今、陽の当たる人について、過去のいろいろな関わりを語る有名無名の人々がいる。ともすると一方で、その成功者の人生の転機に立ち会ったとか、当事者であったとか語る。成功への改札口で切符を切ったのはわたしだと。
他方、歴史の証言としてその場面に立ち会った、淡々と語る信頼性の高いと思われるインタビューがある。
デイリーポットの記事「『Jへ』イ・ソンヒ ソウル市議会議員招聘の推進」(6/14)は、元政治家の張慶宇*(장경우、与党民自党)の思い出語りして、イ・ソンヒが1991年6月20日にソウル市会議員選挙に27才で麻浦地区から出馬(民自党)して当選した、当時のことを次のように記している。なおサブタイトルには、「張慶宇元議員が見た政治30年 YS(金泳三)と崩れる人々③編」と付されている。
(*)張慶宇:維新以後初めての第1次地方自治制選挙のとき、民自党の地方自治体選挙対策本部長を勤めた。
・ソウルの場合、若い層は最初から民自党を(否定的な雰囲気があり支持)しないようだった。その渦中に麻浦地区では、ソウル市市会議員候補を決められずにいた。麻浦地区は市会議員候補で内定した人が事前選挙運動で拘束されるなど問題が多かった。
・イ・コンサン総務局長と昼食の席で、局長が口を開いた。冗談なのか本当の話かわからない声で「イ・ソンヒはどうですか?」ということだった。「最近の芸能人の中で一番急上昇で、スキャンダルも全くなくて、とにかくその歌手がこの頃の若い人たちにとても人気が良いのです。」、(さらに、麻浦地区とどんな関係かについては)「なぜか? 江辺歌謡祭出身でしょう、麻浦がすぐの江辺地域ではないですか?」
・ひとまず高等学校同窓の演芸担当PDである友人にたずねたりして、具体的に調べ始めた。
・公演中のイ・ソンヒと会い、地方自治選挙とりわけソウル市市会議員選挙の重要性や、女性の繊細さと女性の特性がたくさん必要な点などを説明した。(彼女は真剣な表情ではなかったが)関心と意志があるように見えたので一安心になった。
(本ブログ関連:”市議会”)
(孫が雨合羽は暑いからと初めて傘さして、母親と一緒にお出かけするというメールの知らせが来た)
★★★★★ 孫が、幼い握力のため傘の柄の中心を持ち、「傘大好き」と応えている動画が届いた ★★★★★