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2018年2月10日土曜日

(雑談)硫黄

昔のこと、電線柱工事の後の地面に破損した「碍子(がいし)」が散らばっていて、中身を見ると黄色の塊りがあった。子ども心に、それが硫黄ということは直ぐに理解できた。絶縁体として用いられていたのだ。新鮮な硫黄がむき出しになっていて、その光沢にすっかり魅了された。直接関係するかどうか、私は黄色が好きだ。

硫黄といえば、鉱物趣味で、硫黄と名の付くところに行ってみたいと考え、その第一に選んだのが北海道の知床にある「知床硫黄山」だった。ちょうど < 千歳-女満別線のYS-11ラストフライトの前日だったこともあり搭乗(まさに便乗)して、知床硫黄山に硫黄を採りに行くことができた >。

同山は、明治期に海岸線まで大量の硫黄を噴出したという。それは過去のこと、面影だけでも見られればと妄想して出かけた。真夏の時期をはずしたため、山麓までタクシーを借りて至り、ヒグマとの遭遇を恐れ、ハンマーで空き缶を打ち鳴らしながら登った。
岩だらけの頂上に至る前の場所で硫黄を採集した。思ったほど残ってはいなかったが、小片をけっこう手に入れた。鉱物趣味のベテランからみれば、本流じゃないかもしれないが満足できる採集だった。

あれれ、話が長くなる。(箱根の大涌谷で、柵を乗り越えて硫黄を採取したことも・・・)

ところで、九州南部の巨大カルデラ爆発を予測試行した小説「死都日本」(石黒耀)は、科学者参加のシンポジウムを開催するまで関心を呼んだ。頭の中に硫黄が再び浮かんだ。

鹿児島沖に「薩摩硫黄島」がある。「鬼界カルデラ」の一部をなすもので、海底に巨大なカルデラが存在する。北の知床硫黄山に行ったのだから、今度は南だと単純な発想からだった。

ネット情報をもとに色々な装備を想像したが、硫黄岳はずっと手前から眺めるしかできない・・・当り前のことなのだが。火山に行きたい、硫黄を見たい・・・思いだけを残したまま。

(本ブログ関連:”噴火”)

その「鬼界カルデラ」について、毎日新聞の記事「溶岩ドーム 世界最大級、鬼界カルデラで神戸大確認 直径10キロ マグマだまり成長か」(2/10)が最新情報を紹介している。
⇒ 神戸大学プレスリリース「鬼界海底カルデラ内に巨大溶岩ドームの存在を確認」(2/9)
⇒ オンライン英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載。(2/9 公開)
⇒ ニフティニュース「滝沢秀明、英科学誌論文に名を連ねる 海底火山研究チームの一員に」(2/10)
    滝沢秀明さんは、NHKのBSプレミア「火山探検紀行 巨大カルデラの謎に迫る」に参加とのこと。

2018年2月9日金曜日

イ・ソンヒの「Jへ」が歌われる

聯合ニュースの記事「[平昌五輪]北朝鮮芸術団 15年半ぶり韓国公演=歌謡曲など披露」(2/8)は、8日夜、北朝鮮の「三池淵管弦楽団」が、五輪競技場がある韓国北東部・江陵の江陵アートセンターで公演したと報じている。

(参考) Youtubeに公演映像がある:聯合ニュースTV登録

その公演で、イ・ソンヒのデビュー曲である「Jへ」(1984年)の他に、シム・スボンの「男は船、女は港」(1984年)、チェ・ジンヒの「愛の迷路」(1984年)など、’80年代韓国の大衆歌謡が歌われたようだ。(3曲とも1984年の曲 / Youtube登録者に感謝)

JTBCのニュース(2/9)で、「イ・ソンヒさんは、2002年と2003年に平壌公演のとき、「Jへ」、「美しい江山」など熱唱して、北朝鮮の観客の呼応を導きだしたことがある。」と紹介された。

ところで、イ・ソンヒは、1991年に初の地方市議会選挙で、保守系候補としてソウル市議会議員に当選。その後、大きく舵をきって金大中を支持するなど振れた。2015年の「光復70年」記念イベントでは、朴槿恵をはさんで両側にキム・ヨナと共にステージに立ったりした。

(追記)
2/13のスターニュースの記事「イ・ソンヒ『北芸術団の「J」に感謝。平昌オリンピック ファイティング』」に、イ・ソンヒの次のような感謝対応が報じられた。(抜粋)
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・イ・ソンヒは、13日のスターニュースに「今回の北朝鮮芸術団の公演で、『Jへ』を聞くことができてうれしかった」と、「私の歌がそのような席で歌われてうれしく良かった」と語った。
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⇒ イ・ソンヒの反応に照らして、例えば、シム・スボンはどう反応したか、しなかったかに関心がもたれるだろう。

イディッシュの阿呆酒場 7+7=11

イディッシュ語のテキストに、毎度馴染みの「ヘルム(כעלעם)」の村(町)らしき舞台があって、そこでありそうな阿呆酒場の話がある。7+7=11 となる、例によってイディッシュらしい、視点を混乱させるひねくりジョークだ。

(本ブログ関連:”ヘルム”)

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・男が酒場で飲食して、「お勘定!」と頼んだ。
・女将(おかみ)がいうには、「肉ジャガが7グロシュ、パンも7グロシュ、合わせて11グロシュ」
・横の客(פֿרעמדער)が「そりゃ違う」、「7と7で14だろ」といった。
・女将がいうには、「いいや、これでいい。知ってるでしょ。わたしゃ、前の旦那との間に4人子どもがいる。今の旦那は4人の連れ子がいて、私との間で3人産んだ。だから、わたしゃ7人の子を産んだし、今の旦那にも7人の子がいる。けれど、わが家にゃ子が、11人いて、14人じゃない。」
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何が間違いかって?
本当は、前の旦那との間に4人、今の旦那との間に連れ子を含めて7人、合わせて11人でしかない。ところが、今の旦那との間にできた3人の子どもを、女将と今の旦那の両方の視点で見て、二重に計上していることになる。ユダヤ人はこんなだまし絵のようなジョークが好きなんだろうか。

(追記)
女将の計算を「違う」といった客は、生真面目にそういったに違いない・・・けれど、客=פֿרעמדער(foreigner)が、この酒場を知らぬ一見のよそ者だったとしたら、ちょっと面白いことになる。地元客は、女将の勘違いを以前から知っていて、知らぬ顔を決めていたのかもしれないからだ。女将、よそ者、そして地元客との関係が見えてくる。
そういえば、どこかで聞いたような勘定違い・・・落語の「時そば」を思い出す。

2018年2月8日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-16th

イディッシュ語ひいきだけで、昨年10月以来やっとたどり着いた「秋期イディッシュ語 2017」も、今日で最後から2番目になった。今、冬なのに「秋期」とは・・・年度を二分して行なうため、後半開始のコースを「秋期」と呼ぶので・・・。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

授業で使用のテキスト「Colloquial YIDDISH」(Lily Kahn)に登場するキャラクターがおもしろくて、ダイアログ(会話練習)はひねりが効いていて、ざっくばらんな人間関係が描かれている。(これが果たしてユダヤ人らしいというか、あるいは著者のセンスなのか・・・)

授業では、次について解説された。
① 主格(Nominative:~は)と対格(Accusative:~を[直接目的])の違いにより、定冠詞と形容詞(接尾辞)は、名詞の性に基づいて変化することを説明・練習された。
(語順はイディッシュ語に即して右から左へ)
・主格: (名詞ברודער)+(形容詞קלוגער)+(定冠詞דער) ⇒ 賢い兄(弟)は   
・対格: (名詞ברודער)+(形容詞  קלוגן)+(定冠詞דעם) ⇒ 賢い兄(弟)を 
② 「安息日(Shabaath:שבת)」について紹介された。何度聞いても未知の領域。(リンク先の日本語の解説とヘブライ語の写真が参考になる)

(素晴らしい話)
クラスメイトが、先生の助言により、イスラエル政府の招待を受けてイスラエルへ研修に行くそうだ。若くて能力ある人に、好機は待ち受けている。

2018年2月7日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 並唱

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/31)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「並唱(병창)」にまつわる話を紹介した。(ネットで未聴のため韓国語版を参照しました)

始めに、伽耶琴(カヤグム)の弾き語りによる並唱「燕路程記(제비노정기)」について次のように紹介された。
・楽器の伴奏で歌う「並唱」がある。 伽椰琴(가야금)並唱は、以前、パンソリ唱者が、喉が傷つきこれ以上声を出しにくい時、次善に選択するジャンルとされた。パンソリ「興甫歌(흥보가)」中の「燕路程記」は、(弟の)興甫が手当てした燕が江南との往来旅程を盛り込んだ歌だ。

▼ 「燕路程記」: 伽耶琴との並唱

次に、玄琴(コムンゴ)演奏による「鳥打令(새타령)」について次のように紹介された。
・玄琴(거문고)は「百楽之丈(백악지장)」、「ソンビが修養のため演奏した楽器」と見なされたため、民俗楽器の演奏をタブー視したが、朝鮮末期に玄琴散調が作られて以来、さまざまな音楽を演奏している。パンソリ「赤壁歌(적벽가 )」中の「鳥打令」は、<赤壁の戦い>で大敗した曹操が兵士たちと共に逃げて、森の中から聞こえてくる鳥の声を聞き、戦闘で死んだ兵士たちを悼む心を込めた内容だ。

▼ 「赤壁歌」中の「鳥打令」: 玄琴との並唱

最後に、最近の創作の伽椰琴並唱について次のように紹介された。
・伽椰琴は、朝鮮時代までは正楽を演奏する正楽伽椰琴を使用し、朝鮮末期に達しては、もう少し速く変化の多い音楽を演奏できるように、幅の狭い散調伽椰琴が作られた。以後、多様な改良伽椰琴が作られたが、最近の創作音楽に主に使用するものは25弦の伽椰琴だ。

▼ 「冬(겨울)」:(25弦の伽椰琴を演奏して歌えるように作られた音楽)

2018年2月6日火曜日

よくやってるよ

暖房の目盛りを上げると眠くなる。一瞬のつもりだったが、ふと我に返ってPCを見れば、いつのまにかYoutubeに見知らぬ映像があった。ここにたどり着くまでの記憶がない。

タイトルが長いが「観覧していた男子高校生が舞台に上がって即興でベース(BASS)を演奏したら...[日本語字幕]」というものだ。ソウルの街角の路上ライブのよう。バンド名は、ヒーリング流浪団「분리수거(分別 [収集])」(BLSG)という、ひねりを効かせたようなネーミング。(Youtubeで、いきなり出合ったわけで、バンドについて詳細はこれから・・・)

その即興バンドに、15歳のベース弾きの少年が加わって、歌と演奏が始まる。少年の演奏に対してボーカルは、「よくやってるよ(잘하고 있어)」と誉めると同時に、冬の路上でバンドを囲む観客・若者たちとの<応援>の共有といった風でもある。一方的なメッセージでない、観客も自然に加わる・・・いってみれば、都市生活者の合いの手といった掛け合いとなる。

冬の学生街、そこだけ暖まる気がする、<即興>のういういしいイメージがする。まさにライブ。


(Youtubeに登録の路上ライブTV (Daily Busking)に感謝)

2018年2月5日月曜日

(中古LP)会賢地下商店街

市民参加型新聞といわれる韓国のオーマイニュースの記事「[イシュー] 昔の友に会ったように嬉しいLP」(1/29)に、中古LPレコードの宝庫ともいうべきソウルの”会賢地下商店街(회현 지하상가)”について以下のように紹介している。

なお、同地下街には、イ・ソンヒのLPレコードの発掘に3回ほど出かけたことがある。2回ほどで大方収集できた・・・というか、彼女のLPが容易に入手できたことに驚いた。LPレコード中心であるため、中古CDの品揃えは少ない。(CDはネット頼みかもしれない)

(本ブログ関連:”会賢(フェヒョン)地下商店街”)

本記事には、中古LPの話題以外に、1970年代に行なわれた「禁止曲」について若干触れられており、若者に浸透を始めたロックやフォークに及んだことが分かる。独裁国に見られる締め付けだが、「退廃芸術」や「社会主義リアリズム」ほど大々的には至らなかったようだ。
⇒ (参考)「1970 年代以降の韓国禁止歌と韓国社会」(金珉廷)
                 禁止理由分類に年度に偏りあるものとコンスタントのものとがある。

(本ブログ関連:”禁止曲”)

イ・ソンヒは、1984年にデビューしており、その後の世代にあたるが、禁止曲に該当したシン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현)作詞・作曲の「美しい江山(아름다운 강산)」(1972年)を、カバーというか国民歌謡にまで再生している。

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・真昼でも息が暖かく感じる氷点下の天気のため、屋内や地下路だけ通うことになる。ソウルの明洞と南大門市場をつなぐ「会賢地下商店街」には(中古)LP店が多い。イ・ソンヒ、ヤン・ヒウン、山びこ、新村(シンチョン)ブルースなどの歌が、ターンテーブルから聞こえてくる。

・LP(ジャケット)にある写真を見ると、古くからの友に会ったようでうれしい。当時の歌の言葉は、歌詞が美しくて詩的なのでいい。歌を吟味することができる。(また)1970年代には、多くのLPが禁止曲だった。

・LP店のおやじさんが教えてくれた、一番記憶に残る禁止曲は、キム・セファンが歌った「道端に座って(길가에 앉아서)」(1973年)だ。
その理由は「勤労意欲低下」だったと。
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(参考)Youtube登録「道端に座って」(歌詞も記載: 登録者に感謝)

以前の「テレビレポート」の記事「ユン・ヒョンジュ ”道端に座って” 禁止曲、なぜやることなく眺めているのか」(2012年9月22日)だが、「道端に座って」が禁止になった訳を作者の口を通じて次のように紹介している。
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・(「道端に座って」の曲について)MCのシン・ドンヨプは「このようにさわやかな歌が(どうして)禁止曲だったんですか?」と聞き、これに対して(同曲を作詞・作曲した)ユン・ヒョンジュは、「やることなく、通り過ぎる人をどうして眺めているのかと禁止曲になった」と言って、大きな笑いをとった。
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何でこの曲が・・・。(当時、禁止対象となった曲の関係者に、大麻が仕込まれて事件化したようだ・・・真偽はどうだったのか?)

2018年2月4日日曜日

立春 2018

昨日は<豆まき>の「節分」。そして、今日は「立春」。いずれも「二十四節気」に従う。旧暦(太陰暦)時代の暦ながら、四季に合わせた太陽暦なので、二十四節気を「太陰太陽暦」と呼ぶそうだ。

ブログでは、何かにつけて二十四節気を話題にしている。古い暦にもかかわらず、太陽の運動に沿っているため、生活実感に合うのがいい。春は始まったのだろうか?

(本ブログ関連:”立春”)

気象庁の「時に関する用語」は、季節区分を次のように月間で設定している。
   春:3月から5月までの期間。
   夏:6月から8月までの期間。
   秋:9月から11月までの期間。
   冬:12月から2月までの期間。  ← まだ冬!

今日は、(陽射しだけ見れば)ちょっとした緩みがあるが、外に出れば相当寒い。天気予報によれば、来週からまた冷え込むという。やっぱり、体感はまだ冬である。

2018年2月3日土曜日

節分 2018

季節の変わり目の前日を「節分」という。春になる「立春」(1/4)前日の今日が節分にあたる。慌ただしい日常、気付かないかもしれないが、スーパー店頭に、鬼の仮面を付した<煎り豆>パックが積まれてる。

(本ブログ関連:”節分”)

節分の思い出は「豆撒き」だ。夕方、縁側のガラス戸を開け放ち、庭に降りて明るい室内に向かって「福は内~」、逆に縁側に立ち暗い庭先に向かって「鬼は外~」と叫びながら煎った豆を撒く。途中、目を盗んでは豆を頬張る。家族で行なう、親から子に伝わる、楽しい風習だ。
(「恵方巻き」いまだ馴染めず・・・本当に関西で確立・普及した風習なのだろうか?)

今日は病院をはしごして、いろいろ安心のお墨付きをもらった。ほっとしたのか、帰宅して、テレビをつけたまま転寝してしまう。散々気をつけたインフルエンザが忍び寄りそう。くわばら、くわばら。

ちなみに、インフルエンザ予防のため、外出時には①マスク着用、②あちこち商品や電車の吊り輪などを触らないこと、そして、帰宅時には、①手洗い、②顔まで(目から感染の可能性があるので)洗うことが大事と指導いただいた。当分の間、気をつけた方がよさそう。
(インフルエンザ患者が、洟(はな)をかんだ後、手にウィルスが残っていて、その手で色々なものを触る場合がある・・・ウィルスが町中にウヨウヨしていると考えたほうがよさそう)

(本ブログ関連:”インフルエンザ”)

2018年2月2日金曜日

イ・ソンヒのルックス

子どものころ、両親が女優の山本富士子について、いつまでも綺麗だねと話題にしていた記憶がある。いまの私ら世代にいえば、吉永小百合にあてはまるか。

若さの象徴は、銀幕に輝いた俳優やブラウン管の中で活躍した歌手を通して形作られたものかもしれない。だから、ファンはスターとともに世代を共有する。吉永小百合が永遠の<マドンナ>なら、スクリーンの中でいつも彼女のそばにいた浜田光夫は永遠の<ライバル>となる。

イ・ソンヒも、いつまでも美貌を保つといわれて久しい。韓国の新聞記事に、少し前の芸能ネタを繰り返すくせがあるようで、よく知られた話がまたとりあげられている。ただタイトルが刺激的で、国際ニュース(gukjenews)の記事「イ・ソンヒ、時間が止まったよう・・・ ヴァンパイア・ルックス(外貌)『驚くべき』」(1/31、オ・ナウン記者)は次のように紹介している。(抜粋)
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・イ・ソンヒは、15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」(2014年)の発売記念の記者懇談会に参加した当時、童顔の容貌の秘訣について「皮膚管理のマッサージ店で他の人々が受ける程度の管理を受けている・・・」と説明した。
・イ・ソンヒは、去る2011年MBCの「遊びにおいでよ」に出演して、MCのキム・ウォンヒから「中学校の時、イ・ソンヒさんの歌を聞いたけれど、(当時と)なんと寸分違わぬままだろう、私よりもっと若く見える」と、童顔の容貌の秘訣を尋ねる質問を受けたことがある。
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といった具合である。ちなみに、「童顔」は、若々しさを象徴する。そして、彼女は、清雅さをしばしば形容される。

若さを羨望されるのはありがたい。イ・ソンヒは、若さをつなぐ健康食品のコマーシャルに出たこともある。ところが、その企業が食品成分に問題を起して、しばらく騒がせたりした。

(本ブログ関連:”健康食品”、”健康飲料”)

イ・ソンヒは、若いころに美が完成してしまうタイプというより、日本でいえば、ジャンルが異なるが(どちらかといえば)歌手「aiko」に通じる趣があるのかもしれない。

2018年2月1日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-15th

またしても降雪の予報が出ている。今晩遅くから雪になるというのだ。そのつもりでイディッシュ語教室に通ったところ、地下鉄の改札口を行き交う人々が傘を持っているではないか。昼過ぎから、すでに小雨が始まった。

結局、帰り道も小雨が止まず、このまま遅く雪に変わるのだろう。ところで、南北の道から、先日の雪はすっかり溶けているが、東西の道の一部には、まだ凍りついて残っており、この上に雪が積もったりしたら、滑りやすく心配だ。

心配ごともあるが、まず教室で学んだことをしっかり<定着>せよと声が聞こえる。

(本ブログ関連:”2017年度秋期「イディッシュ語」”)

今回、全員が揃って授業となり、一部前回と重複する形で行なわれた。
・親族名称: テキスト主人公の家族構成の絵解き。(クラスメイトのアーチストのイラストの素晴らしいこと!)
・所有代名詞: 単数、複数名詞に沿って覚える。
・数詞: ① 上記家族の年齢のQA、② 足し算のQA。

(付記)
歳をとると・・・
・(個人ごとテキストを所有しているが)テキストの拡大コピーをいただくことがある。字が大きくて見やすい!
・授業のために予習をするが、余り以前にやってしまうと忘れてしまう。

2018年1月31日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」女性歌曲

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、女性歌曲(가곡)にまつわる話を紹介した。(ネットで未聴のため韓国語版を参照しました)

始めに、「歌曲(가곡)」を中心に、「時調(시조)」との違いと合わせて次のように紹介された。
・「歌曲」は、定型詩「時調詩」を管弦伴奏に歌う。時調詩を歌詞として使う点で「時調」と似るが、
ー 「時調」は、音調と形式が単純で伴奏がなくとも歌える歌で、多少大衆的であるが、
ー 「歌曲」は、厳格な形式に従って歌う歌という点で違いがある。
男性の佳客が歌う「男唱歌曲」、女性の佳客が歌う「女唱歌曲」に区分して、一番最後には男女が共に歌う「太平歌(태평가)」で終える。

▼  <長く想い慕った人に会ったものの、すぐに復た離別せねばならぬ女性の未練を美しく表わした>女唱歌曲「平弄(평롱)」。(参照 ⇒ Youtube(登録者に感謝))

次に、歌曲の唱法を用いて現代的音楽を作り出すグループの作品について次のように紹介された。
・歌曲の唱法を用いた現代的音楽グループの作品「この夜が過ぎる前に(이 밤이 가기 전에)」は女唱歌曲の「平弄」を素材にして、新しく構成した歌だ。

▼(参照 ⇒ Youtube(登録者に感謝))

最後に、現代作品の「禅雲寺で(선운사에서)」(チェ・ヨンミ 詩)、「老いた葦の独白(늙은 갈대의 독백)」(白石 詩)について紹介された。

(Youtubeに登録のLehrbuecherに感謝)

2018年1月30日火曜日

(雑談)おじさんのPC作法

ネット利用に、PCを使っている。スマホやタブレットの経験はない(無くて困る思いをしたこともないし、そもそも、それで何をしたらいいのか分からない)。

PCだけで、ネットと縁をつないでいる(オフィスは「OpenOffice」で十分)。いってみれば、山村で自給自足生活している感覚に近い。そんな環境での、おじさんのPC作法について記してみる。

① PC価格は、(1万円/年)×(使用年数)で十分と考えている。[昔は、(4~5万円/年)×(使用年数)だったが]
    ー とっくにこの原則を超えてしまっているが、OSのサポートが続く限り使用する。

② 顔認証、指紋認証などは以っての他と考えている。
    ー 究極の個人情報だ!(顔認証用のカメラに、シールを貼り付けて防御している)

③ クレジット番号を使って、ネット上の商品購入は以っての他と考えている。
    ー コンビニで現金支払い可能なものだけ購入(銀行、ゆうちょで振込みもしない)

④ メールは、事前にスキャンしてくれる、Gmailが安全と考えている。
    ー とはいえ、自分のPC以外でGmailを閲覧することはない。

⑤ 一時ファイルなどのゴミ掃除を毎日!する。

⑥ プリンターインク切れのたび、純正品を使っていたがサードパーティ製に変更した。
    ー 特に、インク注入型のものは何の問題もなく、お勧めだ。

2018年1月29日月曜日

冬の夜、雨後は寒くない

先週1/22に、大雪のため延期した「2017年度秋期韓国語教室」が、今晩無事終了した。教室の夜道に名残り雪があって、うっかり足を滑らせないか用心しながら通った。授業が終わって外に出れば、霧雨があったのか、辺りが湿っているのに気付いた。

冬の夜にもかかわらず、雨後のせいか寒くないのだ。雲が上空の寒気を遮断したのだろうか。実に穏やかな気分だ。このところ、縛りつけるような冷気に、ふーっと息を吐いて気をそらしたものだ。

ところで、冬がどうして寒いのだろうか。ここはやっぱりイディッシュの町「ヘルム」の長老に説を聞きたいものだ。以前、記したものを、更に結論だけしぼって次に載せる。何百年も泥臭く熟成したお馬鹿な話は実に楽しい。
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冬の間中、暖炉に火をともす     →   町の空に熱気がたまる        →  だから、夏が暑い
夏の間中、暖炉に火をくべない  →   町の空に熱気がたまらない  →  だから、冬が寒い
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(本ブログ関連:”ヘルム”)

「ヘルム」の長老に教えていただきたいことがある。どうすれば、よその言葉が身につくのだろうか。

(映像)菜食主義者「花を宿す女」

韓江の小説「菜食主義者(채식주의자)」を(原作に)映画化した、2009年の(邦題)「花を宿す女」(日本語字幕)が、GYAO提供により、1月29日~2月27日の間視聴できる。

(本ブログ関連:”菜食主義者”)

申京淑の「母をお願い」と同様、物語の主題に関わる家族間の視点で章立てしている。

韓国映画が国際賞を狙うのに共通して見られるテーマに、欧州の目から興味深いことであろうが、キリスト教的解釈といった表現がある。映画の原作に、申京淑の海外で多数翻訳されている「母をお願い」のエピローグは、それを合致しているのだが。しかしながら、過去の創作に問題があり、韓国メディアでは、ノーベル文学賞の期待が寄せられていた老詩人の後を継ぐには懸念があるようだ。現在、将来のノーベル文学賞候補の一人として、韓国メディアは、(海外文学賞の受賞経験がある)韓江に希望を託しているようだ。

2018年1月28日日曜日

(雑談)山の冬、山の春

寒い日が続く。出かけようと思っても寒気に萎える。雪景色は、子どもに別世界であり、雪の不思議な感蝕を楽しむ遊び場だ。若者にとっては、スキー板を担いで夜行列車で出かける、期待と妄想の場所でもあった。年寄りには、今も昔も変わらぬ、雪掻きするだけの風物でしかない。

歳をとると、雪山に出かける者の気が知れぬとますます確信する。日本の山は、少なくとも、ハイカーにいたるまで踏査されていて、未知な部分はないと思われるし、目の前のそびえる山を見れば、現代人の感覚からすれば、すべて知り尽くされたように感じるものなのだ。

戦前戦後の日本アルプスに棲んだ山人を通じて、山の不思議を語った「黒部の山賊」やシリーズ「山怪」は、それでも世俗的一面を合わせ持つ話題を見せる。更に昔、明治、大正のころになると、「山の人生」(柳田国男)は、世俗と隔絶した地図の彼方に存在する、あたかも異界(伝承の世界)さえ想起させる。

「山の人生」に語られた人々は、どうやら固有名詞があやふやだ。半分現世に身を置き、半分異界に身を溶かし込んでいるような、戸籍といった制度からすり抜けて、噂話にしか残らない、もっといえば、見ても見えぬよう、知っても忘れ去られるよう、命も軽い存在だったのかもしれない。

昔の、海辺や農村の見える遠野の世界とは違って、厳しい山の生活をどうして選んだのだろう。なぜか、連日の寒さを思うと、そんなことを思ってしまう。それが、温んだ春になると、桃の花咲く桃源郷など、仙界を思い浮かべることになるだろう。

2018年1月27日土曜日

イ・ソンヒの「世界中が眠りに落ちた後から」

昨日、雪が凍りついた道端で転んでしまい、そのときはどうでもなく、むしろ上手に体を支えたものだと感心した。しかし後になって首筋がこわばった。

子どもなら、痛いの痛いの飛んでけ~!、ただ我慢するしかない。人生長けりゃ見当もつくってもの、安静にすりゃ何とかなるだろう。

心の平静は大事。イ・ソンヒの12集所収、「世界中が眠りに落ちた後から(온 세상 잠든 후부터)」(2001年、作詞イ・タギョン、作曲パク・ヨンス、編曲パク・ヨンス、ユ・ションソク)を聴いて、落ち着かせよう。

この曲は、パイプオルガンを想わせる荘厳なイメージもあり、どこか(洋風だが)宗教的な響きがする。先日、このブログに記した、彼女の「さようなら」に続く世界だ。

(本ブログ関連:”世界中が眠りに落ちた後から”)


夜通し雪が降ったわ。世界中が眠りに落ちた後から
悲しい 私のこころも知らぬまま、 朝はくるのでしょう。
窓、音もなく開けば、染みる冷たい風
白雪、美しく積もった 木の上には冬の空

あなたの背に近づき、しばらく寄り添ったが
なんの言葉もなしに ドアを出るのね。
もうすべて終わってしまったのね まだ私はここにいるのに
あなたに見せられなかった 痛みはまだそのままなのに

本当にとてもつらいです このように別れるのだから
あなたを なくした朝 私だけ残ってます。

去ってしまったあなたの足跡が雪の上一つずつ刻まれて
眺める目を少しずつ 滲ませてしまいました。

あの冬の終わりに あなたはもう消えて
とうとう 悲しい涙を 流してしまったの。


(Youtubeに登録のCool Kidに感謝)

2018年1月26日金曜日

(口ずさむ)凍り道で転んだの

寒い日が続く。都心の最低気温が、昨日と今日共にー4℃となり、-3℃を連続して下回るのは53年振りとのこと。どうりで朝が厳しいわけだ。

ちなみに、気象庁の過去データに、東京の「日最低気温(℃)」の低い方から順にあげたものがある。本当に厳しいな。
-9.2 (1876/1/13) > -9.1 (1885/1/14)  > -8.6 (1927/1/24)  > -8.6 (1876/1/12)  > -8.4 (1881/1/13)

そんな中、寒い昼、踏みつけられて凍った雪道で、スッテンころりん転んでしまった。実に見事な受身だった。防寒着と手袋のおかげで、傷ひとつない。

でも、帰宅して気付いた。首の回りが塩梅よくない。軽い捻挫か、むち打ち症か。痛みは後からやってくるようだ。そういえば、昔、数台後ろからの玉突きだったにもかかわらず、やはり後になって痛みが襲ってきたことがある。

雪が止んでる金曜日、おじさん泥んこどうしたの、あそこの道で転んだの、どうしてそんなに急いだの、・・・


(Youtubeに登録のsunaf kingに感謝)

2018年1月25日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-14th

寒さ一団と厳しくて、(私にとって)久し振りの遠出の感がある。毎週通う道なれど、すっかり様変わりした雪景色に、そんな気にもなる。それに、インフルエンザ流行のピークに用心して、マスク着用した息苦しさのせいもあって。

教室では、風邪で休まれた方もいる。私も、風邪による筋肉痛から、ようやく解放されたばかり。小咳もおさまらぬし。

(本ブログ関連:”2017年度秋期「イディッシュ語」”)

今回は、テキストに戻って、親族名称について学んだ。知恵も知識もないけれど、いってみれば、フィールドワークの原則のようなものなのでしょうか・・・それより、まず覚えよ! ですね。

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祖父、祖母             באָבע、זײדע
父、母(両親)       עלטערן ) מאַמע、טאַטע )
兄、姉                  שװעסטער、ברודער
義兄                     שוואָגער
おじ、おば            מומע、פֿעטער
甥、姪                  פּלימעניצע、פּלימעניק
いとこ:男女         קוזינע、קוזין
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近日、先生を招いての「ヘブライ語 名刺 活版ワークショップ」が、次のように開かれる。
<詳細は ⇒ 参照>
・開催日時/2018年 2月24日(土)13:00~15:00   定員 10名
・開催場所/Printworks Studio Shibuya (谷区道玄坂1-15-3プリメーラ道玄坂1階) 

2018年1月24日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」玄琴(コムンゴ)、奚琴(ヘグム)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、撥弦楽器「玄琴(コムンゴ、거문고)」、擦弦楽器「奚琴(ヘグム:해금)」にまつわる話を紹介した。

始めに、高句麗の官吏「王山岳(왕산악)」と「黒鶴(검은학)」による「玄琴」の起源について次のように紹介された。
・高句麗の官吏「王山岳」が「玄琴」を初めて作ったといわれる。当時、中国から来た七弦琴を、楽器だが演奏法を知らなかった。王山岳がそれを改造して玄琴を作ったという。彼が作った曲を演奏すると、黒い鶴が飛来して踊った。黒い鶴を「黒鶴(검은학)」ということから、玄琴(거문고)が名付けられた。黒は、死や悪を象徴する否定的イメージがある反面、権力を意味し、また、鶴は縁起良い鳥と言われたことから、玄琴に音楽を楽しむだけでなく、神秘的力を持つ意があった。

▼ 玄琴演奏で、<王の長寿を祝う曲>「寿延長之曲(수연장지곡)」を聴く。鶴が自然なまま舞い続けるよう。

次に、朝鮮時代後期のソンビ「吳熙常(오희상)」(1763~1833)の、玄琴演奏の原則について次のように紹介された。
・王山岳が玄琴を作って以来、学者ソンビのものとして、読書に飽きたとき、来訪の友と風流を楽しむとき演奏した。朝鮮時代後期のソンビ「吳熙常」は、次の五つの状況では玄琴を演奏しないと記した(五不彈)。第一、風が強く雨多く降るとき。第二、野卑な人前。第三、市場の道端。第四、座姿が適切でないとき。第五、服をきちんと整わぬとき。大げさかも知れぬが、ソンビの姿勢といえる。中国古楽器に「古琴」がある。形や奏法は玄琴と全く違うが、修養のため演奏したという点で似ている。

▼ 「古琴」演奏と歌で <恋人との別離の悲しみを、木も岩もない山中で、鷹に追われる雉(きじ)に例えた> 韓国曲「男唱歌曲、編楽(남창가곡 편락)」を聴く。風雅な響きして・・・。

最後に、中国の擦弦楽器「胡弓」に似た「奚琴」について次のように紹介された。
・玄琴は、楽器本体にくっつけた木の上に六弦を乗せ、指で押さえながら音を出す。古琴は七弦で、本体に印をつけて弦を抑える場所を分かるようにしている。昔のソンビの記録に、琴がよく登場するが、玄琴でなく中国の古琴を指すことが多い。他に、韓国でよく演奏する中国楽器に、擦弦楽器「胡弓」があり、韓国の「奚琴」に似て親しまれている。

▼ 奚琴の演奏で、「密陽アリラン(밀양아리랑)」を聴く。こちらは、思いっきり今様で・・・。