考えてみれば、エルヴィス・プレスリーが全てだったのだろう。行き着くところ彼のイメージに戻ってしまう。何しろ中学時代のぼくらは、ラジオやスクリーンで彼と会うことができたのだから。
阿佐ヶ谷駅の北口に、二番館いや三番館とでもいうべき場末の臭いのする映画館があった。中学生にとって、遅れて来た映画「南太平洋」※(1958年)をやっと見ることができる場所だった。エルヴィス・プレスリーの「ブルー・ハワイ」(1961年)もそこで見た。同じ太平洋の島でも、ハワイは楽しいわくわくするところと空想した。
(※) 映像が重苦しい記憶があったが、Wikipediaによれば、舞台照明と同様にカラー・フィルターを歌ごとに使用したせいのようだ。
イ・ソンヒのコンサートで、フィソンが「オンリー・ユー」を歌っているのを聞いたことがある。ほんとうに良い曲だ。「オンリー・ユー」は、プラターズ(1955年)というよりは、記憶の中ではどうしても、ソフトでどこか甘いエルヴィス・プレスリーの印象に偏ってしまう。
(YouTubeに登録のlostvocals4、elvisdreamgirl、unicorn58、vincoereに感謝)
★★★★★ 孫が、立ち姿でスプーンを使って皿のおかずをとる写真が届いた ★★★★★