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2012年12月22日土曜日

やわらかバナナオ・レ

セブン11のドリンク冷蔵庫のガラス戸越に、こちらをちらりと見るものがある、プライベトー・ブランドのペットボトル入り「やわらかバナナオ・レ」(500ml、果汁1%)だ。それはバナナ味巡礼中の幸運な出会いだった。

バナナの香りと甘味がして、あっさりした飲み心地だが、甘さはしばらく残る。なにしろ、だいぶ容量があるので、この冬の寒い時期よりは、もう少し暖かい季節に飲むべきかな思ったりする。
・・・ああ、まだ甘~い余韻が残っている。

でも、ドリンク冷蔵庫に隠れるようにして私を呼んだことは忘れないよ。

バナナ味の巡礼はまだ続く。

(本ブログ関連:"バナナ味")")

2012年12月21日金曜日

冬至2012

このブログを始めて4年目の冬至、過去3年は共に12/22であったが、今年は12/21が当たる。

冬至に、夜時間が最も長く、従って昼時間が最も短い、その逆もしかり。そのため、日の出が最も遅く、日の入りが最も早くなると勘違いしがちだが、国立天文台の「よくある質問」は分かりやすく解説してくれている。「日の出が最も遅い日は冬至の半月ほど後、日の入が最も早い日は冬至の半月ほど前になります。」とのこと。これから黎明はまだ薄暗く、残照は次第に増すことが分かる。
(2010年6月21日"夏至"の項に記載)

ところで、子ども時代に他所で小豆ぜんざいにカボチャを入れたものを冬至の縁起ものとして食べたことがある。この風習はいつ頃からなのだろうか。Wikipediaやインターネット情報によるが、カボチャの伝来は南蛮貿易のようで、冬至に食するようになったのは、江戸期あるいは明治期という。カボチャについては、古来からの風習ではないのだろう。

古い慣わしや入れ物(建築物)に付随した行事に、古式の伝統と勘違いすることがある。クリスマス行事を間違えることはないが、初詣になると怪しくなる。

(本ブログ関連:"冬至")

2012年12月20日木曜日

陶淵明-5

市民講座「陶淵明の描いた世界」は、今日が最終回(第5回目)である。陶淵明の親類・家族への思いや、晩年に際しての心情をうたった詩文について、田部井文雄先生から解説をいただいた。そのうえ、講義後に半時間ほど出席者との質疑応答の時間が設けられた。

陶淵明が五人の子どもの不出来に嘆く「子を責む」(責子)の詩は、むかし教科書で読んだことがあるけれど、子を持って初めて実感できるものだろう。講師が出席者に問えば、苦笑いするばかり。
詩中「阿舒(あじょ)は己(すで)に二八(にはち)なるに」(阿舒己二八)にある、「阿」の意は「~君、~ちゃん、~のやつ」といった呼びかけのようなもので、十六歳の舒君は、舒ちゃんは、舒のやつは・・・といったところだ。そして最後に、<それはそうとして酒を飲んで憂さ晴らしでもしよう>といったニュアンス、謙遜を口実に酒を飲む。

どうやら酒好きの陶淵明は、飲酒を詩のおちにしている。自分の弔いの詩(「挽歌の詩三首」其の一)を書いておきながら、それだけでも変なのに、死して後に悔やむのは「酒を飲むこと足るを得ざりしを」(飲酒不得足)と最後に付け加えるのだから。それって、酒が得意でない人間にとっては、なかなか難しい。

最後の質疑応答の時間で、「漢詩の理解を深めるにはどうすればよいか」という質問に対して、「師について学ぶしかないだろう」との回答があった。実は前々回の講義後に、イ・ソンヒの「分かりたいです」の漢詩<読み下し文>について相談したが、同様の回答を受けた。わたしも、いい師を探すしかないようだ。

(本ブログ関連:"陶淵明")

イ・ソンヒの「My Life」

イ・ソンヒは、子どもに向けたミュージカルをいくつか手がけている。例えば、1990年にはミュージカル「オズの魔法使い」でドロシー役を、その翌年には「ピーター・パン」でピーター・パン役を演じている。さらに、1998年にはミュージカル(子供マダン劇)「御史 パク・ムンス」でパク・ムンス役を担っている。

(本ブログ関連:"ミュージカル")

ところで、イ・ソンヒのアルバム12集(2001年)のタイトル曲である「My Life」は、旋律といい歌詞といい、まるでミュージカルのよう。夢見てきたことはすべて果たされるのだと信じなければならないと、とても前向きなのだ。ステージいっぱいに歌い響く感じすらする。
何だか、ディズニーアニメ「ライオンキング」(1994年)のミュージカル版「ライオンキング」 (1997年)を髣髴させる。



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2012年12月19日水曜日

(資料)第2次韓流および韓国イメージに対する実態調査

朝鮮日報の記事「"韓流、4年以内に終わる"…外国人66%」(12/17)は、韓国の文化体育観光部(省)などによる、世界での韓流ブームについて調査した結果を次のように報じている。(抜粋)

-調査名称:「第2次韓流および韓国イメージに対する実態調査」
-調査機関: 文化体育観光部と韓国文化産業交流財団
-調査時期: 2012年10~11月
-調査対象: 中国・日本・台湾・タイ・米国・ブラジル・フランス・英国・ロシアなど9ヶ国
-調査規模: 3,600人

・世界の人々が「韓国」といえば一番最初に思い出すイメージは、韓国料理・ドラマ・Kポップ・電子製品の順だった。アジアではドラマ・Kポップを、アメリカでは韓国料理・電子製品を、ヨーロッパでは朝鮮戦争・電子製品を挙げた。

・韓流の代表コンテンツでは、「Kポップ」を選択した。ドラマと韓国料理が後に従った。地域別では、アジアでドラマが強い勢いがあった。相対的に映画と伝統文化分野などは、非アジア地域で関心が高かった。韓流の人気要因は、コンテンツの「新しくてユニーク」(56.1%)と、「魅力的な容貌(ルックス)」(52.1%)を挙げた。地域別では、アジアが「魅力的な容貌(ルックス)」を、アメリカとヨーロッパが「新しくてユニーク」を選択した。

・文化部は、「アジアは、容貌が類似の韓流スターが自分たちが羨望する容貌を有していると考える傾向が反映されたもの」としながら、「文化と容貌が相対的に他のアメリカとヨーロッパは、コンテンツ品質評価に比重を置くことになった結果と見える」と分析した。

・反面、韓流の持続成長のために必要な「専門性」と「優秀な品質」の部門に対する回答は依然として下位圏だった。1次調査(2012年2月~:半期ごと調査)よりかえって(次のように)減少した。「専門性」は39.6%→35.3%、「優秀な品質」は47.0% → 42.2%であった。

・ドラマと映画、Kポップなど韓流の代表コンテンツに接した後の波及効果に対しては、「韓国製品購買」、「韓国料理体験」、「韓国訪問」が1~3位を占めた。4位からドラマは「衣類購買」、映画は「伝統文化学習」、Kポップは「韓国語学習」に対する誘引が高かった。

・韓流の持続可能性は、外国人約66%が<4年以内に終わる>と思った。これは、1次調査より6%ポイント上昇した数値だ。特に韓流コンテンツ最大消費国である日本では、「韓流は<すでに終わった>」という応答が、1次調査より26%ポイント上昇して41%となり、韓流の持続可能性に対する赤信号を見せた。

・韓流の持続可能性を低く見る理由では、「画一化されたコンテンツ」と、「行き過ぎた商業性」が1、2位に上がった。ヨーロッパ地域では、「韓国文化に対する共感が困難」が問題点と明らかにされた。

2012年12月18日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 鄭大錫

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/12)に、人物シリーズ58回目として、弦楽器コムンゴ(弦琴、거문고)奏者であり作曲家の鄭大錫(チョン・デソク、정대석)(1950年~)を紹介した。

(本ブログ関連:"コムンゴ")

まず、弦楽器コムンゴの復習から始まった。
・ソンビ(선비、高尚博識な人士)たちが好んだといわれる弦楽器である。
・楽器の胴は、桐と栗の木を張り合わせた、長さ約1m50cmほどの琴に似た構造で、カヤグム(伽耶琴、가야금)に似る。ただし、正楽カヤグムは12本の弦を指で直接奏するのに対し、コムンゴは6本の弦を指とスルテ(술대、細く短い竹ばち)を使って奏する。そのためカヤグムより荒々しい音を出すことができる。
・胴上に取り付けた、16個の木の板のクェ(괘)というフレット(fret)の上に、絹糸をより合わせて作った6弦を張る。演奏時、弦を≪右手≫に持ったスルテで叩いたり、すくったりして音を出すのが特徴。また≪左手≫で弦をクェの上で押したり揺さぶったりしていろいろな表現をする。

▼鄭大錫の作曲、コムンゴ独奏による「無影塔(ムヨンタプ、무영탑)」第4楽章を聴く。夫を思い、妻を思った夫婦の悲劇と岩に託したその石仏師の純愛の伝説か・・・影をなくした塔。ともあれ、とても親和的で、風が通り抜けるようないい感じがする。

・ソンビたちの楽器として、世俗的な曲を奏することが避けられたため、新しく作曲しても、ソンビ風のゆっくりとした落ち着いた音楽にするようにと心がけられてきた。
ここに変革をもたらしたのが鄭大錫で、上記「無影塔」の演奏では、新しい技法を取り入れて、速いテンポで、カヤグムのように指で弦を弾(はじ)いたり、クェをスルテで叩いたり演奏している・・・とのこと。
・・・解説の岸さんの思い入れが伝わってきます。

次のように鄭大錫のプロフィールが紹介された
・1950年12月24日 ソウルに生まれる。
・国家による学費支援のある国楽高等学校でコムンゴを専攻。家庭の事情で大学進学を断念するも独学で作曲を勉強し、その後、壇国大学に進む。卒業後、KBS国楽管弦楽団に在籍し演奏活動をし、現在、ソウル大学校音楽大学国楽科 国楽器楽(琴)担当教授。

▼鄭大錫のコムンゴ独奏による「月暈(タルムリ、달무리)」第3楽章を聴く。周りをにじむようにして輪をつくる月の暈(かさ)の明かりが、滴になって地を照らす様か・・・これも新しい技法を駆使しているのだろう。
・・・楽器を身のそばに置けない音楽学生だったなんて・・・そんな時代を経たという克己の方のようだ。

▼鄭大錫のコムンゴ独奏による「水里斎(スリチェ、수리재)」第3楽章を聴く。漢江の畔、藁葺き家の趣を表現したもの・・・とのこと。流れに揺れて川面がきらめく様か。抑制が効いて涼し気さえ感じる。

(付記)
フュージョン、クロスオーバー、コラボレーション、ワールド何々・・・ではない、伝統を継承された本当の意味の新しい国楽なんでしょうね。とてもいい気分になれたのはどうしてでしょう。

イ・ソンヒのカバー「ラスト・クリスマス」

そういえば、去年のクリスマスプレゼントは・・・。それよりずっと遠い記憶のものは、枕元にあった木製の機関車だった。プレゼントを包むサンタクロースの気持ちを察することができたのは、随分と時間が過ぎてからだったが。

イ・ソンヒのアルバム「冬の日のものがたり(겨울날의 이야기)」(1988年)に収録された、英国の音楽グループ「ワム!(Wham!)」が1984年*リリースした「ラスト・クリスマス(Last Christmas)」のカバーは、イ・ソンヒの声質に合って、天真爛漫さがあふれるようで楽しくなるといった方がいいかもしれない。子どもたちの歌声と共にを聴こう。

(*)1984年は、イ・ソンヒがデビューした年でもある。


(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2012年12月17日月曜日

ブルー・クリスマス

僕らにとってクリスマスは、赤い服のサンタクロースがお決まりで、歌はビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」が定番だった。クリスマスでないときは、エルヴィス・プレスリーの歌に酔いしれた。

プレスリーには、熱いハワイの夜に、青い月に照らされて海風に涼みながら歌う「ブルーハワイ」がある。きっと、昼間の余韻が後押しするのだろう、とても前向きなのだ。だから同名の映画でも、困難をいともあっさり乗り切ってしまう。「夢のハワイ」というわけか。

(本ブログ関連:"ブルーハワイ")

それに比べると、冬の寒さは厳しくすさむ。発散する夏に比べると、うちに内にこもるのだ。

そうだから、景色を一新する雪が白いとは限らないらしい。青い雪も降るようだ。でも、クリスマスはやってくる。プレスリーの「ブルー・クリスマス(Blue Christmas)」には、緑色のクリスマスツリーに赤い飾りする一人ボッチの若者が、ブルーな気持ちに・・・なるのでしょう。いつの日か白い雪も降るだろうよ。

(Youtubeに登録のLaLerouxに感謝)

2012年12月16日日曜日

ハウツー本(続)

昨日、記憶力を上げるハウツーものはないかと思案したが、残念ながらその種の最高のものを聞いた記憶!がない。

ならば、記憶力の衰えともいうべき健忘症を防ぐ方法はないだろうか。本日、中央日報に寄稿の「健忘症には五味子がいい? "東医宝鑑の真実"」(12/16)があって、その出だしにタイトルの通り次のように記している。

・「健忘症がある人は、記憶力増進に効果的な五味子*を食べれば良い」、「肝が弱い人はを食べれば役に立つ」、「睡眠が多い(過眠、寝坊介な)人はナツメの種を生で食べれば良くなる」等々。
・上に列挙された内容は、全部<東医宝鑑>に登場する内容だ。このように私たちの先祖はかなり以前から、食べ物を薬のように使ってきた。薬食同源だとして根本的に薬と食べ物を同じ範疇においてみた。

(*)「オミジャ(五味子)茶」は、Wikipediaによれば「チョウセンゴミシ(朝鮮五味子)の実を煎じたもの。お茶は赤い色でほのかな甘みとさわやかな酸味がある。甘味、酸味、苦味、辛味、塩味の5つの味を感じるというので五味子の名がついた。」とのこと。

物忘れを防ぐために、(読めるわけもないが)東医宝鑑を読むよりも簡便な、オミジャ(五味子)茶を飲むことにしよう。

2012年12月15日土曜日

ハウツー本

身近で悩ましい問題に、率直に応えてくれるのがハウツー本である。私の手元にあるのは、どうしたら部屋が片付き整理できるかというものだ。2冊も買ったよ・・・で、回答は明快だ。
・いらないものは棄てなさい。
・散らばったものはもとに戻しなさい。
・無駄にものを増やさない。

部屋の片付け・整理について、読んで理解して頭に入れても、どれもこれもいまだに実行に移せないでいる。ならば、行動に移すハウツー本を探すしかないのだろうか、あれば探してみたいと思っている。

ところで、記憶力を上げるハウツー本はどうかといえば、本屋の棚に並んでいるが、どれもこれも「記憶術」の類ばかり。普通に記憶力をあげるうまい方法なんてない。要は、一生懸命覚える努力を繰り返し繰り返しするしかない・・・今更、わかっちゃいるけど。

というのも、よその韓国語教室を見学したら、自分の非力さを痛切に感じた次第・・・これも、わかっちゃいるけど。

2012年12月14日金曜日

イ・ソンヒのカバー「ハル(いちにち)」

イ・ソンヒのアルバム「因縁」(2007年)には、思い出に揺れながらも過ぎていく一日一日をしっとりと歌い上げる「ハル(하루)」がある。彼女のステージに耳をそばだてて聴いてみよう。
この歌は、キム・ボムス(김범수)の2枚目のアルバムに収録されているもので、それを「彼女だけの唱法で再解釈されて、より一層暖かく美しく迫る」(maniadb:「因縁」解説より)ものである。何と余韻ある歌い方だろう。

(本ブログ関連:”カバー”)

- 映像は削除されました -
 (Youtubeに登録のiminreportに感謝)

2012年12月13日木曜日

イ・ソンヒの童謡「島の赤んぼう」

イ・ソンヒのアルバム「愛唱童謡(애창동요)」(1993年)には、ひとびとの琴線に触れるだろう美しい童謡「島の赤ん坊(섬집아기)」(作詞ハン・インヒョン、作曲イ・フンリョル、歌詞と楽譜)が収められている。

以前、本ブログに記したが、イ・ソンヒが歌うYoutube版が見つかったので、同じものをもう一度記す。
・母さんが島陰にカキ採りに行けば、赤ちゃんはひとりでお留守番だけど、海が歌ってくれる子守唄に、とろろり寝付きます。
・静かで、のどかな島の景色が浮かんでくる。海という母性的なものに育まれて、波音をゆりかごにした、島育ちのひとびとの懐かしい心象風景なのだろう。・・・この曲を聴くと、赤ちゃんの気持ちが、やっぱりひしひしと伝わってくるよ。

(本ブログ関連:"島の赤ん坊")


(Youtubeに登録の성배 길に感謝)

2012年12月12日水曜日

大衆は"100%本物の音楽"を望む

ヘラルド経済の記事「大衆は"100%本物の音楽"を望む」(12/10、ソ・ビョンギ選任記者)は、今年の大衆音楽の動向を次のように論評している。抜粋。

・「パフォーマンス、歌、容貌(ルックス)が合わさったコンテンツ」による「韓国アイドルの音楽を(国内だけでなく海外でも)たくさん聞いてみると、疲れのようなものが生じた。」

・「まず国内でアイドルグループの活動が大いに弱まった。それで、グループ全体よりもユニット活動を強化する。」・・・「ソロ歌手が善戦しているのも、音楽消費トレンドの変化を暗示する一つの現象だ。」
・「(大衆の)音楽オーディションを見る視線と歌手を見る視線も変わっていっている。ますますミュージシャン、アーティストのユニーク(unique)ながらも自然な魅力を好む。」

・・・で、今後どうあるべきかと「アイドルとアーティストの共生構造」が述べられる。

・「アイドル歌手のパワーは過小評価されることができない。アイドル歌手は韓国大衆音楽のコアコンピタンスの一つだ。」と、経済紙ならではの視点で語られる。

・「アーティストとして成長する可能性が高い歌手」のために、「歌手がしたいことをできる環境を提供しなければならない。」・・・「大衆はますます唯一無二にして率直で、100%本物の音楽を望む。そのためには、歌手が自由に生活するように解放しなければならない。」と、これこそ本旨が示される。

(付記)
アイドルグループの中心線を走ってきた少女時代がデビューして、今年で5年目である。芸能事務所YGエンターテインメントのヤン・ヒョンソク代表が、韓国日刊スポーツの取材に対して、歌謡界の「5年周期論」である「歌謡界ではパターンが繰り返される。5年周期で市場の流れが変わる」と述べたように、いよいよ周期の変換点に突入したようだ。

(本ブログ関連:"韓国アイドルグループ歌手の今後の動向"、"オーディション"、昨年(2011)のトップ5の歌手(グループ):2011.12.26 Gallup Korea発表"、"韓国ギャラップ調査")

2012年12月11日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 姜垠一

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/5)に、人物シリーズ57回目として、ヘグム(奚*琴:けいきん、해금)のフュージョン奏者である姜垠一(カン・ウニル、강은일)(1967年~)を紹介した。

(*)Wikipediaによれば、「中国東北部のシラムレン川の谷に住んでいたモンゴルまたは契丹に近い民族である奚(けい)によって作り出されたとされる。」(Ko-Wikipediaも同様)

(本ブログ関連:"ヘグム")

まず、ヘグムの復習から始まった。
・ヘグムは、バイオリンやチェロといった、弓(または棒など)で弦を擦って音を出す擦弦楽器の一つで、もともと中国北方の遊牧民の楽器といわれる。楽器「二胡」とよく似た形状で、馬にまたがって演奏できるよう小さく、奏法も比較的単純である。左手で弦の持つ位置や引っ張る力を調整して、音程を自由に変え、様々な音楽を演奏する。その利点から最近は、フュージョン国楽にもよく使われる。

▼姜垠一のヘグムによる「未来の記憶」の中から「サーカス(서커스)」を聴く。これもフュージョンか。キーワードに「ワールドミュージック」があるそうだが・・・。

次のように姜垠一のプロフィールが紹介された。・・・ちなみにイ・ソンヒ(1964年生まれ)と同世代である。
・1967年 ソウルに生まれる。
・国立国楽高等学校で本格的にヘグムを学ぶ。4年全額奨学生として漢陽大学に入学してヘグムを専攻。同卒業後。KBS国楽管弦楽団に参加するも、京畿道立国楽団の新設に合せ移籍して主席団員として活躍。間もなくしてソロ演奏家の道に進む。

(参考)ブログ「ヘグム勉強部屋(해금 공부방)」

▼姜垠一のヘグムによる「リベルタンゴ&白鶴(Libertango&백학)」を聴く。テレビCMで聞いたYo-YoMaの演奏を思い出す。

・最近、高校時代の同級生(コムンゴ奏者:ホ・ユンジョン、打楽器と鉄弦琴(チョルヒョングム、철현금)奏者:ユ・ギョンファ)と共に、現代音楽トリオ「サンサン」を結成し演奏活動を続けている。

▼姜垠一のヘグムによる「ヘイヤ(헤이야)」を聴く。これはこれでジャンルだと思うよ。

2012年12月10日月曜日

イソンヒについてフリートーク(別)

イ・ソンヒのファンの特徴は息の長さだろう。彼女が登場した1984年以来、当時熱烈なファンだった少女が母親となり、その子どもたちと共に引き継がれているからだ。ファンと合わせ鏡に存在する彼女は、時代に応じて変貌し、新しい言葉で語られるに値する。

(本ブログ関連:"資料:이선희 Reviewal (仕掛かり中)")

イ・ソンヒについて、以前、NBA Mania>スポーツ関連外>フリートーク(「イソンヒについてフリートーク」)に、ファンたちが語っているのを記したが、Daum知識にも「イ・ウンミ vs イ・ソンヒ(이은미vs이선희)」(2009年4月~)の形で、ファンたちの気持が記され、わずかだが現在も追記されている。
イ・ソンヒについて、どう思っているのか・・・それだけに着目して、読ませていただくのがよいだろう。歌によって時代を共有し、耳を傾けたのならば、尊敬こそあれ両歌手の比較はあまり意味の無いことと思うからです。

(参考)Google翻訳ツールで上記「Daum知識」読む → 「イ・ウンミ vs イ・ソンヒ」

(付記)
あまりの寒気に、小金井公園にある「江戸東京たてもの園」東端南側の、公園と境いになっている小池に薄氷が張っていた。池の中央にぽつぽつと置かれた小島に、以前なら亀が日向ぼっこしていたが、もう冬支度して水面下に潜ったままなのだろうか、動くものが見当たらない。
人影がまばらな公園で、体を温めようと入った園内の売店食堂で「力うどん」を食っていたら、次々と客が入ってきた。みな寒さのせいで、熱いものを同様に求めたのだろう。

2012年12月9日日曜日

(資料)397世代

朝鮮日報の記事「20代には"IMF"、30代にはバブル崩壊... "アングリー397"最大反与(党)世代に」(11/5、ナ・ジホン、パク・ユヨン記者)は、386世代にならって<397世代>を定義して記している。同世代の政治的立場の分析が主旨だが、時代風潮の部分について次に抜粋する。
ちなみに386世代は、現在の40歳代にあたる。

・【397世代とは】現在30歳代で、'90年代に大学入学した'70年代生まれ。810万人ほどで、40代(850万人)の次に人口比重が高い。ソ・テジ、H.O.T.で始めたアイドル文化の最初の消費世代であり、経済的には流通市場最大の消費層*として浮上している。
・386世代による"学生運動が活発だった1970~1980年代とは異なり、1990年代の学年番号を持つ学生は大韓民国歴史上最も勉強を熱心にした大学生"(ソウル大、キム・オンジュン教授)

・20代の時IMF(国際通貨基金、1997年)危機、30代に入ってからの不動産バブル崩壊を経験・・・成人になって韓国経済高度成長の恩恵を享受できなかった初めての世代。
・"親の助けなしに自分の収入だけで、ソウルのマンションを買うのがほぼ不可能になった・・・自力じゃ中産階級入りを期待できない最初の世代"(LG経済研究院、パク・チョンヒョン研究員)

(*) 流通市場最大の消費層397世代について。
同じ朝鮮日報は、「消費の主力に浮上した『397世代』」(6/24)の記事でポジティブな側面を強調している。経済状況によっては、上記のような別の面も見えることになる。

(本ブログ関連:"(資料)486世代"、"(資料)40代の変化"、"(資料)40代の変化-2"、"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景")

2012年12月8日土曜日

タモリの「三浦半島断層群を行く」チミンモラスイ!

毎週金曜の深夜、テレビ朝日の番組「タモリ倶楽部」は、タモリ好みのマニアックなテーマで構成されていて、鉄道マニアと競ったり、目立たないがユニークな町工場を訪ねたりして興味をそそらせる。タモリにはこの番組以外にも、東京の街なかのふとした光景から地形を読み解く、NHKの番組「ブラタモリ」がある。彼の表の仕事とは別かもしれないが、おじさんうけする。

「タモリ倶楽部」は、先週・今週の2回に分けて、「グレートネイチャーシリーズ 三浦半島断層群を行く!!」(前編・後編)を放送した。FC2に掲載されているので見てみたい。(登録のdiver7に感謝)

▼ 次の動画は削除された。⇒ したがって、下記紹介先を参照ください。
(前編:11/30)  http://video.fc2.com/content/20121201CrzP0Pwd
(後編:12/07)  http://video.fc2.com/content/20121208nr2br3SP

三浦半島は、付加体により生成され、複数の<北西>に切れる断層を見ることができる。

ところで、その隣の伊豆半島は、 成因は別だが複数の噴火列(噴火割れ目)が<北西>に並んでいる。むかし、東伊豆単成火山群の観察と称して、単成火山の美しい大室山や城ヶ崎海岸にある(大室山由来の曲線をもって輝く黒色ガラス質の)溶岩流跡を鑑賞したことがある。鉱物採集では、下田の寝姿山鉱山や高根山鉱山に行った・・・代表鉱物を何~にも採れなかったけれど。

それはそうとして、手前の三浦半島にも行って見たいものだ。


▼ ブログ「チミンモラスイ!」に放送概要が写真形式で紹介されている。(感謝)
・前編
・後編

2012年12月7日金曜日

ふたたび地震に揺れる

気象庁:地震情報(各地の震度に関する情報)
帰宅してテレビをつけ、のんびりPCを起動しようとしたとき、いつもならネット上の"Signal Now Express"で聞く地震報知音がテレビから流れた。

ズズズッと小刻みに揺れが始まり、やがて家が軋みだした・・・このままいけば、昨年の3.11と同じになるのではと不安がよぎる。慌ててストーブの火を消した。
幸い、1分少しの揺れでおさまったが、震源地域の海岸では津波警報(宮城)、および注意報(茨城~青森)が発令された。

気象庁の地震情報(17時29分)は次のように伝えている。
・震源地は、三陸沖(北緯37.8度、東経144.2度、牡鹿半島の東240km付近)で震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は7.3と推定されます。

最大震度5弱とのことだが、西日本の佐賀県でも震度1が確認されている。今回も日本全体を覆う地震である。当地は震度3を測定されたようだが、その最中、不安が加わるのだからたまらない。

イ・ソンヒの「母をたずねて三万里」

距離単位の「里」について、Wikipediaによれば、日韓同名称ながら次のように違いを説明している。すなわち、「里(り)は・・・現在の中国では500m、日本では約3.9km、朝鮮では約400mに相当する。」とある。歩いた時間(日本)や歩数(韓国)、あるいは一定面積の辺の長さ(中国)が根拠になったようだ。
日本の里(約4Km=3927.272 727m)を基準にすると、中国のそれは約1/8であり、韓国のそれは約1/10(360歩、393m)である。

イ・ソンヒのアルバム「愛唱童謡(애창동요)」(1993年)に収められたアニメソング「母をたずねて三万里(엄마찾아 삼만리)」*の<三万里>は、30,000/10=3,000ということで、日本の「母をたずねて三千里」(1976年、放送:フジテレビ、制作:日本アニメーションほか)に当たる。
(*)「韓国のアニメーション史に関する一考察」(金先喜:キム・ソンヒ)によれば、「母をたずねて三万里」(1981年:監督:ジョン・スヨン、制作会社:ソンウプロダクション)の一行がある。

日本版(大杉久美子)と比べつつ、イ・ソンヒが童謡アルバムの中で、憂いを感じさせながらも軽快なテンポで歌う、優しく澄んだ声を聴いてみよう。母と会える喜びを、会いたいという情緒を歌っているのだろう。子どもたちにとって、どちらもたいせつなことである。



(Youtubeに登録の2002Jyan、KnightmareSMに感謝)

2012年12月6日木曜日

陶淵明-4

市民講座「陶淵明の描いた世界」の第4回目に出席する。(今回を含めて)残すところ後2回、いよいよ最終にさしかかった。今回は幻想好きにとって楽しみな<桃源郷>について、陶淵明が記した散文を解説いただいた。

「桃花源の記」は、武陵の川漁師が渓谷を水源まで遡ったところ、山中に洞窟を見つけて、くぐりに抜けた先に桃源郷と出会う話だ。そこには、見たこともない人々が穏やかに暮らしていた。秦時の乱を避けて以来、漁師の時代(太元年間)までざっと見積もって、600年以上前からこの地に住み続けられたことになるのだろう。彼らから、もてなしを受けた後、去り際に他言無用と次のように口止めされる。

・不(レ)足(下)為(2)外人(1)道(上)也   外人(がいじん)の為に道(い)うに足らざるなり
(訳) 外部の世間の人に話すほどのことではありません。

それでも漁師は、行政長の太守に喋っちゃうんだな。でも、いくら探しても、桃源郷は結局見つからなかった。この記は、後の時代の<物語>に通じるそうだ。

ところで「桃花源の記」は、山の岩間から雲が生まれるような仙境を語っているわけでも、碧眼の美女との遭遇を喜んでいるわけでもない。鶏が鳴き、犬が吠える、のんびりした素朴な光景が浮かんでくる。もしかすると。桃源郷はもっと身近にあって気付かないだけなのかもしれない。

ところで、現在の中国の若者たちが、自然のもとへ行こうと言うとき、この記に語られた武陵の地名を使って、「武陵に行こう」と言うと解説があった。

今回の講義は、「桃花源の記」の前に、九尾の狐伝説などの原典といわれる「山海経」を題にした、「山海経を読む十三首 其の一」の解説があり、終わりには、陶淵明の洒落た自叙伝ともいうべき詩についても聞かせていただいた。

次回(最終回)のために、漢字教育の資料が配られた。宿題である。