KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/18)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第36回として、「冬至(동지)」にまつわる話を紹介した。
まず、冬至を題材にした黄真伊(ファンジニ、황진이)の作品の紹介から次のように始まった。
・最近、季節の変化が極端になった。韓国では、春と秋が短く、暑い夏、極寒の冬がすぐにやってくる。今年も晩秋すでに氷点下の気温となり寒さも厳しい。今月22日(日)は冬至で、一年の最も夜が長い日だ。
朝鮮時代の時調(시조)に、冬至を題材とした、妓生(기생)の黄真伊(1506年?~1567年?)の感性豊かな作品「冬月漫長夜」がある。
「冬至の長い夜を少し切り取って、布団の下にしまっておいて、恋しいあの方がいらっしゃる夜に広げたいものだ。(截取冬之夜半強 春風被裡屈幡倉 有燈無月郎來夕 曲曲鋪舒寸寸長)
▼ 平時調「冬至月(동짓달)」を聴く。楽に合わせて長々と歌う、詩吟のソフトなイメージで、管の音に似て・・・。
次に、冬至と小豆粥の関係について次のように説明された。
・小豆は、その赤い色が幽霊を追払うと考えられ、良悪につけて、小豆粥、あんこ餅などを作り厄除けした。
・冬至の小豆粥は、小豆をつぶした汁に米を入れて粥のように茹で、そこに餅米を丸めた団子の白玉(セアルシム、새알심)を入れる。冬至に、白玉を歳の数だけ食べる。小豆粥ができると、まず霊廟(사당)に供えて、冬至の祭祀を行なう。次に各部屋、甕、納屋などに一杯ずつ置き、粥が冷めたら家族でこれを頂く。また人々の出入りする玄関やドア近くで小豆粥を撒いて厄除けする風習がある。
・冬至は、陽暦の12月22日、陰暦では毎年その日が変わるため、陰暦11月初旬の場合は子冬至(애동지)、中旬の場合は中冬至(중동지)、下旬の場合は遅冬至(늦동지)と呼ぶ。子冬至に小豆粥を食べると子どもに害があるとされ、代わりにあんこ餅を食べる。中冬至では小豆粥、あんこ餅のどちらを食べても良く、遅冬至では小豆粥を必ず食べなくてはならないとされた。
・夜が最も長い冬至を過ぎれば、これから日が長くなる。
▼ パンソリ「水宮歌(수궁가)」から「果課天辺(고고천변)」を聴く。跳ねるようにリズミカルだが・・・
最後に、冬至に対する古来の考え方について次のように解説された。
・冬至は、古代西洋では、太陽が死から復活する日と考えられ、クリスマスもこうした考え方と関連があるとも言われる。さらに中国では、冬至を新年の初めと捉え、その風習が現在に伝わり、「小さな正月」とも呼ぶ。
・冬至の日が、寒いほど次の年は豊作になるという信仰から、寒く雪が降り積もる天気が好ましいとされる。冬至は、これから厳しくなる寒さに備えて、隣り同士が支えあう期間ともいえる。昔の人々にとって、寒くて厳しい季節にも、未来へ希望をもって過ごす考え方があったのだろう。
▼ 「密陽アリラン(밀양아리랑)」を聴く。ジャズ風味を効かせた演奏だが、歌詞があれば最後に冬至、師走が・・・。
2013年12月25日水曜日
2026年6月23日火曜日
古代遺跡: 夏至と冬至を示すもの
先日(6/21)、せっかく「夏至」を迎えたので、古代の遺跡に夏至や冬至の時期を知らせるものがあるということに気づいた。遺跡群をどうやって作ったのかが話題になる。
(本ブログ関連;”夏至”)
子ども時代の漫画雑誌に、遺跡群の存在を「世界の七不思議」として紹介されたが、エーリッヒ・フォン・デニケンが登場して以来、宇宙人の指導説*という都市伝説に形を変えられたような・・・。
(*)デニケンに、世界各地で文明が発生したのを認めたくない、真底があるような気がする。ちなみに、フォンが付くが貴族出ではない。
そこで、Gemini に夏至や冬至に関連する遺跡について、一覧表にまとめてもらった。
■ Gemini: 国内外の代表的な古代遺跡と、夏至・冬至との関係
| 遺跡・建造物名 | 所在地 | 対象となる天体現象 | 構造・特徴 |
| ストーンヘンジ | イギリス | 夏至の日の出・冬至の日の入り | 巨石の直線上に夏至の朝日が昇り、その真逆に冬至の夕日が沈む。 |
| ニューグレンジ | アイルランド | 冬至の日の出 | 冬至の朝、特殊な窓から通路の最奥部へまっすぐ光が差し込む。 |
| ククルカン神殿 | メキシコ | 夏至・冬至(春分・秋分) | 夏至にはピラミッドの2面だけが完全に光り、残り2面が影になる。 |
| 金山巨石群 (かなやま~) | 岐阜県下呂市 | 夏至の日の出など | 巨石の隙間から夏至の光が差し込み、1年の周期を測る観測装置。 |
| 大湯環状列石 (おおゆ~) | 秋田県鹿角市 | 夏至の日の入り・冬至の日の出 | 2つのストーンサークルの中心を結ぶ線が、夏至の夕日の方向を指す。 |
| 箸墓古墳 (はしはか~) | 奈良県桜井市 | 冬至の日の出 | 太陽が最も弱まり復活する「冬至の朝日」が三輪山から昇る配置。 |
あらためて Gemini に、以上の疑問をしたところ、次のような回答があった。
■ Gemini
・日本の夏至の時期は、梅雨と重なり、しかも田植えで忙しくそれどころではない。
・天照大御神は、「天岩戸(あまのいわと)隠れ」という太陽が暗闇に包まれた後、再び姿を現す「冬至からの太陽の復活」を象徴している。
2016年12月28日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 冬至
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「冬至」に関連した3曲を紹介した。
始めに、「冬至」の意義と悪鬼払いの習慣について次のように紹介された。
・人は、過ぎ去ってその価値を悟る。人との関係だけでなく、時間や自然においても同じだ。暑い日が続く夏、太陽のありがたさを忘れることもあるが、冬になれば、昼間の日差しのありがたさに気付く。日当たりの良い日に、窓辺で陽光を浴びるのも心地よい。一年の中で昼が最も短い日が冬至だ。昔、冬至を正月のように思ったりした。悪鬼を追い払う意の習慣で、小豆粥を食べ、近所の人と一緒に分け合ったりした。小豆の色に悪鬼を追い払う効果があると信じたからだ。冬至が過ぎると、次の日から昼が長くなる。
▼ 冬至にふさわしい曲、「ひまわり(해바라기)」を聴く。観光宣伝映画のメロディで聞いたかな、今様に軽快。
次に、妓生の娘「春香(춘향)」と官吏の息子「李夢龍(이몽룡)」の愛を語るパンソリ「春香歌」について次のように紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、春香と李夢龍の身分を乗り越えた愛の物語だ。春香歌に、太陽の消息(落陽を待つ)の意の曲、「ヘソシク(해소식)」がある。李夢龍(イ・モンリョン)は、楼閣でブランコに乗る春香を見て、一目惚れする。春香の家へ訪問が許され、デートをすることになる。李夢龍が、勉強せず、妓生の家に出入りするという噂が立たぬため、夜の方が良かった。初デートの日、李夢龍も胸をわくわくさせ、早く起きて夜になるのを待ち望んだ。使用人に、いつになったら日が沈むのかと確認したという。普段は昼が短く感じるのに、今日に限って昼がなんと長く退屈なのかと嘆いた。李夢龍が16歳の頃、その気持ちも理解できそうだ。
(本ブログ関連:”春香伝”)
▼ 「春香歌」から、「ヘソシク」を聴く。会いたさに、早く落陽(日が落ちる)の知らせを待ったのだろう。
最後に、冬至の小豆粥から慈善について次のように紹介された。
・悪霊は赤色を嫌う。ために、小豆粥を食べると悪鬼を追い払うと信じた。冬至に小豆粥を作って、部屋や庭の片隅を置き場とする醬油や味噌の甕(かめ)付近にも置いた。悪鬼を追い払うためのものだが、冷ました味も一品。近隣に小豆粥を配り、困っている人があれば助けるのも、冬至にすべきこと。現代も慈善活動を冬に行うのは、冬至の影響だという。
▼ 管楽器テピョンソ(太平簫、태평소)演奏による 「一千の太陽(천 개의 태양)」を聴く。中東の響きする、今様。
キム・ボエさんのことば。「まだ寒い冬ではありますが、これからもっと明るく、温かい太陽が昇ることを期待します。また、寒い天気の中でも、心だけはいつに増して温かい季節であればと思います。」 いつも、おだやかで優しい声に和みます。
始めに、「冬至」の意義と悪鬼払いの習慣について次のように紹介された。
・人は、過ぎ去ってその価値を悟る。人との関係だけでなく、時間や自然においても同じだ。暑い日が続く夏、太陽のありがたさを忘れることもあるが、冬になれば、昼間の日差しのありがたさに気付く。日当たりの良い日に、窓辺で陽光を浴びるのも心地よい。一年の中で昼が最も短い日が冬至だ。昔、冬至を正月のように思ったりした。悪鬼を追い払う意の習慣で、小豆粥を食べ、近所の人と一緒に分け合ったりした。小豆の色に悪鬼を追い払う効果があると信じたからだ。冬至が過ぎると、次の日から昼が長くなる。
▼ 冬至にふさわしい曲、「ひまわり(해바라기)」を聴く。観光宣伝映画のメロディで聞いたかな、今様に軽快。
次に、妓生の娘「春香(춘향)」と官吏の息子「李夢龍(이몽룡)」の愛を語るパンソリ「春香歌」について次のように紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、春香と李夢龍の身分を乗り越えた愛の物語だ。春香歌に、太陽の消息(落陽を待つ)の意の曲、「ヘソシク(해소식)」がある。李夢龍(イ・モンリョン)は、楼閣でブランコに乗る春香を見て、一目惚れする。春香の家へ訪問が許され、デートをすることになる。李夢龍が、勉強せず、妓生の家に出入りするという噂が立たぬため、夜の方が良かった。初デートの日、李夢龍も胸をわくわくさせ、早く起きて夜になるのを待ち望んだ。使用人に、いつになったら日が沈むのかと確認したという。普段は昼が短く感じるのに、今日に限って昼がなんと長く退屈なのかと嘆いた。李夢龍が16歳の頃、その気持ちも理解できそうだ。
(本ブログ関連:”春香伝”)
▼ 「春香歌」から、「ヘソシク」を聴く。会いたさに、早く落陽(日が落ちる)の知らせを待ったのだろう。
最後に、冬至の小豆粥から慈善について次のように紹介された。
・悪霊は赤色を嫌う。ために、小豆粥を食べると悪鬼を追い払うと信じた。冬至に小豆粥を作って、部屋や庭の片隅を置き場とする醬油や味噌の甕(かめ)付近にも置いた。悪鬼を追い払うためのものだが、冷ました味も一品。近隣に小豆粥を配り、困っている人があれば助けるのも、冬至にすべきこと。現代も慈善活動を冬に行うのは、冬至の影響だという。
▼ 管楽器テピョンソ(太平簫、태평소)演奏による 「一千の太陽(천 개의 태양)」を聴く。中東の響きする、今様。
キム・ボエさんのことば。「まだ寒い冬ではありますが、これからもっと明るく、温かい太陽が昇ることを期待します。また、寒い天気の中でも、心だけはいつに増して温かい季節であればと思います。」 いつも、おだやかで優しい声に和みます。
2014年12月22日月曜日
冬至2014
冬至の今朝、まるで正月のような静かさだった。世間の多くが、先週末の20日(土)から明日23日(火)の天皇誕生日祝日まで4連休をとって過ごしているいるからだろうか。人の動く気配がないというより、遠くを走る車の重低音が漏れ聞こえてこないからと推測する。
(本ブログ関連:”冬至2009年、2010年、2011年、2012年、2013年”)
ご近所に、家族総出で連休をエンジョイして外出(旅行?)する家族がいる・・・お父さんは大変だろうが立派だ。その意味では、今日の冬至は十分役立っているようだ。
冬至に、かぼちゃ入り小豆粥を食べたことがあるのは随分昔のこと。柚子湯の風習もあるがもっと昔のこと。祝日にもならぬため、特別な行事もはっきりしない。古代、この日を一年の始まりにしたという記憶はとっくに薄れている。
今日は連休の中日でしかないのだろうか。冬至は、ハロウィンにどうやら負けてしまったようだ・・・女性に受けなければ何ごとも始まらない、冬至ファッション、冬至パイ、冬至スィーツなんてのはどうだろう。それにしても、「冬至」という名は固い、英語でsolticeは発音しにくい。洒落た名前が必要かもしれない。
(付記)
イ・ソンヒのデビュー30周年にあたる今年、全国ツアーの起点となった4月の世宗文化会館でのコンサート「歌うイ・ソンヒ」のライブ版アルバムが本日発売される・・・といっても、韓国での話しで、日本では近々だろうから、新大久保のCDショップに予約していて、入荷の電話通知を待っている。
彼女のライブアルバム発売の紹介記事が、10アジアの「イ・ソンヒ 8ヵ月の全国ツアー終え、ライブアルバム発売」(12/22、クォン・ソクジョン)を始めとして、今日のネットに多数載っている。
(本ブログ関連:”冬至2009年、2010年、2011年、2012年、2013年”)
ご近所に、家族総出で連休をエンジョイして外出(旅行?)する家族がいる・・・お父さんは大変だろうが立派だ。その意味では、今日の冬至は十分役立っているようだ。
冬至に、かぼちゃ入り小豆粥を食べたことがあるのは随分昔のこと。柚子湯の風習もあるがもっと昔のこと。祝日にもならぬため、特別な行事もはっきりしない。古代、この日を一年の始まりにしたという記憶はとっくに薄れている。
今日は連休の中日でしかないのだろうか。冬至は、ハロウィンにどうやら負けてしまったようだ・・・女性に受けなければ何ごとも始まらない、冬至ファッション、冬至パイ、冬至スィーツなんてのはどうだろう。それにしても、「冬至」という名は固い、英語でsolticeは発音しにくい。洒落た名前が必要かもしれない。
(付記)
イ・ソンヒのデビュー30周年にあたる今年、全国ツアーの起点となった4月の世宗文化会館でのコンサート「歌うイ・ソンヒ」のライブ版アルバムが本日発売される・・・といっても、韓国での話しで、日本では近々だろうから、新大久保のCDショップに予約していて、入荷の電話通知を待っている。
彼女のライブアルバム発売の紹介記事が、10アジアの「イ・ソンヒ 8ヵ月の全国ツアー終え、ライブアルバム発売」(12/22、クォン・ソクジョン)を始めとして、今日のネットに多数載っている。
2015年12月22日火曜日
冬至2015
今日は、昼の時間が一年で一番短い「冬至」だ。二十四節気の22番目で、残り2つとなる。昼時間の長短を実感するのは、夕方の陽が沈む時間帯だが、冬至の今日が一番早いわけではない。実は10日前がそうで、むしろ現在、次第に日没時間は遅くなっている。なんと日の出時間の方がまだ!遅くなっているわけだ。
(本ブログ関連:”冬至2014”、”冬至2013”、”冬至2012”、”冬至2011”、”冬至2010”、”冬至2009”)
テレビの気象解説で、今年の冬は、「エルニーニョ」と「温暖化」が過去最大化したそうだ。その結果、日本海側では降雪が減り、太平洋側では大雪またはゲリラ豪雨にみまわれるかもしれないという。寒さが苦手な私にとっては、ここ連日の暖かさにホッとしているが、事態はそんなに呑気なものではないらしい。
今日の「最高気温」(気象庁によると)は、近隣の街で14.8℃で平年と比べて+3.3℃(11月下旬並み)。都心では、15.9℃で平年と比べて+4.8℃(11月中旬並み)となった。とはいえ、15℃前後というのは、真夏なら冷たいプールの水温よりも低いわけだ。
今夜の帰り道、上着を首まで締めた。寒いのだ。何度もいうが(誰に?)、私は寒いのが苦手だ。
(本ブログ関連:”冬至2014”、”冬至2013”、”冬至2012”、”冬至2011”、”冬至2010”、”冬至2009”)
テレビの気象解説で、今年の冬は、「エルニーニョ」と「温暖化」が過去最大化したそうだ。その結果、日本海側では降雪が減り、太平洋側では大雪またはゲリラ豪雨にみまわれるかもしれないという。寒さが苦手な私にとっては、ここ連日の暖かさにホッとしているが、事態はそんなに呑気なものではないらしい。
今日の「最高気温」(気象庁によると)は、近隣の街で14.8℃で平年と比べて+3.3℃(11月下旬並み)。都心では、15.9℃で平年と比べて+4.8℃(11月中旬並み)となった。とはいえ、15℃前後というのは、真夏なら冷たいプールの水温よりも低いわけだ。
今夜の帰り道、上着を首まで締めた。寒いのだ。何度もいうが(誰に?)、私は寒いのが苦手だ。
2012年12月21日金曜日
冬至2012
このブログを始めて4年目の冬至、過去3年は共に12/22であったが、今年は12/21が当たる。
冬至に、夜時間が最も長く、従って昼時間が最も短い、その逆もしかり。そのため、日の出が最も遅く、日の入りが最も早くなると勘違いしがちだが、国立天文台の「よくある質問」は分かりやすく解説してくれている。「日の出が最も遅い日は冬至の半月ほど後、日の入が最も早い日は冬至の半月ほど前になります。」とのこと。これから黎明はまだ薄暗く、残照は次第に増すことが分かる。
(2010年6月21日"夏至"の項に記載)
ところで、子ども時代に他所で小豆ぜんざいにカボチャを入れたものを冬至の縁起ものとして食べたことがある。この風習はいつ頃からなのだろうか。Wikipediaやインターネット情報によるが、カボチャの伝来は南蛮貿易のようで、冬至に食するようになったのは、江戸期あるいは明治期という。カボチャについては、古来からの風習ではないのだろう。
古い慣わしや入れ物(建築物)に付随した行事に、古式の伝統と勘違いすることがある。クリスマス行事を間違えることはないが、初詣になると怪しくなる。
(本ブログ関連:"冬至")
冬至に、夜時間が最も長く、従って昼時間が最も短い、その逆もしかり。そのため、日の出が最も遅く、日の入りが最も早くなると勘違いしがちだが、国立天文台の「よくある質問」は分かりやすく解説してくれている。「日の出が最も遅い日は冬至の半月ほど後、日の入が最も早い日は冬至の半月ほど前になります。」とのこと。これから黎明はまだ薄暗く、残照は次第に増すことが分かる。
(2010年6月21日"夏至"の項に記載)
ところで、子ども時代に他所で小豆ぜんざいにカボチャを入れたものを冬至の縁起ものとして食べたことがある。この風習はいつ頃からなのだろうか。Wikipediaやインターネット情報によるが、カボチャの伝来は南蛮貿易のようで、冬至に食するようになったのは、江戸期あるいは明治期という。カボチャについては、古来からの風習ではないのだろう。
古い慣わしや入れ物(建築物)に付随した行事に、古式の伝統と勘違いすることがある。クリスマス行事を間違えることはないが、初詣になると怪しくなる。
(本ブログ関連:"冬至")
2024年12月21日土曜日
冬至 2024
きょうは二十四節気の「冬至」、一年間で昼が最も短く・夜が最も長くなる日であり、太陽の高度は最も低くい日である(反対は「夏至(来年6/21)」)。
(本ブログ関連:”冬至”)
連日、冷えびえしているのに、今朝のテレビの天気予報では、なぜか今日だけ最高気温*が 15℃まで上がるという・・・。歳をとると寒さがこたえるのでありがたいけれど。
(*)きょうの最高気温: 結果、15℃より高く 17.4℃(14:09)に達した。
・・・実は、これから年末年始に「寒波」が襲来(2回ほど)して、気温が急降下するそうだ。
七十二候
「冬至」の期間を三つに分ける「七十二候」は次の通り。
・初候: 乃東生(ないとう しょうず) 乃東(夏枯草=ウツボグサ)が芽を出す
・次候: 麋角解(しかのつの おつる) 麋(大鹿=おおじか)の角が抜け落ちる
・末候: 雪下出麦(せっか むぎを いだす) 雪の下で麦が芽を出す
乃東(ウツボグサ)
ちなみに、冬至の真反対である「夏至」の間の七十二候の「初候」に、「乃東枯(ないとう かるる) ウツボグサ**の花穂(かすい:花が縦に群がる)が黒ずむ」とある。乃東(ウツボグサ)は、冬至や夏至の指標になっているようだ。
(**)ウツボグサ: 夏に紫色の花をつけ、終わると黒ずんだむ。採集して薬用にする。
麋(⇒ ヘラジカなのか、トナカイなのか、それとも単に大鹿なのか?)
七十二候の「次候」の麋について、中国語版c-Wikipediaで、「ソリはヘラジカの代わりにトナカイが引く(拉雪橇用的是馴鹿而不是麋鹿)」(Google訳)と記している。「馴鹿」=トナカイであり、麋の文字を使う「麋鹿」=ヘラジカである。 だから、七十二候の「麋」がどちらを指すのか、それとも単に大鹿なのか、日本語でどうなのか ・・・ ネット上に、「麋」を「馴れ鹿(トナカイ)」としているものがあったりして、少々混乱している。
ー ヘラジカとナカイの角は、毎年成長し切った後に根本から抜け落ちそうだ。
雑談
新年が迫って、年の ”year”と、耳の ”ear” の発音の違いをYoutubeの解説で確認した。
⇒ 視聴して、自分の口で発音したものの、区別できているのか独りじゃ分からない。
2017年12月27日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 冬に生きる
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、冬に生きる人生に関連する曲を紹介した。(「冬至」(12/22)の2日前に放送された内容)
始めに、朝鮮中期の妓生「黄真伊(황진이)」が歌った「冬至月(동짓달)」について次のように紹介された。
・冬至の陰暦11月を、韓国では「冬至月」ともいう。この季節、人を想い望む夜は、孤独で長い。最高の妓生と呼ばれた「黄真伊」は、そんな夜に「冬至月」を歌った。< 春になれば、凍った川が溶けるように、その人も訪ね来るだろう。その夜を、今宵に置き換えたい > という。天下の妓生、黄真伊がそれほど想った人とは、いったい誰だったろう。
▼ 黄真伊の「冬至月(동짓달)」の歌を聴く。まるで、詩吟のように余韻を響かせる。
次に、冬に、悪人の兄ノルボの家から追い出された、弟興甫(フンボ、흥보)一家の窮状について次のように紹介された。
・パンソリ「興甫歌」(흥보가)にも、冬の場面がある。兄ノルボに世話になっていた弟興甫を、兄は或る冬の雨降る日に追い出してしまう。温かくなってからという思いもない。兄の横暴振りが分かる。なぜ年の末だったのか、兄ノルボは、弟興甫一家が兄の財を無駄にしたと思い込み、急に怒りをこみ上げたのだろう。余りの仕打ちの辛さに、弟夫婦が抱き合って泣いているのを、僧侶が家の敷地を探してくれた。弟は、その家に移った後、足を怪我したツバメを治したことで、宝物の瓢箪を手にし、大金持になる。
▼ パンソリ「興甫歌」から「家の敷地を探してくれる場面(집터 잡아주는 대목)」を聴く。静かに語り聞かせるよう。
最後に、パンソリ「赤壁歌(적벽가)」で、諸葛孔明(葛亮)が祭壇で祈る場面について次のように紹介された。
・パンソリ「赤壁歌」には、孔明が、曹操の軍と向かい合っていたときに、思いの向きに風が吹くよう心を込めて祈りを捧げる場面がある。勝つためは、曹操の船に火を付けなければならない、ちょうどそのとき、冬の<北西の風>が吹いた。孔明は、祭壇を築いて祈ったところ、(季節がらむつかしい)<南東の風>が吹いた。祈らなくとも風は吹いたろうという人もいた。しかし、孔明の祈る姿を見て、兵士たちも気を取り直し、心をかためたことだろう。それが、孔明の狙いだったかもしれない。
▼ パンソリ「赤壁歌」から、「南東の風を祈る場面(동남풍 비는 대목)」の歌を聴く・・・火攻めの策を計る。
始めに、朝鮮中期の妓生「黄真伊(황진이)」が歌った「冬至月(동짓달)」について次のように紹介された。
・冬至の陰暦11月を、韓国では「冬至月」ともいう。この季節、人を想い望む夜は、孤独で長い。最高の妓生と呼ばれた「黄真伊」は、そんな夜に「冬至月」を歌った。< 春になれば、凍った川が溶けるように、その人も訪ね来るだろう。その夜を、今宵に置き換えたい > という。天下の妓生、黄真伊がそれほど想った人とは、いったい誰だったろう。
▼ 黄真伊の「冬至月(동짓달)」の歌を聴く。まるで、詩吟のように余韻を響かせる。
次に、冬に、悪人の兄ノルボの家から追い出された、弟興甫(フンボ、흥보)一家の窮状について次のように紹介された。
・パンソリ「興甫歌」(흥보가)にも、冬の場面がある。兄ノルボに世話になっていた弟興甫を、兄は或る冬の雨降る日に追い出してしまう。温かくなってからという思いもない。兄の横暴振りが分かる。なぜ年の末だったのか、兄ノルボは、弟興甫一家が兄の財を無駄にしたと思い込み、急に怒りをこみ上げたのだろう。余りの仕打ちの辛さに、弟夫婦が抱き合って泣いているのを、僧侶が家の敷地を探してくれた。弟は、その家に移った後、足を怪我したツバメを治したことで、宝物の瓢箪を手にし、大金持になる。
▼ パンソリ「興甫歌」から「家の敷地を探してくれる場面(집터 잡아주는 대목)」を聴く。静かに語り聞かせるよう。
最後に、パンソリ「赤壁歌(적벽가)」で、諸葛孔明(葛亮)が祭壇で祈る場面について次のように紹介された。
・パンソリ「赤壁歌」には、孔明が、曹操の軍と向かい合っていたときに、思いの向きに風が吹くよう心を込めて祈りを捧げる場面がある。勝つためは、曹操の船に火を付けなければならない、ちょうどそのとき、冬の<北西の風>が吹いた。孔明は、祭壇を築いて祈ったところ、(季節がらむつかしい)<南東の風>が吹いた。祈らなくとも風は吹いたろうという人もいた。しかし、孔明の祈る姿を見て、兵士たちも気を取り直し、心をかためたことだろう。それが、孔明の狙いだったかもしれない。
▼ パンソリ「赤壁歌」から、「南東の風を祈る場面(동남풍 비는 대목)」の歌を聴く・・・火攻めの策を計る。
2022年12月22日木曜日
冬至2022
きょうは、二十四節気の「冬至(とうじ)」。一年間で昼が最も短く・夜が最も長くなる日だ。むかし中学生のころ、仲間の家に集まったとき、冬至に食べる煮つけがふるまわれたことがあった。母親が北国出身の方のようで、カボチャと一緒にゆで小豆を盛り合わせていた。そんな組み合わせをそのとき初めて知った。
(本ブログ関連:”冬至”)
最近、寒さから外出がおっくうで家に籠っていると、日の出から日の入りまでの時間(可照時間)を直感しづらい。それでも日没時、窓越しの陰りに気づいてあわてて玄関の灯りをともすことがしばしばだ。
ところで、きょうの日の入り時刻は 16:32。実は、先月の11月28日から今月12月13日の間、もっと早めで 13:28だった(国立天文台)。
以前にも触れたが、東京の冬の暗さは冬至をもって気づき、寒さは年を越した翌1月の平均気温の低さ(5.2℃)で知ることになる。つまり、冬至は冬のすべてのピークでない。暗さと寒さがいっぺんに済まないのだ。冬は陰鬱がだらだら続く気がする、最も苦手な季節なのだ。
2016年12月21日水曜日
冬至 2016
今日は二十四節気の「冬至」。久し振りに暖かい週(本日都内の最高気温は17.0℃)だが、土曜日になると冬に舞い戻るという。この後、「小寒」、「大寒」を経てようやく 「立春」を迎える。まだまだ、苦手な寒さが続く。
(本ブログ関連:”冬至”)
「冬至」は昼の時間が一番短いことになっているが、天文では暫定選択のようなもので、「秋分」と「春分」の真ん中(頃)ということでしかない。本当に昼が一番短くなるのは、もっと後(半月後)のことだ。
カレンダーを見れば、今日の「冬至」の日付は黒文字で、祝日じゃない。みな同じことを考えるようで、ネットの<Q&A>に、そのわけを丁寧に解説している。要は、太陽の<南中高度>や<日照時間>の観測精度が高くなかったからという。
とはいえ、「冬至」に何か祝祭があってもよさそうな気がする。でも、せわしい年末に、これ以上何を?ということだろう。そもそも、「クリスマス」の古語 「ユール(yule)」が、ヨーロッパ北側で行なわれた祭りを起源に持つそうだから、もう充分なのだろう。(そうそう、先々月末の「ハロウィン」だって古代の祭りの余韻があるのだから)
(本ブログ関連:”冬至”)
「冬至」は昼の時間が一番短いことになっているが、天文では暫定選択のようなもので、「秋分」と「春分」の真ん中(頃)ということでしかない。本当に昼が一番短くなるのは、もっと後(半月後)のことだ。
カレンダーを見れば、今日の「冬至」の日付は黒文字で、祝日じゃない。みな同じことを考えるようで、ネットの<Q&A>に、そのわけを丁寧に解説している。要は、太陽の<南中高度>や<日照時間>の観測精度が高くなかったからという。
とはいえ、「冬至」に何か祝祭があってもよさそうな気がする。でも、せわしい年末に、これ以上何を?ということだろう。そもそも、「クリスマス」の古語 「ユール(yule)」が、ヨーロッパ北側で行なわれた祭りを起源に持つそうだから、もう充分なのだろう。(そうそう、先々月末の「ハロウィン」だって古代の祭りの余韻があるのだから)
2021年12月22日水曜日
冬至 2021、民間信仰
きょうは、二十四節気の「冬至」で、日の出から日の入りまでの昼(日照)時間が一年中で最も短い日だ。東京天文台から見た日の出は 6:47、日の入りは 16:32になり、昼時間は 9時間45分となる。一方、昼時間が最も長い「夏至」(6月21日)の場合、日の出は 4:25、日の入りは 19:00になり、昼時間は 14時間35分となる。
(本ブログ関連:”冬至”)
冬至の昼時間が夏至のときと比べて、約5時間も短いのは驚きだ・・・一年中、昼時間が長ければ活気あふれそうだが、北極圏の「白夜」のように日没がないのはどうなんだろう。逆に冬至の前後に起こるという「極夜」では一日中太陽が昇らないわけで・・・憂鬱なことだろうなんて想像するが、そんなことをいうとトナカイを飼っている民族や、子どもたちへのクリスマスプレゼント準備に忙しいサンタクロースに失礼になる。
幸い、ほどよい緯度に住んでいるおかげで、冬至が生活の一区切りになる。これも体調が揃ってのことで、このところ右膝の調子がおもわしくなく日常の範囲が狭まった。外出も野外散歩から、座ってできることへと移っている。
■ 民間信仰
先日、2回(12/11、18)に渡って市民講座「日本人の民間信仰 - その起源と八百万(やおよろず)の神たち」(久保田裕道氏、東京都文化財研究所 無形民俗文化財研究室長)が開催された。民間行事や芸能、信仰などの精神的な回路(位置取り)として、次のような図解を中心に解説された。(柳田国男の「遠野物語」や折口信夫の「まれびと」の考えも紹介されつつ)
集落(民間信仰の主な場所) - 田畑 - 里山 - 山(神がいる、山岳信仰の場所)
網羅的に整理・理解できないしろうとは、ある局面について関心がいくもの。本ブログでは、民間信仰に近いテーマの一つとして「お稲荷さん(稲荷信仰)」の話題を渉猟したりしている。稲荷信仰について、どのように触れられるか期待しつつ出かけた。
「家の神」として、<屋敷神>の紹介で久保田氏が調査対象にした東京都東村山市の例として「屋敷内に祠が設けられる(屋敷神は)、300軒以上で稲荷神。弁天・霊神が2ケタ、1ケタ台で水天宮・御嶽・八幡・観音・地蔵など」とのこと。
① 圧倒的に「稲荷神」が多い。屋敷神は転居してもそこに残るという。経済と結びつきの多いことから、東村山市は繁栄していたのだろう(稲荷神が武蔵野の新田開発時代のものか、維新以後の商業関連のものかうかがわなかったけれど)。
(本ブログ関連:”稲荷信仰”)
② 「地蔵」が1ケタ台というのもうなづける気がした。土地柄がよければ、疫病とも縁が薄いだろうし、子どもを捨てたり水子にすることも少なかったのだろう。(地蔵は、屋敷より地域の境界や外れに置かれたろうから)
(本ブログ関連:”地蔵”)
その他、「鬼」と火の関係など、しろうとにとって偏ったことだが興味・関心がうずうずと湧いてくる話題が多々あった。
2009年12月22日火曜日
冬至2009
今日12/22は、冬至である。昼が一番短い日というべきか、それとも、これから昼が長くなる日というべきか。ついでに今日の寒さを底にして、これから暖かくなればありがたいが、そうもいかないようだ。
「東国歳時記」(洪錫謨 著)の冬至の項を見ると、次のように食べ物について記されている。
「冬至の日を亞歳(あさい)※という。この日には赤豆の粥をつくる。これに糯米の粉でつくった鳥の卵状の団子をいれるが、その心には蜂蜜がはいっている。この赤豆粥は、冬至の日の時食であり、祭祀のときの供え物としても使われる。また豆の汁を門板に灑(そそ)いで厄払いにする。・・・」
※注釈によれば、「歳朝に亞(つ)ぐという小正月の意味。」とのこと。歳朝とは歳(とし)の初め、年始の意。
赤豆粥はまさに、お汁粉そのものである。団子に包んだ蜂蜜で甘さをとれるようにしているところが楽しい。
ニッコリア(ni-KOREA)に掲載の「冬至に食べるパッチュク(小豆粥:팥죽)」(2007年12月22日)で、この食べものについての習俗や調理まで知ることができる。記載者の家庭がうかがえるよい記事である。
記載者「ジンちゃん」は、KBS WORLD radioで、当日誕生日の聴取者と音楽を紹介している”ジンシルちゃん”ではないでしょうか。
「東国歳時記」(洪錫謨 著)の冬至の項を見ると、次のように食べ物について記されている。
「冬至の日を亞歳(あさい)※という。この日には赤豆の粥をつくる。これに糯米の粉でつくった鳥の卵状の団子をいれるが、その心には蜂蜜がはいっている。この赤豆粥は、冬至の日の時食であり、祭祀のときの供え物としても使われる。また豆の汁を門板に灑(そそ)いで厄払いにする。・・・」
※注釈によれば、「歳朝に亞(つ)ぐという小正月の意味。」とのこと。歳朝とは歳(とし)の初め、年始の意。
赤豆粥はまさに、お汁粉そのものである。団子に包んだ蜂蜜で甘さをとれるようにしているところが楽しい。
ニッコリア(ni-KOREA)に掲載の「冬至に食べるパッチュク(小豆粥:팥죽)」(2007年12月22日)で、この食べものについての習俗や調理まで知ることができる。記載者の家庭がうかがえるよい記事である。
記載者「ジンちゃん」は、KBS WORLD radioで、当日誕生日の聴取者と音楽を紹介している”ジンシルちゃん”ではないでしょうか。
2018年12月22日土曜日
冬至 2018
今日は二十四節気の「冬至」で、後は「小寒」と「大寒」を残すのみ。日照時間が一番短い日とはいえ、一日中しとしと降りで薄暗く、気分もどんよりした。あっという間に日没して、気付けば辺りは真っ暗になっていた。
(本ブログ関連:”冬至 2009年、2010年、2011年、2012年、2013年、2014年、2015年、2016年、2017年”)
冬至は日照時間が一番短いとはいえ、「日の出」が一番遅く、「日の入り」が一番早いわけじゃない。Weathernewsの今日の記事(12/22)によれば、「この冬、東京で日の出が一番遅いのは年が明けた1月7日(6時50分40秒)、日の入りが一番早いのは12月6日(16時27分53秒)です」とのこと。その理由は、「地軸の傾き」や「公転軌道が真円形でない」ためだそうだが、ややこしい。
・一番遅い「日の出」(1/7 06:50:40)
・冬至の「日の出」(12/22 06:46:29)
・冬至の「日の入り」(12/22 16:32:08)
・一番早い「日の入り」(12/6 16:27:53)
最近、日の入りの速さに慣れてきて、暗くなるのに驚かない。午後5時を境に日の入りの速さをとらえていたつもりだったが、遡って見れば、午後5時ちょうどに日の入りしたのは、10月20日のことだった。その頃、日没の速さを深く感じていたわけではなかった・・・。
変化を楽しんでいるうちに、後戻りできないことに気付き憂鬱になる。こんなことを毎年毎年繰り返している。歴史も案外そんなものかもしれない。
(本ブログ関連:”冬至 2009年、2010年、2011年、2012年、2013年、2014年、2015年、2016年、2017年”)
冬至は日照時間が一番短いとはいえ、「日の出」が一番遅く、「日の入り」が一番早いわけじゃない。Weathernewsの今日の記事(12/22)によれば、「この冬、東京で日の出が一番遅いのは年が明けた1月7日(6時50分40秒)、日の入りが一番早いのは12月6日(16時27分53秒)です」とのこと。その理由は、「地軸の傾き」や「公転軌道が真円形でない」ためだそうだが、ややこしい。
・一番遅い「日の出」(1/7 06:50:40)
・冬至の「日の出」(12/22 06:46:29)
・冬至の「日の入り」(12/22 16:32:08)
・一番早い「日の入り」(12/6 16:27:53)
最近、日の入りの速さに慣れてきて、暗くなるのに驚かない。午後5時を境に日の入りの速さをとらえていたつもりだったが、遡って見れば、午後5時ちょうどに日の入りしたのは、10月20日のことだった。その頃、日没の速さを深く感じていたわけではなかった・・・。
変化を楽しんでいるうちに、後戻りできないことに気付き憂鬱になる。こんなことを毎年毎年繰り返している。歴史も案外そんなものかもしれない。
2023年12月22日金曜日
冬至 2023
きょうは、二十四節気の「冬至(とうじ)」、北半球で「夜が最も長く、昼が最も短い日」(ウェザーニュース*)であり、
(*)ウェザーニュース: https://weathernews.jp/s/topics/202312/210085/
また、「1年間で太陽高度(太陽の位置)が最も低くなる日」(Wikipedia)である。
(本ブログ関連:”冬至”)
陽は、冬至(12月)を境に長くなる。その意味で一年の始まりであるが、生活上の区切りは
① 太陽暦(カレンダー)で見れば1月に始まる。
四季、春夏秋冬を一年として、春を始まりとして見れば、
② 二十四節気の「立春」は2月初であり、
③ 気象庁の「春」の期間は3月(~5月)に始まる。
どうやら一年の区切り、境い目は微妙である。
年度の起点をカレンダーの1月に見る以外、他は散文的に過ごしているようだ。
ところで、今週末の土曜日は「クリスマス・イブ」であり、かつ今年最後の「野鳥観察」(探鳥会)がある。あっというまに12月下旬、今年も終わる。でも・・・師が走るのせわしさを、今のところこれっぽちも感じていない。暖冬のせいだけではないようだ。
(冬至を四季の区切りとして、けじめとして意識せず)まま、ゆるりと進み、来年に流れていくんだろうな。
2025年12月22日月曜日
冬至 2025、休園の自然観察園
きょうは二十四節気の「冬至」、<1年間で太陽高度(太陽の位置)が最も低くなる日であり、太陽が南回帰線上にあるため、北半球では昼が最も短く、夜が最も長い>(Wikipedia)。きょうの最高気温は、13.0℃(12:32)だった。
(本ブログ関連:”冬至”)
家にこもると、屋外に関心が向かないので、陽光の具合に気づかずにいる。風の子の、子どもたちなら気づいているはず。彼らに冬至の料理、かぼちゃのかたまりが入った小豆の汁粉を食べさせてやりたい・・・冬至と合わせて、忘れられないものになる。
わたしも、冬の寒さに慣れてきたのだろう、陽射しがあれば(日向であれば)十分暖かいと感じるようになった。そんな昼過ぎ(13:30ころ)、街に用事があったついでに、公園併設の自然観察園へ出かけた。
ああ、またやっちまった。
いつもそう。月曜は休園日なのに・・・これまで何度だろう、休園日の月曜日に来てしまうことは、実は、きのう(第3日曜日)、植物を主とした観察会が実施されていたが、(このところ)欠席してしまっている。その埋め合わせ(良心の呵責から)だろうか、よく翌日の月曜日に観察園に出かけて来ては、閉門の前でやっと気づく次第。
(園内では、工事関係者が入って環境整備の各種工事を行なっている。 工事が長引いているのは、週一回閉園の月曜が中心(安全のため)だからだろう・・・やっと気づいた。)
結局、遠回りしてホームセンターに寄り、必要でもない日用雑貨を買物したりした。
(余談)
寒いと体が固まる。そんなとき、次を気づいた。有線テレビは、Youtubeのサービスがある。PCのディスプレイと違い、大きなテレビ画面で、体操教室でやっている基礎運動を自宅でもやれる。教室で繰り返し慣れたので、長目の運動も苦にならない。これなら、気が向けばパソコン机の横で毎日やれそう。
2015年12月30日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 聖夜
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/23)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「聖夜(クリスマス)」に関連した3曲を紹介した。
始めに、クリスマスと冬至の意味について次のように説明された。
・昨日(12/22)、一年で昼が最も短い「冬至」だった。昔、太陽に依存した暮らしの人々に冬至は大きな意味があった。やがて昼が長くなり、明るく温かくなる。草木、動物、人々も豊かな春を目指す。東洋西洋とも、冬至は重要な日だ。キリスト生誕日のクリスマスが冬至頃なのも、決して偶然でないだろう。救世主がこの世に生まれ、人々が光の中に生きる意が含まれる。
▼ クリスマス・キャロルを韓国伝統楽器と演奏する「雪が降る日の日記(눈 내린 날의 일기)」を聴く。今様の楽しいメドレー。
次に、クリスマス行事と伝統的遊び「カンガンスルレ(강강술래)」について次のように紹介された。
・クリスマスは宗教や民族を越えて、多くの人々が楽しむ日だ。昔は12月になると、クリスマスツリーを飾り、クリスマスキャロルが聞こえて、寒い冬も温かく感じられた。最近、クリスマスキャロルが、著作権の問題で商店街で流せなくなり、人々の音楽の好みも変わった。クリスマスキャロルは、西欧中世の祝祭に由来する。輪になって踊る風習があり、みなで歌うには、歌詞やリズムが単純で、繰り返し歌ったのがキャロルに根付いたようだ。韓国に、女性が手をつなぎ丸く輪を作り、回りながら歌い踊る、伝統的な「カンガンスルレ」の遊びがあって、ダンスに似ている。
▼ 「カンガンスルレ」の歌を聴く。小正月にもあるという月夜の遊び、南の風がするよう。
最後に、朴東鎭(박동진、1916年~2003年)の創作パンソリ「イエス伝(예수전)」成立のいきさつを次のように紹介された。
・伝統音楽には、仏教に関連したものは多いが、キリスト教のものは余りなく、稀に貴重なものもある。朴東鎭のパンソリ「イエス伝」もそのひとつで、曲成立を回想している。1972年、草洞教会の趙香祿(조향록)牧師と東亜放送の作家朱泰益(주태익)の訪問があり、放送台本を元に、イエスの話のパンソリ化を頼まれた。一旦断ったものの手がける。ラジオが人気あった時代で、台本はイエス誕生から復活までの内容を含んだ。台本と聖書で、キリスト教の知識を身に付け、4時間に渡る公演をした。朴東鎭は後にクリスチャンとなる。
▼ 新パンソリ「イエス伝」中から、「イエスが馬小屋で誕生(예수 마구간에서 탄생)」の曲を聴く。語りはパンソリだ。
始めに、クリスマスと冬至の意味について次のように説明された。
・昨日(12/22)、一年で昼が最も短い「冬至」だった。昔、太陽に依存した暮らしの人々に冬至は大きな意味があった。やがて昼が長くなり、明るく温かくなる。草木、動物、人々も豊かな春を目指す。東洋西洋とも、冬至は重要な日だ。キリスト生誕日のクリスマスが冬至頃なのも、決して偶然でないだろう。救世主がこの世に生まれ、人々が光の中に生きる意が含まれる。
▼ クリスマス・キャロルを韓国伝統楽器と演奏する「雪が降る日の日記(눈 내린 날의 일기)」を聴く。今様の楽しいメドレー。
次に、クリスマス行事と伝統的遊び「カンガンスルレ(강강술래)」について次のように紹介された。
・クリスマスは宗教や民族を越えて、多くの人々が楽しむ日だ。昔は12月になると、クリスマスツリーを飾り、クリスマスキャロルが聞こえて、寒い冬も温かく感じられた。最近、クリスマスキャロルが、著作権の問題で商店街で流せなくなり、人々の音楽の好みも変わった。クリスマスキャロルは、西欧中世の祝祭に由来する。輪になって踊る風習があり、みなで歌うには、歌詞やリズムが単純で、繰り返し歌ったのがキャロルに根付いたようだ。韓国に、女性が手をつなぎ丸く輪を作り、回りながら歌い踊る、伝統的な「カンガンスルレ」の遊びがあって、ダンスに似ている。
▼ 「カンガンスルレ」の歌を聴く。小正月にもあるという月夜の遊び、南の風がするよう。
最後に、朴東鎭(박동진、1916年~2003年)の創作パンソリ「イエス伝(예수전)」成立のいきさつを次のように紹介された。
・伝統音楽には、仏教に関連したものは多いが、キリスト教のものは余りなく、稀に貴重なものもある。朴東鎭のパンソリ「イエス伝」もそのひとつで、曲成立を回想している。1972年、草洞教会の趙香祿(조향록)牧師と東亜放送の作家朱泰益(주태익)の訪問があり、放送台本を元に、イエスの話のパンソリ化を頼まれた。一旦断ったものの手がける。ラジオが人気あった時代で、台本はイエス誕生から復活までの内容を含んだ。台本と聖書で、キリスト教の知識を身に付け、4時間に渡る公演をした。朴東鎭は後にクリスチャンとなる。
▼ 新パンソリ「イエス伝」中から、「イエスが馬小屋で誕生(예수 마구간에서 탄생)」の曲を聴く。語りはパンソリだ。
2013年12月22日日曜日
冬至2013、小来川鉱山、引田鉱山、そして初雪
冬至の今日、鉱物採集に行った。午前中は、栃木県日光市小来川(おころがわ)にある、銅鉱山の小来川鉱山にラング石など二次鉱物を探した。過去、2006年、2007年、2011年に訪問している。
午後は、栃木県鹿沼市引田にある、引田鉱山に日本式双晶(水晶)を妄想して採集に行った。こちらは、初めての訪問である。
冬至の早朝、寒中に始発電車を待つ。まだ暗い。途中、乗り換えた電車は車庫から出たばかりだろうか、冷え切ったままだ。待ち合わせ駅で、お世話になるH氏の車に乗って現地に向かう。この頃になると、空に明るさが増してきた。
【 小来川鉱山 】
前回の採集で体力の衰えが実証されて不安だった。しかし、麓からゆっくり沢伝いに採集しながら登ったおかげで、気ぜわしさもなくて済んだ。到達地は前回同様、トロッコ2台が転がっている場所だ。到達地に至るまでに、私の今年の初雪を経験した。収穫は到達地よりも、沢の方が多かった。
帰路は、沢の斜面にある道を下った。おかげで楽ちんだった・・・前回もこの道を下っていたら、小学生ハンターの背を追うこともなかったろうに。
成果は次の通り。
- 孔雀石、ブロシャン銅鉱、黄銅鉱、黄鉄鉱、白鉄鉱+閃亜鉛鉱、含銅アロフェン、ラング石?、銅藍?
(本ブログ関連:”小来川鉱山・久良沢鉱山、初雪も”)
【 引田鉱山 】
引田鉱山近くの路上に車を停めて昼食をとる。鉱山は意外な場所にあり、裏山であり裏庭といった景観だ。日本式双晶を期待したが、甘くはなかった。一面に枯葉が敷きつまっていて、貪欲さに乏しいため、一部顔を出したものだけ採集した。
成果は次の通り。
- 白鉄鉱+黄鉄鉱、水晶+黄鉄鉱、赤鉄鉱or赤銅鉱
地元駅に着いたときには既に暗くなっていた。冬至は昼が短い。
午後は、栃木県鹿沼市引田にある、引田鉱山に日本式双晶(水晶)を妄想して採集に行った。こちらは、初めての訪問である。
冬至の早朝、寒中に始発電車を待つ。まだ暗い。途中、乗り換えた電車は車庫から出たばかりだろうか、冷え切ったままだ。待ち合わせ駅で、お世話になるH氏の車に乗って現地に向かう。この頃になると、空に明るさが増してきた。
【 小来川鉱山 】
前回の採集で体力の衰えが実証されて不安だった。しかし、麓からゆっくり沢伝いに採集しながら登ったおかげで、気ぜわしさもなくて済んだ。到達地は前回同様、トロッコ2台が転がっている場所だ。到達地に至るまでに、私の今年の初雪を経験した。収穫は到達地よりも、沢の方が多かった。
帰路は、沢の斜面にある道を下った。おかげで楽ちんだった・・・前回もこの道を下っていたら、小学生ハンターの背を追うこともなかったろうに。
成果は次の通り。
- 孔雀石、ブロシャン銅鉱、黄銅鉱、黄鉄鉱、白鉄鉱+閃亜鉛鉱、含銅アロフェン、ラング石?、銅藍?
(本ブログ関連:”小来川鉱山・久良沢鉱山、初雪も”)
【 引田鉱山 】
引田鉱山近くの路上に車を停めて昼食をとる。鉱山は意外な場所にあり、裏山であり裏庭といった景観だ。日本式双晶を期待したが、甘くはなかった。一面に枯葉が敷きつまっていて、貪欲さに乏しいため、一部顔を出したものだけ採集した。
成果は次の通り。
- 白鉄鉱+黄鉄鉱、水晶+黄鉄鉱、赤鉄鉱or赤銅鉱
地元駅に着いたときには既に暗くなっていた。冬至は昼が短い。
2023年12月31日日曜日
2023 大晦日
きょうは「大晦日(おおみそか)」。いつの間にか、今年最後の日になった・・・というのが正直なところ。年年歳歳、新年が待ち遠しいというより、また来るのかといった心境だ。「もういくつ寝ると お正月」(「お正月」作詞:東くめ、作曲:瀧廉太郎、1901年)と素直に歌っていたころが懐かしい。
そういえば、昨年(2022年)の大晦日に、来年(2023年)は仙人の境地で過ごしたいなどブログに記した。仙人の超越した力が欲しいというより、世間と距離を置いた生活にあこがれた。でも、ふらふらと街に舞い戻っていた。先月、映画「ゴジラ -1.0」を見に出かけたりもした。やっぱり街の賑わいは忘れがたい。
(本ブログ関連:”大晦日”)
ところで、Wikitionaryなどによれば、大晦日の文字「晦」の ”日”(意味:”日にち”)と、”毎”(音符:”呉音:ケ、漢音:カイ”)を合わせて <毎月末> を意味するという。さらに「大+晦+日」で「つごもり(月末)」、「くらい」、「みそか(旧暦の三十日)」 の意となるけれど、文字と意味がうまくつながらない。
旧暦(月の満ち欠け)の一日(ついたち)は、新月のとき「朔日(さくじつ)」にあたるわけだが、もっと古い日本の暦はどのように定めていたのだろうか。
中国伝来の暦法など以前、「弥生」あるいは稲作が開始された時期を含む「縄文」の時代に、農作は暦がなければ計画・準備がたたぬだったろう。もしかしたら、一年で一番わかりやすい、「夏至」や「冬至」*から何日目といった判断をしたのだのだろうか。
(*)冬至の太陽: (古代の人はどうやって判断したのだろう)
・真東(春分・秋分の日で判断)**から最も南寄りの方角から上がる。
・太陽の高さが最も低く、東京付近では12時ごろ約32°になる。
(**)方位の基準となる天文について、砂漠と違い、湿潤モンスーン帯は観望がよくない。
(本ブログ関連:”冬至”)
「一年の計は元旦にあり」というが、むしろ冬至だったかも知れないなんて思うきょうこのごろ。
2019年12月22日日曜日
冬至 2019
きょうは、昼が最も短い「冬至」。とはいえ <日の入り> が一番早いわけではない。半月ほど前(東京 16:28、11/29~12/13)にそうだったけど、「冬至」と合わせて、きょうの <日の入り> が何となく早い気がしてしまう(東京 16:32、12/22)。
(本ブログ関連:”冬至”)
日曜日だったが、どこへ出かけることもなかった。風邪のせいで腹をくだしたようで、ほぼ絶食の2日間を経て、ようやくきょうになって「粥」を食った。脱力状態から回復の兆しが少し見えてきた。
夕方になって、天気予報の通り雨が降り出した。ブログに、日曜日に雨が降る、そんなたCMソングについて何度か記した。
(本ブログ関連:”雨が降ってる日曜日”)
もちっと違った歌を探してみよう。「フールズ・ガーデン(Fools Garden)」の「Lemon Tree」*(1995年)を思い出した。雨降りの日曜日、部屋にこもって聞くに好いかもしれないが・・・あまり酸っぱくないのだ。
(*)歌詞: Google検索、「lemon tree lyrics」で表示
以前、素朴な声質のパク・へギョンが歌っていたのを本ブログに記したことがある。
ちなみに、PPM(ピーター・ポール&マリー)による、見かけ(香り)と味覚(酸味)が大違いな、アイロニーたっぷりな失恋の象徴のような「Lemon Tree」(1962年)とはちょいと違う。
今、水分補給のため、熱い紅茶にSunkistのレモン果汁を垂らして飲んでいる。レモンの爽やかな香りが、元気を取り戻してくれるように広がる。
(Youtubeに登録のTM ANIMATIONSに感謝)
(本ブログ関連:”冬至”)
日曜日だったが、どこへ出かけることもなかった。風邪のせいで腹をくだしたようで、ほぼ絶食の2日間を経て、ようやくきょうになって「粥」を食った。脱力状態から回復の兆しが少し見えてきた。
夕方になって、天気予報の通り雨が降り出した。ブログに、日曜日に雨が降る、そんなたCMソングについて何度か記した。
(本ブログ関連:”雨が降ってる日曜日”)
もちっと違った歌を探してみよう。「フールズ・ガーデン(Fools Garden)」の「Lemon Tree」*(1995年)を思い出した。雨降りの日曜日、部屋にこもって聞くに好いかもしれないが・・・あまり酸っぱくないのだ。
(*)歌詞: Google検索、「lemon tree lyrics」で表示
以前、素朴な声質のパク・へギョンが歌っていたのを本ブログに記したことがある。
ちなみに、PPM(ピーター・ポール&マリー)による、見かけ(香り)と味覚(酸味)が大違いな、アイロニーたっぷりな失恋の象徴のような「Lemon Tree」(1962年)とはちょいと違う。
今、水分補給のため、熱い紅茶にSunkistのレモン果汁を垂らして飲んでいる。レモンの爽やかな香りが、元気を取り戻してくれるように広がる。
(Youtubeに登録のTM ANIMATIONSに感謝)
登録:
投稿 (Atom)
