子 - 千人同心”、”鉱山 - 山師”)
猿楽師の家に生まれた大久保長安は、いってみれば(武家としての背景がないことにより)裸一貫で、武田信玄から徳川家康の家臣として渡り歩き出世したようだ。この辺りの肝が座った強さもあって、あらたな都市計画や鉱山開発の使命を実現したのだろう。
① 八王子の街づくり
・砦の機能を合わせ持った商業都市をつくる
・防備に、旧武田の流れを持つ人脈による「八王子千人同心」をあてる
・治水に、旧武田の治水技術「信玄堤」を採用する
② 鉱山(金山・銀山)経営
・人の采配として、プロジェクトマネジャー「山師」を重用する
- 労働成果の分配に工夫する
・精錬技術として、「灰吹法」から「アマルガム法」を採用する
③ 一族の繁栄とその後の子孫の悲惨な終焉
・(もしかしたら、結局は歴史に利用されただけかもしれないが)
(*)https://www4.nhk.or.jp/chieizu/x/2019-09-24/31/32766/1494231/
(**)出演: 小説家真山仁、東京大学史料編纂所教授山本博文、ハードキャッスル エリザベス、司会新井秀和
江戸の歴史と鉱物趣味から、興味深い人物「大久保長安」を以前のブログで触れたことがある。上記番組では有能な人物として焦点をあてられたが、人間らしい別の面も浮かんでくるかもしれない・・・番組の最後にさらりと触れられたが。
(本ブログ関連:”八王子 - 千人同心”、”鉱山 - 山師”)
猿楽師の家に生まれた大久保長安は、いってみれば(武家としての背景がないことにより)裸一貫で、武田信玄から徳川家康の家臣として渡り歩き出世したようだ。この辺りの肝が座った強さもあって、あらたな都市計画や鉱山開発の使命を実現したのだろう。
① 八王子の街づくり
・砦の機能を合わせ持った商業都市をつくる
・防備に、旧武田の流れを持つ人脈による「八王子千人同心」をあてる
・治水に、旧武田の治水技術「信玄堤」を採用する
② 鉱山(金山・銀山)経営
・人の采配として、プロジェクトマネジャー「山師」を重用する
- 労働成果の分配に工夫する
・精錬技術として、「灰吹法」から「アマルガム法」を採用する
③ 一族の繁栄とその後の子孫の悲惨な終焉
・(もしかしたら、結局は歴史に利用されただけかもしれないが)
2019年9月23日月曜日
秋分の日 2019
きょうは、二十四節気の「秋分」と重なる、昼と夜の長さが同じという「秋分の日」。でも空は鈍く曇りときたま強風が吹き、台風(17号)の余波を感じる。祝日気分には遠いというか薄いようだ。
(本ブログ関連:”秋分の日”)
天体の動きから、実際は昼の時間が少しだけ長いという。ウェザーニュースの記事「二十四節気 / 『秋分』季節は少しずつ冬へ」*(9/23)は、きょうの日の出から日の入りまでの時間が、12時間9分という。つまり、9分だけ夜より長いことになる。
(*)記事: https://weathernews.jp/s/topics/201909/220055/
・昼の時間:12時間9分
・夜の時間:11時間52分
そのうえ大気の屈折で、地平線下の太陽が微妙な時間見えるため、更にもう少し長く感じることになるという・・・けれど、あいにくの曇り空。
ところで、今日を含めて今年も残り100日しかない。これから昼間は短くなるし、日めくりカレンダーも一枚はがすたび揺れが大きくなる。
街に出れば、何処のショーウィンドウも秋物ばかり。お洒落に敏感でないわたしでも、商品の色合いの変化には気付くというもの。そういえば公園の小川のそばで「赤とんぼ」を見かけた。もしかしたら「ウスバキトンボ」だったかも知れないが。
(本ブログ関連:”赤とんぼ”)
というわけで昨日につづき、ちあきなおみの「紅とんぼ」(吉田旺詞、船村徹曲、1988年)を聞こう。
(本ブログ関連:”紅とんぼ”)
(Youtubeに登録の392kidに感謝)
(本ブログ関連:”秋分の日”)
天体の動きから、実際は昼の時間が少しだけ長いという。ウェザーニュースの記事「二十四節気 / 『秋分』季節は少しずつ冬へ」*(9/23)は、きょうの日の出から日の入りまでの時間が、12時間9分という。つまり、9分だけ夜より長いことになる。
(*)記事: https://weathernews.jp/s/topics/201909/220055/
・昼の時間:12時間9分
・夜の時間:11時間52分
そのうえ大気の屈折で、地平線下の太陽が微妙な時間見えるため、更にもう少し長く感じることになるという・・・けれど、あいにくの曇り空。
ところで、今日を含めて今年も残り100日しかない。これから昼間は短くなるし、日めくりカレンダーも一枚はがすたび揺れが大きくなる。
街に出れば、何処のショーウィンドウも秋物ばかり。お洒落に敏感でないわたしでも、商品の色合いの変化には気付くというもの。そういえば公園の小川のそばで「赤とんぼ」を見かけた。もしかしたら「ウスバキトンボ」だったかも知れないが。
(本ブログ関連:”赤とんぼ”)
というわけで昨日につづき、ちあきなおみの「紅とんぼ」(吉田旺詞、船村徹曲、1988年)を聞こう。
(本ブログ関連:”紅とんぼ”)
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2019年9月22日日曜日
雨に濡れてる 黄昏の街
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