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2018年5月4日金曜日

みどりの日 2018

いつまでつづく連休。祝日「みどりの日」の今日、ファミレスの2階で昼食をとっていると、四つ角をウォーキング中の一団が連なっているのが見えた。そういえば、昨日、今日、近くの公園を起点にした「ウオーキングフェスタ」が開催されている。老若男女(どちらかといえば、おじさん・おばさん主体)が、健康づくりにウオーキングを楽しんでいるようだ。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

ノルマにしている、図書館での読書を果たした後、「ウオーキングフェスタ」会場の公園に行けば、どうやら催事が一段落したようで、帰りを急ぐひとびととすれ違う。この催しに参加する気力もなく、しばらく西陽を浴びながらベンチに座って読書を続けた。

「イディッシュ語」教室のクラスメイトから貸してもらった「中欧」(沼野充義監修、新潮社)は、ポーランドを含む中欧四カ国の多彩な内容を、百科事典風に各専門家が分担執筆している。

ポーランドの風土や歴史を通じて、イディッシュの世界に関心がある。書中に、「一三世紀頃から、ポーランドには西から南から、次々とユダヤ人が流入し、最盛期には世界のユダヤ人の八○%がこの国に住み、ポーランド*はユダヤ人にとって『約束の地』**と呼ばれたほどであった」とある。この地は、イディッシュ語の母胎でもあった。
(*)ポーランドは歴史の中で領有地が大きく伸縮している。
(**)本来「約束の地」は、ヘブライ語聖書に記されたもの。それほど確かに思えた所だったのかもしれない。

2018年5月3日木曜日

憲法記念日 2018

「憲法記念日」の今日、近所の公園に出かけ、木陰を探して読書する。風通りもよく、遠くから子どもたちの遊び声が聞こえてくる。のんびりと時の流れる風情だが、そこっちょの凡人ゆえ、時に遊ぶなんて真似はできない。気付けばうとうとしている。

少し足を延ばして、祝日の街に行けば、家族連れがあふれている。連休のプランが大変なのだろう。この時期、旅行に出かける家族もいれば、街でショッピングする家族もいる・・・そんな具合だ。

「ゴールデンウィーク」はいつからいつまでを指すのか。Wikipediaの「ゴールデンウィーク」によれば、「本来は5月3日から5月5日までの3日間を指すが、一般的には4月29日から5月5日までとされる。また直前・直後に土曜日・日曜日・振替休日がある場合、それらを含めて呼ぶことが多い。」といった幅がある。

今年の場合、平日の5/1と5/2に休暇をとれば、最大9連休になる。
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4月28日(土)土曜休暇
4月29日(日)通常休日、祝日「昭和の日」→ (日曜の休日と重なり翌日へ振り替え)
4月30日(月)祝日「昭和の日」(振り替え)
5月01日(火)平日
5月02日(水)平日
5月03日(木)祝日「憲法記念日」
5月04日(金)祝日「みどりの日」 ← (従来4/29「みどりの日」がここに移動)
5月05日(土)祝日「こどもの日」
5月06日(日)通常休日
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これだけの休みを、有効に消化するにはどうしたらよいか。いまどきの父親は楽でない。

昔、アメリカのテレビ番組で、忙しく働く夫に対して妻が、あるいは父親に対して子どもが、一緒の時間を持たないと非難する場面がよくあった。それを見ながら、日本では無縁で、多分父親世代だって、私の世代だって、そんなことはドラマの中でしかないと思った。そんな要求が嘘っぽく感じたのだ。しかし今の時代、どうなっているだろうか。

2018年5月2日水曜日

八十八夜 2018

今日は、太陽に合わせたような雑節の「八十八夜」。「立春」(2/4)から数えて八十八夜。このところ、「夏日」(25℃以上30℃未満)の暑さが続いている。この時期、水の感蝕にたわむれて、ずぶ濡れになって遊ぶ子どもらがテレビのニュース報道される。濡れても気にしないのがうらやましい。

(本ブログ関連:”八十八夜”)

唱歌「茶摘み」の出だしに「夏も近づく八十八夜」がある。数日前のテレビで、ベテランの気象予報士が「もう春は終わりました」といった。近所の公園の緑陰も、日増しに影を濃くしている。

ところで、「春」を、気象庁は3月~5月と定義しているが、新潮社編(文庫)の新改訂版「俳諧歳時記」(平成2年)は2月~4月と前書きしている。

夜になると少し涼しい。ステテコ姿のおじさんは、何とストーブを持ち出して火をつけた。5分ともたない、あれほど恋しかった温もりが、いまではうるさくまとわりつく。そこで、冷蔵庫から冷えひえのサイダーを取り出して飲む。昭和はまだ続いている。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 パンソリにある<争い>

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、代表的パンソリから争いの場面についての話を紹介した。
(先々週(4/18)の回を聞き逃した・・・韓国の小学校で習うという管楽器「タンソ(短簫:단소)」を練習したことがある)

始めに、パンソリ「水宮歌(수궁가)」で、動物たちが上座争いする場面について次のようの紹介された。
・日常で、争いは避けたいものの簡単でない。初めは比較的理性的でも、次第に相手の話し方や態度を問題視したりする。韓国では、最後に、歳がいくつかで勝敗を決めようとする。争いの理由は、もはや重要でなくなる。また、大勢集まると、誰が年配かで席順を決める。パンソリ「水宮歌」に、王の病を治すため、カメがウサギの肝を探しに陸地に出ると、動物らが宴会に集まり、互いに自分が年上だと争う。シカ、タヌキ、ウサギたちは、自分が年上と主張して、結局、ウサギが言い張って上座に座ったところ、トラが現れると、動物たちは歳を問いただすことなく、トラに上座を譲る。ウサギがどんなに年上に見えても、トラの前ではエサにすぎない。

▼ パンソリ「水宮歌」から、「動物たちの上座争いの場面(길짐승 상좌다툼 대목)」を聴く。難しい始まり。

次に、パンソリ「春香歌(춘향가)」で、「春香(춘향)」の高官へ口答えについて次のようの紹介された。
・「春香」と「李夢龍(이몽룡)」の愛の物語、パンソリ「春香歌(伝)」に、権力者というだけで、力のない民をいじめる高官が登場する。全羅北道の町、南原に新任した高官は、春香に自分へ仕えるよう命じるが、彼女は断る。激怒した高官は、春香をむち打ち刑に処したとき、彼女は高官に口答えした。男でも耐えられぬむち打ち刑でも、口答えする姿を見て、高官は呆れて、結局、彼女を獄に入れたという。

▼ パンソリ「春香歌」から、春香が高官に口答えする「十杖歌の場面(십장가 대목)」を聴く。太鼓の撥が鞭音に聞こえる。

最後に、パンソリ「赤壁歌(적벽가)」で、「曹操」の軍が敗北する場面について次のようの紹介された。
・赤壁の戦いで、「曹操」の軍に敵軍が迫ってくると、曹操は自分の命を救うため必死に逃げた。英雄と言われる曹操が、どんなに権力者としても、必死に逃げる様は同じ人間でしかない。昔の人は、歌で愚痴をこぼし、心の慰めにしたはず・・・とのこと。

▼ パンソリ「赤壁歌」から、「赤壁火箭の場面(적벽화전 대목)」を聴く。

2018年5月1日火曜日

(資料)シュメンドリク

阿呆村の「ヘルム」につながるだろう。見たまま、羅列しただけの未整理資料。


「阿呆村(Village of Idiots)」
劇作家ジョン・ラザルス(John Lazarus)が脚色したユダヤ民話をもとにした、(お馬鹿な主人公)シュメンドリク(Shmendrik)の物語を伝える短編アニメである。

落語の「粗忽長屋」を思い出させる「入れ子構造」のような展開。


(Youtubeに登録のAnimation and Cartoon Videosに感謝)


「故郷」から遠く離れて : イディッシュ演劇がニューヨークで手探りしたもの
小倉直子(首都大学東京)
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・イディッシュ演劇は、1876年、アブラハム・ゴールドファーデンのふとした思いつきからルーマニアのヤーシという町に生まれたと言われている。ゴールドファーデンは、それ以前からもイディッシュ語による詩作に励んでいたが、・・・

・”イディッシュ演劇の父” ゴールドファーデンは、ユダヤの伝統や伝説を戯曲化し続けた。あるいは、西欧演劇のプロットもユダヤ風に仕立て直した。例えば、東欧. ユダヤ社会に根付いていた道化師(バトフン)をモチーフに喜劇を描いたり(『シュメンドリク (SHMENDRIK)』) ・・・
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
ユダヤ演劇
ゴールドフェドン Goldfaden,Abraham
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[生]1840.7.12. ウクライナ
[没]1908.1.9. ニューヨーク
・ユダヤ系劇作家。ウクライナに生れ,ユダヤ人の生活を描いた約 400編の劇やミュージカルを発表するとともに,俳優や劇団を育成,イディシュ演劇 (→ユダヤ演劇 ) の創始者となる。 1887年アメリカに渡る。『戦うダビデ』 (1904) はアメリカにおける最初のヘブライ語劇。代表作は『シュラミート』 Shulamit (1880) 。
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
ユダヤ演劇
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・1876年にイディッシュ演劇の父とよばれるアブラハム・ゴールドファーデン(1840―1908)がルーマニアのヤーシに最初のイディッシュ劇場を開設した。彼は俳優・演出家であったが、『魔女』や『スラミート』のような劇も書き、とくにミュージカル風な上演様式を確立した。第二のイディッシュ劇場は、現在のリトアニア共和国のビリニュスに、ゴールドファーデン一座の俳優だったイスラエル・グラードナーが作家ヨセフ・ラタイナー(1853―1935)の協力を得てほぼ同時代に設立したものである。
・しかしアレクサンドル2世暗殺後1883年にロシアではイディッシュ演劇が禁止されたので、ゴールドファーデンはじめ多くの人々がアメリカに亡命し、東欧ユダヤ人の運命を扱う作品を上演した。
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2018年4月30日月曜日

ヘルムの住民が愚か者たちであるわけ

「イディッシュ語教室」のテキストに、気真面目で可笑しく、そして怪しくてこっけいなイディッシュのひとびとが住む「ヘルム(Khelem、כעלעם)」の町(村)が登場する(Village of Idiots)。ポーランドに「ヘルム市」(昔、ユダヤ人コミュニティが隆盛を誇った時期もあったようだ・・・)が実在するそうだが、関連付けを素人耳に聞いたことはない。寓話の「ヘルム」は、あくまでも架空の共同体で、いってみれば、落語に描かれる長屋のようなものだろう。ヘルムには、長老と呼ばれる賢人から下々まで。落語には、大家さんから熊さん八さんまで多彩である。そして、それぞれにへまをやる。

(本ブログ関連:”ヘルム”(架空の阿呆村))

イディッシュ民話の宝箱である、ベアトリス・ヴァインライヒ(Beatrice  Weinreich)著の「イディッシュの民話(Yiddish Folktales)」(秦剛平訳、青土社)に、「 ヘルムの住民が愚か者たちであるわけ 」を次のように短く説明している。
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ある日のこと、一年サイクルのトーラーの朗読がはじまろうとしていたとき、新任のバール コイレ(=トーラーの読師)がヘルムの街にやって来た。そのバール コイレは学究肌ではなく、
「ブレイシェス、ボロ・エロヒーム・ハショマイーム(はじめに、神は天を造った)」と読むべき箇所を、
「ブレイシェス、ボロ・エロヒーム・エス・・・ハショイティーム(はじめに、神は愚か者を造った」)と読んでしまった。
それ以来、よきにつけあしきにつけ、ヘルムの住民は愚か者と見なされるようになった。
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ヘブライ語の理解がないので、「読師」が誤読した面白さを間接的に知るわけで、ここに引用しながら意気があがらない。

今日で今年も1/3が過ぎる

朝から変な気分だ。昨日の日曜日が祝日「昭和の日」と重なったため、今日の月曜日が <振替休日> となり、なんだか日曜日が続いている錯覚をする。そして、このまま5月の「ゴールデンウィーク」に流れ込んでしまう・・・子育て盛りの家庭は大変に違いない。

時間の消化を、リンゴのかじり具合に例えれば、「今日で今年の1/3を食ってしまった」ことになる。日々かじり続けて今日があるに、その経過をさっぱり覚えていない。ブログがなかったら、振り返る手立てが全くなくなる・・・それでも、うつつとは名ばかりのしどけなさ。

2018年4月29日日曜日

祝日「昭和の日」

私にとっては、今日(4/29)は、植林のイメージにつながる、緑色の羽根を胸につけた「みどりの日」の記憶が大きい。2007年以降、それが「昭和の日」に替わったが、この日を何度迎えても「昭和」が浮かんでこない。

(本ブログ関連:”昭和の日”)

昭和生まれの者にとって、「昭和の日」の祝日が設けられると、自分たちが歴史の奥に据え置かれたようで、いずれ埃を被ってしまう気がしてならない。まだまだ、昭和を現在のつもりでいたのに・・・。

とはいえ、「平成」もあと一年で終了する。新しい時代とばかり思っていたが、これもお蔵入りとなる・・・時代はつぎつぎと押し出され、後戻りできない。

歴史区分の「近代」と「現代」の境界を、第二次世界大戦が意味するようだ。まさに昭和の時点だった。昭和は、そんな忘れてならない大きな時代の区切りを持つ。色々な意味で重たい時代だった。(平成は、自然災害を除いて、ある意味大過なく終えそうな気がする・・・平穏に終わって欲しい)

2018年4月28日土曜日

(雑談)雲と岩と

昔のひとは、雲がどこから湧くのか不思議だった。目の前で雲が生じるのを見たことがあるだろうか。都市の平地部で、積乱雲が上昇気流に押し上げられて巨大化するのを経験しても、その雲の種が一体どこで生まれたのか、やはり気になったことだろう。

どうやら詩人は、わび住まいを濡らす雨が、遠くの渓谷で沸き起った雲にまざって来たと考えたようだ(渓雲雑雨来茅屋)。それなら何となく理解できる。早朝、集合した山奥の駅舎で、薄暗い朝の明かりに透けて、白い雲が暗んだ山肌の影から流れ出て来るのを見たことがある。

(本ブログ関連:”石 ①、②”)

山の奥に川を遡った先、岩の隙間をくぐりぬけた所に桃源郷を夢見たなら、山の岩肌から雲が湧いてくると考えるのもおかしくない。なぜなら、旅の途中、山道で小休止して、岩から湧きでた水を飲んで喉をいやしたことがあるだろうから。岩の奥に何かがある。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

山をてのひらに夢見るひとは、水で「水石」を濡らす。湿った石の姿に、それをつつむ宇宙を感じているのかもしれない。鉱物趣味は、その石の中に含有物(インクルージョン)の不思議から、水晶に草が生えているのを見つける。それが別の鉱物の針状結晶だとしても、草と思いたいのだ。

2018年4月27日金曜日

イ・ソンヒの「少女の祈り」

1984年、20歳になるのを控えてデビューしたイ・ソンヒは、すぐさま歌謡界で初めて女学生だけのファン組織を持った。親しみを込めてお姉さん(언니)と呼ぶ「姉さん部隊(언니부대)」が登場した。女性を前に出すのを躊躇する、そんな世代に特有な心理に合致したのかもしれない。当時のイ・ソンヒは、ズボンスタイルでボーイッシュなイメージがある一方で、発声は強力なパワーを持ち、しかも高音は清く澄んでいた。

第1集アルバムに収録の「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年、作詞ソン・スウク、作曲ソン・ジュホ)は、女学生ファンの想いと、イ・ソンヒの特質にぴったり合ったものといえるかもしれない。

(本ブログ関連:”少女の祈り”)

ところで、このブログに触れたことだが、「少女の祈り」のタイトルは、日本で知られたピアノ曲「乙女の祈り」とハングル表示(소녀의 기도)が同じである。昔、ピアノを習っている(腕に覚えのある)子女が、学校の音楽室でそれとなくピアノに向かって弾いてみせる曲だった。(「乙女の祈り」 ”소녀의 기도” でYoutubeを検索すると、日本に似て韓国でも人気が高い)

(本ブログ関連:”乙女の祈り”)

「乙女の祈り」の作者について、昨日貸してもらった「中欧 ポーランド・チェコスロバキア・ハンガリー」(沼野充義監修、新潮社)に、次のような紹介(執筆:宮山幸久)がある。(抜粋)
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・ポーランド人は『乙女の祈り』なる曲が日本でショパン以上に愛好されているのに驚く。自分たちでさえよく知らない曲なのだから。
・『乙女の祈り』は、一般にバダジェフスカとかバダルジェフスカと表記されるが、正しくはテクラ・ボンダジェフスカと発音する二二歳のポーランド女性の手により、一八五六年に生み出された。三年後にフランスの「音楽時報」誌に掲載されて大ヒットとなり、世界中に広まることになった。この曲について、専門家は「素人臭い」とか「内容がない」などといつも否定的で、・・・(彼女は)一八三四年ワルシャワに生まれ、六一年に二七歳の若さで夭折した・・・
・『乙女の祈り』はごく基本的な音しか使われていないにもかかわらず、強いポーランドの香りに満ちている。
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風吹けば散る、寂しい落葉が みな
おぼろな露のよう、揺らぎます
その声耳にして   空しく歩く うつろな心は
*
離れた人 なつかしむ、切ない心だけれど
一人残り 守ればならぬ、 孤独なわたしを泣かすよ

引き留められぬ 未練さに
落葉の季節に わたしを埋めて
春がまた訪れを 祈ります、この夜が明けたら

(*以下繰り返し)

この夜が明けたら

(2004年、20周年記念コンサートから)

(Youtubeに登録のrosamin2に感謝)

2018年4月26日木曜日

春期イディッシュ語 2018-4th

中学時代、学校の図書館に《 聞き書きの日本の民話集 》がずらりと並んでいた。それぞれの民話に共通するものがあるのではないかと読み比べたりしたが、無力の子どもには、まとめる力などなくあっさり挫折した。けれど民話には、集団が育み受け継いだ独特な知恵があると今でも思っている。

(本ブログ関連:”遠野物語”)

古いイディッシュ(東欧ユダヤ人)の伝承(民話、小話)をもっと知りたい。庶民は、現実の厳しい生活を受け止め、苦境を切り抜けてきたわけで、それを面白おかしく笑い飛ばす軽妙さを持っているはず。そんな庶民のたくましさを、今日の「イディッシュ語教室」でも教えていただいた。イディッシュのひとびとへ、ちょっとだけ近づいた気がした。

今回は、前回(4/19)とつながりを持たせて理解を深めた。(前回欠席者への配慮もあってでしょうか)

① テキスト「Colloquial Yiddish」所収のイディッシュ民話(小話)から。
次の民話(小話)をグループに分かれてロールプレイした。
  ①-1.前回に引き続き「7と7は11(זיבן און זיבן איז עלף)」から。
  ①-2.以前学習の「二人のヘルムの住人(イディッシュ)と椅子(צװײ כעלעמער ייִדן און אַ בענקל)」から。

(本ブログ関連:”ヘルム(架空の阿呆村)”)

② イディッシュの歌から。
  ②-1.「Yome Yome(יאמע יאמע)」の歌詞原文と譜面を、音楽家が手配いただき、みなで読み歌った。
  ②-2.「Sleep my child(שלאָף מײַן קינד)」(ショーレム・アレイヘム詩)の紹介があった。

(Youtubeに登録のguauguau6に感謝)

③ 今回、イディッシュ語の大家上田和夫氏が、「言語学大辞典」(三省堂)に執筆された「イディッシュ語」について、若き中国語研究者が資料紹介され、先生大絶賛。


ポーランドについて造詣が深い若き中国語研究者から、「中欧 ポーランド・チェコスロバキア・ハンガリー」(沼野充義監修、新潮社)を貸してもらい・・・ゴールデンウィークの読書にさせていただく。

2018年4月25日水曜日

「Colloquial Yiddish」と「聞々ハヤえもん」

元々記憶力がないのに、そのうえ歳相応に衰えるのは仕方ないこと。「イデッシュ語」教室で使用しているテキスト「Colloquial Yiddish」に補助文章としてイディッシ民話(小話)「7と7は11(זיבן און זיבן איז עלף)」が載っている。

(本ブログ関連:”「7と7は11(זיבן און זיבן איז עלף)」”)

前回の授業で、この一文を暗記するようにいわれたので(多分)、PC上で使える便利なツール(MP3プレイヤー)を探した。ちなみに、このテキストは、音源*を公開している。

(*)テキスト音源: Colloquial Yiddish (感謝)  ⇒ Audio 1  Track 36

幸い、速度調整と部分の繰り返し(A-Bループ)ができるフリーソフト「聞々ハヤえもん ( ぶんぶんはやえもん ) 」*が見つかった。テキストの音源は、リエゾンもあって暗記するのに速度を落とす必要がある。再生速度を85%ほどにして、A-Bループを使い、一文一文繰り返し聞き込んだ・・・。

(*)MP3プレイヤー:「聞々ハヤえもん」(感謝)

さあ、これから先は利用者次第である。私は・・・それなりに。

(岸本加世子・樹木希林による、1980年のCM: 写真店でフィルム現像・印画の時代)

(Youtubeに登録のmoheji360に感謝)

2018年4月24日火曜日

(参考)「韓国ギャラップ」について

これまでブログに、大規模で信頼できる韓国の市場調査会社として、大手新聞紙に扱われることの多い「韓国ギャラップ(Gallup Korea)」のレポートをとりあげてきた。同社の調査は、一般「世論調査」以外に、年末恒例の大衆が関心を持つ歌手や映画俳優など芸能分野のランキング調査まで含めて多様だ。

(本ブログ関連:”韓国ギャラップ”)

韓国の若者情報サイト「イルベ」に、「韓国ギャラップ」と世界最大手の「ギャラップ(米国ギャラップ)」との関係性が掲載されて、その内容が、日本語紹介サイト「カイカイ反応通信」に報じられている。どうやら、以前から衆知のことだったようだ・・・。

韓国ギャラップは、米国ギャラップの直接傘下にないというのが結論のようだ。

ではどうして、ギャラップの名を韓国ギャラップが使っているのかといえば、同社が「ギャラップ国際協会(ギャラップインターナショナル:WIN/GIA)」に属している*からということになる。

(*)韓国ギャラップの会社紹介に、ギャラップインターナショナル所属を記載。

米国ギャラップは、以前、同社設立者が別途立ち上げたギャラップインターナショナルから、彼の死後、脱退している。Wikipediaによれば、「両社は『ギャラップ』という商標の使用をめぐって各国で争っている。」とのこと。

日本のテレビで、韓国通のコメンテーターが、信頼できる情報源として韓国ギャラップの名をよく語るが、<ギャラップ>の名称から(米国ギャラップと関係あるかのような)誤解を与えないよう気を配る必要があるかもしれない。

ちなみに、日本に、米国ギャラップの日本事務所がある一方、ギャラップインターナショナルの協会員である調査会社*もあるものの、<ギャラップ>の名を冠していない。

(*)「株式会社日本リサーチセンター」のレポートに次のように注釈記載されている。
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<WIN/GIA(ギャラップ・インターナショナル・アソシエーション)とは>
1947 年にジョージ・ギャラップ氏とヨーロッパの仲間によって設立され、チューリッヒに本部があります。現在世界の 70 カ国以上でメンバーを持ち、100 カ国以上の国々で世論調査や市場調査を実施しています。
※なお、米国調査会社 Gallup, Inc.とは関係ありません。
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2018年4月23日月曜日

(雑談)イヌとネコ

今日、街中で見かけたイヌとネコについて。

(本ブログ関連:”イヌ”、”ネコ”)

イヌ
飼い主に連れられて散歩するイヌ、何であんなに小さくて静かなんだろう。面白いことに、飼い主同士が道端で話をしている間中、彼らの足元にモノいわぬイヌたちがじっと立っている(立ちつくしていた)。互いにじゃれあうこともなく、吠え合うこともなく。

吠えるイヌを見かけない。通行人が家の前を通るたび、塀の中からけたたましく吠えるのを聞かなくなった。イヌが愛玩動物になって久しい。家族の一員にしている飼い主が多いのだろう。イヌを飼っていない私からすると、イヌの役目が全く違ってきてしまったようだ。愛玩したい飼い主の心にかなうように、イヌは振る舞い、防犯の役目を忘れているようだ。

最近の建売り新築家屋を見ると、通り道に面して塀がなく、隣家との境界を示す塀も低く見通しのよいものになっている。そんな家の庭にイヌを放し飼いすることは到底無理だろう。イヌは家の中で飼うものになってしまった。


ネコ
ネコはイヌより野性味を残している。屋外を一匹で歩くネコをまだ見ることができる。ただ、野良ネコといえるかどうか。子ネコを連れて歩く姿を見ないからだ。それでも、塀の上を歩いたり、塀から飛び降りたりしている分、動物らしさが感じられる。

通り道から家に入ろうとしたとき、目の前10m先に背を向けたままの大きなネコがいた。私に気づいたのかじっと動きを止めた。わが家の門塀を開けようとしたとき、ネコはするりと先に向いて歩き出した。隣家の角あたりで止まり、おもむろに振り返った。どうだといわんばかりに一瞥して、すぐに影に隠れた。こんな芸当、果たして、今のイヌにできるだろうか。

2018年4月22日日曜日

「草津白根山」火山の噴火警報について

鉱物趣味は、硫黄がらみで火山についても関心を持つ。とはいえ、手ごろに観察できる「東伊豆単成火山群」をちょっと独り旅したこと。また、浅間山噴火のとき、火山マニアのオフ会に参加して耳学問したことがあるくらいだが。
だから、何となく火山や地震情報があると聞き耳を立ててしまう。昨日(4/21)も霧島火山群の「硫黄山」の噴火についてブログに記した。

今日のニュースで、「草津白根山」の噴火警報レベルが上がったと報道されたが、ちょっと気になることがある。

(本ブログ関連:”草津白根山の噴火”)

実は、本年中だが、気象庁地震火山部発表の「草津白根山で発表した噴火警報・予報」(火口周辺)を過去に遡ると次のようになる。警戒レベルについて、3/16 ⇒ 4/22 の間に、いったん「噴火警戒レベル1」になったはずだが・・・そのことを知らない。私の理解が不足か、慎重を期して発表しなかったからか、どうなのだろう。

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・平成30年(2018年)1月23日11時05分:火口周辺警報(噴火警戒レベル2、火口周辺規制)を発表
・平成30年(2018年)1月23日11時50分:火口周辺警報(噴火警戒レベル3、入山規制)を発表
・平成30年(2018年)3月16日14時00分:火口周辺警報(噴火警戒レベル2、火口周辺規制)を発表
<------------(この間で、レベル1に下がった?)------------>
・平静30年(2018年)4月22日07時00分:火口周辺警報(噴火警戒レベル2、火口周辺規制)を切替
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気象庁「参考:噴火警戒レベルの説明」
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【レベル5(避難)】:危険な居住地域からの避難等が必要。
【レベル4(避難準備)】:警戒が必要な居住地域での避難の準備、要配慮者の避難等が必要。      
【レベル3(入山規制)】:登山禁止や入山規制等危険な地域への立入規制等。状況に応じて要配慮者の避難準備等。
【レベル2(火口周辺規制)】:火口周辺への立入規制等。
【レベル1(活火山であることに留意)】:状況に応じて火口内への立入規制等。
(注:避難や規制の対象地域は、地域の状況や火山活動状況により異なる)
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2018年4月21日土曜日

霧島火山群 「硫黄山」の噴火

一昨日(4/19)午後3時過ぎ、霧島火山群の「硫黄山」が、1768年以来(約250年振りに)、3回目の噴火をした。所在を国土地理院の地図で参照したところ、霧島火山群の「韓国(からくに)岳」の北西、約1.5Km先にある地味な小山だ。

(参考)気象庁資料:「霧島山(えびの高原(硫黄山)周辺)の火山活動解説資料」(4/21付け)

先日(3/6)、7年振りに噴火した「新燃(しんもえ)岳」が、硫黄山の南東5Kmに位置している。火山群が南東から北西へ列を成している。(ちなみに、伊豆半島の火山群も同様の傾きを持っている)

(本ブログ関連:”新燃岳”、”火山”)


(Youtubeに登録のsupermantaro10に感謝)

硫黄山の名は、火山地にポピュラーだが、鉱物趣味とあいまってとても気になる名だ。山梨・長野をまたぐ「八ヶ岳」にも硫黄山があり、同山系の火山の分布も南東から北西へ列を傾斜している。

元来、硫黄の黄色が好きだ。合成した硫黄の白っぽく反射する黄色も好きだし、透き通った硫黄の結晶にも目が奪われる。それに、箱根の大涌谷の硫黄の臭いも嫌いじゃない。

(本ブログ関連:”硫黄”)

実は、先ほどNHKの番組「体感!グレートネイチャー『爆裂地帯と未知鉱物~カムチャツカ半島 七色の大地』」を見て、そのスケールの大きさに驚いたばかり。無人地帯ゆえ、そんな呑気なことをいえるのだが。「トルバチク火山」周辺では、同地帯特有のプレートの厚さゆえ、深部からの「レアメタルを含む『未知鉱物』の発見が相次いでいる」という。実際に、新発見鉱物「Urusovite」を含めて、色彩豊かなさまざまな鉱物(結晶)を画面で見ることができた。科学博物館で、「カムチャツカの火山」といった展示の機会があるといいのだが。

2018年4月20日金曜日

映画「ある日どこかで」

19世紀末から20世紀初、ブロードウェイの舞台女優で知られた「モード・アダムス(Maude Adams)」の写真を見たことでインスピレーションを受けたといわれる、ロマンティック・ファンタジー小説を原作にした映画「ある日どこかで(Somewhere In Time)」(1980年)のDVD版をようやく見た。(2月末にDVDを入手しながら、実際のモード・アダムスと映画で彼女を演じた女優とのイメージの違いから、見る決心がなかなかつかなかった)

順番でいえば、Youtubeで、モード・アダムスをTribute(賞賛)する、彼女の古い写真のスライドショーを見たのが最初だ。彼女を紹介する画面の背景に、映画「ある日どこかで」のサウンドトラックの美しい旋律が流れた。彼女の姿は、古い時代の役者に見られるようなふくよかさと違って、今の時代に登場しても受け入れられる凛とした透明感を持つ。

(本ブログ関連:”モード・アダムス”)

(再掲)

(Youtubeに登録のDavid Remleyに感謝)

映画の導入部で、「クリストファー・リーヴ」の演じる脚本家が、歴史あるホテルの資料室に飾られた、ホテル付属の劇場で芝居を演じた舞台女優の古い写真を見て、心惹かれることから物語が本格的に始まる。彼は、念じるように時空を超越して彼女と出会うことができる。展開は、SF的というより、むしろラブロマンスが勝るようだが・・・。

(本ブログ関連:時空を超えた出会い)

時代を遡って男女が出会うという設定は、舞台を古色にする。アメリカ人の懐古趣味に合うものがあるようで、以前、クリストファー・リーヴが演じた映画「スーパーマン」(1978年)の中に、夕映えの草原で母親が息子の巣立ちを受け入れる、懐かしさが心にしみるような場面があった。私は、その光景に、なぜか「アンドリュー・ワイエス」の絵画を思い浮かべていた。

映画について語るとき、物語の展開(脚本)に関心を持つか、映像や演技に関心を持つかといった視点が前提になるだろうけれど、今回、おじさんがいろいろ語るにはちょっと恥ずかしい。むしろ、原作のSFファンタジー小説といった文字世界の方が、案外居心地よいというのに気付いた次第。(実は原作の創元推理文庫も入手している)

ちなみに、モード・アダムスは、ブロードウェイで最初の「ピーター・パン」役を演じた。そこから、ついつい、イ・ソンヒもピーター・パン役を演じたなどとブログに記している。

(本ブログ関連:”ピーター・パン”)

2018年4月19日木曜日

春期イディッシュ語 2018-3rd

「イディッシュ語教室」へは、春の気配に後押ししてもらい、休まず通っている。いつも、関心が途切れぬよう授業に工夫いただいて、やる気をつないで・・・年寄りの冷や水が少し温んできた気がする。合わせてクラスメイトからも貴重な紹介があり、とてもいい経験をしている。

① イディッシュ小話「7と7は11(זיבן און זיבן איז עלף)」
前回授業に続き、物語のナレーション役と登場人物役に分けてのロールプレイ(会話)を再度実施した。
・暗記しなくちゃいけないようで・・・次回までには!

② イディッシュソング「Yome Yome(יאמע יאמע)」
②-1. 「イディッシュ語インタビュー」(yiddishbookcenter.org)で歌の思い出を聞く(英語字幕)。
・教員および学校司書をリタイヤしたAnita Barlowは、(昔、パリにいたころ)父親と一緒に歌った「Yome Yome」の歌を今も覚えている。彼ら(父娘)は、歌の終わりにある、娘が望むものを理解しようとする母親について触れる部分を、娘がアメリカへ行くためビザを求めていると替えて歌った。(yiddish book center 感謝)

(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

②-2.「יאמע יאמע」の歌を聴き、hebrewsongs.com掲載の<歌詞>と照合して、歌詞理解した後、みなで歌?った。
・(参考)ヘブライ文字の歌詞:Yiddish Word of the Week(感謝)
・(参考)Youtube登録の音源: ショシャナ・ダマリ歌(授業で聴いた音源と違うが・・・)

(Youtubeに登録のIsraphon Musicに感謝)

③ クラスメイト(若き中国語研究者)からの話
・香港で見つけたという台湾の書籍に紹介された記録。WWⅡの下、ポーランド女性イレーナ・センドラー(Irena Sendler、1910年~2008年)は、レジスタンス活動の中で、ワルシャワ・ゲットーからユダヤ人の子ども2千余名を救出したという。

教室の帰り、若き中国語研究者から「ポーランドの歴史」について、a)多民族・多言語の時代と、b)ポーランド人だけの現代との違いを教えてもらった。今夏、ポーランドへ演奏旅行に行かれる音楽家も交えての談話で、贅沢な一時を過ごすことができた。感謝。
(かつてポーランドが、「ユダヤ人の天国」といわれたときがあったこと、イディッシュの民話の舞台が歴史地理的にどうであったかに興味がある)

2018年4月18日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「テーブルはテーブル」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/11)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、弦楽器「玄琴(コムンゴ、거문고)」演奏で、名を正すこと、記すことについての話を紹介した。

始めに、ペーター・ビクセルの小説「テーブルはテーブル」と同名の韓国曲について次のように紹介された。
・変化のない毎日の生活に疲れた男が、今日こそは違うと期待するが、平凡な日が続く。部屋にはいつものテーブル、椅子、ベット、写真がある。なぜテーブルをテーブルと呼ぶのか、ベットをベットと呼ぶのか。ベットを写真と名付けたらどうかと考えると、何か変わった気がして、あらゆるものに新しい名を付けてみた。テーブルをじゅうたん、椅子を時計という風に。初めは面白かったが、次第に元の名を忘れ、時が経つと他人の言葉も理解できなくなり、次第に何も話さなくなった。スイスの作家「ペーター・ビクセル(Peter Bichsel)」の童話「テーブルはテーブル(原題:Kindergeschichten)」で、物事から名を失うことで、世界を失う話だ。

▼ 童話と同名の韓国曲「テーブルはテーブル(책상은 책상이다)」を玄琴演奏で聴く。今様に。

次に、論語から孔子の「名正しからざれば則ち言順わず」について次のように紹介された。
・論語にも同様の話がある。弟子が孔子に尋ねた、「衛の君主が先生を迎えたら、一番最初に何からなさいますか」と。すると、孔子は、「必ずや名を正さんか(必也正名乎)」と答えた。名が正しくなければ言従わず、言従わざれば事成らず、事成らざれば礼楽(れいがく)興らず、礼楽興らざれば刑罰あたらず、刑罰あたらざれば民はどのようにすれば良いか分からない、それだけ名は重要と。昔、学者ソンビは、大事なものに好きな言葉を刻んで、それを見て心を落ち着かせた。高麗の文人「李奎報(이규보)」は、小さい硯石に、無限な気持ちを書き込めるといった内容を記録した

▼ 「墨の香り(묵향)」を玄琴ほか演奏で聴く。気取らず、今様に。

最後に、学者ソンビが、硯や楽器に文を刻んだことについて次のように紹介された。
・学者ソンビの部屋には、常に墨やすずり石、筆、紙などがあった。学問に疲れると、玄琴を奏した。ソンビにとって、玄琴は単なる楽器でなく、心を表現する友のような存在だった。また、ソンビは、玄琴にも立派な文句を刻んだ。朝鮮時代の思想家「李珥(이이)」も、険しい世の中で自分の気持ちを理解してくれる玄琴に、ありがたく切ない気持ちを残した。

▼ < 友と風流を楽しむ楽しさを表現した曲 >創作国楽「水里齋(수리재)」(1996年)を聴く。古趣、今様に。

2018年4月17日火曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒが4月初に、韓国芸術団の一員として、平壌のステージで歌ったのは次の3曲である。① 自身のデビュー曲である「Jへ」(1984年)、②(昨日のブログに少し触れた)シン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현)の作品で、国民歌謡ともいうべき「美しい江山(아름다운 강산)」(1972年)のカバー、そして、③ < 妓生の黄真伊(ファン・ジニ:황진이)の漢詩> といった伝説を生んだ、3集に収録の「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)だ。いってみれば、彼女が持ち歌として宣言した代表三曲ともいえる。

(本ブログ関連:”分かりたいです”、”シン・ジュンヒョン”、”黄真伊”)

何度も何度もブログに記したことだが、彼女が最も輝いて見えた2004年のコンサート映像で「分かりたいです」を聴いてみよう。


月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
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一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください


(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)