「イ・ソンヒが歌う他の歌い手の歌のコレクション(アイドルの歌からラップまで、完璧に消化されるハート・・・ぶるぶる、時代を超越したような声づかい)」といったタイトルの映像がYoutubeに登録されている。
イ・ソンヒが若い歌い手の歌を、自家薬籠中にするというか本歌取りしたというか、まさに彼女自身のものに変じてしまう。民謡からトロットまで含めて、あらゆるジャンルをおさめてしまう彼女なればこそ、まさにイ・ソンヒ ワールドといっていい。
今回は、いわゆるK-POPについても、彼女の歌唱力は易々と取り込んでしまう。時代を超えた普遍性が、安定感が・・・、そんな底力を見せつける場面集だ。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒが歌ってみると”)
1. 술이야 바이브 / 酒だ Vibe
2. 안되나요 휘성 / だめですか フィソン
3. 시간을 달려서 여자친구 / 時間を駆けて GFRIEND
4. 잊지 말아요 백지영 / 忘れないで ペク・ジヨン
5. 나를 슬프게 하는 사람들 김경호 / 私を悲しませるひとたち キム・ギョンホ
6. 사랑 안해 백지영 / 愛さない ペク・チヨン
7. 소주 한잔 임창정 / 焼酎一杯 イム・チャンジョン
8. 사랑합니다 Tim / 愛します Tim
9. 잘못된 만남 김건모 / 誤った出会い キム・ゴンモ
10. 가시 버즈 / 棘 BUZZ
(Youtube登録者に感謝)
2017年9月24日日曜日
2017年9月23日土曜日
秋分の日 2017
今日は、「秋分の日」。昼夜の長さが同じというが、夏の余韻が残っていて、昼の時間が微妙に長いそうだ。しかし、空模様は芳しくなく、冷え冷えして気分はすっかり秋。
(本ブログ関連:”秋分の日”)
この時期、「おはぎ」を供え物にする。おはぎは日常的な菓子であって、春の「ぼたもち」と比較されるが、<粒餡>と<漉し餡>で包むといった違いでしかなく、季節感の意識はない・・・それが正直なところ。
食べ物にこだわるのは、ここ数日食が進まないからだ。ネットで分かったことだが、先日処方された薬の副作用かもしれない。自己責任で服用を中止することにした。
ここ数年の中で、一番ついてない「秋分の日」。
(本ブログ関連:”秋分の日”)
この時期、「おはぎ」を供え物にする。おはぎは日常的な菓子であって、春の「ぼたもち」と比較されるが、<粒餡>と<漉し餡>で包むといった違いでしかなく、季節感の意識はない・・・それが正直なところ。
食べ物にこだわるのは、ここ数日食が進まないからだ。ネットで分かったことだが、先日処方された薬の副作用かもしれない。自己責任で服用を中止することにした。
ここ数年の中で、一番ついてない「秋分の日」。
2017年9月22日金曜日
ちあきなおみの「紅とんぼ」
先日、ちあきなおみの「黄昏のビギン」を聞いたばかり。秋雨に冷えた今日も、彼女の「紅とんぼ」(吉田旺作詞、船村徹作曲、1988年)を聴いてみよう。
(本ブログ関連:”紅とんぼ”、”黄昏のビギン”)
この「紅とんぼ」、歌手がその力量を競う歌でもあるようで、昔、歌謡番組でケイ・ウンスクと名前を失念したがもうひとり若手の女性歌手が歌い合った。ケイ・ウンスクの歌いこみは実に素晴らしかったように記憶している。
それでも、ちあきなおみの歌は、新宿の駅裏、そっと店仕舞いする酒場に出入りしたひとびと女将との関わりまでが、細やかに情感あふれて聞こえてくる。学生でもない、文士気取りでもない、口下手な男たちが集まるところ。何気ない言葉ひとつで癒しをもらう場所、そんな酒場「紅とんぼ」があったようだ。
(Youtubeに登録のHisaki TVに感謝)
(本ブログ関連:”紅とんぼ”、”黄昏のビギン”)
この「紅とんぼ」、歌手がその力量を競う歌でもあるようで、昔、歌謡番組でケイ・ウンスクと名前を失念したがもうひとり若手の女性歌手が歌い合った。ケイ・ウンスクの歌いこみは実に素晴らしかったように記憶している。
それでも、ちあきなおみの歌は、新宿の駅裏、そっと店仕舞いする酒場に出入りしたひとびと女将との関わりまでが、細やかに情感あふれて聞こえてくる。学生でもない、文士気取りでもない、口下手な男たちが集まるところ。何気ない言葉ひとつで癒しをもらう場所、そんな酒場「紅とんぼ」があったようだ。
(Youtubeに登録のHisaki TVに感謝)
2017年9月21日木曜日
さだまさしが歌う童謡「里の秋」
山肌が冷気に撫でられ、しだいに色づくのに合わせて、秋は深まる。終戦間もなく、秋は来たことだろう。童謡「里の秋」(作詞斎藤信夫、作曲海沼實、川田正子歌、1948年:昭和23年)は、南の島からの父の帰還を待つ母と子の歌だ。
母と子の会話を邪魔する喧騒もない、静かな静かな日々が想い起される。その時、その場に行くことはできないが、せめてこの歌から家族の再生を願わずにいられない。ぼくらは、そんな幸運のおかげで命をつないできたのだから。
(Youtubeに登録のkirakira 6050に感謝)
母と子の会話を邪魔する喧騒もない、静かな静かな日々が想い起される。その時、その場に行くことはできないが、せめてこの歌から家族の再生を願わずにいられない。ぼくらは、そんな幸運のおかげで命をつないできたのだから。
(Youtubeに登録のkirakira 6050に感謝)
2017年9月20日水曜日
秋の彼岸入り 2017
手元のデジタル温度計が(室内ゆえ)25.8℃を示しているのに、なぜか冷える。夏の気配も今週までのよう、本格的な秋が始まる。
10月になれば再開することも多い。この夏しっかり復習・予習すると口にしたのを、今になって慌てる。学生時代の定期試験準備と似たようなもの。(さすがに社会人のときは、そんなズボラではなかったが)このたび、逃げ腰が治っていない。
きょうは、秋の「彼岸の入り」。3日過ぎ、4日目の23日土曜日には「秋分の日」。時間が前から来なくて、後ろから押すようになったのは幾年か。秋が人生にかぶさるようになってきたなんて・・・そんな感がしてしようがない。
(本ブログ関連:”彼岸”)
10月になれば再開することも多い。この夏しっかり復習・予習すると口にしたのを、今になって慌てる。学生時代の定期試験準備と似たようなもの。(さすがに社会人のときは、そんなズボラではなかったが)このたび、逃げ腰が治っていない。
きょうは、秋の「彼岸の入り」。3日過ぎ、4日目の23日土曜日には「秋分の日」。時間が前から来なくて、後ろから押すようになったのは幾年か。秋が人生にかぶさるようになってきたなんて・・・そんな感がしてしようがない。
(本ブログ関連:”彼岸”)
KBS WORLD「国楽の世界へ」金熙祚
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、金熙祚(김희조、1920年~2001年)、「散調(산조)」関連する曲を紹介した。
始めに、作曲家「金琪洙」(김기수、1917年~1986年)と「金熙祚」について次のように紹介された。
・音楽の継承の仕方に、西洋は楽譜を見て演奏し、一方、東洋は師匠の口を真似て口承した。同じ音楽も感動は人によって違うように、同じ師匠の元でも、弟子の音楽は少しずつ異なるだろう。師匠の通り奏しながらも自分のスタイルを作り上げる。
・1940年代に活動した「金琪洙」は、韓国初の国楽作曲家で、時代の変化に合わせて国楽を発展させてきた。そして、作曲家「金熙祚」などの手を経て、今日の創作音楽が定着した。
▼ 金熙祚作曲の「散調、テーマ(主題)による合奏曲」(KBS国楽管弦楽団)を聴く。楽譜が浮かぶよう。
次に、作曲家「金熙祚」の音楽家としての経歴について次のように紹介された。
・作曲家金熙祚は、1920年にソウル鍾路に生まれる。音楽との関わりは遅く、商業高校卒業後、銀行に勤めながらのこと。西洋楽器のピアノやバイオリン、ビオラなどに始まり、後に西洋の作曲を学ぶ。国楽との縁は、1950年代の「朝鮮戦争」(韓国戦争)の時、陸軍軍楽隊で民謡を編曲したのが始まり。除隊後、KBSで管弦楽団を作り、指揮と編曲を担当、民謡を編曲して演奏した。その後、国楽芸術学校教師、ソウル市国楽管弦楽団の作曲と指揮を担当して活動広げた。作品は、散調や民謡、パンソリなど民族音楽をテーマにしたものが多い。そして、音楽活動の過程で、貴重な音楽を残した。
▼ 全羅南道巨文島の漁師の歌「綱なう歌(술비소리)」を管弦楽用に編曲したものを聴く。原曲と編曲の比較も楽しい。
最後に、作曲家「金熙祚」の音楽家としての人となりを次のように紹介された。
・金熙祚は、高麗交響楽団で活動したことがある。ビオラとコントラバスを演奏した。コントラバスを演奏できる者がほとんどいない当時、彼は、指が短い弱点を克服して演奏した。また、彼が一番重視したのは、「聞き安い曲を作る」ことだったという。そのため、彼の音楽は今もたくさんの人々に親しまれている。
▼ 「フルートの独奏と国楽合奏のための舞踊幻想曲」を聴く。時代劇で篠笛を聴くような・・・親しみやすい。
始めに、作曲家「金琪洙」(김기수、1917年~1986年)と「金熙祚」について次のように紹介された。
・音楽の継承の仕方に、西洋は楽譜を見て演奏し、一方、東洋は師匠の口を真似て口承した。同じ音楽も感動は人によって違うように、同じ師匠の元でも、弟子の音楽は少しずつ異なるだろう。師匠の通り奏しながらも自分のスタイルを作り上げる。
・1940年代に活動した「金琪洙」は、韓国初の国楽作曲家で、時代の変化に合わせて国楽を発展させてきた。そして、作曲家「金熙祚」などの手を経て、今日の創作音楽が定着した。
▼ 金熙祚作曲の「散調、テーマ(主題)による合奏曲」(KBS国楽管弦楽団)を聴く。楽譜が浮かぶよう。
次に、作曲家「金熙祚」の音楽家としての経歴について次のように紹介された。
・作曲家金熙祚は、1920年にソウル鍾路に生まれる。音楽との関わりは遅く、商業高校卒業後、銀行に勤めながらのこと。西洋楽器のピアノやバイオリン、ビオラなどに始まり、後に西洋の作曲を学ぶ。国楽との縁は、1950年代の「朝鮮戦争」(韓国戦争)の時、陸軍軍楽隊で民謡を編曲したのが始まり。除隊後、KBSで管弦楽団を作り、指揮と編曲を担当、民謡を編曲して演奏した。その後、国楽芸術学校教師、ソウル市国楽管弦楽団の作曲と指揮を担当して活動広げた。作品は、散調や民謡、パンソリなど民族音楽をテーマにしたものが多い。そして、音楽活動の過程で、貴重な音楽を残した。
▼ 全羅南道巨文島の漁師の歌「綱なう歌(술비소리)」を管弦楽用に編曲したものを聴く。原曲と編曲の比較も楽しい。
最後に、作曲家「金熙祚」の音楽家としての人となりを次のように紹介された。
・金熙祚は、高麗交響楽団で活動したことがある。ビオラとコントラバスを演奏した。コントラバスを演奏できる者がほとんどいない当時、彼は、指が短い弱点を克服して演奏した。また、彼が一番重視したのは、「聞き安い曲を作る」ことだったという。そのため、彼の音楽は今もたくさんの人々に親しまれている。
▼ 「フルートの独奏と国楽合奏のための舞踊幻想曲」を聴く。時代劇で篠笛を聴くような・・・親しみやすい。
2017年9月19日火曜日
雑談、雑談、山怪 [弐]
① いずれの本で読んだか、その本が見当たらぬ。「Jアラート」がうるさいという話から思い出したこと。昔、WWⅡでノルマンディ上陸作戦の死線を越えた連合軍兵士たちが、意気揚々とフランスの田舎路を通り抜けていたとき、農家の窓が開き老婦人が「うるさい」と叫んだという。いつの世にも日常を最優先する人がいる。
② テレビの美術番組で、徳川家光のころの絵図、<狩野探幽(1602~74)が描いた幻の作品「八尾狐図(やおのきつねず)」が、京都市内で(2015年に)発見された(参照: Art Annual Online)>と紹介されていた。
このブログでは、「九尾狐」について話題にしてきたこともあり、尾が八つなのはなぜか気になる。妖狐の尾は、最終九本まで増え続ける、丁度その手前という説があるようだが・・・。一方で、狐は稲荷神の使いでもある。
(本ブログ関連:”九尾狐”)
③ 以前紹介した山の奇談を収集、紹介した「山怪」(田中康弘、山と渓谷社)の第二弾ともいうべき「山怪 [弐]」を読んでいる。最初の「山怪」は主に猟師から話題を収集している。さらに、山と縁のある人まで広げたのが「山怪 [弐]」だ。
<山の神は女性だといわれている>、<嫉妬深く><若い男を好む>とか生臭い面もある。さて、武蔵御嶽神社は修験の場でもある。山犬(ニホンオオカミ)が眷属(神の使い)として有名だそうだ。同神社の護符は山犬の姿を刷ったもの。その護符を実家で見つけて、関係する人々を訪ねた「オオカミの護符」(小倉美恵子、新潮社)と出会った。これも次のお楽しみ。
ところで、狐信仰は、イヌ(オオカミ)との親和性が強いようであり、山の神の使い ⇒ 田の神の使い ⇒ 商業神信仰へと変遷したという話もある。
(本ブログ関連:”(稲荷信仰)神の使い”)
② テレビの美術番組で、徳川家光のころの絵図、<狩野探幽(1602~74)が描いた幻の作品「八尾狐図(やおのきつねず)」が、京都市内で(2015年に)発見された(参照: Art Annual Online)>と紹介されていた。
このブログでは、「九尾狐」について話題にしてきたこともあり、尾が八つなのはなぜか気になる。妖狐の尾は、最終九本まで増え続ける、丁度その手前という説があるようだが・・・。一方で、狐は稲荷神の使いでもある。
(本ブログ関連:”九尾狐”)
③ 以前紹介した山の奇談を収集、紹介した「山怪」(田中康弘、山と渓谷社)の第二弾ともいうべき「山怪 [弐]」を読んでいる。最初の「山怪」は主に猟師から話題を収集している。さらに、山と縁のある人まで広げたのが「山怪 [弐]」だ。
<山の神は女性だといわれている>、<嫉妬深く><若い男を好む>とか生臭い面もある。さて、武蔵御嶽神社は修験の場でもある。山犬(ニホンオオカミ)が眷属(神の使い)として有名だそうだ。同神社の護符は山犬の姿を刷ったもの。その護符を実家で見つけて、関係する人々を訪ねた「オオカミの護符」(小倉美恵子、新潮社)と出会った。これも次のお楽しみ。
ところで、狐信仰は、イヌ(オオカミ)との親和性が強いようであり、山の神の使い ⇒ 田の神の使い ⇒ 商業神信仰へと変遷したという話もある。
(本ブログ関連:”(稲荷信仰)神の使い”)
2017年9月18日月曜日
台風一過
久し振りに強風を経験した。と言っても深夜のこと。今日の日付に変わる夜空を、ヒューと喉を鳴らすような音が走って、そのたび風圧に家が軋んだ・・・多分そんな感じがして、大丈夫かと心配するほどだった。
テレビの台風情報を見ながら、台風は進路を日本海へ向けるだろうから、直接、風害はないと思い、いつのまにか寝入った。朝になれば、風音もなく、明るい陽射しが窓から差し込んだ。そりゃあ見事な台風一過だった。
(参考)台風18号の進路図(国際気象海洋株式会社)
http://www.imocwx.com/typ/tyani_18.htm
図書館に、リトアニアのヴィリニュスの街について読み物を探しに出かけた。途中、夏の陽射しそのもの、まさに熱射を感じた。雨に洗われて空は澄み、木々の葉は一枚一枚くっきりと浮かんで見えた。暑さを帳消しにする清々しさだった。
ところで、リトアニアは複雑な地帯にある。ポーランド王国、ベラルーシ(白ロシア)が入り乱れ、領土の競り合い、それに伴う民族や言語の多様化といった歴史を持つ。そこに、割り込むようにしてユダヤの人びとがヴィリニュスの街に集合した。
現在の各国の国情から、過去を即断(イメージ)できない。ポーランドが想像以上の大国だったこと、そして、ポーランド王国とユダヤの民との関係を知る。歴史年表と地図が必要のようだ。
テレビの台風情報を見ながら、台風は進路を日本海へ向けるだろうから、直接、風害はないと思い、いつのまにか寝入った。朝になれば、風音もなく、明るい陽射しが窓から差し込んだ。そりゃあ見事な台風一過だった。
(参考)台風18号の進路図(国際気象海洋株式会社)
http://www.imocwx.com/typ/tyani_18.htm
図書館に、リトアニアのヴィリニュスの街について読み物を探しに出かけた。途中、夏の陽射しそのもの、まさに熱射を感じた。雨に洗われて空は澄み、木々の葉は一枚一枚くっきりと浮かんで見えた。暑さを帳消しにする清々しさだった。
ところで、リトアニアは複雑な地帯にある。ポーランド王国、ベラルーシ(白ロシア)が入り乱れ、領土の競り合い、それに伴う民族や言語の多様化といった歴史を持つ。そこに、割り込むようにしてユダヤの人びとがヴィリニュスの街に集合した。
現在の各国の国情から、過去を即断(イメージ)できない。ポーランドが想像以上の大国だったこと、そして、ポーランド王国とユダヤの民との関係を知る。歴史年表と地図が必要のようだ。
2017年9月17日日曜日
ちあきなおみの「黄昏のビギン」
台風18号の影響か、一日中雨が降りつづいた。おまけに、今日の東京の最高気温は20.9℃、最低気温は17.9℃とヒンヤリして、家の中にいても厚手の靴下をはいたほど。日中、20℃を切るのはつらい。(不思議なことに、最高気温は19:02になってのこと)
何度か玄関ドアを開けてみたが、そんなわけで、外出を思いとどまった。きっと今ごろ、小雨にけぶる公園では、真っ赤な曼珠沙華とサルビアが、パステル色のコスモスが雨風に揺れていることだろうと想像して・・・。(なあに、きのう公園で見てきたばかりなのだ)
せめて雨の余韻だけでも楽しもうと、ちあきなおみの「黄昏のビギン」(作詞:永六輔、作曲:中村八大)を聞けば、部屋にこもったおじさんの想像力を押し広げてくれる。出歩けなかったせめてもの償いのようなもの。(原曲は、1959年の水原弘の歌)
(本ブログ関連:”黄昏のビギン”)
そして、昔のCFにならって、コーヒーでも楽しんでみようかと・・・。
(Youtubeに登録のmikuni1199に感謝)
何度か玄関ドアを開けてみたが、そんなわけで、外出を思いとどまった。きっと今ごろ、小雨にけぶる公園では、真っ赤な曼珠沙華とサルビアが、パステル色のコスモスが雨風に揺れていることだろうと想像して・・・。(なあに、きのう公園で見てきたばかりなのだ)
せめて雨の余韻だけでも楽しもうと、ちあきなおみの「黄昏のビギン」(作詞:永六輔、作曲:中村八大)を聞けば、部屋にこもったおじさんの想像力を押し広げてくれる。出歩けなかったせめてもの償いのようなもの。(原曲は、1959年の水原弘の歌)
(本ブログ関連:”黄昏のビギン”)
そして、昔のCFにならって、コーヒーでも楽しんでみようかと・・・。
(Youtubeに登録のmikuni1199に感謝)
2017年9月16日土曜日
(資料)ほのぼのボノボ
人間社会に似たサル集団に、ボノボの世界がある。オスとメスによる調和した、協調的な社会を好むようだ。それに対して、マッチョなオスが支配するのがジンパンジーの世界だ。
チンパンジーとボノボ社会を比較した講演会の要約がある。京大連続講座で語られた内容で、「チンパンジーとボノボから探るヒト社会の成立」(伊谷原一教授、2011年10月22日)は、素人にも分かりやすく比較紹介している。
--------------------------------------------------------------
●チンパンジーの生態
① 地位の優劣と緊張関係
② 道具の使用
③ 雑食性
④ 薬草利用
⑤ オスによる子殺し
●「母権」のボノボ、「父権」のチンパンジー
・チンパンジーは、オスが集団を統率し、少ないオスが2~3倍のメスを集団に抱え込む。
・一方のボノボは、オスとメスの割合が1対1。しかも、メスたちは年長のメスを中心として連帯し、オスに対しても優位性を示すという。
・ボノボには「子殺し」は存在せず、成長後も母親に甘えるオスもいる。伊谷教授は「人間社会でいえば、オスはマザコン。メスは、おばちゃんを中心に徒党を組むので、怖くて文句を言えるオスはいません」とたとえ、会場の笑いを誘った。
・(ボノボの)このような社交的で積極的なメスの存在が、チンパンジーではなし得ない、異なる集団の平和的な共存を可能にしているという。異なる集団間で、メスたちが行き来して橋渡し役となり、「和平」を築くのだ。
・伊谷教授は「人間の家族として成り立つための条件を、ボノボはすべて兼ね備えています。人間のような家族やコミュニティーの形成に発展する可能性を秘めているともいえる」と結んだ。
チンパンジーとボノボ社会を比較した講演会の要約がある。京大連続講座で語られた内容で、「チンパンジーとボノボから探るヒト社会の成立」(伊谷原一教授、2011年10月22日)は、素人にも分かりやすく比較紹介している。
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●チンパンジーの生態
① 地位の優劣と緊張関係
② 道具の使用
③ 雑食性
④ 薬草利用
⑤ オスによる子殺し
●「母権」のボノボ、「父権」のチンパンジー
・チンパンジーは、オスが集団を統率し、少ないオスが2~3倍のメスを集団に抱え込む。
・一方のボノボは、オスとメスの割合が1対1。しかも、メスたちは年長のメスを中心として連帯し、オスに対しても優位性を示すという。
・ボノボには「子殺し」は存在せず、成長後も母親に甘えるオスもいる。伊谷教授は「人間社会でいえば、オスはマザコン。メスは、おばちゃんを中心に徒党を組むので、怖くて文句を言えるオスはいません」とたとえ、会場の笑いを誘った。
・(ボノボの)このような社交的で積極的なメスの存在が、チンパンジーではなし得ない、異なる集団の平和的な共存を可能にしているという。異なる集団間で、メスたちが行き来して橋渡し役となり、「和平」を築くのだ。
・伊谷教授は「人間の家族として成り立つための条件を、ボノボはすべて兼ね備えています。人間のような家族やコミュニティーの形成に発展する可能性を秘めているともいえる」と結んだ。
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人間社会で「父系制」、「母系制」を語るとき、財産の継承が軸になる。それに比べて、チンパンジーやボノボには、不動産的な財産=所有物がない。社会を維持しているのは、融和的な集団力だけなのだ。物に頼らない集団の継承こそ、最も基本的なはず。いかに「コミュニケーション」をはかっているか参考すべきポイントがあるだろう。
そのなかでも、ボノボは共存を主眼にした社会形成をしているという。人間にそのままあてはまれば、素晴らしい社会を期待できる。しかし残念ながら、人間は、チンパンジーでもボノボでもないし、所有の仕方や社会の規模も違うため、別の選択をしたようだ。
2017年9月15日金曜日
「朝鮮日報読者権益保護委員会」9月定例会
韓国におけるオピニオン・ペーパーとして最大発行部数を誇る(保守系)日刊紙「朝鮮日報」を、読者立場から掲載記事について評価する「読者権益保護委員会」がある。そこに、何度か触れたが、イ・ソンヒが出席している。
このブログは、イ・ソンヒにしか関心がない。
そこで、紙面掲載の写真をリンクさせていただく。
http://image.chosun.com/sitedata/image/201709/14/2017091403386_0.jpg
念のために、左から4人目がイ・ソンヒそのひとである。
(本ブログ関連:”読者権益保護委員会”)
9月11日に開かれた、報読者権益保護委員会の定例会議での評議内容が、9月15日付け同紙記事として掲載されている。緊張を高めつつある隣国関係、国内政治・社会問題まで幅広く取り上げ論じている。ただし、記事に、参加者個々がどのように発言したか明示していない。(イ・ソンヒなら、特殊学校新設問題について、積極的に発言したのではないかと推測する)
このブログは、イ・ソンヒにしか関心がない。
そこで、紙面掲載の写真をリンクさせていただく。
http://image.chosun.com/sitedata/image/201709/14/2017091403386_0.jpg
念のために、左から4人目がイ・ソンヒそのひとである。

2017年9月14日木曜日
(雑談)電動アシスト自転車
歳をとって気付くのは、歩きが遅くなること。駅まで、若い頃に比べて、1.5倍ほど、いやもっとかもしれない、時間が掛かるようになった。とうとう、若い女性にも追い抜かれるのが平気になってしまった。まさか、こうなるとはねえ。
自転車の場合もそうだ。最近、あれよという間に先を越される。特に、電動アシストのママチャリが多い。おじさんたちの会話で知ったのは、電動アシスト自転車は、15~20Km/hくらい速度を出せるという。さっさと追い抜いて行くのは結構だが、小さな子どもを乗せているのを見ていてハラハラするばかり。
(本ブログ関連:”自転車”)
自転車屋の店頭に並ぶ電動アシスト自転車を見ると、6,7万円~12万円ぐらいの価格帯だ。付属のマニュアルに、バッテリー交換の目安として1.5年~2年ぐらい。バッテリーの値段をネットで調べれば、3万円前後とある。
廉価版の(子どもを乗せない)ママチャリは、1万円~2万円程度。それと比べて、電動アシスト自転車のコストパフォーマンスはどうだろう。
しかし考えてみれば、幼児を抱える若い家族にとって、子どもの急病や、子連れの外出に、まず自動車が必須だろうし、子どもが幼稚園や保育園へ通うのに電動アシスト自転車は随分と役立つはず。そう算段すると、無駄ではないことになる。
一方、おじさんにとって、電動アシスト自転車はどうだろうか。・・・それが、電動アシスト自転車に乗っているおじさんをさっぱり見ないのだ。どうも、男は見栄っ張りなのか、意地っ張りなのか、弱みを見せたくないのだろう。エレキテルに頼るなんて。
そんなわけで、電動アシスト自転車に心傾いたものの、見栄が勝る結論に達したようだ。
自転車の場合もそうだ。最近、あれよという間に先を越される。特に、電動アシストのママチャリが多い。おじさんたちの会話で知ったのは、電動アシスト自転車は、15~20Km/hくらい速度を出せるという。さっさと追い抜いて行くのは結構だが、小さな子どもを乗せているのを見ていてハラハラするばかり。
(本ブログ関連:”自転車”)
自転車屋の店頭に並ぶ電動アシスト自転車を見ると、6,7万円~12万円ぐらいの価格帯だ。付属のマニュアルに、バッテリー交換の目安として1.5年~2年ぐらい。バッテリーの値段をネットで調べれば、3万円前後とある。
廉価版の(子どもを乗せない)ママチャリは、1万円~2万円程度。それと比べて、電動アシスト自転車のコストパフォーマンスはどうだろう。
しかし考えてみれば、幼児を抱える若い家族にとって、子どもの急病や、子連れの外出に、まず自動車が必須だろうし、子どもが幼稚園や保育園へ通うのに電動アシスト自転車は随分と役立つはず。そう算段すると、無駄ではないことになる。
一方、おじさんにとって、電動アシスト自転車はどうだろうか。・・・それが、電動アシスト自転車に乗っているおじさんをさっぱり見ないのだ。どうも、男は見栄っ張りなのか、意地っ張りなのか、弱みを見せたくないのだろう。エレキテルに頼るなんて。
そんなわけで、電動アシスト自転車に心傾いたものの、見栄が勝る結論に達したようだ。
2017年9月13日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」船遊び
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/6)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「船遊び」に関連する曲を紹介した。
始めに、金弘道(김홍도、1745年~1806年頃)が描く「月夜船遊図(월야선유도)」について次のように紹介された。
・夏が過ぎ、秋の雰囲気が漂う頃、昔、川に船を浮かせて船遊びした。景色だけでなく、妓生や歌い手と風流を楽しんだ。船遊びの様子を描いた絵がある。朝鮮後期の画家「金弘道」による、平壌の監察使が夜、船遊びする「月夜船遊図」だ。華やかで大きな船を中心に、幾艘も小船が浮かび、船遊びに興じる人びとの他に、川辺でそれを見物する者もいる。楽しい見ものだったようだ。
▼ 「新しい船遊び(신 뱃놀이)」の曲を聞く。楽器の掛け合いが楽しい、今様に。
次に、中国宋代の詩人蘇軾の「赤壁賦」を引用した女唱歌曲「壬戌の秋(임술지추)」について次のように紹介された。
・中国宋代の詩人「蘇軾」は、文賦「赤壁賦」で知られる。彼は、ちょうど秋の初め、島流しにあう。その地を知人が訪ねたところ、川に船を浮かべ、船遊びすることになった。<清風穏やかに吹き、穏やかな川>で、<酒を挙げてすすめ、歌を楽しむ>内容で風雅な気がする。「赤壁賦」を引用した、女唱歌曲「壬戌(じんじゅつ)の秋」がある。<蘇軾のように風流を楽しむ友がいないので、ただ一人で楽しむ>という内容だ。
▼ 「壬戌の秋」の歌を聴く。(20世紀初頭の短歌(パンソリ喉慣らし曲)か?)
最後に、「尹善道(윤선도、1587年~1671年)」が「甫吉島(보길도)」で作った「漁父四時詞(어부사시사)」について次のように紹介された。
・船遊びはいかに楽しくても、毎日出かけるものでない。たまのイベントに満足できぬ人もいる。学者ソンビに、漁師になろうとする者がいた。川辺や海辺で生活しながら、暇に釣りをして素朴に生きる。島流しを繰り返した「尹善道」は、老後官職を捨て、南の「甫吉島」で暮らした。そのとき作ったのが、漁師の春夏秋冬を歌った「漁父四時詞」だ。
・春について、引き潮の後に満ち潮、春にふさわしい花の様子、漁師の暮らしだけでなく、季節の変化も楽しめる。
▼ 「漁父四時詞」の春、<小川の朝霧の後に日が昇ると、船を浮かばせる>にリズムをつけた同名曲を聴く。今様に。
始めに、金弘道(김홍도、1745年~1806年頃)が描く「月夜船遊図(월야선유도)」について次のように紹介された。
・夏が過ぎ、秋の雰囲気が漂う頃、昔、川に船を浮かせて船遊びした。景色だけでなく、妓生や歌い手と風流を楽しんだ。船遊びの様子を描いた絵がある。朝鮮後期の画家「金弘道」による、平壌の監察使が夜、船遊びする「月夜船遊図」だ。華やかで大きな船を中心に、幾艘も小船が浮かび、船遊びに興じる人びとの他に、川辺でそれを見物する者もいる。楽しい見ものだったようだ。
▼ 「新しい船遊び(신 뱃놀이)」の曲を聞く。楽器の掛け合いが楽しい、今様に。
次に、中国宋代の詩人蘇軾の「赤壁賦」を引用した女唱歌曲「壬戌の秋(임술지추)」について次のように紹介された。
・中国宋代の詩人「蘇軾」は、文賦「赤壁賦」で知られる。彼は、ちょうど秋の初め、島流しにあう。その地を知人が訪ねたところ、川に船を浮かべ、船遊びすることになった。<清風穏やかに吹き、穏やかな川>で、<酒を挙げてすすめ、歌を楽しむ>内容で風雅な気がする。「赤壁賦」を引用した、女唱歌曲「壬戌(じんじゅつ)の秋」がある。<蘇軾のように風流を楽しむ友がいないので、ただ一人で楽しむ>という内容だ。
▼ 「壬戌の秋」の歌を聴く。(20世紀初頭の短歌(パンソリ喉慣らし曲)か?)
最後に、「尹善道(윤선도、1587年~1671年)」が「甫吉島(보길도)」で作った「漁父四時詞(어부사시사)」について次のように紹介された。
・船遊びはいかに楽しくても、毎日出かけるものでない。たまのイベントに満足できぬ人もいる。学者ソンビに、漁師になろうとする者がいた。川辺や海辺で生活しながら、暇に釣りをして素朴に生きる。島流しを繰り返した「尹善道」は、老後官職を捨て、南の「甫吉島」で暮らした。そのとき作ったのが、漁師の春夏秋冬を歌った「漁父四時詞」だ。
・春について、引き潮の後に満ち潮、春にふさわしい花の様子、漁師の暮らしだけでなく、季節の変化も楽しめる。
▼ 「漁父四時詞」の春、<小川の朝霧の後に日が昇ると、船を浮かばせる>にリズムをつけた同名曲を聴く。今様に。
2017年9月12日火曜日
イ・ソンヒのカバー「少女と街灯り」
両親の問題で離ればなれになっていた、兄(チャン・ヒョン)と妹(チャン・ドク)は、再会して仲のいいデュエットを結成する(1974年)。その後しばらくして、舌癌に倒れた兄の看病に疲れた妹は痛ましい最後を遂げる(1990年)。兄もそれを追うように、半年後に亡くなる。
チャン・ドクは、未遂とはいえ、それまでに何度かその傾向があったようだ。
(本ブログ関連:”チャン・ドク”)
そんな話しを少し聞き知って、チャン・ドクが中学2年生のとき作詞・作曲した「少女と街灯り(소녀와 가로등)」(1977年)を聞けば、< 悲しみに疲れて、星ひとつない夜空を眺める > 憂いの深い少女が浮かんでくる。
次は、イ・ソンヒのカバーである。イ・ソンヒにもあった悲しいできごとが聞こえてくるような気がする。
(Youtubeに登録の님의침묵に感謝)
チャン・ドクは、未遂とはいえ、それまでに何度かその傾向があったようだ。
(本ブログ関連:”チャン・ドク”)
そんな話しを少し聞き知って、チャン・ドクが中学2年生のとき作詞・作曲した「少女と街灯り(소녀와 가로등)」(1977年)を聞けば、< 悲しみに疲れて、星ひとつない夜空を眺める > 憂いの深い少女が浮かんでくる。
次は、イ・ソンヒのカバーである。イ・ソンヒにもあった悲しいできごとが聞こえてくるような気がする。
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2017年9月11日月曜日
イ・ソンヒ 9/27 シドニーオペラハウス コンサート
イ・ソンヒは、今年(2017年)の海外公演として、5/20のロスアンゼルスに続き、今月9/27、シドニー オペラハウス コンサートホールにて、コンサート ”The Great” を開催する。
(本ブログ関連:”シドニー”)
シドニー現地マネジメント会社、JKEntertainmenのサイトに、同コンサート紹介とチケット申込画面がある。
★ コンサート案内: https://www.leesunheejk.com/
(本ブログ関連:”シドニー”)
シドニー現地マネジメント会社、JKEntertainmenのサイトに、同コンサート紹介とチケット申込画面がある。
★ コンサート案内: https://www.leesunheejk.com/
2017年9月10日日曜日
(寓話)熊撃ち名人
こんな寓話を考えた。決してマスコミ世界を暗喩しているつもりはない。
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あるところに熊撃ちの名人Bがいた。彼は、熊の習性とその獣(けもの)道をよく知り、待ち伏せしては数多く仕留めていた。それでも欲が止まず、猟場を共にする猟師仲間Sをライバル視するようになった。
あるとき、猟師Sの後をそっとつけた。Sが、数日後に狩りをする場所を下見するのを知っていたからだ。出し抜くチャンスと思った。だが、Sはとっくに気付いていた。そうとも知らず、猟師Bは盗み見を繰り返した。
あるとき、猟師Sから、仲間の前で卑怯な振る舞いをしたことを白日にさらされた。名人を自称する猟師Bはたまらず、猟場はみなのものといって否定して白を切った。
猟師Bは、山を降りて、日頃くちうるさい麓の村人たちの騒ぎを好機と加わり、まるで村の衆になったように行動した。そして、身を潜めて時を待った。
村の騒ぎが治まったころ、猟師Bは新しい猟銃を手に、ひそかに山に戻った。そして、誰もが知る大きな人喰い熊を撃ち倒すのに成功した。猟師仲間も村人たちもみな喝采した。久し振りに、猟師Bは酔った。彼は、まさに、その機を見計らったように、猟師Sに卑怯な振る舞いをしたことを人陰で謝罪した。
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あるところに熊撃ちの名人Bがいた。彼は、熊の習性とその獣(けもの)道をよく知り、待ち伏せしては数多く仕留めていた。それでも欲が止まず、猟場を共にする猟師仲間Sをライバル視するようになった。
あるとき、猟師Sの後をそっとつけた。Sが、数日後に狩りをする場所を下見するのを知っていたからだ。出し抜くチャンスと思った。だが、Sはとっくに気付いていた。そうとも知らず、猟師Bは盗み見を繰り返した。
あるとき、猟師Sから、仲間の前で卑怯な振る舞いをしたことを白日にさらされた。名人を自称する猟師Bはたまらず、猟場はみなのものといって否定して白を切った。
猟師Bは、山を降りて、日頃くちうるさい麓の村人たちの騒ぎを好機と加わり、まるで村の衆になったように行動した。そして、身を潜めて時を待った。
村の騒ぎが治まったころ、猟師Bは新しい猟銃を手に、ひそかに山に戻った。そして、誰もが知る大きな人喰い熊を撃ち倒すのに成功した。猟師仲間も村人たちもみな喝采した。久し振りに、猟師Bは酔った。彼は、まさに、その機を見計らったように、猟師Sに卑怯な振る舞いをしたことを人陰で謝罪した。
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2017年9月9日土曜日
桐生祥秀選手、100m 9.98秒
テレビでニュース速報が流れたほどのこと。日本陸上男子100mが、いよいよ9秒台に突入した。今年の「世界陸上」100m代表選落ちした、桐生祥秀(よしひで)選手が、まさに挽回するかのように、日本人選手として初の9秒台を記録したのだ。
時事通信の記事「桐生、9秒98の快挙=日本勢初、10秒の壁突破-陸上100メートル」(9/9)は次のように報じている。(抜粋)
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福井市の福井運動公園陸上競技場で9日行われた陸上競技の日本学生対校選手権男子100メートル決勝で、桐生祥秀(21)=東洋大=が日本選手で初めて10秒の壁を破る9秒98(追い風1.8メートル)の日本新記録を樹立した。
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走るという、誰もがやったこと。だから、その凄さは誰でも分かるはずなのに、余りな超人的記録ゆえ、再び靄がかかってくる。身近に見ることのない世界、強靭なアスリートの闘いだからだ。
これから日本男子100mは、9秒台を競うことになる。こんなときが来るなんて。21歳の若者はそれを成し遂げた。元気をいただいたよ、本当にありがとう。凄い、凄すぎる。
(Youtubeに登録のEKIDEN NEWSに感謝)
時事通信の記事「桐生、9秒98の快挙=日本勢初、10秒の壁突破-陸上100メートル」(9/9)は次のように報じている。(抜粋)
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福井市の福井運動公園陸上競技場で9日行われた陸上競技の日本学生対校選手権男子100メートル決勝で、桐生祥秀(21)=東洋大=が日本選手で初めて10秒の壁を破る9秒98(追い風1.8メートル)の日本新記録を樹立した。
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走るという、誰もがやったこと。だから、その凄さは誰でも分かるはずなのに、余りな超人的記録ゆえ、再び靄がかかってくる。身近に見ることのない世界、強靭なアスリートの闘いだからだ。
これから日本男子100mは、9秒台を競うことになる。こんなときが来るなんて。21歳の若者はそれを成し遂げた。元気をいただいたよ、本当にありがとう。凄い、凄すぎる。
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2017年9月8日金曜日
今年も残り1/4
毎度のことながら節目ふしめに、一年の経過を「リンゴ」の実の食べ具合に例えている。9月に入れば今年も残り1/4、あと4ヶ月しかない。3/4も食ってしまったことになる。それにしても、秋になったばかりというに、新聞広告には、正月の「おせち料理」の予約広告が掲載され、店には来年の「カレンダー」が並び始めた。
(本ブログ関連:”リンゴ”)
書店に、年賀状印刷のムック誌が平積みされるのも遠くない。その前には、なぜか若者が好きな「ハロウィン」、子どもたちに待ち遠しい「クリスマス」があるというに。そして、渾然一体となって年末を迎え、元旦には、神社に初詣に行く。
ところでリンゴについて、戦後、再生と復興を願った、並木路子、霧島昇の「リンゴの唱」(作詞サトウハチロー、作曲万城目正、1946年1月)がある。リンゴは癒しであり、ある意味出発点でもある。
(Youtubeに登録のuchukyoku1に感謝)
さて、今日のテレビの重大ニュースに、「太陽フレア」の話題があげられた。週刊誌の大スクープとでもいうべき、もっと世俗な関心ごとがあったけれど、その順位を下げるためか「磁気嵐」の方に焦点が当てられた。結局、東京でオーロラが見れるわけじゃなし、その場限りになりそうなものを。
(本ブログ関連:”リンゴ”)
書店に、年賀状印刷のムック誌が平積みされるのも遠くない。その前には、なぜか若者が好きな「ハロウィン」、子どもたちに待ち遠しい「クリスマス」があるというに。そして、渾然一体となって年末を迎え、元旦には、神社に初詣に行く。
ところでリンゴについて、戦後、再生と復興を願った、並木路子、霧島昇の「リンゴの唱」(作詞サトウハチロー、作曲万城目正、1946年1月)がある。リンゴは癒しであり、ある意味出発点でもある。
(Youtubeに登録のuchukyoku1に感謝)
さて、今日のテレビの重大ニュースに、「太陽フレア」の話題があげられた。週刊誌の大スクープとでもいうべき、もっと世俗な関心ごとがあったけれど、その順位を下げるためか「磁気嵐」の方に焦点が当てられた。結局、東京でオーロラが見れるわけじゃなし、その場限りになりそうなものを。
2017年9月7日木曜日
白露 2017
きょうは二十四節気の「白露」。旧暦、新暦の入り混じりから起る混乱だろうか、残暑のせいか夏の気配も冷めやらず。白露から《露が生じるころ》の意が馴染めない。なにしろ今日は、旧暦でいえばまだ7月17日なのだから。
(本ブログ関連:”白露”)
「白露」の言葉から「白露西亜(ベラルーシ)」が浮かんでくる。しかし、ベラルーシの国について茫(ぼう)としてよく知らない。地理的に東西南北を、ロシア、ポーランド、ウクライナ、バルト三国(のラトヴィア、エストニア)に囲まれていること、国境線間近にあるウクライナ側「チェルノブイリ」の原子力発電所事故による被災国だったということくらいだ。
(本ブログ関連:”ベラルーシ”、”ウクライナ”)
どんな国なのか知るため、まずは手軽に、ベラルーシで開催されたと思われる「日本語スピーチコンテスト」のYoutube映像を視聴した。発表者が日本語で語るのを聞いて、なんとなく身近に感じてみよう。それが一番の近道。
(それにしても日本語が大変上手ですね)
(Youtubeに登録のベラルーシ国立大学日本語科・古澤晃講師に感謝)
(付記)
上記登録者の古澤晃氏は、ベラルーシ在住だからこそ語れる言葉があって、被災地を知るため現地を視察した「善意の観察者」日本人たちと、「見られる側の被災者」との微妙な関係を報告されているようだ。
日本では、公害被害者への補償に対する周辺住民の見方・とらえ方、また、反公害運動に加わった結果、現地に土着した学生たち。「善意の観察者」たちの言葉とは違った、いろいろなものの見方があることを忘れてはならない。
(本ブログ関連:”白露”)
「白露」の言葉から「白露西亜(ベラルーシ)」が浮かんでくる。しかし、ベラルーシの国について茫(ぼう)としてよく知らない。地理的に東西南北を、ロシア、ポーランド、ウクライナ、バルト三国(のラトヴィア、エストニア)に囲まれていること、国境線間近にあるウクライナ側「チェルノブイリ」の原子力発電所事故による被災国だったということくらいだ。
(本ブログ関連:”ベラルーシ”、”ウクライナ”)
どんな国なのか知るため、まずは手軽に、ベラルーシで開催されたと思われる「日本語スピーチコンテスト」のYoutube映像を視聴した。発表者が日本語で語るのを聞いて、なんとなく身近に感じてみよう。それが一番の近道。
(それにしても日本語が大変上手ですね)
(Youtubeに登録のベラルーシ国立大学日本語科・古澤晃講師に感謝)
(付記)
上記登録者の古澤晃氏は、ベラルーシ在住だからこそ語れる言葉があって、被災地を知るため現地を視察した「善意の観察者」日本人たちと、「見られる側の被災者」との微妙な関係を報告されているようだ。
日本では、公害被害者への補償に対する周辺住民の見方・とらえ方、また、反公害運動に加わった結果、現地に土着した学生たち。「善意の観察者」たちの言葉とは違った、いろいろなものの見方があることを忘れてはならない。
2017年9月6日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」初数大葉
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/30)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「初数大葉」ほか関連する曲を紹介した。(Web音源が前々回のため、英語版放送の音楽を参考にする)
始めに、「伽倻琴(カヤグム、가야금)」作成の祖、伽耶の「于勒(ウルク、우륵)」について次のように紹介された。
・6世紀半ば、古代国家伽耶の「于勒」は、中国の箏を模した「伽倻琴」を初めて作り演奏した。彼は、伽耶が新羅に滅亡されると、伽倻琴と共に新羅に亡命する。新羅王真興は彼を受け入れ、若者たちを彼の弟子にしたが、彼らは于勒の音楽を改編し自分好みに奏でた。伽耶の文化を台無しにされたと感じたのか、于勒は怒ったが、弟子たちの演奏に感嘆したともいう。
・残された記録から、于勒や弟子らの音楽を想像するのは難しい。滅びた国の音楽を継承させるために弟子たちを育てたのか、或いは弟子たちの音楽が素晴らしかったのか。楽しくも楽し過ぎず、悲しくも悲し過ぎぬ音楽。感情を刺激するより、安定的な音楽を好んだ。
▼ 伽倻琴演奏で、伝統正楽曲「数大葉(수대엽)」の最初の「初(초)数大葉」を聴く。空気に溶け込むよう。
次に、世宗大王が直接作曲したといわれる「宗廟祭礼楽(종묘제례악)」について次のように紹介された。
・朝鮮時代、世宗大王の作曲といわれる「宗廟祭礼楽」がある。最初は、王室の宴で奏でたという。それを息子の世祖が手を加え、祭祀を捧げるときの音楽として演奏し始め、今日にいたる。平和な世を願う気持ちが込められている。
▼ <ゆっくりと雄々しく優雅なテンポとリズム>の「宗廟祭礼楽」を聴く。雅楽を思わせる雅さ。
最後に、貴族音楽とは別に、民の音楽について次のように紹介された。
・伝統音楽は、貴族音楽と民の音楽に二分される。上記の2曲の節制した貴族音楽に対して、民の音楽は感情の変化に満ちる。民は、心と体が反応する、感情を刺激する音楽に惹かれただろう。貴族と民の両方、それぞれの目的に合った音楽だった。
▼ 民俗音楽を代表する、横笛の大笒(대금)による「元長賢(원장현)流、大笒散調(산조)」を聴く。洗練されている。
始めに、「伽倻琴(カヤグム、가야금)」作成の祖、伽耶の「于勒(ウルク、우륵)」について次のように紹介された。
・6世紀半ば、古代国家伽耶の「于勒」は、中国の箏を模した「伽倻琴」を初めて作り演奏した。彼は、伽耶が新羅に滅亡されると、伽倻琴と共に新羅に亡命する。新羅王真興は彼を受け入れ、若者たちを彼の弟子にしたが、彼らは于勒の音楽を改編し自分好みに奏でた。伽耶の文化を台無しにされたと感じたのか、于勒は怒ったが、弟子たちの演奏に感嘆したともいう。
・残された記録から、于勒や弟子らの音楽を想像するのは難しい。滅びた国の音楽を継承させるために弟子たちを育てたのか、或いは弟子たちの音楽が素晴らしかったのか。楽しくも楽し過ぎず、悲しくも悲し過ぎぬ音楽。感情を刺激するより、安定的な音楽を好んだ。
▼ 伽倻琴演奏で、伝統正楽曲「数大葉(수대엽)」の最初の「初(초)数大葉」を聴く。空気に溶け込むよう。
次に、世宗大王が直接作曲したといわれる「宗廟祭礼楽(종묘제례악)」について次のように紹介された。
・朝鮮時代、世宗大王の作曲といわれる「宗廟祭礼楽」がある。最初は、王室の宴で奏でたという。それを息子の世祖が手を加え、祭祀を捧げるときの音楽として演奏し始め、今日にいたる。平和な世を願う気持ちが込められている。
▼ <ゆっくりと雄々しく優雅なテンポとリズム>の「宗廟祭礼楽」を聴く。雅楽を思わせる雅さ。
最後に、貴族音楽とは別に、民の音楽について次のように紹介された。
・伝統音楽は、貴族音楽と民の音楽に二分される。上記の2曲の節制した貴族音楽に対して、民の音楽は感情の変化に満ちる。民は、心と体が反応する、感情を刺激する音楽に惹かれただろう。貴族と民の両方、それぞれの目的に合った音楽だった。
▼ 民俗音楽を代表する、横笛の大笒(대금)による「元長賢(원장현)流、大笒散調(산조)」を聴く。洗練されている。
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