▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼

2026年5月30日土曜日

卯の花をかざしに関の晴着かな(河合曾良)、ウツギ(空木)

先日(5/27)のブログで、唱歌「夏は来ぬ」を記したとき、歌詞の始めにある「卯(う)の花の 匂う垣根の・・・」の「卯の花」について、次のよう触れた。今回。もう少し調べてみることにした。
----------------------------------------------
歌の出だしにある「卯の花」とは何かを気にせず歌っていたが、落葉広葉樹の低木、白い花が咲く「ウツギ(空木:枝が中空)」の別名だった。
----------------------------------------------

(本ブログ関連:”ウツギ”)

ウツギの別名である <卯の花> は、「花期は5~7月*。枝先に円錐花序をつけ、直径10 ~ 15mm の白い花**を多くまとまって付け、垂れ下がって咲かせる」(Wikipedia)。
(*)卯月:旧暦四月(新暦:今年の 5/17 ~ 6/14)ころ。
(**)白い花から「『雪』にまつわる品種」がある。

(本ブログ関連:”ウツギ”)

昼前、公園の自然観察センターて「ウツギ」の位置を確認したところ、同センターの駐輪所奥にあると教えてもらい、写真に撮ってきた。写真左は「ウツギ」の全体像で樹高は 2.5m ほど、白い花は頂上部にあって(写真右)手元で確認は難しい。


奥の細道

芭蕉(46歳)の奥羽、北陸を巡る旅に随行した河合曾良(41歳)が、「白河の關」で詠んだ俳諧が、紀行文「奥の細道」***に収められている。
(***)奥の細道:「青空文庫」版を元にして:
    ー https://www.aozora.gr.jp/cards/002240/files/61619_78128.html
----------------------------------------------
白川の關(白河の関)
心許(こころもと)なき日かず重なるまゝに、白川の關にかゝりて旅心定りぬ。いかで都へと便(たより)求めしも斷り(=理)也。中にも此(この)關は三關(くわん)****の一にして、風騒(ふうさう)の人心をとゞむ。秋風(あきかぜ)を耳に殘し、紅葉(もみぢ)を俤(おもかげ)にして、青葉の梢(こずゑ)猶(なほ)あはれ也。
卯の花の白妙(しろたへ)に、茨(いばら)の花の咲きそひて、雪にもこゆる心地ぞする。古人(こじん)冠(かんむり)を正し衣裝を改めし事など、清輔(きよすけ)*****の筆にもとゞめ置かれしとぞ。

卯の花を かざしに關の 晴着かな                       曾良
----------------------------------------------
(****)三關:「奥羽三関(おううさんかん)」で、白河の関、勿来(なこそ)の関、念珠ヶ関(鼠ヶ関、ねずがせき)
(*****)① 清輔は、平安時代末期の歌人 藤原清輔。「袋草紙」に「古人、冠を正し、衣装を改めた」と記している。(山梨県立大学:「奥の細道」白河の関)
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/okunohosomichi/okuno08.htm
➁ 俳諧「(古人のような)冠や着替えの容易はない。道ばたに白く咲いている卯の花を折り取ってかざしとし、それを関越えの晴れ着としよう」(「おくのほそ道  全訳注」 久富哲雄、講談社学術文庫)

芭蕉と曾良が訪れた当日は、実は霧雨だったとか。芭蕉は「奥の細道」という文芸作品を生み出す推敲の結果、晴れた日にしたという。