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2013年10月31日木曜日

なぜハロウィン

この時期、ハロウィンがメディアにとりあげられるたび、置き場がないというか落ち着き場所の定まらぬ感覚にとらわれる。人生長いと、様々な行事が次第に既定になっていくのを見てきたが、異質さに馴染むのはなかなか容易でない。若ければあっさり受容してしまうのかもしれないが。

ハロウィンは現在、あくまでも商業的なイベントを超えていない。多分、お盆のような宗教的なものと結びつくことがあるわけではないので、風習になるには時間がかかるだろう。その意味で、クリスマスは家族の結びつきを確かめる最早風習に近い。そして、義理を含めてバレンタインはハロウィンより先行している。

ハロウィンのちょっとおどろおどろした雰囲気を知ったのは、米国のブラッドベリ(Ray Bradbury, 1920年8月22日~2012年6月5日)のSFファンタジーの短編集を読んでからのことだ。その頃は、日本でのハロウィンはまだ文字の世界で語られたものだったはず。映画などで見る光景ではあったので、全く知らないわけでもなかった。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

だから、ハロウィンに強い拒絶感はないけれど、ちょっと気になる点がある。ハロウィンのデコレーションに使われる小物もそうだが、全体的な色彩のトーンとして、あのオレンジ色はどうだろう。日本の色使いではないと思うが。
とはいえ、わたしたちの色彩感覚もだいぶ変わってしまっている。そう、アウトドア用品やその衣料品を見れば分かるが、深緑色や青紫色などがすっかり定着してきている。アメリカ発の色彩感覚がそのままとりいれられている。

2019年10月27日日曜日

ハロウィン、ハロウィーン

今月末に催す外来の<奇祭>が近づいた。呼び方に2通りあって、「ハロウィン」、「ハロウィーン」がある。いずれが普及しているかよく分からないが、去年の同じころに本ブログ(2018年10月27日)に次のように記した。
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「ハロウィン」を「ハロウィーン」と呼ぶのが正しいと、若者がテレビで主張していた。テレビは、若者主導のイベントに追従しやすく、今後「ハロウィーン」と呼ぶようになるかもしれない。私にすれば、「ハロウィン」で押し通すつもりだけど。
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(本ブログ関連:”ハロウィン ”)

モードは、特に若い女性にとって、フォーマルから外れる<新規>で<異質>なものほど関心が高い。だから彼女らが奇祭に引かれる余地は十分ある。ハロウィンもひとつの外来の風習であり、定着するのに時間がかかるはず。それをすっ飛ばしたようにいま現在、随所に行き渡っている。

<新規>で<異質>なものを取り込むのは、生物的な場合、(すっかり政治の手垢がついてしまったが)「多様性」につながり、種の安定のもとになる・・・そうやって進化してきたのだから。その意味で、奇祭ハロウィンが広がるのもわかる気がする。ただし商業ベースでせわしく、ファッションに興じる若者たちを見ていると、大事に熟成させたらどうだかと気遣うばかり。若さもライフサイクルの円環の一部でしかないので、気がせくのだろう、分からぬ訳ではない。

欧米のハロウィンは、子どもたちのための、ドキドキしてゾクゾクする行事に落ち着いたよう。若者もそろそろ、ハロウィンを子どもたちへ譲り渡してみてはどうだろうという気がする。

(ティム・バートンの「The Nightmare Before Christmas」から、マリリン・マンソンの「This Is Halloween」に合わせて再編集したもの)

(Youtubeに登録のpoisonpixに感謝)

2012年10月25日木曜日

ハロウィンのイメージ

ハロウィンを知ったのは、だいぶたってのこと。高校時代に、レイ・ブラッドベリ好きがいて、作品を紹介されたのがきっかけだ。

最初に読んだ、ブラッドベリの短編集「10月はたそがれの国」(創元SF文庫)の表紙に、ジョーセフ・ムグナーニ(Joseph Mugnaini)による、捻じ曲げられたように古びた陰気な家屋が描かれていたのを記憶している。ファンタジー・マニア好みのイラストである。

ブラッドベリの作品に、ハロウィンを題材にした物語がいくつもあるが、そこには邪悪なものが漂うマジカルな印象が共通する。見えないものが見えてしまう子どもたちの恐れをハロウィンは抱えている。ハロウィンの夜、だが重く塗り込められた暗闇に対する子どもたちの視点をブラッドベリは忘れていない。

そんな印象があってか、今流行の「ハロウィン」にはちょっと違って、若者たちのお祭りのようなものを感じる。ファッション・ショーなどのイベントで、「ハロウィン」舞台に立つ子役たちが怪しい衣装を着ても、実際ご近所を夜な夜な菓子もらいに巡る彼らと会うことはないだろうし・・・今のところ。

闇にうごめく邪悪なものを感じさせないハロウィンは、子どもたちの心に残るだろうか。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

2023年10月31日火曜日

(雑談) ハロウィン

きょうは「ハロウィン」の日。
空は曇って薄暗い。異界と接する日にふさわしく、(一瞬20℃をかすめたけれど)ひんやりして少々陰鬱。今年も残り2か月。

これまで、「ハロウィン」について、ブログにわりと記してきた。
ハロウィンを初めて知ったのは、ブラッドベリのSFファンタジー(文字情報)だった。イメージとして浮かぶのは、ブラッドベリの短編集「10月はたそがれの国」の表紙に、J.ムグナーニ(Joseph Mugnaini)が描いた、捻じ曲げられたように古い館*だ。いまでは、すっかりハロウィンの共通イラストになっている。
(*)山田五郎氏のYoutubeで、ゲストの中野京子氏との対談で語られた米建築家エドワード・ホッパーのカルフォルニア・ゴシックの建築物(ヒッチコック監督の映画「サイコ」に登場する家のモデルになった・・・映画の方がピッタリ)を想起する。
- https://youtu.be/35LEKJ2M_I8?t=89

(本ブログ関連:”ハロウィン”、”ハロウィンのイメージ”)

そういえば以前の夜道で、こんな経験をした。
小さな教会前の通りにハロウィン衣装(仮装)に身を包んだ子どもたちと出合った。キャアキャアと歓び騒ぐ集団の中を、身をくねらせるようにして通り抜けた。なぜか微笑んだ。彼らの熱気が、元気を与えてくれた気がしたからだ。

ところでハロウィンのイベントが、その起源を知らぬまま、すっかりアメリカナイズしている(サンタクロースの赤い服が、コカ・コーラの赤色と重なったように)。
異国の風習を簡単に受け入れるのは感心しないが、クリスマス+サンタクロースを年末行事にまでしてしまったのだから・・・何ともいいようがない。ならばもし、近所の子どもたちが陽気な声で訪ねてきて、菓子をねだったりしたら、明るいひとときになること間違いない。

2018年10月27日土曜日

(独り言)ハロウィン

私用で出かけた先にある駅ビル入り口のたまり場に、「ハロウィン」衣装をした小さな子どもたちグループがいて、そのまわりを母親が取り囲み記念撮影していた。いってみれば、(若い気分を保ちたい)母親が見つけた今時なイベントかもしれない。子どもたちは、別段気にする風もなく、楽しければそれでいいとはしゃぎながらエレベーターで上階へと上がっていった。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

例年見慣れた光景だが、外来のしかもキリスト教以前に起源を持つイベントだけに、「行事」といった伝統は感じられず、根っこにつながりが乏しくて、いまだに違和感を禁じえない。若者たちの浮かれ振りを見るにつけ、昔のクリスマスに三角帽子を被って夜の街で酔い騒いでいた親父さんたちの姿とダブってしょうがない。

「ハロウィン」を「ハロウィーン」と呼ぶのが正しいと、若者がテレビで主張していた。テレビは、若者主導のイベントに追従しやすく、今後「ハロウィーン」と呼ぶようになるかもしれない。私にすれば、「ハロウィン」で押し通すつもりだけど。

ハロウィンは、本来、今月末(10/31)のイベントだが、今年は平日水曜日のため、今日・明日の土・日に、早めに街が騒がしくなるかもしれない。

若者たちがいずれ家庭を持つようになれば、いつかクリスマスのように家庭内の、あるいは地域の行事になるかもしれない。時間がかかるが、待つことも悪くない。

さて、訪問先は私より高齢のご夫妻。ハロウィンにちなんだものでなく、健康重視の蜂蜜セットにした。ハロウィンに戸惑うこのごろ。

2011年10月26日水曜日

ハロウィンのこと

テレビなどで、アメリカの白人家庭の子どもたちが夜に、骸骨や魔女の奇怪な仮装で、ご近所を廻ってはお菓子をいただく「ハロウィン」の風習を見かけたことがある。カボチャをくりぬいて作った暗闇に光るランタンもお決まりだ。宗教行事というよりは、お祭りのような気がするが、一体どうなのだろう。

超現実的になれる子どもだからこそ、ハロウィンのお祭りのなかで、大人には見えない悪魔的世界と一瞬通じる不思議な感覚を持つことができるのかもしれない。恐怖を感じ、恐怖を楽しんでいるのだろう。それは、子どもだけが知っている、互いに共有できる感覚だ。もう忘れてしまったが。

ハロウィンの言葉を身近に知ったのは、高校時代に読んだレイ・ブラッドベリの短編小説のなかのことだ。読書というものは自分の閉じた世界で楽しみ記憶に残すもので、ことさら見える形にしてまで求めるものではない。だから、ハロウィンは曖昧なまま心に残してきた。子ども時代に感じた、恐怖と平穏の境を懐かしむように。

ところで、日本のハロウィンブームはどうだろうか。子どもたちは、塾やお稽古ごとに忙しく、集団になることにも慣れていないし、ご近所にしてもコミュニケーションがとれていないこのご時世、アメの準備どころか唐突に来られても戸惑いがあることだろう。子どもを平気で暗闇に出してやる親もそうそういない。まして、いただいたアメに対す信頼性も怪しい時代なのだから。

日本ではまだ、若い女性がイノベーターとなって支持する、ファッション感覚のイベントに近い気がする。それを、ファッション誌や特定の都心の商業地がブームを形成しようとしているのだろう。
ところで、ご近所で子どもたちのハロウィンごっこの光景を一度だって見たことがないが、回を重ねて、年を経れば、バレンタイン行事のようになるかもしれない。(弁明として、フォーマルなものの起源も、先端ファッションであり、それが変遷して定着したものであることを考えれば、ハロウィンもバレンタインのようになるかもしれない。)
ただ、子供の方が正直だとだけ言っておきたい。

ふと気になったことがある。アメリカにも昔の日本のような駄菓子屋があれば、こんな大騒ぎをしなくても済んだのに・・・、そんな訳ないか。


(付記)
日本経済新聞の記事「東京に冬の訪れ『木枯らし1号』」(10/26)によれば、寒い今日、「木枯らし1号」が訪れたことを次のように知らせている。
・気象庁は26日、冬の訪れを告げる「木枯らし1号」を東京都心で観測したと発表した。昨年と同じ日で、この10年間では最も早かった
・同庁によると、26日は西高東低の冬型の気圧配置となり、東京都心で午後5時前、最大瞬間風速15.0メートルの北西の風を観測。寒冷前線が南下した影響で最高気温は20.3度と、25日の26.9度から大幅に下がった。
・気象庁は、東京都内について、10月半ばから11月末までに初めて吹いた最大風速8メートル以上西北西~北の風木枯らし1号としている。


★ 孫ふたりが、父親の上になったり横になったり、纏(まと)わりついている写真が届いた

2017年10月17日火曜日

もうじき Halloween

私にとって「ハロウィン」の原点は、レイ・ブラッドベリの「10月はたそがれの国」で、遠い昔のこと。だから、日本のいまどきの、ハロウィンの熱狂は唐突でしかなかったが、沸騰振りが年々高まり、クリスマス前行事としてどうやら定着してきたようだ。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

昨年10月31日のハロウィンのときもそうだった。韓国語教室の晩、通う夜道の途中、ある教会前に大勢の人だかりがあった。まるで道を塞ぐ賑わい。子どもたちは熱狂し、親の注意もうわの空で、通行人に道を譲ることをすっかり忘れている。

子どもたちが、大声を張りあげて歓喜するのも楽しい思い出になると思えば、道を開けてくれるまでしばらく待とうというもの。いつの間にか、ハロウィンの渦に巻き込まれている気がした。

不思議なことに、今様のハロウィン騒動にすっかり冷ややかでなくなった。ハロウィンは子どもたちのものといった前提で臨むようになっている。気持ちも随分変わった。

(「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」より)

(Youtubeに登録のNobuyoshi Takeuchiに感謝)

2024年10月31日木曜日

ハロウィン

今年も「ハロウィン」の季節になった。でもハロウィンの行事にかかわることは、何もないけれど。一時期、度の過ぎたにぎやか振りが世間を騒がせた。アメリカの子ども向け行事だったものを、青年たちが好き勝手に(曲解)したことで、世間の目は鋭くなった。今年は、どうやら都心(例えば渋谷界隈)でのお祭りを自粛するよう地元行政は呼びかけている。

アメリカのハロウィンは、子どもを中心にしたコミュニティの風習*のはず。日本でも、そのように定着すれば楽しいのだが。それには、住宅地に子どもたちがいて、夜の道の安全が保障されることが前提だが、これから先、いずれも崩れようとしているようで心配だ。
(*)暗くなって子どもたちが、近所を廻り菓子をねだる(Trick or Treat)光景が可愛い。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

そういえば、昔の「クリスマス」は、親父たち**が三角帽を被って街なかで酔いつぶれていた、そんな光景が映画やニュースで映じられた。それが、今では家庭内の行事に変わったのだから、ハロウィンも子ども中心のイベントになるのはそう遠くないだろう。
(**)酔っ払ってゲロを吐いていた彼らは、実は戦争経験者たちだった。そのとき解放されていたのかもしれない。

■ Youtube
ティム・バートンの「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」より
「The Citizens of Halloween - This Is Halloween (From Tim Burton's "The Nightmare Before Christmas")」(登録:DisneyMusicVEVO)
https://www.youtube.com/watch?v=ZVuToMilP0A

(付記)
庭木の剪定の真似ごとして、久し振りに指先に力を入れたせいか、指がプルプルしてキーボードの打ち込みがはかどらない。

2017年10月31日火曜日

ハロウィン 2017

隣り町からの帰り道、ハロウィンの夜、辻に小さな妖精が湧いた。ほとんど女の子、ディズニーのお姫様かとまごうばかり、可愛い衣裳のおちびさんたちが、それもお母さんに囲まれて。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

一夜限りの楽しさに、母親が思いを込めて縫ったろう、無理ない仕立てが好ましい。妖精の姿を見るたび、何度微笑んだことだろう。

ところで、男の子の姿をほとんど見かけない。ハロウィン行事が完全に定着しきってないためか、照れくささのためか。近所で菓子を配るようになれば、男の子も化け物に、吸血鬼になるだろう。

今夜も都心で、若者たちが貧欲にハロウィン熱に浮かれている。昔、クリスマスに、父親たちが三角帽子をかぶって街を飲み歩いたことがあった。そんなバカ騒ぎも廃れ、今や家族で楽しむ日本独自の年末行事になっている。渋谷交差点が、ハロウィンの夜、平静に人々が行き交う時代がいずれ来るだろう。

2022年10月31日月曜日

ハロウィン

今年も「ハロウィン」の夜が来た。日本では子どもたちのためというより、若い男女の空騒ぎ、あるいは商業主義的なイベントになってしまった感がして残念な気がする。とはいえ、雑踏に酔っ払いがあふれたかつての「クリスマス」が、今では家庭行事におさまったように変遷するかもしれない・・・と願いたい。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

呼称で気になっていたことがある。「ハロウィン」なのか「ハロウィーン」なのか・・・、メディアで両者を耳にするが、米語でどうなのだろう。Youtubeの英語ショート動画「矢作(やはぎ)とアイクの英会話」*で、アイクさんがいうにはアクセントを後ろに置くので「ハロウィーン」という、「自然とソウルから出てくる」のだと楽しく回答していた。
(*)Youtube: https://www.youtube.com/watch?v=i_Do0GMaI8Q

ところで以前に触れたことだが、私がハロウィンを初めて知ったのは、米SFファンタジーの大御所(日本の同人誌「宇宙塵」に参加したSF作家たち*に影響を与えた)「レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)」の短編集「10月はたそがれの国(The October Country)」(宇野利泰訳、創元社 1965年)のある短編**を読んだときのこと。高校時代に仲間から、強く進められた記憶がある。
(*)SF作家たち: 小松左京や星新一の若いころの作品にある、ファンタジー的表現からうかがい知れる。
(**)ある短編:「集会(Homecoming)」

そのころの文庫本「10月はたそがれの国」のカバーは、ジョセフ・ムグナイニ/ムニャイニ(Joseph Mugnaini)による不思議な建物が描かれていた。いってみれば、ハロウィンやホラー(ナイトメア:悪夢)映画に登場する魔物や怪物が棲みそうな、おどろおどろしい屋敷を想わせた。ブラッドベリの語りから、部屋の隅やベッドの下に広がる暗闇に何かがいることを気づかされた・・・すでに高校生になっていたので、納得するだけだったが。SF小説に、ハードコア以外の、ファンタジーの領域があるのが新鮮だった。

2016年10月29日土曜日

ハロウィンを受け入れること

世の中、習慣といわれるものは、モードでフォーマルがあるように、いつの間にか流行(はやり)が固定して様式化されたもの。神道の「初詣」も「神前結婚式」もそうだった。今では当たり前のことだが、始めは奇異だったろう、さぞ違和感を感じられたかもしれない。でも、そこにつながる源流があったればこそなのだ。

ところが「ハロウィン」は、いまだに疑問を感じている。でも、それは風物として習慣化し、行事となってしまったようだ。最早、合点いかぬと言えば、時代遅れだの烙印を押されかねない。むげに逆らえば孤立する。といって承服とか、したり顔もしたくない。ただ、若者の遊びがひとつ増えたぐらいに傍観するしかない。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

私にしたら、ハロウィンは、レイ・ブラッドベリのSFファンタジー小説で初めて知った、文字を空想に置き換えた世界だった。だから今様の騒ぎを見ると、漫画を生身の役者が演じる「実写化」といったものに対して、若者よ、君らだって異論はあるだろう。そういうことなんだよ。

まあいいや、ハロウィンを受け入れよう。そして、それに乗じてちょっと他愛ないことでもしてみよう。

(レイ・ブラッドベリ原作 ”The Halloween Tree”のアニメ化より: メインタイトル”)

(Youtubeに登録のess89に感謝)

2009年10月31日土曜日

孫のハロウィン

半月振りに孫に会いに行く。毎回ながら初めは、お前は誰なんだいとじっと見つめられる。そのうちに、わたしの胡坐の上で足をピョンピョンと跳ねて遊んでくれるのだが・・・。しばらくすると、ほら!わたしの顔をみて笑ってくれる。これだから、可愛いったらありゃしない。
今日はハロウィンである。ハロウィンを知ったのは、高校時代にSFファンタジーのレイ・ブラッドベリの作品を読んだときだ。彼の短編集には、どこか叙情的な、詩的なものがあって、いわゆるSFハードコアが苦手な分、親しみやすかった。あの小松左京や、星新一の初期SF作品に、レイ・ブラッドベリの臭いを感じたことがある。
ところで、お嫁さん姉妹が、それぞれの旦那さんから、ディズニーシーMIRACOSTAの宿泊プレゼントがあったとのことで、そのお土産にディズニー・ハロウィン2009のクッキーをいただいた。最上階のテラスから夜の水上ショーの鑑賞を楽しんだり、朝食をしている様子をビデオで見せてもらった。孫も孫の従兄弟も、母親達のはしゃぎぶりとは対照的に、何となくあっけにとられているところが可笑しい。
いただいたハロウィンのクッキーは、もったいなくて、孫にありがとうをいいながら、一日に食べる枚数を制限しよう。

2018年10月31日水曜日

ハロウィンの夜に

今日(10/31)の「ハロウィン」の夜に、悪霊(死霊)がやって来るそうだ。日本なら、仏教行事の盆の夜、祖霊を迎え入れるのだが。キリスト教以前に起源を持つ、精神の古層に沈殿したハロウィンを、キリスト教は拭い去ることができないため、子どもたちの祭りに融合したのだろう。宗教の常套であるが。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

ふだんの生活にないものが、ときどきやってきた。大人は、旅芸人、吟遊詩人、瞽女などを迎え入れ、子どもはサーカスの一団に興奮する。サーカスやハロウィンは、SFファンタジーの巨匠レイ・ブラッドベリの舞台である。(ところで、最近の映画は、なぜかピエロが恐怖をもたらすようだが)

(本ブログ関連:”レイ・ブラッドベリ”)

何かがやってくる。そんな予感は、現実世界でも気付く。逃げ足の速い、嗅覚の鋭いひとがいる。誰よりも巧みに逃げる。ファンタジーとは違う世界の話しだが、多分、広く情報収集能力があり、行動に移せる越境のネットワークがあるのだろう。

(本ブログ関連:”逃げる”)

何かがやってくる不安は、アメ粒一つで追い返せるわけではない。だから、逃げることも重要だ。ところで、年寄りは人生で上手に逃げる。どうやってかって、それは生きている誰よりも早くあちらに逃げるのだ。(こんな軽口をたたける歳になった)

2025年10月31日金曜日

ハロウィン

考えてみたら、きょうは「ハロウィン」だったはず ・・・ テレビを見ないので気づかない、ネットを見ても意識的に探さなければ気づかない。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

テレビの番組表に、日本テレビが子供向けハロウィン番組を設けていた。一つは「トイ・ストーリー」、もう一つは「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」。人形劇のようだ。絵柄から、そして好みでいえば「ナイトメアー(悪夢)」の方かな。

■ Youtube
「The Nightmare Before Christmas  (1993) Official Trailer #1 - Animated Movie」(2013/10/01)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=wr6N_hZyBCk



(付記)
ところで、政治批評のユーチューバーが、10月23日発売の「週刊文春」が合併号(10月30日・11月6日号)だった意味を語っていた。合わせて、同社の文芸春秋社の人員削減にも言及した。

子どものころ、月刊誌「文芸春秋」は大企業の部長クラスが読むものといわれた。週刊文春は、新聞と比べて、週刊誌一括の格下扱いだったと思う。紙媒体の中で競っても勝ち目はなかったのだ。

メディアの競争は、しょせん異なる媒体間の競争だった。どんなに刺激的に大砲を打っても、紙媒体上でしかないことを気付いていたのだろうけれど。もう幕が下りる時が迫っているようだ。客席が帰り支度を始めているのだから。

上記ユーチューバーが日ごろ語ることに、今や発言や行動は電子化され、電子タトゥーとなって永遠に残るという。「人の噂も七十五日」が通用しない時代になった。AIの登場は、電子化された情報の中から、瞬時に過去を発掘するだろう。回顧記を書くのが容易でない時代になった。

2015年10月26日月曜日

(雑談)ハロウィン

今月末(31日)に、毎年賑やかになってきた「ハロウィン」行事がある。ハロウィンについては、SFファンタジー小説の世界で知ったのが最初だ。それが、こんなに普及するとは想像しなかった。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

ここ数年、人通りの多い街角で、魔法使い・魔女、精霊・妖精、吸血鬼、お姫様などの衣装を着た(着せられた)子どもたちの姿を目にする。それも、集団ではしゃぎ、若い母親が周りを囲んで写真を撮る。子どもたちは、少々戸惑いがあるようで、辺りをぐるぐる走り回る。よく見れば、父親の影がない。どこか照れが漂っているように見える。

この行事について、おもしろい記事がある。京都新聞の「ハロウィーン、実は欧州では低調 『日本人はまだまだ』」(10/25)によると、(英米中心で)ヨーロッパ本土では関心が乏しいようだ。日本で、ディズニーランドから火がついたというのも分かる気がする。ムードとして、若い女性が先を走り、若い男が後を追うという構図が主流かもしれない。

商業的な感のする風景に少々違和感があったが、子どもたちの光景を目にするようになると、彼らが楽しければ良いのではないかと思うようになった。だから、行き場の定まらぬ行事に終わるのでなく、しっかり土地(子どもたちの地元)に根付くようになればと願う。

家庭で楽しむように定着した、「クリスマス」行事の例もあるのだから。

2019年10月31日木曜日

ハロウィンの街めぐり、NTT技術史料館(電信・電話)

NTT技術史料館
5年ほど前に訪れたことのある「NTT技術史料館」*へ出かけた。「西南の役」(明治10年:1877年)に使用された東京-熊本間の電信(モールス信号による通信技術)について、素人レベルながら教えてもらいたく願ったからだ。今回、デジタル交換機の初期開発にたずさわった方に館内を廻りながら説明いただき恐縮した。
(*)史料館: http://www.hct.ecl.ntt.co.jp/

(本ブログ関連:”NTT技術史料館”)

電信機の発明者「モールス」(1791年~1872年)の電信機(模型)で、アルファベット別文字板(谷形に切り込みが入ったもの)があって、それで文章を組み立て、連続した文字板の凸凹を電気信号に変えて送信し、受信側は電圧の変化をもとに電磁石によってペン先を上下させて電信記号を表記するといった仕組みを知った。文字単位に板を設けるという発想が面白い。(電鍵は後で考えられたようだ)

「ペリー」が2度目の来航時(嘉永七年:1854年)に土産として献上された電信機は、「送信側の電信機上の電鍵でモールス符号を打つと、受信側の電信機の紙テープにエンボス(凹凸の傷がつく)されて、信号を送ることができ」る**というものだったそうだ。昔のコンピュータの「紙テープ」を思い出す。
(**)郵政博物館: https://www.postalmuseum.jp/column/collection/post_7.html

なお、当時の電池についてどんなものか知りたかったが、資料が不明なため、(また、遠距離の伝送路途中で増幅といったことがされたのかについても同様)別の機会に譲りたい。

西南の役以前、すでに国内の電信伝送路は相当発展していて、「錦絵」で知るようなやっとこどっこいの江戸情緒が残った風情ではなく、(輸入品に頼ったろうけれど)通信技術は相当充実したものだったようだ。何しろ普段目にする電柱を「電信柱」と今も呼んでいるくらい当り前なのだから。(西南の役当時の伝送路には、鉄線が使われていたという)

(参考)年表***
・1869年:東京~横浜間で電信(公衆電報)業務開始
・1871年:東京~京都間に電信ケーブルが引かれる
・1872年:京都~大阪間が開通
・1873年:神戸~長崎間が開通(東京~長崎の全線が結ばれる)
(***1)「北九州イノベーションギャラリー」: http://kigs.jp/db/history.php?nid=2462&PHPSESSID=8ab6d96e143c47cdec3a2f9f7
(***2)ITUジャーナル(Vol. 46 No. 7、2016.7): https://www.ituaj.jp/wp-content/uploads/2016/07/2016_07-07-spotMakuake1.pdf


ハロウィン
町をめぐると、小さな男の子とすれ違った。なにやら背に黒い羽が生えている。ハロウィンにふさわしく蝙蝠の翼のようだ。後ろのお母さんを確かめながら、坊やは飛ぶように走り抜けていった。

鉄道模型風にアレンジした遊び場があって、幼児たちを連れた家族が集まる。きょうは、魔法の棒を持ってきれいに着飾ったお姫さまたちが、小さな箱のような遊具の中で語り合っているのが見えた。そこはきっと童話にある夢の国なんだろう・・・ママチャリのお母さんたちに見守られながら。

2025年10月24日金曜日

案山子(かかし)

午前中、外出した。天気予報では <晴れ> だったからだ。でも、雲の一部が気が変わったのかパラパラと雨滴をこぼした。それもほんの少し。頭にポツンと感じ、髪をなでると確かに濡れていた・・・ そんな雫(しずく)が不思議で、もしかして鳥が空から糞尿でも落としたのではないかと疑ったくらい。しばらく進むと、またパラパラと雨粒が落下した。

天気予報の結果を見ると、晴れマークのままだった。実際、空には薄雲が重なっていたけれど明るく、隙間から青空がのぞいていたぐらい。雨に濡れたわけではない。微妙だ。気温も思ったほど上がることはなかった。そんなわけで、遠出を断念して帰宅した。


案山子(かかし)
ところで、秋は収穫の時期、今年の米作は「豊作」とのこと。武蔵野台地は乾燥地なので、身の回りに水田はない。むかしは、この台地の南側下一帯に立川段丘面があって、水田があった。郷土写真などで見ると、稲刈り作業をうかがうことができる。

一般に、田畑の収穫物を狙った野生動物(鳥やけもの)を寄せつかないよう、「案山子」を立てたが、当地域でそのような話を聞かない・・・。少し前の歳時記に案山子の解説があって、動物を嗅覚を使って忌避するため、わざわざ(生き物を焼き焦がした)臭いのするものを吊るしたという。そこから「かがし(嗅がし)」⇒「かかし」に変化したとのこと。

網(ネット)などで囲いをして、畑地を野生動物から守るため、カラスの死骸に似たものを吊るすと効果があるという話を聞いたことがある。カラスには仰天だろうが、他の動物は驚くだろうか・・・まして、クマなどに。


(付記) 「口笛を吹く案山子」(The Whistling Scarecrow: 作 ELF Learning)
ハロウィンの夜、案山子が町にやって来て、子どもをさらう・・・ 子どものためのお話。

口笛が上手な友だちと一緒に、ハロウィンの夜、お菓子をもらいに出かけた。途中、トイレに行きたくなり、自分だけ家に入った。友だちは、外で待っていてくれた。そのとき、案山子のギシギシという足をひきずる音がした。外に出ると、友だちは消えていた。
数年後のハロウィンの夜、あの口笛が再び聞こえた。怖くなって家に帰りベッドにもぐりこんだ。でも、また口笛が聞こえてきたのだ。恐る恐るベッドの下の暗闇をのぞいた。そのとき、あれを見てしまった。恐いぞう・・・

■ Youtube(登録: ELF Kids Videos)
「Scary Halloween Story for Kids - The Whistling Scarecrow - by ELF Learning」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=mN1y0vf-XHI

2014年10月31日金曜日

ハロウィン

毎年、この時期、「日本でハロウィンは・・・」とブツブツいっても始まらない。でも、一つだけ、いいたいことがある。あれって、まだ子どもたちに受け入られてないでしょ、だって彼らは、何とかウォッチに夢中だもん。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

ファッション・娯楽イベント・食品・メディア業界 ⇒ 若い女性(⇒若い母親⇒子ども) ⇒ 周りの男性

流行の注入口が、バレンタインデーのように、日本オリジナルになってしまってないだろうか。バター風味がして、オレンジ色ばかりがが目立つ。

でもねえ、若い人たちへ、ブツブツいえるかどうか。高度成長時代、全員が謳歌したときは、もっと凄まじかった。この時期、遊びの名目(イベント)が足りないからと、若者たちが遊ぶ機会を作ったとしても、それをとやかくいうものじゃない。

おじさんは、そういって納得する。でもねえ、ケルトだ、キリスト教との習合だとか・・・いってもねえ。

2025年10月7日火曜日

10月の満月(ハンターズ・ムーン)

きょう(10/7)の月は「満月」にあたる。ただし、そのタイミングは、昼の12時48分ごろになる。とはいえ、今晩の満月*(月齢 15.3)は、「月の出:17時11分頃」から「月の入り:5時24分」にかけて観察できる・・・のはず。
(*)東京天文台「月の出」: https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/dni/2025/m1310.html

残念ながら、きょう一日曇天で、夜に空を見上げること能わずだった。

ところで、米国の農事暦(The Old Farmers’ Almanac)によれば、(9月の満月)「収穫月(Harvest moon)」後の最初の満月を「ハンターズ・ムーン(Hunter's moon)」と呼ぶ。生成AIの Gemini には、アメリカ先住民の風習に起源を持つと次のよう解説しているので、抜粋する:
① 伝統的に10月は、長い冬に備えて食料となる肉を蓄えるために、本格的な狩猟を始める時期にあたる。
➁ 10月の満月は夜空に長く明るく浮かび、この強い月明かりは、ハンターたちが夜間に獲物を追跡しやすくなることを助けた

(本ブログ関連:”米国の農事暦”)

そういえば、今月末(10/31)は、おどろおどろしい「ハロウィン」。ベッドの下や、部屋の隅の暗闇に何か邪悪なものがいるかもしれない。子どもが恐怖し、わくわくする季節だ。

ハンターズ・ムーン>のタイトルで、スウェーデン出身のヘヴィメタル・バンド「ゴースト」がハロウィンを想わせてシャウトする。(と知ったふりして以下に記す)

■ Youtube(登録: Ghost)
「Ghost - Hunter's Moon (Official Music Video)」(2021/09/30)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=rtkaUZvMaG8

2015年10月31日土曜日

(雑談)ハロウィンよりも、残り2ヶ月しかないこと

1年をリンゴの実に例えて、軸を中心に縦に6等分すると、5/6を食ってしまったことになる。1/6しか残っていないのだ。後、2ヶ月で今年が終わる。あっけないほどだ。

子どものころ、時間は長かった。クリスマスや正月が来るのが待ち遠しかった。夏休みに遊び飽きることもなかった。時間は無尽蔵で、やることがいっぱいあったのだ。

若者は遊び上手だ。若い女性が先を走り、それを男たちが追う。ハロウィンは、口実かもしれないがうってつけだ。その構図は変わらない。

さて、おじさんは、どうする。残り2ヶ月を酒の肴にして味わうしかない。いつのまにか時間の皿は空っぽになって、酔いが覚め、ヒンヤリするのが毎度のこと。