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2016年12月31日土曜日

イ・ソンヒの「Jへ」

2016年はどんな年だったろうか。1年の階段を一段昇り切ったか、それとも一歩転げ落ちたか。私にしたら、日常の延長のまま師走を走り、大晦日に至った感じだが。それでも、ちゃんと過ごしたか自問する。

本年9月4日、イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」(世宗文化会館)にも行き、ファンとしての勤めも無事果たしたと思う。彼女が、それ以前にさまざまなテレビ番組に出演したこと、それ以後にテレビドラマのOSTを歌ったこともブログに記した。

今年も今日で最後。イ・ソンヒのコンサートの最後には、デビュー曲である 「Jへ」(1984年)が歌われる。彼女が高校時代に音楽教室に通ったこと、そこで 「Jへ」の作詞・作曲家と幸運に出会ったこと、大学時代に音楽バンド 「四幕五場」に参加したこと、そして音楽コンクール 「江辺歌謡祭」に出場して「Jへ」を歌い大賞を受賞したこと。天賦の才を元にして、いろいろな出会いを重ねてイ・ソンヒは歌謡界に解き放された。以降、30年余、「国民歌手」としてそのトップを走っている。

(本ブログ関連:”Jへ”)


J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ

J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ

*J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない

J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道

わたしは今宵も、寂しく歩くのね

(*以下繰り返し)

寂しく歩くのね

(1984年 「江辺歌謡祭」)

(Youtubeに登録の사사구통に感謝)

2016年12月30日金曜日

2017年の年賀状

年賀状作りは決まって年末ぎりぎり。たいてい、12月30日または31日(早くても28日以降)になってしまう。そんなわけで、今年も今日、年賀状を作成して投函した。

来年の十二支は酉(とり)。年賀状の文面側のデザインを、鳥にからめて「卵」にした。以前、Google起動時のトップ画面で、「イースターエッグ」(Google文字が隠れている)が表示された。本来、「イースター(復活祭)」は春の宗教行事だが、絵柄の美しさから借用させていただくことにした。(ハロウィンなど西欧行事を真似する昨今だが、まさか復活祭までとはと思うが・・・)

ちなみに、Googleトップ画面に表示された 「イースターエッグ」は、ロシアの宝石商ピーター カール ファベルジェ(1846年5月30日~1920年9月24日)の生誕166周年を記念したもの。

(年賀状の絵柄 ⇒ 「走るオンダー」に感謝)

ところで、Googleのトップ画面(=検索画面)には、「イースターエッグ」という隠しコマンドがある。例えば、検索ボックスに ”一回転”と入力してエンターすると、あら不思議! 画面が一回転する。この検索ボックスには、この他いろいろな仕掛け(隠しコマンド)があるという。
(「浦下com」、「Appgiga!!」に感謝)


(Youtubeに登録のtechjoに感謝)

2016年12月29日木曜日

(映画) 来年に持ち越しそう

今日だって、ちょいと外出しようとつくろったが、まだ力が入らず断念した。この調子じゃ、正月にも外出が無理かもしれない。(先日、風邪気味を承知で、「東京クリスマスマーケット」に出かけて、すっかりこじらせてしまった)

そんなわけで年末に、映画鑑賞は映画館で見るに限るといいながら来年に持ち越しそう。今までチャンスはあったのに惜しいことをした。今回の風邪をいい訳にして、正月開けにでも見よう。その一番が、映画 「シンゴジラ」だ。事態に対処する行動の定義や決定の責任について、キャッチボールがやりとりされる面白さがあるという・・・。

ところで、来年(日本)公開される楽しみな映画
Youtubeで、”2017 trailer”と検索すれば、来年公開映画の予告編が花盛り。おお、「ブレードランナー(Blade Runner)2049」(2017年)に会える。予告編で、主人公らしき男が入る建物に「행운(幸運)」の文字がある。舞台はどこか。

(本ブログ関連:”ブレードランナー”)

ちなみに、作品「ブレードランナー 2049」の監督は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ(1967年~)とのこと。

2016年12月28日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 冬至

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「冬至」に関連した3曲を紹介した。

始めに、「冬至」の意義と悪鬼払いの習慣について次のように紹介された。
・人は、過ぎ去ってその価値を悟る。人との関係だけでなく、時間や自然においても同じだ。暑い日が続く夏、太陽のありがたさを忘れることもあるが、冬になれば、昼間の日差しのありがたさに気付く。日当たりの良い日に、窓辺で陽光を浴びるのも心地よい。一年の中で昼が最も短い日が冬至だ。昔、冬至を正月のように思ったりした。悪鬼を追い払う意の習慣で、小豆粥を食べ、近所の人と一緒に分け合ったりした。小豆の色に悪鬼を追い払う効果があると信じたからだ。冬至が過ぎると、次の日から昼が長くなる。

▼ 冬至にふさわしい曲、「ひまわり(해바라기)」を聴く。観光宣伝映画のメロディで聞いたかな、今様に軽快。

次に、妓生の娘「春香(춘향)」と官吏の息子「李夢龍(이몽룡)」の愛を語るパンソリ「春香歌」について次のように紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、春香と李夢龍の身分を乗り越えた愛の物語だ。春香歌に、太陽の消息(落陽を待つ)の意の曲、「ヘソシク(해소식)」がある。李夢龍(イ・モンリョン)は、楼閣でブランコに乗る春香を見て、一目惚れする。春香の家へ訪問が許され、デートをすることになる。李夢龍が、勉強せず、妓生の家に出入りするという噂が立たぬため、夜の方が良かった。初デートの日、李夢龍も胸をわくわくさせ、早く起きて夜になるのを待ち望んだ。使用人に、いつになったら日が沈むのかと確認したという。普段は昼が短く感じるのに、今日に限って昼がなんと長く退屈なのかと嘆いた。李夢龍が16歳の頃、その気持ちも理解できそうだ。

(本ブログ関連:”春香伝”)

▼ 「春香歌」から、「ヘソシク」を聴く。会いたさに、早く落陽(日が落ちる)の知らせを待ったのだろう。

最後に、冬至の小豆粥から慈善について次のように紹介された。
・悪霊は赤色を嫌う。ために、小豆粥を食べると悪鬼を追い払うと信じた。冬至に小豆粥を作って、部屋や庭の片隅を置き場とする醬油や味噌の甕(かめ)付近にも置いた。悪鬼を追い払うためのものだが、冷ました味も一品。近隣に小豆粥を配り、困っている人があれば助けるのも、冬至にすべきこと。現代も慈善活動を冬に行うのは、冬至の影響だという。

管楽器テピョンソ太平簫태평소)演奏による 「一千の太陽(천 개의 태양)」を聴く。中東の響きする、今様。

キム・ボエさんのことば。「まだ寒い冬ではありますが、これからもっと明るく、温かい太陽が昇ることを期待します。また、寒い天気の中でも、心だけはいつに増して温かい季節であればと思います。」 いつも、おだやかで優しい声に和みます。

2016年12月27日火曜日

(雑談) 師走に絶不調

喉の痛みが、9割方治まったというに、入れ替わるように咳込み始めた。長引きそうな予感がする。
医師の処方で咳薬をもらう。帰り道、街を巡ろうかと揚々としたが次第に力が抜けた。
このまま、絶不調の師走になるやもしれない。

こうなったら、本気でイ・ソンヒの子守歌、愛唱童謡集(1993年)に収録の 「島の赤ん坊(섬집아기)」を聴きましょう。島影に、牡蠣採り行った母さんを赤ちゃんがひとり待ってます。
きっと、ひとりごとする赤ちゃんの瞳に、海辺で牡蠣採りする母さんの優しい眼差しが浮かんでいることでしょう。

(本ブログ関連:”島の赤ん坊”)


(Youtubeに登録のKim Dong-Hoに感謝)

2016年12月26日月曜日

今日もお休み

昔の子どもたちは、風邪を引いて鼻水を垂らしても遊んだ。中には、鼻水が透明から黄ばみ、いつの間にか上唇あたりにこびりつかせる子がいた。そんな時代もあっという間に過ぎ、今は、そんな子育て(子ども任せ)は通用しないだろう。

あの時代に戻りたいと思わないけど、あの頃、子どもたちは、好奇心にあふれ、楽しみを見つけて遊びを発明した。その点は、今の子どもだってきっと同じに違いない。

一日中、安静にした。薬が利いて、喉の痛みが治まりかけているが、それにスライドするように、咳が出始めた。ここ数年、年初に咳き込むことが多い。用心するに越したことはない。

明日、今年最後の診察日なので、医院に行こうかと思う。

こんなとき、囁きかけるように歌う、ちあきなおみのカバーで、「そっとおやすみ」(1970年、作詞:クニ河内・なかにし礼、作曲:クニ河内、唄:布施明)を聴いてみよう。柔らかく包まれるような癒しを感じる。なんとも心地よい、おじさんのララバイだ。


(Youtubeに登録のTheNekozuna22に感謝)

2016年12月25日日曜日

イ・ソンヒの「涙に咲く花」

昨日、喉の痛みに診察を受けた。処方薬に鎮咳剤もあって、「眠くなるこがあるので・・・」という注意書きがあった。飲めば、体を休めろとばかりに直ぐに眠くなる。とうとう風邪にノックアウトされたわけで今日、明日、無理せず過ごすことにしよう。

これも神のおぼし召し、ゆっくり休む。治癒や体力の回復に一心で、懐旧する余裕はない。呼応するように、家の前を、「火の用心」の拍子木を打ちながら通り過ぎる音がした。響くのはそんな音ぐらい。

イ・ソンヒの「涙に咲く花(눈물속에 피는 꽃)」は、初アルバムと同年(1985年)にリリースされた第2集所収の曲だ。人気沸騰、デビュー時の彼女が、こんなにも情感を込めて歌うのに驚いたろうし、多彩な彼女の歌唱力に目を見張るばかりだっただろう。この歌が響いてくれるといいのだが。

(本ブログ関連:”涙に咲く花”)


“愛は 別れに、なおいっそう輝くでしょう
一人で寂しさを感じたとき、なおいっそう美しいでしょう”

あなたの目に映った 私の姿は
そんなに悲しい顔で 泣いていたのですか
思わず流れた 私のこの涙は
そんなにもあなたの心を 苦しめましたか

遠い空 見つめながら悲しみを消し去ろうと
気づかうあなたの姿は、むしろ私の心に
石を投げているのですね 涙に咲く花よ

“孤独が訪ねてくれば、こらえてしまうでしょう
こらえ続けて寂しくなれば、それだけで泣いてしまうでしょう”

こんなにつらい別れを 始めなければならないのは
もしかしたらあなたと私の 試練ではないでしょうか
私たちの目に宿る 涙に咲く花よ


(Youtubeに登録の김현진に感謝)

2016年12月24日土曜日

イ・ソンヒの「ラスト・クリスマス」

風邪だろうか、一昨日、昨日と喉が強烈に痛んだ。トローチなど市販薬を舐めたが芳しくない。クリスマスイブの今日、地元の医院で診てもらうことにした。インフルエンザの予防注射は既に打っているのだが・・・。「喉が痛いという患者さんが、最近多いんですよ」という医師の回答があった。とんだクリスマスプレゼントだ。

この時期になると、イ・ソンヒのカバー「ラスト・クリスマス(Last Christmas)」を聴く。今年もそうしよう。原曲は、英国の音楽グループ 「ワム!(Wham!)」 が1984年にリリースしたシングル。イ・ソンヒが歌謡界にデビュー(「江辺音楽祭」で大賞受賞)したのと同じ1984年だ。このカバー曲は、彼女のアルバム「冬の日のものがたり(겨울날의 이야기)」(1988年)に収録されている。

(本ブログ関連:”ラスト・クリスマス”)

ああ、それにしても喉が痛い。美味いものが食べられないクリスマスイブとは・・・・。


(Youtubeに登録のMusic maniaに感謝)


(追記)
朝日新聞DIGITAL記事、「ジョージ・マイケルさん死去 53歳、元『ワム!』」(12/26、渡辺志帆記者)、抜粋・加工。
<1980年代にヒット曲「ラスト・クリスマス」や「クラブ・トロピカーナ」などを生んだポップデュオ「ワム!」の一人としても活躍した、英国のシンガー・ソングライター、ジョージ・マイケルさんが死去した。53歳だった。マイケルさんの広報担当者が25日、「自宅で安らかに息を引き取った」>と発表した>

2016年12月23日金曜日

東京クリスマスマーケット2016

天皇誕生日」の朝、昨夜の雨から一転してきらきら輝き、澄んだ青空に真白な雲を浮かべていた。気分爽やか、日比谷公園で開催中の「東京クリスマスマーケット2016」(12/16~25)に出かけることにした。都心の最高気温は19.6℃(何と01:45)、13:00頃でも17.5℃だった。

(本ブログ関連:”東京クリスマス・マーケット”)

昼頃到着したせいもあって、会場は大変な混みよう。ソーセージなど肉料理とワインやビールを中心にしたドイツ料理の売店テントが多数あり、どこも客たちの長蛇の列が続いた。そのほかクリスマスを飾る小間物や飾り物も売られていた・・・。昨年見たのと同じ、高さ14m、6層の「クリスマスピラミッド」の頂で、水平の羽根がゆるり回転していた。

人混みに圧倒されたわけでない。昨日から喉がヒリヒリして、唾を飲み込むのも痛いため、美味しい香りにもかかわらず、絶好の賞味の機会を逸した。本当に惜しいことをした。

ところで、夕方、テレビを見ていたら、NHKで「世界で一番美しい瞬間(とき)クリスマス・スペシャル ▽ 天使が舞い降りるときドイツ」が放送された。ドイツ・ロマンチック街道上にある、南ドイツの(カトリック信者が多数を占める)都市アウクスブルク(Augsburg)のクリスマスマーケットが紹介された。大きなクリスマスツリーの飾りのそばにクリスマスピラミッドが立っていた。クリスマスマーケットの話題の中心は、市庁舎(ラートハウス)の窓に可愛らしい天使たちが現れる「エンゲーレスシュピール(Engelesspiel)」だ。WWⅡから復興したシンボルでもある天使は、街の子どもたちにとって守護天使でもある。エンゲーレスシュピールを通して、天子役の子どもと家族の愛あふれる関係も紹介された。

2016年12月22日木曜日

10月下旬並みの暖かさと風雨

今日は、いっとき土砂降りがあったが、暖かな一日だった。なにしろ陽が傾くほどに、都心の気温が上昇して、日没後 18:25に最高気温の 19.8℃となった。10月下旬並みという。道理でストーブが暖か過ぎるわけ。

今週末の土曜日から一転、冬の寒さがぶり返すという。何回もいうが、寒いのが苦手だが、来年初はどうなるのだろう。FNNの記事、「気象庁、1~3月の予報発表 3月は全国的に気温は高めの予想」(12/22)によれば、来年1月~3月の東日本の気温は、「気温は平年並みか高くなる見込み」という。(抜粋)
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気象庁によると、1月から3月にかけて・・・東日本でも、気温は平年並みか高くなる見込み。
3月は、全国的に気温は高めの予想で、春の訪れは早くなる可能性がある
地球温暖化などによる影響で、2016年の日本の平均気温は、1981年から2010年までの30年間の「平均値」を0.88度上回り、1898年の統計開始以来、過去最高となる速報値を発表した。
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結局、天気予報の通り、”夜雨”となった。しかも”強風”だ。それも深夜までのことだが。

明日までこの暖かさは続くという。幸い朝から晴れるので、日比谷公園で開催中の「東京クリスマスマーケット2016」(12/16~25)に行こうかな。

(本ブログ関連:”東京クリスマス・マーケット 2015”)

2016年12月21日水曜日

冬至 2016

今日は二十四節気の「冬至」。久し振りに暖かい週(本日都内の最高気温は17.0℃)だが、土曜日になると冬に舞い戻るという。この後、「小寒」、「大寒」を経てようやく 「立春」を迎える。まだまだ、苦手な寒さが続く。

(本ブログ関連:”冬至”)

冬至」は昼の時間が一番短いことになっているが、天文では暫定選択のようなもので、「秋分」と「春分」の真ん中(頃)ということでしかない。本当に昼が一番短くなるのは、もっと後(半月後)のことだ。

カレンダーを見れば、今日の「冬至」の日付は黒文字で、祝日じゃない。みな同じことを考えるようで、ネットの<Q&A>に、そのわけを丁寧に解説している。要は、太陽の<南中高度>や<日照時間>の観測精度が高くなかったからという。

とはいえ、「冬至」に何か祝祭があってもよさそうな気がする。でも、せわしい年末に、これ以上何を?ということだろう。そもそも、「クリスマス」の古語 「ユール(yule)」が、ヨーロッパ北側で行なわれた祭りを起源に持つそうだから、もう充分なのだろう。(そうそう、先々月末の「ハロウィン」だって古代の祭りの余韻があるのだから)

KBS WORLD「国楽の世界へ」 織物

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/14)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「織物」に関連した3曲を紹介した。

始めに、パンソリ「興甫歌(흥보가)」の中で、ツバメが運んだ「ふくべ(瓢箪)」の中身について次のように紹介された。
・パンソリの「興甫歌」は、興甫(フンボ、흥보)という善人を歌ったもので、怪我をしたツバメの足を治した興甫が、急に金持になる話だ。ツバメの傷を治した翌春、興甫は、ツバメが持ってきた「ふくべ」を垣根付近に植えた。貧しい興甫は、秋になっても食物がなく、ふくべを思い出す。興甫はふくべを割ろうと、近所からのこぎりを借りた。すると、ふくべの中から出てきたものは、一つ目の瓢箪から金と米が、二つ目は絹の織物、三つ目は大工で、あっという間に立派な家を建てた。衣・食・住が出てきたわけで、人が生活をする上で必要なものだ。

▼ 「興甫歌」から「絹織物がたくさん出てくる場面(비단이 많이 나오는 대목)」を聴く。何色か?(ブログ「国楽の香気を」に感謝)

次に、昔の女性が家の中でする作業に、機織り、裁縫など服作りしたことについて次のように説明された。
・絹織物がたくさんあれば、興甫は新しい服を作ったことだろう。それら絹織物を直接測り、裁断、裁縫したのは、彼の妻だろう。昔の女性は、家族の服を作り、洗濯すれば服の縫い糸をほどいた。女性にとって縫い物は、まるで料理のように生活の一部だった。裁縫だけでなく、布地も女性らが作った。綿や麻を採取し、それで糸を撚り、織機を使って布作りした。一日の仕事が終わり、家族が寝床につくと、女性は糸車を回したり、裁縫、機織りなど本格的に作業をした。大変な仕事に歌は欠かせない。嫁入り暮らしを嘆いたり、愛と別れについて歌った。

▼ 女性たちの歌う、「糸車打令(물레타령)」を聴く。(次の映像の歌に北の風味を感じるが、舞う女性の美しさに目が奪われる)


(Youtubeに登録のにchojiro22感謝)

最後に、女性に必要な小間物の「房物(방물)」と、それにまつわる「房物歌(방물가)」について次のように紹介された。
・学者ソンビは、詩を読み作ることを重視した。反面、女性は、裁縫、機織りできるかどうかが、判断の基準だった。女性は、常に針作業をした。針と糸、はさみ、使い残した布を集めた箱は、女性にとって宝物の様なものだった。よく使う品を合わせて「房物」といい、女性に必要な化粧品や日用品などの小間物の意だ。京畿地域の<雑歌>に 「房物歌」がある。ある男が別れを告げると、女性はしがみつく。男は、化粧品や鏡、家具に至るまで、貴重なものを贈ると言ってなだめるが、女性は、どんなに良いものをくれるといっても、男性の心と引き換えないと断る。
華やかな品物より、人情や愛の方が重要だった。昔の女性が、絶えず働くなかで取得した知恵だったと思う・・・そうだ。

▼ 「房物歌」を聴く。なぜ、悲痛な想いの女性の心を男が歌うのだろう・・・なんて考えてしまう。

2016年12月20日火曜日

(資料) 2016年、今年を輝かせた歌手と歌謡

韓国ギャラップによる、毎年末恒例の大規模面接調査 「今年を輝かせた~」から、歌手(&アイドル)部門の結果が報告された。発表資料、「2016年、今年を輝かせた歌手と歌謡 - 最近 10年間の推移を含む、アイドル選好度」(12/20)によれば、イ・ソンヒは第6位の支持を獲得している。

(本ブログ関連:”今年を輝かせた歌手”)

上位に支持を受けた歌手について、下記のように解説している。イ・ソンヒについてのコメントだけ抜き出す。(今回の調査に間に合わなかったが、SBS「青い海の伝説」のOST「風花」の人気も加わったら、5位になっていたかもしれない・・・と妄想する)

以下、アイドルについての情報は微かですが・・・歳のせいです。

【調査の概要】
- 調査期間: (1次)2016年7月8日~29日、(2次)9月8日~10月7日、(3次)11月4日~25日
- 標本抽出: 2段階層化コロニー地域無作為抽出 - 標本ポイント内の性/年齢別割当て
- 応答方式: 面接調査員インタビュー
- 調査対象: 全国(済州除く)、満13~59歳の男女4,200人 / アイドルは満13~29歳の1,500人
- 標本誤差: ±1.5%ポイント(95%の信頼水準) / アイドルは±2.5%ポイント(95%信頼水準)
- 回 答 率:  39%(総接触10,765人のうち4,200人の応答完了)
- 依 頼 先:  韓国ギャラップ独自の調査

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6位は、爆発的な歌唱力のシンガーソングライター、イ・ソンヒ(6.4%)で、この4月から放送されたSBS「日曜日がいい-ファンタスティック・デュオ(ファン・デュ)」で、第1代「ファン・デュ」で5連勝記録を残している。

順位 支持%      歌手名
1位 11.5% イム・チャンジョン ・・・ 代表曲 自作曲「私が犯した愛
2位  9.9% TWICE
3位  8.7% チャン・ユンジョン ・・・ 代表曲 「招魂」、「愛してます」(「吹け、微風よ」OST)
4位  7.7% EXO
5位  6.9% 少女時代
6位  6.4% イ・ソンヒ ・・・ 代表曲 「因縁」、「その中であなたと出会って
7位  5.5% GUMMY
8位  4.9% BIGBANG
                GFRIEND
10位 4.7% 防弾少年団
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2016年12月19日月曜日

(資料) 韓国の少子高齢化

人口予測は、いわゆる歴史・政治の現在の延長線上で将来を語るのと違って、長期に外(はず)れることはない。そのひとつに、日韓ともに 「少子高齢化」の課題がある。確実に押し寄せる浪であり、うすうす気付いている。それにもかかわらず実感できないといっても、直近の孫世代のこと、母数の問題だ。

(本ブログ関連:”少子高齢化”)

(資料) 韓国統計庁プレスリリース「将来の人口推計: 2015~2065年計」(12/8)

朝鮮日報(日本語版)の記事、「【萬物相】巨額を投じても食い止められない韓国の少子化」(12/18、アン・ソクペ論説委員)は、韓国の少子化傾向が止まらぬことについて次のように論じている。(抜粋)

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 人口統計を取り始めた1925年以降出生児数が最も多かった年は71年(102万4773人)だった。70年と60年もそれぞれ100万人を少し上回った。・・・ 80年を過ぎると出生児数は急減した。にもかかわらず、政府は産児制限策を取った。ついに今年、出生児数が41万3000人と過去最低を記録する見通しだ

 韓国は他国に比べ、【少子高齢化】が短期間にハイペースで進んでいる。・・・ 人口学者らは、2002年以降に生まれた「年間出生児40万人世代」が結婚適齢期になる30年以降は年間出生児数が20万人ほどに減ると予測している60年で5分の1に落ち込むということだ。ぞっとする。

 韓国社会の【生産年齢人口(15-64歳)】は、今年の3763万人をピークに来年から減り始める20年以降は毎年30万人ずつ急減する。これは社会の生産力と成長力の低下を意味している。・・・

 韓国政府が少子化の解消に本腰を入れるようになったのは2006年だ。この10年間に81兆ウォン(約8兆円)を投じたが、出生率はさらに下がった。・・・若者の雇用住宅私教育費 の問題を解決しなければ、少子化を食い止めることはできない。だが、この3つの問題は改善に向かうどころか逆に悪化している。・・・
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(追記)
旧記事だが、中央日報【社説】、「急速に老いゆく大韓民国、手をこまねいて見ているのか」(12/9)を追記する。(抜粋、段落改変)
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・韓国統計庁が昨日(12/8)、「将来の人口推計: 2015~2065年計」を出した。2011年以来5年ぶりに出た大韓民国の人口に関する総合報告書だ。「5年前より悪化した」というのが結論だ。

低出産・高齢化の傾向が予想より早く進行している。

低出産
- 2011年の調査で2035年と2050年の合計出産率は1.42人と予想されていた。
- 今回の調査では2035年1.35人、2050年1.38人とさらに低くなった。
- 現在は年間43万人の出生者数が2065年には26万人に急減する。

高齢化
- 一方、期待寿命の増加により高齢人口比重は過去予想よりさらに急速に高まるものと予想された。人口がピークを迎える時期が2030年から2031年に1年遅れたのも高齢化の憂うつな側面だ。

・これに伴う社会的負担はより大きく、早く降りかかってくるほかない。15~64歳の生産年齢人口は来年から直ちに減少する。
- 2020年代初めには徴兵対象者を全て集めても今の兵力規模を維持できなくなる。
- 2059年には生産年齢人口1人が老人1人を扶養しなければならない。国民年金など各種年基金が枯渇する時期も前倒しになる。潜在成長率と産業競争力の下落も避けられない。

・これまでの数多くの低出産克服対策がなぜ効果がなかったのか知りたい。過去10年間でそこに使われたお金は80兆ウォン(約7兆8400億円)だ。今後も毎年20兆ウォンほどが投入される。
- もう低出産政策と予算の規模と方法を総体的に再点検し、暗鬱な傾向を戻すテコとしなければならない。
- 軍構造や年金政策など、問題が起こらざるをえない分野をあらかじめ整備しておくのも必須だ。
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2016年12月18日日曜日

「美しい江山」の経緯

イ・ソンヒのコンサート終盤に必ず歌われる歌がある。コンサートの時期に合ったヒット曲とは違い、観客にとり民族の血を沸かす定番ともいえる曲、 「美しい江山(아름다운 강산)」がある。客は総立ちして両手を大きく揺らす。もちろん客層から、若者の熱狂と趣が異なるのがすぐ分かる。日本の客人にとって、この渦に紛れ込むには正直なところ少々の躊躇がある。

(本ブログ関連:”美しい江山”)

この歌の起源や歌手について、このブログで何度も記してきた。ソウル経済の記事、「シン・デチョル、『バクサモ*、父が作った ”美しい江山” 歌う資格はない・・・むしろ私と交渉せよ』」(12/18、キム・キョンミン記者)は、原曲者のシン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현、1938年1月4日~)の息子シン・デチョルが、現在の世情について触れたもので、父の曲を親朴槿恵派の集会で歌われたことへの批判である。が、ここでは、その中から、「美しい江山」誕生の経緯について扱った部分のみ抜粋する。イ・ソンヒのバージョンについても語っているが・・・。
(*) バクサモ(박사모): 親朴槿恵派団体

現存者の近親者の発言として意義がある。ただしそれゆえの偏りにも考慮する必要があるだろう。

(本ブログ関連:”シン・ジュンヒョン”、”キム・ジョンミ”)

参考1) 「もっと!コリア」の記事「韓国芸能界の二世タレントについて教えてください。(下)」
参考2) 上記(参考1)にも触れられているが、シン・ジュンヒョンは、「韓国人の父と日本人の母の間にソウル明洞で生まれた」

(段落改変)
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・(シン・デチョルの)記事で、彼は、「『美しい江山』という歌は、私の父が74年に作曲した歌だ。この歌を作ることになった事情がある。当時、私の父は最高のヒット曲作曲家であった」といい、「父の証言によれば、大統領府が 『閣下(朴正煕、パク・チョンヒ)の歌を作れ』という内容の強権を行ったという。すなわち、朴正煕称賛の歌を作れということだった。しかし、父はそのような歌は作ることができないと断った。すると、この後、(民主)共和党だといって再び電話がかかったという。やはり同じ内容で、もし作らなければケガするという脅迫もしている。しかし再度断った」と、当時の状況を描写した。

(参考) 朴正煕(1917年11月14日~1979年10月26日)の大統領任期は、1963年12月17日~1979年10月26日

・そして、「その後、父の作品は次々と禁止曲になる。当時は『美人』という歌が大ヒットして国民歌謡となった時期だ。ところが、『美人』は突然禁止曲になる。それだけでなく、キム・チュザが歌った『』など多くの愛を受けた数十曲が禁止された」といい、「苦心した父、当時の父のバンドであった『シン・ジュンヒョンとヨプチョンたち』の2集(74年)に、『美しい江山』を収録する。

・オリジナル・バージョンは、この後イ・ソンヒのリメーク・バージョン(第4集アルバム、1988年)とは大いに違う。

・この曲は、権力者を称賛する歌は作ることができないが、美しい私たちの大韓民国を称賛する歌は作ることができるという意志の表現だった」と付け加えた彼は、「激しい独裁権力者朴正煕の強権を拒否し、我が国を一つに重ね合わせる歌を作ったが、この曲もやはり禁止曲になった。

・ところで、『美しい江山』の歌詞をよく調べてみると巧妙なメッセージが隠れている」といい、「歌の前半部の核心は、『美しいここに 私がいて 君がいるよ/手をとり合い行ってみよう 駆けてみよう、あの広野へ/我ら集いて語ってみよう、新たらしい 希望を』であり、後半部核心は、『今日も君に会いに行かなくては/語らなくては 遠い後日(のち)に/君と私 生きて 終(しま)う/永遠のここに 我らの 新しい夢を/作ってみたくて』」との歌詞の背景を説明した。
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2016年12月17日土曜日

イ・ソンヒの「風花」

SBS「青い海の伝説」のOST「風花(바람꽃)」は、イ・ソンヒ独特の美しくてびやかな澄んだ声と、純粋無垢な人魚のイメージとが相まって、ドラマチックに歌い上げる。次第に情感を重ねいたる、彼女の清雅なファルセットはそれでも繊細で柔らかく語りかける。

片や人間(男)は詐欺師といい、片や人魚(女)は人間と交われぬ存在。現在と過去の因縁もあって、二重三重に錯綜させるようだ。番組を未見のままいう言葉ではないが、異類婚姻譚のように<愛>の力で成就し別離する物語なのだろうか。大衆の一人として、私はハッピーエンドを好むが。

・SBS水木ドラマ「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」(脚本:パク・チウン、演出:チン・ヒョク)
・OST「風花(바람꽃)」(作詞:ハナ、トムとジェリー、作曲・編曲:トムとジェリー)

(本ブログ関連:”青い海の伝説”)


まだ、夢を見るのです
夜空に霞んだ月明りのように
まばゆい思い出の中で、その人は
ぼんやりと浮かんできます

風に舞う花びらに
暖かいあなたの香りを感じて
過ぎ去ったような
わずかだった因縁は、もう
私の全てなのに

同じ空の下あなたと
一緒にいるということを
掻き消されるのじゃないか恐いです
青い海水平線まで
歩けるなら
あなたの 手を離したくないのよ
            ___

空に彩る星明かりに
暖かいあなたの息遣い感じて
運命のようにあなたと
このままそんな風に、残って
息することができるなら

*同じ空の下あなたと
一緒にいるということを
掻き消されるのじゃないか恐いです
青い海水平線まで
歩けるなら
あなたの 手を離したくないのよ

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録のKpop Music _に感謝)


(追記1)
このブログ記事と同じ日(12/17)に、大久保の料理店で、久し振りに旧友(以前の教室仲間)たちと忘年会を楽しんだ。街は年末とあって人々でごった返していた。最近の退潮を持ち返したかと思うほど。師走の慌ただしさで終わるかどうか気になる。
食事は美味満足だった。面白いことに、今回は全般に辛味が増したと、全員の意見一致。味が変化するのも妙味か。

(追記2)
忘年会の席で、上記の歌詞について、先生にご意見を願ったが時間なく、後日(12/19)にいただくことになった。結果、若干のコメントいただき手直し(赤字)したが、叶うものになったかどうか・・・。

2016年12月16日金曜日

SBS「青い海の伝説」の視聴率

朝鮮日報(日本語版)のエンタメコリアの記事、「視聴率: 『青い海の伝説』17.5%、水木ドラマ1位」(12/16)は、イ・ソンヒがOST「風花」を歌うSBSドラマ「青い海の伝説」が、「視聴率を上げ、水木ドラマ1位の座を独走している」と次のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”青い海の伝説”)

「青い海の伝説」が視聴率1位の座を獲得した日に、同番組でイ・ソンヒが歌うOST「風花」の発表が各紙に一斉に報じられた。同じ15日(木)だったわけで、イ・ソンヒの登場が、あたかも視聴率アップの呼び水となったようだ。

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・(12月)15日に放送された『青い海の伝説』の全国視聴率は、17.5%(16日、ニールセン・コリア調べ、以下同じ)を記録した。

・これは、前日(14日)放送分の16.6%に比べ0.9ポイントのアップで、同時間帯に放送された水木ドラマの中で最も高い数字だ

・同時間帯に放送された『Oh, my クムビ』(KBS第2)は6.3%、『重量挙げの妖精 キム・ボクチュ』(MBC)は5.1%だった。
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同時間帯、横並びの視聴率競争だが、イ・ソンヒの力強さを(いかにも韓国らしい「OSTの女王」の名を冠して)見せつけた。ファンにとって、次の展開がますます楽しみになる。

2016年12月15日木曜日

イ・ソンヒの「風花」

イ・ソンヒが、SBSドラマ「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」(Part6)で歌った、OSTの「風花(바람꽃)」について、10ASIAの記事「イ・ソンヒ、(映画)『王の男』から(TVドラマ)『青い海の伝説』まで・・・名不虚伝*OSTの女王」(12/15、ユン・ジュンピル記者)は、イ・ソンヒのOST成功の実力を次のように報じている。(* 名不虚伝: 名声や名誉は訳もなく伝たわるものではない)

(本ブログ関連:”青い海の伝説”)

フルで聴くのは今回が初めて。全国ツアーに後追いする形になったが、今年中に新曲がリリースされたのはうれしいことだ。

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・歌手イ・ソンヒが歌った、SBS水木ドラマ「青い海の伝説」(脚本パク・チウン、演出チン・ヒョク)のOST 「風花」が各種音源チャートの上位圏に進入し、興行に成功した。

・「青い海の伝説」は、実力派ボーカリストを掲げたOSTで毎週話題を集める中、そこにイ・ソンヒが加わり、音源チャートで人気のバトンを継続している。イ・ソンヒは、先に色々な映画とドラマに声だけで作品を輝かせ、「OSTの女王」と呼ばれてきた名声をもう一度立証した。

・15日午前0時、各種音源サイトを通じて公開された「風花」は、イ・ソンヒの感性に満ちた歌を掲げたチャート上位圏でリスナーの耳目を集中させている。「風花」は、前世から現生まで続く二人の男女の切なく、胸が痛む恋が繊細に表現された曲で、オーケストラの豊なメロディにのせて、イ・ソンヒだけが聞かせることのできる濃密な響きが含まれ、完ぺきな調和をなしている。イ・ソンヒは、現在、去る9月から始まった全国ツアー「The Great Concert」公演で忙しい日程を送る状況でも、「青い海の伝説」の作品と、「風花」の歌に対する格別な愛情で参加することになった。

・イ・ソンヒは、1,051万の観客に選ばれた映画「王の男」を輝かせたOSTの「因縁(絆)」から、映画「炎のように蝶のように」の同名OST、放送と同時に話題を集めたドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST「狐の嫁入り」などを通じて、世代を超えた大きな愛を受け、音楽性と大衆性を二つとも掴んだ。

・イ・ソンヒの魂に触れる声が、映画とドラマを彩りながら、色々な名場面が誕生した。今回は、さらに深まった感性と次元が違う格別な表現力で「青い海の伝説」の「風花」に注ぎ、「OST不敗」の興行記録を保っている。

・「風花」は、去る8、9回でハイライト・バージョンに公開され、視聴者とまず会った。二人のつらい愛が、イ・ソンヒの甘美な音色で癒され、切ない感情を視聴者にそのまま伝えて大きな感動をもたらした。「ホテルキング」、「輝くか、狂うか」、「私の婿の女」など多数の作品のOSTをはじめとして、歌手キム・ボムス、ピョン・ジンソプ、2AM、NAVIなどボーカリストらと作業したトムとジェリーと、新鋭作詞家ハナが参加して曲の完成度を高めた。

・「OST不敗神話」のイ・ソンヒが加勢して、居間に続き音源チャートでも力を増している「青い海の伝説」は、前世と現生まで続く人魚「シムチョン(沈清?、심청)」(チョン・ジヒョン)と美男の天才詐欺師「ホ・ジュンジェ」(イ・ミンホ)の神秘な愛の物語で、初回から水木ドラマ1位を記録中だ。
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※ シムチョン(沈清?)は、パンソリで海に身を投じた女主人公「沈清」に通じるのか?


(Youtubeに登録のK - OSTに感謝)

KBS WORLD「国楽の世界へ」 四君子

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/7)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、梅、蘭、菊、竹で君子を表現した「四君子(사군자)」に関連した3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”四君子”)

始めに、「四君子」の竹に例えて就官を拒絶した高麗末から朝鮮時代初の「元天錫(원천석)」について次のように紹介された。
・竹は、梅、菊、蘭と共に「四君子」と呼ばれる。木々は環境によって曲がり育つが、竹は真っ直ぐに育ち、冬でも青い。そのため、節義を意味する植物といわれ、かかる話もある。高麗末期から朝鮮時代初期の学者・隠士の元天錫が、高麗との義を守るため、朝鮮の官職を断った。彼は、このことを竹に例えて、定型詩「時調(시조)」に歌った。朝鮮からの就官の要請を、雪に当たって曲がった竹に例えた。朝鮮滅亡後百年経つが、今も歌われる。
・昔の記録に、竹に関する話がある。竹を見ると卑しい心が無くなり、竹を見習うと学者ソンビの行動が整う。また、その凛とした様は雨露が満たすことができず、その節操は風雪も変えられぬという内容だ。

▼ 女唱チルム時調(여창지름시조)、「雪に当たって曲がった竹を(눈 맞아 휘어진 대를)」を聴く。雪景色におおらかに歌う。

次に、四君子の「蘭」の美しさと気品、時調作家の「李秉岐(이병기)」(1891年~1968年)について次のように紹介された。
・四君子のひとつの蘭は、野生であまり見られず、ほとんど植木鉢で目にする。一年中青くこじんまりしているが、一度花を咲かせると、なんと美しいことか。一人で見るにはもったいないほど。花の美しさもあるが、ほのかな香りが漂い気品ある。時調作家の李秉岐は、蘭がとても好きだった。何冊かの古書と酒、そして蘭があれば、うらやましいものがないとも言った。彼は蘭の美しさを君子に例えた、心まで清くなるような時調を残した。

▼ 蘭(作曲家の娘の名でもある)の演奏曲、「蘭のための歌(란을 위한 노래)」を聴く。なんと素朴で愛らしい今様の旋律。

最後に、四君子の「梅」はソンビに詩作の心を誘ったと次のように紹介された。
・四君子の梅は、まだ雪が残る早春にも花を咲かせる。香りも蘭に劣らず品がある。ソンビは、花を見ると自ずと詩が浮かんだ。そのようにして詩作することが、当時は最高の風流とされた。

▼ 別れをテーマにしたが明るい歌、「梅打令(매화타령)」を聴く。今様にジャズ風に洒落たのだろう。

2016年12月14日水曜日

イ・ソンヒの「Because Of You」

季節は巡る、去年の今頃もそうだったはずなのに、とんと忘れている。いやいや今日のことだって、明日にはあやふやなのだから。よい思い出だけがよみがえる。歳をとるとはそんなことだ。

だから、過ぎ去った切なく苦しいことにためらうなんて、それは若いときだけのこと。さっさと忘れなさいよといえば、それは野暮で次元の違うこと。おじさんの出る幕ではない。

だから、イ・ソンヒの12集所収の「Because Of You」(作詞・作曲ユ・ヨンソク、2001年)は、そのときにしか経験できない憂いや哀しみであって、おじさんに無縁なこと。でも、時計の針を巻き戻して、共感しようか・・・と思っても、そんなナイーブな経験もないし。多分、みなもそうだろう。未来に想像する自分があるように、この歌に合った過去の自分を想像しながら聴くことだろう。

(本ブログ関連:”Because Of You”)

雨に洗い流された思いをドラマチックに歌いあげる、こういう曲調もいいのだが。


私の心なのに、思い通りにできない
過ぎたことは忘れるというけれど、何度も
涙ばかり流して

ばかみたいでしょ、つらい振りができないの
苦しめばもっと思い出す、あなたの
暖かだった微笑み

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが
私はばかみたい
                 _______

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
もう懐かしさだけで

生きていかなければならないのに、本当にそうなのに

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが

cause you only cause of you

cause you only cause of you


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2016年12月13日火曜日

雪やこんこん

子どものころ、辺りを真っ白に一変する雪降りが楽しかった。積もった雪の感蝕も新鮮だし、握れば雪球になって雪合戦、畑に積もった雪原にばったり倒れれば人型ができる。変幻自在の雪景色にまぎれて、いつのころまで遊んでいたろうか。

もっと幼いころ、雪降りにどんな驚きをしたのだろうか。空から真っ白な塊りが降ってくるのだから・・・とはいえ、そんなとき家から外に出させてもらえないので、灰色の空を見あげたかどうか。残念ながら雪降りの興奮は忘れている。

童謡「」(作詞者、作曲者共不詳)は、Wikipediaによれば、1911年(明治44年)の「尋常小学唱歌(二)」が初出だそうで、思ったより古い。軽いテンポのこの曲を聞けば、雪に飛び跳ねたのは犬だけでなく、子どもだって大いに雪に戯れたことを思い出す。


(Youtubeに登録の「ゆめあるチャンネル」に感謝)


(付記)
朝日新聞デジタルの記事、「『こうのとり』、ISSに到着 14日未明にドッキング」(12/13、山崎啓介記者)によれば、12/9にH-IIBロケット6号機で打ち上げられた「宇宙ステーション補給機 こうのとり」6号機は国際宇宙ステーション(ISS)と無事ドッキングしたと次のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”こうのとり”)
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・日本の無人補給船「こうのとり」が日本時間13日午後7時半ごろ、国際宇宙ステーション(ISS)に到着した。ISSにいる米航空宇宙局の飛行士がロボットアームを操作してキャッチした。14日未明にドッキングし、その後、食料や水などが運びこまれる予定。

・宇宙航空研究開発機構によると、1月末ごろにISS内のゴミを載せて離脱。大気圏に再突入し、燃え尽きる予定という。
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⇒ JAXA映像 ”「こうのとり」6号機キャプチャ(把持)ライブ中継

2016年12月12日月曜日

(雑談)自動車免許証返納のこと

日常で物忘れして大きな損害を出したことはない。自動車運転の場合、小さな判断ミスから大事故につながる可能性があるだけに恐ろしい。被害は自分だけじゃない、償いようのない被害者を巻きぞえにすることだってある。

以前、室内で躓いて転びかけたとき、目の前がまるでスロー画面のようにゆっくりと傾いていくのが見えた。なすがままによろける。体勢を元に戻せば持ち直せるというのは、後で考えること。そんなことを二、三度経験すると、(ペーパードライバーながら、もしもの)車の運転が不安になり、運転免許証を返納する決断理由にもなった。

(本ブログ関連:”自動車運転免許証”)

最近、高齢者の自動車運転事故がたびたび報じられる。従来も高齢者による事故はあったろうけれど、高齢者数が増加しているわけで、警鐘が必要なのだろう。そんなとき、ネットで見つけた「運転時認知障害早期発見チェックリスト30」は参考になる。

以下のチェックリストを謙虚に眺めて見るに、自分とは関係ないと言い切る自信もない。(ペーパードライバーながら)知人の車に同乗して、もしも自分が運転したらとシミュレーションしたことがある。そんなとき、次のリストにある、「右折時に対向車の速度と距離の感覚がつかみにくくなった」と一瞬感じたことがある。


(参考) NPO法人「高齢者安全運転支援研究会」の【運転時認知障害早期発見チェックリスト30】
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30問のうち5問以上にチェックが入った方は要注意です。専門医の受診を検討しましょう。

・ 車のキーや免許証などを探し回ることがある。
・ 今までできていたカーステレオやカーナビの操作ができなくなった。
・ トリップメーターの戻し方や時計の合わせ方がわからなくなった。
・ 機器や装置(アクセル、ブレーキ、ウィンカーなど)の名前を思い出せないことがある。
・ 道路標識の意味が思い出せないことがある。
・ スーパーなどの駐車場で自分の車を停めた位置が分からなくなることがある。
・ 何度も行っている場所への道順がすぐに思い出せないことがある。
・ 運転している途中で行き先を忘れてしまったことがある。
・ 良く通る道なのに曲がる場所を間違えることがある。
・ 車で出かけたのに他の交通手段で帰ってきたことがある。
・ 運転中にバックミラー(ルーム、サイド)をあまり見なくなった。
・ アクセルとブレーキを間違えることがある。
・ 曲がる際にウインカーを出し忘れることがある。
・ 反対車線を走ってしまった(走りそうになった)。
右折時に対向車の速度と距離の感覚がつかみにくくなった
・ 気がつくと自分が先頭を走っていて、後ろに車列が連なっていることがよくある。
・ 車間距離を一定に保つことが苦手になった。
・ 高速道路を利用することが怖く(苦手に)なった。
・ 合流が怖く(苦手に)なった。
・ 車庫入れで壁やフェンスに車体をこすることが増えた。
・ 駐車場所のラインや、枠内に合わせて車を停めることが難しくなった。
・ 日時を間違えて目的地に行くことが多くなった。
・ 急発進や急ブレーキ、急ハンドルなど、運転が荒くなった(と言われるようになった)。
・ 交差点での右左折時に歩行者や自転車が急に現れて驚くことが多くなった。
・ 運転している時にミスをしたり危険な目にあったりすると頭の中が真っ白になる。
・ 好きだったドライブに行く回数が減った。
・ 同乗者と会話しながらの運転がしづらくなった。
・ 以前ほど車の汚れが気にならず、あまり洗車をしなくなった。
・ 運転自体に興味がなくなった。
・ 運転すると妙に疲れるようになった。

日本認知症予防学会理事長、鳥取大学医学部教授
特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会理事 浦上克哉 監修
特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会 提供
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2016年12月11日日曜日

ぼくらの宇宙飛行士

昔、子ども雑誌、月刊「少年」の巻頭色刷りページを飾ったのは、小松崎茂のSFというべき宇宙活劇画だった。戦争物から転進したせいもあったからだろうか、どこか戦の臭いを残していた。とはいえ未来科学の世界を独特精緻な筆で描いていた。

そんな時代、宇宙飛行士へのあこがれも早かった。時は宇宙開発競争が始まったころ、NHKテレビで、擬似経験をするに充分な白黒の番組、「宇宙探検(Men into Space)」(1959年)に見入った。冷静沈着なリーダー役のエドワード・マコーリー大佐は、ブラウン管を通じて接することのできる憧れの対象だった。まさに宇宙が、漫画雑誌から茶の間へ一歩近づいたのだ。次の映像から、この番組の質の高さが分かるだろう。


(Youtubeに登録のMedia Mixに感謝)

実際の宇宙飛行士には思い出深い名前がある。1961年に弾道飛行して宇宙に飛び出たアメリカ初の宇宙飛行士、アラン・シェパード(Alan Bartlett Shepard Jr.、1923年~1998年)がいる。当時、子どもたちに強烈な衝撃を与えた宇宙飛行士だったはずだが、今は語られることが少ないようだ。

その翌年、1962年にアメリカ初の地球周回をした宇宙飛行士、ジョン・グレン(John Herschel Glenn Jr., 1921年~2016年12月8日)も忘れることはできない。アメリカ軍人らしい風貌と威圧感があり、見るからにヤンキーといった感じだった。後に、77歳の高齢で、スペースシャトルにも搭乗するという、人生を宇宙飛行士で徹した方だった。うらやましい。

そのジョン・グレン元宇宙飛行士が、12月8日に無くなった


1960年代は、米ソの宇宙開発競争の幕開けだった。1961年、ソ連のガガーリンが成し遂げた人類初の地球周回飛行は、アメリカを大いに慌てさせた。

(本ブログ関連:”ガガーリン”)

2016年12月10日土曜日

イ・ソンヒの「青い海の伝説」OST

イ・ソンヒによる、SBSドラマ「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」のOSTが、ついに、12月8日の同番組内で放送されたようだ。

(本ブログ関連:”青い海の伝説”)

次の映像は、第8話の最後に流れたもので、イ・ソンヒの歌をフルに聴かせるものではない。いずれ、CD版で味わうことができればと期待するが、どこで購入しようか? こんなとき、新宿のコリアプラザが閉店したことがかえすがえす悔やまれる。

Youtubeに、「青い海の伝説」8話が登録されているが、微妙に早送りしているものがあって、イ・ソンヒの歌声がまるでデビュー当時のようにかん高いものになっている。(逆に微妙に遅いものもある)


(Youtubeに登録のAcaciaに感謝)

ところで、「もっと!コリア」(12/2)、および「Kstyle」(12/9)の記事によれば、SBSドラマ「青い海の伝説」のOSTに、日本の作曲家・編曲家・音楽プロデューサーの吉俣良(よしまたりょう)氏が参加しているとのこと。記事中に、イ・ソンヒの名があがっていないのが気になるが・・・。(もしかして、イ・ソンヒのパートは、彼女のオリジナルか)

2016年12月9日金曜日

(号外) 「戦略的利益を共有する最も重要な隣国」のできごと

今日は驚いた。日本のテレビ地上波が、韓国国会を実況中継したからだ。朴槿恵大統領の弾劾訴追案の採決の様子を伝えた。

● 韓国国会の採決: 大差で可決

朝日新聞の記事、「朴大統領の弾劾訴追案、可決 憲法裁判所が判断へ」(12/9、16:19、ソウル=東岡徹)より抜粋
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・韓国国会は9日、朴槿恵(パククネ)大統領(64)の弾劾(だんがい)訴追案を採決し、賛成234票、反対56票で可決した。野党3党に加え、与党セヌリ党の一部も賛成に回った形だ。朴氏の大統領権限は停止され、黄教安(ファンギョアン)首相(59)が代行する。今後、憲法裁判所が180日以内に弾劾するか決める。弾劾が決まれば朴氏は大統領職を罷免(ひめん)され、60日以内に大統領選が行われる。
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テレビのライブ中継は、韓国国会の議員たちの様子を映した。カメラが議場を巡るたび、目に入ってきたのは羅卿瑗(나경원)議員。彼女が席に座っているのを確認するだけで!テレビ視聴の目的を半分・・・。


● 日本政府の反応: 韓国内政状況をもうしばらく見定める

日本経済新聞(日経QUICKニュース)の記事、「官房長官、韓国大統領の弾劾可決 『日韓協力の姿勢に変わりない』」(12/9 17:12)より抜粋
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・菅義偉(すが よしひで)官房長官は、9日午後の記者会見で、同日午後、韓国の国会が朴槿恵大統領の弾劾訴追案を可決したことについて、「韓国は戦略的利益を共有する最も重要な隣国であり、北朝鮮問題の対処などについて、日韓両国の協力と連携は地域の安定に不可欠だ」と指摘。「様々な分野で日韓協力を進める姿勢に変わりない」とし、今後も協力関係を重視する姿勢を強調した。
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2016年12月8日木曜日

そろそろ今年のまとめを・・・

そろそろ<今年のまとめ>をする時期になった。日本国内では、「流行語大賞」などあるが、イ・ソンヒ絡みなら、韓国ギャラップによる国民調査、「今年(2016年)を輝かせた歌手」の結果を知りたいものだ。まもなく発表されることだろう。

(本ブログ関連:”今年を輝かせた・・・”)

しかし本年末になって、韓国世相は慌ただしい事態のため、軽々に<年をまとめる>雰囲気でもないのかもしれないが・・・。
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イソンヒにとって、今年は久し振りに、2014年以来のコンサート・イヤーだった。ソウルの(権威ある)「世宗文化会館」でのコンサートで、過去連続4回(今回を含めて)、チケット全席ソールドアウトという快挙を成し遂げた。

今年の「The Great Concert イ・ソンヒ」は、9/2~4に開かれた世宗文化会館のコンサートを起点に全国ツアーへと展開している。従来、年末に全国ツアーを終了していたが、今回は珍しいことに、年明けまで続くスケジュールとなっていて、一部地域(水原、議政府)は、来年1月、2月に開催することになっている。

もちろん私が、9月に世宗文化会館で催された彼女のコンサートに馳せ参じたのはいうまでもない。

2016 コンサート ”The Great Concert” 9/2~4
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・ ソウル  09.02-04 : 「世宗文化会館」
・ 大邱 09.24-25 : 「EXCO5階コンベンションホール」
・ 全州 10.07-08 : 「韓国音(ソリ)文化の殿堂」野外音楽堂
・ 光州 10.22 : 「光州女子大学」ユニバーシアード体育館
・ 大田 11.05-06 : 「大田貿易展示館」
・ 釜山 11.19-20 : 「KBS 釜山ホール」
・ 仁川 12.03 : 「南洞体育館」
・ 高陽 12.17 :
・ 昌原 12.31 :
・ 水原 '17.01.21-22 :
・ 議政府 '17.02.04-05 :
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また、イ・ソンヒは、今年の国歌記念事業で、「国民褒章受賞」を受賞している。同様な国家的表彰として、2010年に「大衆文化芸術賞」を受賞した。

2016年12月7日水曜日

(TED講演) ハンナ・フライ「愛を語る数学」

先日、NHKでも放映されたが、複雑系研究者ハンナ・フライ(Hannah Fry)が、TED(Technology Entertainment Design)で講演した、「愛を語る数学(The mathematics of love)」(2014年)をTEDのサイトで視聴できる。「愛」という複雑で多様な人間の心理と行動理解のための秘訣(Tip)について、次のように紹介している。

下の講演映像を起動後、右下にある<赤い四角>をクリックして、日本語を選択すると字幕が表示される。また、理解するのに一番いい方法は、我流だが先日の本ブログにも記した、音を消して字幕だけ読む・・・。

男女が愛を実らせるには、出会う人のうち最初から37%目までは除外して、それ以降の人から選ぶ考え方がある。つまり、始めの約4割を諦めろといっているようなもの。正直、こんなことを真っ正直に実行する人がいるだろうか。経験値から妥当という声も聴こえてこないし・・・どうだろうか。それに、ここが37%の境界だと気付くだろうか・・・付き合う人すべて(母数)が、その時点で決まっているわけではないだろうし。

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① 「オンラインデート必勝法」=「オンラインデート・サイトでは 魅力的な容姿の人がモテるとは限らない」

② 「完ぺきなパートナーの見つけ方」= 「デート相手の候補リストにいる 最初の37%は 真剣な結婚相手としては 全員お断りするのです (笑)」 ⇒ 「最適停止理論」(「秘書問題」: n人面接して秘書を採用する<最善の応募者を選択する確率>は37%)

③  「離婚の回避法」= 「あるカップルが離婚するか 予測をする上で 最も重要な因子の一つは 会話中の二人が どれだけ ポジティブか ネガティブかです」

「ベスト・カップル」= 「最も成功しているカップルは ネガティブの閾(しきい)値(threshold)が 非常に低いのです これらのカップルは 何事も 気づかないふりはせず、お互いに不平不満を 言えるようにしています」
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(TED講演)

KBS WORLD「国楽の世界へ」 伝統音楽と新しい音楽の融合

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/30)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<伝統音楽と新しい音楽とを融合したジャンルの曲>に関連した3曲を紹介した。

始めに、「国楽」とは何か、伝統と現代の狭間で、若手によるさまざまな取り組みについて次のように紹介された。
・「国楽」には、重々しい<宮中音楽>や、大衆的な<民謡・パンソリ>などが浮かぶ。国楽とはどんな音楽か、明確に答えられる人はあまりない。「昔から伝わる音楽」とすると、比較的最近の音楽は国楽ではなくなる。最近、新形式の国楽が目立つが、ジャンルも形式も様々で、歓迎する人もいれば、嘆く人もいる。一方、国楽や西洋音楽、更に大衆音楽など区分せず、ただ「音楽」という人もいる。彼らは、音楽は現代を生きる人々のストーリーを多様な方式で表現したものという。

▼ 若者の歌 「私の歌(이 내 노래)」(パク・インヘ、박인혜)を聴く。フォーク風に、今様の歌と

・パク・インヘは、12歳からパンソリを習い、韓国芸術総合学校でパンソリを専攻、修士号を取得し、全国パンソリ・コンクールで大賞受賞した。最近、伝統的パンソリより、独特な公演やミュージカルでより知られる。彼女がミュージカルと初めて出会ったのは、その中で、俳優に歌を教えるため指揮する役割だった。そこで、歌に注視してパンソリ公演に訪れた観客を見て、ミュージカルの影響力に関心を持った。より広い国楽の普及のため、ミュージカルを活用したりする。

次に、パク・インヘ以外にも新しい試みをするグループ/バンド 「コレヤ(Coreyah、고래야)」について次のように紹介された。
・バンド 「コレヤ」は、KBS国楽大賞受賞グループだが、国楽の枠にとらわれるのを拒絶する。彼らの音楽に国楽らしく思えない、果たして国楽といえるかと疑問に思う人々が多いのも理解できるが、伝統音楽が、歌謡曲のように親しまれて欲しい気持も感じられる。

▼ 「コレヤ」の「あらん限り遊んでみよう(전폭적으로 놀아보세)」を聴く。今様ながら思いの他、伝統・歌謡の香りが混在する。

最後に、面白いグループ、「ジャンビナイ(Jambinai、잠비나이)」について次のように紹介された。
・「ジャンビナイ」は、コムンゴとヘグム、ギターで構成される小規模集団だ。海外で活発に活動。リーダーは、国楽バンド、またはメタル・バンドと思われても構わない、他ジャンルと結合した新たな国楽を表現をしたいという。メタルバンドは荒っぽいイメージがあるが、伝統的楽器を用いる演奏は、美しいと評価される。彼らがどんな方向へと導いていくのか、もう少し見守る必要がありそう。

▼ ジャンビナイの演奏、「消滅の時間(소멸의 시간)」を聴く。ムムム・・・ちょっと・・・。超今様だ。ふうっと、ため息。

2016年12月6日火曜日

「汽車は8時に出る」

昔、汽車が出るとき、窓を開けて見送る人たちと別れを惜しんだ。岸壁の船出と心情的に通じる光景だ。去る人と残る人の影を心に焼き付けるようにして、汽車は次第に離れていく。映画なら遠近法の消失点に消えるまで。

有無をいわせず、汽車は時間通りに発(た)つ。まるで馬車を牽引する馬のように機関車はいななき、スピードをあげる。短編・戯曲作家にとってクレーンが時代の響きであったように、詩人に機関車は赤い火を吐く鋼鉄の馬であった。かつて新しかった、そんなものへのイメージをいまだに共有する人々にとって、汽車は特別なものだ。

(本ブログ関連:”汽車”、”ひまわり”)

ところが新幹線の窓は固定して開かない。最近は通勤電車まで(一部の窓は開くそうだが)。窓を通じて、互いにジェスチャーで伝えるしかない。だから、テレビニュースでは、車窓を境におどける子どもたちや、孫との別れが切ない祖父母の姿が報じられる。でも、交通網の発達のおかげで、いつでもえるようになった。本当に最近のことだ。

少し以前、汽車に乗るのに決意が必要なこともあった。運命の境界になることも。曲そのものがドラマチックな、「汽車は八時に出る(Το τρένο φεύγει στις οχτώ)」(作曲:Mikis Theodorakis、作詞:Manos Eleftheriou)は、余韻が残る。何度か本ブログで聴いてきたが、今回は、マリア・ディミトリアディの歌だ。(昔のギリシャは極めて政治的な時代があった)


(Youtubeに登録のΈνας αγέραςに感謝)

2016年12月5日月曜日

(雑談) テレビ画面を消して・音声だけ流すことはできないか

基本的にテレビ視聴しない。一度見始めると拘束されるからだ。とはいえ、たまにつけたテレビ番組に付き合うこともある。

<消音>ボタン

テレビでコマーシャルが始まると、急に音量が増す。番組と関係なく自己主張を始める。そんなとき、<消音>ボタンを押すとあら不思議! 当り前だが静かになる。それがものすごい。

消音にすると、急に神経がテレビに集中する気になる ・・・ そんな余裕感がたまらない。あえて試してみるのも面白い。例えば、講演番組 「TED(Technology Entertainment Design)」 の音声を極小にして字幕に集中すると、理解の仕方が深くなったような気がしてくるから不思議。


<画面を消して・音声だけ流す>ボタン

ところで若い頃のこと、下宿生活で揃えたテレビに、消音(どんなテレビにも常備している機能)とは反対の、<画面を消して・音声だけ流す>ボタンがあった。テレビの特徴をないがしろにするではないか、今では考えられないボタンだ。

<画面を消して・音声だけ流す>機能のおかげで、部屋が充実するのが分かった。視線を握られた存在から解放されるのだ。残念ながら、あのころ以来、このような崇高なボタンを持ったテレビと出会ったことはない。実は、あのテレビにはもうひとつ優れた機能があった。<目覚まし>ボタンだ。今の私の生活に必要性はないが。

2016年12月4日日曜日

イ・ソンヒ、SBSドラマ「恐れのない愛」(1992年)に出演のこと

イ・ソンヒが、SBSのドラマ 「恐れのない愛(두려움 없는 사랑)」(1992年5月2日~10月25日)に出演したという。

(本ブログ関連:”1992年”)

劇中、イ・ソンヒは次の歌を歌っている。
・8集所収の 「いつも愛してる(언제나 사랑해)」(1992年、作詞・作曲キム・ヨンドン)
・7集所収の 「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」(1991年、作詞キム・ミソン、作曲キム・ジンリョン)
・8集所収の 「小さな恋歌(ソナタ)(작은 연가)」(1992年、作詞ハン・チョンウォン、作曲キム・ヨンドン)
・8集所収の 「彷徨(방황)」(1992年)
・6集所収の 「懐かしさは去って(그리움은 가고)」(1990年)
・「高3受験生のための歌(고3 수험생을 위한 노래)」


(Youtubeに登録のAcaciaに感謝)

2016年12月3日土曜日

新鉱物「豊石(ぶんのせき)」

「愛媛大と東京大、国立科学博物館の共同研究チームは1日、高知県いの町の(黒瀬川帯)山中で新種の鉱物を発見し『ブンノアイト』と命名したと発表した」と、愛媛新聞の記事、「『ブンノアイト』命名 新種鉱物を高知で発見、愛媛大など研究チーム」(12/2)は次のように報じた。(抜粋)

(本ブログ関連:”新鉱物”)

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・愛媛大ミュージアムの皆川鉄雄研究員(66)によると、約10年前に調査で訪れた「いの町」の鉱山跡で「見たことのない暗緑色の鉱物」を発見。皆川研究員が試料を提供し、チームが構造解析した結果、マンガンやアルミニウム、ケイ素などを主成分とし、新たな結晶構造をもつ鉱物だと分かった。
・国際鉱物学連合に新種の提案書を提出し、2014年4月に承認された。「ブンノアイト(Bunnoite)」の日本語名は「豊石(ぶんのせき)」。「地質標本館」(茨城県)の館長を務め、6種の新鉱物の発見に貢献するなどの功績がある鉱物学者の「豊遥秋(ぶんのみちあき)」博士の業績をたたえて名付けた。
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愛媛新聞に、<発見者>の皆川鉄雄氏の名が記されている。産地に詳しい、地元の発見者の直感がなければ、新鉱物に列することはなかっただろう。ペーパーに、そんなくだりが記されることはないかもしれないけれど。

(参考) 国立科学博物館のプレスリリース : 鉱物写真、結晶構造図

「新種の鉱物を発見、Bunnoite(豊石)と命名」(12/1)

2016年12月2日金曜日

(資料) 田中貢太郎の「仙術修行」

仙人になるのはたやすくないはず。修業は秘伝であるはず。仙人修行のそんなイメージがあるところに、本物かどうか怪しい者が現れて、仙術を修めたと自称する。聞けば、そんなものかと納得するが実にあっけない。

(本ブログ関連:”仙人”)

田中貢太郎(1880年【明治13年】~1941年【昭和16年】)の掌編、「仙術修行」(青空文庫)は、仙人志願の男が四川省白竜山の麓を彷徨い、年数をかけて偶然見つけた仙界へつながる小径(こみち)をたどり仙人たちと出会う話しだ。まるで、桃源郷に至るよう。そこで仙人たちの群れに交わるのに、何の試問もなく、いきなり彼らの行動と一体して修行を努める。そんな経験が語られる。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

仙人修行は、俗世でも手の届きそうなくらい安逸な方法で一瞬錯覚させる。仙人が人間の延長であること。誰もが分かる方法なのだ。厄介な修練を積んで、ある境地に達したところで更に深めるというわけではない。

飛翔感は別にして、洞穴のいってみれば他愛もない、誰にもできそうな修行だが、ずっと続けるとなると、世俗の価値と吊り合わない。仙界を俗世に紹介するにはこうするしかないのか、或いは仙人を語る大嘘つきか。そんな修行部分を抜き書きしてみる。

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・(鳥の飛びたつような容(さま)をして走る仙人の)群の最後になった仙人は、彼の傍へやって来た。彼は粛然(しゅくぜん)として立っていた。仙人は瘠(や)せた手をあげて、彼を招いてから走っている群の方へ往けと云うようにして見せた。彼は仙人の群を追うて駈けだした。最後の仙人も彼の後(あと)から駈けて来た。

・絶壁の上も樹木の間も、平地を往くようにして駈け走った。そして、朝霧のかかった谷川の岸に出て、そこで衣(ころも)を脱いで行水(ぎょうずい)をやった。皆黙黙として何人(だれ)も一言(ごん)を発する者がない。彼も同じように冷たい氷のような行水をした。

・行水が済むと、仙人の群ははじめの路(みち)を走って帰った。彼もその群に交まじって帰った。皆それぞれ洞穴(ほらあな)を持っていた。行水から帰って来るとその日の行(ぎょう)にかかった。全身の力を咽喉(のど)に集めて、わあと云う懸声(かけごえ)をだした。それを一日に一万遍(べん)やることになっていた。彼も他人の使わない洞穴を求めてその懸声をはじめた。そして、空腹になれば木の実を探しに往った。それにも山の法則があって、他人の執(と)りかけたものに手をつけることはできなかった。手をつけた印には木の葉を扱(しご)いてあった。そのうえに木の傍で喫(く)うばかりで、持って来て貯えて置くことはできなかった。それがために、ひもじくなれば二里も三里も遠くに木の実を執りに往くことがあった。
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2016年12月1日木曜日

今年も残り12分の1

今日から12月。今年も残り1ヶ月、あっという間に終わりそう。年々、1年が短くなる。この軽さ、何としよう。

テレビを見れば、クリスマス・ケーキやおせち料理の予約CMであふれるし、書店に行けば、来年の年賀状ソフト本が積まれ、いろいろなカレンダーが吊るされている。これらも来年になれば、なかったように消えてしまう。

12月らしいことをしなくちゃ。久し振りに昔の仲間と忘年会をする。そして、一年間の進歩の違いを思い知る。若い人に叱咤激励されるのもわるくはない。

一年の経過を、リンゴの実の食いっぷりで記しているが、今年は11/12を食ってしまった。残りは、1/12しかない。1/12のいかに薄いこと。一口で終わってしまう。とまあ、こんな按配で今年とサヨウナラ。

12月となれば、ジョージ・ウィンストンの「December」の「Joy」が決まりなのだが、余り聞かなくなって久しい。もう一度、バッハより手前で、気楽に聴いてみよう。


(Youtubeに登録のGeorgeWinstonPianoに感謝)

2016年11月30日水曜日

113番元素「ニホニウム」に正式決定

今年6月に新聞などに発表された、113番元素の正式名称が決定したと、NHK News Webの記事、「113番元素 『ニホニウム』 に正式決定 日本が初の命名」(11/30、17:04)は、次のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”新元素”)

これから、化学の教科書の裏表紙には必ずある 「周期表」の113番目の欄に元素記号「Nh」と「ニホニウム」の名称が載るのが待ち遠しい。一般的な化学知識としては、せいぜい第6周期(86番元素)ぐらいまでだろうから、113番元素にいたることは稀である。とはいえ、化学の教科書で周期表を見るたび、元素記号の「Nh」があることに、化学を勉強する学生たちに勇気を与えるに違いない。

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・物質の基になる元素のうち、日本の理化学研究所の(九州大学森田浩介教授ら)グループが発見した「113番元素」について、化学に関する国際機関(IUPAC:国際純正・応用化学連合)は、日本という言葉を取り入れた「ニホニウム」という名前に正式に決定しました。元素に、日本が命名した名前が付けられるのはこれが初めてで、アジアでも初めてのことになります。

・理化学研究所のグループは、名前と元素記号の案をことし3月に国際機関に提出し、国際機関がふさわしいものかどうか審査を行ってきました。

・国際機関は「113番元素」の名前を、日本の提案どおり、日本という言葉を取り入れた「ニホニウム」(nihonium)に正式に決定し、日本時間の30日午後5時に、ホームページ上で発表しました。

・「ニホニウム」という名前と、「Nh」という元素記号は早速、化学に関する国際機関「国際純正・応用化学連合」のホームページにある周期表に書き加えられています。
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(追記) 周期表、周期律表
記憶にあるのは「周期律表」で、「周期表」だと何だか刃こぼれしたようで物足りなさを感じる。もちろん学術的には、周期表が正統で、周期律表は現在使われていない。専門家にとって当たり前のことも、かつて一般に馴染んだ名を捨てきれないものだが、この機会に我が脳内を是正?することにしよう。
(参考)「“周期律表(しゅうきりつひょう)”という言葉について」(岡山理科大学 理学部 化学科 坂根弦太氏)に感謝。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 西道地域の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/23)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<平安道と黄海道を合わせた西道(ソド)地域>に関連した3曲を紹介した。

始めに、朝鮮時代の平安道地域差別として、農民反乱 「洪景来(홍경래)の乱」(1811年)について次のように紹介された。
・人は、自然や周辺情勢の影響で、地域特有の文化や行動を育てた。戦いを好むとか芸術を好む地域など類別された。それは地域の結束になったし、誤解や差別・対立の原因にもなった。朝鮮時代に、現在の半島北部にある平安道地域の人々は、王朝から差別を受けた。その理由の正確な記録はないが、暗黙に、その地域の人が朝廷の要職に就くのを嫌った。両斑階層は、その地域との婚姻もなかった。当時、洪景来を中心にした大規模な農民の反乱「洪景来の乱」があった。日頃の不満が積もった結果だった。一般の民は、ただ歌で恨みをなだめた。
・北部、平安道と黄海道の「西道地域」では、若干鼻声を交えて歌う。愛と別れの歌にも、深い悲しみや喜びが感じられる。

▼ 悲しみで満ちた歌の意の「愁心歌(수심가)」を聴く。哀調を帯びた長いトーンで訴えるように歌う。大陸風か。

次に、「風具풍구)」と呼ぶ、風を起す道具<鞴(ふいご)>について次のように紹介された。
・「風具」と呼ぶ、鞴(ふいご)は、扇風機のような形状で風を起こし、鍛冶屋で火を焚くときに使ったり、収穫の後、穀物を選別するときも使った。プングで風を起こし、穀物をゆっくり注ぐと、ほこりは飛ばされて、穀類だけが残る。また、かまどで火を焚くときも使った。
・北部の街、平壌は、中国へ向かう途中に位置し、人や物資も豊かな風光明媚な場所だった。当地で官職に就くのが、最高の安楽とされた。

▼ <平壌地域の豊かな環境が浮かぶ>風具の歌、「風具歌(풍구소리)」を聴く。洗練されて今様に歌う。

最後に、豊漁を願う漁民の船歌「延坪島難逢歌(연평도난봉가)」について次のように紹介された。
・黄海道は、イシモチが有名で、イシモチが集まりだすと、その鳴き声で眠れないほどだったという。船乗りには、どんなに興が沸いたことか。また、船を待つ家族もなんと幸せだったかうかがわれる。
・仁川の延坪島で歌われる西道地域の民謡舟歌に「延坪島難逢歌」がある。曲名は、「難逢」という者の名から付けられたというが、今の歌詞は彼の名と関係ないという。<カニのこうらに乗って釣りをしに行く> などという歌詞が大変面白い。

▼ 延坪島がある西道地域の民謡舟歌の「延坪島難逢歌」を聴く。軽やかな歌声。ちょっと楽天的に洗練して歌う。

2016年11月29日火曜日

イ・ソンヒの「少女の祈り」

1985年にリリースしたイ・ソンヒの記念碑的な初アルバムは、最近(2014年10月28日)でも「リマスター版」が出るほど。その第1集所収曲に 「少女の祈り(소녀의 기도)」 がある。心の痛手を歌う、デビューしたばかりのイ・ソンヒの力いっぱいの発声に、まるで恋に恋するような初々しさを感じる。

(本ブログ関連:”少女の祈り”)

少女は気付かないかもしれないが、時間を限られていないという若さの特権が、この曲からほとばしるようだ。残り時間を勘定しないでよい若さは素晴らしい。歳をとれば残り時間のふるまいに、自ずと賢明さを要求されるのだが。


風吹けば散る、寂しい落葉が みな
おぼろな露のよう、揺らぎます
その声耳にして   空しく歩く うつろな心は

*離れた人 なつかしむ、切ない心だけれど
一人残り 守ればならぬ、 孤独なわたしを泣かすよ

引き留められぬ 未練さに
落葉の季節に わたしを埋めて
春がまた訪れを 祈ります、この夜が明けたら

(*以下繰り返し)

この夜が明けたら


(Youtubeに登録のKBS Mediaに感謝)

2016年11月28日月曜日

イ・ソンヒの「あなたに会いたいときは」

イ・ソンヒの8集所収の「あなたに会いたいときは(너를 만나고 싶을땐)」(1992年、作詞・作曲キム・ヨンドン)は、なんとも素朴で愛らしい。どこか童謡というか子守歌に似た響きすらする。むかしを懐かしむように想いをつないでいるのだろうか。

(本ブログ関連:”あなたに会いたいときは”)

イ・ソンヒには自伝に当たるものがある。誕生から27歳頃の1991年までのこと。それ以降について、彼女の言葉で語られた年代記に当たるものを知らない。この「あなたに会いたいときは」が収められた8集には、美しい旋律で、童謡らしさを感じるものから、さらに国楽もチャレンジしたものまである。彼女の音楽作りの原点回帰であり、変曲点ともいわれる。だから、8集以降の、1992年からの第2次の自伝を知りたいし著して欲しい。


一日 眠れぬ孤独さよ
流れ去った、時を彷徨って
あなたは見知らぬ 場所で待つでしょう
私も見知らぬ 場所で待つでしょう

私の喜び 包んだ 暖かな心
私の悲しみ 触った 柔らかな手
今は草花散った 夢の中のなのに
今は過ぎた愛の ささやきだけなのに

*こんなに、あなたに会いたい時は
心深く 愛はるかにたずねて
どこかに どこかに 去らねばならないのね

(*以下繰り返し)

どこかに どこかに 去らねばならないのね


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2016年11月27日日曜日

(空想旅行)一度は行って見たいところ

以前、東京の晴海埠頭に東京国際見本市会場があって、国際見本市やコンピュータ関連のエレクトロニクスショーなど開催されていた。若い頃、会場を隈なく歩いたものだが、ある年齢に達して会場内の多数の展示棟の内、わずか2ヶ所を見るだけで疲れるようになった。会場巡りは、体力のバロメーターだったようだ。

このところ膝を痛めて、趣味の鉱物採集に出かけていない。その前提となることがある。大勢にまじって鉱物採集会に参加したとき、坑口・ズリ場のある山中へ登るときも降るときも最後尾になった。幹事さんにフォローしていただき、迷惑にならぬよう済んだが。それ以来、歩調を合わせてくれる、少人数の仲間とだけで出かけるようになった。そこへとどめを刺すごとく膝痛が加わった。

都心へ出かけるにしても、電車に乗るわけで、地図上の距離ほど歩いているわけじゃない。とはいえ、このまま行動範囲を狭めるのももったいない。それで空想旅行として、一度は行ってみたいところがある。

飛行機好きで、エンジン音が好き。とりわけプロペラ機のレシプロエンジン音がいい。今様のプロペラ旅客機は、プロペラ機といっても、エンジンがターボプロップで、ちょっと違う。排気煙を出し、気筒が発するメカニカルなエンジン音を轟かす、レシプロエンジンには勝らない。パタパタパタ、ブルブルブル、ドドドド・・・。(昔、カセットテープ版で、YS-11[ターボプロップ]羽田発伊丹行き、DC-3[レシプロ]ハワイ上空の操縦室の実況録音を聞いていたなあ)

じゃあ、せめてジェット・エンジンの排気風圧を確認するのはどうだろう。ということで、カリブ海、サン・マルタン島(オランダ領側にある)マホ・ビーチの、プリンセス・ジュリアーナ国際空港の浜辺で楽しんでみたい。
ジェット機の離着陸時のブラスト(噴流)で、死ぬかもしれないよという警告看板まであるのに、観光客は転げまわって喜んでいる。ジャンボジェットの747機なら、そりゃあ凄いだろう。一度は試してみたい。こういうお馬鹿さ加減が好きだ。日本じゃ考えられない。


(Youtubeに登録のKai A. Hortmannに感謝)

2016年11月26日土曜日

(資料)韓国人にとって「哲学」とは

韓国ギャラップは、韓国人1,500人に対して実施した、「韓国人にとって哲学とは 2016」の集計結果を次のように報じた(11/24)。(抜粋)

(本ブログ関連:”韓国ギャラップ”)

【調査結果】
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● 「哲学」といえば思い出すこと(2個まで自由回答 - 自由連想):

・占い / 四柱推命と関連した話 36%
・難しくて退屈だ 23%、
・人生に対する話 22%、
・哲学者 19%、
・哲学関連の理論 / 本 / 名言 10%順

「占い/四柱推命」関連の連想は、男性(30%)より女性(42%)で、そして高年齢であるほど(2026%、50代以上45%)さらに多かった。 一方、哲学が「難しくて退屈だ」という認識は回答者特性別に大きな差ではなかったが、「人生に対する話」、「哲学者」、「哲学関連の理論/本/名言」などは、教育水準が高いほどさらに多く言及した。


● 学問としての哲学(4つのカテゴリーより同意):

・勉強しにくい学問 80%
・人生の意味と価値を探求する学問 77%
・哲学はすべての学問の基礎 64%
・私の人生に必要な学問 48%:

韓国人の77%が「哲学は人生の意味と価値を探求する学問」ということに同意しながらも、「私の人生に必要な学問」と考えている人は48%にとどまった。これは、哲学の学術価値は認めながらも、その実用性については懐疑的に見る人々が少なくないことを見せてくれる。

【調査概要】
- 調査期間: 2016年5月16~31日
- 標本抽出: 2段階層化コロニー無作為抽出 - 標本ポイントの内 性/年齢別割り当て
- 応答方式: 面接調査員インタビュー
- 調査対象: 全国の(済州道を除く)満19歳以上の男女1500人
- 標本誤差: ±2.5%ポイント(95%の信頼水準)
- 回 答 率:  39%(総接触3,822人のうち1,500人の応答完了)
- 依 頼 処:  韓国ギャラップ独自調査
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私たち普通の日本人にとって、「哲学」といえば、明治以来の西欧輸入の学問を思い浮かべるだろう。翻訳文化のおかげで、真新しい(フランス)哲学など今なお続々と陳列、更新される。けれど、そんな読者は学生の内かもしれない。一方、韓国ギャラップの上記調査のように、「哲学」の言葉から思い出されるものに「占い、四柱推命」まで含まれるのは韓国らしさかも知れない。

2016年11月25日金曜日

クラーナハ展

16世紀初頭活躍した、広義の北方ルネッサンスの画家「ルーカス・クラナッハ(Lucas Cranach)」(1472年10月4日~1553年10月16日)の展覧会が、上野の国立西洋美術館で開催されている。

(本ブログ関連:”北方ルネッサンス”)

昨日の雪降りの寒さとうって変わって、今日は陽射しもあり、この機会に出かけることにした。上野駅を出ると、路肩に雪跡すらない。人出も多く、まるで休日の賑わいだった。

展覧会の名称は、「クラーナハ展 ― 500年後の誘惑」である。この画家の名前を、昔から「ルーカス・クラナッハ」と聞いてきたが、今回、「ルカス・クラーナハ」と呼ばれている。(日本人にとって)ドイツ語らしさが半減するような気がする・・・ドイツ語で登録したYoutube映像を聞くと、「ルーカス・クラナハ」が自然のようだ。以下、親しみのある「クラナッハ」の名で記す。

ルーカス・クラナッハの制作拠点は、ヴィッテンベルク(Wittenberg)で、現在その都市名に「ルターシュタット(Lutherstadt)」を冠している。(クラナッハとルターの関係もあり)それゆえドイツ宗教改革と縁深い。芸術の時代潮流も広義の「北方ルネッサンス」というより、「ドイツ・ルネサンス」と細分化される。そうそう、今は「ルネッサンス」と呼ばず、「ルネサンス」というようだ。

今回、展示を見てクラナッハ作品の印象が変わった。北方ルネッサンスに見るような、繊細で<華奢>な女性像のイメージがあったが、それだけではないということ。クラナッハは宮廷画家として活躍しており、かつイタリアへの遊学(アルプス越え)もあるようで、人物画に多種多様な表現、すなわち豪奢、ふくよかさ、世俗さまである。
宮廷画家としての権威と、工房を持つ親方・プロデューサーの雰囲気も感じた。同時代性を確認する意味から、同じドイツ人の画家「アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer)」( 1471年5月21日~1528年4月6日)の作品も配置されたが・・・。

今回、一番驚いたのは、目元が魅力的で惹き付ける「ヴィーナス」(1532年、シュテーデル美術館蔵)の絵のサイズが、37.7×24.5cmだったことだ。もっと大きな絵柄を想像していた。秘かに鑑賞するのか。

展覧会カタログ(ガイドブック)の解説に、「女性の刺激を攻撃的なまでに放つ表現」とある。この一見<華奢>なヴィーナス像に、展覧会のタイトルにある、<誘惑>が込められている。

私としては、この絵に決してふくよかではない、北方のルネッサンス特有の女性像を見てとれる。昔から、ルーカス・クラナッハの絵画として一番先に思い浮かべるものだ。

そうそう、カタログにある、この作品解説の最後に、「このあまりに刺激的な《ヴィーナス》は、もし単独で見つめられるなら、そうした道徳的なメッセージなど、なきものにしてしまうものである」と。

もちろん教科書に載る、ルターの肖像、不釣り合いなカップルなど見られる。また、版画について、その、木版の精緻さも驚く。エッチングに似た「エングレービング」の技法に迫るほどである。木版画の技法も知りたいところだ。なにしろ版画がなければ、作品を広く人々に知られることがなかったのだから。

(展示に、デューラーなど同時代の画家たちの作品を併置するのは了解できても、インスピレーションを受けた現代作家のものは疑問)


(追記:2024.08.28)
■ 山田五郎 オトナの教養講座
「【クラーナハ】エロの匠が描く女性はナイスバディじゃない⁉︎【ヴィーナスとクピド】」(2021/11/26)
https://www.youtube.com/watch?v=d9W7B5SdAJI

2016年11月24日木曜日

今冬の初雪 2016

天気予報では昨深夜からということだったが、初雪は微妙にずれて今朝になって降った。家の前の路地に白雪が薄く積もった。雪が降る間、辺りの騒音はかき消すように吸収されて、静寂そのものだった。まるで防音室にいるような、空(くう)を漂ような定まらぬ感さえした。昼過ぎ、降雪は続いたが、路地の雪が融け始めた。

(本ブログ関連:”初雪”)

今年の秋は、夏と冬の間に定まらず、行ったり来たりして冬にずれ込んだ。子どもは雪遊びしたく屋外に出たことだろうけれど、突如訪れた初雪に、おじさんは戸惑いのまま。何度もいうが、寒いのは苦手だ。

朝日新聞DIGITALの記事、「都心で初雪、11月では54年ぶり 2センチの降雪予想」(11/24、09:30)は、今年の初雪を次のように伝えている。(抜粋)
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・前線を伴った低気圧が東に進み、北日本から関東の上空に真冬並みの寒気が入った影響で24日朝、関東を中心に雪が降った。東京都心や甲府市では11月としては1962年以来、54年ぶりの降雪となった
・関東甲信地方では、24日昼過ぎにかけて広い範囲で雪が降るとみられ・・・
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同じく、朝日新聞DIGITALの追加記事(11/24、12:51)は、都心の初雪の早さについて次のように補足した。(抜粋)
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・都心の東京都千代田区で初雪を観測したのは、午前6時15分ごろ。平年より40日早く昨冬より49日早い。午前11時には、1875年の統計開始以来、11月としては初の積雪を観測。
・午前11時には、1875年の統計開始以来、11月としては初の積雪を観測
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2016年11月23日水曜日

勤労感謝の日 2016

今日は祝日「勤労感謝の日」だというに、みな寒さに家に閉じこもったのか、近所の余りの静けさに驚く。それに、深夜から明日にかけて積雪の予報もある。寒い一日になりそう。

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(付記) 最近気になること (イ・ソンヒが騒ぎに巻き込まれていないか、杞憂に終わらんことを・・・)

■ YTN(ニュース専門テレビ局)掲載のOSEN記事、「パク・クネ大統領 - キム・ヨナ - イ・ソンヒ、『最後の舞台終わらせて』 (私は大韓民国)」(2015年8月15日、OSENパク・チュンヒョン記者)は、2015年8月15日の<国民大合唱「私は大韓民国」コンサート>のフィナーレ場面について、次のように報じている。(抜粋)
なお、このフィナーレ壇上の、イ・スンチョルキム・ヨナ、パク・クネ大統領(&大統領の親友)の3者関係について、現在、韓国の世間で噂が大きく賑わっている。真実は不明だが。
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写真) 左から:イ・スンチョル、パク・クネ大統領、キム・ヨナ、イ・ソンヒ

・(8月)15日午後ソウル、上岩ワールド・カップ競技場で開かれたKBS光復(解放)70年国民大合唱「私は大韓民国」コンサートで、イ・スンチョルとキム・ヨナ、パク・クネ大統領、イ・ソンヒが退場している。
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朝鮮日報(日本語)の記事、「歌手イ・スンチョル事務所 朴大統領親友との関係を否定」(11/04)は、イ・スンチョルの大統領背後との関係否定主張を次のように報じている。(抜粋)
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・韓国の人気歌手イ・スンチョルさんの所属事務所は、3日、国政介入疑惑や財団私物化疑惑に関連して職権乱用などの容疑で逮捕された朴槿恵(パク・クネ)大統領親友の崔順実(チェ・スンシル)容疑者とのつながりが取り沙汰されていることについて、「とんでもなくあきれた主張だ」と崔容疑者との関係を否定した。
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■ 朝鮮日報(日本語)の記事、「『ヌルプム体操で不利益』報道、キム・ヨナ側が立場表明」(11/21)は、キム・ヨナが<「スポーツ英雄」リストから突然彼女の名前が削除された>疑惑について次のように報じている。(抜粋)
なお、日本のテレビは、<国民大合唱「私は大韓民国」コンサート>壇上で、キム・ヨナが大統領からの手つなぎを拒絶した(ように見える)ことの因果関係を推測している。
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・朴槿恵(パク・クネ)大統領の親友で職権乱用や強要などの罪で起訴された崔順実(チェ・スンシル)被告の側近、チャ・ウンテク容疑者が制作を手掛けた「ヌルプム体操」。フィギュアスケート選手のキム・ヨナが、この体操の普及のためのイベント出席を断ったため不利益を被ったという疑惑が持ちあがり、キム・ヨナ側が疑惑について立場を表明した。
・しかし、2014年に開かれたヌルプム体操の普及イベントを断った後、15年に大韓体育会が選定した「スポーツ英雄」リストから突然キム・ヨナの名前が削除されたことが分かっており、なおも騒動は続くものと見られる。
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KBS WORLD「国楽の世界へ」 撥弦(打弦)楽器「玄琴(コムンゴ)」

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/16)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<撥弦(打弦)楽器「玄琴(コムンゴ거문고)」>に関連した3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”玄琴(コムンゴ)

始めに、「玄琴」の由来にまつわる高句麗宰相「王山岳(왕산악)」の伝承、楽器の構造について次のように紹介された。
・撥弦(撥弦)楽器「玄琴」の由来は、高句麗時代にさかのぼるという。当時、中国から伝わったこの楽器を、高句麗では楽器だと分かるものの、奏法を知らなかった。宰相王山岳は、その楽器に手を加え、演奏できるようにした。それが、玄琴だ。玄琴は、琴の一種で、6本の弦を左手で押え、右手の「匙(スルテ、술대)」という棒ではじき演奏する。一説に、王山岳が奏する玄琴の音に、黒鶴が飛来して踊ったという。そんな伝承が玄琴にある。東洋で、鶴は平和を意味する縁起の良い動物である。
・ところで、玄琴の起源は、王山岳より以前の高句麗に、似た楽器があったという説もある。文化は、移動(遷移)し適合するようだ。

また、正楽の六拍子で構成される「還入(ドドリ、도드리)」、それに関わる学者ソンビの生き方について次のように紹介された。
・「還入」とは、ひとつのリズムが六拍子で構成される曲。適当なスピードで、余計な伴奏はせず、一拍ずつ演奏する。速く華やかな現代のリズムと比して退屈かもしれないが、長く聞けばその真価が分かる。昔の学者ソンビは、何事も、有りのままの姿に従い、そこから心の平和を見出し、世の中と融合するのが、彼らが追及した暮らしだった。「還入」には、そんな精神が感じられる。

▼ 玄琴の独奏曲でリズム(長短)を意味する「還入」を聴く。3+3拍子のようにゆるりと、たおやかに流れる。

次に、「並唱(병창)」と、玄琴並唱の創作者の「申快童(신쾌동)」(1910年~1977年)について次のように紹介された。
・並唱は、楽器演奏と歌の両方ができねばならぬため容易でない。玄琴並唱の創作者が申快童だ。今でも、彼の弟子一人以外は、玄琴並唱をきちんとできる人がいないという。玄琴は長らく学者ソンビに親しまれたが、朝鮮時代末、喜怒哀楽の感情を玄琴で奏する刺激的な音楽が登場したため、ソンビは世が乱れたと嘆いた。

▼ 玄琴を演奏しながら歌う(並唱)で「玄琴並唱、名人の並唱」を聴く。詞を追うように玄琴が響く。

最後に、玄琴の現代化について次のように紹介された。
・最近、電子玄琴とか、変わった形の棒で奏する玄琴、弦数を変えた玄琴など登場したり、親しみやすい演奏も試みられる。伝統を守ろうとする人々の一方で、伝統の枠から抜け出て新しいものを作り上げようとする人々もいる。文化は、そうした変化と発展をするようだ。

▼ グループ「コムンゴファクトリー」演奏で、「コムンゴ・アンド・タンゴ」を聴く。コムンゴとタンゴ(洒落?)ばりに今様である。

2016年11月22日火曜日

小雪2016 そして地震

二十四節気「小雪」の早朝、寝ぼけながら小さな横揺れに気付いた。小きざみの振動が止まらないのだ。つけっ放しにしていたテレビから「緊急地震速報」報知音が聞こえた。いつもの地震と様子が違う気がした。脳裏を「東日本大震災」(2011.3.11)の記憶が走った。次に何が来るか不安になる。幸い、長々感じた振動は強さを増すことなく終わった。

(本ブログ関連:”小雪”、”地震”)

明晩、東京に初雪が予想され、時候はまさに「小雪」である。二十四節気は旧暦に即しているが、カレンダーとピッタリの二十四節気に合点がいく。こうでなくっちゃ。

なんて思っていたら、早朝のテレビが一斉に、太平洋側の東北・関東各県に対して津波警報・注意報を流した。ただごとでない。気をもんだけれど、幸い大事に至らずに終わった(ようだ)。

気象庁は「地震情報」を次のように報じた。最大震度<5弱>で、マグニチュード<7.3>という。まだ余震が続いているようだ。当地の震度は<3>だったが、横になっていたせいか体感で<2+>位いだったし、余震は感じない。

気象庁発表
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22日05時59分頃地震がありました。
震源地は、福島県沖(北緯37.3度、東経141.6度、いわきの東北東60km付近)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は7.3と推定されます。
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気象庁によれば、今回の地震は、東日本大震災地震の余震に当たるようだ。

2016年11月21日月曜日

君の名は

君の名は」は、子どもの頃におぼろに知ったラジオドラマだ。Wikipediaによれば<昭和27年(1952)4月10日~昭和29年(1954)4月8日、毎週木曜8時~9時までの30分放送>とのこと。番組が始まると、主な聴取者である主婦たちがラジオに耳をむけるため、夜の銭湯がガラガラになったという。子どもは当然ながら、大人向けドラマに関心はないし、銭湯の女湯がどうだったかを知るはずもない(子どもにとって銭湯は湯船を潜る遊び場だった)。

戦後、一大ブームを巻き起こしたメロドラマだったようだが、母親たちがどれほど熱中していたか知るよしもない。大人と子どもは別世界にいたのだから。それでも、子どもながらに覚えていることがある。ドラマ主題曲の始まりの詞「君の名はとたずねし人あり」、主人公の名前である「真知子」と「春樹」、ストールの巻き方である「真知子巻き」、そして主人公が再会を約束した「数寄屋橋」だろう。そのくらいでしかないけれど(子どもの遊びのネタになるようなものは何もない)。

戦争を直接体験した者が聴いたラジオ番組だった。彼ら世代より後の1.5世代から、戦争体験を別の視点で語るようになる。当事者は経験を語り、そんな中でも物語を作りあげた。一方、その1.5世代後から、(理念に基づく)現在視点で問いかけを始めた。1.5世代以降の者にとっては、このドラマは過去に埋没すべきものだったに違いなく、今、顧みられることはない。歴史は常に現在でしかない。(番組ナレーションの「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」もよく知られる)

(きれいな昭和のことばで演じられる)

(Youtubeに登録の山本嗣信に感謝)

戦争の後に、ロンドンの橋で再会を約束した米映画「哀愁(Waterloo Bridge)」がある。こちらは、「君の名は」のオリジナルに当たるだそうだが、なんだか主人公の思い出作りの気がしてならない。空襲を体験したイギリス人だったら、こうは作らないのではないかと思ったりする。


(Youtubeに登録のDarkLadyUK”に感謝)

2016年11月20日日曜日

語劇「怪しい彼女」

地元大学の「第94回 外語祭」に出かけた。去年と同様、学生たちの演劇を見るためと、円形広場のプロムナードに並んだ各国の飲食模擬店を楽しむためだ。日曜日もあって家族連れや、受験志望の高校生たちであふれ大盛況だった。

語専攻別に、学生たちによる演劇を「語劇」と呼んでいるようだ。語劇は「外語祭」期間中、連日プログラムされていて、その中から、今日最初に演じられる韓国語(専攻の正式名は朝鮮語)語劇、「怪しい彼女(수상한 그녀)」を観劇した。韓国映画の「怪しい彼女(수상한 그녀)」(2014年)を舞台化したもので、配役が一部変更されているものの大筋原作に従っている。

(本ブログ関連:”怪しい彼女”)

芝居の最後に、身を挺して孫を救おうとする祖母(おばあちゃん)に対して、大学教授になった祖母の息子が<自由になって欲しい>と、身を削って育ててくれた母親に感謝の言葉を述べ説得するところがある。客席で、隣の席の夫婦から鼻を啜る音がした。やはり、この物語は<全ての母親に捧げる>ものと実感する。芝居の暗転が気になったが、学生らしさを感じられる楽しい時間をもらった。

模擬店で、アラビアの「バスブーサ」(柑橘系の爽やかな風味を感じるしっとりした菓子)、トルコの「バクラヴァ」(シロップがたっぶり沁み込んだ更にしっとりした菓子)を食べた。実は、語劇「怪しい彼女」を見終わってすぐに、ホール隣接の売店で「ダブルブルーベリケーキ」も食ったばかりというのに・・・。甘い大学祭巡りだった。

(追記)
「外語祭」の帰路、小川の流れる公園に寄って散策する。イチョウの樹下に黄色に染まった葉の絨毯ができ、モミジは文字通り紅葉していた。公園の売店で、甘~い「甘酒」(ノンアルコール)を求める・・・どこまで甘いもの漬けになるやら。

次に、公園そばの美術館でイギリス絵画展「風景への視線」を鑑賞する。展示趣旨に「ピクチュアレスク」とある。ロマン主義的な感性といった評価にぴったりで、風景までもどこか芝居じみた(ドラマチックな)雰囲気がする作品が並ぶ。
どうやら死語になった「泰西名画」の言葉を思い出す。子どものころ見た海外の風景画は、(印刷技術も鈍く)くすんだ色した木立が重々しく覆いかぶさるような絵ばかりだった。でも、表立って好きだといえない隠れファンがいることは間違いない。

2016年11月19日土曜日

イ・ソンヒの「歳月は流れても」

去年の今頃、聴いていたのはイ・ソンヒの4集収録の「歳月は流れても(세월은 흘러도)」(作詞・作曲ユン・テヨン、1988年)だった。どちらかといえばトロットの香りするものの、イ・ソンヒは巧みに彼女らしい世界に昇華させた。女性ならではの相転移といったところか。

(本ブログ関連:”歳月は流れても”)

まるでアルバム写真を見るように歌う。男が歌えばみじめったらしいことだが、女性となれば歌詞と裏腹にさらりとする。女性の距離感というか、時間・空間認識を感じる。まさに「逞しさ」だ。それは言い過ぎとしたら、心の陰で見つめるもう一人の自分がいるといった冷静さだろう。喧騒の翌年、相反するものに敏感な女高生ファン心理にピッタリだったのかもしれない。


歳月は流れても  私たちの心は
忘れられたその街に  残っています

歳月は流れても  私たちの愛は
散ったその時間に  残っているわよ
*
その昔の記憶を  たどってみましょう
忘れられたその街を  歩いてみましょう

その昔は夢のように  散ってしまった
その時間はどこにあるのか  探してみましょう

歳月は流れても  思い出は残っている
忘れようとすればするほど  思い出します

(*以下繰り返し)

忘れようとすればするほど  思い出します


(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)

2016年11月18日金曜日

(雑談)自動車運転免許証

最近、高齢者の自動車運転による死傷事故がしばしばテレビで報道される。80歳以上の老人が起したした結果が主だが。高齢化社会になれば、高齢者の母数が増えるわけで、このような事故が増大するのは必至。

報道される高齢者の車運転事故は、都市部で発生している。車が無ければ生活に支障をきたす農村部の話ではない。市街の狭い道を走って事故を起こせば、歩道の通行人をすぐに巻き込むことになる。

私は将来を考えて、昨年自動車運転免許証を返納した。理由は二つある。一つ目は、鉱物採集に行くとき、仲間の車に同乗させてもらっている。助手席で、運転の様子を見ながら、自分が運転したらどうなるかと脳内シミュレーションするが、<車線変更>や<右折>のときタイミングに戸惑うことがあった。二つ目は、こちらが決定的だが、Youtubeの自動車事故画面を見ると事故の余りのあっけなさ、不可避さに恐ろしさがつのる。

(本ブログ関連:”(雑談) 自動車運転免許証”)

昔、自動車免許取得のために、今なら考えられない講習があった。凄惨な自動車事故現場(白黒)映像を投影したのだ。Youtubeでも見られない、ある意味ショック療法?を目論んだのだろう。時代が変わって今はそんなことはないようだが・・・。
自動車運転免許証を適切に、早めに返納する自覚を忘れないためにも、納得のいく方法がないだろうか。

ところで、イ・ソンヒの愛用車は、「ポルシェ 911ターボS」だそうだ。まだ50歳少しの彼女には無縁のことだろう。

2016年11月17日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 海

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/9)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<海>に関連した3曲を紹介した。

始めに、平安道民謡「ペタラギ(배따라기)」と、朝鮮後期の朴趾源(박지원、1737年~1805年)について次のように紹介された。
・朝鮮半島北部の平安道民謡に、「ペタラギ(排打羅其、배따라기)」があって、海辺で船が出る悲しい別れを歌ったものだ。漢字で「船離」、または「離船」とも言った。使臣として中国に向かった実学者、朴趾源も、「ベタラギ」について記録を残している。「ベタラギ」は、妓生が船に乗り、実際に旅立つように演じながら歌うものだ。朴趾源は、これほど悲しい歌はないと言った。海辺の人々にとって、船出は日常の生活のこと、どうであれ行かなねばならない。しばしの別れが、永遠の別れになるかもしれなかった。

▼ 西道地域(黄海道、平安道地方)の雑歌で海の別れの歌「ベタラギ」を聴く。なぜか読経の雰囲気がする。

次に、海浜の女性の労働と慰労、仁川地域の歌「ナナニ打令(나나니타령)」について次のように紹介された。
・男が船出する間、女性は干潟に行き、カニや貝、海藻などを採り、ざるに入れて持ち帰えった。陸の女性が機織りをする様に、海辺の女性は干潟に出た。女性が集まると、夫や家族の話で盛りあがり、ご馳走と酒を飲食して楽しんだりした。誰かが歌い出すと、みな声を合わせる。水汲みの壺にふたをして、それを楽器にして叩きリズムをとった。そんなとき歌ったのが、ソウル近郊の仁川地域の浜辺の歌、「ナナニ打令」だ。仁川は島が多い地域で、ソウルを横切る漢江下流にも近いため、人口密度が高い。それだけ歌も多く伝わっている。

▼ 浜の女性を歌った<風刺的な歌詞と比喩の内容が楽しい歌>「ナナニ打令」を聴く。海洋性の庶民は明るいのだろう。

最後に、江華島の漢江を行来する船「シソンベ(시선배)」と、それにまつわる歌について次のように紹介された。
・仁川に江華島がある。韓国で四番目に大きな島だ。同島に、「シソンベ」という独特な形の船がある。海釣りの船ではなく、漢江を行来する運搬船だ。先が広く、底部は平らなため、浅い川底でもよく進み、渡し場に止まるのも便利だった。シソンベは、江華島からソウル(漢陽)まで、魚や焚き物を、戻りには色々な生活用品を積んだ。江華島は人口が少なく、シソンベに乗る人も限られていた。いつもの仲間で、歌を歌いながら働いた。この歌は、先に音頭を取り、残りの人がそれについて歌う。労働しながら歌うため、歌詞とリズムが整い、洗練する歌と評される。

▼ 運搬船の歌、「シソンベの歌(시선뱃노래)」を聴く。漢江の流れが速いのか、勢いよくて元気だ。今様の風味もする。

2016年11月16日水曜日

長谷川時雨 「春宵戲語」

イ・ソンヒが歌った、テレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST以来、狐にからめた話題を渉猟している。

(本ブログ関連:””、”僕のガールフレンドは九尾狐”)

長谷川 時雨(はせがわ しぐれ、1879年[明治12年]10月1日~1941年[昭和16年]8月22日)の掌編に「春宵戲語」があって、狐の伝説が縷縷綴られている。信田(しのだ)の森の<葛の葉狐の傳説>、陽光がさしていながら薄い雨が降る<狐の嫁入り>、「霊異記」の<つ寝=きつね>とその後日談、中国の金時代の<樹を伐る狐>などの伝説について、幼時の思い出を含めて随想している。

特に興味深いのは、「霊異記」の<つ寝>の後日談で、心に沁みる悲しい別れをした夫婦に残された子(岐都禰=きつね)の末裔が、なんと間逆の存在になっていて、成敗される部分を抜書きする。安易な同情心は、いずれかなわぬこと。そして自問のない正義の軽さと危うさを考えてみたくなる。歴史は正義の奪い合いかもしれない。

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■ 信田の森の<葛の葉狐伝説

■ 陽光がさしていながら薄い雨が降る<狐の嫁入り

■ 「霊異記」の<つ寝
(この伝説に後日談があり、狐に戻って去った妻との間にできた子の末裔が悪さをして懲らしめられる話しだ)

・・・そこで、この野干(≒狐)の生んだ子を岐都禰(きつね)といふ名にし、姓を狐の直(あたひ)とした。其の子が大變な力持で、走ることの疾さは鳥の飛ぶごとしとある。そして三野國(=美濃国)の狐の直らが根本はこれなりとあるが、これは諸書にも引かれてゐるであらうから かなり知られてゐるかもしれない。ただ面白いのは、この後日談があることだ

 それはこの、力者(ちからもち)の狐直(きつねのあたひ)の四世の孫にあたる、大力女の、力くらべの話で、しかも、この狐の子孫の方が、一方の、まじりなし人間種(だね)の力持ち女に負けた話なのである。わたしが子供のころ、イツチヤイツチヤ、イツチヤナ、とか唱へながら角力をした、女力者の見世ものがあつたが、どうして一三八〇年位も前の、この二女力士のすさまじさに競べやうもない。なにしろ、負けた方のが百人力といふのだから話は大きい。上野動物園のお花さんいどころではない。

 聖武天皇の御代に、三野の國 片縣(かたあがた)の郡、少川の市(まち)に住んでゐた、百人力女が、前の犬に追はれた岐都禰の末裔だが、おのが力をたのんで、往還の商人の物品を盜む。そのことをきいて憤慨したのが、尾張の國愛知郡、片輪の里の一女流力者 ・・・・ ちよつとここではさんでおくのは、前の狐女末裔は大女、この正義の女史は小女です。この小女力者、大女力者を試すのに、蛤(はまぐり)五十斛を捕つて、船に載せてゆき、少川の市に泊つた。よし來たとばかりに奪とりにいつたのが大女、昔から女でも總身に智惠がまはらなかつたと見えて、小女女史が豫備に熊の葛練りの鞭を二十段も隱し持つのを知らなかつた。

 狐氏の大女は蛤を盜つて賣らしてしまつてから、何處から來たといつた。蛤主不答。四度目にはじめて答へたが、來しかたを不知(しらず)とやつたので、狐氏の大女が、不禮者とばかり蛤小女を打つた。一つぶたせて二の手を待つて、待つてゐましたとばかりその手を捉へ、熊葛鞭(くまくずむち)でピシリとやつた。鞭に肉が附いてきたといふその勢ひで、もひとつ、もひとつ、もひとつ、十段の鞭、打つに隨つてみな肉着くといふのだから、狐氏の大女も音をあげて服也(ふくすなり)、犯也(おかせしなり)、惶也(をそるるなり)、とあやまつてしまつた。蛤小女その時昂然として、自今 此市(このまち)に強て住まば、終に打殺さん也と威(おど)したところ、狐氏大女も殺されては堪らぬと逃げたので、彼市(まち)の人總て皆悦んだといふ。

■ 中国の金の時代の<樹を伐る狐
※  岡本綺堂
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2016年11月15日火曜日

大久保の変遷

東京のコリアタウンの代表である(新)大久保一帯が変化しつつある。その中でも大きな出来事は、新宿職安通りに面した「コリアプラザ」の閉店だろう。一時期、CD・書籍以外に工芸品も合わせて販売していた。それが韓流ブームにのって、工芸品だけ別店にしたが、ブームの退潮に従い工芸品店を閉じたし、今年7月31日には、CD・書籍販売の牙城であった「コリアプラザ」本体も撤退した。

(本ブログ関連:”コリアプラザ”)

朝日新聞デジタルの記事、「『韓流の聖地』大久保、脱韓流の動き? 進む多国籍化」(11/15、清水大輔記者)は、変遷を続ける大久保のコリアタウンを次のように報じている。(抜粋、箇条書きに並べる)
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・韓国料理店や韓流スターのグッズ店が立ち並ぶ東京・大久保(新宿区)。「韓流の聖地」とも呼ばれるが、街の韓国人に最近、「脱韓流」の動きがあるという。

・新宿韓国商人連合会によると、12年春に500超だった韓国系の店舗は今年8月現在で320と4年で4割減だ。・・・代わりに増えてきたのが他のアジア料理店。・・・
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今は、テレビドラマの「冬のソナタ」を知らない世代に交代している。何もかも欲しいというファンではなくなっているのではないだろうか。関心も多様化して選択肢も増え、その中の一つに落ち着いたのかもしれない。そもそも、私はイ・ソンヒさん以外何も知らない。

2016年11月14日月曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒの代表曲である、3集収録の「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)は、月夜に愛を確かめたくて問いかける歌だ。月に惑わされたのか、それとも自問なのか、切望するイメージはあらたに伝説となって、漢詩の世界へと擬似化されたりもした。

(本ブログ関連:”分かりたいです”)

満月の今晩、「スーパームーン」を期待して、青い月明かりの庭を想像したが、残念なことに小雨となってしまった。でも、お月様は雨雲の上でいつものように煌々と輝いていることだろう。

ところで、教室でこんなことがあった。懐かしいテレビドラマ、「冬のソナタ」を知っている人が貴重になってしまった。世代は変わったようだ。(韓国では、ワン・オブ・ゼムでしかなかったそうだが)


月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
               ____

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください


(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)

2016年11月13日日曜日

ユリノキが黄に染まる

近くの公園の木々は、桜の木が葉を落としているが総じて紅葉の気配に乏しい。そんな中、公園中央の広場を二分する南北通路の片側に、高木モクレン科のユリノキが木立を作っている。そんなユリノキが、葉を黄色に染めた。

ユリノキの木立
ユリノキの集団は、日本離れした景色をつくる。まるでヨーロッパの公園にありそうな・・・もちろん行ったことはないのだが。Wikipediaによれば、ユリノキは北アメリカ原産だそうだ。想像と違った植生のようで、ひいきの引き倒しだったかもしれない。

春過ぎに、ユリノキは大きな筒状の白い花弁の花を作る。頭上高く咲くため目に付きにくいが、やがて落下する。それは風情のあるものでない。いってみれば、ドサッと落ちて地上に転がる。公園の樹木観察会で目にした光景だ。

(本ブログ関連:”ユリノキ”)

とはいえ、この時期になると葉を染めるユリノキの姿を見ることができる。しばらく異国へワープした気分を味わえる。素晴らしい、お気に入りの場所だ。



(付記)
公園からの帰り、諸事を済ませて外に出れば、昨日ブログに記した月が東の空に明るく浮かんでいる。そうだ、「スーパームーン」ではないか。
読売オンラインの記事、「14日に『スーパームーン』 … 68年ぶりの近さ」(11/11)によれば、「今月14日夜、月が今年1番大きく見える満月「スーパームーン」になる地球と月の距離は、満月としては68年ぶりとなる距離まで近づく。/今年最小に見えた4月22日の満月と比べ、見た目の直径は1.14倍になり、3割ほど明るく見えるという。」そうだ。
明日14日の夕方の6時頃まで<晴れ>のようだ。その後雲行きが怪しくなるため、日没(東京16:35)時にお月さまを眺めてみたいと思っている。

2016年11月12日土曜日

遠廻りして帰ろう

昨日の氷雨とうって変わって、今朝から空は晴れ渡り、気温は久し振りに緩んで心地よい。夕方になると、月齢12.4の月が青い明りを残した東の空に浮かんでいる。心が浮き浮きしてくるのはどうしてだろう。月の力は不思議だ。

帰宅道、頭によぎったのは、菅原都々子の「月がとっても青いから」(1955年、作詞:清水みのる、作曲:陸奥明)の歌だった。古い歌だが、といっても戦前のものではない。子ども心にしみついたのだろうか、「月がとっても青いから/遠廻りして帰ろう」のフレーズが自然と出て口ずさむ。今見る月は、このまま帰るのが惜しいような、遠廻りしても眺めたい月だった。(歌の方は、決して別れがたい二人の口実なのだろうけれど)


(Youtubeに登録のtachibana213に感謝)

2016年11月11日金曜日

(雑談) 週刊誌は中吊り広告で

以前、勤め帰りの電車で手持ち無沙汰にならぬよう、駅売店で週刊誌を買い求めた。週刊文春、新潮、朝日、ときに現代やニューズウィークだ。それらは、血や肉になるわけもないが、通勤時間を過ごすのに役立だった。世間の噂話しの情報源でもあった。

最近、電車内で週刊誌や新聞を読むより、スマホを見ている人が多い。駅売りの週刊誌や新聞の売り上げはどれくらい減っているのだろうか。相当落ち込んでいるという話しを聞いたことがある。コンビニも同じではないだろうか。

ところで、コンビニの中には、雑誌コーナーの週刊誌類に、立ち読み防止用のシールを貼るようになった。本の小口に、ビニールシールを2箇所ほど貼って開けられぬようにしているのだ。大型書店や駅の売店では見かけぬ光景だが。コンビニで書籍売り上げの貢献が低くなった結果だろうか。

このところ公立図書館は、雑誌類を充実させている。週刊誌についても、文春、新潮、朝日、ニューズウィークが書棚に並ぶようになった。いつも、誰かが読んでいるらしく、棚にそのまま置かれているのを見たことがない。そんな環境の図書館であっても、週刊誌を進んで読もうという気がしない。センセーショナルな話題があるとしても同じこと、わざわざ手を出すまでもないといった気分だ。

週刊誌は、電車の中吊り広告を見れば充分。世間のゴシップ騒ぎに感度が鈍っているかもしれないが。週刊文春新潮の中吊り広告は、ネットで見られるので、それで80%判ったような気になる。

2016年11月10日木曜日

子鹿物語

小学校に畳敷きの大広間があって、女子の家庭科の裁縫室に使われていた。テレビもない時代のこと、視聴覚教育として映画鑑賞にも利用された。落ち着きない子どもたちが、畳に座ればおとなしく見るだろうということだったのかもしれない。

文部省推薦のいわゆる教育映画が中心だったが、ディズニー・アニメも組み合わせて映写してくれた。当時、アニメなんて言葉はなかったが、子どもたちを大いに楽しませてくれた。ミッキーマウスたちを見たくてわくわくした。

16ミリフィルムの映写機だったと思う。部屋が暗くなると騒いでいた子ともたちは一斉にスクリーンに集中した。カラカラ音をたてながら投影する映写機の音は、全く気にならなかった。数クラスの生徒が共有する貴重な時間だった。

いつだったか低学年の頃、「子鹿物語(The Yearling)」(1946年制作)を見た。カラーだったこと、子鹿がいたこと、主人公が泣きながら鹿を撃ったこと、今となってはそれくらいで、ストーリーはおぼろだ。ただ、いつも見せられた説教的な白黒の教育映画と違い、別種の物語りがあった。そんな経験でしかなかったけれど、その後アメリカ映画との距離をぐっと近づけることになる。


(Youtubeに登録のMovieclips Trailer Vaultに感謝)

2016年11月9日水曜日

木枯らし1号

今日、都心で「木枯らし1号」が吹いた。NHKのNEWS WEB記事「東京で『木枯らし1号』 気象庁」(11/9)によれば、「東京の都心では9日午前5時37分に15.5メートルの最大瞬間風速を観測し、気象庁は、『木枯らし1号が吹いた』と発表しました。東京で木枯らし1号が吹いたのは去年と比べて16日遅くなっています。」とのこと。

(本ブログ関連:”木枯らし”)


(追記) 米大統領選挙
米大統領選挙の結果、ヒラリー・クリントン氏を破り、ドナルド・トランプ氏が当選した。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 菊

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/2)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<菊>に関連した3曲を紹介した。

始めに、「四君子(사군자)」のひとつの「菊」について朝鮮後期の文人李鼎輔(이정보、1693年~1766年)が作った「菊[花]よ(국화야)」の曲について次のように紹介された。
・学識と徳を備えた人を「君子」と言う。君子は、学者(ソンビ)にとって理想の姿だが、世に君子と呼ばれる人はいても、清い香りする人は多くない。そのため、梅、蘭、菊、竹を指して、「四君子」と言う。四君子の、①梅は、雪が溶ける前の春、最も先に花を咲かせる。②蘭は、深い山の中でほのかな香りを漂わせる。③竹は、四季を通して青く、まっすぐ伸びる。最後の、④菊は、霜が降りるまで咲くため、見習うべき対象とされる。
・昔の詩歌に、四君子をテーマにしたものが多い。「平時調(평시조)」という定型詩で、霜にもめげずに耐える菊の様子を歌った「菊よ」という曲がある。朝鮮後期の文人李鼎輔が作ったといわれる。彼は、普段は厳しく強直で、言うべきことは言う性格のため、何度も官職から罷免された。正しいことには、自分の意志を曲げなかった。混乱した世に染まらず、自分の意志を貫く、菊のようなソンビだった。

▼ 平時調で「菊よ」の曲を聴く。孤高に晩秋に咲く菊の花を、穏やかに歌いあげる。

次に、現代の作曲家黄秉冀(황병기、1936年5月31日~)が、徐廷柱(서정주、雅号「未堂」、1915年~2000年)の詩を基に作曲した「菊の傍らで(국화 옆에서)」について次のように紹介された。
・黄秉冀の曲「菊の傍らで」は、詩人徐廷柱が1947年に発表した詩「菊の傍らで」を基にした曲だ。<一輪の菊を咲かせるため、ホトトギスは春から鳴いていた/雷が黒雲の中で泣いていたのも、菊を咲かせるためだった/・・・>といい、菊を<姉のような花>と表現している。

▼ 徐廷柱詩、黄秉冀作曲、「菊の傍で」を歌と弦楽器のコムンゴとカヤグム演奏で聴く。現代感覚する、独白のよう歌う。

最後に、南部地域の南道の(長い民謡調の唱)雑歌興打令흥타령)」について次のように紹介された。
・昔のソンビは、秋に菊が咲くと、親しい人々を招いて夜に風流を楽しんだ。四方を塞いだ部屋に明かりを灯し、その前に菊鉢を置いた。すると、壁に花模様の影ができ、水墨画のように影が映ったはず。明かりの位置により影も動いた。南部地域の道雑歌「興打令」は<窓の外に菊を植えて、菊の下に酒を醸しておく>という歌で、<酒が発酵し、菊が咲くと、友が来て、月も明るい。コムンゴなど、夜通しで楽しもう>という内容で、恋しい気持を主題にしている。美しい季節の秋、一輪の菊など見つめながら友が恋しくなる頃でもある。

▼ 南道雑歌「興打令」を聴く。大衆歌謡を思い出させる、情感たっぷりに聞かせてくれる。

2016年11月8日火曜日

イ・ソンヒの「冬哀傷」

一日中寒かった。それが理由ではないが、上野の国立西洋美術館で開催中の絵画展へ出かけるのをあきらめた。北方ルネッサンスのピーター・ブリューゲルと同時代のルーカス・クラナッハの作品展だ。躍動的な広がりが特徴なブリューゲルと比べて、どちらかといえば静的な絵柄が印象的だ。特にクラナッハらしい描き方の、「ヴィーナス」*(1532年、シュテーデル美術館蔵)の釣り目がちな視線がいい。北方ルネッサンスの女性像は、イタリア・ルネッサンスのふくよかさと比べて、独特な繊細さがある。
(*) 「ヴィーナス」:リンク先のYoutubeで語られているドイツ語は分かりませんが。音声ガイドか?

(本ブログ関連:”北方ルネッサンス”)

ちなみに、「芸術新潮」今月(11月)号はクラナッハ特集をしている(同誌では「クラーナハ」と呼ぶ)。後日、美術展にうかがい実見したら、あらためて感想を記したい。

そんなわけで、寒さをいいわけにするのではないが、冬らしい曲を聴きたい。イ・ソンヒの5集所収の「冬哀傷(겨울애상)」(1989年)は、冬の夜に月明かりする庭のように冷え冷えした心象を歌う。ちょっと漢詩的な雰囲気もする。創作のきっかけはユニーク。

(本ブログ関連:”冬哀傷”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”)


星明かりに澄み映える  私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら  飛び去る  空を  見る

懐かしさ雪のように積もり  丘を転がり超えて
青い月明かり  降り注ぐ  私の空っぽの  庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて  消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は  私の胸に浮かんでいるのか

消すことが  できないのか
冬になるとよみがえる姿

青く冷たい  私の愛
凍ってしまった悲しい後姿

(*以下繰り返し)

凍ってしまった悲しい後姿


次のYoutube映像は、慶尚南道昌寧郡の洛東江が流れる近くにある「牛浦沼(うぽぬま、우포늪)」だそうだが、墨絵のような光景が美しい。(資料:”Koreana”(日本語版)AUTUMN 2009 VOL.16  NO.2)


(Youtubeに登録のLinon Medien、ksj25374110に感謝)

2016年11月7日月曜日

立冬 2016

今日は冬のスタート、二十四節気の「立冬」だ。立冬の「立」の文字に、厳しい冬への出で立ちを予感させるが、そうは言っても直前の秋が夏と仕切りがつかぬままだったし、こちらの気持ちも定まらぬ。でも、気温は次第に低まるという。

(本ブログ関連:”立冬”)

昼間は、日向と日影に温度差があるものの、風が吹けばそれどころでない。夜ともなれば冬かと思うばかり。教室へ向かう途中、余りの寒さに手袋を買ってしまった。そんな寒さのせいではないが、授業はグダグダ、萎えて帰り道は一層凍える。

そこで楽しく行こうじゃないか。去年の立冬に、Dean Martinの「Winter Wonderland」(1934年、作詞Richard B. Smith、作曲Felix Bernard)を聴いたので、今年は我が青春のシンボル、Elvis Presleyのロック調でどうだろうか。一足早く、不思議の銀世界で子どもに戻ってみよう。


(Youtubeに登録のAnton van Dijkenに感謝)

2016年11月6日日曜日

イ・ソンヒ 「The Great Concert」今年に続き来年初も開催

イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」は、今年の9月2日にソウル世宗文化会館での公演をかわきりに、大邸から昌原へ全国ツアーを実施することになっていて、12月で完了と思っていた。ところが、インターパークのコンサート案内を見ると、次の通り来年初1月に水原、2月に議政府での開催が予定されている。

(本風ブログ関連:”The Great Concert”)

下記(参考)の通り、全国ツアーの規模も従前と同じになった。この情報、だいぶ前から周知のことで、気付くのが遅かっただけかもしれない。


2016 コンサ-ト ”The Great Concert”9/2-4
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・ソウル09.02-04:「世宗文化会館」 ★9.4レポート
・大邱 09.24-25:「EXCO5階コンベンションホール」
・全州 10.07-08:「韓国音(ソリ)文化の殿堂」野外音楽堂
・光州 10.22:「光州女子大学」ユニバーシアード体育館
・大田 11.05-06:「大田貿易展示館」
・釜山 11.19-20:
・仁川 12.03:
・高陽 12.17:
・昌原 12.31:
・水原 ’17.01.21-22:
・議政府 ’17.02.04-05:
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(参考)
イ・ソンヒの最近2009年、2011年、2014年の世宗文化会館および全国ツアー開催都市は次の通り。

2014 コンサート”歌うイ・ソンヒ”4/18-20
・ソウル 04.18-20:「世宗文化会館」 ★4.19レポート
・大邱 05.10-11:「大邱エクスコ・コンベンションホール」
・蔚山 05.24-25:「蔚山東川体育館」
・光州 06.07-08:「金大中コンベンションセンター」
・城南 06.14-15:「城南アートセンターオペラハウス」
・釜山 06.28-29:「KBSホール」
・富川 07.12-13:「富川室内体育館」
・全州 08.30-31:「韓国ソリ文化の殿堂 モアク堂」
・安養 09.13-14:「安養室内体育館」
・大田 10.04-05:「忠南大正心華国際文化会館正心華ホール」
・昌原 10.17-18:「昌原城山アートホール大劇場」
・高揚 11.01-02:「高揚アラムヌリ アラム劇場」
・水原 11.15-16:「水原室内体育館」(予)

2011 コンサート"5月の陽ざし"5/21-22
(海外)
・ニューヨーク 02.03(木):「カーネギーホール(Stern/Perelman)」
(国内)
・ソウル 05.21(土)-22(日):「世宗文化会館」 ★5.21レポート
・水原 07.02(土)-03(日):文化の殿堂 幸せ劇場
・高陽 07.09(土)-10(日):高陽アラムヌリ アラム劇場
・大田 07.16(土)-17(日):忠南大 チョンシムファホール
・釜山 09.03(土)-04(日):KBS釜山ホール
・全州 09.17(土)-18(日):全北大 三星文化会館
・仁川 10.08(土):サムサン・ワールド体育館
・光州 11.05(土)-06(日):光州文化芸術会館 大劇場
・大邱 11.12(土)-13(日):大邱EXCO本館 5階
・晋州 11.19(土)-20(日):慶南文化芸術会館

2009 コンサート"招待" 4/1-4/5
・ソウル(서울) 04.01-05:「COEXオーディトリウム」 ★4.2レポート
・仁川 05.16(土):「仁川サムサンワールド体育館」
・全州 06.27(土):「韓国音文化の殿堂モアクダン」
・清州 07.05(日):「清州芸術の殿堂大公演会場」
・水原 07.11(土):「京畿道文化の殿堂大ホール」
・城南 08.15(土):「城南アートセンターオペラハウス」
・高揚 09.05(土):「高揚アラムヌリ アラム劇場」
・大邱 09.12(土):「大邱市民会館大劇場」
・釜山 10.24(土):「KBS釜山ホール」
・大田 11.01(日):「忠南大 チョンシムファホール」

2016年11月5日土曜日

イ・ソンヒの「あなたが私を愛されるなら」

イ・ソンヒの7集所収の「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」(1991年、作詞キム・ミソン、作曲キム・ジンリョン)は、バラード中のバラードといってよく、ファンにとても愛される曲だ。そして美しい。

それが証拠に、最近の彼女のコンサートで、前回の「歌うイ・ソンヒ」(2014/4/19、世宗文化会館)だけでなく、今年9月のコンサート「The Great Concert」(9/4、世宗文化会館)でも歌われた。ファンは待ち望んでいる。

(本ブログ関連:”あなたが私を愛されるなら”)

この曲ほど、多くのファンが思い入れたっぷりに、様々な画像を駆使してYoutubeに登録しているのものはない。ファンにとって、感傷に酔い、恋情に溺れるための旋律かもしれない。果たして通好みかどうか知らないが、「愛」が全能であるファンには充分過ぎる曲だ。


あなた本当に 私を愛してるなら
今のようにだけ 私を愛してください
あなた本当に 私を望まれるなら
心の中だけで 私を愛してください

*あなたの目に映った私が、余りに痛々しく見えて
その痛みを和らげようと、私に来るのなら
目の前に私が見えなくて振り返ると
しだいに遠のく心、私に来るのなら

あなた本当に 私を愛してるなら
あなた本当に 私を望まれるなら

(*以下繰り返し)

あなた本当に 私を愛してるなら
あなた本当に 私を望まれるなら


(Youtubeに登録のJung Sook Kimに感謝)