今年もノーベル賞の季節になった。庶民として、縁遠いとはいえ、日本人が受賞するとなぜかうれしい。今年の最初の発表(本日)である「ノーベル医学・生理学賞」に日本の研究者が受賞されたという。
産経新聞の記事「本庶佑(ほんじょ・たすく)氏にノーベル医学・生理学賞 がん免疫治療薬を開発」(10/1)は、がん免疫治療に通じる研究をされた、京都大特別教授の本庶佑氏の受賞について次のように報じている。(抜粋)
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・スウェーデンのカロリンスカ研究所は1日、2018年のノーベル医学・生理学賞を、免疫を抑制するタンパク質を発見し、がん免疫治療薬「オプジーボ」の開発につなげた京都大特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)氏(76)ら2氏に授与すると発表した。免疫を抑える働きを阻害することでがんを治療する画期的な免疫療法を確立し、がん治療に新たな道を開いた功績が評価された。
・他の受賞者は米テキサス州立大のジェームズ・アリソン博士。
・日本人のノーベル賞受賞は2年ぶりで計24人。昨年のカズオ・イシグロ氏ら外国籍を含め計27人となった。医学・生理学賞は大隅良典氏に続き計5人。
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本庶佑京都大特別教授は、受賞会見の席上、子どもたちへ向けたメッセージを発信されたそうだ。科学の心を継承する環境作りは、大人たちすべての責任だ。
2018年10月1日月曜日
台風24号と新学期
災害は経験して初めてその恐怖を実感するもの。離れた場所や遠い過去のことは、分かったつもりでも、残念ながら頭の中の理解に過ぎない。
「東日本大震災」のときの、激しい揺れと石塀の倒壊といった経験は、生々しく、倒れた塀の下に、もしかしたら近所の子どもがいたらと思った瞬間、手が震えたことを(幸い、石の撤去だけですんだが)忘れることはできない。
今回の「台風24号」もそう。今日の日付に変わった深夜、午前0時前後の一時間ほど、激しく続く豪雨と強風にさらされた。今までにない、恐れを感じた。上空でうなり声をあげながら叩き付ける風雨のすさまじさが耳に残る。
(本ブログ関連:”東日本大震災1、東日本大震災2”、”台風24号”)
台風がこのところ変だ。そんな台風も、通り抜けてしまえば、朝はいつものように明るい。まるで夏のような暑さにくるまれて、空には一点の曇りなく、木々は陽射しを受けてきらきらと輝いて見えた。台風一過の、本当なら清清しい朝だろうけれど、午前0時過ぎの恐れが未だ残っている。
ところで、今週から会話教室の秋期コースが始まる。今日(月曜日)は韓国語教室が、木曜日はイディッシュ語教室がスタートする。8月、9月の夏休みをあけて、久し振りに全員集合。
今晩の韓国語教室に、若い人の参加者が増え、全体の雰囲気を若返らせてくれた。彼らのエネルギーに連れられて私も頑張りたい。そして、先生の工夫を重ねたご指導を今回も受けられることに感謝申しあげたい。
「東日本大震災」のときの、激しい揺れと石塀の倒壊といった経験は、生々しく、倒れた塀の下に、もしかしたら近所の子どもがいたらと思った瞬間、手が震えたことを(幸い、石の撤去だけですんだが)忘れることはできない。
今回の「台風24号」もそう。今日の日付に変わった深夜、午前0時前後の一時間ほど、激しく続く豪雨と強風にさらされた。今までにない、恐れを感じた。上空でうなり声をあげながら叩き付ける風雨のすさまじさが耳に残る。
(本ブログ関連:”東日本大震災1、東日本大震災2”、”台風24号”)
台風がこのところ変だ。そんな台風も、通り抜けてしまえば、朝はいつものように明るい。まるで夏のような暑さにくるまれて、空には一点の曇りなく、木々は陽射しを受けてきらきらと輝いて見えた。台風一過の、本当なら清清しい朝だろうけれど、午前0時過ぎの恐れが未だ残っている。
ところで、今週から会話教室の秋期コースが始まる。今日(月曜日)は韓国語教室が、木曜日はイディッシュ語教室がスタートする。8月、9月の夏休みをあけて、久し振りに全員集合。
今晩の韓国語教室に、若い人の参加者が増え、全体の雰囲気を若返らせてくれた。彼らのエネルギーに連れられて私も頑張りたい。そして、先生の工夫を重ねたご指導を今回も受けられることに感謝申しあげたい。
2018年9月30日日曜日
今年も3/4が過ぎる
月の始めは月曜日がよい。今日は9月の終わりで日曜日(9/30)、そして明日から10月が始まり、その初日が月曜日(10/1)となる。いい按配である。
1年の経過を、このブログで、一個のリンゴの食い具合に例えている。とすれば、今日までに3/4食ってしまったことになる。あっという間のことだ。そして残り1/4しかないのにあわてる。リンゴを大方食ってしまい我に返る。若けりゃ先を見るのだが、おじさんには足元しか見ないのだ。
(本ブログ関連:”リンゴ”)
この後、10月にちゃらちゃらした若者が目立つ「ハロウィン」、11月に(縁はないが)ちゃらちゃらした大人の「ボジョレー・ヌーヴォー解禁」、12月に唯一まともな行事になった「クリスマス」(昔は三角帽子の酔っ払いが騒いでいた)と賑やかなことが続く。
でも、現実はせわしい。テレビの番組表を見て驚いた。四国南端から和歌山方面に進入した「台風24号」の日本縦断警戒のため、NHKは今晩の番組を改めて、「ニュース『台風24号』関連」に全て切り替えている。公共放送本来の役割を果たしている。
1年の経過を、このブログで、一個のリンゴの食い具合に例えている。とすれば、今日までに3/4食ってしまったことになる。あっという間のことだ。そして残り1/4しかないのにあわてる。リンゴを大方食ってしまい我に返る。若けりゃ先を見るのだが、おじさんには足元しか見ないのだ。
(本ブログ関連:”リンゴ”)
この後、10月にちゃらちゃらした若者が目立つ「ハロウィン」、11月に(縁はないが)ちゃらちゃらした大人の「ボジョレー・ヌーヴォー解禁」、12月に唯一まともな行事になった「クリスマス」(昔は三角帽子の酔っ払いが騒いでいた)と賑やかなことが続く。
でも、現実はせわしい。テレビの番組表を見て驚いた。四国南端から和歌山方面に進入した「台風24号」の日本縦断警戒のため、NHKは今晩の番組を改めて、「ニュース『台風24号』関連」に全て切り替えている。公共放送本来の役割を果たしている。
2018年9月29日土曜日
イ・ソンヒの詩 「片思い」
雨降りに出かけるのも気が重く、しょうもなく過ごしてしまった。10月から秋期コースが始まるというのに、雨をいいわけに予習をサボっている。
テレビで、洞窟好きのNHKらしい「秋芳洞」の鍾乳洞新発見についての話題(再放送か?)や、NHKスペシャルで伊豆諸島の先に浮かぶ「孀婦(そうふ)岩」の岩石(組成)や海底の深海魚調査のドキュメントに見入っていた。NHKの受信料は、科学系番組、および災害情報のためと思っている。
そんなわけですることなく、以前の今日のブログを見ると、イ・ソンヒの詩 「片思い」の朗読があった。なんとも可愛らしい声をした、イ・ソンヒの自作詩朗唱集「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈꿀 수 있다)」(1990年)に所収の「片思い(짝사랑)」を、カセットテープの映像を身ながら聞くことができる。(もちろんLP版の音源もある・・・持ってますよ)
(本ブログ関連:”「去る者だけが愛を夢見ることができる」”)
まるで、思えど届かぬ、たどり着かぬ外国語習得のようなものなのであります。
私に あなたがどんな意味なのか
あなたは お分かりにならないでしょう
けれど あなたが分からないといって
悲しがったり しないつもりです
ただ あなたが居るところに 私の
暖かい 祈りが届くように願うだけです
ひとりおぼつかないときは
もっと多くの勇気を振るうつもりです
もっと多くの愛で 立っているつもりです
初めてかなわぬ困難が
私の心にいっぱいだけれど
その心は全てあなたに向かっています
ひとり 愛が折れそうにさまよいます
(Youtubeに登録の이원호に感謝)
テレビで、洞窟好きのNHKらしい「秋芳洞」の鍾乳洞新発見についての話題(再放送か?)や、NHKスペシャルで伊豆諸島の先に浮かぶ「孀婦(そうふ)岩」の岩石(組成)や海底の深海魚調査のドキュメントに見入っていた。NHKの受信料は、科学系番組、および災害情報のためと思っている。
そんなわけですることなく、以前の今日のブログを見ると、イ・ソンヒの詩 「片思い」の朗読があった。なんとも可愛らしい声をした、イ・ソンヒの自作詩朗唱集「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈꿀 수 있다)」(1990年)に所収の「片思い(짝사랑)」を、カセットテープの映像を身ながら聞くことができる。(もちろんLP版の音源もある・・・持ってますよ)
(本ブログ関連:”「去る者だけが愛を夢見ることができる」”)
まるで、思えど届かぬ、たどり着かぬ外国語習得のようなものなのであります。
私に あなたがどんな意味なのか
あなたは お分かりにならないでしょう
けれど あなたが分からないといって
悲しがったり しないつもりです
ただ あなたが居るところに 私の
暖かい 祈りが届くように願うだけです
ひとりおぼつかないときは
もっと多くの勇気を振るうつもりです
もっと多くの愛で 立っているつもりです
初めてかなわぬ困難が
私の心にいっぱいだけれど
その心は全てあなたに向かっています
ひとり 愛が折れそうにさまよいます
(Youtubeに登録の이원호に感謝)
2018年9月28日金曜日
宇宙ステーション補給機「こうのとり」、ISSと結合
宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV7)が、国際宇宙ステーション(ISS)と無事結合したと、時事通信の記事「こうのとり、ISSにドッキング=11月に小型カプセル回収-JAXA」(9/28)は次のように報じた。
(本ブログ関連:”こうのとり”)
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・日本の無人補給機「こうのとり」7号機が28日午前3時すぎ、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングを完了した。同4時40分ごろにはISSとの間のハッチが開かれ、滞在中の宇宙飛行士が中に入った。
・今後、運んできた日本製大型リチウムイオン電池(電力システムのアップグレード)のISSへの取り付けや、貨物の運び込みなどを行い、11月上旬ごろISSから分離する。大気圏再突入の際、実験試料を収めた小型回収カプセル*が「こうのとり」から切り離され、南鳥島近海に着水。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が船で回収する。
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(*) 「カプセル」のサイズ: 時事通信(9/23)によれば、「小型回収カプセルは直径約84センチ、高さ66センチの円すいに似た形状。内部にタイガー魔法瓶が開発した真空二重容器(容積30リットル)」とのこと。
宇宙ステーション補給機「こうのとり」は、ISS乗組員のために5トン以上の物資を補給するわけで、その規模から、いろいろ夢想してしまう。「こうのとり」に秘かに乗って、ISSへ密航できないかと空想した子どもも多いことだろう。
(Youtubeに登録のFNN.jpプライムオンラインに感謝)
(本ブログ関連:”こうのとり”)
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・日本の無人補給機「こうのとり」7号機が28日午前3時すぎ、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングを完了した。同4時40分ごろにはISSとの間のハッチが開かれ、滞在中の宇宙飛行士が中に入った。
・今後、運んできた日本製大型リチウムイオン電池(電力システムのアップグレード)のISSへの取り付けや、貨物の運び込みなどを行い、11月上旬ごろISSから分離する。大気圏再突入の際、実験試料を収めた小型回収カプセル*が「こうのとり」から切り離され、南鳥島近海に着水。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が船で回収する。
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(*) 「カプセル」のサイズ: 時事通信(9/23)によれば、「小型回収カプセルは直径約84センチ、高さ66センチの円すいに似た形状。内部にタイガー魔法瓶が開発した真空二重容器(容積30リットル)」とのこと。
宇宙ステーション補給機「こうのとり」は、ISS乗組員のために5トン以上の物資を補給するわけで、その規模から、いろいろ夢想してしまう。「こうのとり」に秘かに乗って、ISSへ密航できないかと空想した子どもも多いことだろう。
(Youtubeに登録のFNN.jpプライムオンラインに感謝)
2018年9月27日木曜日
Beer Cellar Tokyo
狛江市にある「クラフトビール」と「サイダー(シードル)」の店「Beer Cellar Tokyo」にイディッシュ語学習仲間が集った。全員集合前に、教科書内容について熱心な受講者の質問タイムがあり、同席聴講させていただいた。この夏の不勉強を感じて喉が乾いた。
おかげで、皆と乾杯するときには、ビールの味はひとしお。喉にしみた。
いわゆる、缶ビールで知った、大手各社に共通の風味と違って、香りも味もあっさりして飲みやすい。1つ2つと銘柄を変えたものの、そのうちアルコール度数が恋しくなり、濃い物を頼んだ・・・。最後は、サイダー(シードル)でしめたけれど。
(本ブログ関連:”ビール”)
店まで、都下を東西に平行して走る3本電車路線を、南北に通り抜けて行くのに少々手間取った。最適な道順を知らないからだ。ジョルダンの「乗換案内」ツールを参考にしたものの、日頃遠出していないため足元がふらつき、冷えた日にもかかわらず汗が止まない。そんなこともあって、ビールがとても美味かった。
今回のビール会は、もう一つ大きな理由がある。クラスメイトであるミュージシャンが、この夏にポーランドで開催されたクレツマー音楽祭に日本(アジア)を代表して参加された。野外ステージやコンサート会場で、イディッシュ語で歌ったことから、現地のイディッシュのひとびとが大きな感動を覚えたようだ。そのときの様子を、プロジェクターで投影して紹介された。
先生のご家族、これから秋期コースに参加される方、夏期コースに参加された方々が集った。アルコールの力も手伝って和気藹々。勢い、イディッシュ語への取り組みを再確認した次第。秋期コースが楽しみだ。
おかげで、皆と乾杯するときには、ビールの味はひとしお。喉にしみた。
いわゆる、缶ビールで知った、大手各社に共通の風味と違って、香りも味もあっさりして飲みやすい。1つ2つと銘柄を変えたものの、そのうちアルコール度数が恋しくなり、濃い物を頼んだ・・・。最後は、サイダー(シードル)でしめたけれど。
(本ブログ関連:”ビール”)
店まで、都下を東西に平行して走る3本電車路線を、南北に通り抜けて行くのに少々手間取った。最適な道順を知らないからだ。ジョルダンの「乗換案内」ツールを参考にしたものの、日頃遠出していないため足元がふらつき、冷えた日にもかかわらず汗が止まない。そんなこともあって、ビールがとても美味かった。
今回のビール会は、もう一つ大きな理由がある。クラスメイトであるミュージシャンが、この夏にポーランドで開催されたクレツマー音楽祭に日本(アジア)を代表して参加された。野外ステージやコンサート会場で、イディッシュ語で歌ったことから、現地のイディッシュのひとびとが大きな感動を覚えたようだ。そのときの様子を、プロジェクターで投影して紹介された。
先生のご家族、これから秋期コースに参加される方、夏期コースに参加された方々が集った。アルコールの力も手伝って和気藹々。勢い、イディッシュ語への取り組みを再確認した次第。秋期コースが楽しみだ。
2018年9月26日水曜日
久米仙人
仙人は山奥に棲み神通力を示すもの。空を飛ぶなんてたやすい。久米仙人もそうだった。ところが、飛翔の途中、眼下の川辺で洗濯する女性の足を見てしまい、空から落っこちてしまう・・・余りにも知られた話だ。久米仙人の中に、生身の人間が登場する滑稽さは可笑しく楽しい。男ならみな同感する。
(本ブログ関連:”久米仙人”、”仙人”)
奈良の橿原神宮(かしはらじんぐう)の南東に久米寺があり、久米仙人の伝説と縁があるという。神仙と仏教が合体したのだろうか。そのあたりに事情を知りたいものだ。橿原市の久米寺の紹介に、「聖徳太子の弟だった来目皇子(くめのおうじ)の創建」とある。久米=来目につながるような話題が紹介されている。また、久米仙人が神通力を発揮したのは、東大寺大仏殿の建立の際だったと記されている。仏教が国家宗教の時代の物語で、次に引用する児童書と違う場所なのが興味深い。
児童向け読み物「日本国民伝説」(高木敏雄, 小笠原省三著、敬文館、大正6年(1917年))に、「久米仙人(くめのせんにん)」の話が紹介されている。(抜粋)
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昔、大和の国に久米仙人と呼ばれてゐた男があった。仙術を得て自由に空を翔けまわってゐたが、ある時吉野川の上の空を飛んでゐると、その河に一人の少女(をとめ)が衣服(きもの)の裾を高くかかげて洗濯をしてゐた。久米仙人はこの少女の白い脛(すね)を空の上から見て、忽ち子心が迷ひ其処に落ちてしまった。そして少女と夫婦となって其の村に住んでゐたので、後そこを久米邑(むら)と呼ぶやうになった。
(結果、久米仙人は神通力を失いこの国のひととなった)
(天皇が宮殿(みや)を作るとき、其処に住む民を召した)
ある時官人(やくにん)は久米仙人に戯れて、
「おまへはもと仙人だったそうだが、今でも此の木を祈って飛ばすことが出来るか」
と云った。久米は聞いて
「出来るか如何(どう)か試して見ませう」
(家に籠(こ)もって一心不乱に祈って南の山にあった木を宮殿を作る所へ飛ばした)
これから後里人は、畏(おそ)れ敬(うやま)ふやうになったと云ふ。
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(本ブログ関連:”久米仙人”、”仙人”)
奈良の橿原神宮(かしはらじんぐう)の南東に久米寺があり、久米仙人の伝説と縁があるという。神仙と仏教が合体したのだろうか。そのあたりに事情を知りたいものだ。橿原市の久米寺の紹介に、「聖徳太子の弟だった来目皇子(くめのおうじ)の創建」とある。久米=来目につながるような話題が紹介されている。また、久米仙人が神通力を発揮したのは、東大寺大仏殿の建立の際だったと記されている。仏教が国家宗教の時代の物語で、次に引用する児童書と違う場所なのが興味深い。
児童向け読み物「日本国民伝説」(高木敏雄, 小笠原省三著、敬文館、大正6年(1917年))に、「久米仙人(くめのせんにん)」の話が紹介されている。(抜粋)
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昔、大和の国に久米仙人と呼ばれてゐた男があった。仙術を得て自由に空を翔けまわってゐたが、ある時吉野川の上の空を飛んでゐると、その河に一人の少女(をとめ)が衣服(きもの)の裾を高くかかげて洗濯をしてゐた。久米仙人はこの少女の白い脛(すね)を空の上から見て、忽ち子心が迷ひ其処に落ちてしまった。そして少女と夫婦となって其の村に住んでゐたので、後そこを久米邑(むら)と呼ぶやうになった。
(結果、久米仙人は神通力を失いこの国のひととなった)
(天皇が宮殿(みや)を作るとき、其処に住む民を召した)
ある時官人(やくにん)は久米仙人に戯れて、
「おまへはもと仙人だったそうだが、今でも此の木を祈って飛ばすことが出来るか」
と云った。久米は聞いて
「出来るか如何(どう)か試して見ませう」
(家に籠(こ)もって一心不乱に祈って南の山にあった木を宮殿を作る所へ飛ばした)
これから後里人は、畏(おそ)れ敬(うやま)ふやうになったと云ふ。
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2018年9月25日火曜日
秋の歌
「青空文庫」に、この時期に合ったタイトルで、寺田寅彦(1878年~1935年)のスケッチのような小文「秋の歌」が載っている。彼の説き明かす談義は、明治・大正の物理学者らしい視点で世の中に風を吹き込んだ、そんな人だけに、この文章には面食らった。書き出しにあるように、まさに「独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る」のだが、一体どうしたというのでしょう。
寺田寅彦が夢見た世界へ誘うのは、E.ジンバリストがヴァイオリン演奏した、チャイコフスキーのピアノ曲集「四季」から「秋の歌」という小曲のレコードだそうだ。10月にあたる歌という、これから迎える月に何ともセンチメンタルな・・・、でもちょっとそんな気分になるような。(Youtubeに本来のピアノ演奏もあって、枯葉が、そ~っと舞い散るように聞くこともできる)
(Youtubeに登録のuchukyoku1に感謝)
寺田寅彦が夢見た世界へ誘うのは、E.ジンバリストがヴァイオリン演奏した、チャイコフスキーのピアノ曲集「四季」から「秋の歌」という小曲のレコードだそうだ。10月にあたる歌という、これから迎える月に何ともセンチメンタルな・・・、でもちょっとそんな気分になるような。(Youtubeに本来のピアノ演奏もあって、枯葉が、そ~っと舞い散るように聞くこともできる)
(Youtubeに登録のuchukyoku1に感謝)
2018年9月24日月曜日
十五夜 2018
旧暦8月15日の今日、残念ながら夜になって小雨が降りあいにくの空模様。「十五夜」の「中秋の名月」はお預けになったが、「満月」となる明晩に「月見」できることを期待したい。(「国立天文台」のホームページの「中秋の名月(2018年9月)」に「中秋の名月と満月の日付がずれること」について解説リンクがある)
(本ブログ関連:”十五夜”)
連休が続いてすっかり忘れていた。近くの公園で、「お月見のつどい」が一昨日、昨日と催されていたのだ。いつもは、祭りに並んだ屋台(地元のボランティア団体が多い)から「月見団子」を購入していた・・・。
実は今日、町の菓子屋で(彼岸明けに至ってないから問題ないが)、目の前に置かれた「おはぎ」を買ってしまった。その横に、小さな山型に積まれた「月見団子」が売られていた。「十五夜」だから十五個だそうだ。明日は必ず、「月見団子」を食べながら月見しようかと思う。(ちなみに「月見団子」は、餡をくるんでいるわけではない、団子の素の味のままだ)
十五夜だからと軽い気持ちで、童謡「十五夜お月さん」(作詞:野口雨情、作曲:本居長世、大正9年(1920年))を何気なく聴いた。なんだかねえ、こんなにも悲しい気分にさせる歌だったとは・・・。もし、この歌の時代の人が現代を見てどう思うか聞いてみたい。何が変わって、何が変わらないのかと。
(Youtubeに登録のキッズボンボン TVに感謝)
(本ブログ関連:”十五夜”)
連休が続いてすっかり忘れていた。近くの公園で、「お月見のつどい」が一昨日、昨日と催されていたのだ。いつもは、祭りに並んだ屋台(地元のボランティア団体が多い)から「月見団子」を購入していた・・・。
実は今日、町の菓子屋で(彼岸明けに至ってないから問題ないが)、目の前に置かれた「おはぎ」を買ってしまった。その横に、小さな山型に積まれた「月見団子」が売られていた。「十五夜」だから十五個だそうだ。明日は必ず、「月見団子」を食べながら月見しようかと思う。(ちなみに「月見団子」は、餡をくるんでいるわけではない、団子の素の味のままだ)
十五夜だからと軽い気持ちで、童謡「十五夜お月さん」(作詞:野口雨情、作曲:本居長世、大正9年(1920年))を何気なく聴いた。なんだかねえ、こんなにも悲しい気分にさせる歌だったとは・・・。もし、この歌の時代の人が現代を見てどう思うか聞いてみたい。何が変わって、何が変わらないのかと。
(Youtubeに登録のキッズボンボン TVに感謝)
2018年9月23日日曜日
秋分の日 2018
スーパーの食料品売り場に、パック入りのおはぎ、串団子などがずらりと並び積まれていた。今日は祝日、昼と夜の長さが(ほぼ)同じになる「秋分の日」だ。彼岸の中日であり、この時期おはぎが供物となり食べられる。祝日にふさわしく、朝から晴れて温暖、過ごしやすい一日だった。
(本ブログ関連:”秋分の日”)
ところで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」について、今日の日付に変わった「2時52分27秒、種子島宇宙センターから宇宙ステーション補給機『こうのとり』7号機を搭載したH-IIBロケット7号機を打ち上げました。ロケットは正常に飛行し、打ち上げから約14分59秒後(高度約290km)に『こうのとり』7号機を正常に分離した事を確認しました。」と発表された。
(本ブログ関連:”こうのとり”)
・朝日新聞の記事「H2Bロケット打ち上げ成功 兄弟機とあわせ40回連続」(9/23)は、「H2Bは、全長56.6メートル、重さ531トンで、国産最大のロケット。2009年の1号機以降、今回を含めて7回全ての打ち上げに成功している。兄弟機のH2Aと合わせると、2005年から40回連続の成功となる。」と報じている。(抜粋)
・毎日新聞の記事「JAXA 『こうのとり』打ち上げ成功 ISS(国際宇宙ステーション)に物資輸送」(9/23)は、「こうのとりはISSに滞在する宇宙飛行士の生活物資や実験装置を運ぶ。約6トンの輸送量は現役では世界最大。今回は初めて実験試料を地球に持ち帰るための小型カプセル(真空断熱容器(容量約30リットル))を搭載しており、ISSに物資を届けた後、カプセルに試料を入れて大気圏に突入させる実験を予定している。」と報じている。(抜粋)
(凄い映像、H2Bロケット第一段に付いた固体ロケットブースター (SRB-A) の分離も見えるよ!)
(Youtubeに登録のTane Solaたねそらに感謝)
付記
テレビ番組「情熱大陸」に、ボランティアの尾畠春夫さんが紹介された。尾畠さんの生き方、言葉に感銘し、けじめのつけ方に庶民として共感する。
(本ブログ関連:”秋分の日”)
ところで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」について、今日の日付に変わった「2時52分27秒、種子島宇宙センターから宇宙ステーション補給機『こうのとり』7号機を搭載したH-IIBロケット7号機を打ち上げました。ロケットは正常に飛行し、打ち上げから約14分59秒後(高度約290km)に『こうのとり』7号機を正常に分離した事を確認しました。」と発表された。
(本ブログ関連:”こうのとり”)
・朝日新聞の記事「H2Bロケット打ち上げ成功 兄弟機とあわせ40回連続」(9/23)は、「H2Bは、全長56.6メートル、重さ531トンで、国産最大のロケット。2009年の1号機以降、今回を含めて7回全ての打ち上げに成功している。兄弟機のH2Aと合わせると、2005年から40回連続の成功となる。」と報じている。(抜粋)
・毎日新聞の記事「JAXA 『こうのとり』打ち上げ成功 ISS(国際宇宙ステーション)に物資輸送」(9/23)は、「こうのとりはISSに滞在する宇宙飛行士の生活物資や実験装置を運ぶ。約6トンの輸送量は現役では世界最大。今回は初めて実験試料を地球に持ち帰るための小型カプセル(真空断熱容器(容量約30リットル))を搭載しており、ISSに物資を届けた後、カプセルに試料を入れて大気圏に突入させる実験を予定している。」と報じている。(抜粋)
(凄い映像、H2Bロケット第一段に付いた固体ロケットブースター (SRB-A) の分離も見えるよ!)
(Youtubeに登録のTane Solaたねそらに感謝)
付記
テレビ番組「情熱大陸」に、ボランティアの尾畠春夫さんが紹介された。尾畠さんの生き方、言葉に感銘し、けじめのつけ方に庶民として共感する。
2018年9月22日土曜日
「MINERVA-Ⅱ」1Aと1B、小惑星「リュウグウ」着陸
小惑星探査機「はやぶさ2」が、小惑星の「リュウグウ」にタッチダウンする前に、2つの探査機ローバー「MINERVA-Ⅱ」の1Aと1Bを投下し、「リュウグウ」に無事着陸させたと、日経新聞の記事「はやぶさ2の探査ロボ、小惑星『りゅうぐう』に着陸」(9/22)は、次のように報じている。(抜粋)
(本ブログ関連:”MINERVA-Ⅱ”)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)発表の写真から、「リュウグウ」表面を移動中(ホップ中)の「MINERVA-Ⅱ」のダイナミックな動きを感じとることができる。
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・宇宙航空研究開発機構(JAXA)は22日、探査機「はやぶさ2」の投下した探査ロボット(「MINERVA-Ⅱ」の1Aと1B)2台が小惑星「りゅうぐう」に着陸したと発表した。・・・
・地球から3億キロメートル離れた直径900メートルの小惑星に、直径18センチメートル、高さ7センチメートルの小型ロボット2台が降り立った。
・津田雄一PMは「小惑星の表面を移動しての探査は世界で初めてでうれしい・・・」とのコメントを発表した。
・小惑星は赤道での重力が地球の8万分の1程度と小さい。車輪で走ると空回りするため、探査ロボットはバッタのように跳びはねて進む。内蔵のモーターで勢いをつけ、15メートル先まで跳ぶ。滞空時間は最長15分に達する。
・「はやぶさ2」は10月下旬から3度の着陸で、生命の起源を解明する手がかりとなる有機物などを含む岩石を採取する。19年末に「りゅうぐう」を離れ、20年末に地球へ持ち帰る予定だ。
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(本ブログ関連:”MINERVA-Ⅱ”)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)発表の写真から、「リュウグウ」表面を移動中(ホップ中)の「MINERVA-Ⅱ」のダイナミックな動きを感じとることができる。
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・宇宙航空研究開発機構(JAXA)は22日、探査機「はやぶさ2」の投下した探査ロボット(「MINERVA-Ⅱ」の1Aと1B)2台が小惑星「りゅうぐう」に着陸したと発表した。・・・
・地球から3億キロメートル離れた直径900メートルの小惑星に、直径18センチメートル、高さ7センチメートルの小型ロボット2台が降り立った。
・津田雄一PMは「小惑星の表面を移動しての探査は世界で初めてでうれしい・・・」とのコメントを発表した。
・小惑星は赤道での重力が地球の8万分の1程度と小さい。車輪で走ると空回りするため、探査ロボットはバッタのように跳びはねて進む。内蔵のモーターで勢いをつけ、15メートル先まで跳ぶ。滞空時間は最長15分に達する。
・「はやぶさ2」は10月下旬から3度の着陸で、生命の起源を解明する手がかりとなる有機物などを含む岩石を採取する。19年末に「りゅうぐう」を離れ、20年末に地球へ持ち帰る予定だ。
-----------------------------------------------------
イ・ソンヒの「愛しただけなのに」
イ・ソンヒは、シンガーソングライターとして以前から発表の機会うかがっていたが、アルバム10集(1996年)のときに実現することができた(・・・時代がようやく変わった)。その中に、彼女が作詞・作曲した「愛しただけなのに(사랑했을 뿐인데)」がある。
しっとりとした余情を残しながらも、イ・ソンヒらしい声の強さと曲調から、過去を引くでもない離すでもない芯の強さが見え隠れしてきて、やっぱり彼女らしさを感じる。
(本ブログ関連:”愛しただけなのに”)
手にできぬ、あなただから
この夜もっと、さびしい Uu... Uu...
お互いが、なぜ遠ざかるの
お互いは、こんなものだったの
その明かりのもとで、私にくれながら
私のすべて、みな持ってしまって UuuUu...
笑いもなく、終わりにしようって
私の弱い心に、メスを入れるのね
愛しただけなのに
一日も欠かさず、会いたいと
あなた一人だけ、信じて待って欲しいと
その明かりのもとで、私にくれながら
私のすべて、みな持ってしまって UuuUu...
笑いもなく、終わりにしようって
私の弱い心に、メスを入れるのね
愛しただけなのに
(Youtubeに登録のhirekatu3に感謝)
しっとりとした余情を残しながらも、イ・ソンヒらしい声の強さと曲調から、過去を引くでもない離すでもない芯の強さが見え隠れしてきて、やっぱり彼女らしさを感じる。
(本ブログ関連:”愛しただけなのに”)
手にできぬ、あなただから
この夜もっと、さびしい Uu... Uu...
お互いが、なぜ遠ざかるの
お互いは、こんなものだったの
その明かりのもとで、私にくれながら
私のすべて、みな持ってしまって UuuUu...
笑いもなく、終わりにしようって
私の弱い心に、メスを入れるのね
愛しただけなのに
一日も欠かさず、会いたいと
あなた一人だけ、信じて待って欲しいと
その明かりのもとで、私にくれながら
私のすべて、みな持ってしまって UuuUu...
笑いもなく、終わりにしようって
私の弱い心に、メスを入れるのね
愛しただけなのに
(Youtubeに登録のhirekatu3に感謝)
2018年9月21日金曜日
(雑談)元気な中高年登山でも
高齢者が、勘違い・不注意で起す自動車事故が社会問題になっていて、運転免許証更新時に認知症検査の必要性がいわれる。指摘されてはじめて免許証を返納するよりは、早めに自覚して、手放したらと思うのだが。自動車が生活手段になっている人には難しいのかもしれない。
かくいう私は、随分前に運転免許証を返納した。代わりに「運転経歴証明証」が発行され、公的な身分証になる。長年ペーパードライバーだったので何の不自由もない。(私の場合、Youtubeで海外の自動車事故映像を何度も見ているうち決断した)
ところで、先日の「敬老の日」(9/17)のブログに、「朝方の駅に、トレッキング姿の山爺・山婆たちがたむろするのが日常」と記した。そんな元気な中高年登山者が多い分、山岳事故・遭難が気掛かりになる。歳相応に体力・判断力が鈍ってきたのを認められず、無理をしてないか心配する。
高い山登りの経験は全くないが、山岳事故の場所といえば、子どものころから耳にした「谷川岳」が浮かぶ。この山の底を、小説「雪国」の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」と語られる「清水トンネル」が通っていて、その頭上で山岳事故というのも不思議な気がする。
谷川岳の「一ノ倉沢」(通称「衝立岩(ついたていわ)」)の遭難を何度も聞いてきた。ショッキングな事件も記憶に残っている。他の山地と比べて、遭難者の数がずば抜けて多いという。
今はどうなのだろうか。昔の「山登り」には、ロマンを気取った風があった。だから、山岳事故に、どことなくそんな気配を感じた。自称クライマーたちは自身を「山男」と呼び、「娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ 山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ」(「山男の歌」)と歌っていた。
年寄りが、今も「山男の歌」の気分のままだとしたら、無理しない方がよいのだが。
(資料)
・「年齢層別山岳遭難者の割合(過去10年)」グラフ(「初めてのハイキング」)
・「中高年の登山者とメディカルチェック」(大森薫雄)
かくいう私は、随分前に運転免許証を返納した。代わりに「運転経歴証明証」が発行され、公的な身分証になる。長年ペーパードライバーだったので何の不自由もない。(私の場合、Youtubeで海外の自動車事故映像を何度も見ているうち決断した)
ところで、先日の「敬老の日」(9/17)のブログに、「朝方の駅に、トレッキング姿の山爺・山婆たちがたむろするのが日常」と記した。そんな元気な中高年登山者が多い分、山岳事故・遭難が気掛かりになる。歳相応に体力・判断力が鈍ってきたのを認められず、無理をしてないか心配する。
高い山登りの経験は全くないが、山岳事故の場所といえば、子どものころから耳にした「谷川岳」が浮かぶ。この山の底を、小説「雪国」の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」と語られる「清水トンネル」が通っていて、その頭上で山岳事故というのも不思議な気がする。
谷川岳の「一ノ倉沢」(通称「衝立岩(ついたていわ)」)の遭難を何度も聞いてきた。ショッキングな事件も記憶に残っている。他の山地と比べて、遭難者の数がずば抜けて多いという。
今はどうなのだろうか。昔の「山登り」には、ロマンを気取った風があった。だから、山岳事故に、どことなくそんな気配を感じた。自称クライマーたちは自身を「山男」と呼び、「娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ 山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ」(「山男の歌」)と歌っていた。
年寄りが、今も「山男の歌」の気分のままだとしたら、無理しない方がよいのだが。
(資料)
・「年齢層別山岳遭難者の割合(過去10年)」グラフ(「初めてのハイキング」)
・「中高年の登山者とメディカルチェック」(大森薫雄)
2018年9月20日木曜日
彼岸の入り 2018秋
暦の「雑節」に、昼と夜の長さが(ほぼ)同じになる「春分」(今年3/21)と「秋分」(今年9/23)があって、それぞれを中心(「中日」)にして、前・後に3日間の幅を設けて「彼岸」と呼ぶ。例えば、今月9/23の「秋分の日」の3日前に当る今日(9/20)を「彼岸の入り」、「秋分の日」の3日後の9/26を「彼岸明け」という。
(本ブログ関連:”彼岸”)
彼岸の行事は、本来仏教に由来するといわれるが、Wikipediaによれば「祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着した・・・日本独自のものでインドや中国の仏教にはない」という。ついでにいえば、祖先供養という考え方はキリスト教にもイスラム教にないといわれる。祖先供養が在るか無いかについて、農業など土着文化との関わりについて知りたい。
ところで、先日ブログに記した「ヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華)」の花が、なぜ仏教的な名前を付けられたのか知りたい。蓮の花ならば極楽浄土のイメージにつながるが、ヒガンバナを描いた仏画があるのだろうか。
さらに、Wikipediaによれば、ヒガンバナは中国起源で、稲作と同時に持ち込まれたとか、日本国内に咲くヒガンバナの遺伝子はずべて同一とか面白い話題がある。ヒガンバナの歴史ルートをたどると、何かが見えてくるかもしれない。
(本ブログ関連:”彼岸”)
彼岸の行事は、本来仏教に由来するといわれるが、Wikipediaによれば「祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着した・・・日本独自のものでインドや中国の仏教にはない」という。ついでにいえば、祖先供養という考え方はキリスト教にもイスラム教にないといわれる。祖先供養が在るか無いかについて、農業など土着文化との関わりについて知りたい。
ところで、先日ブログに記した「ヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華)」の花が、なぜ仏教的な名前を付けられたのか知りたい。蓮の花ならば極楽浄土のイメージにつながるが、ヒガンバナを描いた仏画があるのだろうか。
さらに、Wikipediaによれば、ヒガンバナは中国起源で、稲作と同時に持ち込まれたとか、日本国内に咲くヒガンバナの遺伝子はずべて同一とか面白い話題がある。ヒガンバナの歴史ルートをたどると、何かが見えてくるかもしれない。
2018年9月19日水曜日
回礼者から年賀郵便へ
先日、若者向け文具店を覗いたら、来年の手帳がずらりと並んでいた。気の早いもので、少し秋の風を受けて、これから先を考える気分になったのに合わせて売り出したのだろう。若者は、もう来年のスケジュールが気になっているのだろうか。
そんなことに感心しながら、別フロアにある「100円ショップ」を巡ると、店頭に来年のカレンダーが置かれていて、数がはけているように見えた。こちらは安価なので面白半分に買っているのかもしれない。
来年といえば、気が早いが、正月の年始回りの風習が思い浮かぶ。そんな、回礼者として伺う当り前だった行為が、やがて年賀状の郵送に変わった。岡本綺堂の掌文「年賀郵便」(青空文庫)にそのいきさつが記されているので抜書きする。
-------------------------------------------------
江戸時代のことは、故老の話に聴くだけであるが、自分の眼で視(み)た明治の東京――その新年の賑(にぎわ)いを今から振返ってみると、文字通りに隔世の感がある。三ヶ日は勿論であるが、七草を過ぎ、十日を過ぎる頃までの東京は、回礼者の往来で実に賑やかなものであった。
明治の中頃までは、年賀郵便を発送するものはなかった。恭賀新年の郵便を送る先は、主に地方の親戚知人で、府下でもよほど辺鄙な不便な所に住んでいない限りは、郵便で回礼の義理を済ませるということはなかった。まして市内に住んでいる人々に対して、郵便で年頭の礼を述べるなどは、あるまじき事になっていたのであるから、総ての回礼者は下町から山の手、あるいは郡部にかけて、知人の戸別訪問をしなければならない。
日清戦争は明治二十七、八年であるが、二十八年の正月は戦時という遠慮から、回礼を年賀ハガキに換える者があった。それらが例になって、年賀ハガキがだんだんに行われて来た。明治三十三年十月から私製絵ハガキが許されて、年賀ハガキに種々の意匠を加えることが出来るようになったのも、年賀郵便の流行を助けることになって、年賀を郵便に換えるのを怪まなくなった。それがまた、明治三十七、八年の日露戦争以来いよいよ激増して、松の内の各郵便局は年賀郵便の整理に忙殺され、他の郵便事務は殆ど抛擲(ほうてき)されてしまうような始末を招来したので、その混雑を防ぐために、明治三十九年の年末から年賀郵便特別扱いということを始めたのである。
-------------------------------------------------
年賀状は郵便制度のおかげでできたもの。それ以前は、回礼者となって新年の挨拶するのが当り前で、直接顔を合わさぬなど「あるまじき事」だった。わたしの子供時代は、社宅だったせいもあって、正月に父の部下が次々年始周りに来ては、酒を飲んで酔いつぶれた。数日後、父は母から小言をいわれていた。
ところで、戦後、年賀状の枚数を誇った景気のいい時代も過ぎ、新年を家庭で祝うものになってきたころから、年賀状の手書きが億劫になったようだ。次の世代から、手作り印刷の時代に変わった。「プリントゴッコ」(80~90年代)が登場したのだ。年賀状の挨拶部分(イラストや住所)の印刷でだいぶお世話になったが、宛先を書く手間だけは残った。
そこへ新たな機器が加わった。ワープロ専用機やパソコン(マイコン、PC)のおかげで、年賀状の挨拶部分だけでなく、宛先まで印刷してくれる手間の解消(省力化)が実現したのだ。それもつかのま、インターネットが急速に普及して、今度は電子メール(パソコン通信)で挨拶を済ませる、紙に痕跡すら残らぬ時代になってしまった。時代とともに挨拶の仕方まで変わる。
そういえば、こんな話をどこかで聞いたことがある(史実は未確認だが)。ドイツのプロテスタント運動の一翼を担ったのが印刷版の聖書だったが、(多分少し時代を経過してのことだろうが)「街には一軒の印刷屋があった」という・・・まるで鍛冶屋のように。
そんなことに感心しながら、別フロアにある「100円ショップ」を巡ると、店頭に来年のカレンダーが置かれていて、数がはけているように見えた。こちらは安価なので面白半分に買っているのかもしれない。
来年といえば、気が早いが、正月の年始回りの風習が思い浮かぶ。そんな、回礼者として伺う当り前だった行為が、やがて年賀状の郵送に変わった。岡本綺堂の掌文「年賀郵便」(青空文庫)にそのいきさつが記されているので抜書きする。
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江戸時代のことは、故老の話に聴くだけであるが、自分の眼で視(み)た明治の東京――その新年の賑(にぎわ)いを今から振返ってみると、文字通りに隔世の感がある。三ヶ日は勿論であるが、七草を過ぎ、十日を過ぎる頃までの東京は、回礼者の往来で実に賑やかなものであった。
明治の中頃までは、年賀郵便を発送するものはなかった。恭賀新年の郵便を送る先は、主に地方の親戚知人で、府下でもよほど辺鄙な不便な所に住んでいない限りは、郵便で回礼の義理を済ませるということはなかった。まして市内に住んでいる人々に対して、郵便で年頭の礼を述べるなどは、あるまじき事になっていたのであるから、総ての回礼者は下町から山の手、あるいは郡部にかけて、知人の戸別訪問をしなければならない。
日清戦争は明治二十七、八年であるが、二十八年の正月は戦時という遠慮から、回礼を年賀ハガキに換える者があった。それらが例になって、年賀ハガキがだんだんに行われて来た。明治三十三年十月から私製絵ハガキが許されて、年賀ハガキに種々の意匠を加えることが出来るようになったのも、年賀郵便の流行を助けることになって、年賀を郵便に換えるのを怪まなくなった。それがまた、明治三十七、八年の日露戦争以来いよいよ激増して、松の内の各郵便局は年賀郵便の整理に忙殺され、他の郵便事務は殆ど抛擲(ほうてき)されてしまうような始末を招来したので、その混雑を防ぐために、明治三十九年の年末から年賀郵便特別扱いということを始めたのである。
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年賀状は郵便制度のおかげでできたもの。それ以前は、回礼者となって新年の挨拶するのが当り前で、直接顔を合わさぬなど「あるまじき事」だった。わたしの子供時代は、社宅だったせいもあって、正月に父の部下が次々年始周りに来ては、酒を飲んで酔いつぶれた。数日後、父は母から小言をいわれていた。
ところで、戦後、年賀状の枚数を誇った景気のいい時代も過ぎ、新年を家庭で祝うものになってきたころから、年賀状の手書きが億劫になったようだ。次の世代から、手作り印刷の時代に変わった。「プリントゴッコ」(80~90年代)が登場したのだ。年賀状の挨拶部分(イラストや住所)の印刷でだいぶお世話になったが、宛先を書く手間だけは残った。
そこへ新たな機器が加わった。ワープロ専用機やパソコン(マイコン、PC)のおかげで、年賀状の挨拶部分だけでなく、宛先まで印刷してくれる手間の解消(省力化)が実現したのだ。それもつかのま、インターネットが急速に普及して、今度は電子メール(パソコン通信)で挨拶を済ませる、紙に痕跡すら残らぬ時代になってしまった。時代とともに挨拶の仕方まで変わる。
そういえば、こんな話をどこかで聞いたことがある(史実は未確認だが)。ドイツのプロテスタント運動の一翼を担ったのが印刷版の聖書だったが、(多分少し時代を経過してのことだろうが)「街には一軒の印刷屋があった」という・・・まるで鍛冶屋のように。
2018年9月18日火曜日
セプテンバー・イン・ザ・レイン
9月の今夜、雨が降るからフランク・シナトラによる「September in the Rain」(1937年)でも聴いてみよう。9月の雨に流れてしまった恋を、思い出かたりしているのだろうけれど、女性歌手が歌えば少々重くなるものを、シナトラがすれば軽快である。遊び慣れたやさ男、軽く受け流しているように(本心は別にして)見せかけているではないか。
(本ブログ関連:”フランク・シナトラ”)
(Youtubeに登録のAndrei Ionicaに感謝)
(本ブログ関連:”フランク・シナトラ”)
(Youtubeに登録のAndrei Ionicaに感謝)
2018年9月17日月曜日
敬老の日 2018
(今月第三月曜日の)今日は祝日「敬老の日」だ。先週末(9/15)は、「老人の日(老人週間)」だったばかり。われながら適齢期?なのに、いい出すほどでもないと、ともにブログに記してこなかったが、カレンダーはカレンダー、素直に受け入れることにしよう。
(本ブログ関連:”敬老の日”)
今は、古いものが支配して幅をきかす時代ではない。むしろ、新しいものにこそ価値があるといった風潮だ。日本の老人は、長寿(健康)と社会保障(生活)のおかげで案外住みやすい。公的年金受給を70歳超からにしたらという話が出るほど。(日経新聞、1/16)
ところで、日経新聞の記事「70歳以上、初の2割超え 働く高齢者も最多」(9/16)によれば、超高齢化社会に突入して、70歳以上が総人口の2割を超えたそうだ。朝方の駅に、トレッキング姿の山爺・山婆たちがたむろするのが日常。第2の人生の生き方探しをしているようだ。
--------------------------------------------
・「敬老の日」を前に総務省が16日に発表した推計人口(15日時点)によると、70歳以上の人口は前年比100万人増の2618万人だった。総人口に占める割合は20.7%で、初めて2割を超えた。65歳以上の高齢者も44万人増の3557万人で、全体の28.1%と過去最多だった。超高齢化社会への早急な対応が迫られる現状が改めて鮮明となった。
・70歳以上の人口の増加は、1947~49年生まれの「団塊の世代」が2017年から70歳を迎え始めたことが背景にある。65歳以上の人口を男女別にみると、女性は24万人多い2012万人で、初めて2千万人を超えた。男性は20万人増の1545万人だった。
--------------------------------------------
公園の遊歩道の脇に、真っ赤な「曼珠沙華(彼岸花、ヒガンバナ)」の花が咲き連なっているのを見た。昨年まで、見かけなかっただけに、赤い帯が目に焼きつく
(本ブログ関連:”曼珠沙華”)
公園に付属する小公園があって、その奥の木立の下に、白い曼珠沙華が咲いているのが目に入った。赤色と比べて、白色の姿から、この花の因縁をますます知る気がした。(半袖姿だったため、このとき思いっきり薮蚊に両手を食われた)
(本ブログ関連:”敬老の日”)
今は、古いものが支配して幅をきかす時代ではない。むしろ、新しいものにこそ価値があるといった風潮だ。日本の老人は、長寿(健康)と社会保障(生活)のおかげで案外住みやすい。公的年金受給を70歳超からにしたらという話が出るほど。(日経新聞、1/16)
ところで、日経新聞の記事「70歳以上、初の2割超え 働く高齢者も最多」(9/16)によれば、超高齢化社会に突入して、70歳以上が総人口の2割を超えたそうだ。朝方の駅に、トレッキング姿の山爺・山婆たちがたむろするのが日常。第2の人生の生き方探しをしているようだ。
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・「敬老の日」を前に総務省が16日に発表した推計人口(15日時点)によると、70歳以上の人口は前年比100万人増の2618万人だった。総人口に占める割合は20.7%で、初めて2割を超えた。65歳以上の高齢者も44万人増の3557万人で、全体の28.1%と過去最多だった。超高齢化社会への早急な対応が迫られる現状が改めて鮮明となった。
・70歳以上の人口の増加は、1947~49年生まれの「団塊の世代」が2017年から70歳を迎え始めたことが背景にある。65歳以上の人口を男女別にみると、女性は24万人多い2012万人で、初めて2千万人を超えた。男性は20万人増の1545万人だった。
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公園の遊歩道の脇に、真っ赤な「曼珠沙華(彼岸花、ヒガンバナ)」の花が咲き連なっているのを見た。昨年まで、見かけなかっただけに、赤い帯が目に焼きつく
(本ブログ関連:”曼珠沙華”)
公園に付属する小公園があって、その奥の木立の下に、白い曼珠沙華が咲いているのが目に入った。赤色と比べて、白色の姿から、この花の因縁をますます知る気がした。(半袖姿だったため、このとき思いっきり薮蚊に両手を食われた)
2018年9月16日日曜日
BANANA LATTE 3
バナナを忘れがたく、これまでバナナ味するものを見つけてはブログに記してきた。菓子(含アイス)もあれば、飲料も、微かにバナナ風味すれば何でも口にしてきた。久し振りに、コンビニの棚でバナナ味の乳飲料を見つけた。
(本ブログ関連:"バナナ")
500mlの「BANANA LATTE」(生乳30%、果汁1%、製造:森永乳業)だ。生乳の割合から「乳飲料」と類別されている。この「BANANA LATTE」、実は同じものを過去2回ブログに記している。パッケージが変わると何となく見間違えて手に取り買ってしまう。
乳飲料のマイルドのせいか、バナナ味が強調されず、しかもバナナ特有の喉にイガイガ感も感じさせない。マイルドでとても飲みやすい。(同じ商品の3回目の記述になってしまった)
(本ブログ関連:"BANANA LATTE")
(付記)
秋口にふさわしい軽装なジャケットを、ユニクロで探した。若者向けが中心の店らしく、おじさんに合うものはないようだ。それにしても、若者はどうして「フード」付きスタイルが好きなのだろう。
(本ブログ関連:"バナナ")
500mlの「BANANA LATTE」(生乳30%、果汁1%、製造:森永乳業)だ。生乳の割合から「乳飲料」と類別されている。この「BANANA LATTE」、実は同じものを過去2回ブログに記している。パッケージが変わると何となく見間違えて手に取り買ってしまう。
乳飲料のマイルドのせいか、バナナ味が強調されず、しかもバナナ特有の喉にイガイガ感も感じさせない。マイルドでとても飲みやすい。(同じ商品の3回目の記述になってしまった)
(本ブログ関連:"BANANA LATTE")
(付記)
秋口にふさわしい軽装なジャケットを、ユニクロで探した。若者向けが中心の店らしく、おじさんに合うものはないようだ。それにしても、若者はどうして「フード」付きスタイルが好きなのだろう。
2018年9月15日土曜日
老人の日(老人週間)2018
カレンダーを見て驚いた。ニュースなどで、「今日から『敬老の日』で3連休が云々」といった話題があって、てっきり来週月曜日の「敬老の日」までのことと見過ごしていた。ところが、日めくりカレンダーの今日に「老人の日(老人週間)」と書いてあるではないか。「老人の日」と「敬老の日」の違いって一体何なのだろう。
◇「老人の日(老人週間)」
「全国老人クラブ連合」という組織があり、そのホームページに、今年の「老人の日(9/15)」、「老人週間(9/15~21)」について、次のような紹介がある。
--------------------------------------
「老人福祉法第1章第5条」には、①国民の間に老人の福祉への関心と理解を深める、②老人が自らの生活の向上に努める意欲を促す、という二つの目的があります。
--------------------------------------
つまり、老人が「自らの生活の向上に努める意欲を促す」といった自律的目的があるようだ。
(参考)
「国民の祝日に関する法律及び老人福祉法の一部を改正する法律の公布について」(平成13年6月25日)(老発第242号)
--------------------------------------
老人福祉法(昭和38年法律第133号)第5条の改正が行われ、9月15日を「老人の日」とし、同日から9月21日までを「老人週間」とすることとされた。
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◇「老人の日(老人週間)」
「全国老人クラブ連合」という組織があり、そのホームページに、今年の「老人の日(9/15)」、「老人週間(9/15~21)」について、次のような紹介がある。
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「老人福祉法第1章第5条」には、①国民の間に老人の福祉への関心と理解を深める、②老人が自らの生活の向上に努める意欲を促す、という二つの目的があります。
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つまり、老人が「自らの生活の向上に努める意欲を促す」といった自律的目的があるようだ。
(参考)
「国民の祝日に関する法律及び老人福祉法の一部を改正する法律の公布について」(平成13年6月25日)(老発第242号)
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老人福祉法(昭和38年法律第133号)第5条の改正が行われ、9月15日を「老人の日」とし、同日から9月21日までを「老人週間」とすることとされた。
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◇「敬老の日」
「敬老の日」について記したWikipediaには、次のような記載がある。
--------------------------------------
国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によれば、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている。
--------------------------------------
こちらは、老人に対して社会が「敬愛し、長寿を祝う」といった祝いごとの側面がある。
ところで、「老人」とは一体何歳からだろうか。
日本では、本格的に定年年齢が65歳として行き渡ろうとしている現在、実質的に66歳以上が老人の第一歩といったところだろうが、国連は 65歳(以上)人口比率によって、社会を次のように分類している。
-「高齢化社会」: 7%超え
-「高齢社会」: 14%超え
-「超高齢社会」: 21%超え
そもそも、定年時期や年金支給時期など国によってさまざま違いがあるわけで、老人の起点となるともっと判別しにくい。
それに(若い人が言えないだろうから、私が言おう)、長生きしたからといって正しいわけでなく、頑迷固陋な者もいれば、ときに有終の美を飾ろうとして嘘をつく者もいる。
2018年9月14日金曜日
イ・ソンヒの「離別小曲」
秋といえば、紅葉と菊の花が想い浮かぶもの、もう少し先のことだが。公園に秋の風情を探したが、この時期はまだ、海水と川水が混じる汽水域のようで、風の向きで夏にもなり秋にもなる。
それでも今日は一日中、長袖で過ごした。秋の涼しさを、どうやら受けとめ始めたようだ。秋らしい風景を周りに探せば、栗林で大きく実った毬栗くらいだろうか。(先年、病気にやられた栗園の木々がすっかり回復したようだ)
夏を惜しみつつ、いつのまにか秋を受け入れている。秋が深まれば、夏は忘れがたい。わたしは、寒いのが苦手と何度もブログに記した。だから、これから涼しく、寒くなるのは気掛かりだ。(とはいえ、今年の夏の暑さには相当閉口した)
イ・ソンヒの別れの歌、12集所収の「離別小曲(이별 소곡)」(2001年、作詞クォン・ジンヨン、作曲イ・ソンヒ)を聴いてみよう。こちらは、もっと切実のようだ・・・Youtubeの映像はミュージックビデオのよう。(映像の最後に登場する、ある詩人の詩とどのような関わりがあるのか不明)
(本ブログ関連:”離別小曲”)
生きていくことが、とても辛いです
そばにはあなたが いたのに
あなたなしに生きるなんて、一人になるなんて
思ってみたことないのに
残った人はそれでも 生きられるという
その言葉が、さらに苦しめます
こんなに会いたいのに 忘れることができないのに
残った私には 苦しい重荷なだけです
私に待てといわれるなら ただこう生きろといわれるなら
それはとても残酷じゃないの
あまりにも会いたいのに こんな私を置いて行かれたのですか
愛してる 待てと いっておいて
生きていくことが つらいのです
私に残ったあなたの 名残りだけで・・・
______
一生いきていっても、遂げられぬ恋なのに
なぜ私には時間をくれなかったのですか
残ったものはもうありません
戻せるのなら、以前のように一緒にできるのなら
生きていくことが つらいのです
私に残ったあなたの 名残りだけで・・・
生きていく痛ましさ もういいわ
わたしも 今 あなたのそばに 行きます
(Youtubeに登録の무민に感謝)
それでも今日は一日中、長袖で過ごした。秋の涼しさを、どうやら受けとめ始めたようだ。秋らしい風景を周りに探せば、栗林で大きく実った毬栗くらいだろうか。(先年、病気にやられた栗園の木々がすっかり回復したようだ)
夏を惜しみつつ、いつのまにか秋を受け入れている。秋が深まれば、夏は忘れがたい。わたしは、寒いのが苦手と何度もブログに記した。だから、これから涼しく、寒くなるのは気掛かりだ。(とはいえ、今年の夏の暑さには相当閉口した)
イ・ソンヒの別れの歌、12集所収の「離別小曲(이별 소곡)」(2001年、作詞クォン・ジンヨン、作曲イ・ソンヒ)を聴いてみよう。こちらは、もっと切実のようだ・・・Youtubeの映像はミュージックビデオのよう。(映像の最後に登場する、ある詩人の詩とどのような関わりがあるのか不明)
(本ブログ関連:”離別小曲”)
生きていくことが、とても辛いです
そばにはあなたが いたのに
あなたなしに生きるなんて、一人になるなんて
思ってみたことないのに
残った人はそれでも 生きられるという
その言葉が、さらに苦しめます
こんなに会いたいのに 忘れることができないのに
残った私には 苦しい重荷なだけです
私に待てといわれるなら ただこう生きろといわれるなら
それはとても残酷じゃないの
あまりにも会いたいのに こんな私を置いて行かれたのですか
愛してる 待てと いっておいて
生きていくことが つらいのです
私に残ったあなたの 名残りだけで・・・
______
一生いきていっても、遂げられぬ恋なのに
なぜ私には時間をくれなかったのですか
残ったものはもうありません
戻せるのなら、以前のように一緒にできるのなら
生きていくことが つらいのです
私に残ったあなたの 名残りだけで・・・
生きていく痛ましさ もういいわ
わたしも 今 あなたのそばに 行きます
(Youtubeに登録の무민に感謝)
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