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2011年3月16日水曜日

余震つづく

ごおっという風音が止まない。ときに強風が家を揺する。風向きが北からというのが気がかりだ。とはいえ、今日の災害地は冷えると聞いている。救援を待つ被災者の方々はいかに過ごされているのだろうか。

そんなとき、部屋が突然揺れだした。気象庁の地震情報(遠地地震に関する情報)*には未だアップされていないが、ウェザーニュースは「12時52分頃、茨城県北部、千葉県北東部で震度5弱の地震がありました。震源地は千葉県東方沖(北緯35.8度、東経141度)で、震源の深さは約10km、マグニチュードは6.0と推定されます。」と記している。
震源域が、宮城沖、茨城沖、そして千葉沖へと南下拡大しているようだ。
*気象庁に登録された情報によれば、隣町の震度が2と記されていた。


★★★★★ 孫が、お腹を出したまま、妹(孫娘)に手をそえて添い寝している写真が届いた ★★★★★

2011年3月15日火曜日

余波

スーパーからボトルのミネラルウォーターやお茶が消えている。そのうえ、米や食パンまで。東北の地震災害地から遠く離れた東京では、オイルショックのトイレットペーパー買占め騒動に似た心理に消費者が揺れている。

近所にある手作りパン屋をのぞいて見ると、いわゆるイギリスパンの食パンは売り切れていた。なのに、レジの後ろの棚にそれが多数積み重ねられている。客が次々来ては、その食パンは売り物ではないのかとたずねると、レジ店員はすべて予約品だと応えていた。なんと、吉祥寺から予約した客もいるという。
普通の形の食パンに見える、フランス食パンがひとつ販売されていたので、一斤切ってもらい、他の菓子パンと一緒に購入する。なんだか騒動につられた感じだ。

(追記)
静岡県東部(震度6強、Mj6.0→6.4修正、深さ約10km→14Km修正)を震源とする、厳しい地震が来た。東京都多摩東部の震度は4とされた。もしこれが計画停電の暗闇の中で起こったなら、とんでもない恐怖を感じたに違いない。
ニュースは、中部電力の浜岡原発について、おおきな異常がないことを繰り返し報告した。
(震源が、東海地震震源域の境界のようだが心配だ。⇒テレビ中継で、気象庁によれば東海地震の震源域と異なると説明した。)

(参考)
日本の原子力発電所の立地点」(日本原子力産業協会)
東海地震震源域」(気象庁)
震度」(気象庁)

(追記)
NHK教育テレビは、今回の電力節電に協力して、24:00以降の放送を停止したため、「テレビでハングル講座」は放映されなかった。


(今日孫娘は、誕生してから10日目である)
★★★★★ 孫娘が、寝覚めだろうか、ずいぶんと女の子らしい穏やかな表情の動画が届いた ★★★★★

2011年3月14日月曜日

余震

余震はまだある。決して良いことではないけれど、テレビのテロップで東京都多摩東部が「震度3」と表示されても、さほどと思わなくなってしまった。
それでも、遠くで風のざわつく音に、家並みを通りぬける風音に、そして風にコトコト揺れる物音に、そのつど動物的な感覚だろうか一瞬集中して耳を傾ける。「ざあっ」と響きを立てて地震が寄ってくるような気がする。
まだマグニチュード7程度の余震が想定されるとのこと。気が許せない。


★★★★★ 孫が、妹(孫娘)を頬を寄せ合うように抱きかかえている、珠玉の写真が届いた ★★★★★
孫たちの、こんな光景を待っていた。携帯の待ち受け写真にする。

2011年3月13日日曜日

マグニチュード9.0

日経新聞の記事「東日本巨大地震、M9.0に修正 気象庁」(3/13)によれば、「気象庁は13日、11日午後2時46分に発生した三陸沖を震源とする東日本巨大地震の規模を示すマグニチュード(M)を8.8から9.0に修正した。国内の観測史上最大規模。」とのこと。

連日、テレビで災害地の状況が報じられるのを見るたびに、被害の大きさを知らされて、痛く、言葉もない。この光景から、地震でわが家の塀が倒壊したことなどはさしたることではない。家の前を、今日も近所の子どもたちがおもちゃの車で遊んでいる声がする。この子たちに事故がなかったことは、本当に幸運だった。

昼過ぎまで、地震のたびうっすらと揺れを感じたが、気分がいいものではなかった。まだ相当程度の余震があるようだが、今後おさまることを願いたい。

(追記)
新聞各紙では今回の地震を「東日本巨大地震」、「東日本巨大震災」などと呼んでいるが、マスコミ用語か。気象庁の正式名称である「東北地方太平洋沖地震」とどう使い分けしているのだろう。

(追記)
当地は、明日から輪番停電対象の「第2グループ」で、9:20-13:00、18:20-22:00に停電予定という。
一日当たり、7時間超の停電になる。


★★★★★ 孫娘が、今日も衣装をかえて、全身コーディネートした可愛い笑顔の写真が届いた ★★★★★

2011年3月12日土曜日

地震続く

気象庁の地震情報(震源・震度に関する情報)の通り、三陸沖の他に、茨城県沖、長野県北部(新潟県中越地方)でも地震が発生している・・・地震の微妙な予感と体感、結局落ち着かず、嫌な気分のまま昨晩から寝付けないでいる。

早朝、テレビ各局は災害現場を映しているが、むごくえぐられた街並に驚くばかりである。またヘリコプターを飛ばして、水没した海沿いの街、田畑、工場地帯を、白煙黒煙をあげる火災現場を上空から実況中継している。夜が明けて見える陸前高田市の壊滅的な光景におもわず息をのむ。
津波の破壊力は想像以上だ。

さらに、福島第一原子力発電所の1号機の放射性物質の拡散が懸念される。

孫たちがいる、お嫁さんの実家と電話が通じた。昨日の地震に相当の揺れがあったとのこと。
一方、わが家の倒れた大谷石塀の撤去が素早く済んでホッとする。


(孫の家族から、穏やかな日常を過ごしている知らせが届いた。まことにありがたいことだ。)
★★★★★ 孫が、父親に抱かれた妹(孫娘)に、「チュー」といいながらチュッする動画が届いた ★★★★★
★★★★ 孫娘が、風呂上りにすっきりして、緒川たまきさん*に似た可愛い顔の写真が届いた ★★★★★
* NHK「熱中時間 ~忙中”趣味”あり~ 地球を掘る」で、堀先生と一緒に鉱物採集をしていた女優さん。

2011年3月11日金曜日

地震被害(東北地方太平洋沖地震)

驚いた。宮城県沖で発生した国内観測史上最大のマグニチュード8.8の地震が東北・関東地方を襲った。巨大なエネルギーだ。ここ東京の多摩東部地域でも、午後2時46分過ぎに、次第に家が激しく揺れて箪笥の上からものが落ちてきた。どうすることもできない今までにない恐怖を感じた。
孫たちの安全が気懸かりで携帯で電話したが、混雑回避のためか未だに通話できないでいる。ただしメールによる安否確認ができ、夕方無事の返信を受けてようやく安心した。

ところで地震後、お隣さんに呼ばれて、玄関を明けて外を見ると、何と大谷石の塀が通りに向かってすべて倒れていたのだ。最初に頭に浮かんだのは、ご近所の幼い子どもたちが下敷きになっていないかということだ。幸い事故がなかったことにほっとした。
倒壊した塀の破片をある程度片付けたところで、夕方ようやく電話がつながった市役所に連絡をとる。担当者がすぐに駆けつけて来て、地元の建設業者を呼んでくれた。業者さんが夜間の安全のため照明つきカラーコーンを配置してくれた。
後片付けは、明日以降となる。

それから、東京ガスの元栓がしっかり安全のため閉じていたのにも驚いた。

(参考)
気象庁地震情報(震源・震度に関する情報)平成23年3月11日14時53分 気象庁発表 Mj7.9→8.4→8.8
USGS:Magnitude 8.9 - NEAR THE EAST COAST OF HONSHU, JAPAN

(追記)
・この事情ながら律儀に韓国語教室に行くものの、施設が急遽閉館されていて、且つ携帯で連絡もとれず引き返す。
・激しく家屋を揺されたあのときを思い返すと、なかなか寝付けないでいる。

中間結果:「はやぶさ」カプセル内の微粒子

日本経済新聞の記事「大きめ微粒子もイトカワ由来 はやぶさ採集の50個」(3/11)によれば、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ」が採取した微粒子は、分析結果から、小惑星「イトカワ」のものであることが明らかにされた。
・「イトカワ」は、太陽系が誕生した46億年前の状態を保っているとされ「宇宙の化石」といわれる。様々な元素の同位体比(ネオンやヘリウムなどの同位体と呼ばれる元素の比率)や結晶構造をさらに詳しく調べれば、「いつごろできたか解明できそう」(JAXA藤村彰夫教授)。太陽系の誕生時期が正確にわかる可能性がある。

「JAXAプレスリリース」(3/11)は、1月下旬より開始された「はやぶさ」カプセル内の微粒子(50個程度)の初期分析の結果を報告している。(日経記事と合体)
1.岩石質と同定された微粒子(0.03~0.1 mm)の3次元構造(大型放射光施設「SPring-8」を駆使した分析)ならびに主要元素組成、酸素同位体比の分析結果により得られた物質科学的特徴は特定種の石質隕石の特徴と合致する
2.宇宙風化作用の痕跡ならびに希ガスの分析結果から、微粒子はイトカワ表面に由来する事が明らかにされた
3.ひとつの岩石には複数の鉱物種(斜長石、硫化鉄、カンラン石)が存在し、複雑な3次元構造をしている(写真参照)。
4.現在のところ(赤外線分析で)、(炭素やアミノ酸などの)有機物の証拠は同定されていない



大きなスケールで太陽系を旅した「はやぶさ」がカプセルに入れて持ち帰った微粒子を分析した結果、小惑星「イトカワ」由来であることが確証された。この小さな微粒子が再び、太陽系のはるか昔の起源に遡るという大きなスケールの物語を提供してくれることになる。

(本ブログ関連:”イトカワ”)

2011年3月10日木曜日

TBS「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」

TBSテレビ地上波の<韓流セレクト>で予定の、イ・ソンヒがテーマ曲(狐の嫁入り(여우비))を歌う「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」は、次の通り放送開始するとのこと。
追記:日程変更を”→”で示す
・3月21日(月)放送開始 →3月25日(金)あさ10:05放送開始予定
・月~金、10:05~

(Youtubeに登録のJunJunTeamHDに感謝)

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”:日照り雨、天気雨、Fox Rain、여우비)

2011年3月9日水曜日

孫娘の五日目

誕生後順調な孫娘は、五日目の今日退院する。しばらく、母親の実家にお世話になるとのことで、ご家族に迎えに来ていただいたようだ。
実家に到着後だろう、ベビードレスを纏った孫娘の写真が送られてきた。白い衣装に埋もれるようにして寝入っている姿が可愛い。光を斜めに受けた孫娘は、陰影が増して凛々しく見える。昨日はべっぴんに、今日は賢い顔を見せてくれた。孫娘はたからものだ。
さあこれからは、お兄ちゃんと一緒だよ。

(追記)
お兄ちゃん(孫)が、帰宅した妹(孫娘)を歓迎して、握手やいい子と頭を撫でたという知らせが届いた。幼い子どもどうしの思いやりは愛おしい。

冬の景色の中で

イ・ソンヒのアルバム5集(1989年)に所収の「冬哀傷(겨울 애상)」(歌詞)の作詞者で、重い病床にあるキム・ヨイル(김요일)を訪ねて、10年振りの詩集などについてインタビューしている記事が、クッキーニュース(쿠키뉴스)(3/9)に掲載されている。(チョン・チョルフン(정철훈)選任記者)
その中で、「冬哀傷」について次のように触れている。
・二十才の時の友人作曲家ソン・シヒョン(송시현)*を通じて、歌手イ・ソンヒに「冬哀傷」を献詩彼は、ソウル教育大音楽教育科出身である。

*「冬哀傷」の作曲者と同名。

(Youtubeに登録のにdove2727感謝)

(本ブログ関連:”冬哀傷”)

ところで、「故郷の歌(고향의 노래)」(作詞:김재호、作曲:이수인)という歌があるようだが、冬の庭、雁が飛んでいくといった似た始まりであるものの、こちらはどうやら冬寒い故郷を懐かしみつつ、心に暖かい思いが宿ってるようだ。

2011年3月8日火曜日

孫娘の四日目

明日(3/9)、孫娘は退院する。誕生した当日(3/5)、翌々日(3/7)といった具合に隔日会いに行ったが、そうなると明日は退院の当日でもあるので、今日面会した。
孫娘を2度も抱っこさせてもらう。支える腕の中に小さく愛らしくおさまった。腕に体温を感じさせる孫娘の口元に、耳を近づけると、すやすや寝息が聞こえてきた。小さな命に愛おしさが増す。
明日からお兄ちゃんと一緒だね。兄妹仲良く元気に遊んで欲しい。

2011年3月7日月曜日

孫娘の三日目

朝方の雪は、昼までに小雨になったが、寒さの厳しい一日だった。今日休暇の息子が、誕生して三日目の娘(=孫娘)の沐浴練習をするというのだ。それに少し遅らせて昼過ぎ病院に行く。
部屋(病室)にはまだ、沐浴から誰も戻っていなかった。看護師さんに教えていただき、練習中の親子の様子を見ることができた。看護師さんの指導のもと、つたない手先で父親が娘に湯浴みしているのを、母親が後ろから心配そうに見ていた。孫娘は、湯の中で泣き続けていたが、新生児用ベッドに移されるや、表情が落ち着いた。
初めての風呂に、孫娘はぐっとべっぴんになった。切れ長の目すじ、高めの鼻、さらりとした髪の毛、どれを見ても美人につながると、わたしは思っている。孫は絶対に可愛い。
あさって退院なので、明日会うことにした。

2011年3月6日日曜日

孫娘の二日目

昨晩誕生した孫娘は、二日目の今日も元気で、その姿が写真と動画で送られてきた。わずか一日で、しっかりした顔立ちになっている。
白い産着を纏(まと)った孫娘は、とてもべっぴんである。わたしには、切れ長の目をしたこの子が美人になることがわかっている。かわいく愛らしい口元から舌を出したりして、すでに食欲も旺盛のようだ。
これから、孫(お兄ちゃん)と一緒に、すくすく育ってくれることが楽しみだ。

童謡「島の赤んぼう」

イ・ソンヒが歌う童謡で、タイトルに「赤んぼう」の言葉があるものに、「島の赤んぼう(섬집아기)」(歌詞と楽譜)がある。
(本ブログ関連:2010年の10/12

母さんが島陰にカキ採りに行けば、赤ちゃんはひとりでお留守番だけど、海が歌ってくれる子守唄に、とろろり寝付きます。
静かで、のどかな島の景色が浮かんでくる。海という母性的なものに育まれて、波音をゆりかごにした、島育ちのひとびとの懐かしい心象風景なのだろう。でもねえ、Youtubeで二人の子どもたちがヴィオラとギターで奏でるこの曲を聴くと、赤ちゃんの気持ちが、やはりひしひしと伝わってくるよ。

(Youtubeに登録のdanielsjp5kに感謝)

2011年3月5日土曜日

赤ちゃん誕生

夕方、息子家族に待望の第二子が誕生した。昨日までお嫁さんには、その兆しがなかったけれど、今日幸いに出産を迎えた。赤ちゃん誕生との連絡を受けて、いそいで西武線高野台にある病院に駆けつけた。
産科のナースセンター受付けで看護師さんから、「可愛い赤ちゃんですよ」と教えられた通り、産後の控え室にそれはそれは愛らしい女の子が眠っていた。お嫁さん、つまり母親は気が張っているのだろうか、元気にそして穏やかに振舞ってくれた。本当にお疲れ様でした。
毎日、赤ちゃんに会いたいと口にしたとき、息子からたしなめられた。母体に負担になることに気遣いが足りないというのだ。ごめん、ごめん。お嫁さんにはごめんなさい。

赤ちゃん、親子、そして若夫婦の姿を写真やムービーに収めた。ときに、真っ赤にして泣く赤ちゃんの様子に見入った。帰り際、足の裏と頬をちょっと触らせてもらった。何と清潔で柔らかなことだろう。また、後日会いに来るよ。

銀(しろがね)も  金(くがね)も玉も  何せむに  勝れる宝  子にしかめやも   (山上憶良)

イ・ソンヒのカーネギーホール舞台の音響・映像・照明

2/3にカーネギーホールで開かれた、イ・ソンヒのコンサート舞台の音響・映像・照明を担当した企業が、当日の模様をニュースレターに次のように記している。

イ・ソンヒのカーネギーホールコンサート:
・2月3日、ニューヨーク韓人放送局KRBラジオコリアが主催した、イ・ソンヒのカーネギーホール公演にGenesis Technologyが演出(プロダクション)を引き受け、成功裏に公演を終えました。
・KRB創立14周年記念特別コンサートとして開かれたこの日の舞台は、特に俳優のイ・ソジンと青春スターのイ・スンギがスペシャル・ゲストとして登場し、多数のファンの熱い声援を得しました。韓国の大衆歌手がカーネギーホールの舞台に立ったのは、チョー・ヨンピルとパティ・キム、イン・スニに次いで4番目にイ・ソンヒがなりました。
・黄金のテラコッタ様式(装飾が施されている)のかすかにややもすると澱みやすいカーネギーホールにもかかわらず、雰囲気のある照明と力あるサウンドで、観客たちはイ・ソンヒの公演に熱狂して手を振って、わざわざニューヨークを訪れた国民歌手の熱唱にどっぷり漬かりました。
・今回の公演で、イ・ソンヒは「少女の祈り」、「私はいつもあなたを」、「美しい江山」、「ああ! 昔よ」、「ひとしきり笑いで」、「因縁」など、ファンに愛される歌を熱唱しました。
・Genesis Technologyは、Sound EngineerのMichael Yoo、Monitor EngineerのBrian Cassell、Lighting EngineerのDavid Garman、そしてVideo DirectorのJune Suhが参加しました。
・「美しい江山」を最後の曲に準備したイ・ソンヒは、アンコールを叫ぶ観客の拍手喝采に再び舞台に出て、自分のデビュー曲であり、今も変わらず愛される「Jへ」など二曲を熱唱することで、マンハッタンの真ん中で開かれた二時間余のコンサートを素敵に終えました。


率直な感想をいえば、Youtubeで視聴できたイ・ソンヒのカーネギーホールコンサートの音響は意外だった。上記の「かすかにややもすると澱みやすいカーネギーホール」という表現が当たっていたからだ。本ブログで、2/9に「カーネギーホールの音響」に素人ながら記述したことを思い返してしまった。

2011年3月4日金曜日

ビー・マイ・ベイビー

ザ・ロネッツ(The Ronettes)の「ビー・マイ・ベイビー(Be My baby)」の「ベイビー」はボーイフレンドのようだが、途中繰り返される「ビー・マイ・ベイビー」のフレーズが印象に残っている。当時ポップスの女性歌手に典型的なとても甘えた歌い方で・・・それが心地よかったりして。そう、弘田三枝子もこんな感じだったなあ。
ところでYoutubeで見る、1965年当時のザ・ロネッツの歌い方は、今では考えられないほどに何と穏やかなこと。残念なことに、ラジオでしか聴いていなかったわけで、彼女たちの姿を十分イメージしていなかった。

(Youtubeに登録のianabroadに感謝)

2011年3月3日木曜日

雛祭り

の呼称について、女の子の孫は孫娘という言葉があるが、男の子の孫の場合はどうだろうか。孫息子というものがあるようだが、普段耳にすることはない。これから、誕生する女の子の孫は「孫娘」、二歳になろうとしている男の子の孫は「孫」と呼ぶことにする。

さて、雛(ひな)祭りの今日、孫娘の出産間近なお嫁さんの実家にお邪魔した。すでに、雛人形が準備されていて、赤い毛氈のひな壇に飾られている雛人形を間近に見ると、孫娘がますます実感できるようになった。もちろん、走り回る孫から十分ガードされていることはいうまでもない。
色鮮やかに盛られたちらし寿司、ハマグリの吸い物などをいただき、みなで元気な孫娘を想い語り合った。

ところで、いつもはもう一人の息子と有楽町で映画を見る前の腹ごしらえのため、ナイルレストランでカレーを食べる以外に銀座に用はないが、今日、GAPフラグシップ銀座がオープンしたとのことで、行って見た。GAPの日本最大の旗艦店だそうで、4フロアのうちの4階がキッズ&ベビー売り場になっていて、孫と孫娘の服を探した。幸い可愛いものを求めて、電車で帰宅中、孫が遊んでいる動画メールが届いたのをきっかけ(口実)に、お嫁さんの実家にお邪魔した次第である。

(Youtubeに登録のdoushiyokaに感謝)


★★★★★ 孫が、休暇の父親と一緒に公園で、空高くに凧揚げしている動画が届いた ★★★★★

2011年3月2日水曜日

韓国オーディションの歴史

マネートゥデイ(머니투데이)の記事「大学歌謡祭、全国のど自慢.."オーディションは私たちが援助”」(3/2:キム・ゴンウ〔김건우〕記者)に、<韓国オーディションの歴史は>の副題で、「大学歌謡祭」から現在のオーディション番組にいたる<オーディション>の変遷について、次のように記している。
<緒言>
(現在のオーディション番組の流行について、本来的な)全国のファンたちが作った「草の根民主主義」の性格のオーディションが変質しているという憂慮も少なくない。・・・過度に商業的で、スターを活用するための放送局の「企画」の性格が濃いとの指摘も出ている。
<年譜>
・国内オーディションの出発は、1977年に始まったMBC「大学歌謡祭」に遡る。
・「大学歌謡祭」と対抗する新人歌手たちの登竜門で、1979年に始まったMBC「江辺歌謡祭」(2001年第22回を最後に廃止)がある。(←1984年にイ・ソンヒが登場する)
・1989年に始まった、シンガーソングライターらの登竜門である「ユ・ジェハ音楽競演大会」がある。
・(1980年以来)歴史を誇るオーディションの中で最も安定した愛を受けるプログラムに(KBS)「全国のど自慢」がある。
2000年代に入って大きな変化を迎えた。20代から10代に大衆文化の主役が変わり、大学(主導)の文化から10代のファン層に重心が変わった。
・SBS「英才育成プロジェクト99%」は、現在のアイドル文化の始まりを知らせるプログラムである。
・2002年に現在のオーディション番組に最も近い形で放送されたMBC「楽童クラブ」がある。
・2005年にMnetで「バトル神話」というプログラムを企画した。 
・2006年にSBSがパク・ジニョンと手を組んで「スーパースターサバイバル」を進行。
・2007年にはMBC「ショーサバイバル」が製作された。
・2009年にMnetの「スーパースターK」、2010年に「スーパースターK2」が登場。
・現在、地上波のMBCも(この流れに)飛び込み、「偉大なる誕生」を進めており、SBS、KBSなども先を争っている。

オーディションといっても、アマチュア歌手が未来への扉をたたくという、新人登竜門のファンと共にある時代から、<企画>といったプロ世界のプロジェクトの一環として存在する時代に変遷しているのだろうか。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒとファン”)
(本ブログ関連:”江辺歌謡祭”←表示後、画面最下段の「前の投稿」もクリックを!)


(追記)
イ・ソンヒの改修中「公式ホームページ」の表紙に、「臨時掲示板ショートカット」ボタンが追加されている。このボタン、どうやら3/1に設けられたようだ。
「公式ホームページ」の正式公開を期待するファンたちのコメントが登録されている。考えて見れば、会員制なので・・・従来と比べてどれくらい一般への公開部分があるだろうか。せめて、以前と同程度一般公開を望む。

2011年3月1日火曜日

可愛いベイビー

コニー・フランシス(Connie Francis)の「可愛いベイビー(Pretty Little Baby)」は、アメリカン・ポップ全盛の時代にラジオから流れる彼女の声を聴いて、テレビで日本人歌手が歌うのを見ていた、そんな時代の曲だ。彼女の声質は、どこか舌足らずな甘い響きがした。あの「ボーイ・ハント(Where The Boys Are)」の切なくまとわるようなトーンにすっかりはまったものだ。子どものくせに。
それに比べれば、「可愛いベイビー」の歌は、中尾ミエの明るい歌声も手伝って、健康的な溌剌としたものを感じた。最初のうち、赤ちゃんソングかと思っていたぐらいですけどね。ところで、ベイビーとベビーの違いについて、「ベイビー」はガールフレンドに、「ベビー」はまさに赤ん坊に使い分けられていたような気がする。今はどうなんでしょうか。

この際、本ブログの1/18に記した「ヘイ・ポーラ」の甘い甘いデュエット曲をまた楽しもう。

(Youtubeに登録のJAJAUMAconnection2に感謝)

(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)


★★★★★ 孫が、散歩に初めてはいた長靴を、電信柱に見せている?写真が届いた ★★★★★

2011年2月28日月曜日

11集

イ・ソンヒの11集「Dream of Ruby」CDアルバムを探しているが、なかなか手にすることができないでいる。Youtubeに、同アルバムが登録されている。(登録者のKnightmareSMに感謝)
1. 내가 바라는건
2. 너에게 가면
3. 낯선 바닷가에서 Saxophone Version
4. 후회는 이제 너의 몫입니다
5. 신이 다시 허락한다면
6. Morning Coffee
7. 나의 이별
8. 백우 (白雨) ← 장미につながるような・・・
9. 그때 쯤엔
10. 공존
11. 아름다운 슬픔
12. 그대가 나를 사랑하신다면 ← 7集代表曲のジャズ風アレンジ

ところで、イ・ソンヒの近況は如何だろうか。彼女の公式ホームページは未だに改修中なので、世宗文化会館で5月20~21日予定のコンサート情報がよくわからないでいる。
世宗文化会館の公演/展示案内日程に掲載の、彼女のコンサート詳細情報には、チケット発売時期などが未記入で、早く知りたいところだ。
それから、同会館の英語版公演スケジュールでは、サーチ機能が効きませんよ。


(出産を控えて、今日からお嫁さんは実家に滞在とのメールが息子から来た)
★★★★★ これから生まれる孫娘の可愛い名前の候補が届いた ★★★★★

2011年2月27日日曜日

犬吠崎の<琥珀>

今月の鉱物採集は、寒い山中に分け入るのを遠慮して、話題の「千葉石(ちばせき)」を、発見場所の千葉県南房総市荒川近辺に探せないものかということになったのだが、関係者にうかがうと同地は非公開とのこと。(当然といえば、まさに当然であるが)
そこで、同県の太平洋岸に<琥珀(こはく)>を探すことになった。

いつもの通り、хаякава氏の車に同乗させてもらい、採集地の犬吠崎におもむく。同地は利根川河口の南側、千葉県銚子市の東突端にあり、太平洋の波音も緩く、暖かい陽を受けて海浜を巡った。成果は次の通り。
① 酉明(とりあけ)浦の長崎海岸で採集
・方解石(結晶群)、?(晶洞内:濃緑微砂粒状結晶)、?(安山岩内:あられ石?)、砂鉄(砂浜に局在← Why?)
② 犬吠崎灯台の遊歩道下の海岸で採集
・方解石、ぶどう石?

で、肝心の<琥珀>は?・・・残念ながら一見の機会もなかった。ただし、採集地で、こんなにものんびりと景色を楽しみながらコンビニのおにぎりを食べたのは久し振りだ。

2011年2月26日土曜日

イ・ソンヒとファン

1984年の「江辺歌謡祭」に登場した、イ・ソンヒは仁川専門大学在学中の学生であり、大賞を受賞することで世に知られた。アマチュアからデビューした歌手である。同歌謡祭での彼女の舞台姿は、あくまでも個人的な事情で揃えた衣装でありファッションである。彼女は、プロの手を借りずに、このとき歌謡界に船出した。

翌1985年以降アルバムをリリースして、「国民歌手」を冠せられるまでになる。彼女のヒットは、ファンと共にあった。ファンの目に見えたのは、最初から完成した歌手ではなく、そこに新しく登場した小柄な、しかし力強い歌唱力を持った少女だった。ファンは彼女を見守った。
そして、今も彼女の清潔感と、少女のような容貌は変わらない。

イ・ソンヒの登場と呼応した、ファンの彼女への支持は息が長い。ファンは、自分の人生と照らし合わせながら、彼女を見つづけることができるのだから。初期の彼女のファンは、女性ファンが主といわれていたが、現在、ファンの男女比率に大差はないようだ。まさに「国民歌手」といわれるゆえんである。

ファンは、コンサート会場に集う人であり、居間でテレビに映る彼女の歌を視聴している人であり、仕事場のラジオから流れる曲を聴いている人であり、バスの中で携帯デジタル音楽プレイヤーで聴いている人である。

イ・ソンヒは、誰からも愛されリスペクトされる、時代と合わせ鏡のような存在であり、ファンにとっても共に人生を喜ぶことのできる美しい存在である。彼女の活動を長く支えているのは、ファンの存在である。

彼女と共にいる向こうのファンには及びもつかない。

2011年2月25日金曜日

春一番 2011

そんなに風が強かったかな、今日東京に「春一番」が吹いた(去年も2/25)。昼間の暖かさとの境界だろうか、夕方の冷え込みはまだ強くないが、これから北風が吹き付けるそうだ。〔追記〕確かに夜来寒風強く吹く。
この春一番って、一体何を示しているのだろう。季節の境でも、大きな気候の変化でも、めでたいことでもないようだ。春に最初に吹く強い風といった程度だろうか。Wikipediaによれば、この風と海難事故との関わりがあるともいうが。しかし、新聞初出は最近の1963年(昭和38年)のようだ。
もしかしたら、マスコミが歳時記に付け加えた言葉だろうか。

ところで、各紙によれば、今朝6時53分(米東部時間24日午後4時53分)、スペースシャトルの「ディスカバリー」(STS-133ミッション)が打ち上げられ、今回が最終飛行となる。この後、4月19日の「エンデバー」(STS-134)、6月28日の「アトランティス」(STS-135)の打ち上げで、スペースシャトルによるミッションは全て終了するとのこと。もうじきスペースシャトルの見納めになる。
ISSと地上間の人の移動は、ロシアのソユーズが後継するという。

(Youtubeに登録のtbsnewsiに感謝)

(本ブログ関連:”春一番”)


★★★★★ 孫が、等身大のドラえもん人形の中で、しずかちゃんが大層気に入っている動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、母方の祖母の花粉症対策ゴーグルを付けて、得意そうに立っている写真が届いた ★★★★★

2011年2月24日木曜日

クミホ(漫画版)

昨年、イ・ソンヒがテーマ曲を歌った、SBSで放送されたドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐(내 여자친구는 구미호)」が、TBS地上波で3月(毎週月曜~金曜、10:05~11:00)から放送される。

久し振りに、新大久保のコリアタウンに行く。昼の街は、相変わらず人の波が絶えず、平日のこの時間帯は、中年女性が主体である。いまだに彼女ら世代の勢力衰えず。
CD・書籍店のコリアプラザで、上記番組の画面(カラー写真)をそのままに漫画風にコマ割りしたコミック本の「僕のガールフレンドは9尾狐(내 여자친구는 9미호)」(出版所:美味しい本(맛있는책))を購入した。全3巻のうち1巻目であるが、ここには5話が収められている。

なお同店にはキム・ヒジン(김희진)のCD在庫はないとのこと。インターネットで検索してもらったが、スタッフに余り知られていないようだ。

(Youtubeに登録のPieKilledJason、rhy11111に感謝)

(本ブログ関連:2010年の9/15、2011年の1/21、”狐の嫁入り”、”キム・ヒジン”)

2011年2月23日水曜日

イ・ソンヒの歌唱力

イ・ソンヒの歌唱力については、彼女に固有の「爆発的な歌唱力」というフレーズがよく使われる。たしかに、彼女のデビュー初期の歌い方から、若くて強烈なパワーを感じる。
エンハWiki(엔하위키)に掲載の「イ・ソンヒ(이선희)」には、「1.野球選手(投手)、2.韓国の女性歌手」の二人があげられていて、その2項に彼女の逸話が次のように紹介されている。

・圧倒的な声量の持ち主。歌を歌うのを見ると、クライマックスの部分(声を最も大きく出すことになる部分)で、通常、マイクが40~50cm程度口から離れているのを見ることができる。そのようにしなければ機械が故障するとのこと。
光州の全南大学校の運動場で歌を歌うのに、建物二つを突き抜けて図書館まで歌が聞こえたという逸話もある。
2002年、ワールドカップ終了後、光化門一帯の国民大祭の時に、世宗路十字路の教保文庫があるところで公演見物していた人々は、人の顔も見えず、他の人の声も聞こえないのに、唯一イ・ソンヒ歌声だけ聞こえた....という逸話も。

エンハWikiには、彼女のその他の逸話が記されている。(インターネット上に散在するものがほとんどだが、個々にソースは明記されていません!)

(本ブログ関連:”歌唱力”←表示後、画面最下段の「前の投稿」もクリックを!)

2011年2月22日火曜日

孫の「自分で」

今日、休暇の息子宅を訪問した。もうじきお産で気ぜわしいお嫁さんに申しわけなく、休んでもらいつつ、その間に孫と息子と三人で、少し離れたところにある大きな公園に遊んだ。冬の陽射しと元気な孫のおかげで、寒さに打ち勝つ楽しい時間を過ごした。

何ごとも他人(ひと)の手助けがあれば楽なもんだと、怠け者のわたしは人生の最初から知っていたが、孫は違う。
「自分で」やるのだと孫が自己主張したのを聞いたのは、前回(2/4)会ったときだろうか。今回は、この「自分で」の連呼を大いに楽しませてもらった。
公園に出かける際、ズボンをはくとき、靴をはくとき、そして階段を降りるとき、誰の手も拒絶して「自分で」と訴えるのだ。おかげで階段を一段ずつゆっくり確かめるように降りるのだが、一段降りては「おっ」と感激して、また一段降りる様子に笑ってしまう。
孫は、誰に教えられるわけでもなく、確実に「自分で」成長している。人間って本当に素晴らしい。

公園から戻ったところで、結局ご馳走していただいた出産間近のお嫁さんに感謝。

2011年2月21日月曜日

瑠璃色の地球

STS-131ミッションの飛行11日目(Flight Day 11)、NASAプログラムによるクルーの目覚まし(wakeup call)に、松田聖子の「瑠璃色の地球Earth in the Color of Lapis Lazuli)」(歌詞)が、国際宇宙ステーション(ISS)内に流れた。山崎宇宙飛行士は、(日本時間)2010年4月15日午後1時21分に、この曲を聞いて起床したのだろう。美しい地球、瑠璃色の地球を眼下に見ながら。

Youtubeに登録の記者クラブ会見の解説に、「瑠璃色の地球も花も­宇宙の子」の句を、クラブのゲストブックに書いたと記載されている。

母なるイメージには、海があり、地球がある。この宇宙に浮かぶ地球を、母と認識する時代になった。孫たちの時代には、それが太陽系まで拡張されているかもしれない。

ところで、瑠璃のラピスラズリLapis Lazuli)は、深い紺青色の美しい岩石である。宝石だけでなく、顔料としても使われた高価で貴重なものだった。よく「フェルメールの青」が例にあげられる。

(Youtubeに登録jnpcに感謝)

(本ブログ関連:”山崎宇宙飛行士”)

2011年2月20日日曜日

どこかで春が

どこかで生まれているだろう春を探しに、寒さをおして山路にいこうとするほど張り切りがない。先日、近在の小金井公園で梅を観たきりかな。日々母親と散歩を楽しむ孫とくらべて、なんと不精なことか。

せめて童謡を聞きながら、春がきたことを感じたい、Youtubeの「どこかで春が」(作詞:百田宗治、作曲:草川信)はどうだろう。「どこかで春がうまれてる」という、なげかけるように間接的に春の兆しを語る歌詞もそうだが、やさしく穏やかな曲調もよい。ゆったりとした温もりの中に、水音、鳥の鳴き声、芽吹き、そんな春の気配を子どもの心に感じさせてくれる。
山の中に春が訪れるのは三月頃のこと。ここ武蔵野にはもうすぐに春が生まれる。

(Youtubeに登録のdoushiyokaに感謝)

(本ブログ関連:2009年の3/18、””)


★★★★★ 孫が、電気屋でもらった風船(後で割れる)を、うれしそうに見上げている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、四月から通う保育園の前で、誰もいないグラウンドを覗いている写真が届いた  ★★★★★

2011年2月19日土曜日

夜空の雲

曇天の今晩は風もなくて寒さもゆるい。昨晩のように満月(月齢15!)に照らされた雲を見ることはない。
夜空に、くっきりと浮かぶ雲を目にするのは不思議な気がする。特に満月のとき、太陽光の反射は一段と増して、雲の姿を地上に見せつけるのだろう。風の強い夜、月の光りに照らされて、たなびく雲が流れていく様には圧倒される。

聖路加タワーを正面にして、東京の夜に流れる雲をとらえている映像がYoutubeにある。ベイエリアの街明かりを直接受けているのだろうか、雲の下側が明るく見えるのは不思議だ。そしてズームアウトしたとき、雲の動きと反対方向にパンしているように見えてしまうのは錯覚だ。

(Youtubeに登録のTINGARAに感謝)


(孫は、出産を控えた母親と二人だけの貴重な時間を過ごしている)
★★★★★ 孫が、母親のカメラに向かって、あどけない笑顔を見せる写真が届いた ★★★★★

2011年2月18日金曜日

イ・ソンヒの童謡

これまで、イ・ソンヒの歌う童謡曲を探してきたが、2/17付けのYoutubeに、一挙に11曲が登録されている。感謝して曲目を次に記す。
ただし、いわゆる童謡以外に、民謡、国楽(8集「小船(조각배)」(歌詞)所収)、および彼女の歌(8集、10集「First Love」(歌詞)所収)など幅広くから選曲されているため、「童謡」の名のひとつのアンソロジーといえる。

・さかな釣り(고기잡이
・夕焼け(노을
・木の葉の船(나뭇잎배
・燈台守(등대지기
若葉たちだ(새싹들이다
・惜別の情(석별의정
・城内のこども(성안의아이)⇒10集
・ソンジュプリ(성주풀이):民謡
・兄を思うと(오빠생각
・小船(조각배):国楽歌謡(映画「コバン村のひとびと(꼬방 동네 사람들)」主題歌-未確認)⇒8集
・草原(초원)⇒8集

童謡を丁寧に歌うことから、一つのイメージに染まらないかという危惧があるかもしれないが、実力がなければできない作業だろう。イ・ソンヒは、それを実践し熟(こな)してきた。彼女が支持される大きな理由である。

(Youtubeに登録のconanoldに感謝)

(本ブログ関連:2010年の1/147/1810/12

2011年2月17日木曜日

千葉石

「現在,地球上にある鉱物は,わかっているだけで4400種類。」(「日経サイエンス」2010年6月号)だそうだが、日本でも日々新鉱物が発見されている。その中で、鉱物種類が乏しいといわれていた千葉県で新しい鉱物が発見された。
「ちばとぴ」の記事「天然ガス含む新鉱物『千葉石(ちばせき)』  アマチュア研究家ら発見 千葉県立中央博で公開」(2/16)に、次のように紹介している。

・新鉱物は、1998年にアマチュア研究家、本間千舟さん(63)=館山市=が南房総市荒川の約1800万年前の地層「保田層群」から採取した岩石がきっかけだった。
・分析の結果、一般的な「石英」だったが、結晶の形態がまったく異なり、2007年には同じ場所から変質していない透明な結晶を、研究仲間の西久保勝己さん(49)=市川市=が発見。
・「かご」状の結晶構造の内部にメタン、エタンなどの天然ガスを含むことを研究チーム(物質・材料研究機構、東北大や千葉県立中央博物館など)が特定し、県内で初めての新たな鉱物として認定された。

報道は、発見のきっかけを作った人たちを明記すべきだ。「ちばとぴ」(千葉日報)は、他紙と比して、それを忘れていない。
ここでアマチュアと呼ばれる方々は、プロでないだけで真摯さと業績において違いはない。かつて日本最高峰のアマチュアは、「アマチャ」と自称する余裕と力を持たれていた。

(参考)Nature Communication (Published 15 February 2011)
New silica clathrate minerals that are isostructural with natural gas hydrates”

(追記1)「地質ニュース」の終刊:
「工業技術院地質調査所当時の1953年3月創刊号から58年という長い間、『地質ニュース:地質調査総合センター編』を発行して」きたが、「2011年3月号をもちまして発行を終了することに」なった。
なお、1953年から2006年発行の分のバックナンバー(PDF)版を見ることができる。

(追記2)若田光一宇宙飛行士ISSコマンダー(船長):
JAXAプレスリリース「若田光一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在の決定について」(2/17)によれば、若田宇宙飛行士は、(ISSの)第38次/第39次長期滞在期間(2013年末から約6カ月間)において、日本人初のコマンダ―(船長)として第39次長期滞在の指揮をとるとのこと。

2011年2月16日水曜日

カラオケ初め

毎月、中学時代の仲間と八重洲に集ってカラオケをやっている。先月(1月)は欠席したため、わたしにとって今日が、今年のカラオケ初めである。平日だけに、受付が混み合うことはなかったが、カラオケの各室は満遍なく埋まっていた。どうやら、カラオケと景気は連動しないようだ。
われながら一向にレパートリー(イ・ソンヒの「J에게」、「나항상 그대를」)は広がらないが、良いこともあった。それは、カラオケ画像がHD化されて見やすくなり、かつエコーを効かせてくれて上手くなったと錯覚させてくれたことだ。
次回までに、イ・ソンヒの曲目を増やさないと。しかし難しい歌ばかりだ。

ところで、カラオケに採点機能があって、みなで確かめてみたところ・・・だった。

(本ブログ関連:2009年の10/9、2010年の3/18


★★★★★ 孫が、指にしたアンパンマン人形たちに、「こんにちは」と挨拶する動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、ベッドから飛び降りたり、父親の体のうえを歩いたりしている動画が届いた ★★★★★

2011年2月15日火曜日

冷めたカップ

ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」(1971年、訳詞:堀内みち子・なかにし礼)は、朝別れる二人が冷めた紅茶を飲みほして、駅までの小路を言葉なく歩む、とてもおしゃれで、そして古風な、無言が価値を持っていた時代の歌だった。
(本ブログ関連:”曖昧なこと”)

イ・ソンヒのアルバム2集「秋の風(갈바람)」(1985年) に所収の「恋人のなみだ(연인의 눈물)」(歌詞・作詞:정은이、作曲:남국인)も、冷めたカップの前で、何も言えず涙を隠している。ただし、情景は星が輝く夜であるが。
彼女の2002年のコンサートでは、2集当時のように声の力だけでなく、余情をしっとりと含ませて歌いあげている。その分、彼女の美しさも増している。
今年5月に予定されているコンサートで、この歌を聴かせて欲しい。

(Youtubeに登録のHiroppy419、dove2727に感謝)

(追記)
IE9βからIE8に戻した。

★★★★★ 孫が、雪上がりの道で、両手に雪を抱えて「ゆぃき」と喜ぶ動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、雪に足を滑らせそうになったが、上手に身をかわす動画が届いた ★★★★★

2011年2月14日月曜日

トゥルー・ラヴ・ウェイズ

Youtubeで見た順番は逆だが。
まず、バディ・ホリーが歌う「True Love Ways」(1960年)は、若い二人の愛が実っているのが分かるように優しく甘い。子ども過ぎたかな、当時、こんなに美しい曲があったなんて・・・聴き逃していたよ。
実は、全く別なきっかけで、この曲を知ったわけで・・・。

それも、エジプトのCM「パンダチーズ」のバックにこの曲が流れていたのだから。CMの内容は、パンダチーズを断ったばかりに、いやだとは言わせないとパンダ(ぬいぐるみ)が、バックの曲調と背反して、いってみれば悪女の深情けのような一波乱を起こすという可笑しさがある。

True Love Ways:
http://www.youtube.com/watch?v=QjFRHIhSvwc

パンダチーズCM:
http://www.youtube.com/watch?v=FCaLUARC-Mw

(Youtubeに登録のcatman916、805ryoに感謝)

(補記)
IE9βをインストールしたところ:
・Chromeに対抗しているのがよくわかる。
・ブログ文章中の言葉にリンクを埋めることが・・・できないのだ。というわけで、アドレス表示する。
・それに、ブログの統計情報が見えないのだ。
・正式版が出るまで、IE8に戻すしかない。

2011年2月13日日曜日

鉱物のつどい2011

南宇都宮で催された鉱物の会に参加する。今年最初のつどいであり、ベテランの方々から採集候補地が挙げられ、みなで談話しながら絞っていった。まず、4月は栃木県百村(もむら)が選ばれた。
会員有志から採集品の提供があり、次の通り会場で採集させていただいた。
・鉄丸石(千葉・和田川)、灰鉄石榴石/ベスブ石(長野・甲武信鉱山)、苦土フォイト電気石(栃木・ろう石鉱山)、イネス石(静岡・河津鉱山)

会の終了後、三鷹から参加のёсиба氏の車に同乗させていただき、わたしの地元まで送っていただいた。感謝。

今年は、頑張って全ての採集会に参加したい。

(本ブログ関連:”鉱物のつどい”)
 

★★★★★ 孫が、母親と買物帰りに疲れて、手荷物を公園の木に掛けようとする動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、風呂上り炬燵の上に自分の椅子を置いて、得意気に座っている写真が届いた ★★★★★

2011年2月12日土曜日

ジョニー・エンジェル

「ジョニー・エンジェル(Johnny Angel)」(1962.2、Shelly Fabares)もそうだ、カタカナの世界だった。耳にしたのは日本人歌手が歌ったものに違いない。けれど、誰から聴いたのだろう。
甘く折り返す、「ジョニー・エンジェル」の出だしの旋律は、今もふっと鼻歌まじりに口ずさみ、続くメロディーが流れ出てくる。

60年代の記憶は、実は圧倒的にカタカナだったりして。そういえば、テレビでアメリカの歌番組を見たのは、NHKが当時放送していた、ミッチ・ミラー合唱団アンディ・ウィリアムズのショー番組だ。アメリカの豊かさが作る強さと安定したものを感じさせる、完成した健全なものだった。同時にちょっぴり反発といったアンビバレンツなものを生み出していったのかもしれないが。
つまり、ぼくらは、現在オールディ-ズと呼ばれるアメリカン・ポップを、オンタイムでテレビで見たり聴いたりしていたのではなくて、もっぱらラジオから流れるビルボードやキャッシュボックスのランキング情報でさわりを耳にためていたわけだ。

(参考)
「ジョニー・エンジェル」について、eigo21サイトに、詳細な解説が掲載されている。

(Youtubeに登録のkendivx、dentelTV2、yootamiに感謝)

(追記)
昨晩遅くに小雨になったにもかかわらず、また雪が朝から降り続いている。息子からは、雪道に注意をのメールが届いた。・・・二階の屋根の雪が、一階屋根に滑り落ちる音がする。

2011年2月11日金曜日

高尾山いずこ

明け方、すりガラスの窓越しに、隣家と境の塀の上に雪が積もっているのが見えた。天気予報の通り、一日雪降りだった。

以前、冬晴れの高尾山(599m)に登ったことがある。路肩に雪が残っていた。そんな時節だから、頂上まで人混みはなく、ハイキングを楽しむことができた。実は今日、その程度の天候を覚悟して、高尾山登山を予定をしていたのだが、天気予報でまさかの雪降りを知らされて延期になった。

先日(2/6)の小金井公園の梅まつりで、江戸東京たてもの園の「特別展 武蔵御嶽神社と髙尾山薬王院」を観覧して、髙尾山薬王院の飯縄権現(いづなごんげん)の由縁を知り、訪問を楽しみにしていたのだが。

夕方、雪の中を韓国語教室にうかがったが、夜分の帰り道ぱらぱらと冷たい小雨にかわっていた。どうやらお天道様も一段落したようだ。高尾山に行けなかった鬱憤を晴らして、ちょいと長道ながら自宅まで歩いた。

SBS放送のカーネギーホール公演ニュース

先日(2/4)、本ブログの「イ・ソンヒ カーネギーホールで公演」に記したように、聯合ニュースが配信した記事は各紙に載っているため、他のソースを探してみたところ、2/5放送されたものだが、SBSイ・ヒョンシク記者が現地報告しているものがあり、映像と内容が記事化され、次のように報じている。
・歌手人生27年、二十五枚のアルバムを出して300万枚以上の販売高を記録した、私たちの時代の代表的な歌手イ・ソンヒさんがニューヨークのカーネギーホールの舞台に立ちました。
・イ・ソンヒは、歳月を感じられない、いつものその澄んだ力強い声で、「ああ!昔よ」、「Jへ」など20余曲のヒット曲を歌って、風格のあるカーネギーホールの舞台を熱い雰囲気にしました。

 昨年彼女は、「僕のガールフレンドは九尾狐」、「大物」などSBSドラマのテーマ曲を歌っていて、同局とは縁が深いように思われる。

(本ブログ関連:”SBS”)

2011年2月10日木曜日

白銀は招くよ

薄いフィルムのように透明で色付けされた、フィルムレコード(ソノシート)というものがあった。LPレコードよりも、EPレコードよりも安価でありながら、レコードデッキで聞くことができる音質度外視のレコードだ。そのため雑誌付録や景品になったりしていた。

たしか、カルピスのクイズに応募したときに当選したのだろう、フィルムレコードが四、五枚収められた小冊子が届いた。歌あり、歴史的な録音ありといったバラェティに富んだものだった。その中に、トニー・ザイラーが映画で歌った「白銀は招くよ」が収録されていた(ような気がする)。
彼は、Wikipediaによれば、「1956年の(イタリア)コルティナダンペッツォ冬季オリンピックにてアルペンスキー回転・大回転・滑降の金メダルを獲得し三冠を達成」したし、その風貌から映画スターにもなっている。スポーツ選手の爽やかさもあって、当時とても支持されたと思う。

ところで、わたしはずーっと、トニー・ザイラーがドイツ人だと思っていたが、オーストリアの人だったのですね。

子どもの頃、学校行事でスキー教室があったが、ちょうど足の親指を骨折していたため行く機会がなかった。そのせいではないが、以来スキーとは無縁である。


(孫のため紙飛行機の本を国分寺の書店で探しているときメールを受ける)
★★★★★ 孫が、おもちゃのシャベルカーに乗って、得意そうに操縦している写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、折り紙で作った紙飛行機を力いっぱい、飛ばそうとしている動画が届いた ★★★★★

2011年2月9日水曜日

イ・スンギが日本進出するなら

Jo!ns(中央日報:日本語版)の記事「イ・スンギが日本進出?…『まだ決まっていない』」(2/9)」によれば、イ・スンギの日本進出について次のように報じている。
・万能エンターテイナーのイ・スンギの所属事務所(フックエンターテインメント)側は8日、「(現在出演中のKBSの2番組)両番組の降板について制作陣と具体的な話をしたことはない。 ただ、日本進出を考慮中で、近くドラマ出演を計画しているため、全般的なスケジュール調整は避けられない」と明らかにした。

この機会に、もしかしたらか彼の師である、イ・ソンヒが来日する可能性があるかもしれない。
去年、イ・スンギのコンサートが中野サンプラザであったようだが、そのときもしかしてイ・ソンヒが来日するかなと期待したが、そんなことはなかったので、過剰な空想は厳禁かな。

カーネギーホールの音響

カーネギーホールの音響はどうなのだろう。先日(2/3)のイ・ソンヒのコンサート映像から聞こえる音響は、トークのときに随分とエコーが効いているように感じられた。
専門家にとっては、コンサート会場は適切な残響、広がり、指向というものがあるだろう。素人にはわからないが、オーケストラの場合、鮮明さが要求されるだろうけど、ポップスの場合はどうなのだろうか。またカーネギーホールは、ポップスの場合、PAなど音響装置はどの程度自由に設置、操作が可能なのだろうか。5レベルまで客席があるホール空間はどのような適性があるのだろうか。いろいろ知りたいところである。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ カーネギーホール舞台映像”)

2011年2月8日火曜日

早春賦

2/4は暦の上で立春で、孫宅に行く路に春らしいぬくもりを感じた。先日(2/6)久し振りに小金井公園に観梅したときも穏やかさがあった。しかし、景色の隙間から忘れていたように寒さがかすめる。この時期をちょうど言い当てているのが、「早春賦」の歌だろう。
まだまだ、「春は名のみの 風の寒さや」で、詩情ないことだが相変わらず炬燵から離れられない。「いかにせよとの この頃か」である。

(Youtubeに登録のNEPYOUに感謝)

2011年2月7日月曜日

エレーナ・リアシェンコ

ラジオから聞こえてきたことだが、今日は、長野オリンピック(第18回冬季オリンピック、1998年2月7日~22日)が開催された日で、長野県は「2月7日を『長野オリンピック記念平和とスポーツの日』と定め、毎年、市民挙げて平和を願い、スポーツに親しむ日とする。」としているそうだ。

思い出深いのは、当時のテレビコマーシャルに登場した、フィギアスケートの女子選手エレーナ・リアシェンコОлена Ляшенко)のことだ。コマーシャルが流れるたび、その美しさに感心した。ノーブルな顔立ち、吸い込まれるような瞳に引き込まれたものだ。
コマーシャルは、直接ファンメールを送ることができるインターネットの時代を歌っている。

(本ブログ関連:”エレーナ・リアシェンコ”、”フィギュアスケート”)

ところで、わたしが仕事で初めて利用したパソコン通信は、1993年頃に使ったAppleLinkだった。米国との通信費を節約し、最低限のメッセージだけを送信して、詳細(ダンプ)は別途FAXを使った。

イ・ソンヒ カーネギーホール舞台映像

Youtubeに、イ・ソンヒのカーネギーホール(米2/3)公演映像が次の通り登録されている。
・イ・ソジンによるイ・ソンヒ紹介と公演トピック(NYラジオコリア)
「ひとしきり笑いで(한바탕 웃음으로)」
「あ!昔よ(아! 옛날이여)」
「美しい江山(아름다운 강산)」
「Jへ(J에게)」
およびイ・スンギの歌


Lee Sun Hee Concert at Carnegie Hall (連合ニュース)

(Youtubeに登録のAM1660、leeseunggiworld03に感謝)

(本ブログ関連:”カーネギーホール” ←画面最下段の「前の投稿」もクリックを!)

(追記)
今回のカーネギーホール・コンサートで、新曲が発表されるものと期待していたが、それはなかったようだ。5月からの(韓国)全国ツアーまでに今回の成果をもとに、15集アルバムがリリースされること待望する。

2011年2月6日日曜日

小金井公園の梅

冬寒に出控えていた小金井公園に久し振りに行く。
きのう、孫家族から「(第9回)小金井公園うめまつり」(2/5(土)~2/27(日))に遊んだ写真や動画が届いたので、覗いてみることにした訳だ。
穏やかな空の下、梅林の大方の木々は白梅、紅梅を咲かせていた。観梅の人のなみは耐えることがなかった。それに、ロウバイの薄黄色の花も香りを辺りに漂わせて、厳しい冬の寒さから脱したことを感じさせる。

梅まつりに合わせて、公園内の江戸東京たてもの園前広場に、「東京地酒と酒器うつわ祭り」の屋台が並んでいた。さっそく、東京の地酒を嗜むことにする。中村酒造の<千代の鶴>の「しぼりたて生蔵酒」を小さなカップに注いでもらう。芳香と甘さが第一印象。美味い酒だがかなりの量だ。酒は全く強くないので、のんびり飲むうちに顔が赤くなってきた。

酔い覚ましに、江戸東京たてもの園のビジターセンター(展示施設)で開催の「特別展 武蔵御嶽神社と髙尾山薬王院」を観覧する。近々、高尾山に登る予定があるので、髙尾山薬王院について下調べのつもりだ。髙尾山薬王院飯縄権現(いづなごんげん)が白きつねの上に姿を見せるのに関心をもった。全国で同様見られるようだが、なぜ飯縄権現(天狗)と白きつねの組み合わせなのか。どうやらお稲荷様の系譜につながるようだ。

(本ブログ関連:”公園の梅”)


(小金井公園に訪れたときメールを受ける)
★★★★★ 孫が、展示ヘリコプターの前で、従兄弟と仲良く手をつないでいる写真が届いた ★★★★★

2011年2月5日土曜日

イ・ソンヒ カーネギー公演 全席売り切れ大盛況

nyradiokorea.comの記事「イ・ソンヒ カーネギー公演 全席売り切れ大盛況」(米2/4)によれば、イ・ソンヒのカーネギホール公演が大盛況であったことを次のように伝えている。(KRBニュース:ファン・ギルチェ記者)

・カーネギーホールのアイザック・スターン ホール2千8百席が皆売り切れという、ニューヨーク韓人社会の大衆歌手公演史上、一度もない(最多観衆動員)記録を立てました。

・公演が始まるとすぐに、(NYU卒)俳優イ・ソジンがイ・ソンヒを紹介しました。
・イ・ソンヒは、「少女の祈り」で、最初の曲を始めました。続いて、「愛が散るこの場所」、「分かりたいです」、「私はいつもあなたを」など、おなじみのヒット曲が続く間、客席をいっぱい埋めた観客は熱い拍手で合わせて応えました。
・1部の舞台が終わり、特別ゲストのイ・スンギが出てきて自身のヒット曲3曲を歌い、若い観客は熱烈に歓呼しました。

・続く2部の舞台では、イ・ソンヒは、軽快な曲を中心に舞台を仕上げて、最後は不滅のヒット曲「美しい江山」でフィナーレを飾りました。観衆は、起立拍手(スタンディングオベーション)でアンコールを連呼し、イ・ソンヒは、アンコールソングで自身のデビュー曲「Jへ」を歌って観衆に合わせて応えました。

(本ブログ関連:”カーネギーホール”)

(追記)
KBS WORLDは、日本語版記事「歌手イ・ソンヒさんが米カーネギーホール公演 」(2/5)で、今回のイ・ソンヒのカーネギーホール公演について報じている。


★★★★★ 孫が、小金井公園で父親に、従兄弟と一緒に抱きかかえられている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、滑り台から何と一人で、頭から滑り降りる男の子らしい無茶な動画が届いた ★★★★★

2011年2月4日金曜日

孫と紙飛行機

月刊誌「子供の科学」の巻末にある「切り抜き紙飛行機」ページから、昨日切り抜いて作った紙飛行機を持って孫に会いに行ってきた。
孫は、紙飛行機をしばらく飛ばしたり、投げたりして遊んでいたが・・・。父親が気遣ってしばらく触ってくれたけれど。翼の角度調整が不十分なため、うまく滑空してくれない。孫は正直である。
出直しが必要だ。今度は思いっきり空に向かって投げると春風に浮かぶよう、きっちりとした紙飛行機を用意しなくては。孫よ、次回を期待して欲しい。

母親に甘える孫を見るのは良いものだ。あと2ヶ月もすれば妹が生まれるのだよ。それまで思いっきり甘えたらよい。

(本ブログ関連:”子供の科学”)

イ・ソンヒ カーネギーホールで公演

聯合ニュース(日本語版)の記事「[芸能]イ・ソンヒがカーネギー・ホールで公演、韓国人4人目」(2/4)に、イ・ソンヒのカーネギーホール公演を次の通り報告した。

・【ニューヨーク4日 聯合ニュース】歌唱力に定評のあるベテラン歌手イ・ソンヒが、米ニューヨークのカーネギー・ホールで(米)3日夜に公演した。伝統ある同ホールのステージに立った韓国の大衆歌手は、チョー・ヨンピル(1981年)、パティ・キム(1989年)*、インスニ(1999、2010年)に続き、4人目。
・イ・ス(ソ?)ンヒは最も大きいメーンホール、約2800席のアイザック・スターン・オーディトリアムで、特有のパワフルな歌声を披露した。当日(2/3)は旧正月であり、祖国を懐かしむ現地在住韓国人が多く訪れており、数々の思い出のヒット曲に目をうるませていた。
・またこの日は、イ・ソンヒが数年間ボーカル・トレーナーを務めていた歌手兼俳優イ・スンギと、同じ事務所に所属する俳優イ・ソジンが特別ゲストとして出演した。
・イ・ソンヒは、「久し振りにニューヨークを訪れ、大舞台に立ちましたが、歓迎してくれる方がたくさんいると思い、恐れはありませんでした。その予測が間違っていなかったことを、今日の公演で感じました」とあいさつし、観客に感謝の言葉を伝えた。

(*)カーネギーホールの最大の舞台(メーンホール:Stern / Perelman)で公演したのは、チョー・ヨンピルとインスニの2人である。マスコミによって、パティ・キムを含めたり、含めなかったりとまちまちである。

これから、韓国マスコミの反響を収集して、本ブログに掲載していきたい。聯合ニュースは、日本の共同通信と同様の通信社であり、韓国各紙の関連記事は聯合ニュースのサービスを受けているようだ。新しいソースを探して見たい。

(本ブログ関連:”カーネギーホール”)

2011年2月3日木曜日

子供の科学

先日届いた、孫が公園で母親と一緒に、多分紙製と思われる飛行機を投げて遊んでいる動画を見て、とてもうれしくなった。羽田の新空港で旅客機を見て以来、飛行機が好きになったようだ。そうそう、孫と一緒に買ったのも、ANAのデザインに外装されたジャンボ機のおもちゃだ。

石を含めて地球関連の特集記事があれば、子供向け月刊誌「子供の科学」(誠文堂新光社)を購入してきた。実は、その巻末に「切り抜き紙飛行機」のページがある。ついに、それを切り抜く時がきたのだ。明日、2機ほど持って孫に会いにいこう。

ちなみに「子供の科学」は、書店で手にすることができる、子供たちに科学への関心を向けさせる、理科少年・少女を育てる唯一といってよい良心的な月刊誌だ。

(本ブロ グ関連:”孫と買い物”)


(孫はわたしが思う以上に速く、たくましく成長している)
★★★★★ 孫が、公園の滑り台を、ひとりでネットを掴みながら登っていく動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、押してもらうことなく、自分の力で滑り台を滑りおりてくる動画が届いた ★★★★★

思い出のページをめくれば

イ・ソンヒがKBSの音楽番組「コンサート7080」(2009年3月22日)で歌った、「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기며)」と、「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」を聴こう。同年4月に、14集アルバム記念コンサートを控えての出演である。なおこれらの曲は、過去27年間に愛された珠玉のヒット曲の中の2曲であり、ニューヨーク(2/3)のカーネギーホールでの彼女の公演に選曲されている。

(Youtubeに登録のkshwebに感謝)

2011年2月2日水曜日

七つの水仙

中学時代に仲間と集まって、フォーク・グループのブラザーズ・フォア(The Brothers Fourの曲を歌っていた。「七つの水仙」、「花はどこへ行った」、「グリーン・スリーヴス」、「グリーン・フィールズ」、「500マイル」、そして「遙かなるアラモ」などだ。随分とロマンチックな歌もあれば、歴史や時代を語る歌もあったけれど、フォーク・ソングのハーモニーを楽しんだ。

若者には何もないけれど、千の丘の上にのぼる朝陽を見せたり、キスと「七つの水仙(Seven Daffodils)」を贈ることができるという歌詞から、なぜ<七つ>なのか、そしてなぜ<陽のもとにきらめく黄金の水仙>なのかと思いもしなかった。もちろん今でも答えを知らない。
仕事がらコンピュータ通信の国際的な参照モデルの7つの階層(機能)に、いつもこの歌の水仙の数を思い浮かべていたし、それに太陽の黄金の林檎」のタイトルに同様に、この歌の歌詞を思い出した。

(Youtubeに登録のsenniesoに感謝)

(本ブログ関連:”パフ”、”グリーンスリーブス”)


★★★★★ 孫が、ベビーチェアに座って、「おぁよう」(おはよう)とご挨拶する動画が届いた ★★★★★

2011年2月1日火曜日

KBSアナウンサー・オンパレード

KBS WORLD日本語放送は年末(12/31)に、アナウンサーが二つのチームにわかれて歌合戦をする「アナウンサー・オンパレード」がある。そのなかで、女性アナウンサーが二人で歌った「雨とあなた(비와 당신)」(歌詞)の曲が気になって調べてみた。
YesAsia.comに次のような紹介があった。この曲は、「映画『ラジオスター』で박중훈が歌って話題となった曲」だそうだ。これをランブルフィッシュ(럼블 피쉬)がカバーしたものがYoutubeにある。この歌は、かれらのカバーアルバム「Memory For You」に収録されているとのこと。

歌合戦では、「雨のように音楽のように(비처럼 음악처럼)」(김현식)も歌われていた。こちらは男性二人組で歌ったのだが、雨はバラードに欠かせない。

ところで歌合戦の投票結果は、1/25の放送によれば、ユー・チャンモ(スキマ)さんチームの圧勝?だった。日頃、マルコメのお母さんに気押されている?ようだが、歌で巻き返した。なにしろ超越した歌唱力である。

(Youtubeに登録のrealdocu、pops8090に感謝)


★★★★★ 孫が、公園のベンチに座って、はらぺこあおむしの絵本を見ている愛しい写真が届いた ★★★★★

2011年1月31日月曜日

The way we were

まるで人生のエピローグのようなフランク・シナトラの「My Way」を、懐古する必要もない若さに溢れたイ・ソンヒが歌う映像がYoutubeにある。
この歌には「memory」という言葉はなく、思い出が自身から離れて見えるようだ。忘れようと忘れまいと思い出が次第に結晶化していることに気付いたとき、ぼくらは終幕に向かう人生の意味を本当に理解できるのかもしれない。

イ・ソンヒは、カーネギーホールで、バーブラ・ストライサンドの「The way we were」を歌う。追憶(memory)は、ここではふつふつとしていて、遠く過ぎ去ったものではない。思い出の数々が身近に感じられるのだ。イ・ソンヒにとって、今回の公演はマイルストーンの一つに過ぎない。

(Youtubeに登録のKimuziek、526apolloに感謝)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒのカーネギーホール公演曲目”)

2011年1月30日日曜日

イ・ソンヒの娘(2)

イ・ソンヒが14集アルバムを発表して、コエックス・センターでのコンサートを控えた頃、韓国日報から受けたインタビュー記事(2009年3月19日)に、同アルバム収録曲「あなたの道(너의 길)」(歌詞)について、次のように記されている。
・娘(양원이)のために作った曲「あなたの道」は、子供の教育への彼女ばかりの信念が盛られている。娘に伝えるメッセージだが、自分を励ます話でもある。
・「人生そのものが長距離じゃないですか。核心は『人生は思ったより長く、長いだけ当然やり損なうことがある』ということでしょう。失敗をしたり、自分より優秀な人が多いということを知ったとき、自信が崩れるどんな瞬間が来ても、最も重要なのは、自分を愛しなさいということですよ。」

「そして決して一つだけ忘れないで。あなたがどんな姿だったか私には、あなたはとても愛らしい、いつもそんなひとだったのよ。」と、娘に対する母親の気持ちは変わらない。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの娘”)

アジアカップ優勝

にわかファンのわたしも今回は、きちんとテレビ観戦した。大柄のオーストラリア選手たちに圧倒されるように見えてハラハラしたが、0:0で延長戦の後半、優勝につながるゴールが決まった瞬間、おもわず手をたたいた。

YOMIURI ONLINEの記事「日本1―0、延長で豪州下し優勝…アジア杯」(1/30)は、次のように伝えている。
「日本は延長後半の109分、左サイドを突破した長友(佑都)のクロスを、(忠成)が左足で直接ボレーシュート、ゴール左へたたき込んだ。」

翌日が休みの子どもたちは、安心して深夜のテレビ放送に釘付けになったことだろう。そして、月曜日の校庭では、喚声とともにサッカーボールが飛ぶに違いない。暖かくなったら公園で、二歳になる孫とおもちゃのボールでサッカーごっこをしよう。

2011年1月29日土曜日

カーネギーホール チケット販売率90%超

nyradiokorea.comの記事「イ・ソンヒ カーネギー公演完売間近」(1/27:現地時間)によれば、イ・ソンヒのカーネギー公演チケットの販売率が、90%を超えたと次のように報じている。
KRBが創立14周年を迎え、野心満々に準備した、イ・ソンヒのカーネギーホールのコンサートが一週間前に迫っています。カーネギーホールの3つの劇場中最大規模のメインホールで開かれる今回のコンサートは、すでにチケットの販売率が90%を超して売り切れが切迫して、現役の歌姫イ・ソンヒのチケットパワーを証明しました。 

カーネギーホールのメインホール(2804席)の、あふれんばかりの聴衆で盛況な様子が、もう浮かんできますね。
ぜひとも、KRBが今回のコンサート映像をDVD化されることを願いたい。


★★★★★ 孫が、産休の母親と一緒に「もっ一回」と、公園で紙飛行機を飛ばしている動画が届いた ★★★★★

2011年1月28日金曜日

こうのとり ISSドッキング

毎日jpの記事「こうのとり:ISS結合へ ロボットアームで慎重作業」(最終更新1月27日23時08分)によれば、JAXA宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)は、次のように国際宇宙ステーション(ISS)に接続したと報じた。
・今月22日、H2Bロケットで鹿児島県種子島から打ち上げられた。
・27日午後6時50分ごろ、ISSの真下約250メートルに到着。
・同8時41分、ISS乗組員が備え付けのロボットアームで捕捉。
・28日午前0時半ごろ、ISSの第2結合部「ハーモニー」にボルトで接続を完了。(予定)
・同4時ごろ、結合作業をすべて終了。(予定)

(追記)
毎日jpの記事「こうのとり:ISSへの結合完了…乗組員が入室」(最終更新1月28日10時35分)より。
・27日午後11時51分、ISS第2結合部に接続。
・28日午前3時43分、結合を完了。
・同午前5時47分、ISS乗組員がこうのとり2号に入室。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

「こうのとり」が無事使命を果たすよう願った。こうのとりが運んできてくれた孫娘のこれからの無事誕生の願いと重ねた。きっと何かの縁があるに違いない。

(付記)
夕方の新大久保に行く。相変わらずの人混みだが、時間帯から若い人が多く見える。それに、街を楽しんでいる二人連れが目に付いた。金曜の夜でもあるし、女性の関心に付いて来ているとしか思えないが、男は大変である。

2011年1月27日木曜日

イ・ソンヒの娘

イ・ソンヒが「魔法の城(마법의 성)」(歌詞)を歌うステージに走り寄ってきた女の子は、彼女の膝の上で一緒に歌います。それは満2、3歳でしょうか、彼女の娘(양원이)の幼い姿です。歌の最後のフレーズの、しかも特徴的な音(発音)に合わせて、「・・・ヘ」、「・・・タミョン」と元気に声を張り上げます。

2004年の20周年記念コンサートの前に受けたインタビューで、イ・ソンヒは娘について次のように語っています。当時、彼女は小学校5年生の12歳の娘と一緒に、ソウルの(竜山区)東部二村洞に住んでいました。
(jo!nsmsnの記事「イ・ソンヒ デビュー20周年コンサート」(2004年8月17日)より)
・「娘は、明るく愛嬌が良い。人に負けてあげる思いやりも深い子だ。」
歌手になる才能があるのか、歌手になるのならばさせるのかと尋ねたところ、「娘が生まれたときに、病院で娘が泣けば私の娘だと思った。あまりにも高音で泣いており、看護師が『イ・ソンヒさんの娘が泣きます』といったほどだ」(笑)
・「やりたいことがあまりにも多い子供だ。いつも学びたいこと、経験したいことを5〜6個選択して、お母さんにブリーフィングをする。自分が一番やりたいことは、長所だけ浮き立たせる賢い娘だ」と自慢した。

その娘さんは現在、高2でシカゴに留学しているそうで、来月のニューヨーク公演を待ち遠しく思っていることでしょう。

(Youtubeに登録のに526apollo感謝)

(本ブログ関連:”魔法の城”、”インタビュー”)

2011年1月26日水曜日

イ・ソンヒ 5月コンサート日程

 世宗文化会館カレンダーを見ると、イ・ソンヒの5月のコンサート日程が、以前知らされていた日程(5月19日(木)~22日(日))から、5月21日(土)~22日(日)に変更されている。
土曜日と日曜日だけの公演となれば、チケットの入手がとても厳しいのではないだろうか。できることなら、彼女のステージを見たいのだが。

(追記)
mkニュース(毎日経済)の記事「イ・ソンヒ 来月米カーネギーホールで公演…韓国歌手では3番目」(1/27)によれば、「イ・ソンヒは、来月2日、米国に出国してカーネギーホール公演(2月3日(木))を終えた後、数日間、ニューヨークに滞在する予定だ。 韓国では、5月21日(土)~22日(日)、ソウルの世宗文化会館を皮切りに、全国巡回公演に出る。」と紹介している。(チョン・アヨン記者)

アジアカップ

アジアカップ日韓の試合は、1:1で延長戦となるも2:2で終わり、PK戦の結果、日本チームが決勝戦に出ることになった。
テレビで試合の始めと、PK戦しか視聴していないにわかファンには、最後に見たキーパーの川島選手の頑張りが印象に残った。

2011年1月25日火曜日

イ・ソンヒ 9集

昨日、神田の韓国書籍専門店の主人から電話があり、イ・ソンヒのCDアルバムをいくつか入手したという知らせがあった。その中の、9集アルバム「一輪菊(한송이 국화)」(歌詞、1994年3月31日)は未だ手元にないので希望して、本日書店に出向き直接いただいた。
9集の曲目は次の通り10曲収録されている。(ファンに愛され聴き継がれてYoutubeに登録されている2曲にリンクした)
・一輪菊(한송이 국화
・私に触れた偶然(내게 스친 우연)
・夜明はまだ遠く(새벽은 아직도 먼데)
・Blues Cafe
・ある雪降る日に(어느 눈 내린 날에)
・気分が良くて(기분이 좋아)
・なつかしい日に(그리운 날에)
・心残り(아쉬움)
・悲しい愛(슬픈사랑)
・雨降る街に立って(비오는 거리에 서서

(Youtubeに登録の526apollo、yokosuka30に感謝)

(本ブログ関連:”一輪菊”、”雨降る街に立って”)

イ・ソンヒ インタビュー

朝鮮日報(chosun.com)の文化人物欄に、1984年にデビューしたイ・ソンヒについて、「途方もない(孟浪)少女が行く、27年間眺めたその舞台」(1/25)のタイトルでインタビュー記事が掲載されている。(イ・テギョン記者)
10日後にカーネギー・ホールでの公演を控えて、マスコミが彼女にどのように取材するのか期待していただけに、彼女の歌に対する次のような思いを朝鮮日報が本格的に記事にしたのは素晴らしいことだ。

・私たちの世代には、カーネギーホールに立つのが夢でした。最近の世代は、カーネギーホールをよく分からないんじゃないです それでも私は、私の夢を一つずつ成し遂げるようです。
数年前から、すべての曲を作曲し、基礎編曲までして、編曲者に渡します。全く分からない時は気楽だったが、編曲を少し知ることになるので更に欲が出て、いまだに音楽に興味がある。
・(意欲的で、インディーズのバンドとのコラボも視野にあるようだ)
・歳をとるとは死んでも言いたくなくて、よく実っ行っいる思います。誤った選択、誤った道に行くこともできたが、ここまで来たから「よくやった、イソンヒ」と褒めてあげたいです。
・(イ・ソンヒは、直接公演のコンテを組んでいる。そういえば、イ・スンギのステージの総合制作をしたこともある。)

なお、彼女の娘さんは、現在高2でシカゴに留学しているとのこと。

ところで、カーネギー・ホールで公演をした歌手にチョー・ヨンピル(1968年デビュー)、イン・スニ(1978年デビュー)の他に、パティ・キムの名前が、以前あげられていたが、同ホールの舞台「Stern / Perelman」に限っていえば外れるのだろうか。

(追記)
KBSニュースの記事「イ・ソンヒ カーネギーホールは、わたしたち世代の夢の舞台」(1/26)に、25日に聯合ニュースとのインタビューの模様を伝えている。
・(公演曲目は)一曲一曲自分で選んだ。
・今回は、27年間親しまれたヒット曲を中心に選曲した。
・できるだけ原曲を損なわない洗練されたサウンドで聞かせるつもりですよ。

ランブリング・ローズ

ナット・キング・コールの独特なハスキーな声は、その軽やかな響きが都会的でなぜか耳に馴染んだ。
カントリーの香りのする「ランブリング・ローズ(Ramblin' Rose)」(1962年)は、ラジオで聞いていたのだろう、曲中繰り返される”Ramblin' Rose”のフレーズが心地よく今も残る。彼も、イ・ソンヒのように聴衆を引き込む魔術師だった。
ビルボードとキャッシュボックスのチャートで2位となり、セールスは百万枚以上だったそうだ。

そういえば、コーラスを従えて歌うスタイルを見かけなくなったなあ。

(Youtubeに登録のPrue126に感謝)

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)

2011年1月24日月曜日

イ・ソンヒの公式ホームページ改修中

いつからか気付かなかったが、イ・ソンヒの公式ホームページが目下改修中のようだ。
会員にならなければ詳細はわからないものの、DaumやNaverにはしっかりしたファン・サイトがあって、日毎ファンからの情報が登録されて活発なようだ。彼女に対するファン層の厚さに感心する。
ところで、「より良い姿でおうかがいします」と改修を表示している公式ホームページは、今後どのように変化するのだろうか楽しみだ。

(付記)
水道の水漏れのためホームセンターにパーツを探しに行った。売り場で店員さんに必要なものを聞こうと思ったが、見当たらない。そのとき専門家のようなお客がいて、不躾ながら教えてもらった。丁寧な説明のうえ、その後別の売り場で顔を合わせたときに、水道の元栓を締めるようアドバイスしていただいた。

2011年1月23日日曜日

錫高野#14

今朝も厳しく寒い。待ち合わせ場所に行くため利用する武蔵野線の車内は冷えたままだ。今年最初の鉱物採集は、通算14回目の茨城県錫高野になった。
хаякава氏の車で当地に近づくと、路肩にはまだ雪が残っていた。仏国寺側から雪道を登って採集地の錫高野に入る。残雪がある所と、そうでない所がある。日陰でも枯葉が積もった場所に雪がないのは不思議だ。一方、山陰のズリ場は一面雪景色である。山頂から吹き降ろす風が冷たく滲みる。
雪の上に、ウサギや猪と思われる足跡を見つけた。雪原に命を感じた。

採集結果は次の通り。(含む:いただき物)
・黄鉄鉱、銅藍、ブロシャン銅鉱、鉄マンガン重石、水晶、方鉛鉱、自然蒼鉛?、珪孔雀石

(本ブログ関連:”地名:錫高野〔近世〕”、”地名:錫高野〔近代〕”、”仏国寺”、”高取鉱山”)

2011年1月22日土曜日

イ・スンギとのデュエット

イ・ソンヒの「デビュー22周年記念 ライブコンサート」(2006年6月17日~18日:世宗文化会館大劇場)で、彼女と愛弟子イ・スンギがデュエットした、エルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない(Can't Help Falling in Love)」をYoutubeで視聴できる。貴重な宝箱をお持ちの登録者526apolloに感謝。



2月3日にカーネギーホールで、イ・ソンヒとイ・スンギの美しいデュエットが聴けるだろう。どんな曲が歌われるのか楽しみだ。

サムゲタン

今の季節と反対の料理かも知れないが、サムゲタン(蔘鷄湯、삼계탕)の食べ方について気になることがある。
Wikipediaによれば、味付けについて、「調理時に味付けはほとんど行なわず、食卓で塩・コショウ、キムチなどで味を整えて食べる。」と書かれている。
・鶏肉と詰込まれているもち米を食べるのは分かるが、薬膳料理の食材でもある、ナツメ、栗、朝鮮(高麗)人参などはどうするのだろうか。
SEOUL NAVIでは、「鶏肉の中に詰まっているモチ米や朝鮮(高麗)人参やニンニク、ナツメ、生姜等をスープと混ぜながら食べます。」と説明されている。
・他のインターネットの情報を見ると、朝鮮(高麗)人参を調理の仕方によって、食べることもできるという表現もあるが、一体どうすればよいのだろう。
・結論は簡単、韓国料理店で聞けばよいのだ・・・・そうしよう。

(追記)
サッカーのアジア・カップで、日本は開催国のカタールと戦い、3対2で勝利してベストフォーに進出したそうだ。昨晩の韓国語教室で、試合開始時刻の質問に答えられなかったし、対戦国もわからない。にわかファンにすらなれない。

こうのとり

随分と低い高度(Min.278km、Max.460km)を周回する国際宇宙ステーション(ISS)に、必要な物資を運ぶ、JAXAの宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)が、本日14時37分57秒に種子島宇宙センターから、H2Bロケット(H-IIBロケット2号機(H-IIB・F2))に搭載されて打ち上げられた。その15分13秒後に、「こうのとり」2号機とH2Bロケットは分離に成功した。(JAXAプレスリリース

2011年1月21日金曜日

<クミホ>TBS地上波で3月から放送

イ・ソンヒがテーマ曲を歌った、SBSの<ファンタジック&ロマンティック・ラブコメディ>の「僕のガールフレンドは九尾狐(내 여자친구는 구미호)」が、TBSから次の通り放送されるとのこと。
(「TBSほっと情報」より)
・番組名: 「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」
・開始時: 本年3月より
・時間帯: 毎週月曜~金曜、朝10:05~11:00
・その他: 字幕つき2ヶ国語放送

なお「CS・TBSチャンネル」は、2011年1月8日土曜日から、毎週土曜深夜23:00~24:00に字幕版放送中。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)

2011年1月20日木曜日

イ・ソンヒのカーネギーホール公演曲目

アジア経済の記事「イ・ソンヒ、米ニューヨーク カーネギーホールでの公演..国内歌手で3番目」の記事(1/19)に、2月3日の公演曲目と所感を次のように報じている。

<バラード曲>
・「少女の祈り(소녀의 기도)」
・「愛が散るこの席(사랑이 지는 이 자리)」
・「分かりたいです(알고 싶어요)」
・「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」
・「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기며)」
・「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」
・「Jへ(J에게)」

<代表曲>
・「葛藤(갈등)」
・「ケンチャナ(괜찮아)」
・「ひとしきり笑いで(한바탕 웃음으로)」
・「あ!昔よ(아! 옛날이여)」
・「因縁(인연)」
・「美しい江山(아름다운 강산)」
・「愛よ(사랑아)」

その他に、普段彼女が愛唱していたバーブラ・ストライサンドの曲も準備している。
・「The way we were」

公演に臨んで、彼女は次のように所感を述べている。
・「世界的な歌手たちの夢の舞台カーネギーホールで公演をするということ自体があまりにもうれしくて光栄だ」
・「ニューヨークに住んでいる観客たちと歌を介してコミュニケーションして、素敵な思い出を作ったら良いし、今回の公演を通じて、私たちの大衆文化を一層発展させることができるきっかけになって欲しい」

以上である。新曲情報については触れていないが、当日期待したい。

国内CD生産

インターネットでダウンロードした曲をモバイル音楽プレーヤーなどで聴くのは、音楽が消耗品化されているようで、CDで聴く親しみ感とは異質のような気がする。曲作りも、聴き方も、両者の態度や距離感が変わってきているのではないだろうか。
結局馴染めなかったものに、家電業界で「家電から個電へ」という言葉があった。音楽でいえば、電蓄やラジオから流れる音楽をみなで聴き、みなで歌った。そんな時代がしばらく続いたけれど、個電の成功例である携帯音楽機器によって、特にデジタルオーディオプレーヤーによって何かが変わってしまったようだ。

日本レコード協会資料によれば、国内「CD生産実績」は下記の通り下げ止まらぬ傾向のようだ。(資料1:2000年~2009年、資料2:2010年、これら組み合わせ)
訂正:CD枚数を資料1の通りに修正。(レコード・テープを含む音楽ソフト生産実績資料を記述したため)
訂正;CD枚数の単位を「枚」と表記していたものを「1,000枚」に訂正。
2000年  414,052単位:1,000枚)
2001年  368,626
2002年  328,679
2003年  315,267
2004年  302,255
2005年  301,803
2006年  290,252
2007年  260,340
2008年  242,451
2009年  210,059
2010年  209,879
資料1を見ると、CD生産量は過去10年間に半減していて、邦盤・洋盤ともに同様半減している。

(参考)日本レコード協会資料の「デビュー歌手数」の推移を見ると、バブル崩壊時に谷をうったものの、増加傾向にあるようだ。どのジャンルが底上げしているのだろうか。

(本ブログ関連:”CD売り上げ状況”)

(追記)
JAXAのプレスリリース(1/19)によれば、本日予定していた、<種子島宇宙センターから宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)/H-IIBロケット2号機(H-IIB・F2)の打上げを、打上げ時刻において打上げ制約条件を超える氷結層を含む雲の発生が予測され(電子機器に影響す)ることから、打上げを1月22日以降に延期した>とのこと。

2011年1月19日水曜日

孫の妹へ

3月には、孫に妹ができる。女の子だということが最終的にはっきりしたのは、今月11日のことだった。そこで今日、孫と休日の父親と一緒に、生まれる赤ちゃんのために衣裳を探しに国分寺へ行った。
息子二人の経験しかなく、孫も男だったので、女の赤ちゃんにどんな衣裳が良いのか分からないのだ。結局、女性店員さんに助言をもらいながら男二人で探したのだが、今思い返すと衣裳の名前をよく覚えていない。スカートと靴下という言葉以外、他の衣裳は・・・。

買物に合わせてせっかく来てくれた孫に、おもちゃ屋でウルトラマン1号の人形を探した。孫は帰宅するまで、その人形を手放さなかった。そう、孫宅まで、わたしはそのまま付いて行ってしまったのだ。
孫は、随分と身長も伸び、言葉もたくみになっただけでなく、なんとAKBの「あいたかった」(会いたかった)やKARAの「ラララ、ラララ」(ミスター)のフレーズをポーズ?をとりながら真似してくれたのだ・・・まもなく2歳になる孫の成長に感心する。

仕事から帰宅したお嫁さんは、赤ちゃんの衣裳を見て喜んでくれた。それに、赤ちゃんはとても活発に動いているそうだ。衣裳を着ている赤ちゃんを見たいものだ。

2011年1月18日火曜日

ヘイ・ポーラ

ポールとポーラ(Paul & Paula)の「ヘイ・ポーラ(Hey Paula)」(1963年)はとても懐かしいデュエット曲だ。結婚式に歌われても良いほどだが、今の若者が選曲するとは思えないし。
ポールの願いに応えるポーラの甘い歌声が耳の奥に残っている。今耳を傾ければ、デュエットならではの印象的な美しさだけでなく、懐かしさからくる切なさも覚えてしまう。
時代背景を考えると、当時アメリカの若者たちが近い将来に不安を抱えていただろうけれど、この曲自体からは健全でとても明るいものを感じる。

(Youtubeに登録のFiftiesRockVideos1に感謝)

2011年1月17日月曜日

ソーシャル・ネットワーク

今日、休暇の取れたもう一人の息子と一緒に、映画「ソーシャル・ネットワーク (The Social Network)」を見た。上映時間の2時間はあっというまに過ぎ、久し振りに映画を堪能した。

世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)である、Facebookの創設者マーク・ザッカーバーグをモデルにして、彼に関わった人々との人間模様を描いた映画だ。直接作品(内容)につながらないが、感想は次の通りである。
  • 主人公の行動は、度が過ぎる。とはいえ、こんな苦いできごとはどの世界にもあることだろう。(若者に起業を礼賛して見せた評論家たちは、果たしてここまで見抜き踏み込んでいただろうか。)
  • 主人公のように早口で喋るのを真似する若者がこれから出てくるだろう。(昔、計算サービスを依頼した大手電算機会社のPMの語り口調とそっくりに、自社電算室の若手連中が喋りだしたのを思い出す。)
  • 最後に、主人公は女性弁護士に見透かされるが、自分の欺瞞性に気づいていないのだろうか。(本当の利益者は誰れでしまい、何処にいるのだろう。Facebookの増資は適切だったのだろうか。)
ところで、今回も昼食にナイルカレーの「ムルギーランチ」をとる。何度食べて美味い、癖になる。

2011年1月16日日曜日

鉱物の会例会

四谷で催された鉱物の会に行く。今年最初の例会である。
初めに会長から挨拶があった。後ほど幹事の方から、会長の喜寿のお祝いを四月の例会に合わせて行うという案内があった。ぜひとも参加させていただきたいと思っている。

会員仲間から、次の鉱物をいただいた。
・紅砒ニッケル鉱、満礬柘榴石/三重・山田鉱山、日本式双晶/長野・金鶏鉱山、剥沸石/静岡・広川原(ёсики氏より)
・十字沸石、橄欖石/新潟・佐渡島、磁鉄鉱/茨城・長谷鉱山(сэяма氏より)

また、会員提供の標本バザーでは次のものを入手した。
・灰長石/東京・三宅島、レインボーガーネット/奈良・川追鉱山、緑水晶/秋田・荒川鉱山、紅柱石/茨城・花園

来週あたり鉱物採集に行く予定である。

イ・ソンヒ「真夜中のTV芸能」にビデオ出演

来月3日にカーネギーホールの公演を控えた国民歌手イ・ソンヒは、1/13放送のSBS番組「真夜中のTV芸能」に変わらぬ歌唱力と姿でビデオ出演した。インタビューでは、思い出のエピソードを語り、かつ伸びやかに安定した歌声を聞かせてくれた。
「私はいつもあなたを」を歌うイ・ソンヒに、MCの「(お変わりなく)そのままのようで」という挨拶から始まった。
コンサートの曲目に上るであろう、「Jへ」、「ああ!昔よ」、「狐の嫁入り」、「ヨン(You)」およびOST「走れハニー」が歌われた。また、デビュー以来の数々の映像(CFも含めて)や、弟子のイ・スンギの話題*が語られ、最後に娘(양원이)へ歌手への想いがあったようだが・・・。

(*)イ・スンギの話題について、例えば韓国経済の記事「イ・ソンヒ "弟子イ・スンギためにならば何でも"発言注目」(1/16)に掲載。・・・イ・スンギについて語ったことが、ニュースの中心になっている。他紙(インターネット記事)も含めて一体どうしたことだろう。驚きである。

なお中国最大の動画共有サイトの1つである56.comに、同番組の映像(イ・ソンヒ出演:44分35秒頃~)が登録されている。

(追記)
ブログ「ドラマ生活BLOG」に、日本語付き上記映像(EDailymotionに登録)が紹介されている。感謝。
稿者doramarifeblogに感謝

(本ブログ関連:”真夜中のTV芸能”)

2011年1月15日土曜日

デビュー22周年記念ライブコンサート(2006年)

2006年6月17日~18日に世宗文化会館大劇場で開かれた、イ・ソンヒの「デビュー22周年記念 ライブコンサート”因縁(인연)”」で歌われた曲を次の通り視聴できる。登録者はいつものように、526apolloである。感謝。
・「Rose(장미)」:第13集収録。
  真紅のドレスのイ・ソンヒが序奏部を舞う舞台を見ることができる。(本ブログ関連:”ドレス”)
・「炎のように(불꽃처럼)」:第5集収録。

なお、スポーツ韓国の記事「振り返り見る22年…イ・ソンヒの”因縁”」(2006年の5/25)で、イ・ソンヒは公演に先立って次のように意欲を明らかにしていた。
・今回の公演で、これまでの音楽生活をじっくりと整理するつもりだ。
・今回の公演で、(彼女)自身の普段の自然な姿までファンに見せて、より気楽な姿で迫るつもりだ。
・今回の公演で、22年間自身が掬(むす)んだ大切な因縁(絆)に対する話を解き明かし、弟子のイ・スンギとの因縁も一緒に紹介する予定だ。

ところで、来月のカーネギーホール公演にあたって、マスコミによるイ・ソンヒへのインタビューは試みられているのだろうか。残念ながら情報収集できていない。もしかしたら、1月13日(23:15)放送のSBS番組「真夜中のTV芸能」で語られているだろうか。

2011年1月14日金曜日

歌手イ・ソンヒ

ブログBrian. Jungの記述「歌手イ・ソンヒ」(1/8)は、イ・ソンヒの音楽表現について、専門家ではないがという断り書きを入れて、次の観点をもとに詳細に述べている。(⇒詳細内容:リンク先を参照ください)
彼女の音楽表現について、これほど真正面から触れたブログは少ないのではないだろうか。

-好みからの所感-
1.美しい声
2.むだな技巧なしに豊な感情で清々しく張り上げる声

-テクニカル要素からの所感- 持って生まれたと見る
3.ライブなのかスタジオアルバムなのか識別できないほど正確な音程、音感.
4.超高音域で、むしろより大きくなるパワーで、決してブレない安定感
5.高音域帯で、どんなに歌を長く歌っても疲れないパワーと長い呼吸
6.高音域帯で、声の音色を大きく変えても全く何もないうえに、高音域帯でも音色を自由自在に変える水準
7.途方もない声量-これが重要だ-高音域帯で、マイクを口から約50cm程度の距離をおくが、その程度の距離をおいても大きく響く声

イ・ソンヒが、カーネギーホールの公演を成功裏に収めて帰国した後は、いろいろなかたちでマスコミに賛美され、ステージ、電波、写真そして活字などを通じて何度も紹介されることになるだろう。それを見聞きできることを、楽しみに待ちたい。

★★★★★ 孫が、ミッキーマウスのデザインされた、寒さ対策の厚手の服を着た写真が届いた ★★★★★

2011年1月13日木曜日

Chrome

ブラウザをIEからChromeに変更してみたが、操作性などについて大きな戸惑いはない。画面切替えは格段に速くなった。
気になる点は、本ブログ画面を左右に分ける縦の罫線が見えなくなったことと、編集画面の文字が若干小ぶりに見える。
要望をあげるとすれば、ブックマークが「新しいタブ」画面の右側にのみ表示されるが、常時どのタブ画面でも表示してくれるとありがたいけれど、それはChromeの主旨に合わないのだろうか。

ちなみに、本ブログを参照されたブラウザについて、統計情報を見ると下表通りで、IEの85%に対してChromeは1%である。
Internet Explorer (85%)
Firefox (7%)
Safari (3%)
Chrome (1%)
Java (1%)
Jakarta Commons-HttpClient   (<1%)
Opera  (<1%)
Pathtraq  (<1%)
Jingoo   (<1%)
(via translate.google.com)   (<1%)

2011年1月12日水曜日

イ・ソンヒ 「真夜中のTV芸能」出演

jo!ns掲載のnewsenの記事「デビュー27年目のイ・ソンヒ、イ・スンギの制作者であり、お母さんの人生公開 」(1/11)によれば、イ・ソンヒは、1月13日(23:15)に放送されるSBS*番組「真夜中のTV芸能」に出演すると、次のように報じている。
・(ニューヨークのカーネギーホールでの公演を控えている国民歌手イ・ソンヒを迎えて)甘美な音楽が加味されたトークの現場を公開する。
・1984年に「江辺歌謡祭」で、はにかむ少年の(ような)姿で私たちの前に登場して以来、今年でデビュー27年目だ。
・イ・ソンヒは、数多くの名曲を残した音楽家として、歌手イ・スンギの制作者でありメンター(指導者)として、一児の母として忙しく生きてきた。

当日、カーネギーホールの公演を目前にして、全てに磨きあがった彼女の姿を見たいものだ。そして、彼女の来し方が如何ほど語られるのだろうか。

(本ブログ”ズボン”関連:2009年の8/13、2010年の9/27

2011年1月11日火曜日

Jへ

イ・ソンヒがアーティストとして20周年を迎え、2004年8月26日~28日に世宗文化会館大劇場で催された「"Jへ" 20年 イ・ソンヒ コンサート」の始めに、彼女が「Jへ(J에게)」を歌う映像を楽しみたい。



(Youtubeに登録のkojilee1983に感謝)

(本ブログ”20周年コンサート”関連:2009年の10/13、2010年の1/115/15/169/2910/2012/4


(昨日、孫家族は長瀞〈日本地質学発祥の地〉に行った。孫は石に一歩近づいた・・・。)
★★★★★ 孫が、長瀞の岸辺に立って、川を背に遊んでいる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、川下りの船の中で、「船!」と言っている動画が届いた ★★★★★

★★★★★ 孫に、妹ができることがはっきりしたと、お嫁さんから知らせがあった ★★★★★

2011年1月10日月曜日

成人式

今日は成人の日だ。1999年まで1月15日と定まっていたが、2000年から1月の第2月曜日に変更された(そうだ)。祝日が固定しないのは、休日確保(制度)のためとはいえ、どうも落ち着かない。ちなみに、昨年は1月11日(月)だった。

ところで、イ・ソンヒの公式ホームページの年譜によれば、彼女が満20歳を迎えた1984年(昭和59年)の活動内訳は次の通りである。ちなみに、彼女は陰暦の1964年11月11日(陽暦1964年12月14日)に誕生しており、デビュー当時、仁川専門大学環境管理科の1年に在籍していた。
・7月29日(日):MBC第5回「江辺歌謡祭」の大賞曲「Jへ」でデビュー。
・11月25日(日):KBS-TV「歌謡トップ10」の連続5週1位にゴールデンカップ受賞。
・12月30日(日):KBS「放送大賞」、「新人賞」受賞。
・12月31日(月):MBC「最高人気歌謡賞」、「新人賞」、「10代歌手賞」受賞。初の3冠王記録。
翌1985年から、レコードアルバム、コンサートなど本格開始する。

(本ブログ”成人式”関連:2009年の5/30
(本ブログ”仁川専門大学”関連:2009年の10/1711/14、2010年の1/212/34/6、)

2011年1月9日日曜日

石の世界(3)

入れ子になっている石

ロシアの入れ子人形「マトリョーシカ」は、中空の入れ子構造になっていて、内側に我が身と相似の小型の人形が次々収まるようになっている。どこまで入れ子が繰り返されるのかと戸惑ったりする。
世界を細分化した先に途方もない世界がまた広がっているという、輪廻に似た無限の循環を空想したりしたことはないだろうか。手塚治虫の漫画「火の鳥」にも、入れ子に循環する宇宙が描かれていたように記憶する。
尾崎放哉は随筆「」に、「私はしばしば、真面目な人々から、山の中に在る石が児を産む、小さい石ツころを産む話を聞きました。」と伝聞している。

石の中に見えるもの

「水晶」に細い草が入っているように見える「草入り水晶」は、実は「緑泥石」などを内包したものだが、どう見ても水晶中に草が在るようにしか思えない。昔の人が草入りと考えたのは自然だ。石と生命体が共存するという、人知の及ばぬものを見た驚きもあっただろう。
そこで、石の中に草以上のものの存在を想像する。例えば、「水入り瑪瑙」という決して珍しくない構造に、そこに魚がいると幻想するのもおかしくはない。
子どもにとっては、魔女が水晶球を通して、彼方の世界を覗き見ているほうが分かりやすいけれど。

(本ブログ関連:”石の世界”、”石の世界(2)”、”結晶世界の夢”)

★★★★★ 孫が、母方の家族と一緒に沼津漁港に行き、夕日の海を凛々しく眺めている写真が届いた ★★★★★

2011年1月8日土曜日

ペ・チョルス

韓国経済の記事「ペ・チョルス“引退する時まで歌やらない…90年代歌手たち残念だ"」(1/6、キム・ミョンシン記者)によれば、KBS音楽番組「コンサート7080」(1/6、汝矣島新館公開ホールで録画)のMCペ・チョルスが、300回特集の記者懇談会席上、”歌手として”事実上引退の可能性を示唆したという。
ペ・チョルスは、ラジオからテレビに移りながら、長く音楽番組のMCを担当されているそうだが、そうであってこその発言と思われる次のようなコメントが報じられている。
・「私たちより先輩は『歌謡舞台』を、1970、80年代の歌手たちは我々のプログラム(「コンサート7080」)に出演する。しかし」、90年代の歌手たちを同番組でカバーできていないことに悔しさを伝えた。
・彼が進行する同番組は、「シム・スボン、ヤン・ヒウン、イ・ソンヒ、キム・スチョル、ク・チャンモ、ユン・ポクヒなど数多くのスターたちが出演し、壮年層には若い時代の郷愁を、若年層には韓国伝統歌謡を知らせて、その意味を付加している」と述べた。
・「出演者たちが本当に楽しく歌を歌って、そのような基盤を用意するのが私の義務ではないかと考えて進行した」としながら、「出演歌手たちを消耗品と考えて、礼をわきまえず接する番組がしばしばあるが、そのように気分悪くすることはやめようと考えた」と吐露している。

★★★★★ 孫が、従兄弟と遊び疲れて、食事中うつらうつらしている動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、食事中船をこいでいる処に、赤ちゃんの従兄弟が現れる動画が届いた  ★★★★★

2011年1月7日金曜日

うさぎ

今年の干支(卯)の「うさぎ」について。

「うさぎ、うさぎ、何見て跳ねる、十五夜お月さん 見て跳ねる」から、「月のうさぎ」のイメージが浮かぶ。地上で呑気に跳ねている彼らだが、月に昇った仲間を惜しんでいるのだろうか。いずれにしても、十五夜の秋頃のイメージだ。

うさぎの絵本といえば、代表的なものに「ピーターラビット」(ビアトリクス・ポター)、「ミッフィー」(ブルーナ)等々あるが、子どものころに見た記憶はない。孫には「ミッフィー」の絵本を渡したが、今年生まれる孫の妹には「ピーターラビット」がよいかなと思っている。

アニメーションなら、何といっても「バッグス・バニー」だろう。テレビ(「バッグス・バニー・ショー」1963年1月)で楽しんだ記憶がある。まだまだアメリカのアニメが強く、ようやく「鉄腕アトム」が登場したころである。

(Youtubeに登録のordo122に感謝)

2011年1月6日木曜日

イ・ソンヒの公演案内

nyradiokoreaのインデックスページに、イ・ソンヒの2/3のカーネギーホール公演チケット購入広告が載っている。同ホールのカレンダーの色調を踏襲したのだろうけれど、どうも落ち着かない。彼女の最近のCDアルバムのデザインを考慮したのだろうか。

このnyradiokoreaのホームページには、イ・スンギ自ら公演をプロモーションするYoutube動画が紹介されている。”Lee Sun Hee”でYoutubeを検索して、<検索オプション>の<並び替え順>を<アップロード日>にすると、最新登録動画が見られる。
(Youtubeに登録のAM1660に感謝)

さらに、同ホームページの記事「イソンヒのニューヨーク公演カリフォルニア州バージニア州でも、中国ファンまで熱い関心」(1/4)に、全米各地のイ・ソンヒのファンたちの声をリポートしてしている。カルフォルニアのファンがニューヨーク行航空券を購入したとか、イ・スンギのファンだった中国女性がイ・ソンヒの歌を聞いてはまってしまったなど報じている。

(本ブログ関連:”カネギーホール”)

2011年1月5日水曜日

テネシーワルツ

落ち着いてどこまでもゆったりとした、パティ・ペイジの「テネシーワルツThe Tennessee Waltz)」(1950年:カバー)は懐かしい。初めて聞いた頃は、とうに昔の曲だったに違いないが、それほどとは思わなかった。何となく大人の歌という気はしたけれど。
子ども心に感じたように、過ぎ去った苦い思い出を、懐旧する余裕のある大人の歌である。曲タイトルに、心情そのまま表現はしないで、物語の起きた場面を示すことで印象を強めている。この曲がヒットした当時の人びとは、青春のできごとを、過去に留めるくらいの自負心を持っていたということだ。
(蛇足:以前、TBSラジオの番組で「山路きて/浅き夢見し/桃源郷」という投稿川柳が紹介されていた、見事。)

Youtubeの備考によれば、この「テネシーワルツ」は、彼女がリリースした同年(1950年)に、#1を13週続けたそうだ。
(Youtubeに登録のburltable449に感謝)

ところで、パティ・キムのパティについて、ko.wikipediaによれば、「パティという芸名は、米国歌手パティ・ペイジのような名歌手になりたいという意味でつけた。」そうだ。


(最近、孫の動きが活発で、写真、動画が撮りにくくなってきていたが)
★★★★★ 孫が、「これは!?」 と公園の石を拾いあげては母親に訪ねる動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、母親の答を真似て、「石だ!」と声を出して次の石を探す動画が届いた ★★★★★

2011年1月4日火曜日

石の世界(2)

薄田泣菫の掌編「石を愛するもの」(青空文庫掲載)を読んで、石を愛するものの心情を覗いてみよう。

わが身を同化してしまいたいほど石に愛着するものは、冷静な蒐集者や石と無縁のものから見れば、まこと奇人でしかない。ところが、その奇人の心情に一度でも感応してしまうと、もはや以前に戻ることはできない。奇人とそうでないものの境界は何処にあるのだろう。
奇人は、桃源郷のごとき景観を石に見つける。「黒く重り合つた峰のたたずまひ、白い水の流れ、洞穴と小径との交錯、――まるで玉で刻んだ小天地のやうな味ひは、とてもこの世のものとは思はれなかつた。」*と。彼の幻想世界を、あなたが一瞬なり覗いてしまうや、境界は崩れ、彼の世界へ引き込まれてしまい、そのとき彼は得意げに、「どんな人だって、(こんな石を)愛さないわけにはゆきますまい。」*と念をおすに違いない。
(*)薄田泣菫の掌編「石を愛するもの」

尾崎放哉の随筆「」(青空文庫掲載)を読んで、石に命を感じる心境をさぐって見よう。

俳人の彼が終の棲家に定めた(花崗岩を基盤とする)石の島は、穏やかな瀬戸内に浮かぶオリーブの茂る島でもある。孤独者のためか、「私は、平素、路上にころがつて居る小さな、つまらない石ツころに向つて、たまらない一種のなつかし味を感じて居るのであります。」**と、物言わぬ石に対して近しさを述べている。風景の中から石が、ぽっかりと浮かび上がり、確かな存在にまでなった。
そうなると、「すべての石は生きて居ると思ふのです。石は生きて居る。どんな小さな石ツころでも、立派に脈を打って生きて居るのであります。」**と、石との距離が益々縮まり、他の文人が中国の伝奇を通じて石への愛惜を語る奇談とはいささか趣が異なってくる。そのとき俳人は、自ら石の虜になった。
(**)尾崎放哉の随筆「石」

(本ブログ関連:”石の世界”)

2011年1月3日月曜日

イ・ソンヒとトロット

イ・ソンヒの歌唱力については、守備範囲が広く、その実力から「国民歌手」といわれる所以であるが、その彼女が、トロットを歌う動画(「MBC歌謡コンサート イ・ソンヒ スペシャル」)が昨日Youtubeに登録された。今回も登録者は時の旅人の26apolloである。感謝。
イ・ソンヒが聴衆と一体となって実に軽やかに、そしてたくみに歌う、トロットメドレーの曲目は次の通り。
・シム・スボン「愛しか私はわからない(사랑밖엔 난몰라)」
・ナフナ「ムシロ(무시로)」
・チュ・ヒョンミ「片想い(짝사랑)」

(本ブログ関連:”シム・スボン”、”イ・ソンヒの本歌取り”)

なお上記の他に、イ・ソンヒが圧倒的な歌唱力でトロットを歌う代表的な動画がYoutube にある。曲目は次の通り。
・イ・ミジャ「椿娘(동백 아가씨)」
・キム・テヒ「昭陽江の娘(소양강 처녀)」

(Youtubeに登録のtheykilledmon、013pic、www0433、naragoyo、yokosuka30に感謝)

2011年1月2日日曜日

孫と新年会

ますますお喋り上手になった孫と一緒に新年会を楽しんだ。玄関でのご挨拶で、孫はきちんと「おめでとうございます」と言った・・・ような気がする。
お嫁さん手作りのおせち料理を美味しくいただき、孫を中心に楽しいひとときを過ごさせてもらった。ケーキを回転してもらいながら、立てられた蝋燭全部の揺れる炎を、孫はちゃんと吹き消した。今日も孫は主人公である。
帰りの身支度を始めるや、孫はすぐにバイバイと手を振ってくれた・・・んん。お別れどきに、父親が抱いた子(=孫)をわたしに手渡そうとするや、あわてて身をよじらせ、「おかあさん」と母親の方に両手を差し出して救いを求めていた。大丈夫だよ、さらって行きやしないから。帰り路、思い出しては独り笑いした。

イ・ソンヒのカーネギーホール単独公演情報

1998年ニューヨークで韓国学生協会が開始したホームページが母体のhey!Koreanの記事「[公演] 新年を迎え、ニューヨークに吹く文化韓流」(2010年、12/31米国時間)は、イ・ソンヒやイ・ウンミなどの当地公演予定を紹介している。イ・ソンヒのカーネギーホール単独公演について、次のように報じている。
・「国民歌手」のイ・ソンヒは、カーネギーホールで単独公演を持つ。2月3日午後8時、(旧暦)正月を迎えて、新年の祝賀公演で繰り広げられる、この公演では、25年間のヒット曲や新曲が一団となった舞台に会うことができ、特別ゲストとしてイ・スンギとイ・ソジン(共にイ・ソンヒと同じフックエンターテインメント所属)が出演して、家族全員が一緒に楽しむことができるコンサートになる予定だ。
パティ・キム、チョー・ヨンピル、イン・スニに続いて、カーネギーホールで公演を広げることになる、イ・ソンヒのコンサート詳細については、http://www.carnegiehall.org/で確認することができる。
* お問い合わせ212-247-7800

そうなんだ。12/31ニューヨーク発の記事文頭は、韓国時間に合わせて、「2011年の新年が明けた。一年の始まりで、ニューヨークで韓国の文化を知らせるの公演やコンサートのニュースをお伝えする。・・・」と書くのですね。そして、今年の旧暦元旦は陽暦の2/3で、イ・ソンヒのカーネギーホール公演当日だったのだ。

この舞台で、「新曲」も交えるという記述があるので、大いに期待しましょう。

(本ブログ関連:”カネギーホール”)

2011年1月1日土曜日

初詣

今朝、孫宅から新年の挨拶の電話があった。 可愛い声で孫が「来て~」と言ってくれたが、父親の都合で明日夕方訪問する。
孫家族に先んじて、昨年初に一緒に初詣をした彼らの地元にある「田無神社」に行った。昼過ぎに訪れて驚いた。神社の外周歩道に参拝者が溢れて列をなしていたのだ。1時間近くだろうか、社殿にたどり着くまで文庫本片手にじっと待った。(写真:左)
孫家族のために破魔矢を、そして孫の健康と無事のお産のためにお守りをいただいた。

帰宅後、我が家の地元にある「関野天神社」にお参りする。こちらは、近在の人々が境内に三々五々集っていた。もう一度、孫家族の安寧、孫の健康、無事のお産などを祈った。今年、孫に妹ができて、お兄ちゃんになる。この幸せがいつまでも続くことを祈らずにいられない。

(本ブログ関連:”田無神社”、”関野天神社(「神のやしろを想う」より、感謝)”)

ところで、今年は「都営交通創業100周年」をむかえるという。(「出没!アド街ック天国スペシャル【今年行きたい注目の街】」から)

2010年12月31日金曜日

師走の新大久保

師走だからといってどういうことはありません。夕方の新大久保は、いつもよりは若干人出が少ないけれど、街の様子は変わりません。この街は旧暦で動いているのですから。とはいっても、さすがに韓国食料品スーパーは人であふれていました。

コリア・プラザに行って見ました。キム・ヒジン김희진)のアルバムを探したのですが、残念ながら見つかりません。そのまま帰るのももったいない。頭上のディスプレイに、チャン・ユンジョン(장윤정)が、MVの常夏の海ではなくて、クリスマスの舞台でしょうか子どもたちと一緒に「来て(올래)」(5集)を歌っていました。だからという訳ではないのですが、彼女のCDを初めて購入しました。第1集アルバムです。そうそう、「あら!(어머나!)」が最初に収録されています。

イ・ソンヒのアルバム13集、14集はいつも通り2つづつ品揃えしていましたよ。

(Youtubeに登録のrhy11111、www0433に感謝)

石の世界

國木田獨歩の掌編「石清虚(せきせいきょ)」(青空文庫掲載)を読んで石幻想にひたってみたい。

手元にある石に世界が閉じ込められていると夢想できるなら、立派な石狂いです。古今東西、手にした石を眺めて、「四面玲瓏、峯秀(みねひい)で溪(たに)幽(かすか)に、亦(また)と類なき奇石」*と鑑賞する者はいますが、命を削いでまで石への愛着が度し難く、いささか狂気じみて周囲を混乱させるなら、彼の心性に応えて、老人がいずこからともなく現われて言うでしょう。「天下の宝といふものは総(すべ)てこれを愛惜するものに與(あた)へるのが当然じや、この石も自ら能(よ)く其主人を選んだので拙者も喜(うれ)しく思ふ」*と。でも、石狂いの彼はその言に身を落ち着かせることが結局できないのです。
(*)國木田獨歩「石清虚(せきせいきょ)」

江戸川乱歩の短編「押絵と旅する男」(日本ペンクラブ掲載)では、閉じ込められた世界の中に入ってみたい。

石を生み出す鉱物の結晶には、無機的な構造でありながら、光を変化(へんげ)して妖しくきらめくものがあります。光を閉じ込め放射する結晶の世界に身を置いてみたいという誘惑にかられた経験はおありでしょう。静謐な、そして熱を感じさせない世界に。でも拍動するあなたの血管の音が聞こえることでしょう。
羽子板の押し絵よりも精巧に作られた世界は、思い出の兄が双眼鏡で探し当てた人形と共にこもった処なのでしょうか。もしかしたら、其処は思い出語りの老人が構築した投影世界かもしれないのです。物語の最後に、「私の気のせいだったのか、押絵の人形たちの顔が、少しくずれて、ちょっと恥かしそうに、唇の隅で、私に挨拶の微笑を送ったように見えたのである。」**と。押し絵の世界は、本当は生きているのかもしれません。
(**)江戸川 乱歩「押絵と旅する男」

2010年12月30日木曜日

年賀状作成

常用のパソコンを変更したため、年賀状ソフトをダウンロードしなおしたり、プリンタ接続を変更したりと面倒なこと。いっそ手書きでもよいではないかと思いあぐねたが、年賀状ソフトの便利さに負ける。そうそう、それに一筆添え書きせねばならない。

(追記)
来年2月3日、カーネギーホールのコンサートまで実質一ヶ月に迫っているイ・ソンヒが、12月28日に中小企業中央会(中小企業最高経営者研鑽会)の音楽会で、「Jへ」と「私はいつもあなたを」を歌う姿がYoutubeに登録されている。いつもながら、時間を縦横に巡る526apollo氏の登録に感謝。
この日、薄青い照明のステージで、清しく伸びやかに歌うイ・ソンヒは、どこまでも清楚であり、そして華奢である。カーネギーホールの公演にフォーカスして、全てを磨きあげられているのだろう。

(本ブログ関連:”中小企業中央会 音楽会”)

2010年12月29日水曜日

卯年

来年、年賀状のうさぎのイラストは、童話「不思議の国のアリスAlice in Wonderland )」に最初に登場する白うさぎが良いだろう。チョッキ姿に懐中時計を取り出して、「Oh dear! Oh dear! I shall be too late!」と叫んで、うさぎ穴にまっしぐら、おやおや、そんなに忙しいのかねうさぎさん。

このイラストは、風刺漫画誌「パンチ」の寄稿者ジョン・テニエルによるものだそうだ。アリスの物語の「きちがいお茶会」に出てくる帽子屋のタッチはいかにも「パンチ」のイラストを思わせる。明治時代の外国人も日本版「パンチ」を発行しているが、日本人の気風に合わなかったようだ。線描の誇張したタッチは日本の新聞に受け継がれることはなかった。なにしろ、パリの画壇を驚嘆させた北斎漫画の伝統があるのだから。

ところで、「おやおや、遅れてしまう!」とばかりに、時間がないと叫んでいる姿を身近に感じてしまう。することのない子どもたちにとって長い時間も、歳をとると短くなるものだ。体内時計の問題か、それとも時間を忘れてしまったからか。
来年も、ますます残り時間が足りなくなる。急がなくちゃ、急がなくちゃ。

(Youtubeに登録のOFFICIALKnightKenMOVに感謝)

(本ブログ関連:”不思議の国のアリス”)