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2013年7月11日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 麻

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/3)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第13回として、「麻(모시)」について紹介された。

まず麻糸をよるときの歌の紹介から次のように始まった。
・伝統衣装の韓服は、今もわずかだが年を通してお爺さんやお婆さんが着て過ごす。季節ごと素材が違い、夏は雪のような白い麻だ。
・トンボの羽のように細かく編んだ麻服を作るのは至難の技で、4千回に渡る作業工程が必要という。そのひとつに「モシサムギ」があり、(イラクサ科の植物)カラムシ(苧、모시풀)から繊維を取り出し、唇と唾液で糸をよる作業を語る、女性歌曲(가곡)の「モシルル(모시를)」がある。
・切れた糸を再びつなぐように、愛もつなぎつながって永遠なることを祈る女性の心が歌われる。

▼女性歌曲「モシルル」を聴く。糸は愛もつなぎ、命もつなぐよう・・・糸よりの作業で女性の間で歌われたのだろう。淡々とした時間(の流れ)を感じる。

麻布の特徴と歴史について次の解説があった。
・真夏に気温が40℃に近づく湿気の多い韓国では、糊付けされた薄い麻服は、最高級の贅沢品だ。パリッとする生地は、風をよく通し、汗をかいても体につかず快適だ。古くなれば少し手を加えて、新しい服のようによみがえる。
・夏に生い茂ったカラムシを刈り、水につけ、天日に干す作業を繰り返し、白くなった硬い繊維を、つばをつけながら歯で細く割り裂く。歯で作業するため、歯がぼろぼろになったという。
・麻は乾燥に弱く、すぐに切れる。梅雨に、部屋の戸を閉め、湿気の多い室内で作業すると、糸はやわらかく、機織機もスムーズになる。できあがった糸は、漂白したり、米ぬかや紅花などで染めた。

▼慶尚北道醴泉に伝わる「サムサンヌン(삼삼는)ソリ(소리)」を聴く。回転作業のためかリズムをもって歌う、いかにも労働の歌だが、繰り返す旋律が次第に根を張るようだ。

・製作に人手のかかる麻の服は、「自然の風、太陽の光り、そして時間。ひとびとの真心が作りあげた賜物といえるかもしれません」。
・麻服は、高麗時代に王から庶民まで広がり、朝鮮時代に高級化が進み麻の生産禁止令が出たほどだ。近年、麻は超高級品として認識されるが、現在(中国産の麻が増え)、韓国産の入手が難しく、カラムシから糸をとる人々も少なくなっている。

▼「ハヌルソ(하늘소)」を聴く。・・・カミキリムシ。そうか噛み切るところからの選曲か・・・今様だ。

2013年7月10日水曜日

え~っ、東京はこんなに暑いのか

昨日まで3泊4日、新潟・秋田・岩手の三県をまたがって鉱物採集巡りをした。戻ってみて東京がこんなに暑いなんて想像もしなかった。なにしろ、雨合羽を着てずぶ濡れになりながら鉱山ズリ跡を探していたのだから。

(本ブログ関連:"新潟・秋田・岩手鉱物採集")

雨に濡れた毎日、地元に温泉を探しては、暖まり着替えしなければならなかったが・・・いい経験だった。「鉱物採集≫温泉」もいいが、「鉱物採集≒温泉」はもっといいだろう。

近所のひまわり畑が今年も花を咲かせている。姿も小さく、畑地も大きくはないが、一面に埋まる黄色いひまわりは、暑い夏の風に相応しい。ひまわりはまだまだ大きくなるだろうから、これから楽しみだ。

2013年7月9日火曜日

新潟・秋田・岩手鉱物採集(3) 和賀仙人鉱山

(後日追記)

昨日中に秋田から、福島に移って、ようやく天気は落ち着き始めたが、相変わらずの怪しい曇り空だった。採集成果は残念だったが、番外のものがあった。

・目的の場所へ移動するも、連日の雨で河が増水して、渡河できない・・・というより、この崖をどうやって降りるつもりだのかと不安になる。

・結局、あきらめて帰途につこうと駐車した場所から国道へ坂を登ろううとしたとき、キャンイングカーがスリップしてしまう。脇の林の中を見ると、どうやらこの場所は苦労するらしく、枯れ木が積んである。これを下敷きにして登ることができた。もちろん、漬かった枝木は元に戻した。

・伝聞情報があって、近くにズリがあるので探そうということになり、見つけた場所に番外の鉱物があった。この旅の最後にして最大の贈り物だ。

・昼を越えてしまい、急いで帰宅の途についた。その途中、「湯田ダム」(総貯水量:1億1416万㎥)に寄って、例のダムカードをもらう・・・癖になりそう。

・家に戻ったのは、とうに深夜零時を越えていた。同行のみなさんお疲れさま。

(本ブログ関連:"新潟・秋田・岩手鉱物採集")

2013年7月8日月曜日

新潟・秋田・岩手鉱物採集(2) 亀山盛鉱山、荒川鉱山

(後日追記)

昨日中に新潟から、秋田に移ったが、今朝から小雨が降ったり止んだりして、結局ずぶ濡れになる。水晶以外めぼしいものを採集できず。

「亀山盛(きさもり)鉱山」で昼過ぎまで採集。
・奥地の駐車場に電力関係の駐車があり、そこに居合わせた婦人から、貯鉱場跡を教えてもらうものの、ただの広場に変わっていた。

・目的地への道のりは意外と広く歩きやすい。ズリは急斜面のため、もっぱら川底から10m程度の高さまでで採集。水晶は白濁の群晶のみだが、(その片割れか)透明な単晶を入手したが・・・。その他に孔雀石など。

・雨脚は衰えず、体も冷えてくる。


「荒川鉱山」は午後になってから採集。
・亀山盛鉱山と背中合わせの場所というが、車ではけっこう遠い。雨脚はますます強まる、土砂降りだ。

・今回同行の仲間が以前採集した場所に行くが、状況は一変して、ただの草地に化したようだ。

・昨晩泊まったオートキャンプ場に戻り、周辺を探すが、先の欠けた結晶の群晶が転がっているだけ。移動して、大きな岩壁の下に行くも採集の形跡もない。

・次の採集地へ行く途中、同行の仲間が「協和ダム(総貯水量780万㎥)」の事務所で入手した案内書を分けてもらう。ダムカードは発行していないそうだ。

・次の採集地「和賀仙人鉱山」近くの錦秋湖の湖畔に駐車して泊まる。朝まで風景はおあずけ。

(本ブログ関連:"新潟・秋田・岩手鉱物採集")

2013年7月7日日曜日

新潟・秋田・岩手鉱物採集(1) 飯豊鉱山

(後日追記)

朝から小雨、全身びしょ濡れとなり成果なし。

・新潟県の「飯豊(いいで)鉱山」(加治川治水ダム:総貯水量2.250万㎥)にて、「黄鉄鉱」を伝聞情報を頼りに探すも、産地確認できずに終わる。どうやら、ベテランでさえ苦心の場所のようだ。

・緑茂れる山中、雨と草木の露を受けて分け入ったため、雨合羽は役に立たず、汗も加わって全身びしょ濡れとなる。

・仲間の鉱物マニアから、ダム事務所でもらった「ダムカード」を分けてもらう。カードがあるなんて初めて知った。

・次の採集地近くにあるキャンプ場へ移動して泊まる。

(本ブログ関連:"新潟・秋田・岩手鉱物採集")

2013年7月6日土曜日

今日から、そうだ東北へ鉱物採集に行こう

急遽決まったことだが、石仲間のキャンピングカーに同乗させてもらい今晩から、おじさん3人組で東北の鉱山跡を巡って鉱物採集しに行きます。
いつまで・・・多分、火曜日か水曜日頃に帰京予定です。山の中からネットにアクセスできないので、このブログはしばらくお休みだ。

採集品は、等軸のでっかい黄鉄鉱、きれいな緑水晶など・・・朝から期待と妄想をして仕度を始めているれど、いかになりますやら。

(後日追記)
・夜、キャンピングカーは、一路、北へ進み、<磐梯山SA>駐車場に泊まる。

(本ブログ関連:"新潟・秋田・岩手鉱物採集")

(付記)
毎日新聞の記事「梅雨明け:関東甲信で 昨年より19日早く 史上4位タイ」(7/6、小泉大士、飯田和樹)によれば、どうやら梅雨が明けのようで次のように報じている。
先ほど、歯科医院で先生と梅雨というよりはカッとした夏のようですね・・・と話をしたばかり。

気象庁は6日、関東甲信で梅雨明けしたとみられると発表した。平年より15日早く、昨年と比べても19日早い。6日の梅雨明けは関東甲信では1951年の統計開始以来4位タイの早さとなった。

(本ブログ関連:"梅雨入り2013")

2013年7月5日金曜日

「第20回 東京国際ブックフェア」と芝居「プライド[傲慢]」

今日は一日中、汗をかきながら有明と池袋の2ヶ所を巡った。

午前から昼をまたいで、東京ビッグサイトで開かれた「第20回 東京国際ブックフェア」に行く。まず、2つのセミナー、韓国の出版業界の現状と翻訳出版事情について日韓関係者の話しを聴く。
講演録に相当する冊子が事前に配布されたので、両国の出版事情が理解しやすい。例えば、取り次ぎという管理システムの有無、再販制度の有無、日韓・韓日翻訳点数などについて日韓に大きな違いがあるが、何が売れるかという出版ビジネスの課題は双方同様である。
2012年度の出版売り上げ、日本(雑誌9,385.4億円+書籍8,012.9億円)、韓国(5兆6,754億ウォン≒5,675億円)。
さらに、電子書籍マーケットについて、日本(730億円)、韓国(60億円)という市場規模に大小の差はあるものの、今後の影響について語られた。

セミナーの次に、ブックフェアに出展の書店コーナーに欲しい書物との出会いを求めて会場を巡った。それは鉱物関連であり、稲荷信仰関連の分野だったが、残念ながら目ぼしい本は見つからなかった。あるいは高価すぎた。
今回、ブックフェアのテーマ国に韓国がなったが、販売してくれる本はなくて。随分以前、そんな機会もあったけれど。

(本ブログ関連:"第16回 東京国際ブックフェア"、"第17回東京国際ブックフェア"、"第18回東京国際ブックフェア"、第19回行かず残念)

それにしても、ブックフェア恒例のCD販売が、一般CDショップと変わらぬ価格帯になっているのが残念。
東京ビッグサイトの最後に、親類の紹介で、同館内別会場で開催中の「ナノ・マイクロビジネス展」を覗く。

3時過ぎ、東京ビッグサイトから池袋へ向かう。
昨年も観劇した、演劇レーベルBö-tanzの「七つの大罪シリーズ最終章 プライド[傲慢]」(作はなださとし)を見るためだ。今回はシリーズ最終に相当する7作目で、昨年6作目「スロウス[怠惰]」を初めて見てからの2回目だ。今回は親類と合流して・・・。

前回(6作目)は、緑の宝石エメラルドをストーリー展開のキーに使ったが、今回は青紫のカーネーションが素材に使われ・・・降りそそぐことになる。

(本ブログ関連:"芝居「Sloth-スロウス[怠惰]-」")

大音響と早い台詞廻しに、おじさんは追いつくのに大変だ・・・役者さんの舞台へ注ぎ込む情熱、そして熱演に圧倒される。

2013年7月4日木曜日

MBC「大学歌謡祭」廃止

1984年、イ・ソンヒが思い出深いスタイルで登場してデビューのきっかけになったMBCの「江辺歌謡祭(강변가요제)」からはチャン・ユンジョンなど数々の歌手が誕生したが、1979年以来つづいたこの音楽祭は2001年に終了した。

この歌謡祭と対比されるものに、同じくMBCの「大学歌謡祭(대학가요제)」があった。1977年を第一回としながら昨年まで継続したこの音楽祭もついに終焉を迎えたと、インターネットニュース・シンムンゴは、「大学歌謡祭 『時代変わったのではなく、MBCが変わった』」(7/4)と次のように伝えている。
しかし記事にあるイ・ソンヒは「大学歌謡祭」出身ではないのだが。それに、「大学歌謡祭」にはシム・スボンがいる。
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去る36年間青年文化を引っ張ってきたMBC「大学歌謡祭」が廃止された。MBCは去る(6月)2日、大学歌謡祭プログラムに対して視聴率低調を理由に廃止を確定したと明らかにした。

MBCは今年、大学歌謡祭の予算を策定しておらず、関係者は「時代が変わった。『大学歌謡祭』の影響力と人気が以前とは違ったのが事実」としながら、「もう終える時が来たたようだ」と伝えた。

1977年初めて開催された「大学歌謡祭」は、昨年開かれた第36回まで何と36年の間、新人歌手の登竜門だった。大学歌謡祭は、ペ・チョルス、キム・ドンリュル、シン・ヘチョル、ノ・サヨン、イム・ベクチョン、イ・ソンヒ、キム・ギョンホなどを輩出してきた。

これに対し「大学歌謡祭」廃止は、単純に長寿プログラムが消えるのではなく、時代を風靡した文化コンテンツを一つ失うということなので意味するところが大きい。

一方、インターネットユーザーたちは、「時代が変わったのではなく、MBCが変わった」としながら、「惜しい」という反応が多かった。
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もっぱらスターが出てこないからというのが理由のようだが・・・。

2013年7月3日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 扇子

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/26)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第12回として、「扇子(부채)」について紹介された。

まず生活に見る扇子姿を次のように紹介した。
・暑い夏、扇子を片手に真っ白な韓服で、大木の下に座る老人に仙人の風情を感じる。祖母は孫が寝付くまで横でやさしく団扇(うちわ)で扇ぎ、ハエや蚊などを追い払う。また気性の激しいアジュンマたちは、頭にくると胸の前で扇子を激しくあおぎ心を静める。
昔の人々は、使い手のある扇子に八徳(・陽射しを防ぐ徳、・涼しい風を与える徳、・湿気を除く徳、・下に敷いて座る徳、・作りやすい徳、・値段が安い徳、・雨を防ぐ徳、・甕の蓋として使う徳)があると重宝した。

▼「夏の太陽(여름의 태양)」を聴く。陽が射すように、もはやラテン・・・今様である。

国楽で扇子なしには口演できない「パンソリ」について次のように解説した。
・パンソリは、10分から5、6時間におよぶ。歌い手は、テンポをとる伴奏の太鼓(プク)の叩き手コス(고수)と共に、ひとり舞台の中心に立ち、長丁場をこなすため体力と忍耐が必要だ。
そこで、歌い手の支えとなるのが手に持った扇子だ。歌の山場やつらいシーンなどになると、扇子を持つ両手に力を入れ、祈るようにして歌う。また題目によって、「興甫歌」で瓜を割るのこぎり、「沈清歌」で沈清の盲いた父の杖など、様々な小道具としても活躍する。

▼沈清歌の中から「沈清の盲いた父が風呂にはいる題目(심봉사 목욕하는데 )」を聴く。搾り出すようにうなり歌う・・・風呂に入るのに?・・・どうなのだろう。

さらに扇子の使い道について次のように説明した。
・「八徳扇(팔덕선)」は、草の茎を丸く編んだ庶民用の団扇として知られる。パンソリの歌い手が持つ扇子「合竹扇(합죽선)」は、材料に竹が使われて開閉でき、紙の部分に絵や文字などを描いて個性を出す。
紙の代わりにシルクを張った扇子、冬に防寒のため顔を隠して使用する扇子もあった。冬用扇子は、手のかじかみを防ぐため、持ち手に鹿やカワウソの皮を張ったりした。
婚礼の際、新郎が新婦の家に乗馬し行くとき、顔を隠すため使った「郎扇(낭선)」や、両班が葬儀の際、顔を隠し喪中を示すため使った「喪扇(상선)」などが残されている。

▼The 林グループによる「風の音の森(바람소리 숲)」を聴く。描写に富んだ・・・今様である。

(付記)
わたしも親類から扇子をいただいたばかりで、歳に合わせた色合いを選んだとのこと・・・なるほど。

2013年7月2日火曜日

半夏生2013

我が家の庭にはドクダミが生い茂って、そのまま放置しているため、薬効のせいか虫もわかない・・・と、不精をプラスに言い訳する。さて、開花期に、そのドクダミに似た臭いのする「ハンゲショウ」があるそうだが見たことあるような、ないような。

Wikipediaの「ハンゲショウ」に、「生薬の半夏(はんげ)はカラスビシャクから採れるものであり本種(ハンゲショウ)とは関係がないが、本種と開花時期が重なることから名前の由来にかかわりがあるとする説もある」とのこと。これまた、カラスビシャクを知らぬために何ともいいようがない。
それにしても、ハンゲショウもカラスビシャクも地味な草だ。

今日は、そのハンゲショウが花を咲かせる頃、二十四節気の一つである「半夏生(はんげしょう)」だ。朝からどんよりした空模様で、半夏生の「半」の字にふさわしい中途半端な感じがして・・・高空を飛ぶジェット機の響きがかすかにするだけで、静かなときが流れている。

この雑節(半夏生)をよく知らないが、農家の生活に密着したもののようで、最近書店で目にして求めた「日本の七十二候を楽しむ」(文 白井明大, 絵 有賀一広)によれば、「田植えを終わらせる、農事の節目とされています」として、この時期にちなんで次のキーワードをあげている。
「祇園祭」、「はも」、「おくら」、「半夏雨」、「うどんの日」、「たこの日」など。解説は読んでいただくことにして、なるほど少しは半夏生が実感してくる。

2013年7月1日月曜日

ノウゼンカズラ、ナガミヒナゲシ

通り道の塀を越えて、湧き出るようにして重なり合いながら咲くオレンジ色の花を目にする。「ノウゼンカズラ」の花だ。あまり気付かなかったものの、最近あちこちで見るようになった。その色合いが、従来になく明るく洒落ていて、オレンジ色の軽快な感じが受け入れられるのだろう。

Wikipediaによれば、「ノウゼンカズラ(凌霄花、紫葳、Campsis grandiflora)はつる性木本」とのこと。確かに近づいてよく見れば、つる状に伸びた茎に花が咲き連なり、まるで寄生しているのかと見紛うほどだ。夕方、陽が陰りだした頃、遠くに浮かぶこの花に、ほっとした安らぎを思うことがある。一輪の美しさというより、群れてこそ美しい庶民的な花なのかもしれない。

この色合い、どこかで見たと思い返せば、もう時期を過ぎたが、これも流行か最近あちこちで咲く「ナガミヒナゲシ」がある。これもWikipediaによれば、「ナガミヒナゲシ長実雛芥子、長実雛罌粟、Papaver dubium)は、ケシ科の一年草」とのこと。

ナガミヒナゲシの花は、まるで世話も受けずに、どちらかといえば身の置き場をわきまえて、一本一本けなげに咲いているように見えて切ない思いがする。なぜ、通り道の埃が吹き寄せる塀の下に植えたのかと。でも、この花は芯が強いのだろう、雑草化しつつあるというのだが、どうなることか。

2013年6月30日日曜日

韓国50代が迎える定年60歳制

韓国の年齢は数え年が普通だが、「2016年から60歳定年延長」というとき、その60歳は「数え歳」なのか「満年齢」なのか・・・実際は、満年齢であるが気になる。

(本ブログ関連:"ベビーブーマー")

JETROの海外研究員レポート「韓国ベビーブーマーの過去、現在、未来-『彼らは声を出して泣かない』から」(2013年4月、安倍誠)の「はじめに」、次のように韓国ベビーブーマーを定義している。(抜粋)
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・第二次世界大戦後、多くの国では、急速な出生数の向上、いわゆるベビーブームが生じ、そこで生まれたベビーブーマーたちはその社会において独特な地位を占めることになった。ベビーブームの期間は国によってまちまちであり、アメリカでは1946年から1959年まで日本では1947年から1949年までと言われるが、韓国の場合、朝鮮戦争の後になる1955年から1963年までがベビーブームであったとされる。現在、ベビーブーマーは約734万人、総人口の約14%を占めている。年齢は満49歳から57歳くらいまで、韓国では数え年で年齢を語ることが多いので、韓国的に言えば現在の50代がほぼベビーブーマーに相当することになる。彼らは1970年代から90年代の韓国の高度成長を支えてきた世代でもある。

朝鮮Bizの「定年60歳延長、労・使・政 葛藤新しい火種となるか」(2013年4月23日、イ・シンギ記者)は、2016年からの60歳定年延長について次のように報じている。(抜粋)
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朴槿恵政府の重要な選挙公約の一つである定年延長義務化が政界の立法で可視圏に入った。
・(4月)23日、国会環境労働委員会は、公共・民間部門の定年を満60歳に延長する「雇用上の年齢差別禁止と高齢者の雇用の促進に関する法律の一部改正案」を可決した。改正案は、現行法上の勧告事項である「定年60歳」を義務と規定し、従業員300人以上の事業所は、2016年1月1日から国と自治体と従業員300人未満の事業所は、2017年1月1日から段階的に適用することにした。

朝鮮日報(6/30)の「【コラム】60歳定年制を成功させるには」(5/16、金洪秀記者)は、対象となる50代について次のように記している。(抜粋)
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・韓国では大学を卒業した男性が兵役を終えれば27歳前後になり、それからやっと就職して50代の前半まで25年ほど働いてから退職する。しかも韓国人にとって50代の前半あるいは中ごろは、子どもを教育し独立させるために一生のうちで最も多くの金が必要な時期だ。そのため韓国人にとって50代の退職は、人生における「財政の絶壁」となっているのだ。


来年、1964年生まれのイ・ソンヒも「満年齢」で50代に入る。国民歌手らしく、ベビーブーマーも共有する<健全で希望に満ちた彼女らしい清潔な歌>が聞かれることになるかもしれない。

(追記)
今日は6月最後の日、今年も半分過ぎることになる・・・1年のリンゴを半分食ってしまった。残りのリンゴを考えると、時間を無為に過ごした罪深さをひしひしと感じる。

2013年6月29日土曜日

イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」

Youtubeはありがたくて、イ・ソンヒのデビューの契機となった1984年の「江辺音楽祭」から数々の映像を見ることができる。その中でも、2004年の世宗文化会館でのコンサートステージ映像は素晴らしい。

イ・ソンヒをコンサート会場で直接見たのは、2009年(COEXセンター)と2011年(世宗文化会館)の2度しかない。デビュー30周年にあたる来年の2014年に、彼女のコンサートが予定されているので、コンサート会場へ足を運ぶことができればと思っている。

次の彼女の映像は2004年の世宗文化会館コンサートのもので、円熟味が増して歌唱力が最高にのっているときだったかもしれない。こうして見ることができるのはありがたい。「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年、キム・ミンジョン作詞、ソン・シヒョン作曲)は、彼女のファンの心情のように何度も聴きたい名曲だ。

(本ブログ関連:"私はいつもあなたを")



(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

(追記)
昨晩のPCトラブルで、気になってマウスを買い換えた。微妙に右利き用の曲面が彫り込んでいる。左利きにとって、実に不都合なことだが、こんなことは慣れているよ(耐えてきたよ)・・・ああ、それにしても、鏡像、光学異性体、D/L型の世界は不便だよ。

2013年6月28日金曜日

不都合なこと

ちょっとPCに不都合なことが起こった。

Windows画面は正常に立ち上がるが、マウスでクリックしてもコマンドの実行におそろしく時間がかかる。
同じ現象が別PCでも再現した・・・ただし、マウスは共用した。

Windows終了時に、特定メモリエリヤがreadできないというメッセージが表示されたりして・・・。

あるいは、ウィルス対策ソフトのコンフリクトのせいか・・・。

(追記)
ああ、それから、今日入れたばかり歯の金属が、夕食時にとれてしまった・・・。

2013年6月27日木曜日

キタキツネ

北海道のキタキツネの観察者であり写真家として知られる竹田津実獣医師がいる。キタキツネが話題になり、写真でこまかく生態が知られたのも同氏のおかげだ。(花のそばで、首を傾げるキタキツネの子どもの可愛い写真にはまったものだ・・・どうやら、次に記す雑誌の表紙写真だったようだ)

昔、平凡社から出版された「アニマ」という雑誌があった。良心的な出版社らしく、雑誌「太陽」につながるエコの風情も加味した動物専門誌で、何度か購読した記憶がある。その別冊として「季刊アニマ」が登場して、いわば雑誌「アニマ」のムック版にあたるもので、狐好きのわたしは、今も「狐」をとりあげた「季刊アニマ」を手元に残している。それは、1975年冬季発行のものだ。

その中に、「キタキツネと農民と私」(竹田津実)の文があり、狐に対する恐れが伝染していく体験が書かれていた。「キツネが農夫をからかっている」という電話に呼ばれ駆けつけると、巣穴を壊され中にいた子キツネの命を奪った農夫の家に母キツネが、何度追い払っても近づいてくるというのだ。物を投げても動じない、じりじりと迫る母キツネの執拗さに、「得体の知れない恐怖」を竹田津獣医までが感じ怖気づきそうになる。

実は、死んだ子キツネを農夫が馬小屋に放り込んだことを嗅ぎ取り、母キツネが取り戻そうとしたのだ。狐に対する言い伝えや、巣穴の破壊行為、子キツネ殺しが重なり、その場に居合わせた人たちの心を揺さぶって、泣き出す老婆、焼酎をあおる農夫とさまざまな反応が起こったという。
原因が分かったとしても、この経験は不思議な心的な共有を通じて言葉に残されることになる。

わたしたちは伝承の虜である。今もその輪から逃れることはできない。狐に対する恐怖や畏怖はある意味深層に達し、わたしたちの自然観であると同時に、固有の価値観を見せてくれる貴重な民俗資料でもあるようだ。

2013年6月26日水曜日

結晶洞窟のこと

何気なくテレビのチャンネルを回していたら(古い表現だねえ)、NHKで以前放送されたもので、プレミアムアーカイブスの「ハイビジョン特集 驚異の結晶洞窟」に行きあたった。

鉛、亜鉛を採掘するメキシコのナイカ鉱山の洞窟で偶然発見された、まるで人間がミニチュア世界に置かれたような錯覚をする巨大結晶群を見ることができる。洞窟ドキュメントが大好きなNHKは、この巨大結晶について、これまで何度か取り扱っているが、ここではその成因などについて興味ある話題を提供している。

・鉱山採掘のため、地下水を排出したことにより洞窟が発見された。
・石膏の巨大結晶中に存在する水の中の空包を基に、結晶が50℃代でできたと推定される。
・巨大結晶の折れた部分が再結晶化する速度から、結晶の起源を50万年前と推定される。
・そもそも洞窟は、硫化水素を食性とするバクテリアが排出した硫酸で侵食拡大したと推定される。

最後のバクテリの存在の例証として、同じくメキシコのヴィラ・ルース洞窟が紹介されたが、あの美しい硫黄結晶の空間が見られなかったのは残念。わたし的には、硫黄結晶が好きなんですが・・・ナイカの石膏結晶は余りに巨大過ぎて想像を超えてしまう。まさに、上記番組が主軸にした、ジュール・ヴェルヌの「地底探検」の世界だ。

(本ブログ関連:"結晶洞窟")

2013年6月25日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 神仙(仙人)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/19)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第11回として、このシリーズでは珍しい(イ・ソンヒ(李仙姫)の「仙」の字につながる)、「神仙(仙人」について紹介された。

(本ブログ関連:"李仙姫の名前")

まず仙人即ち神仙について次のように始まった。
・東洋には不老長寿の考えがあり、俗世を離れ、精神を磨き、境地に至る生き方が信じられた。韓国ではそれを手にした仙人を「神仙(신선)」と呼び、神仙の境地の歌や絵が数多く残っている。仙人を歌った「辞説頭学時調(サソルジルムシジョ、사설지름시조)」は、旋律が緻密の意の「サソル」、最初を高い声で叫ぶ意の「ジルム」が合わさっている。

▼辞説頭学時調の「鶴に乗って横笛を吹く(학타고 저불고)」を聴く。長いトーンが空を滑空する鶴のように響く。

仙人の役割について次のように解説した。
・紀元前5世紀に遡る中国に仙人の関心があり、半人半獣の姿で、理想郷(蓬莱など)に住む不死の超人と言われた。中国初代皇帝始皇帝は、仙人の話しを知って不老不死を得るため仙薬を捜した。当時、仙人になるには一定の素質があり、仙人の住む山に入って祭祀(제사 )をせねばならないと信じられた。数百年が流れ仙人は人間に近づき、人も特別な修行で仙人になれると信じられ、様々な術も語られた。
西洋錬金術が科学を発展させたように、仙人の道も人間の体と自然の調和をはかった。昔の仙人の絵に(日本のとよく似た)「笙簧(センファン:생황)」を演奏する姿がある。

▼笙簧、短箫に牙筝を加えた「水龍吟(수룡음)」を聴く。楽器の織り合い続く音がまるで水流のよう。

有名な仙人の姿について次のように紹介された。
・朝鮮時代の画家金弘道김홍도)は、仙人の絵を多数残した。その中に、仙人が大きな松の木の下に座って笙を吹く「松下吹笙図(송하취생도)」がある。仙人は笙簧、笛、琵琶などの楽器を好み、鶴に乗って空を飛び回ったという。
仙人の長寿の秘訣は不老草や西王母の桃などを食べることだ。西王母の桃を盗んで食べた仙人東方朔は18万年の命を授かることになった。人々の寿命を司る仙人南極老人、男女の縁を司る仙人月下老人などが広く知られている。
また、韓国では、民族起源の檀君や新羅時代の学者崔致遠최치원も仙人になったといわれる。

▼The 林グループによる「天の川を見ていた日(은하수를 보던 날)」を聴く。・・・今様である。

岸さんの締めの言葉、「不老長寿を願うことは叶わぬことですが、仙人のように、人生を楽しむ余裕を持ちながら生活することはできそうですね」の通り、エンジョイできるもの探していますよ。

2013年6月24日月曜日

イ・ソンヒの「狐の嫁入り」

価値観や習俗さらには民俗(民族)など越えるとき、その境界に曖昧模糊としたバッファー(空隙)が生じてやがて揺らぎ始める。それは不安であり、希望でもあり、結婚する女性の心理に特に通じるのかもしれない。
明るい陽射しに浮かぶ期待、暗雲に漂う当惑という対比の中で、高揚した感情が解かれるとき涙に変わり、「狐の嫁入り」の雨が降る。けれど雨はやすやすとは癒してくれない。

SBSのロマンチック・コメディ「僕のガールフレンドは九尾狐」の純真な主人公ミホのように、イ・ソンヒの清澄な歌「狐の嫁入り(여우비)」(2010年)を久し振りに聴いてみよう。

(本ブログ関連:"狐の嫁入り")



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2013年6月23日日曜日

子安千代稲荷像

天気も悪くない、小金井公園にふらりと散歩する。同園併設の「江戸東京たてもの園」では現在、「大奥女中とゆかりの寺院」展が開催されている。たてもの園の会員でもあり、興味も湧いて少し覗いてみようかと入館した。

子安千代稲荷像(遠壽院)
奥女中を通じて、徳川家から縁ある寺院へ、いろいろと資金援助されていることを示す古文書が多数展示されている。もちろん活字解説付きを見てのことだが、そのなかになぜか稲荷の文字が散見され気になった。

展示物に「子安千代稲荷像」があり、「稲荷」の名にひかれて鑑賞する。なまめかしく体をよじらせて横たわる狐の上に、この稲荷像が立っているわけだが、左手に幼児を抱き、右手に宝珠(玉)のようなものを持っている。頭に豪華な飾りがあって、これは何の像かと関心が深まる。

像の名の「子安」から、安産に関連するのだろうか。いずこ、いずれの世にも共感するものだ。ふくよかで穏やかな姿に安らぐ思いがする。
また「千代」*については、この像がはじめ何処にあったのかを考えれば、江戸城との関連について解説を目にすることができる。
しかし、なぜ「稲荷」なのかわからないけれど、ネット上に「子安稲荷神社」**もあるので、特別なものでなく、庶民にもいき渡ったものなのだろう。稲荷には神道系、仏教系ともにあるが、寺院におかれていることから、仏教系のものだ。もしかして、菩薩の姿なのだろうか。

(*)「千代」について、次の二つの解説から知られる。
① 上記展示に、「江戸城紅葉山に安置されていたものを、幕府瓦解後各地の寺院へ奥女中たちが避難させたと伝えられる仏像の一つ」とある。
② この像を、現在蔵している遠壽院の解説に、「江戸城内の大奥に祭られ、最後の老女・瀧山が給仕役を務めたもので、維新後当院に祭られた。江戸城を千代田城ともいったことからこの名がつけられている。遠壽院では、代々、将軍家の祈祷を行っており、その祈祷が大奥で行われたことのゆかりを示す。」とある。

(**)池袋シティガイドの「稲荷神社(子安稲荷神社)」などの紹介。

(本ブログ関連:"稲荷"、"九尾狐"、"狐の嫁入り")

2013年6月22日土曜日

ライアテア・ヘルム

ようやくの顔をのぞかせた太陽に誘われて、午前中、親類を訪ねる。からりとした空気はいいものだ。ずっとこの天気が続けばいいのになんて、農家の方には恐縮なことを思ったりする。

親類に、鉱物採集の石仲間からいただいた、イ・ソンヒの写真つきTシャツを話題にする。彼女の写真を携帯の待ち受けにしていて、それを見せると、綺麗なひとだ、清潔な感じがすると、イ・ソンヒのファンとして大変満足な感想をいただく。

午後には、そのTシャツ現物を持って、韓国語教室の生徒仲間に見せる。これまた納得いく反響をいただく。しかも、生徒それぞれ好みの(今様のK-POP)歌手がいて、そちらの写真つきTシャツが欲しいなどと勝手な?要望までいわれる。Tシャツが大変好評な証なんだよ。

ところで、石仲間との会話で、鉱物の他に関心があるという(イタリアン・ポップス以外に)ハワイアンについても聞く。ハワイアン、う~ん、でも夏なもんで?・・・ということで、ライアテア・ヘルム(Reiatea Helm )が勧められた。初めて知った歌手をYoutubeで初めて探す。

彼女の「LEI KUI」を聴く。レイの花を糸で繋ぐことをいっているのでしょうか。(ハワイ語を紹介しているブログ「'A'ole Pilikia」に感謝)
優しく澄んだ高音、しかも穏やかに。ハワイの風にレイの花が香る・・・なんて想像してしまう。ウクレレでなくギターの伴奏に合わせて歌うのは、新参者にはちょっと新鮮である。



(Youtubeに登録のgraziemillioneに感謝)