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2013年7月2日火曜日

半夏生2013

我が家の庭にはドクダミが生い茂って、そのまま放置しているため、薬効のせいか虫もわかない・・・と、不精をプラスに言い訳する。さて、開花期に、そのドクダミに似た臭いのする「ハンゲショウ」があるそうだが見たことあるような、ないような。

Wikipediaの「ハンゲショウ」に、「生薬の半夏(はんげ)はカラスビシャクから採れるものであり本種(ハンゲショウ)とは関係がないが、本種と開花時期が重なることから名前の由来にかかわりがあるとする説もある」とのこと。これまた、カラスビシャクを知らぬために何ともいいようがない。
それにしても、ハンゲショウもカラスビシャクも地味な草だ。

今日は、そのハンゲショウが花を咲かせる頃、二十四節気の一つである「半夏生(はんげしょう)」だ。朝からどんよりした空模様で、半夏生の「半」の字にふさわしい中途半端な感じがして・・・高空を飛ぶジェット機の響きがかすかにするだけで、静かなときが流れている。

この雑節(半夏生)をよく知らないが、農家の生活に密着したもののようで、最近書店で目にして求めた「日本の七十二候を楽しむ」(文 白井明大, 絵 有賀一広)によれば、「田植えを終わらせる、農事の節目とされています」として、この時期にちなんで次のキーワードをあげている。
「祇園祭」、「はも」、「おくら」、「半夏雨」、「うどんの日」、「たこの日」など。解説は読んでいただくことにして、なるほど少しは半夏生が実感してくる。

2013年7月1日月曜日

ノウゼンカズラ、ナガミヒナゲシ

通り道の塀を越えて、湧き出るようにして重なり合いながら咲くオレンジ色の花を目にする。「ノウゼンカズラ」の花だ。あまり気付かなかったものの、最近あちこちで見るようになった。その色合いが、従来になく明るく洒落ていて、オレンジ色の軽快な感じが受け入れられるのだろう。

Wikipediaによれば、「ノウゼンカズラ(凌霄花、紫葳、Campsis grandiflora)はつる性木本」とのこと。確かに近づいてよく見れば、つる状に伸びた茎に花が咲き連なり、まるで寄生しているのかと見紛うほどだ。夕方、陽が陰りだした頃、遠くに浮かぶこの花に、ほっとした安らぎを思うことがある。一輪の美しさというより、群れてこそ美しい庶民的な花なのかもしれない。

この色合い、どこかで見たと思い返せば、もう時期を過ぎたが、これも流行か最近あちこちで咲く「ナガミヒナゲシ」がある。これもWikipediaによれば、「ナガミヒナゲシ長実雛芥子、長実雛罌粟、Papaver dubium)は、ケシ科の一年草」とのこと。

ナガミヒナゲシの花は、まるで世話も受けずに、どちらかといえば身の置き場をわきまえて、一本一本けなげに咲いているように見えて切ない思いがする。なぜ、通り道の埃が吹き寄せる塀の下に植えたのかと。でも、この花は芯が強いのだろう、雑草化しつつあるというのだが、どうなることか。

2013年6月30日日曜日

韓国50代が迎える定年60歳制

韓国の年齢は数え年が普通だが、「2016年から60歳定年延長」というとき、その60歳は「数え歳」なのか「満年齢」なのか・・・実際は、満年齢であるが気になる。

(本ブログ関連:"ベビーブーマー")

JETROの海外研究員レポート「韓国ベビーブーマーの過去、現在、未来-『彼らは声を出して泣かない』から」(2013年4月、安倍誠)の「はじめに」、次のように韓国ベビーブーマーを定義している。(抜粋)
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・第二次世界大戦後、多くの国では、急速な出生数の向上、いわゆるベビーブームが生じ、そこで生まれたベビーブーマーたちはその社会において独特な地位を占めることになった。ベビーブームの期間は国によってまちまちであり、アメリカでは1946年から1959年まで日本では1947年から1949年までと言われるが、韓国の場合、朝鮮戦争の後になる1955年から1963年までがベビーブームであったとされる。現在、ベビーブーマーは約734万人、総人口の約14%を占めている。年齢は満49歳から57歳くらいまで、韓国では数え年で年齢を語ることが多いので、韓国的に言えば現在の50代がほぼベビーブーマーに相当することになる。彼らは1970年代から90年代の韓国の高度成長を支えてきた世代でもある。

朝鮮Bizの「定年60歳延長、労・使・政 葛藤新しい火種となるか」(2013年4月23日、イ・シンギ記者)は、2016年からの60歳定年延長について次のように報じている。(抜粋)
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朴槿恵政府の重要な選挙公約の一つである定年延長義務化が政界の立法で可視圏に入った。
・(4月)23日、国会環境労働委員会は、公共・民間部門の定年を満60歳に延長する「雇用上の年齢差別禁止と高齢者の雇用の促進に関する法律の一部改正案」を可決した。改正案は、現行法上の勧告事項である「定年60歳」を義務と規定し、従業員300人以上の事業所は、2016年1月1日から国と自治体と従業員300人未満の事業所は、2017年1月1日から段階的に適用することにした。

朝鮮日報(6/30)の「【コラム】60歳定年制を成功させるには」(5/16、金洪秀記者)は、対象となる50代について次のように記している。(抜粋)
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・韓国では大学を卒業した男性が兵役を終えれば27歳前後になり、それからやっと就職して50代の前半まで25年ほど働いてから退職する。しかも韓国人にとって50代の前半あるいは中ごろは、子どもを教育し独立させるために一生のうちで最も多くの金が必要な時期だ。そのため韓国人にとって50代の退職は、人生における「財政の絶壁」となっているのだ。


来年、1964年生まれのイ・ソンヒも「満年齢」で50代に入る。国民歌手らしく、ベビーブーマーも共有する<健全で希望に満ちた彼女らしい清潔な歌>が聞かれることになるかもしれない。

(追記)
今日は6月最後の日、今年も半分過ぎることになる・・・1年のリンゴを半分食ってしまった。残りのリンゴを考えると、時間を無為に過ごした罪深さをひしひしと感じる。

2013年6月29日土曜日

イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」

Youtubeはありがたくて、イ・ソンヒのデビューの契機となった1984年の「江辺音楽祭」から数々の映像を見ることができる。その中でも、2004年の世宗文化会館でのコンサートステージ映像は素晴らしい。

イ・ソンヒをコンサート会場で直接見たのは、2009年(COEXセンター)と2011年(世宗文化会館)の2度しかない。デビュー30周年にあたる来年の2014年に、彼女のコンサートが予定されているので、コンサート会場へ足を運ぶことができればと思っている。

次の彼女の映像は2004年の世宗文化会館コンサートのもので、円熟味が増して歌唱力が最高にのっているときだったかもしれない。こうして見ることができるのはありがたい。「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年、キム・ミンジョン作詞、ソン・シヒョン作曲)は、彼女のファンの心情のように何度も聴きたい名曲だ。

(本ブログ関連:"私はいつもあなたを")



(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

(追記)
昨晩のPCトラブルで、気になってマウスを買い換えた。微妙に右利き用の曲面が彫り込んでいる。左利きにとって、実に不都合なことだが、こんなことは慣れているよ(耐えてきたよ)・・・ああ、それにしても、鏡像、光学異性体、D/L型の世界は不便だよ。

2013年6月28日金曜日

不都合なこと

ちょっとPCに不都合なことが起こった。

Windows画面は正常に立ち上がるが、マウスでクリックしてもコマンドの実行におそろしく時間がかかる。
同じ現象が別PCでも再現した・・・ただし、マウスは共用した。

Windows終了時に、特定メモリエリヤがreadできないというメッセージが表示されたりして・・・。

あるいは、ウィルス対策ソフトのコンフリクトのせいか・・・。

(追記)
ああ、それから、今日入れたばかり歯の金属が、夕食時にとれてしまった・・・。

2013年6月27日木曜日

キタキツネ

北海道のキタキツネの観察者であり写真家として知られる竹田津実獣医師がいる。キタキツネが話題になり、写真でこまかく生態が知られたのも同氏のおかげだ。(花のそばで、首を傾げるキタキツネの子どもの可愛い写真にはまったものだ・・・どうやら、次に記す雑誌の表紙写真だったようだ)

昔、平凡社から出版された「アニマ」という雑誌があった。良心的な出版社らしく、雑誌「太陽」につながるエコの風情も加味した動物専門誌で、何度か購読した記憶がある。その別冊として「季刊アニマ」が登場して、いわば雑誌「アニマ」のムック版にあたるもので、狐好きのわたしは、今も「狐」をとりあげた「季刊アニマ」を手元に残している。それは、1975年冬季発行のものだ。

その中に、「キタキツネと農民と私」(竹田津実)の文があり、狐に対する恐れが伝染していく体験が書かれていた。「キツネが農夫をからかっている」という電話に呼ばれ駆けつけると、巣穴を壊され中にいた子キツネの命を奪った農夫の家に母キツネが、何度追い払っても近づいてくるというのだ。物を投げても動じない、じりじりと迫る母キツネの執拗さに、「得体の知れない恐怖」を竹田津獣医までが感じ怖気づきそうになる。

実は、死んだ子キツネを農夫が馬小屋に放り込んだことを嗅ぎ取り、母キツネが取り戻そうとしたのだ。狐に対する言い伝えや、巣穴の破壊行為、子キツネ殺しが重なり、その場に居合わせた人たちの心を揺さぶって、泣き出す老婆、焼酎をあおる農夫とさまざまな反応が起こったという。
原因が分かったとしても、この経験は不思議な心的な共有を通じて言葉に残されることになる。

わたしたちは伝承の虜である。今もその輪から逃れることはできない。狐に対する恐怖や畏怖はある意味深層に達し、わたしたちの自然観であると同時に、固有の価値観を見せてくれる貴重な民俗資料でもあるようだ。

2013年6月26日水曜日

結晶洞窟のこと

何気なくテレビのチャンネルを回していたら(古い表現だねえ)、NHKで以前放送されたもので、プレミアムアーカイブスの「ハイビジョン特集 驚異の結晶洞窟」に行きあたった。

鉛、亜鉛を採掘するメキシコのナイカ鉱山の洞窟で偶然発見された、まるで人間がミニチュア世界に置かれたような錯覚をする巨大結晶群を見ることができる。洞窟ドキュメントが大好きなNHKは、この巨大結晶について、これまで何度か取り扱っているが、ここではその成因などについて興味ある話題を提供している。

・鉱山採掘のため、地下水を排出したことにより洞窟が発見された。
・石膏の巨大結晶中に存在する水の中の空包を基に、結晶が50℃代でできたと推定される。
・巨大結晶の折れた部分が再結晶化する速度から、結晶の起源を50万年前と推定される。
・そもそも洞窟は、硫化水素を食性とするバクテリアが排出した硫酸で侵食拡大したと推定される。

最後のバクテリの存在の例証として、同じくメキシコのヴィラ・ルース洞窟が紹介されたが、あの美しい硫黄結晶の空間が見られなかったのは残念。わたし的には、硫黄結晶が好きなんですが・・・ナイカの石膏結晶は余りに巨大過ぎて想像を超えてしまう。まさに、上記番組が主軸にした、ジュール・ヴェルヌの「地底探検」の世界だ。

(本ブログ関連:"結晶洞窟")

2013年6月25日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 神仙(仙人)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/19)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第11回として、このシリーズでは珍しい(イ・ソンヒ(李仙姫)の「仙」の字につながる)、「神仙(仙人」について紹介された。

(本ブログ関連:"李仙姫の名前")

まず仙人即ち神仙について次のように始まった。
・東洋には不老長寿の考えがあり、俗世を離れ、精神を磨き、境地に至る生き方が信じられた。韓国ではそれを手にした仙人を「神仙(신선)」と呼び、神仙の境地の歌や絵が数多く残っている。仙人を歌った「辞説頭学時調(サソルジルムシジョ、사설지름시조)」は、旋律が緻密の意の「サソル」、最初を高い声で叫ぶ意の「ジルム」が合わさっている。

▼辞説頭学時調の「鶴に乗って横笛を吹く(학타고 저불고)」を聴く。長いトーンが空を滑空する鶴のように響く。

仙人の役割について次のように解説した。
・紀元前5世紀に遡る中国に仙人の関心があり、半人半獣の姿で、理想郷(蓬莱など)に住む不死の超人と言われた。中国初代皇帝始皇帝は、仙人の話しを知って不老不死を得るため仙薬を捜した。当時、仙人になるには一定の素質があり、仙人の住む山に入って祭祀(제사 )をせねばならないと信じられた。数百年が流れ仙人は人間に近づき、人も特別な修行で仙人になれると信じられ、様々な術も語られた。
西洋錬金術が科学を発展させたように、仙人の道も人間の体と自然の調和をはかった。昔の仙人の絵に(日本のとよく似た)「笙簧(センファン:생황)」を演奏する姿がある。

▼笙簧、短箫に牙筝を加えた「水龍吟(수룡음)」を聴く。楽器の織り合い続く音がまるで水流のよう。

有名な仙人の姿について次のように紹介された。
・朝鮮時代の画家金弘道김홍도)は、仙人の絵を多数残した。その中に、仙人が大きな松の木の下に座って笙を吹く「松下吹笙図(송하취생도)」がある。仙人は笙簧、笛、琵琶などの楽器を好み、鶴に乗って空を飛び回ったという。
仙人の長寿の秘訣は不老草や西王母の桃などを食べることだ。西王母の桃を盗んで食べた仙人東方朔は18万年の命を授かることになった。人々の寿命を司る仙人南極老人、男女の縁を司る仙人月下老人などが広く知られている。
また、韓国では、民族起源の檀君や新羅時代の学者崔致遠최치원も仙人になったといわれる。

▼The 林グループによる「天の川を見ていた日(은하수를 보던 날)」を聴く。・・・今様である。

岸さんの締めの言葉、「不老長寿を願うことは叶わぬことですが、仙人のように、人生を楽しむ余裕を持ちながら生活することはできそうですね」の通り、エンジョイできるもの探していますよ。

2013年6月24日月曜日

イ・ソンヒの「狐の嫁入り」

価値観や習俗さらには民俗(民族)など越えるとき、その境界に曖昧模糊としたバッファー(空隙)が生じてやがて揺らぎ始める。それは不安であり、希望でもあり、結婚する女性の心理に特に通じるのかもしれない。
明るい陽射しに浮かぶ期待、暗雲に漂う当惑という対比の中で、高揚した感情が解かれるとき涙に変わり、「狐の嫁入り」の雨が降る。けれど雨はやすやすとは癒してくれない。

SBSのロマンチック・コメディ「僕のガールフレンドは九尾狐」の純真な主人公ミホのように、イ・ソンヒの清澄な歌「狐の嫁入り(여우비)」(2010年)を久し振りに聴いてみよう。

(本ブログ関連:"狐の嫁入り")



(Youtubeに登録のJunJunTeam1に感謝)

2013年6月23日日曜日

子安千代稲荷像

天気も悪くない、小金井公園にふらりと散歩する。同園併設の「江戸東京たてもの園」では現在、「大奥女中とゆかりの寺院」展が開催されている。たてもの園の会員でもあり、興味も湧いて少し覗いてみようかと入館した。

子安千代稲荷像(遠壽院)
奥女中を通じて、徳川家から縁ある寺院へ、いろいろと資金援助されていることを示す古文書が多数展示されている。もちろん活字解説付きを見てのことだが、そのなかになぜか稲荷の文字が散見され気になった。

展示物に「子安千代稲荷像」があり、「稲荷」の名にひかれて鑑賞する。なまめかしく体をよじらせて横たわる狐の上に、この稲荷像が立っているわけだが、左手に幼児を抱き、右手に宝珠(玉)のようなものを持っている。頭に豪華な飾りがあって、これは何の像かと関心が深まる。

像の名の「子安」から、安産に関連するのだろうか。いずこ、いずれの世にも共感するものだ。ふくよかで穏やかな姿に安らぐ思いがする。
また「千代」*については、この像がはじめ何処にあったのかを考えれば、江戸城との関連について解説を目にすることができる。
しかし、なぜ「稲荷」なのかわからないけれど、ネット上に「子安稲荷神社」**もあるので、特別なものでなく、庶民にもいき渡ったものなのだろう。稲荷には神道系、仏教系ともにあるが、寺院におかれていることから、仏教系のものだ。もしかして、菩薩の姿なのだろうか。

(*)「千代」について、次の二つの解説から知られる。
① 上記展示に、「江戸城紅葉山に安置されていたものを、幕府瓦解後各地の寺院へ奥女中たちが避難させたと伝えられる仏像の一つ」とある。
② この像を、現在蔵している遠壽院の解説に、「江戸城内の大奥に祭られ、最後の老女・瀧山が給仕役を務めたもので、維新後当院に祭られた。江戸城を千代田城ともいったことからこの名がつけられている。遠壽院では、代々、将軍家の祈祷を行っており、その祈祷が大奥で行われたことのゆかりを示す。」とある。

(**)池袋シティガイドの「稲荷神社(子安稲荷神社)」などの紹介。

(本ブログ関連:"稲荷"、"九尾狐"、"狐の嫁入り")

2013年6月22日土曜日

ライアテア・ヘルム

ようやくの顔をのぞかせた太陽に誘われて、午前中、親類を訪ねる。からりとした空気はいいものだ。ずっとこの天気が続けばいいのになんて、農家の方には恐縮なことを思ったりする。

親類に、鉱物採集の石仲間からいただいた、イ・ソンヒの写真つきTシャツを話題にする。彼女の写真を携帯の待ち受けにしていて、それを見せると、綺麗なひとだ、清潔な感じがすると、イ・ソンヒのファンとして大変満足な感想をいただく。

午後には、そのTシャツ現物を持って、韓国語教室の生徒仲間に見せる。これまた納得いく反響をいただく。しかも、生徒それぞれ好みの(今様のK-POP)歌手がいて、そちらの写真つきTシャツが欲しいなどと勝手な?要望までいわれる。Tシャツが大変好評な証なんだよ。

ところで、石仲間との会話で、鉱物の他に関心があるという(イタリアン・ポップス以外に)ハワイアンについても聞く。ハワイアン、う~ん、でも夏なもんで?・・・ということで、ライアテア・ヘルム(Reiatea Helm )が勧められた。初めて知った歌手をYoutubeで初めて探す。

彼女の「LEI KUI」を聴く。レイの花を糸で繋ぐことをいっているのでしょうか。(ハワイ語を紹介しているブログ「'A'ole Pilikia」に感謝)
優しく澄んだ高音、しかも穏やかに。ハワイの風にレイの花が香る・・・なんて想像してしまう。ウクレレでなくギターの伴奏に合わせて歌うのは、新参者にはちょっと新鮮である。



(Youtubeに登録のgraziemillioneに感謝)

2013年6月21日金曜日

夏至2013

「夏至」だというのに今日の空模様はかんばしくない。一日中ぽつり雨が続いた。梅雨前線と台風4号による降雨は、西日本に大きな被害を及ぼしたようだ。台風4号は、熱帯性低気圧に変わったものの、思った以上に影響は大きい。雨は今晩深夜まで降るという。

(本ブログ関連:"夏至")

この雨の中、机上鉱物採集でお世話になっている石仲間と昼飯談話をした。何と、舞台衣装の作者でもある石仲間から、イ・ソンヒの写真をプリントしたTシャツをいただいたのだ。

さて、その写真とは、2011年5月に開かれた彼女のコンサート「五月の陽射し(오월의 햇살)」のポスターに使われたものだ。インターネットから探し出してくれたようだ。左に、(コンサート案内などの文字は無いが)同じ写真*を載せる。彼女の美しさを見事にとらえた写真である。

(*)写真:ブログ「拾い入れた宝物倉庫(주워담은 보물창고)」より。感謝。

(本ブログ関連:"ソウル2日目:2011イ・ソンヒ コンサート")

果たして、この大切なTシャツを着ることができるのか・・・大事なお宝だ、飾っておこう。

2013年6月20日木曜日

梅雨前線

今年の梅雨入りは「平年より10日、昨年より11日早い」との発表にもかかわらず、当初空梅雨の傾向が見られたが、ここ数日の雨で心配はすっかり打ち消された。本来なら農家への恵みの雨と喜ぶべきところ、この雨、まだ数日続くという。わがままを承知でいえば、街の人間はそろそろ飽いてくる・・・なんてわがままなことか。

天気予報で、梅雨前線の根元が遠くインド洋にあるという解説を聞いてビックリ。前線はいつまで居続けるのやら。そのうえ、台風4号までもが南から接近、この停滞前線に沿って東に転進して、また雨を降らすという。でも、これが普通の梅雨時期の天候なんでしょうね。

いつまでたっても、季節の変化になじめませんね。雨には晴れを、晴れには湿り気を、暑さには涼しさを、寒さには暖かさを・・・そういっているうちに、なじむではなく慣れていくようです。
ただし、除湿機はつけっ放しですけどね。

2013年6月19日水曜日

イ・ソンヒ「草原」

イ・ソンヒのやさしく透き通る高い声は心にしみわたり、あるときはその力強い声に元気を与えられる。彼女の持つ健康さと清潔さは、今もアーティストとして大事なひとつの側面である。彼女に多くのファンがつながっている理由でもある。ファンサイトを見ればわかることで、そこに飾られている写真の選定から、ファン心理を読み解くことができる・・・かもしれない。

彼女は、様々な音楽スタイルを試行して現在、東洋回帰的な安定が見られるが、ファンとしては他方で、彼女の初期の持ち味も大切にしたい。彼女のアルバム8集(1992年)に収められた「草原(초원)」(キム・ヨンドン作詞・作曲)は、自然派志向の作者の原曲であるが、まるで童謡のような色彩を感じる。青空を流れる白い雲、見上げる草原の二人・・・ああやっぱり、こんな感じがいいな・・・でもやがて雲が夕立になるというのは、どういうことなのか気になるけれど。

(本ブログ関連:"童謡")



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2013年6月18日火曜日

土砂降り

よい天気で蒸し暑い。そんな中、隣り町、隣り駅にある駅ビルのレストランで昼食をとる。その後、のんびり駅前の図書館で時を過ごした。しばらくして外を眺めれば、路面に雨滴が跳ね返る土砂降りだ。ガラス窓越しなので、叩きつける雨音が聞こえてこない。時間を止めて眼をこらすと、図書館前の広場に雨がまるで円錐のガラスの造形のように現れては消える。不思議な光景に釘付けになる。

待つこと一時間ばかり。やがて雨脚は落ち着き、ようやく帰宅することができた。雨不足の空梅雨の話しもあったが、これから数日間雨がつづくという。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 端午の日

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/12)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第10回として、「端午(단오)の日」について紹介された。

まず、陰陽と端午の日について次の説明から始まった。
・東洋では(古代中国から)、万物が「陰陽」の気の調和で成立し、変化すると信じられた。陰は影、陽は光の意があり、女・男、臣下・王、偶数・奇数などの関係に当てる。
・特に、同じ奇数(陽)が並ぶ月日は意味を持ち(日本では節句)、(以下旧暦)1月1日を正月の「ソルラル(설날)」、3月3日を春の始まる「三巳日(サムジッナル、삼짇날)」、5月5日を夏の始まる端午の日の「戌衣日(スリッナル、수릿날)」という。
・スリッナルのスリには「神」と「高い」の意があり、偉大なる神の太陽神を意味する。燃える陽の夏がきて、農作物がすくすく育つ希望が込められる。今年の端午の日は、6月13日(旧暦5月5日)である。

▼東海岸巫俗(シャーマニズム)音楽の中から「プノリ(푸너리)」を聴く。同じリズムを繰り返して、次第に高揚感を高めていく・・・初源の響きがして。

端午の日の行事について次のような紹介があった。
・この時期、農家は田植えをある程度終え、端午の日に豊作を祈願して様々な行事で一日を過ごす。
・各地に固有の風習が伝承されていて、江原道江陵の「江陵端午祭(강릉단오제)」が最も有名だ。端午の一月ほど前から、神に奉げる神酒を醸し準備を始める。江陵の関門の大関嶺を司る山の神と、村の守護神の城隍神(성황신)に儒教式「祭祀(제사)」を奉げる。端午の日には次の行事も行われる。
- シャーマンの「巫堂(ムーダン、무당)」による、住民の安寧と豊穣を祈願する祭儀「クッ(굿)」が行われる。
- 普段手荒く扱われた役所の奴婢による官奴仮面劇が行われる。仮面劇(タルチュム、탈춤)は、江陵以外にも、殷栗タルチュム、鳳山タルチュム、康翎タルチュム、京畿道の山台劇(サンデノリ)などがある。仮面劇のほとんどは、両班を嘲笑、風刺する内容で、この日だけは両班も見て見ぬふりをしたという。

▼鳳山地域で端午の日に歌われた「トンドルナリ、ラリラドントルリピリ」を聴く。なんとも親和力のある旋律が繰り返され・・・誘われて、口ずさんでしまう。いいなあ。

・さらに、男はシルム(相撲に例えられる)や力自慢などで、女は川に下りて菖蒲湯で髪を洗ったり、村のブランコ(クネ、그네)で遊び楽しんだ。
パンソリの春香歌に、端午の日の様子があり、クネで遊ぶ春香を両班の息子李夢龍が見初めるシーンがある。

▼「春香歌」の中から「春香がブランコに乗る題目」を聴く。・・・初恋ねえ。

岸さんの締めの言葉、「端午の時期は、初々しい初恋の始まりにぴったりの、この上なくよい季節だといえるかもしれませんね」・・・なるほどなるほど。

2013年6月17日月曜日

紫陽花

夕方の明るさに誘われて、小金井公園に散歩に行く。6時過ぎ、さすがに人影がまばらなこと、圧倒的な静けさに夕暮れが近いことを感じる。

太い雲が数本浮かんでいる空を高く、豆粒のような飛行機がゆるり浮かんでいる。かすかな風音に遠くから響く爆音が混じる。しっとり滲み始めた草色の広場を囲む木立が、夕陽の影に溶け込み深緑になっていく。

公園に紫陽花を探した。梅雨どきの公園は人気がないからだろうか意外に少ない。そんな中、「江戸東京たてもの園」との仕切りの鉄柵の隙間から、色合いの美しい紫陽花が顔をのぞかせる。本来の青紫色、青味がかった桃色、そして白い色など多彩だ。

日が暮れて、紫陽花の艶やかさを眺めるのが難しくなってきた。そろそろ帰宅せねばならない。

2013年6月16日日曜日

ニコライ・レーリッヒ

今朝のテレビで、作曲家、指揮者、研究者、演奏家が円座して、ストラビンスキーИ́горь Фёдорович Страви́нский、1882年6月17日~1971年4月6日)の「春の祭典」についてわかりやすく紹介する番組(「題名のない音楽会」)があった。バレエ音楽のこの作品は、民族音楽からロックに至るまで裾野は広く、かつ現代音楽に影響を及ぼしたと評価されていた。
11拍子の解説では、そのリズムの採り方で演奏の仕方が変わると話されていたが・・・そうなんですかとうなづくばかり。指揮者のスタイルまで映像で見られて・・・分からないままだが音楽家たちの世界を覗かせていただいた。

「春の祭典」の舞台にかかわった人々の中に、ニコライ・レーリッヒНиколай Константинович Рёрих1874年10月9日~1947年12月13日)という美術家がいたとの話しから、初めて宇宙飛行(1961年4月12日)したガガーリンЮрий Алексеевич Гагарин、1934年3月9日~1968年3月27日)の言葉が紹介された。
ガガーリンの「地球は青かった」という有名な言葉の後に、「まるでニコライ・レーリッヒの絵のようだった」と続くというのだ。

ガガーリンの地球周回中の言葉と伝えられている「地球は青かった」は、実際はもっと具体的な描写だったようで、それほどロマンチックなものではないが。上記の「まるでニコライ・レーリッヒの絵のようだった」とは、いつ語ったのだろうかと、R-Wikipediaを見れば次のような補足(トリビア)があった。
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1961年4月12日、宇宙へ最初の飛行中、宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンは、彼の日誌に書いた
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ちなみに、その内容は、 ガガーリン著「宇宙への道」(江川卓訳、新潮社、1961年)に、「やがて地球の大気をとおして太陽の光線がもれてきた。地平線上が明るいオレンジ色に輝きはじめた。空色、青色、すみれ色、黒と移りかわる七色の虹のかぎろい。とても言葉にはつくせない色の諧調! まるでニコライ・レーリヒの絵を見るようだ!」と書かれているそうだ。(「沼野恭子研究室」感謝)

ニコライ・レーリッヒの名はいかにもドイツ風で、その名を初めて聞いた子どものころといえばインディジョーズ風の冒険話しが大好きだったので、神秘主義の危ない世界から彼の名前を知った記憶がある。(ニコライ・レーリッヒはドイツ系ロシア人で、ニコライ・リョーリフの名が正式だろう)

ところで、ニコライ・レーリッヒの美術館(Nicholas Roerich Museum)がニューヨークにあって、彼の年代別作品をネット上で見ることができる。なるほど青色の美しい世界だ。青色はヒマヤラの峰を突き抜けて宇宙につながる。

さて最後に、「楽しい鉱物学」(堀秀道著)に記されているように、シルクロードは絹を運んだ路であるが、ラピスラズリの石の深い青色を見れば、それを求めずにはおられない、ラピスラズリの路でもあったという説明に納得する。ラピスラズリには宇宙の青色がある。

2013年6月15日土曜日

イ・ソンヒの「小さな恋歌(ソナタ)」 (再)

イ・ソンヒが清しく歌う、しかもめずらしいハーモニーまで聞ける、8集所収の「小さな恋歌(ソナタ)」(작은 연가、作詞ハン・チョンウォン、作曲キム・ヨンドン、1992年)は、タイトルの通り、幼い少女の恋歌のようで・・・森の葉擦れが、野花を揺らすそよ風が、川堤のせせらぎが、そっと聞こえてくる・・・そんな舞台で歌うようで。いやいや、気恥ずかしいけれど、いい歌です。

(本ブログ関連:"小さな恋歌(ソナタ)")



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝、お世話になります)

2013年6月14日金曜日

アジサイ

梅雨の「アジサイ」(アジサイ科アジサイ属)は、当たり前の花だ。子どものころから、何処へ行っても身近な花のため、特に知ろうともしない平凡な存在だった。
今でも、ご近所を巡ると、垣根越しにアジサイの青紫の様々なグラディエーションを持った花弁(実は萼【がく】)が覗かれる。もし見過ごしたとしても、気に留めないだろうな・・・だって雨が降れば必ず、何処からかその姿をぽっかりと浮ばせるのだから。

アジサイの漢字名は、色貴やかな色彩に合う「紫陽花」が代表的であるが、その色の変化(へんげ)から別名「八仙花」ともいう。韓国では「水菊(수국)」の名があてられているが、見るからに菊の姿をしている日本の「水菊(ミズギク)」とは異なる。

ところで、アジサイの花で有名な紫陽花寺の名月院が鎌倉にある。祖母が、わざわざ田舎から来て、能の「鉢の木」で知られる鎌倉幕府の第5代執権北条時頼の墓へ参ったのがおよそ40年ほど前のことだろうか。当時も紫陽花寺として知られた名所であった。ところで、名月院の紫陽花が、昔からのものでないことを祖母から聞かされた記憶がある。

紫陽花を名所にするものが各地にあるが、名月院は、わたしの知る限り初期のような気がする。当たり前の花から、愛でる花に変わったように、時代がゆとりを持ち始めていたのだろう。

五、六年前のこと、この時期に同寺を訪れたことがある。紫陽花の名の穏やかな響きに魅かれてか、多くの観光客が訪れて列をなしていた思い出がある。