KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/28)に、人物シリーズ56回目として、亡くなった人の魂を讃える珍島シッキムグッ(씻김굿)をとりおこなう巫堂(ムーダン、무당:"シャーマン")である、芸能保有者の金大禮(キム・デレ、김대례、1935年~2011年)を紹介した。
(本ブログ関連:"シッキムグッ")
まず、珍島シッキムグッの説明(復習)から始まった。
・珍島シッキムグッの「シッキム」は「洗い流す」の意を持ち、亡くなった人の怨恨をきれいに拭い去り、明るく安らかな気持ちで冥土に旅立てるように祈りながら行う「クッ」(グッ、굿:お祓い、祭儀)である。
・近年、各地方の様々な民間信仰やクッは<迷信>と虐げられ、その伝承が危ぶまれる時期があったが、珍島地方では今も、巫俗*音楽の伝統がしっかり守られ、家族に不幸があるとシッキムグッを行うことが多い。このようなグッを行う巫堂は、生涯、人々のために祈りを捧げる。神を喜ばせ、成仏できない魂を慰める歌や踊りを、長期に渡る厳しい修練の中で学ぶ。
(*)巫俗:巫女(みこ、ふじょ)の巫(ふ)と、俗世の俗の字を当てたシャーマニズム、または民間信仰を指す。
▼金大禮ほかによる「珍島シッキムグッ」の中から「招魂シッキムグッ(혼맞이 씻김굿)」を聴く。以前、番組で「巫俗音楽」紹介があったときのものか。招魂の願いが、次々沸き起こるように聞こえてくる。
・巫堂は、大きく次の二つに分類できる。
① 神が体に降臨し、特別なお祓いを受け巫堂となる降神巫(カンシンム、강신무)で、韓半島中部より北の地方に多い。
② 代々、家業として巫俗を司っている、世襲巫(セスプム、세습무)で、南部地方に多い。
珍島地方では世襲巫が多く、各村ごとに、その地域を担当する巫堂がいて、日常的に村の人々のためにグッを行い、その代わりに、麦や穀物などを謝礼として受け取るという関係にあった。
次のように金大禮のプロフィールが紹介された。
・1935年 羅南道珍島に生まれる。母親は、実家が巫俗(무속)を司った家系で、テグム・サンジョの創始者として名高いパク・ジョンギ名人の三女である。この地域で有名な巫堂だった影響もあり、歌や踊りを真似しながら遊んだという。
・11歳 普通学校2年のとき中退。巫堂の道に進み、母方のおばからグッの伝授を受ける。
・17歳 結婚。嫁ぎ先も巫俗家系のため、一生涯をかけてグッに従事することになる。
▼金大禮ほかによる「珍島喪輿歌(チンドサンヨソリ、진도상여소리)」を聴く。なぜか映画のように、白い喪服の人々が続く画面が想像される。
・1980年 珍島シッキムグッで重要無形文化財、第72号として認定される。
・2011年3月 没する。
▼金大禮による舞踊音楽「サルプリ(살풀이)を歌ったクウム(口音、구음)を、厄払いの宗教学的理解はないが、Youtube映像と合わせて聴く。巫俗音楽は、演じられる場面こそ相応しいに違いない。
(Youtubeに登録のehyundamに感謝)
2012年12月4日火曜日
2012年12月3日月曜日
My Friend Lee Sun Hee
イ・ソンヒ(이선희)の名前は、漢字表記で"李仙姫"、アルファベット表記で"Lee Sunhee"(公式ホームページ)である。なおハングルおよび漢字の通りに、一文字ずつ対応させてアルファベット表記"Lee Sun Hee"に分かち書きしたものもある・・・こちらの方が多いような気がするが。
ところで、e-Bayの日本語版sekaimonで、"Lee Sun Hee"と検索したら、「My Friend Lee Sun Hee / Joy Of Life」というCDがあった。あれ、これ何だろう、見たことないなあ・・・ということで調べてみた。
INTERPARKに探したら、タイトル、ジャケット写真とも「내친구 이순희 - Joy Of Life 〔EP〕」とある。"Lee Sun Hee"は、実はイ・ソンヒ(イ・ソニ、이선희)ならぬ、イ・スンヒ(イ・スニ、이순희)のことだった。というわけで、イ・ソンヒとは関係ない・・・。
三人組のソング・ライターチーム「My Friend Lee Sun Hee (내친구 이순희 )」による、作品「Joy Of Life」(2010年)は全5曲で構成されている。彼らは作詞・作曲を担当という特性上、演奏はそれぞれ違うようだ。
ちなみに、この作品、Amazonでも購入できるそうだ。聴いてみたい気がする・・・。
あらら! Youtubeを探したらありましたよ。INTERPARK掲載の解説によれば、「一番目の曲である、"ずっと(한참을)"は素敵なベース・ループと格好よいブラスの間奏が引き立つ曲だ。ダンス音楽を作ろうとしていた意図が十分に反映されて、聞いてみるとかなり愉快になる。」 とのこと。どう?
(Youtubeに登録のkonjeongに感謝)
ところで、e-Bayの日本語版sekaimonで、"Lee Sun Hee"と検索したら、「My Friend Lee Sun Hee / Joy Of Life」というCDがあった。あれ、これ何だろう、見たことないなあ・・・ということで調べてみた。
INTERPARKに探したら、タイトル、ジャケット写真とも「내친구 이순희 - Joy Of Life 〔EP〕」とある。"Lee Sun Hee"は、実はイ・ソンヒ(イ・ソニ、이선희)ならぬ、イ・スンヒ(イ・スニ、이순희)のことだった。というわけで、イ・ソンヒとは関係ない・・・。
三人組のソング・ライターチーム「My Friend Lee Sun Hee (내친구 이순희 )」による、作品「Joy Of Life」(2010年)は全5曲で構成されている。彼らは作詞・作曲を担当という特性上、演奏はそれぞれ違うようだ。
ちなみに、この作品、Amazonでも購入できるそうだ。聴いてみたい気がする・・・。
あらら! Youtubeを探したらありましたよ。INTERPARK掲載の解説によれば、「一番目の曲である、"ずっと(한참을)"は素敵なベース・ループと格好よいブラスの間奏が引き立つ曲だ。ダンス音楽を作ろうとしていた意図が十分に反映されて、聞いてみるとかなり愉快になる。」 とのこと。どう?
(Youtubeに登録のkonjeongに感謝)
2012年12月2日日曜日
(資料)音楽アルバムのシステム
朝鮮日報のオピニオン記事「歯ブラシに付録で売る音楽アルバム」(11/9、チェ·スンヒョン大衆文化部放送·音楽チーム長)は、あるコンサート会場で自虐的に歯ブラシの付録としてアルバムが売られたことをもとに、アルバム販売の動向について寄稿したものだ。その中から関心のある部分だけを次に抜粋する。
・("歯ブラシの付録としてアルバム販売"は)たとえ誇張されたイベントだったが、この場面は、韓国大衆音楽市場で存在価値を失っているアルバムの哀れな現実をそっくりそのまま見せてくれたという点で、多くの人に訴える<苦笑>を抱かせた。
・音楽アルバムは、ミュージシャンの人生と世界に対する哲学を集約して見せるという点で最も芸術的な媒体だ。商業的考慮が先んじる歌と音楽のこだわりを込めた歌が共存するため、ミュージシャンの成長と音楽市場の多様化に重要な役割を果たしている。米国・日本・欧州ではまだアルバム市場が巨大に存在する理由だ。しかし、我が国(韓国)の音楽市場は、アルバムを捨ててしまって、すでに久しい。ファンシー商品として企画されたアイドル・グループのアルバムの数種を除けば、1万枚だけ売って「大当たり」という言葉が出てくるのが実情だ。
・その底には各種インターネット音楽サイトの無理な「定額制」がある。月3,000ウォンだけ出せば無制限にストリーミング(リアルタイム・リスニング)サービスを受けることができる環境で、大衆が適正価格を出してアルバムを買って聞いてミュージシャンに対して真剣な関心を持つようになることは難しい。反面、音楽先進国では、インターネットで音楽を聞いても、消費者が適正価格を支払わなければなら環境が整っている。例えばアップルのアイチューンズ・ストアでは、歌は一曲当たり1ドル前後、アルバムは一枚当たり15ドル前後を支払ってダウンロードすることができる。結局問題はシステムである。
(付記)
イ・ソンヒのアルバムを期待したが、来年にお預けのようだ。彼女のアルバム15集が登場して、あらためて国民歌手として多くのひとびとに購入され聴かれることを祈ります。
(本部ログ関連:"韓国のオンライン・オフライン音楽市場規模"、"在韓の英国人が見た韓国音楽")
(別付記)
先日観覧した「考動展」最終日の今日、気に入って頼んだ蕎麦猪口(そばちょこ)を求めて吉祥寺に行く。猪口の表が淡い灰色の直線でデザインされていて、2つ重ね合わせるのが妙味で洒落ている。早速、蕎麦を食うときに使いたいと思う。
同展会場のギャラリーmonoの近く、ビルの地下にある蕎麦屋「砂場」で、「とろろ蕎麦」を食う。冬のような寒さに厚着して出かけたが、やっぱり熱いものはありがたい。芯から温まり、次第に額に汗がにじむ。この店は、日本橋室町の「室町砂場」と縁があるそうだ。以前、荒川の「南千住砂場」に何度か蕎麦を食したことがあるが、そこから分岐した孫筋にあたるのだろう。
・・・蕎麦に絡めて、猪口と食を合わせた次第。
・("歯ブラシの付録としてアルバム販売"は)たとえ誇張されたイベントだったが、この場面は、韓国大衆音楽市場で存在価値を失っているアルバムの哀れな現実をそっくりそのまま見せてくれたという点で、多くの人に訴える<苦笑>を抱かせた。
・音楽アルバムは、ミュージシャンの人生と世界に対する哲学を集約して見せるという点で最も芸術的な媒体だ。商業的考慮が先んじる歌と音楽のこだわりを込めた歌が共存するため、ミュージシャンの成長と音楽市場の多様化に重要な役割を果たしている。米国・日本・欧州ではまだアルバム市場が巨大に存在する理由だ。しかし、我が国(韓国)の音楽市場は、アルバムを捨ててしまって、すでに久しい。ファンシー商品として企画されたアイドル・グループのアルバムの数種を除けば、1万枚だけ売って「大当たり」という言葉が出てくるのが実情だ。
・その底には各種インターネット音楽サイトの無理な「定額制」がある。月3,000ウォンだけ出せば無制限にストリーミング(リアルタイム・リスニング)サービスを受けることができる環境で、大衆が適正価格を出してアルバムを買って聞いてミュージシャンに対して真剣な関心を持つようになることは難しい。反面、音楽先進国では、インターネットで音楽を聞いても、消費者が適正価格を支払わなければなら環境が整っている。例えばアップルのアイチューンズ・ストアでは、歌は一曲当たり1ドル前後、アルバムは一枚当たり15ドル前後を支払ってダウンロードすることができる。結局問題はシステムである。
(付記)
イ・ソンヒのアルバムを期待したが、来年にお預けのようだ。彼女のアルバム15集が登場して、あらためて国民歌手として多くのひとびとに購入され聴かれることを祈ります。
(本部ログ関連:"韓国のオンライン・オフライン音楽市場規模"、"在韓の英国人が見た韓国音楽")
(別付記)
先日観覧した「考動展」最終日の今日、気に入って頼んだ蕎麦猪口(そばちょこ)を求めて吉祥寺に行く。猪口の表が淡い灰色の直線でデザインされていて、2つ重ね合わせるのが妙味で洒落ている。早速、蕎麦を食うときに使いたいと思う。
同展会場のギャラリーmonoの近く、ビルの地下にある蕎麦屋「砂場」で、「とろろ蕎麦」を食う。冬のような寒さに厚着して出かけたが、やっぱり熱いものはありがたい。芯から温まり、次第に額に汗がにじむ。この店は、日本橋室町の「室町砂場」と縁があるそうだ。以前、荒川の「南千住砂場」に何度か蕎麦を食したことがあるが、そこから分岐した孫筋にあたるのだろう。
・・・蕎麦に絡めて、猪口と食を合わせた次第。
2012年12月1日土曜日
イ・ソンヒのアルバム枚数
イ・ソンヒの「アルバム」はどれくらいの枚数リリースされたのだろうか。DAUM掲示板の「歴代レコード最終版」(2011年7月12日)は、歌手(グループ)を選択して、そのうえで韓国音楽産業協会、音楽チャート、各歌手ファンクラブの情報を基にランクを記載している。感謝。
そのなかで、イ・ソンヒについて次のように計上されている。
・1988年度発売: 4集 - 63万枚 (代表曲「私はいつもあなたを」、「美しい江山」、「愛が散るこの場所」など)
・1990年度発売: 5集 - 68万枚 (代表曲「五月の陽差し」、「冬哀傷」、「私の街」など)
以上は、彼女が躍進を続けていた時代のアルバムだ。
(追記)
イ・ソンヒの公式ホームページによれば、今月23日(日)はイ・ソンヒの新暦誕生日だ。一般に、彼女の誕生日は、旧暦11月11日と記される。
同公式ホームページの「私だけの貴重な資料」コーナーに、どうやって入手したのでしょうかな、イ・ソンヒの幼少~女学生時代の写真が登録されている。本物なら、元気溌剌でころころした普通の女の子である。こちらは、写真「アルバム」といったところだ。
そのなかで、イ・ソンヒについて次のように計上されている。
・1988年度発売: 4集 - 63万枚 (代表曲「私はいつもあなたを」、「美しい江山」、「愛が散るこの場所」など)
・1990年度発売: 5集 - 68万枚 (代表曲「五月の陽差し」、「冬哀傷」、「私の街」など)
以上は、彼女が躍進を続けていた時代のアルバムだ。
(追記)
イ・ソンヒの公式ホームページによれば、今月23日(日)はイ・ソンヒの新暦誕生日だ。一般に、彼女の誕生日は、旧暦11月11日と記される。
同公式ホームページの「私だけの貴重な資料」コーナーに、どうやって入手したのでしょうかな、イ・ソンヒの幼少~女学生時代の写真が登録されている。本物なら、元気溌剌でころころした普通の女の子である。こちらは、写真「アルバム」といったところだ。
イ・ソンヒと政治(続)
イ・ソンヒが、1991年6月20日にソウル市会議員選挙に27才で麻浦地区から出馬(民自党)して入選したこと、後に民自党を離党したこと、そして金大中の民主党に入党したことについて触れた。民主党入党時期がわかったので記す。
MBCのニュース記事「民主、金大中候補、ソウル·仁川最後の遊説」(1992年12月17日、ソン・ドンギュ記者)は、大統領候補金大中の遊説中の1992年12月17日、次のように報告している。
・記者: 今日(12/17)で遊説日程をすべて終えた金大中候補は、午後にソウル明洞と鐘路一帯で、今日、民主党に入党した歌手イ・ソンヒさんなどと一緒に市民にバラの花を配って投票参加キャンペーンをしました。
なお、彼女の公式ホームページに当時の写真が掲載され、「(金大中候補が)イ・ソンヒさんの手をあげて歓呼してます。」とキャプションを付している。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの話"、"イ・ソンヒと政治"、"(資料)イ・ソンヒのソウル市議会議員選出馬の背景"、"(資料)イ・ソンヒのソウル市議会議員選出馬の背景 (続き)")
MBCのニュース記事「民主、金大中候補、ソウル·仁川最後の遊説」(1992年12月17日、ソン・ドンギュ記者)は、大統領候補金大中の遊説中の1992年12月17日、次のように報告している。
・記者: 今日(12/17)で遊説日程をすべて終えた金大中候補は、午後にソウル明洞と鐘路一帯で、今日、民主党に入党した歌手イ・ソンヒさんなどと一緒に市民にバラの花を配って投票参加キャンペーンをしました。
なお、彼女の公式ホームページに当時の写真が掲載され、「(金大中候補が)イ・ソンヒさんの手をあげて歓呼してます。」とキャプションを付している。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの話"、"イ・ソンヒと政治"、"(資料)イ・ソンヒのソウル市議会議員選出馬の背景"、"(資料)イ・ソンヒのソウル市議会議員選出馬の背景 (続き)")
2012年11月30日金曜日
パンク
60年代のサイケでなく、70年代のパンクでもなく、80年代のヘヴィメタでもない。自転車のタイヤがパンクしたのだ。
今日、自転車の前輪が突然泳いだ。音もなくパンクしたのだ。ハンドルをとられた感じがして、ペダルをこぎながら前かがみに車輪を覗くと、黒いタイヤが平べったく両側にはみ出しているのが見えた。みるみる空気が抜けていく。自転車店への道のり、やがて前輪がごとごとと跳ねだした。
この店で購入しただけに、何かと面倒見てもらっているオヤジが、タイヤとチューブを交換しながら、後5年はもちますよという。確かに、それはそれで良いが、野川公園散歩の坂道の上り下りが最近急にきつくなってきたので、電動アシスト付きもいいのでは・・・と思ったりする。
オヤジがいうには、一度電動アシスト付きに乗ると普通の自転車には戻れませんよとのこと。ただし、運動不足解消のサイクリングにつながらないかというと、そうでもないようだ。皇居まで往復した客がいるという。おじさんレベルに合った、長距離も楽しめるものかもしれない。
今日、自転車の前輪が突然泳いだ。音もなくパンクしたのだ。ハンドルをとられた感じがして、ペダルをこぎながら前かがみに車輪を覗くと、黒いタイヤが平べったく両側にはみ出しているのが見えた。みるみる空気が抜けていく。自転車店への道のり、やがて前輪がごとごとと跳ねだした。
この店で購入しただけに、何かと面倒見てもらっているオヤジが、タイヤとチューブを交換しながら、後5年はもちますよという。確かに、それはそれで良いが、野川公園散歩の坂道の上り下りが最近急にきつくなってきたので、電動アシスト付きもいいのでは・・・と思ったりする。
オヤジがいうには、一度電動アシスト付きに乗ると普通の自転車には戻れませんよとのこと。ただし、運動不足解消のサイクリングにつながらないかというと、そうでもないようだ。皇居まで往復した客がいるという。おじさんレベルに合った、長距離も楽しめるものかもしれない。
2012年11月29日木曜日
陶淵明-3
市民講座「陶淵明の描いた世界」の第3回目に出席する。講師の著書をテキストにして、詩を通読、解説する合間に、楽しくめずらしい、例えば台湾訪問などの話も聞かせていただいた。
今回、陶淵明の詩に触れながら、次のような解説に関心を持った。
・陶淵明は自然詩人といわれるが、中国では「自然詩」といわず「山水詩」というそうだ。
・中国で仙人が大事にしたのは、松・竹・梅ではなく、松・竹・菊だ。ちなみに、遣唐使が日本に菊を持ち帰ったとき、「キク」と発音したことで音訓の区別なく「キク」と呼ばれる。
・陶淵明の「飲酒二十首 其の五」に、「菊を采(と)る、東蘺(とうり:東の垣根)の下(もと)」とあるが、菊の花を酒に浮かべて飲むためという。(そういえば、イ・ソンヒに「一輪菊(한송이 국화)」という恋の歌があった・・・関係ないけれど。)
講師は、漢文語法の紹介に連れて、なんと中国語で「何日君再来」を歌われた。
陶淵明の「雑詩十二種 其の一」にある、「盛年不重来(盛年 重ねては来たらず)」の説明で、部分・全部否定の語法について解説された。
<語法>
・部分否定: 好キ花ハ不(2)常ニハ開(1)カ よき花は常には開かず
・全部否定: 好キ花ハ常ニ不(レ)開カ よき花は常に開かず
<歌>
「好花不常開/好景不常在」で始まる「何日君再来」を、テレサテンの歌で聴いてみよう。
(Youtubeに登録のcat012953に感謝)
今回、陶淵明の詩に触れながら、次のような解説に関心を持った。
・陶淵明は自然詩人といわれるが、中国では「自然詩」といわず「山水詩」というそうだ。
・中国で仙人が大事にしたのは、松・竹・梅ではなく、松・竹・菊だ。ちなみに、遣唐使が日本に菊を持ち帰ったとき、「キク」と発音したことで音訓の区別なく「キク」と呼ばれる。
・陶淵明の「飲酒二十首 其の五」に、「菊を采(と)る、東蘺(とうり:東の垣根)の下(もと)」とあるが、菊の花を酒に浮かべて飲むためという。(そういえば、イ・ソンヒに「一輪菊(한송이 국화)」という恋の歌があった・・・関係ないけれど。)
講師は、漢文語法の紹介に連れて、なんと中国語で「何日君再来」を歌われた。
陶淵明の「雑詩十二種 其の一」にある、「盛年不重来(盛年 重ねては来たらず)」の説明で、部分・全部否定の語法について解説された。
<語法>
・部分否定: 好キ花ハ不(2)常ニハ開(1)カ よき花は常には開かず
・全部否定: 好キ花ハ常ニ不(レ)開カ よき花は常に開かず
<歌>
「好花不常開/好景不常在」で始まる「何日君再来」を、テレサテンの歌で聴いてみよう。
(Youtubeに登録のcat012953に感謝)
2012年11月28日水曜日
シン・ジュンヒョンのコンサート
イ・ソンヒのコンサートに欠かすことができないものに、シン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현)作詞・作曲による「美しい江山(아름다운 강산)」(1972年)がある。イ・ソンヒが、この歌をカバーしたことで、国民歌謡まで上りつめたといえる。(なお同歌はアルバム4集(1988年)に所収)
大統領選挙の12月に、シン・ジュンヒョンのコンサートが催されると、東亜日報の記事「シン·ジュンヒョン "30代のときは力で、70代のときは道(精神)で、演奏"」(11/8)は伝えている。2部構成のステージだが、シン・ジュンヒョンは、その第2部で演奏する「美しい江山」について次のように語っている。
・2部は奥深いサイケデリック・ロックだけをレパートリーに決めた。「ディスコ風に変わったイ・ソンヒのバージョンや、1980年代の『シン・ジュンヒョンとミュージックパワー』バージョンのほか、72年の『シン・ジュンヒョンとThe Men』バージョンの幻覚的な『美しい江山』をお聞かせしましょう。そのバージョンが本物でしたよ。大衆を考えず、自分なりのギターの音を正しく聞かせてさしあげるでしょう。」
この「美しい江山」成立のいきさつは、伝説になっているようだ。
ちなみに、シン・ジュンヒョンに代表される「サイケデリック・ロック」について、Ko-Wikipediaは次のように説明している。
・サイケデリック・ロック(Psychedelic rock)は、 ロック音楽の一種である。アシッド・ロック(Acid rock)、ドラッグ・ロック(Drug rock)、または単にサイケデリックとも呼ばれている。名前からわかるように、あたかも麻薬をした状態で演奏したような夢幻的でサイケデリックな雰囲気が特徴である。
・大韓民国の代表的なサイケデリック・アルバムは、シン・ジュンヒョンが作詞、作曲してキム・ジョンミが歌った1973年の「風」、「Now」のアルバムなどがある[出典必要]。
しかし、1975年の緊急措置9号、大麻事件などで、これらのアルバムは禁止曲処分されたり、焼却され、(以下略)
(本ブログ関連:"シン・ジュンヒョン"、"キム・ジョンミ")
大統領選挙の12月に、シン・ジュンヒョンのコンサートが催されると、東亜日報の記事「シン·ジュンヒョン "30代のときは力で、70代のときは道(精神)で、演奏"」(11/8)は伝えている。2部構成のステージだが、シン・ジュンヒョンは、その第2部で演奏する「美しい江山」について次のように語っている。
・2部は奥深いサイケデリック・ロックだけをレパートリーに決めた。「ディスコ風に変わったイ・ソンヒのバージョンや、1980年代の『シン・ジュンヒョンとミュージックパワー』バージョンのほか、72年の『シン・ジュンヒョンとThe Men』バージョンの幻覚的な『美しい江山』をお聞かせしましょう。そのバージョンが本物でしたよ。大衆を考えず、自分なりのギターの音を正しく聞かせてさしあげるでしょう。」
この「美しい江山」成立のいきさつは、伝説になっているようだ。
ちなみに、シン・ジュンヒョンに代表される「サイケデリック・ロック」について、Ko-Wikipediaは次のように説明している。
・サイケデリック・ロック(Psychedelic rock)は、 ロック音楽の一種である。アシッド・ロック(Acid rock)、ドラッグ・ロック(Drug rock)、または単にサイケデリックとも呼ばれている。名前からわかるように、あたかも麻薬をした状態で演奏したような夢幻的でサイケデリックな雰囲気が特徴である。
・大韓民国の代表的なサイケデリック・アルバムは、シン・ジュンヒョンが作詞、作曲してキム・ジョンミが歌った1973年の「風」、「Now」のアルバムなどがある[出典必要]。
しかし、1975年の緊急措置9号、大麻事件などで、これらのアルバムは禁止曲処分されたり、焼却され、(以下略)
(本ブログ関連:"シン・ジュンヒョン"、"キム・ジョンミ")
2012年11月27日火曜日
イ・ソンヒの「Because of You」(再)
イ・ソンヒのアルバム12集「My Life + Best」(2001年)CDは、インターネット上で日本の販売店の案内を一度だけ見たことがあるが、入手チャンスを逃してしまい後は知らない。それほど難易度が高い。一方、韓国のブログでも同様に入手の難しさに触れているのを知ったが、インターネットに探して見れば、チャンスはまだあるようだ。直接入手する良い方法はないだろうか。
この12集所収の「Because of You」を以前このブログにエンベッドしたが、Youtubeから削除されて大変残念な思いをした。最近、再び視聴が可能になった。
忘れようとしてできない残された悲しみを癒すように、イ・ソンヒの抑制したしっとりとした歌声で聴くことにしよう。
(本部ログ関連:"イ・ソンヒの「Because Of You」")
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
この12集所収の「Because of You」を以前このブログにエンベッドしたが、Youtubeから削除されて大変残念な思いをした。最近、再び視聴が可能になった。
忘れようとしてできない残された悲しみを癒すように、イ・ソンヒの抑制したしっとりとした歌声で聴くことにしよう。
(本部ログ関連:"イ・ソンヒの「Because Of You」")
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
2012年11月26日月曜日
第63回 NHK紅白歌合戦出場歌手
ORICON STYLEの今日の記事(11/26)に、年末の「第63回 NHK紅白歌合戦出場歌手」一覧が掲載さているが、どれくらい歌手を知っているかチェックしたところ、わたしの認知度は次の通りでしかない。
ちなみに、【◎:歌を聞いたことがある、△:名前は聞いたことがある、×:全く知らない】で区別したところ、
・【紅組】 ◎:15、△:3、×:7
・【白組】 ◎:15、△:2、×:8
となった。両組似かよった認知割合になったが、平均的なおじさんなら、まあこんなものだろう。
ちなみに、【◎:歌を聞いたことがある、△:名前は聞いたことがある、×:全く知らない】で区別したところ、
・【紅組】 ◎:15、△:3、×:7
・【白組】 ◎:15、△:2、×:8
となった。両組似かよった認知割合になったが、平均的なおじさんなら、まあこんなものだろう。
| 【紅組】 | 【白組】 | |||
| ◎ | aiko、 | ◎ | 嵐、 | |
| ◎ | 絢香、 | ◎ | 五木ひろし、 | |
| △ | いきものがかり、 | × | HY、 | |
| ◎ | 石川さゆり、 | ◎ | EXILE、 | |
| ◎ | AKB48、 | × | NYC、 | |
| × | SKE48、 | ◎ | 関ジャニ∞、 | |
| △ | きゃりーぱみゅぱみゅ、 | ◎ | 北島三郎、 | |
| ◎ | 香西かおり、 | ◎ | 郷ひろみ、 | |
| ◎ | 倖田來未、 | × | ゴールデンボンバー、 | |
| ◎ | 伍代夏子、 | △ | コブクロ、 | |
| ◎ | 坂本冬美、 | × | 斉藤和義、 | |
| ◎ | 天童よしみ、 | × | 三代目 J Soul Brothers、 | |
| ◎ | 中島美嘉、 | ◎ | SMAP、 | |
| × | 西野カナ、 | ◎ | 舘ひろし、 | |
| △ | Perfume、 | ◎ | TOKIO、 | |
| ◎ | 浜崎あゆみ、 | ◎ | 徳永英明、 | |
| ◎ | 藤あや子、 | × | AAA、 | |
| × | プリンセス プリンセス、 | × | ナオト・インティライミ、 | |
| × | 水樹奈々、 | ◎ | 氷川きよし、 | |
| ◎ | 水森かおり、 | × | FUNKY MONKEY ABYS、 | |
| × | ももいろクローバーZ、 | ◎ | 福山雅治、 | |
| × | YUI、 | ◎ | 細川たかし、 | |
| × | YUKI、 | △ | ポルノグラフィティ、 | |
| ◎ | 由紀さおり、 | ◎ | 美輪明宏、 | |
| ◎ | 和田アキ子 | ◎ | 森進一 |
KBS WORLD「国楽の世界へ」 劉智淑
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/21)に、人物シリーズ55回目として、西道(서도)民謡の名人(名唱)劉智淑(ユ・ジスク、유지숙、1963年5月23日【旧暦】~)を紹介した。
劉智淑は、先週紹介の崔慶萬(チェ・ギョンマン)の奥さんで、番組初めての夫婦での紹介になるという。
はじめに西道民謡(黄海道と平安道)について、南北の政情もからめて次のように語られた。
・半島北の無形文化財は、朝鮮戦争時に南に亡命した数少ない歌い手たちの努力により、今もその伝統が継承されているが、彼らが世を去るにつれ、その伝統の奥深さを把握して歌える人がほとんどいなくなっている。
・劉智淑は、忘れられつつある半島北の無形文化財を発掘し、復元に尽力している。
▼劉智淑の歌による「全甲心打令(ジョンガプソムタリョン、전갑섬타령*)」、「青紗灯籠(チョンサチョロン、청사초롱)」を聴く。歌の聞き出しから劉智淑の発声が今様北っぽいが、それよりも、あいのてが中国南方少数民族風でビックリ。南方に通じる沿海の気質があるのだろう・・・か。
(*)ブログ「コッヌリ国楽芸術団」に感謝。
・西道民謡は、黄海道と平安道一帯で歌われてきた民謡を指す。韓国で、名唱キム・ジョンヨン、オ・ポンニョたちにより多数伝承されているが、民謡の故郷では、今はほとんど忘れ去られたという。
次のように劉智淑のプロフィールが紹介された。
・1963年 江華道(仁川広域市)江華道郡両寺面に生まれる。(父は江華、母は黄海道生まれ)
・故郷は、海を越えれば黄海道で、昔は漁などを通じて交流があり、人々は西道民謡をよく歌った。父親とその兄弟が歌だけでなく踊りも上手かったこともあり、彼女は幼い頃から西道民謡を口ずさんだという。
・20代初め頃、運命の師オ・ポンニョ名唱との出会いをきっかけに、20代後半以来、歌に専念する。
▼劉智淑の歌による「延坪島難逢歌(ヨンミョンドナンボンガ、연평도 난봉가)」を聴く。題名と違いおおらかな海洋歌に聞こえてしまうけれど。
・平安道地方の、死者のハンを晴らすために行ったきたタリッグッや、農業をする際に人々が集まり、各自の話を歌にして歌うヒャンドゥゲノリなどを音楽劇として発表している。
▼劉智淑の歌による「船歌打令(スルビタリョン、술비타령**)」を聴く。晴天朗々とした海原、波頭を越える海の男たちのいさましくもからりとした力強さを感じる。歌、演奏は夫婦によるものだろうか。
(**)ブログ「キョンギ・ソリ」に感謝。
劉智淑は、先週紹介の崔慶萬(チェ・ギョンマン)の奥さんで、番組初めての夫婦での紹介になるという。
はじめに西道民謡(黄海道と平安道)について、南北の政情もからめて次のように語られた。
・半島北の無形文化財は、朝鮮戦争時に南に亡命した数少ない歌い手たちの努力により、今もその伝統が継承されているが、彼らが世を去るにつれ、その伝統の奥深さを把握して歌える人がほとんどいなくなっている。
・劉智淑は、忘れられつつある半島北の無形文化財を発掘し、復元に尽力している。
▼劉智淑の歌による「全甲心打令(ジョンガプソムタリョン、전갑섬타령*)」、「青紗灯籠(チョンサチョロン、청사초롱)」を聴く。歌の聞き出しから劉智淑の発声が今様北っぽいが、それよりも、あいのてが中国南方少数民族風でビックリ。南方に通じる沿海の気質があるのだろう・・・か。
(*)ブログ「コッヌリ国楽芸術団」に感謝。
・西道民謡は、黄海道と平安道一帯で歌われてきた民謡を指す。韓国で、名唱キム・ジョンヨン、オ・ポンニョたちにより多数伝承されているが、民謡の故郷では、今はほとんど忘れ去られたという。
次のように劉智淑のプロフィールが紹介された。
・1963年 江華道(仁川広域市)江華道郡両寺面に生まれる。(父は江華、母は黄海道生まれ)
・故郷は、海を越えれば黄海道で、昔は漁などを通じて交流があり、人々は西道民謡をよく歌った。父親とその兄弟が歌だけでなく踊りも上手かったこともあり、彼女は幼い頃から西道民謡を口ずさんだという。
・20代初め頃、運命の師オ・ポンニョ名唱との出会いをきっかけに、20代後半以来、歌に専念する。
▼劉智淑の歌による「延坪島難逢歌(ヨンミョンドナンボンガ、연평도 난봉가)」を聴く。題名と違いおおらかな海洋歌に聞こえてしまうけれど。
・平安道地方の、死者のハンを晴らすために行ったきたタリッグッや、農業をする際に人々が集まり、各自の話を歌にして歌うヒャンドゥゲノリなどを音楽劇として発表している。
▼劉智淑の歌による「船歌打令(スルビタリョン、술비타령**)」を聴く。晴天朗々とした海原、波頭を越える海の男たちのいさましくもからりとした力強さを感じる。歌、演奏は夫婦によるものだろうか。
(**)ブログ「キョンギ・ソリ」に感謝。
2012年11月25日日曜日
紅葉の高尾山
![]() |
| 高尾山薬王院の紅葉 |
京王線のガラリと空いた各駅停車で向かったため、人の混みように気付いたのは北野駅で乗り換えたときだった。車内の混雑は、そのまま終点の京王高尾山口駅を人々であふれさせた。それはすさまじいもので、登山口どころか、ずっと山頂まで続いたのだ。
想像できるだろうか、標高わずか599mの山とはいえ、まるで祭りの参道をゆるり歩くように山路をたどったのだから。山を登ることよりも、黙々と歩くひとの混み合いに疲れた。途中の高尾山薬王院は、隘路となり路がくねっているため、歩みが止まったりした。ただし、この場所は紅葉を楽しむに一番よい景観もあった。
さて、山頂広場での昼食は・・・期待どころでない。通り路以外、座り込んだ登山者の昼食場所になっていたのだ。登山口で買ったおにぎりを食うところがない・・・何とか売店の影で口にしたが。いわば立錐の余地もないといった観であった。早々に引き上げて下山する頃には、ようやく登山者も減り始めたためか、下山路にゆとりができ、気ぜわしさも減って下ることができた。
ミシュランの3つ星やテレビ局のこの時期の紹介はありがたいけれど、その分ひとびとに苦難を課したようだ。来年、紅葉を愛でに出かけるのは遠慮するだろう。でも、平日なら何とかなるかな・・・。
2012年11月24日土曜日
「考動」展
雨天の昨日と打って変わって快晴の今日、久し振りに吉祥寺に出かける。東急デパート北側の通りを2ブロックほど西に進むと、ギャラリー「mono」があって、小さな階段を上がると現在、<荻野克彦の「考動」展>が催されている。
親類から外出のヒントをもらって、出かけた次第である。芸術的関心が高いわけではないので、お邪魔したに過ぎないが、親類と懇意の荻野氏は気さくな方で・・・例えば、現在拠点にされている城下町の角館(かくのだて)の歴史から佐竹藩に話題が広がり、同藩の旧領地茨城(常陸)にあった金山などの雑談に応じてくれた。
そうそう、「考動」展は、荻野氏のデザインによる、南津軽の家具と木工と漆、および愛知県瀬戸の陶磁器を展示している。ギャラリーの2部屋に、木製「椅子」や「皿」や「猫」から、陶器の蕎麦の「猪口」まで洒落た作品が並んでいる。
1階入り口にあった同展案内のポスト・カードにある図柄を思い出して、わたしもアート気分に浸りたく、蕎麦の「猪口」の陶器を求めた。
帰り道、輸入食品店で、ドイツ製の菓子シュトーレンを購入。もうじきクリスマスだもんね。
(付記)
夕方、突然、3.11を思い出させるように家が揺れだした。気象庁の地震情報によれば次の通り。
・平成24年11月24日18時03分 気象庁発表
「24日17時59分頃地震がありました。震源地は千葉県北西部 ( 北緯35.6度、東経140.1度)で震源の深さは約80km、地震の規模(マグニチュード)は4.9と推定されます。」
なお当地は、<震度2>相当扱いだが、体感は<3+>の感じすらした。
PCの地震速報アプリは、マグニチュード<5.0以上>設定なので、地震速報を表示できなかったので、<4.0以上>に変更した。
親類から外出のヒントをもらって、出かけた次第である。芸術的関心が高いわけではないので、お邪魔したに過ぎないが、親類と懇意の荻野氏は気さくな方で・・・例えば、現在拠点にされている城下町の角館(かくのだて)の歴史から佐竹藩に話題が広がり、同藩の旧領地茨城(常陸)にあった金山などの雑談に応じてくれた。
そうそう、「考動」展は、荻野氏のデザインによる、南津軽の家具と木工と漆、および愛知県瀬戸の陶磁器を展示している。ギャラリーの2部屋に、木製「椅子」や「皿」や「猫」から、陶器の蕎麦の「猪口」まで洒落た作品が並んでいる。
1階入り口にあった同展案内のポスト・カードにある図柄を思い出して、わたしもアート気分に浸りたく、蕎麦の「猪口」の陶器を求めた。
帰り道、輸入食品店で、ドイツ製の菓子シュトーレンを購入。もうじきクリスマスだもんね。
(付記)
夕方、突然、3.11を思い出させるように家が揺れだした。気象庁の地震情報によれば次の通り。
・平成24年11月24日18時03分 気象庁発表
「24日17時59分頃地震がありました。震源地は千葉県北西部 ( 北緯35.6度、東経140.1度)で震源の深さは約80km、地震の規模(マグニチュード)は4.9と推定されます。」
なお当地は、<震度2>相当扱いだが、体感は<3+>の感じすらした。
PCの地震速報アプリは、マグニチュード<5.0以上>設定なので、地震速報を表示できなかったので、<4.0以上>に変更した。
2012年11月23日金曜日
イ・ソンヒの童謡「雨傘」
今日は足尾銅山へ鉱物採集に行く予定だったが、天気予報もあってぎりぎり結論を待ち、昨晩延期と決めた。それでよかったわけで、午前中の雨模様には驚いた。無理して行かなくて正解だった。
先週のTBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」で、森田正光氏が予報した通り、ザアザア降りになったわけで、いつもながら同氏の適中に感心する。例えば、今夏のロンドンオリンピック(7月27日~8月12日)での日本のメダル数を、例年に比べて暑い夏のため大いに期待できるとズバリ予想したのだから・・・これは天気予報と関係ないので予言?かな。
というわけで雨降る今日は、イ・ソンヒの歌う童謡「雨傘(우산)」を聴いてみよう。おでこを向かい合わせて歩く3つの傘が見えるようだ。学校に間に合ったかな。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの童謡"、"イ・ソンヒの童謡集"、"愛唱童謡集"、"童謡「島の赤んぼう」"、"イ・ソンヒの童謡「星を見ながら月を見ながら」"、"「春」")
(Youtubeに登録の성배 길に感謝)
先週のTBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」で、森田正光氏が予報した通り、ザアザア降りになったわけで、いつもながら同氏の適中に感心する。例えば、今夏のロンドンオリンピック(7月27日~8月12日)での日本のメダル数を、例年に比べて暑い夏のため大いに期待できるとズバリ予想したのだから・・・これは天気予報と関係ないので予言?かな。
というわけで雨降る今日は、イ・ソンヒの歌う童謡「雨傘(우산)」を聴いてみよう。おでこを向かい合わせて歩く3つの傘が見えるようだ。学校に間に合ったかな。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの童謡"、"イ・ソンヒの童謡集"、"愛唱童謡集"、"童謡「島の赤んぼう」"、"イ・ソンヒの童謡「星を見ながら月を見ながら」"、"「春」")
(Youtubeに登録の성배 길に感謝)
2012年11月22日木曜日
小雪2012
今日は、二十四節気の「小雪(しょうせつ)」。あちこちに、そろそろ雪が降り始め、冬がもう間近なのを知る。なにしろ、次の節気は「大雪(たいせつ)」なのだから。
ところで「小雪(しょうせつ)」は、その名を「小雪(こゆき)」に読みかえると、どこか愛らしく、多分雪の持つ純白さと、あっ雪だ!と手に受けとめたときの、あっけなく消えてしまう華奢な様が重なって、人々に愛らしいイメージを与える。
今年の冬はだいぶ寒そうだ。
実は、「小雪」の名に最初に思い浮かんだのは、女優の小雪さんでしょうね。彼女が、柔らかな赤ん坊をあやす、moony(紙おむつ)のテレビコマーシャルは・・・ほんわり暖かくていいねえ。それに、赤ん坊は千両役者である。
(追記)野川公園を巡る
昼下がりの野川公園をのんびりと遊ぶ。
公園北側を流れる野川に沿って下流に歩むと、公園を南北に分ける東八道路をまたぐ陸橋に通じる緩やかな坂道があって、公園南側へ楽に行くことができる。野川は見通しがよいが、元々ゴルフ場だったこともあり、地表が微妙に起伏して、木立も所々に点在する。東八道路の南側の公園は、敷地も広く、木立が多いため、秋の紅葉を楽しむことができる。
公園南側にある散歩道のイチョウがすっかり黄葉していた。実はこの奥に広場があって、幼児を連れた数組の家族が緑の芝の上で戯れていた。
写真の公園は静かに見えるが、木立を揺する風音や、鳥たちのさえずりで結構うるさく、実はしんみりした風情ではない。秋はどうやら色彩を楽しむ季節のようだ。
ところで「小雪(しょうせつ)」は、その名を「小雪(こゆき)」に読みかえると、どこか愛らしく、多分雪の持つ純白さと、あっ雪だ!と手に受けとめたときの、あっけなく消えてしまう華奢な様が重なって、人々に愛らしいイメージを与える。
今年の冬はだいぶ寒そうだ。
実は、「小雪」の名に最初に思い浮かんだのは、女優の小雪さんでしょうね。彼女が、柔らかな赤ん坊をあやす、moony(紙おむつ)のテレビコマーシャルは・・・ほんわり暖かくていいねえ。それに、赤ん坊は千両役者である。
(追記)野川公園を巡る
![]() |
| 野川公園の黄葉 |
昼下がりの野川公園をのんびりと遊ぶ。
公園北側を流れる野川に沿って下流に歩むと、公園を南北に分ける東八道路をまたぐ陸橋に通じる緩やかな坂道があって、公園南側へ楽に行くことができる。野川は見通しがよいが、元々ゴルフ場だったこともあり、地表が微妙に起伏して、木立も所々に点在する。東八道路の南側の公園は、敷地も広く、木立が多いため、秋の紅葉を楽しむことができる。
公園南側にある散歩道のイチョウがすっかり黄葉していた。実はこの奥に広場があって、幼児を連れた数組の家族が緑の芝の上で戯れていた。
写真の公園は静かに見えるが、木立を揺する風音や、鳥たちのさえずりで結構うるさく、実はしんみりした風情ではない。秋はどうやら色彩を楽しむ季節のようだ。
2012年11月21日水曜日
韓国アイドルグループ歌手の今後の動向
イ・ソンヒがメンター(審査・指導者)として参加した、MBCのオーディション番組「偉大なる誕生」は第3ステージを迎え、歌唱力のある歌手の発掘に余念がない。エンターテインメントの世界は、次代をになう実力歌手の登場への期待がますます大きくなっているようだ。
中央日報は、エンタメ>芸能一般の欄に、グループ歌手の動向を分析して次のような観測記事を掲載した。
◆ 韓国アイドルグループ危機論?…「国内市場が飽和状態なら海外に」(2012年11月16日14時43分)
・K-POPのけん引役を果たしてきたアイドルグループが危機に直面している。今年1年はいつになく多くの新人アイドルグループがデビューしたが、ほとんどはこれといった成果を出せていない。現在のファン層を構築したアイドルグループも、今年はなかなかよい成果を残すことができなかった。「アイドルの流行は終焉した」という観測さえ出ている始末だ。
・アイドル市場の飽和状態が挙げられる。アイドルファンは限定されているのに新生アイドルグループが切れ目なく出てきて市場に過負荷がかかった。
・ある大衆音楽評論家は「全般的にアイドルグループが自己複製の末に行き詰まり、アイドル音楽によってこれ以上の新鮮さを与えられなくなったのかもしれない」と説明した。
・アイドルグループが持つ"見せる"音楽そのものの競争力が落ちたという分析もある。1990年代の中盤から後半にかけて、"聞かせる"音楽に代わって"見せる"音楽が凄まじい勢いで成長した。さらに力強く、刺激的に成長した流れに歩調を合わせるなら、しっかりしたシステムを作り競争力のある原石を見つけ出して新しい舞台を見せるべきだったが、そうはできなかったというのだ。
◆ アイドルグループの低迷はここにも…視聴率が物語るその現状(2012年11月16日17時27分)
・過去数年間、アイドルグループの人気によってスタートした番組すべてが視聴率低調に悩まされている。
◆ 音源チャートからアイドルグループ失踪…バブル崩壊か(2012年11月15日17時07分)
・韓国大手芸能事務所YGエンターテインメントのヤン・ヒョンソク代表は、最近、韓国日刊スポーツの取材で歌謡界の「5年周期論」を取り出した。ヤン代表は「歌謡界ではパターンが繰り返される。5年周期で市場の流れが変わる」とし「アイドル市場の流行はすでに終わった。だから私たちから出す新人のカラーはこれまでのアイドルグループとは違ったものにする」と市場を予測した。
・もう一つ興味深いのは、(略)アイドルグループのファン層の絶対数を占める10代より20~40代のファンの支持が、音源チャートにおいてははるかに重要な役目を果たしていることを示している。
こういう時期だからこそ、先導力、指導力を持ったイ・ソンヒのような実力歌手の重要性が増すだろう。すなわち、マスプロダクトされた商品性の高い存在であるよりも、時代を共存できるアーティストをファンは本質的に望んでいるかもしれない。
なお、断っておきますが、K-POPアイドルグループに対して云々あるわけではないですよ・・・イ・ソンヒのような実力派歌手がもっといいだけですが。
(本ブログ関連:"オーディション"、"昨年のトップ5の歌手(グループ):2011.12.26 Gallup Korea発表"、"韓国ギャラップ調査")
中央日報は、エンタメ>芸能一般の欄に、グループ歌手の動向を分析して次のような観測記事を掲載した。
◆ 韓国アイドルグループ危機論?…「国内市場が飽和状態なら海外に」(2012年11月16日14時43分)
・K-POPのけん引役を果たしてきたアイドルグループが危機に直面している。今年1年はいつになく多くの新人アイドルグループがデビューしたが、ほとんどはこれといった成果を出せていない。現在のファン層を構築したアイドルグループも、今年はなかなかよい成果を残すことができなかった。「アイドルの流行は終焉した」という観測さえ出ている始末だ。
・アイドル市場の飽和状態が挙げられる。アイドルファンは限定されているのに新生アイドルグループが切れ目なく出てきて市場に過負荷がかかった。
・ある大衆音楽評論家は「全般的にアイドルグループが自己複製の末に行き詰まり、アイドル音楽によってこれ以上の新鮮さを与えられなくなったのかもしれない」と説明した。
・アイドルグループが持つ"見せる"音楽そのものの競争力が落ちたという分析もある。1990年代の中盤から後半にかけて、"聞かせる"音楽に代わって"見せる"音楽が凄まじい勢いで成長した。さらに力強く、刺激的に成長した流れに歩調を合わせるなら、しっかりしたシステムを作り競争力のある原石を見つけ出して新しい舞台を見せるべきだったが、そうはできなかったというのだ。
◆ アイドルグループの低迷はここにも…視聴率が物語るその現状(2012年11月16日17時27分)
・過去数年間、アイドルグループの人気によってスタートした番組すべてが視聴率低調に悩まされている。
◆ 音源チャートからアイドルグループ失踪…バブル崩壊か(2012年11月15日17時07分)
・韓国大手芸能事務所YGエンターテインメントのヤン・ヒョンソク代表は、最近、韓国日刊スポーツの取材で歌謡界の「5年周期論」を取り出した。ヤン代表は「歌謡界ではパターンが繰り返される。5年周期で市場の流れが変わる」とし「アイドル市場の流行はすでに終わった。だから私たちから出す新人のカラーはこれまでのアイドルグループとは違ったものにする」と市場を予測した。
・もう一つ興味深いのは、(略)アイドルグループのファン層の絶対数を占める10代より20~40代のファンの支持が、音源チャートにおいてははるかに重要な役目を果たしていることを示している。
こういう時期だからこそ、先導力、指導力を持ったイ・ソンヒのような実力歌手の重要性が増すだろう。すなわち、マスプロダクトされた商品性の高い存在であるよりも、時代を共存できるアーティストをファンは本質的に望んでいるかもしれない。
なお、断っておきますが、K-POPアイドルグループに対して云々あるわけではないですよ・・・イ・ソンヒのような実力派歌手がもっといいだけですが。
(本ブログ関連:"オーディション"、"昨年のトップ5の歌手(グループ):2011.12.26 Gallup Korea発表"、"韓国ギャラップ調査")
2012年11月20日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 崔慶萬
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/14)に、人物シリーズ54回目として、日本の篳篥(ヒチリキ)に似た2枚リードの木管楽器のピリ(觱篥:피리)の名人、崔慶萬(チェ・ギョンマン、최경만)(1947年~)を紹介した。
始めに、「ピリ」について次のように語られた。
・先史時代の遺跡から、一定間隔に13個の穴が開けられた鳥骨の一片の化石が発見され(1961年)、笛の一種と推測されている。現在伝えられる「ピリ」とは、大きさ、形、音を出す原理など違うが、韓国では口で吹いて音を出す楽器を総称してピリという。
・ピリは長い歴史を持ち、宮中の厳かな儀式音楽から、一般芸人たちの大道芸の伴奏音楽まで、常に<主旋律>を担当してきた。
▼崔慶萬のピリ他による「歌声(ノレッカラッㇰ、노랫가락)」、「青春歌(チョンチュンガ、청춘가)」を聴く。思いのほかシンプルでのどかな響きがする。
次のように崔慶萬のプロフィールが紹介された。
・1947年 ソウルの君子洞に生まれる。
・1963年 国楽芸術高等学校入学。京畿地域の巫俗音楽家出身のチ・ヨンヒに師事する。ピリと、チャルメラのような響きの管楽器テピョンソ(太平簫、태평소)を学んだ後、ソウル市立国楽管弦楽団員として活動を始める。
・1977年 米国に移住。音楽と別に生計を立てつつ音楽活動を継続して、ファーストアルバム「崔慶萬、ピリ演奏曲集」をリリースする。
・1997年 帰国後、国立国楽院の民俗楽団員として活動を始める。
・現役ピリ奏者中、最も演奏に長けているとの評価がある。演奏は、師匠の整えた軽やかなメロディーに、自らの線の太いメロディーを取り入れ、興のあるうちにもずっしりと重みのある音が特徴である。
▼崔慶萬のテピョンソによる、行進曲に使う「ヌンゲ(능게)」を聴く。テピョンソの辺りに撒き散らすような金管の音に思わず寄ってしまう・・・カラッとしてにぎやかで楽しい。
(プロフィールの続き)
・師匠のチ・ヨンヒの指導は、ピリを直接奏するよりメロディーを歌って教える、クウム(口音、구음)という方法を多く使った。最近、崔慶萬は、京畿道や西道地方のメロディーを歌ったアルバムを発表、珍しさから注目が集まった。
▼崔慶萬の歌による、「愁心歌(スシムガ、수심가)、「ヨックム愁心歌(엮음수심가)」を聴く。人生の空しさを嘆く・・・淡々とリズムを打つように歌う。
(参考)ユルイネ音楽教室の楽譜と解説に感謝。
始めに、「ピリ」について次のように語られた。
・先史時代の遺跡から、一定間隔に13個の穴が開けられた鳥骨の一片の化石が発見され(1961年)、笛の一種と推測されている。現在伝えられる「ピリ」とは、大きさ、形、音を出す原理など違うが、韓国では口で吹いて音を出す楽器を総称してピリという。
・ピリは長い歴史を持ち、宮中の厳かな儀式音楽から、一般芸人たちの大道芸の伴奏音楽まで、常に<主旋律>を担当してきた。
▼崔慶萬のピリ他による「歌声(ノレッカラッㇰ、노랫가락)」、「青春歌(チョンチュンガ、청춘가)」を聴く。思いのほかシンプルでのどかな響きがする。
次のように崔慶萬のプロフィールが紹介された。
・1947年 ソウルの君子洞に生まれる。
・1963年 国楽芸術高等学校入学。京畿地域の巫俗音楽家出身のチ・ヨンヒに師事する。ピリと、チャルメラのような響きの管楽器テピョンソ(太平簫、태평소)を学んだ後、ソウル市立国楽管弦楽団員として活動を始める。
・1977年 米国に移住。音楽と別に生計を立てつつ音楽活動を継続して、ファーストアルバム「崔慶萬、ピリ演奏曲集」をリリースする。
・1997年 帰国後、国立国楽院の民俗楽団員として活動を始める。
・現役ピリ奏者中、最も演奏に長けているとの評価がある。演奏は、師匠の整えた軽やかなメロディーに、自らの線の太いメロディーを取り入れ、興のあるうちにもずっしりと重みのある音が特徴である。
▼崔慶萬のテピョンソによる、行進曲に使う「ヌンゲ(능게)」を聴く。テピョンソの辺りに撒き散らすような金管の音に思わず寄ってしまう・・・カラッとしてにぎやかで楽しい。
(プロフィールの続き)
・師匠のチ・ヨンヒの指導は、ピリを直接奏するよりメロディーを歌って教える、クウム(口音、구음)という方法を多く使った。最近、崔慶萬は、京畿道や西道地方のメロディーを歌ったアルバムを発表、珍しさから注目が集まった。
▼崔慶萬の歌による、「愁心歌(スシムガ、수심가)、「ヨックム愁心歌(엮음수심가)」を聴く。人生の空しさを嘆く・・・淡々とリズムを打つように歌う。
(参考)ユルイネ音楽教室の楽譜と解説に感謝。
2012年11月19日月曜日
来年の干支
本屋では年賀状デザインソフトのCD付きムックが平積みされ、郵便局では色刷りの年賀状が売られている。これらは、干支のデザインを用意してくれているので楽ちんである。
でも、自分なりにオリジナリティを持ったものが欲しいなど考えると、干支によって難易度の差が出てくるので大変だ。
「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の干支の内、今年は辰(龍・竜)であり、来年は巳(蛇)である。
今年の年賀状は、ピーター・ポール&マリー(PPM)の歌「パフ(Puff, the magic dragon)」(1961年)から、歌詞に登場する竜の「パフ」をヒントにしたが、来年の年賀状はどうしよう。蛇の洒落たデザインが思いつかないのだ。
「巳」の文字をヘビに変えても、口先に舌を付けたりすると一瞬で冷めてしまう。哺乳類である人間が先天的に記憶する、恐竜や爬虫類の太古の恐怖から逃れることができないのだろう。蛇はどう考えてもヘビでしかなく、残念ながら可笑しくも可愛くもない。
そこで、日本初のカラー長編アニメ映画「白蛇伝」(1958年)のヒロインを考えたりしたが・・・。いいものはないだろうか。
(付記)
読売オンラインの記事「星出さん、カザフに帰還…船外活動日本人で最長」(2012年11月19日12時33分)によれば、まるで宇宙の申し子のようなお名前の星出彰彦(ほしで あきひこ)宇宙飛行士が、ISSから無事帰還したことを次のように報じている。
・【アルカリク近郊(カザフスタン)=大山博之】星出彰彦さん(43)ら日米露の宇宙飛行士3人が19日(日本時間10時56分)、約4か月にわたる国際宇宙ステーション(ISS)での滞在を終え、ロシアのソユーズ宇宙船で、カザフスタン中部にあるアルカリク近郊の雪原に無事帰還した。
・滞在中に行った星出さんの船外活動は計21時間を超え、日本人宇宙飛行士で最長となった。
宇宙飛行士の活動の驚きが当たり前になり、ニュース記事の取り扱いもだんだん地味になってきている。でも、子どもたちにとっては、相変わらずヒーローであり、次の宇宙飛行士の先導者なのだから。
(付記)
昨日の鉱物採集の疲労で、今日足腰は筋肉痛に極み、とりわけふくらはぎのこりようは尋常じゃない。
でも、自分なりにオリジナリティを持ったものが欲しいなど考えると、干支によって難易度の差が出てくるので大変だ。
「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の干支の内、今年は辰(龍・竜)であり、来年は巳(蛇)である。
今年の年賀状は、ピーター・ポール&マリー(PPM)の歌「パフ(Puff, the magic dragon)」(1961年)から、歌詞に登場する竜の「パフ」をヒントにしたが、来年の年賀状はどうしよう。蛇の洒落たデザインが思いつかないのだ。
「巳」の文字をヘビに変えても、口先に舌を付けたりすると一瞬で冷めてしまう。哺乳類である人間が先天的に記憶する、恐竜や爬虫類の太古の恐怖から逃れることができないのだろう。蛇はどう考えてもヘビでしかなく、残念ながら可笑しくも可愛くもない。
そこで、日本初のカラー長編アニメ映画「白蛇伝」(1958年)のヒロインを考えたりしたが・・・。いいものはないだろうか。
(付記)
読売オンラインの記事「星出さん、カザフに帰還…船外活動日本人で最長」(2012年11月19日12時33分)によれば、まるで宇宙の申し子のようなお名前の星出彰彦(ほしで あきひこ)宇宙飛行士が、ISSから無事帰還したことを次のように報じている。
・【アルカリク近郊(カザフスタン)=大山博之】星出彰彦さん(43)ら日米露の宇宙飛行士3人が19日(日本時間10時56分)、約4か月にわたる国際宇宙ステーション(ISS)での滞在を終え、ロシアのソユーズ宇宙船で、カザフスタン中部にあるアルカリク近郊の雪原に無事帰還した。
・滞在中に行った星出さんの船外活動は計21時間を超え、日本人宇宙飛行士で最長となった。
宇宙飛行士の活動の驚きが当たり前になり、ニュース記事の取り扱いもだんだん地味になってきている。でも、子どもたちにとっては、相変わらずヒーローであり、次の宇宙飛行士の先導者なのだから。
(付記)
昨日の鉱物採集の疲労で、今日足腰は筋肉痛に極み、とりわけふくらはぎのこりようは尋常じゃない。
2012年11月18日日曜日
小来川鉱山・久良沢鉱山、初雪も
鉱物の会で栃木県日光市にある小来川(おころがわ)、久良沢(きゅうらさわ)の両鉱山に鉱物採集に行く。前者は銅鉱山でラング石などの二次鉱物を、後者はマンガン鉱山でマンガンパイロスマライトをターゲットにする。
早朝、JR目白駅前に集合して大型バスで出発。雨天決行の話もあったが、現地は快晴に恵まれ、かつ紅葉を愛でるチャンスまであったのは幸いだった。そして、なんと初雪まで経験したのだ。
(小来川鉱山)
最初の訪問地の小来川鉱山は、2006年、2007年にも訪れたことがある。そのときは、ズリを這い上がり、山の尾根まで登った。とはいえ、成果は孔雀石程度で悔しい思いをしている。今回、それを挽回したく参加した。
小学校低学年の子どもを含む会員は、20分ほど沢を伝って、低位置にあるズリ(錆びたトロッコが2台横転のまま放置された場所)まで順調に歩をこなしたが、わたしは、岩場に足をもつれさせながらどん尻を拝した。しかも、帰り道も足腰をふらつかせて最後尾だったのだ。幹事の方にフォローいただき感謝。
果たしてこんなことで・・・と落ち込んだことはいうまでもない。体力の衰えを嫌というほど感じた。今後も続けられるだろうか不安だ。
ラング石に会うことはできなかったが、成果は次の通り。
・黄鉄鉱(等軸晶系)、水晶、方解石(三方晶系)、孔雀石・・・種類を膨らましても、こんな感じ。
(久良沢鉱山)
小来川鉱山の上り下りですっかり自信をなくしたのに、大型のバスのため現地横付けが難しく、登りの道路を小一時間歩くことになった・・・またしても最後尾に。ついに腰にはりを感じ始めた。鉱物仲間のY氏に同道していただき感謝。
何度も道端で休憩をとりながら現地に到着すると、川を挟んで道路反対側にあるズリ斜面に会員が張り付くようにして採集を開始していた。
採集に夢中になっているとき、なにか白いものがそばを舞い落ちた。まるで、焚き火の白い小さな灰かと思えるほどのふんわりしたものだ。今年経験する初雪だったのだ。その分、風も吹き込んできた。防寒ヤッケを更に着込んだのはいうまでもない。
幸い目的の鉱物も手にした、結果は次の通り。
・バラ輝石、柘榴石、磁硫鉄鉱、マンガンパイロスマライト
(採集終了後に幹事さんからいただいたマンガンパイロスマライトの方が良品であったが・・・)
繰り返しになるが、今回体力を大いに消耗した。帰宅して湯につかり十分暖めてみたが、足首、膝、腰の疲労は癒えない・・・本当に疲れてしまった。
早朝、JR目白駅前に集合して大型バスで出発。雨天決行の話もあったが、現地は快晴に恵まれ、かつ紅葉を愛でるチャンスまであったのは幸いだった。そして、なんと初雪まで経験したのだ。
(小来川鉱山)
最初の訪問地の小来川鉱山は、2006年、2007年にも訪れたことがある。そのときは、ズリを這い上がり、山の尾根まで登った。とはいえ、成果は孔雀石程度で悔しい思いをしている。今回、それを挽回したく参加した。
小学校低学年の子どもを含む会員は、20分ほど沢を伝って、低位置にあるズリ(錆びたトロッコが2台横転のまま放置された場所)まで順調に歩をこなしたが、わたしは、岩場に足をもつれさせながらどん尻を拝した。しかも、帰り道も足腰をふらつかせて最後尾だったのだ。幹事の方にフォローいただき感謝。
果たしてこんなことで・・・と落ち込んだことはいうまでもない。体力の衰えを嫌というほど感じた。今後も続けられるだろうか不安だ。
ラング石に会うことはできなかったが、成果は次の通り。
・黄鉄鉱(等軸晶系)、水晶、方解石(三方晶系)、孔雀石・・・種類を膨らましても、こんな感じ。
(久良沢鉱山)
小来川鉱山の上り下りですっかり自信をなくしたのに、大型のバスのため現地横付けが難しく、登りの道路を小一時間歩くことになった・・・またしても最後尾に。ついに腰にはりを感じ始めた。鉱物仲間のY氏に同道していただき感謝。
何度も道端で休憩をとりながら現地に到着すると、川を挟んで道路反対側にあるズリ斜面に会員が張り付くようにして採集を開始していた。
採集に夢中になっているとき、なにか白いものがそばを舞い落ちた。まるで、焚き火の白い小さな灰かと思えるほどのふんわりしたものだ。今年経験する初雪だったのだ。その分、風も吹き込んできた。防寒ヤッケを更に着込んだのはいうまでもない。
幸い目的の鉱物も手にした、結果は次の通り。
・バラ輝石、柘榴石、磁硫鉄鉱、マンガンパイロスマライト
(採集終了後に幹事さんからいただいたマンガンパイロスマライトの方が良品であったが・・・)
繰り返しになるが、今回体力を大いに消耗した。帰宅して湯につかり十分暖めてみたが、足首、膝、腰の疲労は癒えない・・・本当に疲れてしまった。
2012年11月17日土曜日
イ・ソンヒの「クデヨ」 (再)
一日、雨が降りやまず身動きできない。といって、実りあることをするでもなく過ごしている。雨風の音も次第に強くなってきた。
傷心のまま雨降る街をさ迷い、少女は待ちつづけ、問いつづける。イ・ソンヒの歌う、5集所収の「クデヨ(貴方よ、그대여)」(キム・ポムニョン作詞/作曲、1989年)は、熱い情熱を冷めずいて、それながら静謐さえ感じさせる。再び同じ映像・音源であるが視聴してみよう。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「クデヨ」")
(Youtubeに登録のkoreanballdsに感謝)
傷心のまま雨降る街をさ迷い、少女は待ちつづけ、問いつづける。イ・ソンヒの歌う、5集所収の「クデヨ(貴方よ、그대여)」(キム・ポムニョン作詞/作曲、1989年)は、熱い情熱を冷めずいて、それながら静謐さえ感じさせる。再び同じ映像・音源であるが視聴してみよう。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「クデヨ」")
(Youtubeに登録のkoreanballdsに感謝)
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