▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼

2017年12月8日金曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 林芳蔚、スクテモリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、林芳蔚임방울、1904年~1961年)の「スクテモリ(쑥대머리)」ほか関連する曲を紹介した。
(ネット未聴のため解説記事のみを記す)

始めに、「林芳蔚」が歌った「スクテモリ」について次のように紹介された。
・1925年、ソウルの景福宮で開かれた毎日新報社の歌い手大会に、小柄の男が舞台に立ち、みすぼらしいみなりに注目されぬも、彼が歌いだすと場内は静まり、歌い終わる頃には、涙する人も見られた。彼こそ伝説の歌い手「林芳蔚」だった。曲は、「春香(춘향)」の獄中歌を表現した「スクテモリ」で、レコードになり、20万枚とも100万枚以上が売れた。当時の状況を考えると、20万枚も決して少なくない。

▼ 「スクテモリ」の歌。⇒ Youtube(登録者に感謝)

次に、林芳蔚と妓生「珊瑚珠(산호주)」との物語について次のように紹介された。
・人々は、林芳蔚のパンソリに惹かれ心を慰めた。彼の葬儀に多くが訪れた中に、ホームレスもいた。歌を聴きたい彼らに、無償で観覧させてくれた恩返しだ。そんな林芳蔚は、妓生の珊瑚珠に夢中になり、歌を忘れ、声が出なくなったとき、何も言わず彼女も元を去った。珊瑚珠は、病になり亡くなる。その彼女を抱きかかえて、林芳蔚は「思い出(추억)」の曲を歌った。

▼ 「思い出」の歌と演奏。<切ない歌詞に、今も涙を流する人がいるという>⇒ Youtube(以上の登録者に感謝)

最後に、林芳蔚と金演洙(キム・ヨンス、김연수:1907年 ~1974年)の関係について次のように紹介された。
・英雄にライバルがあるように、林芳蔚に、「金演洙」がいた。林芳蔚は貧しい生まれで、学問とかけ離れ、歌一筋で生きた。喜びも悲しみも、人々と共感した歌い手として知られる。一方、金演洙は、豊かな家に生まれ、漢文も学んだ。パンソリに漢詩文表現が多数あるため、適当に歌う歌い手があった中、金演洙は、その意味を生かして歌った。林芳蔚の人気に対して、金演洙は、事の内容も知らぬとけなしたが、林芳蔚は、事の内容を求めては歌が台無しになると返した。また、林芳蔚には、きれいな音質のレコードがほとんど残っていないのに、金演洙には、本やレコードなど保存されて、二人の人生の違いが垣間見られる。

▼ パンソリ「水宮歌(수궁가)」から「皐皐天邊고고천변)」。⇒ Youtube(登録者に感謝)

2017年12月7日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-10th

イディッシュ語教室の、今年の残り回数は、今日を含めて後2回。あっという間に進んできたが、こうべを倒れるほどの実りは乏しく、ただすっくと天を見上げる能天気。このまま、足手まといにならぬよう付いていこう。

今回も、いろいろ多彩な授業だった。
文法編1:名詞の単数/複数と性に応じた「形容詞の接尾辞」・・・ 今回のところ!
・単数: ① 男性名詞 + ער-形容詞 + אַ/דער、② 女性名詞 + ע-形容詞 + אַ/די、③ 中性名詞  + 接尾辞なし形容詞 + אַ、中性名詞 + ע-形容詞 + דאָס
・複数: 名詞 + ע-形容詞
文法編2: 副詞 ≒ 形容詞(接尾辞なし)
文法編3: 名詞 + נישטקײן + 動詞、נישטは動詞の後ろ、קײןは名詞の前

前回の練習時に、いくつかの単語が話題になり、辞書「Comprehensive English-Yiddish Dictionary」から紹介された。
・SF(Sci-Fi:Sience fiction): די װיסנשאַפֿטלעכע פֿאַנטאַסטיק 
   SFの分類に、科学中心の「ハードコア」と、文学的ストーリー中心の「SFファンタジー」があるが。

その他の話題
・書籍:遠藤周作著「聖書の中の女性たち」の紹介。キリスト誕生の場面に、人間的視点とその洞察があるようだ。
・DVD:  映画「א געשעפט(A Gesheft)」を前回に続き結末まで見る。主人公が宗教的救いを得てラビとして生きる。

(ただ、遠藤周作すなわち「狐狸庵先生」の姿を見たくて)

(Youtubeに登録のLINDMINATORに感謝)

2017年12月6日水曜日

(雑談)テレビについて

(白黒ブラウン管の)テレビが初めて家に来たとき、毎日が映画館だと歓喜した。アメリカのテレビ番組「ハイウェイ・パトロール」に始まり、子ども向け番組(正義の味方の)「月光仮面」など楽しんだ。漫画雑誌は、まだ購買層の年齢アップにシフトしていなかった。

随分と年を経た現在、そんな興奮は当然ながら残っていない。それどころか、テレビは気のいい友人のように、いつのまにかこちらに入り込んで来ることがある。ある意味うっとおしい、野放図な存在なのだ。

一方、PCでWEBにしばらく集中した後、テレビを久し振りに見ると、最近の傾向だろうか、効果音がやたらうるさいのに気付く。聴き取りが悪くなって、音量を上げざる得ないからかもしれない・・・悩ましいところだ。そこで、思い切ってリモコンの「消音」ボタンを押すと、急に落ち着く。この効用はばかにならない。

電気工事のついでに、高精細の4K有機テレビの紹介を受けたが、今後購入することはないだろう。Youtubeに、新型テレビの基本設定を紹介するものがあって、いろいろな機能を解説してくれる。でも、それが面倒なことに思えるし、必要も感じない・・・「それが、そんなにいいことなの」といった思いしか浮かばないのだ。さように、新しいことに関心がなくなっている。

ただし、イ・ソンヒさんが歌う姿を、4Kテレビで一度見てみたいものだ。(聞くところによると、来年中に8Kテレビまで登場するという)

(付記)
「Windows 7でアップデートに失敗する不具合が発生中」(PC Watch 12/5
- 今のところ、解決の糸口はない模様!
⇒ 次の「ネットセキュリティブログ」を参照して、解決しました(12/9)・・・ 感謝。
    「『Windows 7』の『Windows Update』の確認が終わらない場合の対策方法について

2017年12月5日火曜日

年齢と誕生日について

韓国では、今も年齢を「数え年」でいうようだ。昔の日本もそうだったが、今は満年齢なので数え年を直感しにくい。また、誕生日について、韓国では旧暦でいうようだ。(70年代初頭までは、旧暦の誕生日を祝ったそうだ・・・ 新暦カレンダー上、毎年日にちが違うので変な感じがしただろう)

現在、イ・ソンヒのファンクラブも、誕生日を(日本風に今様に)新暦で祝っているようだ。

彼女の誕生日は、旧暦で1964年11月11日、新暦で12月14日になるのだが、いまだに、<旧暦を新暦に変換した該当日と、旧暦当日の新暦そのままの日 >を混乱して、ブログに記述の誤りがあるかもしれない心配がある。

正直、ネットの「新暦・旧暦変換」ツールで、つど確認しないと不安だ。作成者に感謝。

2017年12月4日月曜日

月明かり

今夜の「満月」は、「スーパームーン」といって、いつもより大きく見えるそうだ。韓国語教室の帰り道、雲間から明るい月明かりが射すのを感じたが、立ち止まって見上げる余裕はなかった。何しろ寒い、急いで帰った。

部屋で温もって気付いた。ちゃんと見ておけばよかったと。少々残念な思いしながら、じゃあ実際に窓を開けて覗くかといえば、寒さに躊躇する。その程度の根性なのだ。

だから、美しい旋律で、月明かりを想像してみたい。月光に包まれたような、浮遊感すら感じさせる、ドビッシーの「月の光」を、フジ子・ヘミングの演奏で聞かせていただくことにしたい。

月明かりに色があるなら、この曲には白光を感じる。漢詩なら青いだろう。さて邦楽ならどんな色になるだろう。


(Youtubeに登録のpinkurouに感謝)

2017年12月3日日曜日

そろそろ「第九」の季節

年末、この時期になると、各地の交響楽団と合唱団によるベートーベンの交響曲「第九番」(合唱付)が演奏される。なぜ12月なのか、日本での盛況ぶりについて、いろいろ話題があるが、大勢でやれる恒例の(文化)行事になっているのだから、楽しめればいいのではないだろうか。(日本は年末行事が好きだし、ヨーロッパはニューイヤー行事が好きなようだ)

学生時代にオケラにいて、「第九」演奏で、ある金管パートを経験したことがある。発表場所も上野駅前にある演奏会場、といえば大層に聞こえるだろうけど・・・本当は・・・そうだったに違いない。

練習の際、分厚いスコア片手に、各パートの特徴部分を蛍光ペンで色付けしたりした。ところで、実際の演奏譜面はどうだったかといえば、ヴァイオリンの場合、冊子といっていいほどの厚さをしていたのに比べて、われらの金管パートは、(A3よりもちょっと大きい)用紙一枚の見開きに全4楽章があり、しかも第2楽章と第4楽章しかないのだ。(ベートーベンの時代、金管楽器は、リズム楽器的な扱いが多かった。歴史的なわれらの金管は、合唱と親和していたので・・・第4楽章が華だったのかな)

(本ブログ関連:”ベートーベン”)

まあ、そんなわけで、勲章は大きいけれど、内実は正直なところ、第3楽章の待ち時間がとても辛かった記憶がある。(ワグナーの時代になると、金管が俄然輝きをます・・・こちらはとても手に負えない)


(Youtubeに登録のRay Nittoloに感謝)

2017年12月2日土曜日

三隣亡

どういうわけか存ぜぬが、今日は「三隣亡(さんりんぼう)」で、ネットによれば、 < この日に建築をすれば火事を起こし、近所隣をほろぼすといって忌む日 > だそうだ。手元の日めくりカレンダーには「三りんぼう」と書いてある。

ご近所に新築現場があるが、誰も気にしない。(Wikipediaによれば)起源も不明、歴史も古くない、「三隣宝」から「三隣亡」へ、吉日から凶日に転じた俗信という。縁起でもないとはいえ、どうもピンとこない。家作りはそうそうないのだから。

年末になると、「火の用心」の掛け声が聞こえてくる。思いつきだが、今晩からこれを始めると、実感が増す気がする。夜分、寒い中を廻ってくださるボランティアのみなさんに、そんなこと正面から言えるわけはないけれど。

(本ブログ関連:”火の用心”)

この「三りんぼう」の発音、どこかのんびりした響きがして、凶日のイメージが湧かない。ひらがな書きすると、ますます気が緩む。

2017年12月1日金曜日

今日から12月

ついにやって来ました、12月が。年末も残り31日間しかありません。一年(365日)で見れば、11/12が過ぎてしまい、あと1/12しかないのです。いつものように、食ったリンゴで例えるなら、もう味わえるほどもないのです。

書店に、カレンダーどころか、「家計簿」までもどっさり並んでいます。気分は来年です。とはいえ、町に変わった様子は見られませんが、気ばかり焦ります。師走です。

実は、今日のブログ、テレビを見ていてうっかり今日中に書くのを失念してしまいました。タイムスタンプはアリバイ作りですが・・・日付が回った後から、つじつま合わせしています。

リンゴの例え話をしたので、イ・ソンヒの13集所収の「リンゴの木の下で(사과나무 아래서)」(2005年、作詞・作曲イ・ソンヒ、編曲チェ・テワン)を聴いてみましょう。

思い出に別離が刻まれては辛いでしょう。花咲くリンゴの木の下で、そんなこともあったねと笑えればいいのですが、そのときは5月、まだだいぶ先のこと。春になればと想えば、しばらく寒い冬も耐え忍べるかもしれません。

(本ブログ関連:”リンゴの木の下で”)


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2017年11月30日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-9th

先週、大学祭のための休講をまたいでの授業、久し振りの感がするのは不思議。何のことはない、日ごろこつこつと積み重ねを怠っていた証かも知れない・・・、かすかに雨粒を感じながら出かけた。

今回は、いろいろ豊富な授業だった。
・文法編:(名詞の<複数>の続き)複数形の作り方、① 接尾辞に、ער, -ס, -וח- を付ける、② 名詞の母音の変更、③ 接尾辞に、ן, -ען- をつける、④ ヘブライ語男性名詞に ים- を付ける。
         例 (Book)    複数     単数
         ----------------------------
         Yiddish      בוך   ביכער
         Hebrew    ספֿר  ספֿרים
                       [sforim] [seyfer]
         ----------------------------
その他の話題
・書籍:「Unchosen」超正統派コミュニティーからの離脱について(社会学者の調査を元にした本)
・DVD:  映画「א געשעפט」、前回、音声が聞こえなかったが、前半一部を鑑賞できた。
・余談: Tevaサンダル

前回の教室で、仲間に紹介された、イディッシュ語作家「アイザック・バシェヴィス・シンガー」の小説「悔悟者」(大崎ふみ子訳、吉夏社、2003年)を読んだので、感想方々持参した。俗(肉欲)なるものから聖なるものへの転換だが、実はそれが二重らせんしていて、作者は物語の背景にシニカルな独特な視点を持って描いているようだ。(主人公が作家に語りかけるといった体裁は、どこかで見たようで、随分と直截的だ)

(本ブログ関連:”アイザック・バシェヴィス・シンガー”)

(気分しか記憶にないけれど)大審問官との論争や、状況に屈する転向論のような苦さを、心に準備ないままこの物語から感じ取るには遠いかもしれない。「本来あるべきユダヤ人」をイメージできる知識も情報もないのだから。でも、主人公のヨセフ・シャピロが、悔悟者にいたるふらつきぶりが人間らしくて面白い。どうやら彼は、非ユダヤ的ではなくなったようだ。身の置き場をやっと見つけたといった方が、分かりやすいかもしれない。
(他の教室仲間も、この小説を読まれるとのこと)

ユダヤ人も、そのコミュニティーの中で、あるいはその出入りにおいて、それなりに大変でやっかいな問題を抱えながら生活しているようだ。人に共通なこと、ユダヤ人ならではのことで・・・。

2017年11月29日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 高麗の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、高麗時代の歌「双花店(쌍화점)」ほか関連する曲を紹介した。
(ネットの日本語放送未聴のため英語版ほかを参考にした)

始めに、高麗時代の歌「双花店」について次のように紹介された。
・「双花店」は、餃子店を意味する。「双花」は、最近の餃子ではなく、肉と野菜の具が小麦粉生地の中に詰め込まれたもの。発酵したワインで作られた味のないパンのようなもの。この歌に、イスラム教徒の商人が触れられたわけは、昔、高麗の首都(開京)に中央アジアのイスラム教徒商人たちが居住するコミュニティがあった。

▼ 高麗時代の「双花店」(推定の歌)を聴く。女性が行くところ男たちが手首をつかむという、大らかな時代か。

次に、高麗時代の <別れを惜しむ歌>「去りしや(가시리)」について次のように紹介された。
・高麗時代の俗謡は、朝鮮時代になって儒教精神のため排され、残るものが少ない。この「去りしや」も、「双花店」の歌と同様に推定された歌である。これらは、<「楽章歌詞(악장가사)」(高麗時代から朝鮮朝初期までの歌謡・楽章など集めた歌集)にある>。

▼ 高麗時代の歌「去りしや」を聴く。幻想的な雰囲気にして聞かせる、今様に。

最後に、高麗時代の「青山別曲(청산별곡)」について次のように紹介された。
・高麗時代に歌われた「青山別曲」は、朝鮮前期の成宗代に編纂された「時用鄕樂譜(시용향악보)」に記録された。それぞれの(階層などの)立場からさまざまに歌われた。

▼ <緑の山々で余暇と幸福の生活を送るための歌>「青山別曲」を聴く。今様に。

2017年11月28日火曜日

3人兄弟と魔物

シベリアの少数民族の民話集「シベリア民話集」(斉藤君子編 訳、岩波文庫)に、魔物に取り付かれた3人の兄弟の話がある。民話というか物語に、神話の祖形ともいえる共通な部分がある。3人の兄弟、長男と次男の非業の死と三男の活躍。その場面に <火> が登場すること、そして <生と死> が背中合わせのことなど。

(本ブログ関連:”シベリア”、”シャーマニズム”)

① ケト族の「月と太陽」の話。
3人兄弟の、上の二人はシャーマンで、下の一人は普通の人。ある夕方、家に魔物(ムィラク)が入ってきて、長男、次男に死を告げ、順に棺桶に入れてしまう。三男は戦い挑んで、逆に魔物を棺桶に閉じ込めてしまい、天に逃げのびる。若者は、そこで若い女性と出会って妻にする。七年後、兄たちの死を悼む彼は、地上に戻ることになる。
その機会を待ったように、魔物は、閉じ込められた棺桶から飛び出し、いどみ掛った。三男はやっとのことで魔物を棺桶に再び閉じ込め、天へ登りながら、妻からもらった「櫛」で森を、「火打石」で崖を作って魔物をかわし逃げた。
やっと妻の手を握った瞬間、魔物にもう片方の腕を掴まれてしまう。両方から引っ張られた彼は半身に裂けてしまう。以来、妻は昼の間、人びとを照らしながら夫をあやし、夜にになって妻が眠るとき、夫は半身で大地を照らすことになった。

② エベン族の「三人の息子」の話。
ある朝、祖父と三人の息子が住む家のまわりにヘラジカの足跡があった。長男は祖父の制止も聞かずあとを追った。そしてヘラジカを見つけて仕留めたが、日が沈み夜営することになる。夜の闇の中から老婆が現れて肉を求めた。そして寝袋と銃まで貸し求めた。明け方、老婆は熊や狼を呼び寄せ、長男を襲わせる。その翌日、同じくヘラジカの足跡を追って出かけた次男も老婆の手にかかる。
一番下の息子は、三たびヘラジカの足跡を追うことになるが、用心深く、老婆のたくらみを見破り反撃する。熊と狼の腹から、兄たち骨と肉を引き出す。彼は、老婆をいたぶって、兄たちが蘇るわざを聞き出して、「命の湖」まで連れて行かせる。老婆は焼け焦げる湖など使って欺こうとするが、ついに「命の湖」にたどりついた三男は、そこの水を持ち、老婆の背にまたがって、兄たちの元に戻り、蘇らせることに成功する。
三人は老婆を穴に投げ込み、虫けらになるまで燃やした。這い出そうとする虫けらを集めて三日三晩、灰になるまで燃やし続けた。みなが安心して暮らせるようになったのはそれからのことという。

民話、もっと大きくいえば神話やシャーマンの物語につながるストーリー。小屋の中、焚き火(たきび)のまわりで、ひとびとがじっと耳を澄ます時、語り継がれたものだろう。民族にとって、人間にとって、そこには教訓があるのかもしれない。死を厭わぬこと、その中で知恵を付けること。そして、帰還して繁栄に結び付けること。神話には基本のかたちがあるようだ。

2017年11月27日月曜日

方向音痴

子どものころ、自転車に乗って知らない場所へよく遠出した。闇雲に走るのだ。電信柱の住所表示が今ほどない時代、完全に道に迷うことになる。

そこから始まる。大平原や砂漠を旅するように太陽を眺めながら、現在地を推測しつつ元に戻るのだ。来た道をそのままたどるのではない。いかに、見知らぬ道を通り抜け、帰還するかを内心ヒヤヒヤしながら楽しんだ。

あるとき、中年になって、都心の地下鉄駅から地上に出て脳内コンパスが全く効かないことに気付いた。愕然とした。いったん、方向音痴を自覚してしまうと、以来見当がつかなくなる。常習化するのだ。自信をなくした。あっけないほどに方向音痴に身をやつした。

(本ブログ関連:”方向音痴”)

冒険心をなくし、都内地図も目にしなくなった。今は、方向音痴を認め、通りがかりの人に素直に聞いてしまう。意固地に気張ることも、信念を押し通すこともなく、考えてみれば、街の環境もすっかり変わっているわけで、自分の方向感覚がいつまで通用するものでもないと・・・そう考えたりする。(たまに通る道で、すっかり更地になった空き地を見て、さて以前何があったか思い返しても浮かんでこないことがある。ましてや街の様変わりはなおさらだ)

2017年11月26日日曜日

(資料)朝鮮の地震(明治38~昭和9)

国立国会図書館のデジタル資料に、近代朝鮮半島の地震観測資料がある。「朝鮮気象三十年報」(朝鮮総督府観測所編、昭和11年(1936年))に掲載の、「十三章 地震」(隼田公地 執筆)に、明治38年(1905年)~ 昭和9年(1934年)の30年間の、各行政地域別地震発生回数が表示されている。

行政地域ごとの測候所・簡易観測所で観測した地震回数が記されている。地域別に最大観測回数の観測地とその回数を転記するにとどめる。
・当時、観測の地震震度は、微震~弱震程度
・測候所は十数か所、簡易観測所は150数箇所

行政区域  観測地     回数
----------------------------
平安北道  龍岩浦       6
平安南道  平壌        16
黄海道     馬山          4
京畿道     仁川        31
忠清北道  報恩        12
忠清南道  扶余        12
全羅北道  全州        15
全羅南道  木浦          8
咸鏡北道  清津          1
咸鏡南道  元山          7
江原道     横城          5
慶尚北道  大邸         15
慶尚南道  釜山・昌寧  6
----------------------------

上記は、参考資料であって、観測設備や機器の精度など、現在と比べるべき点があるかもしれないが、大邸は昔ながらの地震観測地であるようだし、他地域にも特異な偏りが見られるようだ。

2017年11月25日土曜日

公園のススキ原

朝、起きるのがつらい季節になった。勢いで起床しても、しばらくストーブで暖まる。着替えも遅れ、外出までに時間がかかる。窓越しに陽射しのぬくもりを感じる昼ごろ、ようやく出かけた。

昨日、「外語祭」の帰りに寄り道した公園に隣接する小公園を散歩する。太陽の高度は低くまぶしい。やがて、遠くの木立の奥に落ちると、一挙に冷えびえすることを知っている。長居はできないけれど、しばらくベンチで温もる。そして、うつらうつら心地よい時を過ごす。

目の前の河原に群生するススキは、逆光の中で穂を真っ白にして揺れていた。冬を知って身支度をしているようだ。そんな様を見ていると、おじさんはなぜか身近に感じる。

堤を(滑るように)よろよろと降りて、秋空に浮かぶススキの姿をカメラにおさめた。

2017年11月24日金曜日

外語祭 2017

平日の金曜日、人出を案じつつ、「外語祭」(11/22~26)に出かけた。ここ数年、学生たちの演じる <語劇> の観劇を楽しんだが、今年は大学祭の雰囲気だけ味わうことにした。(日頃お世話になる者の勤めとしてお邪魔したしだい)

(本ブログ関連:”外語祭”)

キャンパス中央にある円形広場は、思いのほか多くのひとびとであふれていた。平日もあって、(受験生や家族連れというよりは)他大学の若者たちが中心か。もちろん、年配者もそれなりに隙間を埋めていたが。(他方、講義棟の展示は少々寂しい気がした・・・)

広場を囲む回廊に、学生たちが専攻する言語と密接な民族料理店が開かれていた。いわゆる大学祭の屋台だが、ここは外語大らしい品揃えになっている。ビルマ料理の屋台で、菓子「サヌイマキン」(少し弾力のある < ココナッツミルクと小麦粉で作る優しい味のしっとりケーキ >)とミルクティー「ラペイエ 」(ものすごく甘い < 濃厚なミャンマー風ミルクティー >)をいただく。今年も甘い菓子を楽しんだことになる。

帰り道、紅葉に彩られた公園に寄る。人影はまばらで、辺りは静まりかえっていた。まさに黄、紅、茶、緑の色づくし。春の生気あふれる華やかさと比べて、やがて冬を迎える束の間の紅葉に染まった公園には、落ちついたたたずまいがあった。

2017年11月23日木曜日

勤労感謝の日 2017

今日は国民の祝日「勤労感謝の日」、勤労を尊ぶ日だ。昔、子どものころ、食事が済んで茶碗に飯粒が残っていたりすると祖母にたしなめられた。「お百姓さんが一生懸命働いて作ってくださったものを、最後まで大切に食べなさい」と。食事を通して、勤労との結びつきを知り、子どもながらにもそれを感謝する(単に商品ではない)意義を理解できたと思う。

(本ブログ関連:”勤労感謝の日”)

この祝日に、収穫祭でもある、宮中の「新嘗祭(にいなめさい)」がある。国民行事の名から離れてしまったためか、戦後生まれの者には、あまり身近に感じることはなかった。親世代が口にした、昔の行事といった記憶でしかなかった。(もし近くに水田があって、米の収穫を目にし、神社へ奉納する祭事があれば、違ったろうけれど)

歳をとると、伝統のいわれが気になるものだ。新嘗祭に、新米を食べることを知れば、その継承の必要性もわかる。<勤労感謝の日> と <新嘗祭> がようやく結びつき、実感するようになった。

今年も、電車内に、新米ブランドの広告が賑やかに飾られた。次々と新しいブランド米が出てくると、何がいいのか、どうやって食べればいいか気になる。美味い食べ方を知りたいものだ。

(付記)
木曜日に定例の「イディッシュ語」教室は、大学祭の期間中でもあり、休講となった。この余裕を、何に振り向けているというのか・・・。

2017年11月22日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 步虛子

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「步虛子(보허자)」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、中国伝来の「唐楽(당악)」曲、「步虛子」と「洛陽春(낙양춘)」について次のよう紹介された。
・韓国伝統文化も、他文化との交流を通じて発展してきた。伝統音楽も同様、古来の「太平簫(태평소)」は中央アジアの、「奚琴(해금)は遊牧民の楽器だ。「仮面劇(탈춤)」に「獅子舞(사자춤)」があるが、韓国に獅子はなく、他地域の影響が推測される。現在ある宮廷楽には、統一新羅~高麗時代に中国伝来の唐楽曲の、「步虛子」と「洛陽春」がある。一千年以上経たものの、他の宮廷楽と少し違う。「步虛子」は、元々、漢詩歌詞があったが、吹奏楽だけが伝わる。

▼ <空中を歩く> 意の「步虛子」の演奏を聴く。そう思って聞けば浮遊感あふれるよう。

次に、歌詞を(復元という名で)盛り込んだ「步虛子」について次のよう紹介された。
・現「步虛子」は、道教との関連を推測して、国家太平を祈る歌詞が盛り込まれる。<天の美を仰ぎ、天の楽を奏でると、金色の鳳凰、銀色の鵞鳥が並ぶ>と平和な様を表わし、<王の長寿、民の平安、天の楽があまねく広がるよう、この杯を捧げる> という。ゆたりとしたテンポ、平和なリズムだ。

▼ フュージョングループ演奏によるモダンに編曲された「步虛子」を聴く。こちらは近距離で露に聞くよう。

最後に、中国宋代の政治家で文人「欧陽脩」(1007年~1072年)作「洛陽春」について次のように紹介された。
・もう一つの曲、中国宋代の政治家で文人「欧陽脩」作と知られる「洛陽春」は、<夕日の春> の意を持つ、(1960年代に付した)歌詞も幻想的だ。<まだ日は昇らないのに、鶯の鳴き声が響き> で始まる、幻想的な様を表わす。<渡り鳥にむかって、夫の便りはないかと尋ねる> 歌詞。愛する人を待つ想いを表わす歌だ。

▼ コムンゴとフルート二重奏に編曲した「洛陽春」の演奏を聴く。掌に聴くような小品、印象深い。今様に。

2017年11月21日火曜日

イ・ソンヒのトロット・メドレー

イ・ソンヒがカバーする歌の範囲は果てがなく、どのような歌も、あたかも持ち歌のごとく聴かせる。それも、原曲へ敬意を込めてそこなわず。だから、誰もが受け入れ、納得する。次のYoutube映像にあるように、舞台でトロットのメドレーを披露したときの、会場の雰囲気からそれが容易にわかる。

(本ブログ関連:”トロットメドレー”)

しかも、彼女が最初に歌う、「愛しか私はわからない」の原曲歌手のシム・スボンは、かつて、「後輩歌手たちが歌った(自分の)『愛しか私はわからない』の中で、イ・ソンヒの歌が最も印象に残る」と語ったほど。

イ・ソンヒの歌唱力から、果たして彼女のジャンルは何かと聞かれるたび、どう答えていいのか戸惑うことがある。そこで、イ・ソンヒについてする説明は、「国民歌手」といわれている、ということから始める。

曲目:
・シム・スボン(심수봉)の「愛しか私はわからない(사랑 밖에 난 몰라)」(1987年、6集)
・ナフナ(나훈아)の「ムシロ(무시로)」(1989年)
・チュ・ヒョンミ(주현미)の「片想い(짝사랑)」(1989年)


(Youtubeに登録の526apolloに感謝)・・・何度も使用させていただきます。

2017年11月20日月曜日

忘れもの

日付が過ぎたことに気付いた。あわてて時間を巻き戻し、11/20として登録する。言い訳ついでに、忘れものについて記す。

忘れもの。小さなことは、そこらじゅう掃いて捨てるほどある。間近に物を見るため、眼鏡を頭に置いたのを忘れ、後で探すなんて珍しくない。逆に、忘れぬ工夫のため、目につく場所に物を置いたり、壁に吊したりするようになった。ドラマで記憶を失う病に侵されたヒロインが、ポストイットにメモして壁に貼るシーンがあるけれど・・・おじさんだと様にならない。ただ、だらしないたたずまいになるしかない。

「見える化」という、仕事のプロセスの要所要所で、成果を分かりやすく図表化する方法がある。これは、 明確な最終目標があればこそだ。一方、日常の忘れもの防止では、目に付くよう、生活の場に置きっぱなし(あるいは吊るしっぱなし)するでしかなく、めざとさが返って収拾のつかないものになる。

そうした対処方法は、老化の特徴といわれる。以前テレビで見た老人は、ベッドに横になりながら、孫の手のようなもので、四方の壁に吊るしたものを手探りして手元に運んだ。究極のものぐさ姿に感心したが、ちょっと心配だ。

中島みゆきの「忘れな草をもう一度」(1982年)を聞きながら、明日の片づけを考えている。おじさんも、そんなかどうだかの 忘れものの <荒野> にいる。
彼女のアルバム「Singles」(1987年)で初めて聴いた・・・残念ながら、Youtubeで彼女のオリジナルを聴くことはできない。(Youtubeに、素晴らしいカバーものがある)

2017年11月19日日曜日

岐阜基地航空祭、 空を飛ぶのを見てきました

昨日から1泊2日のバスツアーで、「2017 岐阜基地航空祭」に行ってきました。何を見たいかって、それは次の三つです。会場(基地)の広さに押されて、下記①のみの見学を実施して、後はギブアップしましたが、幸い、飛行は空を見上げればどこからでも見られるわけで、バス駐車場広場に戻って観察した次第です。(追記: 中日新聞記事(11/20)「主催者によると前年の二倍を超える十三万人が来場」)

(本ブログ関連:”飛行機”)

① 先進技術実証機「X-2
・今年の全国航空祭で、唯一、岐阜だけに実物展示されたそうだ。雑誌やYoutubeで見た赤と白の軽快な姿が目の前にあった。早めに会場に到着したので、30~40分待ちの行列だったが、その後は1時間半待ちといわれた。(現在の姿は、エンジンサイズに見合ったものとのことで、最終的なスタイルは、雑誌などでいろいろ予想されている)

② 「ブルーインパルス
T4練習機による編隊曲技飛行(同基地4年振りの飛行とのこと)。以前、2014年の入間航空祭で見て以来だ。今回は小雨もあり、編隊をくずさずの飛行に徹したようだ。ただし、編隊を組み直すため、分散して低空の旋回もあり、排気方向が地上(丁度バス駐車場)の観客方向になった瞬間、エンジン音の轟きは凄かった。(爆音で楽しむだ)

③  室屋義秀パイロット
・「2017年度 エアレース世界選手権」チャンピオンの室屋義秀パイロットによる曲技飛行。次のYoutube映像は、高い位置からの撮影のようで、(Lexus標示の)エクストラ300が地面すれすれを飛び、垂直飛行でキリモミしながら降下するのがわかる。小型機の能力いっぱい使いこなす、考えられない才能と、ありえない強靭さで、飛行の安定性を示してくれる。(見ながら、心の中で「もういいよ!」と何度叫んだことか)


(Youtubeに登録のk163k163に感謝)

また、F-14の低空の飛行があり、まさに腹に響く怒涛の爆音を響かせ旋回した。以前映画の音響で、大音響セットなるものを経験したが、ジェットエンジンが発する生の音を超えるのは不可能だろう。

屋外の保存展示に、F-1(三菱重工製)があった。何度見ても、F-4ファントムとヨーロッパ(英仏共同開発のジャギュア攻撃機)のキメラのようで・・・今回、フランス人がしきりになぜていた。
別の屋外展示場に、懐かしいT-33があった。昔、アルミ蒸着のT-33プラモデルを作った・・・今に思えば、もっと丁寧に仕事すべきだったと、それにF-86Fがあったが、やっぱり朝鮮戦争の臭いがする。

2017年11月18日土曜日

トワ・エ・モア「空よ」

子どものころ、夢で、何度空を飛んだことだろう。羽ばたきしながら上昇し、滑空してしばらく身を任せるのだが、決まって失速する。あわてて、はばたきを繰り返す。でも、結局、力尽きて地面に軟着する。幸い激突することはなかったが。

「ワルキューレの騎行」よろしく雲の中を突き抜けたり、宙返り(ループ)したり急旋回することもない。夢の中の飛翔は、飛ぶことの難しさを確認させたわけで、実りない夢だったかもしれないが、そのたび、あっ飛んでる、今度こそはと期待した。

せめて実際に、飛行機の飛ぶ姿を見たい。専門家の雄姿だから安心だ。

フォークの系譜と思う、デュエットの「トワ・エ・モワ」が歌った「空よ」(1970年)は、もっと心象的な空の歌なわけで、願いをかける空であり、すべてを見通す空、未来への空であり、過去を知る空。そんな、空も我がものにしてしまう、若いロマンチックな歌だ。


(Youtubeに登録のfuyatakeya1301に感謝)

2017年11月17日金曜日

韓国慶尚道の地震(続)

一昨日(11/15)の韓国慶尚道の地震について、韓国内で最近続く現象に関心持たれている。地震の原因を、韓国の記事(11/15、朝鮮日報/朝鮮日報日本語版、Chosun Online)は、九州-慶州-浦項の「地震ドミノ現象」といった表現をしている。

そこで、地震の規模や頻度について、国立研究開発法人「防災科学技術研究所」の「Hi-net地震観測システム」による自動処理マップで、日韓の状況を照らし合わせれば一目瞭然。次図は、ここ一ヶ月間(2017.10.18-2017.11.17)の地震状況を示したもので、日本は地震が日常化し、むしろ韓国の慶尚道の地震の唯一さが際立っている。

Hi-net地震観測システム自動処理Map

断層の所在により地震被害の受け方(直下型、津波、山崩ほか)が異なるので、むしろ韓国の国レベルの断層地図を知りたい。(2016年9月14日:中央日報日本語版、2016年9月23日:Chosun Biz

(追記)
・中央日報日本語版:「韓経:<韓国地震>地質基礎研究不足…続く余震に不安()、()」(2017年11月17日、韓国経済新聞社の記事)
・Daum掲載:「地震リスクこんなに大きいのに・・・断層帯上に原発の集中したわけ」(2017年11月16日、SBS記事)
SBSニュース(断層帯上の原発)

2017年11月16日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-8th

家を出て、ふと気になることがある。足元のズボンを確認して安心する話だが。昔、ある作家が、確か妹に女優がいて、彼が長い外套を掛けて外出したとき気付いた。なんと、ズボンを履いたつもりが、ステテコ姿のままだったというのだ。今まで、私にそんな経験はないけれど、ときどきこの話を思い出してあわてる。

いったん知ってしまうと気になるもの。学生時代、指導中の教授が雑談で言った。人間って、視覚に自分の鼻の存在を気にし始めると、止められないと。これも聞いて以来、寄り目して自分の鼻を見ないようにしている。

イデシッシュ語の授業で、名詞の性の見分け方について、理屈があればいいか、それともエイッとばかり覚える方がいいか話題になった。ひとそれぞれ、覚え方まで「性分」がありそうで・・・どちらがいいか、こればかりは偏れないしかたまらない。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

授業は着々と進んでいる。
・文法編: ① 名詞の性(男性、女性、中性)とその見分け方、② 名詞の格(主格、[所有格(属格)]、予格、対格)、 ③ 複合名詞(性は最後尾の名詞に従う)
・練習編: 動詞(現在)の不規則人称変化

ところで、(超正統派による)イディッシュ語で作られた映画「א געשעפט」(A Gesheft:The deal、2005年)を紹介されたが音声が出ず、次回持ち越しになった。

(1時間30分もあるので初めだけでも・・・犯罪の臭いがするが、何だか市民劇風で・・・)
(改)Youtubeが削除のため、代わって次の予告編をエンベッドする)

(Youtubeに登録のRabbi Pollack⇒Yiddisherに感謝)

韓国慶尚道の地震

昨日(11/15)、韓国慶尚道で地震が発生した。同地域は、昨年の7月5日に蔚山沖、9月12日に慶州市でマグニチュード5クラスの地震があり、連続して起きている。慶州市付近の南北および沿海に九つの断層があり、慶尚道海岸線には原子炉が密集している。

(本ブログ関連:”韓国の地震”、”韓国の地質”)

NEWSIS/朝鮮日報日本語版の記事「韓国気象庁『浦項の地震により韓国全域で揺れを検知』」(11/15)は、次のように報じている。(抜粋)

------------------------------------------------
・15日午後2時29分ごろ、慶尚北道浦項市北区マグニチュード5.4の地震が発生した。韓国気象庁は「今回の地震により、韓国全域で揺れを検知した」と発表した。

・イ・ミソン地震火山センター長は15日午後、ソウル市銅雀区の気象庁本館で緊急ブリーフィングを開き、「きょう発生した地震で、慶尚北道では最大震度6*を感じ、江原道・慶尚南道・大邱・釜山・蔚山・忠清北道などでは震度4、全羅北道では震度3を検知した」と発表した。

(*: 韓国の地震の震度=「メルカリ震度階級」)

・イ・センター長は、余震の有無などについて「頻度が減ってはきたが、昨年発生した慶州地震の余震がまだ続いている。今回も数カ月は続くものとみられる」・・・と語った。

・なお、昨年9月12日に慶尚北道慶州で発生したマグニチュード5.8の地震による余震は、現在までに合計640回観測されている。内訳は▲マグニチュード1.5-3.0未満618回 ▲3.0-4.0未満21回 ▲4.0-5.0未満1回。
------------------------------------------------

2017年11月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 男寺党の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「男寺党(ナムサダン)の歌(남사당의 노래)」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、旅芸人の「男寺党」と詩人「盧天命노천명)」(1911年〜1957年)について次のように紹介された。
・昔、国中を彷徨いながら色々な芸を演じて生計を営むさまざまな集団があった。彼らが村を訪れると、祭りの雰囲気になった。その中に男だけの集団「男寺党牌(남사당패)」もあった。六つほどの芸を披露し、広い庭で農楽を演奏したり*、皿回しに似た遊びを披露した。綱渡りはヒヤリとすることから、氷の意の「オルム(어름)」と呼んだ。また、木製の胴に紐をつけた「操り人形(꼭두각시)」もあリ、その動く様が、人の首筋をつかむように見えることから、首筋の意の「ドルミ(덜미)」と呼ばれた。
・旅芸人を歌った「男寺党の歌」は、詩人「盧天命」の詩を歌にしたもので、<銀の指輪をはめてあげたい娘がいたが、次の日にはまた去らねばならない>という内容。彼らは、世の中で最も低い身分で、村を彷徨うのが仕事だった。だが、芸を始めると、自然と興が沸いたことだろう。

▼ 「男寺党の歌」を聴く。詩情あふれる旋律、運命と哀切、どこまで届く、今様に。

次に、パンソリ「興甫歌(흥보가)」に男寺党牌が登場することについて次のように紹介された。
・善人の弟興甫(흥보)と、悪人の兄ノルボが登場するパンソリ「興甫歌」で、兄ノルボがヒョウタンを割ると、中から男寺党牌が出て来てノルボを冷やかす、ユーモアに表現する場面がある。

▼ パンソリ「興甫歌」から、「ノルボの最初のヒョウタンから男寺党牌が出てくる場面(놀보 첫번째 박에서 남사당패 나오는 대목)」を聴く。ヒョウタンから次々出てくるそうだ。

最後に、京畿道安城地域の男寺党牌にいた女性ボス「バウドギ(바우덕이)」について次のように紹介された。
・男寺党牌は男だけの集団だが、朝鮮時代末、ソウル近郊の京畿道安城地域の男寺党牌は、なぜか「バウドギ」という名の女性がボス役をした。彼女がなぜ男寺党牌に入ったのか、生涯につい不明だが、綱渡りに才があり、宮中で綱渡りをすると、感動した王族が高い官職を与えたという。

▼ 「男寺党の空」から「男寺党の歌」を聴く。随分と荘厳に聞こえる。

(*)これら芸を行う場所を指して「パン(판)」、地面に転がって芸をするのを「サルパン(살판)」(生きる場の意)といい、うまくできれば生きる場、できなければ死ぬ場としてそう呼んだ・・・とのこと。

2017年11月14日火曜日

イ・ソンヒの「心のようにあなたのそばに」

心は不思議なもので、自分に在ってないようなもの。「心」と表記したときと比べて、「こころ」にはまた違った在りようがある。「こころ」はじんわりと想いをたくわえてくれる、そして「心」は伝える姿を装う。

ひとが願いごとをシャーマンに依頼するとき、儀式が執り行なわれる。言葉にからまった穢れやくもりを除き、清め、純粋な言霊に磨き上げるからだ。そうでなければ、自然は応えられない。「心」を伝えられない。

イ・ソンヒの5集に収録の「心のようにあなたのそばに(마음처럼 그대곁에)」(1989年、作詞キム・ミンジョン、作曲ソン・シヒョン)の「心」は、鳥に託して空を飛ぶ「言霊」のようなもの。若ければ、シャーマンの力を借りる必要もないほど美しい。(若者に辛いおじさんも、これだけはそう思う)

(本ブログ関連:”心のようにあなたのそばに”)


あなた、離れているけど、心は自由なのよ
思ったら、どこでも行ける、心はすでにあなたのそばに
*
あなた、会いたいけれど、私は鎖に縛られ
一歩二歩、近づいていくけど、まだあなたは見えない
心のようにあなたのそばにいたい
心のようにあなたのそばに生きたい
私は、まだ遠いのに、心のようにあなたのそばに

(*以下繰り返し)

(心のようにあなたのそばに)いたい
心のようにあなたのそばに生きたい
私は、まだ遠いのに、心のようにあなたのそばに


(Youtubeに登録のcarcass1178に感謝)

2017年11月13日月曜日

国際標準地「チバニアン」

鉱物好きなのに何だかんだで活動が止まったまま。深くも広くもない理解。地質(年代)、鉱床、まして組成についてもいい加減なまま、ただ標本をながめるだけの過ごし方・・・でもいいじゃないか。

そんなぐうたら気分に、こんな話題が飛び込んできた。今の地質の時代に近いとされる、77万年前~12万6千年前までの地質年代層序(地層:新生代>第四紀>更新世>中期)を「チバニアン」(「千葉の時代」の意)と呼ぶようになるらしい。その年代を示す「国際標準地」として、千葉県養老川沿いにある(地磁気反転を示す)地層が採用されたという。(最終的に「チバニアン」が採用されるかどうかを、関係者は慎重に見ているようだが・・・)

NHKのネット記事「『チバニアン』 国際学会が『国際標準地』に登録の答申」(11/13)によれば、最新の地質年代の名称が、日本の地名にもとづくものになると次のように報じている。(抜粋)

----------------------------------------------
・千葉県市原市にあるおよそ77万年前の地層を地球の歴史の一時代を代表する「国際標準地」に登録し、その時代を千葉時代=「チバニアン」と名付けることを目指す茨城大学などのグループは、審査を行っている国際学会(「国際地質科学連合」)の作業部会から投票の結果、市原市の地層が、イタリアの候補地を破り次の審査を行う委員会に「国際標準地」として答申することになったという連絡があったことを明らかにしました。

茨城大学国立極地研究所などのグループは千葉県市原市の養老川沿いにあるおよそ77万年前の地層に地球の磁場が逆転した痕跡があるのを見つけ、地球の歴史の一時代を代表する「国際標準地」に登録するよう ことし6月、国際地質科学連合に申請しました

・認められれば、地球の歴史のうちおよそ77万年前からおよそ12万6000年前までの時代がラテン語で千葉時代を意味する「チバニアン」と名付けられることになりますが、候補地は、このほかにイタリアの2か所があり、国際地質科学連合の作業部会が16人の委員で議論してきました。
----------------------------------------------

そういえば、同じく千葉県から2011年に、新鉱物の「千葉石」が公表され(日本地質学界の「県の石」に選定され)たことがあったね。
それに、もっと大きくいえば、新元素の原子番号113に、「ジャポニウム」が採用されて何となく嬉しくなったことがある。科学の世界で、日本に関係する命名は気持ちいいものだ。まるで、子どもみたいなところがあるが・・・。

2017年11月12日日曜日

(雑談)木に巻きつく明かり

夕方になると、駅前の木々がクリスマスのためだろう、青色と白色のライトに飾られて点滅する。その青色が、ペルシャンブルーというかラピスラズリを思わせる濃さだ。当り前に思ってきた青とは違った、欧米人好みする色調という感がする。

少し前まで、夜間の木々を飾った照明は、白色光が中心だった。それが、LEDの青色発明後、欧米好みを真似てか、青色が加わった。アジア人と欧米人の色感に違いがあるってことは通説だけれど。でも、あの奥行きある、底にじんわり輝きを持った群青の明かりは気になる。

夜間、木々に照明ライトを巻きつけると、彼らに昼夜の区別を与えないことになる示唆があった筈、今はだれも口にしない。駅前の木々は、固い路面に雨水を直接下水溝に流され、自動車の排ガスにさらされ、そのうえ自然光の加減まで奪われて・・・、本来、木の健康な証である、光合成作用のすべての要件を人の勝手にされている。なのに、ぼくらは駅の改札を出て、目の前にそびえる木立の緑をながめるやほっとする。

それでも、あの深い青色が気になる。夕闇に溶け込みそうでそうでない、秘かに、そして静かに輝く青色が気になる。高校時代に誰も口にしなかった、なのに卒業後集まった男たち誰もが問わず語りしたあの女性を思い出す。(青色LEDよ、いつまでもきれいに輝いてください)

(付記)
・中島みゆきの「歌姫」の歌詞に、「男はみんな嘘がうまいね・・・、女はみんな嘘が好きだね・・・」とある。
・TBSラジオ「蔦信彦 人生百景『志の人たち』」に出演した、映画シナリオライター高田宏治が知人の言葉として、(昔の生き方だが)「男は悔しがり、女は寂しがる」の旨を紹介した。

2017年11月11日土曜日

知りたいことばかり

イディッシュ語は、ドイツ語の響きがして、Youtubeにドイツ語とイディッシュ語話者が並んで話しているのがあるくらい。もちろん、両言語の会話内容を分かるわけないが、よく似てるなと感じる次第。素人にとって分かりやすく納得できるなら、東京方言と鹿児島弁の違いなのだろうか(いやもっとか)、知りたいところだ。

イディッシュ語は、ドイツ語圏から出立して、東欧への広がりに伴いポーランド語やロシア語の影響を受けたそうだ。ますます容易でないし、ヘブライ語(つまりユダヤ文化)の語彙もあって手も足も出ない。もちろん、それを気にするなんて、いうも恥ずかしいレベルだが。

言語ができあがる過程について興味ある一方で、イディッシュ文化と密接な<音楽>についても、その歴史を知りたいところだ。東欧系のイディッシュ音楽のジャンルに「クレズマー(クレツマー)」音楽があって、その起源に、「バルカン半島北部を含む東欧とドイツ」(Wikipedia)とある。民族音楽は、その民族の遺伝子のようなもので、表現の基底にあるもので、ことばや集団の文化と密接な関係があるだろう。

もちろん、「バルカン半島北部」起源について、何の確認を取ったわけでもないが、ドイツ語圏とかけ離れた、なぜ「バルカン」なのかといった不思議さを感じる。そもそも、バルカン音楽とは何かも知らないのに・・・知りたいことばかり。

2017年11月10日金曜日

枯葉とあそび

先日、隣り駅のロータリーを囲む並木のもと、歩道側の生垣に、枯葉の吹き溜まりができていた。それを見つけた幼児が、母親に見守られながら、枯葉を両手に集め持っては空に解き放す。風に舞い落下する様子がうれしくて、何度も繰り返していた。何気ない一瞬かもしれないが、おじさんには、母子の実に美しい光景に見えてしょうがない。

以前、このブログに、<「枯葉」の聴き比べ > を記して、実際の枯葉の様子を公園で確かめたい旨のべた。今日、ようやく近所の公園に出かけることができた。

ケヤキは、今まさに、茶色の葉をはらはらと落としている最中。イチョウは、路面にびっしりと黄色の絨毯を敷き詰めて、なおかつ木々に黄色の葉をまとっている。不思議なことに、そのときイチョウは小休止のようで、落葉することはなかった。また、ユリノキの木立が並ぶ一画があって、異国の秋を思わせる洒落た風景を見せてくれる。そういえば、去年もこの時期、ここで枯葉を楽しんでいる。

ところで、平日の公園はのんびりして人気が少ないため、保育園や幼稚園の園児、小学生の一団が訪れる。今日も、いくつかの広場に、子供たちの人影と声がした。幼児の声は開放された空間でも、不思議とよく聞こえる。精一杯、草原を走るさまは可愛らしく懐かしい。一方、小学生たちは、付き添いのカメラマンだろうか、クラス写真を撮ってもらっていた。この一瞬も、それぞれの人生につながり、記憶に残ることだろう。子どもたちを見ているだけでなぜか満たされる気分になる。

枯葉のおじさんは、今日じゅうぶん満たされた。

2017年11月9日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-6,7th

今日のイディッシュ語教室は、2時限連続の特別授業(2017秋期カウントを、06、07にする)。偶然というか幸運にも、アメリカから、イディッシュ語を話すことのできる女子留学生が参加してくれた。(留学生は、京都からお土産を持って教室に来られ、おもてなしが逆転してしまう結果に・・・)

留学生は、自身のイディッシュ文化との関わりについて語ってくれた。(その中からひとつ、写真投影もあって)、都心にあると思いきや、緑豊かな郊外に所在する「YBC(Yiddish Book Center)」での蔵書資料作成サポート経験を紹介された。同所は、世界からイディッシュ語書籍の寄贈を受け付けていて、蔵書が充実しているようだ。

目の前で、先生と留学生のイディッシュ語会話を聞いていると、(身の程知らずにも)その気になってくる。もちろん、先生の日本語解説があって了解されたことだが・・・。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

当然ながら、今日も授業(解説、Exercise)が進んだ。
① 定冠詞: דאָס , די , דער ⇒ 結論、名詞と定冠詞を一緒に覚えるのが良い!
② 動詞「好き(like / love)」: .איך האָב (נישט) ליב צו עסן [ I(do not)like to eat.]

最後に、日本で誰もが歌えるものの、イディッシュの歌(原曲1938年)であることが余り知られていない、「ドナドナ」の歌詞と楽譜が先生から配布され、みなで一緒に歌った。ちなみに、留学生から、「ドナドナ」のアメリカでの流行は、ジョーン・バエズが歌ってからによるのが大きいとのこと。それにしても、日本で誰もが知って歌えることに驚かれていた。

(本ブログ関連:”ドナドナ(Dona Dona)”、”素敵なあなた(Bei Mir Bistu Shein)”)

参考までに、ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」の原作「牛乳屋テヴィエ」(西成彦訳、岩波文庫)の「解説」で、日本での「ドナドナ」の普及について、次のように続けられている。
----------------------------------
(ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」公演の成功という)日本でこれまでほどに大衆的な支持を受けたユダヤ文化の遺産は、「ドナドナ」を除けば、たぶん類例がないといっていいほどである。
----------------------------------
かように、「ドナドナ」は、NHKの「みんなのうた」でも放送されたこともあり、日本の誰もが耳にした、あたり前の歌になっている。

2017年11月8日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 愛の舞踊

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「愛の舞踊」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、「都彌夫婦説話(도미부부설화)」に登場する「都彌(도미)」と婦人(아랑)について次のように紹介された。
・百済時代に、仲睦まじい都彌と美しい婦人がいた。王は、二人を試し、都彌を宮廷に閉じ込め、婦人を奪おうとしたが、婦人は王の言いなりにならなかった。怒った王は、都彌の目を抜く刑を下し、遠く船に乗せて流した。再び我が物にしようとしたが、婦人は、猶予を求めてひそかに逃れた。川辺にたどり着くも渡る船がなく、泣き崩れる婦人の所へ、どこからか現れた船に乗り逃げ延びた先に、離れていた夫の都彌がいた。二人は高句麗へ逃れ、最後まで伴に暮らした。

▼ カヤグムとフルート演奏で <悲しいが美しい愛の物語>「愛の舞踊(사랑의 춤)」を聴く。動と色彩、今様に。

次に、妓生の「黄真伊(ファンジニ、황진이)」と学者ソンビの「蘇世讓(소세양)」について次のように紹介された
・朝鮮時代、妓生の「黄真伊」は、美貌だけでなく漢詩や音楽の才があり、妓生ながら男たちに振り回されない強い意志の女性で知られる。学者ソンビの「蘇世讓」は、黄真伊に心を奪われぬ自信がある、彼女とひと月過ごして戻らねば自分は人でないと言った。黄真伊と出会い、夢のような時を過ごした後、約束通り黄真伊に別れを告げた。黄真伊は普通の女性でなく、楼閣上で酒を交わして別れの詩を歌った。それを聴いた蘇世讓は、自分は人でない、黄真伊の処に留まると言った。二人の別れを歌った詩を歌にしたものがある。

▼ 詩を元にした「送別蘇陽谷(송별 소 양곡)」の歌を聴く。月明かりの下、霜降る楼閣での別れを叙情的に、今様に。

最後に、妓生の「梅窓(매창)」と「洪吉童(홍길동)」の著者「許筠(허균)」について次のように紹介された。
・朝鮮時代、妓生の「梅窓」は、最下層出身ながら、両斑で「洪吉童」の著者「許筠」と親しくしたが、身分を越えた男女の友情は受け入れがたく誤解される。ある日、梅窓は、自分を去った地方官の石碑の前で、コムンゴを奏でた。人びとの、彼女が許筠を想っているとの噂が、彼のいる首都漢陽まで伝わった。彼は梅窓に手紙を送り、<月明かりの下でコムンゴを奏でたと聞いたが、人気のないところであれば良かったのに、自分が笑いものになってしまった> と、責めた訳でもない。噂のせいで悔しいと言い、<最近も参禅をしているのか> と尋ね、<梅窓がとても懐かしい> と言っている。

▼ 話を元にした「山うずら(산자고새)」をコムンゴ演奏で聴く。山霞するような叙情的に、今様に。

2017年11月7日火曜日

立冬 2017

一旦、ヒーターを入れると止められない。今日のヒーターは暑い、熱いけれど、パソコンデスクのそばから離せない。無ければ寂しいというか物足りなくなる。すでに当り前の存在になっている。

そんなときでも、二十四節気の「立冬」はやってくる。例年、立冬に即クリスマスを思い描いたが、なんだかポカポカ陽気して、今回はそこまで至らない。今年のクリスマスはだいぶ遠い。多分。

(本ブログ関連:”立冬”)

(付記)
ところで、先日の11月4日、釜山広域市海雲台区の国際コンベンションセンター「BEXCO」にあるオーディトリアム(4,002席*規模)で、韓国地銀「釜山銀行」の創立50周年を記念した「秋(愛)幸せ音楽会」が開催され、イ・ソンヒほかキム・ボムスなどの歌手が参加した。
(*)新聞報道では、6,000人招待とされている。コンベンションホールでも、5,340人収容である。

2017年11月6日月曜日

イ・ソンヒの「世界中が眠りに落ちた後から」

今日の午後、例年と比べて思いのほか暖かだった。それでも、夕方、日が暮れると晩秋を感じる。天気予報では、間隔を開けて小雨が降るたび、寒さが増していくという。年末に向けての下り坂は急で、あっという間に冬を迎えそうだ。

公園を通り抜ける韓国語教室への往復路、冷え込みのせいか、秋の夕べに見かけたランニングする姿はない。公園をつつむ暗闇は、その奥に木立をかすかに感じるほど深い。やがて来る冬の厳しさを予告しているようでもある。

イ・ソンヒの12集所収、「世界中が眠りに落ちた後から(온 세상 잠든 후부터)」(2001年、作詞イ・タギョン、作曲パク・ヨンス、編曲パク・ヨンス、ユ・ションソク)は、静止した世界で聴くような、荘厳な響きがする。彼女には珍しい、高音をひかえたしっとりした曲だ。

(本ブログ関連:”世界中が眠りに落ちた後から”)


夜通し雪が降ったわ。世界中が眠りに落ちた後から
悲しい 私のこころも知らぬまま、 朝はくるのでしょう。
窓、音もなく開けば、染みる冷たい風
白雪、美しく積もった 木の上には冬の空

あなたの背に近づき、しばらく寄り添ったが
なんの言葉もなしに ドアを出るのね。
もうすべて終わってしまったのね まだ私はここにいるのに
あなたに見せられなかった 痛みはまだそのままなのに

本当にとてもつらいです このように別れるのだから
あなたを なくした朝 私だけ残ってます。

去ってしまったあなたの足跡が雪の上一つずつ刻まれて
眺める目を少しずつ 滲ませてしまいました。

あの冬の終わりに あなたはもう消えて
とうとう 悲しい涙を 流してしまったの。


(Toutubeに登録のCool Kidに感謝)

2017年11月5日日曜日

スプートニク 60周年

今から60年前の1957年10月4日、旧ソ連の「バイコヌール宇宙基地」から発射されたロケット(ICBM R-7)に搭載の人工衛星「スプートニク1号」が、人類初の人工衛星として地球周回を開始した。(ちなみに、人間が地球周回したのは、1961年4月12日、同じくソ連の宇宙飛行士「ユーリイ・ガガーリン」によって達成された)

そんな時代が来たという驚きはあったが、何しろ初めてのこと、どうやって理解すればよいのか思案にくれた。宇宙新時代という実感は果たしてどうだったろうか。むしろ、ICBMでそんなことができるのかといった感想かもしれない。

その後、科学技術の進歩を象徴するものと認知され、ソ連って凄いなあという時代が来る。近所の診療所にも、雑誌「今日のソ連邦」がそれとなく置かれていたほど。だから、アメリカの衝撃は大きく、「スプートニク・ショック」と呼ばれ、教育の<近代化>が叫ばれた。(なにしろ、算数・数学に集合論を少し取り入れたりした)

当然、宇宙的、SF的な雰囲気を持った音楽バンドも出現する。エレキバンドの「The Spotnicks」がそれで、日本では「霧のカレリア」(1966)がヒットした。いわゆるシンセサイザー風の響きがした・・・といっても、僕らにはシンセサイーザーって何?というくらいの時代だったけれど。(「スプートニクス」のバンド名は、マネージャーの提案といったイメージ戦略だったみたいで)

(本ブログ関連:”スプートニク”、”霧のカレリア”)

「霧のカレリア」は、ロシア民謡「トロイカ」も聞こえたりして、日本人好みだったようで、「ベンチャーズ」支持の系譜につながるかもしれない。
(「霧のカレリア」の原曲について、ブログ「澎湖島のニガウリ日誌」に詳細に語られている。感謝。)


(Youtubeに登録のrautalanka1974に感謝)

2017年11月4日土曜日

「枯葉」の聴き比べ

暦は満月、残念ながら、夜道に小雨がぱらつく。まさか濡れると思わなかった。小走りして帰宅する。考えてみればもう晩秋、けれどこの秋の、虫の音の記憶がない。どうしたことか。よい時分の忘れ物をしたようでもったいない。明日は公園にでも出かけてみよう。

枯葉の感蝕はいかばかり、ちょいと気分を出して歩いてみたい。歌は、イブ・モンタンもいいがナット・キング・コールの「枯葉」を選んでしまう。昔なら、LPレコードをプレイヤーに載せ、レコード針をそっと置いて聴くもの・・・つまり、それだけの手間があった。いまやYoutubeで、ちょいちょいと探してクリックするだけ。(実はまことに申し訳ない行為をしているわけで)

(本ブログ関連:”枯葉”)

有名な歌手たちが歌う「枯葉」を聴き比べする、珍しいYoutube画像がある。


(Youtubeに登録の関雅行に感謝)

2017年11月3日金曜日

イ・ソンヒ、除隊のイ・スンギを迎える

2016年2月16日に軍隊に入隊した、イ・ソンヒの愛弟子(いつまでそういってよいのか分からないが)イ・スンギは、先日10月31日に除隊後、イ・ソンヒとのツーショット写真を見せたと、釜山日報の記事、「転役(除隊)のイ・スンギ、所属事務所の先輩イ・ソンヒと楽しい社会人(復帰の)証拠写真」(10/31、デジタルメディア本部記者)は、次のように報じている。

(本ブログ関連:”イ・スンギ”、”フックエンターテインメント”)

------------------------------------------
・俳優兼歌手のイ・スンギが、国防の義務を果たして社会人になった。
・31日、イ・スンギの所属事務所「フックエンターテインメント」の代表は、自身のインスタグラムに、「来た。帰って来た。イ・スンギが帰って来た」という文とともに、数々の写真を掲載した。
・公開された写真の中には、軍服を着て所属事務所の前でポーズを取っているイ・スンギの姿が入れられた。特に、イ・スンギは、所属事務所先輩であるイ・ソンヒとも親しくポーズを取って見せた。
・イ・スンギは、陸軍第13空輸特戦旅団 75特戦大隊 情報課情報兵として勤務した認定書を公開したこともある。新兵教育優秀、保安監査有功、多読王など多数の叙勲内訳も記録された。また。「特級戦士」、「戦闘特戦兵」徽章を共に公開したりもして注目を集めた。
・一方、イ・スンギの復帰作は、ホン姉妹が執筆した、(12月放映予定)tvNドラマ「花遊記(화유기)」に予定された。
------------------------------------------

(KBS World Radio:「イ・スンギが除隊 復帰作は?」)

(雑記)
手で草抜きする替わりに、ナイロンコード式の草刈機を使ってみて驚いた。あれよあれれよという間に除草できたのだ・・・もちろん、根から抜き取るわけではないので、同じに比較できないが。

2017年11月2日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-5th

イディッシュ語教室の通学に電車を利用している。ちょっとした遠出になっている。歳をとると次第に出不精になるので、この通学はそれを解消してくれて幸いだ。よければ、その効用が語学力にまで通用してくれると更によいが・・・。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

さて、今日から少しずつ難しくなってきた。
① 否定形:動詞の後に ”נישט” を置く。
② 英語の ”There is/are ~” の相当句: ”... עס איז/זענען דאָ” の使い方。
③ 疑問詞:モデルとしてイディッシュ語話者や教室内で尋ねたいことを想定した練習。
    次は、わたしの場合のQAだが。
   ?װאָסער מוזיק האָבסטו ליב
        - 어떤 음악을 좋아해요?
   .איך האָב ליב קאָרעיִש מוזיק
        - 저는 한국 음악(Trot)을 좋아해요.

帰りのこと、地元駅前広場が濡れて夕闇に溶けていた。サテライト教室を出たとき果たしてどうだったか、思い出そうとして悩む。雨降り後だったのかどうだか確信がないのだ。

2017年11月1日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 上院寺の朝

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、弦楽器の系譜を通して、「上院寺の朝」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、伝古朝鮮の代、船頭の「霍里子高(곽리자고)」が語ったことを妻の「麗玉(여옥)」が、(アッシリア起源とされる)楽器「箜篌(くご、공후)」で歌った「公無渡河歌(공무도하가)」について次のように紹介された。
・昔、「霍里子高」が川辺で舟を手入れしたとき、白髪の男が入水するのを止めようと、その妻が追ったが、結局男は水に陥る。男の妻は、楽器「箜篌」で悲しみを表し、<川を渡らないで> との内容を歌い終わると、同じ川に身を投じた。霍里子高は家に戻って妻「麗玉」にそれを語った。麗玉は家の箜篌で、その歌を奏して歌い、人々は悲しみ涙して聴いた。古朝鮮の歌「公無渡河歌」にまつわる話だ。箜篌は、古代東アジアで使われ、ハープに似て指で弦を奏でた。
今年の第69回「正倉院展」にて、現有唯一の「箜篌」が展示される:NHK「日曜美術館

▼ 箜篌とセンファンの演奏で「上院寺の朝(상원사의 아침)」を聴く。以前聴く、朝明けの光景を、今様に。

次に、箜篌と楽器「琵琶」の構造や歴史的関係について次のように紹介された。
・箜篌に幾つか種類があり、昔の絵によく登場して親しまれた。今は演奏者があまりなく、楽器だけ伝わる。その範疇に、西洋ギターに似た「琵琶」がある。琵琶の名は奏法に由来し、「琵」は外側に、「琶」は内側に奏でる意を持つ。琵琶に似た韓国琵琶は、しゃもじ様のものと指ぬきをはめて弦を奏でる。竹製撥で音を出すこともあった。1930年代まで、コムンゴ奏者が琵琶を奏でたりしたが、今はあまりいない。他国の琵琶奏法を参考に、独自の奏法を作り出す動きもある。

▼ カヤグム演奏曲である「沈香舞(침향무)」を琵琶の演奏で聴く。以前聴く、緩やかなときの流れを感じる。

最後に、1940年代の新しい楽器「鉄弦琴(철현금)」について次のように紹介された。
・楽器「鉄弦琴」は、1940年代に(ナムサダンペ綱渡り名人の)金永哲(김영철)が、西洋ギターを真似て作った。四角いギターの形状をして、床の上で演奏する。コムンゴのように撥で弦を奏でる。コムンゴやカヤグムが弦を奏でて音を出した後に弦を揺らして音程に変化を与えるのに対し、鉄弦琴は弦をこすりつけるのが特徴。鉄弦琴の歴史は短いが、伝統音楽の特徴を生かし、不思議な音色で親しまれている。

▼ 鉄弦琴演奏による「夕焼け(노을)」を聴く。夕暮の霞たなびく静けさを詩情豊に、今様に。チターを思い起こす。

2017年10月31日火曜日

ハロウィン 2017

隣り町からの帰り道、ハロウィンの夜、辻に小さな妖精が湧いた。ほとんど女の子、ディズニーのお姫様かとまごうばかり、可愛い衣裳のおちびさんたちが、それもお母さんに囲まれて。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

一夜限りの楽しさに、母親が思いを込めて縫ったろう、無理ない仕立てが好ましい。妖精の姿を見るたび、何度微笑んだことだろう。

ところで、男の子の姿をほとんど見かけない。ハロウィン行事が完全に定着しきってないためか、照れくささのためか。近所で菓子を配るようになれば、男の子も化け物に、吸血鬼になるだろう。

今夜も都心で、若者たちが貧欲にハロウィン熱に浮かれている。昔、クリスマスに、父親たちが三角帽子をかぶって街を飲み歩いたことがあった。そんなバカ騒ぎも廃れ、今や家族で楽しむ日本独自の年末行事になっている。渋谷交差点が、ハロウィンの夜、平静に人々が行き交う時代がいずれ来るだろう。

2017年10月30日月曜日

「エアレース世界選手権」、「木枯らし1号」

今日の寒さは本格的。夕方、韓国語教室の往復に備え、完全防寒して出かけた。襟首を閉じ、手袋までしての冬装備。吐く息が白くなるまではなかったが、気分はとっくに冬だ。

そんな寒い日の、時間の順に見聞したこと二題を次に記す。

① エアレース世界選手権
今日の日付に変わった夜中、NHKテレビで「エアレース世界選手権2017」が放送された。パイロット室屋義秀(むろや よしひで、1973年生まれ)が日本人として初めて(アジア人としても初めて)、同選手権の <年間王者の座を射止めた> のだ。放送は、最終ラウンド(10月14,15日)の中継録画であったが、まるでライブのような興奮を覚えた。

以前、落下傘部隊の降下を見たことがある。映像などで持っていた勇壮なイメージとまるっきり違う、飛び降りる若者たちの存在がひしひしと伝わってきたのだ。そのとき、命を感じた、名前を持った生身の若者ひとりひとりの命を。

放送画面にもかかわらず、飛行機好きな素人の勝手な思いが許されないような緊張を感じた。レース会場は、「インディ500」で知られる、スーパーカーブーム以前の、ぼくらが子ども時代に夢見た場所だ。そして、うれしい取り合わせがあった。

画面に、日本人にとって、もう一つの永遠の到達点であったこの「インディ500」の2017年優勝者、日本人として(アジア人としても)初の、レーシングドライバー佐藤琢磨(さとう たくま、1977年生まれ)が駆けつけていたのが映った。室屋パイロットの優勝を祝って、両者が肩を抱き合い歓ぶ姿を見て、素人ながらもすっかり感動してしまった。


(Youtubeに登録のIndianapolis Motor Speedwayに感謝)

(合わせて、「インディ500」の佐藤琢磨の勇姿も見たい、雄叫びを聞きたい)

(Youtubeに登録のBraun vonに感謝)


② 木枯らし1号
今朝のテレビ天気予報の通り、東京に今年最初の「木枯らし」が吹いた。日暮れはあっけなく、夕焼けを楽しむ暇もない。あっというまに暗転し、寒風も厳しくしみる。もう冬なのだ。(明日はハロウィンだけど)

気象庁の用語解説によれば、「木枯らし」の定義は、「晩秋から初冬にかけて吹く、北よりの(やや)強い風」という。(この「強い風」について、「毎秒8メートル以上の風」という話もある)

(本ブログ関連:”木枯らし”)

朝日新聞の記事「都心で木枯らし1号、昨年より10日早く」(10/30)は、次のように報じている。(抜粋)
---------------------------------
気象庁は30日、東京都心で「木枯らし1号」が吹いたと発表した。昨年より10日早いという。都心では午前5時半ごろ、最大瞬間風速16.6メートルを記録。最大風速も午前10時半ごろに8.6メートルを観測した。
---------------------------------

そんなわけで、今日は飛翔と疾風の怒濤の雰囲気を味わうことができた。

2017年10月29日日曜日

歌姫

今日も雨。雨音にすっかり慣れてしまった。間断ないそぼ降りに、揺らぎが欲しくなる。浜辺に寄せる波音なんかいいんじゃないかな。そんなわけで、Youtubeにある長時間、自然環境立体録音から波音を聞く。1/fが癒してくれる。

夏の海がいい、夕焼け海はもっといい。そして、南の海で「歌姫」と巡り会えればどんなに素晴らしいことだろう・・・そんな空想ぐらい勘弁して欲しい。

(本ブログ関連:”歌姫”)

歌姫(diva)といえばイ・ソンヒの代名詞だが、中島みゆきが歌う「歌姫」があって、これを聴くと、ましてこれを歌えば、心浄化してくれるよう。おじさんの懊悩をすっかり洗い流してくれるよう。

(むつかしいことだが、次の映像がいつまでもYoutubeに続きますよう願う)← 翌朝10/30には消されました。

(そこで、カラオケ版を埋め込みさせてもらいます)
(Youtubeに登録のまがいもの商事株式会社に感謝)

2017年10月28日土曜日

(雑談)宅配便

もっぱらネット通販はAmazonを利用している。宅配便で受け取るわけだが、あいにく不在なときがあって、業者の方に二度手間をかけてしまうことがある。この複数回の手間が話題になっている。業者のコストアップにつながるだけでなく、担当者の作業に大きな負担になっているという。

先日、ある小さな文具を求めたところ、当方の不在が続き、三度手間をかけてしまった。メールで連絡があったのに気付かずいたせいだ。担当者に申し訳ない思いがした。(それにしても配送用の外箱の大きさに驚く)

雨降りの今日、配送通知があって外出せず待った。一つは、郵便局によるもので、手紙と一緒に郵便受けに入れてくれていた。待ちに待ったイディッシュ語テキストで、教室で参考にしているもの。もう一つは、宅配便によるもので、草いじりのための小道具だ。

外出もままならぬ思いもあったが、考えてみれば雨のせいで家にこもる言い訳にしていたかもしれない。そんな身勝手さに比べて、しとしと続く長雨の中を配送していただいたことに、ありがとうという思いが湧いてくる。

宅配作業の負担がクローズアップされ、その軽減策に世間で異論がなかったことに、みなひとしく労働に対する日本人のモラルが確認された気がする。

2017年10月27日金曜日

イ・ソンヒ「秋の風」オリジナル

歌に秋の詩情を求めれば、イ・ソンヒの「秋の風(カルパラム)」が筆頭にあげられるだろう。以前、触れたことだが、「秋の風」の「갈바람」(「갈」は「秋(가을)」の略、「바람」は「風」)は、船員(漁師)言葉だ。「秋に吹く風(西風、서풍)」を意味する。

(本ブログ関連:”秋の風”)

この名曲が、彼女のデビュー直後というのに驚きを感じる。どうして、と思うほどに味わい深いのだ。デビュー翌年の1985年に、アルバム1集と2集を発表していて、その2集に、この「秋の風(갈바람)」(作詞チョン・ウニ、作曲ナム・クギン)が収録されている。

秋風は寂しさだけを残して過ぎ去っていく。そんな切なさを、イ・ソンヒは抜群の表現力で歌うのを聴いてきたが・・・、実はこの曲、発表時に、彼女の「自伝」によれば次のような問題があった。

---------------------------------------------
・1985年11月、私の2集アルバムが出た。タイトル曲は「秋の風」。
・ところで、この歌が盛んに電波に乗っている頃、盗作の是非にまきこまれて、すぐさま放送停止にあってしまった。公演倫理委員会が立てた理由は、キム・ヨンジャさんが1983年発表した「愛の迷路」中の「あぁ、私たちの愛のロウソクの灯り/消えて道に迷ったね」の部分をそのまま盗作したというのだ。私が作曲した歌でなく、何か抗弁する立場ではなかったが、ちょっとくやしかった。メロディが全く同じならばともかく.・・・結局、私は「秋の風」を再録音しなければならなかった。それでも若干惜しくなかったのは、「ケンチャナ(大丈夫)」が「秋の風」に劣らずヒットしたという事実だ。慰めはなった。
---------------------------------------------

そんなわけで、結果的に <中間部分を再編曲して再録音した> ようだが、以下(同曲Originalという)Youtube映像を見ると、当時の初々しくふっくらした容貌とあいまって、若さゆえ力の入り過ぎ具合が微笑ましく感じる。


「秋の風(カルパラム)」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
去ったあなたは風、寂しさくれた「カルパラム」
今も目元を巡る、あなたの暖かだったあのまなざし
こころ、何度も何度も、恋しい翼を広げさせるよ

*ああ、あなたは「カルパラム」、雲を作る「カルパラム」
ああ、あなたは「カルパラム」、私のこころ奪った「カルパラム」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
消えたあなたは風、寂しさくれた「カルパラム」

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録の사사구통に感謝)

2017年10月26日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-4th

今日は、外に出て雨上がりに気づくことしきり。玄関を開けたとき、イディッシュ語教室の帰り路など。雨に会わずして、雨跡ばかり見る不思議。天気予報では、一日「晴れ」だったはず。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

今回の授業は主として、① 規則・不規則動詞、疑問詞の文法、② 疑問文の作成と会話練習(≒ロールプレイ)、および ③ 板書。この板書でつくづく感じるのは、(ヘブライ文字筆記体の)シャキッと勢いある文字を他の受講者が書くこと。そのシャープさは定着した証だろう・・・自分の文字のつたなさを思えばこそ。

授業前、「クレズマー音楽」の話題があり、代表的ミュージシャンが大変ユニークな趣味を持っているとか・・・、いろいろな人たちでこの世はできているわけで、知れば知るほどおもしろい。この機会に、クレズマー音楽を聴きたい、知りたい。

ところで、授業で参考にしている<テキスト>が、Amazonからようやく届くことになった。一安心。

2017年10月25日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 風具音

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/18)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「風具の音(ね)(プングソリ、풍구소리)」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、風を利用した農具「風具(唐箕풍구)」から「風(바람)」の別意について次のように紹介された。
・「風具(唐箕:とうみ)」は、風を起こす農具で、穀物を入れて籾殻(もみがら)を飛ばすのに使った。取っ手を回し、扇風機の羽状のものを回転して風を起こす。穀物を、重い穀と軽い”しいな”や塵など選別した。また、木製の筒に穀物を入れて回し、殻を取るものもある。地域によって形状や大きさが違い、小さいものは、釜戸で火を焚き、鍛冶屋で火力を高めるのに使った。風具は「風」といい、風=浮気の意から、西道民謡「風具音」の曲名は、浮気者の夫を恨む妻の心を表現する。

▼ 「風具音」を聴く。アカペラ合唱で今様に表現。

次に、昔の女性の行動から海辺の歌「ナナニ打令(나나니타령)」について次のように紹介された。
・昔、女性は、男性に比べ行動範囲が狭かった。身分の高い家柄の女性も外出は容易でなかった。一般の民は働かねばならないし、出かけるのは田畑くらいだった。他人を気にせず自分の気持を表せるものに歌がある。民謡に。女性の気持ちを表わすものが多い。長い歳月、口伝される中、詩のように美しく整った表現もある。

▼ 仁川の海辺の女性が <嫁入り暮らしに愚痴をこぼす>歌「ナナニ打令」を聴く。ふつふつ湧き出る響き。

最後に、黄海道生まれの夫婦(妻차영녀、夫김필운)の歌い手について次のように紹介された。
・この「ナナニ打令」を歌った女性とその夫は、共に黄海道甕津郡生まれ。「朝鮮(韓国)戦争」時に避難して仁川に定着した。妻の父は船主、夫は船乗り。そんな縁で知り合って結婚、一生海辺に暮らした。音楽と共に過ごした夫婦は美しい。

▼ <豊漁祈願や船を迎えるときに歌った>黄海道民謡「 ベチキの音(배치기 소리)」を聴く。まさに空気も伝わる。

2017年10月24日火曜日

(雑談)ポジティブ・シンキング

以前、NHKの「スーパープレゼンテーション」という番組で、「ポジティブ・シンキング」について、ショーン・エイカーのスピーチ「幸福と成功の意外な関係」を視聴した。

このスピーチは、いろいろな分野で、ユニークな関わりを持つ人びとが壇上で語る「TED」プログラムタイトルの中の一つ。詳細は、ネットの「TEDの英文日本語訳資料」(あるいは「TED価値ある資料」)で知ることができる。

「幸福と成功の意外な関係」で、わたしが納得したキーワードは、講演の最後に語られた言葉かもしれない。ポジティブ・シンキングに生きるために、次のことを毎日すればよいというのだ。
「感謝を表す3つの新しい出来事を毎日、21日間書き続ける」
そうすれば、世の中をネガティブに捉えるのでなく、ポジティブなものを見つけようとするパターンが身につくという。

そこで、わたしもこのブログに感謝を書くように心がけている。
さて、1つ目は・・・・・・、ムムム。
どうやら、まだ「ポジティブ・シンキング」にいたってないようだ。

2017年10月23日月曜日

霜降 2017

今日は二十四節気の「霜降(そうこう)」。<露が冷えて霜が降り始めるころ>とのこと。ほぼ毎年ブログに記しているが、今回、霜降が巡り来たという実感に乏しい。連日の長雨と台風一過のせいか、霜降のイメージが湧いてこないのだ。

(本ブログ関連:”霜降”)

それでも、今夕、スタディルームの帰り道、本来ならそのまま韓国語教室へ行く身じたくをしていたが、思いのほか冷え込みにあわてて一旦帰宅。完全防寒の冬仕度に着替える。思いっきりの厚着。(そうそう、弓のような赤い月が西の空低く浮かんでいた)

ところで、自転車に乗って空を飛びたいけれど、31日の月は月齢11.3、真ん丸ではない。映画”ET”のようにいかない。

(日本人は宗教的にゆるくて、ハロウィンに悩むことがない - 次のYoutubeはある新聞に載っていたもの)

(Youtubeに登録のMovieclipsに感謝)

2017年10月22日日曜日

雨が降ってる日曜日

室内にいると雨が小休止したと錯覚することがある。なぜか急に静けさを感じるからだ。結局、窓ガラスの向こうで小雨は降り続いているわけで、外出の機会はない。(ちなみに一昨日、選挙前投票している)

こんなとき、ふと口ずさむものがある。昔のCMソングだが、「雨が降ってる日曜日、坊や泥んこなぜ泣くの、あそこのかどで転んだの、・・・」といった何とも優しい響きのする、広告の臭いを感じさせない。

(本ブログ関連:”雨が降ってる日曜日”)

子どもは初めての雨に歓喜するし、やがて水溜りを好んでわざわざ足を踏み入れ、水を跳ねる。感蝕を楽しむのだろう。だから、雨のなかで転んでも、泥だらけになったとしても、どうということはない。

日曜日の雨に、つい昔に戻った気分になる。CM目的を超えた、いい思い出に連なる旋律が聞こえてくる。(それにしても、この雨一体いつまで続くのだろう)


(Youtubeに登録のsunaf kingに感謝)

2017年10月21日土曜日

(雑談)1/f揺らぎ

雨が降ります。だらだらと、ぼそぼそと、だらしない音が続きます。詩情なんてありません。ちょっと止んだと思って外を覗けば、水溜りに波紋が浮かびます。なんだ、と舌打ちするような感じです。

明日には、台風が接近し、暴風雨の警戒が必要とか。だから、今この静けさは台風前のものでしかないようです。行動範囲は狭められ、日頃出かける所へも行けず、一日家にとどまっていました。

Youtubeに、海辺に寄せる波音を長時間聞かせるものがあります。それを背に、室内でいろいろ手がけていると、ある錯覚に陥りました。あわ立つ波、砂浜を走る波、それらが幾重にかさなって、一瞬、潮風のにおいがしたのです。

染まりやすいというか、すぐその気になるというか。鬱陶しい長雨と違って、爽やかな空気を感じたのです。それは乾いた感じもしました。心身が自然に同調するような、1/f揺らぎを感じた次第です。

(YoutubeのBGMに、こんな便利な聞き方ができるものがあるようです)

(Youtubeに登録のAmeyama Channelに感謝)

2017年10月20日金曜日

イソップ「自分の仕事(星占者[ほしうらない]と旅人)」

物事を大きな視点で見ると賢くなった気になる。いわゆる、大局を見るとか、俯瞰するという。といって、小さな積み上げができなかったり、その変遷を記憶できないようでは、信用はつかない。

アウレリウスのように、宇宙の星々と比べてわが人生の何と小さなことよと慨嘆(自省)するのはいいけれど、子どもたちにすべからく規範を教えるのに、もうちょっと具体的な方がいいかもしれない。明治時代の子ども向け道徳書、古代ギリシャのイソップの寓話集「イソップお伽噺」(三立社、1911年、明44年9月、訳述者 巌谷季雄=小波:国会図書館デジタル書籍)は、今見てもおもしろい例えがある。

(本風ブログ関連:”国会図書館デジタル書籍”)

この寓話集に所収の、「四二 自分の仕事(星占者[ほしうらない]と旅人)」は、ものごとを判断するのに、自然(星座)の動きから摂理を体得したはずの者が、日常の些細な行動を見誤るといった、按配のわるさ(きまり悪さ)を教える。

つまり、庶民はこんな語りをするものだ、「わかった、わかった。で、あなたは一体どうなんだよ」と。

--------------------------------------------------
諸君! 他人の仕事にかれこれと、おせっかいする様を暇があったら、自分の仕事に注意して精を出す方が、どんなにましだかしれません。自分の現在していることことに注意するのは、つまり立身出世の道捷(ちかみち)ではありませんか。

むかし在る所に、一人の星占者がありました。星占者とは空の星を眺めて、吉凶を占ふもので、人智の進歩しなかった頃には、なかなか流行したものです。
さて此の星占者が、一生懸命星を眺めて歩いている間に、うっかり足を踏みすべらせて、濠(ほり)の中へ落ちてしまひました。すると其処へ一人の旅人が通りかかり、星占者に申しますには、
「オヽ、貴君(あなた)、今の失敗の気が付いたなら、星の進むのを研究する手間で、少しは自分の足下(あしもと)にも、御注意なされたらよいでせう。」
と、諭(さと)しましたとさ。
--------------------------------------------------

2017年10月19日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-3rd

今日、雨にも負けず、イディッシュ語講習に出かける。昨日少し晴れ間が覗いたが、ここ一週間小雨が続いている。さらに、台風21号の影響も加わり、来週半ばまで雨降りのようだ。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

講習は、新しいテキストにもとづいて、(私もようやく)フルスロットルに達した。離陸を開始したのだ・・・他の方々は、とっくに上空で旋回しているが。

例文の読解・板書、会話練習(≒ロールプレイ)など矢継ぎ早。”.איך בין שטענדיק מיד”
そして、先生お手製の絵入り単語カード(25枚)セットを、全員に配布いただいた。各自机上に並べて、先生の語る単語のカードをさっと選ぶのだが・・・(おじさん)耳が遠くて苦戦する。結局、これも<הײמאַרבעט>になる。

単語カード作成という先生のお手間に感謝。そして、低空だが私もみなに続き飛翔したいと思う。

(授業前にイスラエルのポップスの話題で・・・イエメン系歌手”オフラ・ハザ”、懐かしい香りする高音)

(Youtubeに登録のOrly Yahalom Photography & Israeli Musicに感謝)

2017年10月18日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 友

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/11)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、友について、中国北宋時代の詩人蘇軾(蘇東坡)の詩「赤壁賦」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、蘇軾の詩「赤壁賦」をもとに、短歌(단가)「赤壁賦(적벽부)」について次のように紹介された。
・中国の詩人「蘇軾」は、若くして科挙に合格、官職につく。民を大事にするも、周りから疎まれたようで、生涯を閑職や島流しの生活を送った。辛いなか、作品の時間もあった。不朽の名作「赤壁賦」も、島流しのときの作品。韓国伝統の短歌「赤壁賦」は、蘇軾の詩にリズムをつけたもので、多様な形の歌で伝わる。

▼ 「短歌、赤壁賦」を聴く。風景に在ってか、淡々と聞こえる。

・ある秋、島流しの辺鄙な地に訪ねてきた友と共に、赤壁川に船を浮かべ、馳走を用意して夜景を楽しんだ。<元豊五年(1082年)陰暦7月、既望の日> に始まる。「既望」は陰暦16日、満月は過ぎても、依然と月明るい夜をさす。<船を浮かべ、赤壁川の秋の趣きを楽しむ。涼しい風、穏やかな川面はひっそりとしている。酒を交わしながら詩を謳うと、月が昇って、こんな美しい世に悲しいことがあろうか>という内容。友を得ての感慨、大事な存在だ。

▼ 平時調(평시조)で、<友の大切さを歌った>「友人(친구가)」を聴く。淡々と聞こえる。

次に、孔子の「論語」から友とのかかわりについて次のように紹介された。
・孔子の「論語」、君子が喜ぶ三つの話から始まる。① まずは、学んで身に着けることは、なんと楽しいことか。② 次は、遠来の友と学問の話しをすること。③ 最後は、他人が自分を理解してくれなくとも憤(いきどう)らないこと。そういう人ことが真の君子であると言う。孔子のことばから、ときに辛いとき、心細く寂しいときに、自分を理解してくれる友こそ、どれほど大きな慰めになるか分かる。

▼ <全羅道地方の音楽的特徴を最も濃く感じる>という「興打令(흥타령)」を聴く。抑揚をきかせて歌う。

・「興打令」は、<窓の外に菊の花を植えて、お酒を醸しておき、花が咲いて酒も出来上がると、友と夜通しで遊んでみよう> と歌う。月明かり、コムンゴ演奏など、楽しい様子を表す。

2017年10月17日火曜日

もうじき Halloween

私にとって「ハロウィン」の原点は、レイ・ブラッドベリの「10月はたそがれの国」で、遠い昔のこと。だから、日本のいまどきの、ハロウィンの熱狂は唐突でしかなかったが、沸騰振りが年々高まり、クリスマス前行事としてどうやら定着してきたようだ。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

昨年10月31日のハロウィンのときもそうだった。韓国語教室の晩、通う夜道の途中、ある教会前に大勢の人だかりがあった。まるで道を塞ぐ賑わい。子どもたちは熱狂し、親の注意もうわの空で、通行人に道を譲ることをすっかり忘れている。

子どもたちが、大声を張りあげて歓喜するのも楽しい思い出になると思えば、道を開けてくれるまでしばらく待とうというもの。いつの間にか、ハロウィンの渦に巻き込まれている気がした。

不思議なことに、今様のハロウィン騒動にすっかり冷ややかでなくなった。ハロウィンは子どもたちのものといった前提で臨むようになっている。気持ちも随分変わった。

(「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」より)

(Youtubeに登録のNobuyoshi Takeuchiに感謝)

2017年10月16日月曜日

秋期 韓国語 2017

今晩から秋期韓国語コースが始まった。一日降り続く雨のせいじゃないけれど、出だしから<濡れ雀>どころか<濡れ鼠>なのだ。一幅の絵にもなりゃしない。忘れものをするし、大いに途方に暮れて、大いに反省する。

雨の夜、ゴールは見えるようで見えない。イ・ソンヒの5集所収の「クデヨ(貴方よ、그대여)」(キム・ポムニョン作詞/作曲)聴きながら、ゴールを探し求めよう。

心を前向きにスタートしたけれど、明日の検査のため空にした腹が、何と辛いことだろう。


貴方よ  貴方よ  わたしの手を支えてください
今日もわたしの心は  さまよっています
月明かりのない夜を  歩いています
雨降る道を  歩いています
あなたの愛が必要です
あなたの愛を待ちます
貴方よ  貴方はいったいどこで何をされてますか

貴方よ  貴方よ  わたしの気持ちをわかってください
今日もわたしの心は  あなたしかない
星明かりのない夜を  覚えていますか
その時のその思い出を  覚えていますか
あなたの愛が必要です
あなたの愛を待ちます
貴方よ  貴方はいったいどこで何をされてますか


(Youtubeに登録のkoreanballadsに感謝)

2017年10月15日日曜日

天宮1号の落下

一ヶ月前の今日、(燃料枯渇により)任務を終えたアメリカの土星探査機「カッシーニ」が、(制御のもと)土星大気圏に突入して燃えつきた。誰にも見られることのない最後だった。
(参考:”「techcrunch」(9/16、日本語版)”)

宇宙を浮かぶ探査機にいずれ最後がある。宇宙の彼方へ飛び去るか、あるいは地球に戻り、「はやぶさ」のように命の最後を大気に輝かせるか。役目を終えた探査機の終焉に、切なさを感じるものだ。まして、地球を周回する人工衛星や実験棟が制御不能の場合、地上へ落下する可能性は大きい。これまで、本ブログでも何度か触れた。

(本ブログ関連:”UARSROSAT、フォボス・グルント”)

毎日新聞の記事「中国・宇宙実験室『天宮1号』制御不能、地球落下へ」(10/14)は、中国の宇宙実験室が制御不能のまま地上に落下すると次のように報じている。(抜粋)
⇒ 記事の最後に「宇宙船の落下」の項があり、主な落下例を記している。

天宮1号の落下範囲は、北緯43度から南緯43度にかけてといわれている。(大事故が起るのではないか不安だ)

-------------------------------------------
11~2月か、予測困難
 地球の周りを回る中国の無人宇宙実験室「天宮1号」が制御不能となり、数カ月以内に地球に落下するとみられることが分かった。来年1~2月の可能性が高いとの分析もある。英紙ガーディアンなど海外メディアが13日に報じた。

 天宮1号は中国初の有人宇宙ステーションの建設を目指し、宇宙船とドッキング実験をするために2011年9月に打ち上げられた。全長10.4メートル、重さ約8.5トン。2012年6月に有人宇宙船「神舟9号」とドッキングし、中国人飛行士が初めて乗り移った。

宇宙船の落下
 2001年にロシアの宇宙ステーション「ミール」(約135トン)が制御されながら南太平洋に落下、廃棄された。制御不能だったのは、1979年の米国のステーション「スカイラブ」(約90トン)で、燃え残った破片がオーストラリア西部に落ちた。また1991年には旧ソ連の「サリュート7号」(約20トン*)が落ち、アルゼンチンに破片が到達。いずれもけが人の報告はなかったという。人工衛星の例もあり、2011年には落下するドイツの観測衛星(ROSAT、約2.4トン*)が日本上空を通過すると予測され、国内でも話題になった。被害はなかった。(共同)
--------------------------------------------

(注)*印付記の(  )内容は追記

2017年10月14日土曜日

イ・ソンヒ「Because Of You」

言葉は、昔、魂を持ち生き物に託して空を飛んだ。話者を離れて、時間と距離をまたぎ純化した。もしかしたら、<心>は本来空っぽなもの、言葉を生み出し続けない限り満たされることがないのかもしれない。

<ことば>という言葉は不思議だ。反対語を持たない。言葉は永遠に捉えようのない、自分の目で見ることのできない自分の顔のようなものかもしれない。言葉は個人的なものなのだろうか。

そんなとき、歌は容易に心にしみこむ。他者(ひと)の言葉だったものが、<詞>となって、聴くものすべてに共鳴する。仮面を取り去ってくれる。もっといえば、魂を植え込む。そんな気がする。

イ・ソンヒの12集所収の「Because Of You」(作詞・作曲ユ・ヨンソク、2001年)は感傷的で、重く引っかかるよう。でも、彼女が加わると、音は曲となり、声は言葉となる。共鳴箱となる。

(本ブログ関連:”Because Of You”)


私の心なのに、思い通りにできない
過ぎたことは忘れるというけれど、何度も
涙ばかり流して

ばかみたいでしょ、つらい振りができないの
苦しめばもっと思い出す、あなたの
暖かだった微笑み

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが
私はばかみたい
                 _______

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
もう懐かしさだけで

生きていかなければならないのに、本当にそうなのに

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが

cause you only cause of you

cause you only cause of you


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2017年10月13日金曜日

合唱曲「おじいさんの家」

このごろ、民家の塀越しに、小さな赤い実を付けた木を見る。もしかして南天(ナンテン)の木でないかと思うが確信ない。記憶にある園芸の南天は、小振りだったし、赤い実が多数群がっていた。一方、塀越しに見る木は、それゆえに丈が大きく実はまばらだ。

南天のイメージは、中学時代に歌った合唱曲「おじいさんの家」(きさらぎゆき作詞・川口晃作曲)の「南天の木の奥の わらぶき屋根に ・・・」で始まる光景で、南天の木を透して、わらぶき屋根の家が視覚におさまる。そんな農家の庭先を思いながら歌っていた。

正式な曲名を確認したく、ネットで探したところすぐに見当たらなかった。ようやく探しあてたが、誰もが知っているはずと思っていただけに意外だった。ネット情報も、ある年齢以降の登録者によるものでしかないし、それに、記憶の何もかも登録されているわけでもない。少々寂しい思いをした次第。

Youtubeでも見つかった。< 1973年のNHK合唱コンクール予選に参加した中学生たちの発表 > のようだ。歌い継がれているのを聴いてなぜか安心した。


(Youtubeに登録のclaudiovonkarajanに感謝)

2017年10月12日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-2nd

今年度後半の秋期コース、第2回目。我ながらようやくエンジンがかかってきたようだ。(それに、都心のサテライト教室に通うのもいい機会、いい運動である)

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

テキスト教材の音声を、ネットからダウンロードして、本日分を予習した。男女別々の音声がありがたい。ただ、会話の速度が早く、リエゾンする。(白水社「エクスプレス イディッシュ語」のカセット教材は、日本人向け音声教材らしく、会話速度が<ゆっくり>と<やや早め>の2種類を聞かせる)

本日の主な内容(再学習)
・不規則動詞<האָבן>、<זײַן>を使った文章(Q&A、否定)の練習。
・<זײַן>の複1・3人称は、<זײַנען>と<זענען>のどちを使っても好い。
・「ここ」は<דאָ>、「そこ、あそこ」(区別なく)<דאָרט>
・2人称Youは、① 単数形<דו>(きみ)を通常使用、② 複数形と同形<איר>(あなた)は初対面/敬意を込めて使用。

イディッシュ語のテキストを、早速Amazonから購入された方がいて驚き。(先日確認したところ余りに高価だったので様子見したところ、現在、適正な値になったようだ)
⇒ 早速、本日帰宅後、Amazonに発注した。

秋期から、次のYoutube映像に登場するミュージシャンのお二人が教室に参加された。国際的に活躍されていて、イディッシュ語話者との人脈もあるようで羨ましいかぎり。


(Youtubeに登録のJAZZART2011に感謝)

2017年10月11日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 秋夕の食事

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「秋夕(추석)」の家族の食事に関連する曲を紹介した。

始めに、朝鮮後期の実学者、丁若鏞(정약용、1762年~1836年)の農民への思いについて次のように紹介された。
・朝鮮後期の実学者「丁若鏞」は、春のある日、働く民の姿を見て詩作した。農夫にとって春の田植えは重要な時期だが、この端境期に耐えるのは簡単でなく、十分実ってない稲を脱穀し、粥にして食べた。彼は詩に、高位者もその粥を食べねばならぬと歌う。秋の穀物の収穫は、民の唯一の希望。秋夕に先祖を墓参し、伝統を守って奉祀する。一方、秋夕は、端境期を乗り越えた喜びの日でもある。

▼ 月が明るく「丸い月が浩浩と(둥근 달 휘영청)」のカヤグム演奏を聴く。ジャジーに月明かりを楽しむ、今様に。

次に、パンソリ「興甫歌(흥보가)」の「貧打令(가난타령)」から幸運について次のように紹介された。
・秋夕が近づき、村中で馳走の準備で忙しい時期、嘆く人物が登場する話しがある。パンソリ「興甫歌」の「貧打令」の場面だ。興甫は脚を怪我をしたツバメを治すほどの善人だが、とても貧しく、家には食べものがない。妻は嘆くばかり。だが、その後に面白いことが起こる。興甫が助けたツバメが、恩返しに「ふくべ(ヒョウタン)」を運んでくる。それを割ってみると、中から米と金が詰まった箱が出てきたのだ。人生は、予測できぬもの、どう変わるか分からない。

▼ パンソリ「興甫歌」から「貧打令」を聴く。声を絞って貧困を嘆くよう。

最後に、新羅時代の玄琴(コムンゴ)の名手、「百結(백결)」の貧困の逸話について次のように紹介された。
・新羅時代の「百結」はとても貧しく、その名は、服を百回も縫い直して着たことから呼ばれた。玄琴の名手だったが、家族の食事を担う妻の立場にすれば気がかりなこと。秋夕を前に涙を流したという。彼は、妻をなだめるため、玄琴で穀物を搗(つ)く音を演奏したという。果たして妻は、どんな気持ちだったろう。あきれ果てたか、あるいは、慰める夫の姿に感動をしたか。

▼ 穀物を搗く臼(방아)から、珍島の「穀物打令(방아타령)」を聴く。何だかいいなあ、楽しくなる。

2017年10月10日火曜日

ナショジオの表紙

「ナショジオ」は、世界的な紀行雑誌「ナショナルジオグラフィック」の略称である。日本語版、同誌ホームページにもなかば公認のようにこの略称がある。今月号(2017年10月号)は、ロシアをある意味<東西>に分けるウラル山脈の東側、むしろシベリアの西端といった方がいい北極海に面したヤマル半島で、南北にトナカイの遊牧をする民族「ネネツ」を紹介している。ネネツの生活、風習だけでなく、資源開発の影響まで踏み込んでいる。(特集のサブタイトルは「トナカイの民の苦境」)

(本ブログ関連:”シベリア”)

なにより、今月号の表紙が素晴らしい。少女が弓を射る真似をする愛らしく無垢な写真だ。いずれ学校に行けば寄宿舎に入る。それまでの間、両親の目に届くなかで、自然をたっぷり味あわせることだろう。見れば気になることがある。子どもらしい飾り付けをした毛皮の防寒服を、成長に合わせて、母親は縫いかえるのだろうか。


学生時代、シャーマニズムに興味を持った。シベリアの少数民族に伝わる、自然界と人間の精神世界が融合した独特な世界観を持つ信仰だ。認識の原初に思えるし、いまだに僕らの精神構造の基底にもなっているような気がする。(フィールドワークの成果は圧倒的にロシア語の世界のようだ)

(本ブログ関連:”シャーマニズム”)

特集に語られたトナカイで思い出したことがある。昔のこと、書名を失念したが、トナカイにまたがるとき、右側から乗るか、左側から乗るかによって、トナカイとの、遊牧または狩猟といった関わり方がわかるという・・・そんな話しがあった気がする。

ところで、ナショジオの表紙で話題になった、緑眼の「アフガニスタンの少女」(1985年6月)が忘れられない。(彼女はその後忘れられ、現在不運に身を置いているというニュースがある)
上記の「ネネツ」の少女にも、当たり前だが、この後つづく時間がある。いずれネネツの誇りを持った幸せな家庭を見せて欲しい。そんな再訪記事もいいものだと思う。

2017年10月9日月曜日

「体育の日」の休日散歩

体育の日」の今日、思いつきで休日散歩した。風の向くまま、気の向くまま。

北側の街の公園ベンチで、途中コンビニで買った新聞に目を通す。秋晴れの空、たちまち日差しにたじろぐ。紫外線が見えるよう。コスモス畑を巡れば、パステル色の花々が風に揺れていた。一面咲きほころぶには少し時間がかかりそう。

次に、隣り駅前を経由して、南側にある公園にたどり着く。緑陰でしばし休憩。そのとき撮ったのが次の写真。大雨対策用の窪地(調節池として利用)は、すでにススキの原になっていた。秋深まる。

どうということもない風景だけど
この公園は、さらに東と南へ、公園名を分けて続く。いずれも休日のせいか家族連れで賑わっていた。さらに南へ進むと飛行場になる。ドルニエ機が離着陸する様を目と耳で楽しむ。

以上、同じ道を往復することなく、一筆書きで巡った。中学時代からの心がけである。

2017年10月8日日曜日

イ・ソンヒのカバー「ハル(いちにち)」

夕方、ちょっと帰宅を遅らせば、辺りはすっかり日が落ちて夜のさま。冷えが加われば、もはや冬といってもおかしくない。今年も、あっけなく終わりそうな気配する。

こんな晩、イ・ソンヒにしんみりする曲はないかと探せば、過ぎるほどのものがある。キム・ボムス(김범수)の「ハル(いちにち、하루)」(2000年)をカバーしたものだ。イ・ソンヒはそれを見事に彼女らしく再生する。

(本ブログ関連:”ハル”)

原曲の、情念を貼り付けたような独特な歌い方を脱色し、あらためてイ・ソンヒの色に染め上げる・・・旋律と歌詞がそれぞれ独立しながらも共鳴する。透明感あふれるバラードに変身したのも、彼女の歌唱力のなせるわざだ。


*愛がまた傷つけます・・・
愛がまた泣かすのね・・・
あんなに愛した思い出まで忘れてくれといって
愛は残酷に去っていくのね・・・

本当に耐えられるでしょうか・・・
あなたが言った その言葉のように
そう、あなたは目を覆って 知らない振りして去るのが
いっそ、気楽なのでしょう・・・

変わることもできるのでしょう
あの風も 毎日は違うから・・・
それでもこの世に 生きたいという幸せをくださったのは
今まで、とてもありがとう

(* 最初の4行のみ繰り返し)


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2017年10月7日土曜日

狸(たぬき)

きのう、純真無垢で愛らしい「タミー」について、彼女の名をタイトルにした歌と合わせて記した。響きが似てるから「狸(たぬき)」の話でもと・・・無理なこじつけだが、してみよう。

山を巡る猟師や山小屋の主人たちの、山中での不思議な体験を集めた「山怪」や「黒部の山賊」には、狸についてもいろいろ語られている。共通しているのは、山陰や鬱蒼とした木立の奥から、あるいは寝静まった山小屋の外で、打撃音が聞こえるというのだ。

(本ブログ関連:”山怪、黒部の山賊”)

それは、木を打つ音であったり、深夜に山小屋の屋根を叩く音であったりする。機械的な物理的な響きがするという。人の気配がない場所で聞こえるにもかかわらず、不思議と恐怖を与えることはないようだ。狸の姿を見たわけではないのに、体験者は、あれは狸の仕業と口にするというのが妙。(童謡「証城寺の狸囃子」の狸も、<ぽんぽこ ぽんの ぽん>といった腹鼓(はらずつみ)する)

ところで、狸はとぼけた風情がして、どちらかといえばおどけた存在に描かれる。そんな狸が、安永の俳人(澤田庄造、号を鹿鳴)と暖かい関係を結んだという。田中貢太郎の掌編「狸と俳人」は、一人暮らしの俳人のもとに通った狸との深い交遊を描いている。(抜粋)

--------------------------------------------
・・・其の庄造が病気になった。初めはちょっとした風邪であったが、それがこうじて重態に陥った。村人達はかわりがわり庄造の病気を見舞ったが、其の都度庄造の枕許まくらもとに坐っている狸の殊勝な姿を見た。庄造は自分の病気が重って永くないことを悟ったので、某日其の狸に云った。
「お前とも永らくの間、仲よくして来たが、いよいよ別れなくてはならぬ日が来た。私がいなくなったら、もうあまり人に姿を見せてはならんぞ。それにどんなことがあっても、田畑などは荒さぬようにしろよ。さあ、もういいから帰れ」
 庄造の言葉が終ると狸は悄然(しょうぜん)として出て往った。其の夜、庄造は親切な村人達に看みとられて息を引きとった。それは安永七年六月二十五日のことであった。

 それから数日の後のことであった。一日の仕事を終った村人の一人が家路に急ぎながら、庄造の墓の傍近くに来かかった時、其の墓の前に、蹲(うずくま)っている女の姿が眼に注いた。其の女は美しい衣服(きもの)を着て手に一束の草花を持っていた。そして、よく見ると女は泣いているらしく、肩のあたりが微(かすか)に震えていた。それは此の附近ではついぞ見かけたことのない女であった。村人は何人(たれ)だろうと思って不審しながら其の傍へ往った。
「もし」
 村人がこう云って声をかけた途端、其の女の姿は忽然と消えてしまった。そして、其の傍には女が手にしていた草花が落ちていた。村人達はそれを聞いて、それはきっと例の狸だったろうと云って、其の行為を殊勝がったが、其の心が村人達をして狸には決して危害を加えまいという不文律をこしらえさせた。爾来(じらい)其の村では今に至るまで狸は獲(と)らないことになっている。
--------------------------------------------

これが狐だったら、随分と色っぽくなったろうし、下世話な感情も浮かんでこようというもの。狸でよかった。狸と俳人との間に取り交わしたことだからこそ、村人と狸との間に純粋で暖かな絆まで遺した。

2017年10月6日金曜日

タミー

秋雨は冷え冷えして治まらず、ついに今秋初のヒーターを入れた。雨が外出のチャンスを奪ったからか、それとも雨のせいか、家にいてささいな家事に終始してしまう。といって、何も変わっちゃいないけど。

雨音に耳を傾けると、静けさがしみてくる。雨粒のすきまに、昔の音がよみがえる。題名も知らない、懐かしい旋律ばかり流れてくる。

素朴でやさしい民謡のような歌「タミー(Tammy)」(1957年、デビー・レイノルズが映画「タミーと独身者」で歌った主題歌)が聞こえてくる。無垢な少女タミーの想いが聞こえてくる。

今とはまったく違う時代。そう、ぼくらにとってあこがれであったTV番組「パパは何でも知っている」の時代の気分で、そんな時代の価値観で聞いてみたい。人びとが、男女が、今のようにささくれ立つことを知らなかった時代に戻って。

この映画を見たことないのに、メロディーは心のどこかに残っていて、あるとき、ふっと浮かんでくる。この映画とデビー・レイノルズ(当時23歳)、そして歌(詞)について、次のYoutubeに解説がある。


(Youtubeに登録のNedNickerson2010に感謝)

2017年10月5日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-1st

今日から、イディッシュ語秋期コースが始まった。それなのに、タキシングの心構えなく、ましてリフト・オフに程遠い・・・そんな状態で出席するのを恥じるばかり。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

思い返せば、春期コースを終えて、夏休み中しっかり定着させると宣言したはずなのに何としよう。暑さに負けて、心頭滅却どころでない、志を忘却してしまったのだ。ただのぐうたらを反省するばかり。

幸い、新しい仲間も加わって、教材を一新。最初からの再スタートとなったが、授業は高速に進んだ。(ネットでも音声を聞けるとのこと、携帯デジタルプレイヤーに収録した)

教材音声を聞きつつ公園散歩もできるようになったのはありがたい。(今から寒くなるけれど)

(補足) 秋期コースからは思いつくまま感想を記すだけにしたい。

(「クレズマー音楽」についても、これから少しずつ理解できるようになりたい)

(Youtubeに登録のBGKOに感謝)

2017年10月4日水曜日

中秋の名月 2017

今日は旧暦8月15日、今晩の月を「中秋の名月」という。天気もよく、丸い月を見ることができるだろう。月見どきだ。

(本ブログ関連:”中秋の名月”)

といって、今晩は満月ではないそうで、実際の満月は明後日深夜とのこと。でも、今晩もひとの目には真ん丸な月だろう。(ふと思い出したこと、近くの公園の「お月見のつどい」は、9/30、10/1だった)

いつも真ん丸ではつまらない。丸いときも、尖ったときもあるのが月。満ち欠けを繰り返すのが月。だから真ん丸なときがよい。そんなときこそ、ひとびとは目を向ける。

今晩、月餅でも食べながら、真ん丸月を眺めてみよう。

(追記)
今日の外気は思った以上に冷たく、空も晴れ間がない。初冬の気配すらする。そんな中、スタディールームの帰り道、もしかしたら十五夜の月を眺めることができるかもしれないと期待し、コンビニで菓子を探した。「わらび餅&白玉くりいむぜんざい」というカップ入り生菓子を手元に月の出を待ったが、残念ながら雲が低くたれこもったまま。空模様に関係なく菓子をいただくことにした。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 梨花雨

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、朝鮮時代の妓生の梅窓(매창、1573年~1610年)の「梨花雨(이화우)」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、秋の寂しさを歌った、妓生の梅花の詩「梨花雨」について次のように紹介された。
・秋には、朝晩に冷気を感じ、秋風に落葉を見る。今年も終わりに近づき、うまく成就できたかと想う。朝鮮時代の妓生「梅窓」は、秋の寂しい気持ちを、<梨の花が咲いていた春のある日、恋人が去ってしまった。何の便りもない。夏が過ぎ去り秋になっても、彼は戻って来ない。夢の中ででも会いたい>と歌う。

▼ 梅窓の詩「頭学時調(지름시조)、梨花雨」を聴く(声を張り上げて歌う)。秋風に葉が舞い心揺れるよう。

次に、朝鮮時代の文人、「尹善道윤선도、1587年~1671年、号は孤山)」について次のように紹介された。
・ひと恋しくなる秋、人々から遠ざかった人がいた。朝鮮時代の文人「尹善道」だ。彼が描いた漁師の歌「漁父四時詞(어부사시사)」に、秋の場面がある。秋は漁師の仕事が増え忙しくなる。尹善道も海に出るが漁でなく、ただ海を楽しむためだ。世間から遠ければ遠いほど良い。彼は、長い歳月、島流しの生活をした。 元の生活に戻りたい気持ちを押さえたためか。

▼ 「アジサイに秋が漂う(수국에 가을이 드니)」を聴く。<「漁父四時詞」に、アジサイに秋が漂うと魚が肥える>内容があるという。秋の空気を感じる、今様に。

最後に、女性の「彩鳳(채봉)」と恋人の「張弼成(장필성)」の切ない恋物語について次のように紹介された。
秋に思い浮かぶ話がある。「彩鳳」と「張弼成」の切ない物語だ。彩鳳の父が首都漢陽(한양)に出かけたときのこと、この二人の関係に気づいた彩鳳の母は、二人の結婚を認めるが、漢陽から戻った父は、彩鳳を他家に嫁がせようとする。父は出世のため、彩鳳を偉い家柄の妾にさせようとしたが、かえって獄中生活をする羽目になる。彩鳳は父を助けるために自ら妓生になる。その後も、愛する弼成を忘れることができず、月の明るい秋の夜、弼成を想いながら詩を作った。「秋風感別曲(추풍감별곡)」という詩だ。ところで、彩鳳の詩を耳にした観察使は、彼らの悲しい恋物語を知り、二人を結んでやったという。

▼ <北部西道地域の独特な雰囲気で歌った>「秋風感別曲」を聴く。読み聞かせるように歌う。

2017年10月3日火曜日

もみじ(紅葉)

小学校で学んだ合唱曲で一番記憶にあるのは、唱歌「もみじ」(高野辰之作詞、岡野貞一作曲、1911年:明治44年)だろう。私にとって、琴線にふれるような思いで深い曲だ。

遅くまでみなで合唱曲の「もみじ」を練習したとき、教室の窓にきらきら輝く夕陽が差し込んだのを思い出す。そんな思い出を独り占めしたいのか、一緒の仲間たちの影がすっかり霞んでしまっているのだ。歌の気分に、記憶まで染まってしまったようだ。

(本ブログ関連:”紅葉”)

子どもの目に映った紅葉は、うっすらした赤い光景でしかない。それを確かめたく、大人になって山に登ったり、バスツアーで眺めた紅葉の景観は、大人の目のものでしかない。懐かしさを求めたはずのに、結局、観光気分にしかなれないのだ。

そんなことなら、子どものころに、もっとしっかり自然に親しんでおくべきだったと思うばかり。


(Youtubeに登録の3113663eeeに感謝)

2017年10月2日月曜日

残り3ヶ月

飯屋の調理場から、「今年も3ヶ月しかない」という声が聞こえた。飯を食いながら、月日の過ぎる早さをあらためて感じる。何十回と繰り返してきた。そして、忘れては何度気付いたことか。

早速、来年のカレンダーを購入して、今吊るしているカレンダーの裏に合わせた。ただし、分厚い日めくりカレンダーは一緒にするのに苦しいので、もう少しして入手しよう。

時はあっけなく目の前を通り過ぎる。子どものころ、道路を走るトラックの排気ガスが好きで、道端に立って鼻をくんくんさせたもの。高じて、ガソリンスタンドへ遊びにいったりした・・・それはそれとして、時間がカレンダーのように次々めくれていくのを楽しもう。

昔の思い出、ニール・セダカ(Neil Sedaka, 1939年3月13日~)の「カレンダー・ガール(Calendar Girl)」(1960年)を聞こう。いかにも、若い女性にモテモテといった雰囲気(少々にやけ気味)から、てっきりイタリア系と想像していたが、実は「父はトルコから移民したユダヤ系、母はポーランド・ロシア系ユダヤ移民」(Wikioedia)だったとは。

(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)

1月から12月、カレンダーを見ては毎日思い続ける。今月は、ハロウィンの10月、ぼくらはロミオとジュリエット・・・なんという陽気さ。カレンダーをめくるのも苦じゃない。カレンダーにときめくなんて、うらやましい。


(Youtubeに登録のDheeherdian77に感謝)

2017年10月1日日曜日

イ・ソンヒの「水仙」

今日から10月。今年はもう1/4しか残っていない。あっというまに過ぎ去るだろう。日高市の巾着田で開催の「曼珠沙華まつり」は今日で終了した(そうだ)。

真っ赤な花弁と緑の茎だけで咲く曼珠沙華の群れ並ぶ光景は美しさを超えて圧倒的である(そして異様さも覚える)。その「曼珠沙華(ヒガンバナ)」と同じ<>に属する花に、「水仙(スイセン)」がある。こちらは、冬から春にかけて咲く花だが、共に根に毒性を持っ。かたや死の影を持ち、かたや自己陶酔に溺れる。

水仙の可憐な姿に、自惚れの跡がかすかに精一杯に主張しているようにも見える。そんな負けん気が聞こえてくるような、独白だけの作品「水仙(수선화)」(1989年、作詞・作曲キム・チャンワン)が、イ・ソンヒの5集に収録されている。

(本ブログ関連:”水仙”)


(ふふふ) みんな過ぎたこと
いや、違うわ

愛! 贅沢なことみたい
未練! (ふん、ふふ)

わたしが 水仙を好きだったとしよう
その花が散ったとしよう
それが 何!

誕生日が同じ人だけで会うとしよう
それも日を決めておいて
ちらりと会って別れるのが、何が違うの

(はあ~) みな、過ぎたこと

違うわ、違うわ


(Youtubeに登録の이원호に感謝)

(付記)
最近、遠出を控えている。それでも運動のつもりで、近隣の街に出かけて書店を巡った。
先日から気になり始めた、リトアニアの街「ヴィリニュス」(ユダヤ文化の花開いた街でもある)への関心から、昔、リトアニが大国であったこと、やがてロシアに押されたことで、「ルブリン合同」によりポーランドと連合して(併合されて)、「ポーランド・リトアニ大公国」ができたこと・・・についての平易な歴史解説書を探したが見つからなかった。こんなとき、Wikipediaは近道である。

2017年9月30日土曜日

「赤とんぼ」の捕らえ方

ちあきなおみの歌「赤とんぼ」について、先週触れたばかり。市井の別れ歌だ。

(本ブログ関連:”赤とんぼ”)

秋の空に浮かぶ「赤とんぼ」で思い出したことがある。高山の赤とんぼは、人に対する警戒心が薄い。だから、捕虫網を使わないでも、容易に手で捕れる。もちろん、山路の出会い、捕って標本にするつもりはない。

赤とんぼを、素手で捕らえる方法はちょっとの我慢だけ。

① 山道の石ころや岩の上に休んでいる赤とんぼに狙いを定める。
② 3mくらい離れたところから始める。片手を、ゆっくり、大きく回転する。
③ 手を回転させながら、そっと、赤とんぼに近づく。あせってはいけない。
④ 赤とんぼに1mほど近づいたら、手の回転を少し早める。あせってはいけない。
    このとき、赤とんぼの頭が、カク、カクと揺れ始めたらしめたもの。
⑤ 手の回転幅を狭め、腰をさげつつ、指先を赤とんぼに次第に近づける。
    赤とんぼの頭が、めまいでもしているかのように振り続けるのを確認する。
⑥ そして、両手で赤とんぼをくるむように捕まえる。

複眼の赤とんぼが、ひとの手の回転に目がくらんだに違いない。見えすぎるのも弱点だ。

2017年9月29日金曜日

不成就日

日めくりカレンダーの隅にその日の注記があって、暦注や伝統行事を示している。いつも素通りしがちなのに目がいった。「不成就日」と書かれていたのだ。

無力感に襲われるネーミング、成就できないなんて一体どうしたことだ。いろいろな行事が「凶」になるという。旧暦の特定日に「不成就日」があって、毎月4回巡ってくるという。

占いごとを、精緻に理論・体系化すると息苦しくなる。平穏な毎日を願っているはずなのに。出鼻をくじく先読みは、余計なお節介。それも、権威をもって語られたりすると、その言に怪しさが増す。

占いは、陽の当たる部分と影の部分を示す。吉凶の裏表。幸福と不幸、平和といくさ、生と死。避けられないもの、永遠に続かないもの。だから、ひとは占いを完全に捨て切れない。

今日は、何ごとも不完全。すべてに不成就であった。占いを待つでもない毎日のこと。

2017年9月28日木曜日

「おはようボルチモア」

先日、FM音楽番組から流れた曲に、60年代ポップスをほうふつさせる、いきのよいものがあった。耳に残った旋律というか、オールディーズ独得な歌い方にひかれてネットで探した。手元にメモしたわけではなかったけれど、歌詞に何度か出た言葉「ボルチモア」でYoutube(およびWikipedia)を検索するとすぐに見つかった。曲名は「Good Morning Baltimore」。

この曲、実はブロードウェイ・ミュージカル「ヘアスプレー(Hairspray)」(2002年、マーク・シャイマン作曲、スコット・ウィットマンおよびシャイマン作詞、マーク・オドネルおよびトーマス・ミーハン脚本)の代表曲のようだ。

原作は、コメディ映画「ヘアスプレー」(1988年、ジョン・ウォーターズ監督)であり、その後も同名「ヘアスプレー」(2007年、アダム・シャンクマン監督)でリメイクされている・・・という。

ところで、ボルチモアはアメリカの都市だが、その歴史について何にも知らない。聞いたことのある出来事といえば「大火」くらいか。まして、FMで聞いた「Good Morning Baltimore」の時代背景を知るよしもない。ただただオールディーズの郷愁にひかれただけだった。
「人種差別が色濃く残る、1962年のメリーランド州ボルチモアを舞台に、明るくふくよかな10代の女性主人公が地元のテレビ番組でダンサーとして、スターになる物語を描いている」とのこと。

2007年版の映画からと思う、次の「Good Morning Baltimore」は、とにかく明るくて陽気、健康で天真爛漫な主人公の若々しさがあふれる。どんなに憂鬱であっても、朝になれば未来が始まる・・・おはようボルチモア。


(Youtubeに登録のthecrazydude57に感謝)

2017年9月27日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」家族愛

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「両親や家族への愛」に関連する曲を紹介した。
(ブログ記述時点で、ネットで未見のため韓国語/英語版を参考にした)

始めに、親孝行の大事さを強調した中国元代の「二十四孝」をもとにした歌について次のように紹介された。
・中国の元代、孝行の徳目を編纂した「二十四孝」がある。真冬に鯉を獲ったり(=姜詩)、竹の子を採ったり(=孟宗)して親を奉養したり、また、年老いた母親のものも食べる幼子を地中に埋めようと穴を掘ったところ、金を得た(=郭巨)話など、これらをもとにした歌がある。

▼ 短歌(パンソリの喉慣らし曲)の「孝道(孝行)歌(효도가)」を聴く。淡々と歌う。

次に、パンソリ「沈清歌」で、沈清が命にかえて父の病を治そうとすることについて次のように紹介された。
・パンソリ「沈清歌」に、盲の父の目が開くよう、自ら船乗りに命を売った沈清が、船に乗って(印塘水の)海に身をなげるくだりが描かれている。船乗りは、沈清を犠牲(人柱)として祭祀を行なう。沈清は、死を控えて、父親がいる故郷に向かってお辞儀をしながらも、一人残る父親を案じる。

▼ パンソリ「沈清歌」から「沈清が海に沈むくだり(심청이 바다에 빠지는 대목)」を聴く。迫り来るものを想う。

最後に、沈清が身を投げる海(印塘水)に沈む前、船乗りに付いていく心情を現代的な観点で描いた創作曲について紹介された。

▼ 「清、海になる(청 바다가 되다)」を聴く。あまりに感傷的に、あまりに今様に。

2017年9月26日火曜日

キンモクセイ(金木犀)

この時期、「金木犀」が気になる。「彼岸明け」の今日、人影の乏しい公園に出かけて、広場に並ぶ大きな金木犀を見上げた。濃い緑葉のあちこち、オレンジ色の小さな花弁が点在する程度だが、独特の甘い香りが始まっていた。

(本ブログ関連:”金木犀”)

ちょっと前まで、しばらくの間、「百日紅」が小さな薄紅色の花を覆うようにして飾っていた。中国の古い絵を見るようで、霞んで、すごく地味で・・・。そんな地味さ加減が金木犀にもある。この時期、オレンジの花弁も咲き始めたばかり。

子どものころ、金木犀と(春を知らせる)「沈丁花」の香りが苦手だった。なんだか、年配の婦人方の香水を思い起させるからだ。でも、考えてみれば可笑しなこと。ずっと昔から、金木犀や沈丁花は、その香りを漂わせていたのだ。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

やがて歳をとると、花の自然な香りに合わせるようになる・・・そんな気がする。