KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、最も早く春が訪れる馬の島「済州島(제주도)」に関連した3曲を紹介した。
(本ブログ関連:”済州島”、済州島の歌手”キム・ヒジン”)
始めに、鮮後期の実学者、朴趾源(박지원、1737年~1805年)の小説「許生伝(허생전)」について次のように紹介された。
・昔、学者ソンビ(선비)は、髪を「サントゥ(상투)」の髪型に結い、馬毛(たてがみや尾)で作った、網状の「網巾(망건)」で乱れ毛をまとめ、冠の「カッ(갓)」をかぶった。馬といえば済州島だ。朝鮮後期の朴趾源の小説「許生伝」に馬毛の話がある。主人公の許生が金を借り、奇抜な商法で10倍にして返す。彼は、馬毛不足で値上がりを見越し、済州島で買いあさる。数年後に誰もまげを結い上げられなくなるだろうと言う。やがて、網巾の値段は10倍の高値になる。済州島の女性は比較的暇な冬に、陸地の女性が機織りするように、網巾を編んだ。そのとき、身上の愚痴をこぼしたり、姑の話などの内容のうたを歌った。
▼ 済州島の「網巾の歌(망건 소리)」を聴く。労働の歌らしく、先に歌い後に唱和し繰り返す素朴さが素晴らしい。
次に、済州島の春を歌う「あなたと私と(너영나영)」について次のように紹介された。
・済州島では、冬もミカンの木に葉が付き、ツバキや様々な花が咲く。暖かくエキゾチックな雰囲気が漂う所だ。今、二十四節気の「雨水」や「啓蟄」と春めく。済州島は最も早く春が訪れる。そろそろアブラナの咲く時期だ。でも春は、自然よりも、若い男女の心に先に訪れる。済州島民謡に、「ノヨンナヨン」がある。済州島方言で、「あなたと私と」の意だ。朝には腹を空かせた鳥がさえずり、夜には恋人を恋しく思いながらさえずるという歌詞。多くの国楽の歌い手にリメイクして歌われる。
▼ 歌とカヤグム演奏による、「あなたと私と」を聴く。軽快で爽やかに今様のリズムして歌う。
最後に、「龍天剣(용천검)」を持った男性に恋心を抱くという済州島独特な愛の歌について次のように紹介された。
・済州島は陸と遠く離れたため、長く冷遇を受けた。済州島の人々は、国の許可なしに陸地に入れなかった。政治家が罪を犯したとき、島流しになる場所でもあった。そのため、済州島の人々は近代に至るまで、彼ら固有の生活を維持してきた。その独特な文化は、一方で傷を、もう一方で豊かな文化を表す。また、済州島には「龍天剣」という、天下一の刀にまつわる独特な愛の歌がある。みすぼらしい出で立ちの男が登場するが、龍天剣を持ち普通の人でない。その剣を見た女性が、密かに恋心を抱く内容だ。
▼ 「龍天剣」の歌を聴く。済州島の特異な地理的位置を感じさせる独特な響きと大らかさを、今様にして感じさせる。
2016年3月1日火曜日
2014年10月1日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」済州島
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第73回として、朝鮮半島南部に位置する火山島、「済州島(제주도)」にまつわる話を紹介した。
まず、済州島の地理と伝統的な信仰について、次のように紹介をされた。
・半島の南に韓国最大の島、済州島がある。温暖な美しい自然のリゾートアイランド。中央に位置する漢拏山(標高1,950m、한라산)は10万年前にできた火山、牧場や農園などの地でもある。
・美しい島であるだけでなく、ユネスコ人類無形遺産に登録されたシャーマニズム信仰である巫俗(무속)のお祓い「クッ(굿)」の「済州チルモリ堂燃燈グッ(제주칠머리당영등굿)」が、毎年2月に行なわれる。
・漢拏山の他に、10万年前に海底噴火でできた「城山日出峰(성산 일출봉)」火山も有名。列を成した溶岩洞窟の「拒文オルム溶岩洞窟(거문오름용암동굴)」もユネスコ世界遺産に登録されている。透き通った海、島中央の山とが調和した島には、半島と遠く離れて独特の文化が残っている。外国語のような方言、石積みの壁。半島と異なる風景をあらわした歌「瀛州十景(영주십경)」*がある。
(*) 「瀛州十景」は、後述の朝鮮後期の金正喜に師事した李漢雨(이한우、1823年~1881年)の作。
▼ 済州島を代表する風景10ヵ所を歌った「瀛州十景」を聴く。民謡と別の起源を持っている。
次に、済州島の神(神話)について、次のように説明された。
・済州島には、1万8千もの神がいる。今でも祭祀を捧げる場所が400ヵ所も残っていて、土着の信仰を守っている。この世の地形を作った「麻姑婆さん(마고할머니)」や、宇宙を支配するとされる「天地王(천지왕)」などは済州島固有の神だ。
・済州島の歴史(「高麗史古記」)では、「三姓穴(삼성혈)」に古代の耽羅(탐라)国を建国した良乙那(양을나)、高乙那(고을나)、夫乙那(부을나)の3人の誕生から始まる。3人は碧浪国(벽랑국)から3人の姫を迎え、この時、牛馬と五穀の種が済州島に伝わった。4、5世紀頃のことで、その時農耕生活が始まったという。
▼ 「済州の海(제주바다)」という歌を聴く。イメージとしては都会人のあこがれのような・・・今様である。
▼ 済州島女性民謡「シンアウェ(신아외기)」を聴く。次第に合いの手につられて口ずさんでいる・・・今様に歌う。
金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「文化というものは暮らしの中で身につけた知恵の集まりだと思います」。本当にそうですね、生活に根ざしたものこそが、子孫に受け継がれるというものですね。
まず、済州島の地理と伝統的な信仰について、次のように紹介をされた。
・半島の南に韓国最大の島、済州島がある。温暖な美しい自然のリゾートアイランド。中央に位置する漢拏山(標高1,950m、한라산)は10万年前にできた火山、牧場や農園などの地でもある。
・美しい島であるだけでなく、ユネスコ人類無形遺産に登録されたシャーマニズム信仰である巫俗(무속)のお祓い「クッ(굿)」の「済州チルモリ堂燃燈グッ(제주칠머리당영등굿)」が、毎年2月に行なわれる。
・漢拏山の他に、10万年前に海底噴火でできた「城山日出峰(성산 일출봉)」火山も有名。列を成した溶岩洞窟の「拒文オルム溶岩洞窟(거문오름용암동굴)」もユネスコ世界遺産に登録されている。透き通った海、島中央の山とが調和した島には、半島と遠く離れて独特の文化が残っている。外国語のような方言、石積みの壁。半島と異なる風景をあらわした歌「瀛州十景(영주십경)」*がある。
(*) 「瀛州十景」は、後述の朝鮮後期の金正喜に師事した李漢雨(이한우、1823年~1881年)の作。
▼ 済州島を代表する風景10ヵ所を歌った「瀛州十景」を聴く。民謡と別の起源を持っている。
次に、済州島の神(神話)について、次のように説明された。
・済州島には、1万8千もの神がいる。今でも祭祀を捧げる場所が400ヵ所も残っていて、土着の信仰を守っている。この世の地形を作った「麻姑婆さん(마고할머니)」や、宇宙を支配するとされる「天地王(천지왕)」などは済州島固有の神だ。
・済州島の歴史(「高麗史古記」)では、「三姓穴(삼성혈)」に古代の耽羅(탐라)国を建国した良乙那(양을나)、高乙那(고을나)、夫乙那(부을나)の3人の誕生から始まる。3人は碧浪国(벽랑국)から3人の姫を迎え、この時、牛馬と五穀の種が済州島に伝わった。4、5世紀頃のことで、その時農耕生活が始まったという。
▼ 「済州の海(제주바다)」という歌を聴く。イメージとしては都会人のあこがれのような・・・今様である。
最後に、流刑地としての側面について、次のように解説された。
・観光地の島だが、昔は罪を犯した臣下の島流しの場所とされた。険しい海を渡ると、いつ戻れるか分からない所だ。秋史・金正喜(추사 김정희、1786年~1856年)先生の絵「歳寒図(세한도)」は、その寂しい暮らしを表した作品だ。済州島の文化が今に至るのも、地理的に海があったからだ。済州島では、今も最も寒い大寒から立春の時期に引越しする。神が天に昇り、新しい任務を受ける過渡期で、引越しに無難な時期と信じられている。実際、済州島で唯一気温が5度以下になる時期で、慣れぬ地引越ししても病になりにくいという。▼ 済州島女性民謡「シンアウェ(신아외기)」を聴く。次第に合いの手につられて口ずさんでいる・・・今様に歌う。
金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「文化というものは暮らしの中で身につけた知恵の集まりだと思います」。本当にそうですね、生活に根ざしたものこそが、子孫に受け継がれるというものですね。
2014年3月18日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 済州七頭堂(霊登)クッ
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/12)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第47回として、「済州七頭*堂(霊登)クッ(제주・칠머리・당・굿)」にまつわる話を紹介した。
(*)七頭:龍の頭のような岩が七つあり・・・(「済州島の神堂とその周辺」金泰順)
まず、「花冷え(꽃샘 추위)」の時期、済州島の「霊登(용동)神」の紹介から次のように始まった。
・南から開花の話題が聞こえる。いよいよ春到来。この時期、必ず訪れるが招かざる客に「花冷え」がある。花が咲くのを嫉む寒さの意を持つ。強い風が吹き、冬がぶり返したような日が続く。春を迎えて安心した心に、風が吹き込み驚くのが特徴だ。
・昔、花冷えの始まる陰暦2月1日を「霊登の日」と呼んだ。風(神)を司る「霊登お婆さん」が、空から人間世界に降りる日から由来する。15日~20日ほど地上に留まり、再び空に帰る霊登お婆さんをもてなすため、器に水を汲み甕の上に備えたり、料理して供えた後、人々は口にした。この時期、海沿いでは、波風の被害がないよう竜王に祭祀(제사)を捧げた。農村では、耕畑を控えるなどの風習があった。現在、済州島の「霊登神」を迎えて送る「済州七頭堂クッ」が霊登神に関連行事として残っている。
▼ 「海女の歌(해녀노래)」を聴く。繰り返し相和す掛け合いは明るく、始原的な労働の響きする。
次に、「霊登神」の伝承を詳細に次のように説明された。
・済州島は、風の影響を強く受ける。住民は、海で魚を捕る漁夫、もしくは海女が多く、風の動きに敏感だった。そのため、霊登神が訪れる陰暦2月を「霊登月」と呼び、この間、海の仕事を禁じて、霊登神を手厚く祭った。霊登神には、「霊登お婆さん」、「霊登お爺さん」がいると呼ばれる。
・済州島の霊登神は、他地域と違い、ウェヌンベギ島、または、カンナムチョンジャグクから来ると信じられた。その時々、嫁と来たり、娘を連れて来たりするという。娘と来るときは、娘のスカートが風にきれいになびくよう、風と共に来るとされ、この年は凶作と言われた。嫁と来るときは、嫁がびしょぬれになって憎らしく見えるよう、雨を同伴するとされ、この年は豊作と言われた。
・済州市コンイプ洞に、「イルモリダン」(神を祭る「神堂(신당)」)がある。ここで、霊登神を迎え、送るとき「済州七頭堂霊登クッ」(要無形文化財、2009年ユネスコ人類の無形遺産に登録)を行う。
▼ 「済州七頭堂クッ」から「ソウジェソリ(서우제소리)」を聴く。海の働く香りして陽射し燦燦。
最後に、「霊登クッ」について次のように解説された。
・「霊登クッ」は、内容により、いくつかのパートに分かれ多様で・・・全ての神を招いて祭るチョカムジェ/竜王と霊登神を向かえるための道を清めるヨンワンマジ/村全体の厄を払うマウルドエクマグム/海女の収穫がどうかを占うイドゥリムなど、それぞれに登場する神の出生や保有の力について説明する部分がある。最近、済州島神話として広めることを進めている。済州島には女性の神が多い。一生、海に潜って家庭を支えたプライドを持つ海女たちの影響が大きいだろう。
▼ 「済州の海(제주바다)」を聴く。いっきに遠く南の海に飛んだよう・・・今様である。
(*)七頭:龍の頭のような岩が七つあり・・・(「済州島の神堂とその周辺」金泰順)
まず、「花冷え(꽃샘 추위)」の時期、済州島の「霊登(용동)神」の紹介から次のように始まった。
・南から開花の話題が聞こえる。いよいよ春到来。この時期、必ず訪れるが招かざる客に「花冷え」がある。花が咲くのを嫉む寒さの意を持つ。強い風が吹き、冬がぶり返したような日が続く。春を迎えて安心した心に、風が吹き込み驚くのが特徴だ。
・昔、花冷えの始まる陰暦2月1日を「霊登の日」と呼んだ。風(神)を司る「霊登お婆さん」が、空から人間世界に降りる日から由来する。15日~20日ほど地上に留まり、再び空に帰る霊登お婆さんをもてなすため、器に水を汲み甕の上に備えたり、料理して供えた後、人々は口にした。この時期、海沿いでは、波風の被害がないよう竜王に祭祀(제사)を捧げた。農村では、耕畑を控えるなどの風習があった。現在、済州島の「霊登神」を迎えて送る「済州七頭堂クッ」が霊登神に関連行事として残っている。
▼ 「海女の歌(해녀노래)」を聴く。繰り返し相和す掛け合いは明るく、始原的な労働の響きする。
次に、「霊登神」の伝承を詳細に次のように説明された。
・済州島は、風の影響を強く受ける。住民は、海で魚を捕る漁夫、もしくは海女が多く、風の動きに敏感だった。そのため、霊登神が訪れる陰暦2月を「霊登月」と呼び、この間、海の仕事を禁じて、霊登神を手厚く祭った。霊登神には、「霊登お婆さん」、「霊登お爺さん」がいると呼ばれる。
・済州島の霊登神は、他地域と違い、ウェヌンベギ島、または、カンナムチョンジャグクから来ると信じられた。その時々、嫁と来たり、娘を連れて来たりするという。娘と来るときは、娘のスカートが風にきれいになびくよう、風と共に来るとされ、この年は凶作と言われた。嫁と来るときは、嫁がびしょぬれになって憎らしく見えるよう、雨を同伴するとされ、この年は豊作と言われた。
・済州市コンイプ洞に、「イルモリダン」(神を祭る「神堂(신당)」)がある。ここで、霊登神を迎え、送るとき「済州七頭堂霊登クッ」(要無形文化財、2009年ユネスコ人類の無形遺産に登録)を行う。
▼ 「済州七頭堂クッ」から「ソウジェソリ(서우제소리)」を聴く。海の働く香りして陽射し燦燦。
最後に、「霊登クッ」について次のように解説された。
・「霊登クッ」は、内容により、いくつかのパートに分かれ多様で・・・全ての神を招いて祭るチョカムジェ/竜王と霊登神を向かえるための道を清めるヨンワンマジ/村全体の厄を払うマウルドエクマグム/海女の収穫がどうかを占うイドゥリムなど、それぞれに登場する神の出生や保有の力について説明する部分がある。最近、済州島神話として広めることを進めている。済州島には女性の神が多い。一生、海に潜って家庭を支えたプライドを持つ海女たちの影響が大きいだろう。
▼ 「済州の海(제주바다)」を聴く。いっきに遠く南の海に飛んだよう・・・今様である。
2015年6月18日木曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 済州島の歌
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/10)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、朝鮮半島の南に位置する島、<済州島(제주도)>の歌に関する3曲を紹介した。
(本ブログ関連:”済州島”)
始めに、済州島の景観と李漢雨(이한우、1823年~1881年)作「瀛州十景歌(영주십경가)」について次のように紹介された。
・済州島といえば、透き通ったきれいな海、島の中心にそびえ立つ漢拏山(한라산)。柑橘類の「ハンラボン(漢拏峰、デコポン)」や「天恵香」。独特な方言、ウォーキングコース(제주올레)も思い浮かぶ。特有の景色と文化を誇る一方で、陸地と離れた島として、生活は大変な面も多かったが、反面、固有の文化が守られている。
・昔、瀛州といった済州島の十の景色を歌う「瀛州十景歌」がある。海底噴火でできた「城山日出峰(성산 일출봉)」など、済州島の景勝地を歌う。
▼ 水瓶(허벅)を棒で叩きながら歌う「瀛州十景歌」を聴く。民謡に聞こえるが、詩作時期を考えると成立はいつか。
次に、竹編みの「竹籠(クドク、구덕)」と、それを元にした「赤ん坊竹籠(애기 구덕)」について次のように紹介された。
・水瓶は、女性が頭に載せて水汲みに行くが、済州島では「竹籠」に入れ、紐を付けてかついだ。水がこぼれぬよう、こぶし大の小さな口が特徴。竹籠は、水瓶を運ぶ以外、洗濯物や魚や餅を入れたり、祭祀の供え物を入れる竹籠もあった。
・竹籠に、「赤ん坊(エギ、애기)竹籠」という揺り篭がある。面白い仕掛けがあって、籠の中間の高さに、縦横に紐を編み合わせ、その上に麦わらを敷き、赤ん坊を寝かせる。赤ん坊が大小便をしても麦わらに吸い取らせる。また、底が丸いため、手や足で揺らすと赤ん坊がすぐに眠る。風が強いこの島では、置いておけば自然に揺れるという。
▼ 赤ん坊の揺り籠歌「赤ん坊竹籠を揺らす音(애기 구덕 흥그는 소리)」を聴く。(お婆さんの歌声に心穏やかになり、自然と眠たくなりそう、という)・・・なるほど、リフレインは単調でも、安定感があるなあ。
・済州島独特の文化、「赤ん坊竹籠」は、今では子供用品として販売され、竹の代わりに丈夫な鉄のものも出ている。伝統を受け継ぐ姿が素晴らしい。
最後に、海女が船で海に出るとき歌う民謡「離於島サナ(이어도사나)」について次のように紹介された。
・済州島民謡に、海女が船で海に出るとき歌う民謡「離於島サナ」がある。単純で元気の良いリズムが特徴。
▼ 民謡「離於島サナ」を編曲した「離於島の歌(이어도의 노래)」を聴く。陽射しに照らされて陽気に歌う編曲。
・離於島は、済州島から約150キロメートル離れた場所にある水中の暗礁で、幻の島としての象徴的な場所でもある。小説や映画、歌でも広く知られる。
(本ブログ関連:”済州島”)
始めに、済州島の景観と李漢雨(이한우、1823年~1881年)作「瀛州十景歌(영주십경가)」について次のように紹介された。
・済州島といえば、透き通ったきれいな海、島の中心にそびえ立つ漢拏山(한라산)。柑橘類の「ハンラボン(漢拏峰、デコポン)」や「天恵香」。独特な方言、ウォーキングコース(제주올레)も思い浮かぶ。特有の景色と文化を誇る一方で、陸地と離れた島として、生活は大変な面も多かったが、反面、固有の文化が守られている。
・昔、瀛州といった済州島の十の景色を歌う「瀛州十景歌」がある。海底噴火でできた「城山日出峰(성산 일출봉)」など、済州島の景勝地を歌う。
▼ 水瓶(허벅)を棒で叩きながら歌う「瀛州十景歌」を聴く。民謡に聞こえるが、詩作時期を考えると成立はいつか。
次に、竹編みの「竹籠(クドク、구덕)」と、それを元にした「赤ん坊竹籠(애기 구덕)」について次のように紹介された。
・水瓶は、女性が頭に載せて水汲みに行くが、済州島では「竹籠」に入れ、紐を付けてかついだ。水がこぼれぬよう、こぶし大の小さな口が特徴。竹籠は、水瓶を運ぶ以外、洗濯物や魚や餅を入れたり、祭祀の供え物を入れる竹籠もあった。
・竹籠に、「赤ん坊(エギ、애기)竹籠」という揺り篭がある。面白い仕掛けがあって、籠の中間の高さに、縦横に紐を編み合わせ、その上に麦わらを敷き、赤ん坊を寝かせる。赤ん坊が大小便をしても麦わらに吸い取らせる。また、底が丸いため、手や足で揺らすと赤ん坊がすぐに眠る。風が強いこの島では、置いておけば自然に揺れるという。
▼ 赤ん坊の揺り籠歌「赤ん坊竹籠を揺らす音(애기 구덕 흥그는 소리)」を聴く。(お婆さんの歌声に心穏やかになり、自然と眠たくなりそう、という)・・・なるほど、リフレインは単調でも、安定感があるなあ。
・済州島独特の文化、「赤ん坊竹籠」は、今では子供用品として販売され、竹の代わりに丈夫な鉄のものも出ている。伝統を受け継ぐ姿が素晴らしい。
最後に、海女が船で海に出るとき歌う民謡「離於島サナ(이어도사나)」について次のように紹介された。
・済州島民謡に、海女が船で海に出るとき歌う民謡「離於島サナ」がある。単純で元気の良いリズムが特徴。
▼ 民謡「離於島サナ」を編曲した「離於島の歌(이어도의 노래)」を聴く。陽射しに照らされて陽気に歌う編曲。
・離於島は、済州島から約150キロメートル離れた場所にある水中の暗礁で、幻の島としての象徴的な場所でもある。小説や映画、歌でも広く知られる。
2014年12月16日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 海女
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/10)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第84回として、海に関する話題として済州島の「海女(해녀)」にまつわる話を紹介した。
始めに、済州島の「海女」の仕事について次のように紹介された。
・「海女」は、特別な装備もなく海中に潜ってサザエやアワビ、ワカメなど採取する女性を指す。日本の「海女(あま)」と同じ。「海女」(以下韓国の海女を指す)は済州島に多く、強い生命力で厳しい環境のなか営んできた済州島の女性を象徴する。
・海女は、酸素ボンベなど使わず、一度潜ると1分から長くは2分間息を我慢する。浮かび上がるとき、「テワク(테왁)」(浮き輪(玉?))を抱えて大きく息を吐き出す。この音を「スムビ(숨비)ソリ(소리:音)」といい、口笛にもイルカの鳴き声に似て聞こえる。気持ちがすっきりするという。海女は必要なものだけを満たし、海と共に生きる。
▼ 海女の歌「スムビソリ」を聴く。どこかモダンで人魚の泳ぐ青い海の香りがする・・・今様である。
次に、現在の海女の姿は、日本と韓国の独特な存在として次のように説明された。
・済州島で知る、特殊な装備を付けずに海に潜る海女は、日本と韓国にしかいない。日本語で「海女」だが、韓国でも同じ漢字で「海女」と言う。
▼ 歌「海女の歌(해녀노래)」を聴く。しりとりのように掛け合う・・・結束を高める労働の歌の感じがしていいな。
最後に、済州島の海女の伝統について次のように解説された。
・済州島の海女の始まりは、正確にいつからか知られてない。朝鮮中期までは男性も海に入ってアワビやワカメを採取したが、女性が多い地域なため、次第に女性の仕事になった。女性に経済力があるのは大きな強みだったようで、済州島の女性は、社会的地位が他地域に比べて高いが、仕事が大変なので、海女になる若者はほとんどいない。現在、海女の多くは60代以上だ。済州島の環境や文化、暮らしを守ってきた海女の姿がいつまで見られるだろうか。
▼ 海女が身の安全と豊かな暮らしを祈る「クッ(굿)」(=シャーマン儀式<巫俗(무속))を行うときの済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」を聴く・・・今様にすっかり洗練されている。
始めに、済州島の「海女」の仕事について次のように紹介された。
・「海女」は、特別な装備もなく海中に潜ってサザエやアワビ、ワカメなど採取する女性を指す。日本の「海女(あま)」と同じ。「海女」(以下韓国の海女を指す)は済州島に多く、強い生命力で厳しい環境のなか営んできた済州島の女性を象徴する。
・海女は、酸素ボンベなど使わず、一度潜ると1分から長くは2分間息を我慢する。浮かび上がるとき、「テワク(테왁)」(浮き輪(玉?))を抱えて大きく息を吐き出す。この音を「スムビ(숨비)ソリ(소리:音)」といい、口笛にもイルカの鳴き声に似て聞こえる。気持ちがすっきりするという。海女は必要なものだけを満たし、海と共に生きる。
▼ 海女の歌「スムビソリ」を聴く。どこかモダンで人魚の泳ぐ青い海の香りがする・・・今様である。
次に、現在の海女の姿は、日本と韓国の独特な存在として次のように説明された。
・済州島で知る、特殊な装備を付けずに海に潜る海女は、日本と韓国にしかいない。日本語で「海女」だが、韓国でも同じ漢字で「海女」と言う。
▼ 歌「海女の歌(해녀노래)」を聴く。しりとりのように掛け合う・・・結束を高める労働の歌の感じがしていいな。
最後に、済州島の海女の伝統について次のように解説された。
・済州島の海女の始まりは、正確にいつからか知られてない。朝鮮中期までは男性も海に入ってアワビやワカメを採取したが、女性が多い地域なため、次第に女性の仕事になった。女性に経済力があるのは大きな強みだったようで、済州島の女性は、社会的地位が他地域に比べて高いが、仕事が大変なので、海女になる若者はほとんどいない。現在、海女の多くは60代以上だ。済州島の環境や文化、暮らしを守ってきた海女の姿がいつまで見られるだろうか。
▼ 海女が身の安全と豊かな暮らしを祈る「クッ(굿)」(=シャーマン儀式<巫俗(무속))を行うときの済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」を聴く・・・今様にすっかり洗練されている。
2016年4月20日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 民謡(農謡)
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「田畑で働きながら歌った曲」に関連した3曲を紹介した。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒが「麦畑」を歌えば”、”麦打ち”)
始めに、一年を通した麦との関わり、春の「高敞青麦畑祭り(고창청보리밭축제)」について次のように紹介された。
・南の地で、真冬に新芽が見られる。麦の芽だ。秋に稲刈りが終り、そこへ麦の種を蒔く二毛作をする。芽が出たら麦踏みする。この作業は、冬畑が繰り返し凍り、融けても、麦の根の張りをよくする。新春、ふと新鮮な野菜が恋しくなるとき、麦の芽を入れたチゲ料理を食べる。この時期、南部の全羅北道高敞地域では、「高敞青麦畑祭り」が催される。最近、麦を蒔くことが少ないため、高敞で麦畑の雰囲気を観光にした。子供たちが麦わらで吹く笛を「麦笛(보리 피리)」という。
▼ 慶尚道地方の麦打ちの民謡歌「オンヘヤ(옹헤야)」を聴く。遊び歌なのだろう、軽快でリズミカル、今様で。
・「オンヘヤ」は、麦打ち作業するとき、相手と呼吸を合わせゆっくりと歌う。遊び歌のときは、早いテンポで軽快なリズムだ。誰でも簡単について歌える。
次に、風の強い済州島独特の畑踏み歌「済州島の畑踏み歌(제주 밭 밟는 노래)」について次のように紹介された。
・今、農村は畑を耕し、種蒔きで忙しい。済州島では、更に特別な作業がある。風の強い島なので、畑に種を蒔くと、土が飛び、種が浮き出てしまい、鳥がついばんでしまう。種が飛ばされたりする。農作業が不安なため、畑の周りに石垣を積んだりする。そのうえで、種蒔きの後、済州島に多い馬に畑を踏ませる。このとき歌う民謡、「済州島の畑踏み歌」がある。
▼ ところどころで済州島の風景も歌う民謡「済州島の畑踏み歌」を聴く。월월 월월の発声に済州島の歴史を感じる。
最後に、農作業は命の根本であり、手間のかかる人の営みであることを次のように紹介された。
・農業は天下の根本の言葉がある。最も大事な食糧を生産する農民こそ、国家の根幹との意だ。昔の言葉だが、今もかけ離れたことでない。農耕時代に限った話ではない。いかに産業が進んでも、人は食事し、命を育てる。農作業も人手のかかる作業だ。植物に水分が不足してないか、虫に苦しんでないかと、赤ん坊にするよう世話が必要。その真心を忘れてはならない。
▼ 全羅南道珍島地域の田畑作業の民謡「珍島の野良歌(진도들노래)」を聴く。労働の歌にしては粛然としている。
・<韓国では、ちょうど今頃、稲の種を蒔いて、苗代を作る時期。農村はこれから本格的に忙しくなる。今年も農民の方々に、あらためて感謝の気持ちを伝えたいと思う>とのこと。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒが「麦畑」を歌えば”、”麦打ち”)
・南の地で、真冬に新芽が見られる。麦の芽だ。秋に稲刈りが終り、そこへ麦の種を蒔く二毛作をする。芽が出たら麦踏みする。この作業は、冬畑が繰り返し凍り、融けても、麦の根の張りをよくする。新春、ふと新鮮な野菜が恋しくなるとき、麦の芽を入れたチゲ料理を食べる。この時期、南部の全羅北道高敞地域では、「高敞青麦畑祭り」が催される。最近、麦を蒔くことが少ないため、高敞で麦畑の雰囲気を観光にした。子供たちが麦わらで吹く笛を「麦笛(보리 피리)」という。
▼ 慶尚道地方の麦打ちの民謡歌「オンヘヤ(옹헤야)」を聴く。遊び歌なのだろう、軽快でリズミカル、今様で。
・「オンヘヤ」は、麦打ち作業するとき、相手と呼吸を合わせゆっくりと歌う。遊び歌のときは、早いテンポで軽快なリズムだ。誰でも簡単について歌える。
次に、風の強い済州島独特の畑踏み歌「済州島の畑踏み歌(제주 밭 밟는 노래)」について次のように紹介された。
・今、農村は畑を耕し、種蒔きで忙しい。済州島では、更に特別な作業がある。風の強い島なので、畑に種を蒔くと、土が飛び、種が浮き出てしまい、鳥がついばんでしまう。種が飛ばされたりする。農作業が不安なため、畑の周りに石垣を積んだりする。そのうえで、種蒔きの後、済州島に多い馬に畑を踏ませる。このとき歌う民謡、「済州島の畑踏み歌」がある。
▼ ところどころで済州島の風景も歌う民謡「済州島の畑踏み歌」を聴く。월월 월월の発声に済州島の歴史を感じる。
最後に、農作業は命の根本であり、手間のかかる人の営みであることを次のように紹介された。
・農業は天下の根本の言葉がある。最も大事な食糧を生産する農民こそ、国家の根幹との意だ。昔の言葉だが、今もかけ離れたことでない。農耕時代に限った話ではない。いかに産業が進んでも、人は食事し、命を育てる。農作業も人手のかかる作業だ。植物に水分が不足してないか、虫に苦しんでないかと、赤ん坊にするよう世話が必要。その真心を忘れてはならない。
▼ 全羅南道珍島地域の田畑作業の民謡「珍島の野良歌(진도들노래)」を聴く。労働の歌にしては粛然としている。
・<韓国では、ちょうど今頃、稲の種を蒔いて、苗代を作る時期。農村はこれから本格的に忙しくなる。今年も農民の方々に、あらためて感謝の気持ちを伝えたいと思う>とのこと。
2014年3月25日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 畑耕し
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/19)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第48回として、「畑耕し(밭갈이)」にまつわる話を紹介した。
まず、ドキュメンタリー映画「牛の鈴音(워낭소리)」の紹介から、次のように始まった。
・2008年公開の、農村の<時間>を記録した「牛の鈴音」は、多くの人に感動を与えた。一生、畑を耕した80歳のお爺さん(ハラボジ)と、40年共に生きた牛の「ヌロンイ」が主人公だ。タイトル「牛の鈴音」は、牛の首にかけた鈴(워낭)からきている。農夫にとって牛は単なる家畜でない。田畑を耕し、重い荷物を運ぶ、大切な家族同様の存在だ。耳が遠くなったハラボジも、牛の鈴音だけは聞き分ける。足が不自由に関わらず、ヌロンイの餌の草取りに毎朝山に登る。牛も、平均寿命(15年)をとおに超えて、立つのも難しいほど衰えたが、ハラボジと一緒だと、大木を運び畑も耕す。便利な生活を求める現代だからこそ、静かに時間の流れる古里の風景が心にしみる。
▼ 映画「牛の鈴音」のサウンド・トラックから「タボンネ(따북네)」を聴く。都市生活者の聞く古里のイメージか・・・今様である。
・ハラボジとウロンイは、残念ながらこの世を去ったが、今も山間の村では、牛を利用した畑仕事が行われている。
次に、耕作に使われた牛にかかわる言葉について、次のように説明された。
・古く牛が耕作に使われたのは、4世紀頃と言う。牛は人力より深耕できるため、生産力も高く、農家に大切な財産だった。近年、容易で強力な機械が普及したが、今も山間で牛を利用する訳がある。山の中腹斜面の畑は、機械を運んだり重心を保つのが難しいが、牛は自ら動けるからだ。牛と一体に動くには、互いに通じ合い共感が必要だ。その際に重要なのが歌だ。
・1頭の牛が引く鋤(すき)を「ホリ(호리)」、2頭の場合「キョリ(겨리)」と呼び、左側の牛を「アンソ(안소)」、右側を「マラソ(마라소)」という。古い畑仕事の歌に、マラソとアンソに子供に呼ぶような温かい歌詞が残っている。
▼ 江原道楊口地方の畑を耕す歌(밭 가는 소리)を聴く。牛に語り聞かせて歌う。息遣い、土の香りがするよう。
最後に、済州島の馬を使ったときの民謡を、次のように紹介された。
・農作業で、動物と心通わせる独特な歌に、済州島の畑を踏む歌がある。済州島は石、風、女が多いとされ、「三多島」とも呼ぶ。昔から農作業を行うのも、女性の仕事だった。畑に転がる石を拾い集めて、畑のへりに垣根のように積んで風を防いだ。それでも種が風にあおられることが多かったため、畑に種をまいた後、土中に深く埋めて、しっかり根を張らせるため、馬を使って畑を踏み固めた。済州島だけに見られる農作業方法のひとつで、このときの歌も、他地域では見られない。済州島方言や独特なメロディーが残るこの歌は、伝統が薄れる中で、貴重なものとなりつつある。
▼ 畑を踏む歌(밭 밟는 소리)を聴く。労働の相和す歌は素晴らしい・・・島風に混じって聞こえてくるよう。
・農作業で歌われた歌は、昔の農作業、ひとびとを記録するものとして、重要な価値を持つと言える。
まず、ドキュメンタリー映画「牛の鈴音(워낭소리)」の紹介から、次のように始まった。
・2008年公開の、農村の<時間>を記録した「牛の鈴音」は、多くの人に感動を与えた。一生、畑を耕した80歳のお爺さん(ハラボジ)と、40年共に生きた牛の「ヌロンイ」が主人公だ。タイトル「牛の鈴音」は、牛の首にかけた鈴(워낭)からきている。農夫にとって牛は単なる家畜でない。田畑を耕し、重い荷物を運ぶ、大切な家族同様の存在だ。耳が遠くなったハラボジも、牛の鈴音だけは聞き分ける。足が不自由に関わらず、ヌロンイの餌の草取りに毎朝山に登る。牛も、平均寿命(15年)をとおに超えて、立つのも難しいほど衰えたが、ハラボジと一緒だと、大木を運び畑も耕す。便利な生活を求める現代だからこそ、静かに時間の流れる古里の風景が心にしみる。
▼ 映画「牛の鈴音」のサウンド・トラックから「タボンネ(따북네)」を聴く。都市生活者の聞く古里のイメージか・・・今様である。
・ハラボジとウロンイは、残念ながらこの世を去ったが、今も山間の村では、牛を利用した畑仕事が行われている。
次に、耕作に使われた牛にかかわる言葉について、次のように説明された。
・古く牛が耕作に使われたのは、4世紀頃と言う。牛は人力より深耕できるため、生産力も高く、農家に大切な財産だった。近年、容易で強力な機械が普及したが、今も山間で牛を利用する訳がある。山の中腹斜面の畑は、機械を運んだり重心を保つのが難しいが、牛は自ら動けるからだ。牛と一体に動くには、互いに通じ合い共感が必要だ。その際に重要なのが歌だ。
・1頭の牛が引く鋤(すき)を「ホリ(호리)」、2頭の場合「キョリ(겨리)」と呼び、左側の牛を「アンソ(안소)」、右側を「マラソ(마라소)」という。古い畑仕事の歌に、マラソとアンソに子供に呼ぶような温かい歌詞が残っている。
▼ 江原道楊口地方の畑を耕す歌(밭 가는 소리)を聴く。牛に語り聞かせて歌う。息遣い、土の香りがするよう。
最後に、済州島の馬を使ったときの民謡を、次のように紹介された。
・農作業で、動物と心通わせる独特な歌に、済州島の畑を踏む歌がある。済州島は石、風、女が多いとされ、「三多島」とも呼ぶ。昔から農作業を行うのも、女性の仕事だった。畑に転がる石を拾い集めて、畑のへりに垣根のように積んで風を防いだ。それでも種が風にあおられることが多かったため、畑に種をまいた後、土中に深く埋めて、しっかり根を張らせるため、馬を使って畑を踏み固めた。済州島だけに見られる農作業方法のひとつで、このときの歌も、他地域では見られない。済州島方言や独特なメロディーが残るこの歌は、伝統が薄れる中で、貴重なものとなりつつある。
▼ 畑を踏む歌(밭 밟는 소리)を聴く。労働の相和す歌は素晴らしい・・・島風に混じって聞こえてくるよう。
・農作業で歌われた歌は、昔の農作業、ひとびとを記録するものとして、重要な価値を持つと言える。
2016年5月11日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 子ども
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、健康で明るく育って欲しい「子ども」に関連した3曲を紹介した。(「こどもの日」の前日に放送された)
始めに、歌と踊りを楽しむとともに、子育てに子守歌を歌うことについて次のように説明された。
・中国古代の記録にある韓国を説明する内容に、歌と踊りを楽しむ話がある。中国の人々にも、特別に思えたようだ。楽しいとき悲しいとき、いつも歌を歌う。子育てするときも同じで、赤ん坊をあやすときの言葉にリズムをつけて歌のように歌い、寝つかせるときも体を軽くなでながら子守歌を歌った。懐かしい子守歌を想うと、今でも眠りに誘われる。
▼ 赤ん坊を寝つかせる「子守歌(자장가)」を聴く。太い声なのに、なぜかうとうとしそう。子守歌はいいな。
次に、済州島の独特な「揺り籠(エギクドク、애기구덕)」について次のように紹介された。
・済州島に、「エギ(赤ん坊)とクドク(揺り籠)」という揺り籠がある。また、済州島に多いものに三つがある。風、石、女性だ。それで、「三多島」とも言われる。男性が少なく、家事、農作など全てを女性がこなした。楽な姿勢で赤ん坊を寝かせるのは大変なため、活用したのがエギクドクだ。竹網の四角い籠の中に、紐を編み合わせたもので、その上に麦わらと薄い布団を敷いている。赤ん坊がおもらししても網の隙間を風が通り乾燥する。済州島の女性は、仕事の合間にエギクドクを揺らして歌いながら赤ん坊を寝かせ、泣く子をなだめた。
▼ 済州島で、エギクドクを揺らしながら歌う子守歌、「ウォンイジャラン(웡이자랑)」を聴く。揺れに加速・減速、リアルだ。
最後に、母親が赤ん坊に聞かせる歌の意味について次のように説明された。
・私たちは一日8時間ほど眠る。仮に約6時間としても、人生の4分の1は寝ることになる。その間、脳は活動し、体を回復させる。良い記憶を残し、辛い出来事を忘れさせる。昔、母親が赤ん坊を寝かせるとき、「親に孝行しなさい、兄弟仲良くしなさい、近隣と交わりなさい」という内容の歌をよく歌った。勉強しろ、金持ちになれではない。互いに助け合い暮らすことを、赤ん坊は理解できぬとも、母親の気持ちは、きちんと伝わったことだろう。
▼ 「ビナリ(비나리、幸祈る)」で、「美しい世の中のためのビナリ(아름다운 세상을 위한 비나리)」を聴く。今様に美しい歌と語り。
始めに、歌と踊りを楽しむとともに、子育てに子守歌を歌うことについて次のように説明された。
・中国古代の記録にある韓国を説明する内容に、歌と踊りを楽しむ話がある。中国の人々にも、特別に思えたようだ。楽しいとき悲しいとき、いつも歌を歌う。子育てするときも同じで、赤ん坊をあやすときの言葉にリズムをつけて歌のように歌い、寝つかせるときも体を軽くなでながら子守歌を歌った。懐かしい子守歌を想うと、今でも眠りに誘われる。
▼ 赤ん坊を寝つかせる「子守歌(자장가)」を聴く。太い声なのに、なぜかうとうとしそう。子守歌はいいな。
次に、済州島の独特な「揺り籠(エギクドク、애기구덕)」について次のように紹介された。
・済州島に、「エギ(赤ん坊)とクドク(揺り籠)」という揺り籠がある。また、済州島に多いものに三つがある。風、石、女性だ。それで、「三多島」とも言われる。男性が少なく、家事、農作など全てを女性がこなした。楽な姿勢で赤ん坊を寝かせるのは大変なため、活用したのがエギクドクだ。竹網の四角い籠の中に、紐を編み合わせたもので、その上に麦わらと薄い布団を敷いている。赤ん坊がおもらししても網の隙間を風が通り乾燥する。済州島の女性は、仕事の合間にエギクドクを揺らして歌いながら赤ん坊を寝かせ、泣く子をなだめた。
▼ 済州島で、エギクドクを揺らしながら歌う子守歌、「ウォンイジャラン(웡이자랑)」を聴く。揺れに加速・減速、リアルだ。
最後に、母親が赤ん坊に聞かせる歌の意味について次のように説明された。
・私たちは一日8時間ほど眠る。仮に約6時間としても、人生の4分の1は寝ることになる。その間、脳は活動し、体を回復させる。良い記憶を残し、辛い出来事を忘れさせる。昔、母親が赤ん坊を寝かせるとき、「親に孝行しなさい、兄弟仲良くしなさい、近隣と交わりなさい」という内容の歌をよく歌った。勉強しろ、金持ちになれではない。互いに助け合い暮らすことを、赤ん坊は理解できぬとも、母親の気持ちは、きちんと伝わったことだろう。
▼ 「ビナリ(비나리、幸祈る)」で、「美しい世の中のためのビナリ(아름다운 세상을 위한 비나리)」を聴く。今様に美しい歌と語り。
2018年4月11日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」「つぼみの歌」ほか
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、済州島の民謡「つぼみの歌(봉지가)」他についての話を紹介した。
始めに、「清明(청명)」と「寒食(한식)」の歳時について次のように紹介された。
・二十四節気の「清明」は、空が明るくなる日で、毎年4月4日、5日頃にあたる。一方、「旧正月(설날)」、「秋夕(추석)」、「端午」と並ぶ四大節句の一つ「寒食」には、火を使わず冷たい物を食べる。寒食は冬至から105日が過ぎた日で、清明と同じ時期になる。ことわざに、「清明に死んでも、寒食に死んでも(청명에 죽으나 한식에 죽으나)」があり、どちらにしろ大差ないの意だ。暖春になぜ死を例えるか、それは寒食に先祖の墓参や祭祀を捧げる風習があったからだろう。
▼ 済州島方言(花のつぼみ:봉지)に由来する済州民謡「つぼみの歌」を聴く。レコードジャケットがいい。
・この民謡は、「ツツジが咲くとカッコウが鳴き、ナズナと春を摘み取る」で始まるが、済州島では「春の木からつぼみが落ちる」と始まったそうで、美しい花がしおれると実になると、春の美しい自然を歌い、一方で秋の収穫の期待をこめた。
次に、1910年頃始まった木を植える日「植木日(식목일)」について次のように紹介された。
・寒食は、木を植える日「植木日」でもある。国土の7割を山地は占めるが、(古来)木を多用して山肌が多く露出したため、1910年頃から植樹が始まった。だが、朝鮮戦争などで避難民が伐採して山林を大きく減じたが、その後の植樹の努力が実り、造林に成功した。ちなみに、韓国の山で最もよく見かける樹木は松で、国歌にソウルの中心にある南山の松が登場する。
▼ コムンゴ演奏による <南山に松が多いが、その数が減るを残念に思い、豊かな山への想いを込めた>「青い松の茂みを夢見る(푸른 솔 숲을 꿈꾸다)」を聴く。今様に。
最後に、王が直に畑を耕す宮中行事について次のように紹介された。
・植木日は、朝鮮時代の宮中行事と関連がある。春になると、王が直接農作して、農事を重視する姿を見せた。
・キム・ボエさんのことば: 草木が育つ清明(4/5)、先祖の恵みを思いながら墓参や祭祀を捧げる寒食(4/6)とつづく。いつも自然と共に感謝する気持ちで生きた、昔の人々の暮らしを想像してみたいと思う・・・とのこと。
▼ <寒食の日に珍しい食べ物を準備して、夫の祭祀を捧げる> 女性の歌「祭奠(さいてん、제전)」を聴く。次々と並ぶ。
始めに、「清明(청명)」と「寒食(한식)」の歳時について次のように紹介された。
・二十四節気の「清明」は、空が明るくなる日で、毎年4月4日、5日頃にあたる。一方、「旧正月(설날)」、「秋夕(추석)」、「端午」と並ぶ四大節句の一つ「寒食」には、火を使わず冷たい物を食べる。寒食は冬至から105日が過ぎた日で、清明と同じ時期になる。ことわざに、「清明に死んでも、寒食に死んでも(청명에 죽으나 한식에 죽으나)」があり、どちらにしろ大差ないの意だ。暖春になぜ死を例えるか、それは寒食に先祖の墓参や祭祀を捧げる風習があったからだろう。
▼ 済州島方言(花のつぼみ:봉지)に由来する済州民謡「つぼみの歌」を聴く。レコードジャケットがいい。
・この民謡は、「ツツジが咲くとカッコウが鳴き、ナズナと春を摘み取る」で始まるが、済州島では「春の木からつぼみが落ちる」と始まったそうで、美しい花がしおれると実になると、春の美しい自然を歌い、一方で秋の収穫の期待をこめた。
次に、1910年頃始まった木を植える日「植木日(식목일)」について次のように紹介された。
・寒食は、木を植える日「植木日」でもある。国土の7割を山地は占めるが、(古来)木を多用して山肌が多く露出したため、1910年頃から植樹が始まった。だが、朝鮮戦争などで避難民が伐採して山林を大きく減じたが、その後の植樹の努力が実り、造林に成功した。ちなみに、韓国の山で最もよく見かける樹木は松で、国歌にソウルの中心にある南山の松が登場する。
▼ コムンゴ演奏による <南山に松が多いが、その数が減るを残念に思い、豊かな山への想いを込めた>「青い松の茂みを夢見る(푸른 솔 숲을 꿈꾸다)」を聴く。今様に。
最後に、王が直に畑を耕す宮中行事について次のように紹介された。
・植木日は、朝鮮時代の宮中行事と関連がある。春になると、王が直接農作して、農事を重視する姿を見せた。
・キム・ボエさんのことば: 草木が育つ清明(4/5)、先祖の恵みを思いながら墓参や祭祀を捧げる寒食(4/6)とつづく。いつも自然と共に感謝する気持ちで生きた、昔の人々の暮らしを想像してみたいと思う・・・とのこと。
▼ <寒食の日に珍しい食べ物を準備して、夫の祭祀を捧げる> 女性の歌「祭奠(さいてん、제전)」を聴く。次々と並ぶ。
2013年8月6日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 草取り
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/31)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第17回として、「草取り(김매기)」について紹介された。
まず夏の草取りについて次の紹介から始まった。
・雑草という名の植物はない。育つ環境で花と呼ばれたり、雑草と見られる。夏、農業で最も大切なのは、雑草を除去すること(김매기)だ。炎天に、時に降る天の恵み、こうした夏は穀物にとって、この上ない良い季節と言えるが、雑草にとっても成長に適した気候だ。
農民は、鋭い草で腕をひっかけぬよう長袖を着て、暑い一日肌を隠し、腰をかがめて働く。こうした苦しい草取りの作業を3回ほど繰り返して、ようやく秋の収穫を迎えることができる。辛い作業も、共に声を合わせると、疲れが和らぎ力も沸いてくる。
▼京畿道高陽地方の「山打令(산타령)」を聴く。どこかカラッとして、賑やかで、明るい。(次の解説も参考に)
次に高陽地方の「山打令」に、中国にある山の名が歌われることを次のように解説された。
・京畿道、高陽地方の「山打令」の歌詞に、同地方に実在する山である、コク、チョンバル、コボンの名が登場するが、これらにまぎれて中国河南省洛陽市に在る北邙(북망)山の名が出る。
昔、洛陽は高貴の人が多く住み、死後に葬られる所が北邙山だったことから、北邙山は死後行くところの意を表すようになった。草取り歌に。北邙山がなぜ組入れられたか定かでないが、楽しみながら、また労働の苦しさを和らげるために歌った。
▼忠清道地方の「キンバンア(긴 방아)打令」、「バンア(방아)打令」を聴く。呼応しながらシンプルな旋律の繰り返しは労働の歌らしい・・・若い声(合唱)がいいな。
草取りの効用と済州島の草取り歌について次のように説明された。
・歌いながらする草取りは、雑草を取り除く他に、草が根から抜かれた場所の土がほぐれ、空気の通りを良くし、また水分を十分保つ役割もする。草取りに使う手持ち鍬(호미)の言葉を使って、「手持ち鍬の先に百の稲が生る」とあるほど、草取り作業は重要とされた。
済州島では雑草(검질)を抜きながら歌う「サデソリ(사데소리)」がある。済州島は水田よりも、畑仕事が多く、主に女性が畑で歌った。
▼済州島地方の「雑草取り(검질사데)」を聴く。力強く、たくましさがみなぎっている・・・畑地で次々と女性たちが歌い廻したのだろう。
・・・そうですね、岸さんの言うように、労働の歌を聴くとき、どこかで感謝の気持ちを持つということ、本当にそう思いました。
まず夏の草取りについて次の紹介から始まった。
・雑草という名の植物はない。育つ環境で花と呼ばれたり、雑草と見られる。夏、農業で最も大切なのは、雑草を除去すること(김매기)だ。炎天に、時に降る天の恵み、こうした夏は穀物にとって、この上ない良い季節と言えるが、雑草にとっても成長に適した気候だ。
農民は、鋭い草で腕をひっかけぬよう長袖を着て、暑い一日肌を隠し、腰をかがめて働く。こうした苦しい草取りの作業を3回ほど繰り返して、ようやく秋の収穫を迎えることができる。辛い作業も、共に声を合わせると、疲れが和らぎ力も沸いてくる。
▼京畿道高陽地方の「山打令(산타령)」を聴く。どこかカラッとして、賑やかで、明るい。(次の解説も参考に)
次に高陽地方の「山打令」に、中国にある山の名が歌われることを次のように解説された。
・京畿道、高陽地方の「山打令」の歌詞に、同地方に実在する山である、コク、チョンバル、コボンの名が登場するが、これらにまぎれて中国河南省洛陽市に在る北邙(북망)山の名が出る。
昔、洛陽は高貴の人が多く住み、死後に葬られる所が北邙山だったことから、北邙山は死後行くところの意を表すようになった。草取り歌に。北邙山がなぜ組入れられたか定かでないが、楽しみながら、また労働の苦しさを和らげるために歌った。
▼忠清道地方の「キンバンア(긴 방아)打令」、「バンア(방아)打令」を聴く。呼応しながらシンプルな旋律の繰り返しは労働の歌らしい・・・若い声(合唱)がいいな。
草取りの効用と済州島の草取り歌について次のように説明された。
・歌いながらする草取りは、雑草を取り除く他に、草が根から抜かれた場所の土がほぐれ、空気の通りを良くし、また水分を十分保つ役割もする。草取りに使う手持ち鍬(호미)の言葉を使って、「手持ち鍬の先に百の稲が生る」とあるほど、草取り作業は重要とされた。
済州島では雑草(검질)を抜きながら歌う「サデソリ(사데소리)」がある。済州島は水田よりも、畑仕事が多く、主に女性が畑で歌った。
▼済州島地方の「雑草取り(검질사데)」を聴く。力強く、たくましさがみなぎっている・・・畑地で次々と女性たちが歌い廻したのだろう。
・・・そうですね、岸さんの言うように、労働の歌を聴くとき、どこかで感謝の気持ちを持つということ、本当にそう思いました。
2017年2月15日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 島歌
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、島歌に関連した3曲を紹介した。
始めに、全羅道地域の島「可居島(가거도)」の歌を楽しむ「山台(산다이)」について次のように紹介された。
・三面海に囲まれた国土は島が多く、概ね3,000ほどある。西海岸と南海岸、中でも、全羅道地域に集中する。全羅道の莞島、麗水地域の清青色の海辺に、まるで田畑のように、海産物の海苔やカキの養殖場が広がる。その合間に並ぶ島々は、野に立つ山にも見える。島嶼と陸とは往来が難しく、島ならではの文化が伝承した。そのひとつに、「山台」という島民が集い歌う楽しみがある。語源は不明だが、仮面をつけて踊る「山台」遊びに由来する説もある。
・西南海岸地方の島遊びの「山台」は、主に節句や葬儀に、魚市場で行われた。子供たちが山に行って遊ぶ「山遊び山台」などへ進展した。「可居島山台」は、みなで繰り返すのではなく、一人ずつ歌うのが特徴。
▼ 可居島地域の歌「可居島山台」を聴く。可居島の生活に根ざした歌か、素朴なフレーズを次々手渡して歌う。
次に、全羅南道の「巨文島(거문도)」の「舟歌(뱃노래)」について次のように紹介された。
・人々は、昔から歌がとても好きで、仕事にも歌は欠かせなかった。農作はもちろん、漁労にも歌は必須だった。海の仕事も一人でできることは余りなく、みなで力を合わせ、呼吸を合わせるのに歌は最も適していた。櫓を漕ぐ音(歌)、網を引く声(歌)、魚を釣り揚げるとき出す声(歌)など、多様な声(歌)が伝わっている。海の男が海に対して歌う声は、力強いのが特徴。
▼ 全羅南道無形文化財の舟歌「巨文島舟歌(거문도 뱃노래)」を聴く。波頭を漕ぎ分け進む男たちが勇壮に歌うよう。
最後に、済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」について次のように紹介された。
・済州島は、石と風と女性の三つが多い「三多島」と呼ばれる。男が海で亡くなることが多く、比較的女性が多いからだろう。一方、社会活動する女性が多いという意味でもある。済州島では、女性が今も家計を管理をする場合が多い。田がなく畑仕事を中心にする。また、海の仕事で家族の生活を担った伝統がある。海女が海の中で歌った曲も伝わる。
・巫女がクッ(굿、祭祀)を行うとき歌った歌から始まり、海女が安全と裕福を祈った歌「ソウジェソリ」は、その後人々が遊ぶ時にも歌う民謡となったという。
▼ 人々が遊ぶ時にも歌う済州島の民謡「ソウジェソリ」を聴く。洗練された響きになって・・・。
始めに、全羅道地域の島「可居島(가거도)」の歌を楽しむ「山台(산다이)」について次のように紹介された。
・三面海に囲まれた国土は島が多く、概ね3,000ほどある。西海岸と南海岸、中でも、全羅道地域に集中する。全羅道の莞島、麗水地域の清青色の海辺に、まるで田畑のように、海産物の海苔やカキの養殖場が広がる。その合間に並ぶ島々は、野に立つ山にも見える。島嶼と陸とは往来が難しく、島ならではの文化が伝承した。そのひとつに、「山台」という島民が集い歌う楽しみがある。語源は不明だが、仮面をつけて踊る「山台」遊びに由来する説もある。
・西南海岸地方の島遊びの「山台」は、主に節句や葬儀に、魚市場で行われた。子供たちが山に行って遊ぶ「山遊び山台」などへ進展した。「可居島山台」は、みなで繰り返すのではなく、一人ずつ歌うのが特徴。
▼ 可居島地域の歌「可居島山台」を聴く。可居島の生活に根ざした歌か、素朴なフレーズを次々手渡して歌う。
次に、全羅南道の「巨文島(거문도)」の「舟歌(뱃노래)」について次のように紹介された。
・人々は、昔から歌がとても好きで、仕事にも歌は欠かせなかった。農作はもちろん、漁労にも歌は必須だった。海の仕事も一人でできることは余りなく、みなで力を合わせ、呼吸を合わせるのに歌は最も適していた。櫓を漕ぐ音(歌)、網を引く声(歌)、魚を釣り揚げるとき出す声(歌)など、多様な声(歌)が伝わっている。海の男が海に対して歌う声は、力強いのが特徴。
▼ 全羅南道無形文化財の舟歌「巨文島舟歌(거문도 뱃노래)」を聴く。波頭を漕ぎ分け進む男たちが勇壮に歌うよう。
最後に、済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」について次のように紹介された。
・済州島は、石と風と女性の三つが多い「三多島」と呼ばれる。男が海で亡くなることが多く、比較的女性が多いからだろう。一方、社会活動する女性が多いという意味でもある。済州島では、女性が今も家計を管理をする場合が多い。田がなく畑仕事を中心にする。また、海の仕事で家族の生活を担った伝統がある。海女が海の中で歌った曲も伝わる。
・巫女がクッ(굿、祭祀)を行うとき歌った歌から始まり、海女が安全と裕福を祈った歌「ソウジェソリ」は、その後人々が遊ぶ時にも歌う民謡となったという。
▼ 人々が遊ぶ時にも歌う済州島の民謡「ソウジェソリ」を聴く。洗練された響きになって・・・。
2017年8月9日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」八道遊覽歌
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/2)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、旅の歌「八道遊覽歌(팔도유람가)」など関連する曲を紹介した。
始めに、景勝地を旅したい思いがこもった短歌(단가)「八道遊覽歌」について次のように紹介された。
・7月29日から8月4日まで、韓国は夏休みのピークだ。全国どこもレジャーを楽しむ人々で混み合い、逆に静かな場所では寂しい気もする。夏は湿気が多く暑苦しい季節かも知れないが、夏休みに、旅先や食べものを想像するだけでも幸せになる。今のように旅が自由でなかった昔も、想像はできたろう。短歌の「八道遊覽歌」曲に、そんな思いが込められている。有名な歌い手や楽隊を連れて、景勝地を遊覧したい気持ちが伺える。
▼ 演奏と歌による「八道遊覽歌」を聴く。花見遊覧と違って、行列も楽しみに八道山川に遊行するよう。
次に、朝鮮時代の文人、鄭澈(정철、1536年~1594年)の「関東別曲(관동별곡)」について次のように紹介された。
・普通の人々に、「八道遊覽歌」のような豪華な旅も、簡単ないでたちの旅も、みなできるものでなかった。稀に旅する機会があれば、人々は様々に記録した。経験したことを詩や日記、随筆、または絵に残した。代表的なものに「関東別曲」がある。朝鮮時代の文人であり政治家でもあった鄭澈の作品で、1580年に江原道の観察使に任じられた際、関東八景(江原道を中心とした八つの景勝地)を見て作った。同地域の妓生は、この歌をよく歌ったそうだが、今は歌われなくなった。
▼ 「八道遊覽歌」をテーマにした新曲、「新関東別曲(신관동별곡)」を聴く。現代曲風に少し高尚に。
最後に、済州島がひどい凶作のとき民衆を救った金萬德(김만덕)の願いについて次のように紹介された。
・昔、人々が最も行きたい景勝地は、金鋼山だった。朝鮮時代、王正祖(정조)のころ、南の島、済州島が大凶作になったとき、国の送った穀物が海に流され、手を付けることができなかった。そのとき、自分の財産で民衆を救った妓生(商人)、金萬德がいた。王はその功を称え、願い事を尋ねたところ、彼女は金剛山へ行ってみたいと答えた。当時、済州島の女性は陸地に出られぬ定めがあったが、王は彼女の願いを許諾した。昔の絵に、金鋼山を旅し、その景色を描いたものが多数ある。旅に行けない人々は、絵を見て満足をしたことだろう。
▼ 「金鋼山打令(금강산타령)」を聴く。奇岩絶景を見たい思いに比して、歌はゆたりと流れる。
始めに、景勝地を旅したい思いがこもった短歌(단가)「八道遊覽歌」について次のように紹介された。
・7月29日から8月4日まで、韓国は夏休みのピークだ。全国どこもレジャーを楽しむ人々で混み合い、逆に静かな場所では寂しい気もする。夏は湿気が多く暑苦しい季節かも知れないが、夏休みに、旅先や食べものを想像するだけでも幸せになる。今のように旅が自由でなかった昔も、想像はできたろう。短歌の「八道遊覽歌」曲に、そんな思いが込められている。有名な歌い手や楽隊を連れて、景勝地を遊覧したい気持ちが伺える。
▼ 演奏と歌による「八道遊覽歌」を聴く。花見遊覧と違って、行列も楽しみに八道山川に遊行するよう。
次に、朝鮮時代の文人、鄭澈(정철、1536年~1594年)の「関東別曲(관동별곡)」について次のように紹介された。
・普通の人々に、「八道遊覽歌」のような豪華な旅も、簡単ないでたちの旅も、みなできるものでなかった。稀に旅する機会があれば、人々は様々に記録した。経験したことを詩や日記、随筆、または絵に残した。代表的なものに「関東別曲」がある。朝鮮時代の文人であり政治家でもあった鄭澈の作品で、1580年に江原道の観察使に任じられた際、関東八景(江原道を中心とした八つの景勝地)を見て作った。同地域の妓生は、この歌をよく歌ったそうだが、今は歌われなくなった。
▼ 「八道遊覽歌」をテーマにした新曲、「新関東別曲(신관동별곡)」を聴く。現代曲風に少し高尚に。
最後に、済州島がひどい凶作のとき民衆を救った金萬德(김만덕)の願いについて次のように紹介された。
・昔、人々が最も行きたい景勝地は、金鋼山だった。朝鮮時代、王正祖(정조)のころ、南の島、済州島が大凶作になったとき、国の送った穀物が海に流され、手を付けることができなかった。そのとき、自分の財産で民衆を救った妓生(商人)、金萬德がいた。王はその功を称え、願い事を尋ねたところ、彼女は金剛山へ行ってみたいと答えた。当時、済州島の女性は陸地に出られぬ定めがあったが、王は彼女の願いを許諾した。昔の絵に、金鋼山を旅し、その景色を描いたものが多数ある。旅に行けない人々は、絵を見て満足をしたことだろう。
▼ 「金鋼山打令(금강산타령)」を聴く。奇岩絶景を見たい思いに比して、歌はゆたりと流れる。
2014年1月14日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 北斗七星
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第38回として、「北斗七星(북두칠성)」にまつわる話を紹介した。
まず、夜空の星々と北斗七星の歌について、次のような紹介から始まった。
・韓国のことわざに、とても不可能の意を表す、「空の星を取る(하늘의 별 따기)」がある。確かに、星を手にすることは難しく、現代の都心では、星さえ忘れて暮らしている。昔の人々は、きらめく夜空を見上げて様々な思いをはせ、星々に特別な力があると考えた。
・朝鮮時代の女性歌曲(여창가곡)にも、北斗七星(평롱)が登場する。「北斗七星、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つの星たちよ、私の願いを聞いてください。恋しいあの方がいらっしゃったから、この夜がどうか、ゆっくりと明けるようにしておくれ」。
▼ 界面調(계면조) 平弄(평롱)「北斗七星(북두칠성)」を聴く。星の輝きする・・・今様に編曲したのか?
次に、北斗七星に寄せる思いの強い歴史的、文化的なかかわりについて次のように解説した。
・北斗七星は、ひしゃく形をして明るく光るため、簡単に見つかる。西洋では神話に登場するが、韓国でも、先史時代の支石墓(コインドル、고인돌)に、北斗七星が刻まれている。また高句麗時代の墓の壁画に北斗七星が描かれている。
・空に東西南北の四方位を守る神がいて、北斗は北の空を司る神の意がある。さらに空を神と見立てて、北はその喉と舌に当たり、北斗七星は、空それ自体を象徴すると捉えられた。
・古く、空は人の運命をも左右する力を持つとされ、北斗七星は人間の生き方、寿命、幸福、災いなどと関連すると神格化された。(一)母親は、家族の健康と和平を祈るため、甕の上に水を汲んで、北斗七星に祈りをささげた。(二)(シャーマンの)巫堂(ムーダン、무당)によるクッ(굿)のお払いの際、北斗七星を祀ることが多かった。さらに、(三)寺院には、釈迦を祭った本堂とは別に、七星閣(チルソンガク、칠성각)という小さな建物がある。仏教が根付く過程で、深く信じられた北斗七星信仰をたくみに習合した。
▼ 済州(島)の七頭堂クッ(칠머리당굿)中の「七星本プリ(칠성 본풀이)」を聴く。淡々と語りつぐ・・・七にこだわり、ヘビ信仰と?(「本プリ」とは、クッを受ける神が神となった話を含む部分とのこと)
最後に、済州島の北斗七星にまつわる伝説を次のように紹介した。
・済州島には、(一)年老いた母に孝行を尽くした息子たちが死後に星となった話、(二)あの世の尊い薬を手に入れ、父の命を救ったパリ姫の息子が7つの星となった話が伝えられている。この島の北斗七星の伝説には、不思議なことに、全て女性が関連している。女性が他地域に比べて多く、家庭のやりくりを主導していた風習が反映されていたからだろう。
▼ 「The Starry Night(별금자)」を聴く。コムンゴファクトリーの演奏・・・超モダンで難解に・・・。
・・・わかりました、空の星を眺めながら、遠く宇宙のかなたに想いをはせてみましょう。
まず、夜空の星々と北斗七星の歌について、次のような紹介から始まった。
・韓国のことわざに、とても不可能の意を表す、「空の星を取る(하늘의 별 따기)」がある。確かに、星を手にすることは難しく、現代の都心では、星さえ忘れて暮らしている。昔の人々は、きらめく夜空を見上げて様々な思いをはせ、星々に特別な力があると考えた。
・朝鮮時代の女性歌曲(여창가곡)にも、北斗七星(평롱)が登場する。「北斗七星、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つの星たちよ、私の願いを聞いてください。恋しいあの方がいらっしゃったから、この夜がどうか、ゆっくりと明けるようにしておくれ」。
▼ 界面調(계면조) 平弄(평롱)「北斗七星(북두칠성)」を聴く。星の輝きする・・・今様に編曲したのか?
次に、北斗七星に寄せる思いの強い歴史的、文化的なかかわりについて次のように解説した。
・北斗七星は、ひしゃく形をして明るく光るため、簡単に見つかる。西洋では神話に登場するが、韓国でも、先史時代の支石墓(コインドル、고인돌)に、北斗七星が刻まれている。また高句麗時代の墓の壁画に北斗七星が描かれている。
・空に東西南北の四方位を守る神がいて、北斗は北の空を司る神の意がある。さらに空を神と見立てて、北はその喉と舌に当たり、北斗七星は、空それ自体を象徴すると捉えられた。
・古く、空は人の運命をも左右する力を持つとされ、北斗七星は人間の生き方、寿命、幸福、災いなどと関連すると神格化された。(一)母親は、家族の健康と和平を祈るため、甕の上に水を汲んで、北斗七星に祈りをささげた。(二)(シャーマンの)巫堂(ムーダン、무당)によるクッ(굿)のお払いの際、北斗七星を祀ることが多かった。さらに、(三)寺院には、釈迦を祭った本堂とは別に、七星閣(チルソンガク、칠성각)という小さな建物がある。仏教が根付く過程で、深く信じられた北斗七星信仰をたくみに習合した。
▼ 済州(島)の七頭堂クッ(칠머리당굿)中の「七星本プリ(칠성 본풀이)」を聴く。淡々と語りつぐ・・・七にこだわり、ヘビ信仰と?(「本プリ」とは、クッを受ける神が神となった話を含む部分とのこと)
最後に、済州島の北斗七星にまつわる伝説を次のように紹介した。
・済州島には、(一)年老いた母に孝行を尽くした息子たちが死後に星となった話、(二)あの世の尊い薬を手に入れ、父の命を救ったパリ姫の息子が7つの星となった話が伝えられている。この島の北斗七星の伝説には、不思議なことに、全て女性が関連している。女性が他地域に比べて多く、家庭のやりくりを主導していた風習が反映されていたからだろう。
▼ 「The Starry Night(별금자)」を聴く。コムンゴファクトリーの演奏・・・超モダンで難解に・・・。
・・・わかりました、空の星を眺めながら、遠く宇宙のかなたに想いをはせてみましょう。
2009年10月16日金曜日
金秀男写真展
韓国文化院で開かれている、「金秀男(김수남)写真展」に行く。金秀男(1949~2006)は、延世大学で地質学を専攻した後、東亜日報などでマスコミ記者として活躍した。その後、写真家として韓国の巫女(ムーダン)による祭祀(クッ)を記録した。その活動範囲は、日本、東南アジア、インドまで及んだ。
会場には、彼の故郷済州島からソウルに至るクッの状景写真が展示された。特に、亡くなった遠洋漁船員の服を着せた藁人形を背負い、磯辺で死者の名を呼ぶシンバン(ムーダンの済州島での呼称)の姿に万感に迫るものがある。また、慶尚北道のある漁村における、水死した未婚男性を慰霊するため死後結婚させるクッで、祭壇の新郎新婦の藁人形をじっと静止したように見つめる家族の写真からそれでも癒し難い悲しみが伝わってくる。
写真展のガイドブックにある慶応大学教授の野村伸一氏の寄稿文の中に、「霊を招き、霊と交わり、抱擁する、あるいは依頼者みずからが踊る。こうした現場を金秀男は『宝石』と表現した。」という記述がある。金秀男が地質学を専攻したことを思った。例えば鉱物採集時に、石榴石(ガーネット)が自然のまま12面体や24面体の美しい等軸晶系の結晶形で産出されるのを見ることができる。それは人の手の加わらない「宝石」である。彼は、庶民の長い営みのなかから想いが結晶した祭祀(クッ)を「宝石」として見たのかもしれない。
今日は、韓国文化院のハンマダンホールで、金秀男の三周忌を含めて、済州島から招かれたシンバンによる、クッの公演があった。クッの最後には、金秀男を旅立たせるために、シンバンとともに会場にこられた人々が壇上で踊り舞った。
宗教者が生者と死者を教理で分かつならば、シャーマン(ムーダン)は、人の心の奥底にある生と死を分化できない生き残った者たちの自然な悲しみを担い、媒介者として死者との分かれを時間をかけて導くのだろうか。
(追記)昔の新聞記事であるが、ネアンデタール人が埋葬を行ったであろう証拠として、幼児の遺骨の周りに数種類の花粉の化石が残っていたとうい記述を読んだとき熱い思いをしたことがある。死者への深い悲しみと、安らかであれという願いはヒト属として原初的なことだろう。
会場には、彼の故郷済州島からソウルに至るクッの状景写真が展示された。特に、亡くなった遠洋漁船員の服を着せた藁人形を背負い、磯辺で死者の名を呼ぶシンバン(ムーダンの済州島での呼称)の姿に万感に迫るものがある。また、慶尚北道のある漁村における、水死した未婚男性を慰霊するため死後結婚させるクッで、祭壇の新郎新婦の藁人形をじっと静止したように見つめる家族の写真からそれでも癒し難い悲しみが伝わってくる。
写真展のガイドブックにある慶応大学教授の野村伸一氏の寄稿文の中に、「霊を招き、霊と交わり、抱擁する、あるいは依頼者みずからが踊る。こうした現場を金秀男は『宝石』と表現した。」という記述がある。金秀男が地質学を専攻したことを思った。例えば鉱物採集時に、石榴石(ガーネット)が自然のまま12面体や24面体の美しい等軸晶系の結晶形で産出されるのを見ることができる。それは人の手の加わらない「宝石」である。彼は、庶民の長い営みのなかから想いが結晶した祭祀(クッ)を「宝石」として見たのかもしれない。
今日は、韓国文化院のハンマダンホールで、金秀男の三周忌を含めて、済州島から招かれたシンバンによる、クッの公演があった。クッの最後には、金秀男を旅立たせるために、シンバンとともに会場にこられた人々が壇上で踊り舞った。
宗教者が生者と死者を教理で分かつならば、シャーマン(ムーダン)は、人の心の奥底にある生と死を分化できない生き残った者たちの自然な悲しみを担い、媒介者として死者との分かれを時間をかけて導くのだろうか。
(追記)昔の新聞記事であるが、ネアンデタール人が埋葬を行ったであろう証拠として、幼児の遺骨の周りに数種類の花粉の化石が残っていたとうい記述を読んだとき熱い思いをしたことがある。死者への深い悲しみと、安らかであれという願いはヒト属として原初的なことだろう。
2012年7月2日月曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 梁邦彦
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/27)に、人物シリーズ34回目として国楽の枠を越え、幅広いシーンで音楽を制作している、梁邦彦(りょうくにひこ、ヤン・バンオン、양방언、1960年1月1日~)を紹介した。
まず、済州島(제주도)の紹介から始まった。
・朝鮮半島の南に位置する島で、自然景観に富み、ユネスコの生物圏保全地域、世界自然遺産、世界地質公園(ジオパーク)に指定されている。
・島中央に、火山噴火てできた韓国最高峰の漢拏山(ハルラサン、한라산、1,950 m)がある。
▼梁邦彦作曲による「済州の王子」を聴く。伝統音楽の味付けしたライトミュージックといった感じで親しみやすい。
次のように梁邦彦のプロフィールが紹介された。
・1960年 東京で生まれ、日本で育つ。(父親は済州島。母親は新義州出身)
・最近では活動の場を韓国に移す。
・2005年、2009年 世宗文化会館でライブを行なう。
▼梁邦彦による「フロンティア」を聴く。伝統音楽の風を受けて、総合化のような・・・楽しい音楽。
▼梁邦彦による「Flowers of K」を聴く。きっと、伝統へ回帰していくのだろう・・・。
(TVのどこかでこの方の音楽を聞いているはず。Youtubeで聴いてみよう。)
まず、済州島(제주도)の紹介から始まった。
・朝鮮半島の南に位置する島で、自然景観に富み、ユネスコの生物圏保全地域、世界自然遺産、世界地質公園(ジオパーク)に指定されている。
・島中央に、火山噴火てできた韓国最高峰の漢拏山(ハルラサン、한라산、1,950 m)がある。
▼梁邦彦作曲による「済州の王子」を聴く。伝統音楽の味付けしたライトミュージックといった感じで親しみやすい。
次のように梁邦彦のプロフィールが紹介された。
・1960年 東京で生まれ、日本で育つ。(父親は済州島。母親は新義州出身)
・最近では活動の場を韓国に移す。
・2005年、2009年 世宗文化会館でライブを行なう。
▼梁邦彦による「フロンティア」を聴く。伝統音楽の風を受けて、総合化のような・・・楽しい音楽。
▼梁邦彦による「Flowers of K」を聴く。きっと、伝統へ回帰していくのだろう・・・。
(TVのどこかでこの方の音楽を聞いているはず。Youtubeで聴いてみよう。)
2015年1月29日木曜日
(資料)韓国の宗教人口
韓国の宗教人口について、1984年~2014年の間、韓国ギャラップが5回の調査を基にした「韓国人の宗教1984-2014(1)宗教の実態」報告(1/28)を、クリスチャン・トゥデイの記事「無宗教の人たちの選好する宗教、仏教・キリスト教(カトリック)・キリスト教(プロスタント)の順」(1/28、イ・デウン記者)は、次のように要約している。(抜粋)
(本ブログ関連:韓国の”宗教人口”、”仏教宗派”)
--------------------------------------------------
韓国ギャラップ、30年間の変化の実態を発表・・・儀礼などの参加度はキリスト教が最も高く
・韓国ギャラップで、1984年から2014年までの30年間、韓国人の宗教と宗教意識の変化を比較した「韓国人の宗教の実態」調査結果を28日発表した。
・韓国ギャラップは、①1984年に初めて全国民を対象とした宗教関連の調査を開始した後、②1989年、③1997年、④2004年、⑤2014年の比較調査をそれぞれ実施した。2014年の調査では、4月17日から5月2日まで済州を除く全国満19歳以上の男女1500人を対象に実施された(信頼水準95%)。
・2014年現在、宗教分布は、仏教22%、キリスト教(プロテスタント)21%、キリスト教(カトリック)7%の順だった。ギャラップ側は、「仏教は、高齢者と我が国東側(慶南・北)で、プロテスタントは若年層と我が国西側(首都圏·全羅)で、相対的に強みを見せた」と明らかにした。調査結果だけで見れば、知られているものとは異なり、カトリックの教勢は大きく増えなかった。
(本ブログ関連:韓国の”宗教人口”、”仏教宗派”)
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韓国ギャラップ、30年間の変化の実態を発表・・・儀礼などの参加度はキリスト教が最も高く
・韓国ギャラップで、1984年から2014年までの30年間、韓国人の宗教と宗教意識の変化を比較した「韓国人の宗教の実態」調査結果を28日発表した。
・韓国ギャラップは、①1984年に初めて全国民を対象とした宗教関連の調査を開始した後、②1989年、③1997年、④2004年、⑤2014年の比較調査をそれぞれ実施した。2014年の調査では、4月17日から5月2日まで済州を除く全国満19歳以上の男女1500人を対象に実施された(信頼水準95%)。
・2014年現在、宗教分布は、仏教22%、キリスト教(プロテスタント)21%、キリスト教(カトリック)7%の順だった。ギャラップ側は、「仏教は、高齢者と我が国東側(慶南・北)で、プロテスタントは若年層と我が国西側(首都圏·全羅)で、相対的に強みを見せた」と明らかにした。調査結果だけで見れば、知られているものとは異なり、カトリックの教勢は大きく増えなかった。
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| 調査 | 事例数 | 韓国の宗教人口分布(%) | ||||||
| (年) | (人) | 仏教 | プロテスタント | カトリック | その他宗教 | 非宗教者 | ||
| 1984 | 1,946 |
19
|
17
|
6
|
3
|
56
|
||
| 1989 | 1,990 |
21
|
19
|
7
|
2
|
51
|
||
| 1997 | 1,613 |
18
|
20
|
7
|
1
|
53
|
||
| 2004 | 1,500 |
24
|
21
|
7
|
1
|
47
|
||
| 2014 | 1,500 |
22
|
21
|
7
|
0
|
50
|
||
【第5回 比較調査概要】
(注)仏教について、曹渓宗(조계종)、太古宗(태고종)などの宗派に分かれる。
⇒ ”妻帯僧”
⇒ 東京大学仏教青年会「第16回 朝鮮仏教史 5. 韓日併合期と独立後の仏教」
------------------------------------------
・明治時代に入ると日本仏教勢力が朝鮮に進出してきます。最初に江戸時代の朝鮮通信使とも繋がりのあった浄土真宗大谷派が、続いて日蓮宗、浄土真宗本願寺派、浄土宗と進出してきました。 そのような日本仏教の進出を受け、朝鮮仏教界も大きく動きます。日本を訪れ積極的に開化政策を進めようとする僧侶が出る一方で、それに反対し伝統仏教を回復しようとする鏡虚(きょんほ)らのグループも現れました。 日本が韓国を併合すると、朝鮮総督府が直接、朝鮮仏教の統率に乗り出し、寺刹令(じさつれい)を制定しました。 ・・・
・第二次世界大戦が終わり、日本から独立した韓国の仏教は、日本仏教の支配と影響を廃して、復興に向かいました。その第一歩として妻帯僧を追放し寺院の生活を正す浄化運動が起きます。 日本では明治時代に入って僧侶の妻帯が認められたこともあり、その支配下にあったときには妻帯する僧侶が韓国でも現れました。 それに対して戒律の遵守を求め妻帯を禁止する僧侶らと妻帯僧の間で紛争が起きました。その結果、曹渓宗から妻帯僧らが分派して太古宗が生まれました。 その他にも、新たに円仏教、真覚宗、元暁宗、法華宗、仏入宗といった宗派が誕生し、今に至っています。
------------------------------------------
(注)シャーマニズム的な巫俗(ふぞく:무속)は、宗教としてでなく精神の源泉として下部構造に位置づけられるようだ。
(注)儒教も宗教としてでなく、儒教>宗教>巫俗といった精神構造の道徳律的な最上位に位置づけられるようだ。
- 調査期間: 2014年4月17日~5月2日(3週間)
- 調査対象: 全国(済州除く)満19歳以上の男女1500人
- 標本誤差: ± 2.5%ポイント(95%の信頼水準)
- 標本抽出: ステップ2層別化集落地域無作為抽出
- 標本ポイント内の性/年齢別の割り当て抽出 →(参考)「韓国ギャラップ・オムニバス調査標本設計報告書」
- 応答方式: 面接調査員のインタビュー
- 依頼先: 韓国ギャラップ独自の調査過去の調査の概要
- 調査対象: 全国(済州除く)は、18歳以上の男女
調査期間/サンプルサイズ/標本誤差(95%の信頼水準)/すべての面接調査、韓国ギャラップ独自の調査
(注)仏教について、曹渓宗(조계종)、太古宗(태고종)などの宗派に分かれる。
⇒ ”妻帯僧”
⇒ 東京大学仏教青年会「第16回 朝鮮仏教史 5. 韓日併合期と独立後の仏教」
------------------------------------------
・明治時代に入ると日本仏教勢力が朝鮮に進出してきます。最初に江戸時代の朝鮮通信使とも繋がりのあった浄土真宗大谷派が、続いて日蓮宗、浄土真宗本願寺派、浄土宗と進出してきました。 そのような日本仏教の進出を受け、朝鮮仏教界も大きく動きます。日本を訪れ積極的に開化政策を進めようとする僧侶が出る一方で、それに反対し伝統仏教を回復しようとする鏡虚(きょんほ)らのグループも現れました。 日本が韓国を併合すると、朝鮮総督府が直接、朝鮮仏教の統率に乗り出し、寺刹令(じさつれい)を制定しました。 ・・・
・第二次世界大戦が終わり、日本から独立した韓国の仏教は、日本仏教の支配と影響を廃して、復興に向かいました。その第一歩として妻帯僧を追放し寺院の生活を正す浄化運動が起きます。 日本では明治時代に入って僧侶の妻帯が認められたこともあり、その支配下にあったときには妻帯する僧侶が韓国でも現れました。 それに対して戒律の遵守を求め妻帯を禁止する僧侶らと妻帯僧の間で紛争が起きました。その結果、曹渓宗から妻帯僧らが分派して太古宗が生まれました。 その他にも、新たに円仏教、真覚宗、元暁宗、法華宗、仏入宗といった宗派が誕生し、今に至っています。
------------------------------------------
(注)シャーマニズム的な巫俗(ふぞく:무속)は、宗教としてでなく精神の源泉として下部構造に位置づけられるようだ。
(注)儒教も宗教としてでなく、儒教>宗教>巫俗といった精神構造の道徳律的な最上位に位置づけられるようだ。
2009年2月22日日曜日
「釜山海峡」の冬景色はいかに
現地を知らないにもかかわらず竜飛岬や津軽海峡の冬景色といわれると固有のイメージが浮かぶ。多分、演歌の歌詞に刷り込まれて、いつやら土着的なまでの感性になっている。わたしたちは、なぜか北へ帰りたがる。
ところで、釜山海峡の冬はどのような景色なのだろうか。対馬の地理的環境についてみると、ミカンの産地である済州島(제주도)を経由した対馬海流(暖流)が通過するところだ。冬の気温は、朝鮮半島の北東から南西に連なる山脈を幾重にも越えて雪を降らせた後に吹いてくる乾燥した風のため、結構寒いらしい。
2月の「平均<最低>気温」は、対馬(厳原)が2.9度に対して東京は2.4度とさほどの差がない。因みに2月の済州島は3度、青森は-4.3度である。
果たして海峡の海の色、風の動き、そして雲の高さはいかがだろうか。
(参考)
釜山海峡は、神野美伽の「釜山海峡」から採った。
因みに彼女のアルバム「Over the SEA 해협을 넘어서...(海峡をこえて・・・)」(韓国語バージョン)の中で、 「人生は水の駅(인생은 간이역)」、「砂に抱かれて(무정)」が心に残る。
(参考)
「かっちぇる!対馬」(作成者:かっちぇる@西)の記述を引用する。
「対馬にやってきた東北出身者によると、『対馬の乾燥した冬の風は肌を切るようだ、東北の冬は湿度が高いためここまで寒さは感じない』とのことです。」
ところで、釜山海峡の冬はどのような景色なのだろうか。対馬の地理的環境についてみると、ミカンの産地である済州島(제주도)を経由した対馬海流(暖流)が通過するところだ。冬の気温は、朝鮮半島の北東から南西に連なる山脈を幾重にも越えて雪を降らせた後に吹いてくる乾燥した風のため、結構寒いらしい。
2月の「平均<最低>気温」は、対馬(厳原)が2.9度に対して東京は2.4度とさほどの差がない。因みに2月の済州島は3度、青森は-4.3度である。
果たして海峡の海の色、風の動き、そして雲の高さはいかがだろうか。
(参考)
釜山海峡は、神野美伽の「釜山海峡」から採った。
因みに彼女のアルバム「Over the SEA 해협을 넘어서...(海峡をこえて・・・)」(韓国語バージョン)の中で、 「人生は水の駅(인생은 간이역)」、「砂に抱かれて(무정)」が心に残る。
(参考)
「かっちぇる!対馬」(作成者:かっちぇる@西)の記述を引用する。
「対馬にやってきた東北出身者によると、『対馬の乾燥した冬の風は肌を切るようだ、東北の冬は湿度が高いためここまで寒さは感じない』とのことです。」
2018年8月15日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 尹善道
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、朝鮮時代中期の政治家・文人(ソンビ)「尹善道(ユン・ソンド、윤선도、1587年~1671年、号は孤山)」にまつわる話を紹介した。
始めに、流刑中に撥弦楽器「玄琴(コムンゴ、거문고)」に没頭した「尹善道」について次のように紹介された。
・定型詩「時調(시조)」といえば、文人「尹善道」が浮かぶが、実は、4度25年間、流刑を経験して、その苦しみの中、詩作と音楽を慰めにした。北の咸鏡道に流刑されたとき、楽器「玄琴」に没頭したとの噂に困ったようだ。当地に地方官カンソル(강설)の従婢が使った玄琴が一つあった。地方官が帰任すると、尹善道と交遊のペクカン(백강)の妾が玄琴を受けるがペクカンも帰り、関係者も世を去り、結果、尹善道がもらい受ける。その玄琴は、カンソルが海南地域の地方官のころ、尹善道から借りたものだった。< その玄琴を見ると故郷を思い出し、心温かくなり、自分が流刑になることを予め知っていた神が、玄琴を通して心慰めてくれた > と思ったようだ。
▼ 時調を歌にした「五友歌(오우가)」から「我が友は何人だろう(내 벗이 몇이냐)」の歌と演奏を聴く。静かに詠う。
・「五友」とは、水、石、松、竹、そして月を指し、それだけを自分の友とした。この時調は、尹善道が流刑後、しばらく故郷で過ごしたころの作。複雑な政治や人間関係に失望し、世間を去って自然と暮らす願望があったようだ。
次に、尹善道が撥弦楽器「伽耶琴(カヤグム、가야금)」演奏したことについて次のように紹介された。
・尹善道は、玄琴だけでなく撥弦楽器「伽耶琴」も演奏した。伽耶琴演奏の感想を、時調で表した作品もある。
▼ 宮中音楽の「步虛子(보허자)」から分離して編曲を繰り返した「ドドゥリ(도드리)」をオクターブを高くした「ウッドドゥリ(웃도드리)」の伽耶琴演奏を聴く。素朴に。
最後に、尹善道が「甫吉島(보길도)」で作った「漁父四時詞(어부사시사)」について次のように紹介された。
・尹善道は、生涯、政治の荒波の中で音楽と文学を慰めにした。晩年、世間を離れ、済州島に隠居しようと船に乗り向かったが、台風に会い、しばらく「甫吉島」に留まった。そこが美しかったのか、済州島行きを止めて、甫吉島に定着した。尹善道が、甫吉島で作った「漁父四時詞」は、漁師の春夏秋冬を表現した時調で、彼の代表作とされる。
▼ 現代風のリズムで歌った「漁父四時詞」を聴く。今様に描写的に。
始めに、流刑中に撥弦楽器「玄琴(コムンゴ、거문고)」に没頭した「尹善道」について次のように紹介された。
・定型詩「時調(시조)」といえば、文人「尹善道」が浮かぶが、実は、4度25年間、流刑を経験して、その苦しみの中、詩作と音楽を慰めにした。北の咸鏡道に流刑されたとき、楽器「玄琴」に没頭したとの噂に困ったようだ。当地に地方官カンソル(강설)の従婢が使った玄琴が一つあった。地方官が帰任すると、尹善道と交遊のペクカン(백강)の妾が玄琴を受けるがペクカンも帰り、関係者も世を去り、結果、尹善道がもらい受ける。その玄琴は、カンソルが海南地域の地方官のころ、尹善道から借りたものだった。< その玄琴を見ると故郷を思い出し、心温かくなり、自分が流刑になることを予め知っていた神が、玄琴を通して心慰めてくれた > と思ったようだ。
▼ 時調を歌にした「五友歌(오우가)」から「我が友は何人だろう(내 벗이 몇이냐)」の歌と演奏を聴く。静かに詠う。
・「五友」とは、水、石、松、竹、そして月を指し、それだけを自分の友とした。この時調は、尹善道が流刑後、しばらく故郷で過ごしたころの作。複雑な政治や人間関係に失望し、世間を去って自然と暮らす願望があったようだ。
次に、尹善道が撥弦楽器「伽耶琴(カヤグム、가야금)」演奏したことについて次のように紹介された。
・尹善道は、玄琴だけでなく撥弦楽器「伽耶琴」も演奏した。伽耶琴演奏の感想を、時調で表した作品もある。
▼ 宮中音楽の「步虛子(보허자)」から分離して編曲を繰り返した「ドドゥリ(도드리)」をオクターブを高くした「ウッドドゥリ(웃도드리)」の伽耶琴演奏を聴く。素朴に。
最後に、尹善道が「甫吉島(보길도)」で作った「漁父四時詞(어부사시사)」について次のように紹介された。
・尹善道は、生涯、政治の荒波の中で音楽と文学を慰めにした。晩年、世間を離れ、済州島に隠居しようと船に乗り向かったが、台風に会い、しばらく「甫吉島」に留まった。そこが美しかったのか、済州島行きを止めて、甫吉島に定着した。尹善道が、甫吉島で作った「漁父四時詞」は、漁師の春夏秋冬を表現した時調で、彼の代表作とされる。
▼ 現代風のリズムで歌った「漁父四時詞」を聴く。今様に描写的に。
2017年4月5日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」赤い花、赤い心
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「赤い花、赤い心(붉은 꽃 붉은 마음)」など関連した曲を紹介した。
始めに、新羅の純貞公(순정공)の妻水路夫人(수로부인)に捧げられた花と歌について次のように紹介された。
・新羅の純貞公が江原道江陵地域の地方官となり、首都慶州から江陵へ向かう道筋は、南から北へ、左に山、右に海の広がる美しい道と知られる。途中、海辺で昼食時、絶壁に咲く赤い花が、彼の妻の水路夫人の目に入る。だが絶壁に花を取りに行く者はない。その時、牛を引いた老人が通りがかり、軽々と絶壁を登り、花を摘み取って婦人に捧げて歌った。<自分のことが恥ずかしくなければ、花を折って捧げます>という内容。歌の名は「献花歌(헌화가)」だが、今はリズムが消え歌詞だけ伝わる。
▼ 新羅の「献花歌」を童謡にした「赤い花、赤い心」を聴く。子どもたちのかわいい歌声を今様に。
次に、済州民謡の「山川草木(산천초목)」について次のように紹介された。
・春が訪れて、故郷の春といえば、春を代表するツツジやレンギョウなどの花が先に浮かぶ。来週、ソウルも桜が満開になるだろうう。これからひと月、所々に花が咲き、世界が鮮やかになる。そして、花に劣らず美しいのが新芽。済州民謡に、花と緑の景色を表現した歌「山川草木」がある。
▼ <春を迎えてワクワクする恋人たちの想いを表した>「山川草木」を聴く。霞晴れて草木に露が煌めくよう、今様に。
最後に、パンソリ「沈清歌(심청가)」の沈清(심청)と歌「花草打令(화초타령)」について次のように紹介された。
・パンソリ「沈清歌」は、孝行娘の沈清が、盲目の父の治療のため犠牲になる物語だ。彼女は船乗りに売られ、供え物となって海に沈められる。或る船乗りが、沈清が沈んだ海で、美しい花が浮んでいるのを見つけ、不思議に思って花を植えた。その頃、宮廷で皇后が亡くなり皇帝が悲しみに耽っていた。皇帝は、船乗りが植えた花を見て慰めたという。パンソリ「沈清歌」に、色々な花を歌にした「花草打令」があり、蓮、梅、桃など鮮やかな春の花が歌われる。帝に捧げられた花の中から沈淸が登場するという、春らしい設定になっている。彼女は皇帝と出会い、皇后になる。
▼ パンソリ「沈清歌」から「花草打令」をカヤグム演奏と歌で聴く。次々と花の名があげられる。
始めに、新羅の純貞公(순정공)の妻水路夫人(수로부인)に捧げられた花と歌について次のように紹介された。
・新羅の純貞公が江原道江陵地域の地方官となり、首都慶州から江陵へ向かう道筋は、南から北へ、左に山、右に海の広がる美しい道と知られる。途中、海辺で昼食時、絶壁に咲く赤い花が、彼の妻の水路夫人の目に入る。だが絶壁に花を取りに行く者はない。その時、牛を引いた老人が通りがかり、軽々と絶壁を登り、花を摘み取って婦人に捧げて歌った。<自分のことが恥ずかしくなければ、花を折って捧げます>という内容。歌の名は「献花歌(헌화가)」だが、今はリズムが消え歌詞だけ伝わる。
▼ 新羅の「献花歌」を童謡にした「赤い花、赤い心」を聴く。子どもたちのかわいい歌声を今様に。
次に、済州民謡の「山川草木(산천초목)」について次のように紹介された。
・春が訪れて、故郷の春といえば、春を代表するツツジやレンギョウなどの花が先に浮かぶ。来週、ソウルも桜が満開になるだろうう。これからひと月、所々に花が咲き、世界が鮮やかになる。そして、花に劣らず美しいのが新芽。済州民謡に、花と緑の景色を表現した歌「山川草木」がある。
▼ <春を迎えてワクワクする恋人たちの想いを表した>「山川草木」を聴く。霞晴れて草木に露が煌めくよう、今様に。
最後に、パンソリ「沈清歌(심청가)」の沈清(심청)と歌「花草打令(화초타령)」について次のように紹介された。
・パンソリ「沈清歌」は、孝行娘の沈清が、盲目の父の治療のため犠牲になる物語だ。彼女は船乗りに売られ、供え物となって海に沈められる。或る船乗りが、沈清が沈んだ海で、美しい花が浮んでいるのを見つけ、不思議に思って花を植えた。その頃、宮廷で皇后が亡くなり皇帝が悲しみに耽っていた。皇帝は、船乗りが植えた花を見て慰めたという。パンソリ「沈清歌」に、色々な花を歌にした「花草打令」があり、蓮、梅、桃など鮮やかな春の花が歌われる。帝に捧げられた花の中から沈淸が登場するという、春らしい設定になっている。彼女は皇帝と出会い、皇后になる。
▼ パンソリ「沈清歌」から「花草打令」をカヤグム演奏と歌で聴く。次々と花の名があげられる。
2014年1月22日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 長丞(チャンスン)
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第39回として、日本の道祖神にも似た「長丞*(チャンスン、장승)」にまつわる話を紹介した。
(*)長丞: 別名「将軍標」、近くでは高麗駅および高麗神社で二柱の境界標を見る。
まず始めに、長丞の姿と役割について次のような紹介から始まった。
・長丞は、手足もなく、ぶっきらぼうに突き立ち、顔だけギョロッと飛び出た目玉と、平べったい団子っ鼻が刻まれている。犬歯を突き出し、泣き笑いか分からない奇怪な表情だ。
・昔は村の入口に男女対の長丞が立ち、男の長丞は「天下大将軍」、女の長丞は「地下女将軍」の文字が体に刻まれ、村を守る役割をした。長丞の表情を滑稽・奇怪というが、見る人の心の投影かもしれない。訪れた人物が善良な場合はこれを歓迎し、悪徳な場合は足止めさせ戻るよう祈願して作られた。
▼ 「赤壁歌(적벽가)」*の中から「長丞打令(장승타령)」を聴く。敗走の曹操(조조)が長丞を押し倒したそうだが・・・
(*)赤壁歌: 「韓国人の情緒に合わせて創作または修正された部分も多い」(Ko-wikipedia)
この歌では、同じ木から生まれても、長丞となった不遇の身を嘆く。とはいえ、長丞は道端に立ち道標の役割も果たした。
▼ 「ピョン・ガンスェ(변강쇠)打令(타령)」を聴く。ピョン・ガンスェが長丞を薪にしてしまう・・・この歌でも、長丞はその身を嘆くとか。そこに、「横負歌」とかイロイロ情報が耳に入って・・・。ところで、歌声は読経の如し。
次に、長丞の起源や地域性について次のように解説された。
・長丞の起源や由縁について、確かなことは不明だが、古代の性器崇拝信仰や、民間信仰のひとつの「ソンドル(선돌/입석, 立石)」、「ソッテ(솟대)」の風習からという見方が有力のようだ。また、トッケビ(도깨비)という鬼顔や、土俗的な仮面のイメージにつながるという考え方もある。
・長丞は、地域によって素材や顔の形が少しずつ違う。①湖南(ホナム:全羅南道と全羅北道の総称)や嶺南(ヨンナム:慶尚南道と慶尚北道の総称)の南道地方では石像が多く、平たく丸みを帯びた南方系の顔。②京畿道や忠清道地方では主に木像で、顔が長く目が切れ長で、鼻も長い北方系の顔。狭い国土の中、多様な文化が混じり合い発展したことを、長丞の顔つきからも推測できる。また、③済州島では、「トルハルバン(돌하르방)」と言われる石像が、長丞の役割を担った。このトルハルバンは本土の長丞の奇怪な姿と異なり、自愛に満ちた表情で、島に来る人々を迎える。
▼ 済州民謡「シナウェギソリ(신아외기소리)」を聴く。労働歌ながら子どもにも馴染みやすい歌で、今様編曲ながら楽しい。
(*)長丞: 別名「将軍標」、近くでは高麗駅および高麗神社で二柱の境界標を見る。
まず始めに、長丞の姿と役割について次のような紹介から始まった。
・長丞は、手足もなく、ぶっきらぼうに突き立ち、顔だけギョロッと飛び出た目玉と、平べったい団子っ鼻が刻まれている。犬歯を突き出し、泣き笑いか分からない奇怪な表情だ。
・昔は村の入口に男女対の長丞が立ち、男の長丞は「天下大将軍」、女の長丞は「地下女将軍」の文字が体に刻まれ、村を守る役割をした。長丞の表情を滑稽・奇怪というが、見る人の心の投影かもしれない。訪れた人物が善良な場合はこれを歓迎し、悪徳な場合は足止めさせ戻るよう祈願して作られた。
▼ 「赤壁歌(적벽가)」*の中から「長丞打令(장승타령)」を聴く。敗走の曹操(조조)が長丞を押し倒したそうだが・・・
(*)赤壁歌: 「韓国人の情緒に合わせて創作または修正された部分も多い」(Ko-wikipedia)
この歌では、同じ木から生まれても、長丞となった不遇の身を嘆く。とはいえ、長丞は道端に立ち道標の役割も果たした。
▼ 「ピョン・ガンスェ(변강쇠)打令(타령)」を聴く。ピョン・ガンスェが長丞を薪にしてしまう・・・この歌でも、長丞はその身を嘆くとか。そこに、「横負歌」とかイロイロ情報が耳に入って・・・。ところで、歌声は読経の如し。
次に、長丞の起源や地域性について次のように解説された。
・長丞の起源や由縁について、確かなことは不明だが、古代の性器崇拝信仰や、民間信仰のひとつの「ソンドル(선돌/입석, 立石)」、「ソッテ(솟대)」の風習からという見方が有力のようだ。また、トッケビ(도깨비)という鬼顔や、土俗的な仮面のイメージにつながるという考え方もある。
・長丞は、地域によって素材や顔の形が少しずつ違う。①湖南(ホナム:全羅南道と全羅北道の総称)や嶺南(ヨンナム:慶尚南道と慶尚北道の総称)の南道地方では石像が多く、平たく丸みを帯びた南方系の顔。②京畿道や忠清道地方では主に木像で、顔が長く目が切れ長で、鼻も長い北方系の顔。狭い国土の中、多様な文化が混じり合い発展したことを、長丞の顔つきからも推測できる。また、③済州島では、「トルハルバン(돌하르방)」と言われる石像が、長丞の役割を担った。このトルハルバンは本土の長丞の奇怪な姿と異なり、自愛に満ちた表情で、島に来る人々を迎える。
▼ 済州民謡「シナウェギソリ(신아외기소리)」を聴く。労働歌ながら子どもにも馴染みやすい歌で、今様編曲ながら楽しい。
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