▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼
検索キーワード「柳」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
検索キーワード「柳」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示

2016年3月15日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 柳

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/9)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、別れを象徴する「柳」に関連した3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”柳”)

始めに、春に相応しい、緑美しく映える柳と飛び交う鶯が織り成す光景を次のように紹介された。
・春、緑陰芳草の季節。別れを象徴する柳について、韓国でも「柳を折る」といい、旅立つ人を見送ることを意味する。柳は、川辺に育つ生命力の強い木で、年中見られ、特に春に目立つ。枝が伸びて、緑の葉が生え、柳に春が来たことが分かる。昔の詩に、<柳の枝と、そのそばを飛び交う鶯の様子>を描いたものがある。柳を糸に、鶯を機織りの金具に、布を織る姿に例える。美しい緑の葉が、花より美しいという内容だ。

▼ 柳と鶯の詩を歌にした、女性歌曲「柳は(버들은)」の歌を聴く。厳かに洗練された歌い方。

次に、別れと留まる想いを象徴する、柳の枝にまつわる妓生洪娘(ホンラン、홍랑)の話しを次のように紹介された。
・凍った川の氷が溶けると、船が通れるようになる。それを待った人々も、遠く旅立つことができる。残る人々は川辺で見送るが、そこにも柳が目立つ。漢字の「柳(りゅう)」は、留まる意の「留(りゅう)」と、韓国語でも同じ発音だ。昔、旅立たずに留まって欲しいの意で、柳の枝を折って渡した。また、柳の枝は、何処にでも根をおろす。朝鮮時代の妓生洪娘は、恋人の崔慶昌(최경창)との別れに、柳の詩を作った。<柳の枝を、窓の近くに植えて欲しい、新しい葉が生えたら、自分だと思ってくれ>という。南への交通の要地だった忠清道天安地域には、別れを象徴する柳が多かった。民謡「天安三叉路(천안삼거리)」までできたほどだ。

▼ 民謡「天安三叉路」を聴く。様々な色彩を帯びた楽しくアレンジした今様の歌(アカペラ)。

最後に、中国河南省の都市の「洛陽の春(낙양춘)」を奏する宮中音楽について次のように紹介された。
・中国の洛陽は、古代から様々な王朝の首都として知られる。何と三千年以上の歴史を誇り、有名な遺跡地も多い。毎年4月に開かれる、牡丹祭りも有名だ。宮中音楽に、「洛陽の春」がある。高麗時代に中国から伝わった詩を歌にしたもの(詞楽)で、柳が登場する。<柳を見つめながら、旅立った人を想う>。中国の詩に、柳は別れを象徴するものだったようだ。

▼ KBS国楽管弦楽団の演奏「洛陽の春」を聴く。春の風のように穏やかに、軽やかに響く。

キム・ボエさんの可愛らしい言葉、「別れを象徴する柳ですが、昔の音楽にも色んな形で表れています。誰かを恋しく思うことは、時には辛いことです。でも、恋しい人がいるということは、幸せなことでもあると思います。」

2014年6月3日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 柳

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/28)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第58回として、川の岸辺に立つ、愛と別れのシンボルとされる「柳(버들)」にまつわる話を紹介した。

始めに、中国の前漢時代に異国に嫁いだ宮女の王昭君(왕소군)を思いうたった詩の紹介から、次のように始まった。
・中国唐代の詩人東方虬(동방규)には、異国に嫁いだ宮女王昭君を思いながらうたった詩がある。
     胡地無花草   花が咲かないあの地には
     春來不似春   春が来ても春の空気が漂わない
     ・・・             ・・・
春が来ても春らしくない重苦しい気持ちを表している。若い命が一瞬に去った、沈没事故のあった今春がそんな季節であったかも知れない。その春も過ぎ去り夏が近づいている。

▼ 京畿地域の民謡「楊柳歌- 柳の歌(양류가-버들노래)」を聴く。春の風、鳥、蝶・・・穏やかに、今様である。

次に、旅の別れを惜しみ、再会を象徴する「柳」について、次のように説明された。
・昔、道路が不整備のため、主に船を利用した。荷物を多く持って遠く旅するならなお更で、船場は往来の人々で混み合った。去る者、残る者、またいつ会えるのか分からなかったため、別れが辛かった。
・柳の枝は折って土に植えると根を下ろすため、旅立つ者は、川辺の柳の枝を折り植えて、自分と思って欲しいと言った。冬が過ぎて春になり、凍り付いた川が融けると船が出港する。旅人が増え、柳の枝を折る人が多くなると、この季節には川辺の柳の枝が尽きた。柳は、愛と別れのシンボルになった。柳を見つめながら、旅立った者を愛しく思い涙した人もいたことだろう。

▼ 女性歌曲「柳」を聴く。長い呼吸で歌う・・・とても洗練された雰囲気。

最後に、高麗の太祖王権(태조왕건)と柳の葉を浮かべた水や、娘の出会いの逸話を、次のように紹介された。
・太祖王権がまだ将軍のとき、喉が渇き、井戸にいた娘に水を一杯求めた。娘は水を汲み、器に柳の葉を浮かせた。急いで飲むと喉につかえるため、葉を吹きゆっくり飲むの意があった。その後、王権が高麗建国後、この娘は王妃になった。
・昔、貧しい中、一人娘ヌンソを育てた父が兵役に行くことになり、娘を(忠清南道)天安(천안)の或る宿に任せることになった。父親は柳の枝を植えて、「この木から葉っぱが出てくる頃にはまた会える」と言った。後日、ヌンソは美しい娘に育ち、(学識ある者)ソンビと巡り合う。彼は、国の役人になる試験を受けるため向かっていた。彼が試験に合格して戻ったとき、柳の下でヌンソと再会した。このときの歌を「天安三叉路(천안 삼거리)」という。天安地域にある三叉路という歌だ。後に、父親とも再会する。

▼ 「天安三叉路(천안도 삼거리)」を聴く。三南大路の分岐点・・・別れの道、出会いの道、曲調は明るい。

2026年8月24日月曜日

端唄「柳やなぎ」

端唄に「柳々」がある。「江戸戯作」(神保五彌、杉浦日向子、新潮古典文学アルバム24、新潮社)の序文(エッセイ)は、杉浦日向子のこの唄についてから始まる。なにかと風通しに苦心する江戸庶民にかすり笑いをもたらした戯作の雰囲気を映すとしている。

紹介された唄のくくりに「虚言(うそ)も実(まこと)も  義理もなし」とある。戯作世界の意義を伝えるよう漢字が並んでいる。素朴に端唄の世界ではどうだったのだろうかと、以下さぐってみた。

(本ブログ関連:”端唄”)

いつもの「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)と、ネットの「芝恋の三味線・小唄教室」*サイトだ。粋な世界で唄われるとき、遊里の人間模様が、男女のあいだが、しだれ柳の枝のように、風に揺れもつれあう様が浮かんでくる。
(*)同サイトの「小唄『柳 々』のご紹介」
        ー https://rensi26.com/4900
        ー 上方名優 三世中村歌右衛門の作詞で、恋仲になった祇園の芸妓の心をうたっている。
        ー 「江戸小唄」木村菊太郎著より引用とのこと。

庶民の唄として続けられたため厳密な詞があるわけでないし、あてはまる漢字表記も一定でないだろうけれど、上記の「江戸端唄集」をベースに、「小唄『柳 々』のご紹介」にある漢字表記を付記してみた。

「柳やなぎ」
---------------------------------------------
柳々で  世をおもしろふ(面白う)
う(請)けて暮らすが  命の薬
梅にしたが(従)ひ  桜になびく
その日そのひの  風しだい(次第)
うそ(嘘)もまこと(誠)も  義り(義理)もなし
はじめ(初め)は  すい(粋)に思へども
日増(ひまし)にほれて  ついぐち(愚痴)になり              ← 日増:ひま
昼寝の床の  う(憂)きおも(思)ひ
どふした  ひやうり(拍子)の  瓢たん(瓢箪)か (で)     ← ひやうり:拍子、ふとした弾みで。
あだ(仇)腹の立  月(好き)じゃへ                                ← 月:好き(本来の意味)を誤写か?
---------------------------------------------

歌い手によって微妙に違いが出てくる。

■ Youtube(登録: 0klz49)
「柳々(作榮)80rpm」(2022/11/22)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=tJusOlxJyZQ
    ー 唄唱:作榮(NITTOレコード  琴伴奏端唄  昭和8年[1933年] )



(付記)
杉浦日向子原作のアニメ「百日紅(さるすべり)」

■ Youtube(登録: ドゥック・ヴィエット)
「百日の赤 2015(ベトナム語 字幕)」(2020/07/31)   ← 音声:日本語
    ー https://www.youtube.com/watch?v=u18zqYbOSr8

2015年4月8日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 花柳東風

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第99回として、春を示す歌3曲を紹介した。

始めに、春の気候は毎年似ていながら、初めて迎えるような気まぐれさがあるという詩を次のように紹介された。
・春の訪れと共に衣替えの時期、人々の服装も軽くなるが、花冷えは突然くる。大陸からの黄砂や、霧が立ち込める日もある。見当がつかぬ天気だ。そんな頃、突然花開く4月になる。中国宋代の詩*に、気まぐれな春の天気を歌ったものがある。
   岸草不知縁底緑     川沿いの草がどうして緑なのか知らない
   山花試問爲誰紅     山に咲く花は誰のために紅いのだろうか
   元造本來惟寂寞     自然を造った神はじっとしているのに
   年年多事是春風     毎年の春風は何と仰々しいのだろう

(*)「張渠(장거)」作と韓国のネットにあるが、日本のネットで見つけられない・・・。

▼ 花と柳と春風を指す演奏「花柳東風(화류동풍)」を聴く。花舞う春を描写する若いフュージョン国楽バンドの曲。

次に、別れに柳を折って渡した妓生の洪娘(홍랑)の詩について次のように紹介された。
・春に、凍り付いた地面と川が融け始めると、冬に留まっていた旅人は旅路につく。中に、別れの名残り惜しい人々もいた。芽ぐみはじめた柳の枝を折って別れの贈り物にした。船場でよく見かけるもので、折った枝がすぐ根を下ろすからだ。見送る者の心を供にさせてという意があった。
・昔、洪娘という妓生が作った、旅路につく恋人に柳を折って<窓の外に植えてください>(人爲試向庭前種)という詩が伝わっている。「柳」の字は「リュウ」と読み、留まるの「留」と同じ音読みする。旅立つ人に留まってほしい気持ちを込めて柳を送った。

▼ 京畿地域の民謡「別れの歌(이별가)」を聴く。別れの場面、随分と冷静で民謡らしさと違った趣すらする。

最後に、 京畿地域の曲、山打令(산타령)の「ノルリャン(놀량)」について次のように紹介された。
・春には、のどかな天気が気持ちを和ませる花見や遠足がある。それぞれ多様な人生があり、生き方がある。
・京畿地方に「ソンソリ(선소리)山打令」がある。「ソンソリ」は、立ったまま歌う意で、動詞の「立つ」(서다)と、「音」(소리)が一つになった言葉。「山打令」は山の打令(=音頭)。妓生が慎ましやかに座って歌うのと比べ、対照的な雰囲気で、歌い手は立ったまま小太鼓を奏したり、布を振り回して踊りながら歌う。山に行って遊ぼうという内容が多いことから「山打令」と言う。山打令は<山や川、草木が生い茂り、見ているだけでも楽しい>という歌詞の「ノルリャン」から始まる。

▼ 京畿地域の山打令から「ノルリャン」を聴く。いいな、掛け声(感嘆)も楽しそう・・・民謡らしい明るさ。

(付記)
今日は完全に冬支度に逆戻り。雨は冷たく重い・・・見た目には霙(みぞれ)と思わせた。本当の春はいつのことか・・・しばらく、ストーブから離れられない。

2016年4月27日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 笛(ピリ、觱篥)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、オーボエに似た楽器「ピリ(觱篥:피리)」に関連した3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”ピリ”)

始めに、笛の総称「ピリ(피리)」の中で、狭義の楽器「ピリ(觱篥:피리)」について次のように紹介された。
・笛といえば、西洋楽器のフルートやリコーダーを思い浮かべるが、韓国伝統楽器に、「タンソ(短簫:단소)」や「トゥンソ(洞箫、퉁소)」がある。笛の総称を「ピリ(피리)」という。昔、柳や草で音を出し、「柳笛(버들피리)」や「草笛(풀피리)」がある。専門的意味での「觱篥」は、指ほどの太さで、長さ約20~30cmくらいの竹管で、八つの穴があり、2枚リードの「キョプソ(舌、겹서)」をはめて振動させて縦方向に吹く。小さくとも大きなしっかりした音を出す。宮中音楽から民謡、仮面劇(タルチュム、탈춤)に至るまで、多様なジャンルのメロディーを担当する。

▼ 朝鮮後期、宮中の宴で奏した8曲構成の「平調会相(평조회상)」の最初の曲「上霊山(상령산)」を觱篥独奏で聴く。朗々。

次に、子どもが玩具に作った柳笛、麦わらの茎で作った「麦笛(보리 피리)」について次のように紹介された。
・柳がみずみずしい頃、昔の子どもは柳笛を作った。水分たっぷり含んだ太めの枝を切り、軽くねじると皮と芯が分離する。枝の片方の端を削り、吹き口を作る。適当な大きさで穴を開けると、簡単な民謡くらいは演奏できた。竹で作った笛と、ある程度似た音が出た。また、麦が実る春頃、麦わらの茎で笛を作ったりした。「麦笛」という。大した玩具のなかった昔、子どもにとって、春に楽しむ立派な玩具だった。春と笛の音はよく似合うようだ。

▼ 觱篥と様々な楽器演奏で、京畿民謡の「倡夫打令(창부타령)」(倡夫は、巫女ムーダンの夫ながら楽器演奏者を指す)を聴く。浮き立つような軽快な響きがする。

最後に、「郷觱篥(향피리)」、「唐觱篥(당피리)」、「細觱篥(세피리)」の3種の觱篥について次のように紹介された。
・郷觱篥は、宮中音楽からソンビの風流音楽、民族音楽に至るまで、韓国固有の音楽で演奏された笛だ。
・唐觱篥は、唐の笛の意で、本来は中国伝来の音楽演奏に使われたが、韓国の宮中音楽で演奏したりした。
・細觱篥は、音が小さく、上流階層が演奏を楽しむ風流房(풍류방)と呼ぶ処で弦楽器中心に演奏 の際に使った。
・最近は、楽器ごとに、演奏者の個性を生かして、一般に親しまれる音楽が多い。觱篥は、もともと多様な形で演奏された楽器で、創作音楽で演奏されることは多くなかったが、今後が期待できるだろう。

▼ 創作音楽の觱篥演奏、「カエルへ(개구리에게)」を聴く。子どもも喜ぶ愉快な音楽、今様である。

2013年4月10日水曜日

柳笙

今日から旧暦3月となる。韓国の「東国歳時記」(洪錫謨)の3月の項に、「兒童たちが柳の枝を折り、觱篥(ピリ:피리) を作って吹く。之を柳笙(류생)という。」とあるが、どん楽器で、どんな音色をしたのだろうか。

子どもの頃、身の廻りにある自生の植物を使って音を鳴らしたりしたのは、(葉肉の厚いツバキの葉を使ってだったろうか)葉笛を作ったことくらいだ。上記のように柳の枝で作るとしたら、多分枝の表皮を残し、芯を繰り抜いたのだろう・・・似たような作業で、刀と鞘のおもちゃを作ったことがあるが。
さて、柳の枝の芯をくりぬいて、觱篥のようにリードまで作り込んだのだろうか・・・あるいは管の端を噛んでリード風にしたのだろうか。ちょっと試してみたい気がする。

(本ブログ関連:”東国歳時記”)

2025年4月3日木曜日

桜(花時雨、夜桜)、端唄(夜桜や)

昼過ぎまで冷たい小雨が続いた。桜が満開のこの時期、降ったりやんだりする雨を「まだら雨」と表現できるか調べたところ、辞書になく、ネットはきっぱりとそんな表現はないという。適切な言葉を探したところ、「花時雨」があった。冷たい水滴が花弁を濡らす、そんな中(ふだんは無視されがちなヒヨドリが)蜜を吸っている光景が浮かんでくる。

桜と雨は互いに打ち消し合うようで、少々さびしい気がする。

満開の桜が夜道を明るく照らす「夜桜」はどうだろう。与謝野晶子の歌に「清水(きよみず)へ  祇園をよぎる花月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき」(「与謝野晶子歌集」与謝野晶子自選、岩波文庫 ・・・ 歌集『みだれ髪』より)がある。
今どきは照明が強く、暗い夜空を忘れたように夜桜を照らし出す。けれど、この歌が詠まれた時代(明治34年【1901年】)の夜は、もっと朧だったろう。

(本ブログ関連:”与謝野晶子”、”夜桜”)

夜桜のもとを、行き交う人々を美しいと表現する一瞬の見極めと、想像力は若くてたくましい。夜桜には心を浮かせる不思議な力がある。

それでは、ほんわりと端唄の夜桜へまいりましょう。

端唄
 「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)の「夜桜や」
-------------------------------------------------------
夜桜*や 浮れ烏(がらす)**の まひまひと  花の小かげに  誰やらが居るわいな  とぼけさんすな 芽柳***が  風にもまれて ふうわりふわりと  ヲゝサそうかいな そうじゃわいな
-------------------------------------------------------
(*)上記文庫の補注より: 夜桜  新吉原・仲の町に植えられた桜
(**)上記文庫の補注より: 浮れ烏  ねぐらに落ち着かない鳥。転じて、遊里の中をうろつき回るならず者。 ← 遊里の夜を浮かれ歩く人で、「ならず者」というのはちときついな。
(***)上記文庫の補注より: 芽柳  「めふきやなぎ」と唄う。

■ Youtube(登録:朝川玲伎)
「夜桜」
「端唄 夜桜 朝川玲伎」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=NP7VnxYB4oM

2017年5月31日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ブランコ(鞦韆)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「端午節句」の楽しみ「ブランコ(그네:鞦韆しゅうせん)」に関連した曲を紹介した。

始めに、端午節句の楽しみブランコと、パンソリ「春香歌(춘향가)」について次のように紹介された。
・田植えが終わる頃、5月5日は端午節句だ。旧暦の場合、今年は5月30日となる。この時期、各地に様々な風習がある。仮面をつけて踊る「仮面踊り(탈춤)」や、江原道の江陵では、シャーマニズムの山神への祭儀(굿)がある。男は市場に設けた舞台で、民族競技「相撲(씨름)」をする。女性はブランコを楽しむ。パンソリ「春香歌」は、鮮やかな春の日、地方官の息子「李夢龍(이몽룡)」(=李道令이도령)が、ブランコに乗る妓生の娘、美しい「春香」に一目惚れする愛の物語だ。

▼ 「李夢龍(道令)が、春香がブランコに乗る姿を見る場面( 이도령이 춘향이 그네 타는 모습을 보는 대목)」を聴く。余程に元気にブランコをゆらしたのだろう。

次に、詩人「徐廷柱(서정주)」(1915年~2000年)の「鞦韆詩(추천사)」について次のように紹介された。
・詩人徐廷柱は、春香がブランコ(鞦韆)に乗る場面を「鞦韆詩」にしたためた。副題に「春香の言葉」がつく。小間使いの香丹(향단)に、ブランコを空に向かって力強く押して欲しいと歌っている。届かぬ夢への渇望を、ブランコに託したのだろう。

▼ 「鞦韆詩」を歌にした曲「鞦韆の詩(추천사)」を聴く。空を切る、風を切る、海の彼方へ今様に。

最後に、春香と李夢龍初めて出会った、端午の時候について次のように紹介された。
・民は生活のため、朝早くから畑や干潟で働いた。一方、豊かな家の女性は閉じこもるように生活した。最近、端午の頃は夏のようだが、昔はのどかな春の侯だった。山緑の美しい端午の季節に、ひさびさに外出した女性たちがブランコに乗る解放感は、想像を超えはず。春香と李夢龍がすぐ恋に落ちた背景に、端午の時期に初めて出会ったからという理由もあるだろう。

▼ しだれ柳の合間、空を切って自由を感じる女性たちを描いた南道民謡「しだれ柳(휘여능청)」を聴く。まさに溌剌。

・端午節句に、韓国では相撲やブランコ、日本では鯉のぼりを立て祝うなど、各々違った風習が興味深い・・・とのこと。

2026年7月13日月曜日

(資料)連歌と連句

おとつい(7/11)、図書館で「杞憂に終わる連句入門」(鈴木千恵子、文学通信)*を借りたが、手も足も出ない。杞憂のままなので、ネットの力を借りて、「連歌」と「連句」について、基礎知識を習得中(教科書的な整理)。
(*)同書の「発句」の定義に、「芭蕉は生涯にどれだけの句を詠んだか? という問いを立てた人がいるが、答えは強いて言えば、芭蕉は俳句は詠んでいない、である、発句をそれだけで創作鑑賞されるようになったものを地発句(じほっく)といい、正岡子規が俳句と名づけたのである。」

(本ブログ関連:”連歌”、”連句”)

■ Gemini より

①「連歌」と「連句」の特徴
項目連歌(れんが)連句(れんく)
主な時代鎌倉時代 〜 室町時代江戸時代 〜 現代
言葉遣い

雅語
(和歌に使う美しく伝統的な言葉)
俗語・漢語・流行語
(日常の言葉)
表現のトーン優雅、格調高い、精神的な美滑稽(おかしみ)、庶民的、人間味
代表的な形式百韻(100句つなげる)歌仙(36句つなげる)
担い手貴族、武士、僧侶俳人、一般庶民
代表的な人物宗祇(そうぎ)、二条良基松尾芭蕉、与謝蕪村
後世への影響和歌の伝統を継承最初の句(発句)が「俳句」へ発展


➁「連歌」と「連句」のルール(式目)例
句の順番連歌連句
発句 (1句目)切れ字(~かな)で言い切る。当季の季語。客への強烈な挨拶・言祝ぎ。切れ字、当季の季語は共通。ただし、言葉づかいが日常語になり、より軽妙な挨拶になる。
脇句 (2句目)体言止め(名詞止め)が絶対原則。 発句と同季。体言止めが好まれるが、絶対ではなくなる。 動詞で終わってもOK。発句と同季。
第三 (3句目)「〜て」などの接続助詞(て止め)が絶対原則。「〜て」で終わらなくてもOK。 連歌よりも早い段階からガラリと場面を転換させることが多い。

(付記)
連歌・連句で、「一つ前に提示されたお題 = 前句」に対して、「自分が今から添えるアンサー = 付句」という、ペアを指す言葉が使われた。
→  本ブログ: 7月9日「魂がないと此世は面白し(武玉川)」に追記。


■ Google検索(Labs)、他より
「連歌と連句、代表作例」
--------------------------------------------
1. 「連歌」:『水無瀬三吟百韻(みなせさんぎんひゃくいん)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:宗祇)
     雪ながら 山もと霞む 夕(ゆふ)べかな
(まだ雪が残っているのに、山のふもとは春の霧でかすんでいる、そんな美しい夕暮れだ)

● 脇句(7-7:肖柏) 
    行く水遠(とほ)く 梅匂(にほ)ふ里
(かすみの先を流れる川の水は遠くまで続き、梅の香りをのせた風が吹いてくる)

● 第三(5-7-5:宗長)  
    川風に 一むら柳 春見えて
(その川風に吹かれて、一塊の柳の木が芽吹き、いよいよ春の訪れを感じさせる)


2. 「連句」歌仙:『初木枯の巻(はつこがらしのまき)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:冬、芭蕉) 
    狂句 こがらしの 身は竹斎に 似たる哉   ←「狂句」:破調としてある
 (木枯らしの中を旅する我が身は、まるで仮名草子にある旅の藪医「竹斎」のようだ)

● 脇句(7-7:冬、野水) 
    たそやとばしる かさの山茶花  
(枯らしに飛び散る山茶花(さざんか)を、旅笠にいっぱい着けて到着した人は一体誰)

● 第三(5-7-5:秋、荷兮)
     有明の 主水に酒屋 つくらせて 
 (主水(もんど:水を司る役)の屋敷近くに酒屋を作らせた、という風流な景物へ展開)

(参考)
■ 山梨県立大学
「冬の日脚注(1/5)」
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/huyunohi00.htm
---------------------------------------------

2019年9月11日水曜日

二百二十日 2019

午前中は晴れ、午後から曇り、夕方になって土砂降り。このところ、このパターンが多い気がする。帰り道に夜空を見上げれば、薄雲の先に月がぼんやり浮かんでいる。春の季語に「朧月(おぼろづき)」があるが、秋口の場合なんと呼ぶのだろうか。ネットを検索してみると「薄月(うすづき)」とある。

さて、朧月といえば、映画「絵日傘」(長田幹彦作詞、佐々紅華作曲:昭和5年/1930年)の主題歌「祇園小唄」に歌われる。この歌は祇園の四季を歌っている(実は随分と色っぽいのだが)。始まりの「月はおぼろに東山」は、春の「朧月」明かりをさす。秋については、静けさの中に聞こえる(際立たせる)「瀬音」や「鐘」の音、さらに「秋風」に象徴させている。
------------------------------
鴨の河原の水やせて
咽(むせ)ぶ瀬音に鐘の声
枯れた柳に秋風が
泣くよ今宵も夜もすがら
祇園恋しや だらりの帯よ
------------------------------

「祇園小唄」の秋に、台風の気配はないが、今日は雑節の「二百二十日」。Wikipediaによれば、「八朔(旧暦8月1日)・二百十日とともに、天候が悪くなる農家の三大厄日とされてきた。統計的には、台風は二百十日から9月下旬にかけて襲来することが多く、二百十日よりも二百二十日の方を警戒する必要がある。」とのこと。

(本ブログ関連:”二百二十日”)

先日(9/8~9)の台風15号を思えば、確かにこの近傍の方が農家にとって「厄日」ということが分かる。今日にしても、夕方の土砂降りは台風15号が吹き落とした後の木の枝や葉を再び散乱させた。台風の余波はしぶといようだ。

2019年8月22日木曜日

ヤブランとアカメヤナギ

「自然観察園」の入り口には、いくつかに間仕切りしたボックスがあり、それぞれに、園内の季節の樹木や草花情報を印刷したリーフレットが入っている。特に「花だより」は、毎月、前半(No.1)・後半(No.2)の2回に分けて発行される。花の開花期間を考えてのことだろう。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

このところ季節の変化をしっかり感じる。日向と日影で気温の差がはっきりしてきたことだ。そんな薄曇りの今日、8月度版のNo.2「花だより」を片手に、すれ違うひともない静かな自然観察園を巡った。

ヤブランの花とアカメヤナギの幹
以前、8月初(8/2)に訪れたとき以上に「ヤブラン(藪蘭)」の淡紫色の花が咲き乱れていた。華やかさを主張しない花だが、左の写真のように、「アカメヤナギ」(マルバヤナギの別名)の樹下に群集するのを見ていると、その場がまるで「ジブリ」アニメの世界のような錯覚すら覚える。幻想的なしっとりとした色合いが美しい。

(本ブログ関連:”ヤブラン(藪蘭)”)

アカメヤナギの幹の太さとうねり具合に驚く。ヤナギ科ヤナギ属の樹木ながら、一般的な「柳」の持つ、なよとした女性的なイメージとは真反対で、力強く立つこの樹に寄り添うようにヤブランが咲いていた。

その他に観察した草花は次の通り。名前にこだわりたくなる白色の「センニンソウ」は仙界や貴種というより、身近な感じすらする地味な「つる」植物だ。目をもっと近づけると華奢で可憐。また、小さな花が茎に淡紫色の花がかたまって、数珠繋ぎするように咲く「ハッカ」は、園内を巡る板橋から覗くにはこじんまりしていた。




キツリフネの葉表
ところで先月(7/3)、「ハンゲショウ(半夏生)」の草の葉に、白い斑(ふ)がまだらに付いているのを見た。よい例えではないかもしれないが、まるで緑色の葉の上に、飛ぶ鳥がフンを落として白色に乾いた跡のようというのは言い過ぎだろうか。昔の人は、もっと洒落て、女人の白化粧なかばのイメージから「半化粧」の名を与えたものだ。

(本ブログ関連:”ハンゲショウ”)

さて今回、同じように葉の表面が変化する様を楽しんだ。やがて黄色の花を咲かす前の「キツリフネ」の葉表が、左の写真のように、葉の茎側が薄緑色して葉先に向かって緑色を増すグラディエーションが目に留まった。開花前の、キツリフネの葉の色合いの違いを見て、おもわず木漏れ日による光の魔術かと錯覚してしまうほどだった。

公園は静まり返っていて、小川で水遊びする家族連れもまれ、日を受けながら沼に掉さす釣り人もまれ。上空を飛び交う飛行機のエンジン音だけが響いていた。

2011年6月7日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ピリ

先週水曜日(6/1)に放送の、KBS WORLD「国楽の世界へ」では日本の篳篥(ヒチリキ)に似た、「管楽器の花形と言っても過言ではない」主旋律楽器「ピリ(觱篥:피리)」が紹介された。遅くなったが次の通り記す。

この2枚リードの木管楽器は、さしずめ小型のオーボエといったところだろう。
▼チョン・ジェグクによる「柳初新之曲の中から上霊山」を聴く。放送では「優雅な宮中の雰囲気が漂う」と解説された。合奏の中に聴く音は、YoutubeやTV팟などで聴く<独奏>と比べて煌びやかだ。

ピリは更に、郷楽に使われたヒャンピリ(郷觱篥:향피리)、唐楽に使われたタンピリ(唐觱篥:당피리)、細く小さい繊細なセピリ(細觱篥:세피리)の3種類に分けられるそうだ。
ピリは、広義に吹奏する全てを指し、狭義に上記楽器を指すという。
▼オ・セチョルの草笛による「ハン五百年、チョンソンアラリ」を聴く。草笛の素朴な音色におもわず引き込まれる。Youtubeに草笛奏者の呉世哲氏の名があるが同じ方だろうか。

世の東西を問わず、笛の音が盗賊の心にも響き悪事を思いとどませるといった逸話がある。教科書で知った盗賊「袴垂」も同じだ。
▼アン・ウンギョンによる創作音楽「蛙に」を聴く。現代曲・・・だが、カエルの気分になって聴くのもよい。

2025年6月2日月曜日

ウィスキー・ララバイ

カントリーミュージックの「Whiskey Lullaby」は、約束(あるいは契り)について男女の立場を、Brad PaisleyとAlison Krauss(男女デュエット)が歌う。次の公式ミュージックビデオ*に描かれるドラマはわかりやすい。WWⅡの復員兵が、約束の再会を期待して、妻の待つ家に帰る。しかし、そこで見たのは、約束が壊れていたのを知ることだった。二人は、結局、それぞれアルコールに溺れ、破滅へ向かうことになる。天使の子守歌が、柳の木の下の二人を包む。
(*)公式ミュージックビデオの仕上がりは、少々図式的であったが・・・。

■ Youtube(登録:BRADPAISLEYVEVO)
「Brad Paisley - Whiskey Lullaby (Full Version - Official Video) ft. Alison Krauss」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=IZbN_nmxAGk
    ー 歌詞:Googleで「ブラッド・ペイズリー   ウイスキー・ララバイ 歌詞」で検索表示。



(参考)
■ 生成AI Gemini
Q.ブラッド・ペイズリーのカントリーミュージック「ウイスキー ララバイ」について解説してください。
-----------------------------------------------------
A.ブラッド・ペイズリーとアリソン・クラウスがデュエットしたカントリーミュージック「ウイスキー・ララバイ (Whiskey Lullaby)」は、非常に悲しい物語を歌った楽曲です。2004年にリリースされ、カントリーチャートでヒットを記録しました。

楽曲の概要とテーマ
この曲は、心に傷を負ったカップルが、別れと苦痛から逃れるためにアルコールに溺れ、最終的に命を落としてしまうという、痛ましいストーリーを描いています。物語は、男性が先にアルコール中毒で亡くなり、その後、後悔と罪悪感に苛まれた女性も同じように酒に溺れて命を絶つという形で展開されます。

歌詞は非常に詩的で、比喩的な表現が用いられています。例えば、「He put that bottle to his head and pulled the trigger (彼はそのボトルを頭に当て、引き金を引いた)」というフレーズは、アルコールが銃のように命を奪うことを示唆しています。

歌詞の背景と意味
曲はアコースティックギターとドブロギターを伴奏とするカントリーバラードで、ブラッド・ペイズリーの朴訥な歌声と、アリソン・クラウスの天使のようなソプラノボイスが、物語の悲劇性をより一層際立たせています。

この曲の共同作詞家の一人であるジョン・ランドールは、自身の離婚やレコード契約の喪失といった辛い経験を経て、この曲を書き上げました。彼の友人が「たまにはボトルを頭に当てて、引き金を引くしかない時もある」と言った言葉が、この曲の重要なフレーズのインスピレーションになったとされています。

「ウイスキー・ララバイ」は、単なる失恋の歌ではなく、心の痛み、罪悪感、そして依存症がもたらす悲劇的な結末を深く掘り下げた作品であり、多くの人々の心に響く、カントリーミュージックの中でも特に印象的な楽曲の一つです。
-----------------------------------------------------

2014年4月9日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 清明、寒食

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第50回として、二十四節気の「清明(청명)」と、同じ時期の「寒食(한식)」にまつわる話を紹介した。

まず、同時期の清明、寒食の語義、および植樹について、次のような紹介から始まった。
・諺に「清明に死のうが、寒食に死のうが(청명에 죽으나 한식에 죽으나)」がある。二十四節気の一つの「清明」(陽暦4月5、6日)から花冷えも収まり、気温も暖かくなる。一方、「寒食」は、冬至から105日目を指し、伝統的名節で、先祖の祭祀(제사.)をしたり、墓参りに行く。この日は火を使わず、冷たい料理を食べる。清明とほぼ同じ、陽暦4月5、6日になることから、上記の諺は、「これも、あれもたいした差はない」の意で使われる。また、毎年4月5日は、山に植樹する日でもある。朝鮮時代の成宗(성종)王が世子や臣下を連れ、農作業の神を祭る先農壇(선농단)で祭祀を行った。

▼ 「花柳東風(화류동풍)」を聴く。きらびやかな春の香りする・・・今様である。

次に、寒食と墓薙の風習について、次のように説明された。
・寒食の伝統はほぼ失われたが、旧正月(설날)、秋夕(추석、旧暦8月15日)、5月の端午の節句と並び、4大名節とされた。昔は、火の使用に手間取り、家々で火種を消さぬよう用心した。万物は、命を宿すと考えられ、火も古びると生命力が落ち、人に悪影響を与えると信じられた。新春を迎える時、古い火を消し、新しい火を点す作業が寒食だ。朝鮮時代、寒食の4日間、火の使用を禁じ、冷たい飯を食べた。宮中では柳の木で焚いた火を、官庁や臣下に分け与えた。
・植樹のころ、墓の草むしりの「墓薙(벌초)」や、補修したりする慣習だけは、今も残っている。
・次の曲目「西道雜歌」中の「祭奠」は、寒食に夫の墓前で、祭祀を行う女性を歌った曲だ。準備の供え物を一つ一つ並べ、心をこめて捧げ、先立った夫を偲んで歎き悲しむ。曲冒頭、祭祀の前に、墓前に幾重も紙を敷き、供え物を乗せる場所を作る様を歌う。

▼ 「西道雜歌(서도 잡가)」の中の「祭奠(チェジョン、제전)」を聴く。少ない音と震える声で悲しみを表現して・・・。

最後に、鄭澈(정철、1536年12月18日~1594年2月7日)の歌について、次のように解説された。
・この時期、祭祀でなく、花見に山を訪れる人が少なくない。こうした風流を楽しむ様子を描いた歌に、朝鮮時代の歌辞(가사)文学の大家、号を松江(송강)、鄭澈の歌に「勧酒歌」がある。「この身は死んだ後、むしろで包まれ、きらびやかな輿に乗せられ山まで運ばれるのだろう。麻の服を着た人たちが歎き悲しみながら付いてくるだろうが、わびしい墓の中では誰も酒を勧めてくれることもない。せめて生きている間だけでも、心から楽しもう」という内容だ。

▼ 「勧酒歌(권주가)」を聴く。不老酒の効用をまず朗詠して・・・ゆるり酔ってみよう。

2019年6月9日日曜日

童謡「あめふり」

子どもは水遊びが好きだ。水溜りに飛び込んで泥だらけになるのはもっと好きだ。だから、雨に濡れるのはどうってこともない。下校時に雨が降ってきたってへいっちゃらだった。

そういえば、雨だからといって、傘をさして母が学校に迎えに来た覚えがない。土砂降りのときはどうだったろうか、そんなときの記憶もない。小学校から家までの距離がそれほどでもなかったからだろうか。

童謡に「あめふり」(作詞:北原白秋、作曲:中山晋平、大正14年[1925年])がある。母親が、雨降りを気遣って、蛇の目傘をさして学校に子どもを迎えに来る歌だ。当時は校区が広くて、ずぶ濡れになるのを心配したというのだろうか。

今の時代、母親も働いていて時間的にも迎えにくるのは難しい。童謡「あめふり」が広く歌われた時代は、母親がまだ自宅にいたからかもしれない。

歌の後半に、雨の中、母親と一緒の帰り道、柳の下で泣いている子を見つけて「きみきみ このかさ さしたまえ」と少年は自分の傘を差し出す。言葉使いが、戦前っぽくてなんとも古めかしい。母親を見上げながら、得意な顔をしている様子が見えてくるような気がして微笑ましくなる。


(Youtubeに登録の動く絵本、童謡、手遊び の動画「ゆめあるチャンネル」に感謝)

2012年4月7日土曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 李銀珠

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、今週水曜日(4/4)に、人物シリーズ22回目として「京畿民謡(경기민요)の名人、"銀のお盆の上で玉を転がすような声"という代名詞で呼ばれているほどの美声の持ち主の李銀珠(이은주、1922年~)」を紹介した。

(本ブログ関連:"民謡"、"民謡(続)")

▼李銀珠の歌による「離別歌(이별가)」を聴く。ソウルに近いからというわけではないが、どこかスマートで伸びやかさを感じる。・・・・内面的な理解までは。

次のように李銀珠のプロフィールが紹介された。
・1922年 京畿道楊州に生まれる。(本名、李潤蘭(이윤란))
・14歳で京畿民謡大家の元慶兌(원경태)門下に入る。李銀珠の芸名を授かる。
・1942年 20歳で京城放送局と専属契約を結ぶ。
・李昌培(이창배)の下で後輩の指導にあたる一方で、積極的な音楽活動をする。
・1975年 京畿民謡の芸能保有者(重要無形文化財第57号)として選定される。

▼李銀珠ほかの歌による「ノドル江辺(노들강변)」(1934年、パク・ブヨン(박부용))を聴く。新民謡なんだね明るいな、すいすいと前向きな、水辺の柳が春風に揺れて・・・。

▼李銀珠ほかの歌による「回心曲(회심곡)」(歌詞)を聴く。太古宗奉元寺の霊山斎(「和請」)のCDでも聞いたが、女性ながら太く芯のある声に驚く。経文ではなく民謡の要素が強いとのこと、人生を宗教的に省みて俯瞰することにつながるのかな・・・。

(歌詞:ブログ「花の世 国楽芸術団」より。感謝。)

(本ブログ関連:"(資料)霊山斎、奉元寺")


(余聞)
以前、地元駅そばにあった韓国家庭料理店の名前が「ンジュ(銀珠)」だった。今は、「明洞」の名になっているが・・・家庭料理店らしいメニューと雰囲気は変わらない。

(本ブログ関連:"昼さまざま"、"明洞")

2024年7月10日水曜日

ミレイの「オフィーリア(Ophelia)」と泰西名画

19世紀の英国に登場した、アンチ古典主義の画家集団「ラファエル前派」の一人に、「ジョン・エヴァレット・ミレイ(Sir John Everett Millais)」(1829年~1896年)がいる。特に彼の作品「オフィーリア(Ophelia)」(1851/52年)は、男性をおおいに惹きつけてやまない。

何度かブログに記したことだが、公園をなだらかに流れる小川の岸辺を、木立が被って陽の光がとざされる場所がある。絵画の中でしか知らぬが、平坦な地を流れる英国の川面を想い起させる。そして、そんな木陰の川筋を、ミレイの絵「オフィーリア」と結びつけたくなる誘惑にかられる。

(本ブログ関連:”ミレイ”)

ミレイ作「オフィーリア」
次の「Google Arts & Culture」*のリンクアドレス先で、ミレイの作品「オフィーリア」画像を高解像度(リンク先で表示の画像をダブルクリックする)で鑑賞できる。ひどくはかなく、残酷な、そして美しい作品だ。
(*)Google Arts & Culture
---------------------------------------------
タイトル: Ophelia
作成者: Sir John Everett Millais
作者の死亡地: London, United Kingdom
作者の出生地: Southampton, United Kingdom
作成日: Around 1851
実際のサイズ: w1118 x h762 mm
Provenance: Presented by Sir Henry Tate 1894
Original Title: Ophelia
タイプ: Painting
媒体/技法: Oil on Canvas
---------------------------------------------

ちなみに、上掲の絵画解説に「彼女が手にしている花は象徴的で、『ケシ(ポピー)』は死を、『ヒナギク(デイジー)』は純潔(無垢)を、 『パンジー』は無駄な(むなしい)愛を意味している」と記されている。これらの中で、唯一の救いはデイジーの花かもしれない。
(実は、彼女の死を劇中で伝えた「ガートルード王妃」は、「シラン(芝蘭)」(変わらぬ愛)の花も語る)

(本ブログ関連:”デイジー”、”メアリー・ブレア”)

シェークスピアの劇「ハムレット」4幕7場、ガートルード王妃の語り
ー 坪内逍遙(1859年~1935年)訳
ー「PD図書室」に掲載:感謝
http://books.salterrae.net/osawa/html/hamlet.html#hamlet-4-7
----------------------------------------------------------------
斜(なゝめ)に生ふる「青柳」が、白い葉裏をば河水の鏡に映す岸近う、「雛(ひな)菊」、「いらぐさ」、 「毛莨(きんぽうげ)」……  褻(みだら)なる 農夫(しづのを)は汚らはしい名で呼べど、 清淨な處女(むすめ)らは死人の指と呼んでをる…… 「芝蘭(しらん)」の花で 製(こしら)へた 花鬘(はなかづら)をば手に持って、狂ひあこがれつゝ來やったげなが、 それを掛けうとて 柳の枝に、 攀(よ)づれば枝の 無情(つれな)うも、折れて其身は花もろともに、 ひろがる裳裾にさゝへられ、 暫時(しばし)は たゞよふ水の 面(おも)。  
最期(いまは)の苦痛をも知らぬげに、人魚とやらか、水鳥か、歌ふ小唄の幾くさり、 そのうちに水が 浸(し)み、衣も重り、身も重って、歌聲もろとも沈みゃったといの。
----------------------------------------------------------------

泰西名画
西洋絵画に描かれる顔の表現で、いつも気になることがある。白人特有の皮膚によるのか、(西洋画の肖像画の技法として承知していることだが)皮下を走る静脈が強調されることだ。だから、明治期に欧州へ絵画留学した日本の画家が、帰国して日本人を対象に同様な表現を試みた・・・結局、アジア人に似つかわしくないことに気付くことになるのだが。

オフィーリアの絵に、青味を下地にした顔を見るたび、生を残し浮遊する凄みを感じざる得ない。

ミレイの絵画には、どこか古風な感触がある。ぼくらが子どものころ聞いた「泰西名画」(本来はただ西洋絵画の意味でしかないのだが)の言葉の持つ、重い響きと暗鬱なイメージにつながる。そんな想いをする人物がいる。

(本ブログ関連:”泰西名画”、”絵画①、②”)

以前読んだ、久世光彦著の「泰西からの手紙」(文芸春秋、1996.1~1997.12掲載より)から、そこで語られた「泰西名画」のイメージについて、似たような感想を持つことができる。
それは、泰西名画の言葉の響きに接した経験ある人なら大方が、夕暮れの光翳るなかに浮かぶ印象にたどりつくだろう。古書店で出会った古い美術書の、印刷技術が不十分な挿絵を見たときの印象だ。そんな思い出が語られる。
確かに昭和の時代、中産家庭の応接間には、泰西名画というにふさわしい古風な絵画が飾られていた。なぜあるのか誰も問わない、部屋の調和のために父親がどこからか運び込んだらしい、重い額縁に縁どられた絵があった。


参考:
(Youtube)「山田五郎 オトナの教養講座」
「【ミレイ】川で何してるの? 戯曲を描いたラファエル前派の最高傑作!【オフィーリア】」
https://www.youtube.com/watch?v=Fv05w_67pLo

2016年3月24日木曜日

「祇園小唄」

昔、時代劇俳優に高田浩吉がいた。彼が登場すると、銀幕がぱっと活気づく華やかさ、艶があった。しかも画面の中で歌って聞かせるのだ。LPレコードの記憶だろうけど、「伊豆の佐太郎」の「はいた草鞋(わらじ)に」のフレーズがいつまでも残っている。役者のイメージは、股旅ものだったが、過去の映画出演リストを見ると意外な感じがした。「伊豆の佐太郎」の歌詞の印象が余りにも大きかったからだろうか。

彼の娘に女優の高田美和がいる。彼女がカバーする、春に始まる歌、「祇園小唄」(昭和5年:1930年、作詞:長田幹彦、作曲:佐々紅華、歌唱:藤本二三吉)は、春夏秋冬に恋を歌う。今様にアレンジすることもなく、自流のイメージに合わせることもない、古風に歌い聴かせる。

春の京、霞に曇る東山、見上げれば登る月が見える。祇園の賑わい、過ぎ行く若者たちにも、「清水へ祇園をよぎる花月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき」(与謝野晶子、歌集「みだれ髪」、1901年)。もしかしたら、京都の町に対する妄想かもしれない。(蛇足だが、朝日新書「京都ぎらい」(井上章一著)で、京都の町の別の一面が見えるような、見えないような・・・)

※ 「祇園小唄」(JASRAC No.024-0015-4 著作権消滅曲)


月はおぼろに 東山
霞む夜毎の かがり火に
夢もいざよう 紅桜
しのぶ思いを 振袖に
祇園恋しや だらりの帯よ

夏は河原の 夕涼み
白い襟あし ぼんぼりに
かくす涙の 口紅も
燃えて身を焼く 大文字
祇園恋しや だらりの帯よ

鴨の河原の 水やせて
咽(むせ)ぶ瀬音に 鐘の声
枯れた柳に 秋風が
泣くよ今宵も 夜もすがら
祇園恋しや だらりの帯よ

雪はしとしと まる窓に
つもる逢(お)うせの 差向(さしむか)い
火影(ほかげ)つめたく 小夜(さよ)ふけて
もやい枕に 川千鳥
祇園恋しや だらりの帯よ


 (Youtubeに登録の藤本二三代に感謝)

2018年3月30日金曜日

イ・ソンヒの4月予定(第4報)

情報が小出しになっているが、4月初に平壌公演する韓国芸術団の具体的なスケジュールについて、中央日報の記事「芸術団合同練習...」(3/29)は次のように報じている。(抜粋)
なお、この記事は「政治」欄に置かれている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの4月予定”)
-------------------------------------------------
「春が来る(봄이 온다)」というタイトル(題目)がついた我が国の芸術団の単独公演は 4月1日午後5時から「東平壌大劇場」で、南北合同公演は 3日午後「柳京鄭周永体育館」で、それぞれ2時間ほど繰り広げられる。
-------------------------------------------------

2025年1月27日月曜日

椿(ツバキ)

冬になって公園で見かける樹の花に、花弁が散る「サザンカ」がある。花一輪ごと落ちる「椿(ツバキ)」とあまり出会わなかったが、先日(1/25)公園の外周を回ったとき、民有地側の柵越しに咲いたツバキの花が丸ごと路面側に落ちていた。久し振りの光景だ。

(本ブログ関連:”ツバキ”)

「椿」の言葉でいえば、テレビで知った「五瓣の椿」(山本周五郎 原作)のドラマの壮絶な主人公が浮かんでくる。ポピュラーなイメージから演歌「アンコ椿」(都はるみ)の方が順当かもしれないが(伊豆大島の「椿油」しかり)。名前つながりで洒落ていえば、映画「椿三十郎」(三船敏郎主演)だろう、主人公は無敵だ。椿には、かくのごとくいろいろな色合いがあるようだ。

椿の花について、柳田国男の「雪国の春」の項「樹の花」に、次のように記されている。(福井県)若狭について紀行した文末に「八百比丘尼」と <椿> の結びつきを触れるとは・・・海辺に咲く椿の花が、海中の竜宮と陸地を結ぶ。実際のところ椿の分布には、下記に転載するように、人手による考え方があるようだが。そして、その広がりの役割を果たしたのに、永遠(一応八百年を区切りにする)の若さを持った「八百比丘尼」につながる(椿の花を携えた)旅人があったという。

(本ブログ関連;”八百比丘尼”)

■ 青空文庫
「雪国の春」(柳田国男、1956年(昭和31年))
https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/54403_54217.html
同文の【椿の旅】の項より抜粋
----------------------------------------------------------
 全体に椿という木の分布順序については、まだ若干の学者の考え残しがあるように思う。太平洋岸でも気仙、唐桑以北の数か所、日本海の方でも津軽の深浦、それから青森湾内の小湊その他の岬の蔭に、おおよそ鳥が実をついばんで一息に飛ぶ距離の、五倍か七倍かの間隔をもって、いずれも一団の林をなして成長繁茂するのを、果して自然界のでたらめと見ることができるであろうかどうか。

 しかも他の一方には若狭の八百比丘尼のごとく、玉椿*の枝を手に持って、諸国を巡歴したという旅人はあったのである。愛する土地の美女と約束をして、またの年には椿の実を携えて再び訪ねてきたら、これを見て悦ぶべき恋人はもう死んでいたので、それを地に投じて歎き慕うていると、芽を吐き成長して神の樹となったという類の言い伝えも、土地によっては残っているのである。それからまたこの木の茂る所は、たいていは神の杜である。無論椿存在の奇異が、神を祀った原因であったとも言いうるが、とにかくに人とこの植物との関係は昨今でなく、また鳥などよりも親しみが深かったのである。

 植物には榎(えのき)や柳のごとく、庭木でないまでも里の木であって、山野に行けばかえってしだいに少なくなるものが稀れでない。これらを存在せしめるだけでも人間の意思であった。奥羽に向かってはその上に積極的に、若干の努力が加わっているかと思う。人が考えて移し試みなかったならば、椿などはとうてい雪国には入りえなかったろう。この細長い日本という島は、常にチューブのごとくまた心太(ところてん)の箱のごとく、ある力があって常に南方の文物を、北に向かって押し出していたのである。椿が稲や田芋と同じ程度に、人間生活との交渉の深いものでなかったということは、天然信仰の一向に研究せられぬこの国においては、まだまだ断言しうる者はないはずである。あるいはこれもまた隠れたる一つの史蹟記念物であって、単なる天然の記念物ではなかったかもしれぬのである。むやみに専門家の独断を信じないことにしよう。
----------------------------------------------------------
(*)玉椿: ツバキの美称

八百比丘尼については、あらためて記したい。